﻿フラッシュバック
回想
実際は何でもないどころの騒ぎではなかった。
この前、男衆だけで詰所つめしょに集まった時だ。
いつもの通り飲んで騒いだ挙げ句、酒が尽きてしまった。
…………
回想長い
その御心遣い、とてもうれしく思います。
ハァ、どうしたらいいんだか。
この過剰な世話は止めさせたいんだが、下手な言い方をすると、冷たく拒絶されたと思い詰めて厄介な事になるからなぁ。
あの時もな……
お疲れ様です…お茶をどうぞ……
な、なんだコイツ等……今のクオンが止めなければ、間違いなく互いを突き刺していたぞ？
それを躊躇ためらいも無く……正気かЧ
とりあえずあの後、説得っていうのか、とにかく死なれるのは困るというのは理解して貰って今に至るわけだが。

ネコネ、供にクオンを連れ戻すぞ。
ハイです。また姉あねさまと一緒に……ずっと一緒に……
ああ……ずっと……一緒だ。
っЧハイ、ずっと一緒……なのです。
誰も私を判ってくれなかった。母ははさまと兄あにさま以外、判ってくれるヒトなんて居なかった。
でも、姉あねさまと……兄あにさまだけは、私のことを判ってくれた。
だから……
だから、姉あねさまが妹だって言ってくれたこと嬉しかった。

アトゥイさま、お願いします！
ルルやん、いい覚悟やなぁ。
はい、クオンさまを取り戻すためなら。またみんなでお茶を飲んだり、お菓子をたくさん食べたり……
あ……戦いの最中なのに、変なことを言ってしまいました。
ルルやんのそういうとこ、嫌いやないぇ。
あ、はい……ありがとうざいます。
うひひ、ほな一緒に一暴れしよか。

ウィツァルネミテア……
お父様が存在を予言し、ただ唯一、恐怖を抱かせし者。我等巫カムナギの存在理由……
彼の者を封印する為に、私達は創造された。
でも━━
私達の━━
お友達……
初めてのお友達……
ならば、連れ戻さねばなるまい。
合わせよ、アレからクオンを引き剥がす！
はい、主あるじ様！

オウギ、お前はここで……
ふふ、姉上らしくもない。ただ前を見て駆け抜けるのが姉上ではないですか。
その背中を護るのが、僕の喜びなのですから。
すまん……いや、お前を誇りに想うぞ。
オウギ、友の……クオンの為、我等が全てを賭ける。
その命、このノスリがあずかった！
承知！いざやいざ、我等エヴェンクルガが一世一代の大勝負、しかと御覧あれ！

僕が活路を開きます。援護をお願いできますか？
はい、お任せを。
最近、気付いたのですよ。何だかんだ言っても、あの微睡みのような日々を気に入っていたのだと。
そして、それには彼女の存在が不可欠なのだと。
相変わらず、素直ではありませんね。
性分ですので。
あはは、それじゃあ。
ええ、いつでも。

ノスリさん、私の矢に合わせてもらえますか？
その面構え。なかなかいい男になったな、キウル。
いえ、私など……
お前は十分にいい男だ。だが、それでも不甲斐なく感じているのなら、今こそ見せよ、男の意地を！クオンが目を覚ますような一撃をな！
━━ッ！はいっ！

何やつまらんなぁ。やっぱクオンはんとは、普通に殺やり合った方が楽しいぇ。
同感だねぇ。んじゃあ、さっさと連れ戻すとしやすかい。
うひひ、そうこなくちゃなぁ。
さっさとクオンはんに戻ってもらって、またほんもんの死合いをするんよ。

ムネチカ！
ハッ、あれは天外なるもの。個々で挑んでも敵わぬかと。突き崩すは、我等が力の一点集中。
なればムネチカ、余よに全てを預けよ。我等が全てを賭け、彼奴あやつの扉をこじ開ける！
何としても、あの引きこもりを引きずり出すのじゃ！
御意に。

とおちゃん、あねごは……
なぁに、ちょっくら寝惚けちまってるだけさ。待ってな、すぐに起こしてやるからよ。
そうかぁ、あねごは、おねぼうさんだなぁ。
そうね、クーちゃんは、大きくなってもお寝坊さんなんだから。
早く……起こしてあげないと……

ルルティエ殿、まだ戦えるか？
はい、大丈夫です！いつも戦ってもらうばかりですから、わたしも……
いや、気にする事はない。元より、武人もののふとはそのために在るのだから。
ムネチカさま……
行こう、ルルティエ殿。クオン殿を救うのだ。
はいっ！

ウルゥルちゃん、サラァナちゃん、どうか、お力添えを……どうか。
我等は鎖の巫カムナギ。
ヤマトに仇なす者を、封じ、調伏ちょうぶくする使命があります。
ましてや、ウィツァルネミテアの眷属に与くみするなど、ありえましょうか。
でも……
トモダチは……助け合うものだと、お父様が仰ってましたから。
だから、手伝う。
ウルゥルちゃん、サラァナちゃん……

ゥ……ア……
熱…イ……熱イ……
灼ケ…ル……
躰からだガ……咽ガ…灼ケル……
水……
オ願イ……水ヲ……持ッテ…キテ……
ハ……ク……
ア……ァ……
コノ歌……
コノ歌ハ……
何処どこ……ナノ……
何処どこニ……イルノ……
お母……サま……
ん……
冷たい感触が頬や額を撫で、躰の火照りを冷ましてゆく。
その心地よさに、微睡まどろみの輪廻から意識が呼び起こされた。
ぅ……
やっとお目覚めですね。おはようございます、お寝坊さん。
……フミ…ルィル？
うふふ。はい、フミルィルです。クーちゃん、お加減はどうですか？
どうしてフミルィルが……あぐぅЧ
起き上がろうとして、全身がこむら返りをおこしたかのような痛みが走る。
急に起きては駄目ですよ。クーちゃんは高熱を出して、ずっと眠ったままだったんですから。
……え？
熱を……？
さぁ、クーちゃん。
う、うん……
フミルィルに促うながされ横になる。
ずっと眠ったままって……みんなに心配させちゃったかな……
……あれ？
みん……な？
ここって……私わたくしの部屋……だよね……
何だろ……なのにすごく懐かしい感じ……
それに……どうしてフミルィルが……あれ？
フミルィルが私わたくしの部屋にいるの……別におかしくないよね……
おかしくないのに……どうして……
でも……確かフミルィルとは……
確……か……
ダメ……頭がぼんやりとして、うまく考えられない……
私わたくしは……
クーちゃん、まだ調子を取り戻していないのですから、あれこれと考えるのはまた後でね。
今は少しでも躰を休めて、いつもの元気なクーちゃんを見せてください。
退屈だからって抜け出したりしないで、ちゃんとゆっくり休まないと駄目ですよ？
起きたばかりなんだから、そんなに眠ってばかりいられないよ。
フミルィルの言葉に思わず苦笑が漏れる。そして同時に嬉しくて頬がゆるむ。
やっぱり、なにも言ってないのに判ってくれてる……
私わたくしの御側付きであり……大切な幼馴染み……
私わたくしの……たった一人の……
あ……れ？
どうしました？
何だろ……今の……
クーちゃん？
あ、ううん、何でも。それよりも、お風呂に入りたいかな。
躰がベタベタして気持ち悪くて。
ですけど……
もう大丈夫だよ。躰が少し重たく感じるくらいで気分は悪くないから。
判りました。もし気分が悪くなったら言って下さいね。
パン、パン━━
フミルィルが手を叩くと、外に控えていた女官達が入ってくる。
女官達
『『お呼びでしょうか。』』
クーちゃんとお風呂にしますので、支度をお願いしますね。
『『畏かしこまりました。』』
ザパァァァァァァ……
ワシャワシャワシャワシャ━━
あ～…
どこか痒かゆい所はありますか？
うん……いい感じだけど、一人で洗えるのに……
駄目です、ただでさえ病み上がりなのですから。はい、腕を上げてください。
…………
ハァ～……生き返るなぁ……
うふふ、本当に気持ちよさそう。
ホント、お風呂は命の洗濯だよ。知ってる？旅の途中だと行水くらいしか出来ないから、ものすごくお風呂が恋しくなるの。
それでも旅に出ようとするんですもの。本当に……旅をするのが好きなんですね。
もちろんだよ。見知らぬ土地に、そこに吹く風と香り。聞いたこと無い風習に、想像も出来なかった食べ物。
何より新しい出会いと━━
………………
……クーちゃん？
あ……ううん、なんでも……
何だろう……
何か……忘れてる気がする。
何か大切な……
大切な……こと……？
大切なこと……って……なに？
あ、いたいた。クーちゃん、起き上がっても大丈夫なの？
うわぷЧ
クー、急にいなくなったら心配する。
湯船の淵に顎あごを乗せてユラユラと身をゆだねていると、湯殿にカミュお姉さまとアルルゥお姉さまが乱入してきた。
ずっと目を覚まさないから、ホントに心配したんだよ？
う……心配掛けて、ごめんなさい。
いいよ、クーちゃんが無事だったんならそれで。
祝いに今夜は御馳走。期待するといい。
アルちゃん、病み上がりなんだし御馳走とか大丈夫なの？
大丈夫、クーのは胃に優しいモロロ粥。
……だったら薬膳がいいかな。あれなら美味しいし、躰にもいいし。
……クーのお祝いだから遠慮はいらない。もっと豪勢なのを希望するべき。
薬膳はすごく豪勢だよ。ものによっては高価な薬草を使ったりするもの。
………
アルルゥお姉さまの獣皇ムティカパの構えに、こちらは角龍タムリンの構えで対抗する。
アルルゥお姉さまったら。いくら嬉しいからって、そんなにはしゃいだりしたら、メッですよ。
フーちゃんの言うとおりだよ。クーちゃんも病み上がりなんだから無理しちゃダメ。
う～……
うぐ……そうだけど、何だか納得いかない……
ふひ～……
クスクス、本当に心地よさそう。
最近ずっと机に縛り付けられてたんだよ。もう肩が凝っちゃって凝っちゃって。
お背中失礼しますね。
フミルィルがカミュお姉さまの背後に回ると、肩を揉みほぐし始める。
あ～、う～、気持ちいい～……ありがと、フーちゃん。
肩こりの辛さは、よく判りますから。
そっか～、ついにフーちゃんも仲間入りか～。
ほんの少し前まで、あんな小っちゃかったのに。いつの間にかこんな立派に育っちゃって。
うふふ、いつまでも子供ではありませんもの。
大丈夫、仲間。
わ、私わたくしは……人並みだから。
……かわいそう。
どういう意味かな。まだこれからなんだから！
そう言うのに限って成長しない。実証済み、現実は残酷。
ぬぐぐ……
クーちゃん、大きすぎてもいいことないですよ。
すぐに肩は凝るし、動くのに邪魔ですし。
そうだね。走ったりすると擦れたり千切れそうになったりで、いろいろ痛くなるし。
あげられるものなら誰かにあげたいくらいだよ。
クー、あきらめるが肝心。
だから、まだ何も言ってないからっ。
……でも、ホントに良かった。
え？
倒れたクーちゃんが担ぎ込まれて……
ずっと眠ったままだから、もしかしたらもう目を覚まさないんじゃって。
……………
え……と、そういえば私わたくし、どれだけ意識を失ってたの？
んとね……
十日くらい。
十日……そんなに？
どうして倒れたりなんか……フミルィルは何か知ってる？
……クー？
もしかしてクーちゃん、覚えてないのですか？
覚えて……あれ……
私わたくしは……倒れた……何故…？
判…らない……どうして……突然の病に？ううん、話からしてそんな感じじゃなかった……
クーちゃん……
もしかしてクーちゃん、旅をしていたことも覚えてないのですか？
……旅？
旅を……していた？
待って、旅って何処どこに……私わたくしは旅なんて……あ…れ？
私わたくしは……今まで何して……
最後に覚えてるのは……
確か……確か……
……判……らない。
何をしてたのか……思い出せない……
えっとね、クーちゃんは━━
旅先で、熱を出して倒れた。
それだけ。
アルちゃん？
実際そう。覚えてないということは、大切ないということ。
なら、気にする必要無い。
それは……そうかもしれないけど……
……そう……なのかな。
そんな気にしなくても……いいことなのかな……
でも……
でもどうして……
なのにどうして……こんなに胸がざわめくんだろう……
クーちゃん、やっぱりまだ……何処どこか痛いのですか？
涙が……
あ……
どうして……
涙が……とま……らないよ……
若様、もう少し落ち着かれてはいかがですか。
そうですよ、ずっとウロウロとなさって。あまり行儀良くありませんよ？
様子を見に行ったら居なくなっていたのだ。これが落ち着いてなどいられるか。
心配要りません。お目覚めになられて、今は御躰を浄められているところです。
その後にでもこちらへ、おいでになるかと。
むぅ……
あまり落ち着きがありませんと、なんだか発情期のキママゥみたいで、みっともないですよ。
確かに、そんな感じが……
誰がだ、あんなのと一緒にするな！
オボロさま、お待たせしました。
何だか騒々しいけど、どうかしたの。
━━クオン！
わっЧな、何……
部屋に入った途端、声を張り上げ、お父様が詰め寄ってきた。
クオン……もう、起き上がってもいいのか？
躰の方はもう━━
ッ……気分は、どこか具合が悪かったりしてないか？
ど、どうしたのかな、お父様。そんなに慌てて……
どうなんだЧ
え、えっと……もう平気かな。具合は悪くないし、痛いとことかも無いし。
……そうか。何ともないのならそれでいい。
それでいいんだ……
お父様？
まったく、あまり父を心配させるな。
お父様の安堵した顔。
厳めしいお父様の、こんな表情を見るのは、何時以来だろうか。
うふふ、オボロさま、心配でずっとウロウロしてましたもの。
鬱陶うっとうしかった。
クーちゃんの看病をしようとして、女官さん達に追い出されて、ずっとウロウロしてたんだよね。
娘を看病して何が悪い。
何もかも悪い。
いくらお父様だからって、年頃の娘を着替えさせたり躰を拭いたりするのはどうかと思うな。
お前等、少し黙ってろ。
アハハ……
やっぱり……心配かけちゃったんだ。
この二人は放っとくぞ。クオン……それよりも顔をもっとよく見せてくれ。
頬がお父様の手に包まれる。
堅くゴツゴツとした、まるで老木のような節くれ立った手。
私わたくしを抱き上げ、ここまで育ててくれた、傷だらけの……とても綺麗な手。
あれ？お父様、その包帯……
その手の感触がザラザラとして何時もと違う。
視線を移すと、その手に包帯が巻かれていることに気付いた。
む……
また火傷した。
ふふふ～、お茶を煎れようとして、うっかり薬罐やかんを鷲掴みしちゃったんだよね。
ぬぐ、誰が……
違うの？
むぐ……ああ、だがホンの少し火傷しただけだ。大袈裟に見えるだけで、何も問題は無い。
もう、またなんだ。お父様ってば、お茶を煎れるのは他の人に任せたらいいのに。
そう言うな。気分により茶葉を変え、どのような茶器にするか選ぶ……
誰にも邪魔されず、自由で、心安らぐ、俺の数少ない趣味だ。任せることなど出来ん。
昔は女のすることなど出来るか、とか言ってたのに。お茶もすごく薄かったり渋かったり。
ふ……あの頃は、まだ茶の奥深さを知らない若造だったということだ。
ボロ茶……
……うん。
それはもうヤメロ。
クスッ、そう言われたら何だかまた、お父様のお茶を飲みたくなっちゃった。
……そうか。ならば取って置きの茶葉を出さねばな。
何だか不思議な感じかな。お父様のような無骨な手が、あんな繊細なお茶を煎れるんだもの。
それにしても……また少し、大きくなったか。
そう……かな。よく判らないけど。
ああ、それに……やはり親子なのだな。
病弱だったアイツとは、こんなにも違うというのに。ますますアイツに似て、可憐に……美しくなってきた。
アイツ譲りの、月明かりに照らされる絹糸のような、繊細な髪。宝玉のように透き通った瞳……
その面影は……本来ならアイツもお前のように、野山を駆けまわっていたのだろうな。
クス……あはは、くすぐったいよ。
お前は……
お前は俺を……置いていったりはしないな？
……お父様？
本当に、どこも具合が悪いところは無いんだな？
熱は……頭が痛かったりしてないな？
もう、お父様ってば大袈裟かな。ほんの少し寝込んだだけなのに。
父親とはそういうものだ。たった一人の娘、心配して何が悪い。
そう言って優しく微笑む父に、胸にほんのりと温かな、それでいてむず痒かゆくなるような感覚が込み上げる。
ああ、帰ってきたんだ……
私わたくしの故郷……
私わたくし…の……
あれ？
帰ッテ……キタ？
……お父様。
どうした？
私わたくしが旅に出てたって……ホント？
……む？
それは、どういう意味だ？
クーちゃん、何も覚えてないみたいなのです。
旅をしていたことも、そこでの思い出も……
向こうでカミュ達と会ってたこととかも忘れちゃってた。
……そうか。
お父様は、私わたくしが何をしてたのか知ってるの？
いや、詳しいことはな。
可愛い娘には旅をさせろと言う。遠くから安否を確認するくらいで、なるべく干渉を控えていたのだ。
しかしどうやら、お前を自由にさせすぎたことが、仇となってしまったようだな。
うわぁ……
だが、気に病む必要は無い。特に何かあったわけでもない、平穏な旅だと報告を受けている。
そう……なんだ。
えっと……
若様……
ドリィ、グラァ、それで間違いないな？
…………はい、特に何かあったようには見えませんでした。
ボク達も、それ以上のことは何も。
そう言ってドリィとグラァの二人は困ったように目を閉じた。
そっ……か、判らないんだ。
何も思い出せないのが、こんなにもどかしいだなんて。
━━クも、こんな気持ちだったのかな。
……ぁ…れ？
いま……誰のこと……
只今、戻りました。
ういっス。いやぁ、疲れた疲れた。
あ、お帰りなさい、お疲れさま～。
おか。
ベナウィとクロウが部屋に入ってきた。
二人とも、私わたくしが幼い頃から厳しくも優しく接してくれる……伯父のような存在。
いやぁ、何度乗っても、どうも船旅ってのは慣れなくていけねえ。
やっぱ地に足が付いてねぇと、おちおち昼寝も出来やしねえってモンだ。
ご苦労であった。
そう言いつつ、お父様は何故かチラリとこちらを見た。
報告は後程にでも聞こう。今はゆっくりと骨を休めるがいい。
そうさせてもらいやすぜ。まずは風呂に入ってサッパリとし━━お？
お嬢、やっと目が覚めたんですかい。心配しやしたぜ。
御加減はもうよろしいんで？
うん、それは大丈夫。ただ……
ただ？
ちょっと、いろいろと思い出せなくて。
みんなは私わたくしが旅をしてたって言うんだけど、その事とか何も覚えてないんだ。
……へぇ？覚えてない、ね。
一瞬……クロウの表情から笑みが消えたような気がする。
クロウ様クロウ様、クロウ様達は何処どこへ行っていたのですか？よろしければお話をお聞かせ下さいな。
あ……船旅って、何処か遠征でもしてきたんだ。
遠征ってより、偵察ですかねぇ。
クロウ、報告は後ほど私がします。
あれ、何だろ。ベナウィの眉間に皺しわがよるなんて、珍しい……
ああ、そうそう。ヤマトの情勢ですが、裏付けがとれやした。
クロウ━━
いやぁ、なかなか面白いことになってやすぜ。
クロウ、その話は後でいい。
ヤマ……ト？
ヤマト……海を隔て、このトゥスクルの隣にある大國……
潮の流れが激しく渡航が困難だった為に國交は無く、行商が細々と行き来するくらいだった。
しかし、ここ数年で潮の流れが穏やかに、更には干潮で『道』が現れるようになる。
その為、往来が比較的楽になり、細々とした行商が交易とよべるまで盛んになってきた。
それなら正式に國交をと大使を送るって話になって、そうなる前にありのままを見てみたくなって━━
……見たく……なって？
クーちゃん、どうしました？
しかしまぁ、あちらさんも大変だ。
突然攻めてきたと思ったら、途中で崇められてた帝ミカドが崩御して、まさかの撤退たぁね。
あ、あのね、クロウ兄様。
せっかく仲良くしましょうねって、ウチの美人二人組が遠路はるばる出向いたってのに。
すげなく袖そでにしたバチでも当たったのかねぇ？
クロウ。
しかも病で倒れたって事になっているが、詳しく調査してみりゃ何者かに毒殺されたって話じゃねえの。
哀れなのは、残された皇女様かい。
嘆なげき心労で床に伏せたってのも、実際には帝ミカドと同じ何者かから毒を盛られたってなぁ。
皇女アンジュの危険を察した近衛の者が、軟禁されていた皇女を奪還。そのまま帝都を脱出したって事だが……
実質、追放されたと変わらねえな。
弱り目に祟り目とか。この仕打ちには、さすがに同情するね。
アン……ジュ……
ゼェ、ゼェ……そ、其方そなた、中々やるな？
それでの、オシュトルがこう言ってくれた……こら、無視するでない！
と、友になってやっても……よいのじゃぞ━━
アンジュ……？
あ……ぁ……
これってまさか、心を壊す薬……
あぅあ…う……うあ……
皇女さま、聞こえてる？口を開けてみて。
非道ひどい……喉が灼やけ爛ただれちゃってる。
こんな劇薬を使うなんて……
許せない━━
ってンなこと、お嬢に……その脱出劇の当事者に言うことじゃありやせんでしたね。
クロウ！
しかしまぁ、旅に出たと思ったら、ヤマトの連中と一緒にヤンチャしに戻って来たことといい。
皇女をかっ攫さらって脱走劇なんて、國の大事にホイホイと首を突っ込んじまうことといい。
相変わらずお嬢は、お転婆なことで。大変結構。
わた…く……しは……
だってぇのに、何でまた早々に戻ってきたんです。
絶対者が消え、継承者も定まらないまま宙に浮く帝位。
そして権力を持つ八つの将と、それに劣らぬ力を持つ外様豪族。
群雄割拠、戦乱の世の始まりだ。
面白くなるのはこれからだってのに、まったくもってもったいない。
ああ、そういや何をしてたのか忘れてるんでしたっけ？
私わたくしは━━

ふわぁ、いい香り……
あ、クオンさま……
この香りって、もしかして。
はい、今夜はクオンさまの好きな酒粕汁に……してみました。
やった、だからルルティエってば大好き。
クス……ちょうど煮上がったところですので……味見をお願い出来ますか？
あはは、なんだか催促しちゃったみたいかな？
いただきま～す、ハフハフ……ん～、おいひい～。
…………
あ、姉あねさま……
こんな夜遅く、どうしたの？
その……一緒に寝ても……いいですか。
いいけど、どうしてまた急に……あ。
べ、別に、さっきの怪談話が恐かったとか、そんなことじゃないのです。
ホントなのです、恐くなんか無いのですよ。
幽霊とか禍日神ヌグィソムカミなんて……しょ、所詮しょせんは迷信なのです。
う、うん、そう…だね。
それよりもホラ、いつまでもそんな所にいたら風邪ひいちゃうかな。
もう、こんなに冷たくなっちゃって……
姉あねさま……
ん？
とっても……あたたかいです……
なぁ……ちょっと頼みがあるのだが、いいか。
その……だ。金を……少し貸してもらえないだろうか。
お金を？
でも、お小遣いなら先日……もしかして、もう使っちゃったんだ。
うぐ……
ま、まあいいじゃないか。それはいいとして、とにかく頼む。急ぎで必要なのだ。
それは構わないけど……何に使うのかな。
いや、まあ……ちょっとな。心配するな、借りたものは何倍にして返す。
もしかして、また……
うぐ……い、いや次のは確実なのだ。必ず勝てる、今度こそこれまでの分を取り返せるのだ。
なぁなぁクオンはん。クオンはんは、こっちとこっち、どっちの襦袢じゅばんがいいと思う？
どっちって……どっちも綺麗だけど、ちょっと派手じゃないかな。
それに、うっすら透けてる……ような。
うひひひ、当然やぇ。これは意中の男を墜とす時の秘密兵器やもん。
ウチはこれを、勝負襦袢じゅばんって呼んでるぇ。
勝負……
恋は戦いくさやもん。いざヤマトへという時に相手を悩殺できなかったら、そこで負けなんよ。
なぁ、クラリンもそう思うぇ？
ぷるぷるぷるぷる。
……好きな食べ物はそんなとこかな。こんな感じでいいの？
感謝。
主あるじ様に御奉仕する為の参考にさせて頂きます。
このくらいで良ければ、だけどね。
それにしても主あるじ様って……冗談とかじゃなかったんだ。
勅命。
帝ミカド直々の御言葉です、冗談などあり得ません。
あなた達は鎖の巫カムナギと呼ばれる特別な祭祀を司るって聞いたよ。そんな存在が、どうして名も無い流れ者なんかに？
……黙秘、ね。まあいいけど。
最後。
もう一つだけ、教えていただけますか？
そっちばかりズルイ気がするけど、何かな。
主あるじ様を目覚めさせ、ハクと名付けた目的を、聞きたい。
……え？
ハ……ク……？
いき…てる……
どうして……こんな……中に……
どうしよう……
これって、私わたくしのせい……だよね。
判らない……自分は……誰だ……
うん、決めた。あなたの名前はハク━━
ハァ、ハァ、ヒィ……
困ったなぁ、まさかこんなに体力が無いなんて思わなかったかな。
俺はしがない風来坊のウコンってモンだ。
姉ちゃん達、よかったらだが力を貸してくれねえか。
あの……ルルティエと……申します……
どうか、よろしくお願いします……
へぇ、お姫さんと言うだけあって可憐というか。
………
すまないが、その荷を置いてってもらおうか。
なに、大人しくしていれば悪いようにはしない。
クオンさま……
大丈夫、きっとハクが何とかしてくれるかな。
━━って、自分がかよЧ
そうら、見えてきたぜ。あれが帝都だ。
うぉぉ、こりゃまたデカイな。
うぐぐ……
クオン、そんな顔してどうかしたか？
べ、別に……どうもしないかな。
━━そんなことより、こんなトコで何してるですか？
しばらくぶりに帝都に帰ってきたというのに報告も引き継ぎもなく、家にも帰らずこんなところで飲んだくれて。
いったいどういうコトです。
よろしく頼む、って薄幸そうは余計だ。
私わたくしはクオン、よろしくお願いかな。
ぁ……ルルティエです……よろしくお願いします……
ぅ……はじめまして……です。
つまり自分達に、配下に加われと。
そう考えてもらって構わない。
だが何故だ。あんた程の男が何故、自分達のような素性の知れない者を雇いたい？
何でェ、まだ気付かねぇか。親友ダチだってのに、薄情なヤツだね。
……なに？
つまり、こういうことだ。
お前、ウコン━━
それと、ついでにルルティエ様の事も頼めるか。
都に居る間に、多くのヒトとふれあい、世界の見聞を広げさせて欲しいと父君であるクジュウリ皇から頼まれている。
ハクさま……クオンさま……どうかよろしくお願いします。
うん、よろしくね。
ちょ、おま━━
まぁまぁ、お詫びと言っては何だが、ネコネもつけてやるからよ。
うなっЧ
ほわわ、すごい別嬪べっぴんさんや。なぁなぁおにーさん、この別嬪べっぴんさんて、知り合いなのけ？
ハク、この方は？
ああ、今日からここに住むらしい。
道が判らないって言うから、案内してきたんだが。
ウチ、アトゥイいうぇ。今日からここで、お世話になるんよ。よろしゅうなぁ。
そうなんだ。私わたくしはクオン、こちらこそよろしくお願いかな。
同じくここを仮住まいとしているから、何か困ったことがあったら遠慮無く言ってほしいな。
うひひ、なぁなぁおにーさん♪
もしかして、アレなん？クオンはんとおにーさん、ひょっとして……恋人同士やったりするんけ？
……は？
ちゃうのん？
ああ、ちゃうちゃう。
ホントけ？アツアツちゃうんちゃうのん？
そうだ、ちょっといいかな。
はい、何でしょう？
お買い物に行くんだけど、付き合ってくれないかな。ちょっと荷物が多くなりそうだから。
はぁ、別に構いませんが。
ごめんね、お願いしてたのに逃げられちゃって。もう……
あはは……
そのかわりというか、ネコネも一緒だから二人きりになれる機会を作ってあげる。
ふふん、ガンバレ男の子。
あの、いえ、ですが、そんな……私は別に……ええと！
うーん、進展するのは難しそうかなぁ……
ミシミシミシミシッ……
ふぎゃ┻╋╋┳ッЧ
此処ここにおいてあったお菓子は、ルルティエが私わたくし達の為に丹精込めて作ってくれたお菓子なんだ。
それを勝手に食べた挙げ句、秘蔵のハチミツ酒を……
しかも割らずにそのまま飲むなんて、なんてもったいない飲み方を……
うぐぐぐくぐぐ……
ハイ、悪いことをしたら、ごめんなさいを言いましょう。
あばばばば━━余は……余は天に等しく……余が謝るということは、このヤマトの……
ごめんなさいは？
よよ余は！退かぬ、媚びぬ、かえりみぬぅぅぅЦ
誰が謝ったりするものかー、バーカバーカバーカЦ嫁のもらい手無しЦシッポのお化けЦウワバミヴァヴァアЦ
あはははは♪
おかえり、ハク。ご褒美って、どんなのだった？帝ミカドから直々にって、どんなスゴイご褒美かな。
━━あ、ああ、クオンか。褒美って言うか……
帝ミカド直々というからには、宝石や茶器みたいなありきたりのものとは思えないし……ふふん、何かな何かな♪
それは……何かな？
いや、なんと申しますか……帝ミカドがくれるって言うから。
……褒美。
このコ達が……褒美？
主あるじ様のもの。
この度、主あるじ様の肉人形となりましたウルゥルとサラァナです。お見知りおきを。
ぶふッЧ
待ていЦ
うおっЧ
乙女の恋路を邪魔し、あまつさえ引き裂こうなどとは！そのような悪行、見過ごすわけにはいかん！
そう、それがいい女というものだЦ
いや、お前も何を言ってるんだ。
お前たち、予定変更だ！
こいつらを容赦なく叩きのめせ！
乙女の純愛を我らの手で守るのだ！
おお、オシュトル！オシュトル～！ここじゃぞ！其方そなたのアンジュはここにおるのじゃ！
まさか……まさかオシュトルとは……
うむ、もちろん我が寵臣、右近衛大将オシュトルである。
ま……まさか……まさか貴女様は……
まさかとは、まさかとは思いますが……姫殿下にあらせられますか。
うむ？そうじゃが。
余は帝ミカドの後継にして、いずれヤマトの統治者となる、天子アンジュである。
言ってなかったか？
一言も聞いておりませぬ！ここ、これまでの無礼、平に、平に御容赦を━━
なんじゃ、そのようなことか。気にするな、其方そなたと余の仲では無いか。
ハ……ハッ、勿体なき……御言葉！
それよりオシュトルがきたのじゃ。頼んだぞノスリよ。
あの……それは……オシュトルと……？
うむ、オシュトルとじゃ。
背後に……配下が……おりますが……
うむ、これで五分五分といった所じゃな。
あの……いやしかし……
ヤマトがトゥスクルへ侵攻って……どういうことかな。
トゥスクルに敵対の意志は無かった。それどころか友好を示す為に大使も送ってきた。なのにどうして！
いや、こっちに聞かれても困る。何か知らんが、そう決まったんだ。
こっちだって、わけが判らないんだっての。
某それがしに、それを語ることは許されぬ。許せ。
只ただ言えることは、聖上には某それがしごときでは及びもつかぬ、深きお考えがある。
そして、聖上の御言葉は絶対ということだ。
ん～ッ！この風、この香り、やっと到着かな。
ここが、トゥスクル……
ハクは、この戦いくさ……勝てると思う？
は？そりゃあ……今は劣勢だが、巻き返すことは十分に可能だと思うが。
……多分、勝てないと思う。
ううん、まず間違いなく負けるかな。
姉あねさま……？
あのヒトは……きっとここにいる。
トゥスクルの侍大将……
そしてあの漢。ベナウィの右腕である戦いくさ狂い━━
やれやれ、や～っとおいでなすったかい。
奪われた兵糧を取り戻すため、ここに襲撃を仕掛けるとは思っていたが……まさか空を飛んでくるたぁなァ。
こりぁ、流石の大将も想定外だァ。
これってば、何があったのかな？
そうだ、どうしてここに誰もいない？他の将は、兵達はどうした。
ムネチカ様……？
本國から知らせが届いた。
あの……大丈夫ですか？顔色がすぐれませんが……
ああ、いや……
……？
聖上が……崩御なされた。
…………え？
まず最初に……帝ミカドが崩御なされたという話は、事実です。
そしてこれから話すのは、あくまで帝都で囁かれていた噂うわさ話です。
何だい、ずいぶんもったいつけるじゃない。
では、単刀直入に。
帝ミカドが、オシュトルさんに暗殺された……そういうことになっております。
……え。
兄あにさま……ご無事ですか……？
……クオン、頼む。
大丈夫。気を失っているだけ。
ああ……！
……ネコネ……か。
兄あにさま……！
ハク、皆みなも……来てくれたか。
悪いな。アンタの相手はこっちだ。
この期に及んで我われを愚弄するか、オシュトル。
変わらぬな、ヴライ。力に絶対の誇りを持ち、力なき者には価値を見いださぬ。
力こそが全てを凌駕する。
聖上も、その絶対なる力をもって、このヤマトに君臨していたのだ。
それは否定せぬ。だが、聖上は他を侮あなどったりなどしなかったがな。
愚弄しているかどうか試してみるといい。二度目の敗北を知ることが出来るやもしれんぞ？
貴様ッ━━
クスッ……
そっか……だからオシュトルに負けたんだ。
……女、戯言ざれごとか？
ん？だからオシュトルに負けたのか、って。
いくら強くても、相手を見下して侮あなどるような輩やからではね。足元を掬われてオシュトルに敗北するのは当然かな。
断言してあげる。貴方ではオシュトルに勝てない、絶対に。
そして、私わたくし達にもね。
……クオン。
うん、皆みんなの背中は任せて。
だからハク、気兼ねなく指示をお願い。
ああ、そうさせてもらう……
お前等━━、出陣でるぞ！
……追って来たか。
なにЧ
凄まじき憤怒と、狂おしいまでの破壊への衝動……
このような波動を発する者は、某それがしの知る限り一人しかおらぬ。
ハク、後は頼むぞ。先にエンナカムイで待っていてくれ。
ネコネ━━
あの莫迦ッЦ
まさか、オシュトルを追いかけて━━？
私わたくしが連れ戻してくるから、皆みんなは━━
待て、自分が行く。
ハク？
いいのか？クオン。
あまりよくないけど……仕方ないのかな。
急ごうか、ネコネはハクに任せておけば大丈夫だから。
ほぅ、信じているのだな。
信じているというより、殺しても死にそうに無いのがハクだもの。
心配するだけ無駄ってことだな。
ハクさま……
ねぇ、ハクは？姿が見当たらないんだけど。
……これを。
ハクの……扇？
……お前に返すよう、ハクに頼まれた。
………………
どういう……意味かな。
どういう意味かな。
ハクは……どうしたの？
答えて！
奴は……
奴は━━━━
ハク……みんな……
何処どこへ行かれるおつもりか。
ッ━━、ベナウィ、そこを退いて！
行かなきゃ……皆みんなの所に帰らなきゃ……
もう、約束の期日は過ぎております。見聞を広げると称した物見遊山の刻は終わりです。
そんなのじゃない！帰らなきゃ……みんなの所に……
行ってどうなさいます。
まさかとは思いますが、己が立場……忘れたとは言いますまいな？
だからって━━
神聖にして偉大なる血を受け継ぎし、唯一の御方。
そして、このトゥスクルを統べ、導くことを運命づけられた御方……
我が女皇みこと。
トゥスクル皇女殿下、天子クオン━━
私わたくしは……
私わたくしは━━
トゥスクルの皇女たる者が他國の政まつりごとに干渉する。
その意味が判らぬ程、子供ではありますまい。
それなら、トゥスクルの皇女としてじゃなく、ただのクオンとしてなら━━
尚更のこと。何の後ろ盾も持たない貴女様一人が行った所で、何の役に立つというのです。
く……
女皇みこと、これまで女皇みことが勝手を許されたのは、その背負うべき重み故、せめてもの慰めに……というものからでした。
しかし、それも成人するまでのこと。
成人の儀を前に、クーはまた黙って旅に出た。
まさか海を渡るとまでは思わなかったから、みんな慌てた。
足で探すにはヤマトは広すぎ。術の類はヤマトを刺激する。
だからクーを捜して連れ戻す為、表向きは使者という名目でヤマトに行った。
下手に術とか使ったら、何か企んでるって誤解されちゃうかもしれないしね。
でもまさか、帝都に到着した途端に見つかるとは思わなかったな。
クーちゃんを見つけて連れて帰ろうとしたけど、クーちゃんすごく渋ったよね。
クーちゃんが我儘わがままなんて珍しいって思った。でも、クーちゃんの気持ちは痛いくらいに判っちゃった。
クーちゃんにとって初めてのお友達……クーちゃんは、みんなと一緒にいたかったんだよね。
それに……
クーには心残りがあった。
っ……
だから約束した。期間は、その心残りが自立出来るまで。
『ソレ』は、もういない。
クーが行く理由は、もう無い。
アルちゃん……
ハッキリ言うのがクーのため。
そうだけど……
そこまでだ。
クオンの気質からして、言っても無駄であろう。
ハ……
ういっス。
……そうか、思い出したか。
友への想い……
友に会いたいという気持ち……ああ、判らんでも無い。
それなら━━
……お前には、言っておかねばならぬか。
お父様……？
お前も知っての通り、『敵國』であるヤマトの帝ミカドが死んだ。
……敵…國？
現在ヤマトは、後継者も定まらず混乱の渦にある。
統率すべき者なく、思惑が入り乱れ、國や氏族が割れた。更には厄介な存在である、あの仮面を持つ者達も分散。
今や、かつての栄華を誇ったヤマトの姿は無い。
まさか、お父様……
この機に乗じ、我がトゥスクルはヤマトへと侵攻する。
ッ……
どうして……
どうしてヤマトに……
コイツは売られた喧嘩だ。売られたからには買う。
これ以上は無い理由だ。
それは……でも！
お嬢……本気で言ってるんですかい？
奴等は、今はまだ混乱の渦中かちゅうにありやすが、そいつが終息すれば、またこのトゥスクルに攻め入って来る。
なればこそ、その前に奴等を潰すまで。
そんなこと━━、アンジュなら再びトゥスクルに攻め入るような真似はしないよ！
クーちゃん……
奴等は一度攻めてきた。どうして二度目が無いと断言できる。
でも、そうしたのは帝ミカドであって━━
ベナウィ。
……次のヤマトの皇オゥルォとなる者は、アンジュ皇女殿下では無いと推測されます。
現状では、アンジュ皇女殿下が帝位を奪還することは不可能かと。
それは……女皇みこと、貴女がよくご存じのはずです。
ベナウィ……
帝ミカドに代わり新たなる支配者となった者は、民には支配者としての威を示し、配下には報償を与えねばなりません。
そして、それらの最も手っ取り早い手段は、他國の制圧。
特にヤマトは一度、このトゥスクル遠征に失敗しています。
故に我が國は、力を示す為の格好の的でしょう。
……来るか。
ええ、来るでしょうね。
来てくれると嬉しいねぇ。
でも……でも、アンジュなら……
もういい。自分すら騙せぬ嘘など、聞くに堪たえん。
お父様……
ヤマトへの侵攻は既すでに決定された。お前が何を言おうと覆くつがえることはない。
ッ……でもЦ
これは國是である。これ以上、半人前の其方そなたが口を出すことは許さぬ。
連れて行け。クオン、少し頭を冷やせ。
さぁ、クーちゃん。
フミルィルが、そっと手を握ってくる。
病み上がりなんですから、まだしばらくは安静にしてませんと。
ま、待って、私わたくしは━━
……女皇みこと。
するとベナウィが跪ひざまずき、深々と頭を垂れる。
突然のことに皆みなが息を飲み、辺りが静まり返った。
これまで敬意を表し頭を下げることはあっても、跪ひざまずくことのなかったベナウィ。
それが皇オゥルォである父にでなく、私わたくしに跪ひざまずき深々と頭を下げている。
御躰の具合は如何いかがですか。
ベナウィの声が静かに響く。
ぇ……何とも……ないけど……
見たことのない光景に思考が止まり、思わずそう答えてしまう。
気分が優れなかったり、御躰に違和感を感じたりはしませんか？
それは……
胸に何かつっかえた感じがして、まだ少しだるいけど……これは病み上がりだからだよね。
やはり、違和感を感じますか。
あ……でもこれは……
禁を破り、力を解放されましたね？
━━Ч
その言葉に、背筋にヒヤリとした感覚が走る。
朧気おぼろげながらに覚えている。自分が何をしたのかを……
そんな……つもり……
決して『力』を……『血』を解放させてはならない。
幼い頃から『お母様』に何度も言い含められ、約束してたこと。
躰の中の、更にその奥底のあるモノ。それを呼んでは……その呼びかけに応えてはダメだって。
大変なコトになるから、絶対にダメって言われたのに。
それを破ってしまった。
あんなに約束……してたのに……
いえ、そのことを責めているのではありません。女皇みことには知っておかねばならぬことがあるからです。
え……
待てベナウィ。
誰とは言いませんが、粗忽な真似をしたことで状況が変わりました。このまま何も知らないでいることは、かえって危険と具申します。
とと、ヤベ……
もし、これまでのように、また黙って抜け出すようなことになれば……
場合によっては、最悪の事態になりかねないかと。
ぬ……
それを回避する為にも、女皇みことには御自身がどのような状況におかれているか、理解していただく必要があります。
状況って……何のことを……
ベナウィの態度といい、何だか胸騒ぎがする。
女皇みこと。女皇みことのその違和感は、癒えたと思われていた病が再び芽吹いた為のものです。
薬師くすし様の診断では、女皇みことが力を解放したことにより病も活性化、再発したのではとのこと。
再発って……何の……
いきなり……何を言ってるのかな。私わたくしは病気になんて……
そんな覚えは無いし、もうどこも悪くない……
そうか、きっと行かせない為にそんなこと言って……
女皇みことが覚えていないのも無理ありません。あの頃はまだ幼かった上に、意識を朦朧とさせておりました故。
でも……別に気分が悪いとか、痛いとか全然ないし……
仮にそうだとしても、これを病気とか……大袈裟かな。
あの……
クーちゃんの病って……
……………
カミュお姉さま？
アルルゥお姉さま？
フーちゃんは知らなかったよね。あれは……フーちゃんがまだ奉公に上がる前だったから。
小っちゃな時にね、クーちゃんが急に倒れたの。それで、すごく高い熱を出したとおもったら、氷のように冷たくなったり……
すぐに判った。それがユズっち……クーちゃんのお母さんの命を奪ったのと同じ病気だって。
躰の中に宿るいろんな神様が、それぞれが加護を与えてくれようとして争っちゃう病気。
次々に神憑カムナが変わっちゃうから、それに躰が耐えられなくなって……それで……最後は……
そんな……
おそらくは、これまで女皇みことの『血』が身に宿る神々を押さえ付けていたのでしょう。
それが力を解放したことにより、押さえ付けられていたものの枷かせが外れたのか。
それとも力に触発され活性化したのか。
何いずれにせよ、このまま病に蝕まれることになれば。
女皇みことの御躰はそれに耐えられなくなり……
崩壊します。
『いい、クオン。深淵……内から聞こえる声に絶対に耳を傾けちゃダメよ』
『もしそれに応えてしまったら……みんなと離れ離れになっちゃうかもしれないの』
『だからお願い、約束してね……』
あれは……こういう意味だったんだ。
罰バチが……あたったんだ……
あんなに言われてたのに約束を破ったりしたから……罰バチがあたったんだ……
……ですが。現在は沈静化し、容体も安定しております。
このまま療養に専念し、穏やかに過ごすのであれば、何いずれそれも鎮まるであろうとのことです。
それ、ホントЧ
まだ予断は許しませんが、薬師くすし様の御言葉ですので。
よかった……よかったよぉ、アルちゃん。
ん。
本当に……クーちゃん、よかったですね。
う、うん……
女皇みこと。
今はどうか、御自愛を……
女皇みことの御躰に何かあれば、このトゥスクルは暗雲に包まれましょう。
多くの責任を担う立場であることを御理解ください。
それではクーちゃん。お部屋に戻りましょう。
今はただ、ゆっくりと躰を労ってあげて。ね？
皆みなさん、お願いします。
女官
『畏かしこまりました。さぁ、女皇みこと、こちらへ』
フミルィルの言葉に、女官達が取り囲むようにして部屋へ戻るよう促うながしてくる。
え？あ……ま、待って、私わたくしは……
それに抵抗しようにも、躰に力が入らない。
お父様……まだお話が……どうか、ヤマトだけは……
お父様━━……
いいんですかい、本当のことを言わなくて？お嬢の病なんてとっくに完治……
いや、完治ってより、お嬢の『血』に━━
クロウ。
っと、こいつは失言でした。
お前の言いたいことは判る。だが、今はまだ……その時ではない。
というか、クロウ。
何ですかい？
お前が言うな。
む～、もう！ホントにそうだよ！
っとと、どうしやした、そんな睨にらんだりして。
こんな事にならないよう、ゆっくり説得するつもりだったのに。クロウ兄様があんなこと言うから！
さぁて、何のことやら。
てんで身に覚えが無いんですが、もしかして何か余計なこと言いやしたかねぇ？
白々しい。
そうだよ、わざとクーちゃんの記憶を揺さぶるようなこと言って。
クーちゃんが可愛いからって、イジワルなことばっか。
ま、言いたいことは判りやすがね。
悠長に何も知らないままでいて、ある日突然、思い出したりでもしたらどうしやす。
お嬢のことだ、そのまま黙って失踪って光景が目に浮かぶんですがね。
う……
にしても、お嬢は……
自分のことより親友ダチの心配とは。
ホント、誰に似たんだか。
ふん、当然だ。俺の娘なのだからな。
その夜。
クオンは女官たちによって見守られながら、寝室で静養している。
部屋の外では衛兵たちが警護にあたり、不測の事態に備えている。
このまま、何事も無く夜は更けていくと思われたが……
まもなく夜明けとなる頃、うっすらと霧のようなものが、辺りに漂いはじめた。
衛兵たちは、それが部屋の中から漏れ出たものと気づく間もなく、がくりと首を垂れ、眠りに落ちていく。
全ての衛兵が倒れ、いびきをかき始めた頃……ゆっくりと扉が開いて、クオンが現れた。
用心深く周囲を見回し、起きている者がいないか確かめる。
大丈夫、気付かれてない。
帰るんだ……皆みんなのとこに……
クオンは、一心不乱に走り始めた。

Ģ
Ķ
ٚ
ٚ
ٚ
˅
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トゥスクルの大地を、クオンは疾風のように駆け抜けていく。
急がないと……！
谷間にさしかかるとクオンはさらに加速して、一気に跳躍した。
幾つもの山を駆け、谷を飛び越え……
ついには夜明けとなっても、クオンは止まらず、ただひたすら先を急ぐ。
ウギーッ！
ウギギッ！
ヌホーッ！
森にさしかかり、キママゥの群れが行く手を阻む。が、クオンはそのまま突っ込んでいく。
クオンを捕まえようと、キママゥが次々と飛びかかってくるが、クオンは巧みにかわし続ける。
えっ……
キママゥは手強いと感じたのか、四方から同時に攻撃をしかけようと、クオンを取り囲んだ。
フンバ┻╋┳ッ！
これはさすがのクオンも避けきれず、キママゥの群れに飲み込まれたが……
キママゥは圧倒的な力で吹き飛ばされ、地面にたたき付けられて、そのまま気絶してしまう。
ふぅ……
クオンは溜息をついて立ち去ろうとするが……
クー。
ふいに現れたのは、アルルゥだった。
やっぱり、抜け出して来ちゃったんだね。
羽音とともに空からカミュが舞い降り、クオンを心配そうに見つめる。
行かせてくれないんだ……
激情を抑えた声でそう言うと、クオンはアルルゥとカミュをきっと睨みつける。
ダメ。
クーちゃんは病み上がりなんだよ。そんな無茶なコトしたらダメだってば。
でも……でも、戻らなきゃ！皆みんなに……皆みんなが……
クオンは二人を無視して、そのまま駆け出していく。
安静にしてなきゃいけないのに……
仕方ない。聞き分けないコは、お仕置き。
っ……
再びクオンの行く手を阻むモノ達が現れる。こうなれば、徹底的に戦って突破するしかない。
システムメニューの用語辞典に戦闘指南が追加されました
戦闘指南にはシミュレーションパートについての様々な情報が記載されています。
戦闘に関して分からないことがあったら確認してみましょう。
リングに合わせて○ボタンを押すと『連撃』が繋がります。
リングが中央に収縮するタイミングを狙って押してみましょう。
ジャストタイミングでボタンが押せると『クリティカル』になります。
ダメージが増加し気力もより多く溜まります。積極的に狙っていきましょう。
あっ、あれ？まさか……こんな所で？
Ĵ
ハァ、ハァ、ハァ……
ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ━━
クーちゃんЧ
だ、大丈夫Чだからダメって言ったのに……もう、こんな無茶して。
ね、帰ろ？クーちゃんは病み上がりなんだよ。
もう……平気……
平気だから……
行かなきゃ……
帰るんだ……皆みんなのとこに……
行くことは許可出来ない。
っ……
……クーは強いコ。あれをねじ伏せ、支配してる。
でも、ずっと抑おさえ続けられるとはかぎらない。
いつかきっと破綻する。
そんなの、やってみなくちゃ判らないよ！
そうだよ……私わたくしは病なんかに負けない！
精一杯やってみて、それで病なんかに負けるのなら、所詮しょせん、私わたくしはその程度の━━
ッЧ
…………
アルちゃん……
……ぇ？
ア……アルルゥ姉様？
所詮しょせん、その程度？
あ……
ちが……そんなつもり……
クー。
クーは、ありったけの愛を受けて産まれた。
クーの命は、愛そのもの。
それを軽んじるような真似は……クーであっても許さない。
ごめ……なさい……
ごめんなさい……
ごめんなさい……ゴメンナサイ……
クーは……
クーは、絶対に無理をする。
クーは、みんなのため『力』を使う。
傷ついても、命削っても、クーは戦う。
クーは……お父さんの娘だから。
わたしも、カミュち～も、フーも、クーが大切。クーがお友達を心配するのと同じ。
でも……
でも……みんなに……
初めての……お友達……
私わたくしのことを姉と慕ってくれた……
私わたくしのこと……仲間って認めてくれた……
なのに……
なのに私わたくしは……みんなを……
それ程までに、友の所へ行きたいか。
それ程までに、友を助けたいか。
………………
言われたはずだ。お前が行ったところで状況は何も変わらぬと。
我がトゥスクルのヤマト侵攻が覆ることは無い。
所詮しょせん、お前一人加勢したところで、たかが知れている。
ああ、理屈ではないのだろう。
だが、お前は俺の後を継ぎ、民を導くことを宿命づけられた……俺の娘だ。
それを、己の民を捨てて行くというのであれば、もう何も言わん。
わた……しハ……
……聖上。
ぬ……？
わた…ク…しハ……
む……ぅ……
女皇みこと、気が急くあまり視野が狭まっているように見受けられます。
友を想うのならば、まずは心を静め、大局を見定めることです。
……大……局？
御自身が何者であるかを。そして貴方様にしか出来ないことがあることを、お忘れではありませんか。
追放された皇女アンジュに力は無く、覇を求める者達がその身を求めて群がってくることでしょう。
そこに貴方様一人が駆け付けたところで、どれ程のものか知れております。
ですが、それがトゥスクルの皇女としてなら？
ぁ……
トゥスクルの皇女としてであれば、その友人達を救済することも可能でありましょう。
ヤマトへの侵攻も、アンジュ皇女殿下に代わり行うのであれば、見方を変えれば友を守ることになるかと。
それは……でも……
ええ、詭弁です。
それが、どうかしましたか？
どうかって……
言ったはずです。大局を見定めなさいと。
民を導く、即すなわちその命を背負うということ。
皇オゥルォたるもの清濁併せ呑のむは必然。目的の為に詭弁を弄もてあそばせずしてどうすると、そう教えたはずです。
女皇みこと。友の為、貴方がすべきは駆け付けることではありません。
ただ一言、我等に命を。
女皇みこと、御命令を。
━━報告します！
む……
……ふん、動いたか。
これで、アンジュ皇女殿下の立場は更に苦しいものとなりましたか。
この匂におい、気に喰わん。何やら裏でコソコソ動いている奴がいるとみえる。
さて、どうしやす。混乱のドサクサに紛れてヤマトを落とすってのが、ちょいと難しくなりやしたが。
問題ない。そうでなくては、つまらんというものだ。
ういっス、そうこなくっちゃなぁ。
………………………
それは……確かなの？
この知らせは、ヤマトに居るお二方からのものです。
まず間違いないかと。
……そう、お母様達の。
…………ハク。
みんな……私わたくしは……
クオンさま？
……………………
ならばヤマトには私わたくしが……我われが行ゆく。
ぬ……
お父様、ヤマト遠征の采配、我われに一任を。
我が精鋭を率い、見事ヤマトを落として御覧に入れます。
むぅ……
クーちゃん……
やれやれ、安静にしてろと言われてんのに。結局、お嬢が行っちまったら本末転倒でしょうが。
我われがするは後方での采配のみ。兵つわもの共の手柄を奪うような無粋な真似はせぬ。
ならば問題あるまい。
そりゃあ……
何言ってるの、駄目だよそんな━━
やらせたらいい。
アルちゃんЧ
こうなったら、クーは止まらない、止められない。
女皇みこと。
すまぬな、ベナウィ。少々取り乱していたようだ。
其方そなたの言うとおり、大局を見誤るところであった。
ああ認めよう、確かにヤマトは脅威だ。この目で見て、感じ、思い知らされた。
そして知らせが確かであるなら、そう遠くない内にヤマトは再びこのトゥスクルに侵攻してくることも。
なれば……待つまでも無い。
このトゥスクルに仇成す者は、我われが討つ。
お前が行く必要は無い。
いえ、我われが行くことに意味がありましょう。
そうだな、ベナウィ？
辛つらい想いをすることになりますが。
それが？
友に裏切り者と罵られ、憎まれることになるでしょう。
くどい。
我われはクオン。トゥスクル皇オボロの娘にして、祖皇そおうハクオロの血を受け継ぎし者、天子クオンぞ！
……そこまでの覚悟があるのなら、もう止めはせん。
ならばトゥスクル皇オボロとして命ずる！
我等が精鋭を率い、見事、ヤマトを簒奪してみせよ！
勅命、謹んで承うけたまわる。
我がヤマトを攻め落とす！
……これでいい。
これで、みんなが……
ああ、そっか……クオンで居られた刻は……
私わたくしが、只ただのクオンで居られた刻は……終わっちゃったんだ。
クロウ、ベナウィ、出撃でるぞ。
ういっス。
御心みこころのままに。
刻は半月ほど遡さかのぼる……
ここは……
目覚めると、そこは見知らぬ部屋。
何処どこだ此処ここは……何故、こんな所に……
失礼するです、兄あにさま。
ネコネ……？
起きてたですか。おはようございます、兄あにさま。
兄あにさま……だと？
━━ッЦ
そうか……そうだったな。
ネコネの言葉で頭の中の靄が晴れていく。
自分……いや、某それがしの名はオシュトル。ヤマトの右近衛大将オシュトルだ。
ハクという男はもういない。いてはならない。ハクが死に、オシュトルが生き残ったのだ。
ならば、いつまでも布団で丸くなっているわけにはいかないか。
未練を断ち切り、こちらを見つめるネコネに声を返す。
おはよう、ネコネ。
……ハイです、兄あにさま。
帯を解き、寝間着から正装へと着替える。
その傍かたわらで甲斐甲斐かいがいしく手伝ってくれるネコネ。
どうぞ、兄あにさま。
……ああ。
手渡してくれた上着を羽織ると、ひとまず身支度は完了した。
今日、これからの予定は？
振り返ってネコネに尋ねる。
はい。まずは御前━━、イラワジさまに、お目通りしていただきますです。
エンナカムイ皇、キウルの祖父ジイさん……だったな。
御前、なのです。
……む？
長い帝都での暮らしで『御前』とお呼びしてたこと、お忘れなのです？
そう……であったな。
御前はとても優しい御方おかたなのです。あまり豊かでは無いこの國の民が不自由なく暮らしていけるのも、御前のおかげなのですよ。
そして教養の高い方で、歌や芸術や文学をこよなく愛する方なのです。
都みやこから貴重な書物を取り寄せては、そこに記された物語を語って下さったのです。
ほう……
こう言っては失礼かもしれんが、辺境の國の皇オゥルォと聞いて、もっと肉体派というか豪快な人を想像していた。
だが言われてみれば、この寝室もずいぶんと落ち着いた雰囲気だ。
さすがに宮廷と比べれば質素な造りではあるが、品の良さでは何ら遜色ない。
わたし達兄妹が、没落した家の出でありながら帝都へ仕官することができたのも、あの方の御力添えのおかげなのです。
本当に、御前にはいくら感謝しても足りないのです……
そう言って微笑むネコネの顔に、ほんのわずかに暗い陰がかかる。
兄と過ごした幼い頃を思い出したか……
だがネコネはすぐに何事もなかったように顔を上げると、扉に向かって歩き出した。
こちらなのです。
ああ、案内頼む。
おはよう、二人とも。
辛つらい旅路であったようだが、具合の方はどうかね？
はいです。おかげさまで、すっかり良くなったのです。
そうかそうか、それは何より。
ただ、兄あにさまはヴライ将軍との戦闘により、少々記憶が混乱しているようなのです。
昔のことを忘れてしまってたり、思い違いがあったりするみたいなのです。
なんと、それは大丈夫なのかね？
ハイ、薬師くすし様の話では、しばらく経てば自然に治るだろうとのことです。
ですので兄あにさまが少しちぐはぐなことを言うかもですが、あまり気にしないでくださいなのです。
そうか、大事は無いか。ならばゆっくりと傷を癒すとよい。
……この人がキウルの祖父ジイさんか。
人が良さそうな笑みに、温厚そうで柔らかな目の光りを湛えている。
確かに、皇オゥルォというより、俳人とか芸術家とでも言った方がしっくりくる佇まいだ。
ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませぬ。
話はネコネから聞いた。國の大事なのだ、なんの遠慮があろうか。
キウルと同じようなことを……
顔はあまり似ていないが、やはりアイツの祖父ジイさんということか。
そもそも、このエンナカムイは其方そなた達の生まれ故郷ではないか。歓迎こそすれ、拒む者など誰ひとりおるまいよ。
ありがとうなのです、御前……
しかし、このようなことになろうとはのぅ……
そう呟き、イラワジは天をあおいだ。
帝ミカドが崩御なされ、このヤマトの一大事……
何より姫殿下が……何とお労いたわしい。まだ幼い御身おんみで、このような目に……
姫殿下は何処いずこに……？
今は迎賓館で休んでおられるよ。後で伺うと良い。オシュトルが顔を出せば、姫殿下も安心なさる。
迎賓館？
いやしかし、あの小さかった其方そなたが今や右近衛大将とはのう……
確かに其方そなたには帝都で官職についてもらい、このエンナカムイとの橋渡しをしてもらおうとは思っておったのだが。
まさか右近衛大将にまで登り詰めるとは、夢にも思わなんだ。
いえ、若輩者には身に余る地位ではありますが、今となっては……
そうだな、このような事になっては、もはやそうも言ってはおられぬな。
姫殿下の御身おんみは、必ずお護りしよう。儂わしにできることがあれば、遠慮なく何でも頼ってほしい。
ありがたき御言葉。改めて感謝いたします。
取り急ぎ、各所の門には物見の兵を増やしておいた。
すぐに敵襲があるようなことはなかろうが、用心しておくに越したことはないからのぅ。
いえ、某それがしも的確な措置だと。
うむ……
しかし知っておるだろうが、この國は山々に護られていることもあり、何かしらの侵攻を受けたことがほとんど無い。
それ故に、兵の練度は世辞にも高いとは言えぬ。
やることといえば農作業を手伝ったり、畑を荒らす獣を退治したりといった雑用ばかり。
まともに実戦を経験している者など皆無と言ってよいだろう。
兵だけではない。この儂も、花や鳥の名ならいくらでも諳そらんじることができるが、戦いくさの事はまるでわからん。
ここはエンナカムイ。別にそれで良いと思っていたのだがなぁ。
御前……
この先、このエンナカムイは嵐に巻き込まれるであろうな。
その時、もしここに攻め入られたら……正直、儂ワシでは民を守りきることは難しい。いや、出来ぬと言った方が良いだろう。
故に、今後は其方そなたに全権を委ねたいと思う。采配から政まつりごとに至るまで、全てをな。
某それがしに……いや、しかしそれは……
ちょ、この爺さん何言ってんだ。いくら右近衛大将にとはいえ、皇オゥルォが全権を明け渡すなんて無茶苦茶もいい所だろ。
それならキウルに……
いや、キウルではまだ荷が重いということか。
このヤマトの大事。そうでもせねば、乗り越えることは出来ん。
それは其方そなたが一番よく理解しているのではないかね？
…………
ヤマトの双璧と謳われ、帝ミカドの信も厚い其方そなたにならば、安心して任せることができる。
引き受けてもらえんかのぅ？
もったいなき御言葉……
頭を下げつつ、しばし考える。
本物のオシュトルならいざ知らず、こちらも戦いくさに関しては素人だ。
剣や弓の腕もなければ、戦略やら戦術なんてモノに関する知識もまったくない。
だが……
だが自分は……いや、某それがしは━━
このオシュトルめにお任せを。その役目、承りましょうぞ。
あ、兄あにさま……
ネコネの戸惑いも無理はないか……しかし、引き返すことはできん。
おおそうか、引き受けてくれるか。すまぬな、其方そなたにはいつも苦労をかける……
苦労だのと。そのようなこと、思うたことありませぬ。それに某それがしには、頼もしい妹もついております故。
……はいです、兄あにさま。
よろしく頼むぞ、オシュトル。今後儂ワシの許可など要らぬ。何気兼ねなく、思う存分に采配すると良い。
重ね重ねの御厚意、痛み入ります。
ほっほっほっ……本当に、立派になったのう、オシュトル。
髭ヒゲを撫でつつ、しばし満足そうにうんうんと頷いていたイラワジだったが、やがて、ふと思い出したように切り出してきた。
時にオシュトル、キウルのことだが。あの子は役に立っておるかの？
無論。未だ拙つたない所もありましょうが、それは経験の少なさによるもの。
キウルは國を治める才を秘めています。
某それがしにとっても、最も信を置く者。いずれこのエンナカムイを背負うに相応ふさわしい者になりましょう。
それ故、今はキウルにしかできない大事な役目を任せております。
そう答えると、イラワジは満足げに相好を崩した。
そうかそうか、それは重畳。なかなか世継ぎに恵まれなかったものでな。あのとおり甘やかせて育ててしまったからのぅ。
其方そなたの足を引っ張っているのではないかと、心配しておったわい。
そうか、役立っておるか……キウルを其方そなたに預けたのは、間違いではなかったようだ。
嬉しそうに目を細めるイラワジ。よほどキウルの事が可愛いのだろう。
キウル……今頃どうしている。近衛衆の帝都脱出を任されていたが、上手くやっているのか？
濡れ衣とはいえ、オシュトルには帝ミカド暗殺を共謀したという嫌疑がかけられていた。
その上、救う為とはいえ宮廷を襲撃し皇女さんの誘拐。
朝廷からすれば、最早もはや立派な謀叛人だ。
当然、オシュトルの配下である近衛衆への嫌疑は避けられないものとなる。
挙げ句、皇女さんを攫さらったまま行方をくらましたとなれば、彼らの扱いは……
だからこそオシュトルは、近衛衆をつれて帝都を脱するようにとキウルに言い付けた。
近衛衆にも顔が利き、かつ信頼のおけるキウルだ。その役としては一番の適任だろう。
あのオウギも同行しているのだから心配ないと思いたいが、大所帯である近衛衆を連れて帝都を抜け出すのだ。
更に、その家族も一緒にとなれば、その規模はゆうに三倍は膨れあがる。
いくら混乱に乗じてとはいえ、そう容易たやすいことでは無いだろう。
それに、朝廷もむざむざ見逃すとは思えん。すぐに気付き、追っ手を差し向けてくるに違いない。
無事でいてくれると良いが……
それで其方そなた達、これからどうするつもりかの？
ハイです、いつまでもこちらに逗留させていただくわけにもいかないですし、早々に当家に移動しようかと。
ふぅむ、そのことだが、今後はこの城を自由に使うと良い。
政まつりごとをするのであれば、そうした方が何かと都合が良かろう。
ですが……
よいよい。何せ部屋だけは無駄にたくさんあるからの。ほっほっほっ━━
はいです。では、御好意に甘えさせていただきますです。
イラワジと別れて屋敷を出ると、すでに日は高く昇りつつあった。
山間を縫うように縦横に走る細い路地。
果物の詰まった籠かごを背負った農夫や、洗濯物を抱えて洗い場に向かう女達が行き交う姿が目に入る。
昨夜は真っ暗で何もわからなかったが……ここがオシュトルの故郷か……
そういえば、他の皆みんなはどうしている？
まだ休んでもらってるです。皆、疲れている様子でしたので。
そうか。あの強行軍だ、無理もないか。
だが、一番疲れているのはネコネ、お前だろう……
そう思いはしたものの、口には出さないでおく。
今は体を動かしていた方が、辛いことを思い出さずにすむだろうしな……

『この國の守りがどうなっているのか、まずは確認したい』
そう告げると、ネコネは物見台に案内してくれた。
これは……すごいな……
ここから、このエンナカムイを一望できるです。
人どころか動物の出入りすら阻むかのような、高く険しい崖。
そんな崖に囲まれたすり鉢状の土地に、大小の家屋が転々と散らばっている。
その向こうに目をこらすと、國の周囲には険しい山々や深い渓谷が幾重にも連なっていた。
自然の織りなす城砦、エンナカムイと呼ばれるのも、あながち誇張ではないか。
ここを落とすのは骨が折れそうだ。
ハイです。だからこそ、このエンナカムイは樹立以来一度も外敵から狙われたことはないと言われているです。
確かに、こんな素朴な所では、余程のうま味が無ければ割に合わんしな。
となると、やはり問題は兵か……
ハイです。先ほど御前も仰っていたとおり、このエンナカムイの兵は、ほとんど戦ったことが無いのです。
訓練も剣の代わりに鍬くわを振っていたですから、実戦も推して知るべし……なのですよ。
ふむ……まずはそこから手を入れる必要があるか。
そんな風にネコネと話していると、背後に漂う妙に堅苦しい雰囲気に気が付いた。
ん？
！
振り返ると、物見の兵があわてて姿勢を正す。
そんなに畏かしこまる必要は無い。ここは戦場いくさばではないのだ、もっと楽にするといい。
い、いえッ！失礼しましたッ！
見苦しい所をお見せしました！
兵達は直立したまま、緊張にうわずった声でそう答える。
……そうか。
こうやって畏かしこまられると、どう返していいか戸惑うな。やはりオシュトルのようにはいかんか。
いや、某それがしがオシュトルなのだ。それを忘れるな……
……兄あにさま、参りましょう。次は厩所うまやどころへ案内するです。
そうだな、頼む。
それにしても……
山間の細道をネコネと並んで歩きながら、思わずため息をつく。
オシュ……某それがしはここで生まれ育ったのだというのに、何故皆みなはこうも堅苦しいのか。
あの後も何度か兵や村人とすれ違ったが、誰もがこちら見た途端、あわてて道の脇に飛び退き、深々と頭を垂れる。
中には地面に跪ひざまずく者までいる始末だ。
兄あにさまはヤマトの双璧。下級貴族でありながら右近衛大将にまで上り詰めた、このエンナカムイの英雄。
兄あにさまに憧れて、兵を志した者も少なくないのです。
……だから、兄あにさまとして恥ずかしくないよう振る舞ってくださらないと困るです。
最後に声を潜め、ネコネはそう囁いてきた。
……ぬぐ。
わかった、肝に銘じておこう。
どうも互いにぎこちないな。とはいえ、兄を亡くしたばかりのネコネに慣れろというのは酷な話だ。
ネコネは十分に頑張っている。お互い、少しずつ慣れていくしかないか……
……む？
何か騒がしいのです。
見ると、干し草を満載にした荷車が、道の真ん中で立ち往生していた。
その前には困り顔の二人の農夫。
道を塞がれた人々が、口々に農夫に文句を浴びせている。
もし、どうかしたです？
いや、まいっちゃってよ。荷車が急に動かな……ひぇッ！オ、オシュトル様Ч
も、申し訳ありません！すぐに退きますんで！おい、お前そっちから押せ！
あ、ああ……行くぞ。せーの、ぬぉおぉぉぉ……
ぬぅぅぅぅ……
……車が動かんのか？
へ、へぇ……実はそのとおりでして。
どこも壊れた様子はないのに、急にウンともスンとも言わなくなっちまって……
どれ、見てみよう。
あ……
二人の農夫を脇へどかせ、荷車の前に座り込む。
どれどれ。
オ、オシュトル様Ч
確かに、車輪には特に異常はないようだが……
ならば、こっちか？
袖をまくって、荷車の下に潜り込む。
オシュトル様Чな、なんということを！
おやめくだされ！オシュトル様のお手を汚させるわけには……
気にしなくていい。どれ━━
しばし荷車の底を観察すると、やがて左右の車輪を繋ぐ軸の裏に何かが挟まっているのを見つけた。
なるほど、コイツか。
石で軽く小突いてやると、それは難なくポロリと外れた。
荷車の下から這い出し、拳こぶしほどの大きさのその石を農夫達に見せてやる。
こいつが車軸と底板の間に挟まっていたのだ。これで問題無く動くだろう。
荷車に手をかけグッと力を込めると、車輪は難なくゴロゴロと回り出す。
あ、ありがとうございます！
さすがはオシュトル様だ……！
かしこまるやら感動するやら大騒ぎの農夫たちに別れを告げ、再びネコネと歩き出す。
……兄あにさま。さっきのことなのですが。
む？
たしなめるような口調のネコネに、やや気まずい思いで振り返る。
もしや……不味かったのか？
すまぬな。以後は気をつけるとしよう。
いえ……
きっと、兄あにさまも同じ事をしていたと思うです。
オシュトルが……？
ハイです。兄あにさまは兄あにさまの思うまま振る舞えば……それが一番いいのかもしれないのです。
少しは……信頼してくれたということか。
でも、もし兄あにさまを辱めるようなことをしたら……判ってるです？
何か……背筋が……
自分らしく……か。
これでいいのか、オシュトル……
а
次は何処どこへ？
………
畑を縫うように続く細いあぜ道を、ネコネに先導されるまま進む。
道具や荷物を抱えた人の姿が、畑のそこかしこに見えた。今日の野良仕事を切り上げ、帰途に就くところなのだろう。
帝都のように家が建ち並び、通りにヒトが溢れている街とは、まるで対照的な風景だ。
のどかな場所だ……こんな状況でなければのんびり出来るんだろうが。
次第に家の数は減り、手つかずの林や森が広がっていく。
……随分外れの方まで行くんだな。
…………
ネコネ、一体どこへ向かっているのだ？
すぐに判るのです。
ネコネはこちらには顔を向けることなく、真っ直ぐ前を向いたまま歩を進めていく。
……何だ？怒っているとかいう訳ではなさそうだが、妙に表情が強張っている。
子供
もしかして、あの方がオシュトル様……？
……ん？
そうだよ、お帰りになったって、ホントだったんだ！
見れば子供達が畑の向こう、ちょっとした大木の陰から顔を出していた。
自分が目を向けると慌てて引っ込んだが、しばらくするとまた顔を覗かせ、恐る恐るといった様子でこちらを窺うかがっている。
立ち止まり、子供達に向けゆっくり大きく手を振る。
子供達
「「……Ц」」
歓声を上げた子供達は、照れた様子でまた木の陰に隠れてしまう。
が、またすぐに姿を見せた彼等の顔は、純粋な憧れに輝いていた。
ん？
いつの間にかネコネも立ち止まり、こちらをじっと見詰めていた。
……どうして今、手を振ってあげたですか。
さてな。某それがしにも判らん。
奴なら、こうしたんだろうな……
ネコネは何かを我慢するかのように顔を背けた。
ネコネ？
なんでも……ないのです。
それだけ口にすると、ネコネは再び自分に背を向け、歩き始める。
もう少しで着くです。
……？
小さな背を向け前を行くネコネは、その尻尾を不自然にゆらゆらと揺らしていた。
着いたのです。
ネコネがようやく立ち止まったのは、集落の外れ近くにある一軒家の前だった。
周囲の家からは距離がある分、小さいながらもよく手入れされた庭まである、広々とした屋敷だ。
ここは誰の家なんだ？
『わたし』の……家なのです。
目の前にある家を見詰めたまま、ネコネはそう告げる。
言葉の意味を理解し、頭の芯がスッと冷えた気がした。
そうか……某それがしの……
母ははさまのことを誰よりも気に懸けている兄あにさまが、家に寄らないのはおかしいのです。
……そう……だったな。
仮面アクルカの表面を掌てのひらで撫でる。
せめて母親には、本当のことを告げるべきか？
母ははさまに本当のことを言っては……ダメなのです。
まるでこちらの考えを読んだようなネコネの言葉。
……何故なぜだ？
母ははさまは元々病気がちで、躰が弱っているです。特に最近は、目も悪くしてしまって……
これ以上、母ははさまの躰に障るようなことはしたくないのです。
家の方を見たまま淡々と告げるネコネに、自分も顔をそちらに向ける。
知らずに済めばそれに越したことは無い、か。
その言葉にネコネはゆっくりと頷いた。
偉人曰く、嘘というのは最後まで突き通せば真実になるものなのです。
もう……後戻りは出来ないのですよ。
もとより、後戻りなどするつもりはない。
自分……某それがしはきっと、地獄に堕ちるだろう。
これからやろうとしている事からすれば、それは当然の報いだ。
クイッ……
ん……？
自分の袖を、ネコネが軽く引いていた。
……兄あにさまは、一人ではないのです。
わたしも一緒なのですよ。何処どこまでも……例えそれが……
帰ろうか、ネコネ。
手を伸ばし、袖に添えられた小さな手にそっと重ねる。
はいです、兄あにさま。
握り返してきたネコネの指先はわずかに震えていた。
『さっきも言ったように母ははさまは目を悪くしてますです。あまり喋らなければ気づかれる心配も無いと思うです』
玄関をくぐる。屋内は住む者の人柄を偲ばせるように綺麗に整頓され、掃除も行き届いているようだった。
只今戻りましたです。
呼びかけたネコネの声に応え、奥でヒトの気配が動く。
まぁ、お帰りなさいネコネ。オシュトルも一緒なのね？
はい、母ははさま。
ネコネがそう答えると、声の主━━血の繋がりの無い母親が、壁に片手を突きながらおぼつかない足取りで近づいてくる。
すかさずネコネが母親に近寄り、その手を取ると寄り添ってこちらへと案内してくる。
彼女がオシュトルとネコネの母親か。名前は確か……トリコリと言うらしい。
ごめんなさいね、何だか回りがボンヤリと霞んじゃって。
いいのです、こうして母ははさまの側に居られるですから。
まぁ……ふふ、相変わらず甘えん坊なのね。
……本当にやれるのか？母親を相手にして、気付かれずに騙し通すことが出来るのか。
いや、やれるのかではない、やるしかないんだ。
まさか、この言葉が自分自身に跳ね返ってくるとは……ええい、儘ままよ。
ネコネに合わせるように彼女の方へと近付き、その細く小さな手を握る。
長らく、ご無沙汰しておりました……母上。
まあ……本当に……オシュトルなのね。
御奉公で忙しいでしょうに、帰ってきてくれるなんて。
例え忙しかろうと母上に会うためです。何という事はありませぬ。
兄あにさま、あまり長居は。席を空けたままにしておけないことを、忘れないでほしいです。
そうであったな。難儀なことだ。
長居せずに済むよう予め用意していたやり取りに、トリコリが笑みを浮かべる。
ふふ……ネコネったら相変わらず世話焼きさんね。
そういうわけではないのです。放っとくと夢中になって周りが見えなくなる兄あにさまがいけないのです。
ふふ……そうね、昔っからネコネはオシュトルが大好きだものね。
ねぇ、オシュトル。
はい、母上。
トリコリはこちらの手を優しく握り直すと、優しげな笑みを浮かべた。
貴方も何かと大変だとは思うけれど、躰に気をつけてね。若いからって、無理は禁物よ。
……はい。
それと……ネコネ。申し訳ないのだけど、棚の上にある籠かごを取ってくれないかしら。
あ、ハイです。
言われた通りの包みを手にするネコネ。それからは微かに香ばしい香りが漂ってくる。
オシュトルが好きな胡桃クルコの饅頭マムトゥよ。ゆっくりしていられないだろうと思って、作っておいたの。
持っていって、皆みなさんと食べてちょうだい。
足りなければまた作るから、遠慮しないでね。
それは……ありがとうございます、母上。
我が子に対する暖かい心遣いに、胸が締めつけられる。
本当に……いいのか？せめて母親には……告げるべきでは無いのか……
オシュトル、どうかして？
い、いえ……あ、いや……
せめて……母親だけには……
兄あにさま、そろそろ……
ネコネは感情の無い瞳でジッとこちらを見つめている。
……そう……だな。それでは母上、慌ただしいですが、行かねばなりませんので。
あら、来たばかりだというのに、ずいぶんと急ぐのね。
でも、仕方のないことかしら。詳しくは聞かされていないけど、今は大変な時なのでしょう？
あなたには……右近衛大将という大切な御役目があるものね。
目が悪いにも関わらず、彼女は表まで見送りに出てくれた。
また、いつでも帰ってらっしゃい。次に来る時は、ゆっくりしていけるといいわね。
はい、また近い内に。
ええ、行ってらっしゃい。躰には気をつけてね。
微笑みと共に届けられた言葉。押し潰されそうな罪悪感を堪こらえつつ家を後にする。
『本当に、あれでよかったのか？』
そう口にしそうになるのをグッと飲み込んだ。
それを言ってしまえば、ネコネ一人に責めを背負わせることになる。
いいのです。
ネコネがボソリと、そう呟いた。
これで……いいのですよ……
こちらに言うというより、まるで自分に言い聞かせるかのような呟き。
それが、いつまでも耳に残って離れなかった。
ネコネ……
母の元を辞した後、ネコネと共に城まで戻る。
向かうのは更に奥。普段は賓客をもてなすのに使われる迎賓館。
そこで療養しているアンジュの様子を窺うかがう為である。
━━失礼いたしまする。
部屋に入ると、アンジュは奥に設えられた床から半身を起こし、窓の外の景色を眺めていた。
皇女さん……
あ……
こちらに気付いたアンジュは床を抜けだすと、ヨロヨロとした足取りでこちらにやってくる。
いけないのです姫殿下、まだ無理をなさっては━━
ネコネがそう言い終わる前に、ニ、三歩歩いたところで、アンジュは足をもつれさせてしまった。
あうッ……
━━っとЧ
とっさに駆け寄り、よろめいたアンジュの躰を抱きとめる。
皇……姫殿下、大丈夫ですか？
あ…ぅ……
いつも笑顔だった、あの天真爛漫な皇女さんが、こんなに怯えた顔をして……
無理もないか。この数日の間に、あまりにも多くのことがありすぎた。
そして目覚めればたった一人。さぞ不安だったろう。
申し訳ありませぬ、もっと早く参上するべきでした。
う…うう～……
まだ、声を出すことが出来ないのか。
こちらに回したアンジュの手に、力が込められるのが伝わってくる。
こちらも優しく力を入れる。安心したのか肩の震えが治まり、そのまま甘えるように身を寄せてきた。
アンジュの躰をそっと抱き上げ、再び寝床に横たわらせる。
あぅ……
枕元に寄り添うように座ると、アンジュは安心したように眼を細める。
ネコネ、姫殿下の御容体は？
ハイです。薬師くすしさまが言うには、やはり何らかの薬物を使われた痕跡があるとのことです。
クオン殿の言っていた、心の働きに作用する薬……というヤツだな。
……ハイです。
クオンの名に、ネコネはほんのわずか瞳を潤ませるが、堪こらえるようにギュッと両手を握りしめた。
そして振り切るように一呼吸置くと、そっと耳打ちしてくる。
ただ、それが具体的に何という名の薬なのか、その作用を打ち消すような薬があるのか……
そういったことまでは、判らないそうなのです。
そうか。
こんな時、クオンがいてくれたら……
いや、今更言っても仕方ないことだ。今は自分達に何ができるかを考えなければ。
ですが、薬師さまによると、今は緩やかながら快方に向かっているとのことです。
このまましばらく養生を続ければ、いずれは元気を取り戻されるでしょうと……そう仰っていました。
確かに、監禁されていた時と比べると、少しばかり意識がはっきりしてきたように見える。
その『しばらく』に、どのくらい掛かるかは？
………………
ネコネは黙ったまま、ただ静かに首を横に振る。
……そうか。
つまり、皇女さんが治る前に帝都からの追っ手が伸びてくる可能性は高い、ということか。
……う？
こちらの心中を察したのか、アンジュが不安げに顔を上げた。
……っと、いかんな。
ご安心を。姫殿下の御身おんみは、必ずや某それがしがお護りしましょう。
言いながら、ぽふっとアンジュの頭の上に手を乗せる。
アンジュは少し驚いたような顔を見せたが、すぐにくすぐったそうに眼を細めた。
ん……ふぅ……
そのまま、しばらくアンジュの髪を優しく梳いてやる。
アンジュは気持ちよさそうに身を委ねていたが、やがてすぅすぅと小さな寝息を立て始めた。
姫殿下を……頼む……
ああ、わかっているさ、オシュトル……
……疲れた。
部屋に帰ってくるなり、一日の疲労がたまった躰をどかりと床に投げ出す。
自分がオシュトル……か。判ってはいたが、前の時の遊びで成り済ましたのとは訳が違うな。
人に成りきるのがこれ程大変だとは。
今日あった出来事を思い出すだけで、さらに躰が重くなるのを感じる。
だが受け入れなければならない。そう……決めたのだから……
もう寝るか。明日もやることが山積みだからな。
自分の肩を叩くと、思っていた以上に凝り固まっているのに気付く。
……大分、気を張り詰めていたらしい。
もみもみ。
お疲れ様です、肩をお揉みします。
そっか……それじゃあ頼む。
自然に寄り添い、自分の肩に手をやるサラァナに身を任せた。
ああ……二人とも、もう起きても大丈夫なのか？
術の使いすぎによる疲労からだろう。帝都を出てからずっと死んだように眠り込んだ二人の事を思い出す。
問題なし。
心配お掛けしました。この通り、すっかり回復しました。
そっか……それは良かった。
二人の元気な様子に、ほっと胸を撫で下ろす。確かに、あの時の真っ青な顔色が見違えるように良くなっている。
御御足おみあしを。
足湯を用意しました。どうぞ楽にしてください。
ああ、すまんな。いろいろと歩き回ったからな、助かる。
湯を張った桶に足をつけるとウルゥルが手を差し入れて、張った足を揉んでくる。
あ……あぁ…………
同時に張っている肩をサラァナが解ほぐし始め、足と肩から疲れが溶け出す錯覚を覚える。
ふぅ、これはたまらん……
こんなに硬くなってる。
溜まりすぎです。わたし達で気持ちよくなって下さい。
お、おお……気持ち良いな……
その心地よさに、思わず夢心地になってしまう。
ここ？
ここもかなり……
ああ、そこ！そこだ！くぅぅ……
躰が溶けていくみたいだ……やっぱり二人の按摩は最高だ。
まぁ、相変わらず妙なこと言ってるが……
グイグイと力加減を心得た二人の与える刺激に、身を任せる。
……ん？
ちょっと待て、何か……
何かがおかしい……違和感というか……
何か……何かが……そうだ！待て、いまの自分は……オシュトルのはず━━
ハッと我に返り、反射的に自分の顔を触る。そこには確かに仮面アクルカの硬い感触があった。
仮面アクルカはしっかり被っている。この二人にはこちらの正体は明かしていない筈だ。
ならば何故Ч
何故、此奴こいつ等は『オシュトル』である自分
に━━Ч
どうかした？
なにか気になることでもありましたか？
こちらの緊張を感じ取ったのか、二人は揃って動きを止めて、こちらを見る。
お前達は……何をしている？
癒している。
溜まって硬くなった所を、揉みほぐしています。
そうではなくてだな、何故なぜ二人が某それがしに奉仕をしているのか聞きたい。
……意味不明。
何が言いたいのか判らないとでも言いたげに、再び首を傾げる。
某それがしは、お前達の主人であるハクではない。
故に、こうして主あるじではない者に尽くす必要はないはずだ。
やっぱり意味不明。
おっしゃっている意味が、よく判りません。
尽くすのは当たり前。
それよりも、何故そんな格好をしているのでしょうか。
明かせぬ事情があるのかと思い、影ながら認識障害の呪法をかけ、皆には正体が判りにくくなるようにしていましたが……
そして二人は、顔を見合わせてから言った。
何をなさっているのですか、主あるじ様？
━━ぐЧ
いま、主あるじと……
まさか二人とも……いや、間違いなく自分の正体に気付いている。
というか、知らぬ間に呪法までかけてたのか、道理で皆が気づかないわけだ……いや、そんなことより……
マズイ……どうする……ここは誤魔化して押し通すか……
主あるじ様？
もしかして、これは期待してもいいのですか？
待て……待て、何故なぜ某それがしがお前達の主あるじになっている、間違えるんじゃない。
あり得ない。
わたし達が主あるじ様を見間違えるはずがありません。
何故なぜ……そう言える？
主あるじ様は主あるじ様。
主あるじ様は、主あるじ様以外にあり得ない魂の色をしています。例え姿が変わっても、それを見間違えるはずがありません。
わたし達が主あるじ様を見間違えることは、決してあり得ないのです。
魂の色……だと？そんなモノが……いや、嘘を言ってるようには見えない。
だとすれば、端はなからバレバレだった……ということか。
しかし、魂の色とか言うが……
ちなみに、どんな色なんだ？
生命の根源。
命に糧を与え、はぐくむ色です。
む……それはまた、いい感じの色なのか？
茶色です。
茶色……
なんか……微妙な色だな。
素敵な色。
連鎖の始まりと、その果ての終わりをつかさどる色。
引き受け、還す色。
濁りを引き受け、大地に還りやがては息吹になるという主あるじ様に似合う色。
茶色で……糧であり、終わりであり、濁りの色……
いやちょっと待て。まさか、それは……
い、いや、何でも無い……そうか、茶色か……
何か変な所がありましたか？
澄んだ目でこちらの目を見つめてくる。どうやら綺麗な色と思っているのは嘘では無いようだ。
ちなみに……参考までに聞くが、オシュトルは何色だったんだ？
青。
空のような透明な青です。
空、か…………
これまでオシュトルと張り合う気はなかったが……初めて負けた気がする……
思わずガックリと膝をつきたい衝動にかられるも、なんとか踏み止まる。
しかしそうか、二人には……
言っておく。お前達が仕えていた男、ハクは死んだ。お前達がどう思おうが、これは事実だ。
ここにいるのは、ヤマトの右近衛大将オシュトル。それ以外の何者でもない。
…………
それで、二人はこれからどうするつもりだ。
どうするも何も。
例えどのような姿をしていようとも、主あるじ様に仕えます。
それが、わたし達の存在理由ですから。
そうか……ならばもう、何も言わん。
二人の答えに内心安堵の息を漏らす。
まだ途中。
では、続きをさせていただきます。
二人の手が再び自分の肩に、足に触れる。たちまち先程まで感じていた、心地いい刺激が自分を包む。
双子の按摩は、自分の弱さを支えるように、優しく染み入ってくる。
甲斐甲斐かいがいしくも、いつもやり過ぎだと思っていたが、それをありがたく思う日が来るとはな。
これだけで少し気分が楽になった気になるとは、我ながら単純なもんだ……
お任せ。
さぁ、ごゆるりと。
どうか、わたし達で気持ちよくなって下さい。
……深い意味は無いんだよな？
………………
しばらく床とこに横になっていたが、どうにも目が冴えて眠れない。
暗闇の中でじっと天井を見つめていると、ふとどこからか幽かな声が聞こえてきた。
これは……？
今にも消え入りそうな小さな声。
誰かと会話をしているような様子ではない。かといって独り言にしてはずいぶん長い。
廊下に出てみると、隣室の扉の隙間から細く灯りが漏れていた。
この部屋か……
足音を忍ばせて扉に近づき、そっと中を覗いてみる。
わたしのせいで…わたしのせいで…わたしのせいで……
ネコネ……
床とこの上にうずくまり、膝を抱えたネコネがボソボソと呟いていた。
わたしのせいで…わたしのせいで…わたしのせいでわたしのせいで……
その瞳は暗く濁り、何の光も映していない。
わたしのせいでワたしノせイでわタシのセイデ……
ネコネ…やはり、あの時のことを……
驚かせぬよう、そっと声をかけた。
………
しばらく沈黙が続き……やがてネコネは囁くように言った。
……今は、独りにしてほしいのです。
黙って引き返すしかなかった。
ネコネの悲痛な思いは、しょせん偽者にすぎない自分では、どうしてやることもできない……
それから政務の引き継ぎや視察で、瞬またたく間に数日が過ぎた。
夜遅くまで仕事に忙殺され、自分の時間と言えるのは、眠る前のわずかな一刻ひとときしかない。
…………
窓から差し込む月明かりの下、腕を組んで思索にふける。
先刻まであわただしく廊下を行き来していた使用人達の足音もすでに途絶えて久しく、辺りはしんと静まりかえっていた。
さて……どうしたものか。
悩んでる？
何か御懸念があるのでしたら、何でもお申し付け下さい。
いや、今はいい。まだお前達の力を借りる時ではない。まずは情勢を見極める方が先決だ。
この先、事態がどう動くかはわからない。だが、最悪の状況を考えておくべきだろう。
まず何より優先すべきなのは、皇女さんを護ることだ。これはオシュトルの散り際の願い。違たがえるわけにはいかない。
兄貴……いや、帝ミカドが崩御したという噂は、すでにヤマト全土に伝わっているはず。
今や、皇女さんはヤマトの御旗となる存在だ。
ヴライがそうしたように、覇権を握りたい連中は、我先にと皇女さんを奪いに来るだろう。
問題は、それが何時なのか、だ。
今のところ、このエンナカムイの周囲に不穏な動きはない。
だが、この國がオシュトルの故郷であることから考えても、そういった奴等がここに目をつけるのは時間の問題だ。
今はまだ、ここに皇女さんが居ることを知らない、又は、皇女さんを狙う者同士がお互いに牽制し合って下手に動けないだろう。
これは決して楽観視できる状況ではない。まず何より、この國の守りを強固にする必要がある。
少なくとも、皇女さんの躰が治るまでは……
元気になった皇女さんが帝都に帰還し、自分こそが正当な帝ミカドの後継者であると宣言すれば、連中を黙らせることが出来るはずだ。
取り返しがつかなくなる前に、事を収めねばならない。
……ああ、判っている。それが都合の良い願望だということくらい。
今回の件、不可解なことが多すぎる。事はそんな単純に収まりはしないだろう……
『兄あにさま、入ってもよろしいです？』
ふいに廊下側から聞こえた声に、ハッと我に返る。
ネコネ……か。
ネコネの突然の来訪にふと、双子達の方を見やった。しかし、そこにはいたはずの双子の姿がない。
気を利かせてくれたのか？他の目があるとネコネも話しづらいだろうしな。
ああ、入るといい。
ハイ、失礼するです。
扉が開き、何やら大量の台帳を抱えたネコネが入ってきた。
っ……と……
紙とはいえ、あれだけの量があるとかなりの重量なのだろう。足下がヨロヨロと心許ない。
前もよく見えていないようで、見ていてかなり危なっかしい。
大丈夫か。ほら、某それがしが持とう。
は、はい、ありがとうなのです……
ああ、そこの段差に気をつけ━━
うぁ━━
とЧ
つまづいたネコネに、あわてて手を伸ばす。
あ……
……っと、怪我はないか？すまぬな、もう少し早く言うべきだった。
乱れた裾を直してやりながら、ネコネの手から台帳を受け取る。
ごめんなさいです……
やや硬い口調でそう言うと、ネコネは正面に腰を下ろした。
頼んでいた台帳を持ってきてくれたのか。
ハイです。言われたとおり、あるだけ持ってきたです。
助かる。これがなければ始まらないからな。
この國の財政状況や食糧の蓄え、兵や武具がどの程度揃っているのか。
現状を把握するため、ネコネにできる限りの台帳を集めてもらった。
受け取った台帳を机に並べ、端からパラパラとめくって流し読む。
……これは、また。
ある程度予想していたこととはいえ、正直ため息しか出ないな。
やっぱり、きびしいですか。
そうだな……ここに記されている通りだとすれば、正直そうとしか言えん。
そう……ですか。
いや、このエンナカムイを悪く言うつもりはないのだ。
決して恵まれた土地とは言えないものの、民は飢えや渇きに苦しむことなく、穏やかな日々を過ごしている。
ひとえに、御前の敷いた善政のおかげであろう。
……ハイです。
だが、戦いくさに耐えられる備えも兵力も、この國にはない。
倉の蓄えは平時であれば今の量で十分だろうが、戦いくさが始まればあっという間に枯渇するのは目に見えている。
兵の数も、練度もまったく足りていない。これでは、鍛え抜かれた他國の兵達には手も足も出まい。
周囲の険しい山々は、ある程度なら敵の侵攻を阻んでくれるだろうが、それでも数にまかせて攻められればいつかは突破される。
現状のままでは、もし戦いくさになった場合、到底姫殿下を護り切ることはできないだろう……
兄あにさまは……このエンナカムイが戦渦に巻き込まれると思うですか？
巻き込まれるのではない。ここが、その渦うずとなるのだ。
すまぬな。お前達には苦労をかけることになる。
……いえ。
それが兄あにさまの望みなら、わたしは……
ネコネ……
兄あにさまの望み……か。
………………
今夜もネコネの部屋から、声が聞こえてくる。
なんとかしてやりたいが……
隣室の扉に近づくと、ネコネの泣きじゃくる声が、かすかに聞こえてきた。
昼間は精一杯、気丈にふるまっているが……
皆が寝静まった後は耐えきれず、声を押し殺して泣いているのだろう。
思えば、オシュトルを亡くしてから、ずっとこうだったのだろうか……
兄あにさま……
どうして……こんなことに……
みんな……わたしのせいで……
ごめんなさい、兄あにさま……
もういい……
ネコネのせいじゃない……自分を責めるな……
ごめんなさい、兄あにさま……ごめんなさい、兄あにさま……
うぅぅ……
静寂の中、嗚咽をこらえる声がかすかに聞こえてくる。
ネコネ……
ネコネが泣き疲れて眠るまで……ただ扉の外で立ち尽くすことしかできなかった。
さて……ルルティエは部屋にいるのか。
ルルティエ殿、少し良いだろうか？
室内に向け声をかけ、しばらく待ってみるが……返事は無い。
だが、微かに漏れる気配から、中にヒトが居るのは判った。
ルルティエ殿。
辛抱強く、二度、三度と声をかけてみる。
ルルティエ殿？
…………
反応が無いな。もう寝ているのか？なるべく早めに話しておきたいが、起こすのは悪いか。
これが最後と、もう一度だけ声をかける。
…………え。
まるで怯えたような声がし、室内で身じろぎする気配が伝わってきた。
……どなたですか。
夜分に恐れ入る。
声色が判る程度の小声にし、そう伝える。
あ……失礼しました。あの……何か？
少し、話したいことがあります故、入ってもよろしいか？
あ…………
はい……どうぞ……
失礼する。
真っ暗な部屋の中。明かりもつけず、ルルティエは縫い物を手に部屋の隅でぼんやりと座り込んでいた。
真っ暗だから寝ていたのかと思ったが……
明かりもつけないで、どうなされた。
……ルルティエ殿？
……はい。
一応声は伝わっているようだが、ルルティエは気のない返事をするだけで虚空を見詰めたままだった。
……実は、話したいことがあってな。
このようなこととなり戸惑っていると思われるが、ルルティエ殿はこれからどうなされる？
ルルティエはこちらからの問いかけに、ただ沈黙で答える。
身じろぎすらせず虚空を見つめるその姿は、その可憐さと相俟ってまるで人形のようだった。
やはり、まだ疲れているんだろうな。ここまでぼんやりしたままとは……
このような仕儀しぎになった以上、クジュウリの皇オゥルォである父君も心配しておられましょう。
母國であるクジュウリへ帰るのであれば、お送り致しますが。
沈黙を貫いたまま、ずっと話を聞いていたルルティエが、やがて静かな声と共にゆっくりと首を横に振った。
わたしだけ……この地を離れるなんて……
そんなこと……できません……
しかし、いかに姫殿下が居られるとはいえ、ルルティエ殿まで残る必要はありますまい。
姫殿下も、ルルティエ殿がそう願うのなら、帰國をお許しになられるかと。
………………
黙ったまま、やがてゆっくりと、首を横にふった。
やりたいことが……ありますから……
……やりたいこと？
ルルティエが初めて、顔を上げた。しかしその視線は、やはり宙に向けられたままだった。
……ハクさまのお墓に……お花を……お供えしたいです。
な……
墓に……？
し、しかし……墓は……
はい、判っています。ハク様は……
ヴライとの戦いに巻き込まれ、跡形も無く消し飛んだ。皆みなには、そう伝えてある。
故に、亡骸を弔うことも出来なかったとも……
今すぐには無理かもしれません……
でもいつか……ちゃんと弔って差し上げたいと……
そんなことの……
そんなことの為に、これから戦いくさになるかもしれないこの地に留まりたい、と言うのか。
まるで自分が内心で抱いた疑問が聞こえたかのように、ルルティエは小さく口元を動かした。
ハクさまならきっと……そんな面倒なことしてないで、とっとと逃げろと……言うと思います……
でも……
そう言いながら自分は……最後まで残って、知恵を振り絞って……無理をしてでも皆みんなを助ける……
ハクさまは……そんなヒトでした……
待て……待ってくれ。自分はそんな大層なヤツじゃ……
まさか━━
さっきから様子がおかしかったのは、まさか……
そう……か……
ルルティエは、ただひたすらにハクのことを偲び、悲しんでくれていたのか……
嘆き悔やんでくれたのか……
お前を騙している、こんな自分を……
そんなハクさまだから……わたしは……
わたしは……
……………………
まさか……ルルティエ……
いや、まさかだ。仮にも姫と呼ばれるルルティエが、自分のことなど……
息苦しい。今更ながら、込み上げてきた罪悪感に掻き毟むしりたくなる程、胸がしめつけられる。
掛ける言葉も見つからず、居たたまれなくなって席を立つ。
気が付いたら……ハクさまの姿を探してしまいます……
部屋を出ようと背中を向けると、背後から囁ささやくような声が流れてきた。
ハクさまはもう……
もういないと……判っているのに……その姿を探してしまいます……
やっと……
今になって……やっと気付きました……
これが……恋というものだったんですね…………
『今の自分』が何を言っても、ルルティエを癒やすことは出来ない。
その言葉に応えること無く、そのまま部屋を後にした。
ノスリ、少し話があるのだが、良いか。
む？オシュトルか。
部屋を訪れたこちらの声に、ノスリが顔を上げる。
その手には、自慢の弓が握られている。おそらく手入れをしていたところだったのだろう。
すまぬな、邪魔をしたか。
なに、気にするな。すぐに終わる。
ノスリはそう言うと、弦の張り具合を確かめた後で広げた道具類を片付けていく。
それで、何か用か？もう日も暮れてしまったが。
ああ、今の内に聞いておかなければ、と思ってな。
ふむ、大切な話のようだ。ああ、そんな所に立ってないで座ったらどうだ。
勧められた席に腰を下ろし、呼吸を整える。
さて、ここからが大事なところだ。オシュトルなら━━どう言うか。
結論は出ない。オシュトルはもう居ない。それでも、ここにいる自分こそがオシュトルであると示さなければならない。
……ハクのことは残念だった。
その言葉にノスリの瞳が一瞬揺れた。僅かに視線をそらしながら、零こぼす。
それはオシュトルの責任というわけではなかろう。ただ……
短い間とはいえ、心を許した仲間がいなくなるのは辛つらいものだな。
ノスリ……
ノスリの言葉に息を呑む。一瞬湧き上がった罪悪感を押し殺し、言葉を続けた。
ノスリ達は、これからどうするつもりだ？
……どうする、とは？
返ってきたのは、不思議そうな視線だった。
このまま何事も無く、とはゆくまい。ここに留まれば、必ず命を賭けることとなる。
む……
降りるのなら、今を置いて他にはないと思うが。
こちらの言葉に、ノスリはわずかに目を見開く。が、すぐに小さく笑みを零こぼした。
何かと思えば、そんなことか。
……そんなこと、とは？
なに、てっきり私達が従うのは当然と考えているものだと思っていた。何せヤマトの存亡がかかっているのだ。
ノスリはそう言うと、少しだけ親しげな━━いつかの『ハク』に向けたような笑顔を浮かべた。
そうか、ノスリはそう考えてくれていたのか……
自分の中のオシュトル像を修正しながら、こちらも口元に笑みを浮かべる。
いや、強制するつもりはない。もとよりノスリ達はヤマトの臣下ではないのだ。
いくら有事とはいえ、無理に従わせることは出来ぬ。
むぅ、それは……そうかもしれないが、だがな━━
何か言いかけ不機嫌そうに顔をしかめるノスリ。
だが……何だ？
何でも無い。お前には判らんことだ。
ノスリはこちらを睨みつけ、それ以上語ろうとはしない。
して、ノスリ。これからどうするのかは決まっているのか？
……知らん！
急に不機嫌になったが、どうしたんだ？ノスリ達の不利益になるようなことは言ってないはずだが。
っ……すまない、少し気が立っていた。だがな、悪いのはオシュトル、お前だぞ。
……確かに我が家は取り潰され、没落した。
だが、それでもヤマトへの、帝ミカドへの忠心は変わっていない。
それをヤマトの、姫殿下の一大事に、臣下ではないなどと言い蚊帳の外にするなどと。
仲間の危機を、何もせず指をくわえて見ていろと、そう言うのかЧ
ハクならば、奴ならばそんなことは言わないはずだ。
ぬ……そう、か。すまぬな、良かれと思って言ったのだが。
むぅ……いや、こちらこそすまなかった。ついカッとなってしまった。
この分だと、さらに動揺させてしまうかもしれないが……
実はな、ああ言ったのは取り引きをするつもりでいたからだ。
取り引き？
そうだ。姫殿下に忠誠を誓い、我らが陣営に協力してくれるなら、御家再興の約束をしよう。
━━なッЧ
家の再興という言葉を出した瞬間、ノスリが驚きの声を上げた。しかしすぐに表情を改めると、手近に置かれた湯呑みに手を伸ばした。
い、いい女はどんな仰天するような事があっても、けっして動じないものだ……
それでも隠しきれない動揺が、呟きとなって零こぼれ聞こえてくる。
まあ、家の再興の為に義賊を名乗って暴れ回っていたわけだからな。
余りの態度の変化に内心苦笑しながら、条件を提示する。
そして帝都を奪還し、姫殿下が凱旋なされた暁には、八柱将の位を約束する。
んな━━、し、しかしっ、いくらお前が右近衛大将とはいえ、そこまでの権限は……
いや、ある。
弱々しい反論に、静かに断言する。それを見て、ノスリは驚きの表情を浮かべた。
……何？
確かに、いくらオシュトルとはいえそこまでの権限を持っているとは考えづらいだろう。だが━━
今回ばかりは話が別だ。
どういう意味だ？
姫殿下のご帰還に助力したとなれば、それはこの上ない名誉だ。当然、篤く遇されることだろう。
そこで家の再興を望めば、誰も否とは言えまい。いや、言わせぬ。
このヤマトにノスリ在りと言わしめてみせよう。
う……うぬぅ……
ノスリの湯呑みを持つ手が小刻みに震え、茶があふれこぼれる。
勿論、右近衛大将である某それがしも、口添えしよう。
それは、しかし……
その一言に、ノスリは大きく仰け反るように視線をそらした。
それが口約束などではないことは、姫殿下の容体が回復すれば判るだろう。
ならば━━
いや、答えは後ほど聞かせてもらう。
先程、ヤマトの為ならばと言っていたが、敢あえて考えてもらいたいのだ。
家の再興が絡むとなれば、事はノスリ達だけの問題では無い。その意味、判るな？
うぐ……
……では、失礼する。夜分遅く、すまなかったな。
言いつつ、席を立つ。このまま粘ればすぐにでも色良い答えを聞けそうな状況だったのだが……
やはり、一度冷静になってじっくりと考える時間がいるだろう。
このように思ってしまうとは、まだ甘いんだろうな……
そんなことを心中で思いながら、ノスリの部屋を後にした。
くか～……
アトゥイに話をと部屋を訪れると、部屋の主あるじは長椅子の上で気持ち良さそうに眠りこけていた。
何ひとつ悩みのなさそうな、幸せそうな寝顔だな。
こんな事態だというのに、呑気なことだ。
その側で、クラリンもぷかぷか浮いたまま動かない。
こいつも寝ているんだろうか？というより、浮きながら眠れるのか？
…………
アトゥイ、起きろ。
うぅん……ああ、オシュトルはんけ。おはような～。
手でまぶたをこすりながら、アトゥイがまだ眠そうな顔で目を覚ます。
ぷるぷるぷるぷる。
ああ、寝ているところをすまんなクラリン。
おはようではない。こんな所で寝ていたら風邪を引く。
うひひ、心配御無用や。ウチ、躰は丈夫な方なんよ。
そういうことでは無いのだが……よだれの跡を拭いたらどうだ。
あ、あやや、恥ずかしいなぁ。
指摘され、慌ててアトゥイが口元を拭く。
ところで、何故こんなところで居眠りを？
見ての通り、ここはお日様ポカポカやもん。絶好のお昼寝日和びよりにお昼寝しないのは、お日様に失礼やぇ。
まぁ、ここやとこうしてゴロゴロするくらいしか、やることないしなぁ。
……ならば、外に出てみたらどうだ。
往来に出れば、何か楽しめるものもあると思うが。
うんとな？外へはもう行ってみたんよ。
さも退屈そうに両手の指を絡ませて、ぐぐっと大きくアトゥイが伸びをする。
でも、ここって遊ぶとこがぜんぜん無いんよ。寄席とか舞台とかは無いし、料亭も綺麗な反物や装飾を扱ってるお店も無かったし。
酒場はおじちゃん達の憩いこいの場で、話を聞いてても近所の噂話とか、ちょっとおげれつな話とか、狩りの話とかやもん。
お酒もあんまり美味しいの無かったなぁ。何かひとつでも面白いお店あれば違うんやけど、結局どこにもなぁ。
アトゥイは、心底退屈そうに大きくあくびをする。
こんな田舎にそんなモノを求めてやるな。
ネコやんを手伝ったら退屈がまぎれる思たけど、何をやったらいいかよく判らんかったし。
集中しすぎたせいか、いつの間にか時間が過ぎててな。退屈は紛れたんやけど、何故か夜に眠れなくなったりしてなぁ。
それは、世間では寝ていたと言うんだ。
あ～あ……ここにおにーさんがおれば、こんなに退屈しないですむのになぁ。
アトゥイは大きな欠伸あくびを一つすると、ゴロリとだらしなく寝転がる。
なぁ、オシュトルはんもそう思うえ？
……ああ。そうだな。
おにーさんとは一緒にお酒飲んだり、朝まで語り合ったりして退屈しないから楽しかったんやけど。
あ～あ、残念やぇ。
しかし、言葉とは裏腹に、口にした感情には悲しさは微塵も感じられなかった。
まるで友人が、遠くにでも行ってしまったかの様な口調だ。
もう少し、悲しんでくれてもいいんじゃないか？
仲間内ではかなり親しく接してきたつもりだっただけに、この反応にはちょっと落ち込むモノがある。
悲しくは無いのか？アトゥイ殿はよくハクに面倒をみてもらっていたであろう。
朝まで飲み明かして介抱されていたのを何度か見かけたのだが。
あやや、オシュトルはん見てたのけ？うひひひ……
それで、どうなのだ？
ん？どうなんって何が？
いや、何がではなく、悲しくはないのか？
ハクが死んだことに対し、悲しんでるようには見えないが。
悲しい？
その言葉に反応したのか、アトゥイが腕を組んで考え込む。
う～ん、確かにちゃんと話を聞いてくれたり、仲は良かったと思うんよ。
でも、それと悲しいの、何か関係あるのけ？
何を……言ってる。どうしても何も、人が死ねば悲しく思うのが普通であろうに。
そうけ？死んじゃったものは仕方ないと思うぇ。
仕方ない？
みんな、遅かれ早かれ命に終わりが訪れるんよ。
ウチらよりも、おにーさんは運悪くそれが早かった。ただそれだけのことやぇ。
運が悪かった、か……
意外と薄情な言葉を口にするアトゥイに驚いてしまうが、よく考えれば彼女はいつもこんな感じだった気もする。
きっと、海の神様アトイカロウンカミに惚れられて連れてかれちゃったんやね。
海の神様アトイカロウンカミ、一見いい男やけど、ぐうたらした駄目な男が好みって言うもんなぁ。
ぬぐ……
どうかしたん？そんなところで蹲うずくまったりして……なんかのおまじないけ？
いや……
絡み酒の相手や、介抱もしてやっただろ……泣いてやるぞ、この野郎。
だが幸いにも仮面のおかげで表情はばれないので、こっそりとため息をつく。
それで、アトゥイ殿はこれからどうするつもりだ？
ウチ？
この國はこれからどうなるか判らぬ。故郷に帰るのも一つの手だと思うがな。
某それがし達につきあって、ここに残る必要もないだろう。
う～ん、もう少しここに残ろうかなぁ。
口をへの字に曲げながら、ゴロリと寝返りを打つ。
これからのことは考え中や～……ダメけ？
いや、ダメというわけではないが……
言葉を濁しながら答えると、アトゥイは眠そうな顔をパッと明るくして応じる。
うひひ、ならしばらくここに置いてもらうぇ？戦いくさの時は手伝うから、遠慮なく言ってな～。
……わかった、アトゥイ殿がそれでいいのなら、あてにさせてもらおう。
では、某それがしは行くとしよう。邪魔をしたな。
そうけ、それじゃまたな～。
アトゥイに背を向け、歩き出す。何気なしに振り返ってみると、彼女はひらひらと軽く手を振っていた。
仕方ない、か……心の中に区切りをつけてはいるんだな。
彼女のいった言葉を思い出し、自然と深いため息が出る。
しかし、傷つくぞ、おい。ちょっとは親しい関係だったつもりなんだがなぁ……
そう思うと自然と肩が重く感じ、とぼとぼと歩み遅く部屋を後にするのだった。
…………ふわぁぁ。
あ～あ、ホントに退屈やぇ。よし、おにーさんと遊びに……
……あ～、そういえば……もういなかったんね。
おにーさん、か……ああもう、なんか胸がざわざわして気持ち悪い。なんやろう。
……つまらんなぁ。
なぁ、クラリンもそう思うぇ？
ぷるる……
アトゥイの呟きは、誰かに聞かれる事も無く、静寂の中へ消えていった。
………………
夜が更けると、聞こえてくる幽かな声。
毎夜、側で見守ることしかできないが……ここまで続くと、ネコネの躰が心配になってくる。
やはり、このままでと言う訳にはいかないな。
どうする……
考えが定まらぬまま、扉に近づき、中の様子をうかがってみる。
ごめんなさい…あにさま…わたしのせいで…わたしのせいで…わたしのせいで……
ネコネ……
うずくまるネコネはすっかり憔悴し、青ざめた肌はまるで死人のようだ。
わたしのせいで…わたしのせいで……わたしのせいでワたしノせイでわタシのセイデ……
暗くよどんだ瞳は絶望で染め上げられ、まるでこの世ではないどこかを写しているようだ。
もうこれ以上は、黙って見てられん。
どうにかしてネコネの罪悪感を晴らさんと、遠からずネコネの心は壊れてしまう。
ならば……
ネコネ。
入るぞ。
ゆっくりと顔を上げたネコネが、焦点の合わぬ目で見つめてくる。
ネコネの沈黙を無視するように、その隣に腰を下ろした。
ひとまず誤魔化し通せたか。
連中、上手いこと自分をオシュトルだと思ってくれたようだ。
まったく運が良い。まさか労せずしてヤマトの右近衛大将になれるとはな。
ネコネ、お前に言っておくぞ。
悪いがこの立場、せいぜい利用させてもらうことにした。お前の為じゃない、己の未来の為にだ。
これは千載一遇の好機。このまま首尾良くいけば、いずれは帝ミカドの地位も夢じゃない。
そうすれば全ての富がこの手の中だ……
それもこれも、全部オシュトルのおかげだな。
奴も莫迦な男だ。人を容易たやすく信頼して、身代わりなど頼むとは。
……のです。
ふいに、うつむいたネコネの口からくぐもった呟きが漏れた。
……あ？
……あなたらしいのです。
む……
そうやって不本意な役を演じることで、すべて一人で背負い込もうというのですか。
…………
本当に……
本当に、不器用なのです……あなたは。
そう呟いて顔を上げたネコネは、涙を湛えた瞳で静かに微笑んでいた。
兄あにさまがそんなことでは、妹であるわたし・・・・・・・がしっかりしないと駄目なのです。
ネコネ、お前……
まだ顔色は青白いが、ネコネの目には強い光が戻っている。
もう、大丈夫なのです……
兄あにさまも、部屋に戻って休んだ方がいいのです。
そうだな。ネコネも、もう寝なさい。
ぐっすり寝て、また……笑ってくれ。
はいです。
お休みなさい……兄あにさま。
暗い廊下に立ち、しばし天井を見上げる。
兄あにさま……か。
自分では何をとっても、奴には及ばんだろうに……
身代わりと称することすら、耐え難いだろうに……
それでも意を決して、兄と呼んでくれるか……
オシュトル……強いな……お前の妹は。

皆みな、揃っているな。
オシュトルはん、遅いぇ。
待ちくたびれたじゃない。
済まぬな。少々野暮用があったのだ。
そう言って、用意された上座の席に座る。
隣にはすでにネコネが座っていて、チラチラとこちらの方を窺うかがっていた。
心配なのは理解出来るが、そんな露骨に様子を窺うかがわれたら、逆に怪しまれるだろうに……
こちらからもネコネを見て、それとなく安心するよう目配せする。
………
その意志が伝わったのか、ネコネは不安げな表情を見せつつも正面に向き直った。
…………
それで……オシュトル、話というのは何だ？
ああ、そう構える必要は無い。そう難しい話でもないのでな。
それに夕餉ゆうげの前だ。某それがしも気を利かせねば。
……んむ？
すると、ノスリが怪訝な顔をして少し首を傾げる。
どうした？
いや、ちょっとな。なんとなく、気のせいかもしれないが……
オシュトル、少し雰囲気が変わったか？
……ッ。
ん～？そう言われると……雰囲気が柔らかくなった感じがするなぁ。
ぷるぷるぷるぷる……
あや、クラリンもそう思うんけ。
そんなにオシュトルの旦那と話す機会はなかったが、以前の旦那はもっと堅苦しい感じだったんじゃない。
おしゅはかたくて、ちょっとやわらかいからな。
皆が以前と違う、いや変わりないと囁き合う。
兄あにさま……
ネコネは狼狽うろたえ、こちらを見つめた。
まさか、こちらから切り出す前に、そこを突かれるとはな。
不味い、それらしく振る舞っていたつもりだが、やはり違和感があったか……
だが……それは想定内。
ああ、それはそうだ。元々某それがしは、これが素なのでな。
帝都では右近衛大将としてのお役目の為、意図的にそう振る舞っていたのだ。
どちらかと言えば、ウコンの方に近いか。
なるほどねぇ。そういう事なら、今までと少し違って見えるのも納得じゃない。
だが、意外だな。するてえとガキの頃はヤンチャしてたってワケか。
今は天下の一大事。取り繕い、上品に振る舞っている場合ではあるまい。
皆みなを少々幻滅させてしまったのは、申し訳ないとは思うがな。
その気持ち、よく判るぇ。ウチも宮廷に登った時なんかは緊張して、しっかりせんとなあって思うもん。
……それに対しては何も突っ込まんぞ。
ふぅむ、そうだったのか。いや、いいと思うぞ。そんなオシュトルも悪くない。
そうか？だが、皆にそう言って貰えると有り難い。
皆、こちらの言い分に納得したのか口々にそう言って頷き合う。
その様子にネコネは胸を撫で下ろしつつも、何か納得いかないらしく不機嫌そうな顔をしていた。
どうして……
ん？
どうしてみなさんは……そんな平然としていられるのですか……
ルルやん？
ルルティエの言葉に、皆みながハッとしたように口を噤む。
ハクさまが亡くなったのですよ。クオンさまも居なくなって……なのにどうして……
皆みなさんにとって、ハクさまは……クオンさまは……その程度の方だったのですか？
ルルティエさま……
それは違うぞ。
っ……ですけど……
つき合いこそ短いが、ハクとクオンは大切な仲間だ。
ハクの死が悲しくないわけがない。クオンのことが辛くないわけがない。
だが、今はそれを嘆き悲しんでいる時ではない。
哀しみを押し殺し、我等は一丸となってこの先の苦難に立ち向かわねばならぬのだ。
嘆き悲しむのは……その後だ。
海の習わしやとなぁ、安心して旅立てるように、皆みんなで飲んで歌って踊って、楽しく騒いで笑って送ってあげるんよ。
ルルやん、そんな悲しんでたら、おにーさん安心して旅立てないぇ？
でも……それではハクさまがあまりに……
ルルティエ……
ありがとう、ルルティエ殿。
え……
そうやって哀しみ、想ってもらえる。それだけでハクは、きっと喜んでいることだろう。
ノスリの言う通り、今は哀しみに暮れる余裕は無い。だが……
鉄扇を懐より取り出し、皆みなの前で掲げる。
それは……
友の想いは決して忘れぬ。何故ならこの扇が、某それがしと共にあるのだから。
某それがしは、この鉄扇と共に戦場いくさばを駆け抜ける所存。
そうだろう？オシュトル……
オシュトルさま……
成程なるほどね、何となく合点がいった。
もしかして、ソレも同じ感じとか……なのかい？
そう言ってヤクトワルトは、こちらの足元に視線を……両脚にしな垂れかかっている双子を見た。
……？
首を傾げる双子。
やはり、それを突っ込んできたか……
いや、気になりつつも、なんか聞けなかったというか聞いちゃいけない気がしたというか……
みんなしてコクリと肯く。
この嬢ちゃん達が、オシュトルの旦那に仕えているように見えるんだが。
ああ、そのことだが、何でもハクからそういう指示があったらしい。
遺言。
それが、主あるじ様の遺言でしたので。
遺言……ん？あの時、お前達はその場にいなかったはずでは。しかも意識を失っていなかったか？
主あるじ様の声が届いた。
オシュトル様を新しい主あるじ様と思って仕えよ、との声が届きました。
尽くす。
ですから、これからは新しい主あるじ様に尽くします。
すべては、御心みこころのままに。
……という設定だ。
はぁ、不思議な話やなぁ……
ンなことが……って言いたいが、この二人のことだ、十分ありえるんじゃない？
むぅ、なるほど……
皆の口ぶりは半信半疑と言った所だろう。だが、ここは押し切るしかない。
そういう事だ。ハクも彼女達が自分の後を追うことをいやがったのであろう。
この二人ならやりかねんか。確かに、そうなっては不憫というものだ。
フッ……旦那らしいじゃない。
あらためてよろしくお願いします。
双子はそう言って、ペコリと頭を下げた。
うむ、こちらこそよろしく頼む。
おう、よろしくたのむぞ。
なるほどなぁ、よく判らんけどまた一緒でいいんよね？こちらこそ、よろしゅうなぁ。
これでなんとか誤魔化せたか。
うぐ……
ルルティエの視線の先では、双子達が肩を揉んだり布巾で顔を拭いたり、甲斐甲斐かいがいしくこちらの世話をしている。
やけに胸とか顔を密着させてくるのは……偶然であろう。
と、とにかくだ。この想いは某それがし個人の事情に過ぎぬ。
皆みなまでが、それに引きずられる謂いわれはない。
正直、この先の見通しが立たぬ。立ったとしても厳しい戦いくさを強いられるのは間違いないだろう。
共に戦ってくれるならば心強いが、無理強いは出来ない。今後どのように振る舞うか、そろそろ各々おのおので答えを出して欲しい。
皆を集めたのは、それを改めて言う為だ。
主あるじ様、肩をおもみしますか？
それとも、足をおもみしますか？
……ウルゥル、サラァナ、すまぬが今は真面目な話をしているところなのだ。
わたし達はもっと真剣です。
ぬぐ……
……まあ、ハクの旦那も嬢ちゃん達の扱いには難儀してたじゃない。
なんぎだな、おしゅは。
あ、ああ、それもそうだな。
オシュトルはん、何やおにーさんみたいになってるぇ。
ハ…ハハハ…ハハハハハ……今になって、ハクの苦労が忍ばれるな。
少々ヒヤヒヤしたが、これで正体がバレるという不安は取り除かれたな。
………………
だからネコネ、兄をそんな目で見るもんじゃない……

ə
キウル殿！偵察からの報告ですЦ
ご苦労様です。それで状況の方は？
はい、今のところ背後に敵の姿は見えないとのことです。
そうですか……このまま、無事にエンナカムイに辿り着ければいいのですが。
しかし、追っ手の数はあれからさらに増えているはず。いまだ油断はできないかと。
そうですね。先を急ぎましょう。彼らに追いつかれる前に、少しでも前に進まねば。
老女
ハァ……ハァ……あっ━━
ドサッ━━
うぅ……
ぁ━━、お婆さん、大丈夫ですかЧ
キウル様……
足を痛めたのですか？見せて下さい。
い、いえ…私などに構わず、どうか先へお進み下さい……
何を言うのです、そんなことできるはずがないでしょう。
もう少しの辛抱です。この渓たにを越えれば、エンナカムイはもう目の前ですから。
は、はい……
ご老人、某それがしの肩に。
あぁ、ありがとうございます……
キウル殿。ここは某それがしに任せて、貴方は指揮に注力を。
ですが……
お忘れ召さるな。貴方は我々をエンナカムイへと導く義務があることを。
一時の感情に流され、大局を見失ってはなりませぬ。我々は皆みな、貴方に命を預けているのです。
……わかりました。それでは、よろしくお願いします。
………………
これで……良かったのでしょうか。
兄上より任された、二心を疑われる近衛衆をその家族共々、帝都より脱するという大役。
エンナカムイへの一番の近道だからと、この渓谷を選んでしまったけど……
このような足場の悪い荒れ地では逆にお年寄りや子供達に負担をかけてしまう。
おまけに左右は高い崖、身を隠せるような場所もない。今、敵に追いつかれたら、あっという間に逃げ場がなくなってしまう。
たとえ遠回りになったとしても、もっと歩きやすく見通しのいい道を選ぶべきだったか……
やはり、私はまだまだ未熟……
兄上なら、何手も先を見越して、こんな迂闊うかつな動きは取らなかった。
ハクさんなら……どうしていただろう。
あの人は怠なまけ者でだらしなくて、色んな事にいつも巻き込まれて、こちらも色々酷い目に合わされてばかりな気がするけど……
でも、どんな苦境にあっても、いつも鼻歌まじりに最良の手を打ってくる。
あの人が横についていてくれるだけで、どれだけ心強い事か。
ふふ、ハクさんなら……か。
いつの間に、ハクさんがもう一人の兄のような存在になっていたんだろう……
そんな私はハクさんの信頼に足る男になっているのだろうか……
いや、そんな弱気、今は駄目だ。ハクさんと兄上の信頼に応えるため、この任務、必ずやりとげてみせる！
敵襲！敵襲ーッЦ
━━ッЧ
キウル殿！敵は背後からこちらに接近しつつあります！
キウル殿！御指示をЦ
総員、後方へ！女性、老人、子供達を先に進めてください。
では━━
ここで、敵を迎え撃ちます。
既すでにオウギさんが、エンナカムイに着いているはずです。
きっと、きっと兄上達が駆け付けてくれる！それまで何としても我等で持ちこたえるのですЦ
承知！行くぞ、皆の衆！これぞ我等の花道だ！
大丈夫、大丈夫だ。
兄上達は必ず来てくれる……だから、それまでは私が頑張らねば！
キウル殿！来ます！
絶対に、護ってみせる！
副官
ボコイナンテ様、逆賊共の尻尾を捕らえました。
手を緩めてはならないのであります！このまま一気に蹂躙するでありますぞЦ
し…しかし、一行の中には兵ではない、民も含まれておりますが。
もし乱戦になれば、彼らまで巻き添えになるおそれが……
何を当たり前の事を？好都合ではありませぬか！足手纏まといがいれば精強と謳われる近衛衆といえどまともに戦えませぬぞ！
そもそも、逆賊と行動を共にしている以上、其奴そやつらも同罪なのです！
兵であろうがなかろうが関係ありませぬ！皆殺しであります！一人たりとも見逃してはなりませぬぞЦ
……し、承知致しました！
フッ……
この時をずっと待っていたのであります。
右近衛大将の位は本来、拙者のような者にこそ相応しいのですぞ。
なのに何故、由緒正しき都人みやこびとである拙者が、あのような貧乏田舎貴族に頭を下げねばならぬのでありますか。
ボロを出すよう願い続けた拙者の声が、ようやく天に通じたでありますな。
これで、いよいよデコポンポ様の時代、到来でありますЦ
しかも、謀反の嫌疑がかかった奴めを倒せば、褒賞は思いのまま。手負いで満足に戦えぬ奴めになど、もう勝ったも同然。
まずはこ奴等を血祭りに上げ、その屍かばねをオシュトルめの眼前に積み上げるであります。
屈辱と苦汁を舐めさせられた積年の恨み、奴めの首を斬り落とし、晴らさせてもらうでありますぞ！
者共、かかるでありますッЦ

同刻、エンナカムイ━━
文机ふづくえに向かい、ネコネからの調書しらべがきに目を通していたが、腕を上げ大きく伸びをした。
ふぅ、この調子だと確認するだけで朝までかかってしまうな。
働けば働くほどやることが増えるとは……なんという理不尽。
普通、こういった雑用は配下の者に任せるものだと思うんだが。
誰か良い人材はいないのか？オシュトルの配下で雑用担当といえば……
………………
思わず頭を抱え、机に突っ伏した。
クソッ、自分だったよ。何て陰謀だ。これでは帝都にいた頃と何も変わらんぞ。
いや、むしろ余計に忙しくなったような気も……
やれやれ……面倒くさいことになったものだ。
おや、これは珍しい。貴方の口から『面倒くさい』などとは。
不意に背後からの声が聞こえる。
ハッと振り返ると、夕闇の中に細い人影が立っていた。その影の正体は。
オウギЧいつの間に……
お待たせしました、オシュトルさん。ただいま到着いたしました。
いかん、一人だと思ってすっかり油断していた。何か聞かれては不味いことを口走らなかっただろうな……？
おや、どうかしましたか？顔色がすぐれないようですが。
……いや。
下手に慌ててはかえって怪しまれる。ここは平常心だ。
そう自分に言い聞かせ居住まいを正し、オウギに言った。
待ちかねたぞ。無事で何よりだ。
ええ、そちらもお変わりないようで。
だと良いのだがな。
お変わりない……か。この男の場合、嘘か本当か判らないが……
それにしても、よくここまで忍び込めたものだ。警戒は厳にしておいたつもりだったのだが。
そうですね。おかげさまで、この部屋を探し当てるのには少々骨が折れましたよ。
こう事もなげに言われると、不安になってくるな。もっと警備の兵を増やすべきなのか。
いや、この男に合わせていたら、國中の兵を総動員する羽目になりそうだ。
それで姉上や他の皆さんもこちらに？
ああ、皆みな、この屋敷にいる。
皆みな……ですか？にしてはクオンさんと『彼』の姿が見当たらないようですが。
…………
『彼』か……
オウギ……やはり、油断のならない男だ。
動揺を悟られないよう、努めて冷静な声で言った。
お前には言っておかねばならぬな。
なんでしょう？
ハクは、死んだ。
その言葉に、オウギの眉がわずかに撥ねる。
……死んだ？彼が？
某それがしを追ってきたヴライとの戦いでな。それを機に、クオン殿も國へ帰った。
某それがしの不徳の致すところだ。
そう……でしたか、ハクさんが……殺しても死にそうにないヒトだと思っていたのですが。
ずいぶんと淡泊な反応だな。それなりに親しい間柄だと思っていたのだが。
そうですね。
苦笑しつつ、オウギは言葉を繋ぐ。
正直な話、彼が死んだと言われても、今ひとつ実感が湧かないのですよ。
こうして話している間にも、どこからかヒョッコリ顔を出しそうな気がしまして。
オウギ……
オウギの言葉に緩みそうになった心を引き締め、オウギに静かに、そして冷たく問い掛けた。
いや、今、過去を懐かしむのはよそう。それよりも、だ。
このような夜更けに門から入らず、直接、某それがしの所に来たのだ。まさか……
さすがは、オシュトルさん。察しがいい。
少しも慌てた様子もなく飄々とオウギは答えた。
オシュトルさんの指示通り近衛衆の方々に声をかけ、混乱に乗じて首尾よく帝都を離れることができました。
現在、キウルさんの先導で、こちらに向かっているところです。
そうか、キウルも無事か。御前も喜ばれることだろう。
皇女さんに忠義を尽くしているとはいえ、命を失ったとなれば御前に申し訳が立たない。
ですが……さすがに誰にも気づかれず、というわけにもいかなかったようで。
すると、やはり。
はい、都を脱した直後に討伐令が下されたようですね。
しかもこちらは近衛衆の皆みなさんだけでなく、その家族や縁者の方々も一緒です。その為、なかなか思うようには急げず……
敵は彼らのすぐ背後に迫っています。恐らく、エンナカムイにたどり着く前に追いつかれるでしょう。
そうか……よく知らせてくれた。感謝する。
どうやらあまり悠長にしている時間はないようだな。
ウルゥル、サラァナ。
背後に声をかけると、闇の中から音もなく二つの影が姿を現した。
呼んだ？
サラァナ、まかりこしました。
突然現れた二人の姿に、オウギは特に驚いた様子もなくあっさり言った。
おや、この二人はハクさんの後を追ったりはしなかったのですね。
……うむ、ハクの遺言で某それがしに従うよう言われたようだ。
なるほど、そうでしたか。
……オウギめ、まさか感付いてないだろうな。
ウルゥル、サラァナ、急ぎ皆みなを集めてくれ。戦いくさとなるとな。
皆みなが集まり、すかさずキウル達の置かれた状況を簡単に説明する。
まったく、里帰りで危機に見舞われるとは、キウルらしいじゃない。
うひひ、久しぶりの戦いくさや。うきうきわくわく、腕が鳴るぇ。
キウルがかえってくるのか？おう、シノノンもいっしょするぞ！
シノノン、キウルは私達がちゃんと連れてくるから、お前はここでお留守番だ。
焦らず、どんと構えて待つのもいい女の条件だぞ。
そうなのか？
いや、シノノンは連れて行く。
ヤクトワルト……
それはさすがに危ないんじゃないですか？
そいつは逆だ。
逆？
前のトゥスクル遠征のときに思ったのさ。側にいないと、いざと言うときにこの手で守ることが出来ないじゃない。
………
自分の女は自分の手で守る。一緒にいるのが一番安全だってな。
おう、と～ちゃんのそばがいちばんあんしんだぞ！
と、ヤクトワルトさんはおっしゃってますが、良いのですか、オシュトルさん？
……エンナカムイに籠もっていれば安全という訳ではないのは事実だ。認めたくはないがな。
ヤクトワルト、某それがしもシノノンの事は気に掛けるが、己で言った以上、その言葉、嘘にしてはならぬぞ。
当然じゃないの。己の生き様に嘘は吐かんって、この剣に誓ったんでね。
ならば最後に、これを問う必要がある。
戦いに出る前に皆にも今一度問うておきたい。
オシュトルはん……？
相手はヤマトの兵……如何いかな理由があろうと、彼らに刃を向けたとあれば、二心ありと誹そしられよう。
それに、この聖上暗殺から始まる問題は一筋縄ではいかぬ。
大宮司であり帝ミカドの側近でもあったホノカ殿は、聖上暗殺の濡れ衣を着せられた。
姫殿下におかれては、毒薬を飲ませられ傀儡に仕立て上げられるところだったのだ。
そして今もまだ、某それがしや近衛衆に追っ手が差し向けられている以上、某それがしが暗殺に荷担した疑いが晴れているわけではない。
我等の弁がいかに正しかろうと、それが聞き入れられると考えるのはあまりに楽観的過ぎる。
故に今一度問わねばなるまい。
姫殿下の為、逆賊と誹られ、ヤマト全土を敵に回す覚悟があるのかと。
無論、ここで背を向けても構わぬ。姫殿下を救い出し、ここまで連れて来たことに感謝こそすれ、恨みなどありようもない。
だが、ここより先に進めば、最早後戻りは出来ぬぞ。
それでも良いのだな？
その言葉に部屋はシンと静まった。
しかし、しばらくすると皆の口から苦笑する声が漏れ始める。
野暮なお人やなぁ、そんなん今更やぇ。それに、相手が強ければ強いほど燃え上がるのに、後戻りなんて勿体ない。
だな。降りるなら、始めからこんな所まで来ないんじゃない？
うむ、相手が誰であろうと関係ない！正義は我にあるのだЦ
ふふ、僕は姉上の志を手助けするまでです。
シノノンはキウルをたすけるぞ！
主あるじ様と共にどこまでも。
そんな中、ルルティエは無言のまま窓の外、何処か遠くをボンヤリと眺めていた。
……ルルティエ殿。言うまでもないが、敵はヤマトの兵。かつては共に戦った者達だ。
もし彼らに刃は向けられないというのであれば━━
……いいえ、わたしも行きます。
ルルティエ……
もう誰かを失うのは……イヤです。
アンジュさまも……キウルさまも……もう誰一人として……
戦います……例え誰であろうと、戦って見せます。
……そうか。
お、おう、そうとなれば急がねえとな。モタモタしてたらキウルがやばいんじゃない？
そ、そうだ！まずはキウルを助けねばЦ
オウギ。
はい。
オウギはこちらの言葉に従い、机に地図を広げた。
キウルさん達はまだこの辺りかと思います。
僕が別れたのは、この渓谷に差し掛かったあたりですね。この辺りは道が険しく女子供を守りながらではなかなか前には……
恐らく谷を越えられずにいるかと。
こちらの歩みが遅いなら後方を脅かしている間に兵を回り込ませ、行く手を阻むかもしれぬな。
恐らくは……そうなれば、近衛衆はどこにも逃げられません。
ああ……ならば、相手の動きを逆手に取り、逆に背後を取って挟み撃ちにするまで。
幸い、場所は渓谷。険しい場所故、敵の連携もさほど密ではあるまい。
某それがしはネコネと共に直接、キウルら近衛衆の救援に向かう。
皆は二手に分かれて、それぞれ左右から側面に回り敵の包囲軍を各個撃破。その後、敵本隊の背後に出て、退路を断って欲しい。
兄あにさま、あまり時間がないのです。
ああ、急がねばな。
ネコネ。
ハイです。
ノスリ。
うむ、まかせろ！
ご随意に。
アトゥイ殿。
腕がなるぇ。
ヤクトワルト。
おうさっ。
ルルティエ殿。
ハイ……
御心みこころのままに。
出撃でるぞっЦ
一同
「「応っЦ」」
歩き出しながら、顔を覆う仮面をそっと指でなぞる。
……これでいい。
ハクという名の男は、もういない。今の自分……いや、某それがしは、右近衛大将オシュトル━━
呟きに応えるように、仮面がほんのわずか甲高い音を立てた━━そんな気がした。
陚

޸
陚

敵隊長
やれっ！女子供とて容赦はするなぁっЦ
……どうやら安穏と眺めているわけにはいかないようですね。
むうぅ……下衆どもめが。成敗してくれる。
姉上、お待ちを。
止めるなオウギ。
僕達は少数、ここで打って出るのは得策とは言えません。
それに僕達はヤクトワルトさん達と共に、オシュトルさんから与えられた役目があります。
ヤクトワルトさん、アトゥイさん、ルルティエさんらが右側面に。
僕達が左側面に回って、敵の背後に出て退路を断ち、近衛衆と合流したオシュトルさんと共に敵本隊を一網打尽にする。
ここでの遅れは、ヤクトワルトさん達との合流の遅れに繋がりかねません。
………
最悪、オシュトルさんが……
ならば問題無いな。
姉上……？
オシュトルが、あのような連中に後れを取ると思うか？
根拠などない。だが、確信している。
だから、私達は少しばかりオシュトルを助力すればいいだけの事。それよりもここで女子供を救った方がいいに決まってる。
それにだ、オウギ。一番大事な事を忘れているぞ？
大事な事？
我等は十分に強い！あの程度の連中、物の数ではない！
……ふふ、さすがは姉上です。
しかし、宜しいのですか？オシュトルさんが言ったように、ここで弓を引けば、僕達は確実に朝敵ちょうてき。
お家再興の夢から、少しばかり遠のくようにも感じますが。
女子供に矢を射る卑劣漢どもを捨て置いて、どうして家名を誇れよう。
姫殿下をお助けし、民を救い、義を尽くす。この道こそ我等の道だ。
それを聞いて安心しました。姉上がそうおっしゃるなら、僕も心置きなく戦えます。
では、まず敵の隊長を仕留めるとしましょうか。敵の方が数が多いですから連携されると厄介です。
それに、ここで敵を討ち取ればキウルさん達に援軍到着を知らせる事ができ、勇気づける事になるでしょうから。
うむ、そうこなくてはな！
姉上、慎重に。
オウギ、一体誰に言っている。いい女は決して自分の言葉を嘘にはしないのだ。
くらえっ。
ぐあぁぁぁぁぁーっЧ
ヤマト兵
た、隊長ぉЧ
何奴っЧ
ハハハハッ、我こそはノスリ！
女子供に矢を射るとは、武士もののふの風上にも置けん悪辣非道な連中よЦ
姫殿下に代わって成敗してくれるЦ
くっ！
敵は少数！返り討ちにしてくれるっЦ
ふふん、いかにも悪役らしい台詞だな。そんな輩には定石通り、正義の鉄槌を下してくれる。
露払いは僕にお任せ下さい。
よし、任せたっ！
参ります！
用語辞典の戦闘指南に新たな項目が追加されました
敵の攻撃に対しては『錬技』が発動します。
リングが重なるタイミングに合わせて○ボタンを押してみましょう。防御や回避を行い、ダメージを軽減します。
ジャストタイミングでボタンが押せると錬技も『クリティカル』になります。
また、連撃結果画面では×ボタンで『巻き戻し』を行うこともできます。
ボタン入力に失敗した場合はやり直してみると良いでしょう。
……よし、これで片付いたか。
どうやらそのようですね。
む？あの声は……
聞いて下さい、姉上。近衛衆やそのご家族からの歓声を。
ふふん、我等は当然の事をしたまでの事……だが、感謝されるのは悪い気がしないな。
ですが姉上、僕達はまだ彼らをほんの少し勇気づけただけです。
おっと、そうだったな。浮
かれるのはまだ早かったか。先に行っているだろうヤクトワルト達に追いつかねば。
先導します。こちらです、姉上。
うむ。
さて、ヤクトワルト達はもう到着してる頃合いか？
まあ、ヤクトワルトもアトゥイも腕が立つし、ルルティエにもココポがいるから大丈夫だと思うが……
Ԋ

ڏ
ٙ
޸
Ҕ
Ҕ
Ҕ
Ҕ
Ҕ
Ҕ
陚
י
ڏ
ٙ
ふぅ……
……大丈夫かい、姫ちゃん？顔色よくないみたいじゃない？
おねぇちゃ、かぜなのか？
いえ、大丈夫です……大した事ありませんから……
無理しなくてもええんよ？敵やったらウチ一人で片付けるし。
おいおい、全部一人で平らげて、俺には回さないってか？
うひひ、早いもん勝ちやぇ。
やれやれ。
ま、そんなわけだ。姫ちゃんはもっと気楽でいいんじゃない？
ヤクトワルトさま……？
あんな事があってからまだ日も浅いし無理もねえが。
ハクの旦那の事を悔やんでるのは姫ちゃんだけじゃない。あの場にいなかったのは、姫ちゃんだけじゃないんだぜ？
あ……
みんな同じさ。だから、何も一人で背負い込む事はないんじゃない。
今は俺やアトゥイの姉ちゃんがいる。無論、オシュトルの旦那にノスリ、オウギもだ。
シノノンもだぞ！
そやねぇ、ルルやんはもうちょっと、みんなを頼ってもええんよ。
ヤクトワルトさま、アトゥイさま、シノノンちゃん……
あんな事はもうまっぴらだからなぁ。その為にもみんなで力を合わせて━━
キウルさまを助ける……
そういう事やぇ。
そう、それが仲間ってモンじゃない。
もんじゃない！
うひひ、ウチらお友達やもん。
………
まぁ、思い悩むのは後だな。キウルを助けてからじっくり考えればいいんじゃない。
先を急がへんと、ノスリはんやオウギはんにええとこ持ってかれそうやしねぇ。
……はい。
じゃあ、さくっとキウルを助けて……
ん……？
あや？
あっ……
ヤマト指揮官
な、なななっ、何奴っЧまさか、オシュトルのЧ
こいつぁ、ヤマトの……
どうして、こんな所に……？
成る程ねぇ、俺達と同じで、回り込んで近衛衆の挟み撃ちを狙ってたってわけかい。
うひひ、あちらさんにも頭が回るお人がおるんやねぇ。
…………
くっ！予定外だがやむを得ん！皆の者！奴等をここで始末しろっ！
ヤマト兵
おおーっ！
どうやらあちらさんはやる気満々のようだし、肩慣らしにはちょうどいいんじゃない？
こういう筋書きの無い展開が本気の戦やねぇ。
シノノンと姫ちゃんは下がってな。
いえ、わたしも戦います。そう決めたのです……
無理は禁物やぇ。
判っています……ココポ、行こう。
がんばれ、おねぇちゃ、ココポ！
コォォォォォォッ！
用語辞典の戦闘指南に新たな項目が追加されました

˅
あやや～、もうお仕舞いけ？
ふっ、これじゃあ肩慣らしにもならんね。
お二人とも、お怪我は……
こんなの傷のうちに入らんさ。
全然へっちゃらやぇ、ルルやんこそ大丈夫け？
わたしは平気です……ココポが頑張ってくれましたから。
ホロロロ～♪
しかし、余計な手間を喰ったじゃない。
心配や……ウチらの獲物、まだ残ってるかなぁ。
心配はそこかい？
だがまあ、ノスリ達の腕なら怪我の心配よりそうなるか。
もしかしたらオシュトルはんら、ウチらを待たずに、みんな倒してるかもしれん。
そうですね……
さて、時間を食っちまった。何はともあれ急がねえとな。
ほんとうにキウルは、せわがやける。だが、がんばってるキウルはほめてあげます。
クククッ……
行こ、ルルやん。
あ……
はいっ。

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ٙ
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どうやら、エンナカムイからの援軍を警戒する動きはないようだな。
ちょっと考えれば、エンナカムイから援軍がやってくる事くらい判るだろうに。ここまで無警戒とは、もう勝ったつもりか？
兄あにさま。
おっと。
済まぬ……お前達の前では、つい気が緩んでしまう。
感激の極み。
………
いや、見ているのが誰か、などという問題ではなかったな。
ハクはもういない、死んだのだ。そう、あの時……オシュトルに未来を託された時に。
我はオシュトル、右近衛大将オシュトル。
姫殿下を守りし者。それ以外の何者でもない。あってはならぬのだ。
色々気を使わせるな。長い目で見て欲しいなどとは言わぬ。その時はもうないのだから。
某それがしはしくじらぬ。この命、尽き果てるまで。
はい……
どこまでも共に参ります、主あるじ様。
ともかく急ぐぞ。今は一刻の猶予もない。
わかっているのです、兄あにさま。
はい、御心みこころのままに。
だ、ダメだっ！数が多すぎるЦ
栄えある近衛衆が泣き言を言うな！肉の壁となってでも、女子供を矢から守るのだっЦ
ヤマト兵
ぐぁぁっЧ
ここは私が時間を稼ぎます！その間に負傷者を後ろへЦ
か、かたじけない、キウル殿っЦ
くっ！次から次へときりがない……
みんな奮闘してくれていますが、あまりにも分が悪い。
むしろ、ここまで持ちこたえたのは、近衛兵たちが兄上に鍛えられていたからこそ。
兄上がここにおられれば、本来の力を発揮し、このような敵に負けるはずが……
これも私の未熟さ故か。
ぬふっ、彼奴きゃつら、いよいよ耐えられなくなっておりますぞЦ今こそ突撃の時Ц
くッЧさせませんっЦ
ひぅっЧ
ぎゃあああっЦ
一兵たりともここを通すわけには……あっЧ
ッ！しまった、矢が━━
ぬはははははッ！矢玉が尽きおったようでありますな。
者共、奴を取り押さえるであります。抵抗するなら、多少痛めつけても構わぬですぞ。
オシュトルめを誘き寄せる餌にしてくれるわ。
くっ……ここまでか……
いいえ、兄上はきっと来てくれます。こんなところで諦めるわけには……Ц
━━ッ！
まさか……
━━兄上ッ！
待たせたなキウル。よくぞ持ちこたえた。
近衛衆に負傷者多数。
でも、女性や子供は無事のようなのです。
ひとえにキウル様と近衛衆が捨て身の働きをした為と察せられます。
そうか……皆みなを守り抜いたか。キウルに任せたこと、間違いではなかった。
兄上……
下がれキウル、後は我等に任せるといい。
いえ、私の怪我は大した物ではありません。矢を頂ければ共にまだ戦えます。
わかった、頼りにしているぞ、キウル。
はいっЦ
キウルが自分に向ける瞳……オシュトルに向けたそれと変わらないか。
うまく演じているという事だろうが……このまっすぐな少年を欺くのは、やはり心が痛む。
ぬふふふ。
？
ようやく現れたであるな。貴公が顔を見せぬ事には、拙者としても興が乗らぬままだったぞ。
オシュトル！
む……コイツは確か。
奸智かんちと世渡りに長けた奸賊かんぞくめが……愚直に忠勤する拙者をよそに、まんまと立身出世を遂げおって。
くぬぬぬ、なんと羨うらやま━━もとい、小賢しい限り！
拙者は貴公以上の武勇と知恵を持ちながら、貴公に活躍の場を奪われ続け、ずっとずっと冷や飯を食わされていたのだ！
今日という今日こそ、長年に渡る因縁にケリをつけてくれるでありますぞ！
因縁……だと？
そうであるЦ
はて、一体何の事だ？
な、なぬっЧ
オシュトルから、そんな話を聞いた覚えは無いぞ？
某それがしの知る限り、お前とは接点など無かった筈だが……
後学の為に教えて貰えると有り難い。
きっ、貴様っ！初めて出会ったあの時の事を覚えてないと言うのかЦ
初めて出会った時……？
その後、初陣で山賊狩りをした時！剣術の試合で相対あいたいした時っ！そ、それから、それからぁ……
……ネコネ？
『ふるふるふる……』
ネコネも知らないのか。
……済まぬ。どれも某それがしにとっては初耳だ。
うぐがががががぁーっЦ
拙者の事は覚えるに足りぬと申すかЦそれしきで拙者をやり込めたなどと思うな！
かくなる上は武力で貴公をこてんぱんに打ち負かし、拙者の優秀さを証明してみせようぞ！
何やら火に油を注いでしまったようだが……まあいい。
右近衛大将オシュトル、受けて立とう。
キウルと近衛衆が世話になった礼を、返させて貰うぞ。
ぬふふふ、吠え面かかせてやるわ！
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連撃にはノーマルリングの他に、『チャージリング』も存在します。
リングが現れたら○ボタンを押しっぱなしにし、一周するタイミングで離してみましょう。
０時のジャストタイミングでボタンを離すことができれば、クリティカルになります。
兄上……申し訳……ありません……
Ȋ

ぜ、全滅……？オシュトルめは手負いだったはず。なのに何故Ч
ヤマト兵
誰だ！オシュトル様は重傷だから楽勝とか言ったのはЧ
ボコイナンテ様だよ！クソ、やってられるかЦ
あ……ま、待つでありますЦ
追いかけるですか？
いや、こちらには女子供もいる。今はその受け入れと、負傷者の救護を優先する。
ウルゥル、サラァナ、皆みなを看てやってくれ。
承りました、主あるじ様。
オシュトル様！
我等近衛衆一同、ここに罷まかり越こしましたЦ
近衛衆達が集まり、膝ひざをつくと深々と頭こうべを垂れる。
ッЦこれは……
そうだ、某それがしはオシュトル……決して気取られるな。
……皆みなも、よく呼びかけに応じてくれた。この通り感謝する。姫殿下の為、某それがしに力を貸して欲しい。
近衛衆達
「「はッЦ我等近衛衆、この命尽きるまで貴方と共にЦ」」
……これでいい。これで、エンナカムイは大幅に増強される。
だが……それなりの規模ではあるが、帝都にいたオシュトルの配下がこれで全てとは思えない。
おそらくは……
やぁやぁ、我こそはイズルハの弓使い、ノスリなりぃ！畏かしこくも一天万乗いってんばんじょうの君の……って、あれ？
どうやら、こちらが到着する前に敵は逃げてしまったようですね。
やれやれ、もう終わってるじゃない。やっぱあそこで足止めされたのがまずかったねえ。
なんや、つまらんなぁ。
よかった……みなさん……
どうやら、お前達も一戦交えてきたようだな。無事で何よりだ。
キウルさん、お疲れ様でした。
オウギさん！ありがとう御座います、オウギさんが知らせに行ってくれたおかげです。ただ……
キウルは目を伏せ、背後の隊列を振り返った。
近衛衆、一族郎党の全てを率いてくることはできませんでした……
そうか……
やはり、帝都を脱出できなかった者や、途中で脱落した者も相当な数に及ぶか……
申し訳ありません、兄上。私が不甲斐ないばかりに……
いや、キウル、お前はよくやってくれた。
ですが！
俯うつむいたままのキウルの前に、近衛衆の一人が進み出る。
キウル殿、お顔をお上げ下さい。貴方とオウギ殿がいてくれなければ、我々は全員あのまま捕らえられていました。
然しかり。貴方が導いてくれたからこそ、我々は生きてここまで辿り着けたのです。
皆みなさん……
そうだキウル、顔を上げるのだ。そして胸を張れ。
お前は某それがしの自慢の弟なのだ。
……ッ。
ありがとう…ございます……
兄あにさま、早く皆みなさんをエンナカムイに。
うむ、我等の勝利だ。エンナカムイへ凱旋するぞ。
なあなあルルやん、今晩は歓迎会け？またルルやんのご馳走食べたいなぁ。
え……ええと……判りました。でしたら、厨房を借りられるか聞いてみます。
お、シノノン、今日は御馳走だぞ。
ごちそうだぁ！
……ふふっ。
和気藹々わきあいあいとした雰囲気を懐かしそうに眺めていたキウルは、ふと何かに気付き、キョロキョロと辺りを見回した。
あの……ところで兄上。
どうした？
ハクさんの姿が見えませんが……それにクオンさんも。
前を行くネコネの背中が、一瞬ビクリと震えた。
……兄上？
キウルはまっすぐこちらを見つめた。自分はその視線に小さく息を吐き、静かに答えた。
クオン殿は……祖國へ帰った。
えっ？クオンさんが？ぁ……そう……だったんですか……？
でも、どうして急に……？こんな大変な時に……クオンさんなら……
…………
……兄上。
ハクが死んだ。
━━っЧ
某それがしを追ってきたヴライとの戦いでな。
それを知り、クオンはエンナカムイを後にした。
全ては某それがしが至らぬせいだ。この場にいないクオン殿を責めてやるな。
彼女には気持ちの整理をつける時間が必要だったのだ。
ハクさんが……死ん…だ？あのハクさんが？
ああ、こいつにも嘘をつかねばならないのか。
あれほどオシュトルを慕っていた、この少年にも……
そう……ですか……
ハクさん……亡くなったのです…か。
キウルは俯うつむいたまま、グッと唇を噛みしめていた。
キウル……
まさか……泣いてくれるのか。
お前を謀っている、こんな男の為に……泣いてくれるというのか……
兄あにさま。
……わかっている。
俯うつむいているキウルの肩に、そっと優しく手を置く。
……本当に済まぬ。
だが今はお前の無事が嬉しい。さあ帰ろう、キウル。御前がお前の帰りを待っている。
……はい。
許せとは言わん。この仮面アクルカを被ったその時から、自分はオシュトルとして生きることを決めたのだ。
そう……それが、お前達のオシュトルへの思いを裏切り続けることになろうとも……
拠点メニューに装備・ＢＰ割り振り・戦闘回想が追加されました
『装備』では所持品をユニットに装備させることができます。
ユニットに特性や錬技を習得させ、戦闘を有利にしましょう。
『ＢＰ割り振り』では所持しているボーナスポイントをユニットに割り振ることができます。
ユニットのステータスなどを任意で強化していくことが可能です。
『戦闘回想』ではクリアしたステージを再戦することが出来ます。
拠点や戦闘前の編成時に行うことができますので、ユニット育成やボーナスポイント収集に利用しましょう。
追っ手を退け、無事キウル率いる近衛衆に合流すると、彼等を引き連れエンナカムイへと凱旋する。
アンジュにこれまでの報告をしたいというキウルのたっての願いもあり、弓を外す間もなくアンジュのいる迎賓館へ足を運んだ。
姫殿下、キウル、ただ今戻りました。
う、う……
キウルは力なく伸ばしたアンジュの手を取り、静かに頭を垂れた。
再び拝謁はいえつがかない、感激の極みです……
そんなキウルにアンジュは無言で笑みを浮かべた。
キウル……
しかし、キウルの背が微かに震えている。
判っていた事とはいえ、アンジュに未だ回復の兆しもない事に、心穏やかではいられないのだろう。
そんなキウルを労るように、イラワジが言った。
キウルよ、思い詰めるでない。
其方そなたはよくやった。我が孫ながら誇りに思うぞ。
姫殿下をお救いしたばかりか、近衛衆をもエンナカムイまで導いて来たのだ。
キウルはイラワジの言葉に恐縮したように首を振った。
あっ、いえ、とんでもありません。全ては兄上を始め、皆さんの力があればこそ。私一人がその功を誇るなどと。
キウルよ、己を卑下するものではない。お前の存在はいつも心強く思っている。
だからこそ、キウルに近衛衆を任せたのだ。
キウルに託した某それがしの目を、節穴だったと言わせないでほしいものだ。
兄上……
しかし、これは幸先がいいな。キウルが近衛衆を連れて来てくれたおかげで、我等が道は明るいぞ。
……いえ、楽観視は出来ないのです。
そうだな。近衛衆が合流したとはいえ、未だヤマトとの兵力差は如何いかんともし難いものがある。
とはいえ、あっちはあっちで未だ大混乱なんじゃないの？
うむ、あんな騒動があったのだ。姫殿下が行方をくらましたことは、すぐに知れ渡ろう。
うひひ、いっぱいいっぱい暴れたもんなぁ。
権力の空白。
有力な後継者がいない現状では、混乱が継続していると考えられます。
ところが、そういう訳でもないようでして。
オウギさん？
何が……あった？
それは、キウルさんから聞いていただけると。
わ、私からですか？
キウル、ここには姫殿下も御前もおられる。帝都で今、何が起こっているのか教えてほしい。
わ、判りました。それでは……
キウルはひと呼吸すると、おもむろに語り出した。
一体何処どこから話したらいいのか……そうですね、あれは兄上達が帝都を出られた後のことです。
フ、フン……ヴライめ、帝都から逃げ去ったにゃもか。どうやらこの儂ワシの眼光に恐れをなしたと見えるにゃも。
まったくあの男、さんざん狼藉を働きおって、ただではすまさんにゃも……
毒づくデコポンポの前に、ゆらりと大きな影が立ちふさがった。
デコポンポ。
ん？何にゃも？
ウゲェЧ
ミカヅチは軽々とデコポンポの首根っこを捕まえ、持ち上げる。
姫殿下がいまだ姿をお見せにならぬ……
宮廷内をどれほど探しても、お会いする事がかなわぬ。
あのウォシスですら、行方を知らぬと言う……
なのに……思えば貴様、妙なことをぬかしていたなァ……
な…何をするにゃも。ミカヅチ、は、はな……
さらにミカヅチは首根っこを締め上げる。
グフゥЧ
姫殿下が、御寝所にいらっしゃらなかっただと……？
貴様の妄言など、取り合うつもりは無かったが……本当の事を言え！
グェ……そ、そうにゃも！儂ワシは、確かに見たにゃも……ご、御寝所は…もぬけの殻で……
そうか……
では、すでに何者かが姫殿下を……
そ、そうにゃも……グプッ…じゃ、じゃから、この手を放すにゃも……
この期に及んで、まだ吐ぬかすか？まさか己がしでかした事を、忘れたわけではあるまいな……
ぐ、ぐにゅう……
貴様ごときがァ……恐れ多くも姫殿下の御寝所に、土足で踏み込みやがったかッЧ
グッ……プギュゥッЦ
デコポンポの躰が地面に叩きつけられる。
キュウ……
下衆ゲスめが、貴様など切り捨てる価値も無い。刃が穢れるわ。
ひッ、ひィィツЦ
あわわわわわわ……
むゥ？
こ……これは！一大事でおじゃる！
何事であるかЧ
門の外で控えていた連中が、中に雪崩れ込んで来たんでおじゃるよ！
ウヘェЧ
まずいでおじゃる……あれだけの数にいっぺんに入ってこられたら、混乱は避けられないでおじゃるよЦ
あ…あわわわわわ……
このままでは、帝都の中で兵同士の衝突が始まってしまうでおじゃるよ～ッЦ
ちッ……
ミカヅチは軽々と大剣を引き抜くと、無造作に構えた。
この帝都で争乱を起こそうとはな……どいつもこいつも、命が惜しくないと見える。
ミカヅチの怒気が激しい雷を呼び、辺りは青白い閃光に包まれた。
あ……あわわわわわ……
これはこれは……計画通りではありますが、ここまで効果覿面てきめんとは、いやはや。
ど、どうするんですЧどうするんですか、これЧ
さて？
さてって！
まあ、原因を作った身としては少々責任を感じないでもありませんが……もはや我々にはどうすることも出来ませんので。
諦めて、成り行きを見守るだけですね。
そんなЧ
キウルは眼下に広がる兵達以上に慌てふためく。
しかし、そこに稲妻のような声が響いた。
鎮まれッЦ
Ц
おや……あれは。
そんな……どうして……
どうしてあの方がЧ
鎮まれい！姫殿下の御前であるぞ！
………………
ひ、姫殿下……
ご無事でおじゃりましたか！
皆みなにはいらぬ心配をさせたようじゃな。だが余よはこのとおり、ここにおる。
で、ですが、御寝所を離れ、今まで何処いずこに……
下郎が！姫殿下の御前である。控えおろう！
ボコイナンテ・マロロ
「「は…ははーッ！」」
ライコウの怒声に全ての兵が剣を投げ捨て、一斉にひざまづく。広場は一瞬にして静寂に包まれた。
ライコウはその様子に頷くと、自らも恭しく腰を曲げ、アンジュを促した。
さあ、姫殿下……彼の者達にお言葉を。
アンジュは鷹揚おうように頷くと両手を広げ、目の前の兵達に呼び掛けた。
聞くのじゃ、我が愛おしき民よ。汝等の不安、余にも甚いたく伝わっておる。
ヤマトを築き、ヤマトを育み、そしてヤマトを護ってきたのは他ならぬ我がお父上、帝ミカドなのじゃからな。
帝ミカドがおられれば、何も恐れる物はなかった。ヤマトの未来は光に包まれていた。
じゃが帝ミカドがお隠れになった。その光が失われた今、幾多の困難が我等に襲いかかる事だろう。
再びこの地に異境の蛮族共が押し寄せてくるやもしれぬ。
そればかりかこのヤマトの中にも、余よに弓引き、ヤマトを手中に収めんと目論む不届き者が現れるやもしれぬ。
その時、ヤマトは如何いかなる事になるか。今まで誰一人として考えた事がなかった事じゃ。故に先が見えず不安に思うのは当然じゃ。
じゃが、そのような不安は今この場で捨て去るといい。何故なら新たな光はここにおるからじゃ。
余よは断じてそのような輩やからに屈したりはせぬ！
誓おう！余よは父の意志を継ぎ、新たな帝ミカドとなる！そしてこのヤマトに、永遠とわの平穏と栄華をもたらそうぞЦ
余はその為に汝等の力を求む！余の元に集い、共に新たなヤマトを築くのじゃЦ
割れんばかりの歓呼の声が響きわたる。広場は、新たな帝を祝福する声であふれかえった。
ひ、姫殿下ぁ～。
いつの間にかあんなにご立派になられて……マロは、マロは感激でおじゃるゥ！
おい、ちょっと待つじゃない。いま何て言った？姫殿下ぁ？
そんな……でも……アンジュさまは……
ここに確かに……
う……ぁ……
予想外の展開に皆は動揺を隠せない。アンジュなどは呆然とし、ただ呻くだけであった。
一方、イラワジは何か悟ったように大きな溜息をつき、その身を深く椅子に沈めた。
そうであるか……帝都に姫殿下の姿が……
ですが、あれは間違いなく偽者です！ここにおわす方こそ本物の……
それは判っておる。他ならぬオシュトルが奉じている御方だ、今更疑ったりなどするものか。
だが、元より姫殿下を傀儡に仕立てようとしていたのだ。
そのような不遜を目論む者ならば、偽者を立てるくらい平気で行うであろうな。
イラワジは皆に言い聞かせるように、きっぱりと言った。
そして問題なのは、それを他の八柱将の方々が受け入れたということです。
それが偽者だと誰も気付いてないのか。それとも……
おいおい、ヤな予感がするじゃない。
デコポンポ辺りは普通に騙されてそうだが、他の連中はどうだかな。
連中の間で何らかの利害の一致があったと見るべきだ。そしてその中心に立ち、仕切っている奴がいる。
手早く偽者を仕立て場を収める手腕。これも帝ミカドが死ぬのを想定して、予め用意していた筋書きか？
となると、黒幕は偽皇女を連れてきた……
チッ……奴が裏で仕切ってるとなれば、迂闊うかつに動けば命取りになる。
そもそも喋る事も動く事も出来ない皇女さんを担ぎ上げた所で、世間がどれだけ真に受けてくれるか怪しいもんだ。
それどころか、下手すればそれを逆手に取り、こちらを偽者と決めつけ潰しに来るはずだ。
向こうはヤマトという大國、こちらはエンナカムイという辺境の國に近衛衆が加わっただけ。
数もそうだが、練度も違いすぎる。
さて、どうする？どうすればいい？
何にせよ、皇女さんの喉が癒えないことには話にならないか。何とか治療の手立てだけでも……
………
そう思いを巡らせていた時、アンジュからの憂いを帯びた視線に気付く。
焦りが顔に出ていたか……いかんな。
自分はそっとアンジュの側に膝をつき、その手を握った。
どうかご安心を。某それがしが姫殿下を騙る不届き者を成敗し、必ずや帝都を奪還して御覧に入れましょう。
その言葉にアンジュは嬉しそうに瞳を潤ませた。
さて……あまり長く時間をお取りいただいては姫殿下のお躰に差し障る。皆みな、下がるとしよう。
ええけど……
少しばかり話がある……
なるほど判りました。
ネコネ、後は頼む。
判りましたです。
アンジュの部屋を出ると、皆みなを引き連れ政務室へと向かう。
さて状況はキウルから聞いた通りだ。
ただ立ち塞がる者を打ち倒し、姫殿下を都へ御戻しすればよいなどという単純な話ではなくなった。
ここより先は逆賊の謗そしりを受ける覚悟が必要となる。
大願が成されるまで、周り一切が敵にもなろう。そのような事は本意ではない者もいるかもしれぬ。
故に！ここに御座おわす姫殿下をヤマトの真の継承者と仰ぎ━━
なおかつ某それがしを姫殿下より全権を賜った将と認められる者だけが残ってもらいたい。
もし、某それがしの言葉に疑問を持つのであれば、この場から早々に立ち去って欲しい。それが双方のためだ。
そこで言葉を切り、部屋を見渡した。誰一人動かぬのを見て、内心ホッとする。
ご厚情、姫殿下に代わって深く感謝する。
ならば約束しよう。某それがしはヤマトに巣食う悪鬼を倒し、姫殿下を必ずや帝都へ御戻しすると。
そしてその暁には、皆みなの功に報い、望みの物を与えよう。
望みの物だって？
そうだ、姫殿下も功のある者を厚く遇する事を望んでおられる。
…………
さて、ノスリ━━
皆みなまで言うな。我等の答えは最初から変わらない。姫殿下の為、最後の最後まで運命を共にするとな！
だが勘違いするな、褒美に目が眩んだわけでは無い。いい女というものは忠義の為に動くものだからな！
僕はそんな姉上に付いて行くまでです。とはいえ、オシュトルさんの厚意を無にするつもりもありません。
報酬の程、期待していますよ。
俄然がぜん張り切るノスリとニコニコ微笑むオウギの姿に、自分はほんの少し苦笑する。
オウギの奴、こっちが何を差し出すかで器を見極めようって腹か？ここはさすがと言うべきか……
では、ルルティエ殿。貴方は何を望む？
わたしは、これといって何も……
ルルティエ殿らしいが、遠慮無く言ってもらっても構わないのだが。
いいえ、アンジュさまにお仕えするのは当然ですし、皆みなさんと一緒に居られれば、わたしはそれで……
そうか……もし望みの物が浮かんだなら、いつでも言ってもらいたい。
はい……
続いてアトゥイの方を見る。すると、アトゥイはこちらから問い掛ける前に答えた。
ウチも戦いくさができるんなら、ご褒美とかいらんしなぁ。
あ、そうや。そんならご褒美の代わりに、あのヴライ将軍みたいなんといっぱい戦わせてくれるのは、どうけ？
なあなあ、いいけ？
……考えて・・・おこう。
冗談言うな、あんなの二度とゴメンだ。
次は……
傍かたわらからじっと見上げてくる二人の視線。
……この二人には敢えて尋ねないでおこう。
わたし達の希望は……
━━で、では、キウルはЧ
えっЧいえ、私も褒美を欲しているわけではありませんので。
強いて言うならば、大願が成された暁にはヤマトに尽くすお役目を頂き、それまで以上に姫殿下を支えたいと思います。
そうか、ならばそう伝えておこう。
有り難う御座います、兄上。
これまたキウルらしいというか。とはいえ、望むまでもなく事が成せば必然的にそうなるんだが……
仕方が無い、取りあえず保留という形にしておくか。
残るは……
皆みんなには返しきれない恩があるんでね。報酬なんか無くたって、最後まで付き合うつもりなんだが……
まぁ、具体的に褒美をねだらねえと、旦那の面子やら他に示しがやら色々あるのは判ってるつもりじゃない。
そうだな……だったら、シノノンと不自由なく暮らせるようにして欲しいって希望を出しておこうかねぇ。
気遣い感謝する。その暁には、充分な褒美と家屋敷を用意しよう。
その答えにヤクトワルトは無言で頷いた。
これでありったけの空手形を切ったな。だが、果たせる見込みのない約束を交わしたつもりはない。
腹をくくれ。
ここからは、これまでのような隠密としての戦いじゃない。皇女さんを担かつぎ、帝都を奪還する為の本当の戦いくさだ。
さて、あちらさんは一体、どう出てくるつもりだ？
同刻━━
無表情に佇むライコウの前で、ボコイナンテは一人、床に口づけするかのように這いつくばっていた。
そこにはボコイナンテの主であるデコポンポの姿はない。彼一人がライコウの前に引き出されたのである。
さて、ボコイナンテよ。
は、ははぁっ！
見れば随分な有様ではないか。とても八柱将の副官とは思えぬ薄汚れた姿……物乞いかと思ったぞ。
一体これはどうした事か、申し開きがあるなら言うてみよ。
それがその……
拙者、逆賊どもを残らず討ち取るべく、帝都より逃げ出した近衛衆を追い詰めたのであります。
オシュトル配下のか？それは喜ばしい事だ。それが真なら姫殿下もお喜びになるだろう。しかし、肝心の連中の首が見えんな。
首は持って来なかったのか？落として来たのか？
そ、それがその、後一歩でありましたが、エンナカムイからの援軍によってその、策がその、少しばかり狂ってしまい、その……
冷ややかなライコウの視線に、ボコイナンテの額からだらだらと滝のように汗が流れ落ちる。
ボコイナンテ。
地の底から響くような声にボコイナンテは弾かれたように顔を上げ、捲し立てた。
む、無論、拙者も奮戦したのでありますぞ！ですが、卑怯にもオシュトルめは拙者を動揺させ、そのせいで全力を出せず、その……
ボコイナンテはしどろもどろに言い訳する。ライコウはその言葉に大きく頷いた。
成程なるほど、相判った。
おお！流石さすがはライコウ様！ご理解が早くて助かるであります！
ボコイナンテは一瞬、喜色満面となる。しかし、そんなボコイナンテをライコウは一喝した。
愚か者めが……
ひぃぃっЧ
つまり貴様は私怨で独断に先走った挙句、足手纏いを抱えた相手に惨敗し、おめおめ逃げ帰ってきたのだな。
あの主あるじにしてこの副官ありか。
ボコイナンテよ、このヤマトに無能と下品な者は必要ない。そうは思わんか？
平に、平にご容赦をっ！拙者、何でもやりますぞ！何でもご命じ下さいであります～っЦですから、ですからぁЦ
そうか……そこまで切望するのであれば、是非もない。
で、ではっ！
貴様の首を刎ね大罪人として晒しものとする。謹んで拝命せよ。
ひ、ひいーっ！
貴様の首が晒されれば兵共も震え上がり、気を引き締めざるを得まい。
新たなヤマトの礎となる事を誇りに思いつつ、地獄ディネボクシリへ堕ちるといい。
ライコウは剣を抜き払い、ボコイナンテに差し向けた。
お待ち下さい、ライコウ殿。
不意にかけられた声の主を見、ライコウは舌打ちした。
邪魔立てするか、ウォシス。
いえ、そんなつもりは……
殺気立つライコウに、ウォシスは困ったように頭を下げる。
ですが、ここでボコイナンテの首を落とせば、主であるデコポンポ殿によくない影響が出るでしょう。
ここはむしろ、デコポンポ殿に恩を売った方が宜しいのではないでしょうか。
ライコウ殿も、今やこのヤマトを掌握する摂政の身。時には寛容さを示し、人心を掌握することも必要かと……
……ふん、確かにあの腰抜けがここで逃げ出しては姫殿下のご威光が疑われるか。奴にはせいぜい快く働いて貰わねばならんからな。
ライコウは皮肉っぽく言い捨てると、剣を鞘に収めた。
行け、貴様の顔は当面見たくもない。
は、ははーっ！
ボコイナンテは平伏すると、飛び跳ねるように立ち上がり、足を縺もつらせながらその場を逃げ出した。
ふん……主従揃って悪運だけは強いとみえる。
それよりも……やはり生き残っていたか、オシュトル。
如何いかがするおつもりです。近衛衆がオシュトル殿に合流したとなると厄介なのでは？
確かに近衛衆は忠節に厚く練度も高いが、それだけだ。
数の優位は動かん。それに我等の信念が奴等に劣るとでも？
ライコウはウォシスを見た。ウォシスは苦笑を浮かべ、首を横に振る。
いえ……全く。
奴等は何も見えておらぬ。ただ盲目的に姫殿下を護るだけでは、このヤマトに未来は無いというにな。
だが、俺は俺の信念でヤマトを護る。なすべき大願の為、真に帝ミカド亡き世界を継ぐ為に。
はい、ライコウ殿……
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ܖ
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エンナカムイにもほど近い山野の奥深く……
はぁ……
エントゥアは深く溜息をついた。
ヤマトを侵略しようとして、逆に制圧された蛮國ウズールッシャの少女。
数奇な運命からヤマトの宮廷付き女官となり、アンジュ動乱の折には恩人を助けるべく帝都に留まった。
それが今、こうして洞に身を潜めている。
エントゥアは視線を巡らし、焚き火の向こうの人物を見遣った。
毛布代わりのむしろやら藁やらに埋もれているのは……
ヴライ将軍……
先のウズールッシャとの戦いくさで、数多のウズールッシャの民を血祭りに上げた八柱将の一人。
そして、帝が崩御した後、ヤマトの皇女たるアンジュを廃し、天に挑もうとした漢でもある。
いわば、ウズールッシャの民であり、アンジュに近しい女官だったエントゥアにとって二重の意味で敵と言える男。
しかし、どういうわけかその男が目の前にいた。
この男を拾って、すでに十数日。幸か不幸か、まだ死んでおらず、こんこんと眠り続けていた。
エントゥアは再度、溜息をつき小さく呟いた。
どうしてこんな事に……
エントゥアは思い返した。あの日の事を。
都を脱したオシュトル達にヴライが迫っている事を知らせるべく、ウマウォプタルを駆りここまで追いかけて来ていた。
不意に道が途切れた。本来ここにあるべき吊り橋の縄は切られ、完全に落ちてしまっていたのだ。
自然に落ちた、というわけではないみたいですわね……
何者かが、恐らくオシュトル達かヴライが故意に橋を落としたのだろう。
エントゥアは崖の下を覗き込む。
崖はさほど深くないものの、川の流れは早く、渡るのは容易ではない。
一刻を争う時なのに……
このままではオシュトル達やヴライから遠く引き離されてしまう。
最早間に合わないかもしれない。そんな考えがエントゥアの頭を過ぎった。
……いいえ、彼らならうまく逃れているはず。
オシュトル達もそう易々とやられはしまい。彼らはヴライを退け、アンジュを奪還して見せたのだ。
エントゥアはそう自分に言い聞かせる。
どこか流れの緩やかな所を探して渡るしか……
とにかくオシュトル達を追いかけねば。そう思い、エントゥアは川沿いを下り始める。
それからしばらく。随分と遠回りになったが、ようやく流れが緩やかになっている所を見つけた。
ここなら渡れる……
エントゥアが川を渡ろうとしたその時だった━━
あれは……？
エントゥアはそれをじっと見つめた後、真っ青になってウマウォプタルを降りて駆けだした。
も、もし！ご無事ですかЧ
一瞬、岩かと思ったそれはボロボロになった巨漢の男だった。
エントゥアが背中越しから岩のように大きな躰をゆする。
もし、もし！
ぬ……うぅぅ……
━━っЧ
ガッ━━
ヒッЧ
突然、男の腕が伸び、エントゥアの足首を掴んだ。
ぬ……うぅぅぅぅ━━
ヴ、ヴライ将軍Ч何故━━
う……ぐ……は、放して━━放しなさいッЦ
まだだ……
まだ……終わらぬッ。
あ……ぁ……ぁ……
我が拳こぶし……まだ、砕けておらぬぞ……
おおオォォォォォォォォォォォッЦ
オシュトルゥゥゥッЦ我はまだここにいるぞォォォォォォォォォォォЦ
きゃあああああああーっЦ
ヴライの手がエントゥアの足首をしっかと掴み引き倒す。
放しなさい！放しなさい！
エントゥアはヴライの手を振り払おうと足をバタつかせるが、あまりの力に動かすことすらままならない。しかし……
ぐ、ぐぅぅぅ……
え……？
一旦身を起こしたヴライの躰がぐらりと傾く。
きゃっЧ
その巨体が地響きを立てて唐突に崩れ落ちた。
ま、まさか……死ん……で……？
ようやく自由になったエントゥアは恐る恐るヴライの躰に触れる。
………
幸か不幸か、まだかすかに息があるようだった。
それを見てエントゥアの躰からへにゃりと力が抜ける。
一体何が……？
今思えば、捨て置くべきだった。
だが、ヴライの巨躯をウマウォプタルで引き摺り、ここまで連れて来てしまった……
あの時、ヴライが倒れていた辺りに戦った形跡はなかった。
おそらくはオシュトル達に返り討ちにあい、ヴライは川へ転落したのだろう。
だとすれば皆は無事でいるはず。そう考え、エントゥアは安堵していた。
もっとも、エントゥア自身はこうして厄介事を抱え込んでしまっていた。
私わたくしはどうすれば……
今はお尋ね者となったホノカ同様、エントゥアもまたヤマトには帰る場所がないのだ。
それでも、大恩あるホノカの無事を確かめたい。難儀しているのなら少しでも力になりたい……
心は逸はやるが、自分が無力であろう事は自分がよく判っている。
それに今、目の前にいるこの人物を見捨てることもできなかった。
身を隠せる洞穴を見つけ、沢から水を汲み、小さな獣を狩り野草を摘つんで糧とした。
まるで、戦に敗れ、残兵狩りから身を隠していたあの時のように。
どうして、助けたりなんか……
何度繰り返したか判らない疑問を口にする。
せめて目だけでも覚ましてくれれば……
ヴライの顔を覗き込んだ、その時だった。
ぬ、ぬぐぅぅ……
倒れてから今まで声一つ漏らさなかったヴライの口から呻き声が漏れた。
ようやく気付いて……
オシュトルぅぅぅЦ
い、痛いっ！
突然跳ね起きたヴライは顔を覗き込んでいたエントゥアの肩を掴み、そのまま壁に叩きつけるように押さえ込んだ。
く……うッ……
躰を捻り何とか逃れようとしたが、ヴライの力の前にはなすすべがない。
次第に肩に加わる力が強まり、このまま肩が砕けるかと思った時、ふとその力が緩まった。
ヴライはじっとエントゥアの顔を見つめて言った。
何だ……貴様は？
エントゥアはヴライの束縛からすり抜けると、恐る恐る答えた。
わ、私わたくしはエントゥア。貴方は瀕死の様子で川縁に倒れていたのです。
ぬ……
ヴライは自分の体を見下ろし、ようやく手当てされている事に気づく。
ですけど……その様子だと大丈夫そうですね。
貴方はヴライ将軍ですね？
我われを知っているのか？
このヤマトに貴方を知らない人など……
貴様のその顔立、生粋のヤマトの者とは思えぬ。
射るような瞳が、得心したように細まった。
そうか、貴様、ウズールッシャの者か。
クク……糞蟲に情けをかけられたとは、我われも落ちる所まで落ちたか。
だが解せぬ。何故に首をとらぬ。我わが首、千金すら陵駕しよう。
不敵に笑うヴライだが、その声音にはかつての猛々しさが無かった。
十日も昏睡していた者の首を落としても、何の誇りにもなりません。
ほう……
貴様、ただの娘子ではないな……
近づこうとしてふらつき、危うくその場に片手を突く。
ぬう……
まだ動かぬ方が身のためです。傷は塞がっても、何か体に入れないことには……
どのような下心があるか知らぬが、我が身可愛ければ小賢しい真似はせぬ事だ。
下心などある……
……ものですか。そう答えようとして、不意に口をつぐむ。
ヴライは身を横たえたまま、じっと焚き火の炎を見つめている。
お待ちなさい、何か食べ物を……
要らぬ。
我が望みは一つ。オシュトルの首、只ただそれのみッ。
Ц
それが叶うならばこの命、我が全てを仮面アクルカに喰らわせてやろうぞ。
炎がばちばちとはじけ、嗤わらうヴライの顔を赤黒く照らすのを、ただ黙って見つめていた。
а
а
次は、兵寮へいりょうの方へ向かうです。
ああ、頼む。
ネコネを伴って、城内を順々に練り歩く。その日はちょうど、今後に備えて各所を見て回っているところだった。
キウルや近衛衆が戻ったことを踏まえ、最も重要な拠点であるここを、さらに細かに把握しておく必要があるからだ。
しかも早急にとか、どんな無茶振りだ……
まさかこのようなことが起こるとは、この國の者達としても寝耳に水だったであろう。
これからのことに不安を感じてか、城内の者達は少なからず浮き足立っていた。
どうかしたですか、兄あにさま。
いや、なんでもない。
いかん、表情に出すな。某それがしは右近衛大将オシュトルぞ。
ネコネの声に、慌てて表情を引き締める。と、その時、廊下の途中で見知った顔とばったり出くわした。
んむ？何だ、オシュトルにネコネか。兄妹仲良く散歩か？
わたし達も一緒。
我等は主あるじ様と一心同体。いつ如何いかなる時も離れる事はありません。
ネコネの事だけ触れられたのが気に触ったのか、後ろに控えていた双子達が挟むようにして躰に抱きつき、躰を押し付け合う。
こ、こら、お前達、悪ふざけはよせ！
そうは言ったが、この二人が離れるはずもない。そんな様子にノスリは苦笑して言った。
オシュトルもハクと同じで苦労しそうだな。
いや全くだ……
恐る恐るネコネの方を見る。不機嫌そうな顔つきだったが、それはこのところずっとなので、特に変化はない。
そんなネコネはただ素っ気なく言った。
散歩ではないのです。
いや、視察の途中だ。どうやら色々と足りていないようでな。実際にこの目で確認しながら、見積もりを立てているところだ。
そうか、何やら忙しそうだな。
ノスリも、何か要望があれば言ってもらいたい。出来る限りだが力になろう。
ん……そうか？心遣いはありがたいが、特にここでの生活に不満は……ん？
何かあるのか？
ム……いや、何でも無い。何でも……うん、これ以上は贅沢というものだからな。
そうか、なら良いのだが。
…………
………………
兄あにさま、そろそろ。
そうだな。では某それがし等はこれにて。
ゲフン、ゴホン━━ンッ、ンッ、ンЦしかし、敢あえて贅沢を言わせてもらうのならアレだ、アレ。判るか？
そう言いつつノスリは指先で何かを転がしたりするような仕草をする。
いや、アレと言われただけじゃ判らん。
ネコネの方も判らないらしく、首を傾げている。
つまりだ、あ～……何と言ったらいいか……そう、アレだ。もう少し潤うるおい？
そうだ、潤うるおいが欲しいというか、そんな感じだ。
……潤うるおい？
思わず、素の声で返してしまった。慌てて態度を取り繕いつつ、再びノスリの目を見る。
それはまた、漠然とした要求であるな。
例えば……だ。都にあるような華やかな遊戯が出来れば、心に潤いが持てると思わないか？
華やかな遊戯……歌留多カルタ遊びとか貝合わせとかです？
そういうのでは無く、もっとこう、心躍る遊戯があるだろう。
そしてまた指先で何かを転がす仕草。よく見ればそれは賽サイを転がす仕草に似ている。
……もしかして、賭博です？
ゲフン、ゲフン、ゴホン！私は何も賭け事とは言ってないぞ。心の潤うるおいをと言っているのだ。
もっと心が潤うるおうような遊戯をと言っているのだ。
言葉を選んでも同じだろうに。そういや大の賭け事好きだったな、コイツは……
それならショウギはどうです。心が潤うるおうですし、皆みんな遊んでるですから、相手にも事欠かないですよ？
ショウギ……あれは……何というか……あまり好きでは無くてな。
いや、決して苦手だからではないぞ。
苦手ではないが、ちょっと刺激が足りないというか、やりたいのはそういう遊びではないというか……
聞いても無いのに、いろいろと語り出すノスリ。ここは深く追求しないのが優しさというものだろう。
まぁ、ショウギでは賭けをするには向いていないからな。
うむ、やはりそういった刺激がないと……ハッЧしまっ……まさか誘導尋問……迂闊うかつな……
……兄あにさま、このヒト本気で言ってるですよ。
ん……まぁ、言ってやるな。
と、とにかく、ちょっとした遊技場でもあればなと思ったのだ。
まぁ、それは仕方が無い。
このエンナカムイでは賭け事そのものは禁止はされていないが、節度を守るべしという令もあって都みやこのような賭博場が無いのだ。
しかし賭博━━遊技場が全くないとは……
それに近い所ならあるが。
あるです。よくお爺ちゃん達が利用しているのです。
あれは遊技場じゃないだろう。もっと違う……別の何かだ。
まぁ、言いたいことは判ったが、少々贅沢な悩みではあるな。
それは承知している。ちょっと言ってみただけだ。
しかし……ノスリの言い分も判らなくはない。帝都に比べると、ここはいささか……田舎すぎる。
だが成程なるほどな、遊技場か……
そこまでとは言わない。ただ、目新しさのようなものが欲しいというか……
目新しさ、か。
……兄あにさま。そろそろ、視察に戻らないと。
うむ、そうであったな。
ネコネに言われて、視察の途中だったことを思い出す。
流石に、このまま話し込んでいるわけにもいかないか。
む、どうやら引き止めてしまったか。
いや、貴重な意見だった。参考にさせてもらおう。
賭博場というのはどうかと思うが、その潤いってのを考えてみるのもいいかもしれないな。
軽い調子でそう告げると、ノスリも笑みを浮かべた。
ふむ、ならば期待して待ってるぞ。
さして期待する風でもなくそう言うと、ノスリは廊下の奥に消えていった。こちらも視察の為に、再び廊下を進む。
そういえば……
ノスリに言われてみて気付いたのだが、娯楽というか遊戯があまり豊富では無いな。
しかも、その大半が単純なものばかりだ。
エンナカムイ自体の文化水準はそう低いわけではないが、やや禁欲的というか、娯楽に無頓着な指向があるように思える。
兄あにさまなら……生活が根底から改善されるような技術と、ただ遊ぶためだけの遊戯。
教えて貰えるとしたら、どちらの教えを請いたいと思うです？
ん？それは、技術の方を……ああ、そういうことか。
なのです。
兄貴が言ってたな。帝ミカドとして、手柄を立てた配下への褒美に、望めば何かしらの技術を与えたと。
与えられる方も、遊びのネタよりも、富をもたらす技術の方を欲するか。
なので帝ミカドから賜たまわれた遊戯以外は、ごく単純なものばかりといわれているです。
なるほどな……
それが、どうかしたですか？
なに、少し疑問に思ったのでな。それに、その潤いとやらを考えてみるのも面白そうだ。
……そうですか。
ネコネはちょっと呆あきれたような顔をしつつも、小さく頷いた。
主あるじ様。
くいくいと袖を引かれたので振り返ると、双子達が何かを期待するようにじっとこちらを見つめていた。
言っておくが、お前達と賭け事はせぬぞ。お前達の事だ、わざと負けて躰で払うと言うのだろう。
見破られた？
さすがです、主あるじ様。
やれやれ相変わらずだな、この二人は……まあ良くも悪くも以前と同じだから、気も楽だが。
……やっと出来た。まあ、こんなものか。
翌日。夜なべして作った遊具を見て、思わず笑みがこぼれる。
これは中々いい感じじゃないか。うん、いい出来だ。
手元には、様々な絵柄が描かれた札の数々。絵札に不備がないことを確認していると、不意に背後から声をかけられた。
意外だな、お前がニヤニヤしているなど。能面のような男だと思っていたが。
ぅ……ゴホン。ノスリか、何か用か？
用事というほどでも無いが、昨日は何か考えていたみたいだったからな。
まさか昨日の今日で何かするとは思ってないが、面白そうだから様子を見に来たというわけだ。
そうか、ならばちょうどいい所に来た。こんな物を作ってみたのだが。
……これは？
手にした札を広げてみせると、ノスリは感心した様子でその絵柄をのぞき込んでくる。
随分と華やかな札だな。歌留多カルタ……にしては、札が小さいが。
歌留多カルタの一種ではあるが、これは花札ハナフダというものだな。賭け事などでよく用いられる遊びだ。
……ほう？
賭け事と聞いたとたん、ノスリは身を乗りだしてきた。
ふむふむ……それぞれの絵柄に意味があるのか……
ただ闇雲に札を集めるのではなく、こうして札をそろえて役を作らなければ意味がない。これで『青タン』
成程なるほど、いろいろな役があるのだな……
更に、ここで勝負をかけず『こいこい』をして、役の追加を狙えば……これで、『月見酒』だ。
こうして高い点をとれば、それまでの負けを一気にひっくり返すことも出来るわけだ。
成程なるほど……成程なるほど……形勢逆転も……うむ……なかなか……
それぞれの札の法則や役を覚える頃には、ノスリは花札ハナフダにすっかりはまっていたようだった。
よし、では早速始めるぞ。
そういうとノスリはニッカリと笑い、懐から巾着袋を取り出してくる。
……いや待て、まさか賭ける気か？
当然だ。やはり、やるからには本気でやらねばな。何、ほんの少し……精々今宵の飲み代を賭けるくらいだ。
ただ賭けたいだけのような気がするんだが……まぁ、いいだろ。何となくこうなる気がしたしな。
ふふん、どうやら乗る気になったようだな。ならば尋常に、勝負！
了承と受け取ったか、ノスリは意気揚々と絵札を切り始めた。
数刻━━
ぬ……ぐぐぐ……
絵札を扇状に開いたノスリが、唸り声を上げていた。場と手札を行き来する視線は、真剣そのものだ。
まあ、無理もないか。こうも連敗が続けばな。
最初は好調に飛ばしていたノスリだったが、慣れてきたためか『こいこい』して更なる高得点を狙うようになってきた。
そして負けが込んでくると一発逆転を狙い、また更にと高い役を積もうとして失敗する悪循環。
これで上がりだ。
ぅぐЧま、また……
そしてまた一つ、こちらの手元で役が揃う。その様子を、ノスリは恨めしそうに見つめていた。
何故なぜ勝てない……一体何がいけない……？
だから、高い手を狙いすぎだと何度も言っておろう。さて、これで気が済んだな。
ま、待て、もうひと勝負、もう一勝負だ！
いや、さっきから何度も、そのもう一勝負しているだろう。
次こそ最後だ、今度こそ！
それも何度も言っている。
ぬぐぐ……
それにさっきのでもう、財布の中身が空だろう。
な━━
そう言われ、ノスリは慌てて巾着袋を逆さにする。
パラパラ……
が、中からこぼれ落ちたのは、埃ホコリらしきものだけだった。
今晩の飲み代程度の筈が、いつの間にか一月近い飲み代だ。ここまでくると、いっそ惚れ惚れするくらいの負けっぷりである。
まぁ……考えてみれば、ノスリはこの遊戯を知ったばかりだ。今日の所はなかったということにしよう。
くぬぬぬッ、そのような情けは受けん！それにまだ勝敗が決したわけでは無い！
いや、誰がどう見ても勝負ついてるから。
だが、もう賭ける物もないであろう。そう意地にならなくとも。
ぐ……ぐぐぐ……なら……ならば、これでどうだЦ
ダン━━
そう言うやいなや、ノスリは自らの着物の帯を解くと、それを目の前に叩きつけた。
この帯を賭ける！
何を考えているんだコイツは……
衣服に用いる生地は、大抵は家で何日もかけて織られる。
したがって、服を一揃え仕上げるまでの手間暇はかなりのものであろう。
豊かな都の者は織物屋で買ったりするが、もともと丹精込めて織られた物だ。それなりの値が張り、決して安い買い物では無い。
故に衣服は一つの財産だ。十分担保になるだろう。
しかし、だからといって、コレは無いだろ。
金糸で美しい模様が編み込まれたノスリの帯となれば、それだけでも相当な値打ちものだ。
そういや都の賭博場では、まれにスッカラカンになって丸裸で放り出される奴も居るって話を聞いたことがあるが━━
まさか、その類じゃなかろうな……
……駄目だ、目が据わっている。こりゃ何を言っても無駄か。
判った。ならば某それがしは、コレまでの掛け金を全て賭ける。
そして互いに金二十枚を手持ちとし、先に無くなった方の負けとする。それで良いか？
望むところ。さあ、今度こそ最後の勝負だ。
ノスリはそう意気込むと山札を切り出した。
仕方が無い。あまり気が進まないがワザと負けるか。
完全に入れこんでしまっていて、こちらの言葉には耳を貸しそうに無いし、あの目が勝つまで止めぬと語っているしな。
思わずこぼれそうになるため息をこらえながら、花札ハナフダを再開した。
とはいえ、あからさまに手を抜いたら八百長がバレてしまう。そうなったらまず怒るだろうな、ノスリの性格からして。
バレないよう程々に手を抜いて負ける……これしか無い。
くっ……う……うぅぅぅ……
いや……まさか、適当にやったのに『五光』が揃うとか……
では、これで終わりに━━
まだだ！まだ終わってない！
いや、さっき最後の勝負と……
今度はそれを賭ける。次こそ最後だ！
……やれやれ、もう突っ込む気も失せた。
だがしかし━━
うぐ……
な、なぜ……
一枚脱ぎ……
また一枚脱ぎ……
今のは確実に勝てたはずが……
籠手や足袋までもが宙を舞う……
呆然と場の札を見つめるノスリ。
しばしそのまま硬直していたが、意を決した様子で腰巻きに手をかけると、勢いよくそれを剥ぎ取った。
見事な脱ぎっぷりだ。頬が真っ赤っかではあるが。
もう十分だろう。所詮しょせんはたかが遊びなのだ、これで止めておけ。
は、恥ずかしくなどない。いい女は、この程度のことでは恥ずかしがらないのだ！
こちらの言葉に、ノスリは意地になったようにそう啖呵を切った。
き、生娘でもあるまいし、着物の一枚や二枚、どうということないのだ。
いやもう、それ脱いだら次のが最後の一枚だから。
次は……次こそは絶対に私が勝つ……
いや、もういい、判ったから、こっちの負けだ。
巫山戯ふざけるな！勝利とは譲ってもらうものではない、勝ち取るものだ！
いい言葉だなぁ、こんな時の台詞でなければ……
っ……く……うぅぅ……
いや、だからそんなのはいらないから、いい加減服をだな。
すると涙目のノスリは下着に指を引っ掛けると、一気にそれをずり下ろした。
ちょ━━
ヒトの覚悟を、そんなのとは何事だ！
ぅぷ━━
ノスリに脱いだソレを顔面に投げつけられる。妙に温かく生々しい。
そうではない、正直服なんかを渡されても困るのだ。こんなの渡されて、いったいどうしろと。
━━ハッ？
い、いかん、このような激情に流されるなど、いい女のすることではなかった。
そう、いい女たるもの━━
ノスリは吹っ切れたように手で躰を覆い隠すのをやめると、誇らしげな笑みを浮かべ、グンと大きく胸を張った。
襤褸ボロを纏まとえど心は錦にしき！
いや、アナタ真っ裸です……
ふぅ、どうやら少し血が上っていたらしい。おかげで頭が冷えた。
いや、顔が真っ赤なままで全然冷えてないから。それに、それだと冷えるのは頭じゃ無く躰の方……
ああ、もういいから、とにかく服を着てくれ。
その躰を隠すように、脱ぎ捨てられた服を押し付ける。
気遣いは嬉しいが、いい女には意地というものがある。
意地を貫き通す為に、施ほどこしを受けるわけにはいかん。
施ほどこしとかじゃなく、こっちが困ると言ってるんだ。
今日はいい勝負だった。次は負けぬからな。
次ってまだやるつもり……だから待て━━
そして、止める間も無くヒタヒタと部屋を出て行くノスリ。
ホントに素っ裸で出て行ったよ……
『ぅ……うわぁぁぁぁッЧ』
ガタン、ガッ、ゴッ、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ└─┐ガシャーン……パリーン！
何処どこからか、誰かが跳び上がった拍子に躰をぶつけ、そのまま勢いよく階段を転げ落ちて置物に突っ込み━━
最後に頭の上にモノが落ちてきたような音が聞こえてきた。
それはいいとして、どうするコレ……
こんなのを持っていたら要らぬ誤解を受けそうだし、いま追いかけていったらもっとひどい誤解を受ける気がする……
ん……ふぅ。
ルルティエ殿、何をなさっている？
あ……オシュトル様。
皆さまお忙しそうで、お掃除の手も足りないようですから……不肖ながら、わたしもお手伝いをと思いまして。
そうか、皆みな、戦いくさ支度で忙しいのだな。ご尽力、感謝する。
はい……私で役に立つことがあれば、なんなりとお申し付け下さい。
とは言え……なんだか顔色が良くないな。
ですが、無理をなされぬよう。それで臥ふせってしまっては意味がありません。
無理など……しておりませんから。
ただ皆さまのお役に立てるなら、わたしはそれで……
…………
ふう……やれやれ。
まだ目を通さなければいけない書簡が山ほどあるっていうのに、すぐにでも決定しなければならないモンがこんなにもか……
ハァ、休めるものなら休みたい……
少しだらけた様子を見せると、後ろに控えていた双子達がすかさず近寄り、茶を煎れ直し、せっせと肩を揉み始める。
出来れば仕事そのものを肩代わりして欲しいんだが、何故かそういう事まではしてくれないんだよな、この二人……
そんな小休止にしばし気を緩めていると、扉の方から声がした。
失礼します。オシュトル様はいらっしゃいますか……？
ん？ルルティエ殿か。某それがしに何か？
ルルティエの呼び掛けに素早く居住まいを正し、双子達に視線を送る。
双子達はさっと茶の道具を片付け、再び後ろへ控えた。
お忙しいところ申し訳ありません。お部屋のお掃除を……させて頂ければと思いまして……
都合が悪いようでしたら、また後に……
ああ……いや、構わぬから入ってくれ。
はい……それでは、失礼致します……
襖がそっと開かれ、伏し目がちにルルティエが入ってきた。
お邪魔にならないよう……なるべく気をつけますので……
ああ、それは気にしなくてもいい。好きにやっても構わないので、よろしく頼む。
その言葉を受けて、ルルティエは黙々と掃除を始める。
しばらくこちらの仕事をかたづけていると、ふと気付いた。
ルルティエは休むそぶりも見せず、ただひたすら手を動かし続けている。
……ルルティエ殿。
はい……
そんな、普段使わないような所まで熱心に磨く必要はありませぬが。
……そうですか。
もし、手がいるようならば、そこにいる二人に手伝わせても良いのだが？
いえ……
程ほどで切り上げて構いませぬ。
何だ？不服、という表情でもないし……
よく見ればなんというか……心ここにあらずというか、機械的に手を動かしているというか。
……お邪魔……でしょうか。
……いや、そういう訳ではない。随分と熱心にやるものだと思ってな。
……自分に出来る事をしているだけですから。
そうかもしれないが……まるで今日一日で、この城全てを磨き上げそうな勢いだ。
そこまで根を詰めずとも、毎日少しずつ、怠おこたらずにやればいい事だろう？
明日が来るとは、限りません……
む……？
……落ち着かないのです。
落ち着かない？
はい……手を動かしておりませんと、何かが躰の奥からこみ上げてくるような気がして。
たった一日、いえほんの僅かな時間でも、無為に過ごす事の……例えるなら、恐怖、でしょうか。
もっと、思うままに行動しておけば良かった……そんな後悔はもう、したくないのです。
それは……明日にもこの國が戦いくさに飲み込まれるかもしれないからか？だから今日出来る事は、今しておきたい、と？
……そうお考え頂いても、結構ですが。
私の望みはもっと分不相応で、小さくささやかなものだったのです……
……？
……今はどうか、気が済むようにさせて頂けないでしょうか？お願い致します。
……それで少しでも気が紛れるというなら。
……任せる。好きになされよ。
はい……ありがとうございます。
城のあちらこちらで慌ただしく兵達が行き交い、喧騒に満ちていた。
……あ～あ、退屈やぇ。
そんな中、自室の床をゴロゴロと転がりながら、アトゥイはそうぼやく。
……つまらんなぁ。なにもない、やることがなにもないぇ。
これはきっと、酒盛りでもしてみなさいっていう、天の思おぼし召しなんかなぁ。
ゴロゴロ～、アトゥイはとどまることを知らず、床を転がっている。
お前は何を言ってるんだ、働け。
……と、言いたい所だが、この忙いそがしい中、下手に勝手なことをされるとかえって効率が落ちるんだよな。
こう言ってはなんだが、アトゥイのような戦う以外に能の無……
ああ、いや、戦いに特化している者に日常的なことを手伝って貰っても、邪魔にしかならない。
ならば鍛錬させたり、兵達の指南をしてもらえばと思ったりもしたのだが……これもまた問題で……
あれ、オシュトルはん、どうしたん？
アトゥイは床の上を転がるのを止め、構ってくれる獲物を見つめる目つきをしている。
なに、たまたま通りがかったらアトゥイ殿のボヤキが聞こえてきたのでな。
ぼやきたくもなるえ。こんな退屈なん、ウチ耐えられへんもん。
…………
その横で、クラリンが何か言いたそうにぷかぷか浮かんでいる。
お前も色々大変そうだな。
ぷるぷるぷるぷる。
何だかんだで律儀なお供と、しばし気持ちを交わし合う。
アトゥイは床をはいずり、獲物は逃さないとばかりに近づいてきた。
なあなあ、オシュトルはん、いま暇け？暇やったら一緒に何かして遊ぼ。
……悪いが暇ではない。
そっかぁ……
アトゥイはベタッと寝転がり、がっかりした様子だ。
ウチ、何をしたらいいん？あ、そうや━━
と、何かを思いついたように顔をほころばせて起き上がった。
何だか嫌な予感しかしないのだが……
また皆みんなを鍛えてあげるぇ。
やはり、それを思いついたか。だが、それだけは阻止せねば……
以前に一度、鍛錬を依頼したが、アトゥイの『鍛える』は、実戦さながらの厳しいものだった。
この間まで戦いくさというものを経験したことの無い兵達が、ついていけるものじゃない。
結果、幸い死者は出なかったものの、何人かが怪我と恐怖でしばらく使い物にならなくなった。
今でも当時の惨状が目に浮かぶ……
アトゥイの『一撃でも当てることが出来たら、ご褒美あげるぇ』とかいう言葉に釣られ━━
飛びかかっていくヤツ等が次々と薙ぎ払われ、吹っ飛び空を舞う様は……何というか哀れすぎた。
アトゥイに悪気がない分さらに始末が悪い。それでも果敢に挑んでゆく男達を見て、思わず目頭が熱くなったものだ……
気持ちはありがたいが、兵達も忙しくてな。今やることだけで手一杯だ。
遠慮しなくてもええんよ？ウチ、今、とってもヒマやし。
頼むからやめてくれと……遠慮とかしていない。
アトゥイは今にも駈け出しかねない勢いで、槍を振り回し始めた。
いや、待て。すでに調練の予定は決まっている。もう変更はできない。
そっかぁ、せっかくやる気になったのに気合い駄々下がりやわぁ……
アトゥイは床に寝転がると、再びゴロゴロと転がり始める。
このまま放っておくと、そのうち根腐れを起こして面倒な事になりかねない。
仕方ない、適当に理由をつけて外に連れ出すか。多少は退屈しのぎになるだろう。
ならば一緒に見回りでもしてみるか？
見回りけ？なにもしないよりはましかなぁ。
アトゥイ殿には、この辺りの地形を把握してもらわねばならぬしな。
あ……そうやった。ここは海と違うんやし、戦いくさの最中に迷子になったら大変や。
ウチ、退屈すぎて、大事なこと忘れとったぇ。
こうしてはおられへん。さぁ、はやく行こっ。
アトゥイはこちらの手を掴んでくると、引っ張るように軽く歩きだす。
プルプルと震えながら、クラリンもその後をついてくる。
っと、そこまで焦らぬとも、見回り先は逃げたりせぬよ。
うひひ、昔から、善は急げって言うやないけ。
そう言うとアトゥイは手を掴んだまま、さらに歩を速めた。
わかった、わかった、そう引っ張るな。
といっても、行く場所はどれほどもない。とりあえず二人で広場に出てみたが……
……思った以上に、皆忙しそうだ。
兵や住人が一丸となって、戦支度いくさじたくに余念がない。
まあ、そう命じたのは自分だが……
なんや、みんなせわしないなぁ。
アトゥイはさも不思議そうに、あたりを見渡した。
なぁなぁ、オシュトルはん。ウチは働かなくてもいいのけ？
ぬぐ……何とも答えにくい質問を……
そりゃあ働いてくれるものなら働いてもらいたい。だがな、戦う事以外ことごとく壊滅的なのに何をさせろと。
……人には適材適所というものがあってな。
うんうん、あるなぁ。
今、皆は護りを固める為に、いろいろと動いている。堀を作り、門を補強し、兵糧や矢を蓄えたりと、やることは限りない。
そっか、それを手伝えばいいんやぇ。
━━だが、アトゥイ殿の本領は戦いくさにある。だからそれまでに鋭気を養ってほしいのだ。
だから、余計なことはするな。前に同じようなことを言って手伝いをした時、かえって酷いことになったのを忘れたか。
いや、気付いてないんだった。面白そうだからと食事を作る手伝いをした時、その後のルルティエと女官達の表情……
あんな顔をさせるなんて、どれだけかと……
ん～、そうは言うけど、それまで何もしないのは皆みんなに悪いしなぁ。
せっかくやし、またルルやんのお手伝いをするのもいいかも。
いや待て。アトゥイ殿には、いざという時の為に待機していてもらわねば困る。
良いことと疑わない顔のアトゥイ。釘をさしておいても、また何か思いつきそうだ。
お願いだから、止めてあげてくれ。
少し喉が渇いたな。
ウルゥルとサラァナは……居ないか。
いつもなら、誰かが折り良く茶を入れたりしてくれるのだが……
まあ、こんな日もあるか。
誰も戻ってくる気配がないことを確認して、一人立ち上がる。
ここだと台所が一番近いか。今の時間ならルルティエもいるだろうし、そこで水でも飲ませてもらおう。
……ハァ。
台所ではルルティエが、調理の手を止めてぼんやりと一人佇んでいた。
何やら、思いつめているようだな。
ルルティエ殿、どうなされた。
えっ？あ、オシュトルさま……
ごめんなさい、何か御用でしょうか？
いや、喉のどが渇いたので何か飲み物をと思ってな。それより、何やら思い悩んでいたようだが。
あ……その……
何かあったのか？
それは……
ルルティエは一瞬ためらうように視線を逸らしたが、やがて意を決するように口を開いた。
実は、その……アンジュさまのことなのですが。
姫殿下がどうなされた？今はお加減も、幾分快復に向かわれている筈だが。
確かに、以前と比べると、随分よくなられています。でも……
ルルティエはそう言うと、近くの卓上に視線を移す。
そこには一膳の料理が置かれていた。それは多少箸を付けた形跡はあるものの、その殆どが手つかずのままだ。
随分と綺麗に盛られた食事だ。自分が普段食べているものと比べても、遥かに手が込んでいる。ということは……
それは、姫殿下の？
……はい。先程お持ちしたのですけど、首をお振りになるばかりで食べたくないと……
何も口にしないのでは良くなるものも良くならないか。皇女さんのことが心配なのだろうな。
色々と工夫はしてみたんですけど……
……そうか。
皇女さんが辛い思いをしていたのはわかっているつもりだったが……
アンジュさまのお気持ちは、判るのですが……でも、このまま何もお食べにならないのは……
そうだな……いくら辛いからとはいえ、このままというわけにはいかぬな。
あの、よろしければ……
もしよろしければオシュトルさま、アンジュさまのお見舞いに行ってあげてもらえませんか？
某それがしが？
オシュトルさまなら、アンジュさまの傷ついた心を癒してあげられると思います。
わたしでは……アンジュさまをお慰めすることが出来ませんでしたから。
そこまで言って、ルルティエは少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。
オシュトルなら、皇女さんの心を癒すことが出来る……か。
そうだな、オシュトルなら……
本来は某それがしが気付くべきであったな。ありがとう、様子を見てくるとしよう。
はい、よろしくお願いします。
御食事は、すぐに作り直しますから。折角ですから、アンジュさまのお好きな料理、一杯入れちゃいます。
そう言って、ルルティエは台所に向かう。
ルルティエ殿の心遣い、姫殿下のお心にもきっと届くだろう。
ありがとうございます。わたしには……このくらいしか出来ませんから。
ルルティエが少しさみしそうに笑みを浮かべる。
すぐに用意いたしますから、ちょっとだけ待ってて下さいね。
姫殿下、よろしいですか？
『………………』
……失礼いたしまする。
姫殿下、御加減は如何いかがでありましょう？
…………
しかし、問いかけた言葉に返事はなく、アンジュは布団から半身を起こし、ぼんやりと部屋の外を眺めていた。
夕餉ゆうげをお持ちしました。今宵の食事はいつもより食べやすいものをと申しておりましたので、姫殿下のお口に合うかと。
そう言って、ルルティエに作ってもらった料理を一膳、アンジュの前に差し出す。
姫殿下のご心労、このオシュトル十分承知しております。しかし、何かお食べにならなければ御身おんみを癒すこともままなりませぬ。
だから、いっぱい喰って早く元気になってくれ。
そんな想いと共に、言葉を重ねた。
しかし、アンジュは力無く首を横に振る。その表情には、ただ憂いの色だけが浮かんでいた。
いらない、か。
やはり、帝都での出来事に、未だに心を引きずられているのだろうな。
無理も無い。あれだけのことがあったんだ。
膳を持ってアンジュの側により、互いの視線を合わせる。
姫殿下、どうか。
再三の申し出にも、アンジュはただ視線を逸らすだけだった。
かと言って、このまま何も食べないままだと流石にまずい。今は体を治す為にも、少しでも体力をつけるべきだ。
……それに、皇女さんには元気な姿の方が似合ってる。
そんな想いを込めて、煮物を箸で摘つまみアンジュの口元まで持っていく。
それでも変わらず、アンジュは魂の抜けたような表情で首を横に振って拒否の意を示した。
参ったな。これだけ美味そうな料理を前にして、まさかここまで反応が鈍いとは……
……仕方が無いか。
姫殿下がお召しにならないのであれば、某それがしが頂いてしまいますが？
殆ど苦し紛れで発したその言葉にも、反応はない。
しかし、ここで持ち帰っても捨てるだけ、か。それではルルティエにも申し訳無い……
こんな美味そうなのを、勿体ない……
………………
ゴクッ……
あ、そうだ、まずは毒味をしなくてはいけなかった。
どこで密偵が忍び込んで、何かを仕込んだかもしれないからな！そう、これは必要なことだ。
心中でそう言いつつ、先ずは汁物に手を伸ばす。
美味そ……いや、これは毒味だ！大事なことなのだ……
そんな言い訳を心の中で繰り返しながら、汁物の蓋を開ける。
その瞬間にふわりと舞い上がった香りが、心地よく鼻腔をくすぐり━━アンジュの肩がぴくりと動いた気がした。
……うん？
疑問に思いはしたが、それ以上の変化はない。相変わらずアンジュは膳の方に視線すら移さない。
……美味いッ。
あまり食材が豊富では無いこのエンナカムイで、ここまでの味を出すとは！
流石はルルティエが皇女さんの為を思い、心を込めて作っただけのことはある……
感心しつつ、次の料理にも手を伸ばす。
これはまた……この煮付けの塩加減、なんと絶妙な。
思わず、声に出して絶賛する。感嘆の息を漏らしつつ、箸は更に次の料理へ━━
あ……
その可愛らしい音に、料理に伸びていた手がピタリと止まる。
あ、あう……
視線を上げるとそこには、顔を真っ赤にしてお腹を抑えているアンジュの姿があった。
ふむ、どうやら腹が減っていないわけではなかったようだ。
姫殿下もお召し上がりなさいませ。これらの料理は、姫殿下のことを思って作られたものなのですから。
……あぅ。
アンジュは未だに顔を赤らめながらも、不承不承といった様子で頷いた。
そんな彼女の口元に、箸で取った煮物を近づける。
ぅ、う～……
アンジュは恥ずかしそうに声を上げるが、結局は観念して口を開いた。その様子に小さく苦笑を浮かべて、その口へと料理を運ぶ。
……如何いかがでありましょう？
あう。
何を言っているのか判らんが、美味そうで何よりだ。
………
はい、次はこちらの料理ですね？
あうっ。
アンジュの指示に従って、料理を彼女の口元へと運んでいく。
これではまるで、雛に餌をやる親鳥だな。
そんな感想を思い浮かべているうちに、並べられた料理はすっかり無くなっていた。
アンジュの口元を拭い、布団に寝かせる。
では、某それがしはこれにて失礼いたしまする。
空になった膳を手に、退出しようとする。そこで不意に、強く袖を引かれて振り返った。
……姫殿下？
……あゆぅおう。
アンジュが、不安げにこちらを見上げていた。その顔を見ていると、不意に言葉が口をついて出る。
姫殿下は、某それがし達が御護り致しますゆえ、どうぞ安心してお休みを。
そう言って、アンジュの頭を撫でる。彼女は一瞬、驚いた様子でこちらを見、けれどそのまま安心した表情で目を閉じた。
……ぁぅ。
寝息が聞こえてきたのを確認し、静かに襖ふすまを閉める。
さて……と、やらねばならぬことが山積みだ。
まずは……そうだな。この空になったお膳をルルティエに見せてやらないとな。
━━ヘークショイЦ
オ、オシュトル様、もしかしてお風邪を……
ん？ああ、ルルティエ殿。いや、日が暮れて冷え込んできたので、躰が震えただけであろう。
ならば良いのですが……
この辺りは元々、帝都よりも寒い土地ですから……
確かにな。下にもう一枚着込んでおいた方が良さそうだ。
あの……それでしたら、オシュトル様。
わたしの部屋に……寄っていただけませんか。
招かれるままにルルティエの部屋に来てしまったが……
それでは……そこに立って、両腕を上げてもらえませんか？
腕……こうか？
はい。あの……暫くそのままで……
ぅ……くはっЧいきなり脇の下に手を入れられたら、く、くすぐったい……Ц
んと……
今度は背中から胸に、ルルティエの手が触れてくる。
紐を当てたりして、何を……？
こちらも、失礼します……
これはもしかして……
ルルティエ殿、ひょっとして躰の寸法を測っているのか？
はい……あの、もう終わりましたので。
そうか。一体、何をする気なのだ？
皆みなさんの襦袢じゅばんを縫わせて頂こうかと、考えておりました……
襦袢じゅばん？
この土地は寒いですから、御召し物は多い方がいいかと……
アンジュさま……御召し物を用意する間も無く……帝都から出てしまいましたから……
それに出来れば皆さまの分も、よろしければ……
皆みんな喜ぶとは思うが、全員の分ともなれば大変では無いか？まさか、全部一人で縫うつもりか。
わたしに出来る事は、このぐらいですから……
他にも掃除など、細かい事をやってくれているではないか。
昼間はそうですが、夜は……手遊てすさびというのも失礼ですが、手が空いておりますから。
まずは、オシュトル様の分を作らせてもらえませんか。
それは嬉しいが……最近働き過ぎに見える。無理をしているのではないか？
いえ、大丈夫です。それにこれならば当面、手が空く事もなくなりますし……何かしていた方が気が紛れるんです。
…………
お願い致します、どうかお任せ頂けないでしょうか……
……判った。好きになされよ。
はい……ありがとうございます。
とはいえ、本当に無理をしていないのだろうか。いざとなったら女官達に手伝ってもらえるよう、裏で手を回しておいたほうが良いな。
オシュトル様は、お好みの色や布はありますか……？
ん？いや、特には……
では……私の見立てで、選ばせて頂きますね。
ああ……
行李こうりの中から布を取り出して……もう、襦袢じゅばん作りにしか目が向いていない感じだな。
では、某それがしはそろそろ失礼する。
はい……わざわざありがとうございました。
……ああ。
ハク様なら……どんな色がお似合いになったでしょうか……
あの方なら、どんな仕立てが……
母上。
そう呼び掛けられ、その女性は顔を上げた。
その声、オシュトルかしら？
はい、母上。ご無沙汰しております。
やや硬い声で告げると腰を下ろし、居住まいを正した。
今日はどうしたの？お勤めはよいのかしら？
万事つつがなく。戦いくさでもなければ、某それがし如きがおらずとも國は回りますゆえ。
そんな謙遜を。離れていても、あなたの勇名、聞き及んでいますよ。
いえ、噂というのは大袈裟なものです。まだまだ己の未熟さを痛感し、恥ずかしい限り。
己に恥じぬことをしているのです。何を恥ずかしがることがあります。
それに、貴方がここにいる。それだけで皆が安心するのですから。
………
そんな貴方が、今日はどうかしたの？
母にそう問い掛けられ、横に置いていた川魚を盛った笊ざるを母の前に差し出した。
はい、漁師の者が、今朝は思いの外によく獲れたそうで、是非にと。
まあ。
こちらの言葉に母は頬を綻ばせる。
それなら、塩焼きがいいかしらね。少しはゆっくりしていけるのでしょう？
母が立ち上がろうとするのを、自分はそっと肩に手をやって改めて座るように促した。
いえ、でしたら某それがしが。
ふふ……オシュトルの手料理なんて久し振り。
それじゃあ、あなたに任せましょうか。
喜んで貰えているようだ。やはり来て良かった。
今朝方、ネコネに母への見舞いを持ち掛けた時の事を思い出し、胸を撫で下ろした。
見舞う？母ははさまを？
ああ。
ネコネの怪訝そうな言葉に、自分は頷いた。
母上は目を悪くして不自由しておられる。行って労るのが当然ではないか。
それに身の回りの世話をしてくれる者もいるようだが、身内の方が安心されよう。
そ、それはそうかもしれないですけど駄目なのです。もしばれたらお躰が丈夫ではない母ははさまにはこの上ない毒になるです。
しかし、せっかく故郷に戻ってきたのに疎遠のままではいいとは思わぬ。
それはそうかもしれないですけど……
何も心配することはない。ただ、少しでも母上を安心させたいのだ。
いずれ、このような時間を取る事も叶わなくなるだろう。その時になって嘆くような事はしたくはない。
某それがしがここでするはずだった事、その全てをしておきたいのだ。
兄あにさま……
少々手こずりながらも魚に塩をまぶしていく。
母は台所の方を窺うかがいながら、懐かしむように言った。
そういえば、昔はよくこうして手伝いをしてくれましたね……
ええ……おかげで戦場いくさばでは不自由せずに済みました。
ただあまり上達せず母上の繊細な料理とは比べ物にはなりませぬが。
目の事がなければ、一緒に都へついて行って貴方に不自由な思いをさせなかったのだけれども……
いえ、遠くにあっても母を思えば、多少の不自由など。
そうは言ってもね……私の代わりに誰か一緒に居られればいいのだけれども。
ネコネがいろいろと世話を焼いてくれますので。
ふふ、そうね。あの子は世話焼き屋さんだものね。
でも、ネコネはネコネで心配だわ。あの子は賢いのだけど頑かたくなな所があるから。
あの子を理解してくれる良い人がいてくれるといいのだけれども……
そう言って、母はふとこちらに顔を向けた。
そういえば都から連れて来た方の中に、何人か女の子がいたようだけれど、もしかして心に決めた方などいるのかしら？
いえ、それは……
一拍おいてハッキリと答える。
いまは、そのような事を考える暇はありませぬ。
そう……そうね。
母は静かに何かを思い、そして告げた。
……まだまだ長生きしなくてはいけないみたい。
ふふ、孫を抱くまで死んでたまるものですか。
ええ、ご自愛下さい……
ご馳走様でした。
食事も終わり、母は食器を手に立ち上がろうとする。
母上、それはそのままに。某それがしが片付けます故。
あら、天下の右近衛大将が洗い物をするなんて、みんな驚くでしょうね？
某それがしは右近衛大将の以前に、母上の息子であります。洗い物が済みましたら肩をお揉みします。
あらあら、どういう風の吹き回しかしら？
知り合いにそういうことが得意な者がいまして。その者の見様見真似ですが。
母はこちらに顔を向けると、見えぬ目を細め暫し逡巡すると、にこりと微笑んだ。
そうね。それじゃあ、お願いしようかしら？
痛くはありませぬか、母上。
大丈夫よ、とてもいい感じ。
母は気持ちよさげに答えた。
他に凝っている所があるなら、遠慮無く……
すると母はその問い掛けを遮さえぎるように不意に尋ねた。
ねえ、オシュトル？
はい？
何かあったのではありませんか？
Ц
貴方は親孝行な子ではあったけれど、少し母に構い過ぎではないかしら？
それは……
気付かれた……いや、そんな雰囲気じゃ無い……
居住まいを正し、母に語りかける。
今は平穏です。某それがしがこうして母上に会える程度には。
しかし、この平穏は仮初めの物、残念ながら長くは続きませぬ。
ですから、何の憂いもなくその時を迎えたいのです……
それだけ？
母は見えぬ目で見えぬ心を見透かすように見つめた。その視線に心が冷える。
……それだけです。子が母を案じる、ただそれだけです。
そう……
母は少し当てが外れたように返事をした。
母はそれ以上、何も尋ねなかったが、自分にはその沈黙すら心に刺さった。
そうだ……この人には何も知らぬまま安らかでいてもらいたい。
そして、オシュトルがしてやることの出来なかった親孝行を、母の為に、出来ることのすべてを……
それがせめてもの、罪滅ぼしだ……
あら、今度はなあに？
その目を診て頂いては如何いかがでしょう？
でも、もう薬師様に……
もう一度、診せる分には大した手間ではありませぬ。
どうか、某それがしを安心させると思って。
そうね、あなたがそういうなら……
母がそう言ったのを聞き、母の正面に回り込んだ。
さあ、参りましょう。
まぁ、今から？
何事も善は急げと申します。さあ、某それがしの背に。
母は果たしてその背に乗っていい物かと少し戸惑いを見せる。
ネコネに聞いたわ、戦いの傷がまだ癒えていないのだとか。無理をしたらダメよ？
母一人抱えられず将など名乗れませぬよ。さあ、遠慮なさらず。
母は小さく息をつくと、仕方がないとその背に躰を重ねた。
あなたはいつも決めた事を曲げない子だったものね。お好きになさいな。
では参りましょう、母上。
・
・

Ԗ
…………
………
まだ起きていたのですか。
炎を前に集中を続けるヴライに、エントゥアが声をかける。
……病み上がりなのに、そんな事をしては体に障ります。
ハアァッ……Ц
洞穴ほらあなを崩す気ですか。
ヴライの気によって砕けた岩を見て、呆れ声を上げる。
だが、内心は違う。
もうここまで回復しているなど、常人では考えられないことだ。それが元よりの生命力なのか、仮面アクルカの力なのか……
……足りぬ。
え……？
このざまでは、オシュトルを屠ほふることなど出来ぬ。
その言葉には応じず、ヴライの側に寄る。
傷を見せて下さい。今のでまた傷口が開いたかもしれません。
やっぱり……血が滲んでる。布を取り替えます、動かないで。
…………解せぬ。
何がですか？
我われの傷をわざわざ治す。その上で我われと死合いたいとは思えぬ。
我われに恩を売るつもりでもなし。
何を企んでいる？
何も企んだりなんか……
……まあいい。これも縁えにし。何かは知らぬが、貴様には見届けて貰おう。我われの生き様をな。
私わたくしにはどうでもいいことです……
熾火おきびにかけてあった鍋の中、柔らかく煮込んだ野鳥の肉を椀に盛り付ける。
……食事です。
む……
受け取って、食物ではなく燃料であるかのように豪快に口に入れる。
この肉、この血、この水の一滴に至るまで全て……奴の胸を貫く牙と為す。
待っておれよ、オシュトル……
このままこの男の傷が癒えてしまうことになれば……
その先に待っていることを、エントゥアは敢えて考えまいとする。
向かい合った二人の姿を、焚き火が照らしている。
エントゥアは昔日のことを思い出していた。
他國への遠征、荒野に張られた天幕、傍かたわらに父がいた戦の日々のことを。
戦士の中の戦士であった、厳しい父の生き様を。
……何を見ている。
いえ、何も……
そんなことより、これでは足りぬ。替わりをもてい。
……もうすこし、慎みとか遠慮という言葉を知らないのですか。
美味いと思ったモノを喰らうのに、何を遠慮する必要がある。
なっ……
も、もう少しお待ちなさい。今用意しているところですから。
その日、エンナカムイは、いつになく慌ただしかった。
晴れ渡る空の下、主立おもだった連中が一堂に会かいしている。
主あるじ様、皆様をお呼びしました。
オシュトル、こんな朝っぱらから皆みなを集めたりして、どうかしたのか？
まぁ待て。ふむ……これで揃ったか。
皆みなに集まって貰もらったのは他でも無い。軍議だけではなく、鍛錬の場を設けようと思ったからだ。
これより先、戦いくさは一層厳しくなるだろう。兵を鍛えるだけではなく、我等自身もより強くならねば。
故に、より実戦に近い形で鍛えられるよう、紅白試合をやろうと思ったのだ。
紅白試合……ですか？
ふわぁ、死合いけЧ死合いなのけЧ
━━違う。ゴホン、実戦形式ではあるが、あくまで稽古である。他はともかく、アトゥイは自重するように。
えぇ～……
へぇ、いいじゃない。仲間同士だからって遠慮はなしって事かい。
キウル、おとこをみせるときだ。おれはおうえんしてるぞ。
あ、ありがとうシノノンちゃん。それで兄上、組み合わせはどうするんですか？
籤クジを作ってあるのです。紐を引いて先が赤なら赤組、白なら白組なのですよ。
誰が誰と組むかは籤を引いてからのお楽しみか、中々に面白そうではないか。
つまり、姉上と敵対することもあるわけですね。
ぅぐ……
うひひ、誰と殺やれるんかなぁ……ヤクやんと派手に斬り合うのもええけど、やっぱりオシュトルはんがええなぁ。
海の神様アトイカロウンカミ……どうかオシュトルはんと殺やりあえますように……
だから自重しろと……頼むからこっち見るなこっち来るな……
オシュトルさま？
い、いや、何でもない。では、始めようか。
а
ふぅ……いい汗かいたぞ。
そうですね。試合と言いつつ、つい力が入ってしまいました。
素敵殺やったぇ……オシュトルはん、ズンズンとあんな激しく突いてくるんやもん……
お腹の奥がキュンキュン熱くなって、天に昇るような快感が躰中を駆けめぐったぇ……
…………
……おい、妙なこと言うな。
主あるじ様の鉄扇イチモツがわたし達のお尻を平手打ち。
その衝撃が痛みから快楽へと変わり、背筋を伝い脳天まで駆けめぐる。
これぞ主あるじ様の愛、欲。
………………
そっちも対抗するんじゃない！しかも何か一言余計だ。
しかし、思わず熱くなっていけないねぇ。つい本気になって、もう少しで収拾が付かなくなる所だったじゃない。
……まったくだ。アトゥイだけかと思ったら、お前等まではっちゃけるとは。
何時、惨事となるか冷や冷やしたぞ。
兄あにさま？
いや、そうだな……剣を交える事で互いをより理解出来る。この経験は次の戦いに生きるだろう。
はい、私も皆さんの戦い方が判って、とても参考になりました。
皆さん、お茶が入りました。お弁当も用意してありますので御食事にしませんか？
朝早くからでしたから、お腹も空いてますでしょうし。
それはありがたい。実は腹がペコペコで仕方なかったのだ。
うひひ、流石さすがはルルやん、隙が無いぇ。
そうだな。今回はここまで、後はのんびり休むとしよう。
くえ、キウル、あ～んだ。
え……ええと、シノノンちゃん？
あ～ん、だ。たたかうおとこをささえるのが、おんなのやくめだからな。
あ～……うん……気持ちは嬉しいのだけど……
こっちを見たりして、どうかしたですか？
え？い、いえ……何でも……
クク……あっはっは、ところで酒は無いのかい？
あ、ごめんなさい、お酒までは……
準備万端。
こんな事もあろうかと、主あるじ様の秘蔵酒をお持ちしております。
ちょっЧ隠していたのにいつのまにЦ
……まあ良いか。共に剣を交え、共に飲み、共に歌う。それも共に強くなる為には必要な事か。
拠点メニューの演習場が開放されました。
演習場では紅白試合を行えます。
紅白試合では味方も相手も経験値を得ることが可能で、さらに勝利すればボーナスポイントも手に入ります。
帝都に潜伏させていた草より、知らせが届きました。
朝議の席でオウギが開口一番そう告げ、座に緊張が走った。
……どんな動きがあった？
オウギは特に気負った様子も無かったが、座を見渡し、一同が注視しているのを確認してから、殊更ゆっくりと告げた。
帝都にて、アンジュを名乗る者が帝ミカドの名を継いだと。
……Ч
内裏だいりにて即位の儀が行われ、万民は言祝ことほぎをもって慶賀けいがした━━と、記されています。
なんと……
やはり、やられたか……
…………
アンジュは、本来なら自分のあるべき座が、得体の知れない相手に奪われたのを信じられないのか、茫然とした表情を浮かべている。
むぅ……判らん、どういうことだ？本物の姫殿下がこちらにいるのに、何故即位なんて出来る？
僭称せんしょうした、ということかと。それにしても早過ぎるのです。
せん……しょう？ああ、せんしょうな、せんしょう。
つまり資格が無いにも関わらず、自分が帝ミカドになると勝手に宣言したんですね。
ああ、そうそう、それが言いたかったのだ。
知らせからすると、帝都の民にそのことが報されたのも、かなり急だったようです。
オウギがノスリに━━そして全員に補足するように、自分の見解を述べ始める。
言祝ことほぎをもって慶賀けいが━━即位の知らせを聞いて祝いの言葉を口にしただけで、
新しい帝ミカドが大々的な行列を成して顔見せするなり、民に直接言葉を賜るといった祭典はなかったようですね。
内々に最低限の儀式だけで即位を済ませ、本来あって然るべき帝都を挙げての行事は省かれた。そう見るべきでしょう。
ふむふむ、成程なるほどな。
ノスリは半ば判っていないような声を上げたが、自分を含め、大多数の者は眉間の皺を深くした。
ん～、それってかなり強引に即位したってことでいいのけ？
段取りを踏んで時間を浪費するよりも、こちらより先に動くことを優先したのだろうな。
即位したということは即すなわち、自分こそが正統なアンジュであると、向こうが改めて名乗りを上げたに等しい。
こうなると、こちらの皇女さんこそ本物だと今から諸國にふれ回ったところで、説得力に欠ける。
本来なら、こちらもキウルの知らせが入った時に動くべきだったが、皇女さんが動けない為に後手に回ってしまった。
いずれ帝都から布告が届きましょうな……帝ミカドの名を騙る逆賊め、と。
━━Ч
御前、帝ミカドを僭称せんしょうしたあちらこそ逆臣であり、大義は姫殿下を擁ようする我等にあることをお忘れなく。
自分の言葉でアンジュが動揺しているのに気づき、イラワジは深々と頭を垂れる。
お、おお……これは大変な失言を。誠に申し訳ございませぬ。
とはいえ、確かに展開としては最悪だな。自分達はまだしも、兵や民、他の國には、動揺が広がるだろう。
急いで対策を講じないと、このままでは追い詰められるばかりだ。
せめて皇女さん自らが令を発せられれば、國内だけでもまとめるのが楽になるんだが……
………
失われたものの大きさと、未だ快復しない体調の為か、アンジュは力無く項垂うなだれているだけだった。
偽のオシュトルに偽の皇女、偽者ばかりが表舞台に立っているとは……本来なら滑稽でしかないんだがな。
衛兵
失礼します。
と、兵の一人が入室し、何事かキウルに耳打ちした。
……兄上、このような話の途中に申し訳ないのですが、目通りを求めている者が居るとのことです。
キウルが怪訝な表情を浮かべ、こちらに伺いを立ててくる。
……何者か？
急を要する使者でも来たのかと思いきや、キウル自身戸惑いながら口にしたのは意外な名前だった。
それが……行商人なのですが、クオンさんからの紹介状を持っている、と。
……なに？
その名前は……不意打ちだぞ。
動揺を悟られないよう努めた自分と違い、ルルティエは素直に少し嬉しそうな笑みを浮かべ、一方ネコネはやや硬い表情を見せる。
クオンさまの……
会ってみるですか、兄あにさま。
そうだな……
帝位については一刻を争う事態とはいえ、急いでもすぐにどうこう出来る問題ではない、か。
そう考えて自分自身の焦りを押し殺して、立ち上がり座を見渡す。
偽皇女についての協議は、午後改めて参集し行うものとする。各々考えをまとめる時間も必要であろう。
案の定、列席していた重臣の中には、あからさまにほっとした表情を浮かべる者もいた。
キウル、行商人は謁見の間に通してくれ。
承知しました。
このような状況で彼女が送り込んでくる者が、只者とも思えんからな。
ルルティエにアンジュを休ませるよう伝え、自分達はその行商人と顔を合わせた。
兵士に伴われて現れた男は、細面ほそおもてに愛想のいい笑みを浮かべている。
お初にお目にかかります。私、チキナロと申しますです、ハイ。
丁寧に頭を下げ、名乗る間も、その男は笑みを絶やす様子が無い。
クオン殿の紹介、とのことだが。
ハイ、クオン様にはいつも御贔屓にしていただいておりますです。
そのクオン様から皆みな様が御所望の品を伺いまして、取る物も取り敢えず駆けつけて参りました次第でして、ハイ。
所望……ね。確かに今は、物資も策も情報も、何もかも必要だが。
つまりは、こちらの置かれた状況を理解している……そういうことか。
判っているなら話は早いが、何を取引するつもりなのか？
いえいえ、今日のところは大した品もございませんが。
そう前置きして、男は室内に運び込んだ行李こうりを開け、中身を卓上に並べ始めた。
途端に、皆みなから感心したような呻きが上がる。
姉上、この織物……どう思います。
これは……まさかアマツ織りかЧ
こんな貴重な織物が何故……これは是非とも……あ、いやしかし、少し派手のような……いやしかし……
ほわ～、これって海の向こうのお酒なのけ？一度味わってみたかったんよ。
これは、古史伝の断片。こんな稀少な物を、一体どこで……
たちまち商品に夢中になってしまった女性陣を見て、つい苦笑が浮かんだ。
どれも本物。
それも帝ミカドに献上されるような最高級の品です。
兄貴のところにいた二人がそう言うなら、間違いないだろう。
しかし、彼女が良い所のお嬢様とは察していたが、まさかここまでとはな。
なるほど。確かにクオン殿から聞いてきたらしい。
御注文とあらば、大抵の物は揃えてご覧にいれます。人身売買以外はなんでも扱う、が私の信条でして、ハイ。
ならば、糧食りょうしょくや武具の類はどうだ。
もちろん、ご注文とあらば努めさせて頂きますです、ハイ。
男はあっさりと頭を下げ、躊躇ちゅうちょ無く言ってのけた。
戦いくさ支度ですら手配してみせる……か。
それと、クオン様からこれを……と。
男はごく自然な動作で、袂から一つの小瓶を取り出した。
どんな薬物に焼かれた喉でも、これを呑んでいればあら不思議。瞬く間に元通りになって気分も晴れ晴れ、という妙薬でございます。
何ッЧ
座が一気に静まりかえる。皆みんなの目がその薬瓶と男に向けられる。が、男は相変わらず笑みを浮かべたままだ。
幾らになる？
わざわざクオンが持たせた薬だ、アンジュを治せる可能性があるのだろう。躊躇ためらってはいられない。
正直に申しますと、些いささか値が張りますです、ハイ。
男はそう言い、算盤を取り出してパチパチと珠を弾いた。
このくらいでいかがでしょうか？
……おいおい、暴利にも程があるだろう。
男が差し出した算盤に手を伸ばし、珠を幾つか下げる。
これぐらいでどうだ。
申し訳ありません、こちらも商売でして。
男はあっさりと首を横に振り、珠を戻す。
もう一度、今度は妥協のつもりで、先程より控え目に珠を下げてみた。が、男はやはりあっさりと、元の額に珠を戻す。
率直に申しまして、他ならぬクオン様たってのお話だからこそお持ちしたのです。二度と手に入らぬとっておきの品……
これでも儲け抜き、ギリギリの値になっておりますです、ハイ。
値を釣り上げようとして吹いているのかもしれないが、そこまで言われてしまってはこちらも強くは出られない。
とはいえ他に選択肢は無い。コイツは是が非でも手に入れなければ。
……判った、言い値で買おう。
毎度ありがとうございますです、ハイ。
ただし、後払いだ。
なんと？他ならぬクオン様の紹介です、融通することやぶさかではありませんが……して、担保は何を？
某それがしを。
その答えを聞き、座の者たちが息を飲む。ただ一人、当のチキナロを除いては。
さて……御自身にいかほどの価値をつけると言われるのです？
商人なら、目利きも確かだろう？お前が、このオシュトルに値をつけるがいい。
これはこれは……参りましたな。このチキナロの商才をはかろうというのですか。
オシュトル殿は堅物だとうかがっておりましたが、いやはやどうして。随分と面白い方のようで……ハイ。
いやはや、私の負けです。この品はお渡しします。
……どういうことだ？
実のところは、これはクオン様より賜った品でして、ハイ。
オシュトル様に、真っ先にお渡しすることを厳命されていたのですが、つい遊び心が生じまして。
つまり、試したということか。
いえいえ、試すだなんてとんでもない。
これから末永くお付き合いするかもしれないので、どのような方か知りたかったと言いますか。どうかご勘弁の程を、ハイ。
もちろん、いろいろとお勉強させていただきますです。ああ、こちらもたくさん儲けさせて頂きますので御安心を、ハイ。
なかなかに抜け目のない奴だ……
まずは薬を試したい。しばし、そこで待たれよ。
ハイです。
ルルティエ殿、姫殿下の元へ一緒に来てくれるか。
はい、ただちに参ります。

アンジュさま、これを。
ルルティエは秘薬を杯につぐと、そっとアンジュに差し出す。
うぅ……
某それがしが毒味をしております。どうか、御安心を。
ん……
そう促すとようやく安心したのか、アンジュはルルティエの手から杯を受け取り、ゆっくりと口元へ持っていった。
ん……く。
本当にこれで……藁にも縋すがるとはこのことだな……
……ん、は。
あ……あー……
ぅあ……ぅ……
アンジュさま、そんな、いきなり無理をなされては……
いくら秘薬とはいえ、そうすぐに効くものではない筈。まずはゆるりと休まれ、様子を見た方がよろしいかと。
ん……ふあ……
では、某それがしはこれにて。ルルティエ殿、後はお願いする。
はい、判りました。
あぅ……
ん？
………
アンジュが何か言いたげな目で、自分のことを見上げてきていた。
大義であったとか、いつ治るのか？とか、まぁ言いたいことは山程あるんだろうが。
今はとにかく休ませて、薬が効くのを待った方がいい。
そう考え、腰を落とし、彼女と視線を合わせる。
某それがしは臣下として当然の務めを果たしたまで。
あ……う……
姫殿下の御言葉を聞ける日を、楽しみにしております。
う……あぅ、あぅあぅ。
何度もコクコクと頷く彼女にもう一度だけ休むよう促し、後はルルティエに任せて部屋を出た。
皆みなが集まっている場に戻ると、あの行商人があれこれと売りつけているところだった。
確かに頂戴しましたです、ハイ。今後ともどうぞ御贔屓に。
上手い人やなぁ、またええもんを楽しみにしてるぇ。
そう言って顔をほころばせるアトゥイの胸には、山のように酒瓶が抱え込まれている。
一体何本買い込んだんだ……
やや呆気にとられて眺めていると、行商人が自分に気付き声をかけてきた。
これはオシュトル様。姫殿下の御加減は、いかがでしょう？
まだ判らぬ。しばらくは様子を看ることになるだろうな。
こちらがそう返すと、男は慇懃いんぎんに頭を下げた。
左様ですか。では、私めはこれにて一旦おいとまさせていただきます。
姫殿下の御加減が良くなられた頃にでも、再び御用をうかがいに参りますので。
クオン様には薬を確かにお譲りした旨、お知らせしておきますです、ハイ。
クオン……クオンか。
チキナロ……と言ったな。一つ聞きたい。
はい、なんなりと。
お前とクオン殿は、どういう関係なのだ？携えてきた書状には、ただ『信頼出来る者』とだけ書かれていた。
…………
その書状がクオン直筆だったからこそ、この商人を信じた。逆に言えば、それ以外の情報がないのだ。
するとあまり触れて欲しくなさそうに、歯切れの良かったチキナロの口が急に重くなる。
あー……その、申し訳ございませんです。クオン様から、余計なことは喋るなと、きつく言われておりまして、ハイ。
うっかり口を滑らせようものなら、どんな目に遭わされるか……っと今のもどうか、御内密に。
……そうか、ならば致し方ない。
男があまりに気の毒な表情を浮かべるので、それ以上追求出来なくなってしまった。
その間に、ネコネが傍かたわらへと近付いてきていた。その手には一巻の巻物が携えられている。
頼んでいた目録か。
ハイです。
彼女が無表情に差し出してきたそれを受け取り、一旦中身を確認してから、もう一度巻き直してチキナロに渡す。
これは……？
お前に用立てて欲しい物をまとめさせた。出来れば早急に目処をつけてもらいたい。
これはこれは……早速の御利用、有り難うございます。勉強させていただきますです。
ふむ……ふむふむ、武具に食糧、衣類に薬と……なるほど。畏かしこまりました、ハイ。
頼む。
忙しくなってきましたねぇ。では、これにて失礼致しますです、今後とも御贔屓に、ハイ。
口にした言葉とは裏腹に、あくまでも飄々ひょうひょうとした態度のまま去っていくチキナロの背を、ノスリが訝しげに見ていた。
どうも好きになれんな。
そうか、怪しい素振りは見せなかったがな。あの男に何か不審なところでもあったか？
よく判らん。一見、何でも無いただの男だ。だが、何か違和感が……得体の知れない感じがする。
違和感……か。
下手したてに出ているようで卑屈にはならず、気が付けばこちらの懐に入り込んできている。
掴み所がないのでつい、裏があるのではないかと感じてしまう。
姉上はそう言いたいのです。
うむ、そんな感じだ。何とも首筋がむずがゆくなっていかんな。
ただ、商才が確かなのは事実です。利用する分には良いのではないかと。
むぅ、そうなんだが……
どうにも落ち着かない様子のノスリ同様、ネコネもまた、彼が出て行った扉に幾分疑わしそうな目を向けていた。
男のヒトとはいえ、今の情勢の中をたった一人で行商するなんて、無謀極まりないのです。多少の裏はあると見て当然かと。
低い確率ですが、姉あねさまの紹介状が偽装された可能性だってあるです。それにもしかしたら……
もしかしたら？
いえ、何でも。思い過ごしなのです。
ふむ……
何か戸惑うような表情を見せるネコネ。
ご用命があれば吐かせる。
今からでも捕らえて、口を割らせることもできますが。
いや止めておけ。腹を捌さばいて何も入っていなかったら、取り返しの付かぬことになる。
結局は、敵か味方か判断し難い男という訳か。
だが、希少な薬も物資も用立てられる男であることは間違いない。役に立ってくれるなら、何者でも構わないさ。
クオン……また、助けられたのか……

а
а
う～ん………
ゴロゴロゴロ…………
…………
うぅん……ふあぁぁぁ……ぁふぅ……
ゴロゴロ、ゴロゴロゴロ……
……アトゥイ殿。寝ていないで、そろそろ起きたらどうだ。
ぅうん……ふぇ？ああ、オシュトルはんかぁ。おはようさん……ゴハンの時間け？
おはよう、ではない。もう昼前だぞ。
あやや、もうそんな時間け？ちょっと横になってただけやのになぁ。
まさか、朝餉あさげの後から、ずっと寝ていたのか？どうりで姿が見えないと思ったら……
今日はいつもより暖あったかいからなぁ。絶好のお昼寝日和びよりやぇ。
ここ数日、そう言いつつずっと寝ている気がするが。まさかとは思うが、具合が悪いのではないだろうな？
いたって元気やえ。しいて言うなら、お昼寝したくて仕方が無い気分にしてくれる、こんな陽気な天気が悪いと思うんよ。
天気のせいにするな。いくら何でもだらけすぎだ。
気まぐれにごろごろ寝転ぶアトゥイに、ため息をつく。
……あれ。そういえばオシュトルはん、なんでウチの部屋におるん？
もしかしてお仕事抜け出して、遊びに来てくれたのけ？ならお酒の相手して欲しいなぁ。
いや、アトゥイ殿の様子を見に来たのだ。最近、飯時に見掛けるだけで何もしていないようなのでな。
そうけ？寝る以外にも、お散歩とか、酒盛りとかしてるけどなぁ。
そういうのは何かしているとは言わぬ。
前々からだらけた生活をしていた傾向にあったが、このエンナカムイに来てからは特に酷いな。他にやる事はないのか？
うーん、特に無いなぁ……強いて言うなら、今日は寝るのがお仕事やぇ。
少し前は興味あることになら、積極的に色々な事へ首を突っ込んでいただろう。
今はその気力が感じられないが、何か悩みでも抱えているのか？
別に……悩むほど面白いことも無いしなぁ。
それならば、また前のように恋を探したらどうだ。寝ているだけよりも、張りがあるのではないか？
ん～、何や今は、そんな気になれないんよ。
ちょっと前にいい男を捜してはみたけど、ウチのモヤモヤを晴らす男が何処どこにもいなかったしなぁ。
まぁ確かに、この辺りは勤勉な者ばかりだからな。アトゥイの琴線に触れる男はこの國には居ないかもしれん。
ハァ……つまんないぇ……
言い終えるよりも早く、アトゥイはのっそりと床の上で寝相を変える。
これは……かつて無いほどに怠なまけてしまっている。なにか、やる気を起こすような事があればいいのだが……
例によって、所在無げに漂っているクラリンに視線を移す。
お前からも主人に何か言ってやってくれよ。
ぷるぷるぷる。
いや、こちらが言っても聞かないから頼んでるんだ。お前の方が長い付き合いだろ？
ぷるぷるぷるぷるぷる。
そこ何とか頑張ってみてくれよ。
ぷるぷるぷる……
主人が怠惰たいだな分、本気でクラリンと意思の疎通が出来るようになってきた気がする。
……あっ、そうやぇ。
先ほどまでの緩慢かんまんな動きとはうって変わって、アトゥイは素早く身を起こす。
オシュトルはん！ウチ、ちょっといい考えが浮かんだ！
すっごくいい笑顔だ。何故だろう……いやな予感しかしない。
アトゥイ殿に協力するつもりはないが……とりあえず内容だけは聞いておこうか。
それはなぁ……自分の恋が見つからないなら、他の人の恋路を応援してみるってのはどうけ？
……前にも似たようなことが……気のせいか。
アトゥイ殿が……誰かの恋を手助けする、と言う事か。
ウチは経験豊富やから任せて欲しいなぁ。必ず結ばれる事、間違い無しやぇ。
なんでまた……そう、碌ろくでもないことを思いつく。
それに、恋の事になったら、きっとこのモヤモヤっとした気分も晴れるに違いないぇ。
毎度振られてヤケ酒に付き合わされたというのに、どこからその自信がわいてくるのか……
自分の不安などまるで届いていないアトゥイが、楽しそうに目を輝かせている。
さてと、それじゃあ早速、応援する人探さないとなぁ……オシュトルはんは誰が良いと思う？
……色恋沙汰には疎くてな。某それがしには皆目かいもく見当がつかん。
正直、関わりたくない思いでいっぱいなんだが。
そうかぁ……オシュトルはんには見えてないんやね、恋の糸が。なんやすっごく可哀想な人やなぁ。
……ほっといてくれ。面倒ごとに巻き込まれるよりはマシだ。
すまぬな。アトゥイ殿の力にはなれそうもない。
うーん、でもとりあえずルルやんとネコやんは除外って感じかなぁ。
ルルやんはおにーさんの事が好きやったから、今はそういう雰囲気や無いし……
ネコやんも、不毛やけどオシュトルはん一筋やしなぁ。
すると、双子が現れ、アトゥイに見せつけるように両腕にそれぞれしがみつく。
応援希望。
はい。私たちが、アトゥイ様のお助けを必要としています。
う～ん、二人も恋心いうにはなんか違うなぁ……
残念。
認めて貰えずとも、いつでもご奉仕致します、主あるじ様。
二人は残念そうな素振りを見せるが、腕にしがみつく事は諦めない。
一方、アレコレ画策しているアトゥイの表情が、だんだんと渋いものを滲ませていく。
となるとノスリはんは……ダメやね。色気よりは食い気な感じや。
色気も食い気もあるアトゥイは、もっとたちが悪い結論になるが……
んぅ～……あとはオウギはん……はよくわからんしなぁ。他には……
呟きつつ何やら指折り数えていたアトゥイの顔が、いきなり明るく輝く。
そうや、キウやんがいたぇ。
……キウルか。まぁ気にならなくもないが、なぁ。
いつも思ってたんよ。ネコやんのことが好きやのに、一向にその気持ちを伝えようとしない。
見ていてもどかしくてたまらないんよ。ここはウチが一肌脱いで、しっかり後押しするべきやぇ！
なぁ、オシュトルはんもそう思うぇ？キウやんは、ちゃんと自分の気持ちを伝えるべきや。
……あ、ああ、そうだな。
こういう話だと元気になっていくんだな……まったく共感できん。
どうどう？いい考えじゃないけ？これはもう、やるしかないぇ。
いいのではないか、好きにすれば。
一人で盛り上がるアトゥイへ、気のない言葉で適当に返す。
おぉ！オシュトルはんもやる気やなぁ……燃えてきたぇ。
あとはどうするかや。作戦を考えないとなぁ……
自分の言葉を肯定と捉えたアトゥイが、俄然がぜん盛り上がりながら思案を繰り広げる。
やる気がでてくれたのはいいが、こちらの考えていた方向性と違うな。迷惑にならなければいいんだが。
……ってちょっと待て、もしかして自分もつき合わされるのか？
よし、早速いくぇ！そやね、まずは━━
お、おい……すまないが某それがしは……
失礼します……あっ、兄上。こちらにいらっしゃいましたか。
……キウルか。
相変わらず間が悪いな……はやく逃げろ、どうなっても知らんぞ。
そんな自分の思いも気付かずに、キウルがこちらを笑顔で見つめ返しながら口を開く。
オウギさんから兵糧ひょうろうの件でお話があるとの事で、後で執務室まで来て欲しいとの言伝を━━
あっ、キウやん、いい所に！
わっ……あ、アトゥイさんЧな、な、な、なんですか、いきなり……
突然アトゥイに抱きつかれ、キウルは目を白黒させてうろたえている。
ちょうど今から呼びに行こうと思ってたところやぇ。ちょっとお話、いいけ？
お話……ですか？別に構いませんけど……
ああ……捕まってしまったか、哀れキウル。
なぁなぁ……本当の所、どう思ってるのけ？
えっ……何のことです、いきなり？
前から気になっていたんよ。ず～っと、ハッキリしないから、やきもきしてたんぇ。
……いえ、ですから。
惚とぼけちゃって、もうバレバレやぇ。まさか、気付かれてないとでも思ってたのけ？
惚とぼけるといわれましても、その、話がよく……
だから、聞かせてほしいんよ。キウやん、ネコやんのこと好きなんぇ？
…………えっЧ私が……ネコネ、さんを……すっЧ
ようやく合点がいったのか、キウルの顔がみるみる赤くなっていく。
まぁ、当のネコやんは気付いてないみたいやけどな。それで、どうなん？
ど、どうと言われましても、聞かせられるような事は何も……私が一方的に思っているだけですし。
好きなんよね？なのになんで告白しないん？
で、ですが…………
キウルは視線を泳がせて、答えに迷っている。
えー……でも、ずっと想ってるんよなぁ。ちょっとした進展とかないのけ？
そんな事っ！滅相もないです。
うーん、じゃあ告白とかしないのけ？好きなんやから、ちゃんと言うべきやって思うんよ。
と、とんでもないです！私はいまの関係で充分ですし……いい返事が返ってくるとは思えません。
それに……
キウルが自分の顔色をしきりに窺うかがっている。
ああ。そりゃあ想い人の兄の前で、好きだなんだとは言い辛いわな。
とにかく、私は告白するにはまだ……は、早いと思いまして……
それじゃあ、告白するつもりはあるってことやね。何が早いっていうん？
あっ、でも！いや……
キウルが恥ずかしそうにモジモジとしだす。口にする言葉は途切れ途切れでハッキリしない。
確かに……そうですけど、いや！やっぱり……うぅ。
…………キウやん？
でも、アトゥイさんの言う通りですし、ここは……あぁ、しかし……
トン、トン……トン………
今決めればきっと……いえ、まだ早いかもしれない。いや、いまなら大丈夫……かな？
………ふーん。
トン、トン、トン、トン……
もっと慎重に……もっと大胆に行った方が効果的……ですが、私では……
トン！トン！トン！トン！
……あれ。アトゥイさん、どうしたんですか？そんなに指で強く叩いたら、机が壊れてしまいますよ。
次第に大きくなっていく音にようやく気付いたキウルが、アトゥイに話しかける。
…………なぁなぁ、ちょっといいけ？
……えっ、な、なんでしょう。
アトゥイの雰囲気の変化に、キウルが訝しげに問いかける。
これは……危ういな。だいぶイライラしだしてきている。
アトゥイのもう一つの面、ある意味本性とも言える凄みのある殺気が、笑顔の奥から発せられている。
なぁ、キウやん？
アトゥイがキウルの肩を強く掴み、極めて優しく話しかける。
ウチはなぁ……そういうハッキリしないのは良くないなぁって思うんよ。
えっЧ
こういうの長引いてはいい結果にならないって……そう思わないけ？
そ、そういわれましても……今はそんなこと、言っていられる状況では……
キウ……やん？
ひ、ひぃっ！
無視しきれない殺気がアトゥイから立ち上り、周りの景色とキウルの顔を歪ゆがませる。
……まぁ待て、そのくらいにしておくんだ。
あ、あに……兄上…………
オシュトルはん、邪魔立てはダメやぇ。いま、大事なところなんよ。
そう言うな。突然そんな事を言われても困るだけであろう。
でも……
話が急すぎるのだ。助け舟を出すなら、考えを纏まとめるのも良いのではないか？アトゥイ殿は経験豊富なのであろう？
むぅ……
がっちり握っていた肩から、アトゥイが手を離す。だが、まだ納得いかないところもあるのか唇を尖らせている。
あの、いいのですか？私が、その……
決めるのはネコネだ。こちらが口出しすべき問題では無い。
ネコネを大切に想っているのなら、某それがしからは何もいう事は無い。
兄上……
……よし、それじゃあお許しも出たし、早速ネコやんに気持ちを伝えにいくぇ！
えっЧい、今ので話は終わりましたよねЧ
……結局そうなるのか。
大丈夫……っていうか、キウやんがネコやんとの距離を縮められない理由がわかったぇ！
それはなぁ……勇気が足りないからやぇ。
勇気ですか？しかし……
そうやって色々気にしすぎるのはいけないと思うぇ。
勇気が足りないから、周りを窺うかがって二の足踏んで……これじゃあいつまでたっても、ちっとも進展しないぇ。
勇気を出して、進むときがきたんよ。
で、ですがいくらなんでも今からは早すぎるのではないですかЧ
ええからええから、お膳立ては任せてくれたら大丈夫やぇ。
ちょっと気持ちを伝えるだけ。当たってみて、第一歩を踏み出すのも恋の秘訣やぇ。ウチの経験では……
け、経験ですか……
それで何度も失敗しているんだがな、アトゥイは。
ま、待ってください。私は……
平気、平気やぇ！大船に乗った気持ちで庭で待っててなぁ。
勝手に仕切ってしまうと、アトゥイは部屋の外へと歩いていく……その途中でこちらを振り返る。
逃げたら……怒るぇ？
は、はい……
アトゥイは、颯爽さっそうと部屋を出て行き、クラリンもふわふわとその後に続く。
残されたキウルは呆然としており、何を言ってやればいいのか判らない。
……仕事に戻る。確か、オウギが待っているのだな。
あ、兄上ぇ……
すがり付くように、キウルが強く腕を掴んできた。
キウル、これからオウギと……
言葉こそないが、懇願に満ちた瞳でキウルがこちらを見つめてくる。
……わかった。戻るのは後にするとしよう。
兄上ぇ……
まるで花が咲くようなキウルの笑顔に、逃げ道を塞ふさがれた気分に陥る。
どうしてこうなった……
……いたいた。ちゃんと待ってくれてるみたいやぇ。
アトゥイ、キウルと物陰に隠れながら、こっそり窺うかがう。
やむを得ず、双子達に命じてネコネを呼び出したのだ。
呼び出されたネコネは特に疑うこともなく、庭で佇たたずんでいる。
ああ……本当に来てしまった。
目を見張る行動力だな。ぐうたらしていたのが嘘みたいに生き生きしている。
準備は完了や。あとはキウやんがビシッと決めるだけな！
ぷるぷるぷるぷる。
クラリンが舞うように触手をウネウネさせる。
クラリンも応援しているんだ。頑張れよ、キウル。
あの……
さぁさ、当たって砕けてくるぇ！きっと上手くいくはずやぇ。
いや、砕けたら駄目だろうに……
うぅ……お腹が……
ふぅん……ここまで御膳立てされて、逃げるン？
ひィЧ
殺気に満ち満ちたアトゥイに肩を掴まれ、後退は叶わなくなる。
不憫な。アトゥイの気まぐれに巻き込まれたばっかりに……
大丈夫。ちょっと一言、好きやっていってくるだけやぇ。
ですがいきなりというのは……こ、心の準備が。
煮え切らんなぁ。そっちがその気なら……
アトゥイの目が不穏に輝き、隠れていた茂みから身を乗り出そうとする。
えっ？
なぁなぁ、ネコや━━
……っ！ままま、待って下さい！何を聞こうとしたんですか。
行く勇気無いんやったら、ウチがネコやんにキウやんをどう思っているのか聞こうかなぁって。
いつまでたってもウジウジしているんやもん、コレが一番てっとりばやいし、ハッキリするぇ？
お願いです、お願いですから止めて下さい。
キウルが今にも泣き出しそうになりながら、必死にアトゥイを留める。
じゃあ、自分で行く気になったけ？
そ、そうではなくって……ああ、待ってください、待って！
ううん……どっちするん。ハッキリして欲しいぇ。
帝ミカドの顔も三度までというありがたい言葉もあるしなぁ……これ以上猶予は無いと思って欲しいぇ。
そんな気の長い性質たちじゃないだろう。まだ二度目くらいじゃないか？
わ……わかりました。人づてになるぐらいなら……
もっと堂々としてほしいけど……ま、これでいいぇ。それじゃあ、頑張ってなぁ！
まだたじろいでいる背中をアトゥイが叩いて、キウルは緊張気味にネコネに向かっていく。
あ、あのネコネさんっ！
キウル、ちょうどよかったのです。アトゥイさんを見なかったです？
急に呼ばれて来たですが見当たらないのです。
あの……実は話したいことが、あり……まして……聞いて、も、ももも、貰えますか？
キウルが、ですか？別に構わないですが。
つまり……私が……う、ぐぅ…………
頑張るんやぇ、キウやん！もう少し、もう少しやぇ……
肝心のところで口ごもるキウルを、アトゥイが今にも飛び出しそうになるのを耐えて、応援している。
キウルは心を落ち着けるように目を閉じ、大きく深呼吸をする。
なにをしているですか？そもそも、アトゥイさんは何処どこに……あ。
……あやや。
ネコネは物陰から覗のぞく視線に気付いたらしく、こちらへと歩いてくる。
アトゥイさん、こんな所に……兄あにさままで、ここで何をやってるですか？
いや、何をと言うか……何と言うかだな……
ネ、ネコやん！こっちじゃなくてあっち、あっち！
あっち……？何を言ってるですか。
怪訝な顔をしながら、近づいてくるネコネ。
…………………よしっ！
決意を固めたキウルが、拳を握り姿勢を正す。
あ、あのっ、すすすす、好きです！ずっと前から貴女のことが大好きでした！
もし、許されるのであれば……私と、ずっと一緒にいて欲しい！
いまはこんな事を告げるべき時ではないかもしれません。ですが、どうしても聞いてほしかったのです……貴方に。
どんな答えでも、構いません。だから……
キウルは頭を下げたまま、答えをジッと待つ。
そうなのか。
え？
キウルが顔を上げる。その目の前にはネコネでは無く、ちょうどそこを通りがかったシノノンが立っていた。
えっ？あれ、シノノンちゃ……ん？
緊張も相まって、混乱が絶頂に達したキウルが目を白黒させている。
シノノンもキウルのこと、スキだぞ。りょうおもいってやつだ！
……え？
ほほぅ、そうなのかい？こいつはお熱いことじゃない。
しかし、俺の女に手を出すとは……お前さん、見る目あるねぇ。
え……
後ろにいたヤクトワルトが、さも面白いものを見るようににやにやしている。
………………
あ、あぅ、あぁ……あっ？
面食らった表情のまま、キウルはこちらに視線を向ける。
キウル…………
ネ、ネコネ……サン？
そうだったですか、キウルはシノノンの事が。知らなかったです。
えっ、あっ、ちょ……あのっ！
シノノンは幼いですが、とても素直で良い子です。大事にしないとダメなのです。
ち、ちが……あっ……
ネコやん、キウやんに言う事ってそれだけなのけ？
それだけ……どういうことです？好いている者同士、お似合いだとは思うですが。
祝福しますです、キウル。お幸せに。
ネ、ネコネサンЧあぅ、まっ……
すみません兄あにさま。まだ御前からの頼まれものが途中でしたので、私はこれで。アトゥイさんも、失礼するです。
あー…………
…………行っちゃったなぁ、キウやん。
あ……あああ、あ…………そん、な………
キウルは愕然がくぜんと、膝から崩れ落ちてしまう。
いやー……
とってもめでたいなぁ！新しい恋仲の誕生やぇ……うんうん。
……おい。
いいことした後は気持ちええなぁ。やっぱり応援して良かったぇ。
おい。
いい事したらなんやお腹空いてきたぇ……おっと、もうお昼の時間やぇ。
今日のお昼はなにかなぁ、ルルやんのご飯美味しいからなぁ。
待て、アトゥイ殿。このまま放置していくつもりか。
なに言っているのか全然判らないぇ。先に行ってるから、また後でなぁ！
おい、アトゥ━━
……アトゥイの奴、好きなだけやっておいて逃げやがった。
呼び止める暇なく、アトゥイは風のように去ってしまう。
あ……うぅ、ああ……あっ。
キウル。ふつつかものだが、これからよろしくな！
いやぁ、妬やけちまうじゃない。幸せにしてやって欲しいねぇ……なぁ？
…………ねこ、ねさん。
うな垂れるキウルに、シノノンが楽しそうにしがみついている。
やはり、碌ろくなことにならなかったなぁ。この状況、どう始末つければいいんだ？
とりあえず、自分は、悪くないよな。うん、きっと……

兄あにさま、本日の予定を報告するです。
ああ、頼む。
午前は執務室にて各方面からの書状を検分。
午後は調練に関する軍議、その後は城内の櫓やぐらを巡り、倉の備蓄を確認後、領内の畑を視察。
夜は御前を交えて、地侍じざむらいとの合議の後、宴席が用意されているです。
………………
どれも今後に関わる、大切なお務めなのです。
そう……だな……
いや……ちょっとばかり……多くないか？
……なんなのです？
いや……もう少し……
…………あ？
………いえ……何でも。
うぐぐ、ネコネが反抗期に……
何もないのであれば、早速政務に取りかかってほしいのです。わたしもお手伝いするですから。
…………
ふぅ、これでやっと半分か。この分なら何とか終わりそうか……
兄あにさま。
ん？
ここの署名が間違っています。こちらで書面を作り直しますので、やり直して下さいなのです。
うぐ……判った。
にしても……ネコネは自分の事を『兄あにさま』と呼んで務めを果たしているが、どうも固いというか。
怒るでも呆れるでもなく、ただ淡々と……
そりゃあ無理も無いんだが、こうも無表情だと心配というか居心地が悪いというか。
間にウルゥル、サラァナがいないせいか、尚更そう感じる。
あの二人が姿を消したのは……気を使っているのか、それとも当事者同士で解決すべきと思っているのか。
無理に笑えとは言わんが、もう少しだけ以前のネコネに戻ってくれたら……
━━あー、こほん。ネコネよ。
……なんでしょうか、兄あにさま。
こうも政務ばかりでは息が詰まるだろう？良かったら息抜きに散歩にでも行かぬか。
……夜まで予定が詰まっているのです。そんな余裕はないのです。
そ、そうだったな……
それなりに大事な用向きを口実にしないと無理か。
姫殿下の御容体はどうか？もし菓子を御所望なら……
姫殿下の御容体はすこぶるよろしいですが、余計な気遣いで興奮させるのはどうかと思うです。
……本題を言う前に釘を刺された。
まずは御自身のお仕事をきちんとするべきなのです。
判っている。だがその前に、取り敢えず茶でも飲まぬか？
今は喉が渇いていないのです。
そ……うか。ならば、疲れたりは……
━━兄あにさま。お気遣いなら結構なのです。
む……
わたしはただ、自分の務めを果たしたいだけなのです。他にもう、望みなんか……
他に望みなどない、か……
不味いな。希望を失った奴は生きることに無関心になる。それはこの先において命取りだ。
ネコネが興味ありそうなものとかで、どうにかして……
ん？そうだ……
ネコネ、お前は確か、神代文字に興味をもっていたな？
………
お？耳がピクンて動いて、筆が止まった。
……それが、なんなのです。
尻尾がハタハタ……脈アリ、だ。
思えばこのエンナカムイに着いてからというもの、ネコネには文字の読み方や綴り方、手紙や公文書の書き方━━
更にはオシュトルとしての立ち居振舞いなんかを、みっちりと叩きこまれたからな。
今度は立場が逆になるというのも面白い。
━━と、この板がちょうどいいな。
……何に、ちょうどいいのですか。
簡単な文字の一覧を作る。見ているといい。
それより、政務が……お務めが……
まずは基礎として、ひらがなの五十音表でも作ってやるか。
あ・い・う・え・お……っと。
……Ч
神代……文字……
この辺りは、ネコネも見た事があるのではないか？
……あるのです。
でも、意味までは……
意味というか、言葉の基礎となる文字だからな。まずはこの類たぐいを五十文字、発音だけ覚えていけば良い。
次が、か・き・く・け・こ……っと。
……五十文字、と仰ったのですか？
ああ。
それで、五文字ずつなのです？
そうだ。これが十列……か、大体そのぐらいある。
どうした？
……続きは？
は？
早く続きを書くのです。
あ、ああ。
…………これは、あくまで勉強なのです。
姉あねさまがいない今、兄あにさま以外にも神代文字を理解出来るヒトが必要になるかもしれないのです……
……そういえばクオンには止められていたんだったな。
この國では禁じられた知識だから、みだりに教えたりすると、その相手に危険が及ぶかもしれないと。
……兄あにさま。
んっ……あ、ああ。続きか？
禁忌きんきを気にしておいでならば、無用の心遣いなのです。
わたしはもう……とうに別の禁忌きんきを犯しているのですから。
……判った。ならば最後まで教えてやろう。
はい……なのです、兄あにさま。
а
а
а

折り入って相談がある。
ある昼下がりのこと。唐突に部屋に入ってくるなり、ノスリはそう言って身を乗り出してきた。
どうしたのだ、突然。
我等はもう少し力が付くものを食べるべきだと思うが、どうだ？
その性急さにため息をこぼし、話を聞く為に机から顔を上げる。見ると、ノスリの傍かたわらには楽しそうに微笑むオウギの姿があった。
……別に、今のままで十分だと思うが。
そうではなくて、こう……今後に備えて精がつくものが必要だろう？
何がどうしてそうなった。その発言は幾つか重要な部分が省かれてないか？
つまり、ですね。
今の情勢を鑑みるに、今後もこのエンナカムイの軍拡は続いていくのではありませんか？
ああ、そうだ。既すでに、その為に色々と動いている。
しかし、そう簡単にはいかない問題があった。特に、この土地には戦乱に対する備えがないという問題が。
ですので、その先を見越して手を打っておくのも良いのでは、と言いたいのですよ、姉上は。
ぬ？え、あ……ああ、その通りだ。うむ、それが言いたかったのだ。
ノスリはいいとして、つまり今後のことを考えて食事の改善も考慮すべきだと言いたいのか。
そうですね。後は、士気の向上でしょうか。
ああ、成程なるほどな。
確かに、食事の質が上がれば、兵達の士気も上がるというものか。
うむ、食卓に肉が並べば、兵達もやる気が出るだろう？
堂々と胸を張っての、ノスリの主張。今の発言を意訳するとこんな感じになるだろう。
つまり、肉を食いたいと。
なっ、何を言っているのだ？私は別にそんな……
語るに落ちる、とはこのことなのです。
それまで黙って見ていたネコネがボソリと呟いた。
そして、こちらの視線に気が付いたのか、チラリとこちらを見るとそのまま言葉を続けた。
残念ながら、ノスリさんの要望を叶えるのは難しいと思うのです。
な━━、そうなのか？
驚いた顔で聞き返すノスリに、ネコネは言い聞かせるように言葉を重ねた。
この國では普段はあまり、お肉を食べないですよ。なので、お肉そのものの蓄えが少ないのです。
ああ、そういうことでしたか。道理で菜食を中心とした食事だと思っていました。
でも、干肉や加工したものなら、たまに出てるですよ？
いや、私はだな、もっとこう、獲れたてというか焼きたてというか……
お祭の時に丸焼きとかするですが、まだ半年も先なのです。
むぅ……
ネコネの話を聞いて、ノスリが小さく唸りを上げる。しかし、すぐに明るい表情になって言った。
良し、ならばいっそ、私達で狩りに行くぞ。
自信満々にそう言い放つノスリに、オウギが爽やかな笑みで追従する。
よろしいのでは。この近隣の山は、それなりに獲物がいるようですし。
まぁ、そこまで食べたいのなら止めはしないが。
何を言っている、オシュトルも行くのだぞ。
……某それがしも行くのか？
当然だ。民の生活の向上も、上に立つ者の勤め。それに狩りをするのであれば、皆みなに振る舞わねばならんからな。
そして、胸を張って立ち上がると、高らかに声を張り上げた。
思えばこの國に落ち延びてからというもの、民の世話になるばかり。
ノスリ旅団が長オサである、このノスリともあろう者が、受けた恩を返さないわけにはいくまい。
ここは一つ自慢の弓を取り、民の食卓に彩りを加える一助としよう。
そ、そうか……
ここだけ見ると立派に見えないこともないんだが━━要は自分が肉を食いたいだけだからなぁ。
自分のことをここまで大事おおごとにできるのは、ある意味才能なのです。
そうとなれば、行くぞオシュトル。
ノスリはそう嘯うそぶくと、こちらの腕をとって強引に引き立たせようとする。
いや待て待て。自分は狩りなんてしたことがないぞ……
ヒシヒシと嫌な予感が脳裏を過ぎる。だが、ここまで話が進んだ手前、断るのも不自然だろう。
何か断るいい理由は無いか……
主あるじ様……
辺りを見回し、うっかり側に控えていた双子に視線を合わせてしまう。二人はここぞとばかり何か言いたげに身を乗り出した。
い、いや、いい。お前達はここで待っておれ。
そう言って、慌てて二人を押し止める。
二人に頼むとなんだか碌でもない事を言い出しそうだしな。
でしたら他の方も誘いませんと。狩りは多い方が効率的ですからね。
困り果てて隣りに視線を向けると、こちらの視線に気づいたネコネが頭を振った。
うむ、これは久々に腕がなるな。
わたしは他にやることがあるです。
ちょ、見捨てる気かЧ
ネコネが一緒なら、色々と誤魔化しがきくと思ったのだが……仕方がない。
これは想像以上に、胃の痛い一日になりそうだ……
うむ、絶好の狩り日和だ。
そうですね、姉上。
ノスリが調子の良いことを言って、空を仰ぎ見る。山道から見上げた空は確かに青く澄んでいて、山に入るには都合が良さそうだった。
すまないな、キウル。突然声をかけたりして。
あ、いえ、誘っていただいて嬉しかったです！久しぶりなので、少し心配ですけど……
謙遜するように、キウルがはにかむ。どうやら少し緊張しているようだ。
まあ、狩り初体験のこっちとしては、緊張どころではないんだがなぁ。本当にどうしたものか……
あやや、キウやん緊張してるん。なんならウチが、ほぐしてあげよっか？
いえ、結構です。なんだか恐いので……
そうけ？遠慮しなくてもええのに。
キウルの返答に気を悪くした風もなく、アトゥイが微笑む。今回の狩りには、この二人だけが同伴していた。
ルルティエにも、息抜きをさせてやりたかったが……皇女さんの身の回りのことがあるからな。
まあ、五人もいれば十分ではあるか。
ノスリやオウギはもともと、山中を駆けて暮らしていただろうし、キウルにとってもこの辺の山は慣れたものだろう。
ああは言っているが、キウルも相当狩りに慣れているようだったしな。
声をかけた時の手馴れた準備の様子を思い出す。
アトゥイにしても、多少勝手は違うだろうが、自然を相手取ることに気後れする様子はない。
……すると、一番アレなのは自分というわけか。
どうかしたのですか、兄上？
いや、なんでもない。
心配そうに声をかけてきたキウルに、笑顔で応じる。その時、先頭を進んでいたノスリが唐突に目を細めた。
━━む。
同時に、流れるような動作で弓を構え、矢を番えて放つ。その一連の動作に無駄や余分が一切ないのが、傍はたから見ていてもわかった。
放たれた矢は弧を描いて木立の間を抜けていき、そのまま目標を射抜く。
ふむ、まあこんなものか。
へぇ、流石さすがですね。
は～、大したもんやぇ。
その鮮やかな手際に、キウルとアトゥイが感心した様子で頷いている。ノスリは射止めた獲物を手に、笑顔を浮かべた。
このまま勝たせてもらおう。
なんやの、勝ちって？
ん？ああ、そうか。すまない、いつもの癖だ。
姉上は普段狩りの時、いつも何かしらを賭けて競っていましたからね。
その方が楽しみも増すからな。獲物もたくさんとれて、効率よかろう？
ああ、やりますよね。そういうの。
二人の言葉に、キウルが同意の声を上げる。それを見て、アトゥイがこちらに問いかけてきた。
ん～、なぁなぁ、もしかしてこれ競争なん？
いや、そんな話はなかったが。
というか、そんなことされても困る。狩りどころか、止まった的にすら当てられない自信があるぞ。
そんなこちらの動揺など気づかぬ様子で、ノスリがニッと不敵な笑みを浮かべる。
どうだ、折角こうして大人数で狩りに出てきたのだから、ここはひとつ勝負といかないか？
ん～、面白そうやね。んでも、何を賭けるん？
そうだな、取って置きの一本をどうだ。実はこの間、年代物の逸品を手に入れたところでな。
ノスリの言葉に、アトゥイの目が楽しげに光る。
……それは名案やぇ。ちょうどウチも、海の向こうから態々わざわざ取り寄せた珍品が届いたところや。
ほぅ？それはさぞ、手に入れるのに苦労したのだろうな。
その代わり、味は文句なしやぇ？
こいつら、完全にその気になってるし……
とはいえ、話の流れからして、自分は大丈夫そうだな。
やれやれと胸をなで下ろす。まるでその瞬間を狙ったかのように、爽やかな笑顔のオウギがこちらに振り向いた。
取って置きの一本といえば、オシュトルさんも持っていましたね。お部屋の棚の奥、なかなかの銘酒が。
その言葉に、二人の目の色が明らかに変わった。
……ほう？それはいいことを聞いた。
……へぇ～、そんなもん隠しとったんや。
ちょっと待て━━
あれは接待用に奮発せざるをえなかったものだ！というか、なんで知っているЧ
それでは、一番大きな獲物を仕留められた者が勝ち、というのはどうです。
こちらの杞憂を知ってか知らずか、オウギがいつも通りの爽やかな表情で二人にそんな提案をした。
ええなぁ、小物をチマチマ狩るより。
ふ、異存はない。
二人はその言葉に、俄然がぜんやる気を刺激されたようだ。
では、そういうことに。
オウギ……
まあまあ、たまには良いじゃありませんか。面白そうですし。
恨めしげに睨んでみても、柳に風と受け流される。
こいつ、絶対にわざとだろう……
ノスリ旅団が長オサの実力、しかとその目に焼き付けてやろう。
そんなうまいこといかないぇ。
ノスリとアトゥイはお互いの視線を交わした後、素早く身を翻ひるがえして木立の中に消えていってしまった。
いくら声をかけても、一向に止まる様子はない。勝負はすでに始まっているということなのだろう。
あの、もしかして私達も参加するんですか？
某それがしに聞くな……
やれやれ、あの酒は諦めるしかなさそうだな。
まあ、こちらはこちらで、のんびりやりましょう。あの調子なら、僕達が丸坊主でもそれなりの収穫はあるでしょうし。
その代わり、こっちは大損決定だがな！
こちらの内心とは裏腹に、オウギは清々しくもにこやかな笑みを返すばかりだった。
ええと、兎に角こちらも狩り始めましょうか？
そうですね。姉上に手を抜いていたと思われるのも何ですので。
そう言いながらも、先程の二人とは比べるべくもない位にのんびりとした様子で、オウギは狩りの準備を始める。
その様子に嘆息しながら、こちらも準備をすることにした。
弓に弦を張り、矢を番える。注意深く周りを見回すと、茂みの影に兎コポルの姿が見えた。
狙いを定めて━━
引き絞った矢から手を離す。同時にひゅんと風切りの音が鳴り━━放った矢は、獲物を外れて近くの木に突き立った。
………
まあ、当然の結果ではあるんだが……
振り返ると、案の定キウルが驚いた顔でこちらを見ていた。
兄上、今日は調子でも悪いんですか？
その声には、まだ疑いの色はない。ただ、どことなく違和感を感じているようだ。
何か言い訳を述べるべきか？しかし何と言うかな……
そういえば兄上は、何でもこなせる人でしたけど弓だけは苦手って言ってましたね。
あ、ああ、最近は弓を手に取ることもなかったからな。
これ幸いと、キウルの言葉に便乗してみた。
正体がバレるかと少々ヒヤリとしたが……弓に関しては、この言い逃れが使えそうだな。
心の中でキウルに感謝しつつ、再び弓を構える。そんなこちらに向かって、オウギが納得の頷きを返した。
ふむ、それなら僕達にも勝機がありそうですね。
そうだろうが、かといってむざむざ負けるつもりは無いぞ。
もう一度兎コポルに狙いを定める。
ぬぐぅ……
おかしい、それなりに集中したんだが……
その間にも、オウギは別の兎コポルを射止めていく。気がつく頃には、それなりの獲物を仕留めていた。
キウルはというと、なんと数こそ少ないが空飛ぶ鳥まで射落としていた。
あんなに小さな的を、よく当てるものだ……
割りと本気で感嘆していると、すぐ後ろの方からドスンという音が聞こえてくる。何気なく音の方を振り返り━━言葉を失った。
━━なっЧ
そこにあったのは、身の丈ほどの大猪だった。ただし、頭を一本の矢に射抜かれ、既に事切れている。
獲物としてはまずまず、といったところだな。
その影から現れたノスリが、笑みを浮かべていた。
……この山に、こんな大物がいたのか？
獲物を探して距離を開けていたオウギとキウルがこちらにやって来た。
うわっ、この短時間で、こんな獲物を……
流石は姉上。その腕前、ますます冴え渡ってます。
まあ、私の手に掛かればこんなものだ。
二人の言葉に、この程度当然と言ったような風だが、心なしか口元がにやけていた。
……む？オシュトルはまだなのか。
それは、まあ……某それがしはどうも弓が苦手でな。
ほぅ？意外だな、貴様程の漢が。
某それがしとて全ての武具に精通しているわけではない。
ふむ……良し、ならば私が教えてやろう。
いや、そこまでしてもらうのは。
なに、遠慮するな、水臭い。弓というのは教わった方が上達がはやいものだ。
ノスリはそう言うが早いか、こちらを抱きしめるように腕を回し、背後からこちらの両腕を取った。
ぅおЧ
まずは狙いのつけ方からだ。こうして躰を真っ直ぐにしてな。
そのまま、弓の狙い方講座が始まってしまった。態々わざわざ体を密着させて姿勢を直すという、やたらと丁寧な指導なのだが━━
当然というかなんというか……胸が当たってるんだが……
ノスリの豊かな胸の感触が、ムニムニと背中越しに伝わってくる。
やはり教えて正解だな。構えに変なクセがつき始めているぞ。
いや、そんなの押し付けられるとな。
教えてくれるのはありがたいのだが、正直余計に気が散る……
肘ひじを曲げず、手は水平……そう……そこから放った矢は弧を描いて飛ぶということも考えて修正……ここで射る！
案の定、放った矢は狙いを大きく外れてしまった。それを見たノスリは、さらに体を密着させ━━
また型が崩れているぞ。もう少しこう、真っ直ぐに……
余計に丁寧になった指導に、さらに集中が乱されて狙いが逸れる。
何というか、すごく困る……
そんなこちらの様子に気づいたのか、オウギがいつもの爽やかな笑顔でこちらを見つめている。
面白いものを見つけた、なんて思ってるんじゃないだろうな……
思わずこぼれそうになるため息を堪えつつ、矢を放つ。
そんなことを何回か繰り返して暫く。なんとか的にまぐれ当りしたのを見て、ノスリが満足そうに頷いた。
うむ、後は今の教えを守って日々精進だ。
……勉強になった。
なんとかそれだけ答えて、密着状態から逃れる。
なんや楽しそうやなぁ？
アトゥイか。すまないが、この勝負は私の一人勝ち━━……なっЧ
ノスリがアトゥイの方を向き、驚きに目を見開く。その態度ははからずも、その場にいた全員の気持ちを代弁していた。
……なんだ、それは？
なにって、ウチのとってきた獲モンよ？
自信満々にそう言ってのけるアトゥイ。しかし、他の面々の心の中に浮かんだ言葉は、皆同じだっただろう。
何故に烏賊カラカツァ……？
アトゥイが肩に担いでいるのは、身の丈を優に超える巨大な烏賊カラカツァだった。確かに、大きさだけは断トツで一番だろう。しかし……
そんなもの、一体どこで……
確かに近くに湖はあるが、どう見ても淡水域の生き物じゃないだろ。
これでこの勝負、ウチの勝ちやぇ。
アトゥイはこちらの問いには答えず、自慢の獲物を皆の前に降ろす。
なんと━━これほどの大物はそうそうお目にかかれん。
いやいや、これでいいのか？確かに大きいが。
大体、それだと狩りというより……
……漁ではないのか、それは。見たところ弓を使っていないようだが。
ん～？別にお魚じゃダメとか、弓を使わんとダメとか言われてないぇ。
それは、そうかもしれないが……食うのか？これを？
美味しいぇ。
…………
アトゥイの断言に、もう一度獲物の方に視線を向ける。烏賊カラカツァはまだ息があるのか、ピクピクとその身を震わせていた。
流石にこれは、未知との遭遇すぎる……
ギョロリとした目玉と視線が合った気がして、慌てて目をそらす。
が、他の者はそれを気にした風もなく、当然のものとして受け入れていた。
これだけ大きいと、捌くのが大変そうですね。
これはこれは、今日一番の驚きですね。
今回は私の負けだな。いい女は、こころよく相手の勝利を祝うものだ。
んふふ～、ありがとな～。
皆が和気藹々わきあいあいと獲物を酒菜さかなに談笑する様を見ながら、嘆息する。
まあ、皆が納得しているのならいいか。いや、何か納得出来んが、いいとしよう。
しかし、これで自分だけ獲物を狩っていないということになるか。ぬぅ、少しばかりバツが悪い。せめて何か……
その時、不意に目の前を横切る小さな影があった。それはノスリが最初に射止めたのと同じ、兎コポルだ。
お、獲物━━
そんな騒動を尻目に、弓に矢を番えて狙いを定める。
シュッ……
軽い気持ちで放った矢は奇跡的に、狙い通りの軌跡を描いて飛んだ。
期待と共に矢の行方を見守る。矢じりは真っ直ぐに兎コポルへと吸い込まれて行き━━
ギィィィィィィィィィィィィッЦ
━━兎コポルを狙って現れたらしい、別の巨大な獣に突き刺さった。
……？
矢の刺さった獣は、突然の痛みに驚いたように声を上げ、真っ直ぐこちらの方を向く。
ちょ、おま……
駆け出したのは、その獣がこちらに向かって突進を始めるのと同時だった。
うおおぉぉぉぉぉっЧ
木々をなぎ倒しながら迫り来る巨獣に、瞠目どうもくする。
こここ、コイツ、速い━━Ч
それでも必死に逃げ続ける中、不意に楽しそうな声が耳朶を打った。
あ、兄上っЧ
ほほぅ、これはここの主ぬしか。弓は苦手などと言いつつ、流石さすがはオシュトル。
成程、不得手な弓でも、遅れをとるわけにはいかない、というわけですか。
オシュトルはん、負けず嫌いやなぁ。
いやいや、そんなわけないだろ！早く助けに━━うおっЧ
状況とは場違いな歓声を背に、必死に巨獣の追撃を躱かわす。
……なんという漢気だ。勝負に負けても心は折れぬということだな。
だからっ、なんでそうなるんだっ。
では、手を出すのも無粋というものですね。
そ、そうですね。兄上なら、あれくらいのことはなんてことないでしょうし……
頑張ってな～。
お前ら、見てないで━━っ。
た・す・け・ろーっ！
切れ切れの息ではそれ以上声も出せず、ただただ心の中で絶叫する。
その後、薄暗い山の中を夜通し続いた追いかけっこは、酒宴の席での定番の語り草になっているという……
あちこちに穴があるな。
エンナカムイ全土の地図を前に、防衛体制を改めて確認する。
正面の城門こそ厚く高いですが、他は國を囲む山に頼った防備になっているのです。
故に未整備でその穴も多いか……
幸い、気付かれている兆候は見られないが、時が経つにつれ露見する可能性もある。
ですけど、防壁の整備には人手も物資も足りないのです。
ただでさえ、この國の懐事情は厳しい。なのに軍備に人や物を割けば、この國はいっそう窮乏する。
そして貧しいが故に仮に新しい産業を打ち立てても、自らの資本でそれを振興させ、世に金や物を回せる豊かな民はここにはいまい。
どこかに援助を求めることを提案するのです。
むぅ……
い、いけません。まだお休みになられていないと。
もう大事ないのじゃ！いつまでも病人扱いするではない！
で、ですが……
足音に続いて、賑やかなやりとりが聞こえてくる。
……この声は。
あの方なのです……
外れんばかりに勢いよく、横戸が開け放たれた。
ハク！ハクはどこじゃЦ
ノスリとルルティエを後ろに従え、ズカズカと部屋に入ってくる。
あの者、結局余の見舞いに現れなんだ！
今すぐ呼び出すのじゃ！余が直々にお仕置きしてやるのじゃ！
姫殿下。
あ……
オ、オオオオオ、オシュト……ッЧ
ようやく我に返ると、同時に顔が真っ赤になる。
い、いるならいると、早く言うのじゃ！
申し上げる前に部屋に入られました故。
う、うううう……
元気になられたのは喜ばしい事で御座いますが、姫殿下は未だ病み上がりのお躰。どうかご自愛ください。
クオンの薬のおかげもあって、アンジュの容体は驚くほど早く快方に向かった。
しかし、正直ちょっと治るのが早すぎるというか、前にも増して元気すぎるというか……
今となっては贅沢な悩みか。
そ、そんな事よりハクじゃ！
………
ハクはどうした！どこかへ出かけておるのか？
…………
その場にいる誰からも返事は返ってこない。
ふぅむ、さては余の快気祝いの菓子の支度をしておるのじゃな？
なるほど、そういう事であれば許してやらぬでもない。あやつの作る菓子は大したものじゃからな、うむ。
どうした、はようハクを呼べい。
皆みな、ただ押し黙っている。その沈黙の意味に、アンジュはまだ気づかなかった。
どうした、聞こえぬのか？余はハクの菓子を所望しておるのじゃぞ。
ルルティエも手伝ったのであろう？余はちゃあんと判っておる。
あ……ぁ……
真っ直ぐな瞳で覗き込まれて、ルルティエがとっさに顔を背ける。
ハ……ハクさま……は……
耐えられず、声を押し殺してすすり泣きはじめた。
ど、どうしたのじゃ、ルルティエ？まさか余を驚かせようと秘密にしていたのか？
二人のやりとりを目の前に、ネコネが困ったようにこちらを窺うかがう。
ああ、判ってる。
自分の口から直接伝えなきゃならない。でなけりゃ……皇女さんだけ時間が止まったままだ。
姫殿下、お伝えしなければならぬ事が御座います。
？
居住まいを正して呼びかけると、待ってましたとアンジュが寄ってきた。
なんじゃ？ようやくハクを呼ぶ気になったか。
ハクは帝都脱出の際、ヴライ将軍と対峙し奮戦、撃退したものの……
命を落としました。
他に解釈の仕方がないように、簡潔に言葉を叩きつけた。
無邪気な笑みを残像のように残したまま、アンジュは何も答えない。
ただ、沈黙が広がっていった。
姫殿下！
ぐらりと傾いたアンジュの躰を、とっさにノスリが支えた。
ハ、ハクが？
問いかけるように、その名前を呼ぶ。
嘘じゃ……
あの者は貧弱でお調子者じゃが、そうそう死ぬような者ではないぞ。
どんな事も笑って済ませる男ではないか。
ほれ、そこにハクにいつも引っ付いておる双子もおるのに……
しかし、アンジュに指差された双子は無表情ながらも、スッと詫びるように頭を下げた。
ここにいるのは遺言。
オシュトルさまを新しい主あるじ様と仰ぎ、姫殿下をお助けせよというのが主あるじ様の最期のお言葉です。
申し訳ありませぬ。某それがしがあのような状況に陥っていなければ……
自分の言葉が自分の胸をえぐるのが判る。このところやっと忘れかけていた、慚愧ざんぎの痛みだ。
何故……余に言わなかったのじゃ……
これではまるで……余が忠義を尽くしてくれた者を悼まぬ……愚か者のようではないか……
姫殿下は心身を害そこなわれ、予断を許さない病状にありました。
お優しい姫殿下のことです。ハクが亡くなったと聞けば、それを嘆きお躰に触りましょう。
じゃが……！
ハクは某それがしを守って死んだも同然、その責めは全て某それがしが負いましょう。
しかし、姫殿下の笑顔を取り戻す事こそは、ハクの心からの望み。
姫殿下の元気なお姿を見れば、きっと喜びましょう。
お嘆きになるのではなく、どうか笑顔をお手向けください。
どうか、ハクの為に……
そうだな、オシュトル……
ハクの為に……
そうじゃ……そうじゃな。
繰り返しつぶやき、袖で涙を拭う。
余もハクに救われた。
ハクがいなければ、ここにおらなかったのじゃ。
悲嘆にくれては、あやつも助けた甲斐がなかったと思うじゃろうな。
ハクに救われた命、今は喜ばねば。
その通りに御座います。
皆みなも心配をかけたな。余はもう大丈夫じゃ。
気丈に言うが、その瞳を見れば耐えているのが判る。
姫殿下たる自分の役目を、もう一度その身に背負う為に。
さて、そうとなればすぐにでも布告せねばならぬ。
布告、とは？
決まっておろう。余が、帝ミカドの真の後継者がここにおるという布告じゃ！
それは……
どうした？何の問題があるのじゃ。
以前、キウルが申した通り、すでに姫殿下の偽者が帝ミカドとして名乗りを上げております。
それにより、都の秩序が保たれているのも事実。
兵力の差も鑑みれば、今名乗りを上げても一笑に付されましょう。
な……
余が笑い者になるというのかЧ
この一件の黒幕は姫殿下の偽者まで仕立てるような者。黒を白だと言って押し切るだけの力があります。
某それがしを討ち取り、偽の姫殿下を擁立した逆賊を喧伝することなど造作もない事でしょう。
力がなければ、真実といえど押し潰されてしまうのです。
くっ。
正論を突き付けられ、唇を噛みしめる。
では、どうするのじゃ！
余にずっとここにおれとでも言うのかЧ
それもまた、ひとつの道かと。
……オシュトル？
意外な言葉だったのだろう。真意を量るようにアンジュが問い返す。
名乗りを上げず、このまま姿をくらませれば、この広いヤマトで人一人見つけ出すのは容易では御座いませぬ。
姫殿下はこれまで重篤な容体でもありましたから、亡くなったように見せかければいっそう御身おんみは安全になります。
無論、某それがしは姫殿下を一人放り出すような不忠は致しませぬ。
身分を捨て姿を隠す道を選んだとしても、仕え続けましょう。
しかし、あくまで真の姫殿下として名乗りを上げるというなれば、それは血に塗れた道となります。
帝位簒奪の暴挙を行う輩が、姫殿下の言で道を譲ることは御座いませぬ。
故に、その者達を切り捨てる血塗られた道を歩むことになりましょう。
しかも、その中には幾人かの八柱将がおり、その兵力は圧倒的。
こちらには近衛衆の生き残りと、初陣をも経験したことが無い脆弱な兵つわもののみ。
まともに戦おうとすれば……いえ、まともな戦いになるかどうか。
加えて、偽の姫殿下を抱いたとしても世が平穏なれば、民草も進んで戦いくさを望みはしないでしょう。
最悪、彼らまでが姫殿下の前に立ち塞がるやもしれませぬ。
多くの民の血が流れる。それは血で血を洗う戦いくさとなるでしょう。
己の言葉で多くの命が失われて行く。その覚悟がおありか？
現在の状況を一切合切、手加減することなくアンジュに伝える。
皆みなも、ただ押し黙っている。
決断を助けることはできない。自分の運命を決められるのはアンジュ自身だけなのだから。
と、必死で何かを考えていたアンジュが、決心したように瞳を上げた。
余は……
言いかけて、大きく首を振る。
そ、そんな事を言われても、判らんのじゃ！
帝ミカドという地位そのものなど、どうでもよい……
じゃが……じゃが……余にはもう……何も残されておらぬ……
今やこの身だけが、お父上の残してくれたものなのじゃ……
それすら奪われるというのか……
イヤじゃ……
それだけはイヤじゃ……
震えるように言うアンジュの瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。
これは我儘わがままなのか……？
お父上の残してくれたものを取り戻したい……これは我儘わがままなのかЧ
ならば、御命令を。
っ？
某それがしは姫殿下のご決断に従うまで。姫殿下の為になら喜んで血に塗れましょうぞ。
その場に跪ひざまずき、恭しく頭を垂れる。
オシュトル……
我が忠義、アンジュ様に捧げましょう。
どこまでもアンジュさまと共に。
ノスリ、ネコネ、ルルティエもそれに続く。
其方そなた達……
良いのか、本当に良いのか？
まずはお顔をお拭きください。
どうぞ、アンジュさま……
手布を取り出し、アンジュの涙をやさしく拭う。
……うむ、判っておる。
余は……余こそが帝ミカドが一子、そして後継者たる天子アンジュである！
そう世の隅々にまで喧伝せよ！これは勅命じゃЦ
聖上の、御心みこころのままに。
ヤマトを取り戻すその日まで、何処どこまでもお供しましょうぞ。
そして深く頭を下げる。
ネコネが、ルルティエが、そして皆みながアンジュの元に集う。
それは大きなうねりになり、やがては國を動かすまでに広がっていくのだろう。
ヤマトの玉座に、再びアンジュが座るその日。
アンジュが真の意味で『聖上』となるその日まで。
そう……その日まで某それがしは……
Ġ
Ġ
Ġ
؁
なに？
そっと耳打ちされた一報にミカヅチは、カッと目を見開いた。
やはり、起たつか……
そのままひっそりと暮らしていれば、穏やかに余生を送れたものをな。
だが、礼を言うぞ。これでいよいよ始まる。
オシュトルめ……あの死に損ないが……
姫殿下、よくぞ御無事で……
ですが、これでヤマトは戦乱の世を迎むかえることになります。
何故……出てきたのですか。
帝ミカドでしたら……例え全てをお捨てになっても、貴方様が安らかに生きてゆくことをお望みになったでしょうに……
姫殿下が？し、しかし、姫殿下は……これは一体、どういう事だ？
やれやれ、少しばかり厄介なことになったみたいだねぇ。
ルルティエ……
旗を掲げたか、オシュトル……
共に誓った帝ミカドの命を果たしたか。
ならば……
ならば俺も、あの誓いを果たさねばなるまい。
だが、考えようによってはこれは好機にゃも……
世が乱れれば英雄が求められる。新しい時代がくる……
見極めねばならぬ……
二人の姫殿下……
いや、オシュトル殿かライコウ殿か……をな。
どちらも本物であることを主張している以上、最早もはやこのヤマトが割れることは避けられませんか。
今は傍観を決めている者も何いずれどちらかに付くことになり、
その時、このヤマトは……
高官
聞きましたかな？あの布告を。
耳を塞いでも聞こえてきますぞ。
姫殿下がエンナカムイに逃れられ、御自おんみずから、帝ミカドを継ぐ者だと宣言されたとか。
では、この宮におられる姫殿下は誰だと言うのか？
馬鹿馬鹿しい。滅多な事を言うものではない。
しかし、今行方不明のヴライ様が姫殿下を軟禁していたという話もある。
それこそ根も葉も無い噂ではなかったのか？
そもそも、オシュトル様がついておられるのだぞ。あの方に限って。
姫殿下の御姿を間近で見ている重鎮の中には、今の姫殿下を疑わしく思っている者もいる。
ヴライ様が専横を極めた末、オシュトル様を追って出陣し、未だ帰還せず……という未曾有みぞうの事態。釈明すべき者自身が行方不明なのだ。
皆みなの者、静まるのじゃ。
高官一同
「「Ц」」
突如、謁見の間に現れたアンジュに、慌てて拝礼する高官達。
それを冷ややかな目で一瞥すると、アンジュは悠然と玉座に座った。
その悪びれぬ態度に、声なき動揺が広がる。
拝礼しようとも、もはや高官達の疑念を止めることは出来ない。
疑わしい要素はまだある……
目の前の姫殿下は、あまりにも威厳がありすぎる……
帝ミカドを継ぐ者としては相応しい。聖上の逝去せいきょが姫殿下を強くしたと考える者もいる……
だとしても……姫殿下は利発だが、もう少し子供っぽいはず……
どうやら都のそこかしこが騒がしいようじゃの。
「「………」」
どこぞの田舎娘が、己こそが本物のアンジュじゃと、騙っておるそうじゃな。
どうじゃ？貴様もそう思うか？
あちらが本物のアンジュじゃと。ならば余は真っ赤な偽者か？
わ、私は……そのような事は。
確かにお父上がお隠れになられ、この國の箍たがが緩んでおるのは事実じゃ。
だというのに不甲斐なきかな、今の余にそれを律する力が無い。
なれば━━そこの者。腰に下げている物を渡すがよい。
兵
は、はっ……
呼びかけられた兵は、慌てふためいて腰の剣を差し出す。
アンジュはその剣を抜き放ち、重鎮達に突きつける。そして━━
無造作に、彼らの足元に投げ捨てた。
余を偽者と言うのであれば……それで余を討つがよい。
「「なЧ」」
余を偽者と言いたいのであろう？ならばアンジュを騙る逆賊を討ち、ヤマトの臣として本懐をとげよЦ
ひ、姫殿下……？
どうした、やらぬのか？
余は逃げも隠れもせぬ。余がニセモノかどうか、其方そなた等がそれを証明して見せよ。
さあっ！やれいЦ
ひ、姫殿下が偽者であろうはずがありませぬ。
一同、改めて姫殿下に忠誠を尽くす所存。
「「ご無礼仕りました、何とぞご容赦をЦ」」
アンジュは険しい顔で、重鎮達が平伏し、畏かしこまる様をねめつける。
やがて全ての重鎮達が跪ひざまずいたのを見届けると、満足げにうなずき、ふっと笑みを浮かべた。
許す……余は全て許そう。
「「ははっ。」」
余はアンジュ。帝ミカドが後継、天子アンジュであるЦ
とまあ、なかなか派手な立ち居振舞いをしたようですね。
なん…じゃ……それは……
熱っЧ
アンジュの驚きの声と共に、彼女の手の中にあった湯呑みが砕け散る。アンジュは手に掛かった茶の熱さに慌てて手を振り回した。
聖上、皆の前です。お気を鎮めて下さい。
し、しかしじゃな……
そう言いつつ、アンジュは側に控えていたルルティエに手を取られて、大人しく手を拭われる。
ルルティエはアンジュの手の裏表を確かめるが、どうやら傷も火傷もないようだった。
思わず力が入ったとは言え、茶碗を握りつぶす手だ。見た目より頑丈らしい。
それにしても、そのアンジュさまって……
は～、もう一人のお姫さまけ。
やれやれ、ウチの姫さまより威厳に満ち溢れてるじゃない。
効果的なのです。躊躇ためらえば叛意ありとみなされるですし、そう言われて動ける者はいないですよ。
…………
聖上におかれましては、くれぐれも、そのような挑発に乗られぬよう。
判っておる。余も……余が天子アンジュなのじゃ。そのような挑発には……
ですが、そのように発したにもかかわらず、動きがないような……
不気味……ですか？
はい……
当然だ、義は我等にあるのだからな。いくら口で虚勢きょせいを張ったところで所詮しょせんはニセモノ。
すぐに襤褸ボロが出ると言うものだ。
……案外、そうなのやもしれぬ。
つまり、こちらの出方を待っている、と？
何かせずとも向こうの有利は動かない。
下手に動いて馬脚を現すのを避けているのか。または敢あえて動かず、帝ミカドとして威風堂々とした姿を見せつけているのか。
または、どちらにも付かず様子見を決め込む諸侯しょこうへの牽制か。
ふふん、私の予想は当たっていたか。流石さすがは私だ。
それで、どうするオシュトルの旦那。一泡吹かせてみるのかい？
ふかせるのか？
いや、まだ打って出る時では無い。
今は力を蓄える時。奴等が動かぬ今のうちに、少しでも態勢を整えさせてもらう。
……というより、まだ動けぬと言った方が良いか。
倉はスカスカ、兵の練度はまだまだだ。以前に比べ多少はマシになってきたが、それでも打って出るには足りていない。
故に、更なる勢力の拡大を謀る為、未だ沈黙の立場をとっている國や豪族達を味方に付ける必要がある。
ネコネ。
ハイです。中でも、一大勢力であるルルティエさまやアトゥイさんの祖國である、クジュウリとシャッホロなのですが。
まず、シャッホロは早々に中立を宣言したのです。
クジュウリは立場を明言していないとはいえ、幸いなことに偽皇女に忠誠を誓う動きはないようなのです。
こちら側についてくれる可能性は、十分に高いはずなのですよ。
よかった……
さすが、とと様や。
それと、遠いため連携は取れないですが、ナコクはエンナカムイ支持を掲げているみたいなのです。
気になるのはイズルハだが、ここはノスリの故郷であったな。
気になるとは、どういうことだ？
イズルハの氏族長である八柱将トキフサ様が、『帝に歯向かうことは出来ない』と声明を出したです。
ですが、どちらにつくかは明言していないのです。
なんだと？むぅ……どういうつもりだ。
事実上の中立宣言ですね。それぞれの出方をうかがっている……ということですか。
だが、偽皇女に疑いを持つ者、どちらに付くか思案している者が、少なからずいると言うことでもある。
御安心めされよ。我等がついておりますゆえ聖上が大願、必ずや成就させて御覧に入れましょう。
そうです。私では頼りないかもしれませんが、兄上や皆みなさんがついております。
そんなことないぞキウル。キウルといっしょにいると、あんしんできるからな。もっとじしんもて。
えっ？う、うん、ありがとうシノノンちゃん。
どういたしましてだ。
ふっ……ククク……
笑わないで下さいよ……
……うむ、そうであったな。
何を勘違いしておる、余は何も心配しておらぬぞ。
ちょっと……そう、オヤツが何か気になっただけなのじゃ。
アンジュさま……
それでは、少し早いですけどオヤツの時間にしますね。
すぐに用意いたしますので、少しだけお待ちください。
待つのじゃルルティエ、余も手伝うぞ。
はい、それではお願いします。
うひひ、今日のオヤツ何かなぁ？久々に『ルル』食べたいけど、材料が無いって言ってたし。
そうやぇ、ノスリはん。今度一緒に、樹液とりに行こ？
あのクニュクニュか。うむ、構わないぞ。ついでに狩りをするのもいいかもしれんな。
ぷるぷるぷる……
うひひ、もちろんクラリンも一緒やぇ。
ぷるぷるぷるるる……
……皇女さんの存在を知らしめたのは、早計だったか。
いや、こちらの立場を知らしめていなければ、そう遠くないうちに様子見していた勢力も向こうに吸収されていたはずだ。
それが遅ければ遅いほど、取り返しが付かなくなる。猶予など無かったな。
兄あにさま……
心配いらぬよ。これも想定していたことだ。
ワシワシとネコネの頭を撫でる。
ぁ……
そう、想定していたことだ……
その為の策も、幾いくつか練ってある。煮詰める必要はあるだろうが……
ネコネ、力を貸してくれるか？
ハイです。
どこまでも……一緒なのですよ。
何やら話があるとのことだが。
見たところ、我々だけのようですね。重大な用件とは何でしょうか？
ああ、来てもらったのは他でもない。ノスリに頼みたいことがある。
部屋に来た二人を座らせ、そう口火を切った。
頼みか。ものにもよるが、どういったことだ？
前置きも何もなく告げられた言葉に多少首を傾げつつ、ノスリがそう尋ねてくる。
オウギもいつもの微笑みのまま、静かにこちらに視線を向けていた。
知っての通り、現在我等の状況は混迷を極めている。その為、色々と策を講じているわけだが。
ええ、存じていますよ。
お前の知っているは正直恐いんだがな……
微笑むオウギの含みのある言い方に、こめかみの辺りが痛くなる。
一度、本音を聞いてみたい……いや、とんでもないこと言い出しそうだ。
気を取り直して、二人を正面から見据える。
故に少しでも戦力が欲しい。それも統率がとれた、屈強な者達をだ。
成程なるほど、つまり頼みというのは姉上の配下を招集してもらいたいということですか。
かつての仲間を集めろというのか？
一度は解散させておいて蟲のいいことを言っているのはわかる。だが……
ふむ、判った。すぐにでも召集しよう。
そうだろうな。いくら何でも、一度バラバラに散った仲間をいきなり集めろと言われても━━なぬЧ
出来るのか？
あまりにも簡単に頷かれたのが信じられず、思わず聞き返してしまう。
そんなこちらの様子にむしろ不思議そうに、ノスリが首を傾げた。
当然だ、我等の結束は何よりも固い。一声掛ければ、すぐにでも駆けつけてくれるだろう。
はい、姉上。なにせ血の気の多い連中ですからね。
それに皆、オシュトルさんには多少の恩義を感じていますから。
……恩義？
どういうことだ？彼らとは協力関係にはあっても、そこまで深い繋がりはなかったと思ったんだが。
思わず聞き返したこちらに、オウギが爽やかな笑みを向ける。
皆みな、オシュトルさんに口利きしてもらったことで助けられ、平穏に暮らせていたようですから。
あれも、このような時を見越していたということですね。
あ、ああ、そうだな。
オウギの言葉に内心冷や汗をかきつつ、首肯する。
オシュトルの奴、そこまで考えていたのか……？
改めて成り代わった相手の大きさを知り、きりりと胃が痛んだ。
まったく、いつも無理難題を押し付けてくれると思っていたが、あの世に行ってからもとは。
では、出来るだけ早く頼みたい。今はとにかく兵が足りん。
どんな連中かは不安だが、それでも兵力が多いに越したことはない。
ふむ……
姉上、何か考えでも？
うむ、もっと集められなくもないと思うのだが……
成程なるほど、氏族を招集するおつもりですか。
うむ、まさにそれを考えていた。
ノスリの言葉を確認するように、オウギの方に視線を向ける。するとオウギは、少し困った表情で頷きを返してきた。
もともと僕達ノスリ旅団はイズルハの者なのです。
今は没落してしまいましたが、元はそれなりに大きな氏族でして……
氏族……そういえば確か、ノスリの家は元々地方の豪族を統べる家柄だったな。
勿論、我等の氏族に声をかけること自体は可能ですが。
オウギは暫く何かを考えるように中空を見つめた後、笑みを浮かべて言葉を続ける。
流石に、今直ぐにというのは難しいでしょう。
まず、こちらの陣営に引き込むには、相手に利するところが必要です。
そんなことはないぞ。このヤマトの危機となれば、皆みなこぞって集まってくれるはずだ。
いや、オウギの言う通りだろう。
氏族というのはつまり、その土地を治める豪族ということだろうから、な。
少し頭の回るものなら、無益な争いには参じないのも当然か。
勿論、方法がないわけではありませんが。
彼らを引き込むだけの利がある、と？
こちらの問いかけに、オウギが曖昧な笑みを浮かべる。ノスリもまた、少し拗ねた様子で視線をそらした。
うん？なんだ？
我が家はこれでも、かつて八柱の一つに数えられた家柄ですから。その家長が号令をかければ、氏族は兵を出してくれるでしょう。
ただし━━姉上が家督を継承しさえすれば、ですが。
むう……
それはつまり……
ノスリは未だ、家長の座にはないということか？
視線を向けると、ノスリは少しだけ不貞腐れた様子で頬を膨らませている。
本来ならば、既に継いでいるはずなのだが……
ノスリがなにやら不満そうに、ぶつぶつと呟いている。そんな彼女を、オウギが笑顔で宥なだめていた。
きっと父上にも考えがあるのですよ。
しかしだな、何故父上は……
まあまあ姉上、お茶菓子でも如何いかがです？
うむ……
あれだけの数の仲間を率いていたのだから、てっきり家督は継いでいるものと思っていたのだが。
どうやら、自分が立ち入るような話ではなさそうだ。
そう判断して、気持ちを切り替える。とにかく今は、一兵でも多く集めることが先決だ。
流石にそこまで、面倒をかけるわけにはいかんな。その話は忘れてくれ。
……では、以前の仲間を呼び戻すということでよろしいですか？
助かる。
話はそのまま、義賊仲間を軍に迎えた場合の立場と報賞の件に移る。以来、氏族の話が出ることはなかった。
ただ━━
……むう。
ノスリだけは暫くの間、茶菓子を頬張りつつ子供のように頬を膨らませていた。
━━やはり志願してきた者だけでは、必要な兵数を賄えない、か。
ハイなのです。高札こうさつを置いて、相応の手間をかけてみたですが……
結果は芳しからず、か。
…………
大義がこちらにあるといっても、望んで戦いくさに加わりたがる民は少ない。
戦意が高揚するような噂を巷に流して、志願者が増えるよう煽る手もあるが……
そんな空気になるまで待っている余裕もないし、な。
頭数を揃えるだけでも、一刻を争う。こんな時、『奴』ならどうする……
オシュトルなら……
……やむを得ん、徴兵する。
いや、奴なら……では無い。某それがしならばだ。
強制的に兵役に就かせる、と仰るのですか？
そうだ。頑健な成年男子、その中でも長男でない者には全て、兵役に就いてもらう。
働き手として使えるなら、女子供もだ。武具の仕立て、糧食りょうしょくの用意……やってもらう事は山程ある。
それを正式に、布告するですか。姫殿下と御前から全てを委ねられた、兄あにさまの名を使って。
そうだ。
『オシュトル』に『民を戦いくさに駆り立てる』真似をさせるのは、ネコネにとっても辛いだろうが。
……すまぬな。
……いえ。わたし達が置かれた状況を考えれば、仕方の無い事だと思うのです。
思いの外、ネコネは反対もせず、自分の決断を支持してくれた。
ですが、一方的に命じて働き手を奪うだけでは、民の間に不満が生まれると思うのです。その辺りはどう考えてるですか？
俸禄を十分に与える。戦いくさで傷ついたり死んだ場合にも、十分な見舞金を出そう。
元手はどうするのです？景気よくばらまくのは結構ですが、戦いくさが何度か続けば、倉が空になってしまうです。
いずれは行き詰まり、戦いくさどころではなくなるのはわかっている。
故に、周辺國から支援を受けねばならぬ。
まずは、ルルティエ殿の母國であるクジュウリに援助を願い出る。
……クジュウリに？
自分が明かした腹案に、ネコネがほんの一瞬目を見開いた。
彼の國の皇オゥルォは、ルルティエ殿を目に入れても痛くないという程、大切にしていると聞いた。
ならば、彼女を通して持ちかければ、話も進みやすい筈だ。
できるならば金子きんすだけでなく、物資や兵も借り受ける。いずれは國と國とで盟を結ぶ事まで見据えて動きたい。
無論、今すぐというわけにはいかぬ。まずは戦いくさで勝ち続けねばな。
こちらにつけば大義があり、相応の見返りがあり、何よりも勝算がありそうだと向こうが判断すれば……
同盟することが可能となるだろう。
そこまでの話では、ネコネからの反論は無かった。ただこちらを静かに見詰めているだけだ。
………
そして彼の國がこちらに付けば、敵の狙いも分散されよう。
……防波堤。クジュウリを盾にするつもりですか。ルルティエさまの國を戦場いくさばにすると。
……逆に、ルルティエさまを人質に取ったと見なされ、クジュウリが敵に回る可能性もあるのです。
有り得る事だな。
それでも……
ああ、それでもやらねばなるまい。
自分が『オシュトル』である以上、そうするしかない。
互いの手の内を探り、かつ自國の利益になる道を選ぶのが、某それがしや皇オゥルォの立場。
誤解を招かぬ様こちらも言葉をつくすが、彼の國の皇オゥルォならば賢明な判断を下されるだろうと願うのみだ。
いつしかネコネは、一切の感情を窺うかがわせない、能面のような表情で自分を見ていた。
清々しい程、卑怯なのです。兄あにさま。
その言葉とは裏腹に、ネコネの口調は自分を責める響きを伴っていなかった。表情も静かで、咎める色も無い。
兄あにさまがそう決めた以上、わたしはそれに従うのみなのです。
あまりにも聞き分けがいいネコネの態度に、どう言葉を返すべきか迷っていると……彼女が少し首を傾げた。
どうしたのです？
……いや。もっと強く反対されても不思議では無かったからな。
これが危険な賭けである事は、ネコネも理解しているだろう。失敗すれば、後は破滅するのみだ。
……それでも、良いのです。
ネコネ……
ネコネの目が、真っ直ぐに自分の目を見詰める。そこに揺らぎや迷いは……一切無かった。
忘れたですか？わたしは、兄あにさまとどこまでも一緒だと。朽ちる時も……堕ちる時も……
まさか、ここまで酷いとは……
自室に戻ると、思わずそんな言葉がこぼれる。
その呟きは、先程ネコネを伴って兵の調練を視察した上での、率直な感想だった。
新兵の練度の低さは、考慮に入れてはいたのだが……
問題は、城に常駐していた兵達の実力だった。徴収した兵を鍛えるべき彼らもまた、新兵に毛が生えた程度の練度でしかなかったのだ。
成程、ネコネも平和な國と言っていたから当然だろうな。しかし……
今後のことを思い、目の前が暗くなる。
遠からず、この國にはヤマトの軍勢が侵攻してくるだろう。アンジュを擁する以上、それは間違いない。
だからこそ、早急に戦いくさ支度を整える必要があるんだが……
兄あにさま。
ん？
悩む気持ちもわかるですが、険しい顔をしてるのです。
それでは、皆みんなが不安に思ってしまうのです。
む……ああ、そうだな。
ネコネに言われて、苦蟲を噛み潰したような表情をしていることに気付いた。
お茶をお持ちするです。
ネコネが身を翻ひるがえした先には、すでに双子が茶器を揃えて控えていた。
しかし準備していた双子達には悪いが、ネコネを呼び止める。
いや、今はまだいい。
有難い申し出だが、今はまだ一服する気にはなれん。
いつとも知れぬ敵襲に備え、兵達をせめて戦えるだけの状態に持っていかなければならないのだ。
問題は、兵達にどんな装備を与えるかだが……
今の武装では心もとないのは確かだ。が、だからといって重武装をさせるには、兵の練度が低すぎる。
何か妙案はないかと頭を働かせるが、考えが上手く纏まとまらない。
そんなこちらの様子を見て、ネコネが口を開く。
槍がいいと聞いたことがあるです。
……良く、考えていることが判ったな。
兄あにさま、さっきから声に出して呟いていたのです。
……そうか。
それでなのですが、長いものを持たせれば間合いが広いから扱いが下手でも戦力になる……と、兵法書に書いてあったのです。
なので、槍の採用を提案するのです。
そう言うと、ネコネは何処どことなく得意げな瞳をこちらに向ける。
ああ、それも考えたのだが……
何か問題があるですか？
確かに槍は強力だ。単純な戦力の増強には最適だろう。ただ、槍は密集させてこそ真価を発揮する武器だ。
この少ない兵力では、十分な効果は得られまい。
しかも、敵との戦力差を補う為に、我等の戦いは籠城や遊撃戦としたものが中心となる。
ただでさえ少ない兵力を更に分散してしまうわけだ。
あ……
それに、この辺りの地形を考えると、柄が長い武器は縦横じゅうおうに振り回せぬ。いや、それ以前に山間を進むのすら難しいだろう。
なので、槍を主力にするという選択肢は難しいな。
そう……ですか。
……ここはやはり、主力は弓にするべきか。
弓ですか。ですが、槍以上に扱いが難しい武器だと思うのです。
遠くから数を散蒔ばらまけば牽制にはなるだろう。それに、ここは山間の國だ。槍と違い、日常的に使っている者も多いだろう。
そういうことでしたか。
こちらの説明にネコネが頷きを返す。その視線には、どことなく尊敬の念すら含まれているような気さえする。
何か、ただ単に思いつきで言ってみたなんて言えない雰囲気だな……
でも、そうすると新しい問題が出てくるのです。
そうだな。弓を主力に据えるなら大量の矢が必要になる。隊列も再編する必要があるだろう。
言いながら、頭の中で今の財政と矢の費用を照らし合わせる。それを見て、ネコネは小さく首を振った。
……いえ、そうではなく。
弓の指導はどうするのです？まさか兄あにさまが？
それについては心当たりがある。
意中の者はすぐに見つかった。
ノスリ、探したぞ。
どうしたオシュトル、いつにも増して真面目な顔だな。
実は折り入って頼みが━━
うむ、構わんが何だ。
いや、まだ内容も何も話していないのだが……
問題ない。それは聖上の為になるのだろう。ならば私に断る理由は無いな。
そうか、助かる。
心地よいくらいに即決だな。迷いの無い笑顔に惹き付けられる。
こういうのを姉御肌というのか……
破天荒な行動で色々と騒動を起こしても、配下の者達がついていったのは、この辺が理由なのかもしれない。
笑顔で快諾してくれたノスリに礼を述べ、話を切り出す。まずは……
兵に弓の稽古をつけてもらえまいか。一団を率いていたその経験を見込んで頼みたいのだ。
稽古？それは構わないが、私がそんなことをしてもよいのか？
まあ、オシュトルの弓の腕前は判っているが。
私なんかより、オシュトルが稽古をつけてやった方が、皆みなの士気もあがるというものだろう。
弓の腕には自信あるが、あの兵たちの憧れの目を見ていれば判る。
やっぱりそう思うか。だが、それだと士気は良くても練度が上がらんからこうして頼んでいるんだが。
出来るだけ真剣な表情で、ノスリの目をまっすぐに見据える。
いや、これはノスリにしか出来ぬこと。
私にしか？
こちらの言葉に、ノスリが驚いた様子で目を見開いた。
一つは、主力を弓にするつもりだということだ。
弓以外であれば、某それがしが稽古をつけても良いかもしれん。
しかし、主力となる弓の扱いとなれば、ヤマト一の弓取りであるノスリの右に出る者はおるまい。
ほ、ほぅ……そうか……うむ、そうか。
そして、ここの地形や我等の戦力も考えに入れる必要がある。
ここ一帯は山間部が多く、道も険しい。そして我等の少ない戦力を考えると、戦いくさは奇襲や待ち伏せが主となるだろう。
ふむ、確かに。
だからこそ、ノスリに頼みたいのだ。
そういった戦いを教えるのなら某それがしより、一団を率いて縦横無尽に駆けていたノスリの方に軍配が上がる。
そして、ノスリの得意とする遊撃戦を兵達に教授してもらいたい。
成程なるほどな。ふむ、それならば私が指名されるのも道理か。
こちらの賛辞に、ノスリが笑みを堪えるようにして何度も頷いている。どうやら、その気になってくれたようだ。
しかし、オシュトルがそこまで私を買ってくれていたとは……
ノスリは嬉しそうな表情を隠しきれない様子でそう呟いた。
……本人は、平静を装っているつもりのようだが。
それに、だ。
……む？
某それがしであれば士気が上がると言っていたが、いい女に鍛えてもらえるのも兵の士気は上がるはず。
そういう意味でも、これはノスリにしか頼めないことだな。
…………そ、そうか、そこまで言われては、断るわけにはいかないな！
ノスリはニマニマとしそうになるのを必死にこらえつつ腕組みをすると、やけに気合の入った声を上げた。
判った。右も左も判らぬ新兵共を、必ずや一人前の武人もののふに育て上げてみせよう。
ああ、頼むぞ。
うむ、任せておけ。
ノスリは大仰に頷き、そのまま踵を返すと、
いい女……いい女か……ふっふふふ……
そんな呟きを零こぼしながら、ズンズンと廊下を進んでいく。あの様子だと、今すぐにでも兵達の調練に向かいそうな勢いだ。
まあ、後で調練の様子を視察したほうがよさそうではあるが……兎も角、これで兵の練度の問題は解決するだろう。
ずるい。
わたし達にも言って欲しいです、主あるじ様。
控えていた双子達がねだるように取り付いた。
言うって、褒めてもらいたいのか？
わ、わかった、お前達も良い女だ。だから、茶と菓子を用意してくれぬか。
承った。
いま、お持ちします、主あるじ様。
なかば投げやりで言ったのだが、双子達も満足したらしく、茶を用意する為、スッと部屋の方へ向かっていった。
しかし……
こっちから乗せておいて何だが、乗せられやす過ぎだろ。ノスリの奴、将来悪い男に騙されなければいいがな。
オウギがいるから大丈夫だとは思うが、アトゥイとは別の意味で心配だ。
…………
うおっЧ
何やら視線を感じ振り返ってみると、ネコネがこちらにジトリとした目を向けていた。
……どうした？
……わたしの兄あにさまが、いつの間にか女たらしの真似事をするようになっていたです。
ぐふッ……
その一言が、何故かやたらと心に刺さった。
新兵
も、もう駄目だ……片手でこげん重い剣を持ったままじゃ、動けねぇ。
きっついのう……毎日毎日こんな訓練じゃ、躰が保たんて。
ひぃー……ひぃー……おらも弓にするんじゃった。
そこ、無駄口を叩いてないで、構え！
新兵達
「「お……おー……」」
……まぁ、ただでさえ慣れない武器や防具を着けて武芸の稽古など、無茶と言えば無茶なんだが。
記憶を失い、クオンにアマムの粉運びをさせられた時のことを思い出す。
いや、あの時はもっとキツかったな、うむ。
……しかし、そう考えるとクオンやオシュトルには随分ずいぶん鍛えてもらった事になるのか。
あいつらなら、新兵達を鍛えるのも、もっと上手くやれるんだろうが……
ああ……いい匂いがしてきたなぁ。
ん？
は、腹が減った。
今日はどんな飯なんじゃろ。
もうそんな頃合いですか……兄上、本日の調練はこの辺りで構いませんでしょうか。
キウルの言葉に頷き返す。
キウル自身余り満足していない様子だったが、無理に続けさせてもこれ以上良くならないだろう。
整列！
へ、へい……
これで最後とばかりに並ぼうとするが、足取りは重く、立っているのがやっとに見える者も多い。
当然列を成そうとしても、左右にフラフラ、前後もバラバラといった有り様だ。
ああ……そこ、右二列目前から三番目！ちゃんと前に合わせて、しっかり立ってください！
左三列目の後半、もっと均等に、前に詰めて！
へ、へいっ。
……では、後は任せたぞ、キウル。
あ、はい！
キウルには悪いが……奴にとってもいい経験になるだろう。
悪戦苦闘しているキウルと兵達を置いて、もう一つの『戦場』へ視察に向かう。
新兵の補充に合わせて増築した台所では、女官達が十数人、忙しく立ち働いていた。
野菜が切り刻まれて山のように積まれていくかと思えば、大量のアマムが次々に焼かれては重ねられていく。
一方で、ヒトが何人も入れるような大鍋で汁物が煮込まれており、食欲をそそる匂いを漂わせてもいる。
それらを自らも手を動かしつつ差配しているのが、ルルティエだった。
ん……これ、味付けをもう少し濃くお願いします。皆みなさんお疲れでしょうから、塩気を強めに。
女官
かしこまりました。
ルルティエ様、器が足りないのですが。
ああ。確か右から三番目の戸棚に、もう少しあったかと。
え……っと、あ！ありましたЦ
良かった……あ、こちらのお野菜、切り終わりました。
はいっ！煮付けに入ります。
ふう……
まさに女官達の中心として忙しなく動き回っていたルルティエだが、ようやく一息ついたのか、腕で額の汗をぬぐった。
ふと、台所の入り口から様子を見守っていた自分と目が合うと、彼女はこちらへと近付いてきた。
オシュトルさま、何か御用でしょうか？
いや、用という程の事ではない。何か問題が起きていないか、様子を見に来たまで。
そうでしたか、こちらは大丈夫です。台所も広くなりましたし、お手伝いの皆みなさんも増やして頂きましたから。
ならば結構。兵の数も増えているが、よろしく頼む。
兵役に就いた者には食を保証すると言ったら、志願者が増えたのはいいんだが、彼奴あいつ等遠慮無く食い過ぎだろ。
まぁ、あまり豊かな土地ではないから、腹一杯食べるなんて贅沢な事らしいしなぁ。
ふふっ、皆みなさん毎日凄い量を残さず食べてくださるので、作り甲斐があります。
……姫ともあろう方に苦労をかけるな。
いいえ。決して苦ではありませんし、それに……
うん？
ルルティエは真っ直ぐにこちらを見上げ、ニッコリと微笑んでいた。
毎日毎日、美味しい美味しいと喜んで食べて頂けるのは、なんだか嬉しくも感じますから。
……そうか。ならば良い。
はい。
ついこの間まで、どこか無理をしているように思えたが━━
最近は随分と穏やかな笑みを浮かべるようになった。
そこへ女官の一人が、温かそうな湯気を上げる小鉢を手にやって来た。
すみませんルルティエ様。汁物の味付けを変えてみましたが、これでいかがでしょうか？
あ、はい。ん……
ルルティエは小鉢を受け取ると、添えられていた匙で軽く味見をした。しばらくしてから、頷く。
はい、美味しいです。
と女官に告げてから、その目がこちらへと向けられる。
あの、オシュトルさま。よろしければオシュトルさまも味見して頂けませんか？
見れば小鉢の中身は、底まで透けて見えるような透明な汁物だ。魚の切り身が一欠片だけ浮かんでいる。
それをルルティエが匙で掬すくい、自分の口へと向けてきた。
では遠慮無く……ん。
差し出された匙を、そのまま口に含む。
汁の温もりと共に、塩気の強い出汁だしの香りと味わいが口中こうちゅうに広がった。
………
答えを待ってじっとこちらを見詰めるルルティエに……大きく頷いてみせる。
━━美味い。濃い味が、疲れた躰にちょうど良い。
良かった……そう言って頂けて、安心しました。
ではすぐに、配膳を。
ルルティエの指示を受け、一礼した女官が大鍋へと戻る。
他の女官達も協力して、大鍋の中身を別の器に移し始める。器と言っても、やはり一抱えはあるような鍋だ。
別のおかずや焼かれたアマムも、同様に移し替えられ、或いは膳に並べられていく。
後は腹を空かせて並ぶ兵達の器に、ルルティエと女官達が手分けしてよそってゆくのだ。
ガツガツと貪るように、メシを掻かっ込む男達。
早々と食い終わった者は、空になった器を手にルルティエや女官達の前に並び、お代わりを求めている。
……とてもついさっきまで、まともに立って歩く事も出来なかった兵とは思えないな。
疲れ切っている筈なのに、よく胃も受け付ける。食欲っていうのは底なしなんだろうか。
お代わりはまだたくさんありますから、慌てずにどうぞ。はい、次の方。
そう柔らかい声をかけられ、兵の一人がだらしのない笑みを浮かべて、ルルティエの前へと進み出る。
その後ろにも、またその後ろにも、更にその後ろにも……延々と行列が出来ている。
って、何でルルティエの前にばかり並ぶ。隣で同じ物を配膳してるんだから、そっちに並べ。
はぁ……ノスリ様やアトゥイ様や双子の子達もいいが、やっぱ、ルルティエ様は格別やなぁ。
ルルティエ様はなんていうか……女神様みたいなところがあるかんなぁ。
あぁ……ネコネさんがよそってくれたら俺はもう……
「「え？」」
やれやれ……
━━ゴホン！ンッン！
呆れて咳払いを一つすると、連中はこちらの存在に気付き、慌てて他の列に並び直した。
しかも示し合わせたように、一瞬で、整然と、均等に、見事な列を作り上げている。
調練の時より綺麗な列なんだが、どういう事だ？
その動きが面白かったのか、ルルティエなどはクスクスと笑っていた。
クスッ……
……はぁ。後は彼女に任せるか。
調練の時間は終わっているし、自分がこれ以上目を光らせていても皆みなの居心地が悪くなるだけ……そう考えて踵きびすを返す。
えっ？クスッ……
？
まだ数歩動いただけの所でルルティエの声が聞こえ、ふと振り返ると……彼女の前にまた長蛇の列が築かれていた。
あっという間に元通りかよ！
ふふ……ふふふっ。
呆れるしかない自分とは違い、ルルティエは本当に楽しげだった。
彼女は柔らかな笑みを浮かべて料理をよそうと、目の前で待つ兵にその器を渡す。
はい、どうぞ。いっぱい食べて下さいね。
؁
…………
んー……
こっちは、現在備蓄されている兵糧の一覧……これは次の収穫期に見込める、食糧の目安と。
……ぁ・ぃ・ぅ・ぇ・ぉ。
……成程なるほど。どのぐらいの規模の軍が、どれぐらいの期間動けるか、目安になるな。報告者は誰だ？
……発音は全然違うのに、“あ”と“お”は似ているのです。
お、署名があった……へぇ、キウルか。良くまとめられている報告で、助かる。
……“ぬ”と“め”も、どうしてこんなに似ているですか。もっと形が違っていてもいいのです。
ネコネ。
………
ネコネ、どうした？
……え、あ、はいなのです。ごめんなさいです、ちょっと。
……まぁいい。キウルからの報告なんだが、良く出来ている。ネコネも見るか？
ん……？どうした？
……いえ。そうですね、今はお務めの途中なのです。
？
お務め中に、余計な事に気を取られていたわたしが悪いのです。お気になさらないで下さいなのです。
……？ネコネ、何を見ていたのだ？
あ……
……なんだ。この前作った、神代文字の一覧ではないか。
そ……そうなのです。
今日の兄あにさまは、珍しくなんの間違いもせず、お務めに打ち込んでいらっしゃったので……
……珍しくですまぬな。
そのおかげでちょっと、ちょっとだけですよ？わたしの手が空いてしまったのです。
ああ……それで、空いた時間に神代文字の勉強をしていたのか。
はい……なのです。
……それならば、ちょうどいい。
え？何がなのです？
今、目を通したので、ちょうど一区切りだ。別の神代文字も教えてやろう。
え……別の、ですか？
ああ……この板でいいか。
こう書くんだ。ア・イ・ウ・エ・オ……
そして、カ・キ・ク・ケ・コ……と。
……兄あにさま。
なんだ？
この前、わたしに教えた文字は、なんだったのですか？
ん？あれはひらがなという、神代文字だが。
ではこれは、なんなのですか？
これも神代文字だ。カタカナという。
……ですが、同じ発音なのです。
それでいて、微妙に文字の形だけが違うような……兄あにさまの癖字、というわけではないのですよね？
違う。ひらがなとカタカナは別物だ。
別物なのに、発音だけは同じなのですか？
そうだ。だから覚えやすいだろう？
……何故なぜ同じ発音なのに、文字が二種類あるのです？
あー……それは、だな。うむ、二種類あった方が、表現が多彩になって便利だから……かもしれん。
その説明はともかく何となく判ったのです。きっといろいろな道を経て、そういった形に進化していったと推測出来るのです。
でもだとすると、まだ足りない文字が……
もしかして、このひらがなカタカナは音節文字で、表語文字と組み合わせて使っているのではないですか？
よく判ったな。流石さすがというか……
いろいろと予想とかしていたですから。
表語文字というと、いっぱい種類があると思うのですが、どのくらいの数なのです？
ああ、確か二千字ほどだったか？とは言え、ひらがなと合わせて使うから、実際はそんなに使われていないが。
十分すぎるくらいに多いのです。兄あにさま、そんなにも沢山の神代文字を知っているのですか？
……と、とうぜんだ。
すごいのです、兄あにさま。はじ……いえ、心からすごいと尊敬するのです。
いや、まぁ……な？
それを覚えるのが、とっても楽しみなのです。でも……
ん？
わたしが覚えきるまで、全てを覚えきるまで……兄あにさま、最後まで教えてくれるですか？
ネコネ……
そう……だな。当然だろう、某それがしはお前の兄なのだから。
それなら……いいのです。
気のせいだろうか、そう言うネコネの瞳は、少し嬉しそうに見えた。
ۖ
屋敷の庭の方から激しく剣を打ち鳴らす音が響く。
この音……誰かが組み手をしているらしい。
しかし、随分と派手に立ち回っている感じだな……
興味を惹かれ庭に降りると、音がする方に向かう。
すると、そこには固唾を飲んで見守る観客がいた。
とぉちゃんっ！がんばれーっЦ
剣戟けんげきの音にも負けない大きな声で声援を送っていたのはシノノンだ。
となると、戦ってるのは……
兄上！兄上も見にこられたのですか？
ああ、少しばかり気になってな。
派手に打ち合っていますからね。
キウルはそう言って、視線を向けた。
そこにいたのはヤクトワルト、そしてオウギだ。
珍しい組み合わせもあったものだな。ヤクトワルトはともかく、相手はオウギか。
一体、どうしたらこのような組み合わせになるのだ？
ヤクトワルトさんが、腕がなまるというので、稽古相手を探していたのですが……
剣豪として名高いヤクトワルトさんの相手ができるのは、アトゥイさんか兄上くらいです。
待て、こっちを混ぜるな。
ですが、お二人とも何かとお忙しいようで……
そんな時、オウギさんが通りかかったので、ヤクトワルトさんが手合わせをお願いしたと言う訳なんです。
なるほどな、ヤクトワルトの方から稽古を持ちかけた訳か。
確かにオウギも腕は立つが……稽古の相手として適当なのか？
二人の剣戟けんげきを見つめる。
一見すると、ヤクトワルトの方が激しく攻め立てて優勢に見える。
しかし、そのヤクトワルトの斬撃を全て受け流しているオウギも大したものだ。
オウギもやはり侮れん。まるで舞い踊っているようだ。
一時たりとて気の抜けない攻防であるが、二人とも口元に笑みを浮かべていた。
しかし、決着は唐突にやってくる。
鍔迫り合いの末、弾き合うように距離を取ったが、ヤクトワルトはすかさず刀を振る。
その瞬間、オウギの刀がはじき飛ばされ、ヤクトワルトの剣先がオウギの喉元へと突きつけられる。
Ц
そこまでっЦ
とぉちゃんのかちだ！
流石です。ヤクトワルトさん、僕の負けです。
そう言いながらオウギは、はじき飛ばされた刀を拾って鞘に収めた。
………
オーギ、つよかったぞ！
本当に。ヤクトワルトさんと互角に打ち合えるなんて、凄いですよ。ねぇ、兄上？
……足りぬな。
兄上？
確かに両者一歩も退かない剣戟けんげきだった。しかし、なんというか物足りないんだよな。
するとヤクトワルトは、些いささか険のある声色でオウギに言った。
……シノノンが見てるからって、勝ちを譲るのはどうなんだい？
え……？
あれだけ激しい攻防だったのに、本気じゃなかったのかЧ
………やはり、そう思われてしまいましたか。
ですが、勝ちを譲ったりなどしていませんよ。
どういうことです？
少々身の危険を感じましたので……
身の危険？
はい。これ以上、ヤクトワルトさんが本気になると、稽古や試合では済まなくなりそうでしたので。
気付いた時には二の腕から先が落ちていたとか、御免こうむりたいですからね。
オウギの言葉にヤクトワルトは呆れたように言った。
腕を落とした代わりに、腸はらわたをぶちまけて失血死では、割に合わないじゃない。
フフ、それは買い被り過ぎですよ。さすがにそこまで深くは刺さりません。
やっぱり、刺さるんじゃないЧ
二人は無言で見つめ合い、その場には緊張した空気が流れる。
しかし、二人は同時に吹き出すように笑うと、拳を突き出し、その拳をそっと合わせた。
いつか、本気にさせてみたいねえ。
本気などにはさせませんよ。
二人の和んだ雰囲気に、こちらもホッと息を吐く。
お二人が本気ではなかったなんて。私も修行が足りません。さすがは兄上……
ま、まあ、当然だ。稽古とは言え、殺気のようなものが少し欠けていたのでな。
かすかな違いで判るとは、やはり兄上は凄いです。
あくまでも、戦場での二人を見てるから判るだけだが……
手を抜いてると言っても、二人の間に割って入った奴は絶対死ぬだろうな……
ところで、お伺いしたいことがあります。
オウギはじっと、ヤクトワルトを見つめた。
どうかしたのか、オウギ？
いえ、ヤクトワルトさんの太刀筋なんですが……
太刀筋？
はい、以前から気にはなっていたのですが、今回、手合わせをしたことで確信しました。
確信、ですか？
幾つかの流派が混じってはいますが、ヤクトワルトさんはエヴェンクルガの流れを汲む御方ではないですか？
ヤクトワルトさんが？
エヴェンクルガ……キウルは詳しく知っているのか？
詳しくはありませんが、祖父から少し聞いたことがあります。
ヤマトではそれほど有名では無いらしいのですが、異國の地で幾人もの剣豪を世に送り出した一族だとか。
歴史上の偉人達や、人々に認められる皇オゥルォの隣には、エヴェンクルガ族が必ずいたとも言われているそうです。
『義はエヴェンクルガにあり』とまで言われていたそうです。
なるほど。確か、オウギやノスリも……
はい。とは言っても、随分と昔に袂を分かったと聞いてます。
そうか。では、ヤクトワルトはその本流であるエヴェンクルガなのか。
とぉちゃんはそんなすごいヒトなのか？
シノノンが羨望の眼差しでヤクトワルトを見上げた。
しかし、シノノンを抱き抱えると、豪快に笑い飛ばす。
ハハハッ！俺のはそんな大層なもんじゃねえさ。むしろ正反対じゃない。
俺の剣は我流……無の型よ。ま、親代わりのヒトから幾らか習いはしたが、それも田舎剣法じゃない。
そうなのですか？僕はヤクトワルトさんの太刀筋から、武を貴ぶエヴェンクルガのような気高さを感じるのですが。
気高さか……
ヤクトワルトは昔を懐かしむように呟くと、自分の刀を見つめた。
それに、ヤクトワルトさんの使ってる刀、大層な業物とお見受けしますが。
これか？まあ、立派なもんだとは思うが、正直、コイツの価値も誰が打ったものかも、俺には判らねぇ。
判らない？自分が使っている物なのにか？
コイツは貰い物……いや、最初は盗もうとしたんだったか。古い話じゃない。
は？盗もうとした、だと？
ヤクトワルトさん……
とぉちゃん、どろぼーはダメだぞ！
ヤクトワルトの言葉に、シノノンは髪の毛を引っ張って抗議する。
そんなシノノンを引きはがして、ヤクトワルトは言う。
盗んじゃいないさ。未遂じゃない。
未遂だったものが、どうしてヤクトワルトさんの手に？貰ったとおっしゃいましたが……
一体、どういう経緯があってそうなったのだ？
盗むと言っても本気じゃなかった……いや、本気だったが別に欲しかったわけじゃなくてな。なんて言えばいいのか。
……ま、今にして思えば、この刀はあの爺様に一人前と認められた証あかしだったのかもな。
だから、俺の剣に気高さを感じるというなら、そいつは影だねえ。
影？
ああ、この刀の元々の持ち主の、な。
ヤクトワルトの過去か。シノノンのことといい、複雑な事情がありそうなヤツだからな。
ほう、聞かせてもらえぬか
その問い掛けに、ヤクトワルトは苦笑した。
ま、興味を惹いちまったみたいだしな。言えない理由も特に無いじゃない。
ちょいと長くなっちまうが、構わないかい？
一同は静かに頷いた。
俺の故郷はウズールッシャよりさらに田舎でね。
レタルモシリっていう小さな國だ。
幾つかの豪族の寄り合い所帯で、その中から代表となる族長を決めてな、そいつを皇オゥルォの代わりにして、なんとか國の体裁を保っていた。
俺自身は親の顔も覚えてないが、両親は、当時の族長の友人だか腹心の部下だか……まあ、そんなところだったらしい。
その縁で、親がくたばって身寄りがなくなった時、その族長が……俺は伯父貴って呼んでたが……引き取ってくれた。
所謂いわゆる、育はぐくみってやつさ。
厳しいヒトだったが、族長って立場上、まあ当然だったし、裏では色々と気遣ってくれた。
伯父貴には二人の息子がいて、上の方は少し年が離れていたが随分と可愛がって貰ったもんだ。
俺にとっては兄も同然だったじゃない。
しかし、ちっぽけな世界での話だ。俺が伯父貴や兄貴に贔屓されてるとやっかむ声もあった。
そのせいで、屋敷には居づらくてね。
あの頃の俺は、そんな周囲への負けん気もあって、随分とヤンチャしたもんだ。まったく面倒くさい餓鬼じゃない。
……ただただ、若かった。情けねぇ話さ。
気が付けば、國一番の腕っ節なんて言われて浮かれてたじゃない。我ながら顔から火が出るほど恥ずかしいね。
同じような悪ガキどもを引き連れて喧嘩三昧、あちこちに迷惑かけたもんだ。
そんな時だ。辺鄙な村にあの爺様がやって来たのは。
どこの田舎から出てきたのか、おかしな風体のジジイだ。田舎じゃ他所者は酷く目立つ。
その癖、妙に堂々としてやがってな。村の顔役のつもりでいた俺の取り巻き共にとっては、気に食わなかったんだろうな。
茶店でくつろいでいた爺様を、少しからかってやれとばかりに取り囲んだらしい。
しかし、気付いたときには、全員地面に這いつくばって、茶をぶっかけられていた。
しかも、爺様はその間、ずっと椅子に腰掛けたままだった、と言うじゃない。
俺も最初に聞いた時には、何を言ってるんだと真面目に取り合わなかった。
連中、何度も爺様に突っかかってはあしらわれた。結果、村のいい笑いもんさ。
で、とうとう俺も勘弁ならんとばかりに、爺様が毎日通ってる茶店に行ったわけだ。
見れば確かにジジイだ。しかし、ジジイにしては偉く立派な刀をぶら下げていてな、俺はそいつに目を引かれた。
武者修行で各地を巡ってるらしいんだ。なるほど、大事なモノなんだな、とピンときた。
ま、本気で盗んで売り飛ばそうと思ったわけじゃない。ちょいと困らせて、土下座でもさせてやろうと思ったのさ。
だが……コイツが全く隙がねぇんだ。眼帯して片目しか使えねぇってのにな。
茶をすすってるジジイの背中に冷や汗をかいたのは、あれが最初で最後だ。
今なら判る。あれは目で物を見てたんじゃねえってな。
それで、仕掛けたのか？
ああ、俺は勢いに任せて突っ込んだ……
手も足も出なかった。一瞬の間に箸で指を掴まれ、軽い足払いときたもんだ。
気が付けば、取り巻き同様、爺様の座った椅子の目の前に這いつくばらされてた。
爺様は何事も無かったように、寛くつろいで茶をすすってるじゃない。
完敗だ……いや、負けた事も悔しかったが、爺様が一度たりとも俺を見なかった事に、頭に血が昇った。
で、それから毎日、爺様をつけ回した。無論、闇討ちしたり、木の上から奇襲をかけたりなんてのは挨拶代わりだねえ。
……一度も成功しなかったがな。
それでも、何が何でも爺様の鼻を明かしてやろうと、ガキどもとつるむのも忘れて、毎日突っかかった。
爺様をよく観察して動きを覚え、それをさらに見切って動けるよう反復練習。作戦もあれこれ立てた。
始めのうちは躱かわされるだけだったが、そのうち爺様の方から手刀で小突かれたり投げられるようになった。
こっちも対抗して棒っ切れを振り回せば、爺様は鞘に入った刀で受け止めてくれるようになったじゃない。
今にして思えば爺様に鍛えられたというべきか。それからも、時折村に姿を見せては俺の相手をしてくれたんだからな。
そんな事が一年か二年続いた。ある時、不意に爺様の方から話しかけてきたじゃない。
いきなり過ぎて、何事かと身構えたもんだ。
爺様はおもむろに腰の刀を鞘のまま引き抜いて、こっちに差し出してこう言った。
そろそろ自分の國へ帰る。楽しませて貰った。これはその礼だ、とな。
爺様と直接話したのは、後にも先にもその時だけだ……
この刀はその時に貰ったもんだ。
だから、俺の剣にはその爺様の影がある。爺様の剣を真似して、俺は俺の剣技を磨いたじゃない。
今まですっかり忘れてたが、思い返してみると、ありゃ、エヴェンクルガだわ。
過去にそのような出来事があったとはな。
その御仁、今は何処いずこに？
さあねぇ。それ以来、会っちゃいないし、今は一体どこで何をしてるのやら……
そうですか。味方になってもらえれば、心強い気がしたのですが……
お名前はお聞きしたのですか？
ああ、その時にな。いつか実力で奪ってやるから名前を教えろと言ってな。
確かゲジマズ……いや、ゲ、ゲ……そう、そうだ、ゲジマル、だったかな。
ゲジマルですか……
知ってるのか、オウギ？
いえ。ただ、昔、里にいた頃に似たような話を聞いた気がするのですが、恐らく他人の空似でしょう。
もう一度会って、約束通り実力で奪いたい所だが……
まあ想像しても、未だに奪えるとは思えないじゃない。
今のヤクトワルトでさえ無理とは……どんな化物だ。

そうか、門と外壁の補強はもうすぐ終わるか。
戦いくさが近いという緊張感からか、予定よりも思いの外早く進行しています。
ふむ、それでは━━
のぼのぼのぼる～のぼのぼる～♪
ぺタ……ぺタ…………
…………
それでは兵達の練度はどうなっている？
順調ではありますが、もう少し時間が欲しいところです。
今のままでは、朝廷と事を構えるには練度が足りておりません。戦いくさには不安が残るかと。
あしかけ、てをかけのぼのぼる～♪
ガシッ……ぺタ、ぺタ………
帝都の様子はどうなっている。なにか動きはあるか？
はい、そのことですが……
ちょうじょうめざしてさぁゆくぞ～♪
……あ～、シノノン？
お？どうした、おしゅ。
妙な歌を止め、シノノンがこちらを見下ろしてくる。
さっきから、何をしているのだ？
これか？これは、おしゅのぼりだ！
おしゅのぼり……？
そうだ、おしゅのてっぺんをめざしてのぼるあそびだ！
…………また妙な遊びを。
どうした、おしゅ？
いや、滑って落ちないよう気をつけるのだぞ。
おう！
ちょ、ダメだよシノノンちゃん。
お？どうした、キウル。
どうしたじゃなくて……そんなコトしちゃダメだってばっ。
キウルはなにをいってる。てっぺんはまだだぞ！
いえ、ですから、兄上の邪魔をしたりしたら……
ああ、まぁ……別に構わぬよ。ここでは一緒に遊べるような子供が少ないからな。やはり退屈なのだろう。
ですが……
小さな子供のすることだ、好きにさせたらいいさ。
兄上がそう言うのでしたら……
降りてもらうです。兄あにさまも集中できないでしょうから。
いや、別にそんなことは無いが……
ネコネが口元を少し尖らせ横目で訴えてきた。
子供だからこそ、やって良いことと悪いことの区別は、しっかりと教えるべきなのです。
それは……
むぅ、それを言われるとな。
キウル……おりないとだめか？
えっЧそれは……その……できれば降りてほしいかなぁって……
ネコネの顔色をうかがいながら、キウルは弱りきった声で答える。
む～。
そ、そんな顔しないでください……
見ると、本来止めるべきヤクトワルトが、部屋の隅で腹を抱えて笑っていた。
シノノンちゃん、お仕事の邪魔をしてはダメですよ。
そうか、ルルおねぇちゃがいうならしかたないな。
シノノンがルルティエの手を借りて、自分から下りると、パタパタと部屋の隅の方に走っていく。
おねぇちゃ、ただいま！
おかえり～、どうやったぇ？
うむ、とぉちゃんやキウルとは、またちがうあじがあった。
そうやぇ、前からのぼり心地がよさそうやなぁって思てたんよ。
シノノンに変な遊びを吹き込んだのはアトゥイか……
ああ、すまぬ、続けてくれ。
はい、草に探らせていたヤマトの状況についてですが。
……オウギ、まずは笑いをこらえるのをやめて、こちらを向いたらどうだ。
失礼。珍しく面白いものが見られたのでつい……
こいつは……
呆れるようにため息をつき、続きを目で促うながす。
帝都における混乱は、突如現れた偽の聖上によって鎮められた後、徐々に平静を取り戻しつつあるようです。
出てくるな……
は？
いや、なんでもない。続けてくれ。
周辺諸國もやはり今のところ目立った動きは無く、静観の構えを見せています。
どの國も周りの動向を窺うかがっている節があるのです。
何処どこも牽制し合って下手に動けないってことか。こっちにとっては好都合じゃない。
未だ戦いくさの支度が十分でない我々としては助かるが……
このまま何事もなく……とはいかんだろう。
できればこの膠着状態を利用して、もう一手進めておきたい所だが━━
伝令兵
ほ、報告します！朝廷と思しき軍勢が、我が國エンナカムイへ向けて侵攻を開始！
すでに國境くにざかいの関を突破。大軍をもって、まるで砦をひと呑みにするかのように蹂躙されたとのこと！
━━チぃ！想定より早い！
しかし、この状況で動いたのは一体誰だ。何か策があるのか、それとも……
まだしばらくは何処どこも動かないと思ってましたのに、あてが外れてしまいましたね。
むぅ……
もう朝廷軍が……
ですが、朝廷が今の状況で動いてくるとは思えないのです。
続けて報告します！敵軍の旗印はデコポンポのものとのこと！
デコポンポ……あの男か。
脳裏に思慮の無い下卑げびた笑いを浮かべる、丸々と肥えたデコポンポの顔が浮かび上がる。
納得だ。何も考えていない奴だからこそ今の状況を気にもせずに動けたという訳か。
皇女さんを手に入れようと先走ったな。
確かに、あの男なら深く考えることも、周りを気にすることもしないでしょうね。
オウギ、聖上は如何いかがなされている。
まだ万全とは言えぬお躰ですから……お部屋で休んでいただいております。
そうか。オシュトル、このことは聖上には知らせずとも良いと思うが。
……いや、聖上には兵の士気を鼓舞していただく。
まさか、聖上を戦場いくさばに立たせる気か。
これは、避けては通れぬ道だ。聖上は御旗となることを望まれた。
己の元に集いし者達が、その手を汚し、散ってゆく。聖上には、そのすべてを受け止めていただく。
ほぅ……
兄上……？
待て、聖上に背負わせるというのか、想いのすべてを！
過酷すぎる、それを背負うには聖上はまだ……
他の誰にも変わりは出来ぬよ。どれほど辛くとも、聖上は高貴なる者の責務を果たさねばならぬ。
我等に出来ることは、ただ側に寄り添い支えることだけ。
オシュトル……お前は……
にゃぷぷぷぷぷ……素晴らしいにゃも！圧倒的ではないか、我が軍は。
二つ目の関も突破。このまま行けば、そう時も掛からずにエンナカムイを陥せるでありますな。
さすがはこの儂ワシが率いる精鋭にゃもよ。オシュトルなど恐るるに足らんにゃも。まるで赤子を相手にしてるようにゃも。
かような國の関など、デコポンポ様の力を持ってすれば、砂の城を潰すようなものであります。
して我等の動き、他の連中には勘付かれてないにゃもな？
問題ありませぬぞ。我々は来きたる帝都への攻撃に備える為、演習に出てきた事になっているであります。
今度ばかりはライコウも毛ほどにも気付いた様子などなかったのであります！見事鼻を明かしてやったでありますよЦ
拙者等の目論見が叶った時、あのライコウがどんな呆けた顔をするか今から楽しみでありますな！
にゃぷぷぷっ！そうであろう、そうであろう！
どうやらあの玉座で踏ん反り返っている皇女殿下が偽者だと見抜いたのは、この儂ワシだけのようにゃもな。
他の者が気付く前にエンナカムイを攻め落とし、本物の姫殿下を手に入れてやるにゃも。
そうすれば、偽の皇女殿下を奉ってるライコウ如き、ぐうの音も出ないにゃも。
そして、ゆくゆくは儂ワシが新たな……にゃぷぷぷぷ。
野心を燃やすデコポンポが、下品に唇をゆがめて低く笑う。
しかし、かの國は難攻不落と噂されておりますぞ？
フン、誰もあんな貧しい田舎に攻め込まんにゃもね？確かめた者がいないからこそ、そう言われてるだけにゃも。
ましてやオシュトルはヴライと一戦交え、手負いにゃも。その傷はそう簡単には癒えてはいないにゃもよ。そうであろう？
は、はいっ！ですが戦える程には回復しているかと……
なあに、仮面アクルカの力を使わぬ時点で、こけおどしにゃも。
た、確かに！近衛衆を追撃した時、オシュトルめは言葉を弄するばかりで、すぐには戦おうとしなかったであります
以前の悪鬼のような迫力も感じなかったでありますし、やはり相当傷が深いのではないかと。
そういえば、あれからヴライを見かけないでありますな。
ふん、おそらくは返り討ちにあったにゃもよ。口ほどにも無い。憎々しい顔が減って清々するにゃも。
だが、オシュトルを追ったことだけは褒めてやるにゃも。いくらオシュトルとはいえ、あの男とぶつかって無事にはすまないにゃも。
この儂ワシの覇道の礎いしずえになれた事を誇りに、眠っているがいいにゃも。
後は、このような貧弱な國など、この八柱将である儂ワシに掛かれば……にゃぷぷぷぷッ！
まっことでありますな！この兵力差であれば、どんな相手でもひと捻りでありますЦ
デコポンポの高笑いに、ボコイナンテもつられて思わず笑みを漏らす。
しかもだ、儂ワシには切り札があるにゃも。
我が秘蔵のアレは、儂ワシに逆らう者すべてを喰らい尽くしてくれるにゃもよ。
にゃぷぷぷ、儂ワシの前に立ちふさがる塵ゴミ共は、すべて蹴散らしてくれるにゃも！
ま、マズイでおじゃる……マズイでおじゃるよ……
もはや勝利したといわんばかりの高笑いが響く中、マロロが苦悩に満ちた顔でつぶやく。
こ、このままではハク殿と戦うことにっ……
何故なにゆえこの様なことになったでおじゃるか。
思い返してみるが答えは見つからず、ただ徒いたずらに時が過ぎていくだけだった。
何とかしなければいけないでおじゃる。今からでも進軍を止める様に……いや、無理でおじゃろうな。
デコポンポ達に必死に嘆願しても無駄だった事を思い出す。自分の進言など、一蹴するだけで聞こうともしない。
おおう、どうしたマロロよ。何時にも増して震えているようにゃも？
大方、前の蛮族共との戦いの時のように、臆病風に吹かれているのでありましょう！
ふん、頭がいいだけで度胸も何も無いときたにゃも。多少は使えるから連れて来てやっているというにゃもに……
ですが此度の我々の勝利はほぼ確定。学士殿の出番は皆無であります！
まったくにゃも。此度の我等の勇姿を見届けるがいいにゃもよ。
そして光栄に思うにゃも。おみゃあは儂ワシが天へと上り詰める歴史の生き証人となるにゃもね。
そ、そうでおじゃりますな……
再び馬鹿笑いする二人を尻目に、マロロは頭を抱えて屈み込んでしまう。
もういっそのこと、全て投げ出してハク殿の元へ……いや、それはできぬでおじゃる。
今やマロの家とデコポンポ様とは密接に繋がっていて、出奔すれば我が家がどうなるか……
ああ……ハク殿、今どうしているのでおじゃるか？マロはどうしたら良いのでおじゃる。
デコポンポの軍は止まらず。まっすぐこちらを目指して進軍中、とのことです。
地図を指差しながら、キウルが伝令の言葉を伝える。
進路は変わらず、ただまっすぐと……なにか考えがあるとは思えないのです。
確かに強引過ぎるな。ただ進軍してくるだけで、策があるようには見えん。
真っ正面から、潰しにかかるつもりか。己の力によほど自信があるんだな。
ただ、デコポンポの采配師にはマロロが居るはず。あいつがこんな多大な損害を被こうむる愚策をとるとは……
そういえばマロロが言っていたな。采配師としての自分の意見を聞いてもらえない、と。
どうやらあの男、今回もマロロの言葉に耳を貸していないとみえる。
奴の力も価値も知らずに、自分を彩る飾りとしてしか扱わないつもりか。
ああ見えて、マロロの采配師としての才能は侮あなどりがたいものがある。
敵に回せば厄介な相手だというのに……
だが、奴等の失策につき合ってやる義理はない。
そうだな、最善手を尽くさねえ奴に明日は無いってね。情けを掛ければこっちが危ないじゃない。
我等に刃を向けることがいかに高く付くかを知らしめるため、完膚無きまでに潰す必要がある。
これが実質、兵の初陣となる。お前達の育てた精鋭達の戦いくさを、この目で見届けさせてもらう。
はい、兄上。
ああ、期待していいぞ。彼等はこの日の為に歯を食いしばって耐えてきた。その成果、見てやってくれ。
楽しみじゃない。
うむ。では皆の者……
出撃でるぞ。
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突撃にゃも、踏み潰すにゃもッ！
にゃぷぷぷぷぷぷッЦ我が精鋭に恐れをなしたにゃもか！矢一本飛んで来ないにゃも！
これぞ秘策『ひたすら突撃』でありますな！
見事にゃも。さすがは、この儂ワシの精鋭共にゃもよ。
いや、エンナカムイの城門は強固と聞くでおじゃる。内に籠もって守りを固めるのはむしろ当然……
デコポンポ殿、迂闊うかつに城門に近づくのは危険でおじゃる。考え無しの突撃は……
フフン、何を抜かすにゃも。知識だけの学士風情が、真の武人もののふの策に文句をつけるなど片腹痛いにゃも。
そうですぞ。何を言っているのであります。
まあいいにゃも。臆したのなら隅で震えておれ。そして我が武勇を見て真の強さとは何かを知るにゃもよ。
うぅ……
にゃぷぷ……者ども、行け行けぃ！相手が脆弱だからといって、情けなどかけるでないにゃも！
辺境の田舎者共に、儂ワシの華麗な姿をたっぷり見せつけてくれるにゃもЦ
ははっ、仰せのままに……ほれ、デコポンポ様のお通りになる路みちを拓くであります！
使えぬ者は要りませんぞ？どんどん前に出るのであります！
やはり止めるのは無理でおじゃったか……
エンナカムイは確かに堅牢でおじゃるが、籠城が通用するのは外からの援軍に当てがある時だけ。
長引けばエンナカムイに不利……いつまでも籠もってはいられず、いずれ刃を交えねばならぬでおじゃる。
そうなれば数に劣るエンナカムイに勝ち目はないでおじゃる。
エンナカムイ陥落時に、戦いくさをすぐに収束するよう進言するしかないでおじゃるよ。
デコポンポ殿も無益な殺生をするほど、無慈悲な方ではないでおじゃろう。
なるべく、民を傷つけぬようにするでおじゃるよ。
オシュトルさん、クオンさんの残していった閃光弾目くらましを持ってきました。これが最後のひとつだったようです。
そうか。ひとつでも無いよりはましだな。
それと、進めていた城門の作業が終わりました。
なんとか間に合ったか。
伝令
報告します！デコポンポ側に動きありとのこと！
進路そのまま、こちらへまっすぐ進軍してきます！
来たか……
予想通りの報告を受けて立ち上がり、眼下に待機する兵達の様相をうかがう。
ついに戦いくさが始まっちまう……ふ、震えてきやがった。
相手は八柱将……しかも大軍で来てるって聞いたぞ。
嘘だろ……そんなのを相手に戦うのか？
嫌だ……死ぬのは嫌だぁ……
兵の間に不安が広がっている。ろくに覚悟も出来ていないというのに、冷静にいろという方が無理な話か。
だが、このまま座して死を待つわけにいかない。
やるしか……ないのだ。
辺りに太鼓マヌイの音が響きわたる。
やがて静寂が訪れ、兵たちの視線がこちらに集まる。
この大いなる戦いくさに、よくぞ集つどった！勇敢なる精鋭達よ！
貴公等は平和を愛する、心優しき民！
初めての戦いくさを前にして、さぞや不安に感じていることだろう。血で血を洗う戦いに怯えていることだろう！
だが、恥じることはない！某それがしは知っている！
貴公等がこれまで、どれほど苦しくも厳しい訓練に耐えてきたか！
貴公等が力を合わせ、寝る間を惜しみ、どれほどの石垣を積み上げ、砦を強固なものとしたか！
それは強い意志と、勇敢な魂を持つ者にしか、成し遂げられぬことである！
さあ、自らを誇るがいい！エンナカムイの猛き勇者達よ！
これより始まる戦いくさは、この國の存亡を賭けた一戦！
もし敗れることあらば、愛すべき祖國は蹂躙じゅうりんされ、親兄弟は虐殺され、國土は灰燼かいじんに帰すこととなろう！
だが、そうはさせぬ！断じてさせぬ！
今やエンナカムイは、鉄壁の要害ようがいであり、貴公等の闘志は、無双の剣つるぎである！
もはや、どのような敵にも遅れはとらぬ！
これは揺るがぬ確信であり、万人が認める事実である！
それ故に！エンナカムイの民よ！
今！ここに！約束しよう！
圧倒的な勝利をЦ
貴公等の大切な家族を護り！愛すべき國土を護り！
貪欲な侵略者どもを、完膚かんぷ無きまでに叩きのめすことを！
エンナカムイ兵達
『『『オォォォォォォォォЦ』』』
忘れるな、貴公等は、常に聖上の大いなる御心みこころと共にあることを！
我らこそがヤマトの正統なる皇軍このえ！この戦いくさの大義も正義も、全ては我らと共にある！
出陣に先立ち、偉大なる聖上御自おんみずから、おいでになり、貴公等を閲兵えっぺいする！
謹つつしんで、その御言葉を賜たまわるが良いЦ
な、なんだって？
せ、聖上から……Ч
かの天上の君から……お言葉を？
信じられねぇ、俺達のような田舎モンに……まさか……
姫殿下の御出座ごしゅつざであるッ！
『『『おおおおおおッЦ』』』
驚きに包まれる陣内に、ルルティエを伴ったアンジュが現れた。
兵達の視線を一心に集めながら、ゆっくりと歩みを進め、そして不意に立ち止まった。
アンジュさま……？
………………
どうかなさいましたか？お顔の色が優れぬようですが……
い、いや、大丈夫じゃ……心配いらん。
しかし、そう答えたアンジュの顔は青ざめ、肩も小刻みに震えていた。
オシュトル……聞いていないのじゃ……
ここまでとは、余は聞いていないのじゃ……
アンジュはそう聞こえぬ声で呟きながら、ほんの数刻前の事を思い返していた。
つまり、余から兵達に激励の言葉を掛けよ、と言うことじゃな？
はい、これからエンナカムイは、いくつもの戦いくさに身を投じる事となりましょう。
その矢面に立つ兵達を鼓舞する為にお言葉を頂きたいのです。
ふむ……
これは兵達の士気高揚の為に必要な事。
聖上御自ら勇気づけ、大義を説けば、兵達も迷わず戦えましょう。
なるほど、喜んで引き受けるぞ。そのような事、何時いつものことじゃからな。
さすがは聖上、頼もしきお言葉。
ですが、まだ充分とは言えませぬ。もう一つ、そのお心に留めてほしいことがありまする。
む、何じゃ？
これより先は、もはや、平和な宮廷行事のようにはいきませぬ。
聖上は、戦場いくさばに立ち、今まさに殺し合いをせんとする兵達に語りかけるのです。
例えるなら、聖上は一点の曇りなき旗印。兵達の希望にして、心の拠り所。決して恐れを露わにしてはなりませぬ。
弱音を吐く事も、敵から逃げる事も、なにより戦場いくさばで起こる全ての事より目を背けてはなりませぬ。
それがどれほど凄惨な光景になろうとも、決して……
むぅ、余はそんなに臆病にみえるのか？
姫殿下、戦場いくさばに立ったことがお有りか？
ないが……それが何だというのじゃ。
戦場いくさばは恐ろしいものです。想像するのと実際に目の当たりにするのとでは訳が違います。
充分な鍛錬を積んだ兵であろうとも、ふとした拍子に恐怖に駆られ逃げ惑うのですから……
…………
それ故、兵達の心の拠り所にして、御旗みはたたる姫殿下は、目を逸らすことも、逃げだすことも、許されぬのです。
万が一にも、聖上が臆すれば……我等は、即座に瓦解することとなりましょう。
……わ、判ったのじゃ。
任せるが良い！心配などいらん、ちゃんとやってみせるぞ！
し、知らぬ……こんなのは知らぬのじゃ。
我が身に注がれるかつて無い視線に、アンジュは知らぬ間に後ずさる。
今までも、帝都で兵達を激励したことはあったが、此処にいるようなギラついた眼の者達を見たことがなかったのだ。
聖上。
こちらの呼び掛けに、アンジュの肩がビクッと震える。
……オシュトル。
アンジュが青ざめた顔をこちらへ向けた。
言ったはず、目を逸らしてはならないと……決して逃げてはならないと。
兵達に気取られぬよう、小さく囁ささやく。
じゃが……余は……
全てを諦めて屈するのか、それとも戦うか……選ぶのは聖上自身。
それは……
このエンナカムイも、帝都も全てあの偽者に明け渡してしまわれますか？
そしてお父上の眠る墓すらも。
……それだけは、それだけは絶対に嫌じゃ！
アンジュさま……
ルルティエがアンジュを気遣おうと身を乗り出したが、それを制した。
よい……
余は帝、アンジュじゃ。
アンジュは大きくその一歩を踏み出した。
おぉ、あの御方が……
姫殿下が俺達のようなモンの前に……
なんと……なんとお美しいんや……
エンナカムイの愛いとし子達よ！忠実たる精鋭達よЦよくぞ、余の旗の下もとに参じてくれたЦ
今や天下の政道は地に堕ち、帝都は余の名を騙かたる偽者に占拠され、ヤマトは奸臣賊徒かんしんぞくとの跋扈ばっこする地と成り果てた！
余は、ヤマトの正統を継ぐ者として、これを正さねばならぬ！
不忠なる賊徒ぞくとどもは國中を荒らし回り、間もなくこの地にも攻め寄せよう。
そなた等にとっては、まさに青天の霹靂へきれき。余のふるまいは、たかが小娘の我が儘ままに過ぎぬ……そう思う者も、少なくないやもしれぬ。
だが、それでも！どうか余に付いて来て欲しい！
余には其方そなた等の力が必要なのだ！
乱れた世に平和をもたらすため！
賊徒を討ち滅ぼし！帝都を！玉座を！この手に取り戻さねばならぬ！
新たな帝として、このヤマトに秩序と義が満ちるさまを、見届けねばならぬ！
エンナカムイの勇者達よ！どうか、余の鉾ほことなり盾となり、その力を貸して欲しい！
さすれば余は、あらゆる戦場いくさばに赴き、そなた等に、天の加護を授けんЦ
天命は常に、余と共にある！そなた等は数えきれぬ勝利と共に、それを知ることとなるのじゃЦ
『『『ウォォォォォォオЦ』』』
おお、なんと有難きお言葉！
聖上の鉾ほことなり、この身を捧げますぞЦ
我ら醜しこの御楯みたてとなりて、聖上をお守りせん！
全ては聖上の為に！
偉大なる聖上に！輝かしき勝利を捧げん！
余は最後までこの眼で見届けようぞ！
アンジュの言葉に、眼下に集まった兵士達が雄たけびを上げる。
賊徒討滅の詔みことのりは下った！もはや、これ以上の御言葉は無用！後は天が導くこととなろう！
エンナカムイの皇子よ！いかがかЧ
キウルに目配せを送る。それに応えて、キウルは真っ直ぐ前に進み出る。
聖上の詔みことのり、しかと承りました！エンナカムイは一丸となり、その身命を賭して、聖上にお仕えする所存！
さあ、同胞達よ！我らの忠義、今こそお見せする時Ц
義は我等と共にある！
皆みなの者、出陣！
にゃぷぷぷ……あとはあそこさえ破れば、エンナカムイの本丸にゃも。
姫殿下はすぐそこ……儂ワシの立身の始まりも、もうすぐにゃもよ。
デコポンポ様、ここからはどのように攻めるでありますか？
決まっておる。あのような痩せ細った國などに小細工などいらぬにゃも！
蹂躙にゃも！
案ずるな！いかな力を以ても、奴等が門を通ることは叶わぬЦ
そ、そういや……
すっかり忘れてただ。
とはいえ、さすがに数にものを言わせるだけあって激しい攻めですね。
だが、それも徒労に終わろう。
なぁなぁ、オシュトルはん、もう行ってもええ？ウチ、我慢できそうにないぇ。
まだだ、もっと引きつける必要がある。
もう十分やと思うけどなぁ。
勝つだけであればな。だが、我らの士気を高める為、何よりエンナカムイに容易に手を出させぬ為に完勝せねばならぬ。
……兄あにさま、本当にあれをやるのです？
策に変更は無い。
いかに戦力差があろうと地の利は我等にある。まして向こうは我等を弱兵と侮っている。
そこにこそ、付け入る隙がある。
だが、本当にデコポンポは誘いに乗ってくるのか？
来る。常に功を焦る奴は、耐えるという事を知らぬ。時間が経てば、必ず痺れを切らそう。
まして奴は、人一倍自尊心の強い男。そこを逆撫ですれば、頭に血が昇り、周りが見えなくなるだろう。
その時こそ、我等が策の成る時。
なるほど……しかし、今回の策を聞いた時はさすがに驚いたぞ。まさかオシュトルがあんな策を言い出すとはな。
そうですね。近衛大将ともなれば、もう少し上品な戦いをすると思いましたが。
体面に拘って負ければ何もかも失う事になる……幻滅したか？
いや、むしろ面白い。こうなったら思いっきりやるだけだな。
そのように言って貰えると、某それがしも気が楽だ。
そやけど、お楽しみが目の前にあるのに何にもできひんなんて、生殺しやわぁ。
あと少しの辛抱だ。あと少しで、退屈であった事が懐かしく思えてこよう。楽しみに待つといい。
にゅむむむぅ……どうした、何故なぜ未だに門を破れんにゃもЧ
ど、どうやら思いのほか門が堅く、突破しあぐねている様子であります！
手こずっている場合にゃもか！一気にブチ破るのだ、兵を回すにゃもЦ
承知であります！攻城衆、突撃であります！
やったであります！
ふふん、これで……
……なっ、何にゃも、これはЧ
い、岩で門が塞がれているであります！
これでは城内に入れぬではないにゃもかっ！ぐぬぅ、オシュトルめ……
デコポンポ様……あれを！
ぬぅ……？
ふふん……いい眺めじゃない。
それじゃあ、手っ取り早く仕事を済ませるとしますかい。テメェ等、始めるぜッЦ
何にゃも、奴等はぁЧ
攻撃を……仕掛けるようには見えないでありますが……
おいおい、どうしたどうしたァ、それでも攻めてるつもりなのかァЧ
ぬるすぎて欠伸あくびが出ちまうじゃない。
なぁなぁ、デコポンポってのは何処どこにいるんだぁ？何か、それらしいのは見当たらねえけどよ。
バッカおメェ、もしかしてデコポンポがオシュトル様のような方とでも思ってたんか？
無能な七光りって噂うわさされてるアレがよぉ。
な……
何だべさ、その無能な七光りってのはよ。
ああ、何でも親である前の将軍は素晴らしい御方おかただったんだが、その息子はとんでも無いボンクラだってよぉ。
とても親の跡なんて継げねえって言われてたんだが、将軍は息子が後を継ぐことを帝ミカドにお願いしたんだと。
あまりに必死な願いに帝ミカドも哀れに思ったのか、それをお認めになったって話だ。
そんな息子は、それを知んねえで自分の実力と勘違いしちまってるてぇ噂うわさだけどな。
知らぬは本人ばかりなりかぁ。哀れだなやぁ。
偉大だった前将の、唯一にして最大の失態と言われてるくれえだしなぁ。
な……な……
おい、オメー等。死人に鞭打つようなことを言うもんじゃねぇぜ。
例えそれが本当のことであったとしても、いや本当のことだからこそ触れて欲しくないことってのがあるじゃない。
だからよ、そういうのはちゃんと本人に言ってやらねぇとな！
バーカバーカЦ七光りの阿呆ボンボン！
お情けで将軍様にしてもらったと知った気分はどうでい！
本当は恐ろしくて前に出れねぇんだろう？
な……なななな……
悔しかったら、ココまで来てみな！そ～れ、お尻ペンペン、糞喰らえってな！
「「「お尻ペンペン、糞喰らえ～Ц」」」
な、何をしているでおじゃるか、そんなことをしたら……
ぐにゅにゅにゅにゅ……おのれ、おのれぇ、言わせておけばЦ
そぅれ、オマケだ！これも喰らえ！
ぷす～ッ……
ぐ、ぐぬがぁぁぁぁぁЦ
何をしている、奴等を殺すにゃも！引きずり下ろして血祭りに上げるにゃも！
あ、あわわわ……
ぷっ……クッ、クククッ、こ・れ・は・酷い……
それなりに効果があるとは思いましたが、実際に見たらずいぶんと……
何て低俗なのです……
だが、挑発というモノは単純で下劣な方がよく響く。
そして少しでも身に覚えがあれば尚のこと、耳元で鐘を打ち鳴らしたかのように響くことだろう。
とはいえ、少しばかりあちら側が気の毒になってしまいましたよ……おや？
こっちまでおいで、おしりペンペン！
ぺちん、ぺちん……
シ、シノノンЧ
お？
シノノンちゃん、女の子なんですから、マネしたらいけませんよ。
そ、そうだぞ、シノノンはやらなくてもいいのだからなЧ
そうなのか？
良かった……私の役じゃなくて本当に良かった……
さすがにキウルにやらせる訳にはいかないです。立場というものがあるですから。
そ、そうですよねЧさすがにマズイですよね！
ああ……だがな、もし必要とあれば汚れ役を引き受けるのも将としての務めだ。
あ、兄上……？
デコポンポがあの挑発に乗らぬのであれば、某それがし自ら行うのもやぶさかではなかった。
ふっ、敵の総大将が尻を出して挑発するのだ。これ以上の屈辱はあるまい。あの男は烈火のごとく怒り、城壁を駆け上がってこよう。
ふふふ……
………
……どうした？
兄あにさま……ちょっと、よろしいです？
どうした、ネコネ？
とにかく、こっちへ……
急いでくれ。もう間もなくここが戦場いくさばに━━
すぐ済むですから。
わっЧ
な、なんですか、今の音……？
あ、兄上は？
もうすぐ戦いになるので、今のうちに休憩して貰っているのです。
そ、そうなのですか？
そうなのです。次の段階に進んだら、気付薬を飲ませて、すぐに起きて貰うですよ。
はあ……
おやおや、相変わらず仲がよろしい。
なにぃ、あの岩を打ち壊せんにゃもЧそれでは門を抜けられんではないにゃもか！
しかしあれ程の大岩、壊すには無理があるのであります。
そうでおじゃる。このまま岩の前に貼りついて、上より火のついた油でも落とされでもしたら……
うぬぅ、オシュトルめ。小癪こしゃくな……もはや辛抱ならんにゃも！
あれほど儂ワシをコケにしたのだ、ただでは済まさんにゃも……全兵力を以て蹂躙してくれるにゃも！
攻城塔を城門に近づけるにゃもよ！下が駄目なら上から攻め落とすにゃもっЦ
ゆけいぃ！見事、オシュトルの首を取った者には格別の褒賞をくれてやるにゃもЦ
攻城塔が近づいてきます、兄上！
すべては予定通りだ。では最後の策と行こう。ノスリ━━これを。
これは……
クオン殿の置き土産だ。あの時、荷物も持たず出ていってしまったからな。
クオン殿の意に沿わぬかも知れぬが、我等も形振り構っておられぬ。
もしクオン殿が怒いかるなら、その時はまた某それがしがその怒りを受け止めよう。
大丈夫だ、オシュトル。その時は私も一緒に受け止めてやる。
ウチもや。
わ、わたしも。
わたしもなのです。
俺もだな。
仕方ありませんね、何とかいい言い訳を考えておきましょう。
全ては、御心みこころのままに。
兄上……
有難う。皆の想い、受け取った。では宴を始めようか。
威勢がいいから、どれ程のモノかと思ったらこの程度にゃも。所詮しょせん、口だけの強がりということにゃもね。
砦の内に引き籠っているのを見ますと、今になって自分のやったことに震えているのでありましょうな！
いまさら遅いにゃも。儂ワシを馬鹿にしたことを後悔させてくれるにゃも！
お、お、お待ちを━━ここまで無抵抗なのはきっと。
かかったな……貴様のような見栄っ張りのことだ、必ずそうすると信じていたぞ。
あのような大物を持ち出せば、遅い上に動きが読みやすく、格好の的だ。何よりそこに兵の大半が集まる。
ノスリ、それが最後のひとつだ。しくじったら後が無いぞ。
応っЦ
構え！
あれは……？
一人とは何と無謀な。
今更、何をしてももう遅い！このまま蹂躙してくれるЦ
よし……
━━討てィ！
うぎゃああЧ
目がッ、目がぁぁぁぁッЩ
なッ、何がぁ、何が起こったんだあああЧ
おお、のたうち回ってるねぇ。至近距離から閃光弾目くらましを喰らった感想はどうだい。
すごいぞ、おねぇちゃ！
ふふん、私にかかれば、こんなの朝飯前だぞ。
スゴイな、もういちど、あさメシがくえるのか！
そんじゃあ下がるぞシノノン。ここにいたら邪魔になるじゃない。
おぅ！
この先の光景を、シノノンに見せるわけにはいかねえからなぁ……
ハクの旦那が死んじまったせいか、最近の旦那にゃ前のような甘さがなくなったみてえだ。
時折見せるあの酷薄さ。背筋が凍るねぇ……
オシュトルはん、もうええな？もうええな？
ここまで焦らしたせいか、どいつも鉄を溶かさんばかりに気が高ぶってる。
ああ、待たせたなアトゥイ。全軍、抜刀Ц
聖上に仇なす逆賊に鉄槌を！正道を奴等の血で赤く染め上げよЦ
用語辞典の戦闘指南に新たな項目が追加されました

くっ……不覚を取ったか……
あ、兄あにさまぁっЧ

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兄あにさま、頃合いです。
良し、戦太鼓イクサマヌイを鳴らせ！
アトゥイ殿、客人がお帰りとのことだ。土産を差し上げろ。
うひひ、それじゃあ行くぇ～。
そ～いやさ～。
うわぷЧな、何だ、これ……？
この臭い……まさか……
油だァァァァ┻╋┳ッЦ
弓兵衆ペリエライ、前へ！
……放て。
ギャアァァァァァァァァァッЦ
下にいる連中にも油を浴びせかけよЦ
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ。
ひィィィィ、逃げ━━ひぎゃぁぁぁぁぁぁЦ
と、どけぇぇぇぇ、邪魔だぁぁぁぁぁЦ
お、押すな━━ごえァЦ
ひ……
は……はひ……？
何でありますか……これは……
な……なんにゃも……何がおこっておるにゃも……
逃げろぉぉぉぉ！火だ、火が来るぞぉぉぉЦ
退け、退けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッЦ
待て、何処どこへ行くにゃもかЦ
ヒィィィ、ヒアァァァァァァァァァァァァァЦ
にゅぶぶ、逃げるでないにゃも！さっさと反撃に転じるにゃもよЦ
逃亡は許さん、処刑してやるにゃも！聞いておるのかっЧおい、おみゃあ━━
退けぇッЦ
ドカッ！
ぶごッЩ
怯おびえろ、戦おののけ、恐怖の味に溺れ、仲間を踏み潰しながら逃げ回るがいい。
逃げた先は地獄だ。先に逝った仲間達が待っているぞ。
そうだ、自分達には完璧な勝利以外、許されない……
に、逃げっ……
げぇっ……ふ、伏兵っЧ
ぎゃぁぁぁーっЦ
ひぎ…………儂ワシの……儂ワシの軍勢が……
どうなっているでありますか……我々が攻め込んでいたはず。それがどうして……
これが……これがオシュトル殿の本気なのでおじゃるか……
マロはオシュトル殿のことを……何も知らなかったでおじゃる……
おじゃるが……これではただの……ただの……
あ……あぁ…………
こ、これが……こんな一方的な殲滅が、本当に戦いなのでおじゃるか……
あ………ぁ………
目を逸らしてはなりませぬ。
オ、オシュトル……？
彼らは聖上の鉾ほこ、彼らが被る血は聖上の被る血……
民と共にあるとするならば、この光景もまた聖上の功であり罪なのです。
故に、聖上は最後まで見届けねばなりませぬ。
この光景に震えるのなら某それがしが手を貸しましょう。どうか、最後までお見届けを……
オシュトル……
わ、判っておる……余は退かぬ。この光景、全て飲み込んでみせるのじゃ。
…………
兄あにさま……
これが兄あにさまがすべてを託した理由わけなのですか……
これが……
お、おいボコイナンテ、早く何とかするにゃも！
そ、そうは言われましても……あわわ。
そうじゃマロロ！何をしておるか、はやく何とかするにゃもЦこんな時の為に、おみゃあを飼ってやってるにゃもЦ
無理でおじゃるよ……
にゃ、にゃも━━
もはや、ここから立て直すことは無理でおじゃる。
どんな策を講じたところで、すでに兵達の心は千々に乱れているでおじゃる。
何を叫んでも耳には届かず、故に何一つ為すことは出来ないでおじゃるよ。
こ、こ、この役立たずが！おみゃあにどれだけ金をつぎ込んだと思っているにゃも！
ええい、これでは埒があかぬ！撤退にゃも、帝都へと一時引き返すにゃもЦ
りょ、了解であります！反転するであります！下がれ、下がれぇっЦ
デコポンポ殿Чへ、兵たちを見捨てていくでおじゃるかЧ
何を言うにゃも！雑兵たちを気に掛けて、儂ワシが命を落としては意味がないにゃも。
それにこのデコポンポさえ生きていれば、この程度の軍勢などすぐに用意ができるにゃも！
そうであります！デコポンポ様と拙者が生き残ることこそが一番重要なのであります！
そんな……それは一軍の将の言葉にしてはあんまりでおじゃろうЧ
やかましいЦ無能の役立たずが何を吐ぬかすにゃもЦ
そんなにヤツらを助けたいのなら、おみゃあが残って何とかしてやるがいいにゃも。
うぐっЧ
フン、出来ぬくせに偉そうな口をたたきおって。行くにゃも。
役立たずは役立たずなりに、身の程を知るであります。
マロは……マロは……
あやや……敵の大将はん、逃げる気みたいやぇ。
負けたからって、配下を見捨てて逃亡とは。将の風上にも置けない奴だな。
大事の時こそヒトの本性が現れると言いますからね。
だが、このまま逃がす訳にもいかぬ。
雑兵どもは捨てておけ！
某それがし達も下に降りるぞ。
聖上が欲するは八柱将デコポンポの首ただ一つЦ
ななななな、なぬぅЧま、まさか最初から兵を隠し我等を……
デコポンポ様……ど、どうするでありますЧ囲まれてしまったであります。
ええい、退どくにゃも！おみゃあ、儂ワシが誰だかわかっての狼藉にゃもかЧ
判っているとも、逆賊デコポンポ。
お、オシュトル……
これで詰み、だ。
なにを！この鼻持ちならぬ若造めがЦ
なるほど……それが遺言ということで良いのだな。聖上に刃を向けたのだ、最早もはや生かしておけぬ。
しかし、貴様も先帝に仕えし者。せめてもの情け、将としての誇りが残されているならば、自ら腹を割け。
ひぃぃぃぃッЧ
ま、待て！待つにゃも、オシュトルЦ
手を組むにゃも！儂ワシと、おみゃあとで、なЧ
手を組む、だと……？
そうにゃも！儂ワシとオシュトル……おみゃあたちエンナカムイとだ！
そ、それは良い考えでありますな！オシュトル殿の武とデコポンポ様の知略が合わされば、まさに最強であります！
このヒトは……何を言ってるのです？
本物の姫殿下を抱えるおみゃあと、大軍勢を従える儂ワシが組めばこの國は思いのままにゃも！
ライコウなど敵ではない。こんな狭っくるしい小國に引き籠ることも無いにゃも！
ヤマトを好きにできるにゃもよ。悪い話ではないにゃも……？なぁ？
やれやれ、見苦しいねぇ。親父から、武士の散り際は華やかであれと教わらなかったのかい。
そうやなぁ。こんな無粋なん初めて見るぇ。
なぁ、オシュトル……どうにゃも？おみゃあも男なら断る理由なぞ……
こんな……こんなのが誇りある八柱将を……
……それで？話はもう終わりか？聞く価値も無い、時間の無駄だ。
笑止。
な、な、な、なんにゃもЧ
聖上の懐刀である某それがしが、貴様のような輩やからと手を組む？
それは何の冗談だ。
おみゃあっ……
貴様には大切な役割を残してある。見逃すつもりなど毛頭ない。
聖上に刃を向ければ高くつく……それを世に知らしめる為の贄にえとなってもらう。
ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぅぅ…………
一同、構え━━
…………にゃぷっ。
にゃぷぷ……にゃぷぷぷぷぷぷっЦ
なんだ、遂に諦めて開き直ったのか？
ば、ばばばば馬鹿めっ、そんな訳ないにゃも！いままでのはただの時間稼ぎにゃも！
この檻がやって来るまでのなぁ！
ぬ……？
あれが檻だというのか？なんと巨大な……
まったく、最後に我等の元に下る機会を与えてやったにゃもに……
馬鹿な奴等にゃも、つまらぬ意地を張りおってからに。
だがもう遅いにゃも！あの世で後悔するがいい……ボコイナンテ、アレを解き放つにゃも！
了解であります！
アレだと？デコポンポ、なにか隠し種でもあるのか？
さぁ、覚悟するにゃも。これが儂ワシの切り札にゃもよっЦ
グォォォォォォン！
こいつは……ガウンジЧ
……ガウンジかよ。オシュトルの旦那、ちとマズイぜ。
これがあの……この目で見るのは初めてなのです。
知っているのですか？
ああ、ウズールッシャの奥地に生息してる獣さ。
あの通りデカイ図体の上、獰猛かつ凶暴でな。里に下りられた日には、血の跡を残して人っ子一人いなくなるって厄介な奴だ。
あのウズールッシャ皇グンドゥルアも、飼い慣らしてヤマト攻めに使おうとしてたんだが━━
それ以前に捕まえるのすら一苦労で、結局諦めちまったって話じゃない。
そいつを捕まえるとはねぇ……腐っても八柱将って事かい。
すごいなぁ、あれを手懐けるなんて、ちょっと見直したぇ。
びゃぷぷ、かの遠征の後に秘密裏に捕らえておいたにゃも！
まあ、捕まえる際、兵が百人ばかりまるっと消えてしまったにゃもが、そんなのは些細な問題にゃもな。
そんな……
貴様、それを些細で済ますのか！
大いなる犠牲なのでありますЦ
だが、苦労した甲斐はあったにゃも。この牙は全てを貫き、体は傷をつけることさえままならん化け物にゃもり！
それに引き替え……知っているでありますぞ、オシュトル。あのヴライと戦った傷が、まだ完全には癒えてないということを。
そうにゃも！そんな状態で、この儂ワシの切り札を相手に出来ると思うにゃもかЧ
確かに、容易たやすくはない……だが、それだけだ。
生意気にゃり……さぁ行くにゃも！この不届き者共をすべて喰らい尽くしてやるにゃもよЦ
……………
……んん？どうした、早よう襲い掛かるにゃも。
おいどうしたのだ、ボーっとするでないにゃもЦ
ええい、いい加減にするにゃも！さっさとオシュトル共を喰ってしまうにゃもよЦ
な、なんにゃも……う、うわぁぁぁぁЦ
ぐびゃああっЧ
ひ、ひぃぃぃッЧ
儂ワシではないにゃも！喰うのはあっちのオシュトル共だ、離すにゃも！
グルルルルルゥ……
ぐ、ぎゅぶ……やめ、ろぉ……儂ワシじゃないにゃも、儂ワシじゃぁ…………
デコポンポ様……
ボコイナンテ、早くた、助け……
びぎィィィィィィィィィィィィィィィィЦ
ッ━━Ч
グォォォォォォンンЦ
ひぃぃっ！
く、くるなであります！くるなぁっЦ
ぎゃあァァァァァァァァァァァァァァァЦ
あ、あ……あぁ……
見るな、ルルティエ……
おっと、お嬢もだ。目ぇ瞑つむっときな。
は……はい……です……
オ…シュトル……さま？
どうやら、手懐けられていなかったようだ。このような最期とは、ある意味デコポンポらしいか。
あやや、せっかく見直したのになぁ。
幻滅やぇ……
兄上、このままでは……
落ち着け、背を向けると襲いかかられるぞ。
でも、背を向けなくてもあまり代わりはないようですよ。どうやらあの二人では足りなかったみたいですから。
グルルルルルル………
やむを得ん……構えよ！
うひひ、たまにはこんなんの相手も悪くないぇ。
一度、奴を狩ってみたいと思っていた。いくぞオウギ、狩りこそ我等の真骨頂だ！
ええ、いつでも。
やるぞ！
用語辞典の戦闘指南に新たな項目が追加されました
ゴ、グオォォォォォン━━Ц
これでまだ倒れないとは……
丈夫だねぇ。これだけ痛めつけられても、まだまだ元気そうじゃない。
あはははッ、楽しくなるのはここからやぇ。手負いの獣は、これからが面白くなるんよ。
物騒なこと言うな！だが言う通りだ。
このまま長引けば、こちらの被害も小さくはない……
グルルルルル……
……ぬ？
あ……
………………
あれぇ？
逃げ……た？
どうやらヤツは生き残る事を選んだようだな。
そんなぁ、イケズやぇ……
どうする、追うか？
いや、下手に追い詰めれば、それこそ手負いの獣と戦う羽目になる。
アレと戦って勝ったとしても、得るものより失うもののほうが多かろう。
そうだな。今は撃退できただけで良しとするか。
それに気がかりな事がある━━
ř

ٙ
…………
終わった……全てが終わったでおじゃる。何とむなしい……
ただ一人、戦場いくさばに呆然と佇むマロロを見つける。
……マロ。
ひっ……Ч
こちらの声に驚いたマロロは震えながら振り向いた。
お、オシュトル殿……
無事だったか……
いつもの、ハクだった頃のように思わず手を差し伸べようとし、ぐっと堪える。
いや、今の自分はハクではない……ハクではないんだ。以前のように親しく声を掛けるわけにはいかない。
だがそうなると何て……何て声を掛ければいい？
自分はオシュトル……聖上を守りエンナカムイを率いる将。そしてマロの敵……
自分は静かにマロロを見下ろし、感情を込めず呼び掛けた。
マロロよ……忠義に厚いお前が何をしている。投降せよ、そして我等が聖上の御旗へと降れ。
オシュトル……殿？
何よりマロロの才、溺れさせておくには惜おしい。
その手腕、聖上とヤマトの為、存分に奮ってはくれまいか？
頼む、従ってくれ。お前に縄を掛けるような真似はしたくない……
マロロはデコポンポ達のような腐れ果てた輩ではない。それどころかそのなりに似合わず生真面目ですらある。
そんなマロロならば、正しき道を選ぶはずと信じた。しかし……
誰で……おじゃるか？
ぬ？
貴殿は……誰でおじゃる……
……！
マロロの言葉に、思わずネコネが息をのむ。
まさか、正体を見破られたЧ
オシュトル殿は、今のような冷たい言い様を……冷たい瞳をする男ではなかったでおじゃる。
あのような……あのような残酷で恐ろしい策を平然と行うなど、オシュトル殿ではないでおじゃるよ。
そう言ってマロロは、まるで恐ろしいモノを見るかのように後ずさってゆく。
見破られたわけではない、のか？くッ、心の内を悟られないようにと高圧的になりすぎたか……
マロの知っているオシュトル殿は、あのような真似はしなかったでおじゃる。一体、何が……
それは……
教えてほしいでおじゃる。一体……
……黙れ。
……へ？
黙れィЦ
ひぃっЧ
某それがしはオシュトル。右近衛大将オシュトルである。
某それがしは……負けるわけにはいかぬ。決して負けられぬ戦いくさをしているのだ。
勝つ為ならば、地にも這いつくばろう。泥水だろうと啜すすってやろう。
立ち塞がるモノが在れば、幾百、幾千の屍をも築こうぞ。
それが某それがしの、右近衛大将たるオシュトルが果たすべき役目である……違うか？
オ……オシュトル殿……？
兄あにさま……
何が……本当に何があったでおじゃるか……
ハク殿……ハッЧそ、そうでおじゃる、ハク殿に━━、ハク殿……ハク殿は何処どこにいるでおじゃるかЧ
ハク殿なら何が、何があったのか知ってるでおじゃるよ。
ハク、か……ハクは……ハクは。
死んだ……
…………ひょえ？
何を……言ってるでおじゃるか？
嘘でおじゃる……ハク殿が……そんなハズ……無いでおじゃるよ……
嘘では無い。ハクはヴライとの戦いで、死んだのだ。
う、嘘でおじゃる！ハク殿は、そう簡単に死ぬような御仁では無いでおじゃる！
マロ……
そうか、お前は自分を信じてくれるのか……
すまない、それでも……
……帝都を後にする道すがら、ハクは某それがしを追ってきたヴライとの戦いで命を落とした。
仮面の者アクルトゥルカとの戦いに巻き込まれれば、誰であろうと無事にはすまぬ。
そんな……
その言葉に、マロロは立つ力を失ったかのように膝をつく。
……済まぬ。
しかし、オシュトル殿を追ってきたという事はそこには……オシュトル殿もいたのでおじゃるか？
……ああ。
ならばオシュトル殿は……右近衛大将ともあろう者が、友を助けられなかったと……
違うッ！ハクは━━
奴は、オシュトルは━━
………
某それがしを……我等を護ってくれたのだ……
動くことの出来なかった某それがしとヴライの間に割り込み、身を挺して庇かばってくれた。
兄あにさま、その言い方では……
そん……な……
マロロ……
………………
……我等と共に来い。悪い話ではないはずだ、お前にとっても。
ハクの敵を討つ事もいずれ……
ひょ、ほほほ……ほほ…………
マロロ？
友が死んだというのに……オシュトル殿は……まだ戦をするのでおじゃるか。
オシュトル殿にとって……
オシュトル殿にとって……
マロは……
マロはもう……
もう、戦いくさなど……
虚うつろな目をしたマロロは、何やら言葉をもらしながら、ふらふらと歩き去って行く。
何も言えずに、小さくなる背中をただ見つめていた。
ふと、あの日のことが頭に浮かぶ━━
そう、クオンが去って行ったあの日のことが……
それ以上、声をかけることは出来なかった。
兄上……追いますか？
……いや。
今にも駆け出さん様子のキウル達に自分は静かに首を横に振った。
今のマロロには何を言っても聞いてはくれぬだろう。時を待つしかあるまい。
ですが……
戻るぞ、凱旋する。
心配そうに近寄ってきた、ネコネの頭を優しく撫でる。
マロロも……きっと判ってくれるです。
ああ、そうだな……
そうだといいんだがな。
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歓声
ワァァァァァーッЦ
おいおい……大層な歓迎じゃない。
ホローッ！ホロロロッЦ
うふふ、ココポも大喜びみたい……
うはぁ～、今日の宴会はおいしいお酒が飲めそうやねぇ。
オシュトル！
聖上……
目の前に姿を現したアンジュに片膝をついた。
アンジュは涙を滲ませていたが、それを着物の裾でグッとぬぐい取り、こちらを見下ろし厳かに言った。
……大義であった。八柱将を完膚なきまでに打ち砕くとは、余は感じ入ったぞ。
さすがは余のオシュトルなのじゃ。
勿体なきお言葉。
勝利……か。
しかし、今回は敵が我等を侮っていたからこその勝利。
これでエンナカムイには容易に手が出せぬと知らしめることができた。
だが、逆に言えば、次に仕掛けてくる時は本腰を入れてくるという事。
その時は今回のような小手先の策など通用しない。戦力を増強出来なければその時は……
む？どうかしたのか？
いえ……
ならば、良いが。
では、戻ろうではないか。今宵は宴じゃ！
一同
「「おおーっЦ」」
なЧまた━━
何事か！
城門の方より伝令が駆けてきて、オシュトルの前に跪ひざまずいた。
オ、オシュトル様！
ご報告申し上げます。新手の軍勢が城門に迫っております。
なんだ、とっ……
間違いなくヤマトの軍勢です。
オシュトル……
先走ったデコポンポが敗退するのを見越していたとしても、あまりにも早すぎる！
今一度兵を集めよ！城門へ急ぐぞЦ
急ぎ門の上に立ち、彼方を見つめる。
あれか……
報告にあった軍勢は城門には近づかず、少し離れた所に留まっていた。
あの位置では姉上やキウルさんならともかく、並の腕ではまともに矢が届きませんね。
動きは？
ありません。まるで何かを待っているかのように、ずっとあのままです。
………
一体、どういうつもりだ？やはり定石通り、兵糧攻めか？
しかし、天然の城塞であるこのエンナカムイを囲むのに、兵の数はあれで十分なのか？
相手の意図が判らず、じっと見守る中、不意に動きがあった。
軍勢の中から、大きな白旗を掲げた騎兵が供を一騎のみ連れて城門の真下へと駆けてくる。
あ、あれは……
我は左近衛大将ミカヅチ！
オシュトルЦオシュトルは居るかッЦ
Ц
なんじゃと？ミカヅチに相違ないのか？
間違いなくミカヅチ様ですЦ
では、わたし達に合流するために……
うむ、ミカヅチ……サコンとはノッちゃんサッちゃんと呼び合った仲だぞ。
この友の危機に駆け付けてくれたに違いない。
左近衛大将ミカヅチと言えば、目つきは悪いが忠義に厚い男ですから。
ま、本物の皇女を見間違える漢じゃないじゃない。
ウチは一度戦ってみたかったけど、仕方ないぇ。
ミカヅチ様……
兄上！早くミカヅチ様を出迎えに参りましょうЦ
待て……
？
城門外へ通じる隠し通路へと走り出そうとするキウルの腕を掴み、それを引き留めた。
キウルは怪訝な顔でこちらに問い掛ける。
兄上……？
皆はここで待機していてくれ。
は……？
事が済むまで何人なんぴとたりとも城門を通すな。
それは……一体どういう……
付いてく。
主あるじ様だけを行かせるわけには参りません。
いや、お前達も来てはならぬ。これは命令だ。守れぬなら某それがしはもうお前達の主あるじではない。
ネコネ、聖上を……皆を頼む。
あ、兄あにさま！
ネコネの呼び掛けに振り返らず、一人城門の外へと向かった。
ミカヅチ……何時かは…来ると思っていたぞ。
待たせたな、ミカヅチ。
オシュトル。
ミカヅチは、手にした白旗を控えの副官に渡した。しばし、沈黙の時が流れる。
覚えているか、あの日のことを。我等が帝ミカドより近衛の大将を賜たまわりし日のことを……
あの時、帝ミカドは我等に民と、そして姫殿下の守護を御命じになった。
そのお言葉、その願い、この胸に深く刻まれている……
ミカヅチはそう言って、堅く握られた右手の拳を胸に置いた。
それから僅かな沈黙を置いて、ミカヅチはこちらに呼びかけた。
オシュトルよ。
貴様等はここで静かに息を潜めて生きよ。
……ッ。
俺はお隠れになった聖上の命により、民を守らねばならん。
故に帝都に攻め上がる者はすべて打ち滅ぼす。それが何者であってもだ。
声を上げぬなら死んだも同じ。死人に都は攻められぬ。だがもしその声を上げるのならば……
ミカヅチは剣を抜き払い、その剣先をこちらに差し向けた。
俺の為すべきことは言った。
オシュトル、貴様はどうなのだ？その胸に問い掛けよ！
なんや決闘前みたいな雰囲気やぇ。
コイツはちょっとヤバいんじゃない？
……？姫殿下？
姫殿下っЦ
ま、待つのじゃミカヅチ！待つのじゃЦ
むゥ？
聖上？いけませぬ、お戻りを。
ええい、戻らぬ！余にはこの口で言わねばならぬ事があるЦ
通路が隠されている岩陰の裏から飛び出したアンジュの姿を見、ミカヅチは殺気だった先ほどとは打って変わって恭しく跪ひざまずいた。
姫殿下、お久しゅう御座います。
ええい、今更、そのような呆ほうけた挨拶など聞きとうないわ！
どういうつもりじゃ、ミカヅチ！よもや貴様ほどの者が、あの玉座に座っておる偽者を本物だと思っているのではなかろうな！
答えよ、ミカヅチ！
アレは姫殿下の衣を纏まとっております故、遠目や簾すだれ越しにはそれらしく見えましょう。
しかし、日頃より姫殿下のご尊顔を拝謁はいえつしている身なれば、まるで似ても似つかぬ偽者。
我等が家臣団で、あれが姫殿下に見えるという者は、豚ブルタンタの目と交換するべきでしょうな。
ならば、ならば何故、余に剣を向けるЧ
それが、御父上であらせられる帝ミカドの勅命であるが故に。
な……？
聖上は我等近衛にお命じになった。一つは娘を、姫殿下を御護りしろと。
そしてもう一つは、あらゆる災いからヤマトの民を護れ、と。そう直々にお命じになられたのだ。
我が命は聖上に捧げしもの。たとえ聖上がお隠れになられても変わりませぬ。
帝都を、民を守る事こそが我が使命。無辜むこの民の血にてこのヤマトの大地が塗れるなど、未来永劫あってはならぬ事。
民の血が流され得られる物に、如何いかほどの価値があろうか！
うぐ……
幸い、姫殿下にはオシュトルがおります故。
オシュトルであれば姫殿下をいかなる災厄からも守りましょう。
お隠れになった聖上の勅命の一つは必ずや果たされます。
ならば、我は帝都に残り、民を守るという勅命を果たすまで。
故に、もし姫殿下が兵を挙げ、帝都に攻め入るというのであれば、亡き聖上の命により伐たねばなりませぬ。
何卒なにとぞ、そのような無体をなさらぬようお願い申し上げる。
ミカヅチ……其方そなた……
ここで静かに余生を送りなさいませ。
なにとぞ……なにとぞ……
ミカヅチの言葉にアンジュの足元がよろめく。
皇女さん……
アンジュを見つめ、その答えを待った。アンジュは泣きそうな顔で小さく首を横に振った。
……じゃ。
……イヤじゃ。
それは嫌じゃ……余は、余はアンジュ！余はヤマトの皇女！そしてヤマトの次なる帝ミカドじゃЦ
左様、ですか……
ミカヅチはそう呟くように言うと、静かに立ち上がった。
聖上がお隠れになり、このヤマトは二つに割れてしまった。
それが何故か、判っておいでか？
それ……は……
その様子、どうやら姫殿下の未熟と弱さ故に……と学ばれたか。
ぐ……
ならば、今さら帝都に上がったところで、いたずらに混乱を招くことも判っておいでの筈。
それでも……
それでも余がアンジュなのじゃ！
この名は……お父上からいただいた、たった一つだけ残された最後のもの……
この名だけは……絶対に渡さぬ。
それが、そんなに悪いと言うのか！
ヒトは誰しも、護りたいモノがある。
だが、力なくば大抵は奪われ、蹂躙される。それは姫殿下とて例外ではない。
我は為すべき事を為すまで。力ずくでも、この地で隠棲して頂きましょう。
ミカヅチは手にした剣をブンっと振り回し、その剣先をアンジュに向けた。
どうしても……なのか。
聖上、お下がりを。
その剣先からアンジュを隠すよう、ミカヅチの前に立ち塞がる。
オシュトル、まさか貴様と対峙する日が来ようとはな。
ミカヅチ……
聞いてくれ、某それがし達は……
『聞いてくれ』？何時からそんな女々しい台詞を吐くようになった。
くッ……
これが最後だ。今一度、告げる。
貴様らが、この辺境の地で大人しくしていると言うのなら、このまま黙って立ち去ろう。
だが……もし帝都に攻め入ろうとするならば、見過ごすわけにはいかぬ。
ヤマトを乱す逆賊とみなし、この場で断罪する！
ミカ……ヅチ……
…………
オシュトル、死合うぞ。立ち会え。
━━ッЧ
これより先、十全の状態で戦えることなどそうあるまい。戦場いくさばともなれば尚更な。
ならば、ここで決着をつけようぞ。
そうか、ここでオシュトルを人柱にすることで、皇女さんの心を折るつもりか。
そうなれば、互いの兵に無駄な血を流させることなく終わる。
ああは言っても皇女さんを気に掛けているのか。そういや、ネコネの時もそうだったな。
相変わらず不器用なことだ……
さて、代償とするのが自分の命でなければ呑気のんきにしていられたんだが。
……聖上、お下がりを。お召し物が汚れます故。
最早もはや避けられん。やるしかない……
オシュトル、死ぬな。命令じゃぞ！
御心みこころのままに。
それでいい。貴様も下がれ。
はい。
しかし、そうは言ったものの……
自分がミカヅチと戦う……？冗談じゃない、万が一にも勝ち目などあるものか。
いや、それ以前に……剣を合わせれば、アイツは確実に気づいてしまうだろう。自分が本当のオシュトルではないということに。
だが……
ここで退くわけはいかない。
アイツは……オシュトルは、絶対にここで退くような男ではないからだ！
それでいい。
こちらが一歩踏み込んだのを見て、ミカヅチも今にも飛び出さんばかりに姿勢を低くした。しかし……
待って欲しいのです、ミカヅチさま！
ぬ？
ネコネЧ
いつの間に下へ降りてきたのか、ネコネがミカヅチとの間に割って入った。
久しいな、ネコネ。だが今は下がっていろ。話は後でゆっくり聞いてやる。
いえ、どかないのです━━
ム……
兄あにさまは、先だってのヴライとの戦いで負った傷がまだ癒えていないのです。
今はこうして立っているのがやっと……到底、死合いなどできる躰ではないのです。
そんな状態の兄あにさまを斃たおしたところで、本当にミカヅチ様の勝利と言えるですか？
………………
ネコネ、お前……
兄あにさま……？
だが、ここで退くことは出来ない。このエンナカムイにオシュトルとしての在り方を示す必要がある。
ネコネ、これは避けては通れぬ道。
ダメなのです！それでは兄あにさまが……！
ミカヅチには勝てん。どんな小細工を弄したとしてもどうにもならん。
あのヴライに匹敵すると言われる漢に、どうやって勝てと。
だが、せめて一矢報いることが出来れば……
兄あにさまЦ
ネコネ。以前ネコネは、自分の思うように振る舞えばいい…そう言ってくれたな。
それは……でも！
今が、その時だ。
でもっЦ
ネコネ、この後某それがしに何があったとしても、一切の手出しはならぬ。
ミカヅチの軍勢が相手では、こちらには万に一つも勝ち目はあるまい。
その時は、某それがしに代わってミカヅチの命に従うのだ。
降伏しろと、仰るのですか？
判っていよう、ミカヅチは信ずるに足る男。もしもの時は……わかるな。
ですが……Ц
安心するといい、ネコネ。某それがしは……負けぬЦ
あ、兄あにさま……
下がるのだ。
それは……何故貴様がそれを……
まぁいい。些細なことだ。
ミカヅチは剣を構えなおすと、隙を窺うように、ジリジリと間合いを詰めていく。それにあわせて、こちらも構えを変えていく。
フッ、懐かしいな。
俺もお前も、ただの一兵卒だったあの頃は……こうして毎日のように剣の腕を競い合っていたよなァ……
あれから、どれだけの時が過ぎたか……気がつけば、お互いに近衛大将の地位にまで上り詰めていた。
覚えているな、オシュトル？拝命の刻とき、帝ミカドの御前で誓った言葉を。
我等は天と地、光と影。常に対となって、この國を、そこに住まう民を護る━━俺達はそう誓った。
なのに今、俺と貴様は敵味方に分かれ、互いの護るべきものをかけて戦っている……皮肉なものだ。
さァ！貴様の覚悟、見せてもらうぞォ！オシュトルゥッЦ
ミカヅチが地面を蹴り、剣を大きく振り上げ、一撃を放った。
がッЧ
間一髪、それを鉄扇で受けとめる。
ッ……
ぬЧ
しかし、その勢いを完全に殺せず、躰をぐらつかせ後ろへと退いた。
こちらは反撃出来ない。しかし、その好機にミカヅチは唖然とした表情をしたまま、動かなかった。
何……だと？
ミカヅチはそう呻くとヨロヨロと二歩、三歩と後ずさる。
どうした、何故、下がる……
すると、ミカヅチは生気の欠いた表情でこちらに問いかけた。
貴様……貴様は…誰だ？
もはや数えることもできぬほど、幾度も奴と剣を交えた俺が、間違おうはずがない……
貴様のそれは、断じて奴の太刀筋ではない……
貴様ぁ……誰だァッЦ
ミカヅチが剣をなぎ払うように振るう。
ぐぅッЦ
ミカヅチの剣を辛うじて受け止めた。互いの目の前で剣と鉄扇が軋みを上げる。
ミカヅチはその鉄扇を見つめ、ハッと何かに気付いた。
その鉄扇……そうか……そういうことか……
では…ならば貴様は……
……巫山戯ふざけるなァッЦ
ミカヅチは絶叫すると、怒りに任せてデタラメに剣を振り回した。
ぐはッЧ
デタラメとはいえ、相手はミカヅチだ。鉄扇で防ぐには足らず、こちらの躰はずたずたに切り裂かれていく。
ぐッЧがッЦかはッ……
ああッЦ
ど…どうしたのじゃ、オシュトル……何故、やり返さんのじゃ？
や、やはり傷が癒えておらぬせいで……
何故だ！何故貴様が……
何故、貴様がその仮面アクルカを被っているЧ
何故、オシュトルを名乗っているЦ
グッ……
応えろォッЦ
ミカヅチさまッЦ
再度、ネコネが飛び出し、ミカヅチの躰にしがみ付いた。
チッ……退どけィ、小娘！
イヤです、退どかないです！
先ほども言ったように、兄あにさまは怪我をしているのです！どうか剣を引いて下さいです、ミカヅチさま！
兄、だとォ……？貴様もそのような戯れ言をッ！
きゃうッ……
ミカヅチが腕を振り払うとネコネが地面に叩きつけられる。
ッ……だい……邪魔をするな！
ネコネЦ
しかし、ネコネはそれでも立ち上がり、両手を広げてミカヅチの前に立ち塞がった。
く……ッ。
どうしてもと仰るのであれば……このネコネを先に斬るです。
何ィ？
兄あにさまは、まだこの國に…ヤマトに必要な方なのです。
今、兄あにさまを失うわけにはいかないのですッЦ
ぬゥ……
ネコネの顔をじっと見つめ、ミカヅチは怒りに躰を震わせながらも、ゆっくりと剣をおろした。
そうか……そういうことか……
奴は……既に……
……………
ぐッ……
あれから……どうなった……？
自分は……まだ……
……痛ツゥ。
痛いってことは……どうやら、まだ生きてはいるか……
ったく……何だって自分はこんなところで、こんなことしている……
もう……いいか？
皇女さんは元気になった……この國はだいぶ強くなった……
この先はミカヅチに任せて……
『……ハク』
『後は……頼む』
オシュ…トル……
そうか……そうだったな。
そう簡単に……休めんよな……
アイツの頼みとあっては、仕方ないよなあ……
Ч
兄あに…さま……
はッ…あぁッ……
よろめきながらも立ち上がり、震える手で鉄扇を構える。
貴様……
ミカヅチ……某それがしとお前は対なる存在、と言ったな。
いいだろう。お前が帝ミカドの遺した帝都を護ると言うのなら、某それがしは帝ミカドの遺した魂を……聖上をお護りする！
ほざけィ！貴様は━━
黙れェッЦ
……ぬ！
某それがしはオシュトル……それ以外の何者でもない。
そうだ、某それがしはオシュトル。オシュトルなのだ━━
力を……
意志を……
某それがしは受け継いだのだッЦ
グッ！
仮面から無数の何かが放たれ、顔の中に打ち込まれていく。
オ…オオオォ……
オオオォォォ……
━━何ィЧ
『オオオオオオオオオオオォォォォォッЦ』
あ……ぁ……
その……お姿……どうして……
お……おお、何と美しい……あれがオシュトルの……
仮面の者アクルトゥルカ……
莫迦な、仮面アクルカをッЧ
何故だ、何故貴様が……
兄あに……さま……
『オオオオオオオオオオォォォォォォォォォッЦ』
その異形の躰は無意識のうちに跳ね上がり、ミカヅチに襲い掛かる。
どういうことだ！何故仮面アクルカの力を引き出せるЧ
貴様、一体……
仮面アクルカに選ばれし者……ということか。
クククク……
クハハハハハハハハハハハハハハЦ
ミ、ミカヅチ？
我われは鳴神なるかみ也ナリ。仮面アクルカよ。無窮むきゅうなる力以もて、我に雷刃らいじんを鎧よろわせたまえ！
ヌウウウゥゥゥゥゥッЦ
『ナラバ最早もはや言葉ハ、イラヌ。』
オシュトル・ミカヅチ
『アァァァァァァァァァァァァァァァァァァッЦ』
突進した両者が激突し、光が弾ける。
次の瞬間、互いに大きく後ろへと跳び、距離を取った。
ハァ、ハァ、ハァ……
ミカヅチがガクリと膝をつく。
ミカヅチ様Ц
一方、こちらはその場で立っているのが精一杯だ。倒れたら二度と起き上がれないだろう。
兄あにさまッ！
今にも崩れ落ちそうになっていたのを、ネコネが駆け寄って懸命に肩を支える。
勝敗は決した。もう一歩も動けない。
ミカヅチはいつでも首を取ることが出来る。しかし……
そうか、オシュトル……貴様は……
ミカヅチは立ち上がり、こちらをじっと見つめてくる。
ふん、怪我人相手では興ざめというものだ。今日のところは退いてやる。
次に相見まみえる時までに、その傷を癒しておくがいい。それまでその首、預けておくぞ。
その場を立ち去っていくミカヅチだったが、ぴたりと足を止め、背中越しに━━
貴様の意志、しかと受け取った。戦場いくさばで逢おうぞ、オシュトル・・・・・。
ふん、流石さすがはオシュトルよ。あの怪我で、この俺に手傷を負わせようとはな。
全軍、撤収せよ。
か、畏かしこまりましたЦ
勝った……のか？
何だったんだ、あれは。あれが仮面アクルカの力って奴なのか……
あ、あのミカヅチさまに手傷を負わせたって……
わ、我々の勝利だ！
わっと、城門の前に仲間達が走ってくる。キウルに肩を貸され、何とか立ち上がった。
すごいです、兄上Ц
流石さすがはオシュトルだ。私が認めた漢だけのことはある。
なぁなぁ、オシュトルはん。
いや、今ばかりは空気読みねぇって。
ええ～……
お前達……
オシュトル、余よは信じておったぞ……
アンジュを見るが、視界が歪んで、その姿がよく見えない。
オシュトル？
ぐう……
躰中の力が抜け、グラリと躰が傾く。
兄あにさま！
主あるじ様Ц
お、おい！大丈夫か？
オシュトル様！
オシュトル！しっかりするのじゃ、オシュトル！
オシュトルーっЦ
デコポンポとボコイナンテは敗死。ミカヅチはオシュトルを倒せず、兵を退いたか……
全ては、ライコウ様の計画通りに進んでいます。
ガウンジの回収を急がせろ。あれにはまだ使い道がある。
すでに檻へと戻し、調教師が眠らせたとのことです。闇夜を待って、エンナカムイより移送します。
他の者には決して気づかれてはならんぞ。しかし……デコポンポも、つくづく人望の無い奴よ。
配下の蟲使いと調教師どもが、ことごとく、こちらに寝返ったのだからな。
先の賭博船とばくせんの騒ぎで、随分と叱責しっせきされ、不満がたまっていたようです。
日頃の行いが祟たたったということか……
逓信衆
ライコウ様。
それまで部屋の奥に控えていた逓信衆ティリリャライが、ゆらりと顔を上げ、ライコウの前に進み出る。
ミカヅチ様に付き従う逓信衆ティリリャライより、連絡が入りました。
ミカヅチ様が、ライコウ様との対話を望まれているとのこと。いかが計はからいましょう？
今すぐつなげ、我が言葉を一言もらさず伝えよ。
ははっ。
逓信衆ティリリャライを用いた、密室での対話が始まる。
ミカヅチよ、すでに報告は聞いている。
ご苦労だった……
オシュトルを討ち取れず、勝手にエンナカムイより退いたこと、全てはこの俺の失態。
どのような罰も受ける所存。
此度こたびの遠征、エンナカムイ討伐を許可はしたが……それはあくまで名目上のこと、方便に過ぎぬ。
貴様への命は本来、オシュトルの真意を確かめ、独断専行したデコポンポ軍を抑えることだった筈……
オシュトルと戦い、敗走したデコポンポ軍を傘下さんかに収めたのなら、すでに貴様は責務を果たしている。
だが！それでは……
貴様の責は問わぬ……また、挽回の機会も与えぬ。
兄者よ、一度は兵を退いたが、このままにはしておけぬ。いずれ奴は……
決着を急ぐな！
貴様には帝都を守る責務がある。目先の事より今は大局を考えて行動せよ。
それは我が使命として、重々承知している。だが兄者よ……あの男は……
くどいぞ。俺を煩わずらわせるな。兵をまとめ、急ぎ帝都へ戻れ。
逓信衆ティリリャライよ、通話を打ち切れ。話はここまでだ。
逓信衆ティリリャライはライコウの命令を受けて直ちに対話を打ち切ると、部屋の奥へと下がる。
よろしいのですか？
ミカヅチ様は、何か言いたげでしたが。
オシュトルとの再戦を願い出るつもりなのだろう……
だが、今のエンナカムイを力押しで陥おとそうなどとは愚の骨頂こっちょう。
奴は骨の髄まで武士もののふ。故に、好敵手との戦いにこだわる。
目先のことにとらわれていては、まだ一流の武人とは言えぬな。
では、今後の取り次ぎは不要と？
奴に言い分があるのなら、帝都に戻ってから聞けばよい。
これ以上話を続けて、こちらの腹を探られるのは避けねばならんからな。
我等の姫殿下は、奥の院で静養中……政務をこのライコウに一任され、朝廷にはめったにお出ましにならぬ。
お前にはそのように演じてもらった後、元の側仕そばづかえに復帰させた。
朝廷内からは姫殿下の姿はかき消え、正体がばれる恐れもなくなったというわけだ……
だが、このような小細工をミカヅチは内心、面白く思っておらぬだろう。
以前のように、気安く交わるわけには行かぬ。
……そうでした。
ライコウはミカヅチについての言及をやめると、薄く笑みを浮かべて盤上を見つめる。
オシュトルよ、姫殿下の布告をヤマト中に発し、小競り合いにも勝利した。さぞかし得意満面であろうな……
だが、此度こたびの戦いくさで、貴様は二つの過あやまちを犯した。
八柱将の中でも、名門貴族のデコポンポ様を殺害したこと……そして左近衛大将のミカヅチ様と戦ったことですね。
いつの時代も、真実に辿り着ける者は、一握りだ。
愚者は見たいものしか見ず、聞きたいものしか聞かぬもの……
オシュトルよ……此度の戦、ヤマトの皆にはどのように伝わるであろうな……
……エンナカムイに友好的だった諸國も失望し、軽蔑することでしょう。
これでエンナカムイの包囲網は労せずに完成し……奴は孤立を深め、麾下きかの兵もろとも干上がる事になる。
まもなく勝利の高揚から一転し、失意の底へと沈むのですね。
さて、オシュトルよ。
どこまで耐えられるか……抗あらがってみせるか。
せいぜい楽しませて欲しいものだ……
Ģ
Ģ
声
………ロ。
誰かが呼んでいる。
…マロ……
親しみを込めた、心落ち着かせる声。
………マロ……マロ……
忘れるはずはないのに、随分遠く、朧気に響く。
何してんだマロ、そんなとこにいるならこっちに来たらどうだ。
にょほЧ『マロ』と呼んでくれるでおじゃるか！ハク殿は！そ、そうでおじゃるか！
何か困ったことは無いでおじゃるか？もしあれば、遠慮無く言って欲しいでおじゃる。
もし良かったらだが、マロも手伝ってくれないか。
し、し、し、仕方ないでおじゃるな！親友の頼みは断れないでおじゃる！
承知、マロに任せるでおじゃるよ！
ところで、肝心のボロギギリをどうやって誘いだすでおじゃるか？
ぶちかませ。
ほにょ？
あの呪法ってヤツを、全力でボロギギリにぶちかませ。
上手くいけば、アイツだけ釣り上げることが出来る。
マ、マロがでおじゃるか？
他に誰が居るんだ。急げ、グズグズしてたら囮になった連中が喰われる羽目になる。
しししかし、そんなことをしたらマロに向かってくるのではおじゃらぬかЧ
心配するな、その為に自分達がいる。
ハク殿……
そう……そうでおじゃるよ。親友ともを信じずして何を信じるというのでおじゃる。
判ったでおじゃる。やるでおじゃるよ！
今回大活躍できたのはハク殿のおかげでおじゃるよ～。
別に礼を言われるような事はしていないが。
またまた～♪謙虚なお人でお・じゃ・る・な☆
ハク殿はマロの心の友でおじゃるぅ～ん。
名家だったのは昔の話でおじゃるよ。
散財と引き替えに身についた、生きていくには何の役にも立たない技でおじゃる……
そんなことないだろ。
使った金の分、ちゃんとマロの身についているってことだろ？
それならただの散財じゃなくて立派な財産だ。
そんなことを言ってくれたのは、ハク殿だけでおじゃる……
そりゃ大げさだろ。
大げさではないでおじゃる！
マロは今まで、没落貴族の穀潰しとさんざん嘲あざけられてきたのでおじゃる。
一念発起して学士になるまで、マロ自身に財産なんてひとつも無かったのでおじゃる……
マロは……マロは……
うぅ～、ハク殿～っ。
ほら、これで涙を拭け。
あ、かたじけないおじゃる……チーン。
ほら、もう行けって。置いてかれるぞ。
そ、それはわかっているでおじゃるが……
今回の遠征は、海を渡った異國の地。当分の間は戻って来られないとなると、やっぱり寂しいでおじゃるよ～。
何はどうあれ、お前は采配師なんだ。胸を張って行ってこい。
うぅ…わかったでおじゃる。
では、ハク殿……名残惜しいでおじゃるが。
ああ、またな。くれぐれも無茶なことはするなよ。
いくら手柄を立てたところで、死んでしまっては元も子もないからな。
ハ、ハク殿……
帰ったらウコンたちも誘って、また皆みんなで酒でも呑むか。
やっぱりハク殿はマロの心の友でおじゃる～ッЦ
ぬわ、鼻水たらしたまま抱きついてくるなЦ
…………
死んだ……死ん、だ？ハク殿が……オシュトル殿……は……
嘘でおじゃるウソでおじゃろうそんなはずウソに違いないでおじゃる。
ハク殿がハク殿でハクどのにはくドノを……
死ぬはずが死ぬはずが死ぬ筈がしぬはずが。
ハクどのがシンだ筈がナイデおじゃろう……？
……ぅあっЧ
う……ぐぅ……
ジワリとした躰の痛みが、遠くに追いやった意識を手繰り寄せる。
…………雨？冷たい……今のマロにはちょうどいいでおじゃる。
ハク殿……オシュトル殿……マロは、どうすれば…………
我が元に降れ、でおじゃるか。オシュトル殿……オシュトル殿……くぅぅ！
仲間になれ……ハク殿がそれを望んでいる？マロにそれを信じろと……
……無理でおじゃるよ。マロには、そんな資格なんて無いでおじゃる。
何故、マロはそこに居なかったでおじゃるЧオシュトル殿には無理でも、マロならできたかもしれないでおじゃる！
何故、ぇぇうぅぅ、ぐ、ハクど、のぉぉぉ……
うぅぅぅぅ……ぅオオオオォォォォ━━
オオォ……ハクどのぉ……ぐぅっ、ぐす。あぁ……あ、う……
泣き腫らした顔に、強くなってきた雨が容赦なく打ちつけられる。
ハァ……ハァ、ハァ………………
うぅ……
……………
……ハク殿Чあぁ……やっぱり生きていたのでおじゃるか。
そうでおじゃるなぁ。そんな縁起でもない事、ある訳ないでおじゃる。
あ、ああ……やっぱり勘違いだった、オシュトル殿がハク殿を見捨てるわけが……
早く立て……？そうでおじゃるなぁ、このままでは泥だらけになってしまうでおじゃる。
……すまぬでおじゃる。なんだか安心して腰が抜けたでおじゃるよ。
ハク殿……手を貸して欲しいでおじゃる。
……おお、すまないでおじゃる。
すがる様に伸ばした手が、虚空を掴む。
あっ……
は……はは……
はははははは……
ハク殿……何故死んでしまったのでおじゃる？何故オシュトル殿は……
……ハク殿を、助けられなかったでおじゃるか。
右近衛大将まで上りつめた、その力があれば助けることなど……
なぜ……何故でおじゃる……うぅ…………
何故、マロはそこに……いなかったでおじゃるか…………うぅぅ。
もはや立ち上がる気力も無く、雨に打たれるまま男は躰を丸め泣き続ける。
う、うぅ……っぐぅぁぁ……んっぐ、うぅぅぅ。
ゥ━━ォォォォオオっЦ
う、うぐぅぅ……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ━━Ц
絶え間なく続く雨音と嗚咽、その向こうから近づいてくる者があった。
ハク……殿Ч
立ち止まった足音に一縷いちるの望みをかけて尋ねる。
マロロ様、お迎えに上がりました。
マロを……迎えに？
こ、ここは……？
おはよう？
お目覚めですか、主あるじ様。
うっすらと目を空ける。目の前にはすでに見慣れた天井、そして挟むように双子の顔があった。
どうやら、自分の部屋か……気を失う前の記憶が曖昧だが、こうして寝かされているという事は凌ぎ切ったのか？
待ってて。
他の方々に知らせて参りますから、それまでどうか。
双子はそれだけ言うと、こちらの疑問には答えず急ぎ部屋を出て行ってしまう。
城壁の修復を急げーっЦ
しかし外ではまだガシャガシャと兵の走っていく音や怒声が響いており、殺気立っている。
うぉ……！
側の燭台の光が目を差す。思わず手で目を隠そうとするがソレが出来なかった。
ぐっ……まるで筋肉がちぎれ、関節に釘でも刺しているようだ……
だが、痛みを感じるという事は生きている。まだこの身が動くのであれば戦える。
自分の不在は、このエンナカムイに危機を招く。我が身の健在を示し、士気を高めねば……
躰を起こそうとするが、縛られたように動かない。
痛ツゥ！頭が……割れ……何だこの痛みは……
身を捩よじらせ、布団から這い出たところで身動きがとれなくなる。
ぐぐ……
兄あにさま、まだ起きては駄目なのです。
ネコネ……？
ん……んぐぐっ！
いつ部屋に入ってきたのか。ネコネはこちらに駆け寄ると、後ろから抱きかかえるようにして肩を貸してくれる。
だが、悠長に休んでいるわけには……
幸いミカヅチ様は兵を引いてくれましたです。こちらも混乱しているですが、もっと下にいる者達を信じて欲しいのです……
あちらの兵もすでに國境くにざかいを越えて、再び仕掛けてくるにしても、今すぐと言うことはないのです。
そうか……
退けることが出来た……いや見逃してもらったというべきか。
……でも今回は凌いだですけど、こんな事、そう何度も続けてられないのです。
そう呟いたネコネの横顔に不安の色を見る。
やはりオシュトルたる者がこの体たらくではネコネも不安になるか……
ッ……ぅ……
腕に渾身の力を込めて持ち上げると、側に座るネコネの手の上に載せた。
なにも心配するな……と言ってもこの体たらくでは不安にしかならないだろうが。
そう言って苦笑いをする。
兄あにさま……
この戦いくさ、勝ち目はあるのですか？
あるとはいえん……だが、ないわけではない。
それにいかなる結末になろうと……いや我らが求む結果はただ一つだ。最初からな。
こんな無理を続けて？
ネコネは重なった手の上に、そっともう一方の手を重ねる。
今回はミカヅチさまだから見逃して貰えたのです。でも、次はこんな傷では済まないかもです……
そうかもしれぬ。次はもっと、うまくやらねばな……
…………
心配要らぬ。最近、なんとなく判るようになってきたのだ。
えっ？
奴が何を考え……何をなそうとしていたか。
次はもっと……いつかは奴と同じように……
━━ダメなのです！
ネコネ？
………
ネコネはすっと立ち上がった。
どうした、急に。
ネコネの姿を見上げる。すると、ネコネは身をかがめるようにして、布団の縁を持ち上げた。
止める間もなく、華奢な躰がするっと布団の中へ入ってくる。
これは甘えてるのではないのです……
そう言って、ネコネは布団の中で、その身をこちらに押し付けてくる。
兄あにさまが眠るまで、添い寝してあげるです……
ネコネ……
その瞳は……少女らしい恥じらいと不安とを同時に帯びているように見えた。
本当に……どうしたのだ？
判らないのです、もう……
気付かなかったのです。
気付こうともしなかったのです。
兄あにさまが……兄あにさまであるほど……
ハクさんが……いなくなってしまうことに……
なのにわたしは……自分のことばっかりで……
いちばん辛い思いをしているのは……ハクさんなのに……
いいさ、自分で選んだことだ……
もし、兄あにさまが戦いを捨てて遠くに逃げても、わたしは見送るしか出来ないのです……
だから、兄あにさまがここに残ってくれるなら……
わたしの出来ることは、何でも……
そう言ったまま、ただ身を固くしているのが伝わってくる。
『自分に出来ること』を正確には判ってないんだろうな……
小さく息を吐いてから、ネコネの肩にそっと手を回し、抱きよせた。
お前には苦労ばかりかける……
心配要らぬ。ネコネをおいて、勝手にどこかへ行くような真似はせぬよ。
そう答え、手に力を込める。
だから、ネコネはただ某それがしの背を見守っていればいい……
兄あに、さま……
だから、今日は某それがしを温めてくれ。きっと傷にもいいだろう。
はい……
布団の中で、ネコネがよりいっそう躰を近づけてきた。
目を閉じると、背中からじんわりとした温かさと柔らかさが伝わってくる。
ネコネが何か言いかけて、躊躇ためらったのが判った。
……お休みなさい、兄あにさま。
お休み、ネコネ。
؁
それから数日が過ぎた。
躰の痛みも少しはやわらぎ、なんとか起き上がれるようになった。
完治したわけではないが、少しずつ執務を再開し、遅れを取り戻していく……
朝遅く目覚めると、妙に躰が重かった。
ここのところの執務続きのせいか。いや……傷がまだ治っていないせいもあるな。
あれだけ痛めつけられたのだ。本来なら一生立ち上がれなくなっていてもおかしくない。
こうしていられるだけでも儲けものか……
ただ仰向けになっていると、もう見慣れたはずの天井が、旅先の宿のように頼りなく見えた。
昔はよく深酒して寝坊して、クオンにどやされたよな……
自分がハクだった頃、ハクという男がまだ生きていて、皆がその周りに集っていた頃のことだ。
……ウジウジ考えてても仕方がないな。
重い躰に鞭打って、布団から体を起こした。
また着替えずに寝てしまったか……そういえば、仮面アクルカも被ったままだ。
とりあえず服を着替えようとして、違和感に気づいた。
傷が……ない……
ミカヅチと対峙した折、容赦なく体中に刻まれた裂傷や酷い痣が、最初からなかったかのように消えていた。
呆然とする頭の奥で、何かが深く鈍く疼うずいているように感じる。
まるで、何者かが己の力を吸い取っているかのように。
これも仮面アクルカの力なのか……
仮面アクルカの種類やその者の適性によって、『力』の発現に違いがあることは知っている。だが……
オシュトルの仮面アクルカにどんな力があるか、まだ正確に把握できていないということか。
そう考えながら、仮面アクルカに手をやって外そうとする。
む……
外れん。
仮面アクルカはびくともしない。
……顔を洗えないのは地味に困るな。
このっ……くっ……ふんっ……むうぅ……
縁にかけた指に力を込め、一気に引き剥がそうとする。
痛たたたたたたたたたたたたッ！
無理は厳禁。
それ以上は、顔の肉ごと剥がれてしまいます。
声のしたほうを見ると、そこにはウルゥルとサラァナが控えていた。
お前達……
しかしだな……これでは多少不便ではないか？
それは仕様。
恐らく主あるじ様の求めに応じ、力をより効率良く引き出すために仮面アクルカは一体化したのだと思われます。
一体化？いやしかし、ミカヅチやムネチカは、仮面アクルカを外していたではないか？
当然。彼等は仮初めの適合者。
元より、仮面アクルカは大いなる父オンヴィタイカヤンのために作られました。
仮面アクルカが人間の為の……
そうか、元は人間を救う為に研究されていた物。その延長線上の技術だとしたら、十分あり得るか。
だから、それが本来の形。
仮面の者アクルトゥルカと呼ばれし者でも、主あるじ様の三割程度しか『力』を引き出せておりません。
三割……か。
その三割しか引き出せていないミカヅチと互角ですらないとは……
それだけミカヅチは基本となる部分が桁違い。
だとすると、仮面アクルカの力を得てミカヅチと渡り合う為には、自分の顔を失う程度の代償は釣り合っているということか。
まあ、これも当然の報いだな……
呆れてそう自嘲する。
力を使うにつれ仮面アクルカが自己を蝕む。だとしたら、その先にあるものは……
部屋の外から足音が近づいてきて、思考を中断する。
兄あにさま、入ってもよろしいです？
ああ……
兄あにさま、おはようございます。
おはよう、ネコネ。
…………
何故かネコネは、こちらの顔を正面から覗き込むように見つめた。
どうした？某それがしの顔に何かついているか？
……いえ、何も。
いつも通りの兄あにさまです。
そうだ。元より素顔に戻る気などない。
ݖ
オシュトル！オシュトルはおるか？少し話があるのじゃ。
聖上？
しかし、こちらの返事を待たずにガラリと戸が開いた。
おお、やはりここにおったか。
聖上……病から快復されたとはいえ、もう少し休まれていては……
よい、もうすっかり元気じゃ。ほれ、この通り。
アンジュはキウルの心配を跳ね除け、部屋に入ってくるなり、ごろんと前転した。
聖上Ч
まだ、不安か？ならば見ておれ。
するとアンジュは部屋の隅に置かれた腰の高さくらいある大きな壺に抱きついた。それを見て、キウルは悲鳴に近い声を上げる。
いけません！そのような大きな物を抱えられては、お躰にっЦ
ほれ。
しかし、アンジュはそれをよいしょを持ち上げ、頭上に掲げてしまった。
せっ、せいじょぉおーっЦ
アンジュはどうだとばかりに、その姿勢のまま屈伸まで始めてしまう。キウルはあまりの光景にすでに卒倒寸前である。
自分なら間違いなく腰が逝ってたな。
さすが、帝ミカドの後継として兄貴に生み出された存在、普通ではないだろうと思っていたが……
以前、湯呑みを握り潰していたし、なかなかどうして侮れん物があるな。
何はともあれ、アンジュの元気な様子に思わず口元が綻んだ。
どうやら、皇女さんもすっかり元気になったようだ。
聖上、そろそろお戯れをお止め下さい。いま茶と菓子を用意させましょう。
うむ、それは楽し……あいや、今日は遊びに来たわけではないのじゃ。
と申しますと？
すると、アンジュは真剣な表情でこちらに向き直った。
オシュトル、其方そなたに余の頼みを聞いてもらいたいのじゃ。
聖上の望みとあらば何なりと。して、その頼みとは。
うむ、実はな……余は市井の民の暮らしを見てみたいのじゃ。
民の暮らしを？
一体、何の気まぐれだ。
しかし、皇女さんの元気な姿を民に見せることは、皆の信頼を厚くするだろう。決して悪い事ではないか……
判りました。では、すぐに輿こしの用意を致しましょう。
キウル。
はいっ、すぐに手配いたします。
準備の為、キウルが部屋を出ようとすると、アンジュが慌てて呼びとめる。
待て待て、ちがうのじゃ。
は？違う……と申されますと？
帝都から落ち延びてきた余を、この國の民は快く受け入れてくれた。余はそのことに、心から感謝しておる。じゃが……
余はここの民のことを知らぬ。何も知らぬのじゃ。
聖上……
だから、この國の民に報いるには、まず民の生活を知らねばならぬ。
じゃから、輿こしは要らぬ。御供も不要じゃ。この目と手で、直に民の暮らしに触れねば意味がないのじゃ。
アンジュはそこまで言うと、恥じ入るように顔を俯うつむけた。その姿を見て、心中に感嘆の念が湧き上がる。
……そうか、自らの目と肌から、民の、そしてこの國の真の姿を感じたいという事か。
民を統べる者としての自覚と責任が、皇女さんの心に確実に芽生えている。
國を背負って立とうとする意気込みは、我らにとっても心の支えとなり大きな力となるだろう。
見事な御心掛けかと。
そ、そうか？て、照れるのお……
では早速、その支度を……キウル、護衛の人選を。
キウルと共に再度、準備に取り掛かろうと腰を上げる。
だ、駄目なのです！それにはまだ色々と問題が……
今まで隣で黙って聞いていたネコネが引き止めた。
問題？
何が駄目なのじゃ？ただ街を歩いて、家々や店の様子を覗かせて貰うだけじゃと思うが……
姫殿下は帝ミカドの後継者なのです。そんな方が街を歩いていたら、みんな驚いて萎縮してしまうのです……
む……
た、確かに……そうなると聖上に本当の暮らしを見せようとせず、隠してしまうかもしれませんね。
な、なんじゃとЧ
本当の暮らしが判らんのでは、余も何をどう判断すればいいのか判らんではないか。
余はただ、民の暮らしを知りたいと思っているだけなのじゃが……
キウルの言葉にアンジュはガックリくる。
あの、私達が聖上の希望に添えるよう、市井の民の暮らしぶりを調べるのは如何いかがでしょうか？
それでは、紙の上の御伽噺おとぎばなしと変わらぬではないか。
余は自分の目や耳で感じて見たいのじゃ……
確かに、キウルやネコネの言葉は尤もだが、皇女さんの言い分も判る。
実際見聞きし、そして経験した事は書物で知りえる以上の事を、皇女さんに与えてくれるだろう。
とはいえ、その為にはどうすれば……
こっそり見るのも駄目なのか？
お忍びという形で街に出られるとしても、護衛の者は必要になりますし……
護衛の人達に囲まれながら他人ヒトの家を覗いていたら、すごく目立って不審者なのです……
よ、余が不審者じゃとЧ
いえ、隠れて見ているので、そのように見えるというだけで。
余が不審者……
ならば、どこか数カ所に絞り込めばどうだ。
聖上のご希望全てに応えることはできませぬが、民の暮らしだけを見るのではあれば、そう難しくはないかと。
ほ、本当かっЦ
はい、街を歩くのではなく適当な民家へ直接赴き、その生活を体験なさる。というのは如何いかがでありましょう？
おお～。
こちらの提案にアンジュは目を輝かせた。
しかし、聖上が訪問するとなれば、上辺だけを取り繕われる恐れがありますが。
いや、聖上には変装して貰い、その正体を告げずに入らせて貰えば良い。
警備の者達はその家には入らず、家の周囲をそれとなく守る。場合によっては、某それがしが聖上に付いていよう。
それでも正体を明かさず、理由も話さなければ、やはり怪しまれると思いますが。
それにお忍びであれば尚のこと、刺客に襲われないよう、信用のおける人物の家でないと駄目なのです。
やはり誰にも知られず、市井の暮らしを体験するというのは難しいか。
信頼のおける者の家で、家の中に堂々と入る理由があり、警備の者達が周辺にいても不自然ではない……
そのような都合の良い家が簡単に見つかるはず……
あ……
ふと、ある事をひらめく。
身近にあるじゃないか。信頼でき、家に入る理由があり、そして周辺に警備の兵がいてもおかしくない家が。
某それがしに心当たりが。
おお、まことかЧ
ただし、聖上にはかなりの負担を強いる事になるやもしれませぬが━━
構わぬ、余は民の生活を実感したいのじゃ。苦労は買ってでもせねばと言うであろう？少しばかりの不都合など気にはせぬ。
御立派な心がけかと。それでは明日にでも参りましょう。
うむ、期待しておるぞ。
アンジュは満足そうに頷くと、部屋から出て行った。
一方、ネコネとキウルは不安げな顔でこちらを見つめていた。
あ、兄上、本当に大丈夫なのですか？
ああ、大丈夫だ。
兄あにさま……一体、何処どこへ姫殿下を連れて行こうと言うのです？
安心すると良い。ネコネも良く知っている所だ。
わ、わたしも？
ああ、とてもな……
母上……お久しゅう御座います。
久しぶりだなんて……ついこないだ、来たばかりではなくて？
そうでしたか。
ふふふ……オシュトルは今忙しい身だものね。そんな些末な事など、いちいち覚えている余裕はないかしら？
いえ、母上の事を忘れるなどありませぬ。
けれども、そんな忙しい貴方が今日は一体、どうしたの？
はい、母上のお躰が気になりまして。
あらまあ、そんな事の為に？
そんな事ではありませぬ。子が母を心配するのは当然の事。何か不自由な思いをしているのではないかと。
不自由だなんて。近所の方が時折、手伝いに来て下さいますし。
他ならぬ我が家ですもの。目が不自由でも不便に感じたことなんてありませんよ。
ですが、やはり誰か側にいた方が宜しいのでは？
そう言って、自分は後ろの戸の影にいた者に呼び掛けた。
そこの者、ここへ。
すると、奥から面おもてを下げたまま、一人の女官がしずしずと入って来る。
この方は？
しばしの間、この者を母上にお付けしたいと思うのですが。
すると、母はクスリと微笑んだ。
ふふ、そう言うことなのね。
は？
こんなにも気を回すなんて、母の心配以外にも何か理由があるのではないかしら。
全てお見通しですか。
母だもの。息子の考えていることくらい、お見通しよ？
察しがいい。やはり母にはかなわないか。
しかし、それも想定の範囲内。あらかじめ用意した事情を打ち明ける。
実はこの女官、故あって新しく入ったばかりなのです。
ですが、経験もなく、いきなり宮中で働かせるわけにもいかず。
少しばかり経験を積ませたく……
あらあら、やっぱりそういう事だったのね。そういう事なら、喜んで協力させてもらうわね。
ありがとうございます。
うふふ、せっかくの息子の頼みなのですもの。良いですよ、その子はしばらく母が預かりましょう。
母はそう言って、女官に顔を向けた。
お顔はよく判らないのだけれども、なんだか可愛らしい雰囲気の方ね。
お名前は何というのかしら？
女官
は、はいぃっЦ
女官は声を上擦らせて、深々と頭を下げた。
その、新しく宮中に召抱えられた、女官のア、アンなのじゃ……よ、よろしくお願いするぞ。
そう答え、上げた顔はアンジュの物だった。
ほらほら、そこはもう少し丁寧に拭かないと。
こ、こうか？
家の中に招き入れられたアンジュは、まずは部屋の掃除を教わっていた。
駄目よ、アン。ここはこう。
むむむ、目が不自由と聞いていたが、さすがオシュトルの御母堂ごぼどう、あなどれんのじゃ。
確かに目は不自由だっただが、それ以外の感覚は鋭敏のようだ。
そっと撫でるだけで汚れが判るし、気配を察して仕事ぶりも推し量れる。
皇女さんも決して手を抜いているわけではない。しかし慣れない仕事だ。その頑張りに見合った成果が出ているわけではないか。
ほら、早く拭かないと布巾が乾いちゃうわよ？
うむむ、掃除というのは思いの外、重労働なのじゃな……
あらあら、アン。何を言っているのかしら？
仕事は他にもあるのだから、掃除くらいさっと終わらせないと日が暮れちゃうわ。
何、これ以外にも仕事があるのかЧ市井の生活とは、それ程までに時間に追われるものなのか……
ええ、お掃除の次は水を汲んできて、夕餉ゆうげの準備を始めないと。
夕餉ゆうげЧ日はまだあんなにも高いのにかЧ
水を汲んで食材を下ごしらえして、それから柔らかくなるまでじっくり煮炊きしたら、出来上がる頃にはもう夕刻だもの。
それにアンはこうした事には慣れていないみたいだから、もっと時間が掛かるんじゃないかしら。
もしかしたら、今日はご飯が食べられないかも？
そ、そんなぁ～。
アンジュはペタンとへたり込む。するとその肩に母は優しく手を置いて言った。
ふふふ、頑張って。一段落着いたら、美味しいおやつが待ってるから。
おお、まことかっЧ
その言葉に、アンジュが嬉しそうな声を上げた。
庭先に成っている実はなんじゃ？あれは美味うまそうじゃのう。
あらあら、食いしん坊さんね。あれはまだ熟し切れてないから、今食べても渋いだけよ。
それは残念じゃ。
しかし、おやつは楽しみなのじゃ。水を汲んでくれば良いのじゃな！
井戸水を汲んで帰ってくると、次の仕事は夕餉ゆうげの支度だった。
皮はもう剥けたかしら？
む、くぅ……皮剥きというのは、こんなにも難しいものじゃったか。
あらあら、仕方がないわね。ほら、これは……
母はアンジュの手元から野菜を取ると、するすると鮮やかな手付きで皮を剥いていく。
おお、なんと見事な！御母堂ごぼどうは目が不自由ではなかったのかЧ
すでに手が覚えているから、見えなくても判るのよ。
アンもこれくらい出来るようにならないと、お嫁さんになるのはむずかしいかしら？
なっ！それはまことかЧ
そうねぇ、殿方を射止めるには胃袋を捕まえるのが一番なんだから。
むぅ……
アンジュは包丁を手に野菜を睨む。それを見て、母は小さく笑みを浮かべた。
駄目よ、そんなに力を入れたりしたら。ほら、野菜はこうして……
母はアンジュを背中から抱きよせるように優しく手を取り、ゆっくりと包丁の動かし方を実演する。
大事なのは真心を込めること。丁寧に、丁寧に。手早く済ますのは慣れてからでも構わないわ。
成程なのじゃ……
見よう見まねで、アンジュはゆっくりと包丁を動かす。それを見て母はその笑みを深めた。
ふふふ、初めてなのに筋が良いわね。息子のお嫁さんになってくれないかしら。
む、息子Чそ、そそそそそれはオシュトルの事かЦい、いや、じゃがしかし余、いやワタシは……
もしかしたら、他に誰か好きな方でもいるの？だったら、残念だわ。
う、ううううぅ……
どうやら、こちらが口を出す必要はなさそうだ。
庭を散策する振りをしながら、アンジュの様子を窺うかがい、安堵の息を吐く。
台所に立つ二人の姿は、傍はたから見ても母に孝行する娘そのものだ。
この光景を見て、彼女がヤマトの皇女だと気付く者がどれほど居るだろうか。
民の生活を知りたい、か。
同じ言葉でも、帝都に居た頃とは重みが違う。皇女さんも成長している、そのことが喜ばしい。
民を慮おもんばかるその心。仕えがいがあるというものだ。
物思いに耽っていたその時、不意に何かが割れる音が耳を打つ。
お、オシュトルっЧ
っЦ
そのアンジュの叫びは悲痛に満ちた物だ。何か失敗して叫んだのではない。
考える暇はない。素早く意識を切り替え、声のした方へと駆け込んだ。
如何いかがなされたЦ
余、いやワタシは大丈夫なのじゃ。じゃが……
Ц
視界に入ったのは倒れた母の姿だった。その隣でアンジュは真っ青になって、母の手を握っていた。
一体、何が……
わ、判らんのじゃ。その突然、御母堂ごぼどうが倒れて……
慌てるアンジュを落ち着かせ、母の側に腰を落とす。
母上。
オシュトル……
母はオシュトルの方に僅かに顔を傾けた。
怪我はないようだ。意識もある。
母上、如何いかがなされた。
ごめんなさいね。大丈夫よ、ちょっと立ちくらみしただけだから。
立ちくらみ、ですか？
ええ……
母はそう言って、力なく頷いた。
久し振りにネコネと━━娘と家事をしているみたいで、年甲斐もなくはしゃぎすぎてしまったみたい。
今日はもうお休みになられた方が宜しいでしょう。布団を敷きます故、暫しお待ち下さい。
そう言って自分は立ち上がり、押し入れに向かおうとする。するとアンジュはこちらの腕を掴んでくる。
オシュトル！
聖……いえ、アン殿？
余、いやワタシは何をすれば良いのじゃ？
アンジュは涙を溜めた瞳でじっとこちらを見つめていた。心配で居ても立ってもいられないのだろう。
母上の事は某それがしがします故、アン殿は……
だめじゃ！
アンジュは真剣な面持ちでこちらに詰め寄った。
い、いまは余、いやワタシがオシュトルの御母堂ごぼどうの世話役じゃ！ワタシがやらねば意味がないЦ
じゃから、何でもワタシに命じてくれ！全て許すЦ
………
そのアンジュの眼差しに何の迷いもない。
皇女さん……
わかりました。では、アン殿は井戸で冷たい水を汲んできて貰いたい。
水じゃな、すぐに汲んでくるのじゃЦ
アンジュは元気に返事をすると、井戸の方へ走って行った。
そのアンジュの声に、母は小さく微笑んだ。
ふふふ、可愛らしい方ね。
母を静かに布団の上に寝かせると、オシュトルは頭を下げた。
済みませぬ。こちらのお願いが、逆に負担を掛けてしまいました。
貴方もネコネも忙しくて、やっぱり寂しかったのね……
申し訳御座いませぬ。これからはもう少し、家に戻ります故……
良いのよ、貴方は貴方のお役目を果たさないと。
……本当に、大丈夫なのじゃな？
ええ、もう楽になったから大丈夫。
そう言って、母はアンジュの頭を撫でた。
ともかく、今は安静に。家の事は某それがし達が引き受けます故。
そうは行かないわ。家を守るのは母の務めだもの……
母は布団から身を起こそうとするが、躰がまだふらついている。それを見たアンジュは決意の篭った瞳で顔を上げた。
其方そなたは寝ておれ。あとの事は、余━━ではなく、ワタシとオシュトルでなんとかするのじゃ。
だけど……
ワタシを娘、と言うたじゃろう？ならば、しっかりと孝行せねばな。
まずは夕餉ゆうげの支度じゃ！
初めは一日だけの予定であったが、次の日も、その次の日もアンジュは母の元へ通った。
洗濯というのは、思った以上に疲れるのじゃ……
のうオシュトル、釜の掃除というのはどうすればいいのじゃ？
あぅ、指切った……
時に助言を受け、失敗を繰り返し、それでも懸命に家事をこなしていく。
そうして、日々はまたたく間に過ぎていった。
ほれ、ワタシの作ったお吸物じゃぞ？
アンジュが汁の入った椀を差し出す。それを受け取った母は感嘆の声をこぼした。
あらまあ、この数日で、すっかり家事が板についたのね。
当然じゃ。ワタシにかかればこの程度、どうってことないのじゃ！
して、母上、御体の具合は如何いかがですか？
ええ、もうすっかり平気。アンには助けられてしまったわね。
気にする事無いのじゃ、これもワタシの務め。それで今日は後、何をすれば良いのじゃ？掃除も洗濯も終わっておるし……
すると、母はそっとお吸物の椀を置いて、アンジュに静かに語りかけた。
いいえ、アン。今日の貴方のお仕事はもう無いわ。そして明日も……
な、なに？ワ、ワタシは何かしくじったのか？何が良くなかったのじゃ？言うてくれ！今からやり直す……
いいえ、アンは料理も掃除も洗濯もとても上手よ。だから、もう貴方がこの家でする仕事はないの。
え……？
アン……貴方はここには修行で来られたのでしょう？そろそろ、宮中のお仕事に戻った方がいいのではないかしら。
アンには、もっと多くの人の為にしなければいけない大事な仕事があるのでしょう？
し、しかし……
私はもう大丈夫。
母は慈愛に満ちた目でアンジュを見つめた。ただ娘の巣立ちを喜ぶだけではない、何かもっと大きな……
まさか……
母上はもしかして既に皇女さんのことを……
忘れ物はない？
その、御母堂ごぼどうを休ませてやることはあまり出来なかったようじゃ。色々と迷惑をかけた……
いいえ、久し振りに我が家が賑やかで楽しかったわ。
母はそう言って包みをアンジュに差し出した。
……これはなんじゃ？
アンが一生懸命頑張ってくれたから、きっとご褒美に熟してくれたのね。
よかったら食べてちょうだい。庭の子達も喜ぶわ。
御母堂ごぼどう……
短い間だったけれども楽しかったわ。またいつでもいらしてね。
……うむ、またの！
アンジュは包みを受け取るとそのまま踵を返した。
それでは母上、また近いうちに……
ええ、オシュトルも元気で。
先に行ったアンジュの後を追う。後ろでは母が今も手を振っていた。
良い人じゃったの……
ええ、自慢の母です。
アンジュの声が掠れていることに気づく。
しかし、自分は何も気づかなかったように、アンジュの後ろ姿だけを見つめた。
…………
不意に、アンジュが土産の入った包みを開く。そしてその中の一つに、ガブリと齧り付いた。
美味いのう……本当に……美味い……
それはよう御座いました。
うむ……とても……良い、良い事じゃ……
クシュリと鼻をすする音が聞こえた。
いつかまた、御母堂ごぼどうにお吸物を作ってやりたいものじゃ。
それまで元気でいるのじゃぞ。
ߖ
してやられた……
頭を抱えて文机ふづくえに突っ伏した。
『エンナカムイの惨劇』など、無責任な噂だと……すぐに収まるものだと思っていた。
勝利に浮かれ、慢心していたせいもあって、対処が遅れた。
それが全てライコウの策であり、組織的に行われていると気づいた時には、全てが手遅れだった……。
ライコウめ……あの戦いを、最初から利用する気でいたのか……
うらめしく地図をにらむが、孤立したエンナカムイを救う術は見つからない。
ライコウが仕掛けていたのは、組織的な情報戦とも言えるものだった……。
多くの草や間者を動員して、周辺諸國にエンナカムイの非道を喧伝けんでんすることに成功していた。
そのせいで、デコポンポとの戦いは、血まみれの惨劇としてヤマト中に広まり……エンナカムイの信用は地に落ちた。
オシュトルの名誉も失われ、アンジュの布告すら有名無実化。
機が熟するのに合わせてライコウは、帝ミカドアンジュの名代みょうだいとして現れ、エンナカムイの蛮行を非難。
周辺諸國に、エンナカムイへの制裁を……國交の断絶と経済封鎖を要請した。
その結果、数多くの國が制裁に参加。エンナカムイは孤立を深め、経済封鎖されて、じりじりと締め上げられつつある……。
皇女さんは、気にしなくてもいいと言っていたが……
事の次第はすでに軍議で報告したが、アンジュはいたって快活で、皆の動揺も少なかった。
これはかなり、取り返しのつかない失敗だ。
だが、あの時は他に手が無かった……
デコポンポの侵攻は受けて立つしかなかった。
ミカヅチとの一騎打ちも避けられなかった。
選択の余地など端はなからなく、戦う前から勝敗は決していたってことか。
完全に某それがしの負けだ……
思わず声になって漏れ出る。
つまり自分は、ライコウの掌の上で踊る駒に過ぎなかったということか……
自みずから兵を起こすことなく、武を示すこともせず、ただ令を発するだけで。
これが……聖賢のライコウか。
この戦いくさ、ライコウ相手に勝つことが出来るのか……
……これ以上考えていても始まらぬか。
終わってしまったことを何時まで考えていても仕方がない。
積み上げられた書類に目を通し、必要なら署名していく。
判っていたことではあるが……なかなか厳しいな。
今のところ、エンナカムイの防衛には成功しているが……
軍備増強の為、かなりの蓄えを使ってしまった。兵への褒賞や見舞金も、結構な額になる。
敵襲に備え、多数の兵を動員し続けると、食い扶持だって馬鹿にならない。
本来なら朝廷軍に勝利したことで、周辺諸國の支援を得るつもりだったが……ライコウのせいで、それも駄目になった。
なんとか信頼を回復し、諸國の協力を取り付けたいところだが……すぐには無理だな。
地道に勝利を重ねながら、交渉を続けていくしかないか……
兄あにさま。少しよろしいですか？
ネコネか、どうした？
失礼するのです。
どうした、そんな顔をして。
兄あにさまに、お目通りしたいという方々がいらしているのです。
ああ、そういえば近衛衆の定例報告がまだだったな。悪いが、少し待つよう伝えてくれ。
いえ、そちらはキウルが対応してくれたのです。
そうなのか。では、某それがしに会いたい者とは？
それが……
トゥスクルよりの使者、だということです。
トゥスクルだと？
脳裏にクオンの顔が浮かぶ。彼女に縁深い國であり、以前、ヤマトが侵攻した國でもある。
こんな辺境にまで使者を送ってくるとは……
兄あにさま、どうするですか？
……考えても埒らちがあかんか。とにかく会ってみよう。
わかりましたです。
ネコネを伴って謁見の間に入ると、まだ相貌そうぼうに幼さを残した二人の少年が座していた。
双子……？
ん？どこかで遭ったような……いや気のせいか……
貴公等が、トゥスクルの使者か。遠路の足労まことに痛み入る。
はい。お会いできて光栄に存じます。右近衛大将オシュトル殿。
その御勇名、祖國トゥスクルにも轟いております。
そう言い、双子の使者は深々と頭を垂れた。
御勇名、か……
オシュトルは参加していないとはいえ、つい先だってヤマトとトゥスクルは矛を交えたばかりだというのに……
しかし、解せませぬな。遠くトゥスクルの地から、このような辺境の小國まで直々に使者を送られるとは……
よほどの故あってのことと思われるが、いかがか？
少し冗談めかした口ぶりで問うと、使者の一人が平然と答えた。
私共は使者としてこちらに赴いた身、ただ用件のみお知らせする儀を以て、二心なきことを明かしたく存じます。
ご無礼の段、どうかお赦しいただきたく存じます。
余計な尻尾は掴ませない、というわけか。
━━用件を、お聞かせ願おう。
有難うございます。
では、まずこちらを。
頭を下げ、双子の片割れが書簡をこちらに差し出してくる。
拝見する。
紐解いて内容を確認すると、そこには意外な文面が綴られていた。
この目録は……
穀物、燻製、果物や野菜、酒もある。しかも、どれも尋常な数ではない。小さな國なら半年分の食料に相当するだろう……
そして……大軍を率いるなら、数ヶ月は食わせられる量だ。
ネコネ。
はい。
書簡を手渡すと、ネコネもわずかに眉を上げる。
これは一体……
トゥスクルは、それらの物資を順次、貴國へ進呈する用意があります。
それは、このエンナカムイを援助する……と？
………
言質げんちを取られたくないのだろう。ただ穏やかな微笑のみを以て答える。
む……
兄あにさま。
ああ……
一体、何が狙いだ？
トゥスクルは、こちらの窮状きゅうじょうを把握しているということか？
ここまでするからには、必ず何らかの見返りを考えているはず……
エンナカムイの領土をよこせということか？それなら、直接攻めた方が手っ取り早い……
物資の援助という、まわりくどい方法をどうして……
いかがなされましたか？
いや、失礼した。
それを直接この二人に聞いても、答えが返ってくるはずはないな。
少し鎌カマをかけてみるか……
折角のお心遣いに、某それがしは猜疑さいぎが過ぎるようだ。例えば……
弱い側に肩入れして、双方潰し合わせるのは兵法の基本、などとくだらぬ思いを巡らしてしまう。
反応を引き出す為に、使者の瞳を見据えたまましばし沈黙する。
私共はそのような事を論ずる立場にありません。
どうかご容赦ください。
さすがはトゥスクルの特使だな。慇懃いんぎんで毅然とした微笑、よく訓練されている。
……いや、待てよ？
使者の態度はある意味その國の意志そのものだ。何らかの確信があるからこそ、この二人の態度が揺らがないのだとしたら。
つまりこの二人……いや、トゥスクルは、こっちの皇女さんを本物だと確信しているとしたら……
もしそうなら、この行為も理解できる。
やはり……こちらの事情をかなり正確に知っているのだろう。
もしかしてクオンが……上層と通じているのか？
だが、これだけの物資を融通できるほどのコネとなると、それはもう……
こちらが沈思黙考する間、二人の使者は身じろぎ一つしなかった。
ここで考えていても始まらないな……
使者殿。
如何いかがでしょう？
右近衛大将オシュトルの名において、貴國の心遣い慎んでお受けしたい。そうお伝え願えるか？
右近衛大将オシュトル殿のお言葉、確かに承りました。
二人、深々と礼をする。
ただ……左様なことであれば、こちらからも是非に礼をさせていただきたい。
この件において、私共は返礼を承る権限を持っておりません。
だが、それでは。
すべて、我が主あるじの命めい。
どうかご賢察のほどを。
……そう来たか。
あいかわらず涼しげな笑みを浮かべた使者達の相貌そうぼうからは、何の思いも読み取れない。
どうするですか、兄あにさま？何らかの罠である可能性が高いと思うのです。
そう……だな。
だが、仮に罠だとして━━
我等を陥おとしいれて、それがどう彼らの利益になるというのか？
それに正直、今、援助は喉から手が出るくらい欲しい。
例え何かの罠だとして、受け入れるのも一つの手ではある……
それで状況が変わるのなら、やってみる価値はあるかもしれない。
使者殿。親書を。
こちらにございます。
受け取った親書に、申し出を受けるという旨をしたため、最後に右近衛大将の印を捺す。
確かに━━
双子は親書を懐に仕舞うと、もう一度深々と頭を垂れた。
ところで……お二方、長旅で疲れていよう。ささやかではあるが、歓待の宴を用意させてもらった。
どうぞ、ゆっくりお休みしてほしいのです。
いえ、どうかおかまいなく。
すぐにこちらを立ち、明日の朝にはトゥスクル行きの船に乗る予定ですので。
ですが、夜の山越えは危険なのです。
お心遣いありがとうございます。ですが御心配には及びません。
山道には慣れておりますから。
……さて。
数々の疑問を振り解くように、貯めていた息を吐き出す。
兄あにさま。彼らの狙いは一体……
そうだな、考えられることが多すぎる。
…………
心配いらぬよ。それが何であっても某それがしが何とかしよう。だからネコネ、知恵を貸してもらえるか？
……はいです。
賽は投げられた。これで状況は変わる。はたして吉と出るか、それとも……
ٰ
ٰ
ある日、幾つかの仕事をネコネ達と共に片付けている時のことだった。
オシュトルさま、いらっしゃいますか？
ん……ルルティエ殿か。何か？
書簡を幾つか、お預かりして来ました。お邪魔してもよろしいですか？
その声に、思わずネコネと顔を見合わせてしまった。
ルルティエが、荷物運び？そんな雑用まで手伝ってくれているのか。
あ……お邪魔でしたら、部屋の前に置いておきます。
あ、いや、構わない。入ってくれ。
はい、では失礼します。
彼女は何本もの巻物を、危なっかしい様子で胸に抱きかかえていた。持てる限りの量を運んできたようだ。
無理をしているようには見えなかった。むしろ張り切っているような印象すら受ける。
ご報告やお願いの類たぐいだそうです。皆みなさんお忙しそうなので、代わりに持ってきました。
そういうことならば。
傍かたわらに控えていたウルゥルとサラァナに、軽く視線を向ける。二人は頷くと立ち上がり、ルルティエに近付いた。
あずかる。
では、こちらで預かります。
はい、お願いします。
ルルティエから受け取った書簡の束を、ウルゥルとサラァナは一旦ネコネの卓へと運ぶ。
緊急の物でなければ、まずネコネが内容によって優先順位をつけるなど、整理してくれるからだ。
……これとこれは、後でわたしがまとめるです。これはこのまま兄あにさまに。
それでは、わたしはこれで。
ネコネがてきぱきと仕分け始めたところで、自分の役目は終わったとばかりに、ルルティエが立ち去ろうとする。
ああ。このような雑務まで、すまなかった。
いいえ。ちょうど手も空いていましたし、わたしがやりたかっただけですから。
ちょっとした雑用とはいえ役目を果たせて安心したのか、ルルティエの顔には笑みが浮かんでいた。
そこに、書簡を整理していたネコネが首を傾げる。
……キウル宛の書簡だったです。
え？
見ればネコネは、一度開いた書簡をまた巻き直していた。
何かの手違いで混ざってたみたいなのです。
え……あ、ごめんなさい。もしかして一緒にしてしまったのかもしれません。
申し訳なさそうに頭を下げたルルティエに、ネコネはフルフルと首を振る。
いえ、ルルティエさまに言ったわけではないのです。
キウルに相談することもありますし、これは後で届けておくです。
それならば良いのですけれど……大切な文ふみだったらどうしようかと。
文ふみか……ん？
そういえばルルティエ殿。ここへ来てから、御家族には知らせたのか？
……え？
あ、いえ……そう言われてみれば、すっかり……
やはりそうか。これまではこのような話をする余裕も無かったのだ、無理もない。
そう言っていただけると……
とはいえ、何かしら連絡を入れていたのかと思っていたが。これは少しマズイかもしれんな。
……そうだ、ちょうどオーゼン殿に使いを出すところだ。ルルティエ殿も何か書いてはどうか。
自分の申し出に、ルルティエは全く虚を突かれた様子で、目をぱちくりさせた。
……宜しいのですか？
ついでのことだ、遠慮は要らぬよ。
ご家族も心配されているだろう。安心させてはどうか。
そう……ですね。
せっかくだ。他に急ぎの用がなければ、ここで書いて行くといい。
ルルティエの答えを待たず、控えていたウルゥルとサラァナに新しい書簡と筆、それに席を用意させる。
ここ。
用意が出来ました。
あ……えっと、はい。
まだどこか遠慮がちにしていたルルティエだが、すぐに微笑み頷いた。
それでは、お言葉に甘えて。
う、ん……
こちらが幾つかの書簡に目を通している横で、ルルティエの筆先は宙を彷徨さまよっていた。
んー……
もう書き終えた、にしては様子がおかしいな。
自分の仕事が一段落付いたところで、手にした筆を止めたまま考え込んでいる彼女に声をかけてみる。
どうなされた？
あ……いえ。
はにかんだような表情を浮かべたルルティエは、どちらかといえば楽しんでいる様子だった。
書いてはみたんですが、これで良いのか少し迷ってしまって。
と、いうと？
わたし自身は怪我も病気もせず、元気であること。
皆みなさんとても親切で、アンジュさまにも大変良くしてもらっていること。
そこまでは書いたのですけれど、その……これでお父さまが安心してくださるかどうか、と。
そうだな……
ならば、某それがしも一筆書くとしよう。
えっ、オシュトルさまも？
意外そうなルルティエに向かい、頷いてみせる。
ルルティエ殿をこのような事態に巻き込んでしまったことへの詫わび。それと……
いずれ、必ず無事にお返しすると、伝えておかねばならないからな。
クジュウリとの同盟を目指すのなら、ルルティエを人質にとっていると誤解されるのは避けたいところだ。
まぁ、わざわざ書面にせずとも、最悪の事態が訪れた場合は、ルルティエ達を真っ先に逃がすつもりでいたが……
きっと奴なら……オシュトルならそうしただろう。
それが、けじめというものだ。
ありがとうございます。お父さまもきっと喜びます。
後は……
その笑みがあまりに穏やかだったので、一瞬彼女が口にした次の言葉が理解出来なかった。
ハクさまのことを書こうかと思います。
ッ……
…………
一瞬、自分の正体を見抜いた上での発言かと、動揺した。
ネコネもさりげなく自分から視線を逸らしたのが、空気で判った。
何故なぜ……ハクのことを？
ここに来るまで、ずっとお世話になってた方ですから。お父さまにもお話ししたくて。
ルルティエの声に揺らぎは無い。ごく自然に、当然といった様子で、自分のことを話題にしている。
気むずかしくてあまりヒトに懐かないココポが懐いたり、一緒にたくさん甘いお菓子を作ったり━━
戦いくさでは役に立たないわたしを……知恵を絞って、最期まで護って下さって。
ルルティエの口調は、純粋にそれと信じている者の素直な賛辞だった。
その瞳には、逝った者を惜しみ、悲しみを昇華した懐かしさが溢れている。
オシュトルさま？
……ああ。
その名で呼ばれる以上、自分はこう答えるしか無い。
そうだな。奴も喜ぶであろう。
はい。
曇りのない笑みを浮かべ、ルルティエは大きく頷いたのだった。
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……いい月だ。
ミカヅチは夜天に浮かぶ月を眺めながら、静かに杯を傾けていた。
屋敷で一人、盃をかたむける。思うのはただ、亡くした友のこと。そして、自らの前に立ち塞がった男のことだ。
ハク━━いや、その名は捨てたのだったな。
是非も無い事か……
そこまで呟いたところで、ミカヅチの口元に苦笑が過ぎる。
虚しさに支配され、一度は憤りに言葉を失ったこともあった。だが、今その心を満たすのはやり切れない思いだけだ。
もはや、オシュトルと決着をつけることは、二度と叶わぬ……
……何故、俺を置いていった？
だから一人、未練がましくも思い浮かべる。自らの終生の好敵手━━オシュトルの名を騙る、もう一人の友の姿を。
まったく、ままならんな。
それが苦渋の決断だったことは容易に想像できる。オシュトルは生きねばならん。例えそれが偽者であったとしてもだ。
姫殿下を御護りするには、それしか道が無いのだからな。
━━そして俺は、帝都の民を護らねばならぬ。それが帝ミカドより仰せつかった、最後の御言葉。
帝都までの道。それは苦難の道筋となろう。
だが彼奴あやつならば、その辛苦を乗り越えてここまで辿り着くかもしれん。
ならば、いずれは戦場いくさばで相見あいまみえることになる……
━━そんな日が来ないことを祈るのみか。
帝都での日々が思い出される。あの頃にはハクだけではなく、オシュトルもいた……
皆でふざけあい、仲間の盃を交わし……友となった。
だが！例え望まぬ戦いであろうと、再び戦場いくさばで見まみえたなら、容赦はせぬ！
ミカヅチはしばし虚空を睨み……やがて自嘲気味に笑った。
まったく、武人もののふとは度し難い。因果なものだ……
暫しミカヅチはそんな感傷に身を浸し━━即座に、眼光鋭く近づく気配を誰何すいかする。
……誰だ。
ミカヅチ様。ライコウ様から、すぐに出頭するようにとのお達しが。
その声は慇懃いんぎんに一礼すると、物怖じせずに言葉を紡ぐ。その内容を聞き、ミカヅチは目を細めた。
……明朝、顔を出す。兄者にもそう伝えよ。
ですが……
諄くどい。
……承知いたしました。
ミカヅチの眼光に一瞬たじろぎ、ミルージュが退席する。その姿が見えなくなったのを確認し、ミカヅチは小さく嘆息した。
兄者、何を考えている……？
誓おう！余よは父の意志を継ぎ、新たな帝ミカドとなる！そしてこのヤマトに、永遠とわの平穏と栄華をもたらそうぞЦ
割れんばかりの歓呼の声が響きわたる。
だが……そんな中で一人、ミカヅチだけは違った。
━━誰だ、コイツはЧ
疑念と驚きで心は乱れ、その目は皇女に釘付けとなる。
確かに似てはいるが……アレは断じて姫殿下ではない！それがさも当然のように、我らが姫殿下の名を騙るとは……
周囲の皆が納得した様子で臣下の礼をとる中、ミカヅチは一人前に出ようとする。
貴様━━
待て、ミカヅチ。
ふいに現れたライコウが、背後からミカヅチの肩をつかんだ。
……兄者？
あの姫殿下に話を合わせよ。
馬鹿なッ、何を言うか！
帝ミカドの崩御によって、城内の混乱は必至……その上、姫殿下までもが不在のままでは、この帝都が混沌の渦に沈むことになる。
だがッ！
案ずるな、全て俺に任せよ。
まさか、兄者……
聖上がお隠れになってからというもの、この帝都も随分と寂しくなったものだ。
未練よな……
…………
オシュトル、貴様は死してもなお、姫殿下を守ろうというのか……
……そうか。
道半ば、守るべき仲間を残し、さぞ無念だったろうに……
なのに何故、そんな穏やかな顔でいられる……
信じているのか、彼奴あやつを。だから、もはや悔いなどないと━━
………
オシュトルの幻は、結局何一つ言い残すことなく、儚はかなく微笑んで消え去った。
……それでいいのだな、貴様は。
ハクやマロロ、そして己おのれの内にすら。多くの人の心の中に、オシュトルは今も生き続けている。
それに引き換え━━いや、よそう。
手にした杯を一息にあおり、再び酒を注ぐ。
ただ一つ確かなことは、未だこの世にはミカヅチが魂を震わせるほどの武人もののふが居るということだ。
未だこの浮世も捨てたものではない。そうだろう、オシュトル……？
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机に詰まれた税の徴収記録や、商人達から上がってきた各種嘆願書や申請書に目を通す。
最近は市も活気づいて来たようだな。
ええ、以前より商人も多く訪れています。
戦いくさは金になるという事なのでしょう。食料や生活物資だけでなく剣や鎧の類を持ち込む商人も多いようですし。
だが、結果として上昇傾向にあった物価も落ち着きを見せている。民の暮らしへの影響を考えれば喜ぶべき事か……
人の不幸で金儲けされているかと思うとやるせなくはなるが、民の不満が募れば國の内側から崩れてしまうしな。
その、致し方ないという点で言うならもうひとつ。
この商人等に紛れて、間者が入り込んでいる可能性もあります。
かと言って、商人等を閉め出す訳にもいきませんから、これもある程度は致し方ありませんが。
間者か……今更、エンナカムイに隠すような秘密があるとは思えぬが……
そう言って仮面をなぞる。
自分自身がエンナカムイの唯一にして絶対の秘密か。
まあ少し探られてばれるようなら、いつも行動を共にしてる皆にとっくにばれてるか。
とりあえず、市を中心に警備の兵を増やし、警戒を怠おこたらぬように触れを。
それはすでに。怪しい者には草もつけております。
抜かりなしか、さすがだな。
ですが、少し気になる者達が。
気になる？
はい、ここ数日、如何いかにも怪しげな風体の男達が、この辺りを彷徨うろついています。
ただ、あまりにも怪しすぎて、逆に判断に迷うところでして。監視してる者達も是非、オシュトルさんの判断を仰ぎたいと。
いつもは飄々としているオウギなのだが、その口ぶりからは困惑が感じられた。
間者ではないのか？
すると、オウギは一呼吸置いて答えた。
……服装や言葉使いなどから察するに、恐らくはウズールッシャ辺りから来たと考えられます。
ウズールッシャだと？
それは怪しいどころではないな。
あの辺りの衣装は、多様な部族が集まる帝都においてさえ目立ちますから。
何か事を起こすにしては堂々とし過ぎていて、ウズールッシャに罪を擦り付けるつもりなのかと勘ぐってしまいます。
ですが、物を売りに来たわけでもなく、報奨金や武勲欲しさの流れ者というわけでもないようです。
一体、何が目的だ？先のウズールッシャ征伐の報復でこちらに矛先を向けてきたとも思えぬが。
個人的な怨恨の線もありますが……
怨恨？
あちこちで盛んに聞いて回ってるようです。ヤクトワルトを知っているか、と。
なに？
も～いいか～い？
まぁだだぞっ！
しゃがみ込んで顔を手で覆うキウルの背後で、ごそごそと音がする。
キウルには、シノノンが植え込みに頭を突っ込んで潜り込もうとしているのが、見て無くても感じる事が出来た。
あっさり見つけるとやっぱり駄目ですよね。
キウルは大きなため息をつく。
ヤクトワルトは所轄しょかつするエンナカムイ軍の閲兵えっぺいに出かけているため、シノノンの面倒をキウルがみていた。
キウルも恥ずかしくないと言えば嘘になる。
ヤクトワルトさん、はやく戻って来ないかな……
！
背後で何者かの気配がする。その纏まとわり付くような視線に、キウルは護身用の短剣にすっと手を伸ばした。
な……何やつЧ
男が纏まとう気に触発されて、キウルは思わず声を荒げる。
会うのは赤子の頃以来か……少し似ているな。あの女の幼い頃に。
視線の先にいるのが自分ではなく、シノノンだと気付いて、キウルはシノノンを隠すように立ち塞がった。
そう殺気立つな、若造。何もせぬ、今ここでは、な。
お前はヤクトワルトを知っているか？
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クク……なるほど、知っているか？どうやら噂通りのようだな。
とぉちゃんのことか。
シノノンちゃん！
とぉちゃん？そうか、なるほど……奴はお前にそう名乗っているのか。相も変わらず義理堅い事よ。
しかし、ならば話は早い。これを奴に渡せ。
そう言って差し出されたのは堅く結ばれた文ふみだ。キウルは咄嗟とっさにそれを払いのけた。
そんな怪しげな物は受け取れません！
しかし、男は顔色一つ変えずに、落とした文を取り上げて言った。
ふむ、余り手荒なことはしたくないが、受け取らぬなら……
例えば……そうだな。そこの市でちょっとした騒ぎが起こる。
さて、何人死ねば文を取り次いでくれる？無辜むこの民が死ぬのはさすがに俺も心苦しい。数十人程度で聞いてくれると実に有り難いが。
そんなことさせません！
ほう、ならば俺を殺すか？
また一人、シノノンは親族を無くすことになるがな。
貴方は……いや、そんな妄言に騙されるものか！
キウルは男に挑みかかろうとしたが、腕を掴まれ、シノノンに引き留められた。
シノノンちゃん……？
シノノンはキウルの手をギュッと掴んだまま離さない。じっと男の顔を見上げ続けた。
クク……そちらの娘の方が賢明だな。さすが器が違うわ。
クッ……
ではこれを頼むぞ、若造。
………
申し訳ありません、兄上。あのような男に言い込められるとは……
いや、シノノンがいる場で事を荒立てるものではない。それで良い。
は、はい……
しかし、その男、オウギが言っていた者か？
恐らくは。聞いた所、風貌は一致しています。
一体、何者でしょう？
ヤクトワルト、心当たりは？
そう言ってヤクトワルトの方を見る。
さあ……恨みは色々買っちゃいるが、古い知り合いかねぇ。
渡された文を一読したヤクトワルトは、そう言って文を懐へ押し込め、立ち上がる。
何とある？
何、心配いらないさ。明日にでも、少しばかり思い出話に花を咲かせてくるじゃない。
ヤクトワルトは背を向け、部屋を後にした。
……出かけるようですね。
明日会うなどと言っていたが、やはり人目に付かぬよう夜に会う気だったか。
でも良いんでしょうか？こんなこっそり付いて行くなんて。
良い手だとは思わぬが……放ってはおけぬ。
まあ、付いて行くと言っても、断られるでしょうからね。
行きましょう。見失うと大変ですから。
ああ、そうだな。
ヤクトワルトに気付かれぬよう付かず離れず、その後を追っていく。
いつしか木々が生い茂る方へと進んでいた。
どこへ向かってるのでしょうか？
この先は少し開けた広場があるだけですが。
しっ……誰かいるぞ。
来たか……待ちくたびれたぞ。
無理やり呼び出しておいて、それはないんじゃない？
ヤムマキリよ。
兄を呼び捨てにするか。
俺が兄者と呼ぶのは、長兄ちょうけいムカルただ一人。
あんたをそう呼ぶつもりはない。
兄だと？
確かヤクトワルトさんは、兄のように慕っている方が二人いたと言っていましたね。
恐らくは二番目の兄……ということか。
しかし、感動の再会、という雰囲気ではなさそうだな。
何故、俺を呼びだした？それより今更何の用だ……
愚問だな。俺が為すべき事、全ては我が祖國レタルモシリの為……それ以外あり得ぬ。
またそれか。あんたはそう言ってはヒトを平然と破滅に追い込むじゃない。
実の兄すら平然と。
……俺が手をかけた訳ではないのだがな。
同じ事だ。あんたは、族長だった兄者から家臣団を離反させ、全ての実権を奪った。
その上で家督を譲らせ、隠居に追い込んだ。面目を保つには、死を選ぶしかないじゃない……
ハハハ……俺は悪か？確かにそうかも知れぬな。だが、それがどうした？
兄者も変わらぬだろう。いや、あれは俺を凌ぐ大悪人ぞ。
ウズールッシャから恭順の意を示すように言われ、兄者が何と叫んだか。
死しても従わぬ、だぞ？
ならば死んで本望だったろうЦ
俺が不義というならお前に問おう。あのままウズールッシャと戦い、勝ち目はあったか？
圧倒的な兵力の差……一晩とて持たぬわ。すべての民が斬り殺され、薪のように火にくべられるのが落ちだ。
民を、國を護るために、長い物に巻かれることの何が恥ずかしい？
兄者といい、大局を見極められぬ者が多すぎたのだ。故に俺はやらねばならなかった……それが不義であろうともな。
あんたのご高説を聞くつもりはない。俺から言えるのは、長い物に巻かれるのも、限度があるんじゃないってことだ……
兄者が死んだ後、シノノンを連れて俺は國を出た……
ウズールッシャの属國となった、あの國に愛想をつかしてね。
それから何年もすぎた……今ではもう、何の縁も義理もないはずじゃない。
なのに、あんたのした事はなんだ？
はて？
とぼける気かい？
シノノンをさらい、人質にして、俺をウズールッシャに売っただろう？
ちっとばかし、卑しすぎやしないか？
ウズールッシャに媚びるにも程があるじゃない。
……なんのことか。
俺は初耳だが……あるいは、配下の者が先走ったのかもしれぬな。
抜け抜けと……
くくっ……俺は関知せぬが……祖國に奉仕するのもたまには良かろう。
お前は実に優秀だった。國で一番価値のあった男よ。ウズールッシャもさぞ喜んだ事だろう。
抜かせ。そのウズールッシャも滅んだがな。
ふん、マヌケな話だ。落ち延びたグンドゥルアは、屈辱と怒りのあまり憤死したと聞いた。
片田舎の庭で吠えておればいいものを、ヤマトに牙を剥くとはな。身の丈も弁わきまえぬ愚か者よ。
だが、他人事としていつまでも笑ってはおれぬ。ウズールッシャが滅び、再び國の箍たがが外れた。
元より俺には徳も人望もない。
ウズールッシャの後ろ盾を用い、利害と損得をちらつかせて國を纏まとめてきたのだ。
故に、今となっては統制がきかぬ。
地方の豪族どもは、幾つかの軍閥に別れ、我が地位を……族長の地位を眈々と狙っている。
無論、この日を予想していなかった俺ではない。身の程知らずどもは、我が精兵で全て滅ぼし尽くしてやる。
だが、その前に、唯一気がかりなことがあってな……
知ったことか。勝手にやればいいじゃない。
そうはいかぬ。
お前達の存在こそが、気がかりなのだ。
ウズールッシャの属國となることを良しとせず、國を出たお前達は、言わば我が國の独立の証あかし。
お前達を味方に引き込んだ勢力が最も支持され、最強となるだろう。
それはどこの豪族も考えつく……
故に、先手を打たねばならぬ。
ヤクトワルトよ、祖國に安定をもたらす為、正統な後継者を立てようとは思わぬか？
正統な後継者だと？あんた、まさか……
そうだ……俺の兄の血を引く者。
先代の族長の娘、シノノンだ。
シノノン……
何Чシノノンが族長の娘？
娘だけ寄越せと言っても聞かぬだろう。ならば、お前も来い。娘の後見に立ってもいい。
俺はすぐにでも、族長の座をシノノンに譲り、隠居することとしよう。
ウズールッシャが滅んだことで、俺の名は地に落ちたが、ヤクトワルト、お前の名はまだ使える。
いや、その名声は日増しに高まるばかり。シノノンを戴き、お前が脇を固めれば、國もすぐに纏まとまろう。
どこまでも身勝手な……実の兄を殺し、今度はその娘を裏から操ろうってのかい。
人聞きの悪いことを言ってくれる。操るなど、己の器くらい知っている。
お前がうまくやるなら、口も手も出さぬ。兵もただで貸してやる。約束してやろう。
そうだな……
どうだ、これほど破格の条件で迎えようという者は、他にはおるまい。
……全く、くだらないねぇ。
信じられぬか？お前も知っている筈だ。
俺は他人の感情など屁とも思わぬ。利害でしか動かぬとな。
ああ、わかってるさ。今は嘘じゃないんだろうってな。
だが状況が変われば、あんたは平然と裏切る。そういう奴にはついていけないじゃない。
ましてやシノノンを巻き込むなんて、もっての他……
……考え直すのなら今のうちだ。もう一度だけ聞こう。
金輪際ないってことよ。
クク……そう答えると思ったわ……致し方あるまい。手荒なことはしたくなかったがな。
言い終わる間もなく、背後から武装した男達が現れる。
相変わらずだねぇ。こんな事だろうと思ってたじゃない。
まあそう言うな。味方にならぬなら、他の豪族に利用されぬよう、殺すしかないのだ。
それに……
そちらも備えはしてきたのだろう？
ヤクトワルトはそう言われ、頭を掻いた。
一人で何とかするつもりだったんだがな。
ヤクトワルトはそう呟くと、背後へと向かって呼び掛けた。
……旦那、もう出てきてもいいじゃない。
何？
どうやら、気付かれていたようですね……
ヤクトワルトさんを助けましょう！
身を隠す意味を失い、ヤクトワルトの背後の茂みより立ち上がる。
フフ、オシュトルの旦那は隠す気なんか、なかったじゃない。
あ、ああ、その通りだ。ヤクトワルトほどの者相手に、気配を隠すなど出来ぬからな……
聞いていたんなら説明はいらないじゃない。
シノノンを辛い目に合わす訳にはいかぬからな。
シノノンちゃんには手を出させません！
非道を見逃すわけには参りませんからね。
すまねえ。厄介事に巻き込んじまって。
それは某それがしが言うべき事、お互い様だ。悪いと思うなら、後で酒でも馳走になろう。
その人数で我等に勝てると思っているのか？
それじゃあ、ちゃっちゃと片付けて、晩酌といくじゃない。
ちっ……しくじったじゃない。旦那、シノノンの事を宜しく頼む……
ヤクトワルトォッЦ
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クッ……やはり、陽炎かげろうのヤクトワルトには敵わぬか。
俺だけの力じゃないさ。俺には仲間がいる……背中を任せられる仲間がな。
己しか信じなかったあんたとは違う。
なるほどな。ならば今度は、その仲間とやらを引き離すか。
おいおい、まだやるってのかい？
このまま大人しく退散してもよいが……
本当にお前はそれでよいのか？
なに？
言ったはずだ。
お前達を引き入れた者が有利になるとな。
俺がしくじったとなれば、他の豪族どもが次から次へとここへ押し寄せよう。
今日と同じようなことが何度も起こるのだ。
荒事あらごとになってもお前は生き残るだろう。だが、小娘はどうなるかな……
………
何度も危険にさらされ、いずれは命を落とすぞ。
……俺に、どうしろってんだ？
互いの願いをかけ、差しでの果し合いを所望しょもうする。
果し合いだと？
お前が勝てば、レタルモシリの豪族どもは、俺が責任をもって抑えてやろう。手出しはさせぬ。
だが、俺が勝てば、お前の骸むくろを踏み越え、シノノンをさらっていく。
どうだ、悪い話ではなかろう？
……悪い話ではない？よくもまぁ、抜け抜けと言うじゃない。
俺は、あんたを殺さずに勝たなければ、意味がない。
あんたを殺しちまえば、豪族連中を抑えるって約束は果たされなくなるんだからな。
逆にあんたは、俺を全力で殺しにいけるってわけだ……相変わらず、ずる賢いじゃない。
くくっ、少しは頭がまわるようになったか。無双の剣豪に挑もうというのだ、そのくらいの枷かせはあっても構うまい。
無名の剣客けんかくならな……
あんた、宗家無念流そうけむねんりゅうの目録もくろくだったろ……確か。
『奥義おうぎの太刀たち』を修めて、今では免許皆伝の身だ。
だが、所詮は田舎剣法いなかけんぽう。
もとより一度はお前達に完敗したのだ、気にするほどでもあるまい。
ヤクトワルト、よせ。
この勝負、受けてはならぬ。
奴の目当ては最初からお前との決闘……おそらく先程の戦いでは、わざと……
旦那は手を出さないでくれ。
ここから先は、奴と俺の勝負じゃない……
そう言うとヤクトワルトは、今まで見たこともないような真剣な表情を浮かべ、鋭い眼光でヤムマキリを睨みつけた。
先程の約束、兄者の……ムカルの名にかけて誓えるか。
そのような誓いなど、何の意味も持たぬ……
だが、お前が望むならムカルの名にかけて誓おう。
お前達の安全を永久とこしえに保証するなどと、出来もせぬ事を安請やすうけ合いはせぬ。
あくまでレタルモシリの争乱が鎮まるまでだ。
その間は、絶対に手出しをさせぬ。
……上等だ、その勝負受けようじゃない。
ふふっ、それでこそ武人もののふよ。
荒れ地に乾いた風が吹く。
月の光が煌々こうこうと照りつけ、二人の影を鮮やかに浮かび上がらせる。
双方の陣営は後ろに下がり、もはや邪魔立てする者はいない。
いつでもいいぜ。
そう急せくな……久々の勝負だ……
道場以来か……
お前は稽古けいこを嫌い……ほとんど顔を出さなかった。
爺様……いや、別の師匠についてたんでね。
ごくまれに、嫌々稽古に出てきては、兄者に負かされていたな……
俺の剣は、道場には向かなくてね……
ふっ、わざと負けていたのだろう？
敬愛する兄者に恥をかかせない為に。
さあね、どうだったかな？
むしろ、あんたの胸に聞いてみたいところだがね……
明らかに才はあんたの方が上だった。なのに、兄者とまともに打ち合おうとしなかった……あの頃はあんたも兄者のことを……
………くくくっ、古い話だ。
そろそろ、いくぞ。思わぬ感傷で手先が鈍るとかなわんのでな。
それきり軽口はやみ、沈黙が辺りを包み込んだ。
互いに構えを崩さず、相手の一挙手一投足に集中し、その先を読みあう。
じりじりと立ち位置を変える中、鬼気迫る闘気だけが徐々にふくれあがり……空気がビリビリと張り詰めていく。
これ以上の緊張に耐えられないと、誰もが思ったその瞬間━━
ポキッ
どちらかが枯れ枝を踏み抜いた音が、合図となった━━
ぬおおおおおЦ
あああЦЦ
勝負は一瞬━━ただの一撃でついた。
ぐぅっ……
ヤクトワルトが苦痛に顔をゆがめ、うめき声をもらす。
袈裟斬けさぎりにされた衣は無惨に裂け、瞬またたく間に鮮血で染められていく。
だが━━
くっ、あと一歩のところで……
敗者となったのは、ヤムマキリだった。
渾身の一撃を放ったものの、その斬撃は浅く、逆に自身の首筋には、ヤクトワルトの刀が突きつけられ、刃先が半ばめり込んでいる。
まさかこの俺が、仕損じるとはな……
薄皮一枚切らせるつもりだったが、そんなに甘くはいかないねぇ……
そう言ってる間にも、とめどなく溢れる鮮血が、ヤクトワルトの衣をさらに赤く染め上げていく。
傷がもう少し深ければ、死んでたじゃない。
ヤクトワルトは青ざめた顔で、凄惨せいさんな笑みを浮かべる。
我が一太刀をあえて受けてまで、勝利をもぎ取りに来たか。見事だ……
ヤムマキリの首筋にめり込んだ刃はすでに皮膚を破り……刀を伝って血が滴り始めているが、ヤムマキリは意に介した様子はない。
そろそろ俺の勝ちを認めてくれるかい？
これ以上ごねられると、その首を斬り落とすしかないんでね。
……いいだろう。
お前の勝ちだ。約束は守ろう。
そのあふれ出る血潮ちしおを懐紙かいしに染みこませ、シノノンの髪を一房ひとふさ包んで、後ほど届けさせよ。
それをもって、お前達を殺した証あかしとしよう。
豪族どもも、我が力に恐れをなし、レタルモシリの平定も早まろうというもの。
最初から、どっちに転んでも損はしないってわけか。
相変わらず、抜け目ないじゃない……
くくく、何とでも抜かせ。ひとまずは退こう。
だが、レタルモシリ平定の暁にはまた訪れるやもしれぬ。その時まで生き延びているがいい。
そう告げるとヤムマキリは、眼前の一切に興味を失ったかのように、踵きびすを返した。
ああ、次現れた時は、遠慮無くぶった切ってやろうじゃない……
ヤムマキリはもはや応えようとはせず、兵を連れて去って行く。
ヤクトワルトはその後ろ姿が小さくなり、暗闇にかき消えるまで油断無く睨みつけた。
そして……
完全に去ったと確信すると、うめき声と共に膝を突いた。
くっ……さすがに……ちょっときつかったじゃない。
ヤクトワルト！急ぎ手当をする、皆、手伝ってくれるか！
はい、お任せください！
まずは止血から始めましょう。
旦那、シノノンが心配するんで、この事はここにいる者だけの秘密にしてもらいてぇ。それに、見た目ほどはたいしたことないんで。
そんなこと言ってる場合ですか！
こんなに血が出たのに！
さすがに唾でもつけときゃ治る……って訳にはいかないが、しっかり血止めをして美味いもんでも食ってりゃ、数日で治るじゃない。
本当ですか？
確かに、きれいに急所は外れていますね。内臓までも届いていません。やはり貴方を深く切り裂くのは、至難の技のようですね。
参ったな。以前の稽古のこと、まだ覚えてたのかい……
これなら、きちんと治療すれば数日で治るか。無論、傷口が開かぬよう、しばらくは安静にしていなければならぬが……
……良かった……一時はどうなるかと。
シノノンの花嫁姿を見るまでは、さすがに生きていたいんでね……
だけど、これでわかったろ、キウル。
シノノンはああ見えてお嬢様なんでな、軟弱で中途半端な男にはやれないぜ。
なっ、こんな時に何を言ってるんです！
今はそれどころじゃないでしょう！
これから幾らでも、漢は磨きますから！
今はとにかく、治療に専念して下さい！
ったく、大騒ぎするような傷じゃないってのによ……
全く、口の減らない奴だ。少しは黙っているがいい。
ててっ、旦那、包帯はもう少し優しく巻いて欲しいじゃない……
ヤクトワルトが軽口をたたけることに、皆はほっと胸をなで下ろし、安堵の笑みを浮かべるのだった。
ٴ
エンナカムイへと向かう山間の道を、もうもうと土煙を上げて荷車の隊列が走っていた。
隊列とは言っても、その車の数が尋常ではない。
列は曲がりくねった道の先まで延々と伸びており、一望した程度では全容を把握できない。
車を引くウマウォプタルは一般的なヤマトの羽毛種とは違い、体毛のない変異種だ。
幌の隙間からは、穀物の詰まった袋、干された肉や魚……たくさんの荷で満たされているのが見えた。
それはまるで、都の大市場が丸ごと移動しているかのような光景だった。
そんな隊列の中心にある、ひときわ目立つ大きな車。
それは他の荷車とは違い車全体に雅な装飾が施されており、高貴な者を乗せていることを窺うかがわせた。
路傍ろぼうの小石に乗り上げたか、車がほんのわずかグラリと揺れる。
と、とっと……けっこう揺れやしたねぇ。
………………
しかし、こうして何日も車に乗ってると、腰が痛ぇのなんの。このヤマトって國は無駄に広くていけねぇ。
この國土の広さこそがヤマトの力の源。
そりゃぁそうですがね、わざわざ出向くにゃ難儀な土地だってことで。
やっぱり、行くんですかい。
親友ダチに会いたいってのは判りやすが、今となっては会わない方が互いの為でしょうに。
……見くびられたものだ。未練がましく、友に会いに行くとでも思うたか。
最早もはや、我われに迷いは無い。
ふぅ、やっぱり、起きてやしたか。
ああは言いやすが、こういったのは下の者モンの務めだ。
下の仕事を奪ったりしてないで、お嬢は後でのんびり昼寝でもしてたらどうです。
我われが行かずして誰が行く。言ったはずだ、我われが行くことに意味があるとな。
…………
そして、これは手向けよ。
親と死に別れ、毒を盛られ、家臣に裏切られ、故郷を逐おわれ、贄に堕とされ、最後は我われに全てを簒奪さんだつされる。
運命に翻弄された、とある娘への、せめてもの……な。
向こうは納得しやすかねぇ。いや、するわけねぇんでしょうが。
納得か。そのようなもの、必要も無ければ意味も無い。
これは救済である。彼奴あやつ等はただ、それを粛々と受け入れればよい。
それで……親友ダチに怨まれることになってもですかい。
すべては、永きに続く平穏の為に。
ああ、救って見せよう。我がトゥスクルの民、そしてこのヤマトの民もな。
故に我われは……うたわれるものと成る。
それに、何の躊躇ためらいがあろうか。
……お嬢がそれでいいんなら、何も言いやせんがね。
……少し眠い。しばらくの間、眠ることにしよう。
時が来たら……起こすがよい。
承知しました。
ういッス。
クロウ、先程から少し喋りすぎです。
へ～い。
やれやれだ……自分じゃ気付いてやせんかい。
式服に着替える時、頭巾で顔を覆うことに気付いて、少しだけ安堵したってことに。
ホントにそう思ってんなら、その被ってるのを邪魔だと脱ぎ捨ててるはずですぜ。
そう、最早もはや躊躇ためらいはない……
我われの名は……
お嬢、知ってやすか。
仮面ってのは、かぶり続けていると……それが素顔になっちまうモノだってことを。
……ったく、ウチのお嬢を、こんなにしちまいやがって。
こうならないよう皆みんなして気をつけてたってのに、あの男……よくもぶち壊してくれたモンだ。
このケジメは、付けさせてもらうぜ？

а

а
а
兄あにさま、トゥスクルからの使節団が到着したのです。
トゥスクルの援助を受け入れてから、これで四度目か……
ライコウの策により孤立したエンナカムイにとって、トゥスクルからの援助は生命線となっていた。
これが無ければ、エンナカムイはとうの昔に行き詰まっていただろう……
必要な物資を期日通り届けてくれるのには、本当に感謝しているが……連中の思惑は、未だによめないな。
そうか。使者の者に、労ねぎらいの宴うたげを。
いつものように断られるだろうが、せめて礼に向かうまで待ってもらってくれ。
トゥスクルからの使節団は、常に慇懃無礼いんぎんぶれいとも言える態度に徹し、こちらとの交流は避ける傾向にあった。
おそらくは、トゥスクルの内情を探られないためだろう。
え…と……
どうした？
それが……
ようやく、ネコネがいつもより緊張していることに気づいた。
いったい、誰が来たんだ……？
その使者は今までとは明らかに違っていた。
椅子に深々と腰掛けているだけなのに、どこか威厳に溢れ、周囲を圧倒している。
オシュトル様、御見参。
お待たせして申し訳ない。遠いところ、よくぞいらして下さった。
構わぬ。その間、ここから民の暮らしぶりが眺められた。
この國は……華やかではないが良い國のようだ。民が活き活きとしている。
全ては聖上の仁徳あってのこと。
ほぅ、そうか……
しかし、まさかトゥスクルの皇女直々にとは、些いささか驚きを隠せませぬ。
どういう意向でありましょうや。
…………
そう、物資を運んできたのはこれまでの使者ではなく、トゥスクルの皇女を名乗る人物であった。
顔は面紗めんしゃに覆われ判らないが、トゥスクル独特の模様が栄える装よそおいは、雅みやびと言える美しさが。
そして、仕草からは気品がにじみ出ていた。
どういうことだ。まさか、トゥスクルの皇女が直々にやって来るとは……
使者が皇女を騙るとは考えづらい。それに……
傍かたわらに立つ二人の男。
トゥスクル遠征の時の……確か、クロウとか言ったな。
あれほどの男だ。トゥスクルでは名が通った人物であるはず。
そしてもう一人は風貌と雰囲気からして、クオンが言っていたベナウィという男だろう。
そんな漢たちを付き従えているのだ、これは本物とみるべきか。
それにしても、まさか皇女の側近だったとはね……
トゥスクル皇女
受け取るが良い。
こちらの問いに答えぬまま、トゥスクルの皇女は持っていた巻物を無造作に、側で控えていた男へ手渡す。
目録である、検あらためられよ。
男はそれを受け取り、代わりにこちらへと差し出してきた。
……これは。
目録を紐解き目を通すと、そこに羅列していた品目は、これまでと比べ明らかに多かった。
どういうことだ。
おそらくは先を見据えた投資なのだろうが、こいつは回収出来るか判らない分の悪い博打だってことくらい判っているはずだ。
これに何の意味が……
友好などと言っていたが、何を企たくらんで……いや、穿うがちすぎか。
いかんな、こうも疑り深くなってくるとは。
そこの者。
は、はいですっ、わたし……です？
不意に声を掛けられ、戸惑いを示すネコネ。
汝なんじは……
は、はい……
………
……あ、あの？
……いや、何でも無い。
少し……知人に似ていた故に思わずな。
許せ。
あの……はあ……
あ、いえ、申し訳ありませんです。
構わぬ。
感謝いたす。これだけあれば、当分は物資が不足せずにすみましょう。
それだけに、更に負債が膨れあがったってことか。
汝なんじ等には必要であろうからな。
あの……
ネコネが何かを言いかけようとした時、外が少し騒がしくなり、幾人かが近付いてくる足音が聞こえてきた。
うむ、やはりここにおったか。
ルルティエ、ノスリ、オウギを引き連れたアンジュが、迎賓の間に入ってきた。
ちょ、皇女さん、何しに来た。
其方そなたがトゥスクルの皇女か。
余よはアンジュ。ヤマトの正統後継者である。
トゥスクルの皇女が訪ねてきたと聞いたのでな。
幾度もの援助、同じ皇女として直々に礼を言わねばと、こうして出向いて来たわけじゃ。
そう……か。
それなりに考えているのなら、あえてここは口出しするべきでは無いか。
ルルティエ。
はい、ただいま。
ふんわりと甘い香りと共に、たくさんの『しゅう』が盛られた大皿を抱えたルルティエが入ってくる。
どうぞ、お口に合えばよろしいのですが。
せっかく遙々はるばる来てくれたのじゃ。其方そなたに馳走しようと思ってな。
我がルルティエの作った菓子、『しゅう』じゃ。
食べてみるがよい。絶品じゃぞ。
いや、ちょっと待て……何をするつもりだ。
おやつの時間ぇ！
おぃ、更にややこしいのが……
ア、アトゥイさん、今は大切な……
あやや、もしかしてお客さんけ？
まぁまあ、固いことは言いっこなしや。オヤツはみんなで食べた方がおいしいぇ。
うむ、アトゥイの言う通りじゃ。あむ……
ん～っ、美味いのじゃ。ルルティエ、また腕を上げたのぅ。
ありがとうございます。
駄目だ、こうなった以上、成り行きにまかせるしかない。
姫殿下、いくら何でも失礼なのです。
これが余よの、心からの歓迎じゃ。失礼であるものか。
こんな時に何言ってるですか。
え……
堅苦しい話より、余程良い。
であろう。其方そなた、話が判るではないか。
アンジュさま、お口の周りに。
ルルティエがアンジュの口の周りのレンニュウを綺麗に拭き取る。
む……おお、すまぬのじゃ。
どうした、食べぬのか？
食べぬのなら、余よが食べてしまうぞ。いいのか？本当に食べてしまうぞ？
姫殿下……
な、何じゃ、食べぬと言うのなら良いではないか。
もしかして、毒とかを疑ってるのけ？
ふむ、心配御無用。帝ミカドに誓って、何かを仕込むようなことなどあり得ませぬ。
その証拠にこうして……ハグ、ムグムグ、うむ、美味い！
ノスリさんも、どさくさに紛れてないで、とめて欲しいのです。
いや、これは、毒味というか仕方な━━……ング……ググ！
ドンドンドン！
ノスリは突然言葉を詰まらせると、慌てた感じで胸元をたたき出す。
姉上、どうぞ。
└─┐ッЦ
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ━━
……ぷはァ、危なかった！
おいコラ、何をやってる。相手は出資者だぞ。機嫌を損ねて、支援が停止だなんてことになったらどうする。
何をやっているですか……
い、いや、これは……そう！茶の方も安全だと証明しようとしたのだ！
それは責任重大や。ならウチも毒味せんと。あむ━━
アトゥイさんまで。
むぐむぐ……これは御役目、大切な御役目なんよ。お茶も確認して……ングングング……ぷはぁ。
コイツ等は、人の苦労も知らないで……
しかしトゥスクルの皇女は、そんなやり取りが繰り広げられているにも関わらず、特に怒るでもなく、ただ静かに見つめている。
やがて『しゅう』を一つ手に取ると、それをゆっくりと口にした。
どうじゃ、美味いであろう。素朴でありながら夢中になってしまう美味しさじゃ。
これはな、余よの忠臣たるこのルルティエが考案した御菓子なのじゃ。
ルルティエはスゴイのじゃぞ。
アンジュの言葉にルルティエは、はにかみながら深々と頭を下げる。
この二人はノスリとアトゥイ。言うなれば余よの右腕と左腕じゃ。
わ、私が……右腕などと……
よろしゅうなぁ。
皆みな、余よを支えてくれる自慢の家臣じゃ。
未だ予断を許さぬ状況じゃが、こうして皆みなが支えてくれる。
……………………
む……？
何だ、何か様子がおかしくないか……
そして、トゥスクルからの援助もまた、どれほどの支えとなったことか。
本当にありがたいと思っておるぞ。
トゥスクルに感謝を━━
必要ない。
……む？
心が込められた感謝の言葉。
だが返ってきたのは、あまりに素っ気ない、どうでもよいと言わんばかりのものだった。
これは対価である。礼など必要ない、と言ったのだ。
じゃ、じゃが……
対価？どういうことだ、何かを支払った覚えなど……
ふ……ふふ……
同じ皇女……同じ皇女として、な？
表情はうかがえないが、この尊大な口調……とても友好的とは思えん。
それに気付いたのか、アンジュがムッとした表情を作る。
汝なんじと同じ……か。
己が未熟故に、全てを簒奪された者と同じとされるのは、些いささか不服ではあるな。
その言葉に、場の空気が凍りついた。
どういう……意味じゃ。
なんだと……その言葉、撤回してもらいたい。いかにトゥスクルの皇女といえど、無礼であろう。
投げつけられる怒りの声をまったく相手にせず、トゥスクルの皇女は、やおら前へと進み出る。
な……
その身がまとう威圧感のせいか……ただ、それだけで怒りの声は止み、辺りは沈黙に包まれた。
さて……そろそろ本題に入らねばならぬ。
我われは、重大な用件の為、ここに来た。
皆の者よ、聴くが良い。
我がトゥスクルは、ヤマトへ宣戦布告する。
これより全軍をあげて侵攻し、立ち塞がるあらゆる敵を蹂躙、殲滅し、ヤマト全土を平定する。
━━Ч
な━━
ヤマトに……宣戦布告……？
あの緊迫した雰囲気は……そういう…事か。
今発した言葉……その意味を理解しておられるのか？戯れにしては少々度が過ぎるが……
無論。戯れでこのような地に来るわけがあるまい。
我われが汝なんじ等に求める条件は一つ。全てが終わるまで大人しくこの辺境の地に籠もっていること。
ただ、それだけ。
なにを……言うておる……
何を言うておる……
ああ、そういうことか。これまでの援助は……
その対価、受け取ったであろう？
巫山戯ふざけるでない！
それでは、物資と引き換えにヤマトを売り渡せと言っているに等しいではないか！
あげく、ヤマトに戦火を放とうとは……そんなこと、認められると思うのか！
……ヤマトに戦火を放った者の言葉とは思えぬな。
なッ……
ど、どういう意味じゃ……
このヤマトが乱れし理由わけ……まさか、判らぬと言うつもりか？
う……
更に汝なんじは帝都を、己おのが権能を、奪い返さんと挙兵した。
汝なんじに問う。何の為に、兵を挙げた。
余よ……余よのものを取り戻すのは、当然のことなのじゃ！
このヤマトは既すでに汝なんじのものではない。
そ、そのようなこと━━
にもかかわらず、汝なんじは己が欲を満たさんと民を巻き込んだ。
ち、違う、余よは余よの民を取り戻す為に立ち上がったのじゃ！
民がそれを望んでいなかったとしてもか？
民というものは、暮らしを脅かされなければ、皇オゥルォが誰であろうと気にとめぬ。
殿上の権力争いなど、ありがた迷惑どころか災厄にしか感じておらぬよ。
そんな……そんなこと、あろうはずがないのじゃ！
ッ━━、ならば其方そなたはどうだというのだ！
ヤマトに攻め入ろうとする其方そなたに、そのようなことを言う資格はあるのかЧ
……資格とは、な。
どうじゃ。御高説をたれておきながら、やろうとすることは忌まわしき簒奪者共と何も変わらぬではないか！
……なんじゃと？
資格など、我われには必要ない。そう言ったのだ。
それとも、こう言おうか。
我われにヤマト簒奪の資格有り、とな。
余よのヤマトに攻め入る資格があるなど……
それを……それを……当然のように……
巫山戯ふざけるのも大概にせい！
我われはトゥスクルの皇女。
民を担になう者にして、トゥスクルそのものである。
故に我われは、トゥスクルに降り懸かる災いの芽を摘つまねばならぬ。
その為にならば、どのような手段も講じよう。
その為にならば、悪行にも手を染めよう。
その為にならば、天下の簒奪者の名を甘んじて受け入れよう。
ヤマトの皇女よ、汝なんじは違うのか？
ッ……
不味い、この皇女……厄介なタイプだ。皇女さんが飲まれかけている。
だが、災いの芽だと？
どういう意味だ。それとヤマトに侵攻することと何の関係が……待て、まさか━━
……ヤマトが再びトゥスクルへ侵攻すると、そう懸念されているのか。
故に、その前にヤマトを潰すと……
何……じゃとЧ
待つのじゃ！ヤマトはもう、トゥスクルに攻め入るような真似はせぬ！
我等はそう考えていない。
ヤマトが力を取り戻した時、再び我がトゥスクルに侵攻してくるであろう。
それが汝なんじ等であれ、他の誰であれ……な。
そのような事はせぬ！
誰がそれを信じる。汝なんじ等は一度、我が地を侵した。
それが全てだ。
ぐ……
トゥスクルか……
またあの國に戦いくさを仕掛けるなどありえん。
だが、他の奴はどうだ？トゥスクルが厄介な國だと知らない連中なら……
過程はどうあれ、トゥスクルの遠征には一度失敗している。
次にヤマトを支配する者にとって、トゥスクル討伐は、支配者としての威信を示す、格好の機会となるだろう。
しかも兄貴……帝ミカドが、半ば強引に求めた地でもある。そうするだけの何かがあると考えてもおかしくはない。
そう、あの漢ならば……
………………
流石さすがか……
その男は、そう思っておらぬようだ。
……オシュトル？
確かに、他の者がトゥスクルへの侵攻を考えても不思議ではないだろう。
だが、ヤマトを制するのは我等が聖上である。
聖上にトゥスクル侵攻の意志はなく、故にその懸念は無用のものと断言する。
オシュトル……
そうじゃ、再びトゥスクルに攻め入るような真似はせぬ。余よの名において約束しよう。
汝なんじ等は……何も判っておらぬ。
ぬ？
我われは、ヤマトが攻めてこようと別に構わぬ。
有象無象の輩やからが攻めてこようと、先の戦いくさのように蹴散らせばよい。
だが、哀れなるは、それに翻弄される民よな。
兵として戦場いくさばにかり出され、使い捨てられる民の不幸を、誰が思いやるというのか？
大いなる災いとは、まさにその事に尽きる。
ヤマトの動乱が長引けば長引くほど、地は弱者の怨嗟で覆われ、やがてそれはトゥスクルにまで及ぶであろう。
我われはそれを見過ごすわけにはいかぬ。
故に、ヤマトをか……
それが我われの天命。
自らを、この地の支配者たるにふさわしいと言うですか……
何という傲慢、本当にヤマトを落とせるとでも思っているのか？
ヤマトの守護とうたわれた仮面の者アクルトゥルカは分散し、國は割れ、かつての栄華は見る影もない。
落とせぬとでも？
むぅ……
許さん……
余よの……余よのヤマトに踏み入ることは許さん！絶対に許さんのじゃ！
……クスッ。
クク……クククク……
ぬぐぅ……何がおかしいのじゃ！
……許さぬ？
これまでと変わらぬ口調。だが、背筋に冷たい刃を突き付けられたかのような悪寒が走る。
何をどう許さぬか、聞かせてもらいたいものだ。
……うひひ。
くぬ……
ならば今この場で、力尽くで其方そなたを黙らせるまでじゃ。
ふふ……中々に面白いことを言う。
いいだろう。ならばやって見せるがいい。
っ……
姫殿下、いけないのです。
止めるでない！数々の暴言、もう許すわけにはいかぬ！
ク、不味いぞ。だが、こうなっては止まらん……
やれやれ、やっぱりこうなった。
仕方がありませんね。
『やっぱり？』、『仕方がない？』
やらせときましょうや。子供の喧嘩に大人が口出しするもんじゃねぇぜ。
子供の喧嘩……だと？
そうそう、可愛いモンじゃねぇですか。
いざとなれば、頭を冷やしてやるのも大人の務めでしょう。
目前で起こっている事態に対し、まるで他人事のような物言いをしている。
だが何が目的だ？これまでの挑発的な言動……こうなるように誘導した感が強い。
皇女さんを怒らせることに何の意味がある？
逆上した皇女さんに襲われたのを大義名分とし、それに託かこつけ……
いや、回りくどすぎる。それにあの連中、そういった騙し討ちのような真似は好まないだろう。
だとすれば、皇女さんを返り討ちにし屈服させるつもりなのか？
旗を折るという意味では効果的かもしれないが……
とはいえ皇女さんは、兄貴にヒトの頂点に立つ者として産みだされた種だ。
並大抵の者では相手にならんぞ。まさかそれを知らずに……
不味いな……決裂もやむなしだが、明らかな敵対だけは避けねばならん。
ここでトゥスクルを敵に回すわけにはいかない。
ږ
ǖ
トゥスクル皇女
どうした、まさか口だけではあるまいな？
ぐ……ぬ。
余よは天子アンジュである。後悔してもしらぬぞ。
御託はいい、来るがいい。
其方そなたが……悪いのじゃぞ！
その言葉にアンジュは拳こぶしを振りかぶる。
えやぁ！
パシ━━
な……
だがしかし、その拳こぶしはトゥスクルの皇女に軽々と受け止められた。
これは、何かしたつもりか？
受け止めた、だと。
ミシッ━━
ッЧ
トゥスクルの皇女の手が、受け止めた拳こぶしを優しく包み込む。
にもかかわらず、その拳こぶしは押しつぶされ、軋んだ音を上げた。
アンジュが慌てて飛び退こうと身を捩よじるが、手を掴まれたまま、離れることが出来ない。
あの皇女さんが……力負けしている？
馬鹿な、腕力にしても他の種とは比較にもならない力を持っているんだぞ。それを……
笑止━━
不意に掴んでいた手が放される。
ぅあЧ
そのことで蹌踉よろめき体勢を崩すアンジュ。
流れるようなトゥスクル皇女の足払いにアンジュの躰が宙を舞い、次の瞬間、掌底に頬を打ち抜かれた。
あぐッЧ
ぬ……
アンジュさまっ！
転がるように壁まで吹き飛ばされるアンジュ。
ほわ～。
━━ッ！
聖上Чおのれ━━Ц
来るな！
口元を拭ぬぐい、ヨロリと立ち上がるアンジュ。
来てはならぬ、手出し無用なのじゃ！
で、ですが……
これは余よの……余よの戦いくさじゃ！
他の者の手出しは、許さぬ！
オ、オシュトルさま……
……皆みな、手出し無用。
兄あにさま……
……ほぅ？
…………
そうでなくてはな。もう終わりなのかと途方に暮れるところだった。
ッ……
だが、これが汝なんじの力尽くとは。些いささか興ざめではあるな。
これは手加減せねばならないか……
何を……余よを、虚仮コケにするか！
虚仮コケも何もな。純然に汝なんじは……軽い。
そよ風では、我われを討つこと叶わぬというにな。
この余よを、力無き者と……
もう許さぬのじゃ！ならばその身で確かめてみるが良い！
ほう……ならば、どう確かめる。
なに？
そう言うのであれば、確かめてみようではないか。
それで、どうすれば良い。何もせずに突っ立っていれば良いのか？
待て、本気か？
聖上に手を出したこと、立場がどうあれ決して許せることではない。
先程殴ったことを反対に殴らせることで、それを相殺そうさいするつもりなのか。
だが、そんなことをすれば、下手をしなくても怪我なんかでは済まんぞ。
それを先程といい、トゥスクル皇女のこの自信……
く……ぐぬぅ……どこまでも余よを……
いいじゃろう、吠え面をかかせてやるのじゃ！
やるぞ、本気でやるからなЧ
諄くどい。
殴ると言ったら殴るからな！
……どうする、止めるべきか？
躊躇ためらうまでもない、止めるべきなんだろう。
だが……
さあ、面白くなってきやした。大将もこの『しゅう』っての食います？ンまいですぜ。
クロウ、自重なさい。
あの二人の落ち着き方。己が仕える者に対する信頼……いや、心配すら感じていない。
あの皇女……それ程のものなのか。
『天子』である皇女さんを相手に……
それを、確かめる必要がある。
待ちくたびれたのだが、まだなのか？もしや……恐いのか？
ぐぎぎ……何処までも……どこまでも減らず口を……
そこまで言うなら、這いつくばって後悔するがいい！
アンジュは堅く拳を握りしめ、大きく振りかぶると、勢いよく殴りかかった。
ゴッ━━Ц
石がぶつかったような大きな音が響く。
━━っЧ
まったく避ける素振りを見せなかったトゥスクルの皇女。その頬にはアンジュの拳こぶしがめり込んだ。
ヒッ……
アンジュが息を飲むような悲鳴を漏もらし、数歩後退る。
馬鹿な、本当に避けなかっただとЧ
あんなのをまともに喰らっては……
なぜ……避け……
そ、其方そなたが……其方そなたが悪いのじゃぞ……
避けなかった其方そなたが……
……今のは、何かしたのか？
だが、トゥスクルの皇女は平然と、傾げるようにして首を鳴らす。
馬鹿な……あれを喰らって平然と……
うひひひ、ええなぁ……ええなぁ……
ある程度は出来ると思っていたが……まさか、ここまでとは……
……これでは戯れにもならぬ。
その面紗めんしゃの下から漏れる、落胆と思わしき溜息ためいき。
子供相手に少し大人げなかったようだ。我われとしたことがな……
これで判ったであろう。悪いことは言わぬ、事が終わるまでここで穏やかに過ごすが良い。
それが汝なんじ等の為だ。
ベナウィ、クロウ、帰るぞ。もうここに用は無い。
……もぐ……ういッス。
御意。
━━待つのじゃ！
まだ……
まだ勝負はついておらぬのじゃ！
我われは……それなりに気を使ったつもりだ。
本来であるなら、汝なんじ等に戦いくさの断りなどいれぬ。
本来であるなら、祖國に侵攻してきた汝なんじ等に物資の援助などせぬ。
それは零落したとはいえ、ヤマトの皇女であった汝なんじを尊重したからだ。
これが破格の待遇であること。判らぬとは……言うまいな？
クッ……
納得がいかぬか。ならば、それを使うがいい。
トゥスクル皇女が壁に飾られていた大振りの剣を指差す。
それで、何とか我われの相手となろう。
其方そなたは……何処までも……
よかろう、今度こそ本当に後悔するのじゃ！
アンジュは壁の剣を掴み取ると、抜刀し鞘を投げ捨てる。
アンジュさまっ……
姫殿下、ダメなのです、剣を抜いてしまっては━━
其方そなたが抜けと言ったのじゃ。冗談でしたでは済まぬぞ！
兄あにさま、これ以上は……
オシュトル、止めるでないぞ！これは意地じゃ！ヤマトの皇女として、もはや退くことは出来ぬのじゃ！
どうか、聖上の思うがままに。
え……
あ、兄あにさま？
うむ、流石さすがはオシュトル。余よのことを判ってくれるのじゃ。
ネコネ、過程はどうあれ同じ皇女として応えてしまったからには、力を示さねばならん。
これはもう、避けて通れぬことだ。
ですが、これではトゥスクルとの……
ああ、これではトゥスクルとの同盟どころか、物資の援助すら無かったことになるだろうな。
そうなれば、戦況は更に厳しいものとなる。
ならばこそ、ここで折れるのであれば、この先の苦難に立ち向かうことはできん。
だが、それでも……
それでも立ち上がるのであれば……
兄あにさまは……
案ずるでない。余よがムネチカから指南を受けていることは知っていよう。
こちらの思惑を余所に、アンジュはトゥスクル皇女に向き直り、ゆっくりと剣を構えた。
それに此奴こやつは……気に喰わぬのじゃ。
最早もはや……手加減せぬ！
手加減する余裕があったのか。ならば遠慮は無用、胸を貸そう。
ギリッ━━
そうか……是非ぜひ貸してもらおうか……
てあぁぁぁぁぁッЦ
大きく振りかぶられた剣が、トゥスクル皇女を袈裟斬りにする。
……っЧ
だがその剣先は虚しく宙を斬り、勢い余って床に突き刺さる。
踏み込みが足りぬ。
この━━
目を瞑っては、当たるものも当たらぬ。
ちょこまかと……
目にも止まらぬ速さでアンジュは剣を振り回す。
だがトゥスクルの皇女は、涼しげな風に靡なびく葉のように、紙一重でそれを躱かわしてゆく。
これでは羽蟲すら斬れぬな。ああ、果物の皮を剥くには良いかもしれぬ……
クッ━━、ならばこれで！
アンジュは大きく身を屈め、力を振り絞るように━━
遅い。
あぐッ！
だがそこをトゥスクル皇女の拳こぶしに打ち抜かれ、転げ回る。
む……
そ、其方そなた、途中で邪魔をするとは卑怯じゃぞ！
ああ、悪気は無かった。動きを止め、まるで殴ってくれと言わんばかりだったので、つい手が……な。
今のが決まっていれば、其方そなたなぞケチョンケチョンだったのじゃぞ！
絶対に、余よの勝利で決着だったのじゃ！
アンジュがダンダンと地団駄を踏み悔しがる。
はぁ……ならば今一度、汝なんじが渾身の力を以て、我われに挑むがよい。
そこまで言うのであれば、受けて立とう。
其方そなたは……何処まで傲慢なのじゃ。
傲慢？ムティカパがじゃれ付く子を可愛がることは、傲慢とは言わぬよ。
とは言え、さすがに斬られてはかなわぬ。防がせてはもらうが。
………………
アンジュの顔から感情が消えた。
散々力の差を見せつけられ、最後には子供扱い。これ以上無い屈辱に怒りが限界を超えたのだろう。
それがかえって冷静となったのか、豊かだった表情が、まるで能面のように無表情になってゆく。
アンジュが再び、ゆっくりと構えをとる。
軋む音がするほど強く剣を握り締め、躰を捻ひねり、渾身の力を込める。
どれだけの力が込められているのだろうか、アンジュの躰からは弓を引き絞るような音が鳴る。
其方そなたを……斬る。
皇女さん、本気なんだな。
これまでのような甘えの無い、本気の覚悟。
其方そなたとは……背負っているモノが違うのじゃ。
これが、我がヤマトの重みと知れ！
アンジュの躰が弾けるように宙を舞い、限界まで引き絞られた剣が振り下ろされる。
やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッЦ
いける！
うひひひ。
これならば！
小さな躰から繰り出されたとは思えない、あのヴライに匹敵するほどの力が込められた剛剣。
━━ッ。
だが━━
な……ん……
防ごうとも、それすら叩き切られるであろうソレを、トゥスクルの皇女は指で摘つまむようにして受け止めていた。
何故……じゃ……
……正直、汝なんじとの歓談を楽しみにしていたのだがな。
残念だ。
其方そなた……何者じゃ……
何故なにゆえ……余よの……渾身の力を……受け止められる……
あり得ぬ……
余よは……天子じゃぞ……
余よの力であれば……仮面の者アクルトゥルカとて無事では済まぬはずじゃ！
……背負っているモノ、か。
奇遇だな。我われも、汝なんじと同じモノを背負っているのだ。
余よと……同じ？
……まさか。
……あり得ぬ。
あり得ぬ！あり得ぬ！
其方そなたが余よと同じ━━
我われはトゥスクルの皇女にして、汝なんじと同じ業を宿命づけられしもの。
大神オンカミウィツァルネミテアの天子である。
ウィツァル…ネミテア……
皇女さんと同じ、天子だと？
天子……天が宿命を定め降臨させたとされる、選ばれしもの。
皇女さんが帝ミカドである兄貴に人を率いる特別な種として創造されたように……
そう名乗るからには、それだけの特別な存在であるはずだ……
待て、ウィツァルネミテアと言ったな。そいつは確かトゥスクルにおける絶対無比とも言える神の名だったはず。
その天子ともなれば……
だが、汝なんじとは決定的に違うものがある。
っ……ぐЧ
ミシッ、ペキッ━━
汝なんじと違うのは━━
トゥスクル皇女の手が刀身を掴んだまま、強引に前へ突き出され、アンジュが後ろへと体勢を崩す。
う……ぁ……
我等『絶対強者』というのがどういうものか、理解しているか否かだ。
ギギギギギ━━
摘つままれている刀身が、軋みをあげ変形してゆく。そして━━
バキンЦ
それは、まるで小枝のようにへし折れ、砕け散った。
あ………
アンジュの手から折れた剣が滑り落ち、ヨロヨロと後退る。
これで、納得したか。
汝なんじの剣は、あまりにも軽い。天子である意味を、その重責を、いまだ理解せぬがゆえにな……
そのような剣では、この躰に傷一つつけられぬと知れ！
我われに届かぬ者が、どうして我が覇道を妨げることが出来よう。
余よは……
余よは……ヤマトの……
悪いことは言わぬ。汝なんじ等はこの地にて、やすらかに過ごすが良い。
権謀術策、しがらみ、何より戦いくさから解放され、心穏やかに余生を過ごす。
悪い話ではあるまい。
それって、もしかして……
…………何故だ。
あの皇女が特別な存在だというのは判った。だが何故こんな回りくどい真似をする。
ヤマトに攻め入るのであれば、こんな茶番を労せず勝手にすればいい。
物資を援助していたことにしてもそうだ。
我等を支援しても、トゥスクルには何の利もない。
更にはここにきて、こちらを戦から遠ざけようとするとは……
まるで、我等を守るように……
我等を守る？
いや、それこそなんの利も無い。ならば何故……
従属せよと言っているのではない。
のみならず、この先もエンナカムイの自治を認めるのだ。この上ない条件であるはず。
何を悩む必要がある。
い……やじゃ……
いやじゃ……
いやじゃ、いやじゃ、いやじゃЦ
余よは……余よは取り戻すのじゃ……あの日々を……あの温もりを……
アンジュさま……
だが汝なんじは、己が背負っている全てを賭けて我われに挑んだのだ。
なれば、潔く……
余よは……余よはまだ負けておらぬЦ
今の汝なんじでは我われに届かぬ。それは汝なんじ自身が理解していよう。
う……ぅ……
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁЦ
トゥスクル皇女の言葉に、アンジュは叫びを上げ再び殴りかかる。
━━あぐっ！
だがそれは易々と躱かわされ、アンジュは勢いに足が縺もつれ、地に突っ伏してしまう。
悲しいかな。力なき言葉は戯言たわごとに等しい。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッЦ
激昂してアンジュは立ち上がり、激しく挑みかかる。
だがこれも躱かわされ、また無様に突っ伏してしまう。
……ましてや、自分すら騙せぬ嘘ではな。
う……ぐ……うぅぅ……
くしゃりと、アンジュの顔が歪み、決壊したかのように大粒の涙が零こぼれ落ちる。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッЦ
これまでとは違う、言葉にならない叫び。
アンジュは拳こぶしを無茶苦茶に振り回しながら、駄々っ子のようにトゥスクルの皇女へ掴みかかった。
其方そなたに！其方そなたなぞに！
大切なものを奪われた気持ちが判るか！
温もりを失った気持ちが判るのか！
幼子おさなごのように泣き叫びながら、トゥスクル皇女の胸元を叩き続けるアンジュ。
だが、何故かトゥスクル皇女はそれを避けようとせず、されるがままに叩かれ続ける。
其方そなたなぞに余よの気持ちがЦ
其方そなたなぞに━━
……見るに堪たえぬ。
トン━━
呟きと共に、トゥスクルの皇女がアンジュの頭を軽く突く。
あ……ぇ……？
するとアンジュは二、三歩よろめいたかと思うと、そのまま床に倒れ込んだ。
あっ……あぅ……なんで……
グラグラと躰を揺ゆらし、立ち上がろうとするも、すぐに尻もちをついてしまう。
何故じゃ……何故立てぬЧ
面白かろう？世界が回り、思うように力が入らない。
う……く……あぅ！
無駄だ。少しばかり頭を揺ゆらした。
自慢の力があろうとも、しばらくは立つことすら適わぬ。
ぐ……うぅぅぅぅぅЦ
立て……立つのじゃぁぁぁぁЦ
その叫びも虚しく、アンジュは只ただ地をのたうつことしか出来ない。
……さて。
━━ッЧ
同じ者として、汝なんじにはそれなりに配慮したのだが……
そこまで頑かたくなであれば仕方あるまい。
トゥスクル皇女の声色が、冷たく低いものへと変わる。
何を……する気じゃ……
これ以上の問答は無駄であろうからな。
ならば、汝なんじの心……折らせてもらう。
やめよ……
安心せよ。何も恐れることはない。ただ、しばらくの間、眠ってもらうだけだ。
やめるのじゃ……
全てが終わるまで、安らかに……
もう我慢ならん！聖上から離れろ、私が相手だ。
下がれ。
ぐЧ
これは我等が戦いくさ。
それを穢すか。
ぬぐぅ……
さぁ、力を抜くが良い。
その言葉と共に、ゆっくりと手が伸ばされていく。
受け入れよ。
いやじゃぁぁЦ
そこまでにしていただこう。
今まさに、アンジュに触れようとしていた手を寸前で掴み取ると、背中に庇かばった。
……オシュトル！
退け。汝なんじの出る幕では無い。
これ以上の狼藉、いかにトゥスクルの皇女とて看過出来ぬ。
……そうか。
次の瞬間だった。
不意に体が宙に浮いたかと思うと、そのまま背中から床に叩きつけられる。
カハッ━━！
邪魔だ。
グッ……
クソ、反応出来なかった……何という体捌きだ。
主あるじ様。
わたし達がお護りします。
前に進み出ようとした二人を手で制し、下がらせる。
むせ返りそうになるのを堪こらえつつ、再びアンジュを背にして立ち上がった。
聞こえなかったのか？邪魔だ。
それに対し、ただ扇を構えることで応える。
ゾワリ━━
鳥肌が立つような、チリチリと空気がざわめく感覚。
何故……それを……
……ぬ？
トゥスクル皇女のどこか気怠けだるく、物悲しげな雰囲気が一変、冷たく鋭いものへと変わった。
何故それを……汝なんじが持っている。
表情は見えないが、構えている扇に射貫くような視線を感じる。
この扇のことを……言っているのか？
……亡き友の……形見だ。
……友？
『友』……だと？
ぐはッЧ
何……が……
先程とは比べものにならない衝撃に、世界が捻ねじれ、全身が軋みを上げる。
朦朧もうろうとする意識の中、土草の香りと感触に、壁を突き破って外まで吹き飛ばされたのだと気付いた。
ぐ……お……
ちょっと……待て……いきなり殴ってくるとか、問答無用かよ……
瓦礫を踏み越え、足音がゆっくりとこちらへと近付いてくる。
ぐッ……
何とか立ち上がるも、ガクガクと膝が笑い躰が言うことを聞かない。
おまけに手加減無用ときたもんだ……皇女さんのと対応が違いすぎるだろ。
汝なんじが……
汝なんじが、それを吐ぬかすかァァЦ
その獣のような咆吼に空気が震え、まるで心の臓を鷲掴みにされたかのように、居合わせた者達を戦慄させる。
ぐおァЦ
とっさに護りを固めるが、それも意味を成さずに再び殴り飛ばされる。
ゲホッ、ゴホッ━━
何が……友だ。
ぐッЦ
何が……形見だ。
がッЦ
友とは、常に互いの傍かたわらに立ち、背中をあずけ、支え合うもの。
がはッЦ
ぁ……あ……
それが出来なかった者に……
ぐぅッ。
背を裏切った者に……
かッ……
あ……ぁ……
そのような台詞を吐く資格はないЦ
オシュトルЦ
ぐぬうぅぅぅ、何故だオシュトル、何故反撃しない……
姉上。
判っている！オシュトルは反撃しないのではなく、今はひたすら耐えているということくらいは……
だがな、聖上を辱められたのだ。愉快な気持ちではいられん、いられると思うか！
それは彼とて同じ筈。ですが、その彼が耐えている限り、反撃の決断を下すのは僕達ではありません。
彼は、僕達の総大将なのですから。
とはいえ、少々面白くない状況なのも確かですが。さて……
さっきから……この皇女は……何を言っている。
クソ、歯が折れた……理不尽にも程がある……
どういう意味だ……何故……友と言っただけで……
護れなかった……？何のことだ……
不味い……朦朧もうろうとして思考が定まらない。
ȴ
ȴ

ȴ

ǖ

ǖ

トゥスクル皇女
何故……何も言い返さぬ。
貴様のことは武士もののふとして認めていた。これがヤマトの漢なのだと……
だが、見込み違いだったようだ。
違う……オシュトルは……
そう言うトゥスクル皇女の手が、こちらに伸びてくる。
しばしの間、安らかに眠るがいい。
次に目覚めた時……すべてが片付いているだろう。
そして、その手が額に触れた。
……嘗めるな。
━━ッЧ
その瞬間、何かが弾けるような衝撃音と共に、トゥスクル皇女の手が弾かれる。
ぷッ……
吹き出した歯が地面を転がる。
これで幕引きとは片腹痛い。
言ったはずだ。まだ決着はついていないと。
無駄だ。最早もはや心折れ、その者が立ち上がること適わぬ。
…………
それとも、汝なんじが相手になると？
いいや、聖上は必ず立ち上がる。
必ず。
オシュトル……
ほう？そう言い切れるとはな。
何故そこまでして、その者を信じられる。何故そこまでして、その者に仕えようとする。
我われの目は誤魔化せぬぞ。汝なんじが忠義は帝ミカドへのもの。
汝なんじはその者に忠義を捧げていない、とな。
……ッ。
その言葉にアンジュの躰がビクリと震える。
亡き帝ミカドに、いまだ呪縛されているのか……と思ったが、それとも違うようだ。
だからこそ判らぬ。
汝なんじが何故そこまで付き従うのか。
……オシュ…トル？
何故……か。
ああ、判るまい。
全てにおいて優れ、卓越した者であるが故に、誰の支えも必要としない貴公にはな。
ぬ……
それ故に本当に理解してくれる者のいない、そして誰のことも理解しようとしない、孤独な貴公には。
……貴様ッ。
確かに聖上は未熟である。
帝ミカドの寵愛に胡座をかき、勉学を疎かにして精進を怠おこたってしまった。
………
だが、我等は知っている。あの時より聖上が、どれだけ勉励べんれいに励んでいるかを。
我等は知っている、聖上が日々成長しておられることを。
いずれそう遠くない日、聖上は帝ミカドの意志を継ぐに相応ふさわしい御方おかたに成られるであろうことを。
オシュ……トル……
聖上は誓った。必ずや大願を成就させ、帝都を取り戻してみせると。
なれば某それがしは、聖上が本懐をとげるその時まで、盾と成り鉾と成ろう。
それが答えか。疑問に対する答えにはなっていないが……いいだろう。
だがな、オシュトル。そこの皇女には、その覚悟が無いと見える。
っ……
………聖上。
動かぬ……
躰が……動かぬのじゃ……
立たねばならぬのに……躰が動いてくれぬのじゃ……
これでは皆みなに……顔向けできぬ……こんなに不甲斐なくては……余よは……
もう……皆みな……愛想を尽かしたに決まっておる……
不甲斐ない……ね。
オシュ……トル？
あの男なら……こう言うでしょう。
それがどうした、と。
オシュト……
今更何を言ってんだ。皇女さんがヘッポコだってのは判りきってることだろ。
皆みんなが知ってるってのに、何を気にする必要がある。
オシュト…ル……う……うぅ……
……ウコ…ン？
んで、それの何が悪い。
……ぇ？
完璧なヤツなんて居やしない。多少不甲斐ないくらいは愛嬌あいきょうってもんだ。
まさか……ッ━━
じゃが……
じゃがそれでは皆みなに示しが……
足りない部分なんてのは皆みんなで補えばいいだろうに。
大体、旗印なんてモノはドンと構えているのが仕事だ。
無双の強さも、万の軍勢を操る知略も必要ない。そんなのは他の奴に任せておけばいいのさ。
それにな、皇女さんは頑張ってるよ。
止めよ……
周りを見てみな。皇女さんが頑張ってることは皆みんなが知ってる。
あ……ぁ……
ここに居る奴等は、義務や義理なんかじゃない。みんな皇女さんの為に残った、酔狂な連中だ。
止めヨ……
他の誰でも無い、ヤマト再興の為でも無い。
皇女さん……お前さんが好きで、お前さんが心配で、お前さんの為だけに、ここに残った連中だ。
余よの……
こんな余よの為に……
そのお前さんが、もう諦あきらめるってんなら、それでいいさ。
こっちはそれに従うまで。皆みんなして、この地で悠々自適に過ごすのも悪くないしな。
汝なんじが……
言ってみな。皇女さんは、どうしたい。
余よは……
余よは取り戻すのじゃ……
あの日を……楽しかった思い出を……
余よを慕ってくれた民を……取り戻すのじゃ……
そうか。んじゃ、まずは立つことからだ。
なぁに、少し躓つまずいたくらいが何だ。お前さんは一人じゃない、皆みんながついてるんだし何とかなるだろ。
何とかならなかったそん時は……みんなで笑って誤魔化しゃいいさ。
汝なんじガ……
それとも、何もせずに笑われる方が好みか？
………………ハク。
そう、彼奴あやつなら……ハクならそう言って……
汝なんじガその名ヲ……
汝なんじガその名ヲ語ルかッ……
チッ……ちと不味いか……
クロウ、判っていますね。
ういっス。
……ハク。
アンジュの躰に力が籠る。
ッ……う……ぐぅ……
叱咤するように何度も足を叩き、立ち上がろうと躰を震わせる。
そう……じゃ……
この程度でへこたれては……彼奴あやつに笑われてしまう……
彼奴あやつになぞ笑われてやるものか……
余よをおいて……勝手に……いなく……なりおって……
見ておれ……絶対に……泣いて……やるものか……
絶対にじゃ……絶対にじゃぞ━━
……ああ、それでいい。
それでこそ、このオシュトルが聖上と謳う皇女さんだ。
兄あにさま……
━━ガッЧ
突然の強烈な一撃に、たまらず吹き飛ばされる。
オシュトルさまっЧ
もウ……黙レ……
そこマで虚仮コケにしてくれたのだ……覚悟ハ出来てイような。
ッ……何やら、お怒りのようだ。放置していたのが気に食わなかったのか？
だが━━
何か、勘違いされているようだ。
貴公の相手をするのは某それがしでは無い。
そしてトゥスクル皇女の背後に目を向ける。
そこには二本の足で大地を踏みしめて立つ、アンジュの姿があった。その顔には誇り高く、不敵な笑みが浮かんでいる。
……性懲りも無く。
待たせたのオシュトル。
下がるがよい、それは余よの獲物じゃ。
……御心みこころのままに。
よかろウ、いい加減……目障りニなってきたトコロダ……
そレが望みとアらば━━
心配要らぬ。聖上はもう折れたりはせぬ。
兄あにさまは信じているのですか……？
しっかし、世話の焼ける皇女さんだ。
のんべんだらりと出来たあの頃が懐かしい……まったく、どうしてこうなった。
すると、こちらの心中を察したのか双子たちが躰を押し付け、纏まとわり付いてきた。
主あるじ様、お疲れ。
わたし達が、お慰めしましょうか？
こりゃあ、特別労働手当でももらわんと割に合わんな……
口をついてでた言葉は、かつてハクと呼ばれた頃と変わらぬままだった……
…………ぇ？
いま……
いま……なん…て……
あ……ぁぁ……
まさ…か……
まさか━━
せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッЦ
クッ……
アンジュの拳こぶしを腕で防御するも、その衝撃を受けきれずに弾きとばされた。
待━━
てやッ、てやッ、てやッ、やああッЦ
ッ、こんなこと━━
ハァァァァァァァァァッ！
待てと━━
そのままアンジュの優勢は続く。
先程までと違い、アンジュの拳こぶしはトゥスクルの皇女を追い詰めていった。
すごい……
聖上が力負けしたのは、気持ちが負けていたからだ。
心さえ曇っていなければ、聖上は負けはせぬよ。
……兄あにさまは、そのことを知っていたですか。
兄貴は皇女さんを頂点に君臨する存在と位置づけた。あの兄貴が、だ。
ならば、同じヒトであるもの……天子と呼ばれようが同じ存在に後れを取るはずがない。
加え、向こうの皇女に迷いと焦りが見え、動きに切れが無い。
おそらくは、立ち直ったことが想定外だったのか。
止めよ、今は━━、ッ！
たぁぁぁぁぁぁЦ
ええなぁ、楽しそうやぇ。
アンジュさま……頑張って……
いけっ、そこ、ああっ、そこです！
やぁ、はぁ、せぃ、らぁぁぁぁぁぁッЦ
こ…の……調子に……
終わりじゃ！
のるな！
ゴッЦ
勢いを乗せたアンジュの拳こぶし。
だがそれは寸前で避けられ、反対にトゥスクル皇女の拳こぶしがアンジュの頬にめり込む。
カハ……
聖上Ц
不味い━━
カウンターをまともに喰らった。あれでは攻撃の勢いを上乗せで返されたと同じ……
アンジュの躰がグラリと傾く。
ッ━━
だが、アンジュは倒れること無く踏み止まり、再び拳こぶしを振り抜いた！
ゴガッ！
ガ━━
その一撃は顔面を捕らえ、トゥスクル皇女は上半身をのけ反らしヨロヨロと後じさる。
ぉ……おお……やった、やったぞ！
どう…じゃ、これでもまだ……同じ事が言えるか。
……………
…………ま……だ。
ぅぬ？
━━邪魔だァЦ
轟ッ━━
トゥスクル皇女が薙ぎ払うがごとく腕を一閃いっせんさせる。
空が吼え、地が震えんばかりの衝撃に、アンジュの躰は木の葉のごとく吹き飛び、何度も地に叩き付けられ転がった。
アンジュ……さま……
ッ……
動くな。
駆け寄ろうとするネコネを掴み、オウギに目配せをする。
は、放せオウギ、聖上が！
いけません姉上。ルルティエさんも、そのまま動かないで下さい。
で、ですが━━
信じましょう、オシュトルさんが信じた聖上を。
オシュトルさまが信じた……アンジュさまを……
ハァ、ハァ、ハァ━━
これで……もう立てまい。
意地を張りさえしなければ……
そう呟くと、トゥスクル皇女は何かを振り払うかのように大きく息を吸い、こちらに振り向いた。
面紗めんしゃ越しではあるが、明らかに強い視線を感じる。
まさか……ほん…とうに……
もっとよく……顔を……
何処を見ておられる。
…………え？
他所見している余裕など、あるとお思いか。
ただ一点を見つめる。
あの時、皇女さんは心を折られながらも立ち上がった。
ならば信じよう、再び立ち上がると。このオシュトルが信じずして誰が信じる。
何よりも……
なに…を……
何を言って…るのかな……
どう…して……
見つめる先、ゆっくりと……だが、揺るがぬ意志で、アンジュが立ち上がりつつあった。
挫折を乗り越えた者は……もう折れぬ。
………それで終わりか？
━━っЧ
ウィツァルネミテアの天子……とか言うておったが、案外大したことないのじゃな。
何故……立てる。
手応えはあった。まともにあれを受けて、動けるはずが……
余よに言った言葉はそのまま返してやろう。
其方そなたは軽いのじゃ。そのような重みの無い拳こぶしで余よを封じようなどと、笑止千万！
………そう…か。
まだ我われに抗うと言うか……我われの邪魔をしようと……
何度でも戦おうぞ。其方そなたが倒れるまで、何度でも立ち上がる。
さすれば、最後には余よの勝ちじゃ！
…………ッ。
やあぁぁぁぁぁッЦ
ハァァァァッЦ
アンジュが渾身の力で殴りかかるのを、トゥスクル皇女が迎え撃つ。
両者譲らず。激しい撃ち合いが、いつ果てるともなく続く。
だが、やがて……アンジュの方に、明らかに疲労が見えてきた。
がんばって……
がんばって、アンジュさま……
聖上！そこ、右、右です！
アンジュさま、がんばって下さい！どうか……どうかЦ
なぁなぁ、放してくれへん？
この戦いに割り込むのは、少々無粋かと。
いけずやなぁ……こんなん我慢しろなんて。
……がんばるのです。
姫殿下、頑張るのです！
……どうして。
余よは負けぬ……
ああ、聖上は負けぬよ。
このオシュトルに誓ったのだ。必ずや、勝利されよう。
……はいです。
……違う。
違う……ちがう……
どうして……仮面アクルカなんか……
あなたは━━
余よは負けるわけにはいかぬのじゃ！
なッЧ
突然の轟音と舞い上がる土埃。視界が遮さえぎられ、しばし戦闘が中断する。
やがて土埃が晴れると、そこ━━アンジュの数間先には━━
一振りの剣が、まるで大地を穿つかのように、中庭に深く突き刺さっていた。
カル……お母…さま……？
いや、それは剣と言うにはあまりに分厚く、巨大なモノ。
なん……誰が……
誰かが投げ込んだのか。辺りを見回すがそれらしき影は見当たらない。
だが、あんなのを投げ入れることが出来る者とは……
天……から……
そうじゃ……きっとお父上が……
アンジュはその、自らの身長を超えた、巨大な剣の柄を握り締めると━━
ぬッ……
━━一気に引き抜いた。
ぁぁぁぁぁあああああッЦ
風がうねりを上げた。
余よを誰だと心得る！ヤマトが天子、アンジュなるぞ！
アンジュは軽々と大剣を振りまわすと、上段から渾身の一撃を放った。
下がれ、田舎者Ц
まるで爆発したかのような衝撃が、トゥスクル皇女を襲う。
━━ッ！
咄嗟とっさに両腕で防御するものの、耐えきれず、躰ごと吹き飛ばされた。
たたき付けられた岩壁が、粉々に砕け散り、濛々もうもうと砂塵が舞う。
やったです……
だが、視界が開けた時、そこには━━
砂煙をまとって独り佇たたずむ、トゥスクル皇女の姿があった。
そんな。
あれを喰らって……平気だとでも言うのか……
トゥスクルの皇女とは、どこまで……
いえ、さすがに効いているようですよ。
ハァ……ハァ……ッ……
ついに限界に達したのか、その躰が大きくよろめいた。
ハァ……フゥ……ハァ……
アンジュの方も、今ので力を使い果たしたらしく、剣を杖代わりに立つのが精一杯……という風体であった。
双方、そこまで！
互いに力を出し尽くし、存分にやり合ったのだ。もう充分であろう。
じゃが━━
これ以上は勝っても負けても遺恨が残る。
そう考えればこれで良しとするべきだろう。
いやいや、流石さすがはヤマトの皇女さんだ。まさか、うちの姫さんと互角に渡り合うたァ、感服しやしたぜ。
クロウ……
確かに、ここまでやれば互いに満足したってモンでしょう。
喧嘩、大いに結構。続きは、後のお楽しみってことで。
言葉が過ぎますよ、クロウ。
双方痛み分けということで収めていただけますか？
某それがしも異論は無い。
とりあえず、姫様同士の荒事は片付いたが、ここからが本題だ……
さて、トゥスクルの方々よ。
態々わざわざ御足労頂いて申し訳ないが、貴國の提案は受け入れがたい。
どうか、このままお引き取り願おう。
へぇ？何を言い出すかと思ったら、面白ぇ。
つまり、トゥスクルからの援助は受け入れずに朝廷と戦うと？
このヤマトを統べるのは我等が聖上である。
それを是とせず、簒奪しようというのであれば、共に戦うわけにはいかぬ。
当然、援助も無用に願う。信頼できぬ者達に胃袋を握られるのは落ち着かぬ故に。
ふっ、違えねぇ。
ですがそれは、些いささか無謀が過ぎるように思えますが。
今の状況で帝都を奪い返せると、本心からお思いですか。
どれほど強大な敵であっても、我等を打ち負かすことは出来ぬ。
聖上御自おんみずからが、たった今、証明されたようにな……
言ってくれるね。
心意気は大いにわかりやしたが、それだけで、はいそうですかと、引き返すわけにはいかねぇ。
こちらが納得出来る理屈ってのを示してもらわねえと……
わざわざ今、トゥスクルが戦いに加わる事もあるまい。
戦乱が長引き、弱り切ったヤマトを叩いた方が楽が出来る。
なるほど、それで？
ヤマトが取るに足らぬ國と成り果てた時には……我等もろとも滅ぼせばよい。
共倒れを狙い、全てを奪い取るのが、一番理にかなっている……
自分でそれを言うかい？
なるほど……噂通り剛胆な方のようだ。
………………
よかろう。
トゥスクルは此度の争乱においてヤマトに侵攻せず。汝なんじ等が健在な限り、不可侵を貫こう。
その言葉、信じるとしよう。
あくまで汝なんじ等が敗れるまでの様子見だ。
構わぬな、ベナウィ、クロウ。
御意に。
ヤマトの件は、姫さんが一任されてるんですぜ。そう決めたのなら、何の文句がありやしょうや。
持ってきた物資は置いてゆく。いろいろと壊した詫わびだ。受け取っておけ。
其方そなた……
其方そなたは、案外良い奴じゃな。
…………帰るぞ、ベナウィ、クロウ。
アンジュの声には応えようとせず、トゥスクル皇女は踵を返し、立ち去っていく。
ういっス。んじゃ皆みなさん方、何時かまた会いやしょう。
それでは失礼致します。
そん時は……アンタと戦やりあってみたいもんだ。
去り際の二人の眼差しに、底知れぬ迫力を感じて、思わず身がすくんだ。
ふふ、本当に世話の焼ける子達ですこと。
いいのか？あれは……
……ええ。飾られているよりも使われてこそ、剣も本懐をとげられるというもの。きっと、喜んでいますわ。
そうか。
ふふ、なんて健気で可愛らしい子達。乱世の中にあっても、花は色とりどりに咲き乱れるものなのですね。
ああ。いつかどこかで見たような……そう……とても懐かしい風景だった。
҈
ʸ
ʐ
トゥスクルの隊列が、エンナカムイの地を去って行く。
ほとんどの荷を下ろしたせいで、荷車のたてる音は軽く、辺境の道だけあって時おり大きく揺れる。
窓の外の景色が、少しずつ流れてゆく。
そのせいで、ゆっくりと、でも着実に、皆から離れていくことが……車の中にいても実感出来た。
これでもう……
二度と皆みんなと……
覚悟の上のことだった。
覚悟していたけど、でも……
オシュトル……
多分……彼は……
違う、多分じゃ無い。
きっと彼は━━
どうして……
どうしてそんな姿を……
どうして仮面アクルカなんかを……
ハ……ク……
……本当にヤマトへの侵攻は止めちまうんですかい。
トゥスクルの皇女が発した言葉です。容易に覆すわけにはいきません。
こうなったのも……お嬢の、狙い通りですかい？
……何のことか。
わざと怒らせるような言葉をぶつけて奮起させ、連中の団結を強めた。
違いますかい？
知らぬ。
何年、お嬢を見てきたと思ってるんです。
我われはトゥスクルの皇女である。
他國に与して、トゥスクルの決定を違たがえる様な真似はせぬ。
そういうことに、しておきやしょうか。
何にせよまぁ……
そろそろ感情を凍らせるのは止めましょうや。
そんな無表情で泣かれたんじゃ、恐くていけねぇ。
………
……泣いて？
ぽたり━━
手の甲に雫が滴り落ちる。
その時初めて、頬をつたい、ポロポロと大粒の涙が零こぼれていることに気付いた。
あ……あれ……？
ソレを拭ぬぐうも、止め処もなくあふれていく。
…………
泣いてなどおらぬ……
目に……埃ほこりが入った……それだけだ。
我われは……
我われはトゥスクルの……
ウィツァルネミテアの天子であるぞ。
ンなこたぁ関係ェ無えさ。
親友ダチの為……怨まれると承知の上での大芝居……
見事でしたぜ。ねぇ、大将？
………………
どのくらい車に揺られただろうか……
ふいに車が止まった。
ここらでしばらく休憩にしやすか。
そうですね。
イツツ、腰と尻が痛え……
しばらく眠りやすんで、くれぐれも、何処か行ったりしないよう頼みますぜ。
私はこの辺りの見回りに行ってきます。
ベナウィが馬車から降りると、クロウはクオンから背を向ける形で横になる。
すぐに賑やかな鼾いびきをかきはじめた。
まるで、行けと言わんばかりに。
ンゴォォォ……グゴォォォォ……
でも……私わたくしは……
…………噴ッ！
ぷぅぅぅぅ└┐……ぶぽッЦ
そんな音と共に、ナニカが室内に充満してゆく。
…………臭くさぁЦ目がァ、目が染みるぅЦ
あまりの刺激に、さっきとは違う涙があふれ出る。
たまらず、扉を蹴破るように車から飛び降りた。
━━ゲホッ、ケホッ、ゴホッ。
な━━、何をするかな、クロウЦ
ンゴゴゴォォ、ガゴゴゴゴコォォォ━━……
批難の声に反応は無く、高鼾いびきだけが聞こえてくる。
でも判る。あれは絶対に寝たふりだ……
クロウ！
……ぷゥ？
返事が返ってきた。オナラで。
うぐぐ……
この男に対して、正面からまともに相手をするのは、愚の骨頂。
悔しいが経験が違う。
何か助力になるものを求めて、振り返ってみると……
…………ベナウィ？
飛び降りた車のすぐ側で、ベナウィが佇んでいた。
他には誰もいない。付き添ってきた護衛の者、女官達、誰の姿も見当たらなかった。
女皇みこと、これを。
戸惑っていると、ベナウィは手にしていた荷袋を差し出した。
つられて受け取り、中を覗いてみる。
袋の中には、着替えや手拭いなどの日用品、応急処置用の薬草、保存のきく乾果が小分けされて、ぎっしりと詰められていた。
これって……
フミルィルから預かった物です。
フミルィルから……
お行きなさい。
っ……
でも、私わたくしは……
『立ち止まるなかれ。思い悩む時、心の声に耳を傾けよ』
あの御方の言葉です。
こんな事をしたら、いくらベナウィでも……
他に誰も居ないのは、巻き込まないための配慮だろう。
最初から、こうするつもりで……？
ベナウィ……
ゴメンね……でも……
ありがとう━━
━━行ってくるね。
ふふ……
やはり女皇みことには笑顔が似合います。
やれやれ、やっと行ったかい。
大きくなったと思ったが、まだまだ世話の焼ける。
にしても……我ながら強烈すぎたかねぇ。
ぷぅぅッ……
……ふぅ、ンゴ━━、臭くさッ！
何か悪いモンでもくったかな。
窓開けて換気しねぇと。
……あら？
ちょ、開かな……
ちょっ、ちょっと、誰か開けてくんねぇ？て言うか、大将！いるんでやしょう、大将Ч
窓の隙間から外を覗くと、無表情なベナウィの顔が見える。
……………
大将っ！開けてくだせぇЦ
…………………
大将、開けてくれっЦ大将おっ、大将おぉっっっЦ
……しばらく、そのままでいてもらいます。
大将おっ、大将おぉぉぉぉっっっЦ
無理難題を突き付けてきた他國の皇女を、アンジュが力づくで追い返したという一幕は、瞬またたく間に広まる。
城下は大いに沸き立ち、アンジュの武勇伝が繰り返される度に、兵達の士気が高まっていった。
追い返したら、苦しいことになるのでは……という事に気付いていないのか。
というより、ソレをどうにかするのが、こちらの役目か。
聖上、よくぞ最後まで、戦い抜かれました！
一時はどうなることかと思いましたが……
ふ……ふふん、あれは、相手の目を欺くための演技じゃ。
本当なら、チョチョイのチョイなのじゃが、すぐ勝ってしまっては興ざめというもの。
相手に花を持たせてやるのも、慈悲深き天子の務めじゃからな。
流石さすがは聖上、なんと気高きふるまいであることか！
そ、そうじゃろう？
ふはははは、もっと褒めても良いのじゃぞ。
あ……アンジュさま、動かないで下さい。
うまく傷薬が……
あひひひ、し、染みるのじゃ。
もっと優しくなのじゃ。
あ、はい……これで、いいですか？
う、うむ、良い感じじゃ。
ええなぁ、ウチもやってみたかったなぁ。
お姫さまばっかズルイぇ。
今更何を言っておるのじゃ、余よがどれだ━━、ゲフン、ゴホン。
どうかしたのけ？
な、何でもないのじゃ……
ぬぐぐ、ここで、余よの艱難辛苦かんなんしんくを語ることは出来ぬ……余はチョチョイのチョイで勝ったのじゃからな。
それにしてもまさか、お姫さまがこんな力を隠してたなんてなぁ。
あ、そうや。
なぁなぁ、ウチと殺やり合ってみいひん？
ひぎぃЧ
うひひ、我ながらいい考えや。
飛び散る血しぶき、痛みにゆがむ顔、斬ったり斬られたり、殴ったり殴られたり、それはもう、とっても楽しいと思うんよ。
べ、別に余よは一向に構わんのじゃが、今日は疲れたからな！
じゃあ、明日あした。
あばば、そ、そうじゃ、天子たるもの、私闘などもってのほかだったのじゃ、残念じゃ！とても残念なのじゃ！
そんな動かれては。
あぃたたた……
そうなのけ、ガッカリや……
兄あにさま……
心配要らぬ。物資の件は何とかしてみせよう。
……はい。
いえ、それなのですけど、そうではなくて。
オシュトルさま、お怪我の治療を。
聖上の方は。
はい、擦り傷は幾つか見受けられましたが、頭への深い傷はありませんでした。骨折もありません。
そうか、大事に至らなくて良かった。
あれだけの打撃をうけて、その程度の軽傷とは……
ではオシュトルさま、そちらに。
……顔に触れさせるのは不味い。
いや、某それがしは大したことは無い。
某それがしには右近衛大将としての矜恃がある。この程度で治療などという大袈裟な真似は出来ぬよ。
ですが……
なぁに、唾ツバでも付けておけば治るというもの。
の、のうオシュトル。オシュトルも余よに何か言うことがあるじゃろ。
……んむ？どうかしたのか？
いえ、オシュトルさまの手当をと思ったのですが━━
……それはいかんぞ、オシュトル。ちゃんと手当をせねば、怪我は後でどう影響するか判らんぞ。
うむ、その通りじゃ。其方そなたの躰は其方そなただけのものではないのじゃからな。
クネクネしながら誤解されるようなこと言わないでもらいたい。
ネコネ、そんな目で兄を見るな。違うから。
何かあってからでは遅いのじゃぞ……ならば、よし！
褒美じゃ、余よが直々に手当して━━
あ、兄あにさまの手当はわたしがするのです！
ネコやん健気やぇ。お兄ちゃんを取られたくなくて、必死なんやね。
うむ、麗しき兄妹愛だな。
む……
違うのです、何を言ってるのですか！
うひひ、ネコやん、照れてる。
そうやって一通りの手当を済ませた頃、トゥスクルの支援物資を調べていた一行が戻ってきた。
確認終了。
物資の確認、終わりました。術が仕掛けられている痕跡は、ありませんでした。
毒物の反応もありません。純然たる支援物資に間違いないかと。
御苦労だった。ならば、かの國の厚意、存分に使わせて頂くことにしよう。
一方その頃━━
郊外に出かけていたせいで、今回の騒ぎを知らずにいた連中がいた。
日がかげる前に戻ってきたものの、まだ何も知らないせいで、その歩みはのんびりしている。
すごかったな、キウル。
おはないっぱいで、とってもきれいだったぞ。
キウル、ありがとうな！
うん、喜んでくれたみたいで良かった。
悪いね、気を使ってくれたんだろ。
え？
シノノンの奴、ここに来てから元気なかったからな。
いえ、別に……そういうわけでは……
旦那がああなっちまって、姉御も國に帰っちまったからなぁ。
俺も何とかしたかったんだが、どうしていいものやら。
大人の事情はいろいろあるでしょうが……
でも、シノノンちゃんは、笑顔が一番だと思いますし。
ふっ……お前さん、なかなかに漢を上げたじゃない。
出会った頃は少々頼りなかったが、一皮剥けたっていうのか。
そ、そうでしょうか……そう言われると、何だかくすぐったいというか。
まぁ、それはともかく……よかったのか？あの場所は、取って置きだったんじゃないのかい？
い、いえ、そんな……
別に、いつかネコネさんと、とか考えてたわけじゃ……ハ……ハハ…ハ……
そ、そうかい……
キウル、じんせいあきらめることもひつようだぞ？
ぐふっЧ
だがあんしんしろ。もしふられたら、シノノンがなぐさめてやる。
だからおもうぞんぶん、ふられてこい。な？
シ、シノノンちゃん、言ってる意味、判ってるのかな……
ようし、うちまできょうそうだ。いくぞ、キウル。
わっ、シノノンちゃん、そんな走ると危ないよ。
やれやれ、気遣う相手を間違ってるじゃない。
いろいろと気遣いが出来るのに、好きな女にはどう接していいかわからないとか……器用なのか不器用なのか。
まぁ、言ってやらねえがね。
父親ってのは可愛い娘おんなの為なら禍日神ヌグィソムカミにも成るって、昔から言うしな。
許せよ？
あれ、誰だろ？
あん？
あの岩陰……誰か門の方を窺うかがってるように見えます。
キウルが言った方に視線を移すと、何か挙動不審な人影がちらちらと見える。
ありゃあ……
……あねご？
ひゃЧ
え……クオンさん？どうして……
その……えと……
何はともあれ良かった！またお会いする事が出来たなんて！
う、うん……
皆も喜びます、さぁ、城内へ参りましょう！
そうなんだけど……
お～、あねご！かえってきたか！
いつもどってきた？
シノノン……
いいつけどおり、いいこにしてたぞ。
私は……その……あれから……
わかってる、なにもいうな。
きっと、ばつがわるくて、もどりたくてももどれないにちがいない。
うぐ……
だから、きがつかないふりしてやるのが、やさしさだ。
そう、とぉちゃんが言ってたからな！
……ヤクトワルト？
ピュ～……プピュ～……♪
ヤクトワルト……
怒りに声を震わせるクオン。
ヤクトワルトは関係ないとばかりに、そっぽを向いて口笛を吹くが……
なにをしてる、みんなのとこにいくぞ。
グイッ━━
あわやというところで、シノノンがクオンの手をとってかけ出した。
あЧま、待ってシノノン━━
やれやれ、からかったつもりじゃなかったんだが。シノノンのやつ、俺に似て物覚えがいいからな。
あの……やはり子どもには、何でもざっくばらんに話さない方がですね……あ、いや、そんなことよりクオンさんですよ！
まさか、まさか、戻ってきてくれるなんて！
何にせよ、また面白いことになりそうじゃない。
お～い！
ん？
シノノン……何かあったのか？
……きこえる。
運命サダメの唄……すべては大いなる意志のままに……
お～い！かえってきたぞ！
あねごが！かえってきたぞ！
あねご……？
あねごって……いや……まさかЧ
シノノン、待ってってば。
あははは、どうだ、あねごだぞ！
あねごがかえってきたぞ！
な……
クオン……
あっ……
姉あね…さま……
クオンさま！
感極まって叫ぶと、ルルティエはクオンの元へと駆けだしていく。
クオンさま……クオンさま……
ルルティエはクオンを抱きしめると、胸に顔を埋め、激しく泣きじゃくる。
ルルティエ……
クオンはその背を優しく撫でて、ルルティエに頬笑んだ。
ゴメンね。
いいんです……
戻ってきてくれただけで……それで……
それだけで……
クオンはん、おかえりや～。
ずいぶんと軽いな。もう少しこう……何か無いのか？
そうけ？
クオンはんはちょっと実家に里帰りしてただけやもん。すぐに戻って来るって思ってたしなぁ。
アトゥイ……
ふぅむ、それもそうか。
何にせよ、よく戻ってくれた。クオンがいてくれるのは力強い。
それを言うなら心強いかと。
そうだ、そうとも言う。
しかしどうせなら、もう少し早く帰ってくればよかったものを。
聖上の素晴らしきお姿を、その目に留めることが出来なかったとは……真まことに残念極まりない。
ノスリ……
ふふん、久しいのじゃ。
其方そなたが送ってくれた薬でこの通り、すっかり元気になった。礼を言うぞ。
其方そなたにも見せてやりたかったぞ。
余よの無双な姿を。
アンジュ……
みんな……
何も……言わないんだ……
何も聞かないんだ。
何を聞けと？
事情が事情だ。ハクと一番つき合いが深かったのはお前だ。
そのハクが、ああなってしまったとなれば正気でいられなかったのは無理ないこと。
なのに、どうして責められる。
ノスリの言葉から暖かい気持ちが伝わってきて……クオンはそれ以上は言い返せず、黙り込んだ。
そんな中、ネコネだけは……
クオンが声をかける前に、走り去ってしまった。
ネコネ……
ネコやんな、きっと、どうしていいか判らないんよ。
そうだな。いろいろとあった……
何やかんや言っても、ハクに心を許してたからな。クオンにいて欲しかったんだろう。
なぁに、心配するな。あの子は賢い。
きっと、すぐに判ってくれる……
そう……なのかな。
ウチは、ちょっとネコやん慰めてくるぇ。
ゴメン、お願い……
わたし、お茶を煎れてきます。
待ってて下さい、取って置きなんですから。
ルルティエを見送るクオンの様子をじっと見た。
一緒にいた頃と何も変わっていない……しばらく離れていたのが嘘みたいだ……
ふとクオンがこっちを見た。
視線が合って……クオンの動きが止まる。
…………オシュトル。
何を話したらいい……
クオンが帰ってきてくれた……
何か……話さなくては━━
…………あのね━━
よく戻ってきてくれた━━
言葉が重なって、互いにそれ以上、続けることが出来ない。
何か、言おうとしたか？
う、ううん、何でも。続けて。
では……
しまった、何を言うつもりだった？こんな時に限って……
主あるじ様、そろそろ。
主あるじ……様？
どうして……そのコ達が……
おひさ。
お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
どうしてそのコ達が……側にいるかな。
っ……ああ、これは。
主あるじ様の遺言。
オシュトル様に仕えるよう言われましたので。
余よも驚いたが、それだけオシュトルの徳が高かったのじゃろう。
いえ、それだけこの二人の想いが強かったのかと。
ふうん……そう……なのかな……
ふぅ……なんとか、納得してくれたみたいだな。
とにかく、つもる話は後じゃ！まずは宴うたげを開かねば！
余を救ってくれた者を、いつまでもこのような場所に立たせておく気はないぞ。
皆みなの者、宴うたげの支度じゃ！今宵は無礼講じゃぞ！
ݘ
……全てはヤマトの安寧のためだ。事と場合によっては、貴様にも協力してもらう。
承知しました。
ふん……精々期待させてもらうぞ。
せっかくご来訪いただいたのですから、お茶でも煎れさせましょう。客間を用意させますので、少々お待ちを。
ここでいい。それより……
それが例のモノか？
ええ、未完成なので物になるかはわかりませんが。
相変わらず趣味の悪いことだ。俺でも、ここまではせぬがな。
いえ、研究なのですが……褒め言葉と取っておきますね。
第一、これを使えるように依頼してきたのは貴方ではありませんか。でなければこのような……
そういう事にしておいてやろう。
ݖ
ʐ
ʐ
城塞の修繕費に……こっちは兵糧の補充か。さて、どうしたものか。
判っていたことだが、やはり戦いくさには金がかかる。
とはいえ、何もしないわけにもいかぬしな。
立て続けに起きた騒動の被害を記した書簡を前に、腕を組んで考え込む。
トゥスクルの物資もあるし、この度の出費は予想の範囲内なんだが……
……ふぅ、そろそろ終わりにしておこう。
誰もいない政務室で、読み終えた書簡を置いてぐっと背伸びをする。
すっかり遅くなってしまったな。もう休むか……
ああ、すまな━━
茶を受け取り、礼を言おうと振り返ったところで、思わず言葉を止めてしまった。
お疲れさま、オシュトル。
クオン殿か。どうしたこんな遅くに。
ウルゥルとサラァナか、あるいはルルティエ辺りが気を利かせてくれたのかと思っていたんだが……
少しいいかな？お茶でも……どうかなって思って……
ちょうど喉が渇いていたところだ、助かる。
……考えてみれば、クオンと差し向かいで茶を啜すするのも、随分と久しぶりだな。
最後に二人きりで茶を飲んだのは、いつだったか……。
不意に、そんな感慨が胸をつく。クオンはそんなこちらの様子に気づかぬ風で、そわそわと周囲を見回していた。
……何だ？さっきからチラチラと、クオンの視線を感じるが。
どうした。もしかしてネコネを探しているのか？
えっ？あ……う、うん、見当たらないけど、どうしたのかなって……
ネコネなら、しばらくすれば戻ってくるとは思うが。
あ、いいの。何か用事があるってわけじゃないから。
妙に落ち着きが無いな。なんというか……クオンらしくないが。
……では、要件があるのは某それがしにか？
…………
ううん、オシュトルにでも……ないの。
特に用事があって来たわけじゃないから、気にしないでほしいかな。
そうか。
………………
そういえばオシュトル……
ん？
そういえばオシュトルとは、それなりにつき合いは長いのに、ちゃんと話したこと……なかったかな。
そう……だったか？
それなりに親しくしてたのかと思ったが。
えと……皆みんなは元気かな。
何を言っている。今朝、顔を合わせたばかりだろう。
ぁ……その……そうじゃなくて、私わたくしが居ないあいだ、みんな元気だったかなってこと。
また答えにくい質問を……
本人を前にお前が居なかったから淋しそうだったとは、責めているようで言えんだろうに。
まぁ、それなりに……だな。
……そうなんだ。
………
オシュトルは……
……ううん、やっぱり何でもないかな。
……そうか。
いや、そんな言い方されると気になるから。
会話が途切れ、室内に微妙な雰囲気が満ちる。
何故かクオンが、時折チラチラとこっちを見てきて、どうにも落ち着かない。
その視線が、何かこちらを窺うかがうような、そんな感じがするのだ。
今夜は……月が綺麗かな……
……そうだな。
そういえばハク……
なん━━
ハクはこんな月の夜、それをよく酒菜さかなにして呑のんでいたかな……
……そういえば確かに、ハクはそんな呑のみ方が好きであったな。
━━っとぁЧあ、危ない、思わず返事をする所だった。
……………
じっとコッチを見ているクオン。
月が……本当に綺麗かな……
なんだ、この気まずいと言うか、微妙な雰囲気は。
というか、話が途切れたままなんだが、今ので話は終わりなのか？
ネコネや双子が戻ってくれば場の空気も変わるんだろうが……
そう思って入り口の方に視線を向けるが、三人が戻ってくる気配は微塵もない。
やたら居心地の悪い空気の中、ただ時間だけが過ぎていく。
流石に、このままでは息が詰まりそうだ。誰か……誰か戻ってこないのか？
オシュトル、居るか？
張り詰めた糸を元から吹き飛ばすような、爽やかな声が流れ込んできた。
ノスリ……
ん？クオンも居たのか。まぁ、いい。
ノスリはまるで気負いのない様子でそう言うと、手近な席に腰を下ろす。
仕事はもう終わったか？もう終わったな。ならば、もう手は空いているだろう？
では、この間の続きの一勝負をするぞ。負けっ放しは性に合わんからな。今度こそ、負けた分を取り返してくれる。
さぁ、オシュトル。尋常に勝負だ。
またか……
この前の賭け事以降、困ったことにノスリは味を占めた……というと言い方が変だが、こう嬉々として勝負を挑んでくるようになった。
……勝負？
うむ。この間、オシュトルとちょっとした勝負をしてな。
オシュトルが考案した花札ハナフダという遊戯なのだが、これがまた面白い。思いの外、熱中してしまってな。
まさかボロ負けして、丸裸のスッカラカンになるとは思わなかったがな。うははははは！
……丸裸？
うむ、せっかくだから賭けることにしたのだが、つい熱くなってしまって、その様だ。
悔しいが、勝敗は賭け事の常だからな。負けをいさぎよく受け入れ、後に引きずらないのがいい女というものだ。
……ふぅん。
何だ？いまちょっとゾワッとした……
いや待て。そう言ってこの間も延々と遊び耽ふける羽目になったではないか。
まだ雑務が残っている。悪いが、また今度だ。
そう言うな、オシュトルも息抜きが必要だろう。そうだ、クオンも一緒にやってみないか？
この遊戯は奥が深く、そして病みつきになるほど面白いぞ。
私が保証しよう。ふふん、なんなら賭けてもいい。
私わたくしは……せっかくだけど遠慮しておくかな。ゴメンね。
……ん？
クオンの歯切れの悪い返事に、ノスリが小さく眉根を寄せる。次いでこちらの顔を見、再びクオンの方に向き直った。
むぅ……
するとその眉は、何か釈然としないとでも言いたげにひそめられる。
……なんだ？
すぐに戻る。
ノスリはそう言ったかと思うと、すたすたと部屋を飛び出していき━━そして直ぐに、酒瓶片手に戻ってきた。
よし、呑むぞ。
ドン━━、と机の上に酒瓶が乗せられた。
……ノスリ？
何かよく判らんが、呑もう。まずはそれからだ。
コイツは何を言ってるんだ？
心中でツッコミをいれるが、ノスリはそうするのが当然といった感じで、大真面目だ。冗談で言ってるわけでもないらしい。
理由など無いし、必要もなかろう。今はとにかく呑のむぞ。
言ったであろう、雑務があると。悪いが……
まぁ、そう言うな。仕事などは何時でも出来るが、この一時は今しかないのだ。
ノスリはニカリと笑いながら、そんなことをのたまう。そして、返事も聞かずに持参した三つの盃に酒を注いでいった。
そら、クオンも。
ぁ……
なみなみと注がれた杯が手渡され、クオンの口から、躊躇とも困惑ともつかぬ吐息が漏れる。
ああ、そういうことか……
ノスリが誰を気遣っているのか、何となくだが伝わった。
どうだ、オシュトル。一日くらい、仕事のことを忘れて呑む日があってもいいだろう。
ノスリに頷きを返して、差し出された盃を手に取ると、一気に飲み干した。
そっか、じゃあ一杯もらおうかな。
クオンも真意を察したのか、ノスリの笑顔に小さく微笑みを返し、手にした盃を空けた。
その飲みっぷりを見て、ノスリは満足げに目を細める。
よく考えれば、この面子で酒を飲むのは初めてだな。今日はとことん呑もう！
あ、ちょっとっ。
ノスリは有無を言わせず、盃を満たしていく。今にも溢れそうなほど注がれた酒に、クオンは慌てた様子で盃を持ち直した。
まあまあ、細かいことは気にするな。
……もう。
肩の力を抜くと、今度はコクコクと、盃に注がれた酒を少しずつ飲み始める。
……ふぅ。
そのまま盃を空けたクオンを見て、ノスリが再び酒を注いだ。
いい呑みっぷりだ。私も負けていられないな。
そうしてノスリも、笑顔で盃を空にする。
でも、これって凄く上等なお酒でしょう。こんなの出して良かったの？
何、いい酒はこんな時にこそ開けるものだ。
……そっか。
そうなのだとも。
そう言って、自身の盃にも酒を注ぐ。そして少し不満そうな目でこちらを見た。
オシュトル、盃が乾いているぞ。
いや、待て。こちらは手酌で━━
こちらの言葉に耳を傾ける様子もなく、ノスリが盃になみなみと酒を注いでくる。
おいおい……
折角の上物だぞ。盃が乾いていたとあっては、いい酒が可哀想だろう。
言いたいことはわかるが……
ふふっ……あ、そうだ。
こちらの遣り取りに笑みを見せていたクオンだが、手にした盃を空けると不意に立ち上がる。
うん？どうかしたのか？
うん、ちょっと待ってて。
厠かわやか？
あっ、痛いつっ！
クオンはそのまま、足早に部屋を出ていってしまう。
まあ、気にはなるが、強いて問う程のことでもないだろう。それよりも、だ。
それよりも尚、気になることがあった。そちらを向くと、盃を傾けていたノスリと目が合う。
なんだ、オシュトル。もう一献いくか？
……これは、どういう意味がある。
何がだ？
何故、突然酒宴をはじめようと思った？
こちらのその問いに、ノスリは小さく首を傾げる。
いや、別に理由などないが。ただ何となくこうした方がいいと思った。
理由はない？
ああ、無いが。そもそも、仲間と酒を呑むのにそんなものは要らないだろう。
そう言って、ノスリが再び盃を呷あおる。その様子は、本当にただ酒が飲みたかっただけとも取れる。
だが少なくとも、既にクオンとの間に先程までの気まずさはなくなっていた。
それを見越してこの酒宴を開いたのだとしたら……
おそらく、考えて出た結論ではないだろう。こちらのわだかまりを察して、自然と言葉が口をついて出ただけかもしれない。
だが、ノスリの行動が先程の気まずさを跡形もなく吹き飛ばしたのは、紛れもない事実だ。
成程、今日のノスリは━━少しばかりいい女のようだ。
……某それがしも、もう一献もらおうか。
そうこなくてはな。
お待たせ。
そうして暫く盃を傾けていると、クオンが荷物を片手に戻ってきた。
遅いぞ、クオン……うん？なんだそれは。
お土産ってところかな。お酒と地元の酒菜さかなが幾つか。
それは凄いな。おお、これは白楼閣名物の……これが美味いんだ。
机に並べられた瓶と酒菜さかなを前に、ノスリが嬉しそうに声を上げる。それを見て、クオンも笑みを深めた。
どうやら、二人はとことんまで飲む気のようだ。これはもう、仕事にはならないな……
まったく……
小さく笑みとも溜息ともつかない吐息をこぼしながら、盃に残った酒を呷あおる。
そんな折、ふとクオンがノスリに耳打ちしている姿が視界をかすめた。
……ありがとう、ノスリ。
はて、何のことだか判らないが━━
どうやら、少しはつかえが取れたようで何よりだ。

ƨ
ʐ
……そろそろ一息いれるとするか。
目を通していた書簡を置き、伸びをする。政務で凝こり固まった躰が楽になっていく。
トゥスクルの皇女に殴られた怪我は、ほとんど治ったか。傷跡はあちこち残っているが、もう痛みはない。
頬をなでたり、肩を回したりと確認してみるも、別段違和感や痛みを感じない。
結構しこたま殴られたはずなんだがな。まぁ、治りがはやくて助かるが。
おそらくは、この仮面アクルカが治癒力を高めているんだろうが、それにしても……
『そこをどいてくれないかな？』
ん？この声……外からか。
不意に扉の向こうで上がった声に、耳を傾かたむける。
外にはウルゥルとサラァナが控えている筈だが……もう一人？この声……クオンか？
『お願いだから通して……邪魔をしないでほしいかな』
『とても忙しい』
『主あるじ様はご政務中です。来客には応じられません』
『忙しいのはわかってるけど、少しだけでいいの』
『お引取り願う』
『主あるじ様のお邪魔はさせません』
『……一目会って、少し話をするくらいなら邪魔にはならないよね』
『通さない』
『貴方だけは主あるじ様にお目通りさせる訳にはいきません、絶対に』
『…………』
よく聞こえないが、話がこじれている様子だな。
扉の隙間からは、ウルゥルとサラァナがクオンの行く手を遮さえぎっているのが見える。
尋常な空気じゃ無いな。揉め事にならなければいいんだが……
少し見えるだけでも、クオンと双子の間が緊迫しているのがわかった。
……悪かったなって、思ってる。
不穏な沈黙を破ったのは、クオンの呟くような小さい声だった。
大変な時に、皆みんなを置いて故郷に帰って……見捨てるようなことをして。
やっぱり、許されないってこと……だよね？だからこうして……
…………
あの時はそんなつもりなんてなかった……なんて言っても、信じてくれないと思う。
だから今更、言い訳はしない……だけど━━
まっすぐに双子を見据えて、クオンは言葉を重ねる。
これだけは聞いて欲しいかな。もう二度と、勝手にいなくならない。
最後まで、皆みんなと一緒に見届けたい。そう決めたから。
許してくれなくたっていい……だけどこの誓いだけは、破らないって信じて欲しいの。
クオン……
クオンの決意に満ちた目を、黙って双子は見つめ返す。
………………
全然違う。
……えっ？
その事など、どうでもいいのです。
ど、どうでもいいって……そんな言い方しなくてもいいんじゃないかな。
思わぬ言葉に、クオンが眉を顰しかめる。
これでもかなり……気にしていたことなんだけど。
勘違いしている。
こうして貴方を通さないでいるのとはまったく関係ありません。的外れも良いところです。
勘違い……なら、どうして貴方たちはここを通してくれないのかな？
……くさい。
ぷんぷんと匂においます、自重して下さい。
く、くさっ━━Чそ、そんなはず……
ちゃんとお風呂に入って、躰も念入りに洗ってきたし……お気に入りの香水だって……
クオンは訝いぶかしげに、自分の躰の匂においを嗅いで確認する。
発情している。
発しているのは牝の匂におい。男の方を誘い、惑わせ、こびる匂においです。
ゆゆしき事。
危険です。主あるじ様に近づけさせるわけにはいきません。
んな━━
クオンは匂においの意味を理解したのか、瞬時に真っ赤になる。
なななな、何を言ってるのかな？私わたくしは別に牝の匂においなんて……
……というか、貴方たちこそ憶測で物を言っているんじゃないかな？
憶測ではない。
整えた身なりと、そして、夜半に会いに来たのが確かっこたる証拠です。
べ、別に私わたくしはそんなつもりで来たんじゃない……かな。
とても危ない。
間違いが起こってからでは遅いです。主あるじ様を会わせるわけには参りません。
そして声を揃え、たじろぐクオンに言い放つ。
違いますか？
ぬぐぅ……
双子の静かな追及に、クオンは言葉に詰まってしまう。
そ、それなら……貴方達こそどうなの？人の事はいえないと思うけど。
…………？
クオンが食ってかかるも、双子は心底から疑問に思う様子で首を傾かしげる。
な、なんなのかな……その反応は？
何を当然の事を。
自分達は主あるじ様の為だけに存在します。主あるじ様の為だけの牝です。
いつでも待っている。
望まれるのなら、どんな事でも受け入れます。いつでも良いよう待っております。
ぬぐぐぐ……
うぅむ、話がよくわからん……やはり、扉越しではうまく聞こえんな。
先程は喧嘩が始まりそうだったが、どうしてこうなったんだ？
クオンが顔を真っ赤にしながら俯うつむいている反面、双子は無表情ながら何処どこか勝ち誇っているように見える。
気になるな。もう少し近くで━━
さらに聞きやすい様にと耳を近づけた拍子に、踏み込みすぎた足が扉を打ってしまう。
……主あるじ様。
しまった、気付かれたか……しょうがない。
扉を開き、こちらに視線を向ける三人の前に姿を見せる。
お、オシュトル……
クオンは一瞬、笑顔を見せるも、すぐにどこか気まずそうに視線を逸らす。
どうかしましたか？
いや、外でなにやら揉めているような声が聞こえたのでな。何が起こっているのか確かめに来たのだが、どうかしたのか？
何もなかった。
話していただけです。特筆すべき事はありませんでした。
む、そうか……だがクオン殿は、某それがしに何か用があったのではないのか？
私わたくしは、えっと……
何か言いかけるもクオンは戸惑い、口を閉ざしてしまう。
はっきりしないな、クオンらしくもない。遠慮しているようにも見えるが……
席に戻って。
お茶を煎れます。どうか中でお待ちになってください。
いや、しかしだな……っと、待て。そんなに押すな。
双子に優しくかつ押されるように部屋へ戻されていく。
せっかくの話す機会だってのに……いや、このまま戻る訳にはいかないか。
……クオン殿、其方そなたも来い。
でも……お邪魔じゃない、かな。
ちょうど休息を挟もうと思っていたのだ。その間、話相手になってくれぬか？
主あるじ様。
わざわざ訪ねて来てくれたのだ。無下に帰すわけにもいくまい。
茶の用意を頼む。某それがしと……クオン殿の分も。
判った。
主あるじ様がそう仰おっしゃられるなら。
双子は音もなく横に下がり、部屋への道を開ける。
すまなかったな。中に入って、くつろいでくれ。
……うん。それじゃあお邪魔するね。
まだ少し動きも表情も固いクオンを部屋に招き入れ、向かいあって座る。
………
しかし、お互い様子を見ているのか、会話がなく静けさが部屋を包みこんでいる。
こうして面と向かってはみたものの、何を喋ればいいんだ？
クオンと話すのに、こんなに気を使うなんて思わなかったぞ。向こうはほとんど黙ったままだし……き、気まずい。
クオンはこちらをしきりに見て来るが、なかなか話し出さそうとはしない。
自分が……目の前にいるオシュトルがハクだとわかれば、話しやすいのだろうが……
自分の顔につけているオシュトルの仮面アクルカに触れ、変装に不備が無いことを確かめる。
……オシュトル。
何処どこか躊躇ためらいつつ、クオンが呟くかのように問いかけて来る。
その……怪我の方はもう大丈夫かな？
怪我……？ああ、大丈夫だ。
本当に？この前の使節団との会談で、向こうの皇女さまに思いっきり殴られたって聞いたのだけど……
よく知っているな。聖上の武勇以外は外に漏れていないはずなのだが。
え……あ、その……そう！実はちょっとだけ小耳に挟んだから。あはは……
さすがにあれ程の事になると、人の口に戸は立てられぬか。
だが、それほど心配する事では無い。もう痛みもないのでな。
そんな姿を見て……心配するななんて無理かな。
自分の躰の方々に刻まれた傷跡を見つめながら、クオンが言う。
確かに、手酷ひどくやられてしまったな。あの皇女の一撃は、だいぶ堪えた……
……ごめんなさい。
ん？何もクオン殿が謝る必要は無いだろう。
でも……
それに、今はこの通り傷も塞がり腫れもほとんど引いている。
もっとひどい怪我だったのЧそんなに早く治るなんて……
本当だ。今はすっかり治った、何も問題ない。
何気なしに仮面アクルカに触れると、冷たい感触が指先へと伝わってくるのを感じる。
半信半疑の様子だったクオンも、ようやく納得してくれた。
よかった……
会話が途切れ、再び部屋にぎこちない沈黙が訪れる。
さて、どうも会話が途切れてしまう。こっちも引け目があるからな。
下手なことを言えば勘のいいクオンの事だ、すぐに見破ってしまうだろう。一体どうすれば……
すると、目の前に湯気を立てる茶が静かに差し出された。
お茶をどうぞ。
お待たせしました。いつもより甘めのものをお召し上がりください。
おお、すまぬな。ありがたく頂こう。
クオンの前にもお茶が配られ、広がった甘い香りが緊張を和らげてくれる様に感じた。
いい時にきた。一杯飲んで落ち着けば、話の流れも変わるだろう。
湯気を立てる茶に口をつけると、その味わいに思わず顔がほころぶ。
……美味い。絶妙の湯加減だな。
本当……甘さもちょうどよくて、疲れが消えていくみたい。
恐悦至極。
喜んでいただけて、いままで修練を積んだ甲斐がありました。
…………ふふ。
双子は何故かクオンの方をちらりと見て、微笑んでいるようだった。
おかわり。
主あるじ様、もう一杯いかがでしょうか？
そうだな……では、いただこうか。
……待ってくれないかな、オシュトル。
双子に渡そうとした湯呑みを、クオンが遮さえぎる。
どうした、クオン殿もおかわりか？慌てなくとも、まだ……
そうじゃなくて……せっかくだから、他のお茶も試してみないかなと思って。
他の茶か……興味があるな。
用意があるなら一杯貰っても良いか？
クオンは取り出した袋を開け、中から筒を取り出す。
トゥスクルからのお土産なんだ、みんなに味わってほしくて……
ほぅ、それは楽しみだ。
それで、何の茶なのだ？トゥスクルの茶は飲んだ記憶が無いのでな。
オシュトルならきっと気にいると思うな。ちょっと待ってて……
クオンは丁寧、というより慎重な手つきで急須に茶葉を入れ、湯を注ぐ。
それは茶というより薬を淹れているかのようだ。
まあ、クオンだしな。ルルティエような優雅な手つきは望めないか。まあ、分量を間違えなければ……あ、こぼした。
コ、コホン……さ、温かいうちにどうぞ。
クオンから碗わんを受け取る。蓋を空けた途端、青々とした爽やかな匂いが部屋に広がっていく。
これは……緑茶か。
当たりかな。こっちでは珍しいと思って。
いい香りだ。久しぶりだな……ホノカさんに飲ませて貰もらって以来だ。
さあ、冷めちゃうから、温かいうちに飲んで。
そうだな、せっかくの緑茶だ。冷めてはもったいない。
香りを充分に堪能し、少し熱いくらいの茶を飲んでいく。
……美味い。青々しくて味わいも優しい。
これは、かなり上質な茶葉ではないのか？まろやかで奥深い味わいだ。
さすがオシュトルかな。トゥスクルでも有名なカゴツ産の一番茶なんだから。
ちょうど新茶の時期で、出来立てを貰えたから運が良かったみたい。気に入ってもらえた？
良い茶だ……わざわざ済まぬな。これなら何杯でも欲しくなってしまう。
そんなに喜ばれると、選んだ甲斐があるかな。
…………フフッ。
……………
……妙だな、寒気がする。風邪でも引いたか？
お茶請け。
主あるじ様、お茶請けに軽食はいかがですか？
……言われてみれば、小腹が空いてきたように思える。
満たされる至福。
ピロシュクです。このお茶にとてもよく合います。
茶請けか……これは初めて食べるな。
ピロシュクの黄金色の衣から香ばしい匂いがして、なんとも食欲をそそる。
美味。
わたし達も大好物、主あるじ様にも味わって貰えたらと。
双子が新しく入れたお茶と共にピロシュクを受け取り、口に運ぶ。
それならオシュトル、私わたくしもお茶菓子にって、用意したものがあるかな。
クオン殿もか？心遣いは嬉しいが……
クオンは、葉で器用に巻いてあるお菓子を取り出して、緑茶の横に並べる。
チマクってお菓子なんだけど、もちもちしててお茶のお供として人気なんだよ。
この辺りではみないな……これも美味そうだ、トゥスクルの菓子か？
緑茶は苦味があるし、甘いお菓子があった方がいいかなって。
この國のお茶には、甘過ぎてあまりあわないかもしれないけど……
クオンがそう言って、双子に視線を送る。双子の方もじっと見返している。
冷めないうちに。
温かい内が食べ頃です。冷えると衣ころもがしんなりしてしまいます。
さ、オシュトル……食べて？
あ、あぁ……
三人に若干気圧けおされながら、菓子をそれぞれ口に運んでいく。
これは……どちらも美味いな。それぞれが用意してくれた茶にもよく合う。
良かった、ちょっと奮発していい砂糖を使った物を用意しただけはあったかも。
嬉しい。
お口にあわれた様ですね。喜んでいただけて何よりです。
ああ、二つとも初めて食べるものだったからな。つい、箸が進んでしまった。
どちらも気に入った。三人とも、ありがとう。
……どっちも？
ああ、ピロシュクの食べ応えと塩気は、いくつでも食せると思える代物であった。
だが、チマクの食感と優しい甘みももう一度味わいたいくらいだ。
……そう。
どうしたのだ、三人とも？目が笑っていないのだが……
この居づらい感覚はなんだ？さっきよりも寒気が酷ひどくなってきたぞ。
まだ用意がある。
ピロシュクだけではなく、他のお茶請けも用意しております。
こっちもまだまだ用意してあるから、遠慮しないでたくさん食べて。
何処どこにしまっていたのか、先程の物とは違う菓子を山盛りにした皿をそれぞれが差し出してくる。
いや、さすがにその量は喰い切れるものではないのだが……
主あるじ様、あ～ん。
……いや、一人で食えるが。
食べるの手伝う。
手が汚れてはいけません。政務に差し障ります。
別にそこまでしなくとも……ま、待てと……
あ～ん、です。
双子は菓子を持って、問答無用とばかりにこちらの口元に突き出している。
なんだ……？この二人はいったい何を考えてこんな事を……
オシュトル、こっちの方が美味しいよ。ほら、あ～ん……して？
クオン殿……其方そなたまでどうしたのだ？別にやらなくてもいいのだぞ。
遠慮しなくていいかな。さ、あ～ん……
そうしてクオンも菓子を手に持ち、双子の反対側から迫ってくる。
な、何なんだ、この状況は。甘ったるい？いやこれは……
あ～ん……
……うぐ、観念するしかないか。
出された菓子を、大人しく口にするより他なかった。
………ぅぷ。
いまのは水に浸して冷たくしたお菓子だったんだけど……どうかな？
こちらも自信作。
こちらの具は乾燥させた果実を刻んで入れてあるので、酸味が増しています。
言葉が詰つまる。正直なところ、声を出すことさえ苦しい。
美味いことは美味い……だが、さすがに食い過ぎた。もう何個目だ……
いくら美味くてもコレだけ詰め込まれると、味など二の次になってしまうな……なんだか、胸焼けがしてきたぞ。
どれがいい。
まだまだたくさん用意しています。もっとお申し付け下さい。
こっちもいっぱい食べて欲しいかな。オシュトルの分、たくさん用意してきたんだから。
ぐ……すまぬが、もう一個も入らんのだ。三人の厚意は嬉しいのだが。
そうですか……
そういえば小食だったものね。
お前と一緒にするな……
しかし助かった。これで一息つけるか……
流れるお開きの雰囲気に、ホッと肩の力を抜く。
それなら……オシュトル、傷は治ったかもしれないけど、政務続きで疲れてるよね？
む……確かに座り仕事が多いからな。肩と腰が凝こることは多くなってきたが……
それならいいのがあるんだ。疲れが取れる軟膏なんだけど、使ってみない？
いいな、それではお願いしよ━━
身を任せて。
楽にしてください。全身の凝こりを解ほぐします。
なっ……お前達……
素早く双子が割って入り、それが当然とばかりに自分の体に触れようとする。
……二人とも、割り込みはちょっと無いんじゃないかな。
効果が高い。
先に体を解ほぐした方が、薬の効き目が大きいです。わたし達から行います。
お互いが無言で牽制しあう様に、辺りに緊張に満ちた空気が流れる。
……ようやく収まったと思ったのに、再燃してしまっている。
三人とも、某それがしの体はひとつだ……どちらも試してはかえって体に悪いのではないか？
……それもそうかな。
クオンと同じく双子も理解したのか、素直に頷うなずく。
よし……どうやら先程の二の舞にはならなさそうだな……
なら私わたくしは足の方から、貴方たちは肩を担当する……というのでどう？
……あるぇー？
了承する。
提案、受け入れます。では、お任せください。
待て。某それがしはもう……政務に戻らねば━━
いいから、私わたくしたちに任せて。
それに、痛みがないとはいえ怪我の経過も心配だから……
楽にして。
疲れが溜まっています。適切に処理をさせていただきますので。
有無を言わさずにクオンと双子の手が、自分の躰を横たわらせる。
さ、それじゃあ早速……まずはお湯が必要かな。あと……
用意する。
気分が楽になる香を焚きます。これで効果は何倍にも高まります。
自分を取り囲んだ三人は、忙しなく各々が思うままに準備し始める。
まぁ、いいか。クオンも少しは調子が戻ったみたいだしな。きっと色々と気に病んでいたんだろう。
いつものクオンに戻るにはまだしばらくかかるだろうが……失った時間は少しずつ埋めればいい。
道具を抱えて励むクオンは先程よりも明るく、嬉しそうな表情を浮かべている。
この二人のおかげか……クオンに突っかかったのは、その手助けのつもりだったのだろう。
負けない。
危険です。牝の匂いがする貴方を主あるじ様に近づけるわけにはいきません。
渡さない。
勝負はこれからです。
……思い過ごしか。この二人は相変わらず何を考えているのか判らん。
これで良し、と。それじゃあオシュトル、じっとしてて……
腕の見せ所。
快楽の世界に連れて行って差し上げます。
……もういいから政務に戻りたい、とは言えん雰囲気だよな。
あぁ、ルルティエの優しい気遣いが恋しい……な。
丹念に、髪の一房一房を労るような手つきで、クオンがネコネの髪を櫛クシで梳すいていた。
こんな風にするのって、久し振り……白楼閣に居た頃以来かな。
………
ネコネはただ黙って、クオンにされるがままだった。身を委ねるというよりも、力無くただその場に座っているといった感じだ。
白楼閣ではルルティエと三人で、よくこうしていたよね。
そう……ですね。
……その頃に比べると、ちょっと髪が乾いちゃってるかな。
せっかく綺麗な髪なんだし、お手入れしないとね。前髪も少し整えよっか。
…………はいです。
そうだ。ネコネにお土産を持ってきたんだ。
とっても可愛い髪飾り。ネコネに似合うと思って、選んできたの。
髪飾り……ですか。
鸚鵡おうむ返しにその言葉を口にし、振り向くネコネ。
クオンは一度櫛クシを傍かたわらに置くと、自分の懐や帯をごそごそと探り始めた。
ええっと、確か……あれ？どこにしまったかな。
うーん……あ、部屋に置いてきたままだったかも。ちょっと待ってて、すぐ持って来るから━━
そう言って腰を浮かしかけたクオンの袖を……ネコネは反射的に腕を伸ばし、縋すがるように掴んでいた。
あ……
突然の動作に、クオンも当のネコネも、目をやや丸くしている。
ネコネ……？どうしたのかな、急に。
ぁ……え、と…………
……なんでも……ないのです。
ネコネの尻尾が項垂れるように床へ垂れ下がり、その手が力無くクオンの袖から滑り落ちる。
……ネコネ。
脇に下ろされたネコネの右手を、クオンは自分の両手で優しく包み込んだ。
そしてクオンはネコネの手を自分の頬に寄せ、肌を触れ合わせて目を閉じる。
小さくて、温かい。
……でもちょっと、荒れちゃってるかな。髪と一緒に、お肌もお風呂で手入れしないと。
それから美味しい物を食べて、ゆっくり寝るの。それが美容と健康の秘訣だものね。
…………れない、のです。
ん……？
……眠れないのです。
ネコネが、躊躇ためらいがちに顔を上げた。
ずっと……眠れないのです。
彼女の疲れたような表情に、クオンは束の間息を呑んだものの……すぐに微笑ほほえみを浮かべてみせた。
それなら一緒に寝よっか。今夜は私わたくしが傍そばに居てあげるね。
……け……ですか？
え……？
今夜だけ……ですか……？
姉あねさまは、ずっと傍そばに居てくれるですか……？どこかへ行ってしまったり……しないですか？
ネコネの手からクオンの手へ、微かすかな震えが伝わっていく。
それは、水面に波紋が広がるように……声にならない声が、空気を振るわせたように……ゆっくりと静かに、クオンの心も震わせた。
ネコネ━━
何かを問いかけたクオンの口から、しかしそれ以上の言葉が発せられる事は無く……彼女はゆっくりと頭かぶりを振った。
…………ううん、なんでもないかな。
…………
次いでクオンは、ネコネの手を掌てのひらで包み込み……優しく頷く。
ネコネが望んでくれるなら、いつまでだって傍そばに居るから。もう……絶対にいなくなったりしないから……
姉あね……さま……
これからも、ネコネの髪を梳すいてもいい……？
俯うつむくネコネ。
クオンはその小さな躰を自分の胸元に抱き寄せると、壊れ物でも扱うかのようにそっと……髪を撫でた。
遅くなって……ごめんね。
姉あね……さま………
勝手に居なくなって……ごめんね……
う……ぅ……
本当に、ごめんね。
姉あねさま………姉あねさまぁ……
ぅ……ぁ……ぁ……
ごめんね……ごめん。
ネコネの押し殺した声が聞こえなくなるまで……クオンの口からはただただ、謝罪の言葉だけが重ねられていった。
Ģ
Ģ
……綺麗な月だ。
頭上に浮かぶ月を見上げながら呟く。空には雲ひとつない静かな夜だった。
こんないい月夜には、酒の一献でも傾けたいところだが……
そうやねぇ、一杯飲みたい気分になるぇ。
一緒に夜空を見上げるアトゥイも、そうのんきに同意してくる。
あとで付き合ってくれへん？こんな綺麗なお月さんが酒菜さかなになってくれるんやもん、最高やぇ。
せっかくやし、とっておきを開けたげる。
それは嬉しいな。
……まぁ、それはそうとしてだ。
うん？
そろそろ、こんな夜更けに、このような場所へ連れ出してきた理由わけを聞かせてもらえぬか。
皆みなが寝静まった頃、突然アトゥイが訪ねてきて、理由も告げずにこんな森の外れに連れ出されたのだ。
何度理由を聞いても『まあまあ』とはぐらかされるだけ。こうして何をするでもなく、駄弁っているのが現状だった。
ん～、もうちょっと待っててな。もうすぐ来ると思うんよ。
来る？いったい誰が……
待たせちゃったみたいかな。ゴメンね、それで用事って……オシュトル？
クオン？
ゴメンなぁ、こんな時間に呼び出して。ちょっとだけ用事があったんよ。
ううん、気にしないで。それで、態々わざわざこんな所にまで呼び出したりして、どうかしたの？
クオンがチラリとこっちを見る。
クオンを呼び出したというのが妙に気になる。
アトゥイは、あまりまどろっこしい真似は好まない。言いたいことがあれば、呼び出しをしたりせず用件を言うはずだが。
たいした用事やないんよ。ちょっと、クオンはんと喧嘩でもしようかなあって。
…………ん？
喧嘩？
戸惑うこちらを他所に、アトゥイはニコニコと笑顔を向けてくる。
いま、喧嘩と言ったのか？
…………
ウチもな、こんな面倒くさいことしたくないんよ。
でもなぁ、誰もやらないし、仕方ないからウチがやるしかないかなぁって。
それでな、オシュトルはんには、その立ち会いをお願いしたいんよ。
待てアトゥイ殿、何を言っている。
……どうしてか聞いてもいいかな？
クオンの言葉に、アトゥイは小さくため息をつく。
ん～、ちょっとしたケジメやね。わだかまりを無くして、みんなでまた仲良くするためのケジメや。
クオンはん、ウチ等に遠慮してるぇ？
…………そんなこと。
よく見ていれば判るんよ、前と違ってなんか距離置いてるなぁって……いなくなったことで、引け目を感じてないけ？
そんなんやとクオンはんだって居心地悪いやろうし。ここはひとつ、そういったわだかまりを無くそうって思ってな。
だから待て、意味がわからぬ。そもそもどうして喧嘩する必要がある。
古来より言うぇ。迷った時は拳こぶしで語れ。拳こぶしは口よりものをいうって。
百の言葉より、一握りの拳こぶし。迷った時は殴り合いや。殴り合えば、そこから心が伝わってくるんよ。
いや、その理屈はおかしい。って、本気で言っているんじゃないだろうな。
ホント、こういうのガラじゃないんよ。でも、前みたいに楽しくお酒を飲みたいしなぁ。
アトゥイ……
え……そっちも何で、そこでいい雰囲気？
……気を使わせちゃったかな。
気にしなくてもええよ。もとよりネコやんの為にしたことやもん。
ネコネの……
だから、こうしてクオンはんと殺やりあっても問題無しってことやね。
…………ちょっと、危なかったかな？
あやや……外した。さすがやねぇ。
そこには嬉しそうなアトゥイが、さも当然と言わんばかりにクオンに槍を向けていた。
まさに電光石火、攻め手も受け手も一瞬の早業だった。
な━━
いまのは明らかに心臓狙い……アトゥイの奴、本気かЧ
ホントのこと言うとな？ずっと前から、いつかクオンはんと殺やりあいたいなってウズウズしていたんよ。
やけど仲間やし、ずっと我慢してて。なのに……あんなん見せられて、もう辛抱たまらんぇ。
見せられてって、何のことかな？
うひひひひ、ええなぁ……ええなぁ！あんなん隠してたなんて、ずっこいぇ！クオンはん、ホントにいけずや！
何か、勘違いしてないかな。
アハハハハハハЦ
何の予備動作もなく突き出された穂先を、身を逸らすようにして受け流す。
━━っと。
うんうん、そうこなくちゃ駄目やぇ。
隙なく構え直すアトゥイは、嬉しそうに口角を上げる。
……どうしても、やるつもりなんだ？
なんでやめる必要があるん？こんなワクワクやのに。
さらに重なる刺突を、今度は紙一重で躱かわすクオン。
そっか……そこまで言うなら、ちょっとだけ相手をしてあげる。でも……
クオンがため息をひとつ吐くと、アトゥイに向かってにこやかに笑みを浮かべる。
どうなっても知らないかな。
ゾワリ━━
クオンから発せられる雰囲気で、凍りついたように空気が冷たく張り詰めていく。
何だ、この異様な雰囲気は。まさかクオンも本気なのか━━
クオンから立ち込める気配に、肌が総毛立つ。アトゥイもそう感じているのか、楽しくて堪らないかのように目を輝かせる。
こうなったら手加減はできないから……先に言っとくね。死なせちゃったらゴメン、あきらめて。
ええなぁ……やっぱクオンはん、最高やぇ。
速い━━！
ふと、瞬きした刹那にクオンの爪が、アトゥイの槍と切り結んでいた。
いつの間に……さっきまで随分と距離があったはず。
ふふ、うふふふ━━
あ～、ええ気分やなぁ。クオンはんもそう思うぇ？
ふぅん、首を刎ねたと思ったのに……残念。
すぐに終わったらもったいないぇ。クオンはんも、もっと楽しみたいのと違うけ？
クス……クスクスクス……
此奴こいつ等、本気だ……この馬鹿共が━━
アトゥイとクオンの間に流れる空気を察し、止めようと一歩踏み出そうとするも踏み止まる。
二人の実力はほぼ互角……下手に割って入れば、均衡が崩れてしまう。
下手したら同士討ちになる。これは手を出すよりも見守るしかない……
さっきの不意打ちの分もあるし、今度はお先にどうぞ。
いいの？驕りは代償を支払うことになるけど。
言うが早いか、クオンが素早く踏み込み一撃を見舞う。
━━その命で。
痛烈な攻めに思えたが、アトゥイは軽くかわし、そのままクオンの肩口を狙って槍で突く。
━━甘い。
その攻撃を紙一重で避けると、突き出された槍を掴み、武器の主であるアトゥイを引き寄せる。
あやや……
クオンの打撃が吸い込まれるようにアトゥイに当たる……が、難なく防御され、アトゥイの反撃を許す。
浅い……
今度はアトゥイから、槍を掴まれた手を狙って蹴りが繰り出されるも、クオンも余裕で避けて互いに間合いを取る。
さすが、二人ともスゴイ……ほとんど動きが見えない。
いいのかな？もっと早く避けないと、首から上が無くなるかも。
うふふふ、胸に大穴が開く方が先やと思うぇ？
再び、攻防が始まる……が、今度は二人の姿が完全に捉えられなくなる程早くなり、衝撃と音だけが夜の森に響く。
だが確かに戦いが行われている証拠に、周りの木々や地面が確実に破壊されていく。
二人とも目的がすり替わってきてないか……
すぐ脇の樹が、弾ける様に打ち倒されるのを横目に、嘆息する。
幾度目かの衝撃が収まると、目の前に鍔迫り合いの状態で二人の姿が現れた。
アハハハハ、楽しいなぁ。こんなにワクワクするの、あの時ヴライ以来やぇ！
ワクワクなんてしてる場合かな？
刹那、二人が掻き消えるように疾走していく。
一瞬の交錯。後から遅れてきた音がついにぶつかり、その襲撃で二つの影が吹き飛んだ。
・・・
終わったか。二人は……ああ、しぶといな。
両者痛み分けってところか、しかし派手にやったものだ。
力尽き、倒れている二人に近寄る。周りは地面が陥没していたり、ひび割れたりと散々だ。
二人とも、満足したか？
あ～……もう大満足や。最高に面白かったなぁ。
私わたくしは面白くなかったのだけど……
満足したのなら帰るぞ。皆みなが心配する。
オシュトルは、心配してくれないのかな……
こんな勝手な真似をしでかした馬鹿共を、何故心配せねばならぬ。
うく……
あやや……オシュトルはん、お怒りやぇ……
当たり前だ。本来ならネコネに知らせる所だが……
ま、待って、ネコネには……
そんなダメやぇ、ネコやんにバレるのだけはカンベンや……
悲しむのが判っていて言えるわけがないだろうに。
ならばとっとと立て。何時まで寝ているつもりだ。
………
それでもクオンもアトゥイも突っ伏したままだ。
地蟲のようにモゾモゾ動くだけで、起き上がるどころか仰向けにさえなろうとしない。
どうした？
う……躰が動かないかな……ぐ……イ、イタタ……躰が……破滅の音が……
あやや……力が入らない……
全力だしすぎたぇ……
つまり、はっちゃけすぎて動けなくなったわけか。
罰としてこのまま放置してもいいが、ネコネにバレるとな……
仕方が無い、ヨッ……と。
まったく動けない二人を自分の肩に担ぐ。
ふぁ……ありがとなぁ、オシュトルはん。
脱力してる分、心なしか……
……重い。
何をいうか━━イッ、ダダダ……もっと優しくっ……
あはは、そんなとこ触ったらくすぐったいぇ。
暴れるな。文句をいうなら自分の足で歩いてくれ。余計に重く感じる。
アハハハ、ウチ等が重いとかオシュトルはんは冗談が上手いなぁ。
こんなの担いだの、クオンにアマムの袋を運ばされて以来だ。
えと……オシュトルはん？
し、仕方ないかな、躰中が痛くて動かせないんだから。
うひひ、それにしても、楽しかったなぁ。なぁなぁクオンはん、また今度も一緒に殺やりあおうな～♪
アトゥイはボロボロになりながらも、満足そうなホッコリした表情でそう告げる。
もう、アトゥイとやり合うのはコリゴリかな。
対照的に、クオンは不満げに頬を膨らませている。
だがそんな言葉とは裏腹に、その表情は霧が晴れたかのように明るく、活き活きとしていた。
……ありがと、アトゥイ。
小声だったが、口元がそう動いたのは気のせいではないはずだ。
まぁ……いいか。聞こえなかったことにしておこう。
深夜、ルルティエの部屋の前を通りかかった時のことだった。
あ……やだ、駄目……
ん？
そんなところ……恥ずかしいよ……
ちょ……おい……今の、クオンの声……だよな？
待て待て……一体何して……
意外です、クオンさまは……こんな所が弱いのですね……
い……意地悪かな、んっ……
ここが、感じるのですか？
んくぅ！やだ……おかしくなっちゃう……
お、おい……二人して中で一体……何をしてる。
むぅ、気になる。これは……状況を確認すべきか……
そうだ……確認するしか無い。
だが別に、これは覗きとか興味本位では無くてだな……二人が心配だからであって……
別に覗くわけではないからなЧコレは二人が心配だからであってだな。
正当なる理由をもって部屋の襖ふすまに手を掛けると、中の様子が窺うかがえるだけの細い隙間を慎重に開いた。
んっ、んああっ……き、気持ちいい、もっと激しく……
はぁ……はぁ……こう、ですか……
あっЦそこッ、い……痛い痛い、でも……あっ……イイ……
室内では、俯うつぶせに寝たクオンの上にルルティエが馬乗りになり、背中や脚などのツボを刺激していた。
…………いや、うん、そんなことだろうと思っていたけどな。
とはいえ、ルルティエが普段よりも薄着で脚も露わな大胆な格好でクオンへとまたがっていたり、
クオンの着物が上半身はだけて背中が見えていたりと、刺激的と言えば刺激的な光景ではあったのだが。
ごめんなさい、少し……強すぎましたか？
い、いいの、それでいいかな。そのくらいの方が効いてるって感じがするから━━
判りました、えいっ……
う……んっ。
んしょっ……
あ……うっ！
んしょ、んしょ……
はぁぁ……でも、おかげで大分楽になってきたかも……
それなら良かったのですけど……心配しました。
急に尋ねて来たと思いましたら、酷ひどく辛そうな顔して……
もしかして……何か無理をしていたのですか？
えっ？う、ううん、そんなこと無いかな……うん。
…………
えと……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……はしゃぎ過ぎちゃったというか……
ほんのちょっと躰を動かしただけで、こんなになるんだもの……ハァ、我ながら貧弱で嫌になっちゃう。
その言葉にルルティエが心配そうに眉を曇らせる。
ちょっと待て、クオンの何処どこが貧弱だ。
大の男顔負けの力があって、どんな軽業師より身軽な身のこなし。アレの何処どこが貧弱なんだ。
━━えい。
うひゃんЧ
するとルルティエが、親指をクオンの腰辺りに押し込める。
ル、ルルティエ？
見ればルルティエが悲しそうにクオンを見つめていた。
えい！
ひゃわわЧ
グリグリグリ━━
ルルティエの細く白い指が、クオンの柔らかい肌を更にグリグリする。
ク━━くふっ、うは、アハハハハ━━
待って、そこは、くふッ……うひぅ……ダメ━━
グリグリグリグリ━━
ルルティエ、アハハハ、し、心配しなく……くふふ、うひゅひゅひゅ━━
その背に乗ったままのルルティエは、体重をかけてクオンに指圧を続ける。
どうやら本人は力を入れているみたいだが、クオンは痛みでなく、くすぐったさに悶えているようだ。
待って、降参、ち、ちがうの、ホントに誤解……うひゃ、うひゃひゃひゃ━━
グリグリグリグリグリグリ━━
あふぁはははは、くしゅぐ━━うひゃひゃひゃ、いッ、イダダダダ━━
くすぐったさのあまり笑いながら悶えまくるクオン。すると筋肉痛の所を悶えたせいか、今度は痛みに悶え始める。
あはははは━━、イダダダダ━━くひゅ、ふひゅひゅ、あいたたたた━━
くすぐったさに悶え、そして悶えることで苦痛に悶え、ルルティエがぐいぐいと攻める度に、クオンが脚も露わに悶え、乱れる。
ゴ、ゴメンね、ルルティエ、悪かったから、反省してるから、アハハ、イタタタタ━━
本人は意図していないようだが、どうやら指圧で痛めつけるよりはるかに効果的な攻撃のようだ。
ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……
ついにはグッタリして荒い息をするクオン。ルルティエもクオンに跨またがった状態で息を乱していた。
ある意味艶めかしい光景だが、何かが違う……
ハァ、ハァ、ハァ……ごめんなさいクオンさま……でも……
うぅぅ……い、いいの……誤魔化そうとした私わたくしが悪いんだから……
やっぱり、ルルティエは誤魔化せなかったな……
……クオンさま、あまり心配させないで下さい。
クオンさまは、どこかしらハクさまに似て儚はかなげな感じがします。
とても強くて……でも反面砕け散りそうで……
そしたら今度は……もう戻ってこない……そんな気がするんです……
まるでハクさまのように……
ルルティエ……
クオンさまは……もういなくなったりは……
………………
いかんな。つい、聞き入ってしまった。
これ以上、聞いていい話ではない。戻るとしようか……
二人に気づかれぬよう、静かにその場をはなれた。
ヤマトとは違う空の下。一つの人影が静かに、瞑想を行なっていた。
………
ただ坐して、目を閉じる。そして心を無に近づける。
無駄なことは考えず、その人影━━ムネチカはただ己の内面を静かな心で見つめ続けていた。
そんな精神統一を破ったのは、一人の艶やかな女性の訪問だった。
ごめんください。ムネチカさまは、いらっしゃいますか？
む……これはフミルィル殿。如何いかがなされた？
相手の気配を察した時には既に、ムネチカは趺坐ふざの姿勢を解いて入ってきた人物に向き直っていた。
そんなムネチカに女性は柔らかな笑みを浮かべる。
うふふ、この間も申しましたように、私わたくしのことは、どうかフミルィルと呼び捨ててくださいな。
いえ、そういう訳には参りませぬ。フミルィル殿には小生等を客人として遇して頂いた御恩があります故。
そう言って生真面目に頭を下げるムネチカに、フミルィルは小さく首を傾げた。
ん～、でも私わたくしはただ、クーちゃんにお願いされただけですし……
であったとしてもフミルィル殿の温情、感謝の念に堪えませぬ。
仮面アクルカもお返し出来れば良かったのですが、あれはトゥスクルにおいてとても危険だと考えられている物。
ムネチカさまには申し訳ありませんが、今はまだお返し出来ません。
いや、それは当然と言うべきか……
フミルィルの謝罪にムネチカは苦笑する。
ここはトゥスクル。その詳しい場所は不明だが、とある屋敷にムネチカ達は虜囚として軟禁されていた。
とはいえ、その待遇は破格と言えるほど優遇されたものであった。
侵略してきた敵軍の将とその配下である。
本来ならば何らかの労働に従事させられているか、更に過酷な処遇を受けてもおかしくないだろう。
だが、苦役どころか何の労働も与えられず、ほぼ放置状態であった。
更には何をするのも、近場なら何処どこへ行くのも自由。遠出さえしなければ里に降りることも許されていた。とても虜囚の生活ではない。
その気になれば、逐電も容易であったろう。
しかし━━流石に締め付けが緩すぎるのではありませぬか？
…………？
小生達は虜囚です。館の外になど出すべきではないのでは……
でも、それですと皆みなさん、息が詰まってしまいますもの。
そんな可愛らしく首を傾げられても困る。ムネチカは、そんな彼女の様子を見て心の中で小さく嘆息した。
フミルィルの表情には、迷いや戸惑いは見られない。虜囚としてのこの扱いは、トゥスクルでは当たり前なのだろうか？
ところで、本日は小生に何か御用でありましょうか？
そうそう、そうでした。
ムネチカの問いかけに、フミルィルの表情が華やいだ。
今日は、ムネチカさまにとっても大事なお願いがあって来ました。
小生に？
はい。
引き寄せられそうなほがらかな笑顔を浮かべ、フミルィルは嬉しそうに頷いた。そのまま少し興奮した様子で言葉を続ける。
ちょっとそこまでお出かけをするのですけれど、よろしければお供をしていただけたらと思いまして。
……お供？
フミルィルの意図するところが判らずに、ムネチカは目を瞬しばたたかせる。
でしたら、同郷の者を伴われたほうが良いのではありませぬか？
どうしてですか？
小生は、これでもヤマトの将故に。
どこに行くのかは知らないが、気安く同行すれば余計な猜疑さいぎを生みかねない。そう思っての言葉だったのだが……
実は、他の皆みなさんには内緒のお出かけなのです。
フミルィルは不意に悪戯っぽくっ笑うと、内緒話を打ち明けるように小声でそう囁いた。
それこそ、敵國の将を伴うべきではない。それは手負いの獣を、何の監視も抑止もない状態で野放しにすることと同義だ。
最悪、彼女自身の身に危険が及ぶ可能性すらある浅慮せんりょな行為だった。
ムネチカはそう警告しようとするのだが━━
お願い、できませんか？
むぅ……
純真な眼差しに見上げられて、ムネチカは言葉を詰まらせた。
彼女を拒む言葉は、どうしても出てこない。
考えてみれば、受けた恩を返す絶好の機会ではある。そう思いムネチカは肯いた。
承知した。お引き受け致しましょう。
ありがとうございます、ムネチカさま。
フミルィルが喜びを前面に押し出した様子で、ムネチカの手を取る。
それでは、すぐに支度したくをしなくてはいけませんね。
フミルィルは楽しげに鼻歌を歌いながら、踊るように部屋を出ていってしまった。
……ふぅ。
過ぎ去った嵐を偲ぶように、ムネチカは部屋の入口を見やる。
フミルィル殿と話すと、何か調子が狂う……
ため息と共に漏れ出た呟きには、幾らかの気安さと━━僅かな自嘲の響きがあった。
フミルィルは美しい女性だ。体つきや物腰も女性的で、溢れ出る色香は空恐ろしいほどである。
初めて会った時などは、そのあまりの美しさに幻ではないかと疑ったほどだった。
かと思えば、言動の節々に仔犬や仔猫のような稚気ちきを感じさせる。放っておけない、という気にさせられるのだ。
月光花フミルィルというよりは、まるで気まぐれにさんざめく星原ほしはらのような……
自身の口元に笑が浮かんでいるのに気付き、ムネチカは気を引き締め直した。
少し、当てられたか……
ムネチカは、これまでの生涯を武と共に過ごしてきた。そのことは誇りに思っている。
それでも、ついつい自分と彼女を比べてしまう。ああも女としての差を見せつけられると……
理不尽だ……
思わずそんな愚痴をこぼしつつ、ムネチカは身支度を整えた。
а

а
؁
؁
プニッ、プニプニッ……
…………
んふふ～……
プニプニプニ……
ぷにぷにもちもち～。
……あの、アトゥイさん。
何ね？ネコやん。
プニプニプニプニ……
さっきから、どうかしたですか？
どうかって、何がぇ？
……どうして、頬を突つついてるです？
ネコネは書類に筆を走らせる手を止めずに言う。
ネコやんのほっぺ、プニプニしてて気持ちええなぁ。
……見ての通り、政務中なのです。
ネコやんのプニプニほっぺが悪いんよ、この罪作りな柔らかほっぺぇ！
プニプニプニプニ！
むく……あの……
んふ～ふ～ふ～♪
ア、アトゥイさん……くすぐっ……やめ……あふふっ、くすぐったいのです。
思わず声をあげ、身をよじって頬を緩めるネコネ。
それを見てアトゥイは、ぱっと笑顔になった。
ネコやん、やっと笑ったぇ。
あんなくすぐられたら、誰でも笑うのです。
ん～？最近、ネコやんの笑った顔見てなかったから、ちょっと心配してたんよ。
そうですか……
その言葉にネコネは手を止めること無く、何も無いようにそう流した。
気づいてなかったのけ？ネコやん、ここんとこずっと顔が強張ってたぇ。
けど、クオンはんが戻ってきてから、ちょっとずつやけど笑うようになってきて、ウチは安心してるんよ。
その言葉に、ネコネの手がピタリと止まる。
その間も変わらずネコネの頬をフニフニと突つついているアトゥイ。
ネコやんのほっぺは、ほんとに柔らかいなぁ。
止めた手をゆっくりと動かし、再び書類に筆を走らせるネコネ。
でも、ウチは嬉しい反面ちょっと残念やったぇ。
ウチらでは、ネコやんを笑わせることができひんかったからなぁ。
そんなこと……
ん？
そんなこと無いのです……
ネコネの言葉にアトゥイの手が止まる。
ホントけ？
ハイです。
ホントに、ホントけ？
ホントなのです。
……うひひひ。
アトゥイは満面に笑みを浮かべて、ネコネの頬を再び突つつき始めた。
ネコやんが笑ってくれると、ウチらも嬉しいんよ。
ぷにぷにぷにッ……
あやや……クラリン、嫉妬しとるのけ？
ぷるぷるぷるぷる……
そっかぁ、クラリンもネコやん突つつきたいんやな。
ぷるぷるぷる。
あの、それはちょっと……
うひひ、クラリン振られたなぁ。
なら、ウチがクラリンの分までネコやん独り占めやぇ。
プニプニプニプニプニプニッ。
………
アトゥイにされるがまま、こそばゆそうに、照れくさそうにしているネコネ。
あの、そろそろ突つつくのをやめて欲しいのです。
うひひ、嬉しくて、ついなぁ。
プニプニプニッ。
あっ、そうや、ウチお茶煎れてきてあげるな。
そう言ってアトゥイは、たたっと小走りに部屋から出て行った。
…………そんなこと無いのです。
一緒に居てくれて……うれしかったです。
とっても、うれしかったです……
一人残された部屋で、ネコネは誰に言うでもなく、そう呟いた……
ʐ
ʐ
綺麗な月だ……
夜空を眺め、思わずそう呟いた。
優雅な弧を描く月を酒菜さかなに、手にした盃の中身を一気に飲み干す。
おかわりを。
主あるじ様、もう一献いかがですか？
ああ、すまない。いただこうか。
ウルゥルが注ぐ盃をあおり、月の浮かぶ夜空を見上げる。
静かだ……戦いくさを控えてる國とは思えない。
いっそ、このまま何事も無く収まってくれればいいんだが……
どーんЦ
もう一杯、と思った矢先になにやら小さな物体が背中にぶつかってきた。
目をやると、そこにはクリクリした小さな瞳が興味深げにこちらを覗き込んでいた。
おしゅ、なにしてる？
シノノン……どうした、ひとりか？
ひとりじゃないぞ！みんないっしょだ！
みんな？
ほらシノノン。ちゃんと髪を拭かないと、風邪を引いちゃう。
なんだ、クオンもいっしょだったのか。
シノノンの火照った躰に濡れた髪。どうやら風呂上がりらしい。
あれ、オシュトル。今日の政まつりごとはもう終わりかな？
ああ、月が綺麗だったから、それを酒菜さかなに一献かたむけていたところだ。よかったらクオンもどうだ？
それは嬉しいお誘いかな。それなら、ちょっと騒がしくなっちゃうけど、いい？
すると、どこからか、ガヤガヤと話し声が近づいて来た。
おーい！みんな、こっちだぞ！
その言葉に視線を向けると、ちょうど廊下の奥から女性陣がやって来るところだった。
うぅ～……
ネコネさま、大丈夫ですか？
少しのぼせたようなのです……
ちょっと待ってて下さいね、なにか冷たいものを持ってきますから。
あ～、オシュトルはん、一人だけずるいぇ。
ほほぅ、月見酒とは優雅ではないか。
ええなぁ、オシュトルはん。ウチも御相伴させてもらっていいけ？
それは構わぬが、これは風呂上りに飲むには少々キツイぞ？
しかし今日はどうした？みんな揃って……ずいぶん賑やかだな。
こうやって、みんなとゆっくりお風呂に入るのも久しぶりだったし、話し込んでいたら思わず長風呂になっちゃって……
クオンも暑いのか、手団扇で火照った顔を扇いでいた。
しかし、いきなり人数が増えて酒が足りるかどうか。酒を飲めない者もいるようだが……
問題無い。
心配御無用です。主あるじ様の御希望に応えられるよう、既すでに色々と用意してあります。
そう言うと二人は、何処どこに用意していたのか酒甕カメを並べてゆく。
これはまた、ずいぶんと。酔い潰す気ではあるまいし、そんなに用意してどうする。
………
…………
二人は言葉に答えること無く、あからさまに目線をそらした。
……おい。
まさか本当に酔い潰す気だったのか。油断も隙もないやつらだな……
どうぞ。
酒クワサです。よく冷えております。
とっとっとっと━━
━━くはァ、風呂上りの一杯は五臓六腑に染み渡るぇ。
……ふぅ、美味い。この一杯の為に生きていると言っても過言では無いな。
そんな親父臭いことを言いながら、アトゥイとノスリはグビグビと喉のどを鳴らす。
ネコネさま、お待たせしました。冷茶でよければ……
あ……わざわざありがとうございます。いただきますです。
はい。クオンさまも如何いかがですか？
ありがとう、丁度喉のどが渇いてたかな。
クオン・ネコネ
はぁ……
クオンとネコネは、ルルティエから受け取った茶を飲み干すと、同時に満足そうな息を漏らした。
美味しい……
生き返るのです……
おちゃ！シノノンもつめたいおちゃのむ！
はい、どうぞ。
ありがとな。
どういたしまして。
静かな夜だと思っていたが、いきなり賑にぎやかになったな。まぁ、それはそれで風情があるか。
のう、つまみは無いのか？何か甘いもの、できれば菓子がよいのじゃが。
お菓子はありませぬが、乾ほし果物でよければ。
うむ、それで構わぬ。贅沢は敵じゃからな。
その声に、ハッと後ろを振り返る。
ほほう、これは初めて見る果物じゃな。あむ、もくもぐもぐ……うん、うん、悪くないぞ。
聖上……
……むぐ？
どうしたのじゃもうふぃふぁもふぁ？
余の顔にももふぁおふぃ、なにかついているのかもぁみぃふぁふいふぇふふぉふぁ？
皇女としての威厳も何も感じられない様子に、こめかみ辺りが痛みを訴えてくる。
アンジュに向き直り、姿勢を正すと重々しく切り出した。
聖上……そう勝手に出歩かれては。城内とはいえ、いつ悪意をもった輩が襲ってくるかわかりませぬ。
臣下の者達を、某それがしを、心配させて下さいますな。
むぅ……かたい事を言うな。
これ以上部屋に閉じ込められていたら、気が滅入ってしまいそうじゃ。
ですが、それも聖上の御身おんみを思ってではありませぬか。
それでも、もう特別扱いは嫌なのじゃ。余も、皆みなと一緒にいろいろしたいのじゃ。
アンジュの我が侭に心の中で大きなため息をついた。
アンジュはその立場故、いつどこで襲われるか判らないのだ。彼女の奔放な行動をおいそれと認めるわけには行くまい。
聖上、僭越ながらそれは……
なんと説得するべきか、その難題に頭が痛み始めた時、横から割り込む声があった。
いいんじゃないかな、少しくらい。誘ったのは私わたくしなんだし。
クオン？
それに下手に一人でいるよりも、私わたくしたちみんなと一緒にいた方が安全だと思うな。
そう、それじゃ。誰かと一緒にいれば余を狙う輩も手を出しにくいであろう。
これで一安心じゃ、うむ。
どうだと言わんばかりに胸を張るアンジュの姿に、再び心の中で大きなため息をつく。
だが、下手にごねられて勝手な行動を取られるより、いざという時、信頼出来る者のそばにいた方がいいかもしれない。
……仕方がありませぬ。風呂は一人より皆との方が安全という事に致しましょう。クオン達と決して離れぬようお願い申し上げます。
うむ、任せておくのじゃ！
オシュトルも納得したところで、この果物のお代わりは無いのか？大盛りで所望するぞ！
空になった皿を指差しておかわりを頼んでくる。それなりの量があったはずだが影も形もない。
えっ、もう食べてしまわれたのですか？
何故か、もう無くなってしまった。
いくら太らないとはいえ、あまり食べ過ぎるとお体に悪いかと……
心配要らぬ。余は食べれば食べるほど健康になるのじゃ。
……………
まったく、人の気も知らんで呑気のんきな連中だ……
ぷるるる……
クオン……男の某それがしでは気が利かぬ事もあるが故、聖上の事を頼まれてくれるか。
もし何か入り用であれば、気兼ね無く言ってもらいたい。
入り用な物……か。
さっそく何かあるのか？
ううん、ちょっとね……
クオンは何か思い当たる物があったのか、困ったような顔をする。
これは……さすがにこればっかりは、ちょっと難しいかなって。
難しい？
うん、多分。それに、本当に必要なのかって首を傾げるだろうし。
でも、さっきアンジュと、それは是非ぜひとも必要だなって話してたんだから。
何の話じゃ？
ふむ、それは聞いてみないことには判らぬな。取り敢えず言ってもらえぬか？
するとクオンは、すまし顔で咳払いをした。
今、わた……アンジュに必要な物、それは……
それは？
なみなみとお湯が張られた、あったかいお風呂かな。
クオンの言葉を聞き、静かに重々しく息を吐いた。
……そんなに湯船に浸かりたかったのか。
な、何を言ってるのかな。私わたくしではなく、さっきアンジュが。
宮廷での大きな風呂が懐かしい、湯船に浸かりたいって言ってたんだから。
いや、確かにそうは言ったのじゃが……
じゃあアンジュは、あふれるようにお湯がそそがれたお風呂に入りたくない、ってことでいいんだ？
なぬ？いや、そんなことはない、入りたいのじゃ！
ほら、オシュトル。やっぱりお風呂は必要かな。アンジュの為にも、あの心身共に心地よい安らぎの為にも。
いや……なんか、スゴイ私欲が渦巻いてないか？
しかし、湯船の風呂とはな。ここの蒸し風呂は、それなりに立派なものだと思うのだが。
この辺り……いや、このヤマトでは、風呂と言えば湯船では無く蒸し風呂が一般的だ。
湯船が贅沢とか以前に、それが存在しない。
此処ここのお風呂も悪くは無いけど、だけどやっぱりお風呂といったら、お湯を湯船にいっぱい張ったものが一番かな。
ああ、そういえば白楼閣で風呂を見たときは、大した喜びようであったな。
まさか目の前で真っ裸になって飛び込んでくとは思わんかったよ。
……そんなことあったかな？
とぼけて視線を宙にさ迷わせている。どうやらその記憶は無かった事にされているらしい。
でもあのお風呂、本当に気持ちよかったですよね。
湯に浸かって、手足を広い湯船で思いっきり伸ばして温まる感覚……
祖國のクジュウリも蒸し風呂でしたから、とっても新鮮でした。
そうそう、蒸し風呂では味わえない、格別な趣があるんだから。
まるでいまここで風呂に浸かっているかのように、うっとりと双眸そうぼうを細める。
蒸し風呂も躰を暖めてくれるけど、疲れを取るなら湯が一番。
クオンの言にアンジュも大きく頷く。
宮廷では湯の風呂であったからな。蒸し風呂は新鮮ではあるが、そろそろ湯船が懐かしくなってきたのじゃ。
お湯に浸かった時の心地よさと、躰が浮かぶ感覚……
そうじゃ……あの蕩とろけるような温もりと、ユラリユラリと浮かぶ感じが……
恋しく思う気持ちを共有するように、ひしと二人が両の掌てのひらをあわせる。
というか、思考を誘導するな。
オシュトルだって、湯船の方がいいと思わない？
まぁ、気持ちは判らないでもないが……
そうじゃオシュトル、余は湯の風呂に入りたくなった。さっそく用意するのじゃ。
いえ、それは……
それが必要とあれば、用意することやぶさかではありませぬが、些いささか難しいかと。
なぬ？何故じゃ、風呂など水をためて湯を沸かすだけであろう。
この國では、水そのものが貴重であります故。
何と……そうじゃったのか？いくつか水が貯められていた池があったように見えたのじゃが……
姫殿下、あれは生活の為に貯められた水なのです。日常の生活に使う分しか確保出来てないです。
さすがに湯船を張れるほど多くは……
それに戦いくさを真近に控えていて、水はとても大切なのです。
さらにネコネが水事情を補足する。
なんと……そうであったか。知らぬとはいえ無体を言ってしまったな、許せ。
アンジュは眉を潜ませたが、すぐに腰に手を当てキッパリ宣言した。
仕方が無いの。ならば、我慢する他ないのじゃ。いやっ、断じて我慢などではないぞ！
湯船に湯など張らずとも、ここの蒸し風呂で十分身も心もサッパリなのじゃ！
うむ、余は蒸し風呂が気に入った！大好きじゃぞ！
アンジュはそう急ぎ結論づけて、一人ウンウンと頷いた。
見え見えとは言え、自ら不要な物と言い切る姿はいじましくもあった。
無論、強権を発動すれば一人二人が入れる程度の水を供出させる事は十分可能だ。
しかし、今の状況でそんな贅沢をすれば、民草に申し訳が立たない。
アンジュも為政者として未熟ではあるが、何となくそれは理解しているのだ。
ハァ……
一方、クオンも判っていたとはいえ、深いため息をついた。
判っていたけど、やっぱり水かぁ……どこかに幾らでも湯が湧き出る壷でも転がってないかな。
なぁ、水が足りないとか何を言ってるんだ？水なら近くに豊富にあるはずだが……
……え？
あれ、そうなのけ？でも、水が貴重やから大切にって聞かされたえ？
どういうことなのです？豊富な水なんて、聞いたことも無いですが。
一同は疑わしげにノスリを見つめた。その視線にノスリは更に首を傾げる。
まさか知らんのか？あるだろう、ここの回りを囲む山の中腹付近に大きな湖が。
湖？
そうだ。先日、地形の把握のため一帯を探索していた時に偶然見つけてな。広くてそれなりに大きな湖だ。
あれだけ水があれば、水のことでそんな神経質になる必要はあるまい。
本当なの、ノスリ？
ここでお前達に嘘をついても意味があるまい。あれは夢でも幻でも無かったぞ。
とっておきの情報にふふんとノスリは得意げに胸を張る。しかし……
あの……申し訳ないですが、それはやっぱり無理なのです。
いや待て、何故だ。あれだけの湖……
まさか、そこには主とか住み着いていて、退治する必要でもあるのか？
ならば、この私がソイツを速戦即決で片をつけてくれよう。
いえ、そうではないのです。
意気込むノスリにネコネは困った顔をして答えた。
多分その湖は、オバロ湖のことだと思うのです。わたし達だって、その湖のことを知らなかった訳ではないのです。
何だ、知っていたのか。では尚更のこと何故……
その湖までは道が悪くて、人手や荷車で水を運ぶのは難しいのですよ。
かといって水路を作っても、湖水は全て、水はけの良い土壌に吸い込まれてしまうのです。
あ……
ノスリは呆気に取られたように固まってしまう。
確かに。実際見て確かめた訳ではないのだが、付近の地図を見た限り道自体を整備するのは難しそうだ。
土壌が悪いとなれば、水路を引くにしても大規模な工事が必要になるし……
な、ならば湖のそばに風呂を作るというのは……
いや、距離は近いようだが、それは一直線での話だ。道なりに沿って行くとなると、気軽には行けないだろうな。
むぅ、確かに……
それに例え風呂に入ったとしても、結局、帰りでまた汗をかき、埃や草木の汁に塗まみれる事になろう。
そうだね……お風呂に行ったのに、心身ともに疲れて帰ってくるのは、ちょっと遠慮したいかな。
そうか、いい案だと思ったんだが……
全否定されたノスリはガックリとし、嘆息を漏もらす。
まあ、そう気を落とさぬことだ。いまは夢でもいずれ事態が好転すれば、なんとかする余裕も出てこよう。
うん、絶対無理ってことは無いかな。
クオンの言葉に静かに頷いた。
しかし、豊かな水源を使えば風呂だけでなく、農業や新しい産業にも活用できるだろうに。
何とか出来ないものか……

ʐ
ʐ
ʐ
ʐ
ʐ
ʐ
ʐ
ƨ
……うむ。これで最後だな。
手元の片付いた書簡を置き、大きく一息つく。
おしまい。
お疲れ様でした。そちらを、お預かりします。
ふぅ……ようやく片付いたか。今日はこのくらいにしておくとしよう。
体を大きく伸ばし、そのまま強張こわばった肩を軽く回す。
くっ、ぅぅぅぅうう……
硬くなった躰が解れていくのを感じ、思わず声を漏らしてしまう。
……最近、輪をかけて忙しくなってきたな。片付けても終わる気がしない。
力を抜いて。
楽にしてください。肩をお揉みします。
そうだな、頼もうか。どうも肩が重くてかなわぬ。
ウルゥルとサラァナは無言で頷うなずくと後ろに回り、それぞれが両肩と背中を強くもみ始める。
凝ってる。
とても硬くなっています。揉み加減は如何いかがですか？
ああ、いい感じだ。疲れていると言うほどではないが、体が重く感じてな。
無理している。
主あるじ様は、かなり疲労がたまっています。普通の休息では足りません。
…………
双子が何か確認しあうようにお互い見つめあい、無言で頷うなずいた。
ちょっと出る。
少々お待ち下さい。すぐに戻ってきます。
神妙な表情で双子が部屋を後にする。珍しく途中で手を止めた二人に驚きを覚えた。
ふぁぁ、にしても眠い……というかダルい。
突然襲ってきた疲れと睡魔に、思わずあくびがこみ上げてしまう。
いかんな……二人の言っていた通り疲れがたまっているのか？
……クオンに相談してみるか。あいつなら何か疲労に効く薬を処方してくれるかもしれん。
夜半の廊下。欠伸あくびをかみ殺しながら、鈍い足取りでクオンの部屋の前まで来る。
まだ起きているかな。
クオン……いるか？夜分にすまな━━
あなた達が私わたくしの部屋に来るなんて、珍しいかな。
部屋の中からの話し声に、扉を叩こうとする手を止める。
む……先客か。こんな時間にいったい誰だ？
それで、どうしたのかな。ウルゥル、サラァナ？
どこかに出かけたと思ったらここに来ていたのか。クオンに何の用だ？
協力が必要。
夜分遅くにすみません。急な入用いりようがあってまいりました。
急って……もしかしてオシュトルに何かあったの？
心配ない。
いえ、主あるじ様はお部屋で休んでおられます。
大丈夫ならいいけど……それで、私わたくしに入用いりようって何？
あなた達のことだから、オシュトル絡がらみなんだろうけど。
これが必要。
これに書いてあるものが欲しいのです。クオンさんなら処方していただけると思ったのですが。
処方って……薬が欲しいの？いいけどそれ、ちょっと見せてくれるかな。
クオンは受け取った紙を広げ、真剣な表情で内容に目を通していく。
えっと……ベッコウリの実が三つにロロポックの根が一本……
うん、これならすぐに用意できると思うけど……
では、お願いします。
でもこれ、強壮……体を元気にする類の薬草ばかり。この薬、誰に飲ませるつもりなの？
飲んでもらう。
主あるじ様がだいぶお疲れのご様子でしたので、元気を取り戻してもらおうかと。
疲れが溜まっている。
今日もたいへん辛そうでした。それで、急いでいたのです。
疲れているとは思ってたけど……そこまでなんて気付かなかったかな。
クオンは再び紙に目を通し、僅わずかに首を傾げる。
何か問題？
どうしました。処方に何か不備でもあったのですか。
……あ、ううん、この組み合わせは特に間違ってないかな。
でも……二人が薬師くすしの知識もあるなんて、知らなかったかも。
それほどでもない。
あるのは知識だけです。わたし達にはクオンさんの様に薬を作る技術がありません。
だから頼んでいる。
すべては主あるじ様に……こうして頼んでいるのも、その為です。
そっか……オシュトルの為……
わかった……でも、薬を作るのはちょっと待ってて欲しいかな。
クオンの言葉に、双子が無言で首を傾げる。
薬を飲めば確かにすぐに元気になるのだけど……私わたくしはその後の事が心配かな。
効果が強い薬だと、その分反動も大きいし、効果が切れた時に倒れたりしたら大変だよね。
だからここは、回復はゆっくりだけど躰に優しい薬膳なんかはどう？
薬膳、ですか。
食事を通して、少しずつ体調を改善していくから、躰にかかる負担もほとんど無いかな。
ルルティエなんかも、お願いしたら喜んで協力してくれると思うけど。
こっちの方が、後々あとあと安心だと思うけど……どう？
無言のまま互いに目配せを交わし合い、やがて考えがまとまったのか双子が首を横に振る。
それでは遅い。
今後はそれでいいかもしれません。ですが、今すぐ解決にはならないのです。
そっか、オシュトルはそんなに疲れてるんだ……
かなりお疲れ。
自覚は無いようです。躰が少し重く感じると仰られていました。
そうだ、そんなに急ぐなら、とりあえず私わたくしの手持ちの薬を使ってみない？
変わらない無表情を貼り付けたまま、再び双子が首を振る。
最善を尽くす。
それを処方して欲しいのです。今の主あるじ様にはそれが一番かと。
……そこまで言うのなら仕方ないか。
クオンは脇に置いてあった薬箱を引き寄せ、中から目当てのものを取り出していく。
……だけど、何だか妙に変わった組み合わせかな。
ロロポックの根なんか、少し強過ぎると思うのだけど……
問題ない。
その為にベッコウリの実を加えています。これには滋養成分がありますので、緩和かんわしてくれます。
でも、干したものでは効果が薄いんじゃないかな。他にも……
何種類もある薬を並べ終えると、クオンはそれらを前にしてまじまじと思案顔で見つめている。
間違いはない。
この組み合わせで、充分な効果が出る筈です。
うぅん、効果は充分だと思う。少し変わってはいるけど、おかしいって程じゃない……かな？
でもこの組み合わせ、何処どこかで……
眉をひそめて薬を確認しようとするクオンへ、双子は問題ないとばかりに話を進める。
早急希望。
お願いします。主あるじ様がお眠りになる前に飲んで頂きたいのです。
……わかった。できるだけ早く仕上げるから、もう少し待っていてくれるかな。
手伝う。
何か出来ることがあれば、わたし達も……
部屋の中が、三人の足音や作業の音でにわかに慌しくなる。
……どうやら双子が用意してくれるみたいだな。部屋に戻っておくか。
……失礼します。
戻ったか……もう用は済んだのか？
早く終わった。
思ったよりも直ぐに済みました。お休みになるところでしたか？
お前達がすぐ戻ると言っていたのでな。戻った時に誰もいないのでは、悪いと思って待っていたのだ。
ちょうど良かった。
お休みになる前に、こちらをお飲みください。
そう勧めて碗わんを差し出す。その中には量は多くないが、見慣れぬ濃い茶色の液体が入っている。
これがさっき、調合して貰っていた薬か。クオンが渋っていた割には普通だな、匂いも変な所は無い……
元気が出る薬。
お疲れのご様子でしたので用意させていただきました。
休んではみたものの、思った以上に疲れが根深いようでな。
それは助かるな、ちょうどクオンの処に行って薬を処方してもらおうと思っていたのだ。
効能は確実。
お飲みください。躰が楽になると思いますから。
ああ、ありがたく頂こう。
そう言って、碗わんの中身を飲み干す。ドロリとした感触が、喉に多少引っかかってくる。
たくさんの植物の汁を集めて混ぜた味ってところか……少し苦味があるな。
あまり美味いと言えないが、特別不味まずいわけでもない。これぞ薬って感じの味だ。
味に自信あり。
お口に合うよう、飲み易くしてみました。
いや、薬の味などこんなモノだろう。むしろ苦い方が効く気がする。
前にクオンに飲まされていた薬に比べれば、断然飲みやすいしな。
そう言って、碗わんの中身を飲み干す。その様子を見届けた双子が、新たに盃さかづきを差し出してくる。
む……一杯だけではないのか？いや……見たところ、薬の類ではないようだが。
口直し。
湯で薄めた果実酒です。お休み前に飲めば、薬の効果と相俟あいまってぐっすり寝られます。
酒か……薬と一緒に飲んでもかまわないのか？
問題無し。
起きる頃にはスッキリしています。疲れも、悪いモノも、何もかも出し尽くします。
そうか……これもありがたくいただくことにしよう。
受け取った盃さかづきからは、果物を発酵させた芳かんばしい甘い匂いが立ち上がってくる。
いい香りだ……では━━
ドドドドドドドド……ッ！
不意に外から聞こえてきた誰かの走る音に、盃さかづきを傾けるのをやめる。
ちょっと待つかなぁ┻╋┳ッ！
…………クオン？
いきなり突入してきたクオンのかつてない剣幕に、呆然としてしまう。
オシュトル、それもう飲んじゃったЧ
ん？いや、まだこれからだが……
その手に持っている盃さかづき。その中身って……
ああ、これか。ウルゥルとサラァナが用意してくれた果実酒だが。
それ、飲んじゃ駄目！
ぬおЧ
言うが早いか盃さかづきを奪い取られる。クオンの慌てた様子に、ただただ驚いてしまう。
よかった。どうやら間に合ったみたい……
クオンが自分から取り上げた盃さかづきの中身を確認し、ホッと息をつく。
いきなり駆け込んできてどうしたというのだ、いったい何が……
ええっと、ちょっと問題があって急いできたのだけど……
もしや、薬の事か？もう飲んでしまったのだが別段、躰に異常はないが。
……それともまさか、飲んではいけない類の薬だったのか？
うぅん、薬はいいの、問題はそれと一緒にお酒を飲んだりしたら━━
酒……と言われても、特になにも変わった所は無い様に見えるが。
妙に変わった素材を使っていると思ったら、まさかこんな事を企たくらんでいたなんて……
二人とも、上手くやってくれたわね。危うく手遅れになるところだったかも。
なにが何だかわからん。ちゃんと説明してもらえるか、クオン。
それはこの二人の口から聞くべきだと思うな……
そういうと、クオンは双子の方に目をやった。
まさか、またこの二人がよからぬことを企んでいるのか……
どう……ちゃんと説明して貰えるかな、二人とも。
イミフ。
何のことか判りません。詳しい説明を求めます。
えっ……
回答を求める。
お答えください、これに問題があるとは思えません。
この期に及んで、どうしてそこまで白々しいこと言えるかな。
滋養強壮の薬として嘘じゃ無いのがタチ悪いし。
呆れるクオンと対照的に、双子は動じずに悪びれているような素振りもない。
いい、オシュトル。この薬とお酒、それぞれは何の問題もないただの強壮薬と果実酒なの。
でも、組み合わせると大変かな。一緒に飲むとお酒とこの薬の効果が合わさって……その……
続きを言おうとしたクオンが、急に言葉を詰まらせ黙ってしまう。
飲むと……どうなる？
それは……
急に黙ってしまった。何か言えないことでもあるのか？
はっきりと。
黙っていては判りません。きちんと教えていただけますか。
うぐ……
言って欲しい。
わたし達には判らない事があります。クオンさんの口から説明をして欲しいです。
二人とも知ってる筈なのに……
それほど危険な物には見えんが、クオンがここまで言い渋るのなら、やはり何かある……のか？
…………もう！
一度深く息を吸った後、クオンが意を決したように口を開く。
そこまで心配する事はないけど、この薬はある種のお酒と混ざると、一種の興奮作用をもたらすの。
特にロロポックの根にある強い強壮作用で、一晩中その興奮が持続するから……止めたというか。
興奮か……
そう、興奮。だから眠れなくなるかと思って止めに━━
わかりにくい。
どのように興奮するのかを教えてください。場合によっては対処しますので。
うくぅ、あなた達はどこまで……
その、興奮って言うのは……いわゆる一種のせ、性的興奮というものかな。
わからない。
使っている言葉が難しいです。もっと噛み砕いてください。
………っ、だから！いわゆるいけない気分になる効果があるって事！
つ、つつ、つまり━━、びび、媚薬なの……これでわかったЧ
吹っ切るように一気にまくし立てて、クオンが双子と自分を半ば睨むように見据える。
あ、ああ。よくわかったが……大丈夫か？
……うぅ。
しかし媚薬とはな。前にも言っていたが、これがそうなのか……
……とにかく、薬自体には強壮作用があるから、お酒さえ飲まなければ大丈夫。
材料は私わたくしが吟味した薬草だし、お墨付きかな。
クオンのお墨付きか……確かに、躰が少し軽くなった気がする。
あとはしっかりお休みすれば、疲れもほとんど抜けると思うな。
だから、今夜はもうグッスリ休んで……あなた達もそれでいいよね？
言い分はわかった。
目的は果たしています。ですが疑問が残っています。
まだ……何かあるのかな？
クオンさんは、どうしてこれが媚薬だと判ったのですか？
……へっ？
クオンがギクリと目を見開き、動きを止めてしまう。
普通は気付かない。
この薬が媚薬になるという事は、ほとんど誰にも伝わっていないのです。
わ、私わたくしは薬師くすし……効能を細かく理解していないと、危ないと教えられたからかな？
間違った処方や組み合わせで、大変な事になったら駄目なんだから……
興味本位で覚えていたとかそう言うのではなくて、あくまで薬師くすしとして……
正しい判断。
極めて的確です。反論はありません。
じっとクオンを窺うかがっていた双子が、納得したように頷うなずく。
な、なにかな？
ならば一緒に。
本来なら近づけたくはありませんが、仕方ありません。
えっ、えっ……？
喜ぶ？
主あるじ様が喜んでくれるのなら、貴方であっても歓迎します。
なっ━━
何を言っているんだか、この二人は……
まずは順番。
最初は貴方からどうぞ、わたし達は後からでも構いません。
最初って……わ、私わたくしが、何の？
遠慮しなくていい。
貴方には一日の長があります。お望みであれば、最初はお譲り致します。
初めとか後とか……二人は何の話をしているのかな。
長持ちする。
わたし達は後でもいいです。初回よりも一度、いたされた方が長く持ちますので。
な、長持ちってなんのことかな……？
多くても大丈夫。
この効果は強力です。一度や二度では終わりませんから。
だ、大丈夫って……
嬉々として語り続けるウルゥルとサラァナと対照的に、クオンの声はどんどん小さくなっていく。
好き勝手に言ってくれる……とんだ災難だな。クオンには。
というか当の本人は無視か……仕方ない、聞こえないフリをしておこう。
止めに入る気にもなれず、騒ぐ三人を横目に自分で茶を煎れる。
ズズー……
……あぁ、茶が美味い。疲れが取れる。
双子は勝手にどんどん話を進め、さらに盛り上がっていく。
…………ぅぅ。もう、やめてったら。
がっくりと肩を落とすと、クオンは力なくそう告げる。
降参だから、この話はもう終わりに……
終わってない。
貴方は同じ思いをもった仲間です。共に主あるじ様を満足させましょう。
もういいってば！と、とにかく、お酒を飲んじゃ駄目……それだけは伝えたから！
そう言って、双子の追及から逃れるように入ってきた扉へと走っていく。
いい？飲んじゃ駄目だから！
……勝利。
わたし達の勝ちです。でも勝利は何時いつも虚むなしいもの……
あ……茶柱が……沈んでいく……
ʐ
オシュトル！オシュトルはおるか！
ア、アンジュさま、オシュトルさまはまだ、ご政務の最中かと……
アンジュがそんな風に声を張り上げながら部屋に入ってきたのは、ある日の夕方のことだった。
そろそろ切り上げようと思っていたとこなんだが……どうやら、もうひと仕事増えそうか。
声の方に向き直ると、アンジュの隣でルルティエがこちらに小さく頭を下げた。
ごめんなさい、お仕事中に……
いや、問題ない。
まあ、今手をつけていたのは一段落したからな。
内心のため息を押し殺しながら、気持ちを引き締めなおして真剣な表情を作る。
如何いかがなされた、聖上。
うむ、それなのじゃがな！
対するアンジュは、喜色満面といった表情で口を開いた。
先ほど、風呂に入ってきたのじゃが……
今宵の風呂は、特別素晴らしかったのじゃ！
……は？
思わず、間の抜けた声が洩れてしまった。
今宵の風呂が……特別？
聖上、素晴らしいとは一体……
うむ、浴場にな、不思議な香りの石鹸が置いてあったのじゃ。
石鹸？
石鹸がおいてあったくらいで、何か変わるものか？
したり顔で語られる言葉に、思わず首を傾げる。当のアンジュはそれに気付くことなく満面の笑顔を浮かべた。
あれは素晴らしいのじゃ！
こう、どことなく甘い香りがして……のう、ルルティエ？
はい、とてもいい香りでした。
他にも花の香りのする香やら、色々と気の利いた小物が置いてあっての。なかなか興味深い趣向じゃった。
石鹸に花の香りに気の利いた小物……状況がさっぱり判らんのだが……
楽しそうなアンジュに反して、こちらはその理由が理解できない。そんな噛み合わない会話に、別の声が割って入る。
そう言ってもらえると、用意した甲斐があったかな。
む？
あの石鹸は蜂蜜を使っているんだ。他にも、いろんな薬草とか……
そこで、上機嫌だったアンジュの表情に不満げな色が浮かぶ。その視線の先には、そ知らぬ顔で部屋に入ってきたクオンの姿があった。
……むぅ、何故、其方そなたがここにおるのじゃ。
ちょっと大切なお話をしていたからかな。はい、オシュトル、お茶。
ああ、すまぬ。
クオンが盆から寄越してくれた湯呑みを受け取る。
……少し熱いか。
煎れたての茶は想像以上に熱く、仕方なく脇において首を傾げているアンジュに向き直った。
つい先ほどまで、今後必要と思われる薬について、意見を求めていたのです。
むぅ、そうか……
アンジュは、こちらの返答に渋々といった様子で頷いた。次いで、クオンの方を見る。
それはそうと、其方そなたが、あの香りの石鹸を用意したと言っておったが、本当なのか？
あのような良い香りの石鹸は、宮廷の風呂にもなかったのじゃ。
涼し気な顔のクオンに、いささか不満そうな表情を浮かべてアンジュが問いを投げる。
そう？ありがと。
どうして礼を言うのじゃ。
だってあれ、私わたくしが作ったものだもの。喜んで貰えたなら嬉しいかな。
……なんじゃと？
あ、やっぱりそうだったんですね。
クオンの言葉に、アンジュが驚く。だが、その言葉を理解するうちに、徐々に微妙な表情になっていった。
どことなく対抗意識を持っているクオンを、知らない内に褒めてしまって複雑な心境、といったところか。
ね、ルルティエはどうだった？
はい、素晴らしいです。とても良い香りって、アンジュさまとお話ししていたんです。
う、うむ、そうじゃな。
よかった。新しく色々と作ってみたんだけれど、好評みたいで良かったかな。
う、うむ……
それとは逆に、クオンの方は自身の腕を褒められたのが嬉しいのか、やけに機嫌がよさそうだった。
そうだ、これなんてどうかな？
クオンはそこでふと、何かを思いついたように懐から小瓶を一つ取り出す。
これも結構自信があるんだ。
そう言ってクオンは、その小瓶をアンジュに差し出す。
なんじゃ、これは？
ええと、開ければいいんですか？
うん、そう。
不思議そうに首を傾げながら、蓋を開けて香りを嗅ぐ。途端、アンジュとルルティエが、感心した様に息を零こぼした。
ほぉ……
はぁ……
その様子を見て、クオンは嬉しそうに笑みを深めた。
それは？
香水かな。作ったものの中で、一番のお気に入りなんだ。
なるほど、香水か。
薬師くすしというのは、色々と作るものなのじゃな。
あはは。薬師くすしなら、生活に繋つながっているものは大抵作れるよ。
もしかして、他にも作れるものがあるのか？
ん～、他というと……薬の他には、お香とか、殺蟲剤とか、染料とか、ろうそくとか……
……随分と手広いのじゃな。
特に旅をするなら、現地の材料で色々な物が作れた方が便利だもの。
これは、会話に入る隙はなさそうだな。
唐突に始まった女性同士の会話に、思わず苦笑がこぼれる。
まぁ、うち解けてきたのは良いことだ。
和気藹々わきあいあいと盛り上がる三人の様子は、傍はたから見る分には仲の良い友達と言っても過言ではない睦まじさだった。
どうかな、気に入った？
……まあ、悪くない匂いじゃの。
うふふ、アンジュさまから、とってもいい香りがします。
そ、そうかの？
ルルティエの言葉に、アンジュが照れくさそうに微笑む。その様子を見て、クオンは笑顔で告げた。
気に入ってくれたのなら、受け取ってほしいな。
本当かЧい、いや、じゃが余だけがもらうという訳には……
差し出された小瓶を、アンジュはどこか惜しげに押し返す。だが、その表情には香水への興味がありありと見て取れた。
それなら一緒に、ルルティエに似合う香水を選ぶのを手伝ってくれるかな。
その突然の申し出に、アンジュが驚いた様子で目を見開く。
むぅ……
アンジュはどう返答したものかと考えているのだろう、困り顔で答えあぐねているようだった。
さしずめ、興味はあるが素直になれない、といったところか？
……まあ、其方そなたがそこまで言うなら、仕方がないの。
そういう割には、嬉しそうだが。
アンジュの態度に、思わず苦笑がこぼれる。
あ、いえ、わたしは……クオンさまに御迷惑をおかけするわけにはいきませんし。
突然話題に上ったルルティエは恐縮した様子で、視線を二人の間で行き来させる。
いいから行こっ。
ルルティエはクオンに引っ張られて、腰を上げる。
残りの香水は全部、私わたくしの部屋に置いてあるんだ。それに他にも色々な物があるし、ね？
なんと、まだ他にもあるのか！
そうだ、オシュトルも一緒に来る？
いや、せっかくだが遠慮しておこう。
何じゃ、オシュトルは来ぬのか……
この雰囲気に水を差すのも何だからな。
あの、お邪魔しました、オシュトルさま。
早く行くのじゃ、余は待ちきれぬぞ。
そんなに慌てなくても香水は逃げないかな。
べ、別に慌ててなどおらぬのじゃ。
二人の軽い言い合いに挟まれる形で、ルルティエが苦笑を浮かべている。
そのまま三人は他愛の無い会話を交わしながら、部屋を出ていった。
ふむ……
これを期に、あの二人がもう少し落ち着いてくれるといいんだが。
心の中でそう呟きつつ、すっかり忘れていた湯呑みを手に取り、口元まで持ってゆく。
……温ぬるい。
判りました。
ライコウ殿がそれほどお望みなら、断るわけにはいきませんね。
それにしても、ライコウ殿がそこまで買うとは珍しい。それ程の者なのですか？
元々以前より目を付けていた。使いようによっては彼奴あやつは化ける。
なるほど。
無能な主人を戴いたのが彼奴あやつの不幸だ。この手で軛くびきから逃がしてやったのだが……
あの手この手で口説こうとするものの、色好い返事は未だ無し……
耳が早いな。存外意固地で難儀しておる。
そこで、私の研究が必要となった。
念には念を、という事だ。
……判りました。
ですが、今すぐにというわけには行きません。時間をいただけますか？
長くは待てぬぞ。
あれを使うには保守が欠かせませんので、配下の者をお貸しすることになるでしょう。
できるだけのことはしますが、効果が安定するかは保証できかねます。
最悪の場合……
構わん、承知の上だ。我が策は一つではなく、強力な駒は多いほどよい。それだけのことだ。
では、頼んだぞ。
……駒、ですか。
可哀想に……
ǅ
ָ
ʐ
ՙ

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……さて、どうするか。
目の前の地図を睨みながら、策をめぐらす。
さすがに、何時までもこのエンナカムイに籠もっているわけにはいかないか。
本来なら、エンナカムイで力を蓄え、諸國の支持をとりつけるつもりだったんだが……
それもライコウの策ですべては水の泡。
トゥスクルの援助でどうにかつないでいるが、このまま孤立していてはジリ貧だ……
だが……クオンも戻ってきた。皇女さんの体調も元通りになり、兵たちの士気も高い。
打って出るなら今しか無い。
そして、それをエンナカムイ封鎖を解く足掛かりとしなくては。
他に方法は無さそうかな。
そう言いつつ、クオンが煎れたてのお茶を差し出してくれた。
ああ、すまない。
それを受け取ってから、クオンにも見えるように地図を広げた。
まずは、エンナカムイの主力を、ここまで進める。
エンナカムイと帝都との間に位置する一点を指差す。
ルモイの関……エンナカムイの命綱とも言える場所だね。
ああ、ここはヤマトにおける交易の要衝……エンナカムイにとっては無くてはならぬ。
他の関が朝廷軍や周辺諸國の勢力下にある中、ルモイの関だけはエンナカムイの防人さきもりが駐留し、交易路を死守している。
行商の方々もトゥスクルの使節団も、ここを通って来るですから、押さえられるとなす術がないのです。
それに、こちらが打ってでるためにも、確実に押さえておかねばならぬ場所。
ルモイの関を囲むように、指で大きく円を描く。
故に、ここに新たな陣を敷き、エンナカムイ主力を常駐させる。
関の守りを強化し、幾つか砦も築く。
充分に安全な拠点となり、退路が確保出来たのを見計らった上で、聖上にはエンナカムイ主力を率い、周辺諸國へ出向いて頂く。
大部隊で出向くことで、朝廷軍から聖上を護り、それぞれの皇オゥルォ達に接見することがかなうだろう。
さすれば、こちらの聖上が本物だと言うことがイヤでも明らかになる。
これで静観していた者達も、こちらの傘下に加わるしかないだろう。
そして━━
ルモイの関から帝都へ向けて、ゆっくり指を這わせる。
機が熟した時、聖上はそれらを率い帝都へと親征する。どちらの大義が正しいか、世に知らしめる為にな。
とはいえ、現状では妄想の域を出ない。そう簡単にいけば何の苦労もないというものだ。
まずはエンナカムイに賛同する國を増やし、封鎖を破らねば……
どうやら、そういうわけにも行かなくなったようです。
気配もなく、ふいに現れたオウギが話を遮さえぎった。
オウギか……どうした？
草からの報告ではなく、オウギが自ら来たということは、何か変事が起こったのだろう。
ルモイの関からの連絡が途絶えました。
交戦状態にあるか……あるいは……すでに。
…………あそこは重要な拠点だ。易々とは陥ちぬよう堅牢な砦として増強し、そこを護るは精鋭である近衛の者とした。
そうだな？
さすがにコレを落とすのは容易たやすくないだろうなと、僕も思っていたのですが。
敵襲を知らせることも出来ず、あの関が落とされた……と。
連絡が途絶えてから既に半日は経過しています。つまり、そういうことなのでしょう。
そんな真似が出来る者……
ええ、それを可能とする者を、僕達は知っています。
……ライコウ。
くッ、また先手を取られたということか。
うつむいて地図の一点を睨んだ。
自分の至らなさに歯がみする。
これからどうされます？
地図から視線を上げ、膝を打って立ち上がる。
出撃でるぞ！ルモイの関へ！
既に落とされたと決まったわけではない！
ほう、躊躇ちゅうちょ無く進軍してきたか……
薄闇の中、楽しげな声が部屋に響く。
逓信衆ティリリャライの報告を聞き終えたライコウは、盤上の駒を弄びながら策を巡らせる。
まさか、この速さで主力を展開できるとは……既に軍勢を整えていたか。
想定していたより遥かに早い。こちらが動く前に諸國の取り込みを目論んでいたか。オシュトルめ、油断ならぬ奴よ。
だが、その策は封じた。どうするオシュトル。俺の手を何処どこまで読める？
盤上の駒を着々と進めながらライコウは笑みを深める。
我が手をひとつでも読み違えれば、貴様に待つのは破滅ぞ。
如何程いかほど俺を楽しませてくれるか……見せてもらおう。
あれがルモイの関か。
敵に見つからぬよう、離れた場所から様子を窺うかがう。
何だ、この妙な違和感は……
……兵の姿が見えない。
おかしいですね、敵の姿も見えません。
敵も見えないとはどういうことだ。静か過ぎる、まるでこの関を途中で放棄したような……
朝廷軍の本隊らしきものは、砦の外にも見当たりません。おそらく、もっと離れた場所に布陣しているのでしょう。
戦はどうなったのでしょうか……
籠城しているにしては、関の門も開いてますし……
なんだか不気味なのです。
まるで、私わたくし達が来るのを待っているみたい……
まさか、空城の計━━
関の手前の隘路あいろにこちらを誘い出し、戦列が延びきった所を叩く気か。
あるいはこちらが戸惑い、攻めあぐねている間に、背後をつく気なのか。
どちらにしても、鍵となるのは敵の伏兵がどこに潜んでいるか、だ。
ほぅ、伏兵を警戒しているか……当然だ。
そうでなければ、この後の策を巡らせた意味が無い。
逓信衆ティリリャライからの報を聞き、ライコウは愉快そうに言葉をこぼした。
だが、罠とわかっていても、貴様は行かざるを得ん。まだ行方の知れぬ、そこを護っていた者達を見つけておらぬであろう？
正道を歩まんとする貴様の知勇こそが、我が策の餌食となる。
パチン━━
ライコウが指を鳴らすと、即座にシチーリヤが姿を現す。
ここに。
『蠱毒こどくの宴うたげ』を再開する。
殺し合いの器にしては、少々大きすぎるやもしれぬが。
承知いたしました。直ちに再開させます。
首肯すると同時に、シチーリヤは姿を消す。
残されたライコウは盤上に駒を一つ、無造作に投げ入れた。
安心するがいい、オシュトルよ。
貴様が思い描くような伏兵は使わぬ。
それではつまらんからな。
変幻自在。それが我が兵法と知れ。
しばらくして、策の実行を告げる報告が入る。それを聞いて、ライコウは余裕の笑みを浮かべた。
どうしたオシュトル、ここまで来て何を戸惑っている。
伏兵を潜ませているにせよ、全く姿が見えぬなら、中に大した数はいまい。
我等が力と貴様の采配なら、敵を蹴散らすなど容易たやすいだろうに。
なぁなぁオシュトルはん。もう行ってもいいけ？一番槍してきてもいいけ？
ホンのちょこっと。先っちょだけでええから。
いや待て、もう少しだけ様子を見る。
今がいいんよ。このネットリした雰囲気がゾクゾクして、たまらないんぇ。
確かに、首筋がゾッとするような気配を感じるな。だが進む他ないだろう。
全くこの二人は、違和感に気付いているんなら思いとどまってくれっての。
ん、何かあるのは間違いないかな。
兄あにさま、どうするですか？
これは、間違いなく罠だ。そして、こちらがそれに気づいていることもお見通しだろう。
あの男……ライコウならな。
ノスリの言うとおり、大部隊を動かしている形跡はないが……何か得体の知れない気配を感じる。
だとすれば単なる伏兵ではない。こちらの予想を上回る何かが……
むぅ……
覚悟を……決めるぞ。防人さきもりとなってくれた連中を見捨てる為に、急いでここまで来たわけじゃない。
お、お待ち下さい！危険ですからお戻り下さい！
ん？
構わぬ。どの道、安全な戦場いくさばなど無いのじゃ。
お待ち下さい、アンジュさま━━
聖上？
おお……聖上だ……
兵たちがその声にざわめく。
待たせたのじゃ、オシュトル。
聖上、何故このようなЧ
ルルティエと共に、後方におられた筈では……
もしや、我等を鼓舞する為に？
何を言うておる。余も共に戦う為に来たのじゃ。
兵達のどよめきがさらに広がっていく。
……何を言っておられる。
戦いくさが始まると聞いたのじゃ。
大切な余の民が戦いくさに赴おもむくというのに、のうのうと高みの見物を決め込むなど出来ようか。
其方そなたは言ったのじゃ。この戦い、目を逸らしてはならぬ、決して逃げてはならぬと。
何が起ころうと、最後まで見届けよと。
ならば余も行くぞ。否、余が行かずしてなんとする。
聖上……
ご、ごめんなさい、わたしが……
…………
ですが、姫殿下の御身おんみにもしものことがあったら……
余の心配は要らぬ。これだけの精鋭達が共に戦うのじゃからな！
さらにざわめきが広がり、次々と頭を垂れ跪ひざまずく兵達。
オシュトル、こうなったらもう止められないかな。
帝ミカドの声は天の声。
絶対故に、一度発してしまった以上、取り消すことは出来ない。
………
すまぬ、オシュトル……
じゃが、待つだけなのはもうイヤなのじゃ。
……一つだけ約束していただきたい。例え何があろうとも、決して独断で動かぬと。
もちろんじゃ！余の隣には、其方そなたがついておる。
皆みなの者、余の鉾ほことなり、共に戦ってくれるか！
エンナカムイ兵達
『『『ウォォォォォォオЦ』』』
……フッ、始まったか。
そのようです。
逓信衆
エンナカムイ、正面より多数前進！
つまらぬな。やはり王道を推し通るか。
貴様が清濁併せ飲むまでになれば、もっと長く楽しめたものを……
間に合わなかったか。すまぬ……
皆みなさん……どうして……
皆みなさんは、こんな所で……約束したじゃないですか……なのに……
ひどい……
ッ……おのれ、よくも……
防人さきもりの方たちが……こんなの……
どういうことかな。エンナカムイの兵だけで、朝廷の兵が見当たらないなんて。それに、これって……
戦いくさでの傷では無い？これはまるで……
ええ、間違いないようです。これは武具での傷では無く、喰い散らかされたもの。
それも巨大な獣……
これほど圧倒的な力をもつヤツ……
なんとなく、わかってきたじゃない。
索敵……注意、何か来ます。
うひひひ、きっと大物やぇ！
ガウンジ……
きゃぁっЧ
ええい、衣が邪魔じゃ！
これで良い。余も一兵卒となり、存分に仇を討ってやるのじゃ。
お～、でかいぞ、すごいぞ。
やっぱり出やがったじゃない。もしかしてアイツ、デコポンポの時のヤツか？
この状況で、なぜ同じガウンジが……
あの時のヤツを利用した？そんな都合良く……まさか奴等の裏で手を引いていたのは……
デコポンポがガウンジに食われたのも、全て……
貴様か……これを貴様がやったのか、ライコウ！
アイツが……アイツが皆みんなをЦ
考えるのは後だ。今は━━
来るぞ！ここで奴を仕留める！
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何ッ、更にもう一匹だとЧ
これは……ちょっと苦しいかな。
クッ、想定外にも程があるだろ……
あ……ぁ……
ネコネ、ルルティエを後へ。
ハイです。ルルティエさま、こちらへ。
は、はい……
ホロロロロッ。
だ、大丈夫……ありがとうココポ。
一匹を抑おさえるので手一杯の状況にこれですか。どうなさいます？
これは洒落しゃれにならんか……
キウル、オウギ、一旦退き戦列を立て直す。
ハ、ハイッ！
では、こちらが殿しんがりをつとめますので、よろしくお願いします。
クオン、某それがしの補佐を頼めるか。
うん、いいよ。何でも言って。
ま、待つのじゃ、敵に背を向けよというのか！アレは、余の臣下を！
聖上、もはやこれは戦いくさなどではありませぬ。この状態で正面切って戦えば、被害は甚大なものとなりましょう。
じゃが、余は！仇を討たねばならぬのじゃ！
そうしなければ、ここで散っていった者達に顔向け出来ぬ！
お判りになりませぬか、そう仕向けられているということに！
見えない檻……我等が逃げ出せぬよう、その想いすら利用されているのです！
なん……
腸はらわたが煮えくりかえるのは某それがしも同じこと。だが今は、恥を忍んで後退し、態勢を整えねば！
仇を討つのは、それからでも遅くはありませぬ！
……すまぬ、取り乱してしまったのじゃ。致し方ない、ここは退こう。
御英断、感謝しまする。
血路を切り開く！クオン、行けるな？
何時でもいいかな。
行くぞ━━
主あるじ様、誰かが。
何者か、こちらに向かって来ます。武装無し、商人の一行かと。行列が続いています。
何Ч……クオン、まだだ。待て。
速度変わらず。
こちらに気付いた様子はありません。
おいおい、冗談だろう。
あ、兄上、どうしましょうЧ
ええい、何故こんな時に！
まさか、これも足止めする為の罠では……
…………
見捨て……いや、見捨てさせてはもらえんか。
撤退中止！アトゥイ、ヤクトワルト、敵を引きつけしばし時を稼げ！
あはははははははは━━
やれやれ、仕方ないじゃない。
む……まずいぞ、奴等向こうに気が付いた！
ええっЧ
おかわりきた、おかわりきた━━Ц
しまっ━━、何をしてる、逃げろЦ
な━━Ч
吹き飛んだ……だと。
あれって……まさか……
久しいな。帝都以来か、オシュトル殿。
ム、ムネチカさま……？
ムネチカ！無事にヤマトへ戻っていたのか。
すまぬな、いらぬ心配を掛けてしまった。この通り、小生は健在である。
しかし、貴公らしくない。このような相手に何を手間取っている？
む、それは……
ムネチカっЦ
よくぞ、よくぞ無事で……っ。
姫殿下Чそのお姿は……何故このような所に……
色々あったのじゃ！余は……余は……ええい、何を話したらよいのじゃ……
話は後かな。今は目の前のこれを片付けないとね。
生きがええなぁ、まだピンピンしてるぇ。
やはり、打ち込みが浅かったか。仮面アクルカがあれば、そのままねじ伏せることが出来たのだが。
行けるか？
心配無用。仮面アクルカを失えど、錆び付かせたつもりはない。
姫殿下、しばしの間ご辛抱を。
勝利条件が変更されました敵勢力の殲滅
ごめん……オシュトル、みっともない所見せちゃった……ね。
聖上Ц
余は……皆みなの足手纏まといにしかならぬのか……？
ガウンジ二体の死亡を確認。これにて全ての作戦は終了、朝廷軍に速やかな撤退を指示しました。
……余興にしては、なかなかの見物だった。
当初は計画通りで少々退屈したが……トゥスクル勢の参加は大いに華を添えたな。
エンナカムイとトゥスクルの関係は、確認が取れていましたが……今日の事態は予想外でした。
よもや、ムネチカが戻って来ようとはな。
オシュトルよ、驚かせてくれるではないか……
ライコウ様、このまま撤退して、よろしかったのですか？エンナカムイ軍を見逃すことになりますが。
構わぬ。ルモイの関が陥ち、防人さきもりが全滅した。この意味はエンナカムイにとって、あまりにも重い……
ライコウ様の真意、非才の身には考えが及びません……よろしければ、どうかお考えの一端をお聞かせ願えませんか。
オシュトルは気づいた筈だ。俺がいつでもルモイの関を落とせるとな……
……ようやく得心がいきました。エンナカムイの勢威は、大きくそがれたのですね。
もはや、大規模な遠征は出来ぬ。エンナカムイに多数の兵力を残しておかなければ、ルモイの関は守りきれぬのだからな……
帰る國を無くしてまで、出ては行けない。
オシュトル様の行動は大幅に制限され、帝都への道は遠ざかりました。
オシュトルよ、此度の宴は終わったが、貴様は引き続きエンナカムイの地で苦悶し、のたうつこととなるのだ。
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姫殿下、お怪我はありませぬか。
その声を聞き感極まった様子で、再びアンジュがムネチカに抱きついた。そしてそのまま、嗚咽混じりに彼女の名を呼ぶ。
ムネチカ！ムネチカっЦ無事であったなら、何故もっとはやく知らせなかった！心配……したのじゃぞ！
姫殿下……申し訳ありませぬ。
うっ……うぅぅ……
……またお会いできて、本当に…よかったです。
まぁ、ムネチカはんならどこかでピンピンしてると思ってたぇ。
ムネチカ殿が戻れば正に百人力というやつだな。
ムネチカとアンジュを囲むように、歓迎の輪ができあがる。
増えた。
伽とぎの相手は多いほど、主あるじ様にはふさわしいことです。
……歓迎なのか何なのか判らない奴らもいるが、それは置いておこう。
なんとかルモイの関を奪還したが……
朝廷軍が攻勢をかけてくる気配はない……か。こちらの優勢を見て撤退したか。
その思い切りの良さに舌を巻く。
あれだけの事を仕出かしたのなら、その準備だけでも相当の労力だったろうに……
朝廷の脅威が去ったというなら、新たに号令をかけ直さねばならない。
この好機を逃さず、ルモイの関を完全に掌握する！
関内の防人さきもりは三倍に増強！
関の外には、エンナカムイ主力の半数を割き、駐留させる………
正直、ライコウ相手なら、この数でも心許ないか。当分は兵を動かせな……
Ц
そういうことか……！
ライコウは最初からそのつもりで……
トゥスクルの援助を受け、聖上の回復を待って、ようやく外へ討って出ようとしたエンナカムイを……
貴様は、もう一度叩きつぶし、這いつくばらせたということか……
関を一つ落とされただけで、エンナカムイの兵力は半減したも同然……
この数ではもはや、大っぴらに外征を行うことなど不可能……
また動くこともままならず、敵に脅えるだけの日々が始まるというわけか……
どうされました、兄上？号令を途中で中断されたように聞こえましたが……
いや、大したことはない。悪い風にあてられただけだ……
軽く頭を振り、気持ちを切り替える。
考えていても仕方ない。今は一つずつ、やれることをしよう。
ルモイの関を再占領せよ！
二度と奪われぬ様、守りを固めるのだ！
はいっ！これよりルモイの関を制圧する。第三隊、続け！
キウルが応え、兵を連れて関の奥へと進んでいく。それを見届けた後、ムネチカへと向き直る。
よくぞ無事であったな。あの時、殿しんがりを務めたのを最後に消息が判らなかったから、心配していた。
うむ、感謝と謝罪を。トゥスクルから出ることが出来なくてな……ん？
あの時？ぬぅ？オシュトル殿も、居られたか？
んЧあ……ああ、いや、何だ……ハクから聞き及んでいてな。
いかん、思わず昔のままのつもりで声をかけてしまった。どうやら、気が緩んでいるようだな……
そうであったか。ハク殿を見送った後、すぐに捕らえられ虜囚となったのだが、とある御仁によくして頂いた。
この場に参ずることが出来たのは、その御仁の護衛を兼ねてなのだ。
ムネチカの話を聞きながら、慌てて『オシュトル』として気を引き締める。
だが何故、貴公と姫殿下がこのような所にいる。聖上が崩御ほうぎょなされたとは聞いていたが。
ああ、それは━━
些いささか重い気分になりながらも、今までの経緯を語り聞かせる。
帝が亡くなったこと、アンジュ暗殺など帝都で起こった全てと、エンナカムイに身を寄せた経緯を。
道中にハクの死もあったが、何とかこのエンナカムイにまで、無事聖上をお連れすることが━━
彼が……ハク殿が死んだか。
ああ、某それがしとヴライとの戦いに巻き込まれて……
……そうか、惜しい男を亡くした。
……そうじゃな。
震えを抑えようとしたのか、ムネチカにしがみついた手に、一層力が加わる。
話を聞き終えた後、ムネチカは痛ましげな表情ですぐ側のアンジュを見やった。
ともかく、よくぞ戻ってきてくれたのじゃ、ムネチカ。
ムネチカは一度アンジュを離すと、その眼前に跪ひざまずいた。
いえ、このムネチカ……
どうしたのじゃ？
そんな二人を余所に、例の行列がこちらの目の前までやってきた。
これは、また……
間近で見ると、あまりの豪華さに目を奪われる。
しかし、どこか見覚えが……そうだ、トゥスクルの皇女が来た時と同じ……まさかЧ
もしやこれは、トゥスクルの車なのか？
あれって、どうして……？
ん？
まさか……ううん、そんなはず無いかな……こんな所に……
何やら小声で呟くクオンをよそに、一際絢爛けんらんな車の扉が開き、一人の艶やかな女性が降りてくる。
おお……
兄上、ただいま戻━━うわ……綺麗……
ヒュ～、コイツはエライ別嬪さんじゃない。
お～、きれいなひとだな～。
誰からともなく、感嘆の声が溢れる。
現れたのは、それ程に美しい女だった。キウルなどは、その姿にすっかり見惚みとれてる程に。
やっぱり……フミルィル……
そんな中、クオンが困ったような顔をして呟いた。
その呟きに気付いたのか、女性はこちらに視線を向ける。
……クーちゃん？
クーちゃん？
ということは、やはりトゥスクルの……
うっ。
わぁ、やっぱり。クーちゃ～ん。
その荘厳さとはうらはらに、花が咲いたような笑顔を浮かべ、手を振りながら小走りでこちらへとやって来る。
たゆん、たゆん、たゆん。
その動きの度に胸が揺れ、周囲の男たちの視線もそれに釣られて上下する。
…………
……ね、ネコネさんЧいや、あのっ！これはその、違うんですよっ。
その内、キウルがネコネの冷たい視線に気づいて、わたわたと弁明を口にしていた。
違……え……ちょ……
クオンは近付いてくるその様子に表情をひきつらせ、数歩後ずさる。
クーちゃ～んっ。
視線が上下する男達を他所に、フミルィルと呼ばれた女性はまるで妹にするかのように、優しくクオンを抱きしめた。
はぁ……もう、こんなところまで何しに来たのかな。
もちろん、クーちゃんのお世話を……
……お世話？
んなЧちょ、ちょっと。
クオンはフミルィルの口をおさえると、人の輪から離れてコソコソと話をはじめた。
えっと、それを内緒にするんですか？
シーッ、だから静かに。
判りました。クーちゃんの正体は、誰も知らない知られてはいけないのですね。
だからね……ごにょごにょごにょ……
うふふ……それは面白そう……
何やら、大事な話をしているようだが……微妙に聞こえにくい。
クオンの戸惑いの表情に反して、フミルィルはどこかのほほんとした様子だ。ただ、二人の様子から関係の親密さは見て取れる。
やはり、気のおけない間柄ではあるようだ。
そんなことを考えていると話が終わったらしく、クオンが何故かやつれ気味な表情でこちらに戻って来る。
お初にお目にかかりますね、オシュトルさま。私わたくし、トゥスクルから参りましたフミルィルと申します。
チリメン問屋の一人娘です。
どれだけいるんだ、チリメン問屋。
物見遊山の旅の途中、偶然にもクーちゃんと出会うことができました。
そして物見遊山もお約束なのか。
実家がすごいお金持ちなので、クーちゃんとは昔からとても親しい間柄で、クーちゃんの姉代わりのような存在です。
挙げ句、自分から大金持ちとか言い出すか。なんてツッコミ所満載だ。
クオンの様子を窺うかがうと、苦蟲の群れをまとめて噛み潰したような顔をしている。
しかし……今の今まで気にしたことはなかったが、一度気になると頭から離れない疑問がある。
ひとつお尋ねしてもよろしいか？
はい。
その、チリメン問屋というのは、具体的には何を商っているものなのか？
……はい？
わーわーわーっ！
奇声をあげて何やらジタバタしているクオン。
それはその、チリメン問屋というぐらいですから……
………………
チリガミとメンボウ？
……その二つでものすごい大金持ちに？
さらに謎が深まっただけに終わった。
ともあれ、裕福な商家の娘と親友ということは、クオンもやはり名家の出なんだろうな。
そうでなければ今までのあれこれが説明つかないし。
感慨に耽っていると、畏まっていたムネチカが再度口を開いた。
こちらが、トゥスクルにて小生が世話になった恩人です。
世話に……？
その意味を聞き返そうとした時、フミルィルが言った。
オシュトルさま、あちらにおられる方はアンジュ様とお見受けします。ぜひご挨拶差し上げたいのですが。
少々お待ちを。
一礼を返し、成り行きを見詰めていたアンジュに次第を取り次ぐ。
余が帝ミカドの後継にして、ヤマトの統治者となる、天子アンジュである。
私わたくしはフミルィルと申します。この度はお目にかかれて、大変光栄に存じます。
謁見を予期していたかのように、慣れた仕草で最敬礼する。
よほど貴人に慣れているのか、肝が据わっているのか……
うむ。フミルィルとやら、クオンの友なら余の友も同然じゃ、そう畏かしこまらずともよい。
ありがとうございます。さすがクーちゃん、人気者なんですね。
……どの口で言うかな、そんなこと。
まず、余からも礼を言わせて欲しいのじゃ。
お礼、ですか？
ムネチカが世話になったと聞いた。其方そなたに感謝を。
いえいえ、こちらこそすっかりお世話になってしまって。
世間話の延長のように、にこにこと応ずるフミルィル。その横で、ムネチカだけが固い表情を崩さない。
姫殿下、畏れながら申し上げます。
何じゃ、改まって。
小生は未だ虜囚の身なれば、姫殿下の御側に戻ることはできませぬ。
なっ………
言葉を失うアンジュに対し、フミルィルはその面前でただにこにこと微笑んでいる。
この方は、戦に敗れ虜囚となった小生を、自らの立場が危うくなるのも構わず、御側に置いてくださったのです。
義には義を尽くすが武人もののふの務め。何卒なにとぞ……
………そうであったか。
重苦しい沈黙をうち消すように、明るい声音が響いた。
そのことでしたら、ご心配要りません。
ムネチカさまは、たった今から自由の身になりました。
……フミルィル殿。今、何と？
ムネチカさまは自由ですから、どうぞお好きにしてください。
いや、それでは……
いえいえ、もともとそのつもりでしたから。
いや、そうではなく、それでは小生の武人もののふとしての矜持が……
いえいえ、お気になさらず。私わたくしはもう充分良くしていただきましたから。
しかしながら……
事態の急転直下ぶりに狼狽しているムネチカ。
しかし、小生はエンナカムイでの案内をと……
その必要はもう無くなってしまいました。
それは、どういう意味かな？
クーちゃんに、たくさん案内してもらいますから。
あからさまな困り顔のクオンと、ただただにこやかなフミルィル。
それにしてもこの女性、敵國の武将を近習きんじゅうにした上、それをあっさり手放すとは……
いくら名家の出だとしても、やはり只者ではないな。
姫殿下。
その脇で改めて、ムネチカがアンジュに向けて平伏する。
不肖、このムネチカ、ただ今御前おんまえに戻りました。
しかしながら、先の戦いくさにて力及ばず虜囚となり、賜りました仮面アクルカを失いました。
この咎、謹んでお受けする所存です。
深々と頭を垂れたまま、主の言葉を待つ。
よいか、ムネチカ。
其方そなたは余の側におるだけで良い。
その言葉に、ムネチカの瞳で何かが光ったように見えた。
このムネチカ、八柱将の名にかけて姫殿下を……いや、聖上をお守り致します。
……うむ。其方そなたの心意気、余も嬉しく思うのじゃ。
鎮守のムネチカか……
たとえ仮面アクルカを失ったとしても、八柱将であるムネチカが加われば、この戦況も随分と見通しが良くなる。
……主従の絆の深さを目の当たりにして、損得の問題がまず頭を過ぎるか。
自らの考えの浅ましさに気付き、思わず苦笑する。今は、不意の再会を喜ぶ時だ。
だが、これで少なくとも、皆に少し楽をさせてやれる。
このような所で立ち話も何じゃな。エンナカムイまでの道すがら、たっぷりと語らい合うとしよう。
畏れながら、そのようなわけには参りませぬ。
何故なぜじゃ？
今回はトゥスクルの商隊来訪と同時に、ムネチカ殿の凱旋という形を取ります。盛大に迎えなければ、ムネチカ殿の立場がありませぬ。
ルモイの関における朝廷軍の非道の数々……
卑劣な罠にはめられたエンナカムイ軍……
聖上の危機に駆けつけ、その命を救ったムネチカ殿……
まずはそのように戦の顛末を語り、ムネチカ殿の武勲が広まったのを見計らい、凱旋して頂きます。
ムネチカを英雄として迎え入れ、その武威を大いに宣伝することで、兵の士気は高まり、エンナカムイをさらに強くすることとなる。
仮面アクルカが使えずとも、その名が持つ影響力は絶大だ。利用せぬ手はない。
聖上は先に戻られて、商隊をお迎えするための支度をお願いします。ノスリ、オウギ、ルルティエ、アトゥイを同行させますゆえ。
相変わらず融通が利かんのう……
オシュトル殿……小生が至らぬばかりに、申し訳ない。
貴公の来援がなければ先ほどの戦いくさは危うかった。どうか胸を張っていただきたい。
細かな段取りを整えていると、クオンがぐったりとした様子でこちらに近付いてきた。
……オシュトル、あの子には気をつけてね。
……どういう意味だ。まさか、彼女はトゥスクルからの間諜か何かと言うことか？
ええと、そういう意味じゃなくて……ううん、やっぱり忘れて。
……どうせ、すぐに判ることかな。
クーちゃん。
少し遅れてやって来たフミルィルが、クオンを再び抱きしめる。
その様子からは、これといって警戒するところは見うけられない。
すぐに判るって……どういう意味だ？
а
а
民衆
ムネチカ様だЦ
おお……あの方がムネチカ様か！
ああ、なんと凛々しいお姿……
ムネチカ様～Ц
……ずいぶんと賑やかな出迎えだな。
豪華な行列の先頭にいる車と並走しながら周りを見渡す。
歓声とともに手を振る民衆が、まるで大波の様だ。
たしかに、ムネチカを盛大に迎えなければと言ったのは自分だが……
この盛り上がり方は、ちょっと異様じゃないか？
兄上、どうしましたか。なにか気になることでも？
今回の出迎えは、尋常でないほど熱が入っているのだな。
確かに。私も少し気圧されてしまいました。
ですが、あの名高いムネチカさんの凱旋ですからね。
うたわれし御方が軍の窮地を救い、勝利に導いたとあっては、民が熱狂するのも当然かと。
戦場の怒号にも勝るとも劣らない勢いだ。気持ちはわかるが……
凱旋がいせんの後には、戦いくさの勝利と商隊の歓迎を兼ねる宴がある。
この騒ぎが続くのであれば、少し考えなければならない。
それに、騒ぎの原因はもう一つ……
まだ、他の理由もあるのか？
それは……みなさんが、あの方に見惚れているからじゃないですか。
キウルが指差す後ろの車には、美しい女性がいる。
フミルィル殿、といったか……確かにそのようだな。
時折、彼女が民へ手を振るたびに軍を迎える民の歓声が熱を帯びていく。主に男が、だ。
あの女性はいったい何者なのでしょう？見たところ身分も高いようですが。
キウルも気になるのか？お前も年頃だ、美人に弱いのは当然か。
な、何をいうのですか！私にはもう心に決めた人がいます。
他の女性に興味など……
はは、冗談だ。判っているからそうむきになるな。
拗ねたような顔でブツブツ呟くキウルに、苦笑を返す。
……まぁ実際、気になるところではあるな。クオンとは旧知の間柄のようだが。
クオンさんとですか……だからあんなに仲良さそうにしているのですね。
車には上機嫌に微笑むフミルィルと、えも言われぬ複雑な顔をしたクオンの姿があった。
んふふ、クーちゃんの香り～♪
…………
……なんだかクオンさん、心なしかぐったりしていませんか？
嬉しそうにクオンを抱きしめ頬ずりしているフミルィルとは対照的に、クオンはどこか疲れた様子だ。
フミルィル殿が現れてから、ずっとああいった感じだな。
彼女とクオン。本当のところ、どんな関係なんだろうか……
うふふ……見て、クーちゃん。みんな手を振ってくれてますよ。
とっても賑やか。なんだかお祭りみたいですね。
そうね……とても楽しそうね。
フミルィルは優雅に振舞っているが、クオンにはいつもの張りが無い。
どうしたのクーちゃん、お腹でも痛いの？
心配するようにクオンを抱く腕の力を、締め付けすぎないようやさしく強める。
ううん大丈夫、どこも悪くないから。
ただ……
ただ？
これからのことが心配で……フミルィルはこの國に残るつもりなんでしょ？
もちろんです。私わたくしはクーちゃんのお世話係ですから。
離れるわけにはいかないもの。だってトゥスクルの……
フ、フミルィルЧちょ、わーわーわー！
慌ててクオンがフミルィルの口をパタンとふさぐ。
んむ……？
それは秘密にしてって言ったでしょ。誰が聞いているかわからないんだから。
フミルィルの口から手を離し、あきれたようにため息をつく。
そうでしたね。うっかりしてました。
いけないわ、と両の掌てのひらを頬に添えて、フミルィルは無邪気な顔で笑う。
クオンよりも年上とは思えない可愛らしさを、仕草が引き立てている。
ちゃんと秘密にしておきますから。安心してください。
わかったから、大人しくしてて。私わたくしが本当に心配しているのはね……
あっ、クーちゃん。ほらあそこ。あんなに遠くからも手を振ってくれているわ。
声援に応えようと、フミルィルがしなやかに立ち上がったそのとき━━
シュル……シュルシュル……
え……
身を乗り出したフミルィルの着物と帯が、肩口から滑り落ちる。
ちょ、ちょっと待って！
素早くはだけかけた着物の裾を掴み、そのふくよかな双丘がみえるのを阻止する。
あ、危なかった……
彼女が一番心配していたことが、早くも現れた。
あら……いつのまに解けてたのかしら？クーちゃん、ありがとう。
お礼はいいから、早く着付けしなおしてっ。
毎度のことながら、なんでこうも簡単に脱げるのかな……
うふふ、不思議ね。
ええ、ホント……
故郷でもこうして、何もしなくても勝手に服が脱げることが多々あった。
……はぁ、先が思いやられるかも。
あっ、クーちゃん。着きましたよ。
ひと際車が大きく揺れ、エンナカムイの皇宮の前で止まる。
ほら、早く行きましょう。いったいどんな國なのかしら、楽しみです。
大丈夫、フミルィル？この商隊の代表なんだし、浮かれてないで挨拶とかを。
これでもクーちゃんよりお姉さんなんですから。任せておいてください。
その彼女こそが心配の種だと言うことを、クオンはゆっくりと飲み込んだ。
みなさん、初めまして。トゥスクルからやってまいりました、フミルィルと申します。
皇宮の手前、車の上から挨拶する彼女の美貌に、集まっていた民━━特に男衆たちが皆一様にため息を漏らす。
あら……
自分を見つめる視線に気付いたのか、ニッコリと微笑みそちらに手を振っていく。
男
生きていて……よかった……
これはまさに、眼福……
ふぅ…………
まぁ、みなさんとっても礼儀正しくて、とても秩序のある國なのですね。
おおい、ありゃ見惚れすぎて前屈みになってるだけだぞ。
フミルィルさま、中へどうぞ。先に戻られた姫殿下がお待ちなのです。
ありがとうございます、小さなお嬢さん。
段差があるので、足元にお気をつけくださいです。
キウル、彼女に手を。
わ、私がですか？兄上の方がいいのでは？
このエンナカムイの皇子としての務めだ。
皇子として……ですか？
彼女はそれなりに高貴な身分の者だと思うのだろう？
はい、現に一団の代表を務めておられますし、あの立ち振る舞いを見れば自ずと伝わります。
それならば某それがしではなく、この國の皇子であるキウルでなければならぬ。
うぅ……判りました、兄上がそういうのでしたら。
キウルは前に進み出ると、フミルィルにうやうやしく手を差し出す。
お手をどうぞ、フミルィル様。
あら、ありがとうございます。
手を取り、ゆっくりと段差を一つ一つ降りていこうとするが、その瞬間━━
あっ……
最後の一段を踏み外してしまい、体勢を崩す。
あ、危ない！
それにいち早く気付いたキウルが腕を伸ばして躰を支える━━
えっ……？
掌てのひらの感触に違和感を感じ、その部分に目をやる。
うあっ……Ч
支えた手は、見事にフミルィルの胸を掴んでいた。思わずキウルが固まってしまう。
フミルィルの動きに合わせて、キウルが持っている膨らみは形を変える。
…………あん。
……はっЧうわぁぁぁЧ
ここここれは決して悪気があってやったわけでは……
いえ、支えてくれて、ありがとうございます。
そんなキウルの不貞を気にしていないのか、惚れ惚れするような笑みがキウルに向けられる。
いや、ここでありがとうと言うのはおかしいだろ？
それでは失礼しますね、えっと……キウルさん？
は、はいっ！お、お元気で……
ガチガチに固まるキウルに見送られ、フミルィルが皇宮の中へと入っていく。
…………やわらかかった。
そうか、やわらかかったか。
はい……って私はなにをいってるんだっЧ
こ、こんなやましい気持ちを持ってしまうなんて彼女に顔向けが……
気に病むな。フミルィル殿も気にはしていないようだ。
いえ、私が言っているのはネコネさんの……ん？
……………………
いつの間にか男の一団に囲まれており、つい身構えてしまう。
よく顔を見渡してみると、先程まで商隊に見惚れていた連中も何人か見える。
お前達、どうした？
一団の代表かのように、一人の男が前に出てきて口を開く。
いえ……オシュトル様ではなく、私らはキウル様に用があるのです。
兄上ではなく私にですか……？
お願いです……お願いがあるのです……
お願い……ですか？
突然、男が懇願するように膝をつきキウルに向かって手を合わせる。
握手を……ぜひ私と握手を！
へっ？
呆気にとられるキウルを無視し、他の男たちも一斉にしゃべり出す。
俺も握手を！
俺もぜひお願いします！
皆さん、唐突に何をЧ
何故か唐突にキウル様と握手をしたくなったのです！
だから何故っ！
何故かは敢えて言いませんが、とにかくその手を握らせていただきたいのです！
私もです！
えっ？えっ？ええっ？
どうか、どうかっ！
あまりの熱狂に、キウルと共に後ずさりしてしまう。
あ、あの……私はその……
どうか、どうかぁぁぁぁぁああああっЦ
え、遠慮させていただきますぅぅぅぅぅぅうううЦ
逃がすな、キウル様を追うんだぁ！
男達
「「応っ！うおおおぉぉぉぉぉぉっЦ」」
砂埃だけを残して、キウルとそれを追う一団が去って行く。
……見なかったことにしよう。かかわりあいになりたくない。
一瞬、助けを求めるようなキウルの視線を感じたが、気のせいだろうと一団の背中を見送る。
しかし、何なのだ、あれは。尋常でない様子であったが。
それは、あの子といればすぐに判ると思う……
その声に振り返ると、若干疲れた顔のクオンがそこにいた。
クオン……どういうことだ？
……気をつけてね、あの子は傾國の美女と呼ばれたりしてるから。
傾國……また物騒な異名を持っているのだな。とてもそうは見えないが……
見えないから問題なの。
というと？
いいから……とにかく気をつけて。
そう告げると、クオンもフミルィルの後を追って城へと入っていった。
気をつけろといわれてもな……
彼女が傾國の美女……そう見えないのが問題とはどういうことなんだ？
あ、兄上ぇ！た、たすけてくださあああぁぁぁいЦ
逃げ続けるキウルの声をよそに、しばし考えに耽った。
アンジュと商隊の会見は滞とどこおりなく、昼間のうちに終了した。
そして日が暮れてからは、戦勝と商隊の来訪を祝う宴が、盛大に催されていた。
うむ、やはり、ヤマトの酒は格別だな。ようやく帰ってきた気がする。
盃を干したムネチカが、満足げに頬笑む。
それは本当に良かったですね。よろしければ、お注つぎ致しましょうか？
有り難く頂くとしよう。
ネコやんもどうぇ？
わたしは結構なのです。アトゥイさんもこれ以上は明日に差し支えが……
まぁまぁ、そう言わんと。ほら、ぐぐぅっと。
で、でも……
そ、それでは！ネコネさんの代わりに、このキウルが盃を受けましょう。
ほほう。男前な口をきくようになったじゃない。
うむ、うむ。キウルも随分と頼もしくなったな。
姉上、ここはあまり持ち上げない方が……
どういうことだ？
うひひ、じゃあ、ぐっといくぇ！
あれ？さっきと盃の大きさ、違いませんか？
アトゥイはどこから取り出したのか、巨大な盃になみなみと酒を注ぐ。
やっぱり一人前の漢おとこは、これくらいの器でのむもんやぇ……
そ、そういうことでしたら……
キウルは意を決して、大きな盃をぐいっとあおる。
んくっ、んくっ、んくっ、ぷはぁっ！
ほう……なかなかの飲みっぷりだな。
じゃあ、もう一杯いくぇ！
では……んくっ、んくっ、んくっ……
キウルは何事でもないかのように、次々と盃をあおっていき……
………
おや？急に……寡黙になったな。
目が座ってきましたね。
キウル……無理して……ないよな？
あ、兄上……
どうした……
うぅ……気持ち悪い……
やはり今日は、キウルの厄日みたいだな……
では、少し涼みにでもいくか……
外に連れ出そうとすると、先を越された。
まったく、何をしているですか。介抱するからこっちにくるです。
ネ、ネコネさん……そ、そんな……いいんですか……？
ふらつきつつも、どこかうれしそうなキウルを連れて、ネコネが退席する。
キウルにとっては、そんなに悪い日でもなかったか……
じゃあ、次はオシュトルはんの番やぇ。
そう来たか。
だが、今日はつぶれるまで飲むわけにはいかないからな。
む、そういえば、聖上に呼ばれていたのをすっかり忘れていた。急がねば……
あ、オシュトルはん……
適当な口実をこしらえると、すぐにその場を後にした。
ふあぁ……オシュトルか。
先ほどまでずっと客の相手をしていたせいか、そろそろアンジュは眠そうだ。
どうじゃ？皆は楽しんでおるか？
はい、存分に。
ならば良い。決して眠いわけではないが、余がいると堅苦しく思う者もいるやもしれん。
故に、そろそろ余は退席しようと思う。後は無礼講じゃ。任せたぞ……ふあぁ。
は、どうぞお休み下さい。
アンジュがあくびを噛み殺しながら、お付きの者達と退席するのを見送った。
その後はアンジュの言ったとおり、宴は無礼講となった。皆はあちこちで何人かの集団にわかれ、盛り上がっている。
ここは、とりわけ賑やかだな。それも彼女のおかげか……
宴の中心では、今宵の主賓でもあるフミルィルが楽しそうに酌をして回っていた。
周りの兵も酒を飲むまでもなく、酔っているかのような赤ら顔で彼女に見惚れている。
傾國の美女……か。
たしかに美しくはあるが、クオンが言うほど危険には見えないんだがな。
宴の中心から少し離れつつ、彼女の様子を遠目から観察する。
いたって普通に宴を楽しみ、酌をして回っているようにしか見えない。
お酌する。
主あるじ様、もう一献いかがですか？
ああ、貰おう。
傍かたわらに控える双子から酌を受けながらもフミルィルから視線をはずさない。
興味？
あの方が気になるのですか？
まぁ興味があるといえばそうだが……
加える？
主あるじ様の伽とぎの相手に……
そういう興味じゃない。というかお前達の中で某それがしはどれだけ節操がないのだ？
なくて当然。
英雄色を好む。主あるじ様も例外ではないかと。
その例外があると何故なぜ思わないんだ……
オシュトル様、ここにおられたのですね。
優しげな声に顔を上げると、先程まで宴の中心にいたフミルィルが酒瓶を抱えて立っていた。
フミルィル殿……宴の主役がどうなされた？
お探ししました。一言ご挨拶を、と思ってましたから。
挨拶……？
まずは、このような宴を開いて下さった事へのお礼を。
ごく最近に刃やいばを交えた國の使節を、宴席に招くのは何かと難しかったと思います。
某それがしの一存というわけではありませぬ。聖上もまた盛大な宴を望まれた故……
ムネチカ殿の帰還をこの上なくお喜びになり、その功労者である商隊を大いにもてなしたいと仰いましてな。
そうでしたか。微妙な時期ですので、懐疑の目で見られる事は覚悟していましたが……
寛大な御心みこころに感謝の言葉もありません。
私わたくしに関しては……個人的な事情で、ここに来たと思って頂ければ。
個人的な事情？
はい、この度はクーちゃんがお世話になっております。姉として、今一度、お礼を言わせてください。
クーちゃん……ああ、クオンのことか。
しかし……姉？フミルィル殿はクオンの姉君なのか？
いいえ。でも私わたくしは、本当のお姉ちゃんだと思ってますから。
姉代わりというわけか。
はい、故郷にいるときは毎日一緒だったんですよ。
クーちゃんってば甘えん坊さんで、いっつも後をくっついてきて……ふふふっ。
クオンが彼女に世話を焼かれていた……ねぇ。
さ、お近づきの印におひとつ、いかがですか？
ああ、では頂こう。
手にした盃をフミルィルへと差し出す。
それでは一献……あっ？
フミルィルが酌をしようとして一歩踏み出した瞬間、何かにつまずいたのか体勢を崩す。
えっ……？うわっЧ
そのまま自分に突っ込むように、覆いかぶさってきた。
っと、フミルィル殿、怪我は無いか？
フミルィルの躰の下敷きになりながら、身を起こし彼女を支える。
はい、大丈夫です。
すみません、なにかを踏んでしまったみたいで……
そう言って躰を動かすたびに密着している部分からやわらかい感触が伝わってくる。
……これはまいったな。
どうかしましたか？まさかどこか痛めたのでは……
いや、なんとも無い。気にしないでくれ。
心配そうにそのままの体勢で覗き込もうと、躰をくねらせるフミルィルを止める。
彼女が動くたびにそのふくよかな胸が押し付けられて、対応に困ってしまう。
とりあえず立っていただけると助かるのだが……
おおっ！オシュトル様がフミルィル様と……Ч
なんて手が早い。ぐぐぐ、先を越された。
待てお前達、勘違いするな。
そんなことを言われましても。
ズルイですよ！オシュトル様……羨ましい。
聞く耳を持たないのか、周りを囲む兵たちからの嫉妬と羨望の視線が痛い。
と、とにかくこの状況を何とかしなければ。
まぁ、なんだかみなさん楽しそうですね。どうしたんでしょう？
何故この体勢で平然としてるんだ、この人はЧ
周りに集まってくる兵たちに、無邪気な笑顔を送っているフミルィルに愕然としてしまう。
とりあえずフミルィル殿、退いてはくれませぬか？
このままではその……いろいろ困ったことになりますゆえ。
……そうなのですか？オシュトル様がそういうのであれば。
理解していないのか、首を傾げながらもフミルィルが躰を起こしていく。
やれやれこれで一安心……ん？
彼女が躰を動かすたびに、なにかが解けるような音がする。
いったいどこか……らっЧ
音のした方を視線を動かした途端、思わず凍り付いてしまう。
オシュトル様、そんなに驚いた顔をしてどういたしました？
ま、待つのだフミルィル殿、服が━━
……あら、本当ですわね。どうりで寒いと思いました。
それだけか？もっと違う反応があるだろう！
さほど慌てた様子も無く、まるで髪留めが取れていた程度の反応しか返ってこない。
さきほどつまずいたのは服の裾だったみたいですね、いつの間に帯が解けたのかしら？
着崩れた着物を気にする様子もなく、そのまま起き上がり酒瓶を手に持ち直す。
彼女が少し動くだけで、柔らかそうな双丘が服を押しのけようと自己主張する。
さ、オシュトルさま。あらためて一献……
ま、待て、何故なぜそうなるのか。その前にやることがありましょうに。
まぁ、うっかりしていました。おつまみを用意しないといけませんね。
うっかりはしている。だが、もっと大きなうっかりがあるのだが。
いや、そうではなく。つまみの用意よりも、もっと大事なことが……
えっ、先に一献ですか？そうですよね、食べるよりも乾杯の方が先ですものね。
なんでそうなるЧ
いえ、フミルィル殿のお召し物が……
ご遠慮なさらずに……あら？この徳利トックリ、もう軽くなってますね。
お待ちくださいな。すぐに新しいものをもらってきますから。
ちょ、フミルィル殿。いま立ち上がると……
はい……？あららっ？
注意むなしく、着崩れた着物に足を取られてフミルィルが転ぶ。
そして彼女が持っていた酒瓶が宙を舞い、残り少ない中身がこちらの服へとこぼれ落ちてきた。
つ、冷たЧ
大変。えっと、なにか拭く物を……
そういうと酒に濡れた躰を拭こうと再び覆いかぶさってくる。
ふ、フミルィル殿Ч
動かないでくださいね、風邪を引かないうちに拭いてしまわないと……
拭く。
ここはわたし達が。
いえ、私わたくしがやりますわ。
側に控えていた双子を、フミルィルがやんわりと手で制す。
このくらいなら私わたくし一人で大丈夫ですよ。
そういって双子に有無を言わせぬまま、手にした布巾でこちらの濡れた箇所を拭いてくる。
拭いてくれるのはありがたいが、まずは服を直せ。
はだけた服の間から、彼女の胸の谷間がチラチラと見え隠れする。
おおっ……なんという役得！
羨ましいぞ……なんでオシュトル様ばかり……
他の兵からの嫉妬の視線が痛い。
まさか、これがクオンが言っていたことかЧ
流れるように男を篭絡するような行動と、それに対する周りの態度の変化に戦慄をおぼえる。
その恐ろしいところは、おそらく天然でやっているところにあった。
そう見えないから問題……クオンの言うとおりだ。
とりあえずこの状況をなんとかしないと……
フミルィルのおかげか、服にこぼれた酒のあとはほとんど残っていないように見える。
フミルィル殿、もう大丈夫のようだ。拭くのはもういいから、すこし離れ……
つ、冷たっ……Чウ、ウルゥル、サラァナ、なにをするЧ
頭から酒をかけた張本人、先程まで後ろで控えていた二人を振り返る。
享受。
主あるじ様、幸せそうでした。
向上。
でも、わたし達ならもっとうまくできます。
何を言っている、どこをどう見たらそう思うЧ
負けない。
天井の染みを数えていて下さい。フミルィル様には負けませんから。
か、勝ち負けの問題じゃないだろЧ
お二人も、手伝ってくれるんですか？ありがとうございます。
こちらはこちらで嬉しそうに笑っている。無邪気なのはいいが、受ける方としては迷惑極まりない。
ま、待て！落ち着いてはくれないか？
問答無用。
綺麗にさせていただきますね～。
フミルィルと双子の六つの腕が酒に濡れた躰をもみくちゃにしていく。
羨ましい……
美女三人となんてオシュトル様、羨ましすぎる……
嫉妬の視線がさらに強まっているのを感じる。もはや殺意さえ籠っていそうだ。
や、やばいこのままでは自分の身が危ないЧ
濡れ濡れ。
お腹の辺りが特に濡れています。わたし達はそこを。
ふふ、それじゃあ私わたくしは胸の方を拭きますね。
分担。
お任せします。拭き終わったら頭も……
うふふ、これならはやく終わりそう。
そんな周りも気にせずに、三人は楽しそうに自分の躰を拭いている。
もはや場は混沌としていてわけがわからない。
これが傾國……國を滅ぼすほどの力……
なんと……恐ろしい……

ルモイの関の攻防から一月あまりが経ち、エンナカムイはようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
……喉が渇いたな。
ウルゥル、サラァナ。すまないがお茶を……っと、いないのか。
政務室はシン、と静まり返っている。いつもは側にいる二人が見当たらない。
そういえば、朝から姿が見えないな……
しょうがない、自分で煎れるとするか。
しかし……なんだか久しぶりだな。
思わず笑みがこぼれる。思い返してみると、いつもあの二人がさりげなく差し出してくれていた。
まぁ、こんな事もあるか。さて、お茶お茶っと。
……ああ、綺麗な色が出ています。香りも良いですね。
ん？この声は……
大勢を切り盛りする広めの調理場から、聞きなれた声が耳を打つ。
声のしたほうへ目をやると、隅の一角に見慣れた姿があった。
時間が決め手。
茶葉ごとに、湯の温度と蒸らす時間はそれぞれ違うものです。
まず確認する。
初めての物はまず自分で試してみること。煎れるのはそれから。
自分でまず飲んでから……ですね。わかりました。
……フミルィル？
真剣な表情でウルゥル達の話を聞くその姿に、思わず目を見張る。
彼女らの前の卓には、様々な種類の茶筒や茶器に湯のみも並んでいた。
三人でお茶でもしているのか？にしては……
あら、オシュトルさま。ごきげんよう。
主あるじ様。
どうかされましたか、主あるじ様？
いや、珍しい組み合わせと思ってな。随分真剣に話し込んでいたようだが？
ふふ、お二人にお茶の煎れ方を習っていたんです。
フミルィル殿が？またどうして。
私わたくし、こちらで頂けるお茶がとても美味しく、感心してしまいまして……
ですから、いつもオシュトル様に給仕なされているお二人に、詳しくお話をと。
フミルィルが頬を手で包み、華やいだ笑顔を咲かせる。
二人の姿が見えなかったのは、フミルィルに捉つかまっていたからか。
彼女は強引。
物腰は柔らかいのに断りきれませんでした。
はは、それは大変であったな。
この双子がたじろぐ光景を想像すると、思わず苦笑してしまいそうだ。
しかし、茶の煎れ方を学ぼうとは、ずいぶん殊勝であるな。
私わたくしもウルゥルさん、サラァナさんと同じように、クーちゃんの喜ぶ顔がみたいですから。
より美味しいお茶を煎れることができれば、きっと喜んでくれますよね。
ああ、そうだな。
にっこりと優しい顔を見ているだけで、彼女がクオンを大事にしているのがよくわかる。
……しかし、大丈夫か？
この二人、なにか妙なことを教えたりしないだろうな。
日頃の双子の行いが身に染みている身としては、一抹の不安がこみ上げてくる。
平気。
心配いりません。真面目に教えました。
そ、そうなのか？なら良いのだが。
こちらを見透かしているような発言のせいで、忠告を言い出し辛くなった。
では某それがしも一緒に聞いていいか？少し興味があるのでな。
いや、だまされんぞ。絶対何かする気だろう……
どうぞ、ではこちらにお座りになってください。
こちらの為に空けた場所に手を差し出してから、フミルィルは双子に向き直る。
さ、ウルゥルさん、サラァナさん。続きをお願いできますか？
わかった。
次は、ちょっとしたコツをお教えします。
そういって、目の前に置いてある道具らを手にとって説明を再開する。
それは、茶葉の保存方法や、湯への空気の含ませ具合。果ては作法に至るまでと幅広いものだった。
大きさで選ぶ。
大きな茶葉はそのまま飲む際に使用します。小さければ、混ぜて煮込むのに使います。
発酵の度合い。
完全発酵、半発酵、不発酵。どの茶葉にも個性があります。
的確で詳しい話から、彼女たちの煎れる茶の裏には努力があったのを知る。
なんだ、結構まともなんだな。
以上。
こんなものです。わかりましたか？
説明を終えて、ウルゥルとサラァナが満足そうに一息つく。
なかなか長い話であったな。茶の湯というのも奥が深い。
聞いているだけでも、こんなに楽しいものだなんて……夢中になってしまいました。
細かに教えて下さって、ありがとうございます。
ですが……
なにか納得いかないのか、フミルィルは少しだけ瞼まぶたを伏せ、考え込んでいる。
受け付ける。
どうぞ、なにかわからないことでも？
いいえ。お二人の説明はとてもわかりやすくて、為になりました。
ですが、やはり実際にやってみないとわからないこともあって……
確かに。
やってみてからこそ、出て来る疑問もある。
ですよね……というわけで、オシュトル様？
なんだ？
私わたくしの練習に、付き合ってくれないでしょうか。
某それがしが……か？
急に白羽の矢を立てられて、思わず困惑してしまう。
はい。だって飲んでくれる方がいないと練習になりませんもの。
それならば……ウルゥルとサラァナでも良いのではないか？
そう言って、視線を二人に向ける。
わたし達も主あるじ様が適任と判断します。
やはり客観的に意見できる方がいらっしゃる方が、いいと思うんです。
それもそうか……よし、わかった。某それがしでよければつき合おう。
本当ですか！ありがとうございます。
嬉しそうに表情を輝かせ、フミルィルが頭を下げる。
手本を見せる。
まずはわたし達がお手本を見せます。少々お待ちください。
言うが早いか、慣れた手つきで二人がお茶の準備を始める。
双子の息の合った動作で、少しも待つことなく湯呑みが差し出される。
どうぞ。
ああ、いただこう。
煎れるところも見ていたことだし、安心して茶をすする。
茶は温度も濃さも、まさしく自分の好みだ。ゆっくり味わってしまう。
うむ、うまい。
恐悦至極に存じます。
無表情だが、その顔には若干嬉しそうな色が見える。
お二人とも、すごい手際ですね。感心してしまいます。
慣れ。
つまるところ、お茶は仕える主あるじ様好みに合わせるのが基本です。
感心するフミルィルに向き直り、二人がそれぞれ茶器を指差しながら説明を始める。
組み合わせも大事。
水の硬さと茶葉の相性に留意し、その日の気温によって濃さや温度を変えるのも大事です。
へぇ。そこまで気を使ってくれていたとは、知らなかった。
いつも何気なく飲んでいる茶が、よく考えられているものと知り、驚きを覚える。
早めに出す。
あとは適温を維持して、冷める前に主あるじ様へ差し出します。
何より心遣い。
この國は寒いので、ちょっと熱めにお出しすると喜ばれます。
なるほど……熱いほうが良いのですね。
ううむ、確かにあたたまる。ほっとするな。
鼻をくすぐる良い香りを楽しみながら、自分も双子の教えに耳を傾ける。
では、私わたくしの番ですね。
待っていてください、すぐに美味しいお茶を……
今度はフミルィルが、双子の動きを見様見真似でお茶を煎れ始める。
なかなか、上手く真似しているようには見えるが。
流れるような所作ではあるが、持つものが全く異なっていたり、順序が怪しかったりする。
フミルィルはそれでもなんとか茶を注ぎ、自分の元へしずしずと運んでくる。
その歩き方は様になっているが、どこか安心できない。
彼女はいきなり転んだりするから、気をつけないと……
さ、オシュトル様。お茶を……きゃっЧ
障害物はなかったのに、いきなりフミルィルの姿がぐらりと傾いた。
おおっとЦ
転ぶフミルィルを受け止め、同時に床へと落ちようとしていた湯呑みもなんとか掴む。
ふぅ、危なかった……
よかった、気を張っていて正解だったか……ん？
ふにゅ……むにゅ……
湯のみを受け止めた手とは反対の方に、柔らかい感触を感じる。
……まさか。
おずおずと確かめるように、もう一度指を動かしてみる。
ふにゅ……
…………
フミルィルは、きょとんとした瞳で、自分の躰と胸を支える手を見つめていた。
す、すまない、フミルィル殿！
反射的に、弾かれたように距離を取る。
しかしフミルィルは、慌てることもなく、ゆっくりとこちらに笑みを向けてくる。
すみません、オシュトル様。支えてくれてありがとうございます。
零こぼさないようにお湯呑みの方に気を取られてて、足元を見てませんでした。
あ、ああ……危なかったな。
まさかとは思ったが、やはり胸を触ったことに対する反応はないんだな。
離した掌てのひらを見つめる。
そこには、確かに柔らかな感触と、フミルィルの温もりが残っていた。
むむっ。
うむむむむむっ。
触られた方とは打って変わって、揃って気むずかしい顔でうなり声を上げている。
それにどことなく、悔しがっているようにも見える。
ささ、せっかく煎れたのですから、飲んではいただけませんか？
ああ……そうだな。
冷めないうちにどうぞ。
先程こぼれない様に受け止めていた湯呑みをのぞく。
分厚くて立派な湯のみだな。湯気といい香りが立ち上ってくる。特に変わったところは……
では、いただく……
って、熱っ！口の中がっЧ
どうかされました？
ふ、フミルィル殿……いささかお茶が熱すぎる。
舌を襲う、刺すような痛みに耐えながらなんとか言葉を紡ぐ。
えっ？でも、ちょっと熱めに出すのが喜ばれると……
それでも、限度というものがあるだろう……この熱さ、ちょっとどころではないぞ？
それでは熱い。
もう少し、冷ました方が良いと思います。
まあ、そうなのですね。
眉をひそめ、申し訳なさそうにする。
火傷、されてませんか？オシュトル様。
ん？ああ……そんなに含んではおらぬし、大丈夫だと思うが。
でも……
ふ、フミルィル殿……ッЧ
ふいに目の前まで詰め寄られ、上目で見つめられてしまう。
心配です。舌を見せていただけないでしょうか？
いや、だから……某それがしは大丈夫だと。
うっ……？
おお……
これは……
フミルィルの真っ直ぐな瞳が、心配そうにこちらを射貫いていた。
これは……とても折れそうにないな。
仕方がない。ここは……
わかった。では、お願いしよう。
……はいっ！
パッと、明るく輝いたような表情を取り戻す。
武器……
女の武器……
たまらない。
ああも迫られては、さすがに主あるじ様もたまらない。
それでは、失礼します。
神妙に頷く双子をよそに、フミルィルは口の外に出した舌を、真剣な目で見つめてくる。
うーん、これは……
……顔が近い。なにもそこまで覗きこまなくても。
ど、どうだ？大丈夫であろう？
そう……ですね。微かに、赤みがある程度です。
平気そうでした。
ふぅ……
ようやく後ろへ下がってくれたのを見て、静かに息を吐き出す。
フミルィルも納得したのか、ほっと胸をなで下ろしていた。
それでは、オシュトル様の無事も確認しましたし、煎れ直してきますね。
ああ……よろしく頼む。
頷くと、フミルィルは嬉々として、再び茶器の前で奮闘し始めた。
お水。
これで、口の中をお冷ましください。
ああ。すまない……
二人が持ってきた水を口に含むと、口内の刺されるような痛みが徐々に和やわらいでいった。
いきなり酷い目に遭ったな……これは、予想以上に大変かもしれない。
そうしている間にも、フミルィルが新たなお茶を持ってやってくる。
できました。今度は適温のはずです。
確かに、今回はちゃんと冷ましていた。
湯呑みを慎重に傾けて判断する。先程は慌てていてよく調べていなかったが、今回は大丈夫のようだ。
では、いただこう……
おそるおそる口に含む。が、その瞬間━━
ぶふっЧ
思わず噴き出してしまった。
お、オシュトルさまЧ
ごほっ、ごっほごっほ……
熱かったですか？冷えるまで待っていたのに……
いや、熱くはない。熱くはなかったのだが……
思わず取り落としそうになった湯呑みを見据える。
苦すぎる……
湯呑みの中、ほぼ黒に近い濃緑の液体を見て呻いた。
すごく濃い。
お湯を入れてから、待ちすぎです。
あとに入れる。
先にお湯を冷ましてから茶葉を入れます。
そうなのですね……
基本中の基本だと思うんだがな……
あっ、オシュトルさま。お口に。
うん？ああ、噴き出してしまったからな。たれてしまったのであろう。
ジッとしていて下さい、拭きますので。
いや、子供ではないのだ。これぐらい自分で。
ですが、噴き出したお茶が服にまで……
さ、早く拭いてしまわないと染みになってしまいます。
フミルィルの手が、水を得た魚の如く素早く服の襟に取りつく。
そ、そこまではしなくていい！
瞬く間に脱がされそうになり、慌ててフミルィルを止めた。
達人の手管。
無理強いをせず、流れるように自然です。勉強になる。
それを傍観していた二人も、感心したかのように頷いている。
な、なんだこの状況は……
さ、オシュトルさま。続きを……
まだやるのかЧ
はい、まだうまくできていませんから。
その通り。
わたし達も教えきれていません。
そ、そうか……
って、いつになったら終わるんだЧ
お二人とも、ありがとうございました。
晴れやかな笑顔と共に、フミルィルが礼をする。
こちらこそ。
お礼など必要ありません。わたし達も勉強になりました。
二人は相変わらずの表情だが、どことなく嬉しそうに見える。
それでは早速、クーちゃんにふるまってみます。
また色々教えてくださいね。
任せて。
勉強の機会が増えますから、やぶさかではありません。
それでは。
そういって鼻唄を歌いながら、フミルィルが出て行く。
や、やっと終わったか……
フミルィルの姿が見えなくなるのを確認して、大きく息を吐く。
は、腹が……
あれから何十回も飲まされて、かなり重くなった腹をさする。
それで、結局どうだったんだ？
完璧。
もはや非の打ち所無し。
そりゃあ、あれだけやればそうなるだろ。
勉強になった。
むしろわたし達の方が、いろいろと勉強になりました。
逆に見習う。
わたし達も技術を磨かねば……
まったく関係ないことを言っていないか、このふたり？
呆れてふっと吐いた息は、いかにも茶の色がついていそうだった。
付き合って。
そのときは主あるじ様もぜひ付き合ってほしいです。
それは二度とごめん被こうむりたいが……
くっ、腹が……
痛む腹をさすりながら、肩を落とす。
……茶はもうしばらく見たくない。
あの、そう難しく考えない方が……
だがルルティエ殿……
気分転換にと散歩に出た折、二人が額を寄せて真剣に話し合っている様子に、思わず足を止めた。
どうした？
なにやら内密な話のようだが、見様によってはムネチカがルルティエに詰め寄っているようにも見えた。
あ、オシュトルさま。
オシュトル殿か……
声をかけると、二人が同時にこちらに振り向く。しかし、その表情は対照的だった。
折角ですから、オシュトルさまにも聞いてみてはいかがでしょうか？
ルルティエが、どこか安堵しているような表情でそう言い、対するムネチカは深刻そうに眉を寄せる。
だが……
オシュトルさまなら、何かいい知恵を授けて下さるかもしれません。
うむ……
ムネチカは多少躊躇しているようだったが、ルルティエに促されてその口を開いた。
先ほどから何の話だ？
実は、聖上のことでルルティエ殿に相談に乗ってもらっていた。
オシュトル殿は気付いておいでか、最近の聖上の成長を。
確かに、近頃の皇女さんは高貴な者にふさわしい慈悲の心と責任感を持って、民や兵に接するようになった。
おかげで兵の士気、民の忠誠は大分厚くなってきているな。
まあ、偶に昔のような我侭を言う時もあるが……
いずれはきっと、偉大な帝へと成長するだろう。
ああ、頼もしいばかりである。
……それで、相談というのは？
政まつりごとにおいては成長を遂げられた聖上も、内心では郷愁に沈んでおられるご様子。なんと御労おいたわしい……
郷愁……？
曖昧なその言葉に、思わず隣に視線を移す。ルルティエは困った様子で、こちらに耳打ちをしてきた。
実は最近、アンジュさまが都の方を眺めておられまして……
……そうか。気丈に振る舞っていたが、無理も無い。
そこで、なんとか聖上の御心おこころを慰めることはできぬかと思ってな。
なるほど。しかし、御心おこころを慰める方法か……難しいな。
うむ。お側付きであるルルティエ殿の意見も伺ったが、妙案も生まれず……
ごめんなさい、お力になれなくて。
いや、突然のことで申し訳ない。だが、何とかして差し上げたいのだ。
ムネチカはそう言うと、腕を組んで黙考する。
こうも真剣に悩んでいるとなると、適当なことは言えんな。ルルティエが困っていた理由がわかる。
手堅いところだと、食べ物か。馴染みの味をもって郷愁を慰めるというが。
宮廷と同じ食事となると、少々無理がある。
各國より集められた食材を用い、贅の限りを尽くした料理を供するのは、現状まず不可能であろう。
あ……
誤解されるな。食事に関してならば、聖上は十分に満足されている。ルルティエ殿には感謝するばかりだ。
ありがとうございます。お家に帰ることが出来れば、一番なんでしょうが……
ルルティエがそう言って、ため息を吐く。その案は当然、実行することができないものだ。
結局は、帝都奪還が成ればということか。
むぅ……
その結論に、ムネチカが唸る。今の段階では都の奪還が難しいことを、彼女自身も弁わきまえているのだ。
何か、拠り所となるものがあれば、違うのでしょうか？
拠り所……
そうか……オシュトル殿、協力してもらえるか。
それは構わぬが、何をだ？
世話になった、これにて失礼する。
では行こうか、オシュトル殿。
あ、いえ、わたしこそお願い致します。頑張ってください。
ルルティエの丁寧なお辞儀に背中を押され、ムネチカと歩き出した。
それで、ムネチカ殿。まずは何をするのか説明を伺いたい。
今の聖上に必要なもの。それは親の愛情。
……は？
こちらの声など聞こえない様子のムネチカに引き摺られるようにして、アンジュの部屋に向かうこととなった。
失礼いたしまする。
ムネチカか、どうかしたのか？
部屋の真ん中でしどけなく寝転がり、薄い書冊を読んでいたアンジュが不思議そうに顔を上げた。
周囲には食べかけの菓子や、読みちらかした書物が散乱している。
郷愁に沈んでいるにしては……何か、ずいぶんと寛くつろいでるな。
お、オシュトルっ？何故其方そなたが……ハッЧ
こちらに気づいたアンジュがそう言いながら、急いで居住いを正し始めた。
読んでいた書物は脇へ遣り、パタパタと着衣の乱れを直して空咳き一つ。
━━コホン。よ、よく来たの、オシュトルよ。
今更……
そんなアンジュを他所に、ムネチカが一歩前に出た。
聖上。
ん？
申し訳ありませぬ。小生、聖上の御心おこころに気づかず……
どうしたのじゃ、そんな改まって。
なれば、このムネチカを母と思って甘えていただいて構いませぬ故。
困惑するアンジュをよそに、ムネチカが真剣な顔で詰め寄る。
ああ、親の愛情ってそういう……
こちらが思わず頭を抱えそうになったのと同時に、アンジュが困ったように首を傾げる。
え……と、ムネチカよ、何の冗談じゃ？
隠しめさるな。聖上が時折、都の方を見てため息を吐かれていたことは知っております。
見られておったのか……
憂いの色がアンジュの顔にただよう。それを見てとり、ムネチカが更に言葉を重ねる。
帝がお隠れになり、さぞや寂しさを募らせたことかと。小生では力不足でありますが……
ムネチカ、其方そなたはさっきから何を言っておるのじゃ？
アンジュが声をかけても、熱の入った口上を述べるムネチカには耳に入っていないようだった。
添い寝でもなんでも、お申し付けくださればいくらでもいたします。
……それで、どうしてオシュトルまで一緒なのじゃ？
ムネチカの力説に戸惑う表情のアンジュが、そう問いかける。
たしかにそこは気になるところだ。というか、ちゃんと理由があって欲しい……
そんなアンジュの問いに、ムネチカは胸を張って答えた。
恐れ多くも、小生一人で帝の代わりなど。
なれば、このムネチカを母、オシュトル殿を父と思っていただければと愚考する次第。
お前は何を言ってるんだ……
んな━━Ч
ムネチカの言葉に、二人揃って絶句する。
そ、其方そなたとオシュトルが、夫婦めおとじゃと……？
アンジュは今の衝撃が冷めやらぬ様子で、呆然と椅子の上で脱力した。
は、そうなりましょうか。
……い、いつからじゃ？
いや、質問がおかしい。
アンジュはムネチカの声すら聞こえていない様子で、寂しげに呟いた。
ふ、二人は……いつから！そ、そのような仲になったのじゃЧ
はて、そのような事実は御座いませぬが。
え？
これ以上話が拗こじれないうちにと、慌てて声を上げる。
ムネチカ殿はただ、己を実の親と思って甘えて欲しいと言っているのです。
そ、そうじゃったのか。
アンジュの表情が一瞬華やいだが、すぐに恥ずかしそうに伏せられた。
なんじゃ、それならそうと……勘違いするではないか……
申し訳ありませぬ。小生の言葉が足りぬばかりに。
ムネチカが頭を垂れると、アンジュの表情にいつもの無邪気さが戻る。
いや、もうよい。余も早とちりが過ぎたようじゃ。
よくよく考えてみれば、其方そなた等が夫婦めおとというのは、何か違う感じじゃしの。
アンジュはそう言うと、自分自身を指さして。
例えば、余とオシュトルであればピッタリなんじゃろうが……
成程なるほど、では小生が子供役となりましょう。
へ？い、いや、それは……
ムネチカのその言葉に、アンジュが困った様子で目を白黒させる。
わかる、わかるぞ、皇女さん。こう言いたいんだろ。
お前のような子供がいるか。
ところで、そもそもどうしてそのような話になったのじゃったか。
家族ごっこの話題が一通り終わった頃。
窓からさし始めた西日を眺めながら、アンジュがそう漏らした。
ムネチカ殿が、聖上の御心おこころを心配されたのが発端かと。
同じく気疲れした声でそう答えると、アンジュはゲンナリした様子で嘆息した。
そういえば、そんな話じゃったな……
当のムネチカは、今はここにおらず、部屋の前で護衛の任についている。
まあ、人と人との関係はそう簡単に変わるものではない、か。
そこでふと、ある疑問が頭をかすめる。
結局のところ、聖上は何故都の方を見ておられたのですか？
ああ、あれはの。
ルルティエに借りた本の続きが気になっておったのじゃ。この國では、中々新刊は手に入らぬからの……
……そんな理由で、今まで振り回されていたのか。
思わずこぼれそうになるため息をこらえて、空を見上げる。
いつの間に現れたのか、傍かたわらではムネチカが深々と頷いていた。
聖上のそのお気持ち、不肖ムネチカ、よく判りまする。
ムネチカ殿、何か？
いえ、何も。
藍色の帷とばりが降り始めた空には、ちょうど一番星が輝いていた。
小生がオシュトル殿に戦いくさの教えを？
うむ、無理を承知でお願いしたい。
しかし、小生は八柱将とはいえ新参者。その小生がオシュトル殿に戦いくさの教えを説くというのは面映おもはゆいのだが。
う～む、右近衛大将ともあろう男が戦いくさの基礎を学びたいと言うのだから、戸惑うのも当然か。
だが正直、今までは勢いや付け焼き刃の知識で来てしまったからな。
今のうちに将として、戦の知識や技術を確かな物にする必要がある。
すまぬ、某それがしも色々思うところあってな。今の某それがしは、仮面アクルカに頼り過ぎているきらいがある。
仮面アクルカがあれば……という甘え、それを捨てたいのだ。
それには、戦や用兵を最初から学ぶべきと心得る。
己自身のいつしか凝り固まった兵法では無く、他の者の視点を学べば幅を広げることが出来よう。
ここにいる皆もいずれ劣らぬ強者揃いだが、将としての心構えや、用兵の知識、経験が最も確かなのは、ムネチカ殿と某それがしは見る。
どうか頼まれてはくれぬか？
成る程、そのような考えだったとは……小生も仮面アクルカを失った身なれど、そこまで思い至らなかった。
了解した。小生も共に学び直したい。小生で良ければお付き合い致そう。
忝かたじけない。
演習場にムネチカの試練が追加されました
ムネチカの試練では限定されたシチュエーションでの戦闘が行えます。
戦闘テクニックを駆使してクリアを目指し、
戦利品を手に入れましょう。
ʐ
а
а
а
а
クオン、少し良いか？
どうぞ。
クオンの許可を得て部屋に入ると、そこにはクオンと、彼女の隣に座るフミルィル、そしてネコネの姿があった。
見ないと思ったら、こんなところに居たのか。
いらっしゃい、オシュトル。
あら、オシュトルさま、どういたしました？
兄あにさま？どうしてこちらに……
ああ、大したことではないが、クオンに少し相談したいことがあってな。
ネコネの疑問にそう答えて、空いた場所に腰を下ろす。
見れば、机の上にはいくつかの薬瓶が並べられている。クオンはその内の一つを、ネコネに渡していた。
はい、どうぞ。
ありがとうなのです。
……それは？
まさか、ネコネが何か病にでも……
ふふっ、そんなに深刻そうな顔をしないで。ただの香水だから。
余程心配そうな顔をしていたのか、こちらの視線に気づいたクオンが小さく微笑しながら言った。
姉あねさまの勧めで、身だしなみに使わせていただいているのです。
そうだったか。
うふふ、殿方は心配性ですね。
胸をなで下ろしつつ机に近づくと、幾つかの香水の残り香が鼻腔をくすぐってきた。
それで、相談って？
そちらの仕事が済んでからで構わぬぞ。急ぎではない故。
そう……だったら、今日入荷した薬草の受け渡しが済むまで、少し待っててくれるかな。
ああ、承知した。
姉あねさま、それでしたらわたしもお手伝いを。
もちろん、私わたくしも。
いいのいいの、これは薬師の仕事だから。二人とも座ってて。
クオンはそう言って腰を上げる。
あ、そうそう。
判ってるとは思うけど、この部屋には危険な薬品も多いから触ったらダメかな。特に、薬箱の中とか……
随分と信用がないな……
思わず苦笑が零こぼれそうになるのを堪えて、真剣な表情で頷く。
心得た。
本当に危険だから。
クオンはもう一度念を押すと、部屋を出ていった。
ネコネが香水を使っていたとは知らなかったな。
兄あにさまは鈍感すぎるですから。
現に気づいていなかったのだから、返す言葉もない。
……兄あにさまは、何の相談に来たのです？
ああ、先日、鼠ネズミに倉を荒らされたという報告があってな。何か駆除をするような薬はないかと━━
失礼するぞ。クオンはいるか？
ようやく話題の取っ掛かりを得たところで、見知った顔が部屋に入ってきた。
……む？オシュトルか。クオンは居ないのか？
クオンは今席を外しているが。急用なのか？
いや、急ぎではないな。
こちらの言葉に、ノスリが頭を振る。その様子は健啖そのもので、何かを患っている風でもない。
なら、座って待ってはどうだ？少しすれば戻ってくるだろう。
どうぞ、こちらに。
そうか。では、そうさせてもらおうか。
ノスリはそう言うと、適当な場所に腰を下ろす。
怪我でもしたですか？
ああ違う違う、そんな大したことではない。いつもの薬を受け取りに来たのだ。
ネコネの順当な問いかけに、ノスリが何でも無いように気楽に応える。
うふふ、クーちゃんは、どこにいても大人気ですね。
フミルィルのやわらかな声で呆けてしまいそうになるが、少し気になった事を尋ねてみた。
いつもの薬……と言ったか？そのような話は初耳だが。
まぁ、ただの肩こりに効く薬だからな。
肩こり？
成程なるほどな。弓術を得意とするノスリにとって、肩こりは持病のようなものか。
こちらがそんな想像を巡らせていると、当のノスリは小さく咳払いをした。
いやその……重くて、な。
ノスリはそう言うと、自身の胸元に視線を落とす。
まぁ、ノッちゃんもですか？本当に困りますよね。
フミルィルも、胸に手を当てて、深くうなずく。
……ああ、そっちか。
二人の仕草を見て、ようやく気づいた。
…………
さっきから黙り込んでいるネコネの方を振り返ると、何故か、じっとノスリの……おもに胸元の当たりを見つめていた。
ネコネ、どうかしたのか？
……何でもないのです。
気になって問いかけてみると、不機嫌そうに視線をそらされた。
……何だ？
うふふ、殿方にはわかっていただけないですね。
ん、これは……
ノスリが机の上に乗った小瓶を手に取る。蓋を開けて匂いを嗅ぐと、小さく目を見張った。
ほう、香水か。
それは先程、ネコネとクオンが話題にしていた香水の小瓶だった。
ノスリさんも興味あるのですか？
当然だ。いい女たるもの、常に身だしなみにも気を配るものだからな。
それなら、これなんてどうです？
いい香り……もう少し甘い感じにできないか、お願いしてみようかしら。
ほほう……
共通の話題を見つけた三人が、楽しそうに談笑を始める。
ノスリもこんな話題に食いつくんだな……
ほほぅ、これもいい香りがするな。他には何があるんだ？
姉あねさまが出してくださったのはこれだけなのです。
むぅ、そうなのか。もう少し爽やかな香りのするものがあれば良かったんだが。
ふと、ノスリの視線がクオンの残していった薬箱の方を向いた。
その中には？
クオンの薬箱だからな、薬が入っているだけだと思うが。
そうなのか。その中に他の香水が入っていたりは……
うふふ、クーちゃんは、大事なものをいつも薬箱に入れて持ち歩いているんですよ。だから……
だが、薬箱には触るなと言われたのでな。
そうか……
………………
そう言われると……余計に気になったりしないか？
はい。クーちゃんのことは、どんなささいなことも気になっちゃいますね。
いや、だからと言って触るわけには……
そもそも、クオンがヒトに薬箱を触らせたところなど見たことないな。
いろいろと危ない物が入っているからなのです。
ネコネは気になったりしないのか？
ネコネの目が、微かに逡巡する。表情こそいつもの無表情だが、その瞳の奥には少なからず好奇の色が見えた。
なぁ、オシュトル。ちょっと覗いてみないか？
む……
クオンの薬箱……恐い物見たさで興味があると言えばあるが……
ノスリの提案に、僅かながら心が動く。その隙を突く形でノスリの手が薬箱へ伸びた。
その直前、ネコネが薬箱をサッと引き寄せ、膝の上に置いた。
……姉あねさまは触るなと言ってたのです。
ぴしゃりと言い放つネコネに、ノスリが肩をすくめる。
仕方ない、そこまで言われてはな。
そう言うと、浮かしかけた腰を元の場所に戻す。それを見て、ネコネも肩の力を抜いたようだった。
わかって頂けたようなので━━
ネコネが机に薬箱を戻す。すると、バネ仕掛けだったのかカタンという軽い音と共に、箱の蓋が開いてしまった。
……あ。
………あ。
…………あ。
あら………
……開いたな。
い、今のは、その……
ん？
薬箱の中の瓶の一つが目に止まる。やけに大きく蜂の絵印が付いている瓶だ。
ネコネが慌てて蓋を締めようと手を伸ばすが、思わずその瓶を手に取ってしまった。
あ、兄あにさま？
これは……
蜂の絵印しるしということは、蜂蜜か何かか？何で薬箱の中なんかに……
燻っていた好奇心の命じるままに、瓶の蓋を開ける。すると、甘い蜜の臭いが鼻腔一杯に飛び込んできた。
……蜂蜜か。
にしては、随分と香りが強いな。
蓋を開けたくらいで、こんなにも甘い香りが漂ってくるもんだったか？
もしかしたら、香りの強い花の蜜を選んで集めたものなのかもしれないです。
よし、ならば私が毒見を。
いや待て、どうしてそうなる。
ノスリがそんな言い訳を口にしながら、その香りに誘われるように蜂蜜を指で掬って一口舐める。
……んむっЦ
何だこれは、こんなハチミツ食べたことが無い！
ノスリは驚いた様子でそう言うと、更に蜂蜜に手を伸ばす。
おい、ノスリ……
オシュトルもどうだ？これは中々の逸品だぞ。
言いながら、瓶の口をこちらに向けてくる。
いや、流石にそれは。某それがしは結構だ。
そうか？では私はもう一口……
どうして薬箱の中に、蜂蜜が……いやしかし、これは中々。
ノスリの手は一向に止まる気配がない。
どころか、心無しか蜂蜜を舐める頻度が早くなっているような……
ノスリ、その調子では無くなってしまうぞ。
しっかしなぁ……
そう言うと、更にもう一口。
その動きに触発されて、こちらもついに手をだしてしまった。
これは……！
思わず、ため息が零こぼれた。濃厚で、癖になりそうな独特の風味がある。
そんなこちらの様子を見て、ネコネが堪りかねた様子で苦言を呈した。
兄あにさま、早く仕舞うです。姉あねさまが触るなと言っていたです。
あ……いや、すまん。つい、な。
……はぁ。
これは呆れられてしまったか？
まあ、クーちゃんのお手製だなんて。ここはやっぱり、味見しないといけませんね。
横からフミルィルが、すいと指を伸ばして、蜂蜜を一掬いする。
美味しい……クーちゃんの味がします……
フミルィルさんまで……
非難めいた表情のネコネ。
うふふ、そうおっしゃらずに、どうぞ。
微笑みながらフミルィルは、瓶から蜂蜜を一口分掬ってネコネの前に差し出す。
……なんですか？
折角だ、ネコネも少し舐めてみてはどうだ？
そんなこと……
そう言いつつも、ネコネも蜂蜜には興味があるようで、視線は瓶とこちらの指の間を何度も行き来している。
何、これだけの量があるのだ、少しくらいならわからないだろう。
それでもネコネはしばらくの間、葛藤していたのだが……
隙有り。
むぐ━━
フミルィルが、わずかな隙を突いて、ネコネの口の中に蜂蜜を押し込む。これならば、言い訳のしようもあるだろう。
これで、仲間。
んむっ……Ч
何か言い返そうとしたネコネが、その目を軽く見開いた。
美味しい……
気に入るだろうと思った。
そう答えつつ、瓶の蓋を手に取る。
流石に、これ以上はマズイだろうしな……
弱々しく袖を引かれた。
……どうした、ネコネ？
あの……
………
これは、もしかして？
も、もう一口……
ネコネが恥ずかしそうに俯うつむきながら、そう言葉を紡いだ。
……その、もう一口だけ、です。
上目遣いにそう言われ、蓋をするのをあきらめる。
まあ、もう一口くらいなら大差はないか。
では私も……
うふふ、私わたくしもお供致します。
それに便乗するように、ノスリとフミルィルが蜂蜜に手を伸ばす。
んぅ、クーちゃんたら、すっかり腕をあげて……
うむ、これは本当にいいもの━━ヒック、だな。
うう、御免らさい、姉あねさま……
何故なぜか、途中からノスリとネコネの呂律が怪しくなってきた。
……おい、二人とも。大丈夫なのか？
ヒック、何を言っている。ただ蜂蜜を、味わっているだけではないか……
うう、問題ないのです……全然へーきです……
味見で済ますつもりだったはずが、二人は何かに憑かれたように、ズルズルと蜂蜜をなめ続け、そして……
う、ん━━
お━━？
瓶の中身が半分程になったところで、唐突にネコネとノスリの躰がぐらりと揺れる。
二人とも？どうしたЧ
突然のことに、慌てて顔をのぞき込む。見れば、二人とも小さく寝息を立てている。
いったい何が……
無理もありませんわ。これは薬草を加えて醗酵はっこうさせた、一種の蜂蜜酒ですもの。養命のため、トゥスクルではよく作るんですよ。
これが……か？とても強い酒だとは……
蜂蜜自体を醗酵はっこうさせるので、とっても強いんですよ。本当は、舐めるように含むんです。
他にも薬草や香草が入れてあって、味を調合するんです。うふふ、滋養強壮に、とってもよく利くんですよ。
なるほどな……
……本当に美味しい。これなら、誰でも飲めちゃいますもの。
いくら誉めたところで、勝手に薬箱を開けた上に、ここまで中身を減らしては、クオンに怒られるだろうな。
こんなに減ってしまいました。それに、二人ともよく眠っていて。うふふ、もう誤魔化せませんね。
どうしたものだろうな。
そうですわね、ここはひとつ━━
お、何か名案があるのか？
一緒に、土下座をいたしましょう。
うふふ、二人で、こってりたっぷりと叱られれば、大丈夫。
ああ……やはり、それしかないか……
がっくりと肩を落とした。
粗茶ですが、どうぞ。
ああ、すまぬな。
目前に差し出された湯呑みをのろのろと掴む。
ズズズ……
疲れた……眠い……
そんなことを思いつつ、ルルティエの煎れてくれた朝食後の茶を啜すすった。
緊急の案件が発生し、それを徹夜で処理していた為に、登る日差しが目に刺さるように眩しい。
しかも、朝食を済ませて程良く腹が膨らんだため、目がショボショボしてきた。
結局一晩掛かってしまったからな……だが、これでひとつ、肩の荷も降りた。
お疲れ様なのです、兄あにさま。
すまんな、つき合わせてしまって。
仕方ないかな、急ぎだったし……ふぁ……
そう言いつつも、欠伸あくびを隠せないクオン。
クーちゃんは、夜遅くまで起きてるのは苦手ですものね。ふふっ、朝はあんなに早起きなのに。
ぅ～、そうなんだけど、それだと何だかお婆ちゃんみたいに聞こえるかな。
……そう言われると、近所のお婆さまとか、そんな感じでした。
うぐ……
私も手伝えたらよかったのですが。
ルルティエはただでさえこの城の台所を支えているのだ。これ以上、無理はさせられぬ。
それにルルティエに倒れられでもしたら、皆みなが心配する。
その気持ちだけ、ありがたく受け取っておこう。
はい。
とにかく今日は、皆みんな疲れているだろうから、ゆっくり休むといい。
いいのけ？さすがオシュトルはん、いい男やぇ。
手伝ってくれた者だけな。
いけずや……
平気なのです。兄あにさまこそ、少しお休みになったほうがいいのです。
ああ、そうだな━━
思えば、随分とまぶたが重い。一晩集中し続けた為か、節々にも痛みがある。
もういっそ、ここで横になりたい気分だ……
おしゅーっ！
なんとか疲れの残る体を立ち上がらせたところで、やたら元気な声と共にシノノンが飛び込んできた。
おっと。
その小さな体を受け止め、ひょいっと抱え上げる。するとシノノンは満面の笑みを浮かべ、興奮気味に捲し立てた。
なあなあ、おしゅ！すごいのみつけた！すごいへやがある！
……ほう、一体どんなものを見つけたのだ？
うん！えーとな、えーと……
シノノンはその問いになんとか答えようと頭を悩ませた。
とにかくいくぞ！すごいのみつけた！
適当な言葉が思いつかなかったらしく、とにかくスゴイと興奮しながら袖を引っぱってくる。
シノノン。兄あにさまは今、お疲れなのです。遊ぶのは、また今度にするですよ。
つかれてるのか？それじゃあ、あそべないなー……
ネコネの言葉に、シノノンがションボリと肩を落とす。
……思えば、城内では中々、シノノンの遊び相手も見つからないだろうからな。少し、付き合ってやるか。
いや、少し散歩でもしようと思っていたところだ。
笑顔でそう答えて、シノノンを肩車してやる。
兄あにさま？
なに、構わぬさ。
ふふふ……
うぉぉ、たかいぞ！
楽しそうにはしゃぐシノノン。
でも、兄あにさま……
さすがはおしゅ！はなしがわかるなっ。
もの言いたげなネコネに大丈夫だと告げ、シノノンを肩車したまま歩き出す。
いくぞ、おしゅ、しゅつげきだ！
ほっ、ほっ、ほっと、それで、どこに行けばいい？
それは、ついてからのおたのしみだ。
シノノンはそう言うと、迷いのない様子で進行方向を指し示す。
どうやら目的の場所があるようだ。しかし、凄い部屋があるというが、そんな部屋などあったか？
クオンも最初は興味をもって付いてこようとしたのだが━━
ゴメンね、限界かな……
と言って、その場で寝転がってしまったのを、フミルィルが部屋まで連れていった。
クオンは無事に着けたかな？まあ、フミルィルがついてれば問題ないだろうが。
こっちだ、こっちだ。
ふふふっ、何だか楽しそう。
……ん？
お？ふうおねぇちゃ！
フミルィル殿、クオンを部屋に連れて行ったのではなかったか？
はい。でも、面白そうだったので、こっちに来ちゃいました。
来ちゃいましたって、いいのかそんなんで。
よし、ふうおねぇちゃもいっしょにいくぞ！
はい、一緒に行きましょうね。
ふんふ～ん。
そういえばシノノン、ヤクトワルトはどうした。一緒じゃ無いのか？
んー？とうちゃんはサケくさいからダメだ。
ノスリおねぇちゃに、のみまけたんだっていってうずくまったらうごかなくなった。
そ、そうか……
そんなことよりぜんしんだ。あれをみたら、きっとおしゅもおどろくぞ！
ここだぞ。
そう言うと、シノノンが肩の上からスルスルと降りていく。
とつげきー！
そのまま、目の前の襖ふすまを開け放つと、躊躇せずに部屋の中へと入っていった。
ここか？ここは確か空き部屋のはずだが……
シノノンの後を追った先に見たのは、なんとも可愛らしい内装の部屋だった。
部屋の至るところに大小様々な縫いぐるみが置かれ、色とりどりの布で飾られている。
……なんだ？ずいぶんと可愛らしい部屋だな。
まぁ……ふふふっ、可愛い。
ここは、もしかして誰かの私室か？いや、しかし……
あはははは、どーん！
シノノンはその中でも比較的大きめの縫いぐるみに体当たりをしたかと思うと、そのまま一緒になってゴロゴロと転がった。
あはははっ。な～、すごいへやだな。
まぁ、確かに凄い部屋だな。こんな人形だらけの部屋は初めて見た。
しかし、こんな可愛らしい趣味を持った人物が、この城にいたか？
と、近場にあった熊クユンらしき縫いぐるみをしげしげと眺める。
成程、動物の姿を模しているのか。見たことのない形もチラホラあるが……
『コンニチハ、シーちゃん』
フミルィルが別の縫いぐるみを抱きかかえると、縫いぐるみ越しにそう語りかける。
おお、こんにちはだ！
『シーちゃん、お友達になりたいな。ボクとあそんでくれる？』
おう、いいぞ！なにしてあそぶ。
『じゃあ、山にキノコ採りにでも━━』
何をしている。
……？
不意に、背後から声がした。
……ムネチカ殿？
オシュトル殿か。小生の部屋に何か。
いや、勝手に入ってしまったのはすまぬ。すぐに出て……んん？
ムネチカ殿の部屋？
そうだ。
この……縫いぐるみは？
小生のだ。
……ムネチカ殿が？
小生が作ったものだが、この子達が何か。
いや、別に……
いや、何かあるわけではないが……
何というか、ムネチカ自身から感じる雰囲気と部屋の内装に感じるそれとが、まるで違うというか……
…………
こちらが思わず視線を向けると、ムネチカがどこか気まずそうに目を逸らす。その頬が、僅かに朱に染まっているようにも見える。
まぁ……この子達が、ムネチカさまの子供達だったなんて。
フミルィル殿か……
一人一人が丁寧に縫い込まれて……こんなにも愛らしくて……
ムネチカさま、この子達をとっても大切になさっているのですね。
フミルィルの言葉にムネチカは頬を染めて視線を逸らす。
いや……別に……
やっぱりムネチカさまは素敵な方です。
む……
ここまで顔を真っ赤にしている姿など、初めて見たな。さすがのムネチカも、フミルィル相手では分が悪いらしい。
……何か。
いや、なんでも。
ごろごろー、どーん。
その時、シノノンが縫いぐるみを抱えたまま転がってきて、ムネチカの足にぶつかった。
お？
今まで縫いぐるみと一緒に転がっていたシノノンが不思議そうに声を上げる。それを見て、ムネチカの表情がぎしっと固まった。
……か。
か？
可愛い……
いや、何でも無い。
ムネチカは慌てた様子でそう言うと、居住いを正してシノノンに向き直った。
シノノン、元気そうで何よりだ。
おおねぇちゃだ。
いや……小生はムネチカだ。
そうか、シノノンはシノノンだ！
そして、このこはドドリンだ。
抱きしめていた縫いぐるみを嬉しそうにかかげるシノノン。
ドド……いや、その子にはユキという名が……
……もしかしてドドリンは、おおねぇちゃのなのか？
いや、だから……ああ、そうだ。ここの子達は、みな小生が作った子達だ。
そうか、じゃあかってにあそんじゃダメだったか。
返ってきた答えに、シノノンがションボリと肩を落とす。それを見てムネチカは慌てて言い改める。
いや……！乱暴にされるのは困るが、遊んでいただく分には構わぬ。この子達も喜ぶ。
そう言って、手近な縫いぐるみの頭を撫でる。その時ばかりは、ムネチカの口元に淡い笑みが浮かんでいる気さえした。
ほんとうか！じゃあ、おねぇちゃたちも、いっしょにあそぶぞ！
ふふふっ、『いいよ、なにして遊ぼう』
よし、まずはみんなになまえをつけてやるぞ。きょうからおまえはババンコだ！
いや、その子はユン……
お前はベンブリム、お前はイヤンバだぞ。
タンポポ……スズラン……
おおねぇちゃ、これもって。ウンチョスもってて。
あ、ああ……モモをな……
戸惑うムネチカに、シノノンはさらに別の縫いぐるみを持たせると、そのまま三人で人形遊びを始める。
……なかなかいい雰囲気だな。気のせいか時折ムネチカが落ち込んでいるようにも見えるが。
シノノンを見るムネチカとフミルィルの優しげな目に、安堵の息が溢れる。
それにしても、すごい数ですね。
今は数十というところか……トゥスクルにいた折に作った子達も皆持ってきた。
あの行李こうりの中にはこの子達がぎゅうぎゅうに詰まっていたのですね。
うむ、そういうことだ。
どこか気恥ずかしそうなムネチカと、ただ感心しているフミルィル。
何か、眠くなってきたな。シノノンのことは二人に任せておけばいいか。
おおねぇちゃ、いくぞー！
ムネチカが笑顔で頷く。シノノンも、手にした縫いぐるみを夢中になって動かしている。
そうだシノノン。シノノンに新しい子をあげよう。昨夜完成したばかりの、とびきり可愛い子をな。
ほんとうかЧ
ああ。ほら、この子だ。
ムネチカは部屋の奥から、色とりどりの生地で作られたぬいぐるみを持ってくると、シノノンに手渡した。
おおお、いいのか？くれるのか？
よかったですね、シノノン。
うん、ありがとな！ともだちにして、いっぱいあそぶぞ。
大切にしてやってくれ。この子の名は━━
ドロタボウだ。ケイドロのおとうとだから、とうぜんだ。
というか……どこがどう当然なんだ……？
いや、その子はフロー……
よろしくな、ドロタボウ。きょうからいっしょだぞ。
……………
何かを諦めたかのように、ムネチカはガクリと項垂れた。
ƨ
それは、ある日の昼下がりのことだった。
聖上がお呼びと？
唐突な要請に、思わず書類をしたためていた筆が止まる。
何はともあれ、ルモイの関を奪還し、守備を強化している今、朝廷軍が今すぐ仕掛けてくることはない。
この小康状態のうちに、こちらも出来るだけ態勢を整えておかないといけないんだが……
はい、兄あにさま。なんでも、緊急とのことなのです。
緊急ねぇ、今度はどんな無理難題を言い出すことやら……
そう心の中で呟きながら立ち上がる。ネコネに後のことを任せアンジュの部屋に向かうことにした。
側にいるムネチカが戻ってからは、呼び出されることは少なくなったが、さて……
参られたか。
アンジュの部屋まで来たところで、その前に詰めていたムネチカが声をかけてくる。
聖上が某それがしをお呼びになったとのことだが。
……ああ、オシュトル殿は忙いそがしいとお諫めしたのだがな。
どうしても会いたいと押し切られてしまった。許されよ。
そう言って、ため息をつきつつ苦笑をうかべるムネチカ。
さすがのムネチカも、ずいぶんと皇女さんに振り回されているらしい。
とはいえ、この國に逃れてきた当初のことを思うと、アンジュが持ち前の無邪気さを取り戻し始めたのはいい傾向だった。
聖上は、中に？
大変、お待ちかねである。多少の無理は、笑って流していただきたい。
ムネチカの言葉に苦笑を返し、両開きの襖の前で膝をつく。
仰せにより、ただ今罷まかり越こしました。
うむ、御苦労なのじゃ。入ってよいぞ。
許しが出たのと同時に、ムネチカが襖を開く。部屋の奥では、玉座と見紛う椅子に腰掛けたアンジュが、こちらを笑顔で見つめていた。
部屋に入り、そのまま臣下の礼としてアンジュの前に跪ひざまずく。
聖上にあらせられましては、ご機嫌麗しく━━
堅苦しい挨拶はよい。それよりもオシュトル、もう少しちこう寄れ。よく顔が見えん。
なるほど、いつもの皇女さんだ。
内心で小さく笑みを浮かべつつ、少しだけ御簾みすに近づく。アンジュはそれを見て満足げに頷くと、再び口を開いた。
この國は、良い國じゃな。痩せた土地ではあるが、民に笑顔がある。落ち延びてきた余を受け入れてくれもした。
さすがは其方そなたの故郷だけある。
ありがたきお言葉。
ただその……もう少し賑にぎやかであれば、よかったのじゃが。
アンジュはそう言うと、細くため息をついた。恐らくは━━帝都のことを思い出しているのだろう。
……郷愁、か。
都は物流の中心でもあります故。人も物も、この國では及びませぬ。
その言葉を聞いて、アンジュは真剣な面持ちで口を開く。
して、オシュトルよ。帝都奪還には如何程いかほどの時間がかかる？
成程なるほど、これが呼び出した理由わけか。
アンジュの言葉に、居住いを正す。かねてから、アンジュが帝都奪還を急せいているのは判っていた。
こうしてルモイの関を奪還し、ムネチカも戻ってきた。後はすぐにでも帝都を取り戻す、というわけにはいかぬのか？
現状では、無理でありましょうな。
彼我ひがの兵力に差があり過ぎますゆえ、下手に挑めば踏み潰されて終わりになるかと。
焦りは禁物。今は何よりも、土台を固めねばなりませぬ。
ムネチカが、こちらの話を補足するように助け舟を出してくれた。
アンジュも、それを聞いて現状の厳しさを悟ったようだった。確認するように聞いてくる。
それは、其方そなた等の力を以てしても、ということか？
ヤマトの双璧オシュトル、帝都の守護者ムネチカ、其方そなた達の力を以てしても……
お忘れか、立ちはだかるのが同じ双璧であるミカヅチだということを。
っ……
そうだ、向こうにはミカヅチがいる。オシュトルと共に双璧と呼ばれた存在。
俺はお隠れになった聖上の命により、民を守らねばならん。
故に帝都に攻め上がる者はすべて打ち滅ぼす。それが何者であってもだ。
この仮面とオシュトルという名があっても、有利とは言えないのだ。
それにいくらムネチカが戻ったとはいえ、仮面を失ってしまっては、その対抗とはなり得ない。
そう……か。
その言葉を聞いて、アンジュは無念そうに俯うつむいた。その様子に、思わず心が揺れる。
本当は、あまり期待させるようなことは言うべきじゃないんだがな。
……物事は一朝一夕には成らず、確かに今すぐは難しいかと。しかし、我々は着々と力を蓄えつつあります。
帝都奪還の悲願が成就じょうじゅする日は、間もなく訪れましょう。今しばらくの辛抱かと。
そ、そうか！期待しておるぞ！
一転、アンジュの表情に笑みが戻った。同時に、胸の奥から罪悪感にも似た感情が湧きあがってくる。
今更……罪悪感など、捨てたはずなのにな……
……では、某それがしは兵達の様子を見て来ます故。
それを振り払うよう、立ち上がり暇いとまを告げる。それを見て、アンジュが慌てるように言葉を続けた。
ま、待つのじゃ。来たばかりではないか、もう少しゆっくりしていくがよい。
せっかく、こうして二人きりなのじゃぞ。積もる話の一つや二つ……
いや、そこにムネチカいるから。
そもそも、何故なぜもっと余に会いに来ぬ？余はこんなにも其方そなたを心待ちにしておるというのに。
そういえば、最近は忙しくて顔も出していなかったな。とはいえ、今後も忙しくなる一方だろうし……適当に、濁しておくか。
聖上はヤマトの帝ミカドとなるべき御方おかた。某それがしと言えど、頻繁に参じるわけにはいきませぬ。
むう……
こちらの返事を聞いて、アンジュは不機嫌そうに眉根を寄せる。だが、すぐになにかに気付いたように顔を輝かせた。
なら、余が其方そなたのところに行けば良いのじゃな？
あ～、そうきたか。なんという本末転倒。あまり出歩いて欲しくは無いんだが……
いえ、それは……
文句はあるまい？うむ、これならばオシュトルが忙しくとも問題はない。我ながら名案じゃ。
思わずこぼれそうになるため息を、何とかこらえる。
聖上、あまり我儘わがままをおっしゃいますな。
ぁ……
ムネチカの存在を思い出したらしい。ムネチカを見て気まずそうな表情を浮かべるアンジュ。
その……じゃな、ムネチカ。其方そなた、暫く外に出ておるのじゃ。
それは出来ませぬ。
うむ、すまぬの……って何でじゃЧ
小生は聖上の盾。常に付き従い、御身おんみを守護致すのが使命。側を離れるなど、言語道断。
ぬぐ……内密の話なのじゃ。
小生には聞かせられぬと？
そ、そうではない、そうではないのじゃが━━
では、何と。
と、とにかく、大切な話なのじゃ！
それに、今ここにはオシュトルがおる。オシュトルが隣りにおれば、何も恐いモノなどないのじゃ。
ふぅ……
ムネチカの呆あきれたようなため息。
オシュトル殿、すまぬがもう暫く我儘わがままに付き合って下され。
ちょ……
我儘わがままとは何じゃ、國是を決める上で欠くことの出来ぬ、重要な相談なのじゃ。
内密な話じゃからな？誰も中には入れてはならぬぞ？
……承知。では、お頼み申す。
アンジュの様子にムネチカは小さく嘆息すると、部屋を辞した。
のう、オシュトル。
……は。
再びアンジュから声がかかる。それに、思わず警戒するような声音で応えてしまった。
だが幸い、アンジュがそのことに気付いた様子はない。代わりに嬉々とした様子で立ち上がると、ちょいちょいと手招きをしてきた。
して、話とは？
なに、少し面白いことを思いついての。ちょっとこの椅子に座るのじゃ。
アンジュはそう言うと、今まで自分が座っていた椅子をぽんぽんと叩いた。
は？
じゃから、座れと言っておるのじゃ。
その椅子は、アンジュの為に城下の町の職人に作らせた、玉座を模した逸品だった。
それに座ると言うこと即すなわち……
いやいや、さすがにそれはマズイ。
それはできませぬ。
そう固いことを申すな。所詮しょせんはただの椅子、誰が座っても変わらぬのじゃ。
余が良いと言うのじゃ、何の問題もなかろう。ほれほれ。
アンジュは悪戯っぽく笑って、強引にこちらの袖を引く。
やれやれ……
流石にそこまでされて抵抗するわけにもいかず、椅子に腰を下ろす。
ぬふふふふ、ほりゃ。
━━と？
すると、アンジュはそれを確認するや否や、こちらの膝の上に腰を下してきた。
更には、背もたれに躰を預けるように、もたれかかってくる。
あ～……聖上？
おおぅ、これは中々の座り心地なのじゃ。
聞いてないな。玉座に座らせただけでなく、更にこれとは……
というか、ここまでされると、もう何も言えんな。
ムネチカを外へ出すはずだ、こんな事がバレたら何時もの折檻どころじゃないんだが。
……とはいえ、すげなく退かしたりしたら、皇女さんからしたらオシュトルにそうされたってことだ。
下手をすれば、果てしなく落ち込むかもしれん。それこそ士気にかかわるくらいに。
ここは騒がず、飽きるまで待つしかないか……
そう腹を決めて、力を抜く。すると何故なぜか、アンジュが不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。
…………
……どうされました？
するとアンジュは不意に俯うつむいてしまう。
もしかして違和感に気付かれ━━
ふぉぉぉ！つ、ついにオシュトルに、余の気持ちが伝わったのじゃ。
苦節ウン十年、どれほど待ちわびたことか！ついに余の勝利じゃ。
の……のう、オシュトル？
は、何でありましょう。
ふふっ、呼んでみただけじゃ。
そう……でありますか。
じゅふふ、ぬくもりと香りが……
皇女さん、乙女にあるまじき表情をしている……
そうこうして、いくらか時が経った頃……
オシュトルが居るのなら通してほしいかな。
なりませぬ。誰も入れるなとのことであります故。
何だ？
これは急ぎの用件だから。
この声はムネチカと━━クオンか？
では、小生が御用件を承うけたまわりまする。
オシュトルに直接話しておきたいことだから。
それでも、通すわけにはまいりませぬ。
そんな声に反応して、今までゆるんだ顔をしていたアンジュが眉をひそめる。
何事じゃ？余の至福の時を邪魔しおって。
何か、おかしい。
ムネチカがアンジュ第一なのは判るけど、私の知っているムネチカなら優先順位を間違えたりしないんだけどな。
……それで、何を隠しているのかな？
何のことか判りかねる。
別にいいけど。通してもらうから。
オシュトル、ちょっといいかな。薬の備蓄についてなんだけど……
アンジュが顔を上げるのと同時に、クオンが部屋の中に軽い足取りで踏み込んでくる。そして、こちらと目があった。
…………何をしてるのかな？
クオンがにこやかに微笑んでくる。が、どこか薄ら寒く感じる。
どうしてか部屋の空気の質が変わった。理由もわからないままに、背筋に冷たいものが走る。
む？いや、何と言われても……
もしかして、なにか誤解されている？
クオン、これは……
何じゃ、クオンか。今は取り込み中じゃ、後にするがよい。
こちらの声を遮さえぎるようにして、二人が視線を交える。笑顔のままのクオンに、アンジュは不機嫌さを隠そうともせずに言った。
そう？でも、そっちと違ってこちらは大切なことだから。
何を言うのじゃ、こっちだって大切なことじゃ。
とてもそんな風には見えないけど。
わからん奴じゃの。オシュトルは今、余の相手をしておるのだ。其方そなたはお呼びでないのじゃ。
二人だけの甘い時をじゃまするでない。気の利かぬ奴じゃ。
聖上、その言いようはあまりに……
オシュトルもそう思うであろう？
こちらの腕にしがみついて、平然と言い放つアンジュの姿に、クオンが呆れた様子でため息をついた。
そして仕方がないとばかりに、反対側の腕を取ってくる。
オシュトル、そんなことよりちょっといいかな。
と……？
手を引かれ、腰を浮かせる。その時、もう片方の腕をアンジュがより強くギュッと掴み、クオンの顔を睨ねめつけた。
そういえば其方そなた、何処どこかへ逃げ帰ったのではなかったかの？
ああ……また、とんでもない事を……
………
二人が、同時に腕を引く。
ギ━━ッ。
ギチリ━━と軋むような音が聞こえた。空気が軋む音とか緊張感とかではなく、より物理的な、服が引っ張られて上げる悲鳴だった。
う、腕が抜けるっЧ
……うふふ。
……くくく。
二人は引きつった笑顔を浮かべながら、徐々に力を込めていく……だけではなく━━
いい加減、その手を離してほしいんだけど。
ねじり━━
グガッ！
それは余の台詞じゃ。
ひねり━━
うぐッЧ
ミシミシと悲鳴を上げる関節が、物理的に有り得ない感じに引き絞られる。
本来なら、とっくに悲鳴なり泣き言なり口にしているところだ。しかし━━
じ、自分ならともかく、オシュトルがそんなことを口にするわけにもいかんし……
これはもう、二人を……説得して、止めさせるしか……！
ふ、二人とも……まずは冷静に……
額に脂汗を浮かべながら、なんとか声を掛けた。しかし、二人の耳にはまるで届いていないようで、引く手にさらなる力を込める。
冗談じゃないっ！このまま綱引きされた日には、自分の躰が千切れるぞっЧ
一日も早い帝都の奪還の為には、こうして遊んでいる時間も惜しいのでは？
急せいては事をし損じる、と言うじゃろう？
それを皇女さんが言うかЧ
ぐぐ……
事態を打開できないまま、両者の腕を引く力が痛覚で認識できない領域に差し掛かる。
こ、このままだと死ぬ！死んでしまう！
……お二人は、大岡裁きという神話をご存じか！
命の危機を前にして、思わず叫ぶようにそんな言葉を口にしていた。
え？
なんじゃ、いきなり？
普段聞き慣れない神話という響きに驚いたのか、クオンとアンジュが一緒に反応する。同時に、少しだけ腕を引く力が緩んだ。
疑問符を浮かべる二人の視線を前に、冷や汗が流れる。単に、この状況から連想した言葉を口走っただけだったからだ。
だが、この機を逃せば脱出の糸口はない！なんとか、それらしい話で二人の興味を逸らさないと……
今よりもはるか昔、人々の諍いさかいを収める、オオオカエチゼンという神がいた。
彼の神は人心を解し、人情味溢れる見事な裁きで知られ、人々の味方として人気があった。
ある日、彼の神のもとにある厄介事が持ち込まれた。なんでも、二人の女が一人の子を取り合っているという。
どちらも自分が本当の母親だといって一歩も引かず、人々を大いに困らせていた。
そこで神は、子の腕を持ち力いっぱい引き合って、勝った者を実母とするのはどうか、と提案する。
話を最後まで聞き終えない内に、クオンがにっこりと微笑んだ。それに、アンジュが会心の笑みで応じる。
ふむ、つまり引っ張り合いに勝てば、大手を振ってオシュトルを侍らせることができるのじゃな！
どうしたら、その解釈になる。
つまりオシュトルは、勝った方の用件に付き合う、ということでいいのかな？
異論はない。いざ！
お二人とも、話はまだ途中━━
だだだだだだッЧ
聖上、なにやら騒がしいご様子ですが……
絶体絶命のその時、騒ぎを聞きつけたムネチカが、襖を開けて部屋の様子をのぞき込んでくる。
……失礼した。どうぞごゆるりと。
静かに襖が閉められた。
……ふむ、では好きにするかの。
ちょっと待った━━
せーのっ！
両側からあらん限りの力で引っ張られ、衝撃で意識が遠のいていった。
耳をつんざくようなその叫びは、城中に響きわたり━━後に一種の怪談話として、城下の者達を賑わせたという……
ʐ
ƨ
それは、午前の執務を終えて気分転換に城内の廊下を歩いていた時のことだった。
オシュトル殿、少し良いか。
ムネチカ殿か、どうされた。
ムネチカが皇女さんの側を離れるのは、珍しいな。
聖上のお姿を見なかったか。実は、また部屋を抜け出してしまわれたのだ。
ムネチカの素振りからして、アンジュに何かが起こったということではないようだ。
……都みやこにいた頃のように遊び癖が出てきたか。
いや、某それがしは存じ上げぬ。
そもそも、今日は皇女さんに会うどころか、姿すら見ていない。
そうであるか……
こちらの言葉を聞き、ムネチカは微かに溜息ためいきをつく。
てっきり、オシュトル殿のところに入り浸っているのではと思ったのだが。
何にせよ、居所が判らぬままでは諸々差し障る。お探しせねばならんか。
頼めるか。小生も、このまま城内を見て回る故、オシュトル殿も心当たりを。
心得た。
ムネチカに頷きを返し、お互いに別々の方向に早足で歩き去る。
皇女さんの行きそうな場所か。こっちに来なかったということは、別の場所なんだろうが、さて……
考えながら、城の外へと足を向ける。
取り敢えずは城の外周の辺りを探してみるか。
向かったのは、崖に沿うように建てられた城の外周。普段は兵の調練などに使っている広場だった。
すると、門の前で見知った人影が広場の方を眺めていた。
クオンか、何を見ているんだ？
疑問に思いつつも近づくと、クオンはこちらの気配に気付いて振り返る。
あ、オシュトル。迎むかえに来たんだ。
迎むかえに？
クオンが眺めていた、普段兵の鍛錬に使っている広場。
今は山岳での訓練に出て兵の姿はなく、代わりに探していた者の後ろ姿を見つけた。
皇女さん、こんな所にいたのか。
おお、オシュトルか。良い所に来たのじゃ。
こちらに気付いたのか、アンジュが満面の笑みで振り返る。
……なんじゃ、其方そなたもおったのか。
そして、隣りに居たクオンを見て、不機嫌そうにそう言った。
私わたくしが居たらいけなかったかな？
むぅ……まあ良い。それよりも見るのじゃオシュトル、この剣の荘厳な姿を！
そう言って高々と掲かかげるは、身の丈をも越える巨大な剣。
トゥスクルの皇女との対戦の折、まるで加勢するかのように空から降ってきたひと振りだった。
その剣を、アンジュは軽々と、まるで小枝のように横に薙ぎ払う。
剣の質量に押された空気が風となり、離れたこちらにまで砂埃が振りかかる。
何度見ても、これは何の冗談だと思わされるな。小さな躰で、あんな大剣を軽々と……
もう物理法則を無視している領域なんじゃないのか？
今までこの世界のヒトの強さはいやというほど見てきたが、流石に皇女さんのこれは……
兄貴、いくら自分の後継者として気合いを入れてたとはいえ、ちょっとやり過ぎだろ……
この大地に住まう者達を作り出したのは人類だが、その中でもアンジュは帝ミカドによって生み出された特別製だ。
普段のやんちゃ娘ぶりからは想像しにくいが、生まれながらにしてヤマトを統べる事を宿命づけられた者。それがアンジュ……
それ故に、ヒトとしてもあらゆる点で高い能力を与えられているのだ。あの頑強さ、怪力もその秘めたる能力と考えて良いだろう。
兄貴も思い入れが深いというか心配性というか……
やっぱり、どう見てもあの剣は……
絶対に面白がってるかな……ハァ、どうしてこんなこと……
隣でクオンが、何やらぶつぶつと言葉を漏らしていた。
目の前の光景に理不尽を感じながらも、アンジュの前まで行って臣下の礼をとる。そのまま、顔を上げずに奏上した。
聖上。ムネチカ殿が心配しております。どうか部屋にお戻りになられますよう。
まあ、そう言うでない。
アンジュは鼻歌交じりにそう言って、もう一度大剣を振り回す。その剣圧を受けて、思わず肝が冷えた。
ちょ━━、今、明らかに頭の上を掠めていったぞ。
そんなこちらの内心に気づくことなく、アンジュは無邪気な笑顔を浮かべた。
やはり、この剣は素晴らしいな。
大きさは手頃で、重さも手に馴染む。何より全力で振るっても折れぬのが良いの！
その瞳には、明らかな喜色が輝いている。
のう、其方そなた等もそう思うじゃろう？
手ごろ？馴染む？ははは、ご冗談を。そんなの皇女さん位しか……
いや、半端ない馬鹿力じゃないと振れないですよ━━などと本音を言うわけにもいくまい。
確かに、かなりの業物わざものとお見受けします。
え、ええ、そうね……
そうじゃろう、そうじゃろう！
しかも、この剣はあの高慢ちきなトゥスクル皇女をボコボコにして懲らしめたのじゃ。
この剣が余の元に来たのも偶然ではなくまさに必然……否、天の導きに相違あるまい！
まさに天の剣じゃ。
…………
アンジュの言葉に、クオンが苦蟲を噛み潰したような顔をしている。
どうかしたのか、クオン。
……ううん、何でも。
……気のせいか？
それはともかく、ムネチカは今も皇女さんを探し回っていることだろうし、部屋に戻ってもらわんとな。
……聖上、そろそろ城の中へお戻りいただけませぬか？
むぅ、それはつまらぬのじゃ。
……そうじゃ！丁度、相手が欲しいと思っておったところじゃ。其方そなた、相手をせよ。
こちらの気も知らずに、アンジュは軽い調子でそんな提案をしてきた。
ちょ━━、何言っちゃってるの、この皇女さん。そんなのの相手しろとか人を殺す気かЧ
し、しかし……
ほれ、自分の身くらい守れたほうがよかろう。オシュトルが、自身で稽古をつけると言うてくれたら、身が入るのじゃがなぁ。
アンジュは無邪気な笑顔で、そんな提案をしてくる。その信頼もまた、オシュトルの人徳なのだろうが……
流石に、そうホイホイと命を投げ出すわけには……
というか、そんなの受け止めたら小枝のようにへし折れる自信があるぞ。
恐れながら、臣下であるこの身が、聖上に刃を向けるなどあってはならぬこと。
拒否。断固として拒否。必死に内心の動揺を抑えながら、外面を取り繕ろう。
なんじゃ、つれないのう。ちょっとくらい、羽目を外してもよかろうに。
どうかお許しを。万が一、聖上を傷つけようものなら、このオシュトルの首を差し出してもなお、足りませぬ。
むう、相も変わらず頭の固い男じゃ。ならば、せめて余の話し相手を━━
左様であられましたか。
不満そうに頬を膨らませたアンジュが、食ってかかるのを遮さえぎるように、鋭い声が響きわたった。
それほどまで相手を所望されていたとは。
その声を受けて、アンジュの体がビクッと震えた。
アンジュはまるで歯車の狂った水車のようにギギギとぎこちなく振り返る。
ム、ムネチカЧ
その怯えの混じった言葉の通り、アンジュの背後には完全武装をしたムネチカが立っていた。
やれやれ、いい所に……って、何故完全武装なんだ？
クオン殿、知らせて頂き感謝いたす。
━━な、なんじゃとЧ
アンジュはクオンの方を見る。しかし、そこには既に誰もいなかった。
慌てて視線を巡らせると、広場の入口辺りでこちらに向かって手を振っていた。
『いえいえ、どういたしましてかな♪』
声は届かないが、何やらそんなことを言っているようだ。
というか、何時の間に……
あの引き際の鮮やかさは、はじめからこの事態を想定していたとしか思えない。
……くっ、謀ったな！
……聖上。
ひゃいっЧ
少々お戯れが過ぎる。御身おんみがいたずらに姿を消されては、下々の者が混乱しましょう。
うっ……
まして今は戦時下。御身おんみに万が一があればどうなるか、理解しておいでか。
ま、待て！こんなのはちょっとした息抜きじゃぞЧ何もそこまで怒ることは━━
勘違いめされるな。小生は怒ってなどおりませぬ。
ほ、本当か？
ところで、先程組み手の相手が欲しいと。
んな？いいい、一体何の話じゃ？
さすれば、不肖ながら小生がお相手いたそう。
おおお怒っておるではないか！
アンジュが、助けを求めるようにこちらに視線を向ける。
なので、頭を下げたまま気付かないふりをする。
ここで口を挟むと完全武装したムネチカのとばっちりに巻き込まれそうだから。
それでは、構えを。
え、待つのじゃ、ふぎゃーっЧ
アンジュが言葉にならない悲鳴を上げて構えた剣の腹に、ムネチカの拳が突き込まれる。
鋼の手甲と大剣が打ち鳴らす金属音が、辺り一面に響き渡った。
握りが甘い。折角の剣を取り落としまする。更に━━
むぎゃっ。
短い忠告とともに、連撃がアンジュの手にした大剣に叩き込まれる。
アンジュはその勢いに抗しきれず、その手から剣が離れ━━
━━は？
弾かれた剣が、まるで狙い済ましたかのように眼前、鼻先を掠めるような軌道で、まっすぐこちらに━━
うおっЧ
思い切り身を捻ると、弾き飛ばされた剣が、一瞬前までこちらが立っていた場所に深々と突き刺さった。
………
あのまま立っていたら、間違いなく真っ二つだった……
この通り、簡単に武器を奪われまする。
蒼白になったアンジュに、ムネチカが淡々とした声で告げる。
ううっ、わ、わかった。余の考えが甘かった！だからもうこのくらいで……
何を言われる。この際、聖上には護身程度には剣を扱えるようになっていただく。
……生半可な知識で剣を振るうと、怪我の元であります故。さあ、もう一度剣を。
何が護身じゃ！余は今まさに、身の危険をヒシヒシと感じておる━━！
参る。
ちょ、ちょっと待つのじゃ！
小生このかた、待てと言われて待った敵を見たことありませぬ。
アンジュが慌てて地面に刺さった剣を回収し、及び腰で構えを取る。
アンジュの主張も虚しく、突然始まった稽古はそのまま続けられることになったようだ。
こ、これは、急ぎこの場を抜け出さねば……！
お、オシュトルーっЧ
突然剣を投げ出したアンジュが、縋すがり付くようにこちらの背後に回る。そのままグイッと、怪力でムネチカの方へと押し出された。
せ、聖上っ。
ムネチカが乱心した！助けてくれっ！
ま、まずい。このままだととばっちりどころか矢面に立たされる！
ハハハハハ、何をおっしゃられる。せっかくの稽古を無にしてはなりませぬ。
爽やかに言いながら、渾身の力でアンジュを前に押しだそうとする。
あの目を見よ！既に禍日神ヌグィソムカミと化しておる！
いやいや、ムネチカのあれは間違いなく皇女さんを心配しての行動だろう。だからこそどうにも始末が悪い。
ムネチカ殿は聖上の御身おんみを思って、心を鬼にされているのです。ここは素直に胸を借りるのが上に立つお方の務めかと。
あのような胸、まともに借りたら木っ端微塵に吹き飛んでしまうわ。よいかオシュトル、余の前から動くでないぞ！
いえいえ、聖上こそ万人の前に立つべきお方ゆえ。
戦場で先陣を切るのは其方そなたの務めであろうが！
必死に先頭を譲り合う双方を、ムネチカが冷徹な瞳で見つめている。
聖上、そのように何かの影にお潜みになっても、如何いか様にも攻め方はございます。
……やっぱりこっちのことは障害物としか思っていないし。
早うどうにかせよ、オシュトル！
だから離せって、このままだと自分まで巻き込まれ━━
……では。
ムネチカが構えを取り、すっと瞳を閉じる。
じょ、冗談だろう━━？
出来たのは、精々このタチの悪い現実に頬を引き攣らせることくらいだった。
参るっ。
ぐはっ！
鉄拳がいい感じに正中線を捉えて、息が詰まる。そんなこちらの様子に構うことなく、ムネチカは新たに構えを取る。
相手が違うぞ、ムネチカ━━！
そう叫び返したかったが、今の一撃で肺の中身が空になって声一つ発せない。
ムネチカはそのまま拳を引き、やはり、目を開けぬまま━━怒涛の連撃を繰り出す。
おおおおおおおおおお、ぐふうっ……
アンジュが頼りにした盾は、その場で立ち枯れたように動かなくなった。
……わかっていただけたか。
ムネチカが、わずかに震える声で嘆息する。その表情は幼い妹を慮おもんばかる姉のような、心配そうな色を宿していた。
誰かを盾にし、ただ放埒ほうらつに振る舞えば、いずれ己がその咎とがを償うことになるのです。
そう言って俯うつむくムネチカに、アンジュが申し訳なさそうに目を伏せる。
ムネチカ……その、余が悪かった。
その言葉、ぜひオシュトル殿にも。
オシュトル、すまぬ。余が聞き分け無かった。
では、部屋にお戻りいただけますか？
うむ。
ムネチカのその言葉に、背に隠れていたアンジュが頷き返す。
それを見て、ムネチカはすっと肩の力を抜いた。そして、アンジュへと手を差し出す。
……仕方ありませぬな。では、戻りましょう。
アンジュもその手をしっかり握り返した。
オシュトル殿、まことに忝かたじけなかった。
オシュトル、その……余とムネチカは先に戻っておるからな。
ムネチカに手を引かれ、ゆっくりと歩き出すアンジュ。
のう、ムネチカ。その、どのくらい余を探したのじゃ？
城中隈無く。流石に、こちらにお出でとは予想できませんでしたが。
……もう、このようなことはせぬ。
そうじゃ！詫びに余が茶でも煎れてやろうかの。
さすれば小生が……
よいよい、余がそうしたいのじゃ。折角じゃから、ルルティエも呼んで茶会でも開くかの！
では、戻り次第、準備をせねばなりませぬな。
二人はそんな他愛の無い会話を交わしながら、城の中に戻っていく。
そうしてアンジュとムネチカが去っていった後……一陣の風が吹き、一つの人影が小枝のようにパタリと倒れた。
ん～ッ、今日はまたいい天気だ……外に出てきて正解だったな。
晴れた空に向かって背伸びをし、ゆっくり歩を進める。机仕事で凝り固まった躰に、日差しの暖かさが心地いい。
ただでさえ忙しいんだ。休める時に休まないと参ってしまうな。
さて、少し散歩したらお茶でも……ん？
視線の先に見知った二つの影を見止め、立ち止まる。
厩うまやにいるのはルルティエと……ココポか。
もう、ココポったら。お願いだから、大人しく座ってて。櫛くしが届かないの。
羽毛がボサボサのココポ相手に、ルルティエがてこずっている。
水浴びの後は、しっかり梳とかさないと……もう、ダメったら。
ホロロロ♪
スリスリ……
大櫛おおぐしを通そうとするルルティエを、じゃれ付いてきていると勘違いしてか、ココポが頭を擦り付けて妨害している。
なかなか大変そうだな。少し手伝ってやるか。
こら、邪魔しちゃダメ。いつまでたってもボサボサのままなのに。
ホロホロロ！
大変そうだな、何か手伝えることはあるか？
あっ……オシュトルさま。
ホロッ！ホロホロホロッ！
こちらの姿を認めた途端、ココポが嬉しそうな声を挙げる。
お前は、いつも元気だな。だが、ちゃんとルルティエの言うことを聞かないとな。
ホロッ！
手を伸ばして頭を撫でようとすると、ココポがのしかかるように躰を摺り寄せてきた。
ホロ、ホロロロロロ……
スリ……スリスリスリ…………
そんなにくっついたら、くすぐったいだろう。
もう、ココポったら……ごめんなさい。あっ、オシュトル様のお召し物が濡れて……
いや、問題ないさ。好きにさせたらいい。
ごめんなさい。ココポったら、オシュトルさまに急に懐なついちゃったみたいで……
そうなのか？
以前はここまで甘えたりはしなかったと思うのですが……
前と同じ様な絡からまれ方だったから気が付かなかったな。確かに、傍はたからならそう見えてもおかしくないか。
……いったい何が切っ掛けだったのでしょうか？
小首を傾げたルルティエの視線が、ココポと自分を交互に見入る。
あ～、この前、美味そうな果物の実をあげたのだ。それで気に入られたのだろう。
そうなんですか。良かったね、ココポ。
……ホロ？
また手に入ったら持ってこよう。楽しみにしているのだぞ。
……ホロ└┐
ココポが不思議そうに首をひねっている。
それにしても、相変わらずココポの世話は大変そうだな。
いいえ、そんなことないです。こうやって触れ合っているだけで楽しいですから。
でも、今日は何だかいつもよりご機嫌みたいで……なかなか大人しくしてくれなくて。
甘えるココポを撫でてやりながら、少しだけ困ったふうに微笑んでいる。
先程も言ったが、何か手伝えることはあるか？
い、いえそんな……オシュトルさまのお手をわずらわせるなんて……
気にすることはない。日頃からルルティエには世話になっているし、ココポもいつも頑張ってくれているからな。
……ありがとうございます。では、お願いしてもいいですか？
ああ、任せてもらいたい。それで、何をすればいい？
では、ココポに櫛くしを通して頂けますか？その間にわたしは、ご飯をあげてしまいますので……
うむ。さてココポ、暴れてくれるなよ……
さっそくルルティエから大櫛おおぐしを受け取り、まだボサボサになっている部分を梳すいていく。
はい、ココポ。いっぱい食べてね。
せっつくココポの鼻面はなづらに、ルルティエが餌を載せた掌てのひらを差し出す。
ホロ！ホロロロ！
慌てないで。たくさんあるから、ゆっくりね？
ホロロロ。
さすがはご主人様といったところか。慣れたものだ。自分がやったりしたら、腕ごと食べられてしまいそうだが……
優しくココポの首筋を摩さすりながら餌をやる姿に、しばし眼を奪われる。
……おっと、呆けている場合じゃない。やることをやらないと。
えっと、力加減は……このくらいか？
撫でるように、手にした櫛くしでココポの羽毛を綺麗に均ならす。
ホロロ└┐
気持ち良さそうだな。ちょうどいい加減だったみたいだな。
ホロホロ。
ツンツン……
ん？どうした、まだ食べている途中だろうに。
餌そっちのけで遊びたいのか、軽くこちらを突いてくる。
ホロっ！
ぬぉЧ
不意に放たれた、強烈な嘴くちばしでの一撃をしっかりと受け止める。
お、オシュトルさまЧ大丈夫ですか？
平気だ。このくらい、受け止めるのは造作も無い。
危なかった。伊達に何度も食らっているわけではないからな。
よかった……もう、ココポったら、いきなりそんなことしちゃダメでしょ。
いや、元気が有り余っているのはいいことだ。だが今日は特に元気だな。
でも、ちょっと前までは……エンナカムイに着いた頃は元気がなかったんです。ほんの少しですけど。
そうだったのか。とてもそうは見えないが。
本当にほんの少しだけ……でも、オシュトルさまが元気になってクオンさまが戻ってきて。
それからです、いつもの元気を取り戻してきたのは。
元気が有り余り過ぎていると思うがな。言うことを聞いてくれないのも困りものであろう？
大丈夫です、慣れてますから。
ホロ、ホロロッ！
ん？どうした……おっと、水がもうないのか。
水桶を覗き込んでみると、すっかり空になってしまっていた。
よし、ちょっと井戸まで行って汲んでこよう。待っていてくれ。
あっ……それならわたしが行ってきます。オシュトルさまはここで……
いや、某それがしが行こう。ルルティエはそのままココポの世話を続けてくれ。力仕事は任せてもらおう。
そんな……ありがとうございます。
ホロロ。
ぐぃぃ……
……っとと、どうした？引っ張られると水を汲くみに行けないんだが。
…………
ぐいぐい。
遊びたいのなら水を汲くんできた後にでもしてくれないか？その後ならいくらでも……
ほら、こう言っていただいてるから。ね、待ってよう？
ホロ……
ちょっと不満そうに一声鳴くと、そろりと服の袖が嘴くちばしから離される。
よし、それでは手早く行ってくるか。
桶を持って、厩うまやから井戸へと向かって歩き出す。
さ、それじゃあココポ。その間に綺麗にしておこうね？
……ココポ？
ホロ！
きゃっЧ
不意に、ココポが走り出す。その行先には━━
ドドドドドドド！
オシュトルさま、危ない！
う、うぉЧ
ドシ┻┳┻┳ンЦ
ぐ、ぐぁぁぁぁぁ……お、重い。
ホロホロ└┐
機嫌良さそうに喉を鳴らし、甘えるように体重を預けられてしまった。
ぐ、ぐぐぐ、やっぱりこうなるのか……でも待てよ、この体勢なら。
ホロホロ♪
こ、ココポっ！ほら、退かないとオシュトルさまが……あの、すぐに退かせますから。
いや、このままで良い。ルルティエはそのまま櫛くしで梳すいてやってくれ。
いまなら、ココポも屈んでいるし、手が届くだろう。
でも……オシュトルさまがお辛いのではないですか？
平気だ。しばらくは保つだろう。
……なら、早めに終わらせますから。ココポ、ジッとしててね？
そういって自分の上にのしかかるココポを梳すいていく。
さて、暴れないでくれよ……
こちらに体重をかけてくるココポの頬の辺りを軽く撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らして大人しくなる。
ホロロロ……
こうしてココポの世話をするのは、オシュトルになってからは初めてか。
……この懐なつき様、動物にはやっぱり誰だかわかるのか。
感慨深げにしている間も、ルルティエの仕事は進んでいく。やがて━━
これでよし……終わりました、もう動いても大丈夫です。
そうか、よしココポ。そろそろ退いてくれないか？
……ホロロ！
スリ、スリスリスリ……
……なんだ、離れてくれないな。まだ遊び足りぬのか？
もう、ココポったら……よほどオシュトルさまに甘えたいみたい。
そうらしいな。まったくどうしたんだ。
ホロホロホロ└┐
スリスリスリスリ……
本当にオシュトルさまがお気に入りなのね。ふふ……
なんだかまるで遊んでいるみたい、ハクさまと…………あっ。
唐突に、ルルティエが止まってしまう。躰ごと固まっているように見える。
どうかしたか？
ホロロ……
ココポも心配そうに、ルルティエの顔色を窺うかがうように覗き込んでいる。
ちょっとだけ、思い出してしまっただけですから……もう大丈夫です。
思い出す……？
……いえ、何でもありません。それよりも、水汲くみがまだでしたよね。
ああ、そうだった。しかしこれでは……
いまだ自分の体の上には、困ったことにココポの胴体がのしかかったままだ。
ふふ、では皆みんなで行きませんか？それならココポも寂しくないし……ね？
ホロホロ！
同意するように、ココポが一際大きな鳴き声が上がる。
確かに、また体当たりされてはたまらぬからな。
ホロッ、ホロッ！
ぐ、わかった……いま行くから突っつくんじゃない。
興奮気味にバサバサと羽をばたつかせ、せっついてくるココポをなだめて歩き出す。
ふふ……それではいつもみたいに三人で行きましょう。
ん？いつも……？
…………あっ。
そんな……どうして私……
オシュトルさまに、ハクさまを重ねてしまうなんて……
どうした、やはり何かあったのか？浮かない顔だが……
い、いえ、ごめんなさい。ちょっと勘違いしてしまって……
なんともありませんから。なんとも……
一瞬、ルルティエが俯うつむいて止まるも、直後に何事も無かったように笑顔を上げて先に歩き出す。
さ、行きましょう……置いて行っちゃいますよ？
あ、ああ……
いいお天気で良かった……早く行きましょう、ココポ……オシュトル様も。
そう言って先を歩くルルティエの笑顔が、いつもよりも少しだけ寂しそうに見えた。
ݘ
ライコウ殿、参上つかまつったでおじゃる。
うむ。楽にしろ。
鷹揚おうように言い、マロロを椅子に座らせる。
少しは具合も良くなったようだな。
おかげさまで……これもライコウ殿のおかげでおじゃる。
礼など要らぬ。そう言ったであろう？
とんでもないでおじゃる。戦場いくさばを彷徨さまよっていたマロを拾ってもらったばかりか、こうして気にかけてもらって……
このマロロ、まことに感謝の言葉もないでおじゃる。
貴様が生気を取り戻すことがなによりの礼だ。
真剣な声音で言うと、マロロの傍かたわらに歩み寄る。
今日は例の件、返答をもらおうと思ってな。
『例の件』と聞いて、マロロの肩がぴくりと動いた。
貴様の咎とがでは無いとはいえ、大敗を喫した上に親友をも失ったと聞く。落胆もしよう。だが……
采配師としての貴様の才覚、いつまでも腐らせておくには惜しい。
その事なのでおじゃるが……
マロは……采配師はもう仕舞いにするでおじゃる。
ほう……
敵としてオシュトル殿に対峙した時、マロは何もできなかったでおじゃる。ヒトはああも非情になれるものでおじゃろうか……
ハク殿が死んだと伝えられても、マロは信じられなかった、信じたくなかったでおじゃる。
だから、オシュトル殿にあんな事を言って……
『友が死んだというのに……オシュトル殿は……まだ戦をするのでおじゃるか。』
『オシュトル殿にとって……
オシュトル殿にとって……』
それは全て、マロの弱さのせいでおじゃる。判っているのに……
マロはどうしても、あれがオシュトル殿とは認めたくないのでおじゃる。
マロの知っていたオシュトル殿は、もっと、ハク殿を……
何事かを伝えようとするが、それ以上の言葉は出て来ない。
戦は人を変え、人を奪う。
それを受け入れられぬのが貴様生来の気質であり、采配師としての弱さでもあろうな。
まことにその通り、言葉もないでおじゃる。
だが……
オシュトルが変わったのなら、貴様も変われば良い。
マロも変わる……でおじゃるか？
貴様は主に恵まれず、その才を存分に発揮する場も与えられなかった。だが、これからは違う。
俺なら貴様を変えてやることができる。末代までも語り継がれる天下無比の采配師にな。
天下無比の采配師……
……もしマロがそうなったら、きっと皆が幸せになれるでおじゃろうなあ。
決して手の届かぬ夢を語るかのように、マロロは天井を仰ぎ、ほっと息を吐いた。
いずれにせよ、マロは悟ったでおじゃる。
敵将に惑わされるようでは、采配師は務まらぬでおじゃるよ。
…………
ライコウ殿に目をかけて頂いたのは僥倖ぎょうこうの極みなれど、ここはどうか、マロの我が儘を聞き入れて欲しいでおじゃる。
卓に額を擦りつけんばかりに、深々と頭を下げる。
ライコウは目を閉じ、静かに何事かを黙考していた。
そして、ゆっくりと言った。
それが貴様の決めた道なら、敢えて止めまい。
判ってもらえたでおじゃるか。
もう一度、深々と頭を下げる。その姿からは、真摯な感謝と申し訳なさが伝わってきた。
だが、歩む道は違えども志は同じ。ヤマトの平和と安寧のため、これからも頼むぞ。
ライコウ殿っ……
不肖マロロ、心得たでおじゃる！
それでは、そろそろお暇いとまするでおじゃる……
いや、もう少しゆっくりしてゆけ。
視線で合図を送ると、豪奢な茶器を乗せた盆を捧げ持ち、配下の者が現れた。
良い茶がある。貴様のために特別に取り寄せた物だ。癖のある味だが滋養に良いと聞く。
マロのためにそんなことまで……
最後に味わっていくがよい。
有り難くいただくでおじゃるよ。
ズズズ……
これは……随分と風変わりな味でおじゃるな。
ねっとりと強い甘みの奧に、ほんのりとした薬臭さが……
………
冠童リヴェルニ
あの……ライコウ様、参上しました。
素直に言うことを聞いておればよいものを……
ですが……本当によろしいんですか？
元よりそのために、ウォシスの元から出張ったのだろう？
始めよ。
天下無比の夢、この俺が見させてやる……
ʐ
ルモイの関の勝利から数日……
新たに上がってきた報告や他國からの書簡に目を通していく。
書簡は全て、近隣諸國の情勢を知らせるものだった。
こちらから持ちかけた同盟の要請に対して、ある國は返答を渋り、またある國は沈黙を保ったまま。
やはり、どの國も『エンナカムイの惨劇』以降、完全に様子見を決め込んでいる……
それにトゥスクルも、その後具体的な動きはない。
どういうわけか、遠く離れたナコクだけはいち早くエンナカムイ支持を掲げてはいるが、今の所連絡が取れない。
なにより、地理的に考えても共闘するには難しい。
目の前に広げられた地図に目を落とす。
ルモイを出発点とした街道の先には帝都が大きく記されていた。
ルモイの関を奪還したことで交易路は確保したものの……
秘かに貿易を持ちかけていたある國では、間に入っていた商人が朝廷側に拘束され、投獄されたという。
孤立無援のまま経済封鎖が長引けば、取り返しがつかなくなる。
やはりこちらから動かねば、状況は変えられないか。
大軍を率いての遠征はもう不可能だが、それでもこのままと言う訳には……
やはり、前に進む以外に残された道はないか。
では、兄あにさま。
皆みなを集めてくれ。かねてからの策を、協議せねばならぬ。
皆みなが集まったところで、早急に打開しなければならない状況を示す。
さて、聖上が布告を出されてから随分と経つが、近隣諸國の反応が芳しくないのは皆も判っていると思う。
恐らくは『エンナカムイの惨劇』と呼ばれる無責任な噂によって、各國は我等と朝廷を天秤にかけている。
それは当然かも。確実に勝つ方につきたい、というのが本音かな。
むぅ、義を持って戦わぬなどいい加減な連中だな！
気持ちは判るがな。
だからといって、いつまでも日和見を決め込まれては困る。このままでは、遠からずこちらが干上がってしまうだろう。
今はトゥスクルからの支援物資で何とか凌いでいる様なもの。それもどこまで続くか。
この先、我等が大きく動く為には、急ぎ白黒をつける必要がある。
いざ帝都へ攻め入った時、これ幸いとばかりに後ろから討たれてはかなわぬしな。
ならば各國に対して強硬に迫りますか。期限を定めて、回答がなければ敵と見なす、と。
で、敵になった奴等から叩くってことか？
恫喝も考えないではないが……
オウギやノスリの意見を聞いた上で、自分の考えを打ち明けることにする。
エンナカムイは、デコポンポの使節団をだまし討ちにした……などと、あらぬ噂を立てられたが……
ルモイの関を奪還し、朝廷を撤退させた事で、我等の力は諸國の知るところとなった。
悪評こそあれ、その実力をもはや看過することはできぬ。
なるほど。少なくとも武勇に関する限り、エンナカムイは名誉を回復した……というわけですか。
そうだ。周辺諸國もあえて接触しようとは思わぬだろうが、興味は持った筈。
聖上の威光に頼らずとも、このオシュトルが訪ねてゆけば無下にはすまい。
故に、今こそ諸侯しょこうを切り崩す好機と某それがしは見る。
オシュトルが訪ねて切り崩すだと？だが、大規模な遠征は当分無理だと聞いていたが……
確かに、エンナカムイとルモイの関防衛のため、兵は割けぬ。
当初の策の様に、聖上を戴いた我らが諸國を回るのは難しいであろう。
派手に動けば、朝廷は大軍をもって侵攻し、エンナカムイはすぐに陥とされよう。
よって人数を絞り、秘かに動くことになる。
人数が少ないと、かなり危険な旅になるかな。
危険はもとより承知の上。
まずは最初の一國を定めて直に訪れ、強く同盟を働きかけようと思う。敵対する前に、まずは対話を尽くすのだ。
一國、確実に切り崩せば、諸侯しょこうの動揺はさらに広まり、いずれ雪崩を打ってエンナカムイへと同盟の使者が駆け込むはずだ。
それやったら、ウチのとと様はどうぇ？
そうだな……ヤマトの海運を取り仕切るシャッホロが味方に付くのは確かに心強い。
だが、いち早く中立を宣言してしまったソヤンケクル殿に、翻意ほんいを促うながすのは少々骨が折れるだろう……
なにより、ヤマトの海運を取り仕切るシャッホロがこちらにつくのは、朝廷を刺激しすぎる。それに彼かの國は遠隔地でもある。
あやや、そうなのけ。いい考えやと思ったんやけどなぁ。
出来ればもう少し、後にしたいところだ。
ここは以前からの計画通り……
すぐそばで、静かに話を聞いていたルルティエに、視線を向けた。
ルルティエ、久し振りに里帰りしてみぬか。
え、クジュウリに……ですか？
ああ。オーゼン殿も心配しておられるだろう。
真意を測りかねたのか、ルルティエがこちらの顔色を窺うかがうように不安げな表情を浮かべる。
それはあの……まさか、わたしに暇いとまを出されるという意味でしょうか？
そうではない。
彼女を安心させる為、ゆっくりと横に首を振ってから、腹を括くくって考えを口にする。
正直に言おう。ルルティエにはクジュウリと誼よしみを通ずる為の使者として立って欲しい。
……えЧ
我等がクジュウリと結ぶための助けとなって欲しいのだ。
クジュウリは八柱将を皇オゥルォに戴いた、周辺一の大國。味方に出来ればまさに磐石ばんじゃく、捲土重来けんどちょうらいは目前となる。
なにより、他の諸侯しょこうとの交渉もたやすくなるであろう。
………
まだどう受け止めていいのか判らない様子のルルティエと違い、キウルなどは納得したように頷く。
確かに。クジュウリがつくのであれば、我々も……ということですね。
キウルの言葉に頷き返してから、改めてルルティエを真っ直ぐに見る。
だがなにより、ルルティエはオーゼン殿からお預かりしている身。元気な姿をお見せするのが筋であろう。
だからわたしに……一度里に帰れ、と。
ああ。
その後は……あの、戻ってきても、よろしいのでしょうか？
体良く追い払われるとでもまだ思っているのか……ああいや、オーゼン殿に引き留められる可能性もあるのか。
単に家族を会わせてやりたいのと、彼女を人質に同盟を迫るようなつもりは無いことを示したいだけなんだが……
誠意を示す意味もあって、ルルティエの今後については立ち入ったことを告げたくはなかった。
それはルルティエが自分で決めれば良い。御家族とよく話し合ってな。
ホント、女性の扱いが下手なんだから。
何か言ったか、クオン。
ううん、何も。
しれっと余所を向くクオンはさておき、改めてルルティエに目を向ける。
某それがしも、オーゼン殿に直々の拝謁はいえつを戴き、改めて御礼を申し上げたい。クジュウリまで共に参ろう。
ルルティエはなお、迷う素振りを見せていたが……やがて決意した顔で頷いた。
判りました……クジュウリとの橋渡しを担うお役目と思って、わたし、頑張ります。
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同盟を結ぶ為、急ぎ使節団を仕立て、クジュウリへと出発した。
クジュウリとの同盟は今後の趨勢すうせいに関わる。
余計な横槍が入る前に、可能な限り素早く、かつ秘密裏に事を進めないといけない。
そのはずなのだが……
困り顔で背後を見やった。
すぐ後ろにはかなり緊張した面持ちでココポの背で揺れるルルティエの姿。これは当然の事だ。
隣にはウルゥルとサラァナ、これもやむを得まい。問題は……
ふふふ。
えへへ。
うひひ。
………
大きな溜息をついた。さらにクオンやノスリやアトゥイ以外の『知った顔』もある。
まったく、遊びに行くわけではないのだぞ？どうして、こうもゾロゾロと付いてきたのだ？
すると、クオンはニコリと微笑んで返した。
それは心配だから、かな？何処で何が起こるか、わからないもの。
心配……か。
未だ混乱が続いている最中だ。朝廷軍と出くわすことは勿論だが、日々治安が悪化する道中で野盗などに襲われても不思議ではない。
同行する人数が増えれば安全にはなるだろうが、目立ちすぎれば元も子もないわけで……
兄上。
ん？
キウルの呼び掛けに顔を上げる。すると道の先から先行していたキウルが駆け戻ってくるのが見えた。
偵察ご苦労、して状況は？
この坂の先に集落が見えます。先方から指定された村だと思われますが、出迎えの者はまだ到着していないようです。
よし。
すでにクジュウリには先触れの使者を出しており、特使が向かっている事は伝えていた。
その返答でクジュウリは事前会合の場として、國境くにざかいに近いこの村を指定してきたのだ。
キウルとクオンを伴い、ウマウォプタルで坂を駆け上がる。坂を登り切り、眼前に姿を現したのは……
あれは……
あの集落……か。
あれから随分と時が経ったが、忘れるはずもない。
自分が目覚めてクオンと初めて訪れた村……そして、オシュトル━━いや、ウコンと出会った村……
兄上……？
キウルに声を掛けられ、我に返った。キウルはこちらの様子に不審げな表情を浮かべていた。
あ、ああ……そうだな、村の外で一旦、待機しよう。クジュウリの出方を窺うかがう。キウルは……
判っております。長オサの所には私が。
頼んだぞ。
敵か味方かハッキリしない余所者よそものが堂々と村に入っては、村人の不安を煽る。
それにクオンが危惧するように、何処で何が起こってもおかしくはない。これが罠だとしたら、村に入れば袋の鼠だ。
じゃあ、私わたくしは皆を連れてくるから。
クオンはそう言って、坂を下っていく。
しかし、クオンの後ろ姿をじっと見送っていたその時だった。
アンちゃん……
呼ばれたような気がして振り返る。
Ц
どうした、アンちゃん。
ウ、ウコン……
思わず身を乗り出し手を伸ばす。
オシュトルЦ
あ、危なかった……
いつの間に戻ったのか、ウマウォプタルより転げ落ちそうだった自分をクオンが腕を掴んで引き留めていたようだ。
す、すまん……ぼうっとしていた。
どうしたの？
いや……何でもない。どうやら長くウマに揺られ過ぎたようだ。
後でお薬飲んだ方がいいかな。
ああ……済まない。
クオンの言葉を半ば聞き流しつつ、こめかみをそっと押さえた。
己の弱さが招いた幻覚か、それとも……
いや、何にせよ未練だな。
兄上ーっЦ
今度は村の方からキウルの声が響く。
村の長オサの元へ遣いにやったキウルが帰って来るには随分と早い。
見ると、キウルのさらに後ろから兵の一団がこちらへ駆けてくるのが見えた。
しかし、キウルが兵に追われているという訳ではなさそうだ。
こちらまでやって来ていたルルティエがその一団を見て顔を綻ばせる。そして、いつになく大きな声を上げた。
お兄さまっЦ
ルルティエの呼び声に気づいたのか、一団の先頭にいた青年がキウルを追い抜き、目の前で急停止する。
そして青年はウマウォプタルより飛び降り、ルルティエを見つめてニカリと笑った。
息災だったか、ルルティエ！
お兄さまっ。
ルルティエは飛び出すと、兄と呼んだ青年に抱きついた。
お兄さまこそ、お元気でしたか？
ふふ、俺がそんな柔な男と思っていたか？俺はガウンジが踏んでも死なんわ。
お兄さまったら……
ルルティエがギュッと兄の胸に顔を押しつけた。
こらこら、妹よ。皆が困ってるではないか。
あ……
ルルティエは兄の言葉にようやく、衆目を集めている事に気付き、兄から離れる。
あ、あの……わたしのお兄さまで、その、ええと……
少し恥ずかしい所を見られたからか、ルルティエが何やらもごもご言っている。
すると、兄と呼ばれる青年が自ら前へ進み出━━
貴殿が噂に名高きエンナカムイのオシュトル殿か？
その噂が如何いかなる物か知らぬが、エンナカムイのオシュトルとは某それがし以外にはおりませぬ。
そういえば悪しき噂を聞いた気もするが、もとより信じておらぬ。
わずかな手勢で、よくぞこのような地まで来られた、オシュトル殿。
道中、朝廷に見つかれば命は無いというのに……なんと豪胆な！
そう言って彼は不敵に笑い、手を差し伸べた。
一度貴殿とは手合わせをしたいと思っていた。
クジュウリのヤシュマだ。我が妹、ルルティエが世話になった。感謝の言葉もない。
いや、礼を言うは某それがしの方、彼女には幾度となく助けられた。貴殿は良き妹君をお持ちだ。
自分の言葉にルルティエはほんのり頬を赤く染め俯うつむいた。
はっはっ、オシュトル殿のその言葉は何よりの土産だ。
さて、こんな所で立ち話もなんだ、すでに村の旅籠屋はたごやを押さえてある。そこで話をしよう。
まさか、ここにまた足を踏み入れる事になるとはな。
御免。
はいはいっ、少々お待ちを……
ヤシュマが玄関先に立ち、奥へと呼び掛ける。すると、奥から慌ただしく一人の女性がやって来た。
あらまあ……
出迎えた女将は客の中に見知った顔があるのに気付き、素っ頓狂な声を上げた。
ご無沙汰してます。
クオンは小さく一礼すると、女将は懐かしそうに顔をほころばせる。
随分と久し振りだねえ、都は大変なことになっているって聞いてるけど、元気だったかい？
ええ、一応そう……なのかな？
そりゃあ良かった。
そう言って、女将は一団の中をグルリと見渡した。
そこのお嬢様もあの時、お見かけしたと思うけど、そういやあの時のヒョロっとした男は……
女将の何の気ナシの言葉に、クオンの肩が震えた気がした。
うん……ちょっと。
……そうかい。
女将は全てを悟っているかのように、小さく返事をした。
そんな二人の間に、ヤシュマが割って入る。
女将、済まない。
これは先ほどの……
どうやら自分達の身分を女将には伝えていないようだな……
女将は前に進み出たヤシュマを見て、少し戸惑った様子を見せた。
言われた通り人払いはしておきましたが、これは一体……
いや、急な事で詳しい事情を話せず申し訳なかったな。
はあ。
このヤシュマに免じて、どうか許されよ。
その名を聞いて女将の躰は跳ね上がり、慌てて床に頭をこすりつけるように平伏した。
ヤ、ヤシュマ様っЧこ、これはとんだご無礼をЦ
しかし、ヤシュマは手を小さく差し出し、それを押しとどめた。
構わぬ、今は忍びの身……ただ、我らは少々込み入った話をする事になる。故に……
は、はい、その辺りは心得ております。
女将はそう言って立ち上がった。
一番奥の部屋を準備しておきました。ご案内致します。
恩に着る。
女将の案内で奥の間へと通された。
もし、何か入り用になりましたら、なんなりとお申し付け下さいまし。
女将はそう言って礼をすると部屋を後にする。
ヤシュマは耳を澄ませ、女将が完全に立ち去るのを確認すると、ようやく口を開いた。
このような場所で申し訳ない……
ヤシュマはそう言って、自分の向かいを勧める。
本来ならば、このまま城へ案内すべきだが、こちらにも少々事情があってな。
いや、これは当然の事。気になさるな。
自分は勧められるがままに、そこへ腰を下ろした。
自分が座るのを見届けると、ルルティエやクオンたちもその後ろへと腰を落とす。
すると、ヤシュマはルルティエを、何か意外そうに見つめていた。
ヤシュマ殿？
済まない。ルルティエがそちらに……いや、それも当然か。
ヤシュマはそう独りつぶやくと、腰を下ろした。
さて。
ヤシュマは雰囲気を正すようにパンと軽く膝を叩く。
事情はルルティエからの文で大凡理解している。余計な腹芸は止めて、率直に言おう。俺もまどろっこしいのは苦手だ。
ヤシュマは頭を掻きながら言った。
俺個人の意見は単純だ。ヤマトの一大事となれば、我が剣を振るうのに何の躊躇ためらいもない。
まして、妹が聖上のお側付きだと言うではないか。我が妹の忠義、実に誇らしい。俺もそれに報いたい。
では、お兄さまっ。
だがしかし……
ヤシュマはこちらをじっと見据え、小さく息を吐くと鋭く告げた。
貴殿の掲げる御旗が真の物成れば、だが。
ヤシュマの言葉にその場が凍る。
なるほど……ヤシュマ殿はこう申されたいわけか。
我等が聖上が、偽者である……と。
こちらの言葉にルルティエは真っ青になり、思わず立ち上がった。
それはどういうおつもりでおっしゃっているんですか？まさか、向こう側に……
ル、ルルティエ？
ルルティエの予想外の剣幕にヤシュマは明らかに動揺する。
そ、そうは言っておらん。だが……
ヤシュマは言い淀むが、ルルティエの非難がましい視線に耐えられなかったのだろう。
大きな溜息をつくと、静かに切り出した。
我が妹が聖上のお側付きをしているのだ。妹が仕える聖上を疑うということは、妹を疑うも同じ。
我が妹を信じればこそ、俺は貴殿の掲げる御旗は真の物であると信じている……
では……
だが、皆みながそうとはいかぬ。
俺はルルティエを信じる。故に妹が信じるオシュトル殿と聖上を信じる。
しかし、他の者達にそれを求める事は出来ぬ。これは俺とおまえとの絆があればこそだからな。
誰も彼もがオシュトル殿を信じるというわけにはいかぬ。事が事だけに慎重にならざるをえん。
皆みんなも、ルルやんなら判ってくれるぇ。
い、いや、そう簡単にはいかぬ。それに……
それに？
いや、これはここでは関係ない事だ。
？
何かを口にしかけたヤシュマだったが、すぐに言葉を濁し、仕切り直すように咳払いをした。
ともかく、皆が迷っている。
事は一大事。迂闊うかつに動いて、逆に忠義に反する事になっては元も子もない。
だが、迷っているという事は、貴殿らを信じても良いという気持ちもあるという事。
心の内では、このままでは許されぬと、皆が思っている。
信じるに価する何かがあれば、恐らくは……
つまり、それがあれば、皆を説得する事は十分可能だと、ヤシュマ殿は申されるわけか？
む……それは……そうなるが。
となればやはり……できればこの切り札は使いたくなかったんだが……
戯たわけた話よ。
その凛と響いた言葉に自分とムネチカは小さく頷き合い、左右へ割れて跪ひざまずく。
ん？何だお前は……
そして、その声はなおも響いた。
ようもそんな事が言えたのう、ヤシュマ。
そこにいたのは、このような場にはそぐわない、ただの小柄な娘だった。
ヤシュマはいぶかしげに娘を見たが……すぐにその目が驚愕で見開かれる。
あ、あなた様はっЦ
娘は不敵な笑みを浮かべて、前に進み出た。
せ、聖上っЧ
ヤシュマは反射的に跪ひざまずき、深く頭を垂れる。
さて、ヤシュマ。余が偽者かどうか、その寝ぼけた眼まなこをしっかと見開いてよう見い。
い、いえっ、俺、いや、私如きには勿体なきお姿……
その声、その姿、いと高き血を引くお方に間違い御座いませんっЦ
聖上への数々のご無礼、なにとぞなにとぞご容赦をっЦ
すっかり萎縮し平伏するヤシュマの姿にアンジュは鷹揚おうように頷いた。
許す。余は些末な事に煩わずらわされる暇などないのじゃ。
は、はっはぁーっ！有り難きお言葉っЦ
さて、ヤシュマ。
は、はい。
おぬしは証拠とやらが欲しいそうじゃな。
そ、それは私の浅慮せんりょな考えでした。聖上のお手を煩わせずとも、この私が身命を賭して……
いや、お主がいちいちどうこうするのを待っているのも面倒じゃ。
余が城へ赴おもむこうぞ。そしてオーゼンに会って話をするのじゃ。
オーゼンの腹が決まれば、異を唱える者もおらんようになるじゃろう。
そ、それは……確かにそうで御座いますが……し、しかし。
ヤシュマの様子がおかしい。さっきも言葉を濁していたし……一体、何を焦っている？
皇女さんを目の前にして動揺しているだけではない？
ヤシュマは自ら言ったように、謀略など得意には見えない。これには別の理由があると見るべきだろう。
アンジュはそんなヤシュマの様子を大して気にした様子もなく、急かし始める。
どうした？余の気が変わらんうちにさっさと城まで案内せんか。
は、はぁー……
どこか空気が漏れるような返事を返しつつ、ヤシュマが再び頭を垂れた。
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少しばかりの休憩の後、ヤシュマに導かれ城へと向かっていた。
はぁ……
村を出発してからすでに十数度目か、馬車を先導しているヤシュマの溜息が聞こえてくる。
さすがの回数の多さに、アンジュも首を傾げた。
オシュトル、ヤシュマはどうしたのじゃ？いきなり腑抜けてしもうたぞ？余の側にいて萎縮したわけでもあるまい。
それは某それがしにも計りかねまする。しかし……
そこで言葉を切って、アンジュをじっと見た。
やはり言っておかねばならぬか……
聖上。
？
お覚悟が必要になるやも知れませぬ。
それは……
聖上の御身おんみをもってしても、そう簡単には事が運ばぬやもしれず……そういう事で御座います。
すると、アンジュは少し語気を強めてハッキリと言い切った。
それも覚悟の上じゃ。
聖上……
オシュトルが切り開いた道を歩くだけでは、ただのボンクラのお飾りじゃ。
余は余の力の及ぶ限り、己で道を切り開きたいのじゃ。
少し緊張した、しかし確かな言葉だ。
その言葉に、おのずと身が引き締まる。
そこまでの御覚悟とは……
ならば、某それがしは聖上の道を荒らす者を、討ち果たすまで。
うむ、任せる……
勿論、そうならぬ事を願いたいが……
そんな思考を遮さえぎるように、ルルティエの声が響いた。
見えました。あれがクジュウリの城です。
ルルティエの視線の先を皆が見つめた。
あの形Чやっぱり噂は本当なのかな？
ええ、クジュウリの城は、遺跡を再利用して建てられた城です。
実物を見るのは……初めてなのです。
興味のある連中には、垂涎すいぜんの的だろうな……
しばし、ここで待たれよ。父上を呼んで参る。
そう言ってヤシュマは足早に謁見の間を立ち去った。
さて、謁見の間まではすんなり通されたが……
気配を探るように謁見の間をぐるりと見渡した。
最悪、囲まれるかな？
クオンがこちらの心配を見透かすように言った。
その時は聖上を頼む。某それがしはクジュウリ皇を。
もちろん。
大丈夫やぇ。
元より聖上をお守りするのは小生の役目。
兄上、私はどこまでも兄上と共に。
………
それぞれが己が役目を意識し、覚悟を決める。
しばらくして、奥の方が妙に騒がしくなり始めた。
何事か。
やがて、誰かが足早にこちらに向かっているのが分った。
何が起こっているのか掴めないが、尋常な雰囲気ではない。
アンジュは小さく頷く。
他の者達も、アンジュを守るように囲んだ。
皆が固唾を飲んで扉を見つめる中、扉が乱暴に開け放たれ、一同は反射的に身構えた。
ルルティエぇ～っЦ
お、お父さま……？
お父さま？
ルルティエの父らしき男はどさっと玉座に座ると、パンパンとその膝を打ち鳴らした。
ほれ、ルルティエ、いっつも通り、おとんのお膝に座りんさい。
どしたん？ひょっとして太ったゆぅん？おとんはぽっちゃりしたルルティエも大ぶち好きじゃけぇ。
自分も含め、一同はその舞い上がりすぎた男の姿に目が点になる。
そんな中、ルルティエだけは顔を真っ赤にして蹲うずくまった。
お……お父さまぁ……
げにどしたん？ルルティエ？まさか熱がっЧこりゃぁいけん！薬師をっ、薬師を呼べぇいっЦ
クジュウリ皇オーゼンは慌てて立ち上がり声を上げる。
落ち着いて下さい、父上！
そこへ息を切らしてヤシュマが駆けつけてきた。
ルルティエの帰國を知らせるなり、身支度どころか、供の者さえ付けず走って行くなんて……
おどりゃぁなにそがぁに落ち着いとんじゃぁ！ルルティエが具合悪そうぶちしわげにしとるじゃろぉがっ！
ルルティエの具合が悪くなったのは、父上のそのみっともないはしゃぎようのせいですЦ
な、なんと……？
オーゼンは衝撃を受けたように蹌踉よろめいた。
ルルティエЧおとんが嫌いになったんっЧ
何をどう解釈すれば、そこまで飛躍するんですかぁっЦ
一方、こちらの方は二人のやりとりにまるでついて行けず、唖然としていた。
父上……エンナカムイの皆様がそこにおいでです。
な……なに？
オーゼンはわずかに視線をずらし、ルルティエの後ろにいる我々を見た。
うぉほん！うぉほん！
オーゼンは顔を真っ赤にし、わざとらしく咳払いをすると、慌てて居住まいを正し、こちらへ向き直った。
よう参られた、オシュトル殿……
オーゼンは何事も無かったかのようにそう重々しく語りかけた。
オーゼン殿も息災で何より。
知っていて当然だからな。
そういえば、オシュトルに出会ったのは、丁度ルルティエを預かった時だったんだよな。
ヤシュマは顔を赤くしながら鋭くオーゼンを諭した。
何もかも手遅れです、父上……
ほいじゃが、何事にも形式っちゅうモンが……
父上……
オーゼンはヤシュマの言葉に諦めたように深い溜息をつくと、些いささか憔悴したように話し出した。
いやはや、恥ずかしい所をお見せしてしまいましたな。面目もない……
は、はあ……
ところで、ルルティエは姫殿下のお役に立っておりますかの？
無論です。某それがし達にとって、ルルティエは心の支えと言っても良いでしょう。
それは何より何より。安心しました。
そんな二人のやり取りが恥ずかしかったのか、ルルティエは顔を赤くして俯うつむいた。
暫くの沈黙の後、オーゼンが口を開く。
オシュトル殿、此度の御用向きは文にて伺っております。
後は余に任せるのじゃ。
そう言って、今まで護られるように一団の中央にいたアンジュが前に進み出た。
久しいのぉ、オーゼン。
そのアンジュの姿にオーゼンは大きく目を見開いた。
おお……これはまさか。
どうやら余が偽者だのと、詰まらぬ噂をしている者がいると聞くのじゃが？
どうじゃ？よもやお主まで、余の事を忘れたなどと呆けた事をぬかさんじゃろうな。ボケるにはまだ早いじゃろう。
その眼差し、そのお声……まさしく。
オーゼンは椅子を降り、跪ひざまずき深く頭を垂れた。
その御姿、見間違うなどありえませぬ。あなた様はまさしく姫殿下……いえ。
ヤマトの民が戴くべき唯一無二のお方で御座います……
うむ……
アンジュはオーゼンの言葉に当然のように大きく頷いた。
この瞬間、全てが決着したと言っていいだろう。一同はホッと息を漏らした。
雰囲気が一気に弛緩したのを感じ取り、自分は前に進み出て、ヤシュマとオーゼンに訴えた。
ヤシュマ殿、そしてオーゼン殿……これでご納得頂けたはず。某それがしが掲げる御旗に偽りがないことを。
改めてお願いいたす。クジュウリにも聖上の御旗の下に集って頂きたい。
自信を持って語りかけた言葉。しかし……
そ、それは……
ここに来て、オーゼンは言葉を濁す。見れば、ヤシュマもこちらから視線を反らしていた。
そうした不穏な様子にアンジュも声を上げる。
オーゼン！まさか、余と知ってなお、納得できぬと申すかЦ
すると、オーゼンも反射的に立ち上がり、声を上げた。
ま、まさかっЧ
我らもそのような不埒な真似はしたくはありませぬ。皆、姫殿下の御旗の元に集いとう御座います。
た、ただ……アレが。
アレ？
その言葉に、ヤシュマが真っ青になって、父オーゼンに詰め寄った。
まさか父上、あの事を本気でっ！
仕方しゃぁないじゃろぉ。いなげな事にしちゃぁならん思やぁ、これしか道がないんじゃ。
しかし、それではっЦ
ヤシュマの剣幕を無視して、オーゼンは今一度平伏した。
恥を忍んで、姫殿下にお願い申し上げます……
いかん、いかん！父上、それを言うてはいかん。
しかし、アンジュはヤシュマの訴えを押し止めるように言った。
構わん、言うてみよ。
勿体なきお言葉……じ、実は。
父上ぇ～っЦ
そ、そのつまり……
何でも良いから早う言うのじゃЦ
も、申し訳御座いませぬ～っЦ
二人は一体何を揉めているんだ？
ルルティエの方を窺うかがったが、彼女もまた、二人が何を揉めているのか理解出来ていないようにきょとんとしていた。
すると、先ほど以上に奥の方が騒然とし始めた。
誰かがこちらへと駆けつけているようだった。
何事かと首を傾げるエンナカムイの面々とは対照的に、オーゼンやヤシュマは真っ青を通り越し、顔を真っ白にしていた。
いかん、いかん、いかん！父上！
ほいじゃが、早はよぉせんと、アレが……アレがぁっЦ
アレ……？
アレって。
まさか……
ルルティエには心当たりがあったのか、次第に顔が青ざめていく。
ルルティエ……一体、何が起きようとしているのだ？
あ、あれは多分……もしかしてわたしの……
Ц
きゃああああぁ～っЧ
勢いよく開け放たれた扉から、ルルティエに向かって影が飛び付いた。
ルルティエっЦ
ルルティエ！
一瞬、虚を突かれた面々であったが、すぐさま我に返り、ルルティエの元へ駆けつける。
しかし、影の正体は一人の女性だった。身なりは決して悪くない。姿形もだ。しかも、どこかで見たような……。
全体的な雰囲気や、耳や尻尾の形が……そう、すぐ側のルルティエを思い出させる。
ああん、ルルちゃん、お帰りなさいぃ～。
その女性はルルティエを抱き締め、ひたすら頬ずりしている。
だ、ダメですっ！こんなところで……
彼女はまさか……
こちらの問い掛けに、ヤシュマは苦蟲を噛み潰したような顔で答えた。
左様……このクソ尼、もとい女性は俺の、そして、ルルティエの実姉……
ルルティエの姉、シスで御座います……
むむ、そういうことであったか。
ルルティエのお姉さん……？
やっぱりなぁ、ルルやんとなんとなく似てるぇ。
いや、雰囲気はともかく、性格は似ても似つかぬような……
長く離れた妹との再会とあれば、普段通りにできぬのも当然のこと。
それにしても、あれはやり過ぎなような気が……
気づいているのかいないのか、一同が困惑した表情で見つめる中、シスはあくまでルルティエを放そうとしない。
お……お姉さまぁ……そろそろ。
うふふ～、ルルちゃんってば照れちゃって……
いやぁ……み、みんなが見て……見て……
ん……？ルルティエ……
恍惚の笑顔でルルティエを抱き締めていたシスがピクリと眉を顰しかめた。
はうっ、な、なに……？
ルルティエ、ちゃんとご飯食べてる？
い、一応……
う～ん……なんだか以前よりぷにぷに感が減ってるような。
だ、だから、そんなこと言っちゃ駄目だからぁ……
あ、でも、育つところはちゃんと育ってるか……
……Ч
ああ、お姉ちゃん好みの妹に育ってくれてお姉ちゃん、とっても嬉しいわ。
さすがにこれ以上は色々とまずいと感じたのか、堪らずオーゼンも語気を強めて、シスを諌いさめる。
シス！姫殿下の御前ごぜんでなにしょぉるんЦ
しかし、シスはそのオーゼンをジロリと刺すように睨んで言った。
煩いです、父上……妹との感動の再会を邪魔するようなら、父上でもその頭、くびりますわよ。
脅迫そのものの物言いにさすがのオーゼンも絶句する。
いや誰も彼もが絶句する中、ヤシュマは取り繕うようにこちらに言った。
いやはや、恥かしい限りで……
ヤシュマは滝のように流れる汗を必死に手拭いで拭っていた。
そんなヤシュマの様子にふと思い至る。
まさか、クジュウリとの同盟の障害というのは……
そ、それより、お姉さま。
何？もっとぎゅ～ってしてほしい？
そ、そうじゃなくて……その、お姉さまはお嫁に行ったはずじゃ……
すると、それまで恍惚の表情を浮かべていたシスは瞬時にどす黒い殺気をまとい始めた。
ああ……アレ……
シスは多分に怨念の籠もった声色でケッと舌打ちした。
駄目よ、アレは……絶望的に問題外。
ア、アレって……義兄上あにうえさまの事をそんな風に……
大丈夫、すでに赤の他人だから問題ないわ。
いっそ、ヒトじゃなくて口もきけぬモノにしても良かったけれど、面倒だからやめたわ。
お、お姉さま……？
だって、せっかくチャモックのいちばん美味しい所である生き肝をご馳走して上げようとしたのに、それを見て腰を抜かすんですもの。
かなり頼りないとは思っていましたけど、アレはないわ。
アレならココポと結婚した方がマシ。
ヘラヘラしてたり、男のくせに花を愛でたり、人形を集める趣味は許せても、血の滴る肉を食べることも出来ない男なんて……
シスはようやく疲労困憊ひろうこんぱいなルルティエを解放し立ち上がると、キッと実の父を睨んだ。
父上がどうしてもというから結婚したのに、とんだ時間の無駄でしたわ。
事に至る前に踏み潰して正解でした。
だからぁ……これからはずーっと！お姉ちゃんはルルティエと一緒だからねっЦ
シィー、シィーっЦ
ヤシュマもオーゼンもシスの言葉に慌てたように、口元に人差し指を立てて、シィーっとする。
しかし、シスはそんな二人の様子を怪訝そうな顔で見返すばかりだ。
あ、あの……お姉さま……
なぁ～に？
一緒にって……お姉さまも一緒に来て下さるの？
ルルティエの問い掛けに、シスは即答する。
そんなわけないじゃない。
ルルティエはお姉ちゃんとずーっと、このお城で一緒でしょ？
え……？
ルルティエは姉の思わぬ言葉に動揺し、声を震わせた。
で、でも、わたしはアンジュさまのお側付きとしてずっと……
お側付き？
すると、今度はシスの方が妹の言葉に首を傾げた。
しかし、彼女はすぐにどういう意味か思い至り、ジロリと父と弟を睨んだ。
まさか……まだあの事を言ってなかったのかしら……？
そ、それはその……なんだ。
睨まれたヤシュマは狼狽うろたえ後ずさる。
全く、少しはマシになったかと思えば……
し、しかし、これはこの國の行く末が掛かっているのであって、我等が……
ダマらっしゃいっЦ
シスはそう一喝すると、こちらへと向き直った。
こんな父と弟の言葉を信じた私が愚かでした。良いわ、私から伝えます。
そう言い捨てると、これまでの悪態がたちの悪い冗談だったかのように優雅にアンジュの前に膝まづいた。
姫殿下……此度の同盟締結に際して、一つ願いを聞いては貰えないでしょうか？
願い？
はい……それは我が妹、ルルティエを私の……いえ、我らの元へとお返し頂けないかと。
なんじゃとЧ
ルルティエを……
あ、姉上ぇーっЦ
シスЧなに姫殿下に生意気かばちたれとるЧ
しかし、シスは弟や父の叫びには耳を貸さず、なおも続けた。
もし、我等の忠義を疑い、質が入用だと申されるなら、そこの愚弟を差し出しまする。
おいぃぃっЦ
ああ見えてガウンジが踏んでも壊れない愚鈍……いえ、傑物けつぶつ。案山子の代わりくらいにはなりましょう。
どうか、ルルティエの帰國のお許しをЦ
ん、うむむ……
シスやオーゼンのうろたえ様に自分はようやく合点がいった。
なるほど、こういう事だったか……
ルルティエ可愛さとはいえ彼女の言い様は一歩間違えれば、皇女さんの意向に異を唱えたと受け止められかねない。
今は高々、妹一人の行く末をごねているだけだから笑い話で済むが……
話の転がりようではそれだけで済むとは限らない。
仮に、もしこのまま強引にルルティエを連れ戻したとなれば、皇女さんが許しても必ず遺恨が残る。
そもそもそんな勝手が通るなら、皇女さんの威信にも関わり、結束が緩む事にもなるだろう。
まさか、妹一人の行く末に國の命運が掛かる事になろうとは……
お姉さまЦ
ルルティエの意志とは関係なく話を進める姉に対して、ルルティエは堪らず声を上げた。
しかし、シスの方は全くその意を解した様子がない。
うんうん、判ってる判ってる。ルルティエにはもう恐い思いとかさせないから。
そうではなくて……
姉上、何を血迷った事を！ルルティエは聖上のお側付き、そんな誉れをこのような我儘わがままで━━
じゃあ、貴方はルルティエが過酷な戦いくさに耐えられると思っているの？
そ、それは心根を強く持てば……
よくもまあ、そのような戯れ言を……
しかし、恐れてばかりではいつまで経っても成長せんぞ！
そうやって何でもかんでも精神論で押し切ればいいというものではないわ！ヒトには向き不向きがあるでしょうЦ
し、しかし……
お姉さま！お兄さまЦ
実の姉兄の言い争いに、ルルティエが割って入る。
お、お姉さま、お兄さま……ルルティエはもう、泣いてばかりいた昔のルルティエではありません。
わたしはアンジュさまと……共に行きたいと思います……
ルルティエ……
うむ、よう申した！
ルルティエの必死の言葉にヤシュマは涙腺を緩ませた。
ううっ、ルルティエ……おまえがそんな立派な事を言うようになったとは……
判る、おとんにも判るけぇの……ルルティエ、強ぉなったのぉ。
お父さま……お兄さま……
感動に包まれる父と兄だったが、そんな二人をシスは冷ややかに見つめていた。
そして、ルルティエの方に向き直り、告げる。
ルルティエ……あなたの志は立派です。
お姉さま？
優しいルルティエ……本当に優しい優しいルルティエ……
これから、もっともっとたくさんの悲しい事が待っているのよ。
きっと、あなたの心は深く傷つく。
親しい仲間が死んで、あなたは立っていられるの？
上辺の雰囲気や勢いに流されて、後で悔やんでも良いの？
姉の言葉にルルティエは自信なさげに俯うつむいた。
すると、今度はヤシュマがルルティエの肩を掴み、向き直らせると彼女に言い聞かせた。
いや、ルルティエ！戦いくさは誰にとっても恐い物、それはこの兄も変わらん。
お兄さま？
しかし、その痛みや苦しみを乗り越えてこその誉れЦ
命惜しさに家に引き籠っているは、生きた屍！真に生きてるとは言わん！
この兄も父も共に戦場に立つのだ。安心するがよいЦ
しかし、ルルティエは兄の訴えにも困ったような笑みを浮かべるだけだった。
膠着状態の中、不意にアンジュが声を上げる。
うむ、双方の言い分はわかった。余に一案がある。
聖上？
余もルルティエが大事じゃ。これからも余に仕えてほしい。
シスの言い分もよう判る。ヒトの向き不向きもじゃ。
じゃが、一番大事なのは本人の気持ちであろう。
余も無理強いはせぬ。ルルティエ、其方そなたはどうしたいのじゃ？
わ、わたしは……
ルルティエは助けを求めるように落ち着き無く視線を泳がせた。
そんなルルティエの様子に、自分は奥歯を噛みしめる。
皇女さんの言い分はもっともだが、この場で言うべきではなかったか。
ルルティエは流されやすい性分だからな。おそらく二人とも自分の考えを押しつけて来る。
さて、どうしたものか……せめて、二人から距離を置いて、ゆっくり考える時間があればいいんだが……
すると、その緊張した雰囲気に似つかわしくない暢気のんきな声が響いた。
ちょっと……いいですか？
クオン？
なんですの？
シスはその声の主に殺気走った視線を向けたが、クオンはまるで気にした様子もなく、暢気のんきに尋ねた。
ええと、お取り込みの最中に悪いんだけど、これってまだ続くのかな？
はい？
まだ時間が掛かるようなら、お茶を一杯いただけないかなあ、なんて……
ぬ……？
自分はようやくクオンの真意に気づいた。
アトゥイもそれを察したらしく、些いささか大袈裟に訴えた。
ウチも小腹がすいてきたぇ。
小生も肩が凝って参りました。
ムネチカもわざとらしくぐるんぐるん肩を回す。
いい茶葉。
クジュウリには良い茶の葉があると聞きます。
自分はアンジュにだけ聞こえるように小さく呟いた。
あ……
ここに至り、アンジュも理解したようだった。
そ、そうじゃな～、余も長旅で疲れた～。今日の所は茶でも飲んでゆっくりしたいのじゃ～。
かなり棒読み気味だったが、アンジュの言は絶大だ。
こ、これは姫殿下がおわすのに、とんだご無礼をっЦ
オーゼンは慌てて再度の平伏をした。
も、申し訳御座いませぬ。ただいま部屋にご案内を……
うむ、しばし世話になろう。
で、ですが……
オーゼンは一度、言葉を切ると改まって言った。
時が来れば、姫殿下の元へ馳せ参じる事は今ここでお約束致します。
しかし、ルルティエの事は今しばらく待ってはもらえぬでしょうか……？
ふむ……
そう言って、アンジュはこちらをちらりと窺うかがった。
こうも皆に見られながらでは、ルルティエの考えも纏まとまらぬかと。
しばしの逗留を許していただけるのであれば、彼女自身が決める暇いとまも作れるというもの。
うむ、そうじゃな。ルルティエもそれで良いな？
え？あ、はい、そうかもしれないです……
では、今宵は些細なことなど気にせず、自分で思うままに考えるが良い。
はい……
ここはクオンに助けられたか……
結論が先延ばしされた事にホッとするヤシュマに対して、シスはあからさまに不満顔だ。
こちらが遠回しに兄や姉が心理的な圧迫を掛ける事を牽制したのだ。
アンジュの言葉に異を唱えるのはさすがに問題が大きいと見て、黙るほかないのだろう。
しかし、どうする？我らは他所者、お家の問題でもある。迂闊うかつに口を挟むわけにもいかんしな。
上辺の忠義じゃなく、ルルティエの自身の真意を引き出し、それを後押し出来ればいいんだが……
果たしてどうしたものか……
ちらりとルルティエを見た。すでにこの中で考えあぐねているのか、心ここにあらずという様子だ。
ここで声を掛ければ、兄か姉か、あるいはその両方を無用に刺激する事になるだろう。
オシュトル殿。
こちらも考えあぐねていると、不意に声を掛けられ現実に引き戻された。
ヤシュマ殿？
申し訳ないが、落ち着いてからで良いので、話を聞いてはくれまいか？
もとより、いつでも構わぬ。ヤシュマ殿の都合の良い刻ときに訪ねてこられよ。
忝かたじけない。では、後ほど部屋に伺わせていただこう。
退出する後ろ姿を見送りながら、小さく溜息をついた。
お互い、気苦労が耐えないようだな……
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まずは一献。
忝かたじけない。
互いに酌み交わし、盃を空にする。
そしてひとまず盃を置くと、ヤシュマはおもむろに話を切り出した。
さて、オシュトル殿に話というのは、その、なんだ……
今更のように口ごもるヤシュマにこちらから助け舟を出すように言った。
貴殿の懸案とは姉君の件であったか……
すると、ヤシュマは跋バツの悪そうな笑顔を浮かべた。
いやはや、さすがに気づかれていたか……全く、我が家のとんだ醜態をお見せして恥ずかしい限り。
いや、誰しも家族の事となれば冷静さを欠くものであろう。
確か、オシュトル殿にも妹君がいたとか。
ああ、此度も同行している。
さすがはオシュトル殿の妹君、立派なお覚悟の持ち主だ。いやはや羨ましい……
いや、妹の事は……それより某それがしに話とは？
ヤシュマはこちらの言葉に意を決すると、床に手を付き、大きく頭を下げた。
オシュトル殿。
？
オシュトル殿からルルティエに、帝室への忠義を貫くよう説いてはくれまいか。
それは……
なるほど、そう来たか。
要は直接言うのは憚はばかられるから、こちらの口から言わせて、今まで通り側仕えさせたいって事か。
勿論、出来ないわけではない。しかし……
いや、聖上がルルティエの意思を尊重すると言った手前、某それがしから揺さぶるのは如何いかがなものか。
うむむ、やはりか……
口惜しいがこうした交渉事は姉上の領分でな。こちらが迂闊うかつに口を挟めば言葉尻を取られてやり込められる。
正直、勝てる気が全くせんのだ。
貴殿の姉上……シス殿であったか。しかし何故、彼女はそこまでルルティエにご執心なのだ？
ヤシュマは黙ったまま、盃に酒を注ぎ一気に飲み干し、一息つく。
しばし無言の後、しみじみと語り始めた。
ルルティエの愛らしさは粗野な田舎者の多いこの國の癒やしといってもいい。だから、この國の誰もがあの子を褒めそやす。
なのにそれでいて、常に控えめで奥ゆかしいところがまた評判を呼ぶ。
しかし、姉上にとっての一番の理由は、ルルティエが幼い頃は躰も弱かったから、なのだろうな……
幼い頃のルルティエは少し肌寒くなっただけで風邪を引き、ちょっと走ればすぐに転んで足を擦り剥くような子であったからな。
あまりにも酷い熱を出して、さすがにもう駄目かと思った事さえある。
その時は、俺も姉上も必死になって看病したものだ。
それからというもの、可愛がりすぎたのか優しすぎる子に育ってしまった。
今思うと、父上も同じことを考えていたのだろう。
ルルティエに強さと見識が備わるよう、姉上が嫁いだ後すぐに、オシュトル殿のもとへ預けたのだからな。
姉上の心配は判る。俺も未だに心配だ。
だが、このままではいかんとも俺は思う。
ヤシュマはカツンと盃を叩きつけるように置いた。
姉上には困ったものだ。心配なのは判るがルルティエが可愛いあまりに、あのようなことを言い出すとは……
父上も子煩悩というか親馬鹿というか。ルルティエを前にすると夏の氷のように蕩とろけるが、ああ見えて姉上にも甘い。
姉上の我が侭に首を横に振らず、ハッキリ物を申さぬ。
それ故、ああも手前勝手な性格になったのかもしれん。
なるほど……
全く、姉上も國の大事に何を考えているのか。一人より國を憂わねばならぬ時であろう。
しかも我が國から聖上のお側付きが選ばれる。これ程の名誉が何処どこにある。それが判らぬはずがない！
無論、ルルティエも内心そう思っているだろう。俺はあれの兄だから言わずとも判るЦ
それはさすがに思い込みが過ぎると思うが……
方向性は違うが、結局シスとヤシュマ、似たもの姉弟なのかもしれない。
ああ、ルルティエは本当に心優しい子なのだ。しかし、姉上がいつまでも側にいると、あの子は本当に何も出来ぬ娘になってしまう。
どうして姉上はそれがわからんのか……
ヤシュマはそう言うと、深いため息をついた。
自分は何も言わず、ヤシュマをじっと見つめた。
すると、こちらの視線に気づいたのか、ヤシュマはガバッと顔を上げ、お銚子を差し出した。
これは失敬！盃が空になっていましたな。オシュトル殿、まあとにかく一献。
あ、ああ……
押し付けるようにお銚子を出すヤシュマに苦笑しつつ、盃を出した。
さあ、今宵はルルティエの愛らしさを酒菜さかなに飲み明かしましょうぞЦ
お互い何杯か盃を重ね、いい気持ちになってきた頃合いだった。
どこからか笛の音が聞こえてきた。
あれは……
耳障りで申し訳ありませぬ。
これはこれで風流なもの、酒の友には丁度良い……
……いや、すまない。正直言うとヘタというか、悪酔いしそうだ。
まことに申し訳ありませぬ。
苦蟲をつまみに酒を飲んでいるような表情で、ヤシュマが深々と頭を下げた。
いやいや、これもまた一興。
それにしても、誰が吹いているんだろうな……下手ではあるが迷いが無く、妙に堂々と聞こえる。
ところで、この笛の音の主は……
そう尋ねようとした時、笛の音が一時途絶えた。
奏者が変わったらしい。今度はよく澄んだやさしげな音色になった。
さっきまでとは打って変わって、聴き入るヤシュマの顔も揚揚ようようとしている。
うむ。これこそが真まことの楽の音ねと言うもの。オシュトル殿もそうは思われぬか？思われるであろう？
確かに……
ささ、酒はまだたっぷりありますゆえ、ご遠慮めされるな。
その後も、二人の奏者が奏でる笛の音は、時に高く低く、誇らしげに優しげに、夜気を透かして響いていた。
まるでどこかの姉妹のようだな……
ふぅ、少し飲みすぎたか……
ヤシュマが部屋を後にして、一息つきながら呟いた。
しかし、口で言ってもどうにもならず、皇女さんの威光を前にしても言葉を曲げん姉……愚痴を言いたくもなるか。
オシュトル殿……
む？
ヤシュマと入れ替わるように襖の向こうから声をかけられる。そこにいたのは……
噂をすれば、か。
まずは一献。
シスはこちらに盃を渡し酒を勧めながら、話を切り出した。
先ほどは見苦しい所をお見せしました。
なに、誰にとっても家族は大事なものだ。しかし……
判っております。私のことを恥知らずで身勝手な女だとお思いになったでしょう。
ですが、ルルティエを護るためなら、私は如何いか様に思われようとも一向に構いません。
何を失おうと私はあの子を護らねばならぬのです。
ほお……
現状はまだ良いでしょう、この戦いくさはこれからますます激しくなる。
あの子は小さい頃から、とても体が弱く憶病なんです。
そんな子が激しさの増す戦場いくさばの中で、まして、姫殿下のお側付きなんて……そのような重圧にはとても耐えられないでしょう。
それでも、とても心の優しいあの子は、きっと姫殿下の為、國の為にと、無理をして苦しんでいるに違いありません。
私はあの子が傷つき苦しむ様を見てはいられないのです。
戦うのであれば代わりに私が戦場いくさばへと参りましょう。ですから、どうかルルティエを……
むぅ……
そう神妙に頭を下げられては、こちらも無下には出来んか。
感情ばかり先立つ荒ぶる女かと思ってたが、こういう手も使うとはな。
一筋縄では行かんってことか。なるほど、むしろ良くも悪くもまっすぐな父や兄では手に余る。ならば……
自分は盃を置き、シスと向かい合った。
貴殿の想い、某それがしにも伝わり申した。
その言葉にシスはパッと顔を明るくする。
ではっ。
しかし、某それがしの一存でルルティエの身の振り方を決めるわけにもいきますまい。
それはどういう事でしょう。オシュトル殿は総大将ではありませんか？一体、何の不都合がありましょうか。
自分はシスの言葉に大きく頷いた。
しかし、御旗は真なれど、某それがしは今、こうして各國を回って助力を求める身。
今の某それがしには人を縛る力などありませぬ。
故に我らが都を追われて以来、ルルティエはいつでも國に帰ることは出来たのだ。だが、そうはしなかった。
それは何故か。
それは……
我らが、聖上の御旗に集うは、あくまで義のため。
だが、ルルティエが義ではなく情で我らに力を貸してくれた事は、否定できますまい。
だからこそ、去る時もルルティエ自身の情に……その意思に任せたい。それが聖上の御意向なのだ。
我らへの情より家族への情が勝れば、自ずと選ぶ道は決まりましょう。
某それがしにとっても、ルルティエに助けて貰った事は数知れず。
率直に申せば、少なくともこの戦いくさが終わるまで彼女には聖上を支えて貰いたい。
しかしルルティエが家族を思い、それを選んだというなら……我らは何も言いますまい。
そして、貴國の忠義を疑わぬと約束いたそう。
判りました。オシュトル殿……そして姫殿下の寛大なご処置、感謝致します……
口ではそう言っているが目が笑っていないな。
では、今宵は私の可愛らしい妹が何故可愛らしいのか、それを酒菜さかなに飲み明かしましょう。
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はぁ……
景色が揺れて、そっと壁に手をついた。
いかんな。本気で飲みすぎた……
すこし酔いを醒まそうと、夜風に当たる為に外に出たはいいが、足元がおぼつかない。
しかし、酒よりもシスから微かに漏れる毒気の方に酔ったかな。
まさかとは思うが、さらにオーゼンまでもが誘いに来るという展開は……
オシュトルさま？
突然、背後から声を掛けられ、躰を震わせつつ、ソロリと振り返る。
お水、お持ちしました……
こんな夜半に手間を取らせたな。
自分は礼を言って、ルルティエから水を受けとった。
いえ……わたしも眠れず、夜風に当っていましたから……
その……オシュトルさま、もしかしてお姉さまかお兄さまに……？
ルルティエの問い掛けに思わず苦笑する。
その両方だ。
やっぱり……ご、ごめんなさい……
ルルティエはその答えに顔を真っ赤にして縮こまった。
いや、謝る事ではないだろう。皆、ルルティエを思っての事なのだ。
家族に想われて悪い事などあるまい。
ルルティエはその言葉にホッと安心したのか、顔を綻ばせて小さく頷いた。
はい、二人ともとっても大好きなお姉さまとお兄さまです……
でも、そのお姉さまとお兄さまが争ってるのは、わたしが原因ですから……
本当に心配してくれているということは判っています。ですけど……
ルルティエはそこで言葉を句切り、何か言い淀む。
しかし、何かを決意したかのように、ルルティエは曇り無い瞳でジッと見つめて、声を出した。
あ、あのっ。
？
オ、オシュトルさまはどうお考え……なのでしょうか？
む……？
もし、オシュトルさまにとって、わたしが足手まといなら、わたしは……
自分は小さく息をついて、ルルティエに諭すように言った。
お二方にも申したが、某それがしはルルティエの気持ちが一番だと考えている。
そう……ですか……
ルルティエは少し気落ちしたように、寂しげな声で呟いた。
某それがしこそ、尋ねたい。ルルティエの望みが何なのかを？
わたしの？
自分を足手まといなどと申したが、某それがしがそのように感じた事は、一度も無い。
聖上は無論の事、クオンもネコネも他の皆みなも、ルルティエを頼りにしている。
そ、そんな……わたしなんて……
ルルティエはそう狼狽うろたえて、小さく縮こまった。
強いてルルティエに望むとするなら、その心がけの持ちようか。
わたしの心がけ……？やっぱり、わたしが弱いから……
いや、そうではない。
シス殿のおっしゃる通り、これから先の戦いは辛く厳しい物になるだろう。
その時にただ流されて我等と行動していては、聖上は勿論、ルルティエ自身の命すら危うくする。
故にそこには揺るぎない想いが必要だ。誰かに言われたからではない、自らの強い想いが。
だからこそ尋ねているのだ。ルルティエは何をしたい。何故、皆と行動を共にする。
聖上への忠節か？それとも、逆境に置かれた我等を憐れんでか？
………
ルルティエは何故、ここまでやってきた？
わたしは……わたしは……
自分はじっとルルティエの答えを待った。しばし、部屋に沈黙が下りる。
答えを待つ自分は心のさざ波を打ち消すよう、手にした鉄扇をキンと小さく打ち鳴らした。
すると、その音に反応したルルティエが顔を上げる。
その鉄扇……ハクさまの、ですよね。
ルルティエの問い掛けに自分は静かに頷いた。
オシュトルさまも忠義や大義のためだけではなく、あの方の想いを守っておられるのでしょうか？
その問いに自分は息を詰まらせた。
そう……なのかもしれん。いや、そうありたいと思っている。
自分がどうして、ここにいるのか？
何かをしなければいけない。その想いはあったのに……その理由を言葉に、形に出来ませんでした。
でも、いまやっと判った気がします。わたしはハクさまの想いを追い掛けているのかもしれません……
あの方が命を掛けて護りたかったもの、掛け替えの無い仲間を、この場所を守りたい……
自己満足かもしれません……告げる事の出来なかった想いをすり替えてるだけかもしれません。
でも、あの方の護りたかったものを今度はわたしが護りたいのです。
……そうか、ハクの。
それに。
ルルティエは苦笑して言った。
今でもあの方がここにいるような気がします。いえ、いつかひょっこり戻ってくるような……
その時、皆みなさんがバラバラだとハクさまはきっと残念がられます。
わたし、おかしいですよね……でもそれが今のわたしの想いです。
ルルティエの瞳にきらりと光る物が満ち溢れていく。
わたしは……何もできないかもしれません……
でも、置いていかれるのはいやです……また誰かに置いていかれるのはいや……
これからの喜びや悲しみも……全てを皆みなさんと共に、わたしは……
そんな想いで、皆みなさんと一緒にいてはいけないでしょうか？
大義も何もない想いではいけないのでしょうか？
それで良い。それだけで十分だ。
きっと、ハクも喜んでいるだろう。
はい……
ルルティエは涙をごしごしと拭うと、こちらを見つめ小さく微笑んだ。
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ほぅね……姫殿下について行くゆぅん？
はい……そう決心しました。
ルルティエのハッキリした言葉に、ヤシュマはパンと手を叩いた。
天晴れ、ルルティエよ！それでこそ我が一族の誉れだЦ
兄も國をまとめ次第、そちらへ向かおうぞ。
一方、オーゼンはこちらの手をしっかと握り締める。
姫殿下、オシュトル殿……ルルティエの事はなにとぞ……なにとぞ……
うむ、まかせるがよい。
オーゼンの言葉にアンジュは大きく頷いた。
さあ、我が妹の門出だ。今宵は盛大な宴を開き、ルルティエを送り出してやろうではないかっЦ
ヤシュマは気勢をあげ、集まった者達をもり立てる。しかし……
どうして……
？
お姉さま……？
ルルティエの門出に盛り上がる輪から取り残されるように、彼女の周りだけが重く沈んでいた。
シスは空ろな目でルルティエに問いかけた。
どうして行っちゃうの？お姉ちゃんの事嫌いになったの……？
違います……違いますお姉さま。わたしは皆みなさんと一緒に行きたい、ただそれだけなのです。
………
お姉さまの言うとおり、これからきっと辛つらい思いをすると思います。
でも、こんなわたしでも必要としてくれる、必要だと言ってくれた人がいます。
わたしはその想いに応えたい……
ルルティエ……？
だから、お姉さま！お姉さまにもわたしの事を応援してほしいのですЦ
これまでに無い強い決意にシスは呆然としているようだった。
これでルルティエの事を判ってくれればいいのだが……
しかし、シスは何事かぶつぶつと唱え始めた。
ルルティエは何も判ってない……戦いくさのことも、お側付きの重圧も。
だから、お姉ちゃんは行かせない……ルルティエを城の外になんか行かせないっЦ
ルルティエに辛いことをさせるような輩はみんなみんな、私がっЦ
貴殿こそ、ルルティエの何を見てきたのだ。
オシュトルさま……
ルルティエは決して弱くなどない。ただ誰にでも優しく、全てを慈しむ心を持つだけだ。
彼女はいつも我等を支えてくれている。その優しさに救われた事も数えきれぬ。
ルルティエは我等にとって大事な仲間……我等には、某それがしには彼女が必要なのだ！
そして、ルルティエにとっても某それがしが必要であると信じたい。
いかなる災厄が来ようとも、必ずやルルティエは某それがし達がこの身をもって護って見せようぞ！
ルルティエ？
シスはわずかに首を動かし、こちらを見た。
そして何かに気づき、躰を震わせる。そして、こちらを睨み叫んだ。
あなたが……あなたがルルティエを━━Ц
行かせない……ルルティエは私が護るんだから……
あっ……姉上ぇっЧ
Ц
ヤシュマの叫びに一同はシスを見た。そこには凶刃きょうじんを手にまるで幽鬼のように立つシスの姿があった。
許さない……絶対に……
その血走った眼差しは確かにこちらに向けられていた。
シスの意図を悟り、オーゼンも叫ぶ。
わりゃなにしょんならЧオシュトル殿を殺す気かЧしかも姫殿下の御前ごぜんじゃでЧ
ええい、姉上！乱心したかЦ
シスの尋常成らざる気配にヤシュマも剣を抜き、鞘を投げ捨てると、シスの前に立ち塞がった。
御免っЦ
シスの首を刎ねんと床を蹴る。しかし……
待て！
ヤシュマがシスに迫り、互いの剣が交わろうとした瞬間、自分は声を張り上げた。
オシュトル殿……？
ヤシュマは慌てて飛びずさり、シスと間合いを取った。
オシュトル殿、姉上の不始末は我ら一族の不始末！我らの手で決着をЦ
ならん！総大将オシュトルが待てと言うておる。
し、しかし……
余はオシュトルを信じる。
聖上……
シス殿……貴殿はルルティエを守ると申されたな。
それは姉の務め！何の憚はばかりがありましょうЦ
その心がけは美しい。だが……
果たして、シス殿のようなか弱き女性にそのような大役が任せられましょうか？
なっ……なんですってっ！この私がか弱いЧ
先にも申し上げたよう、ルルティエは某それがしが身を以て守ろう。
なればルルティエを護るに、どちらが相応しいとお思いか？
良いでしょう……そこまで言うなら、私とて手加減致しません。死んでも恨まないで下さいまし。
はっきりそう言い放つと、見守っていた兵たちもどっと沸き立つ。
兵
シス様への侮辱は我等臣下の屈辱！
たとえ相手が総大将であっても、捨て置くわけにはゆかぬ！
そうだそうだ！我等もシス様と共に戦おうぞ！
身内同志の争いを退かせるため挑発に出てみたが……やはりこちらに矛先が向くか。
兄上……どうしましょう？
こうなってしまっては、最早双方収まりがつくまい。
内心苦笑し、ふうと息を吐いて覚悟を決めた。
クジュウリ皇の膝元で剣を交える訳には参らぬ。まずは場を整えていただこう。
承知しましたわ。付いてきなさい。
言い放って身をひるがえし、いきり立つ兵達に凛とした声で告げる。
行きますわよ、我が僕しもべ達Ц
兵達
「「シス様の為にЦ」」
オシュトルさま！
この諍いさかいはわたしの弱さが招いたもの……オシュトルさまだけに任せる訳にはいきません。
心意気は買うが、しかし……
わたしにも戦う理由があるのです！
力強く言い、一歩も退こうとしない。
おっとりしているようで、やはり姉妹なんだな……
なら、私わたくし達も助太刀しようか。
当然なのです。
うひひ、ウチはこっちの方が好みやぇ。
うむ。ルルティエのお茶受けが無くなっては困るからな。
姉上がそう仰るならば、致し方ありませんね。
で、でもこれはわたしの……
何言ってるのかな？ルルティエは大事な仲間なんだから。
あ……
クーちゃんだけ独り占めはおかしいですよ？ね、ウルゥルさん、サラァナさん。
戦う。
主あるじ様のためでしたら、わたし達が躊躇ためらうことはありません。
こうなったら相手をしない方が失礼じゃない。
……わかりました。皆さんだけを戦わせるわけにはいきません。
クオンの後ろにいる皆も次々と後に続く。
皆みなさん……
いいだろう……行くぞ！
一同
「「応っЦ」」
ここまでか……
右近衛大将も大した事ありませんでしたわね。
ごめんなさい、オシュトルさま……
さあ、ルルティエ、お姉ちゃんと一緒にお城に帰りましょう。
ߖ
߮
˅
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きゃうううんっЧ
シスは剣戟けんげきに吹き飛ばされ、可愛い悲鳴をあげてポテンと尻餅をつく。
勝負、あったな。
そんな……私が……私が……
明らかな敗北にシスは打ちひしがれ、呆然と地面にへたり込む。
私が、私がルルティエを……私が……
自分はそんなシスに近づき、手を差し伸べた。
シス殿、お手を。怪我の手当をせねば。
しかし、シスはギュッと拳を握り締めたまま、吐き捨てるように言った。
そんな憐れみなど……心の内ではお笑いなんでしょう？
む？
口先ばかりの出戻り女は分を弁わきまえ、しおらしくしろとあざ笑えば宜しいでしょう！
………
これが戦場いくさばであれば、死を意味します。いっそ殺して下さいまし。
シスの言葉に、自分は膝を折り、シスの腕を掴んだ。
いや……決着を付けるためとはいえ、シス殿を侮辱し挑発した事、某それがしの方こそ詫びねばならぬ。
え……？
その思いがけない言葉に、シスは顔を上げる。そして、自分はなおも言葉を続けた。
シス殿はか弱くなどありませぬ。それどころかその強さ、まさに一騎当千。並の男ではとても釣り合いが取れぬでしょう。
今更、そんな世辞……
いや、これは動かしようのない事実。
シス殿がおられるクジュウリが、聖上の御旗の元に集えば、どんなに心強い事か。
シス殿にこれまでの無礼を許すと言っていただけるのなら、某それがしは改めて、共闘を申し出る。
聖上には、シス殿の、クジュウリの皆の力が必要なのだ。
オシュトル……様。
頑なだったシスの躰が軽くなる。自分はシスの手を強く握り締めて、彼女を立ち上がらせた。
お姉さま……
ルルティエ？
いつの間にか側にいたルルティエの姿にシスは驚きの表情を浮かべたが、すぐに恥ずかしげに顔を背けた。
御免なさい、ルルティエ……私は……私は……
すると、ルルティエは優しい笑顔で首を横に振った。
ありがとうございます、お姉さま……
わたしはこれまでお姉さまに護られ慈しまれた事、とても感謝しています。
お姉さまが護って下さらなかったら、いま生きているのかさえも……
でも、わたしはここに立っております。ここに生きております。
ルルティエ……
今のわたしが在るのは、お姉さまがいたからこそ。
あの泣き蟲だったルルティエが、お姉さまのたくさんの愛情で強くなったのだと誇って下さい……
そうだ、姉上。我らはルルティエを信じて送り出そうぞ。ルルティエは我等の妹ではないか。我等が信じず誰が信じる。
シス殿、重ねて申し上げたい。
何があるか判らぬのが戦場いくさばの常。故に必定などという言葉は絵空事の様に思われるかもしれませぬ。
しかし、この命ある限り、某それがしはルルティエを護り通す。
それだけは、しかと約束いたしましょうぞ。
オシュトルさま……
ルルティエは頬を赤く染め上げる。シスはそんなルルティエの顔を覗き込み、納得したように息をついた。
そうですわね。信じましょう……
シスは微笑み、答えた。
ルルティエを……そして、貴方を。
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翌日、ようやく正式に同盟が結び交わされると、すぐ帰國となった。
もう少し飲みたかったんだがねぇ、もう帰國じゃない。
土産に持たせてくれたお酒、これっぽっちやとエンナカムイにたどり着くまでに全部呑んでしまいそうや。
これっぽっち？これだけ酒を満載しておいて、これっぽっち……？
荷台にはぎっしりと酒壷が並んでおり、売れば倉も建つだろう。
いくら皆で飲むにしても、すぐになくなるということは……
………
お二方とも目を反らさないで下さいっЦ
もう少しゆっくりなされても宜しいのでは？
そうですぞ、聖上やオシュトル殿にご案内したい、名所や名産品の数々もあるというのに。
いや、申し出は有難いが、エンナカムイで成さねばならぬ事がまだまだあるのじゃ。
我らの手でヤマトを取り戻した後、ゆっくり案内して貰おうぞ。
左様ですか……我らもその日が一日でも早く訪れるよう力を尽くしとう御座います。
うむ。
自分はそんな和やかな別れの風景にホッと息をついた。
一時はどうなる事かと思ったが、最良の形で絆を結ぶことが出来たか……
ルルティエ。
あ……
名を呼びかけられ、ルルティエは躊躇ためらいの声を上げた。
お姉……さま。
いいの、もう。私にもルルティエの想いはちゃんと判ったから。
シスはふわりと包み込むように優しくルルティエを袖で覆った。
お姉さま？
貴方は、何も間違ってはいないわ。だから、自信を持って。
はい……
シスはギュッとルルティエを抱き締め、瞳に涙を滲ませた。
それからこれを……
ルルティエを放したシスは手にしていた笛をルルティエに差し出した。
それは木の枝を刳り抜いて作ったらしい、端正な形をした横笛だった。
これをお持ちなさい。
ですが、これはお姉さまがお母さまからいただいた、大切な……
これからの貴方に必要になるはずの物だから。
私とお母さまがいつでも貴方の側にいると思って、使って。
は、はい！大切にします！
姉妹というのはやはりいいものだな……
いつかの晩に聴いた笛の音を思い出しながら、そんなことを考えた。
そ、それから……
ん……？
シスは少し顔を赤らめると、何故なぜかこちらをちらりちらりと窺うかがった。そして……
あ……あのっ！
おずおずと恥ずかしげに手にした何かをこちらに差し出した。
こ、これを……
これは……？
厚手の葉に包まれたそれからは何やら香ばしい匂いが漂っていた。
そ、その、チャモックの肝です……
チャモックの？
は、はい、その、ご迷惑をお掛けしたオシュトル様に精をつけて頂きたくて……
あっ、だ、大丈夫ですわ！後でお召し上がりになるなら生ではいけないと思って、タレを付けて炙ってみたのですが……
ここで彼女の好意を無下にしても何の益もないだろう。
先日とは別人のようなしおらしい様子に少し訝しんだが、こちらの誠意が真に通じて、思い直してくれたのだと信じたい。
そうか……では、有難く頂戴しよう。
は、はいぃっЦ
自分は差し出された包みを受け取ろうと手を伸ばす。
すると、包みを受け取ろうと伸ばした手にシスは自分の手を重ねた。
あ、あの……
？
どうか、ルルティエの事を……
重なる手が俄にわかに熱を帯びる。
わ、私もその時が来れば、あなた様の元へ……
ああ、シス殿と共に戦える日を、某それがしも待っている。
それまでは某それがしがシス殿に代わりにルルティエを護ってみせよう。
はっ、はいぃっЦ
うふふふ～。
姉上、ルルティエの事が心配なのはわかるが、こうもしつこくオシュトル殿に頼むのは逆に失礼……ぷげひゃっЧ
次の瞬間、シスの足が釣竿のようにしなやかに高く蹴り出され、ヤシュマの顔にめり込んでいた。
私はオシュトル様と大事な話をしてるのです。邪魔をするようなら、その顔、叩き割りますわよ？
も、もう……割れております、姉うえ……
まあまあ、シス殿、そう厳しくされなくとも。
そ、そうでしょうか？ですが、オシュトル様がそうおっしゃるなら……
ほら、愚弟。そのひしゃげた顔を元の顔より美形にしてあげましょう。ほおらっЦ
あ、姉上ぇ！そんなに力を入れたら頭蓋がぁ……頭蓋がぁ～っЧ
クオンはやけに浮かれた様子のシスを見つめ、僅かに眉を顰しかめた。
これってもしかして……
ある可能性に思い至ったクオンは、シスをよく知るだろうルルティエに尋ねた。
ルルティエはお姉さんの様子、どう思うかな？もしかして、お姉さんは……
しかし、ルルティエはクオンの呼び掛けに気づかずシスを、そして彼女と並ぶもう一人の男にじっと視線を向けていた。
ルルティエ？
え？な、なんでしょう、クオンさまЧ
ルルティエはようやくクオンの呼び掛けに気付き、慌ててクオンの方を見た。
そのルルティエは少し苦しげな表情をしており、クオンは怪訝な顔をする。
どうかしたのかな？もしかして、どこか怪我でも……
い、いえ、そのような事は……た、ただ……
そう言って、ルルティエはギュッと胸の辺りを押さえた。
きっと、少し疲れただけです。きっと……
さて名残惜しいが、そろそろ出発せねば。
そうですか。寂しくなります……
某それがしもだ。シス殿とは改めて飲み交わしたいものだ。
その時はしっぽり……あ、いえじっくりと。
ああ、楽しみにしている。
では、オシュトル様、道中お気をつけて……
シス達に見守られながら、自分もウマウォプタルにまたがり、皆を見た。
では、帰ろう。我らのエンナカムイへ。
一同
「「応っЦ」」
城を見下ろす小高い丘にさしかかった時、故郷の景色を前にルルティエが物思いに耽っているのに気づいた。
どうした、ルルティエ。
自分は少しルルティエの方にウマウォプタルを寄せ、呼び掛ける。
オシュトルさま……
名残惜しいのか？
今回は申し訳ない事をした。せっかくのルルティエの故國だったというのに、ゆっくりしている時間もなかったであろう。
いえ、違うんです……
違う？
初めて帝都へ献上品と一緒に出発した時……
あの時と今と、見える景色が違うような気がして。
見える景色？
はい……あんなにも大好きなお城なのに、なんだかくすんで見えていましたが━━
今はとっても……
言葉を探すように、すっと瞳を細める。
それはルルティエの心の靄もやが晴れたからだろう。
心の……
瞳に映るものが真実ではない。しかし、瞳に映るものは心に焼き付けられる。
初めて帝都を訪れた時、ルルティエの心は揺らいでいたのだろう。
はい……とても不安でした。
不安が心の瞼を覆っていたのだ。だから、全てがくすんで見えていた。しかし今はどうだ？
今は違います。とても温かくて優しい感じがします……
そうだろう。それはルルティエの心に映った故郷だ。
その美しき故郷をしかと心に焼き付けるといい。
我らは前にしか歩めぬが、振り返るべき故郷があるのは幸せな事だ。
眼下に広がる景色を愛おしく見つめながら、ルルティエは頷いた。
ϰ
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深い森の奥━━
その男は、ただ一人━━瞑想の中にあった。
…………
まるで周囲の木々と一体になったかのように、その孤影は微動だにしない。
このまま何事も無く、時は過ぎてゆくと思われたが━━
グオォォォ……！
ズシン……ズシン……
突如として、森は喧噪けんそうに包まれた。
巨大な獣の足音に、恐慌状態となった小動物が逃げ惑う。
だが、男は全く意に介さない。
小動物が逃げ去った後も、足音は確実にこちらへ向かって来る。
ズシン……ズシン……ズシン……ズシン……
グルルル……
巨大なガウンジだ。先の戦で持ち込まれたものの、使われぬまま逃げ出した奴だろう。
魂凍る咆哮も、蟲の羽音に過ぎぬのか……
ようやく目を開けたヴライは、煩わずらわしげにガウンジを一瞥いちべつする。
我われが道を譲る理由、無し。去れ。
鋭い眼差まなざしと重く力強い声に、ガウンジは一瞬気圧けおされたように静止したが……
グオォォォッЦ
一気に距離を詰め、襲いかかった！
ゴッ……ゴアッ……ガァァッ……！
その顎が限界まで開かれ、まさにヴライを噛み砕かんとしたその時！
━━笑止っЦ
手刀の一閃で首を落とされたガウンジは、勢い余って数歩、よろめき進むが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
轟音と共にガウンジは倒れ、辺りは再び静寂に包まれた。
ぬるい……
濃密な血臭のたちこめる中、ヴライは不満げに呟く。
最早もはや、何人なんびとといえど、我わが血の滾たぎりを鎮しずめることは出来ぬ。
森の下草を踏みしめ、エントゥアが現れた。
……貴様か。
どうしてそんな無茶を……
既に時は満ちた。動かずにおれようか。
奴はいたか？
直接この目で見たわけではないですが、噂は聞いています。
ヴライが一人で動けるようになってから、エントゥアはエンナカムイの城近くまで足を延のばすことが多くなった。
食料を調達するため……というのは最早名目であり、実際はヴライのための偵察だった。
オシュトル様は今、確かにエンナカムイにおられます。
身分を伏せたまま集めた情報を、ヴライに伝える。
帝位の奪還を宣言してからというもの、オシュトルの勇名はさらに高まり、その下に参じる者も多い、と。
むう……
それでこそ我われが欲する最強の敵。
これでお判りになったでしょう？
再戦など、今さらオシュトル様と戦うことに何の意味があるのです？
所詮しょせんは女か……
え……？
エントゥアに背を向ける。
ど、何処どこへ行くつもりです！
知れたこと。オシュトルの元に赴く。
ですがまだ怪我が……
世話になった。
ま、待って、今戦ってもかなうはずがありませんっ。
必死で取りすがるエントゥアに、ヴライはゆっくりと顔を向ける。
問おう。ならば何時戦う？
何時まで待てば、我われはオシュトルと戦うことができる。
ぅく……
仮面アクルカは生命いのちを喰らう。それは奴とて同じこと……
だが、奴の方が少しばかり恵まれているらしい。
『恵み』という言葉がこの男の口から出ることに、エントゥアは違和感を覚えた。
自らが敵より劣ることをこのヴライが認めるはずがない。焦り、自嘲、達観、あるいは……
いずれにせよ、我が戦いくさはあと一度で終わる。
そのことを知っていながら、何故なぜ……
エントゥアの脳裏に、不意に父の姿が蘇る。
『ふふ……儂ワシはここに置いていけ……この傷……もう助からぬよ……』
『ヒトの身では……禍日神ヌグィソムカミには……勝てぬ……』
ヤマトの仮面の者アクルトゥルカのことを父は禍日神ヌグィソムカミと喩えた。
もしも仮面の者アクルトゥルカが死力を尽くして戦ったら、どのようなことが起こるのか。
その相手もまた、仮面の者アクルトゥルカだとしたら……兵士はおろか民衆にまで、甚大な被害が及ぶはずだ。
戦いくさで家を焼かれた者、肉親を失った者、傷つき路頭に迷う者……
かつてエントゥアは、その凄惨な状況を数多く目の当たりにしていた。
……この人を行かせてはならない。
オシュトル様は、私わたくしが誘おびき寄せます。
知らず、エントゥアはそう言っていた。
……戯れ言を。
本当です！
ならば、どのようにしてオシュトルを連れてくる。
私わたくしは以前、宮廷付きの女官をしておりました。オシュトル様にもお会いしたことがあります。
ほう……面白い。
一介の女官風情が、ヤマトの将を呼びつけられるだと？
私わたくしに考えがあります。
ただし、誓ってください。
戦うのはオシュトル様だけ。他の者達には決して手を出さぬと。
誓えぬ。
仮面アクルカの力を真に解き放てば、我われが我われであることさえ請け負えぬ。故に誓えぬ。
……何故なぜそこまでしてっ！
それが我われの生き様、他に何の理由がいる？
言い放ったヴライに、これ以上の押し問答は無用だと察した。
……わかりました。オシュトル様は必ず私わたくしが連れてきます。
どうかそれまでお待ちください。
貴様、何故なにゆえ我われの為にそこまでする？
あなたのためでは……あなたの……
言いかけて、その先を失う。
一瞬、目の前の男の顔が、別の誰かに重なって見えた。
私わたくしには父がおりました。
ヤマトとの戦いくさの折、父はオシュトル様との戦いに敗れ、果てました。
『見事だ……さすがは右近衛大将……』
『貴殿もな……』
『ふっ……一太刀は……浴びせたか。』
『ならば悔いはない……良き戦いくさであった……』
あの日、怪物のような敵を前に父は決して怯ひるまず、ただ雄々しく戦い……そして、敗れた。
目前のこの男も同じことを……自らの死地を望んでいる。そう痛いほどに伝わってくる。
その望みを叶えられる者もまた、自分だけなのだ……
むぅ……
真偽を量るように、エントゥアの顔を正面から覗き込む。
貴様、ヤマトの女官と言ったな。故郷を捨てたのは復讐のためか？
……そのように思われるのも当然でしょう。
ならば、オシュトルは我われと貴様の共通の敵というわけだな。
貴様の父親の仇、我われが必ず取ってやる。
唇を噛みしめたまま、エントゥアはただ俯うつむいている。
今は誤解させ、信用を得るしかない。悲劇を繰り返さない為に。
だが……それは誰にとっての悲劇なのか、自分は誰を守り、誰をかばおうとしているのか。
エントゥアは答えを出せずにいた。
クジュウリへの旅から戻り、しばらくが経った。
無事に同盟は成ったが、為すべきことは未だ多い。
だが、彼方の頂ばかりに憧れず、足元を踏み固めることもまた大事……そう言い聞かせ、日々の執務にもいっそう励んでいた。
……という感じなんだけど、どう？
なるほどなのです。では、ここの……
昼食を終え、キウルと共に政務室に戻ると、クオンとネコネが地図を見つめながら何やら話していた。
何を話し込んでいるのだ？
あ、やっと戻ってきた。オシュトル、ちょっといいかな。
何だ？
見ると、その地図には何やら印や線が書き込まれている。
ね、オシュトル。ここに新しく水路を通せたら、皆みんな喜ぶと思わない？
以前話題になった湖か……実現は難しいという話では無かったか？
確かに、水路を通したとなれば、水周りが豊かになり皆みなも喜ぶだろうが……
ふふん、やっぱりオシュトルもそう思うんだ。この先のことを考えたら、水路は必要になるって。
そこでなんだけど、実現するよう前向きに考えてみてはどう？
クオンはネコネにチラリと意味ありげな視線を投げかける。
それに頷くネコネ。
姉あねさまの言うように、新しく水を通せば余裕が出来て楽になるかと思うのです。
畑に回せる量も増えるですから、作物の収穫量も増えるですし、それに……
今のままですと、この先水不足に苛さいなまれることになると思われるのです。
む？どういうことだ。
わたし達は更なる戦力の増強をする必要があるのです。つまり、ヒトが増えるということです。それを考えると……
そうだな。食料の備蓄には気を配っていたが、水は……
実際、少しずつですが、城内にある貯水池の水位が下がり始めているみたいなのです。
そうか……
今日明日、水が失われる事はないだろうが、現状のままでは戦いくさどころでは無くなる可能性もあるのだ。
新しい水路を引く必要があるのは判った。
しかし戦を控えた今、大規模な工事をするような、人手も金も無いことは皆もよく判っている筈だ。
どうやら、クオンには考えがあるようだが、いったいどうするつもりだ？
あはは、そう言うと思ってた。
そう答えたクオンの表情には心なしか余裕が感じられた。
確かに、新しく水路を引くとなると、多くの人手と資金が必要かな。
でも、それを簡易的なものにすれば、そんなに手間もかからずにすむはずなの。
そして、私わたくしには取って置きの秘策があるんだ。
秘策？
それはね……
クオンが咳払いを一つすると、自信ありげに口を開いた。
竹、を使えばいいかな。
私わたくしの故郷のやり方なんだけど、こういった、大規模な水路を掘ることが出来ない場所には、竹を使って水を通すんだ。
竹……ですか？それって、筒状で中身が空洞になっている植物の？
そう、その竹。
成程なるほど……竹か。
軽くて丈夫で腐りにくくて加工もしやすいから、こういう事にはうってつけじゃないかな？
これを繋つないでいけば、ほら━━、簡単な水路の出来上がり。
どう？悪くない方法だと思うかな。
自信満々といった様子で、クオンは胸を張る。
確かに……そういった物を使えば水を引いてくる事は簡単になるな。
あ……あの、姉あねさま……
何、ネコネ？
しかし、そんな浮かれ気味のクオンを慮おもんばかってか、ネコネは躊躇ためらいがちに言った。
その、とても言いにくいのですが……無いのです。
無いって……なにが？
ですからその……この國には自生していないのです……
……竹は。
……え？
クオンの表情が笑顔のまま、固まってしまう。
竹のことは書物で見たことがあるですから知っていたですが、このエンナカムイには自生しない植物で……
おそらくは、このエンナカムイだけでなく、周辺諸國を探しても、竹は生えてないと思うのです。
…………え？
そう言われれば、ずっと竹を見たことがないな。ということは……
ですので、その……非常に言いにくいですが、姉あねさまの秘策は……
…………
先ほどまで優々と揺れていたクオンの尻尾が、徐々に力なく垂れてゆく。
ごめんなさいです……
むぅ、竹が無いのなら、代わりに他の木を使えば……いや、駄目か。
ハイです。出来ないことは無いですが、丈夫で腐食に強い材木を、同じような大きさでたくさん揃えるのは大変なのです。
それに加工の手間を考えると、例え多くの人手がさけても、短期間ではとても……
う……
でしたら、金属で筒を作ってみたらどうでしょうか？金属で同じ大きさの筒を作り、つなげていけば……
木材よりもはるかに金がかかる。
ただでさえ戦いくさに備えて大量の金属を必要としているのだ。無闇に金属を消費するのは、なるべく避けておきたい。
それなら、石を組んで使うのはどうかな？石ならただ同然だし……
石の水路を作る手間を考えると、木材よりも、ずっと困難だろう……だからこそ、竹を使おうという話だったのではないか。
ソウデシタ……
ん？待てよ、石と言えば……
普通の建材の石の代わりに石灰岩などはないのか？
確か、石灰を焼いて粉にして、水と砂利も混ぜ合わせれば、原始的なコンクリートになるはずだ。
え……あの、ごめんなさいです。稀少な鉱石ならともかく、さすがに何処どこにどの石があるかまでは……
そう言われればそうだな……
しかし、ただ同然で何処どこにでもあるものか……
土塊つちくれならそこらにあるが、それで何が出来るというんだ……
あきらめ半分、溜息ためいきを吐きつつ、すっかりぬるくなってしまった湯呑みに手を伸ばした。
……湯呑み？
その時だ。その硬い感触に頭の靄が晴れるような感覚を覚えたのは。
ネコネ。
はい？
この湯呑み、一体どこで作っている？
湯呑み……です？それなら多分、近くの集落で……
そこまで言い掛け、ネコネはハッとする。
兄あにさま、もしかして……
そうだ、陶器用の土と釉薬うわぐすりを使って、長い筒状の管くだを焼き上げる。
いわゆる『土管』というやつだ。この場合は『陶管とうかん』と呼ぶ方が正しいが……
あっ……
陶器なら腐ることが無いし、水漏れもしない。何より自由に形を変えられて安上がりかな。
陶器……考えてもみなかったです。
どうやらそれで決まりのようだな。
たどり着いた答えに思わず笑みが零こぼれる。
ネコネ、早速で悪いが費用の見積もりを出してくれ。キウルは焼き物が出来る者を集めてくれないか？
判りました、任せて下さいです。
畏まりました、兄上。
後、実際に測量をせねばな。クオンにはその手配を頼めるか？
勿論。
それぞれに命令を与え、にわかに部屋の中があわただしくなる。
さて……と。
どうやら上手くいったみたいかな。すべては計画通り……
姉あねさま、さっきからブツブツと、どうしたですか？
ん？ううん、なんでも無いなんでも無い。むっふふふふ……
はぁ……
失礼します。オシュトルさま、お父さまから果物が届きました。
どうぞ皆みなさんでお召し上がりくださいって。
美味。
甘酸っぱくて、とても美味しいです。
言い終わらぬうちから、双子は試食用に持ってきた品を、モリモリとパクつき始める。
これはありがたい。甘いものは貴重だからな。
果実を乾したらしい大粒の一つを手に取り、齧かじり付いてみる。
まだ中がトロリと瑞々しく、濃縮された甘みが口いっぱいに広がる。
うん、これは美味いな……
お世辞抜きに美味い。濃いめのお茶か、強い酒があると更にいいな。
ありがとうございます。お菓子に練り込んだりすると美味しいので、今度作りますね。
それは楽しみだ、甘いモノに目が無い聖上もお喜びになるだろう。オーゼン殿にも感謝の意を伝えてもらいたい。
クジュウリの名産品ですし、そう言っていただけると、お父さまも喜ぶと思います。
ルルティエがそう言い残して退出した後、手にした囓かじりかけの乾果を見て、ふと思いよぎる。
そういえば確か……
ネコネ。
はい、何です？
すまないが、これを母上にも届けてくれないか。確か母上も甘い物は好きだったはず。是非ぜひ食べていただこう。
………
自分で届けたいところだが、生憎あいにくここを離れられなくてな……ネコネ？
あっ、はいです。
どうした？
何か視点が定まっていない、呆けていたように見えたが。
もしや、具合でも悪いのか？
熱でもあるのかとネコネの額に伸ばした手から、彼女は反射的に身を退いて逃れる。
あ……
少し疲れているようだな。ここの所、無理をさせてしまっていたか。
だ……大丈夫、なのです。
そうは見えぬ。母上の所へ行ったら、そのまま休んでくるといい。しばらく帰っていないのであろう？
ですが……
心配するな。少しの間くらいなら、ネコネがいなくとも何とかなる。
それよりも、ネコネや母上の方が心配だ。
ぁ……
二度、三度とゆっくり首を横に振り、ネコネはややぎこちなく見える笑みを浮かべた。
判りましたです。それでは兄あにさま。
ああ、母上によろしく頼む。
ハイ、行ってくるです……
立ち上がり、一歩前に踏み出しかけたネコネの躰が、不自然に沈み込む。
━━と？
手を伸ばし、反射的にネコネを抱き留めた。そうしなければ、彼女はその場に頽くずおれていただろう。
あ……れ？
ネコネ、どうした、大丈夫かЧ
ネコネの手が縋すがるように伸ばされ、自分の服の胸元を掴む。
やはり、具合が悪かったのか。
兄あに……さま……
とにかく横になるんだ。すぐにクオンを呼んでくる。
……え。
あ、あれ……わたし、どうしたです。
倒れそうになったのだ、気付かなかったのか？
はい……あ、もう大丈夫なのです兄あにさ……
慌てた様子でネコネが離れ、自分の脚で立とうとするネコネの動きが止まる。
…………
ネコネ？
何……でもないのです。それでは、母ははさまの所へ行ってくるです。
いや、母上への遣いは別の者を立てる。ネコネは、このまま部屋へ戻ってゆっくりと休むといい。
でもっ。
なお遣いに行こうとするネコネが気に病まないようにと、敢えて笑いながら告げる。
ネコネに倒れられたら、それこそ母上に怒られてしまう。側に居ながらどうして、とな。
あ……ぁ……
その言葉に、ネコネは凍り付いたように、こちらを見つめて来る。
違うのです……
ん？
あ……何でも無いのです。
ネコネが何度も首を横に振る。その尻尾が、不安げにふるふると揺れて丸まっていく。
某それがしは何かおかしなことを言ったか？
主あるじ様の名は、オシュトル。
……っЧ
不意に響いたウルゥルの声に、ネコネの躰がピクリと震えた。
ヤマトの双璧とうたわれる、右近衛大将オシュトルとは、まさに主あるじ様のことです。
何だ、二人とも突然。
オシュトルは唯一人。
主あるじ様が主あるじ様に見えるのは当然でしょう。
ちがうです、兄あにさまは……
何か言おうとして、躊躇ためらうように押し黙る。
……いえ、本当に何でも無いのです。
ネコネは笑顔でそう言うと、こちらに背を向け、襖を開けて出ていく。
だがその瞳にはどこか、影が射しているようにも見えた。
不安。
まだ引きずっています。
この防壁に脆くなっている箇所が見つかりました。門も随分傷んでいるようです。
仕方あるまい。これまでのエンナカムイは外夷がいいの脅威にさらされるような状況になかったのだからな。
砦の壁を厚くする余裕があるなら田畑を広げる。
里へ下りてくる獣を防ぐだけなら、これで十分だ。
しかし状況はすでに一変した……
物見櫓やぐらから下を覗き込んだ。
灯台もと暗しか。一人二人の密偵ならば簡単に忍び込めるだろう。
はい、こちらが先に見つけて良かったです。
早急に修繕の手配を致します。
そうだな……
それと、ネコネ。
キウルの進言に頷き、ネコネを見た。
しかしネコネはぼんやりとした様子で、あらぬ方向を見つめていた。
……ネコネ、さん？
キウルも怪訝な顔でネコネの方を窺うかがう。
………
ネコネ。
躊躇ためらいがちにネコネの肩に触れると、ネコネはびくりと躰を震わせ、こちらを見上げる。
あっ……はいなのですっЦ
防壁修復の詳細を、後でキウルから受け取っておいてくれ。
わ、わかったのです……
……疲れているのか？
そんな事……
ネコネはそう答えるが、あまり覇気が感じられない。
当然と言えば当然か。終わりの見えない戦いくさで、皆疲れている。ネコネにもあまり無理はさせられんな。
キウル、他に問題になりそうな箇所は？
数え上げればきりがありません。
全てとはゆかぬか……判った、優先順位を付けよう。
手が回らぬ所は別の策で対応しよう。
判りました。
厳しい答えにキウルも僅かばかり声を震わせる。
……厳しい戦いになりますね。
戦いくさとは常にそういう物だ。人が死ぬ、敵であれ味方であれ、な。
戦場いくさばでは人を数でしか見ない。だが、その一つ一つに命がある、想いがある。
背負う命の重みと、散りゆく命の意味を忘れてはならぬ。
はい、兄上。私もいつか兄上と同じ物が見られるようになりたいと思います。
そんなやりとりをネコネはじっと見つめていた。
では、兄上。
キウルは一礼して物見櫓を降りていく。それを見届け、ネコネに声を掛ける。
我々も行くとしよう。
どうした、ネコネ？
あ……
ネコネは我に返ったように、びくりと震える。
あ、あの……
疲れているのであろう。少しの間、肩を貸そう。
い、いえ、だ、大丈夫なのです。問題ないのです。
それなら良いが……あまり無理はするな。
そう言って、労るようにポンポンとネコネの頭に手をやった。
あっ。
ん？
あ、あに……さ……
ネコネが何かに取り付かれたように、こちらに手を伸ばした。
しかし、躰に触れる寸前、何か思い出したかのように、伸ばした手を引っ込める。
どうした？
わ、わたしは……もう子供じゃないです。
ネコネはそう答えて、気まずそうにこちらから目を反らした。
そうか、すまぬな。
ネコネに言われて、素直に手を放した。
やはり様子がおかしい。口では強がっているが無理をさせているのかもな。
ネコネは一人、防壁の図面を広げ眺めていた。
……やはり設計が古いのです。これを期に出来るだけ最新の様式に改めないと。
確かこの辺りに……
ネコネは棚の上にある本を取ろうと背を伸ばした。
きゃうっЧ
目当ての本を掴んだ途端、釣られるように他の本まで頭上に落ちてきた。
うう……イタタ……
ひとしきり雪崩が終わった後、ネコネは本の山から這い出し、そっと痛めた頭に手をやった。
その時だった。昼間の光景が頭をよぎったのは。
あ、ああ……
ネコネは呆けた顔になり、ペタンとへたり込む。
兄あにさま……
今日まで押さえ付けていた想いが、涙と共に溢れ出る。
今日……頭をそっと撫でてくれたのは、一体誰なのです？まるで昔の兄あにさまみたいに……
兄あにさまは……
いいえ、違うのです！あれは、あれは兄あにさまじゃないのですっЦ
でも……だけど……本当の兄あにさまじゃないはずなのに……
あの時、目の前にいたのは誰なのです……
わからない……
もう、わからないのです……わたしは……どうして……
どうして……こんな気持ちに……
ネコネ、どうした？今、何か大きな音が聞こえたが……
あ、兄あにさま？
ネコネは慌ててこぼれた涙を裾で拭った。
な、何でもないのです。ちょっと手が滑って本の下敷きになっただけなのです。
そうか……怪我はないか？
だ、大丈夫なのです……何冊か頭に当たったですが。
……泣いていたようだが、痛むのか？
い、いえ、今はもう……
ネコネは触れられるのを恐れるように距離を置いた。
しかし熱心なのはいいが、根を詰めすぎなのではないか？
ご免なさいなのです……でも。
……わかった。眠気覚ましの茶でも持ってこよう。本の整理なら某それがしも手伝える。
部屋を出て行く姿を見つめながら、ネコネは呆然と立ち尽くしていた。
兄あにさま……ちがうのです、本当の兄あにさまは……
兄あにさまが兄あにさまになってしまったら、兄あにさまは……何処どこへ行ってしまうですか……？
わたしが認めてしまったら……兄あにさまが消えてしまうのです……
兄あにさまのことを覚えてるヒトが、いなくなってしまうです……
兄あにさま……どうしてそんなにも……
どうしてそんなにも、兄あにさまと同じ目をして笑うですか……
どうしてそんなにも、兄あにさまと同じ様に撫でてくれるですか……
どうしてそんなにも……
どうして……どうして……
ネコネはふらりと立ち上がり、部屋の外へと歩き出す。
……兄あにさまの言う通り、きっと疲れているです。
だから、せめて落ち着くまで、兄あにさまと距離を置いた方がいいのです……
ネコネは一人、屋敷の外を歩く。
夜気に当たっても、心は落ち着かなかった。
その時、突然、ネコネの背後にふっと影が覆い被さる。
兄あにさ……
ネコネは反射的に振り返る。
ネコネさん。
暗がりの中、うやうやしく膝を折る女性。確かに見覚えがあった。
あなたは確か……
エントゥアでございます。ヤマトではアンジュ様お付きの女官をしておりました。
ネコネは思い出した。アンジュとオシュトルの救出に尽力した後、ホノカの無事を確かめるためと、一人帝都に残った女官だ。
無事だったですか。
オシュトル様や皆様も、あの後無事に國境くにざかいを脱され、今はこのエンナカムイに身を寄せているとお聞きしました。
…………
今日はネコネさんにお願いしたい事があり、無礼を承知で伺いました。
何なのです？
オシュトル様の秘密についてです。
━━Ц兄あに……さまの？
こちらではお話しできない用件ですので、ネコネさんにご足労いただきたいのです。
兄あにさまの……秘密……
どうぞこちらへ。
まるで熱にうかされるように、エントゥアの腕の中に誘われる。
その瞬間、ネコネの口元に布きれが押し当てられた。
……っЦ
甘い匂いが鼻腔を突き、途端にネコネの意識が遠のいていく……
こ、これは……眠りぐ……す………
意識を失ったネコネの体をそっと支える。
申し訳ありません……でも、こうでもしなければ……
懐から折り畳んだ結び文を取り出し、短刀を刺して木の幹に据えた。
宛名の人物が中を確かめるまで、位の低い者が読むことは無いはずだ。
やがて、ウマウォプタルを走らせる音が闇の奧へと遠ざかっていった。
ネコネ、一服しよう。
……ネコネ？
部屋を見渡すがそこにネコネの姿は見あたらない。床に落としたらしい本や書状が散らばっているだけだ。
ネコネ……一体、どこへ。
あの几帳面なネコネがこんなに散らかしたまま……
その時、遠くでウマウォプタルを走らせる音が聞こえた。
得体の知れない胸騒ぎがする。
まさか、ネコネ……
屋敷の外へと飛び出し、ネコネの姿を探す。
やがて、立ち木の幹に突き刺された短刀を見つけた。
これは……
短刀を引き抜き、それが支えていた結び文を手にする。
『オシュトル殿』宛名にそうあった。
焦る気持ちを抑えながら、その文を解き、広げる。そこには……
結び文
『貴公の玉、我が掌中に有り。玉を砕く事望まぬなら、他言無用、身一つで来られたし……』
文の下の方には地図が描かれており、何かを示すようにバツ印があった。これが指し示す事はただ一つだ。
ネコネ……ネコネぇ━━っЦ

Ķ
Ķ
п
Ӆ
п

п


ٚ

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ٖ

;
п

;
п

͙
п
噚

۽
Յ

Ə

޸
ǅ
п
Ф
う、ううん……
ここ……は……？
ネコネはようやく目を覚ました。
視線を巡らす。暗い……森の中らしい、それ以外のことは判らない。
お目覚めになりましたか。
目の前にぼんやりとした影があり、ネコネに向かって頭を下げている。
ここはどこなのです？わたしに何を……
あっ……
ふらついた体を、目の前の誰かが支えてくれた。
まだ薬が効いています、動かれないほうがよいでしょう。
薬……
ようやく思い出してきた。
ここはどこなのです？あなたは……
ネコネさんには、私わたくしと一緒にここにいていただきます。
丁寧だが毅然とした口調で答える。
さっき、兄あにさまの秘密を話すと……
……………
ただ押し黙る相手に、ネコネは真相を悟った。
嘘……だったのですね。
申し訳ありません。
しかしながら、ネコネさんに危害を加えるようなことは誓っていたしません。
しばらくこちらに留まっていただくこと、それだけが私わたくしの望みです。
なぜ……何故なぜこんなことを……
オシュトル様にさる者と戦っていただくためです。
兄あにさまに……そんな暇なんか無いのです……
その者が望むのは『試合』ではなく……『死合い』。命のやり取りなのです。
命の、やり取り……？
そんな馬鹿なこと……どうして兄あにさまがしなければならないのです……
はい、その通りだと思います。
オシュトル様に直談判することも考えました。ですが、戦いなど無益と理をもって諭されれば、一言も返せません。
考えあぐねた末……
オシュトル様に近しい方を拐かどわかし、是が非でも戦っていただく……その為に、ネコネさんがお独りになる機会を窺うかがっておりました。
…………
卑怯な振る舞いなのは重々承知しております。ですが……どうかお聞きください。
その者の命は、もう長くありません。死の縁からようやく回復したものの、ひどく衰え、本来なら戦などできぬ躰。
ですがそれでも、オシュトル様との戦いを望んでいるのです。
そんなことの為に……わたしを攫さらったのですか……
ネコネさん、どうかお聞き入れください。
その者の望みはただ、オシュトル様と戦い、果てることのみなのです。
ですから、どうか……
それは……誰なのです？
長い沈黙の後、エントゥアは言った。
八柱将が一人、ヴライ将軍。
ぁ………
瞳を見開くネコネ。今聞かされた名が信じられない。
そん……な……そんな……はず……
そんなはずないのです……ヴライは死んだのです……あの時……確かに……
いいえ、死んではいません。
倒れていたところを見つけ……介抱してしまいましたから。
この手で……私わたくしが……
今頃オシュトル様は、ネコネさんをお助けする為にこちらに向かっているはずです。
そしてヴライ将軍は、それを待ち構えて……
私わたくしは、私わたくしは……
間違っていることは判っています。ですが、こうするしか……
エントゥアの悲痛な声が響く、だが、ネコネの耳にはほとんど入っていなかった。
ヴライが……生きている？
兄あにさまが……ヴライと……
靄がかかったかのような記憶の奧から、何かが徐々に沸きあがってくる。
でも、兄あにさまは……兄あにさまは……
来るはずなんかないのです……
ネコネ……さん？
兄あにさまが……来るはずなんかないのです……
……ネコネさんЧ
わたしを助けに……そんな事あってはいけないのです……
兄あにさまのことを知っているのは……わたしだけ……
わたしは……兄あにさまにとって……もう……
兄あにさまは……来ないのです……
……えっ？
兄あにさまは来たりしないのです……もう、来るはずがないのです！
な、何を言っているのですか。オシュトル様がネコネさんを見捨てるはずが……
すべてを知ってる私は……兄あにさまの……エンナカムイの火種……
わたしが居ない方が……兄あにさまにとって……
わたしはもう邪魔なのです！わたしなんか居なくなった方が！それなのに私を助けに来るなんて……
そんなはず……あのオシュトル様が、ネコネさんを助けに来ないはずがありません。
オシュトル様を……庇かばっているのですね。
違うのです、わたしは……
いいえ、貴女も判っているはずです。
えっ？
オシュトル様は、必ず来ます。必ず……
闇の向こうから、かすかに声が響いてきた。
『……ネコネっ！どこにいるЦ』
兄あに……さま？
『……どこだ！ネコネぇ━━っЦ』
次の瞬間、ネコネは立ち上がっていた。
いけません！どうか……きゃっ！
不意に突き飛ばされ、エントゥアはその場に尻餅をついた。その隙にネコネは駈け出した。
何度も転びそうになりながら、まるで闇に吸い込まれるかのように走る。
立ち木の一つにウマウォプタルが結んであった。エントゥアが乗って来たものだろう。
ネコネはぎこちない手つきで手綱を木から外し、ウマウォプタルの背によじ登った。
……動いて！進んでっ！早くっ！
足で滅茶滅茶に横腹を蹴られ、弾かれたようにウマウォプタルは疾走を始めた。
化け物のように枝を広げた木々が、次々に現れては遠ざかっていく。
ネコネはただ必死に、ウマウォプタルにしがみついていた。
兄あにさまじゃない……兄あにさまではないのに……
来てはいけないのです、どうか来ないでください……兄あにさま、兄あにさまぁЦ
ネコネさんっ……
森の奧に消えたネコネを、エントゥアは必死に追っていた。
ネコネさん、危険です！どうか戻って下さい！
暗い木々の向こうにちらちらと動く姿を見失いかけたその時、別の気配が現れた。
闇を圧するような、ただならぬ威圧感。エントゥアにとっては間違えようのない、それは武人が放つ闘気だった。
……貴様か。
エントゥアを一瞥するが、すぐに視線を森の奧に戻す。
彼奴あやつが来る。
フフッ……感じるぞ仮面アクルカの息吹を。来る……彼奴あやつが……
フハハハハハハハハ。
自らを熱狂に誘うかのようなヴライの笑いが満ちる中、エントゥアは知らず冷静さを取り戻していた。
私わたくしはネコネさんを追います。
捨て置け。
ですが……
オシュトル……！
そう言うと、堂々とした足取りでエントゥアから離れていくヴライ。
それが当然であるかのように戦い、そして消えゆく男をエントゥアは知っていた。
最後に聞かせてください。
背後から投げかけられた言葉に、ヴライが足を止めた。
もしも、あなたが娘を残して死地に赴くなら……
最期に何を伝えますか？
我われに娘などない。
我われ独り生き、我われ独り戦い、我われ独り死す。
他の生き様など考えたこともないわ。
己そのものに向けるかのごとく、わずかな笑みを溢す。
エントゥア。
好きに生きよ。
ヴライはエントゥアの元から去った。
あ……
もう一言、何か伝えようとして立ち尽くすエントゥア。
その瞳から涙が溢れていた。
はあ……はあ……
息を整えようと足を止める。
幾度も幾度もネコネの名を叫びながら山道を走り通した。もう夜明けも近い。
指定の場所はこの辺りのはずだが……
岩山の合間を、目を凝らしながら注意深く歩む。
待てよ、ここは……
唐突に開けた場所に出た。広い岩棚の中央に、巨大な穴が二つ穿たれている。
かつてオシュトルとヴライが戦い、共に果てた場所。だが……
岩棚の向こうに、間違えようのない強大な気配があった。
待ちかねたぞ、オシュトル。
……っ！
この声は、まさか……しかし、そんなはずはない！
声と共に朝陽が昇る。そして、陽の光はその声の主を照らし出した。
ヴライ！
あの時、貴様は死んだはずだЦ
フフッ、我われは死なぬ、例え屍を喰らい、泥水を啜すすり、生き恥を晒そうとも、汝うぬとの決着をつけるまでは死なぬ。
その為にネコネを？ネコネは……どこだっ！
知らぬ。
何？
我われはただ、汝うぬと雌雄を決する為にのみ存在する。他の一切は最早無に等しい。
一歩一歩、宿敵の元に歩み寄るヴライ。
知らぬのならそこを退どけッ！貴様と遊んでいる暇はない。
退どけぬな。
くっ……
小蟲の命など我われは知らぬ。戦場いくさばで散る命に尊卑もないわ。あるのはただ敵を滅するという絶対の意志のみよЦ
先を行きたければ、我われの命を喰らってからにしろЦ
ヴライっЦ
ガアアアアアアァァァァァァッЦ
ヴライが仮面アクルカの力を解放する。
禍々しいまでの闘気がチリチリとこちらの肌を撫でた。
……やむを得んか。ならば押し通る！塵と帰れ、ヴライ！
オオオオオオォォォォォォッЦ
『行クゾッЦ』
ガシリと組み合い、踏みしめた地面が砕けんばかりに両者が押し合う。
『クク……サスガダナ、オシュトル。』
ぐぅ……真っ向から組み合ってはこちらが不利か。
『ハァッЦ』
『グフゥッЦ』
ヴライに頭突きを喰らわせ、一旦距離をおく。そして僅かな隙を逃さず、拳をヴライの腹めがけて叩き込んだ。
ヴライは躰を大きく蹌踉よろめかせ後ずさる。
『フフ……ナルホドソウクルカ。良イゾ、良イゾ……ダカラ戦いくさハヤメラレヌ。』
ヴライはまるで先の一撃が効いていないかのように不気味な笑みを浮かべる。
……相手はヴライ。離れていてはあの鎧のような躰にはね返される。ならば、肉薄して打つしかない。
しかし、それはヴライの間合い……
『ドウシタ、来ヌノカ？ナラバコチラカラユクゾЦ』
来るっЦ
その巨体から想像も付かぬ突進。しかし紙一重でそれを躱かわす。
『甘イワッЦ』
『ハァァァッЦ』
『フンッッЦ』
『ソコダアァァッЦ』
『マダマダァァァァァЦ』
薄氷の上で演舞するような、鬩せめぎ合いが続く。
『ククク、楽シマセテクレルワ。』
あのヴライと正面から戦えば、本来なら自分などひとたまりもないはず。
受けて持ちこたえられるだけでも上出来か……
正面から対峙したまま、あるはずもない隙を窺うかがおうとする。
さすがの強さだが、どこか違和感がある。
強いて言うなら……捨て身すぎる。死地を求めるのは戦士の本分だが、生を求めるのもまた同じ。
だが、今のヴライは全てを燃やし尽くそうとしているようにも見える……
『…………』
『相討チ覚悟カ……』
『永遠とわニ戦ウコト叶ワヌナラ、己ノ全テヲ滅シ尽クスノモ悪クハナイ。』
剥き出しの闘気が、大地をびりびりと震わせる。
『汝うぬハソウ思ワヌカ、オシュトルゥゥゥゥゥッЦ』
まずい、このままでは……
思うわけないかなЦ
鋭く澄んだ声が響き、一瞬戦場いくさばを圧した。
こんな所で何をしてるの？
『オ前達……』
そこにいたのはクオン達だ。彼女らはこちらを守るように集まってくる。
『ドウシテ……何故ココニЧ』
ウルゥル達が知らせてくれたの。オシュトルが血相を変えて、どこかへ出かけたって。
それで叩き起こされて、追い掛けてみれば━━
一人でこーんな面白そうなことしてたってわけやぇ。
兄上が行く所、私も付いて行くのは当然です！
あまりクーちゃんを心配させないで下さいな。
『ムゥ………』
知らせた。
秘密にするのが務めかとも思いましたが、口止めもされませんでしたので。
確かにその通りだが、それは口止めをする暇さえなかっただけで……
ですが、何故なぜ……
『………』
答えなくていいかな。どうせ理由があるから。
理由なんかええから早う戦やろ？早う戦やろ？
とりあえず話は後で聞きましょう。
何でもいいのじゃ、夜更かしは健康の大敵じゃ。
聖上に夜更かしの癖を付けさせるわけには参りませぬ。
『皆みなノ気持チハ嬉シイガ、相手ガ悪スギル……』
『ヤハリ変ワラヌナ、オシュトル。』
『ヒトタビ汝うぬガ戦ウトアレバ、死地ヲモ厭ワズ大勢ノ供ガ参ズル……』
『汝うぬガ器ナド、片腹痛イワ。戦いくさハ、己コソ全テ！』
ま、こっちも最初からそのつもりじゃない。
うひひ、そういうことやなぁ。
覚悟はできているとばかりに、それぞれが得物を構える。
『ヨカロウ。所詮ハ足手マトイノ身ト知ルガヨイ。』
『モロトモニ、消シ去ッテクレルワЦ』
用語辞典の戦闘指南に新たな項目が追加されました
『ヤハリ某それがしデハ勝テヌノカ……』
『オシュトル、オ前ノ力ちからハソノ程度カッ！ハッハハハハハッ！』

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『……サスガハ、オシュトルノ手勢、一筋縄デハイカヌナ。』
さしものヴライにも疲れが見えてきた。勝利まであと一歩、だがこちらも皆満身創痍だ。
残された力を振り絞り、八方から総攻撃をかける。
『小癪ナЦ』
全てに対処しようとした一瞬、ヴライにわずかな隙ができた。
『今ダ！』
一気に距離を詰め、正面に回り込む。
『食ラエЦ』
『チィッЦ』
懐に入られ無防備となったヴライの顔面目がけて拳を振り上げた。しかし……
『Ц』
『ハァッЦ』
『ガハッЦ』
大きく振り回したヴライの拳をまともに食らって、こちらが地面へと叩き飛ばされてしまう。
強い……強すぎるЦ
『ドウシタ、オシュトル。コノ程度ノ誘イニ乗ルトハ汝うぬラシクモナイЦ』
続けざまに重い拳が叩き込まれる。
『グッЦ』
『功ヲ焦ッタカ？勝利ヲ過信シテ油断シタカ？』
防御に徹するが、それでもヴライの一撃はこちらの躰の芯を砕くような威力だ。
『ドウシタ！モウ動ケヌノカЦ』
ヴライの拳が容赦なく降り注ぐ。一方的な攻撃となった。
あははははーっ！
アトゥイ殿、迂闊うかつに近づいては……！
援護しようとするが、ヴライの打撃に気流さえもが乱れ、荒れ狂い、武器を向けるのも困難だ。
嵐のような痛撃にひたすら耐える。
これは……単なる捨て身の強さではない。恐らく仮面アクルカの力がヴライの意志と情念に呼応しているのだ。
『……コノ程度デハ我ガ敵トハ呼ベヌッ！』
『グハッЦ』
正面から首を鷲掴みにされ、ぎりぎりと締め付けられる。
抵抗しようとしても、既に体に力を入れることさえ難しくなっている。
ヴライほどの武人もののふが、命の炎を燃やし尽くそうとしている。
『クハッ………クゥ………』
このままでは……
『下ラヌ政まつりごとニ牙ヲ鈍ラセタカ、オシュトルЦ』
ヴライは怒声を張りあげると、掴んでいた首に更に力を込めた。
『グウッ……』
『汝うぬノ力ちからハコノ程度カ？ナラバ……』
『グハッ……クッ……クウウウウウ……』
ミシミシと音を立て、その指が狭められていく。
『弱キ者ヨ、ココデ散レЦ』
その刹那━━
やめてっ……Ц
背後からの悲鳴が、その場を一瞬で圧した。
もうやめて……やめてください！
『ネコネ、カ……』
違うのです……兄あにさまは、私の……兄あにさまは……
でも……でも、私の大切な兄あにさまなのです！だからもう……
兄あにさまぁ……
ネコネの瞳から涙が溢れた。その時だった。
『フフ……』
戦場いくさばにあることを忘れたかのように、柔らかで優しげな笑いが響いた。
『ヨウヤク思イ出セタ。』
『某それがしガ何者デアルベキカヲ。』
『…………』
ヴライ自身も、戦いを見守っていた者たちも、確かに異変を感じ取った。
『ムゥ……』
止めを刺そうとしたヴライの指は、それ以上ぴくりとも動かない。
最後まで閉じられるはずだった指を、瀕死だったはずの指ががっしりと掴み、腕ごと宙に差し上げていた。
……ネコネがそこにいる。
ただそれだけのことで、苦痛を極めているはずの躰に力が漲り、血まみれの顔さえ綻ぶ。
そして、今なら判る。ヴライにとって自分は運命の宿敵なのだ。たとえ身を滅ぼしてでも対峙せねばならないほどに。
ならば、自分の為すべきことは……
『先ホドノ問イニ答エヨウ。』
『……何ダト？』
『貴様ハ言ッタ。『永遠とわニ戦ウコト叶ワヌナラ、己ノ全テヲ滅シ尽クスノモ悪クハナイ』ト。』
『ココデ貴様ト戦ウノモマタ仮面ノ者アクルトゥルカノ定メ。某それがしニ異存ハナイ。』
『……ヨウヤク覚悟ヲ決メタカ。』
『ダガ、決シテ貴様ト道連レニハナラヌ。』
『某それがしニハ、守ルベキ者ガアルノデナ。』
『……ハハハ！』
『ウハハハハハハハハハッ！』
『吐ぬカシタナ、オシュトルゥゥゥゥゥッЦ』
『ウオオオオオオォォォォォォッЦ』
オシュトル！
『我われガ望ミシ仮面ノ者アクルトゥルカノ戦、今ココニ果タサンЦ』
『受ケテ立トウЦ』
それは既に、ヒトとヒトとの戦いではなかった。
仮面と仮面、純粋な力と力がただぶつかり合い、大地を鳴動させる。
二体の巨像が織り成す荘厳な神劇を目の当たりにするかのようだった。だが……
拳を交えるその一方に、微かな異変が現れた。
ヴライの周囲が、まるで鱗粉を纏まとってるかのようにきらきらと輝く。
その体躯が徐々に崩れ、塩と化しているのだ。
『コレコソ我われガ望ム全テЦ我われガ生キル証Ц』
『ヴライ、貴様ハヤハリ……』
『最早言葉ナド無用！』
至福の表情さえ浮かべながら、それでもヴライは戦いを続ける。
そして、ついに━━

п

İ
İ
İ
『クククク……』
『ウハハハハハ！愉快！愉快ダッタゾ！コレゾ戦いくさ！コレゾ死合イヨЦ』
『ヴライ……』
『命長ラエ這イツクバル生キ様ニ何ノ価値ガアル。命ヲ喰イツブシテコソノ人生ヨЦ』
『地獄ディネボクシリデマタ、闘オウゾ、オシュトルッЦ』
『我われハヴライ、八柱将、豪腕ノヴライデアル！』
『ウハハハッЦ
ハハハハハハハハハハハハハ……Ц』
『………』
『ネコネ……』
その巨体を引きずるように、ネコネへ一歩踏み出した。
ぁ……
怯えながらも、ネコネは涙を拭って遙か高みの兄を見上げた。
『怪我ハ……シテイナイカ？』
………
『腹ガ空イタカ？ソレトモ……』
ずっと黙ったままだった、ネコネがようやく口を開いた。
どう……して……
『ドウ、シタ……』
どうして助けに来たのです……？
私は、こんなに……何もできない……心配かけてばかり、なのに……
どうして、兄あにさまは……いつも、そんなに、どうして……
ネコネはそれ以上言葉を続けられず、その小さな躰を震わせるだけだった。
とめどなくこぼれ落ちる涙を、大きな指の先が優しく拭う。
『妹ヲ心配シナイ兄ガドコニイル』
兄あにさま……
あ、兄あにさま……う、うううぅ……
兄あにさま……兄あにさまぁっЦ
ネコネが、その涙を拭う指にギュッとしがみつき、何度もほおずりをしてくる。
『サァ……帰ロウ……』
『皆ミナガ……母上ガ待ッテイル……』
ハイ……
ネコネは、こくりと頷いた。
兄あにさま……一緒に……
『ソウダナ……一緒……ニ……』
兄あにさま？
『………………』
仮面の者アクルトゥルカの瞳から色が消え、ゆっくり後へと傾いた。
兄あにさまっЦ
その巨体は、力なく轟音と共に崩れ落ち、やがてオシュトルの姿へと戻った。
オシュトルさまっ！
慌てて皆が側に駆け寄った。
……傷が深いですね。
早く手当をしないとЦ
今、止血します。
しっかりするのじゃオシュトル！
傷に障ります。どうか揺らさぬよう。
このままじゃ……オシュトルЦ
俺の背にっЦ
急いでЦ何か結わえつけるものは？
この帯を使うといい。
ヤクトワルトの背に乗せられ、あり合わせの帯や紐で揺らさぬよう厳重に固定される。
一同はただ急ぎ山道を駆け下りた。
……血闘の場には誰もいなくなる。ただヴライだった塩の塊が風化し舞った。
しかし、その静寂を破るようにガサリと木陰が揺れた。
何者かが肩を押さえ蹌踉よろめきながら出てきた。それは━━
ああ……
エントゥアはよろよろとヴライだった塩の塊まで歩いて行く。
そして倒れるように膝をつくと、塩の塊に手を差し入れ、何かを拾い出した。
仮面……たった、これだけに……
満足……しましたか？思う存分……
とうに枯れ果てたはずの瞳に、再び涙が灯る。
そして気づいた。
お父さま……
ただ自分は、誰かをそう呼びたかったのだ、と。

ߠ
ʐ
ヴライとの死闘から半月━━
オシュトルが重傷を負ったことで、一時は騒然としたエンナカムイも、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった━━
ん、んむ……少し寝てしまっていたか。
昼過ぎの静かな政務室だった。
いかんな、まだ仕事が残っているというのに……
……痛ツゥ。
椅子から躰を起こそうとした時、背骨に鈍い痛みが走った。
たまらず、今一度椅子に躰を預ける。
ふう……
しかし……今思えば、全てが遠い夢のようだ。
ヴライとの戦いからもう日が経っているが、普段通りになるにはまだ時間が必要らしい。
だが……これが常人の回復力ではないことは自分が一番よく判っている。
これが仮面アクルカの力……
再び机に向かおうと身を起こすと、肩にかかっていた布がずり落ちた。
……パサッ。
んぁ……？
……誰かがかけてくれたのか。
その気遣いに感謝しつつ、ずり落ちた毛布をたたみながら部屋を見渡す。
誰も居ないのか……ん、そういえば……
確かオウギが、今日は朝から広間の方に詰めていると言っていたな。クジュウリから献上品が来るとかで……
また物資を送ってくれるとは、ルルティエのことがあるにせよ予想外の大盤振る舞いだ。
顔を出しに行くか……
主あるじ様。
……っと？お前達か、どうした。
ずっと見てた。
お側に控えて、目覚めをお待ちしておりました。
待っていた？どうした、何かあったのか？
呼んでいる。
オウギさんがお呼びです。クジュウリからの積荷の確認が終わったそうです。
頼まれた。
主あるじ様が起きられたら、大広間の方へ来ていただくようにと言付ことづかっています。
大広間？広間ではなく、か？
入りきらなかった。
量が多すぎて、広間では手狭てぜまになったそうです。
手狭てぜまって、どれだけの量が来たっていうんだ……
……ん？起きたらと言うことは、某それがしが寝ている時にオウギが来たという事か？
……（コクコク）
それならば起こしてくれれば良いというのに……伝言の手間も省けるだろう。
疲れている。
主あるじ様は疲れが溜まっておられるようです。
そうか……ヴライとの戦い以来、まだ本調子ではないからな、皆みな、気を使ってくれているのだろう。
おかげでよく眠れたよ、二人ともありがとう。
あとで他の皆みなにも礼を言っておかねばな。だいぶ楽になった気がする。
こちらこそ。
むしろわたし達の方がお礼を言いたいです。
眼福だった。
主あるじ様の寝顔、暗い布団の中とはまた違う趣おもむきがありました。
もう少し見ていたかった。
思ったより早く起きてしまって、少し残念です。
お、お前達……
ちょっとした脱力感を覚え、自分の肩が重くなったような気がする。
この二人は……まったく、いい話ということで締めさせてくれないんだな。
まぁいい……ともかく、遅くなってしまったがオウギの所に行くとするか。
立ち上がろうとした時、外に誰かの気配を感じた。
兄あにさま……入ってもよろしいです？
どこかためらいがちなネコネの声が聞こえてきた。
ああ。
失礼するです。
双子たちが側にいるのに気づき、ネコネが微妙に躊躇ためらった。
お前達、先に行ってオウギにもうしばらく待てと伝えてもらえるか？
双子に命じると、こちらの意図を察したのか音ひとつ立てずに扉から出ていった。
どうしたのだ、何か急用か？
何か言いたげな表情のネコネに言葉をかける。
兄あにさま。
その、お躰の具合は……
まだ本調子とはいかぬが、執務には支障ない。ネコネには心配をかけたな、済まなかった。
…………
……兄あにさまなのに、他人行儀なのです。
親しき仲にも礼儀あり、ということだな。
笑いかけると、ネコネは何も言わずこちらに近づいてきた。
そして、ちょこんと膝の上に乗ってきた。
珍しいな……
甘えたいのか？
違うです。
口ではそう言うが、膝の上にぴったりと体をくっつけて降りようとしない。
この頃、兄あにさまの感じが変わってきた気がするです。
ネコネこそ、雰囲気が柔らかくなった気がするがな……
本心は粧よそおえるものではなく、滲み出てくるものなのだろう。
自分はネコネに対して本当の兄であろうとしすぎたのかもしれない。ネコネにもそれが重荷になっていたとしたら……
気がつくと、ネコネの髪を掌てのひらでそっと撫でていた。
兄あにさま……
ネコネは瞳をきゅっと細め、ただされるままにしていた。
そうだった。オウギが待っている。
わたしも……行っていいですか？
ああ、行こう。
立ち上がり、手早く身支度を整えてから扉を開けた。
………
何故なぜまだそこにいる？
生温なまぬるい。
求められるより多くを施すのが主あるじたる者の務めではないかと。
お前達は何を言っているのだ？
傍かたわらではネコネが頬をぽっと赤くしていた。
双子に連れられ、オウギの伝言にあった大広間の前へと辿り着く。
しかし、広間が手狭てぜまになる程の物資……一体、どれだけの量が届いているんだ？
知らない。
わたし達も運び込んでいる所を見てはいないので、よくわかりません。
ネコネはなにか聞いているか？
いえ、クジュウリから親愛と友情の証という以外、特には……
どちらにしろ、開けてみればわかることか。よし……
大広間の扉を開き、部屋の中を見回してオウギの姿を探す。
オウギ、待たせてすまない。それで、物資というの……は…………
目の前に広がる物品の量に、思わず言葉を失う。広い部屋には、武器に防具、食料や様々な日用品などが文字通り山と積まれていた。
オシュトルさん、お目覚めになられましたか。お疲れのご様子でしたから、もう少しお休みになられていてもよかったのですが。
ああ……いや、感謝する。お前達の心遣いのおかげで充分休めた。
礼など……貴方に倒れられる方がコトですから。お気をつけください。
そうだな、心に留めておこう。それで、これが今朝、言っていた……？
クジュウリから送られてきた物資です。ご確認頂こうと思いまして。
これが……全部？なんというか……尋常ではない量だな。
オウギさま、これで全部だそうです……あっ、オシュトルさま。もうお体はいいのですか？
おかげ様でな。ルルティエも手伝っていたんだったな。
はい、この荷物にはわたし宛のものも多くありまして、確認のついでに……
ルルティエ宛？オーゼン殿からの援助物資だけではないのか？
はい、お父さまがどうしても、と色々と送ってきているんです……あっ、オシュトルさま、これを……
ルルティエが手に持っていた書簡を受け取る。
今回来た物資の一覧か。剣に鎧、保存食……鏡や反物までもか。戦いくさの為の物資だけでは無いのだな。
ええ、聖上への贈答品もかなりの割合を占めています。この品々で聖上への忠誠の強さを表したいということでしょう。
だが、この量はいささか多くはないか？だいぶ気前がいいように思えるが。
目録を確かめるだけで一苦労なのです。
出し惜しみなし。
この量、帝都へ献上していた物資よりもかなり多いです。
損得抜きで忠誠を誓っているという心の表れでしょう。でなければこれほどの量の品は出せません。
ふむ、志こころざしが高いのは喜ぶべき事なのだろうが……
ざっと目を通した書簡の一部分、ルルティエ宛てと思われる品目に目が行く。
それに加えて、暗に娘の事もよろしく頼むと言われている様に思えるのだが……
彼女宛の荷物は箪笥たんすや鏡台等、まるで嫁入り道具と言えるような物品ばかりが送られてきている。
ありえますね。目に入れても痛くない、と言った感じの可愛がり様でしたから。
心当たりがあるのか、ルルティエが顔を赤くして俯うつむいてしまう。
クジュウリ皇の親馬鹿は、相変わらずのようだな。
しかし、これ程の量の物資は有難い。これでこのエンナカムイもかなり……
おぉ、なんかスゴイぞ！ココ、スゴイぞ！
献上品の山に近づこうとした時、部屋の入り口で大きな声が上がる。
この声は……
弾んだ声とドタドタと廊下を走る音と共に、シノノンが部屋に飛び込んでくる。
どうした、こんな所で。一人で遊んでいるのか？
ちがうぞ、みんなといっしょだ！
みんな……？
ほらシノノン、走って先に行っちゃダメってば。また転んでも知らないんだから。
へいきだ！それよりもすごいぞ、いろいろやまもりだ！
まぁ、本当に。反物や食べ物がいっぱいですね。
これがすべてクジュウリからの援助の品々……
おぉ……すごい量じゃな……
にわかに大広間が、物資の山を見ての感想で賑わう。特にアンジュは物珍しげにそれを見上げている。
聖上……皆みなもどうした、大勢で押しかけて……
ルルティエにクジュウリからの物資が届いたって聞いたの。それでどんな物か気になっちゃって……
そしたら、シーちゃんに引っ張ってこられまして……途中で姫殿下とムネチカさまもご一緒になったんですよ。
おたからいっぱいってきいた！
お宝かどうかは微妙だが、確かにいっぱいではあるな……
余も同じくルルティエから聞いてな。しかし、随分と多いものじゃな。帝都にいた頃の献上品はもっと少なかった気がするぞ。
これほどたくさんの雑多な品々は初めて見る……こういった物も送られてくるのじゃな。
それはそうだろう。皇女さんの所に運ばれてくるのは、献上品をさらに厳選したものだろうし、珍しく思うのも無理ない、か。
これはほとんどが戦いくさの為のものなのじゃな？
はい、物資のほとんどが武具をはじめとした、戦いくさに必要な物ばかりとなっています。
といっても反物や鏡なども届けられていますし、そういったもの以外の品もあるようですが……
こちらは薬草の類でしょうか？
うん……本当、薬草もいろいろ種類が揃ってる。それもこんなにたくさん……
薬師くすしとしても珍しいものがあるのか、感心した様に物品に目を通している。
なぁなぁ、うまいものもあるのかЧ
ええ、といっても食糧のほとんどは乾燥させた保存食なので、美味しいといえる物は少ないと思いますよ。
……あるにはあるんだな！なぁなぁ、あれ、たべたらダメか？
ふむ……食べ物もいいが、面白そうな物もたくさんあるようじゃ。ここはひとつ、宝探しでもしてみるか！
おぉ！おたから、さがす！
よし、いくぞシノノン！
聖上。
駆け出そうとするアンジュを、ムネチカが鋭い一声で留める。
他の者が見ております。お戯たわむれはお控えください。天子として、臣下への示しがつきませぬ。
少しくらいは良いではないか。固いことを……
……わかった。大人しくしておくのじゃ。
ジッと見つめてくるムネチカの瞳に、アンジュは渋々承諾するように目を逸らす。
別に見るだけならいいと思うけど……あっ。
献上品の山の中から、ひとつの反物をクオンが手に取る。
わぁ、この反物、模様がすごく綺麗……こんな染め方、初めて見るかな。
それ……ユツマ模様というんです。わたしの國でしか採れない染料を使って染めているんですよ。
いいなぁ、こっちにはこんな染め物もあるんだ……ね、ね、どう？似合うかな……？
服のように自分の躰に反物を巻きつけて、クオンがこちらに聞いてくる。
ハイ、お似合いです。クオンさまの髪の色にもぴったりです。そうですよね、オシュトルさま？
ああ、似合っているぞ。
とっても。ウルトリィ様みたいに、キラキラしています。
あ、はは、ありがとう二人とも……ああ、でもいいなぁ、この生地……
クオンは身にまとった生地を撫でながら、ウットリとその感触を堪能する。
この反物を使ったら、どんな素敵な服が仕立て上がるのかな？ふふ……
あの、クオンさま。よろしければその反物、差し上げましょうか？
えっ、これってエンナカムイへの献上の品なのに……私わたくしが貰ってもいいのかな。
はい！それはお父さまがわたしへと送ってきた分なので……オシュトルさまのお許しがいただければ。
……オシュトルさま、よろしいでしょうか？
ああ、構わぬ。ルルティエに送られた品故、ルルティエの好きにすれば良い。
律儀にこちらを窺うかがっていたルルティエの顔が、明るく輝く。
ありがとうございます。クオンさま、どうぞお受け取り下さい。
本当Чルルティエありがとう。
ルルティエの言葉を受けて、クオンが嬉しそうに反物を抱きしめ頬ずりを始める。
何をお仕立てになりますか？
外套アペリュでもいいですし、帯トゥパイでも……首巻きにしても、暖かいんですよ。
そうだね。んふふ、どうしよっかな♪
浮き浮きしているクオンに、フミルィルが面白そうに言う。
でもクーちゃん。お裁縫は上手に出来るのですか？
う……い、今は上達してるんだから。
そうなんですか。首巻きを作ろうとしていくつも大きな鞠にしていたクーちゃんが……
……もぅ、今は自分の服だって自分で縫っているんだから。
ただ、こんなに綺麗な布地で作るのは初めてだけど……
少し不安そうに、ルルティエから受け取ったばかりの生地に視線を落とす。
そういえば以前、『服を新調してあげようか？』と言われたこともあったな……
安心して、私わたくしがクーちゃんの為に一肌脱ぎますから。
……え。
もぅ、忘れてしまったんですか？私わたくしがお裁縫も得意だということ。
初めて聞くな。その口振りなら、服も仕立てられるようだが……
はい、昔からこれが一番得意なんです。この服も、私わたくしが一から仕立てた物ですから。
その服、自作だったのか……なるほど、言うほどの腕はあるのだな。だがその露出の多さも自前なのか……
さ、私わたくしに任せてください。きっとクーちゃんに似合う服を拵こしらえてみせます。
ええっ、と……フミルィルの気持ち、すごく嬉しいかな。きっといい服を仕立ててくれると思う。で、でも……
…………？
そ、そう！この國は寒いし、フミルィルみたいな服じゃ風邪引いてしまうかも……
あら、遠慮しなくてもいいのですよ？クーちゃんの為に精一杯、頑張りますから。
う、うん、ありがとう……でも、私わたくしもいつまでもできないままじゃいられないから……ねっ？
これほど質の良い布地、クーちゃんではちょっと持て余しませんか？
う……そ、それは……
フミルィルの言葉に、クオンは思わず言い淀む。
クオン……必死だな。確かに、フミルィル以外の者が彼女の様な服を着るとなると……
クオンがフミルィルの様な服を着ている姿を、頭の中に思い描いてみる。
阻止しようと躍起になるのも頷ける。しかし、助け舟を出そうにもどうすれば……
あの……よろしければその反物、わたしに仕立てさせてもらえませんか？
ルルちゃんがですか？
はい！クオンさまにはいつもお世話になっていますから、少しでもお返しができればと思いまして。
あの、ダメでしょうか？やはりフミルィルさまの方が……
ううん、お願い！ルルティエ有り難うっЦ
わわっ、く、クオンさまЧ
あ、あの……み、皆みなさんがみています。ですから……その……
嬉しさのあまり抱きついたクオンの頬ずりに、ルルティエが恥ずかしそうに身を縮める。
うふふ、ルルちゃんがそう言うのでしたら、お任せしますね。クーちゃんもすごく嬉しそうですし。
すみません。わたしがワガママを言ったようになってしまって……
いいえ、日頃のお礼でしたら邪魔する訳にはいきません。それにルルちゃんの仕立てる服を見てみたいです。
どうなされました。お気に召されたのであれば、手にとってご覧になっては如何いかがか。
いや！なんでも……うん、なんでもないのじゃ。
もしや具合でも？
い、いや、別に余はそんな事などひとつとして……
………あの、アンジュさま？
藍色に白波を描いた反物が、ルルティエの笑顔と共にアンジュの前に差し出される。
アンジュさま、こちらの反物は如何いかがでしょう？
これを……余にか？
はい、とてもお似合いだと思います。よろしければ、わたしにお召し物を作らせていただけませんか？
……す、好きにするのじゃ。余は用意されたものならばなんでも着てやる。
波模様かぁ。確かにその反物も似合うけど……こっちのうずまきの柄も似合うんじゃないかな？
そ、そうか？よくわからぬが……他には無いのか？
クスッ、いまお持ちしますね。
言葉とは裏腹に、嬉々として反物の山を見始めるアンジュに、ルルティエも思わず笑みがこぼれる。
成程なるほど。皇女さんはあの二人の輪に入りたかっただけということか……
先程、もじもじとしていたアンジュの視線が、楽しげに話すルルティエとクオンに向いていた事に気付く。
一言、口に出せば済むことなんだが……まったく、素直じゃない。
……ルルティエ殿。よろしいか？
端切れがあれば、小生にも少し分けてもらいたいのだが。
はい、構いませんけど……もしかしてムネチカさまも服を仕立てられるのですか？
あ、いや……その、手習い程度につくっている小物に布が要り用で、だな……
おお、ぬいぐるみかЧまたぬいぐるみをつくってくれるのか？シノノンも、シノノンのもほしいЦ
品物の中の菓子に目を輝かせていたシノノンが、ムネチカの言葉を聞きつけ迫ってくる。
ぬいぐるみ？
いや、それは友人がだな……決して小生が作るのではなく……
ムネチカはぬいぐるみをつくるのがうまいんだぞ！
シ、シノノンЧ
へやもぬいぐるみ、いっぱいだ！このまえシノノンももらったぞ！
へぇ、ムネチカにそんな特技があったんだ……
だ、だからそれは小生ではなく、友人が……
……ぬいぐるみ、つくってくれないのか？
ぐ……
つくってくれないのか？あたらしいオトモダチ……
そ、それは……
しどろもどろになって弁解する様子を、上目遣いのシノノンに見上げられ、ムネチカは言葉に詰まってしまう。
…………う、うむ。新しい友達をつくらねばな。
やったぞ！
シノノンがピョンピョンと飛び回って喜ぶ姿に、ムネチカも思わず顔を綻ほころばせる。
し、仕方がない。欲しいと言われれば作る他、ない。そういう訳で、小生にも布を分けてくれまいか？
もちろんです。あの……
む、どうしたのだ？
一緒にわたしにも作り方を教えてくれませんか？こういった小物などの作り方は、あまり知らなくて……
しょ、小生が……ですか？いやしかし……
ご迷惑でしょうか……？
いや、そんなことはないですが……
あ、それなら私わたくしもいいかな？小さい物が作れるようになれば、裁縫ももっと上達すると思うんだ。
む……こ、断る理由が見当たらぬか。
うん、なら決まりかな。あっ、せっかくだからネコネたちも呼んで……
ふ、増えるのか……致し方ないか。
それじゃあ、ムネチカのお許しも出たし、えっとぬいぐるみを作るなら……
そう言って、再びクオンたちが物資の山から反物を物色し始める。
平和だな。こうしていると、戦いくさ続きだというのが嘘のようだ。
どうしたのですか、穏やかな顔をして。
いや、こんな光景をみていると、戦いくさを忘れそうだなと思ってな。
確かに、ですがたまにはいいのではないですか？こういった休息も必要です。
そうだな……
それに今朝のように政務中に寝てしまわれれば、仕事が滞とどこおってしまって大変ですからね。
ふふ、気をつけるさ……ん、どうした？
背後から双子に呼ばれるように服を引かれた。
好み。
主あるじ様はどのような服がお好みでしょうか？
好みといえるほど好きな服はないが……何故それを聞く？
新調する。
せっかくなので、わたし達も新しく服を仕立てようと思いまして。
これも縫った。
要するに、自分たちも裁縫が得意だと言いたいらしい。
主あるじ様の好みを聞いておいて、夜のお世話に役立てようかと……
そ、そうか……熱心なことだな。だが、某それがしは特に好みは……
あら、それなら私わたくしも手伝わせていただけないかしら？
ふ、フミルィル殿Чクオンたちと話していたのではないのか？
ええ、でもサラァナちゃん達が楽しそうに話しているから……
それで、オシュトルさまが気に入る服を仕立てるんですよね？私わたくしも手伝っては……駄目？
むぅ……
彼の眷属の施ほどこしを受けるは、矜恃に反します。
とはいえ。
主あるじ様が第一。ここは蟠わだかまりを捨てるのが得策です。
歓迎。
フミルィルさんとなら趣味が合いそうな気がします。
うふふ、そう言ってくださると嬉しいです。
あっと言う間に意気投合している……
……しているんだよな？
積み上げられた物資の向こうからアトゥイとノスリがやって来た。
ふわぁ、綺麗な反物やぇ。
ふむ、ユツマ模様か……これは相当に高価な品だろうな。
広げられていた布地を見るなり、二人とも目を輝かせる。
一目でわかるですか？
ウチは乙女やもん。このくらいは当然やぇ。
私は目利きが必要だったからな。
あら、ちょうどいいところに……
新顔を巻き込んで、なにやら相談を始める。
ふむふむ……ふんふん、面白そうやなぁ。その話、ウチ乗った！
新しい服を皆で試すという訳か。なるほど、確かに面白そうだ。
ネコやんもどうぇ？
でも、わたしの身の丈に合うかどうか……
せっかくの機会、ネコネも楽しめば良いのじゃ。
でしたら、わたしがネコネさまの分もお作りしますが……
私わたくしも手伝っていいかな？
及ばずながら小生も。
シノノンもだЦ
沢山来た。
これは腕の振るい甲斐があります。
ずらりと揃った女性陣が、服を作る方と着る方に別れてああだこうだと段取りを決めている。
これは、何か大変なことになるんじゃないか……？
その予感は的中した。
後日、服のお披露目があった。技術の優劣はあったが、それぞれに個性的な出来映えだった……まではよかったのだが。
皆が見守る目の前で、双子たちとフミルィルが縫った服の紐が見事に解ほどけ……後は阿鼻叫喚となった。
そういう邪よこしまな細工が施されていたのは言うまでもない。
ちなみに、誰がその服を着ていたかを明らかにするのは、固く禁じられている。
戦闘システム協撃が解放されました
戦闘中に特定の条件を満たすと、ユニット同士が同時に連撃を行うようになります。
与えるダメージが増加する、相手の錬技を無効化するなどの様々なメリットがあります。
積極的に狙って戦闘を有利に進めましょう。
用語辞典の戦闘指南に新たな項目が追加されました
ٙ
ݘ
ݘ
ݘ
………………
どこでおじゃるか……
マロの……マロの敵はどこでおじゃるか……
早く……早くでてくるでおじゃるよ……
にょほ……出てこなければ……
ひょほ……ひょほほ……
燃えろ……
何もかも……燃えるでおじゃる……
マロの敵は全部燃やすでおじゃる……
燃えろ……燃えろ……燃えろ……燃えろ……燃えロ……
すべテ……燃えつきロ……
マロロ祖父
━━ひィィィ、火がぁぁぁЦ
マ、ママ、マロロ！何をして━━、き、きき、気でも狂ったでおじゃるかЧ
答えるでおじゃる！うぁぁ、我が家が……マロの家がぁぁぁぁっ！
マロロ父
父上！は、はよう火を消さねば！み、水！みずをぉぉぉЦ
……嗚呼、ようやく現れたでおじゃるな？
━━ひぎッЧがぁぁぁぁぁああああЦま、マロ……ロ、なにをォォォЧ
ち、ちちちちちちち父上ぇぇぇЩマ……マ……マロロЦ其方そなた、何をやったかわかっているでおじゃるかЧ
ここここここのЦこのЦこの親不孝者めがぁЦ
……さなくてハ……いけなイでおじゃる。
……へ？
燃サナくてハいけないでおじャる……
……燃ヤサネバならヌ━━
マロ……ロ……？ま、待て……待つでおじゃる……やめ……其方そなた何をしているのか……た……助け━━
ギャアァァァァァァァァァァァァァァッЦ
ひ……ひィッ、ひィィィィィッ！父上ぇぇぇぇぇЦ
嗚呼……ココニモ元凶がイタ……
ひ……ヒヤァァァァァァァァァァァァァァァЦ
ギャァァァァァァァァァァЦ
…………
ギッ……ひギッ……な……なぜ……なぜ……この父を……
マロ……ロ……
燃エヨ……モット燃エヨ……
モット熱ク、マバユク……マロを縛るモノを、燃やし尽くすでおじゃる。
スべて燃え尽きテしまエ━━Ц
渇望とも呪詛ともつかぬ叫びが、全く不意に断絶した。
ここは……どこでおじゃるか？マロは……マロは何をしているでおじゃるか？
たった今眠りから醒めたかのように、頭を振りながら辺りを見回す。
火がЧ早く消さないと大変でおじゃる……誰か！誰かいないでおじゃるか！誰かっЦ
そして、床に倒れた二つの人影に気づく。
……父上Ч御祖父じいさまっ！
もはや動かない骸を抱き起こし、必死に叫ぶ。
父上っ！父上っ！父上ぇっЦ
誰が、誰がこんな非道ひどいことをっ……
……っЧ
これは……これはなんでおじゃるかЧ
ううっ……頭がっ……頭が痛いでおじゃるっ……
マロロ様。
不意に現れた影が、マロロの名を呼んだ。
……誰で、おじゃるか？
誰何すいかにも答えはない。マロロの瞳に狼狽と畏怖の色が浮かぶ。
ぐふっ……
昏倒したマロロの躰を抱え、踵を返す。
後に残された全てを、紅蓮の炎が飲み込んでいった。
『安定するかは保証できぬ』とはこの事だったか……
私もここまでのことは予想していませんでした。たとえ記憶を制御できても、元々持った情念は消しきれませんから。
彼奴あやつはどうしておる？
眠らせてあります。いつでも起こすことはできますが、如何いかがいたしましょう？
今のままでは手に負えん。
人格を安定させるため、上書きをより強固にしてみましょう。多少は扱いやすくなるはずです。ただ……
記憶の衝突は避けられません。ある程度までなら抑える術はありますが、解消されない場合は……
廃人となることさえあり得ます。
やむを得まい。ただ……
此度の事、彼奴あやつにとって重荷にならぬよう計らえるか？
出来ないことはありませんが……さらに状況を悪くするかもしれません。お薦めしかねますが。
構わぬ。つまらぬ事に気を取られ、働きが鈍るようでは困る。
案外、お優しいのですね。
……早速取りかかりますので、これで失礼します。
……聞いていたな？
はい。
此度の一件はどうなっている？
失火とだけ報じさせ、子細については厳重に伏せるように整えました。
ならば良い。
ですが、よろしいのですか？采配師の家族が何者かに惨殺されたとあれば、これを利用しない手はないかと。
欲張らぬ事だ。オシュトルに気取られれば元も子もない。
承知しました。
その日の昼下がりにキウルから受けた報告は、あまり芳しいものではなかった。
やはり、これ以上の兵は召集できぬか……
すみません、兄上。
いや、よくここまで集めてくれた。大変だっただろう。
ガックリと肩を落としたキウルを、出来るだけ優しく励ます。
実際、方々手を尽くしてもらった後だからな。
そう言ってもらえると、少し救われた気がします。
そこでやっと、キウルは小さく笑みを見せた。
とはいえ、やはり集められる兵力はこの辺が頭打ちか……
ルモイの関を奪還し、クジュウリと同盟を結んだことによって、それに続く國も出始めた。
今動かせる手勢は、当初この國に落ち延びてきた頃とは比べものにならないだろう。
ライコウの策で実質半減していた兵力も、ある程度回復した今なら、討って出ることも可能な程だ。
それでも、朝廷と正面からぶつかって帝都を攻め落とすとなると、まるで足りない。
とはいえ、現状でどこまでやれるか、試すべきか……
兄あにさま、おられますか？
その時、やや焦った様子のネコネが部屋に駆け込んできた。
あ、ネコネさ━━
ネコネは挨拶を告げようとしたキウルを視線で制し、こちらのすぐ側までやってくる。
どうした、そんなに慌てて。
兄あにさま、これを。
そう言ってネコネが差し出したのは、一通の書簡だった。
これは？
今し方届いたです。緊急の要件とのことなのです。
む……
言われて書簡の内容に目を通し━━思わず、それを何度も読み返した。
これは……
兄上、どうかしたんですか？
………
キウルの疑問に答える余裕もなく、もう一度内容を確認する。
読み間違いはない。しかし、この書面は……
八柱将が一人、トキフサ様からの━━同盟の申し入れなのです。
そのために、イズルハへ来訪賜りたいと━━
……成程。それで我々が呼ばれたわけですか。
トキフサからの書簡を検あらためたオウギが、視線を上げる。その隣には、先に内容を確認したノスリの姿もあった。
確か、二人はトキフサ殿の治める氏族の出であったな？
む……それは違うぞ。元々、彼の地━━イズルハを治めていたのは我が一族で、こいつはその後釜なのだ。
ほう？
説明を求めるように視線をずらすと、オウギが爽やかな笑みを浮かべて補足を入れてくれた。
十年程前までは、ですが。
元々、イズルハは我等の氏族が治めており、それを我が家が長オサとなって纏まとめ上げていたのです。
それも今のようなバラバラな状態ではなく、一帯の氏族全てを纏まとめ上げるほどに。
そして、その長オサをしていたのが、当時八柱将でもあった我々の父、というわけです。
父上は強く逞しく義に厚く、帝ミカドの信も絶大で……まさに長オサの中の長オサだったのだ。
ノスリはそう言うと、自慢げに胸を張る。それを見て、オウギが笑みを深めた。
姉上の憧れなんです。その当時の父は。
成程なるほどな。
ノスリは子供のように目を輝かせている。このまま放っておくと当時の武勇伝でも語りだしそうだ。
では、二人ともトキフサ殿と面識はないのか？
む、あることはあるが……
さて、どんな人柄かは、ちょっと判りません。昔、父と確執があった、くらいのことは知っていますが……
そう、か。
つまり、会ってみるまで判らないということか……
有益な情報はなく、先方の意図も判然としない。どう判断したものかと迷っていると、そこにオウギが口を開いた。
オシュトルさんは、この話に乗るつもりですか？
正直、この同盟が成立するなら助かるが━━
相手の意図が知れない限り信用は出来ない、と？
そういうことになるな。
しかし、この機を逃せば八柱将をこちらに引き込める機会はないのでは？
む……確かにいい話ではあるのだが。
この機を逃すのは惜しい。ただ問題なのは……
謀はかりごとであるやもしれぬ。
やはり、罠……なのか？
その可能性も無くはない。
さてさて、ではどうします？
オウギが、相変わらずの爽やかな笑顔で問いかけてくる。
要は、どちらに転んでもこちらの利になりさえすればいい。ならば……
ノスリ、以前お前の家を再興する、という話をしたな。
ああ、それがどうかしたのか？
聖上が帝都へご帰還された暁には八柱将の位を、とも言ったと思うが。
あれは……本気なのか？
少し早いが、ノスリにはこれを機に、氏族をまとめて貰いたい。
だとすれば、家督を継がねばならない。その為には父上を説得せねばならんが……
こちらの言葉に、ノスリは震える声でそう応えた。
なんとか冷静になろうと務めているようだが、次第に大事おおごとになっていく話の流れに、興奮を隠しきれていない。
だが、何故なぜ急がねばならんのだ？戦いくさが終わってからでも良かろう？
今ノスリが氏族の長オサになることには、政治的な意味がある。
政治的な意味？
今のままだと、例え帝位を奪還しても、お家再興がかなうかは怪しいところだろう。
多くの者が、褒賞を目当てに動くからな。手柄は身分の高い者に奪われ、家格の劣る者達が割を食うことになる。
そうですね。今のままですと、そうなるかと。
こちらの言葉が終わらないうちに、オウギが納得の表情になる。片やノスリは半分も理解できていない様子だ。
む？む？いや、どういうことだ？
家柄だけの輩が割り込んできた時、確たる立場のない我々が割を食うことになる、と言う話ですよ。
そうなる前に肩書きを得ておけば、少しは動きやすくなるだろう。
勢力が大きくなれば柵しがらみも増える。そのための手立てだと思ってくれればいい。
それに、ノスリが長オサとなり一族を纏まとめられれば、その分高い地位を与えるのも容易たやすくなるからな。
……つまり、私が家督を継げば、家の再興に近づくのだな？
そういうことだ。
ふむ……
今の話を聞いていたオウギが、何やら考えるような仕草をした。そしてノスリの背中を押すように言葉を続ける。
受けるのが宜しいかと。双方に利点のあることです。
……そうか。
正直、ノスリが今の話を完全に理解しているとは思えなかったので、オウギの援護はありがたかった。
……まあ、きっと面白そうだからとか、そんな理由なんだろうが。
まさかオシュトルが、そこまで我々のことを考えてくれていたとはな。
ノスリが胸打たれた様子でこちらを見つめる。その視線がこそばゆいというか、胸が痛むというか……
今の話には、こちらの打算も大きいんだがな。
今の時期にこの提案をしたのは、一種の保険だった。
トキフサの同盟が真実ならば良し。
例え罠であったとしても、ノスリが氏族長となり、イズルハで確固たる地位にあれば向こうも下手な手は打てまい。
善は急げとも言うからな。父上にも会うとなれば、早々に準備せねば。
家督の相続については無論、某それがしも同行し、口添えしよう。案内を頼めるか？
礼を言うぞ。まあ、トキフサ殿に会う為に近くまで行くのだ、そのついでに立ち寄ればいい。

а
ここがノスリ達の故郷、イズルハなんだ。
道がすごくデコボコなのです……
悪路に慣れていないのか、ネコネは困り顔でつぶやく。
そんな二人にノスリは苦笑気味に答えた。
と言っても、まだほんの入口だが。奥地にはもっと深い森もある。
それで、後どれほどあるのだ？
もう少し掛かるかと。何せ、父上は隠遁いんとんしていますので。
そうか……
オウギの言葉に思わずため息を零こぼしつつ、背後を振り返る。
当初の予定より、だいぶ大所帯になってしまったな。
まずは当然、案内役のノスリとオウギ。補佐としてネコネとサラァナ、ウルゥルがついてくるまでは良かった。
だが、旅と聞いてクオンが名乗りを上げ、クーちゃんが行くのならとフミルィルも付いてくることになり━━
そして退屈だからとアトゥイが食いついてきた辺りから雲行きが怪しくなってきた。
案の定、またアンジュが一緒に行くと駄々をこねだしたからだ。
クジュウリではアンジュの存在が大いに役立った事を考えると、無下にはできない。
当然、護衛としてムネチカが、御側付きとしてルルティエが同道し、ならばとキウルやヤクトワルト、シノノンと……
おや、こめかみなど押さえたりして、どうしました？
……聞くな、判っているだろうに。
ふふふ、いいではありませんか。旅は道連れ━━とも言いますし。
自分の管轄ではないとばかりに気楽な事を。
まぁ、今回はそれなりの軍勢を率いてきた。
連中は目立たぬよう街道を通らず行軍し、すでにイズルハの國境くにざかいに潜んでいる。
いざとなれば、エンナカムイより増援を呼ぶことも可能だ……
心配なのは皇女さんだが……この前のように、秘かに付いてこられても対処し辛い。
いっそ目の届くところに居てくれた方が安全と考えるべきか。
護りは以前より固められているし、装いも普段着代わりの略装をさせている。その正体に気付く人は限られるはずだ。
皇女さんが直接狙われる可能性は低いだろう。
それに、皇女さん自身が腰を上げたとなれば、話し合いを優位に進めることが出来る。
ノスリ達の父は元八柱将であり、忠義に厚い男だと聞く。態々わざわざ訪ねてきた皇女さんを、袖そでにするような真似はしないだろう。
もっともその為にはまず、ノスリ達の父に会わなくてはならないのだが……
辺りは背の高い木々に覆われいるが、木漏れ日が森の中に差し、どこか和のどかでお伽噺のような雰囲気だ。
しかし、森は森。明らかに人里から遠く離れており、いつ獣が目の前に現れ、牙を剥くやも知れない場所だ。
このような奥地に住んでいるとは。オウギの話から世捨て人という印象はあったが、これは想像以上かもしれん。
……ここから先は、徒歩になる。
あの、この先に道はないようですけど。
まあ、隠れるように暮らしているからな。
つまり、この森を抜けていくしかないのだな。
その言葉を聞いて、荷車の中からアンジュが顔を出す。
なんじゃ、結局歩くのではないか。
聖上、お手を。
うむ。
ムネチカに手を引かれて、アンジュが荷車から降りた。
荷車や付き人をここで待たせておいても問題はないのか？
この辺りはヒトを襲うような獣は生息していませんし、賊に襲われる心配もありません。心配無用かと。
なあ、まだつかないのか？
む……ああ、もうちょっとだ。
もうちょっとって、どのくらいだ？
え、ええと……半刻ほど、か？
……はんときってどのくらいだ？
なぬ？そ、それは……ええと、だな、何というか……
？
それはねシーちゃん、歌を歌いながら行けば、あっと言う間くらいなの。
あっというまかЧ
ええ、一緒に行きましょ。も～りを歩こ～♪一緒に歩こ～♪
も～りをあるこ～♪
もう……
すっかり遠足気分の二人を見て、クオンは溜息をついた。
ヤクトワルト、二人から絶対に目を離さない方がいいかな。私わたくしも十分に気をつけるから。
お、おう。
………
勝手に盛り上がる連中に構わず、ノスリは心ここにあらずといった感じで、立ち尽くしている。
そんなノスリの顔をひょいとアトゥイが覗き込んだ。
なぁなぁ、ノスリはん。
ぬわぁぁЧと、突然どうした！びっくりするではないかЦ
あやや、そんなに慌ててどうかしたのけ？
い、いや、何でも無い、何でも無いんだ！
ふぅん？まあええんやけど。
それにしてもノスリはんのとと様って、帝都での暮らしから、こんな何も無いところに引っ込むなんて、物好きなんやねぇ。
まあ、私もここまで辺鄙なところに住まなくてもとは思うのだが……
父上は表向き、國外に追放されたことになっていますからね。仕方がないのです。
むぅ……
オウギの言葉に、ノスリが不満そうな声を上げた。
そんなノスリの様子をじっと見つめる。
先ほどからノスリの様子がおかしいな。お家再興のためとはいえ、家を飛び出したんだ。もしかしたら帰りづらいのか？
しかし、ここまで来てノスリの心の整理が出来るのを待つわけにも行かんしな。
状況がノスリの意識を揺さぶる事に期待するしかないか。
ねえ、早く出発した方がいいんじゃないかな？このままだと日が暮れてしまうと思うけど。
そうだな、手荷物だけ持って出発しよう。
ノスリ達の先導に従って半刻ほど森を進むと、僅わずかに開けた土地に行き当たった。
小高い山と裾すそに広がる森の狭間はざまに、身を寄せ合うように建つ家々が小さな集落を形成している。
ここが……
ええ、目的の場所です。
なんだか、綺麗に整ったお庭のような感じがします。
確かに、まるで絵の中の風景を見ているようだ。
その集落は決して広くはなかったが、何一つ過不足のない箱庭のような佇たたずまいだった。
畑があり、牛舎があり、家々のすぐ傍かたわらには小川がさらさらと流れている。
こんなところで、のんびりと暮らせたら……思わずそんなことを考えてしまうほどに、完成された空間だった。
……まあ、何もないところだ。
こちらの印象に反して、何処どこか物足りない顔でノスリが応える。
長閑のどかでいいところだと思うのだが……
おう、お客さんかい。
そんなことを思っていると、飄々ひょうひょうとした感じの男が声をかけてきた。まるで初めから来客を知っていたような態度だ。
その顔に浮かぶ笑みは、どことなくオウギと通ずるものがある。
そんな彼の前にノスリとオウギは揃って進み出た。
ただ今戻りました、父上。
相変わらず、お元気そうでなによりです。
やはり、ノスリ達の父か。
すると、男も薄く微笑み、それに応えた。
そりゃあ、お互い様だな。で……
ノスリ達の挨拶に軽く答え、男の視線がこちらに移る。その目の奥には、隠しきれない好奇の色が見えた。
そちらさんは？
その男の視線に受けて立つように、前へ進み出て、一礼をした。
お初にお目にかかる。某それがしはオシュトルと申す者。以後、お見知りおきを。
ほう、お前が噂の・・・・・オシュトルねぇ……
で、そっちの女将軍は最近、八柱将になったムネチカとやらかい？
若輩者である小生の事も御存知だったとは。真に恐縮です。
ノスリの父親は集まった一同を見て愉快そうに目を細める。その様子は、世を儚はかなんで身を隠したとは到底思えない。
むしろ、ガキ大将がそのまま歳をとったような感じか。
ゴホン……父上。オシュトル殿が名乗ったのだから、父上も名乗るべきではありませぬか。
おお、そうだったな。
娘の言葉にうなずくと、男は服を祓い、軽く背筋を伸ばした。
ゲンホウと申す。娘等が世話になっているようだな。
ああ、いやこちらこそ……
飄々とした態度のままそう言われ、返す言葉に詰まってしまう。
まあ、なんにしても立ち話ってことはあるまいよ。折角だから我が家に━━って、何人連れてきてるんだ、お前ら。
ゲンホウが呆れたように言う。その辺はこちらとしても同感だったので、反論のしようがない。
それに━━
？なんじゃ？
ゲンホウはクオン達の間に紛れるように立つ略装のアンジュに視線を移す。
まさか気付いたのか？皇女さんとは会っていたとしても、恐らく赤ん坊の頃。すっかり見た目が違うはずだぞ。
しかし、ゲンホウはそれ以上何も言わず、踵きびすを返した。
……まあいいさ。詰めりゃ入るだろ。ほれ、ついてきな。
ゲンホウの案内で一同は彼の家へと向かった。
ゲンホウの家はさほど大きくもない、よくある普通の農家といった感じだった。
しかし、通された客間は質素だがしっかりとした造りで、それなりの広さだ。
ただ、部屋の隅には茶器やら骨董やらが積み上げられ、壁には描きかけの絵が立てかけてあり、その辺りは雑然としている。
相変わらずですね……
オウギは客間の様子に苦笑した。それに対して、ゲンホウは悪びれる事なく、笑って応えた。
なんせお前等が飛び出してからは、俺の独り住まいだからな。
まあ、適当に座れ。ここにゃ、礼儀を気にするような奴はいねぇからな。
ゲンホウはそう言うと、上座の辺りに適当に腰を下ろす。それを見て、皆も腰を下ろした。
さて、どう話を切り出すか……だ。
不敵な笑みでこちらを見つめるゲンホウを見つめ返した。
オウギの父ともなれば、迂闊うかつなことを口走ったら足元をすくわれかねない。
まずは当たり障り無く話しかけ、糸口を探ってみるか。
そう考え、大げさにならない程度に腰を折った。
突然の来訪、また大勢で押し掛けた事、誠に申し訳ない。更にはこうして席を設けていただいたこと、深く感謝する。
なに、構わんさ。畑仕事はもう終わっているからな。後は日が暮れるまで、のんびりと釣りでもしようかと思ってたところだ。
ほう、釣りを嗜たしなまれるか。
ゲンホウの表情を窺うかがいつつ、自分は竿を構えるふりをした。
こんな陽気の日に、木陰で盃を傾けつつ、釣り糸をたらすなど出来ましたら……また格別でしょうな。
すると、ゲンホウはニカリと笑い、こちらの話題に食いついた。
ふっ……あんたもやるのかい？
噂うわさを聞く限りじゃ、面白味の無い堅苦しい漢だの、卑劣漢だの、さんざんな言われようだったが……判ってるねぇ。
何が真実かってのは、会ってみりゃ一目瞭然ってことよ。
どこまで本気か判らないが、ゲンホウはニヤケ顔で顎あごを撫でる。
酒も釣りも、嗜む程度の若輩者ですが……
しかし、ここは良い所ですな。緑豊かで温かく、風穏やかで、辺りには生命の息吹を感じる。
ああ、ここはいいぞ。土地が豊かでね、贅沢しなけりゃちょいと働くだけで、後は悠々自適に暮らしていける。
狩りや釣りを趣味として、時には親しいヤツ等とショウギを打ったり、詩うたを競ったり、呑んで騒いでってな。
それはなんとも粋な暮らしですな。いやはや羨ましい。
そう言いつつ客間を見回し、壁ぎわの、描きかけの絵を見た。
その絵、描きかけのようですが、もしやゲンホウ殿が？
ああ、最近ちと凝っててな。これが難しい上に奥深くてな。中々に面白いときたもんだ。
これなんか自分じゃ結構上手く描けたと思ってるんだが……
ゲンホウはそう言うと、手近な壁に立て掛けてあった絵の一枚を引き寄せる。
そこに描かれていたのは、紫色の花弁をした特徴的な花。
煌きらびやかさこそ無いが、眺めてると和やかな気分にさせてくれるような……可憐で綺麗な花だった。
そのお花……
わぁ……綺麗……すごくお上手です。
ほほう、お世辞抜きでそう言ってくれるとは嬉しいね。
でも、そのお花……何のお花ですか？見たことないお花ですけど。
異國の花だからな、見たことないのも無理ないさ。
こんな辺鄙なとこにまで来てくれる知り合いがくれた花でな。
彼女にとっても思い入れの深い代物らしい。何でも『家族』や『小さな幸せ』なんかを象徴する花だそうだ。
あの、そのお花は何処どこに咲いているんですか？
この花がどうかしたのか？
ぁ……う、うん、私わたくしの故郷によく咲いていたお花だから、ちょっと懐かしいかなって。
それに……ちょっと思い入れのあるお花だから。
ほほぅ？なんなら摘つんで帰るかい？裏庭の花壇に咲いてるが。
いいんですか？
なぁに、そういうことなら少しくらい構わんさ。
そう言って、ゲンホウは腰を上げると、右手を口元にやってくいっと飲む仕草をした。
ああ、そうそう、お前ら、いける口かい？
今年の仕込みは上々でな。こんな辺鄙なとこまで来たんだ、客をもてなさねえのは仁義に反する。
すると、待ってましたとばかりにアトゥイとヤクトワルトは身を乗り出した。
はいは～い、大好物やぇ。
ほほぅ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。
あの、こんな時間からお酒は……
まぁまぁ、せっかくのお誘いなんやし、ええと思うけどな。腹を割って話すのは、やっぱ宴会が一番と思うんよ。
ウチの男達も殴り合いの喧嘩した後には、飲んで騒いで仲直りするぇ。
そうこなくちゃな。よっし、なら取って置きのを馳走してやるか。
ホントけ？おじ様最高♪
何の何の、ハッハッハ。
姉あねさま、よろしいのですか？
いいんじゃないかな。親睦を深める為に、お酒の席を設けて腹を割って話すというのは、私の実家でもよくやっていたし。
そう言いつつ、クオンは腰にぶら下げたぐい呑みを、いそいそと取り出す。
姉あねさま……
ぅ……ホ、ホントだから。お酒を飲む為の口実とかじゃないから。
一方、ゲンホウはクオンの取り出した盃に眼を細めた。
ほほう、自前の盃とは……しかも夜空のような漆黒の中に、明星みょうじょうのごとく輝く鏤ちりばめられた金の釉滴ゆてき……
そっちの姉ちゃん、只者ただもんじゃねえな。
ふふん、そちらこそ、これが判るなんて。
判るも何も、それは判んねえ方がどうかしてるねえ。
お気に入りなんですけど、どっかの誰かさんには『ボロギギリみたいな色だな』とか言われちゃったから、ちょっと……ね。
ほぅ、ソイツをか？好みは人それぞれだが、そいつはもう少し見る目を養った方がいいな。
私わたくしもそう思うかな。
……まさか、自分のことを言ってるのでは。
それじゃあ客人を働かせるのは気が引けるが、ちょいと酒宴の準備を手伝ってもらえるかい。
おてつだいか？シノノンはおてつだい、とくいだぞ。
はっはっはっ、元気のいいお嬢ちゃんじゃねえか。お嬢ちゃんには何か菓子を食わしてやろう。さて、いま酒とつまみを……
そう言って、部屋を出ようとするゲンホウにノスリが大きな声を掛けた。
父上Ц
その声にゲンホウはゆっくり振り返る。彼の目の前にはかなり緊張した面持ちでゲンホウの顔を見上げるノスリの姿があった。
父上に折り入って話がある！私達は━━
すると、ゲンホウはその全てを聞くことなく、大きな溜息をついて答えた。
やれやれ、全く無粋なヤツだ。
な、なぬЧ
要はお前、自分に家督を譲れって言いに来たんだろう？
う、うぐぅ……
先手を取られ、ノスリは思わず言葉に詰まる。
ったく、おまえは相変わらずこらえ性がねえっていうか。
やはり、こちらの思惑などお見通しだったというわけか。
だが、向こうから話題を振ってくれたのは有難い。
お判りになりますか。
だから言ったろうが。お前が噂の、ってな。
そう言うと、ゲンホウは満面の笑みを浮かべる。
ヤマトのきな臭さは、こんな辺鄙なところに居ても臭ってくる程だからな。
戦をやるにゃあ兵が要る。この辺は独立してる氏族も多いし、数を集めるにはうってつけだ。
では……
だが駄目だ。
とりつくしまもなく、ゲンホウは一蹴した。
何故です、父上！ここで正統である姫殿下に加勢すれば、家の再興も夢では━━Ц
やっぱり、そんな下らないこと考えてやがったか。
娘の言葉に呆れたように息をつき、こちらに再び視線を合わせる。
なあ、オシュトル殿。俺はな、テメェのガキに、お家だの氏族だのなんて重てえもんを背負わせるつもりはねえんだ。
何故だ、父上！私にはちゃんと、一族を背負って立つ覚悟がある。
覚悟なんて言葉を軽々しく使うんじゃねえ。大体お前、一旗揚げると言ってここを飛び出してから、何か成したのか？
どうせヤンチャばかりして、そこにいる皆様に迷惑ばっかり掛けてたんだろう？
ぐ……っ。
自分のケツを拭けないモンが偉そうな口を利くもんじゃねえЦ
容赦無く叱責され、ノスリは悔しそうに視線を落とす。
ノスリは返す言葉もなく、このまま全てが立ち消えるかと思われた時、凛とした声が響いた。
今の言葉、聞き捨てならぬぞ！
ほう……
ゲンホウはその声の主を目敏めざとく見つける。それに応えるよう、ヒトの間に隠れるようにいた少女が立ち上がった。
それは略装のアンジュだった。しかし、ゲンホウはその正体を知ってか知らずか手厳しく返した。
これは父娘おやこの問題だ。部外者が口を出していいもんじゃあねえな。
しかし、アンジュはひるまず言い返した。
そんなこと、余の知ったことではない！良いか、ゲンホウЦ
アンジュはゲンホウにビシリと指先を突きつける。
ええと、良いか、ゲンホウよ。今のヤマトの動乱を、収め━━帝都を、正しき……治世？
むむぅ、よく見えぬ、もっと上じゃ……
何を見ながら言っている……
たどたどしく口上を述べるアンジュの視線は、傍かたわらに控えるキウルがこっそり広げている巻物にそそがれていた。
ええい、まだるっこしいЦ
アンジュは癇癪かんしゃくを起こしたかのようにそう言うと、巻物を奪い取り、床にたたきつけた。
何も知りもせんと詰まらん言いがかりをつけるな！ノスリはな、余を救ってくれた恩人なのじゃ！
ノスリだけではない。ここにいる皆が手を差し伸べてくれたからこそ、余はここに居る。
この者達だけなのじゃ……余の側にいてくれたのは……
この者達だけが……余に…………
自みずからの言葉にこれまでの苦難を思い出し感極まったのだろう、その眦まなじりには涙の雫が浮かんでいた。
キッ━━とアンジュはゲンホウを真っ直ぐ見据える。
そのノスリを貶おとしめることは、余が許さんЦ
聖上……
ノスリの思わず漏らしたその名に、ゲンホウはふっと表情を柔らかくした。
……やはり、そうであらせられましたか。
そう言って、ゲンホウはうろたえる事無く、膝をついた。
これまでの無礼、お許しあれ。
姫殿下。
その余裕溢れる様子に、こちらも悟る。
やはり、これも気づかれていたか。ならばこちらも皇女さんの言葉を盾に押し切るまで━━
ゲンホウ殿。
んん？
ノスリが何を成したか━━、そう仰おっしゃいましたな。
ああ、確かに言ったねえ。
では、これでもまだ判りませぬか？
厳しく顰しかめられていたゲンホウの表情に、好奇の色が浮かぶ。
ふふ、ちっとも判らないねえ。一体、こいつが何を成したっていうんだい？
ノスリが成した事、それは━━
聖上の、大いなる信頼。
……ほう？
ゲンホウは驚いた顔をしつつも、その口元を緩ませる。
強兵の為とはいえ、聖上が御自らここへと足をお運びになった。そして、先程の御言葉。
その意味、判らぬとは思えませぬが？
つまり、娘は姫殿下の覚えがめでたいってわけか。このヤマトの、帝ミカドとなるべき姫殿下の。
そう、これぞノスリが聖上の寵臣であることの、紛うこと無き証。
それでもまだ足りませぬかな？
うむ……うむ！その通りだ！その通りであるぞ！
聖…上……
ノスリはアンジュの前に跪ひざまずくと、深々と頭を垂れる。
我が命、聖上に捧げまする。
すると何が愉快だったのか、ゲンホウは腹を抱えて笑い出す。
━━はっ、いやいや、こいつは一本取られたな。そうまで言われちゃあ、何も成してないとは言えねえな。
そこまで信頼を寄せられたら、裏切るわけにはいかねえか。
では、聖上の御為、何卒お力添えを……
ああ、いいぜ。
こんなに面白れぇ面子が揃ってるんだ、一枚噛んでみるのも悪くねえ。
それを聞いて、ノスリとアンジュが表情を輝かせる。
父上……！
ゲンホウよ、感謝するぞ。
ただ。
お家再興となるとちと問題がありますが。
問題？
するとゲンホウは、まるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
ああ、そもそもウチは御家断絶、俺は國を追放された身だ。今更、御家を再興したところで、他の連中を集められるとは思えねえ。
何を仰おっしゃるか、父上が声をかければ皆みな喜んで馳せ参じましょうに。
そりゃ恩を売ったつもりはねえが、長オサとして色々と連中の面倒を見てやったからな。
少しでも義理堅い奴なら、声に応じてくれるだろうさ。
で、ではっ！
だが、そいつは俺が声をかけたらの話だ。その娘にまで従うって奴はどのくらいいると思う？
それは……
ましてや家の命運を分けることともなれば尚更だ。
跡継ぎというだけで、何の力も示さない小娘の声に従う程、連中は脳天気でもお人好しでもねえぞ。
…………
だいたい、コイツはおまえが首を突っ込んだ喧嘩だ。子の喧嘩に親がしゃしゃり出てくるほど、みっともねえ事はない。
おまえがもう寝小便垂れのガキじゃねえっていうなら、手前でなんとかするってのが筋じゃねえのか？
つ、つまりそれは……
やはりノスリ自身の力で氏族を纏まとめなければならぬという事だ。
そういうことだな。で、どうやって連中に認めさせる？
はぁ……やれやれ、後先考えないのは相変わらずか。
まあ、手っ取り早いのは氏族の連中に金印を掲げて見せるこったな。
……金印？
ああ、おまえにゃ見せた事がなかったな。大昔に先の帝ミカドより授かった、我等氏族に代々伝わる長オサの証だ。
後ろにゃ、帝ミカドが控えてるって証拠にもなるから、そこいらの奴らなら見ただけでびびっちまう。
まあ、帝がお隠れになられた今ではどこまで通用するかわからんが、それでも我等が氏族の長オサたる証には変わりない。
あのヴライ将軍も持っていたアレですね。
ああ、アレか。確かにありゃあ、効果覿面こうかてきめんだったな。
おう、おもしろかったな？
要するに、それを持ってる奴が、このイズルハで一番偉いって事になると言いたいのかい。
そんな所だな。イズルハは寄り合い所帯みたいな國だ。そういう御璽みしるしに集まるヒトや力には侮れねえもんがある。
だから正面切って長オサの権威に逆らうなんざ、よっぽど智慧ちえと人徳がない限り多勢に無勢。
おかげでソイツがあればイズルハの中じゃ、少々の無理無茶も押し切ってしまえるって寸法だ。
貧弱ボウヤだったあのトキフサが長オサとなれたのも、金印のご威光ってのが大きい。
なるほど、それを手に入れさえすれば……
私に家督を譲って貰えるのだな！
ノスリは瞳を情熱で燃やし立ち上がった。
譲るも何も氏族を纏まとめて長オサに納まってしまえば、結果的にそうなるもんだろ。
ならば、今すぐにでも金印を手に入れて━━
そう言い掛けて、ノスリの声が急に萎んだ。そして、困ったようにゲンホウを見つめる。そして跋バツが悪そうにゲンホウに尋ねた。
して、父上……その金印は？
ったく、お前は……ホント昔から人の話を聞かねえな。さっき言ったろ。
ゲンホウは呆れ気味に答えた。
トキフサが長オサとなれたのも、金印のご威光ってのが大きい、ってな。
あ……
要するに、金印はトキフサのところだ。そいつをこっちに取り返さなきゃならねえ。
どうする、ノスリ？コイツはちょいと厄介だぞ？
なんせ、アイツも金印を頼みにしてるわけだからな。おいそれと渡してはくれまい。
それでも私は、長オサとならねばならぬのです。
今は昔とはいえ、かつては八柱将にまで列した家柄を継ぐこと。容易たやすいことでないのは判っております。
ですが、これはきっと天が与えた試練に違いない。
これを乗り越えてこそ、長オサに相応ふさわしい者となれるのだと。
……あ？
それにトキフサ殿とてエヴェンクルガの男。事の真相を知れば、快く譲ってくれましょう。
我等エヴェンクルガ族は、義に生きる者ですからな。
あ～……
さすがは姉上、その澄み切った志こころざしに心洗われます。
……おい、オウギ。ちゃんとコイツの面倒を見てくれと、頼んどいたろうが。
ええ、ですので、このように誠心誠意、面倒を見てますが。
…………ああ、お前はそうだったな。
二人とも、何の話をしている？
まあいい、出来るってんなら止めやしねえが。
ゲンホウはそう言って、ちらりとこちらを見た。
まあ、天下の右近衛大将がついてるんだ。滅多なことはあるまい。
それは確かに。天下の右近衛大将なのですから。
ゲンホウとオウギはそう言うと、楽しそうにこちらを見やった。
うまくこちらが利用されている気配を感じ、内心小さく息を吐いた。
やれやれ、仕方ないか。
ならば、こちらからも金印を譲って貰いやすくなるよう、トキフサ殿の地位の保証など提言してみよう。
場合によっては、ノスリには八柱将への推挙を諦めて貰う事にもなるが。
ハッ……そんな大それた事まで目論んでいたのか？
構わんぞ！八柱将はあくまで余禄、本命はお家再興だからな。
家を再興出来るなら、別に惜しくもなんともないЦ
さすがは姉上、八柱将の地位を余禄と言い切るその姿勢、眩暈がするほど感動的です。
はっはっ、ったくそういうところはどこのどいつに似たのかねえ。
ちょうどこの後、トキフサ殿へ会いに行くところ。
見てて下さい父上。見事トキフサ殿を説得して、金印を手にしてみせましょう。
ノスリはそのまま、意気揚々と部屋を飛び出していった。恐らく、この後のトキフサとの会見の準備に向かったのだろう。
しかし、トキフサの腹はまだ見えていない。金印については、ノスリにまかせっきりにするわけにはいかんか。
申し訳ない。せっかくの酒宴の誘いだったが、ここでお暇いとまさせて頂きたい。出来れば、帰りに祝宴を開ければよいのだが。
すると、ゲンホウが何かを考える仕草で呟きをこぼした。
気を付けな。
あくまで風の噂だがな。トキフサが色目を使っているのは、アンタ等にだけじゃないみたいだぜ？
ʐ
ʐ
ʐ

見えてきましたね。
深い森を抜け、道が平原に差し掛かったところで、オウギが前方を指差す。
あれが、トキフサ殿の居城です。
城下町を見下ろすようにして丘の上に聳そびえる城の姿が、ここからでもよく見えた。
そ、そうか……
目的の城を視界に収めて、ノスリが緊張した様子で言葉をこぼす。それを見たオウギが、小さく笑みを浮かべた。
流石の姉上も、緊張しますか。
むぅ、仕方なかろう。長オサの証たる金印、是が非でも譲って貰わねばならんのだ。
聖上の、皆みなの期待に応える為にも、私は……
ノスリが深刻そうな声で呟く。
ノスリらしくないかな、そんなに緊張するなんて。
確かに、この程度で重圧を感じてしまうとはノスリらしくない。
む、私とて緊張くらいする。
だとしても、威風堂々として笑い飛ばすのが何時いつものノスリだと思うな。
むぅ……
し、しかしだな、金印を譲り受けられるかで何もかも違ってくる。お家再興や家督だけじゃなく、これからの戦いとか考えると……
聖上にああ言って貰えた手前、無様な結果を晒すわけにはいかんだろう。
さすがのノスリも期待の大きさや責任の重さを意識するようになったか。
しかし、こちらでも支えるつもりとは言え、舞台に立つのはあくまでノスリだ。こうも緊張していてはマズい。
そう心配するな、既すでに次の手は考えてある。
なぬ？
それならば、金印など無くともノスリが長オサとして認められることになるだろう。
なんと？
ここへ来たのは、予定していたトキフサ殿との接見の為であって、金印の方はついでだ。
最悪、ここで金印が手に入らなくても大きな問題にはならぬよ。
それならそうと何故先に言わない。無駄に焦ってしまったではないか。
次策はあくまで次策。金印があった方が、はるかに楽であるからな。
出来ることなら、ここで金印を手に入れておきたいのは変わらぬ。
だから、あまり気を抜かれても困るが、それ程気負う必要もない。
某それがしを信じて、接見に臨まれよ。
そ、そうか、皆の期待に応えねばと緊張するあまり、少し弱気になっていたようだ。私としたことが情けない。
しかし、私なりに精一杯やってみるつもりだぞ。
ああ、某それがしも期待している。
うむ。
まだ少し緊張しているようだが、上気した顔からは意気込みがひしひしと伝わってきた。その様子に胸を撫で下ろす。
……ホントに頼むぞ。別の策なんてのは何も考えちゃいないんだからな。
そう、これはノスリの緊張を和らげるための出任せ。元より次策などないのだ。
そんな自分にツツツ━━と、クオンが近付いてきて、そっと耳打ちするように囁ささやいた。
さすが、オシュトルかな。
ん？
金印を使わなくても長オサと認めさせる方法を、すぐに思いつくなんて。
私わたくしも色々と考えてはみたけど、正直お手上げ状態だったもの。
………
ええ、さすがです。
僕も色々と考えてみたんですが、なかなか難しくて。
いつの間にか反対側に立っていたオウギが、そう囁ささやいてくる。それに対して、自分は鷹揚おうように頷いた。
と、当然だ。戦いくさは常に万が一に備えるもの。そもそも金印を使う手立てはゲンホウ殿より授かった知恵ではないか。
それとは別に考えていたというだけのこと。
そういえばそうですね。ところで、一体どのような策を？
む……いや、それは……ノスリには適度に気を引き締めて貰わねばならんからな？
他の者が気を緩めてしまっては、ノスリがその雰囲気に飲まれる可能性がある。それは……好ましくないだろう？
成程なるほど、それもそうですね。
うん、気を引き締めないとね。
オウギもクオンも納得したように相槌を打ち、そばから離れていった……
やれやれ、急に焦らすこと言うな。
オウギ達の様子に安堵の息を漏らす。
まさか、あの場でそんな策などないとは言えんからなぁ。
強いて言うなら、この出任せ自体が次策か？
よし、行くぞ。まあ、やれるだけのことはやっておこう。
ノスリ、言っておくが別の策があるというだけで、金印が無くてもいいというわけでは無いぞ。
ふふふ、判っている。大船に乗ったつもりで任せておけ。
何事があろうとも威風堂々。それがいい女と言うものだ。
まぁ、少々不安ではあるが……お前がいい女には違いないか。
よく来て下さった、オシュトル殿。久しぶりですな。
こちらが城に着くと、トキフサ自らが城門まで、わざわざ出迎えに来た。
ああ、久しいな。どうやら変わりなさそうで何よりだ。
ハハハ、おかげさまで。最後にお会いしたのは……聖上の御前でしたな？いやしかし、お元気そうで何より。
……ところで、オシュトル殿は後ろの御三方とだけで参られたのかな？
トキフサがこちらの面々を見て、そう首を傾げる。
あまり大人数で押しかけるのも、迷惑かと思いましてな。
そのような気を使っていただく必要はなかったのですが……
そう言って笑うトキフサの目の奥には、隠しきれない落胆の色がある。
やはり、皇女さんが来ることを期待していたか。
今回ここを訪れるにあたって、こちらが連れているのはノスリとオウギ、そしてクオンの三人だけだ。
他の者は、アンジュと共に國境くにざかいで待機させている。
アンジュは一緒に行くと最後までごねていたが、今回ばかりは大人しくしてもらった。
八柱将ともなれば、皇女さんが本物だということくらい気付いているはず。
さすがにトキフサが敵か味方か判らない状況で、皇女さんを連れてくるわけにはいかんからな。
何食わぬ顔でトキフサに言い渡す。
……聖上には、我等との同盟締結後にお目通り頂くことになりまする。
ああ、いや、それは当然でしょうな。同盟を結ぶまでは警戒するに越したことはありません。
こちらの言葉に慌てた様子で言い繕つくろうトキフサ。
……さてトキフサ殿、その表情は何を意味する？
いつまでもここで立ち話というわけにもいきますまい。ささ、中に。
では、失礼いたす。
トキフサの案内に従って、城内に足を踏み入れる。
あれは……
……オウギ、気付いたか？
ノスリが隣りにいたオウギに囁きかける。
ええ、妙に物々しいですね。
へ？あ……ああ、まるで、これから出陣するみたいだ。
視線を外へ向けると調練場と思わしき広場に、かなりの数の兵が集められていた。
確かに物々しいな。数もそうだが、皆みな鎧で身を固めている。まるで戦いくさに赴くようだ。
それとは別に、あの男……
ねぇ、オシュトル……気付いてる？
クオンがツツッ━━と近付いてくると、気付かれぬよう背後に目配せする。
ああ、クオンも気付いたか。
トキフサから褌ふんどしがはみ出て、ヒラヒラとはためいていることに。
気付いた時は笑いを堪えるので精一杯だった。
何という恐ろしい男……こちらを油断させる罠に違いない。
流石さすがはオシュトルだね。あちこちから視線を感じる……ううん、見られてるとかじゃない。
これは……値踏みされてる？
そ、そうだな？向こうからすれば、こちらが裏切る可能性も充分にある。
備えるに越した事はないということだろう。
そう……だよね。
しかし……
皇女さんが来ていない事に対する狼狽うろたえ様と、城の厳重さ……何か噛み合ってないような気がする。
ふとその時、ゲンホウの家を発つ時の彼の言葉がよぎった。
そういえば、ゲンホウはあの時……
オシュトル殿。さ、こちらへ。
む……
どうぞ、お座り下さい。
そのまま、座敷へと通された。
同盟締結を目的とする重要な会合のためか、客間で相対するのは、トキフサとその護衛と思しき従者だけだった。
まずは、少しカマを掛けてみるか。
……トキフサ殿、何やら随分と物々しい様子ですが。
ああ、あれですか。実は少々、厄介事を抱えておりましてな。
厄介事ですか？
こちらのその問いかけを予想していたのか、トキフサは淀みなく言葉を返した。
実は貴殿等と同盟を結ぼうとしているのを、朝廷に感付かれましてな。邪魔が入らぬよう國境くにざかいに兵を配している所なのです。
それは、一大事なのでは？
いえいえ、ただの牽制でして。既にこちらの心が決まっていれば、どうということもありませんよ。
トキフサはそう言って、余裕のある笑みを見せる。
確かに、筋は通っているか……
して、その感付かれたというのは？
━━ライコウ。
……そういうことか。
その名を出されれば、この城内の物々しさも納得せざるをえない。だが同時に、疑問も浮かんでくる。
失礼だが━━そこまでして我が陣営に手を貸す、その理由をお教え頂けないだろうか。
それは当然、貴殿のお守りしている皇女殿下こそが本物であると、信じているからですよ。
ならばその御旗の下に集うのは、ヤマトの武将として当然のこと。
いかにもな答えだ。しかしその言葉、模範解答すぎる。
居住まいを正して、トキフサにさらに問い掛けた。
こうして顔を突き合わせて話しているのだ。もう少し本音を聞かせていただきたい。
……本音、ですか。
そうだ。今更ではないか？貴公は、この同盟に何がしかの益を見出しているのではないのか？
まさか……オシュトル殿は、私が私利私欲で動こうとしている、とお考えか？
現に貴公は今の今まで行動を起こさず、中立を貫いていた。ならば、その態度を急変させる理由があったと考えるのが自然。
いや、そもそも中立というのも建前で、これまで何度か、朝廷のエンナカムイへの進軍を見逃していたという事実もある。
直接手を下していないとしても、明らかに向こうに利する行為だ。
それは……
ライコウの牽制を受けてまで同盟締結を強行するというのは、これまでの貴公の行動と随分矛盾している。
そこまで危険を冒すには、それ相応の理由があるのではないか？
するとトキフサの顔に、今までとは少し違う、底意地の悪い笑みが浮かんだ。
これは……恐れ入りました。さすがはオシュトル殿。皇女殿下の信任が厚いのも頷けますな。
世辞は良い。それより某それがしはトキフサ殿の本心を伺いたい。
今更、打算で動かれても驚きはせぬし、責めもしませぬ。
勿論、打算もありますが……ゲンホウ殿の事はご存知ですか？
……私の父だ。
突然父の名が出てきた事に、ノスリは驚きつつも頷く。トキフサはそれを見て、満足げに頷いた。
やはり、ノスリ殿でしたか。では、そちらの方も……
ええ、弟のオウギです。
ああ、やはり。お二人とも、若き日のゲンホウ殿の面影が……
……それが、今回の同盟と何か関係が？
直接の関係はありません。ただ……近頃、考えるのですよ。
━━私のやったことは、取り返しのつかないことだったのでは……と。
……っ。
その言葉に、ノスリが小さく息を呑む。今まで黙っていたクオンも、少し不審そうに耳打ちしてきた。
なんだか、予想と違う展開かな。
……取り敢えず、続きを聞こう。
トキフサは、そんなこちらの視線に気づかない様子で頭を垂れ、沈痛な面持ちで語り始めた。
十年程前━━私は、ゲンホウ殿を追放してしまったのです。
当時のゲンホウ殿は、我等氏族の誉れそのものでした。誰もがその背中を追い、一族は一丸となっていた。
……それが、何故？
帝ミカドへの献上品である遺物を、破損させてしまったのですよ。
遺物……
それが、父上の責任だったと？
強いて誰のせい、というものではなかったとは思います。しかし、その場を仕切っていたのはゲンホウ殿でした。
その話を聞き、帝ミカドは大層お怒りになり━━
父を追放した、というわけですか。
……はい。我々氏族にとっても、苦肉の決断でした。
トキフサはそう言うと、まるでこれまでの日々を思い出すかのように目を細めた。
この十年、己の才を信じてできる限りの事はしてきました。
しかしそれでも、私に従う氏族は少数。この國を治めているというのも、形ばかりのことなのです。
実の所、ライコウは以前から我が國の中立に不満を持っていたようです。度々、当て擦りを受けてきました。
それが、今回動いた理由だと？
正直、我が國だけではヤマトからの軍勢に抗する術はありません。
今思い返せば、私がこうして玉座に座ることそのものが、間違いだったとすら思えます。
……つまり、これを機にゲンホウ殿と和解したい、と言うこと？
お恥ずかしながら。
トキフサは悄然しょうぜんと頷くと、ノスリの方に視線を移した。
ノスリ殿。
……何か。
蟲の良い話とは思う。だが、もし叶うのなら━━貴方に、氏族のまとめ役になってもらいたい。
わ、私が……？
未だ信奉厚いゲンホウ殿の長子が立つとなれば、今まで日和見をしていた氏族の者も後に続きましょう。
どう切り出そうかと悩んでいた話を相手から振られて、ノスリは混乱しているようだった。
ま、まあ、それは勿論、構わないが。
おお、ではやって頂けますか！
ノスリのその返事を聞き、トキフサの顔に喜色が浮かぶ。だが、それもすぐに真剣なものに代わった。
……しかし、氏族に号令をかけるとなると家督を継がねばならぬはず。ノスリ殿は、既に継がれたのですかな？
いや、それはまだ。
ならば、ゲンホウ殿に会い、名を継がねばなりますまい。
父上の事なら、私達に任せてもらいたい。何せ、ここに来る前に一度寄っているからな。
では、そちらの方は問題ないということですか。
だがその……父上はあれで頑固だからな、説得するとなるともう少し何か欲しい。
と、言いますと？
こほん、た、例えばその……ほら、トキフサ殿は将たる証となるものをお持ちだろう？ピカピカ光るその……
は？もしかしてコレの事で御座いますかな？
トキフサが懐から金印を取り出した。それを見て、ノスリが瞳を輝かせる。
そう、それだ！
ノスリ、それはあからさま過ぎるだろ……
かと言って、この話の流れで自分が口を出すわけにはいかない。チラリと視線をやると、オウギは小さく頷きを返した。
では、トキフサ殿の金印をお貸し頂けないでしょうか？姉上が手ずから見せれば復縁の証として父上も納得するかと。
あ、いや、これはですな、國境くにざかいに兵を送るのに必要でして……
トキフサが慌てた様子で言い淀む。
どうやら、ノスリの突然の要求に困惑の色を隠せないようだ。救いを求めるように、こちらに視線を向けてくる。
トキフサにとっても自らの正当性を証明するもの。そうそう金印を手放す訳はないか。
ノスリ、それくらいに……
いやしかし……
ノスリ。
う、うむ……
ノスリ自身、このまま押しても埒が明かないと思ったのだろう。渋々ながら引き下がる。
それを見て、トキフサが気を取り直した様子で再び笑顔を浮かべた。
ともあれ、皆長旅でお疲れでしょう。今日の所はこの城に滞在されるといい。
それは忝かたじけない。御厚意に甘えましょう。
では、部屋にご案内致しますので、しばしお待ち下さい。
夜は、オシュトル一行を歓迎する為に宴が開かれることとなった。
城の客間には、最上級の客人をもてなすかの様な、贅を極めた料理が並べられている。
これはまた……
うむ、私達は随分と歓迎されているようだな。
それらを見て、ノスリが満足げに頷いている。
いやいや、大したものを用意できず、申し訳ありません。近頃、雑務が増える一方でして。
幾人かの兵を伴ってトキフサが広間に顔を出した。
しかしすごい量だ。人数分よりも随分多いのではないか？
そう？普通にいけると思うんだけど……
いやいや同盟の前祝いでしてな。これくらい盛大なほうが良いでしょう？ささ、お座りください。
促されて、めいめいが腰を下ろす。それを見てトキフサは上機嫌な様子で頷き、手元の盃を持ち上げた。
では皆様、御一献……
言うなり、控えていた給仕がそれぞれの盃に酒を注ぐ。
では……
各々が盃を口元まで持ち上げたその時、クオンが何かに気づいたような声を上げた。
……あら？
どうかしたのか？
ううん、なんでも。それより━━
クオンは意味ありげにこちらに視線を向けると、近くの酒壺を手に立ち上がって皆の盃にさらに注ぎ入れる。
おや、給仕でしたら城の者が……
良いお酒はもっと一杯注いだ方がいいかな。
そう言いつつ、クオンの指が素早く動き、ポチャンと盃の中に何かを落とした。
今のは……？
はい、どうぞ。
ああ、助かります。
オウギが笑顔で盃を掲げる。そしてクオンはこちらを向き、小さな声で念を押した。
ちゃんと飲んでね？
……ああ、判った。
クオンのことだ。何か考えがあるのだろう。
もう宜しいですかな？では我々の同盟を祝って！
トキフサは急かすようにそう言うと、音頭を取った。それに応えて、皆が盃を呷あおる。
しかし盃を呷あおった時、ちらりとトキフサが含み笑いが見えた。
ふふふ……
自分はその表情に確信する。そして、口の中に酒と共に転がり込んだ丸薬を噛み砕いた。
……っЧ
瞬間、とんでもない苦さが舌の上に広がる。
こ、これは……
それでも、構わず酒を呷あおる。見れば、オウギは笑顔で、ノスリは眉を顰しかめて盃を呷あおっていた。
一同が盃の中を全て飲み干した時、やけに機嫌よさそうにトキフサがこちらに身を乗り出す。
如何いかがですかな？お味の方は。
正直、苦さで酒の味など全くわからないわけだが……向こうにさとられる訳にはいかんな。
ええ、そうですな……なかなか……
こちらの曖昧な表情をどう受け取ったのか、トキフサが笑みを深める。
宜しければもう一献……
トキフサは連れてきた兵に命じて、各々の盃に再び酒を注がせていく。
これは先ほどと同じものか？
さり気なくクオンを見ると、クオンはニコリと微笑んだ。
ここはクオンを信じるほかないか。
オウギ達もこちらと同じ考えに至ったのか、無言のまま、盃に口を付けた。
一方、クオンはいつのまにかトキフサの隣りに腰掛けると、しなだれ掛かって酒壺を差し出した。
さあ、トキフサ様もどうぞ一献。
い、いや、私にはその、政務が……
こんなめでたい席なのに、堅い事言っちゃ駄目かな。
しかしですな……
やっぱり私わたくしみたいな綺麗じゃない女の子に、お酌をして欲しくないんだ。うぅぅ……
い、いやぁっ、そんな事はありませんぞ！あなたほどの美人はこの國に、いやヤマト中にもそうそうおりますまい！
それなら……
いやしかしですな……
やっぱり……お世辞なんだ……
そうではなくて……
あからさまに嘘泣きだな、あれは。
しかし、明らかに媚びを売っていると判っていても女の涙の力には逆らえなかったのだろう。
トキフサは顔をたるませ、盃を差し出した。
では、とりあえず一献……
クオンが待ち構えていたように、トキフサの盃に酒を注ぐ。
ん？あれは……
よく見ると、クオンの持っている酒壺には見覚えがある。あの壺の柄は先ほどまで自分達の席の近くにあったものだ。
代わりに自分のそばには別の酒壺が置かれており、いつの間にかすり替えたようだった。
おっとっと……
ああ～ん、こぼれちゃった～。
恐らくわざとだろう。クオンは僅かに自分の胸元に酒を零こぼす。
そんなクオンの様子にトキフサは鼻の下を伸ばし、まるでクオンの手元など見ていない。
まぁ、お強いんですね。
なんの、これでも若い頃は酒豪とうたわれておりましてな。
トキフサはクオンの媚笑を酒菜さかなに上機嫌な様子で酒を呷あおる。
その表情は完全に油断しきっており、クオンの酌で盃を重ねていった。そして……
うっ、ふぁぁ……
どうかしたのかな？
ちと飲み過ぎましたかな？少し瞼が……重い、ような……
……様子が変わってきたな。
酒を流し込むごとに、少しずつだがトキフサの躰がゆらゆらと揺れ始めていく。
トキフサ殿、顔色が優れないようですが？
いや、はは、にゃんでもありまへぬぞ？
まだ顔に赤みも差していないというのに、呂律も回らなくなってきたか。これはやはり……
では、もう一献。
如何いかがされましたかな？
いや……忝かたじけない。
一瞬訝しげな顔をしたものの、取り繕うように笑みを浮かべて盃を呷あおる。
すると、ついに耐え切れなくなったのかトキフサはパタリと椅子から転げ落ちた。
予定外だったのだろう。その様子に背後に控えていた護衛の兵達が狼狽うろたえた。
な━━
貴様等、まさか━━！
瞬時に事を理解し、兵達は腰の剣に手を伸ばす。しかし━━
失礼しますよ。
ごめんね。
すぐ側にいたクオンと、音も無く忍び寄っていたオウギに、反撃の間もなく叩き伏せられた。
やはり、あの酒に何か仕込んであったか。
すっかり意識を失っているトキフサを見て、思わずため息がもれる。
うん、私わたくし達に出されたお酒に眠り薬が入っていたの。
それでお酒に気付け薬を落としておいたのだけれども。
なるほど。あの苦い薬を飲まされたのはそういう訳か。
この状況。明らかに事前に打ち合わされていたものだろう。となれば、導き出される答えは一つしかない。
狙いは姫殿下とオシュトルさんですね。
なっ、なにぃЧそれは一体どういう事だ？
簡単な事だ。その片方でも欠ければ、エンナカムイは掲げた旗の意味を失う。
そうなれば、もはや抵抗することも難しかっただろう。
そう言って、クオンを見た。
クオンの機転に助けられたな。
あの状況では眠り薬に気付いたからといって、この酒を飲まないわけにはいかなかった。
どちらにしても、助かりました。しかし、自分の仕掛けた罠に嵌はまるとは、何とも間の抜けた話ですね。
オウギは、床に倒れたトキフサに意識がないのを確認しつつ、肩を竦すくめた。
いっそ、この場で息の根を止めておきましょうか。
……いや、ここでトキフサを殺せば、暗殺という形に仕立て上げられる恐れもある。
そうなれば、我らの正当性が疑われる事にもなりかねぬ。
では、仕方がありませんね。当初の目的通り、金印だけ頂いておきましょう。
そう言うとオウギは、躊躇ためらいなくトキフサの懐をまさぐり、金印を取り出した。
どうやら本物のようですね。
宴席にまで金印を持ち歩くとか、逆に不用心じゃないのか？
きっと心配性なのか、他人を信用していないのでしょう。大事な物は常に自分の手元にないと不安になるヒトのようですし。
信じる事を止めたら、誰も付いて来ないと思うが。
だからこその金印なのでしょう。信じていなくとも、強引に従わせるための。
さて、後はここから逃げ出さないとね。警備は厳重だったみたいだけれども……
広間の周辺はこちらの警戒を解くためか、あるいは罠を過信してか、クオン達が打ち倒した兵しかいないようだった。
だが、広間を出れば、幾重にも兵が警戒に当たっているはずである。
まずは城を脱出することだ。そして國境くにざかいまで逃れ、なんとしても味方と合流する。
しかし数を頼みに追撃されれば、とても國境くにざかいまで逃げられないか。
さすがに気づかれずに逃げ出すのは難しいな。
なら……気づかれた上で逃げればいいだけの事では？
オウギ？
僕に一計があるのですが。
そろそろか？
城のすぐ脇の厩うまやの側で身を伏せ、脱出の機を窺うかがう。
トキフサを縛り上げてから、そう時間は経っていないが……あまり悠長に待ってはいられん。
現に、城の様子が慌ただしい。仕掛けるなら今しかないだろう。
クオン、どうだ？
うん、何とかいけそうかな。
クオンの返事に、ノスリが素早く厩うまやに合図を送る。
小さな呻き声が聞こえたかと思うと、オウギが人数分のウマウォプタルを引いて戻ってきた。
こんなものでしょうか。
十分だ、行くぞ！
一同はオウギが連れてきたウマウォプタルの背に跨またがる。それを同時に、クオンは厩うまやへと閃光弾目くらましを放り込んだ。
耳を劈つんざく音と光と共に、怯えるような嘶いななきが響く。そして、開かれた出入口から、突然の凶行に怯えきったウマウォプタルが飛び出した。
良し、この機に乗じて脱出する。続け！
声を張り上げ、先頭を切ってウマウォプタルを駆る。駐留していた兵達の騒乱のさ中を突っ切り、そのまま城外へ飛び出した。
多少の追っ手はかかるだろうが、あの混乱だ。幾らかの猶予はあるだろう。
後はゲンホウ殿が、こちらの意図を汲んでくれるかどうか……
一路、國境くにざかいへとウマウォプタルを走らせる。
追撃を受けながら走ること数刻。見上げれば、空は朝焼けの光に赤く照らし出されていた。
城内の混乱からしばらく追っ手は掛からなかったものの、向こうもすぐに逃走経路を割り出したのだろう。
遠くから少なくない軍勢の怒声やウマウォプタルの嘶いななきが聞こえ始めてくる。徐々に差を詰めてきているのは明らかだ。
どうする、オシュトル。このままでは振り切れそうにないぞ！
いっそ、ウマウォプタルを捨てて森に入る？そうすれば、多少は楽になるけど。
いや、このまま行く！
しかし、このままでは……
オウギが自身の乗るウマウォプタルに手を当て、顔をしかめる。ずっと走り詰めで、次第に速度が衰えていた。
あと少し……せめて、あの丘を越えれば……！
迫る追っ手の気配に焦りつつ、林道をひた駆ける。
うひゃっЦ
ノスリが驚いたように声を上げる。ノスリをかすめるように背後から矢が飛んできたのだ。
すでに背後に土煙が立ちこめ、追っ手は間近に迫っていた。
追っ手の掲げた剣が朝の日射しを受け、鈍く輝く。そして後数馬身と近づいた時。
Ц
すぐ側の木立から風切り声と共に飛来した矢が、迫る追っ手を射落としていく。
来たか！
矢が幾条も放たれては追っ手の進行を阻んだ。
兄上！
そこには、こちらの騒動を聞きつけたらしいアンジュ一行の姿があった。見れば既に、臨戦態勢に入っている。
転進せよ！ここで追っ手を迎え撃つЦ
そしてウマウォプタルから飛び降りると、鉄扇を掲げた。
クオン達もそれに続いて、ウマウォプタルを飛び降りる。
ゆくぞっЦ
渾身の号令に、敵味方の一同が武器を抜き放った。

小賢しい死に損ないどもが！大人しく騙されておればよいものを！
これが本来の姿なのか、トキフサは先程とはうって変わって口汚くなり、激情をあらわにする。
くそっ、悪運の強い奴らめ！どこから呼び寄せたЧ思ったより対応が早いではないか……
突如として姿を現した軍勢に、追撃部隊の後方で指揮をしていたトキフサは焦りの色を隠せない。
少数だと侮って、闇雲に追撃したため、この規模の伏兵と互角に戦えるような軍勢は率いていない。
しかも、敵の中に八柱将の一人であるムネチカの姿まであり、浮き足立つ始末だ。
敵兵
トキフサ様！これ以上の深追いは危険です！
ええいっ！一旦、引けぇいっЦ
トキフサは退却の号令を掛けると、自らも踵を返す。
このままでは終わらん！待っていろ、オシュトル。態勢を立て直し、直ぐに貴様を追い詰めてやるЦ
そして、トキフサの軍勢が引き返していく。
……どうやら、急場は凌いだようだな。
とはいえ、トキフサが追撃をあきらめていないことに変わりはありませんが……
いや、これも想定の内。あまり好ましい想定でないのは確かだがな。しかしキウル、よくぞ迎えに来てくれた。
城を見渡せる位置に見張りの兵を配置しておいたのです。
それでも、夜だったのが幸いでした。昼では気付かなかったでしょうから。
遠くからでも、派手な光や爆発音が確認出来ましたからね。
欲を言えば、國境くにざかいを越えて、救援の兵を差し向けられたらよかったのですが……
仕方があるまい。何の警告もなくこちらの兵が國境くにざかいを越えれば、侵略と喧伝されよう。
しかし、トキフサも不利と見るや即座に退却するとはな。将としては有能なのかもしれん。
まあ、難しい話はいいではありませんか。とりあえず、結果として金印は手に入ったのです。
そうだな、ここに長居する理由もない。一旦里へ戻って、これからの策を考えよう。
ほお……まさか本当に持ってくるとはな。
護衛の兵達と共に隠れ里へ戻ると、件くだんの金印をゲンホウに差し出した。
……大胆なことをする。
半ば成り行き任せではありましたが。
結果が良ければ上々です。これで姉上が家督を継ぐ条件は揃いました。
ちっ……仕方がねえなぁ。
ゲンホウの舌打ちを了承と受け止め、皆の顔がほころぶ。
しかし、同盟を餌に獲物を釣り上げる腹積もりだったか。まあ、トキフサの奴が考えそうな手だな。
まんまと嵌められてしまいました。
ふん……何年経っても、性根の方はまるで変わってないらしい。
もしかして父上が追放された時も？
さぁてな。今となってはどうでもいいことだ。
わっとっとっЧ
ゲンホウは面白くなさそうに金印をノスリに投げ返す。
まあ、あいつの事だから、自分の都合のいいように話したんだろ？俺がしくじって責任取らされたってな。
違うのですか？
まあ、大筋じゃあ間違ってねえけどな。要は、まんまと罠に掛かっちまったのさ。
罠って……父上、それはっЧ
あの任務は、これといって問題の起こるようなもんじゃなかった。要はただの雑務だな。直ぐに終わると思ってたよ。
けど、その日に限って妙に事故が続いてな。落石、出火、果ては賊まで湧いた。
それでも何とか荷を城まで持ち帰って、一晩休んでさてこれから帝都だってとこで━━
トキフサが大事な遺物が壊れてるって言い出したのさ。
確かに、あの道中ならどこかで壊れていても不思議はなかったがな。
そういえば、トキフサも言ってましたね。原因は不明だったと。
いいや、そいつは有り得ねえ。何故なぜなら、俺が運んでいた荷は偽物だったからだ。万一のことを考えて、別の奴に運ばせていた。
城に持ち込んだ時には傷がなかったのも、俺自身が確認している。
つまり、献上品は城に運び込んでから壊された、と？
あの男……そこまで卑劣な真似を！
何故、それを帝に言わなかったのですか？その事実を主張していれば、家名を貶めることも……
そうかもしれねえな。だが、俺は思っちまった。
この程度のことで追われるような地位なんて、なんの意味もねえんじゃねえかってな。
そんなことは……
だがな、ノスリ。この程度の足の引っ張り合いは何処どこにでもある。それこそ、身内の中にすらな。
どいつもこいつも、手前の利益の為に平気で人を騙す。長オサになるってのは、こういうしがらみや権謀術数の中に身を置くことだ。
………
さて、昔話はこれで仕舞いだ。
で、どうする？そいつを頂いちまった以上、向こうもこのまま放っちゃくれんだろ。
とりあえず家督を継いだという書状にその金印を押してばらまけば、遅くとも数日のうちに主だった者達がここに集まる。
そうすれば、あっちもおいそれと手が出せなくなるが……
ゲンホウはちらりと自分の娘を見た。ノスリは手にした金印をじっと見つめたままだ。
書状の文面なら僕が考えますから、姉上は何も心配する事はありませんよ？
いや……
ノスリはいつになく生真面目な顔で静かに金印を床に置いた。
これは聖上にお返しする。
姉上Ч
オウギがいつになく慌てたような声を上げる。
ノスリの言葉に、皆も眼を見張った。
そんな中、ゲンホウは愉快そうに唇を歪ませた。
金印を姫殿下にお返しするって……あんなにも欲しがってたじゃないか。どういう風の吹き回しだ？
私が欲しいのは金印ではない。
何？じゃあ家督か？それとも……
それも余録というかただの手段だ！私は……私は……
ノスリは立ち上がりハッキリ答えた。
父上以上の長オサになりたいのだЦ
なに？
ノスリは足元に置いた金印を見て言った。
トキフサ━━父上を陥れたという卑劣漢。
あいつがこんなモノを後生大事に抱え込んでいるのを見て思ったのだ。
こんなモノに大した価値などない！
こんなものって……あのなぁ、帝ミカドから賜った金印だぞ、一応。
帝の金印に価値無しですか。まあ確かに、所詮は金で出来ている、というだけの印章に過ぎませんが。
そう、そうなのだ。所詮は印章。結局、過去の権威にすがって威張っているだけではないか。
確かに金印を使えば、氏族の皆は私に従ってくれるかもしれない。
だが、つまりそれは『金印の持ち主であれば誰でも構わない』ということだ。
私は父上のように威風堂々とした長オサがよい。金印がなくとも、長オサだと言って貰えるような……
しかし、俺は途中で引きずり下ろされたが。
だから、父上以上の長オサになるのだ。私は引きずり下ろされないぞ。そのような企みには負けたりしない！
そうした卑劣な輩は許さない！それだけは父上とは違う！だから、私は父上以上の長オサになるのだ。
ふふっ、それでこそ姉上。
ふふふ……はーっはっはっはっЦ
ち、父上？
ゲンホウは愉快そうに笑い声を上げると、パンと膝を叩いて、オウギを見た。
オウギ、やはりこいつはアホウすぎて、お前でもままならんようだな。
とんでも無い、僕如きが姉上を馭ぎょするなど。
ゲンホウはノスリに言った。
しかし、それこそ長オサの資質よ。聞くべき意見に耳を傾けるのは当然だが、周りの思惑で揺れるのは釣り竿と浮きだけで十分だ。
父上……
ゲンホウはこちらに向き直ると、深々と頭を下げた。
オシュトル殿、どうやらあんたがこのアホウを預かってくれたことには意味があったようだ。
これからも我が娘、いや我ら一族の長オサを、どうかよろしく頼む。あんたの側で学ばせてやってくれ。
それは我ら一同からもお願いしたい。ノスリは我らにとっても欠く事が出来ぬ存在なのだ。
ゲンホウは顔を上げると、ニカリと微笑んだ。
ふふ、今宵は良い酒が飲めそうだ。
どうしたというのだ！この様はЧ
敵の援軍を前に、一旦、城へと戻ったトキフサは歯噛みする。
まさか、ここまで手間取る羽目になろうとは！考えるだけで、腸はらわたが煮えくり返るわ！
あの時、オシュトルの身柄を手にしていれば……
ヤマト勝利の立役者となり、その後の権益も、思うがままだったものを！
あのいけ好かぬライコウを拝み倒し、兵を出させたというのにっ！全てが水の泡ではないか！
やはり、形振り構わず力ずくで捕らえるべきだったか……いやしかし。
ただでさえトキフサは金印の威光を頼みに氏族を纏まとめていた。
しかし、今の混乱した世にあっては、それだけでは心許ない。もっと箔を付ける何かが必要だったのだ。
そこで目を付けたのはオシュトルが掲げる旗印である本物の皇女殿下の存在である。
本物の皇女殿下は、今の朝廷で絶大な権勢を誇るライコウに対しても有効な取引材料になる。
朝廷における地位は確実に向上し、その事はイズルハにも強い影響を及ぼすだろう。
そこで皇女殿下をも手中に収めようと策を弄したわけだが、結果は全くの裏目に出てしまった。
頼みの綱たる金印を失う事になって元も子もない。
トキフサは机の上をなぎ払った。
くそっ、忌々しい……今となっては、なんと忌々しい金印かっЦ
かつてゲンホウは、金印をより良い治世の為に使ったが……個人的な欲望のため、その権威を振りかざすことは決してしなかった。
そうした所もトキフサの嫉妬心を煽った。
ゲンホウめ……このままではすまさんぞ。
奪った金印を使い、氏族に呼集を掛けるのは最早、時間の問題……
こちらも金印を失った以上、戦いくさで連中を討ち取り、その首を晒さねば氏族の者どもも従うまい。
手遅れになる前にけりをつけねば……
逓信衆ティリリャライを呼べ！今すぐにだ！
トキフサの金切り声が響きわたった。
形振り構ってはいられぬ。ライコウに援軍を要請するЦ
もはや一刻の猶予もない。氏族が集まりきる前に叩き潰すのだЦ
ライコウの軍勢が味方すれば、例え向こうに氏族が勢ぞろいしても、容易に負けるはずがない。そのはずだった……
しかし、その目論見はあっけなく立ち消えた。
『兵を出せぬとはどういうことだ！』
トキフサの怒声が、幕舎に響きわたる。
『同盟を餌に釣り上げたオシュトルを、我と貴殿で叩く！そういう策だったはずだ！』
『しかも相手はオシュトルだけではない！ムネチカまでおるのだぞっЦ』
『あの、新参者の小娘が……あれが幾つ首を上げて八柱将になったか知らぬわけではなかろうЦ』
声を荒げるトキフサとは対照的に、ライコウは淡々と答えた。
はて。ムネチカなど、ただ女だからという理由で姫殿下の側付きとなった、青二才に過ぎぬ……以前、貴様はそう言わなかったか？
『そ、それは……』
それにこちらが兵を出すのは、オシュトル達を捕らえ、奴等の御旗を奪った場合、という約束のはず。
なのに、そのオシュトルを捕らえる為に、我らが攻め入るというのは余りにも蟲が良すぎるだろう。
我らが攻め入って、逆にエンナカムイからの援軍に挟撃でもされれば、こちらも少なくない犠牲を強いられる。
貴様の失策に振りまわされる、こちらの身にもなってもらいたいものだ。聖上もさぞや失望されていることだろう。
『くっ、偽の神輿を担ぐ道化が……』
帝が偽者と知っていたとしても、公には帝。不敬と取られかねない言葉だ。しかしライコウはそれも受け流し話を続けた。
ムネチカは一騎当千かも知れぬが、それも想定の内。仮面アクルカの力を使わぬなら、オシュトルの知略の方がよほど恐ろしい……
要は、敵を侮るのは禁物だが、頭数が増えただけならばどうとでもなる……ということだ。
むろん、奴等を増長させるつもりはない。エンナカムイにはこちらで手を打っておいた、やむを得ず、な。
『なに……？』
兵を差し向けたのだ、エンナカムイに。これで彼の國からの援軍が、そちらに向かう事もあるまい。
『し……しかし、それだけでは』
打つ手がないか？ならばもう一つ、良いことを教えてやろう。
先程、草どもにオシュトルの兵を追わせて、ゲンホウの隠れ里の位置を調べさせた。
『な、なに？ゲンホウのЧ』
兵を伏せておいたのは奴等だけではない。
今までは、里の者が秘かに出入りするだけなので判らなかったのだろう。
だが此度は護衛の為、多数の兵が出入りすることとなった……
それ故、さほど労せず、すぐに露見したわ。
『ライコウ……まさか貴公、こちらがオシュトルを取り逃すことを初めから見越して……』
くく……それは貴様の考えすぎではないのかな？
『ぐぅ……』
何事も結果が全てだ。何も成し得ていないのなら、嘆く前にこれから何をすべきか考えた方が良かろう。
ゲンホウの隠れ里は周囲の地形も険しく、護るに容易やすい、なかなか良い里だ。しかし……
打って出るには……どうかな？
『Ц』
ライコウの言葉にトキフサも察した。
『ヤマトの軍勢がエンナカムイに進軍していると知れば、氏族の兵が集まるのを待つわけにも、立て籠もっているわけにもいかぬ……』
後は貴様の仕事だ。奴等が里より這い出た所を強襲でも何でもするがよかろう。
勝てばどんな御託も聞いてやろう。勝てばな。
『………』
通信は無言のまま切れてしまう。しかし、トキフサも既に後がないことも判っているだろう。
オシュトルを討ち取れなければ、例え生き残ったとしても、軟弱な将として笑いものになるのは必至。
氏族に対する求心力を失い、長オサの資格なしと判断されれば……
密約は破棄され、ライコウによって攻め滅ぼされるのだ。
さて、舞台だけは設しつらえてやったぞ。
だが、これが最後だ……
ライコウは冷ややかな目で盤上を見つめ、呟く。
古来より、無能な味方の害悪は、有能な敵将のそれをしのぐとある。
トキフサよ、貴様の失態がどれほど朝廷に災いを為すこととなるか……貴様は思いもよらぬだろう。
せいぜい、その命で償うがいい。

さて、これからどうするか……
ん？
金印の威光で氏族を集めるのではないのだな？
責める気は毛頭ないが、あれを使わないとなればグズグズもしておれぬ。
向こうも金印を無くし、権威を失ったとなれば、氏族を押さえ込む力は残っていまい。
仮にも八柱将だ。時間がたつほどに氏族が離れ、手勢が弱小になっていくことに、気づいているだろう。
すぐに何らかの策を打ってくるとみた。
………
どうやって氏族を纏まとめる？手はあるのか？
ある。
あのトキフサと決着を付ければよいのだ。
あまりにも馬鹿正直な方法だ。しかし……
……結局、それが一番の近道か。
だろう？
金印を掲げなくとも、トキフサの失態を見て、こちらになびいてくる者もいるだろう……
それに、トキフサの権威が失墜して、兵を集められないというなら、むしろ今が好機。
事は我らの優位に運んでいる。しかし……
何か気になる事でもあるの？
トキフサが何の裏付けもなく、我らを捕縛しようと動いたとは思えぬのだ。朝廷とは何らかの密約があるはず……
密約？
ああ……トキフサが語ったこの國の内情は、半分嘘だが半分は本当だったのだろう。
恐らく奴だ。
━━ライコウ。
その名を口にした瞬間、場がしんと静まり返る。
その智のみで仮面の者アクルトゥルカに匹敵するとの呼び声高い、あのライコウか。
どうやら、厄介な相手を引っ張り出しちまったみてえだな。
確かに、あの方がこの件に関わっているとなれば、このままで済むとは思えませんね。
兄あにさまっ！大変なのですっЦ
どうした、ネコネ。
ネコネが慌てた様子でこちらへ駆けてきた。そして、息を切らせながら、皆に告げた。
朝廷が……っ！エンナカムイに向けて出兵したという報告がЦ
何っ！
エンナカムイにЧどうして、今……
トキフサがライコウと通じているなら、オシュトルさんがエンナカムイにいない事も知られているはず……
その隙にエンナカムイを攻め落とすつもりなのかЧ
確かに……今、エンナカムイには『オシュトル』も『姫殿下』もいない……
強固な砦や地形で守られているとはいえ、主や大将の不在は士気に響く。
それに臨機応変な対応が出来るほど、ウチの連中はまだ戦いくさ慣れしていない。
そう考えれば確かに今が攻め時に思えるが……果たしてそれだけか？
エンナカムイにたどり着くには数日かかる。大軍と成ればなおさらだ。その進軍は皆に知れ渡り、奇襲もままならないだろう。
当然、エンナカムイの外にいる我らにも知られ、背後を突かれる危険が高い……
更にはエンナカムイ側からも兵が出撃し、挟撃される恐れすらあるのだ。大軍とはいえ博打バクチが過ぎる。
となれば、ライコウの狙いはエンナカムイ攻めではない。恐らくこれは陽動……
では、真の狙いはなんだ？
ライコウはオシュトルさんを誘き出して対決しようとしているのでしょうか？
それなら、やり過ごした方が……ここは隠れ里なので、迂闊うかつに動かない方が安全なのです。
いや、エンナカムイが攻められるのに、ここで引き籠もってはおられぬ。
例え陽動だとしても、聖上や某それがしのいないエンナカムイでは、そう長くは保たぬであろう。
で、ですが……
ネコネが不安げにこちらを見上げた。
将の焦りや不安は配下にも伝染する。迷っている暇は無い。
……その軍勢がエンナカムイに到達するまで、何日かかる？
ええと……エンナカムイまで凡そ五日は掛かるはずなのです。
ならば、エンナカムイにたどり着く前に、我等が朝廷軍に追いつくことも十分可能。
敵にどのような思惑があろうと、今ここにいる我らが、朝廷やつらの背後を突くのが上策。トキフサとの決着はその後だ。
殲滅は考えず連中の足を乱せば、エンナカムイで迎え撃つ猶予は十分出来る。
出陣でるぞЦ
それに応じるように、仲間たちの声が上がる。
反撃開始というわけか。腕が鳴るのじゃ。
小生としましては、姫殿下には後方でお待ち頂きたいのですが。
何を言う。余の留守を狙って、エンナカムイに押し入る賊がいるのであろう？
それはつまり、余を虚仮こけにしたということじゃ。無礼者はキッチリ懲らしめねばの。
ルルティエも大丈夫？
は、はいっ。頑張ろうね、ココポ。
ホロロロロ～♪
まあ、みんなで行ってとっとと終わらせようじゃない。
シノノンもいくぞ。
シーちゃんは私わたくしと一緒だよね～？
意気が上がる一同に頷くと、ゲンホウに向き直った。
申し訳ない。まだここで成し得ていない事も多いが、ノスリをしばしお借りする。
いいぜ、ここは俺に任せておきな。
そう言うとゲンホウはその大きな手でノスリの頭をくしゃくしゃと撫でた。
……ノスリ、名と女を上げて来い。
勿論です、お任せ下さいЦ我が弓で射落とせぬ者はおりませんЦ
我が娘の気合の入った返事に、ゲンホウは満面の笑みを浮かべた。
よぉし、いい返事だ！
……オシュトルが動き出したか。
里を見張っていた兵からの通信にライコウは頷いた。
今更、トキフサを手助けする義理もないが、しばし、我が手の中で踊ってもらおうか。
急ぎ戦いくさの支度を整えると、夜明け前に出発となった。
隠れ里である以上、一度に出陣は出来ず、まずは主力である本隊を小分けにして先発させる。
部隊を分ける際の指揮をとらねばならず、将帥達の出発は、自ずと遅れることとなった。
そうやって、しんがりとなった一同が出発した頃には、すっかり夜が明けており……
本隊と合流するため、ひたすら先を急ぐこととなった。
朝から歩きづめとは言え、本隊と合流するのは、まだしばらくかかりそうか……朝廷軍の動きはどうか？
報告では変わらず、街道をまっすぐエンナカムイに向かっているそうなのです。
街道を使うとは……兵の動きを隠す気もないということか。
やはり陽動の線が濃いな。我らが背後を突く事を待ち構えているのかもしれぬ。
不安？
相手がライコウならば、このような一見愚策に思える事にも、何かしら別の意図があるはずだ。
それが見抜けぬうちは不安は拭い切れるものではない。
しかし、こっちは今の今まで里に隠れていたんだぞ？それがいきなり後ろに現れれば、あっちも相当驚くんじゃないのか？
それはあるやもしれぬが。
しかし、ノスリの言葉が何か引っかかる。
何か見落としているのではないのか？しかし何を……
必死に考えを巡らしていると、双子がこちらを覗き込んでいるのに気づいた。
疲れている。
主あるじ様、遠征には少々休憩を挟むことも大切かと。
そうですね。休むのであれば、ここより少し下った所にちょうど川がありますが。
だが、今は休んでいる暇はない……
…………
いや、焦りは禁物か。
少し歩調を落とそう。キウル、皆にそう伝えてくれ。
承知しました。
ノスリとオウギに先導され、道を歩いて行く。
ふいに森が開け、ぽっかりと空いた広場に出た。とはいっても、周囲は大木に囲まれていて、深い森の中にいることは変わりない。
まだ本隊には追いつけぬか。しんがりとは言え、ずいぶん離された。
？
不意にノスリが上を見上げた。そして、何かに気付き、顔を強ばらせ叫んだ。
危ないっЦ
ぬっЦ
ノスリは体当たりするようにこちらを押し倒した。直後に自分が立っていた所に矢が突き刺さる。
待ちぶせЧ
何故こんな所で待ち伏せをЧ我らの動きを読んだ上でも出来すぎている。
思考を巡らせようとした時、顔に掛かる吐息に気づいた。
あ……
そうかノスリに……
済まぬ、助かった……
い、いいいや、これはそのわざとだがわざとじゃなくて……
ノスリは急に顔を赤らめて、何か慌て始める。
Ц
真正面の大木の上で、何かが光る。まるでそちらに背を向けたノスリを狙うように。
ノスリ！
ひゃぁっЧ
今度は自分がノスリを抱き抱えるようにくるりと躰を回し、その背でノスリを庇かばうと鉄扇で矢を弾く。
油断した！奇襲を受けたというのに、呆ほうけるのも大概にしろЦ
そこっЦ
敵の存在にノスリの躰は反射的に動いていた。
樹上に狙いを定めると、立て続けに矢を放っていく。
弓兵
ぐわぁっЧ
ぐはっっЦ
途端に悲鳴とともに、木の上から何かが落ちてくる。
ふう……
ノスリは安堵したように大きく息を吐く。
今度はオシュトルに救われたな……
お互い様だ。
しかし気をつけよ。恐らくまだ敵が近くに……
何じゃЧ
しかし警戒する間もなく、今度は後方から悲鳴があがる。
聖上Ц
はっЦ
てやーっЦ
伏兵
ぐはぁ……
今のは一体……
聖上、ご無事で？
うむ、余は大丈夫なのじゃが……
何があったっЦ
あ～、大したことないぇ。
急ぎ、アンジュの元へ駆けつけると、複数の敵兵が倒れ伏していた。
どの敵兵も、全身を木の枝や葉で覆っている。
伏兵……ですね。森にまぎれて待ち伏せしていたとは……
オウギは切り裂かれた伏兵の擬装を剥ぎ取る。
これは……
この兵の装備には見覚えがあります。トキフサの城にいた兵と同じです。
つまり、これってトキフサの？
隠れ里が他には知られていないと過信していた……我らがここを通ると読んで罠を張っていたのだ。
でも、いつの間に……いままで隠れ里は見つかってなかったんじゃ……
これまでは相手がトキフサだったからだ。
しかし、ライコウが裏から糸を引いているとなれば、話が違う。
トキフサと争うこちらの動きを読み、探りを入れていたのだ。
そして隠れ里の位置を特定し、トキフサを伏兵として潜ませ……それを餌に我等を誘き出してきた。
状況的にあまり有利とは言えません。一旦退きますか？
いや、あちこちに兵を潜ませているというなら、こちらに逃げ場はない。
それに里に引き籠もっては、エンナカムイは救えぬ。
となると。
ウルゥル、サラァナ。
はい、具足の用意、整っております。
クオン。
うん、背後は任せて。
ここでトキフサと決着を付けるしかあるまい。
ふはははっ！やはり大物釣りには餌にも凝った方が良いと言うことかЦ
ライコウの餌に釣られ、ノコノコ里から出てきたのが運の尽きよ……
確かにオシュトルは強いかもしれぬ。だが、不死身ではなかろう。
森の奥深く、あらかじめ潜ませた兵で足止めし、孤立させた上、各個に撃破する……
見通しが悪く動きが鈍る森では、兵も分断され、数も生かせぬはず。
一枚ずつ皮を剥いでいき、裸になったところを囲んでしまえば良いのだっЦ
初手はうまく躱かわしたようだが、奇策なら誰にも負けはせぬ。
我とて八柱将……その意地、とくと味わわせてくれる。
感謝する、ノスリの機転がなければ深手を負っていたところだ。
ふふん、なまじ弓を持って野山を駆けていたわけじゃないぞ。
眼はいいつもりだし、どこからなら獲物を狙いやすいかすぐわかる。
しかし、あちこちに敵の伏兵、そして弓兵。ライコウの動きに眼を奪われて、トキフサの術中に嵌ったか。
小物と侮っていましたが、それ故に企みが嫌らしいですね……
伏兵と弓兵で我等を包囲し、殲滅する作戦なのだろう。
特に弓は我らをじわじわと消耗させる。これを排除せねば。
となれば、姉上の出番ですね。
ノスリ、お前の弓、信じているぞ。
うむ、任せておけЦ
ええいっ、何を手間取っているか！全く、頼りにならぬ奴らめがっЦ
フフン、口先ばかりでまるで手が動いてないようだな、トキフサ！
何……？
武を貴たっとぶのがエヴェンクルガの在るべき姿。なのに貴様は我等を討つのを他人に任せるつもりか？
それでもエヴェンクルガの末裔か！恥知らずめっЦ
トキフサ！自ら先鋒となり、ここに降りてきて私と勝負しろ！
こ、この、小娘がァ！知った風な口を利きおってЦ
そこをどけ！私自ら、連中を始末してくれるっЦ
勝利条件が変更されましたトキフサの撃破
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Ǿ

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ٙ
ٙ

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逾
ٙ
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敵は崩れた、トキフサを討ち取れ！
ぐぅぅぅっ！
トキフサの手勢は既に潰走寸前だ。このまま押し切れば……
トキフサ様！ここは御退却をっЦ
き、貴様っ！このままおめおめと逃げ帰れというのかっЧ
しかし、ここで命を失えば……ライコウ様の元で態勢を立て直せば、また……
きぃっ、貴様ぁっ！この我に、國を捨てよというのかぁーっЦ
ガハッЦ
ひいいっЧ
ぐぬぬ、まだだ！まだ我は負けてなどおらぬ！
貴様等はどうだ！オシュトルや偽殿下を討ち取った誉れか！我が与える死かっ！好きな方を選べっЦ
わ、私はトキフサ様より誉れを賜りたいと存じますЦ
わ、私もですЦ
そうだろう……そうだろうとも！
オシュトルぅっ！
？
我を、その目にしかと焼き付けよ！
まさか……ッ！みんな、逃げてЦ
Ц
なっЦ
あいつ、滝を堰き止めてたのか！
皆、急いで岩場に上がれ！このままでは我等も流されるぞЦ
皆、急ぐのじゃЦ
クックックッ……早く逃げよ。でなければあっという間に流されてしまうぞ。まあ、それでも一向に構わぬがな。
どんなに卑怯と罵られようと勝てば……いや、オシュトルさえ殺せば！我が名は永久とこしえに響く！
悪逆という謗そしりさえ、我にとっては誉れ。これで世が万年乱れようと構うものかЦ
ř
ə
ə
ٙ

あやや、すっかり水に囲まれてしまったぇ。
何とか流されずには済んだが、逃げ場なし、か。
どうする旦那？泳いでもいいが、これじゃ流される奴もいるんじゃない？
それにあっちには弓兵衆ペリエライもいるし、いい的になるかな。
しかし、いつまでもここに留まっているわけにはいきませんね。
そうだ！ぐずぐずしていると、この岩ごと流されてしまうぞ！
そんな……
となれば━━
力尽くで押し切るまで。
やはり多少の被害は覚悟の上で岩伝いにあちらへ飛び移るしかないか……
まさか、ここまで追い詰められるとは。
ふん、いつまでそこに留まっていられるか。じわじわと命を削り取ってやろうぞ。
貴様等、何をぼさっとしているのだ！
奴らは足場の悪い地で疲弊し、もはや身を隠すこともかなわぬ！今こそオシュトルを討ち取り、我と共に名を上げよЦ
兵達
「「はっЦ」」
我を舐めてかかったこと、後悔させてやろう！

いい女とは……決して倒れぬもの……
姉上、いけませんっ！姉上っЦ

陚

逿

ば、馬鹿な……我が……？
まだだ、まだ……我は、八柱……金印さえあれば……
トキフサ……お前はもう終わったんだ。
父上と和睦してくれ。過去の諍いさかいで我ら氏族がこれ以上、争う理由などない。
き、貴様……！あの男のみならず、貴様のような小娘まで！我を愚弄するのか！
確かに我には華々しい武勇はない！しかし手間をかけ、知恵を絞り、功を立ててきたЦ
なのに皆、小手先ばかりの小者こものと我を嗤わらう。
ゲンホウという大樹が堂々と生い茂るほど、雑木ぞうぼくに過ぎぬ我は陰かげに隠れ……花をつけようと誰にも顧みられぬまま……
八柱将の名もただ氏族を纏まとめる箔。八柱将に我が必要なのではなく、世の安寧のため、八柱将の名が必要だっただけ。
氏族の長オサも、八柱将も、偽物を飾る能書きに過ぎぬというわけだ！
何が、何が氏族の長オサだっ！そんな物、金印さえあれば、貴様のような小娘でも……！
聖上……長オサの金印、いただいても宜よろしいでしょうか。
……好きにするが良い。
……こんなものが、そんなに大事だったのか？
そ、それはっЦ
こんなもの……ただのっЦ
おおおおおおーっЦ
トキフサЧ
それは我の物だ！誰にも、誰にも渡さんぞЦ
姉上！
寄こせーっЦ我が金印をっЦ
よせ！こんな所で……あっЦ
おお、金印……我の、我の元にィィィ！
トキフサ！行くな！戻れーっЦ
トキフサーっЦ
はーっはっはっはっはっЦ取り戻したぞ！これで我は━━、我は八柱将トキフサであるЦ
はーっはっはっはっはっはっはっЦ
トキフサ……
姉上、ここももう危険です！下がって下さいЦ
撤退するぞЦ
………
ノスリ！
姉上Ц
а
……あの男では、奴の相手にならんか。
さすがはオシュトル……クジュウリに続きイズルハをも、その手でもぎ取ったか。
━━此度こたびの遊戯はここで幕切れとしよう。エンナカムイと戯れていた者達には下がれと伝えておけ。
よろしいのですか？功いさおを上げられなかった者が不平をもらすかも知れませんが。
構わん。トキフサなどに期待した時点で負けは決まっていたのだ。
トキフサの死と奴を打ち倒した勇名によって、氏族はゲンホウの娘の元にほどなく集結しよう。
奴のように機を見誤る所まで付き合う必要もない。
畏まりました。
しかし哀れな男よな。
己に将たる器もなく、それに気付くことなく大願を求めた結果がこれか。
デコポンポ様もそうでしたが、何故あのような御方おかたが八柱将に？
ライコウの視線にシチーリヤは身を縮ませる。
こ、これは過ぎた事を……
何、誰もが感じる事実だ。
ライコウは気にする事無く語った。
まあ、奴等も戦いくさ以外でなら少しは使い道もあったのでな。
そういう将として不出来な者達すらも受け入れるだけの器が、帝ミカドにはあったのだ。だからこそ━━
そこで一度言葉を切ると、ライコウは口元に楽しげな笑みを浮かべた。
さて。此度の件で、イズルハまでもが離反したとあっては、朝廷も諸國を引き締めねばならぬ。
既に舞台は整いつつある……さほど待たぬうちに皆が知ることとなるだろう。
オシュトル、後は貴様が舞台に上がるのを待つだけだ。
以前より帝ミカドに重用され、その後継を擁したオシュトルをねじ伏せた、その時こそ━━
我等は真の意味で、帝ミカドの揺ゆり籠かごから巣立つことができるのだ……
トキフサの奇襲を退けてから数日後……
一同は再びゲンホウの隠れ里へと舞い戻り、しばしの休息を取っていた。
トキフサの死後、討伐軍は即座に反転し、エンナカムイへの侵攻が見せかけであったことが判った。
それに、皆無事だったとはいえ水攻めにより消耗が激しく、態勢を立て直す必要があった為だ。
そんな中、その知らせはもたらされた。
兄あに様、斥候からの報告なのです。
エンナカムイへの討伐軍は、帝都に帰着した……との事です。
そうか……
結局、エンナカムイの國境くにざかいに至る事もなかったか。
やはり、ライコウは本気でエンナカムイ攻めを目論んでいたのではない。
しかし、無理を通す事も出来た筈。慎重、というより、あえて我らの出方を試しているのか？
トキフサも名ばかりとはいえ八柱将。そんなのがここにいちゃ、色々と面倒だったんだろうさ。
ゲンホウ殿……
しかし、これで内輪のゴタゴタが終わったわけだからな。気の早い連中がもう里に集まってやがる……
あっという間にちょっとした軍勢になるぜ？そうなればライコウとて容易には動けまい。
確かにトキフサを倒して数日しか経っていないというのに、里では見慣れぬ者達が集まってきている。しかし……
それはトキフサが討ち取られた事を、ゲンホウ殿が馬を飛ばして、國中に喧伝したからではないのか？
しかも、聖上がここにおられるという事も一緒に……
おっと……そいつは黙っていなければいけない事だったか？
ゲンホウはニヤリと笑う。
いや……
こちらも小さく笑い返す。
腹芸。
主あるじ様もまた一段と頼もしくおなりです。
腹芸というより、腹黒になった気がするが……
父上、オシュトルさん。
オウギの呼びかけに、共に振り向いた。
支度が整いました。屋敷の方へお越しください。
そうか、すぐに行く。
さあて、娘の晴れ姿、とくと拝ませて貰おうか。
ノスリよ。これより貴公がゲンホウ殿に成り代わり、聖上の臣として、また良き長オサとして同胞を導いていく事を誓うか。
誓おう！このノスリ、我が命をイズルハに、そしてヤマト帝アンジュ様に捧げん！
ならば、アンジュが名において命ずる。ノスリ、今日から其方そなたがイズルハを背負うがよい。
はぁーっЦ
集まった氏族の者達の前で、ノスリはアンジュの言葉に深く頭を垂れる。
この儀式めいた遣り取りにノスリやアンジュは乗り気ではなかったが、世に知らしめる上で最低限の形式は必要だ。
百聞は一見にしかず。芝居がかっていようと、目に見える物に説得力は宿るのである。
儀式も終わり、ゲンホウは立ち上がると集まった氏族の者達を見渡した。
堅苦しい事はこれで仕舞いだ。今日は新たな長オサの門出。大いに飲んで喰ってくれっЦ
ゲンホウの掛け声と共に次々と料理や酒が運び込まれる。
ふぅ……やっと終わったのじゃ……
化粧直しの名目でようやく席を立ったアンジュは控えの間でぐったりへたり込んだ。
お疲れ様でした、聖上。
アンジュさま、お風呂はどうでしょうか？支度は整えておりますが。
おお、それは気が利くのう。ムネチカはどうじゃ？
聖上をお守りするのは小生の役目。無論、お供致します。
ふふ、それは言い訳に、ぴったりかな？
い、いえ、決して言い訳などでは……
よいよい、せっかく終わったのじゃ、風呂には皆を誘って入れば良い。ルルティエやノスリも当然、断らんじゃろう？
はい、お背中お流し致します。
しかし、笑顔で頷いたルルティエとは対照的にノスリは申し訳なさそうに口ごもった。
いえ、私はしばらくしたら宴の方に……
何？それはどういう事じゃ？
ああ……今日の主役はノスリだから。
挨拶の応対など、いないと困りますね。
やれやれ、なんとも面倒な事じゃ。
しかし、集まったのは改めて聖上に忠誠を誓われる者達。聖上も汗を流した後、少しばかり宴に顔を出した方が良いでしょう。
むう、そうか。
でもやっと、ここまで来たのです……
帝都奪還に、また一歩近づいたというところかな。
クーちゃん、楽しそう。
たのしいのか？うたげか？
うーん、そういうのとは少し違うかな。
ウチは色々楽しみやぇ。
ええ、楽しみです。この國は早晩、姉上の元で結束し、一大勢力となるはずです。
聖上の信も厚く、トキフサを打倒した姉上に、逆らえる者がいるとは思えませんね。ふふふふ……
何だか、その顔は悪役の顔なのです。
ふふふ、そうでしょうか？
若い者は夢や野望があっていいもんだ。若いうちはそうでなくてはな。
オシュトルを伴い、遅れて入ってきたゲンホウが、にやりと微笑む。
ところで、ゲンホウ殿はこれからどうされるおつもりか？
俺はもう若くねえし長オサなんかでもねえ。後はまた隠遁生活に戻るだけだな。
でもまあ……肝心の長オサはしばらくあちこち飛び回る事になるだろうし、その間、ここの留守番くらいはやってやるさ。
と言いつつ、釣り三昧なのでしょう？父上のその自適ぶり、正直羨ましい限りです。
そう思うんなら、お前も一緒に隠居すればいいさ。
それも楽しそうですが、まあ、今はもっと楽しいことをしていますから。
ふっ、そうだったな。まあ、頑張れや。
ゲンホウはふと何かを思い出し、ノスリを見た。
そうだ、ノスリ。
？
ちょいと大事な話がある。頃合いを見計らって、俺の部屋へ来い。
は、はあ……でも、良いのですか？私が祝いの席を立っても……
どいつもこいつも祝いと称してタダ飯を喰いに来てるだけさ。ほどよく酔いが回れば、おまえが居なくなったことも気づきゃしねえさ。
おまえの今後を、いや氏族の将来を左右する大事な話だ。忘れずに来い。
え、ええ……
ゲンホウはそう言うと部屋を出て行った。ノスリの方は一体、何を言われるのかという様子で戸惑っている。
はて……昨日の内に長オサの役目や約束事に関して、一通り教授されていたと思うが。ゲンホウは一体、何を話すつもりなんだ？
父上、大切な話とは？
おう、やっと来たか。まあそこに座れ。
………
部屋を訪おとなったノスリは緊張した面持ちで、すでに用意してあった座布団の上に座った。
ところでオシュトル殿は？
オシュトル？オシュトルは今頃、これまでの話を聞きたいという連中に捕まっていると思いますが……
オシュトルの武勇伝を聞きたいって奴は腐るほどいるでしょうし。
この場に呼ばれていないオシュトルの事を尋ねられ、ノスリは怪訝な顔をする。
右近衛大将オシュトルか……いやいや、中々いい男じゃないか。噂に違わぬ名将だな。
父上がそこまで褒めるとは珍しい。だが、それがどうかしたというのですか？
何、俺はあの男が気に入った。あの男が欲しい━━
は……？
ゲンホウの思わぬ言葉にノスリは思わず後ずさるのを見て、ゲンホウは苦笑する。
いや、正確にはあの男の血脈が、ってことなんだがな。
血脈……
ゲンホウの言葉にノスリはキョトンとする。そんなノスリの様子にゲンホウは溜息をついた。
やれやれ、オウギから聞いていたが、おまえはまだまだ初心うぶな生娘のままだな。
なっЧききき生娘Чい、いや、私はっЦ
だが、あの男ならおまえを優しく導いてくれよう。
あの右近衛大将殿は中々見所がある。その血が一族に入るってんなら、面白い事になりそうだ。
いや、父上が何を仰りたいのかイマイチ判りませんが……
はぁ……相変わらず鈍いな。つまり、あの右近衛大将殿と懇ねんごろになれってこったよ。
ね……ねねねねね懇ねんごろっЦつ、つまり、オシュトルとい、一緒に寝ろと……
言っておくが添い寝してるだけじゃ、子供は作れんからな。
そっそっそっそのぐらいわかってますっЦ子供というのはアレだ、男と女が二人でアレしてその結果ああなってそれで……
……………っЧ
はぁ……
ゲンホウは自分の娘の狼狽ぶりにこれ以上ない大きな溜息をついた。
やれやれ、こいつは色々と苦労しそうだ……
а
а
а
а
それは、イズルハとの同盟後、エンナカムイに戻ってからそれ程経っていない、ある日の昼下がりのことだった。
狩りに行きたい？
うむっ。
突然部屋を訪ねてきて自信満々にそう頷くノスリの姿に、思わずため息が溢れそうになる。
……ノスリさん。今は狩りなどよりも、するべきことがあるのです。
仕事というと、あれか。租やら軍備やらの？
『イズルハ』の租やら軍備やらのお仕事なのです。
細かい調整はオウギさんにやって貰っているですが、ノスリさんにもお願いがあるのです。
え、いや、そういった仕事は私には向いていないというか……そういうのはオウギに……
なんとか誤魔化そうとするノスリを、ネコネがジトリとした目で淡々と諭す。
氏族長であるノスリさんの押印がないと、諸々の書類に許可が出ないのです。こればっかりは、オウギさんでもダメなのです。
そ、そうは言うが、私は政まつりごとの細々としたところまでは、判らないぞ？
……それでも、やってもらわないと困るのです。このままだと補給すらままならないのですよ？
それは……まずい、な。うん、実にまずい。
ご理解いただけたですか？でしたら、まずはこの書簡に━━
ネコネはそう言うと、机の上に書簡を山と築く。
うぅっ。
ノスリはそれを見て、小さく呻き声をこぼした。
少し助け船をだしてやるか……
まあ、今は仕事の話は置いておいて、だ。
それで、どうして狩りなのだ？
よ、よくぞ聞いてくれた！
気を取り直したノスリは得意げに腕を組むと、胸を張って話し始めた。
実は先日、シノノンに美味い肉を食わせてやると約束してな。
私一人で狩ってきても良かったのだが……どうせなら一緒にどうだろうかと。随分と根を詰めているようだったのでな。
それで某それがしを誘ったと？
ま、まあ、そんなところだな、うん。
ふむ……
この申し出は、正直助かるな。ここ数日は部屋に篭って、ずっと机に向かっていたからな。
……行ってらしてはどうですか？確かに、息抜きは大切なのです。
そうだろう、そうだろう。
……気分転換にはよさそうだ。そうだ、ネコネも一緒にどうだ？
む……
わたしは止めておくのです。まだ、確認しないといけない書簡が沢山あるので。
息抜きが大事といったのは、ネコネであろう？
やるべきことをやった後で、ちゃんと休むのです。
やるべきこと？
ノスリさんが戻ってきた時に確認してもらう書簡を纏まとめておこうと思うのです。直ぐにお仕事ができるように。
や、藪蛇だったか。
……兄あにさまが代わりに目を通してくださるのであれば、それでも構わないですが。
ぬぐっ。
ネコネ……自分にそんな時間的余裕がないことぐらい、知っているだろうに。
そ、それでは仕方無いな。では、私達だけで行くとしよう！
いや、某それがし達だけで息抜きというのも、気が引けるであろう。他の者の予定は……
姉あねさまとフミルィルさまは、薬草を仕入れに行ったのです。姫殿下はムネチカ様とルルティエさまを伴って、隣國大使と会食中。
アトゥイさんは武具のお手入れ中で、シノノンとヤクトワルトさんはお散歩中なのですよ。
キウルは……あれでもこの國の皇子なのです。色々とやることがあるです。
がんばれ、がんばるんだ、キウル……
しかし、全員の予定を記憶しているのか……
いざという時に所在がわからないと、困るですから。
オウギの奴も、朝から姿が見えないな……全滅か。
………
日を改めるか？
いや、シノノンとの約束もある。それに……狩りくらいならば、二人でも十分だろう。
ノスリが、少し憮然とした表情で立ち上がる。
……皆の予定が合わなかったことがそんなに不満だったのか？
そうか。ではネコネ、暫く留守にするぞ。
兄あにさまは、行ってしまうですか……
何故なぜかネコネが拗ねたような声でつぶやく。
は？いや、そういうわけでは。
というか、なんだこの展開は……
どうした？行かないのか？
焦れたような表情で言う。ネコネはそんなこちらとノスリを交互に見て、小さく嘆息する。そして少し優しい声で━━
では、食料の調達、宜しくお願いするのです。期待して待ってるです。
ああ……
お気を付けて、なのです。
ノスリに手を引かれ、ネコネに見送られて━━慌ただしく政務室を後にした。
うむ、絶好の狩り日和だな。
ノスリがそう言って、空を仰ぎ見る。その仕草に既視感を覚えて、すぐに一つの記憶が頭に浮かんだ。
そういえば、ノスリと狩りに出るのは久しぶりだな。
む？ああ、そうだな。
こちらの言葉に、ノスリが笑顔になって頷く。その足取りから、これから向かう場所もあの時と同じなのだと察しがついた。
あれは、エンナカムイに着いて間もないころだったか。
……あの時とは、随分と状況が変わったものだな。
ノスリが感慨深げに呟く。
そう言われると、そうだな。
あの時と違って、今は二人きりか。
え？あ、いや……ヤマトの戦局や今の私の立場のことを言ったんだが。
こちらの言葉に、ノスリは少し慌てて訂正を入れた。そして落ち着かない様子であちこちに視線を飛ばす。
まるで、今やっと二人きりなのに気づいたみたいな……いや、考えすぎか。
ま、まあ、以前も大漁だったからな。二人でも問題ないだろう。
その時、近くの草むらから小さな物音が聞こえてきた。
━━む。
その音に、ノスリが背負った弓に手を伸ばす。それを手で制して、代わりにこちらが弓を構えた。
いや、ここは某それがしに任せてもらおう。
距離はそれ程でもない。これなら━━
弓を構え、矢を番え、狙い、放つ。
放たれた矢は木立の間を抜けていき、そのまま目標を射抜いた。
ふぅ……
正直冷や汗ものだったが……あの日以来、隠れて練習をしていた甲斐はあったか。
お見事。あれからそれ程経っていないが、随分と上達しているな。
今日は調子がいいようだ。
今ここに、オシュトル本来の弓の腕を知る者はいないのだ。
そう考えると、あの時よりは大分気楽ではあるな。
そんな気の緩みが、口を軽くしてしまったのかもしれない。
思えば、以前のノスリの教え方も良かったのだろう。
ほほう。
こちらのその言葉に、ノスリの頬が緩む。褒められて気分がいいのか、嬉しそうに声を弾ませた。
あ……
以前の狩りでのやり取りを思い出し、慌ててその口を閉じる。しかし、時すでに遅し。
では、今回も私自ら手解きしてやろう。まず先程の撃ち方だが、少しばかり体勢が……
言いつつ、ノスリが背後に回る。そのまま、こちらの手を取ろうと抱きしめるように密着してきた。
……こんなことが、確か以前にもあったな。
ムニムニと当たる豊かな感触が、落ち着かない気持ちにさせる。
まあ、今回は他人の目がないだけマシだろうか……
では、射るぞ。
ノスリはそう言って、こちらの手から矢を解き放とうと指を伸ばし━━
━━っЧ
すぐさま、慌てた様子で自身の体を密着状態から引きはがした。
どうかしたのか？
い、いや、何でもない……さ、さあ、射るぞっ！
そう言いつつも、さっきより随分と腰の引けた体勢で指導を続けようとする。
これだと、先ほどとは違い、体は密着しないのだが……こちらの背に、ツンツンと突つつくように胸が当たってくる。
……押し付けられるのもそうだが、これはこれで困るな。
ううっ。
ノスリはへっぴり腰のまま、指導を続け。
何本か矢を射た辺りで耐え切れなくなり、ばっとこちらから離れた。
その、悪いが、この辺にしておこう。
それは構わないが……
というか有難い。あのままだと、さらに困った状況になるところだったからな。
一瞬、背中に感じた感触に意識を向けかけ、慌ててかぶりを振る。
ノスリの方も、驚いた表情で胸に手を当てている。心なしか、その頬に朱がさしているようにも見えた。
……こ、こういう技は、最後には自分で磨くものだからな、うん。
ノスリはまるで自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
それからしばらくの間お互い狩りに精を出し、日が暮れる頃にはかなりの収穫になっていた。
ふむ、まあ今日はこれ位でいいだろう。
そうだな。
しかし、当然というかなんというか……獲物の数では、比べる気にもならないな。
こちらが一日かけて数匹射止めただけなのに対して、ノスリは両手で持ちきれないほどの獲物を抱えている。
まあ、一朝一夕で追いつけるとは思ってはいないが……ここまで差があると比べることすら馬鹿馬鹿しいな。
そう考えると、思わず笑みがこぼれた。
うん？どうかしたのか？
こちらは生憎、手持ち無沙汰でな。幾らか荷物を持とう。
まあ、確かにこの量だと動きにくくはあるな。少し譲ろう。
ああ。
苦笑しつつ、ノスリの獲物に手を伸ばす。すると、獲物を受け渡そうとしていたノスリの手と、ふいに指先が触れあった。
ひゃっЧ
その突然の接触に、何故かノスリは飛び上がらんばかりに驚いて、慌てた様子で手を引いた。
いや、その……な、何でもないっ。
ノスリは夕映えに染まった表情を翻ひるがえすと、足早に先へ歩いて行こうとし━━
ふぎゃっ！
やたらと痛々しい音と共にその場にすっ転んだ。
ノスリЧ
慌てて見下ろすと、ノスリは左足を抱え、痛みのあまり地面を転げまわっている。
どうやら足場が悪く、岩につまずいたようだ。
だ、大丈夫か。
っ、こ、小指が……
……歩けるか？
もっ、問題ないぞ、これくら━━いっ。
どうやら、変に転んだせいで足首を捻ったようだな。
……歩くのは難しいか。じきに日も暮れる。
仕方ない。
ノスリに背を向け、前屈みになる。
そら、おぶさるといい。
んなЧ
こちらの行動に、ノスリは目を見開いて驚いている。
ええと、これは、その……
どうした？もう少しすれば日も暮れる。あまりゆっくりもしていられないと思うが。
べ、別に私は、やろうと思えばここで一晩明かせるぞっ。
何を言っているんだ、お前は。今の情勢で長く城を留守に出来るわけがないだろう。それに……
周囲には、先程ノスリが抱えていた狩りの獲物が散乱していた。日が暮れれば、血の匂いに誘われて獣が集まってくるだろう。
ぬぐぅ……
何を渋っているんだ。
まさか聖上を放って、このまま野宿をするわけにもいかぬだろう？
……し、仕方がない。
ノスリはその後もなにやらあわあわと言っていたが、最終的には渋々といった様子でこちらの背中に乗った。
よほど居心地が悪いのか、背に密着せず、躰を離してモゾモゾと動き回る。
ノスリ、歩きづらいぞ。あまり動かないでくれ。
す、すまない。
同時に、背中に脹らみが押し付けられるが、それについては気にしないことにした。
自然、お互いの会話もなく、森のざわめきが耳についた。
……すまない。
そのまま暫く歩いた頃、ノスリが小さく呟きをこぼす。
気にするな。これくらいの失敗は誰にでもあるものだ。
自分が『獲物を持とう』と言い出さなければ、こんな事にはならなかっただろうしな。
……なんだか、こうしていると子供の頃に戻ったようだ。
子供の頃？
こう見えても、昔はお転婆でな。よく怪我をしたものだ。
……昔は？いや、話の腰を折るのはよそう。
こちらがそんな失礼なことを考えている間にも、ノスリは語り続ける。
よく父上について、山に入ってな。だが、幼い子供には、山歩きは無理があった。
その度に、疲れて眠ってしまった私を父上がこうしておぶってくれたものだ……
どこか上の空で、まるで微睡むように……
その時の、背中は、広くて、あったかくて……こんな、風に。
……ノスリ？
すぅ、すぅ……
呼びかけても返事はなく、か細い寝息だけが聞こえてくる。出来るだけ静かに担ぎ直した。
……全く。
オシュ……トル……
これならどうですか、兄あにさま。
屋外にズラリと並べられた陶器製の太い筒を見つめた。
筒を軽くこづいたり、持ち上げてその出来具合を確かめる。
うむ、軽く強度もある。これなら安心して水を流せるな。
ネコネはその言葉にホッと胸を撫で下ろした。
野山に設置する以上、やはりそれなりの耐久性を持たせつつ、整備性にも優れていなければならない。
何度目かの試作を経て、ようやくの完成だった。
陶管をつなぐ際に用いる充填剤は、すでに漆喰と樹脂の組み合わせで目処がついている。
技術的な問題は、これで全て片が付いた。
さっそく工房の方に量産の指示を出すです。
ああ、宜しく頼む。
ネコネの言葉に大きく頷いた。
それで兄あにさま、測量の方はどうなったです？
大方は終わっている。
懐から畳まれた地図を取り出し、ネコネの前で広げた。
地図には湖周辺の地形が詳細に描き込まれており、その上にさらに赤い線が引かれていた。
その赤い線を指してネコネに言う。
今、測量の結果に合わせて、水路の設置場所を浅く掘り進んでいる最中だ。
陶管の数が揃う頃には、ここから順次運び出し、湖を目指して埋設していくだけになっているだろう。
いよいよかな。
その声に振り向くと、並んだ陶管を興味深げに見つめるクオンの姿があった。
ああ……いよいよだ。まさか、こんな一大事業になるとはな……
やればなんとかなるもんだな……
いずれは水の供給が追い付かなくなるだろう。その前に目処が立ったのは喜ばしいことだ。
そうだね。
クオンは感慨深げに頷いた。
あしたからは某それがしも現場に出て、陣頭指揮を執ろう。
クオンには工事の進行度合いを見定め、事業全体を統括して貰いたいが……頼めるか？
うん、もちろん。
それから半月あまりを、水路の工事に費やした。
工期の上では、そろそろ完成している頃だが、まだ水路は出来ておらず、兵の運用上、これ以上長引くのは避けたいところだ。
陶管が完成すると、招集された兵達が幾度も山を登り降りして、それらを運び上げて行く。
兵を多数動員したとはいえ、その大半が険しい山間での作業だ。悪路をゆくのは困難を極める。
これが最後の荷だ。皆、急いでくれ！
手下達
「「ウッスЦ」」
ノスリの部下達が陶管を肩に担ぎ、山道を上がっていく。
ノスリはその傍かたわらで、三角錐状の拡声筒で号令を掛けていた。
ほら、イッチニ、イッチニ、ええい、まどろっこしい！後ろを空けるのだ、私にも担がせよ！
姉上がそう言うのでしたら、僕もご一緒させて下さい。
ああ、なんとしてでも今日中に完成させるぞ！
ノスリとオウギも陶管を運び出す。
そうやって険しい山道を、一行はひたすら上り続けた。
ふう、どうだ？まだ着かないのか？
姉上頑張って下さい。もうすぐです。
すっとノスリの目の前に水筒と手拭いが差し出される。
ん……
ノスリはごく自然と手拭いを受け取り、頬の汗をぬぐう。
陽も大きく傾き始めた頃、陶管を運ぶ列のしんがりとして、ノスリとオウギが上がってきた。
湖そばの水門前で合流したところで、おもむろに尋ねてみる。
ノスリ、これで陶管は最後か？
む……
振り返って後続を確認しようとするノスリに、オウギはそっと耳打ちした。
他の場所には届け終わっています。これで最後かと……
オウギの言葉にノスリは鷹揚おうように頷いた。
ん……うむ、私達で最後のはずだ。
よし、ヤクトワルト、これを頼む。
任せるじゃない。
ヤクトワルトはノスリ達が運んできた最後の陶管を担ぎ上げると、水門近くまで運んだ。
やれやれ、いくつ嵌め込んだかねえ……
ヤクトワルトは指示された所に慎重に嵌め込んでいく。
よし。
後は水を流して確かめるだけだな……
振り向き、水門の方へ大きく手を振る。
その合図を受け、キウルが慎重に水門を開いた。皆が固唾を呑んで見守るなか、水門から溢れるように水が流れ出た。
そして、水は大きく口を開いた陶管へと勢い良く流れ落ちていく。
その様子に一同の歓声が上がる。
やりましたね、兄上。
いや、まだ安心は出来ぬ。だが、試用を重ね問題点を潰してゆけば、いずれこの水が大いに國を潤す事になるだろう。
はいっ、本格的に運用されれば、生活用水はかなりの部分補われます。
それにこれを拡張していけば、畑にも水を送れますね。
キウルは少し興奮したように熱く語った。
戦いくさの勝利よりも民の暮らしに喜びを見いだす、か。やはり、いい皇オゥルォになれそうだな、キウルは。
この新しい水源の確保は、國の発展に取っても意味があるものになるかもしれないのだ。
この國に漂う重い空気も幾分晴れるかもしれない。
これでひとまず出来る事はやった。水門を監視する者を残して撤収しよう。この吉報を持ち帰れば、聖上もお喜びになるはずだ。
お疲れ様♪
泥だらけで凱旋した一行を出迎えたのはクオンだった。
良かった、その様子だと工事は問題なさそうかな。
ああ、なかなかの突貫工事だったが、ひとまず水は通せた。まだまだ、これからだがな。
貯水は順調か？
うん、ゆっくりとだけど……
クオンは、城内の貯水池の方を見やる。そこにはすでに半分程度の水が溜まっていた。
十分な量とは言いがたいが、まだ水を送り始めたばかりだ。
この調子で行けば、毎日、それなりの量の水を消費しても問題ないだろう。
クオンが差し出した手ぬぐいで首筋を拭う。
ふぅ……しかし、こうも汗だくで泥だらけでは、クオンではないが湯の張った風呂につかりたいものだ。
すると、クオンはクスリと笑った。
そう言うと思ったかな。
？
ちょっといい？
どうした━━
急にクオンに手を掴まれると、引っ張られるように、見慣れぬ小屋へと連れて行かれた。
その小屋の裏手からはもくもくと煙が上がっている。
いつの間に、こんな小屋が？以前はなかったはずだよな……
これは一体……
びっくりすると思うな。
クオンはガラリとその扉を開いた。そこに広がってる光景は……
Цこ、これは……
部屋の中に立ち込める湯気、なみなみとお湯をたたえた湯船、それはまさしく……
風呂か。
オシュトルたちが水路を引いている間に、皆みんなでこっそり作ったんだ。
あ、言っておくけど、私わたくしの一存ってわけじゃないんだからね？相談した上での事だから。
言ってないだけで、そう誘導したんだろうな、きっと。
『水路を作ってくれる人達を労える何かを作ろう』って、アンジュはもちろん、皆が賛同してくれたの。
それで風呂、か。
クオンらしいというか……
ご褒美にはピッタリでしょ？
ああ……
疲労回復には一番だし、病気の予防にも役立つと思うかな。
悪戯っぽく微笑むクオンに大きく頷いた。
ありがとう、クオン。今、これ以上の愉悦は望めまい。
じゃあ、こっちが男湯だから。
ごゆっくり。
さて……と。
なみなみと湯を張った湯船を見つめた。実に感慨深い光景だ。
湯船は大人が両手両足をゆっくりと伸ばせるくらいには広い。
はやる気持ちを抑えて帯を解き、放り投げた。
では、早速一風呂浴びる事にするか。
ふふ……生き返るぅ。
クオンは湯船の縁に寄りかかりながら満足げに呟いた。
そばではノスリがうっとりと目を閉じ、大の字になって浮いている。
アトゥイはすでに湯に入りながらお銚子を空け始め、湯だけではない朱色に躰を染めつつあった。
しかし、ウルゥルたちは躰も洗わず湯にも入らず、ただ一心にじっと壁の方を見つめていた。
行く。
主あるじ様をお世話しないといけません。
二人は桶に石鹸や手ぬぐいを詰めると、そそくさと風呂から出ようとした。
って、ちょっと待ったーっ！どこへ……行くつもりかな。
それをクオンが慌てて引き留める。
何故？
主あるじ様のお背中を流すのはわたし達の義務です。
場合によってはそれ以上も。
それもわたし達に課せられた使命ですから。
だから、それが駄目だって言ってるの！
クオンは二人をガシっと背後から抱きすくめるとずるずると引き戻す。
女の子を、それも裸の子を男湯に行かせるわけにはいかないんだけれど……
だが、その程度の理由では、とても二人を制止出来ない。
こうなったら……
ほ、ほら、ちゃんと汗を流して、ほんのりと石けんの香りをさせた方が殿方も喜ぶと思うよ？
二人ともお湯のお風呂は久しぶりだし、そういう湯上りの艶っぽさはきっとオシュトルも……ね？
主あるじ様が……
喜ぶ？
すると二人は競うように全身を泡だらけにし、せっせと躰を洗い始めた。
あの様子だと、納得のいくまでしばらく時間がかかるだろう。
クオンはホッと胸を撫で下ろし、壁の向こうの男湯を窺うかがいつつ小さく呟く。
はぁ……これで少しはのんびりできるかな。
長湯をされたら、また大変になるけど……
ふふっ、それではクーちゃん、お背中を流しますね。
あ、ううん……
ふふ、久し振りにお願いできる？
はい。
ゆったりほんわかした時間が女湯に流れていく。
一方その頃、男湯は……
おねぇちゃ、いいにおいがするぞ。
シノノンはめざといのう。ぐふふ、クオンが作った、余よだけの特製石鹸じゃ。これで誰もがイチコロなんじゃぞ。
いちころ？おねぇちゃ、つよくなったのか？
うむ、これで参らん奴はまずおらん……とクオンは言っておった。
おー、シノノンもつよくなるぞ。
よしせっかくじゃ、余がお主らの背中も流してやろう。ほれ、まずはネコネ、背を向けるのじゃ。
ひ、姫殿下？
ええい、往生際が悪いぞ？観念せんか。ほれっ。
ひゃぅぅっЧ
む、むむ、これは……其方そなた、余に断り無く胸を大きくしよったな！仲間だと信じておったのにっ。
こ、これは勝手に大きくなるものなのです。
けしからん、実にけしからんっ。
ひっЧひ、姫殿下……そ、そこはっЦ
ぶくぶくぶく……
キウル？
見るとキウルは湯に顔を半分以上つけ、ぶくぶくと泡立っていた。
どうした、もうのぼせたか？
キウルは我慢し切れないようにザバっと湯の中から立ち上がった。
あ、兄上は平気なのですかっ。
何がだ。
何が、って……
背後の女湯からは胸が大きい小さいだの、どうすれば大きくなるだの、大きくても肩が凝るだけだの嬌声が筒抜けだ。
………
キウルはこちらの問い掛けに一言も答えられず、しなしなと湯船の中に沈んだ。
ああ……華やかで良いでは無いか。
そ、それはそうかもしれませんが……
経験不足ですね。何事も慣れですよ……
クク、そんなんじゃあこの先思いやられるねえ……
ヤクトワルトはクイッと盃をあおり、大きく息を吐いた。
あの戯れを肴に一杯やれるようなら、一人前なのだがな。
兄上ぇ……
いいか、キウル。楽しみというのは、どんな状況でも━━
そう言って立ち上がった瞬間、入り口から雄叫びが響き渡った。
オシュトル様！
ん？
見れば、そこには工事に携わった兵達がいた。兵達はびしっと背を伸ばすと、こちらに威勢よく声を掛けた。
我らも湯につかって宜しいでしょうかっ！
見れば、当然彼らも泥だらけだ。このまま兵寮へいりょうに帰すのは忍びない。
無論。お前達も自分で引いた湯を存分に味わうが良い。
おお、オシュトル様のお許しが出たぞ。
代表の兵が後ろに向かって声を掛けた。
一同
「「おおーっЦ」」
……え？
んぐ……あ、あれ？
再び男湯に行きたがるウルゥルとサラァナを両手で抱え、くんずほぐれつしていたクオンは……
ふと顔を上げて、壁の向こうの男湯のほうを見た。
男湯もなんだか賑やかになったかな。
そういえば……
少しのぼせたのか湯船に腰掛けていたルルティエも男湯の方の壁を見て同意する。
先ほどまで静かだった男湯が妙に騒がしい。
あちらにはオシュトルさまやヤクトワルトさまもいらっしゃいますし、お酒でもお飲みになってるんじゃないでしょうか？
久しぶりのお風呂だから、はしゃぎたくなって当然だものね。
風呂を通じて絆が深まっていくことに、クオンは顔をほころばせた。
あ、兄上━━！
殺到した兵達の数は、明らかに風呂場の許容量を大きく上回っていた。
のどかだった男湯で、彼等はかけ湯もせずお構いなしに湯船へと飛び込んでくる。
最初に、キウルの姿を見失った。
ま、待て！そんな大勢は━━
湯船に立ち尽くしたまま、己はもみくちゃにされる。が、他の連中は━━
いま、なにか踏みましたね。極上の霜降り肉のように妙に柔らかかったですが、ふふふ。
ははっ、こんな押しくら饅頭じゃ、いつもの蒸し風呂と大して変わんねえな。
奴等は心配ない。我が身だけを守れ！
兵達
「「「かんぱーい！」」」
誰だ、こんな状況で酒を飲み始めるな！というか、どうやって飲んでるЦ
汗と泥にまみれた兵達が我先にと湯に殺到し、男湯はまさに、野郎共の肉でぎゅうぎゅう詰め……阿鼻叫喚の状況に陥っていた。
さらに密集度は上がり、鼻がもげるような汗の匂いまで充満してきた。
くっ……肉で視界が遮さえぎられ、身動きすら取れない！
湯船から足が浮くのが判るが、どうしようもない。意識まで薄らぎ始めた。
果たして……ここに湯があったのか……
まさにこの世の地獄である。
少し待ってもらえばよかった……
後悔先に立たず。
あまりの強烈な熱気と男臭に気が遠くなってきた。
うぐ、このままでは……早く脱出しないとヤバイ。
キウル、某それがしは先に出ているぞ。
あ、待って下さ……うひっЧ
あ、兄上、いまお尻にグニッとしたものがぁ！
背後からキウルの悲鳴に似た声が響く。
……聞かなかったことにしよう。
気に掛けている余裕などなかった。
一刻も早くここから抜け出さねば。
許せ、キウル。
決して振り返らず、ただ出口に向け、肉の壁をかき分けた。
兄上┻╋╋┳ッ！
……はっ！たあッЦ
ん？この声は……
廊下を歩いていると中庭の方から勇ましい掛け声が聞こえてきた。その声に引き寄せられるように中庭へ出ると……
うーん……まだこう、動きがぎこちない感じがするな……
もうちょっとこう、なめらかな動きが出来るといいのだけれど……
一人で鍛錬に励むとは。精が出るな、キウル。
あっ、兄上！
キウルはこちらに気付き、慌てて姿勢を正すと深々とお辞儀をした。
すっ、済みません！お騒がせして……
いや、むしろそれくらいでなければな。キウルの凛々しい立ち振る舞いは我が身も引き締まる。
そ、そんな……恐縮です。
キウルは少し照れ臭そうに俯うつむいた。
キウルはこんなにもオシュトルの事を慕っているんだな。自分はその想いに応えられているのか？
自分ももっとそれに相応しい貫禄や立ち振る舞いを身につけねばと思うが……
すると、こちらの思いを知ってか知らでかキウルはおずおずと尋ねてきた。
あ、あの……
そう言い掛けたが、キウルは遠慮しているのかなかなか次の言葉を口にしない。
ふむ、良い機会だ。ここで頼れる兄貴分っぽさを発揮しておくべきだな。
そう考え、優しく問いかけた。
どうした、悩み事でもあるのか？遠慮せずとも良い、キウルと某それがしの間柄ではないか。何でも申してみよ。
兄上……
キウルはこちらの言葉にパッと顔を輝かせて、勢い込んで言った。
あ、あのっ！何でも良いのですか？
ああ、一向に構わぬ。
で、では……私に稽古をつけてはくれませんかЦ
稽古……だと？
はい！いま、一人稽古をしていたのですが、どうしてもうまくいかない所があって……
兄上は素手での戦い……徒手においても名手であられましたね。私の徒手も兄上の演武を見て、習い始めたものです。
ですから兄上にご指導戴ければと。
キウルの頼みに、内心焦りまくる。
おいおい、無茶言うな。今だって戦う時は結構ギリギリなのに、オシュトルの武芸なんて真似られるはず……
駄目……ですか？
ぐぅ……こ、この迷子まよいごのような瞳めは卑怯すぎる。そんな顔で見つめられたら断りづらいじゃないか。やむを得ん……
う、うむ、まあ見ることならできるが……
その言葉にキウルは顔をあげてぱっと笑顔になった。
ありがとうございますっ、兄上っ！
ぐふっ、笑顔が眩しい……しかし、まずい事になったぞ。徒手の技と言われてもな。まるで経験がない。
だが、言うだけなら何とかなるはずだ。付け焼き刃でもそれらしい助言は出来る……適当に受け答えして早く切り上げよう。
それで、どこが気になっているのだ？
それがその、どうにも手の動きがぎこちなくて。
手の動き？
はい、突き出す時の手の捻り具合というか。
うむ、もう少し詳しく説明してもらえるか。
すみません、自分でもよく判っていないせいかうまく説明できなくて。
そうか、ならば仕方があるまい。キウルよ、今一度稽古し直し、説明出来るようになってから聞きに来るが良い。
そう話をさくっと切り上げて、その場を後にしようとする。
キウルは如何いかにも残念そうな顔をしていたが、ふと何かを思いつき声を上げた。
待って下さい、兄上！
説明は出来ないのですが、お手本を見せて貰えば、もしかしたら判るかもしれません。
なに？
手本を見せろだってЧこっちが見るって話じゃなかったのかЦ何とか言いくるめねば。
いや、そう言われてもな、キウル。某それがしも曖昧な説明では何を見せればいいのか判らぬのだが。
すると、キウルはあっさりと答えた。
いえ、それなら問題ありません。今、練習していたのはアレですから。
……アレ？アレとはなんだ？
ですから、兄上が以前見せてくれたあの徒手の奥義じゃないですか。
お、奥義Ч
はい、あの流れるようなしなやかな動き。初めて見た時からずっと憧れていました。
それで私もいつか習得したいと、暇があればいつも稽古していたのです。
ですが、見たのはあの一度きり。ですから今一度、見せてはくれませんか？
う、うむ。奥義……奥義だな。
ぐっ、またその瞳めで……ええい、こうなりゃ自棄ヤケだ！やってやろうじゃないか！
しかしだな、奥義と言われても全然判らんぞ。
キウルの方をちらりと窺うかがうと、きらきらした眼差しをこちらに向けていた。
期待されまくってるな……とりあえず、先に手本を見せて貰おう。
では、某それがしの演武を見せる前に、キウルがどの程度の腕前か見せてはくれぬか。
私がですか？判りました。あまりにも未熟で、お見せするのは恥ずかしいのですが……
よしよし、これを見て真似すれば簡単だ。後は適当に言い逃れよう。
キウルは照れながら呼吸を整えると、右手を大きく後ろへ引くと前へ勢いよく突き出した。
確かこうやって、相手の首を親指と人差し指と中指で粉砕するはずなんです。
なるほど、そんなものか。言うほど難しくはないな。死ぬ気でやれば出来るかもしれない。
そう思い、前へ出て披露しようとした時、キウルは一言付け足した。
兄上はこの攻撃を一瞬で五発放っていましたよね？
Чなん……だと。
私もゆっくりとやる分には出来るのですが、それでは威力がありません。
手刀のただ一閃いっせんで相手の首を落とすのも難しいのに、それを瞬きしている間に五連続とはさすが兄上です。
………
では、兄上、支度が整いましたらいつでもどうぞ。
キウルはそう言って、後ろへ下がった。
ご、五連続か。五連続……うむ……
さすがにそれは無理だ。ここはどうやって誤魔化すべきか。威厳を失わず事を済ますには……よし、この手で行くか。
キウルよ。
何でしょうか、兄上？
その……見せるのは構わぬが、あれは本気でヒトを殺める為、極めた技。その為だけの技なのだ。
故に、相手がおらねば、ここで披露することは出来ぬ。
その言葉にキウルはハッとした。
そ、そうですね。相手がいないとなれば本気は出せぬもの。これは失礼しました。
判れば良い。キウルが相手でも良いが、某それがしの本気で怪我をさせるやもしれぬ。故にここは━━
今、代わりになる置物か何かをお持ちします！
え……？
しばしお待ち下さぁい。
お、おい！
…………
行ってしまった……
まずいな。結局やるハメになるのか？かと言って、何も言わずに逃げたらキウルの信頼が。
とにかく、素振りして形だけでも……
兄上～っ！お持ちしましたЦ
わわわっ、早いぞ！練習もなしかよЦ
キウルはあっという間に戻ってくると、デンと目の前に何かを置いた。
すみません。動かぬ的では物足りぬでしょうが。
これをどうしろと……
目の前に鎮座ちんざしているのは等身大の石像だ。見るからに硬そうでもある。
さあ、兄上。ご存分に。
キウルはそう言うと、一挙手一投足を見逃すまいと先ほど以上に真剣な視線をこちらへ向けてきた。
今更出来ないとか言える雰囲気じゃないな……。
石像と対峙してるだけで手が砕けて具合が悪くなりそうだ。しかし……
兄上？顔色がすぐれないようですが、どうかなさいましたか？
……いや気遣いは無用。今、某それがしは気を込めている。
例え稽古でも某それがしは本気にならねばならぬのだ。キウル、お前の為にもЦ
兄上……私の為にそこまで。
ああ、自分で自分を追い込んでしまった。大丈夫だ……自分だって実戦で少しは鍛えられたんだ。
自分はオシュトル、泣き言など許されない。
覚悟を決め大きく深呼吸すると、キウルがやって見せたように手刀を構えた。
緊張した雰囲気にキウルもごくりと唾を飲む。
よし行くぞ！
その目にとくと焼き付けよЦ
━━はあッЦ
Ц
━━すかっЦ
あ……あにう……え？
しまった……石像に突き指する恐怖に身が竦すくんで、思わず狙いを外してしまった。
予想外の展開のせいか、キウルも呆然としてる。
慌てるな、慌てるな……某それがしはオシュトル、オシュトル、オシュトル……
自分に何度もそう言い聞かせると、平静を装いキウルに向き直ると、深刻ぶった顔でキウルに言った。
い……今のは某それがしの呼吸、そしてこの石像の呼吸が合わぬ事を悟り、突きを入れる寸前で腕を逸らしたのだ。
呼吸？石像のですか？
唐突に語られた意味不明な言葉にキウルは驚きの表情を見せる。
そうだ、キウル。お前にはまだ判らぬだろうが、木も水も石も、森羅万象すべてに呼吸が存在する……
それを肌より感じ取ることこそが真の秘奥義。
互いの呼吸が合わされば、まるで木から熟した実が落ちるが如ごとく、触れただけで石像の首が落ちただろう。
だが、ほんの少し、呼吸にずれが生じてしまった。
それでは首は落ちぬ。この石像諸共砕いてしまったはずだ。
それではいけないのですか？
キウルよ、だからお前にはうまく技が使えぬのだ。
これは技の鍛錬。決して石像を壊すのが目的ではあるまい。
その理ことわりに反した結果を良しとする心構えでは、いざという時に使えぬ。
それをキウルに悟らせる為、某それがしはわざと狙いを外したのだ。
な、なるほど……
それにキウルよ、お前は果たして見ていたのか？
と言いますと？
ここに立っていたのがお前ならば、某それがしの右手が空を切った瞬間、勝利を確信して気を緩めた事だろう。
だが、我が左手に気付いたか？左に込められし、この力に！
ひ、左手っЧい、いえ、全く見ておりませんでした。
ならば、次の瞬間、地に倒れていたのはキウル、お前だ。
隙を突いて、左手から繰り出される必殺の一撃により、その胸は突き破られたはずだ。
これぞ、我が隠し技、二の腕Ц
そ、そんな技がっЧ
ふぅ……どうやら信じてくれたようだ。
自分はそう心の中でホッと息をついた。
無論、そんな技などありはしない。左手は本当はぷらぷら遊んでいた。全てハッタリ、口から出任せである。
しかし、キウルはすっかり度肝を抜かれているようだった。
あ、兄上！是非、その技も私に……
いや、これは文字通り、某それがしの奥の手。出すと判って構えられては効果が減じてしまう。
例えお前であっても、見せろと言われて見せられるものではない。
ですが……
知りたければ躰で感じ取るほかない。だがそれは、命と引き替えになるやもしれぬ。
某それがしもこの技を習得する際……くっЧ
あ、兄上？
わざとらしく苦悶の表情を浮かべ、胸を握り締めるようによろける。
ふふふ……今では傷もすっかりふさがったが、あの時の事を思い出すと、その恐怖で心の臓の古傷がな。
何、大した事はない……しかし、キウルよ、もしその覚悟があるなら某それがしも本気で……
兄上が恐怖する程の……
オシュトルが苦悶するほどの恐怖の存在に、キウルは顔を真っ青にしてブルブルと首を振った。
い、いえ、申し訳ありません。今の私では到底、兄上の境地には至れません。
兄上の技をこの程度の修練で習得しようなどと言う思い上がり、恥ずかしく思います。
判れば良い。
キウルの言葉に鷹揚おうように頷いた。
だが、キウルよ。決して前へ進む事まで諦めてはならぬ。いつかお前も某それがしの境地に至れるはずだ。
相手から目を離さず、指先にまで神経を通わせ、ひたすら感覚を研ぎ澄ませる……大気を吸い、すべての呼吸を感じ取れ。
さすれば……
はあッЦ
風を切り裂く鋭い音が響いた。
やった……のか？
ただ一撃で……石像の首が。
見れば石像の首は確かに地面に転がっていた。
だが、気持ちを抑え込み、淡々と言葉を紡いだ。
済まぬ……五連撃のつもりが気を高ぶらせすぎ、次の一手を出すまでもなかったようだ。
某それがしもまだ未熟か。
い、いえ！ただ一撃でこのように石像が断ち切られるなんて……感服いたしました……！
今の呼吸をよく頭に刻み込んでおくのだ、キウル。
は、はい！
ところで、某それがしは技を放って呼吸が乱れてしまった。呼吸を整えるのに時間がかかる故、済まぬが先に帰ってはくれまいか。
そうですか、まだ秘奥義について聞きたかったのですが……でも、それは言葉ではなく、感じなければならないのですね。
そうだ……
判りました、兄上、お先に失礼します。
キウルは深々とお辞儀をすると、その場を立ち去った。
そのまま、キウルが屋敷の影に隠れて見えなくなるまで、微動だにせず立ち続けた。
そして、キウルの姿が見えなくなり、大きくひと呼吸ついた瞬間━━
うおおおおおーっ……Ц
ぐああああああーっЧ
己の右手を掴んでその場でのたうち回った。
い、いてえЦいてえよっЦ後になって痛みが出てきたっЦ
それでも何とか呼吸を整え踏ん張ると、そっと右手を見た。
これマズくないかЧ指がかつてない方向に折れ曲がってるぞЧ
ま、マズイ。非常にマズイ……青白くなってきたし脂汗も止まらん。
と、ととととりあえず、この指を何とか元の方向へ戻して……ぐぎぁゃっーっЧ
少し動かすだけでも痛い。指が引きちぎられるように痛み、思わず地面をゴロゴロ転げ回った。
鼻血さえ吹き出さん勢いで堪え、ようやく曲がった指を伸ばした。
見かけは何とかなった……とりあえず、どこかに添え木、添え木になりそうなものは転がってないか？
後は転んだとか何とか適当な言い訳してクオンに治療を……
そう考え立ち上がったとき、キウルが消えた屋敷の影から、不意に声が掛かった。
お、いたいた、オシュトルの旦那。
はい、行き違わなくて良かったですね。
この声、オウギにヤクトワルト？
ど、どうして二人がЧ
振り返ると屋敷の向こうからやってくるヤクトワルト達が見えた。
動揺を何とか抑えつつ、そっと右手を背中に隠して二人に問い掛けた。
……どうしたのだ？お前達までこんな所へ？
いえ、先ほどキウルさんがやけに上気したご様子だったので、気になって話を伺ったのですが、実に興味深い話でしたので。
ま、まさか。
聞けばキウルに徒手の秘奥義を見せたと言うじゃない。
武芸を嗜んでいるもんからすれば、秘奥義と聞いて落ち着いていられないねぇ。
それで僕達にも見せては貰えないかと思いまして。
おいコラ、何言ってんだお前は……
さすがにこの手の状態でもう一回なんて不可能だぞ！何とか断らねば！
キ、キウルがどう言ったかは知らぬが、大したものではない。あれはほんの児戯に過ぎぬ。お前達に見せる程の物ではない。
とりあえずそう断ったが、二人はあくまで食い下がる。
そりゃあ、旦那は達人だからそう言うわけで。
僕もキウルさんの様子からは相当な技と感じました。この目で確かめぬ事には何とも言えませんね。
しかし、あれは日に何度も使えるわけではないのだ。出来れば日を改めて貰いたいのだが。
そうなのかい？
ああ、某それがしも残念だ。
何とか切り抜けたと安堵したが、オウギが謎の言葉を口にした。
……噂に聞くあの技に匹敵するものかと期待していたのですが。
あの技？
おや？ヤクトワルトさんは御存知ないのですか？
キウルさんに見せたのは突きの奥義だったようですが、オシュトルさんには足技の奥義もあるそうですよ？
おま……まさか、わざとか？わざと言ってるのか？
聞くところに寄れば、ミカヅチさんとの手合わせで偶然生み出された必殺技だとか。
必殺技……それは心くすぐられる響きじゃない。
あのミカヅチさんでさえ、初めて喰らった時は何が起こったのかわからず地面に膝をついたのだとか。
なんだって？初見とはいえ、そこまでとは。そいつは是非見てみたいねえ。
ちょっ、待て待て！オシュトルの奴め、一体どんだけ凄かったんだよ！
しかし、この話の流れ……まずい、まずいぞ。こうなると次は━━
そうです、オシュトルさん。代わりにその技を見せては貰えませんか？
やっぱりかっЦ
そうだな。手は疲れてるかもしれねえが、足なら大丈夫じゃない。
い、いやしかし……
まずい、まずいぞ。話がまた変な方向に転がってやがる。早く話題を逸らさないと。
一体どこで聞いたのかは知らぬが、その技も大した物ではないのだ。
そうだ。実に大した物ではない。
ふむ、確かにそうなのかもしれませんね。
よし、これで二人とも納得して……
二人の様子に安堵しかけるが、オウギがふと思い付いたように言った。
きっと、僕達に技を見られるのが困るのですよ。
見られて困る？そいつはどういう事だい？
恐らくは手品みたいな技なんですよ。ほら、見せてしまうと種や仕掛けが判ってすぐ使えなくなる感じの。
なるほどねぇ、ミカヅチとの試合で有効だった事が誇張されただけで実は大した技ではなかったと。
やれやれ、噂話というのも当てにならないものですね。
となると、キウルに見せた技も実は……ガッカリじゃない。
二人揃って大きな溜息をついた。
待て待て待て！自分自身がそういうハッタリ野郎というのは否定しないが、オシュトルまでそう思われるのはまずい！
そんな話がキウルの耳にでも入ったら、例え噂話でも心を傷つけかねないぞЦ
かと言って、それを否定する為にさらに言い訳を重ねるのも余計に嘘くさい……
くっ、やるしかないか……！
二人とも下がれ。
スッと前に出て姿勢を低くし構える。
オシュトルさん？
もしかして見せてくれるのかい？
これは滅多に使えぬ技……ここでしか見せられぬ。他言無用。無論、キウルにもな。
お～、必殺技っぽいじゃない。
それにあの表情……自分を追い込んでいる気配をひしひしと感じます。これは大技ですね……
勝手な事を……
文句を言いたいが、今は考えるな。技にだけ集中しろ。さっきだって何とかなったんだ、今度だって何とかなるだろう、多分。
しかし、体に力を入れたいが、指が痛すぎてそれどころじゃない。
ああ、指がじんじん痛むし頭の中もガンガンして何がなんだか……
だ、駄目だ。足技とかとても無理だ。こんな状態では気合いを入れようと拳を握り締めただけで、痛すぎて死ぬ。絶対に死ぬ。
どうすれば、どうすれば、どうすれば━━っЦ
せめて……せめて拳が握れれば。
拳に意識の全てを集中する。ただ拳を握るそれだけしか考えられないその時だった。
兄あにさま、こんなところにいたですか？
Ч
不意に背後から声を掛けられ、思わず手を握り締めてしまう。その痛みが脳天に直撃するЦ
だが、その瞬間、体中に稲妻が走った！
きえええええええーっЦ
あ、あれはっЦ
まさかっЦ
……見たかい、今のを。
い、いえ、僕の目ではとても捉えきれませんでした。
あんな蹴りを出されたら躱かわし切れないじゃない。受け止めてもあの無数に襲いかかる蹴りの連続じゃあ、骨が砕かれるねぇ……
まさに流星のようでした。
さすがですね、オシュトルさん。先ほどは手品のような技などと失礼な事を言ってしまい、申し訳ありません。
見ていただけなのにこっちの震えが止まらないじゃない。確かにこいつは興味本位で見るもんじゃないねぇ。
はい、それにこの殺気。技を放った後だというのに、まだこのピリピリした空気……僕ならこの殺気だけで降参しますね。
まずいねえ。これは迂闊うかつに触れられないじゃない。
ここまで自分を追い込まなければ使えない技なのでしょうね。
こいつはそっとしておいた方がいいんじゃない？
ええ……あまり刺激しないようにしましょう。迂闊うかつに間合いに入れば蹴り殺されてしまいます。
じゃあ、お嬢。旦那に宜しく言っておいてくれ。
は、はあ？
では……
二人は一体、何を言ってるのですか？
兄あにさま？
兄あにさま！
いつまでも返事をしないので、ネコネは痺れを切らしてツンとこちらの体に触れた。その途端。
ぐはああっЧ
あ、兄あにさまЧ
耐えきれず奇声を上げて、地面にひっくり返った。
急に声を掛けられ思わず手を握り締めたが、死ぬほど痛すぎる！
そのせいで反射的に飛び上がって足をじたばたさせたが……い、痛みでもう……意識も……
ぐ、ぐうう……
う……ううう～ん。
兄あにさま！兄あにさまぁЦ
結局、この後、熱を出して三日三晩寝込むことになった。
幸い、奥義を連発したせいで激しく消耗したのだと思われ……
それから二度と技を見せてくれとせがまれる事はなくなった。
а
а
а
а
а
既に同盟となった諸侯へ時候の挨拶か。熱を冷まさぬためにもやっておくべきだが、さてどう書くか……
ネコネに代筆してもらいたいところなんだが、肝心のネコネは……
ここに居たか。
あ、兄上。
兄あにさま、わたしをお探しだったのです？
ふと覗いた広間に、そのネコネとキウルがいた。何故か、あちこちに紙が散らばっているようだが……
どうした？キウルも何か代筆を頼んでいたのか？
こ、これはその……
慌てふためくキウルが、ちらちらと隣のネコネの様子を窺うかがうのを見て、はたと気付いた。
おっと、なるほどそうだったか……
邪魔であったか。
い、いえ！邪魔だなんてЧ
するとキウルとは対照的に、ネコネはこれ見よがしに大きな溜息をついて言った。
何を恥ずかしがってるですか。将来、ヒトの上に立つ者として、相応しい書を書きたいと言ったのはキウルなのです。
今更、隠す事ではないのです。
………
ネコネ……
まだ、キウルの気持ちに気づいてないのか……
キウルがここまで持ち込むには紆余曲折があったろうに、こんなにも素っ気ないとは……
相変わらず罪作りな……
ポンとキウルの肩に手を置き、首を横に振った。
あ、兄上？
キウル……お前はよくやった、よくやったぞ。
あ、兄上！ですから、これはそういう事ではなく、わ、私は……
では、どういう事なのです？
真顔のネコネににじり寄られて、キウルは思わずたじろぐ。
ど、どうって……それは。
それは？
す、すすす……
？
しかし、肝心の言葉がどうしても出て来ない。
それでも、ようやく意を決したか、キウルは大きく息を吸い込みその一言を口にしようとした。その瞬間━━
すっ……Ц
キウルーっЦ
うわわわわわ～っЧ
お～、きょうもみはらしさいこーだぞ。
キウルに飛びついたシノノンは、ひょいひょいとその躰によじ登りご機嫌だ。
うっく！い、息が……息がぁ……
もっとも、当のキウルは首にしがみつかれ、呼吸困難に陥っているようだが。
いや、わるいねェ。
お？
シノノンの手が緩み、キウルの首がふいに軽くなる。
振り返ると、そこにはシノノンを抱き抱えるヤクトワルトがいた。
ヤクトワルトさん……
今日のシノノンはいつにも増してご機嫌でねえ。
しかし、女一人に難儀するたぁ。キウルもまだまだ青いじゃない？
う……
ヤクトワルトの何気ないからかいに、キウルはガックリと項垂うなだれた。
予想外に傷ついたキウルの様子に、ヤクトワルトは首を傾げる。
ヤクトワルト。
やむなく脇腹を肘で小突く。ヤクトワルトはすぐに、もう一人の少女の存在に気付いた。
おっと、こいつはいけねえ。
ヤクトワルトは意気消沈するキウルと、理解しがたいやりとりにやや憮然とするネコネを見る。
となると……ここはお詫びも兼ねて、取り持ってやらないといけないんじゃない？
……？
そう言うとヤクトワルトは、いかにもわざとらしく、大きな声で話し出した。
そうそう！この期に及んで言うのも何だが、キウルが本当に若様だったとはねえ！
はあ？今更何を。ずっと前から言ってたと思うですが……
あまりに不自然なヤクトワルトの言葉に、ネコネはそう応えた。
いやいや、話に聞くのと実際とは違うじゃない。
ほら、この魚。川で釣りしてるのを見物してたら、その釣り人が若様にってな。
ヤクトワルトがそう言って、腰に下げていた籠かごを差し出す。中には大小様々な小魚が入っていた。
頼んでもないのに、わざわざ若様にって言付けてくるのは……よほど民に慕われてるって事なんじゃない。
そうでしょうか？もし慕われているのだとしても、それは祖父が偉大だからで。
キウルよ、謙遜も程ほどにな。お前を信頼している某それがしの立つ瀬がないではないか。
兄上……
確かにキウルはまだ若く未熟かもしれぬ。しかし、今もこうして研鑽けんさんを積んでいるではないか。
持って生まれた人徳に知識や経験が合わされば、御前にも劣らぬ素晴らしき皇オゥルォとなる事だろう。
そ、そんな！兄上まで……
まあ研鑽と言うが、それもネコネの気を惹くためだから、恐縮するのも仕方がないか。
しかし、ここはキウルが将来性のある男だと示しておかねば。
いや、キウルは良い皇オゥルォになれる資質を持っている。兄の言葉が信じられぬと言うのか？
兄上は私を買って下さいますが、私自身は兄上の背中を追うのが精一杯……どんな國を造ればよいのかも、まだわからぬというのに……
いやいや、迷うのは若さの特権じゃない？ひたすら迷い、悩んだ先に、答えってのはあるもんさ。
なあ、お嬢？
はい？
そんな、悩み努力し続けるキウルをどう思う？
キウルを、ですか？
急に話を振られたネコネは訝しみながらも、淡々と答えた。
どう思うも、キウルは昔からそういう人なのです。
今はともかく、真面目に勉強すれば、いい皇オゥルォになれるですよ。
ってお嬢も言ってるじゃない。
ネ、ネコネさん……
キウルはネコネの何を今更と言う感じの言葉に感動したのか、瞳を潤ませる。
良き理解者に恵まれたな、キウル。
兄上、ヤクトワルトさん。
しかしだ。國造りってのは生涯の仕事。公私に渡って支えるヒトがいた方がいいんじゃない？
公私に渡って？
まあ、平たく言うとだな、長年連れ添ってくれそうな女の当てはあるのかい？
Ч
ヤクトワルトの思惑通り、キウルの顔がさらに赤くなる。
そっ……そんな人、いませんよ！
そう言いつつ、キウルはちらちらとネコネの方を見る。
いつも、わかりやすすぎだろ、キウルよ。
本当かァ？候補はともかく、このヒトならってヒトはいるんじゃない？ほら例えばだ、そこにいる……
なんだキウル。キウルはおよめさんがほしいのか？それなら、シノノンがなってやるぞ。
えっ？
シノノンがキウルの足にまとわり付きながら、にぱっと明るい顔を向けた。
シノノンがキウルのおよめさんだぞ！
よ、嫁っЧ
思わぬ立候補者にキウルは素っ頓狂な声を上げた。そして、助けを求めるようにヤクトワルトを見た。
しかし、ヤクトワルトにとっても予想外だったのか、困ったように首を横に振った。
その……まあ、なんだ。
俺が言えるのは、ヒト一人に面と向かって返事も言えないようじゃあ、皇オゥルォは勤まらないんじゃない……ってくらいか。
え、えええ～っЧ
キウルはこちらにも視線を向ける。
あ、兄上Ц
ま、まあ、確かにヤクトワルトの言う事には一理ある。将来國を背負う覚悟があるなら、ヒト一人の想いくらい背負ってみせねばな。
し、しかし……
だめなのか？
その声にキウルは視線を向ける。じっと見上げるシノノンの眼差しに、キウルの視線が泳ぐ。
いえ、駄目とかそういうのではなく。
じゃあ、いいんだな？
ええと、まあそのお……
……少し考えさせて下さい。
それでこそキウルだ。まかせろ、シノノンはつくすおんなだからな。
い、いえ、ですからまだいいわけじゃЧ
キウルはそう訂正するが、すでに喜び飛び跳ねているシノノンの耳には届いていなかった。
大丈夫だ、キウル。
ヤクトワルトは、励ますようにキウルの肩を叩いた。
ヤクトワルトさん？
キウルはすがるように、ヤクトワルトを見つめる。しかし……
俺が言うのも何だがシノノンは器量よし、将来性は保証するから安心していいんじゃない？
ヤクトワルトさん～っЦ
まあ、子供のいう事だし、娘がお父さんのお嫁さんになってあげるって言ってるようなもんだと思うが。
そう思いつつ、ネコネの方に視線を向けた。
何です、兄あにさま。
こちらの視線に気付き、ネコネが問い掛けてきた。
いや、ネコネはこの縁談、どう思う？
良かったと思うですよ？
ネコネはそう言って、シノノンを手招きすると、その頭を撫でた。
おじょう、ゆるせよ。きゅうこんはことわらないしゅぎだからな。
よかったですね。シノノンには幸せになって欲しいですよ。
えっ……あ、あの……ネコネさん……
もちろんだぞ。シノノンも、とうさまとかあさまのような、めおとになるのだからな。
いや、ちょっとは気にしてやれよネコネ……キウルがかわいそうだろう。
嬉しそうなシノノンとは対照的に、ネコネの方はこれっぽっちも気にしてる様子がない。
キウルはネコネのつれない反応にがっくりと項垂れる。
どした、キウル？またポンポンいたくなったのか？
い、いえ……
キウルのポンポンいたいの、とんでけ～！
そう言って、シノノンはキウルのお腹をなでなでと優しくさする。
は、はあ、どうも有り難うございます……
おぉ、早速女房らしいことしてるな。結構お似合いの二人なんじゃないの。
おう。キウルとシノノンは、おにあいだからな。
そうこうしているうちに、なし崩し的にシノノンとキウルが何やらままごとを始めだした。
だんな、おかえりだ。
た、ただいま……
きょうもいちにち、ごくろうさまだ。
あ、いえ、おかまいなく……
どうする、おふろにするか？ごはんにするか？それとも……
ワ・タ・シ？
え、えっと……じ、じゃあ、ご飯で。
キウル、くうきよめ。ここはシノノンというとこだ。
し、シノノンちゃん、そういう会話はどこから覚えてくるんですかЧ
ぶすいだぞ、キウル。おんなには、ほしのかずだけひみつがあるのだからな。
シノノンの無邪気な笑顔と発言に、キウルの顔は引きつったままだ。
シノノンの嫁入りの日が来ようとは。くぅ……泣かせるじゃない。
真面目な男はしっかりした女房の尻にしかれるって言うが、本当だな……
いや、どこでそんな言葉を覚えてきたのか、心配する方が先だろ。
ごはんのあとは、おふろにはいるぞ。
お、お風呂？それでしたら。
せなかをながしてやるからな。つまのたしなみだ。
シノノンはキウルの手を掴み、本当に風呂場へ連れて行こうとする。
えっ、あっ！うああっ、本当に入るのЧ
どうした、おんなにはじをかかすのか？
あ、いや、そんな……
おいおい、俺の目の黒いうちは許さないじゃない。
ヤクトワルトがキウルの肩を掴んで、それを止めた。
ヤクトワルトが割って入ってくれた事にほっとしたのも束の間━━
だが、シノノンが嫁げる歳になったら許す。
ヤクトワルトさんЧすみません、もう勘弁してください└┐！
キウルの悲鳴は屋敷中に響き渡るのであった……
それからしばらく、遊び疲れたのかようやくキウルはシノノンから解放され……
部屋には自分とネコネ、そしてキウルの三人が残された。
……あ、あの、ネコネさん。
え……あ、はい、何です？
えっと、あの、先ほどのことなんですけど……
先ほどって何です？何かあったですか？
え？い、いえ……あの、うるさくしてしまって……
子供が元気なのはいい事なのです。それにシノノンはかわいらしくていいと思うですよ？
は、はぁ……
キウルはネコネの言葉にがっくりと再び肩を落とす。
でも……
キウルがお妃様を娶めとるにしても、もっと先の事なのです。
それまでにもっともっと勉強すればいいのです。キウルが書を教えて欲しいなら、暇があるときにまた教えてあげるですよ。
ネコネはそう言って紙や書の道具を片付けると、ぺこりと一礼して部屋を出ようとする。
ネコネのなにげない一言に、ぱっとキウルの顔が明るくなった。
は、はい！これからもよろしくお願いします！
ネコネの背中にキウルは元気よく答える。そんなキウルの姿を見て、思わず肩をすくめた。
やれやれ……本人が幸せならいいか。
Ϳ
ʐ
а
マロロは暗闇の中にいた。
混濁した意識の中、何かを思い出そうとする。決して忘れてはいけないこと、何より大切なことがあったはずだ。
だが、そのたびに不快な音が邪魔をする。
やがて、声が聞こえてきた。
救い主であるかのように響くそれに、マロロはただ取りすがる。
声
問おう。貴様の名は？
マロロ。
貴様の生業なりわいは？
采配師でおじゃる。
貴様は何故、俺の采配師となった？
敵かたきを取るため。
誰の敵かたきだ？
ハク殿の敵かたき。
その者は誰に殺されたのだ？
…………
答えよ。
……奸賊、オシュトルに。
ましにはなったようだな。
はい……ですが、まだ少し不安定で……
構わん。実戦で通用するかはどのみち試さねば判らん。
楽しみにしていろと、貴様の主に伝えておけ。
……あらかた戦力の地盤は固まってきた、といった所か。
びっしり内容の詰まった書簡に記された報告を確認する。
これまでの苦労が、やっと報われたって感じかな。
ハイです。クジュウリとイズルハが傘下に加わり、周辺國もそれに追従してきたことが大きいのです。
これで、こちらが包囲されるという構図は回避できたんですね。
まだ不安を残しつつも、ホッと息を漏らすキウル。
だが攻めるには、まだ足りぬか。
もう一押し、もう一押し何かがいる……
やはりナコクとの連携手段を、早急に模索せねばならんか。
ナコクって確か……
ハイです。この動乱の当初から朝廷に与くみせず、姫殿下を支持してくれた、数少ない國なのです。
ですが、ナコクは帝都を挟んだ反対側の國。これまで連絡を取ることすら出来ず━━
だが、周辺諸國の協力を得た今ならば、海路が使える。その為の快速船も建造中だ。
それが完成さえすれば━━
火急の用件にて、ご無礼お許し下さい！ナコクに放った草より報告が！
構わぬ、ここで話せ。
ハッ！ナコクが朝廷の強襲を受け……首都ナァラが陥落したと！
━━ぬЧ
ナコクって……待って下さい、その情報は確かなのですかЧ
はい、複数の草より同様の報告が入っており、間違いないと思われます！
そんな……
先手をうたれたってことで、いいかな。
姉あねさま……
何故今になって狙ったかのように……
そうか、そういうことか。態々わざわざこの時を待って、ナコクを陥落させたか。
やってくれたな、ライコウ━━
ビクッ……
オシュトルはん、おっかない顔してどうかしたのけ？
緊迫した空気を和らげるように、のんびりとした雰囲気を纏まとったアトゥイが部屋に入ってくる。
駄目やぇ、オシュトルはん。ネコやんが恐がってるぇ。
む……すまぬネコネ。
ぁ……
いかん、顔に出ていたか……
いえ……そんなこと……
ネコネ……
クオンがそっとネコネを抱きよせる。
疲れているかと思って、差し入れを持ってきたんよ。一休みして気分を落ち着けるぇ。
そう言うとアトゥイは、手にしていた菓子の載った盆を置き、茶を煎れ始めた。
はい、クオンはん。
ん、ありがと。
ほら、オシュトルはんも。見えないけど、そんな眉根寄せてたら、すぐ疲れてしまうえ？
……そうだな。
アトゥイの言うとおりだ。まずは落ち着かねば。
アトゥイの心遣いを口にする。その甘さが、焦りで荒れた心を静めてくれた。
報告します！
シャッホロ、ナコクの旗を掲げた一団が國境くにざかいに現れ、入國の許可を求めています！
シャッホロに、ナコクだと？どういうことだ……
中でも、ソヤンケクル様を名乗る御方おかたが、聖上にお目通りを申し出ているとのこと！
とと様が？縄張りシマで気ままに生きるって言ってたのに、なんやろ。
不干渉を決め込んでいたはずだが、何をしに……
兵に詳しく様子を聞きこんでいたキウルが、こちらを向く。
兄上、一団は武装を解いていることから、事を構えるつもりはないようです。
おそらくはナコクに関することなのだろうが、何が目的かは会ってみなければわからないか。
ネコネ、聖上にお知らせを。出迎えるとしよう。
ハイです。でも、よろしいのです？
大丈夫やぇ。とと様のことやから、きっとお土産でも持って遊びに来てくれたんよ。
こちらにはアトゥイがいる。問答無用な真似はしてこないだろうが━━
━━クオン。
クオンと視線を合わせると、合点がいったように頷く。
目的が判らない以上、警戒はさせてもらうぞ……
久しぶりじゃな、ソヤンケクル。
謁見の間において、アンジュがソヤンケクルを迎える。
ご機嫌麗うるわしゅうございます、姫殿下。相も変わらず御健勝の体ていを拝し、恐悦至極に存じます。
うむ。遠路遥々、大儀である。
まことに有り難き御言葉……
ソヤンケクルは恭しく一礼すると、アンジュの背後に目を留めた。
……こ、これは、ムネチカ殿、生きておられたか。いや、無事で何より！
小生を敵地にてお待ちいただいたと聞いた。深く感謝致す。
なるほど。聖上の御許おんもとには、優れた将が綺羅、星のごとく居並ぶと聞いていたが、まさに噂は本当だったようだね。
君が聖上の盾としてお仕えする限り、帝室は安泰だろう。
今の小生に美辞麗句はそぐわぬ。ただ一心に己おのが責務を果たすのみ。
相変わらず……謹厳実直なことだ。
ソヤンケクルは苦笑してそう告げると、誰かを捜すように視線を動かし……
おお、アトゥイ。久しぶりだね、元気にしていたかい？
アトゥイの姿を認めると、喜色満面となった。
とと様も、無駄に元気そうやなぁ。
ハハハ、しばらく見ないうちに、さらに可愛くなったね。
しばらくってほどでもないし、そんなに変わるわけないぇ。
いやいや、前にもまして美しくなった！ヤマト一と言ってもいいだろうね。
大勢の兵や文官の前であろうと憚はばかることなく、親娘は気さくな挨拶と雑談を繰り広げる。
どれ、久しぶりにお前の顔を近くで見せてくれないか？
ソヤンケクルが抱き寄せようとする手を制して、アトゥイがピシャリと言い放つ。
嫌や、もう子供じゃないんよ。
ハハハ、親にとって、子はいつまでも子供なのさ。
嫌や。
そ、そうか……
素っ気なく断られ、残念そうにソヤンケクルが肩を落とす。
改めて見ても、スゴイ親バカなのです。
ふふっ、何だか、おじ様みたいな方ですね。
ああ、そっか。何処どこかでと思ってたけど、お父さまと同じ匂いだったんだ……
本当に何しに来たんだ？アトゥイに会いに来ただけとは思えないんだが。
話には聞いていたが、噂に違わぬ子煩悩っぷりじゃな。
ハハハ、これはお恥ずかしい。オシュトル殿も、お会いするのは久しいですな。
いろいろとあったようですが、壮健で何より。
ソヤンケクル殿も、御健勝の様子。
ハッハッハ、丈夫なのが取り柄ですからな。
そう言って、さりげなく謁見の間を見回すと、ちょうど自分の背後に立っていたクオンに目を留めた。
お嬢さんも、我が娘には負けるが、相変わらず美しいね。
え、ええ……ありがとうございます。
嬉しそうに手を振るソヤンケクルに、クオンは戸惑いつつ会釈を返す。
見たところ、以前と変わらない様子だ。怪しい素振りも無いか……
使者達の背後には、クオンだけでなく、ヤクトワルトとノスリも配置していたが、三人とも無言で肯き返した。
万が一、ソヤンケクルが反旗を翻ひるがえす素振りをみせた瞬間、三人は風よりも速く、その首を討ち取るだろう。
相手に見えぬように、こちらも帯トゥパイに挿してある扇の感触を確かめる。いつでもアンジュの盾となれるように。
この男が何か企んでいるとは思えん。だが、万が一も許されないんでな。
……それでソヤンケクル殿、このエンナカムイに何の御用か？まさか物見遊山ではありますまい。
和やかな雑談を終わらせると、アンジュの代わりに前に出て、本題を切り出す。
……そうですな。では。
先程までのにこやかな笑みを潜ませ、ソヤンケルは真剣な表情で話し始める。
さぁ、前に……姫殿下にご挨拶を。
はい。
一団の中から進み出たのは、目に強い意志の光を宿した生真面目そうな青年だった。
洗練された無駄ない動きで前に出ると、アンジュの前に跪ひざまずく。
お久しゅう御座います、姫殿下。再びご尊顔を拝謁はいえつすることができ、誠に嬉しく思います。
う、うむ……すまぬが、其方そなたの名を失念してしまったようなのじゃ。聞かせてはくれぬか？
これは失礼いたしました。私はナコクの皇子、イタクと申しまする。此度こたびは不躾な訪問となったこと、何卒ご容赦ください。
ナコクの皇子だと？無事だったのか……
ふわぁ、ちょっと男前やねぇ。
んむ？アトゥイはああいうのが好みなのか。
そう思わないけ？結構いい線いってると思うんよ。
優しそうな感じのヒトかな。無垢な皇子さまって雰囲気……
確かに。どこか境遇が似ている所も、共感できるな……
儚はかなげなのです……
ああ、わかる気がする。幸薄そうだしな……
あの……女性は皆、あのような男性が好みなのですか？
あんしんしろ！イタクはいいおとこだが、オレはうわきしないぞ！
……ごほんっ！
彼女達の話を咳払いで止めて話を仕切りなおす。
ナコクの事態、聖上にもご報告致した。此度のこと……心中お察し申す。
しかし何故、皇子御自ら遠路はるばる、このエンナカムイへ来られた？さぞかし重大な用件と察するが……
この皇子の存在により、ここを訪れた理由のおよその予想はついた。亡命を望むのであれば、受け入れることも出来よう。
だが、もしそれが……
此度の来訪は、彼のたっての希望によるもの。畏れながら━━
伯父う……いえ、ソヤンケクル殿。そこからは私の口から……
深々と下げていた顔を上げ、イタクが僅かににじり出た。
単刀直入に申し上げます、姫殿下。ナコク奪還の為、兵をお貸しいただきたく参上した次第。
兵を……？
やはりか……しかしこの発言、シャッホロが重大な岐路に立つことを意味する。
ナコク奪還を願うこの皇子にここまで肩入れするということは……もはや中立の立場を捨てるつもりなのか。
ソヤンケクル殿……貴殿はイタク殿の願いを承知の上で、ここまでお連れしたのか？シャッホロは立場上……
オシュトル殿が言わんとすることはわかるよ。そう思って貰って構わない。
イタクよ、続けるのじゃ。詳しく聞かせて貰おう。
ナコクは……叛徒はんと共からの再三の要請を拒んだ為に、侵攻を受けました。
大軍勢を前に必死の抵抗もむなしく、國は……民は踏みにじられました。
余よに与したがため……なのか。
アンジュが口惜しそうに、表情を歪める。
……及ばぬなら何故、早々と降くだらなかったのじゃ？ナコクは帝都の膝元。攻め込まれるのは目に見えていたじゃろう。
聖上。
それは聖上に忠誠を誓った臣下に対して、あまりにも酷な言葉。
……すまぬ、過ぎた言葉じゃった。
我らが忠誠を誓ったのは、姫殿下……目の前にいるアンジュ様のみにございます。
我が父も、私に後を託して散っていった家臣たちも想いは一緒です。
……その忠義、感謝するぞ。
勿体なき御言葉……
散っていった我が家臣たちも、報われましょう。
目に涙を浮かべながら、イタクは深々とアンジュに頭を下げる。
ソヤンケクル、礼を言うぞ。よくぞ、この様な忠臣を余よに会わせてくれた。
此度の朝廷によるナコク侵攻は、まさに蛮行と呼ぶべきもの。ただ傍観しているわけにもいかなくなりましてね。
それにイタクは妹の息子……要するに私の甥でして。
流石さすがに、その甥を見捨てるのは寝覚めが悪い。なのでこうして手を貸したわけですよ。
イタク殿に伺いたい。
はい、私にお答えできることであれば。
我々には敵側の情報が少ない。
ナコクを襲った軍勢のこと、イタク殿が知っている限り詳しくお教え願いたい。
……わかりました。あの者どもは、まさに何の前触れもなく押し寄せてきたのです。
ナコク兵
うぁぁっっ。
ぐぁぁっ！
ここはもう駄目だ！
城が！城が陥ちるぞ……
ナコクはもう終わりだ！
お、おい、見ろ、く、来るぞ！
あ、あれはЦ
ぐぁあああ……！
愚かな朝敵ちょうてきどもは、このミカヅチが、悉ことごとく討ち滅ぼしてしてくれよう！
お前たちごときでは相手にもならん。悪あがきをやめ、直ちに投降せよ。
ひっ……くそぉっ！
うっ、討ち取れ！
愚かな……もはや勝負は決した。ナコクの兵どもめ、どこまでも、悪あがきを……
ぐはっ。
ぎゃあぁっ。
これがヤマトに従わぬ國の末路だ！
━━ミカヅチ。
あ、あのミカヅチ様が……
はい、狡猾な采配師も従え、まさに破竹の勢いでした。
さぞや悔しかったでしょう。これほどの短時間でとは思っていましたが、そういう状況では……
つまり、彼と戦う……ということになるのかな。
どうか、お願いいたします。我らに姫殿下のお力を……
ふたたび、イタクが深々と頭を下げて懇願する。
うむ━━
聖上、いまご決断を下されるのは早計かと存じます。
アンジュの言葉を遮さえぎるように、そう言葉を挟む。
オシュトル？
何を言うのじゃ、余よを頼ってきた臣下を見捨てよと言うのか！
見捨てよとは申しませぬ。が、勝算も見えぬままの即答はお控えいただきたい。
然しかり。聖上の御心中、察するに余りありますが、ここは……
ぐっ……
アンジュは悔しさを圧し殺すと、イタクに向き直る。
イタクよ、すまぬがまだ返事は出来ぬ。
余よの言葉はすなわち、天下への号令となろう。安易に発する事は出来ぬのだ。
いえ、慎重なご判断……有難く思います。
しばしこの國でくつろぐがよい。海を越える長旅、ご苦労じゃった。
安心するのじゃ、余よはそなた達のような忠臣を見捨てたりはせぬ。
勿体なき御言葉、身に余る光栄にございます。
イタクは礼儀正しく、深々とお辞儀をする。
そのさまを、アンジュは辛そうに歯噛みをしつつ見ていたが……
オシュトル……頼んだぞ。
ようやくそれだけ言うと、期待を寄せた瞳でオシュトルを一瞥し、謁見の間を後にする。
アンジュが退室し、緊張した雰囲気がほどけていく。
イタク殿、姫殿下がおっしゃったように、しばしこの地で休まれよ。悪いようにはならぬ。希望を捨てぬことだ。
ムネチカ殿……
そうやぇ。そんな難しい顔してたら、いい男が台無しや。
いつの間にやってきたのか、アトゥイが自分とイタクとの間に割って入ってくる。
大丈夫、きっとオシュトルはんがなんとかしてくれるぇ。
アトゥイ、無茶が過ぎる。
そう簡単に出来るわけないだろう。
そうけ？でもオシュトルはんなら、きっといい考えが……
お……お……
お？
お久しぶりです、アトゥイさん！とても美しくなられましたね。
感激して声を高ぶらせるイタクに、アトゥイが困惑する。
一國の皇子とはいえ、感情を抑えられない部分は年相応のようだな……
ん～、どこかで会ったこと、あったっけ？
イタクはんみたいな人なら、会ったら忘れないと思うんやけど。
仕方在りません。幼少のごく短い日々を、一緒に過ごしただけですから。
そうなのけ？それなら久しぶりって事になるんやねぇ。
アトゥイの調子に逆らわず、皇子は真摯で明るい微笑をたたえた。
約束を覚えていますか？こんな状況ですが、御國再興の暁にはそれを果たしたいと思うのですが……
……約束？
……伯父上から聞いておりませんか？私があなたの許嫁いいなづけであるということを。
許嫁いいなづけって……アトゥイの？
ウチの許嫁いいなづけ……約束……ん～、もしかして……
なにか思い出したように、アトゥイが首を傾げる。
イタクはんって……もしかして、あのちいさい男の子け？
あの……というのが誰を指すのかわかりませんが、たぶん貴方が思っている者と同じです。
とと様……本当のとこ、どうなん？
……やれやれ、そういうことだよ。彼はアトゥイの許嫁いいなづけだ。
ソヤンケクルの苦蟲を噛み潰したような渋い顔からも、その言葉が嘘ではないことがわかる。
アトゥイさんに……許嫁いいなづけですか？
母さんとイタクの母親……私の妹なんだがね、私のあずかり知らぬ所でそんな約束をしてしまっていたのだよ。
まったく、勝手なことを……
ソヤンケクルが複雑そうに眉をしかめる。
あやや、ごめんなぁ。ウチ、すっかり忘れてたぇ……
いえ、何分幼い頃のことです、仕方がありませんよ。ですが私は、この時が来るのを一日千秋の思いで待っていました。
そっとアンジュに跪ひざまずくよりも深く膝をつき、アトゥイの手をうやうやしく取る。
ふぇ？
幼い頃に、母君に貴方と引き合わされて以来、片時も忘れたことはありません。
一目見た時から、貴方にふさわしい漢になろうと努力し、幾星霜……
まさか、このような形で再会することになろうとは……
はぁ……
イタクが向ける爽やかな笑顔を、アトゥイが困ったような微妙な表情で受け止める。
ええと……
珍しく、困惑したようにアトゥイが視線を逸らす。
コホン……では私は先に失礼するよ。ここまで強行軍だったからね、しばらくはゆっくり休ませてもらおう。
アトゥイは後で私の所に来るように……
あっ、待ってとと様。ちょっと聞きたいことがあるんよ。
あ、あのアトゥイさん……
ごめんやぇ、また後でなぁ。
アトゥイがソヤンケクルの大きな背中を追って駆け出す一方、イタクは感極まったようにその後姿を見つめていた。
アトゥイさん……
アトゥイの許嫁いいなづけか……
あれ？とと様、急にニヤニヤして、どうしたんぇ？
ああ、存外面白いものが見られたからね。
面白いもの？
知らされてなかったみたいだね。
オシュトル殿は私が少しでも怪しい素振りを見せたら、問答無用で始末する用意をしていたのだよ。
そうなのけ？オシュトルはんも教えてくれたら、ウチも手伝ったのになぁ。
アトゥイ……君は本当に私のアトゥイだよね？
そうやけど？
は、はは……そうか。しかし、どのような心境の変化かわからないが、オシュトル殿は一皮剥けたようだね。
面白い男が、更に慎重になり隙がなくなった……か。
興味深い……もう少し付き合ってみようではないか。
年甲斐もなくワクワクしているように、ソヤンケクルの目が光った。
ʐ
ʐ
ナコク皇子が来訪し、國の奪還を懇願、か……
夜遅くまで、盃を片手に頭を巡らせた。
ナコクはこれまで、味方であることを明確にしてくれていたが……
エンナカムイより遠く離れている為、密な繋がりを持つことが出来なかった。
その彼等の要請に応えないということは、見捨てたと同じ意味だ。
見捨てるわけにはいかない。だが……
ミカヅチ……
ナコクには、あの漢がいる……
再び、刃を交えることとなるか。それとも……
主あるじ様。
もう一献いかがですか？
ああ、頂こう。
サラァナの酌で盃を満たすと、一息にあおる。
そんな時、部屋の外でかすかに気配がした。
やっぱり、悩んでるんだ……
襖ふすま越しに、クオンが静かに語りかけてくる。
まだ起きていたのか……入ってくれ。
難しそうな顔していたから、ちょっと気になったかな。私わたくしも……一杯もらっていい？
……ああ。
ウルゥルの酌で盃を満たすと、彼女はそれに軽く口をつける。
ふぅ……それで、あの皇子さまには、どう返事するのかな。
明日、正式に協力する旨を伝えるつもりだ。
もとよりナコクは、この乱世にあって頑なに我等を支持し、帝室への忠義を貫いた大切な國。失うわけにはいかぬ。
それに彼の地は、ここから帝都を挟んだ反対の位置にある。
ナコクを奪還することが叶えば、朝廷の兵力をこちらと向こうに分散させることも出来よう。
脳裏に地理的条件を描き出し、策を巡らす。
あのミカヅチと、戦うことになったとしても？
ああ、そうだとしてもだ。
……そう。
だが、ミカヅチとの決戦は、可能な限り避けるつもりでいる。
え？
何いずれ、彼奴あやつとは決着を付けねばならぬが……今はまだ、その時では無い。
もしかして、もう何か手を打ったのかな。
さてな。
だが、帝都へと攻め込む軍がいれば、ミカヅチも黙ってはおられぬであろう。
陽動をしかけるってこと？
ああ。その間に全てを終わらせる。かなりの強行軍になるがな。
……うまくいくと思う？
帝都の危機となれば、ミカヅチは間違いなく動く。左近衛大将である奴ならば必ず。
クオンに注ぎ足された盃を軽く傾け、自分の喉に流し込む。
不安要素はある。だが、いつまでも悩んでいるだけでは事態は好転しない。
明日から準備に取り掛かる。イタク殿に協力してナコクを取り戻す。
わかった、みんなに伝えておく。
……これでアンジュも、少しは安心するかな？
………
謁見の間での、アンジュの悔しげな表情が甦った。
それにアトゥイも。なんだかイタクさんのこと、気にしてる感じだったから。
それは気付かなかったな……
覚えていなかったとはいえ、自分の許婚いいなずけの國だ。気にもなるか。
とにかく、明日だ。ソヤンケクル殿にも協力を仰ぐとしよう。
イタク殿をここまで連れてきた事から考えて、その並大抵でない覚悟はわかる。
シャッホロは、これまでの立場を大きく逸脱するつもりなのだろう。
それって、一緒に戦ってくれるってこと？
決意はしているであろう……が、すぐには明言できぬのだ。
おそらくはナコクへ渡るための船も、快く貸してくれるだろう。
期待してもいいってことかな。
それじゃあ、また明日……飲みすぎたらダメだから。
ああ、気をつけよう。
苦笑しつつ、部屋を後にするクオンを見送る。
クオンが去った後は、夜の静けさが辺りを包み込んだ。
さて、どう転ぶか……
不安を断ち切るように、盃に残る酒を一気に飲み干した。
おぉ、これが海か！
煌きらめく陽光が降り注ぐ船上で、アンジュが一際ひときわ目を輝かせている。
ハハハ、姫殿下は海を見るのは初めてでしたな？
うむ、こんなに広いモノがあるとは……周りが全部水というのは本当だったのじゃな！
本当にスゴイのじゃ、ずーっと先まで海が続いて何も見えんぞ！
聖上、そんなに身を乗り出したら危険です。
大丈夫じゃ。こうしてホレ、しっかりとした柵があるではないか。
あああ……そ、それ以上は……
どうか、お控え下さい。ここで騒ぎを起こしてはなりませぬ。
アンジュが舷側げんそくに備え付けられた、木の柵を叩く。彼女の力にも耐えるところを見ると頑丈のようだ。
心配性じゃのう。これがあれば問題なかろう？
聖上はお忍びで、遠征軍に同行していることをお忘れか？
本来なら聖上も守り役の小生も、エンナカムイに留まっている筈なのです。
それを、聖上たっての希望で、オシュトル殿やイタク殿に無理をきいてもらったのではありませぬか。
そうじゃ。余も其方そなたも、今はただの同行者。遠征に参加する一兵卒じゃ。
ナコクに着いても、この立場は変わらぬ。
イタク殿には家臣達にも聖上の正体を明かさず、秘密を守ると約束して頂いております。
ならば、好きにして良かろう。
だからこそ、正体がばれるような行為は、控えて頂きたい。
むぅ、そういうものなのか……
姫殿下、船上では時折、大きな波にさらわれることがございます。
アンジュに手を焼くムネチカに、イタクがやんわりと助け船をだした。
掴まっておられるとはいえ、その位置では波をかぶり海に落ちることもままあります。どうかご注意を……
むっ、そうなのか。では気をつけるとしよう。
イタクの言葉に従い、アンジュが船の上へと躰を戻す。
賢明なご判断です。
じゃが、帆柱の見張り台からなら平気ではないか？行くぞ、ルルティエ！
あ、あのっ、アンジュさま、お待ちを……
甲板の上を全力で走るアンジュに、ルルティエが思わず大きな声をあげ、ムネチカも慌てて後を追う。
……皇女さん、ずいぶんとはしゃいでるな。まぁ初めての海とあっては無理もないか。
しかし、思ったより揺れる……
ここらはなあ、海流がぶつかって、潮目が複雑なんよ。そやから、波も荒れてよく揺れるぇ。
だ、大丈夫なのですか？その、沈んだりとか……
安心なさい。この海は我等にとって庭のようなもの。大時化おおしけであろうと切り抜けてみせるさ。
あ、あぁ……そうですか。
でも、侮ってはいけないなあ。
今は比較的穏やかだけど、一度荒ぶれば、ヒトなんていかにちっぽけな存在か、思い知らされるからねえ。
うぷ……前にも乗ったことはあるが、どうもこの足元が揺れるというのは苦手だ。
ノスリは不安定な足場に辟易しているようで、どことなく青ざめた顔で柵にすがり付いている。
無理せず休んだらどうだ。いざ上陸となった時、本領を発揮できなくなるぞ。
わかっているが……うぷ……
はい、お水とお薬。これで少しは楽になるかな。
すまない……
薬を受け取り、ノスリは柵に背を預けて座る。その後ろから不貞腐れたような顔のアンジュと、ルルティエが戻ってくる。
ムネチカめ、帆柱に昇るのもいかんとは……せっかくの海じゃというのにつまらんのぅ。
なにもないのか？
出航前ははしゃいでいたシノノンだったが、いざ船上では遊びも限られており、早くも飽きている様子だ。
あら、船から見る風景はこんなに綺麗ですよ。
あきた。
たしかに、どこ見ても青一色じゃあな。目新しいものもねぇし……
それなら、釣りでもするけ？この辺りは潮目やから、大物が釣れたりするんよ。
おもしろそうだな！
なら決まりやぇ、大物いっぱい釣ろうな。
よくわからないが、まかせろ！
アトゥイは船室から釣竿を何本か取り出し、シノノン達に手渡していく。
面白そうだな、余っているようなら某それがしにも貰えるか？
ええよ、まだたくさんあるぇ。
釣竿を配っていたアトゥイから自分もひとつ、竿を受け取る。
オシュトルも釣るの？
ああ、特にやることも無いからな。気分転換くらいにはなるだろう……
そっか。
クオンが優しい瞳で、こちらを見つめる。
某それがしに何か？
ううん、出発前は難しい顔してたから気になっただけ。でも、この様子なら必要なかったかな。
そうか、心配させたようだな。気を張り過ぎても疲れるだけと思ってな。
ナコクはまだまだ先だからね。いまの内に羽を伸ばすなりしておくといい。
うぅ……ソヤンケクル殿……一体いつになったら陸地が見えてくるのだ？
港を出航して……だいぶ経つん……うぅ……
予定では、あと数日は掛かるのです。
だから無理しないで、奥で少し横になったらどうかな。立てる？
スマン……そうさせてもらう……
クオンの手を借りて立ち上がると、ノスリはよろよろと、奥の船室へと向かっていく。
釣果をあげた者が、次々と甲板から去って行く中、どこか気もそぞろに海を見つめていた。
…………
いけないよ、表情がまた元に戻っているね。
君と双璧をなす漢が相手だから、仕方無いのかな。
……それでこの戦い、勝算はあるのかい？
勝ち目の無い戦いくさだとは思っておりませぬ。
とはいえ、こちらの増援だけではかなわぬのも事実。
勝つ為には、ナコクの残存勢力との合流が不可欠となりましょう。
劣勢を認める訳か……
出港前にも提案したが、やはりシャッホロが早い段階でナコクの支援を表明し、参戦する方がいいのではないかね？
その一報を聞けば敵は動揺し、味方は勢いづくだろう。
ソヤンケクル殿の案は傾聴に値するも、やはり時期尚早かと……
何故かね？此度こたびの件、朝廷の専横は目に余るものがある。
隣國ナコクに対する暴虐の数々が、シャッホロの立場を変えるきっかけとなった……大義はこちらにあると思うがね。
ナコクは古くから帝室を信奉しんぽうする由緒正しい國。そのような國の支持を得られぬのは、むしろ朝廷側の問題……
満足に話し合いの場も設けず、異を唱える者を悉ことごとく滅ぼしていては政まつりごとは成り立たぬ。
……そう主張されるおつもりか。
このような愚挙が許されるなら、もはやどの國も朝廷を信頼はできまい。明日は我が身だよ。
確かに、中立を捨て、ナコクに与する大義として、充分ではあるが……
ここは軍議の場ではないし、他に聞く者もいない。この件に対して、君が慎重になる理由を教えて貰えるかね。
……シャッホロは、あまりにもナコクに近すぎる。
……なるほど。言わんとすることはわかったよ。
今、貴殿が、イタク殿を擁してナコクに攻めいれば、あらぬ誤解をうむことになりましょう……
シャッホロは、混乱に乗じてナコクを併合し、ヤマトに覇をとなえるつもりか……とね。
今さら乱世の梟雄きょうゆうとなるつもりはないんだが。
重々承知しておりまする。が、エンナカムイもまた誤解され、苦渋をなめたばかり。
周辺國の疑念を招けば、シャッホロとて無事ではいられない……か。
聖上の支持を得たイタク殿が、官軍を率い、ナコクの地で正統な皇位継承者として旗揚げする。
その上で、堂々とシャッホロに援軍を要請し、ソヤンケクル殿が応じる……この形をとらねばなりませぬ。
……いやはや、まったく大したものだよ。やはり、お隠れになられた聖上は偉大な御方であった。
ソヤンケクル殿？
何せ、君みたいな傑物けつぶつを見つけ出すのだからね。
それはそうと、当分は役立たずというわけだね。力になれず申し訳ない。
いえ、今は、こうして舟を出して貰えるだけでも有難い。
我々だけでは、ナコクの地を踏むことも叶わぬ故。
不甲斐ない身だが、イタクのことだけは、どうかよろしく頼むよ。
君達が応じてくれなければ、あの子は一人でも戦いを挑んでいただろう。
なんだかんだで身内だからね。せっかく拾った命を、負け戦で散らせるのは忍びないんだよ。
そんなに無謀な性格なのか、あの皇子は……？
見られている気配を感じたので振り返ってみると、ちょうど当人がやって来るところだった。
オシュトル殿、少しよろしいか？貴殿と、一度お話をしてみたいと思っていました。
構いませぬが、なにぶん無骨者ゆえ、気分を害されるやもしれませぬ。
そのようなことはありません。若くして右近衛大将まで上り詰めたその才は聞き及んでいます。
帝ミカドや姫殿下からの信も厚い貴殿と、肩を並べて戦いくさに臨めるとは……心強い限りです。
そう言われるのは武人冥利につきるというもの。しかし此度は相手が相手、油断はできませぬ。
足りぬ部分は我らの血と肉で補いましょう。それがナコクの生き残りである我らの務めです。それに……
イタクの視線が、シノノン達とともに釣りに興じるアトゥイへと向かう。
幼き日に交わした約束を……今でも……
ええ、必ずや勝利を捧げてみせます……
真面目で一途な青年だな。しかし、肝心のアトゥイは、この皇子のことをどう思っているんだ？
なぁなぁ、ウチに何か用け？
視線に気付いたのか、ちょうど甲板へ上がってきたクオンと一緒に、アトゥイがこちらにやってくる。
イタクは嬉しそうに微笑むとアトゥイに近づき、手を差し出した。
アトゥイさん、段差がありますのでお手をどうぞ。
あはは、この船はウチの家やぇ。そんな気を使わなくてもええのに。
困ったような、戸惑ったような様子で、アトゥイが答える。
そう……でしたね、つい。
船員
お頭、イタクの旦那もちょいとよろしいですかい？
わかりました。申し訳ありませんアトゥイさん、オシュトル殿、席を外させていただきます。
私も失礼するよ。皆も寛くつろいでくれたまえ。
そう言うと二人は呼びにきた部下をつれて、船室へと入っていく。
あやや……
どうした、具合でも悪いのか？
ん～、何やろう。あのおにーさんの前やと何か落ちつかないんよ。
イヤやないんよ。でも何というか、どうしたらいいか、判らなくなってしまうんぇ。
あはは、アトゥイって口説かれるのには弱いからね。
そうなんかなぁ……
どう考えてもそうだろう……
そう言われると、そうかもしれぬな……
何事も気にしない性質たちのアトゥイにしては珍しく、戸惑っているようだ。
う～、何やムズムズして、こそばゆいんよ……
……どうやら満更でもないらしいな。
ちょっと、アトゥイが羨ましいかも。
そうなのか？
あそこまで大事に想われると、女の子としてはちょっと気になっちゃうかな。
そういうものか。
……色恋沙汰はよくわからん。
クオンの言葉に納得のいかないものを感じつつ、まだ見えぬ陸地を求めて水平線へと視線を泳がせた。
見えてきたぞぉぉЦ
物見櫓やぐらからの報告に、皆それぞれ甲板へと顔を出す。
スゴイ……アレが……
いち早く甲板に出たクオンは、そう呟くと遠目にうっすらと見える白い構造物を指差す。
イタク殿、あれは……
あれが、我がナコクの誇る、白磁イナヴァの大橋です。
話に聞く、帝都へと繋がる橋ですか……このような遠方から見えるとは、噂以上の大きさですね。
ここから見ても、全容を把握できないなんて……どれだけデカいんだЧ
目の前に伸びる白い橋は、右手に見える陸地からずっと先まで伸びており、その先は霞んで向こう岸が見えない。
おお、これは……向こう側が全然見えんぞ。どこまで続いておるのじゃ？
真っ白で綺麗です……陶磁器みたい。
段々と近づくにつれ、明らかになっていくその大きさに一同が感嘆の声を漏らす。
噂には聞いていましたが、これほどのものとは知らなかったです。
凄いものだなぁ……継ぎ目もないし、どういう造りになっているのだ？
我々も詳しいことはわかりません。あれは帝ミカドが奇跡をもってお造りになられたと伝えられています。
お父上がЧ
どんなお話か、詳しく聞かせてもらえませんか？
ええ、いいですよ。
こういう話に目がないクオンの問いに、イタクは丁寧に解説をし始めた。
我がナコクはその昔……帝都の近くにありながら、遠く隔へだてられていました。
何故なら帝都までの距離は近くとも、その間を海に阻はばまれており、しかもその海には禍日神ヌグィソムカミが住み着いていたのです。
禍日神ヌグィソムカミは凶暴で行き来する船に襲いかかるので、とても海を渡る事は出来ません。
その為、ナコクの民は帝都の近くに住みながら、陸路を使い険しい山を越えなければなりませんでした。
先の帝ミカドは、そのようなナコクの状況を憂いておられました。
その話……読んだことがあるのです。
たしか、忠義に厚い若者がその禍日神ヌグィソムカミを打ち倒す話だった気がするです。
はい、その若者こそナコクの皇子。私の遠い祖先にあたる方……
帝ミカドの前で威風堂々と名乗りを上げると、即座に隣國シャッホロの助力を得て禍日神ヌグィソムカミ退治に赴いたのです。
そういえばそんな話を、はは様に聞いたことがあったかなぁ。
よくおとぎ話として、寝る前に話してくれた気がするぇ。
うちのご先祖様も活躍する話だからね。まぁ、見事禍日神ヌグィソムカミにトドメを刺したのはナコクの皇子だけど。
そして禍日神ヌグィソムカミを退治した祖先は、帝ミカドから褒美は何が良いかと問われた際にこう言ったそうです━━
ならば私達に、帝都へと素早く馳せ参じられる方法を、どうかお授け下さい。
帝ミカドがお困りの際にはいち早く参上し、この身を捧げ、尽くす所存であります故、と。
その願いを聞いて、お父上はあの橋を架けたというわけじゃな。
ええ、その通りで御座います。帝都と直接往来できる橋こそ、帝ミカドが我が祖先の願いに応えた証なのです。
伝承によると、橋が作られた海の上には、完成の前日まで影も形もなかったそうです。
ですが日が沈んで一夜が過ぎ、朝が訪れた頃……夜明けの光の中で、あの白く巨大な橋が姿を現したのだとか。
あれをたった一晩で、ですかЧ
帝都側から無数の白い石が飛来し、それが自然と橋の形へと組みあがっていった━━
石同士はまるで最初からその形であったかのように、ピタリと継ぎ目もなく組み合わさっていった……伝承にはそうあります。
それはまた、にわかには信じ難い話ですね。
伝説というものはそんな信じ難い出来事でできていますから。実際はどうやって一晩で架けたのかはわかりません。
兄貴……めんどくさくなって全然自重する気、無かっただろ。
帝都への道が開かれて、わが國は豊かになりました。
いわばあの橋は、帝ミカドへの忠誠の証にして豊かさの象徴、そして何よりもナコクの誇りそのものなのです。
しかし今は……
イタクが悔しそうに、握り締めた拳を震わす。
敵の手中に落ちている……か。
誇りを奪われた今の状況は、イタクには歯がゆいのだろうな。
私はあの橋を……ナコクの誇りを取り戻したい。どんな手を使ってでも。
あまり功を焦ってもよい結果は伴いませんよ。
わかっています。しかし、目の前で國が滅びるのを見れば……
肩に力が入りすぎだぜ、兄あんちゃん。
……はい。
予想以上に熱くなりやすいみたいだな。焦って前に出過ぎなければいいが。
青い決意を横目に、自分も大橋を見つめる。
なんにせよ、あの橋の奪還はこれからの戦況を考えれば必要不可欠だ。
ミカヅチを相手に、楽にはいかないだろうがな……
報告します。ソヤンケクルによって國外に逃れたナコクの皇子が、舞い戻ったとの知らせが……
あの皇子が帰ってきたか。優男のような成りをして、存外骨があるか。
だが、どうする。出戻っただけでは國は取り戻せんぞ。
草によりますれば、エンナカムイの助力を得たとのこと。
……首尾よく援軍を得られたというわけか。
帝都へ向けて、エンナカムイとクジュウリの連合軍が動き出した……との報も入っていたな。
奴め……いや、オシュトル、攻勢にでるか。
……オシュトル？
先程から黙って報告を聞いていた人影が、不意に反応する。
オシュトルが……ここに来るのでおじゃるか？
い、いえ、そのような報告は……
ふ、ふふふ……そうでおじゃるか。やって来たのでおじゃるな。
まだ、本人が来ているとは限らぬがな。帝都方面を指揮している可能性もある。
彼奴きゃつなら必ず来ているはずでおじゃる。マロにはわかる……
ミカヅチ殿、今からすぐに出陣の準備をしていただきたいでおじゃる。
出陣……？
ナコクの皇子が、増援を連れて帰還するのでおじゃろう？合流した所をまとめて潰す、好機でおじゃる。
まもなく、帝都に迫る賊徒を討伐する為に、招集がかけられるだろう。
國を追われた皇子ごときに構っている暇はない。
なに、蜂の巣を少々突っつくだけの仕事。手間は取らせぬでおじゃるよ。
少し叩けば彼奴きゃつらは、攻勢に出るしかなくなるはずでおじゃ。
……彼奴あやつらの根城を壊して短期決戦に持ち込むということか。だが、場所がわからん。
それも自ずと判るでおじゃ。
オシュトル達がナコクへたどり着けば、彼奴きゃつらの巣を……本拠地の砦を知らせる手はずになっているでおじゃる。
間者か……
どこに潜んでいるか判らぬのなら、動きを把握できる方に潜ませるが良いのでおじゃ。
彼奴きゃつは、自ら死地へと向かっているのでおじゃるよ。
禍々しい模様に彩られた唇を歪ませ、マロロが微笑む。
こうも変わるものか。気弱で優しかったあのお人好しが……
いいだろう。前哨戦だ、我が采配師の策に乗るのも悪くない。
但し、明日の夜明けまで。それ以上は貴様の策には乗らぬ。
十分でおじゃる。
具足を持てぃ！出陣する！
そう言うとミカヅチは身を翻ひるがえし、部屋を出て出陣の号令をかける。
オシュトル……
その化けの皮、マロが剥いでやるでおじゃる……
Ġ
ʐ
ʐ
ʐ
…………暑い。
流れる汗をぬぐい、空を仰ぐ。エンナカムイと同じ空でありながら、この國の日差しは一段と強く、眩しい。
……ふぅ。
エンナカムイの軍勢はナコクに無事上陸をはたしたものの……砦に着くまでは、まだしばらく行軍が続く。
今ごろどうしているだろうか……
ふと、ソヤンケクルのことが思い出された。
その立場上、ソヤンケクルは上陸せず、シャッホロ勢と船団に留まっている。
共に戦えぬとはいえ、こうして行軍している間も沿岸で睨みをきかせ、影ながら支援してくれている筈だ。
ナコクの砦へ着いたら、急いで態勢を整え、堂々とソヤンケクルを迎えたいが……なんともじれったいな。
いかが致しました？空などじっと見上げて……
いや、何でもない。ただ……
ただ、この暑さには参った……とは言えないだけだ。
不平にも聞こえる言葉は完全に伏せ、もうひとつの考えを打ち明ける。
太陽は同じものなのに……これほど違うのは、不思議なことだと……
不思議……ですか？
鬱蒼うっそうとする森は、エンナカムイのものと明らかに違う、濃い緑色をしている。
話には聞いていましたが、シャッホロと同じくらい暑いのです。
あぁ、気候のことですか。この暑さは確かに、皆さんには馴染みのないものでしょうね。
エンナカムイは肌寒いくらいなのに……
この辺りの気候は独特ですからね。
隣國のシャッホロは時期によってナコクよりも暑くなりますよ。
この國よりもか。考えただけでウンザリするな。
しごく真面目に答えるイタクを横目に、じわりと滲にじむ汗を拭ぬぐう。
ですが、暑いのも悪くありませんよ。草木の育ちが良く、豊かな収穫があります。
今のような日差しの強い日には草木が我々の姿を隠してくれて、この様に重宝します。
本当……高い木と豊かに茂った葉が、あちらこちらに木陰を作っています。
日除けにもなって良いのう。この下なら風も涼しいときておる。
こちらの姿を、ほど良く隠してくれるのも有り難い。
お忍びで行軍に加わっているアンジュと、守り役のムネチカも、木陰で冷やされた風を心地よく受け止めている。
もう、ここでこのままお昼寝したいぇ。
行軍中に何を言ってるんだか……
アトゥイさんの申し出を叶えて差し上げたいところですが、今は先を急ぎましょう。
この國は既に朝廷の支配下。何時、追手が現れるやもしれません。
あやや、残念やぇ……
諦めたものの後ろ髪を引かれているような口振りは、つい苦笑を誘った。
…………
どうした、クオン。難しい顔をして。
うん、ちょっと変な感じがしてて……
変な感じとは？
誰かに遠くから見られているみたいな……
主あるじ様。
ふと気が付くと、ウルゥルとサラァナがすぐ隣りに並んでいる。
感じる。
天眼通てんげんつうの法によって監視されています。
……なるほど。
少なくもない軍勢を率いているのだ。帝都に陽動をかけているとはいえ、見つからないはずがない。
皆みな、疲れていると思うが各々警戒を強めてくれ。
早くて今日の夜か明日……仕掛けてくるか？
今仕掛けられたら、船団の待つ沿岸まで後退するしかないが……
いや、さすがに、こちらの正確な位置までは、まだ把握していないだろう。
発見されるのは時間の問題とはいえ、あと数日は稼げる筈だ……その間に態勢を整えねばな。
暑さで散漫になっている気を引き締め、砦への道を急いだ。
皆さん、着きました。ここです。
なに、もう着いておるのか？それにしては肝心の入り口が見えぬぞ？
イタクは切り立つ崖の下にいるだけで、ただ岩壁が続いている。砦らしいモノは見当たらない。
入り口なら目の前にありますよ。この壁のヒビ……後ろ半分は城門になっているんです。
これは城壁、実際の砦はここを抜けた奥の方にあります。
自然の要塞といったところか。ここまでとは大したものだな。
遠目からではただの崖に見えるでしょう。本当は砦だと知る者は、ナコクでも限られています。
それではどこにあるのか忘れてしまえば、帰れなくなってしまいますね。
まいごになっちゃうなー。
帰れなく……ですか。
隠し砦なんだから、見つからないことが重要かな。
でもこんな普通の岩の壁みたいなので大丈夫け？
なんの変哲も無い岩肌を、アトゥイが槍でつつきながら観察する。
ご心配には及びませんよ。例えガウンジの体当たりでも壊れることは……
へぇ……それならちょっとだけ！
ちょ、ちょっと待て！なにをする気……
あやや、ビクともしないぇ。うう～、手がビリビリする。
城壁は表面が少し削れただけで、ほぼ無傷で目の前に残っている。
そう簡単には崩れないように補強していますから。これを打ち破るのは相当骨が折れますよ。
ふむ……強固な城壁だ。守りに徹するのであれば、易々と打ち破られたりはしないだろう。
ふ～ん、スゴイなぁ。ちょびっと本気で叩いたんやけど。
壊れたらどうするつもりだったんだ。
それでは皆さん、少し下がって下さい。
そう言うと、イタクは手をかざしてどこかへと合図を送り、叫んだ。
開門！
門が開きます。聖上はお下がりください。
さぁ、急ぎこちらへ。兵にまぎれることに致しましょう。
心得ておる。余がいることは内緒じゃからな。
ふむ……これは圧巻だな。予想以上だ。
イタクの言葉通り、城壁を越えた先には堅牢な砦が築かれ、多数の兵が守備についていた。
もっと手狭だと思っていたが、隠し砦にしちゃ中々広いじゃない。
負傷兵もいますが、砦に集まった兵だけでこれほどとは。
反撃に転じるには数が足りないが、首都陥落のことを考えるとよく集まったといったところか。
……でも、少し静か過ぎない？
というか、思いきり警戒されてませんかЧ
キウルの言う通り、ナコク兵達は警戒するかのように距離を保って見つめている。
アトゥイ姉ちゃんが、門をぶち壊そうと思いっきり叩いたせいじゃないのかい？
いややなぁ、ほんの冗談やぇ。ちょびっとだけ本気やったけど。
……心配いりません。誤解を解くのも私の役目です。
一歩前に出たイタクの元に、ナコクの臣下と思しき者達が駆け寄ってくる。
……おお、イタク様！
心労をかけたようだな。待たせてすまない。
よくぞご無事で！イタク様のご帰還、お待ちしておりました。
お、お怪我は、お怪我はないようですね？ああ、よかった……
必ずや戻られると思い、この砦だけは護っておりましたぞ！
最初に駆け寄った臣下が口を開いたのを皮切りに、集まってきた兵達が矢継早に喋りだす。
さっきまでの静けさが嘘のようだな。凄い盛り上がり様だ。
えぇい、皆みなの者、少しは落ち着つかぬか！イタク様の御前であるぞ、控えよ！
その声に、集まったナコク兵達が跪ひざまずく。そして代表らしき男が一人、イタクの前へと進み出る。
おお、宰相も……無事であったか。
イタク様……こうして再び、ご尊顔を拝謁はいえつできるとは……
私も其方そなた達に再び会えて、嬉しく思う。
ここに集いし兵達は皆、ナコクの勇者にございます。
その躰が動く限り戦い続け、決して諦めなかった者達が砦に集い……イタク様のご帰還を待ちわびておりました。
よくここまで持ちこたえてくれた。いくら礼を述べても足りないくらいだ。
あ、有り難きお言葉……っ！
兵の殆どは怪我を負っていたが、それぞれの顔が明るく変わっていく。
さぁ、皆の者、見るがいい！
大きく手を広げ、イタクがこちらを指し示す。
私も務めを果たしてきた。我等と肩を並べ、共に戦わんとする、数多あまたの同志達と帰ってきたのだ！
そして……彼らを率いる将こそ、ここにおわすオシュトル殿である！
……か、かの名高き右近衛大将が直々に来て下さったのか。
なんと心強い……
喜びの声が上がる兵達の方へ、自分も前へと進み出る。
この戦いくさ、互いに力を合わせれば、必ずや勝利できよう！某それがしも死力を尽くし、最後まで戦い抜くことをここに誓う！
あぁ、本当に有難いことだ……
更にはオシュトル殿の信の厚い、一騎当千の武将の方々……こちらの方は━━
そう言ってクオンたち一人ひとりを紹介していく。そのたびに小さな歓声があがっていく。
そして……この華やかなお方がシャッホロの姫、アトゥイさんだ。
さきほどの城壁の震えは、姫の華麗な一撃である……実力のほどが判るであろう。
シャッホロの姫……ということは……
シャッホロ皇、ソヤンケクル殿がご息女にあらせられるのか……？
ウチ？確かにソヤンケクルはとと様やけど……
おお！では貴方様が！
イタク様の約束の御方……許嫁いいなづけの姫君！
ん～、親同士が決めたことやから、まだそうなるって決まったわけじゃないと思うぇ。
美しい未来のお后様が、このような窮地にいらっしゃるとは、まさに天啓。
アトゥイ様にお越しいただけたのなら、この國の将来は安泰だ！
ありがたや、ありがたや…………
本当の話と噂と憶測が入り混じって、ざわざわと人波が揺れる。
いや、早合点しないでほしい。アトゥイさんと私は正式にはまだ……
なにをそのような、もう決まったようなものではありませぬか。
お美しい……まさしくヤマト一の美しさ。並ぶ者はいないといっても過言ではないでしょう。
いややわぁ。お上手やぇ～。
イタク様もアーちゃんも大人気ですね。
盛り上がっているのはいいが、そろそろ中に通してほしいんだがな。
むぅ、ずっとしゃべってばっかだ。まだおわらないのか？
ああ、もう少しかかると思うが……
だったらふうおねぇちゃ！たんけんにいこう！
あら、私わたくしと……ですか？
おぅ、とぉちゃんじゃなくていいのか？
とぉちゃんは、はなしきくのをがんばれ！
オレはふうおねぇちゃと、たんけんをがんばる！
たんけん……ですか。ふふ、それじゃあ行きましょうか？
すみません、ナコクの皆さま。失礼いたしますね。
へっ？あっ、ど、どうぞ……
いくぞー！
まって、シーちゃん━━
フミルィルがシノノンと一緒にナコク兵達の壁を割って通っていく。
ナコク兵達
「「……………」」
ナコク兵達は皆一斉にフミルィルに注目する。
美しさ並ぶ者……いたみたいやね。
い、いやこれはその……
やっぱり、胸の大きさは重要なんかなぁ。
あ、いえ！決してあの方の美しさに見惚れていたのではなく……
目の前を通られたので、思わず目で追ってしまっただけなのです！
それを見惚れていたというんだがな。まぁ、気持ちは判らなくもないが……
……なーんてなぁ。フ～やんじゃ仕方ないえ。
アトゥイ、意地悪しちゃかわいそうかな。
ごめんなぁ、冗談やぇ。
からかわれただけだと判ったのか、ホッと周りの空気が和らぐ。
受け入れられた様で何よりだ。
皆の者、聞いて欲しい……
イタクのよく通る声が砦の内に響き、全ての者が一様に口を閉ざす。
私の力が至らぬせいで、皆には苦労を掛けた。同胞の死に、心痛めた者も数多いだろう……
だが、苦難と苦しみに満ちた日々は、間もなく終わりを告げる！
先ほど紹介したとおり、我等は心強い同志を得た！
そして何よりも、我等には、貴い御方の加護がある！
此度のエンナカムイの支援は、ヤマトの正統なる帝ミカド、アンジュ様の御英断によるもの！
聖上は、ナコクの民を見捨てなかった！どれほど離れていようとも、救いの手を差しのべられた！
それほどまでに、聖上が民を想う気持ちは深く、揺るぎないのだ！
遙か異國の地で聖上は、今この瞬間も、我等の勝利を祈り、見守っておられるだろう。
なればこそ！奮起せねばならぬ！ナコクの民の勇気を示さねばならぬ！
この戦いくさに必ずや勝利し、祖國の誇りを取り戻そうではないか！
イタクの突き上げた拳に呼応するように、ナコク兵達の雄叫びが砦内を揺らす。
ナコクに武運を！ナコクに幸あれ！
聖上が見ておられる！勝ってみせますぞ！
ご照覧あれ！我等が戦いをЦ
うむ、これでよい……
エンナカムイの兵達にまぎれて、一部始終を見ていたアンジュは、満足そうな笑みを浮かべた。
聖上……これ以上は人目につきます。
隣に付き従うムネチカが耳元で囁く。
うむ。そろそろ行くかの……余は見守るだけでなく、共に戦う天子じゃ。
御意。
アンジュは踵を返し、人混みの中へと消えていく。
ムネチカも周囲に油断無く目を配りながら、付き従う。
二人が去った後も、ナコク兵達の歓声が、しばらく砦の中に響いていた。
ありがとうございます。
兵達へ語り終えたイタクが、その熱気も冷めやらぬ中、声をかけてきた。
いかがした。
……皆みなの笑顔を取り戻して下さったことです。
辺りではナコクとエンナカムイの兵が互いに盛り上がり、とても賑やかだ。
それに……アトゥイさん。貴方が来てくれた事で……私は……その……奮起することができました。
………
何やよう判らんけど、元気になったんなら、良かったぇ？
ありがとうございます。そういっていただけると……
それにしても、キウルの次に判りやすい……
イタク様、少しよろしいでしょうか？
宰相……どうしたのだ？
少し、お伝えせねばならぬ事がありまして……お耳を。
そう言うと、素早くイタクに何事かを耳打ちする。
…………っЧ
いかがなされた、イタク殿？
いえ……すみません、私は少し用ができました。しばらく席を外させていただきます。
後ほど、皆さんを部屋へと案内させますので……
そう言い残すと、宰相を連れて、奥のほうへと歩いていってしまった。
それで、アトゥイとしてはどうなの？
……えっ？
んふふっ、アトゥイさえその気なら。
うぅん……まぁ悪い気はしないけどなぁ。
好き合っているのならいい話ではないか？皇族が恋愛で結ばれるなど、なかなか無いわけだしな。
わたしも……とても素敵なことだと思います。
そやなあ……
えへへ、と零こぼすアトゥイの唇が緩み、柔らかい微笑みを浮かべた。
何やら満更でもなさそうだ……ん？
ふと奥の方へ視線を動かすと、イタクが宰相となにやら話していた。
そのイタクの顔色が、サッと青ざめる。
報告、ご苦労であった。今はよろしく頼む……済まない。
絞り出すような声でそう告げると、何も言わぬまま宰相を下がらせる。
様子がおかしい……なにかあったのか？
心配するこちらの視線を余所に、震えるイタクの背は砦の奥へと消えていった。
宰相と名乗った者により通された一室で、早速軍議の為に地図を広げる。
調べによるとナコクの首都ナァラを攻め落とした朝廷軍は、大橋に繋がる宮廷を占領しているようです。
そこより各地に兵を放ち、残党狩りを行っているとの事。
やはり兵の数は圧倒的に向こうが多いですね。我らに何か強みのひとつでもあれば……
首都ナァラは、三方が海に面している上に、強固な城壁で囲まれているのです。
船を使わない限り、攻め込めるのは南側しか……
当然、そこはしっかりと守りを固めてるはず。
はい、とりわけ分厚い城壁で護られているのです。
正面から攻めようにも、向こうを上回る戦力が無ければ、弾かれておしまい、か。
救いはナコク兵の士気が高いことでしょう。イタク殿の存在が大きいですね。
それにはアトゥイも一役買っているな。
なんと言っても、未来の皇后さま。ナコクに幸をもたらす女神とうたわれている程だ。
ナコク兵の間では、そこまで盛り上がっているのか。
そういえばそのアトゥイは何処どこだ？先程から姿が見えないが……
さっきシノノンと一緒にいました、お散歩なのだそうです。
散歩か……きっと砦の構造とここらの地形を把握しに行ってるんだろう。
あの……御用があるのでしたら、呼んで来ましょうか？
いや、好きにさせておこう。アトゥイの事だ、何か考えがあるのだろう。
そのほうが良い結果をもたらすだろうからな。
ふ～ん、よく見てるんだ……
クオンが、感心したかのような視線を向けてくる。
それよりもやはり、真正面から首都を攻めるのは難しい。
エンナカムイからの兵を合わせても、損害は甚大なものとなるでしょうね。
それじゃあどうするつもりだ？エンナカムイからおかわりが来るのを待つかい？
こちらにまわせる兵はもうない。ミカヅチをナコクからはがすため、陽動に使っているからな……
もとより、ミカヅチが戻ってくる前に決着をつけるという策なのだ。待っている時間はない。
それに、ここまで堂々と進軍してきたのだ。この場所は、間もなく知られると思っていいだろう。
……ここに来るまで、見られている感覚もあったから、間違いないと思う。
攻め込まれるのも時間の問題だな……事を起こすなら急いだ方がいい。
では、こちらから奇襲を仕掛けて攻め落とす、ということですか……
故に、首都ナァラに向けて、草を放った。
首都に……ですか？
ああ、それがこの奇襲の鍵だ。
わかりました。では、早速幾人か……
オウギが指示を出す為に席を立つと、他の者も同じように各々が部屋を出て行く。
さて、うまく事が進めばいいが……
夜までこの暑さか……嫌になるな。
━━夜。寝苦しさから涼を求めて砦内をうろつく。エンナカムイの夜とは違う、熱のある空気が肌を撫でる。
草が戻るまでは迂闊に動けない。
……何もなければいいんだが。
城壁の方に目を向けると、乏しい明かりが照らす周りに、幾人もの警邏けいらの兵が見える。
何時襲撃があってもおかしくない。そうなる前に、打って出たいところだが……
こちらの体勢が早く整わなければ、勝負にならないだろうな。
あ、オシュトルはん、なにしてんの？
よく知った声が耳に届くが、辺りを見回しても、その声の主がいない。
こっちやぇ、こっち。
少し先にある、ちょうど城壁のかがり火の影にあたる場所で、ひらひら手が招いている。
アトゥイか。お前も眠れないのか？
うん、ちょっと寝苦しかったから、涼んでてな。
ココ、ちょうどいい風が吹いてくるから、気持ちいいんよ。
どれ……なるほど、確かに涼しいな。
蒸し蒸しした空気を運び去るように、そよ風がやさしく吹いてくる。
散歩してる時に見つけてなぁ。お昼寝するには持って来いやぇ。
ここで寝ようってんじゃないだろうなあ。
寝るなら、皆みなが眠っている部屋に戻るのだ。
ん～、そうなんやけど……ちょっと寝つきが悪くてなぁ。ココまでは来たものの……
……寝つけぬほどの悩みでもあるのか？
あやや……なんで？
傍はたから見ていればわかる。
じゃあ、何に悩んでいるかオシュトルはんにはわかるけ？
簡単だ。イタク殿との事だろう。
……オシュトルはんは、なんでもお見通しなんやなぁ。
むしろ判らないという方が無理な話だ。悩んでいる自覚があるのか、ないのか……
それで、アトゥイはどうするつもりなのだ。満更でもなさそうだが。
いつもなら……
いつもなら？
いや、なんでもない。
『いつもなら積極的に攻めていくのにな』という、ハクとしての言葉を飲み込む。
……ホントはちょっと、迷ってる。
イタクはん、肝も据わってていい漢やと思うけど……
何か不満でもあるのか？
ううん、そんなこと無い。
でも何かもやもや～っとしたのが、胸につっかえてる感じがする。
変な気持ち。なんやろう……
ちょっとどころか、相当悩んでるみたいだな。
……………
二人の間に気まずい空気が流れるのを感じる。
いかんな、何か喋ったほうがいいのか？思い浮かばないんだが……
もしかして、そこにいるのはアトゥイさんですか……？
あっ……
声のする方を見ると、ちょうどイタクがアトゥイの方へと歩いてくるところだった。だが、こちらに気付いた様子は無い。
向こうからは死角になっているのか。今出て行けば、二人だけで話す機会を奪ってしまうことになるな……
こちらを窺うかがおうとするアトゥイを目で制して、隠れるように自分が一歩下がる。
まだお休みになられていないとは……よろしいのですか？昼間の行軍でお疲れでしょうに。
ちょっと夜風に当たりに……イタクはんこそ、どうかしたのけ？
私も同じ理由ですよ……眠れなくてふらりと出てきました。
……そういえば初めて会った時も、こんな、風の心地いい日でしたね。
ウチ、昔のことは、ぼんやりとしか覚えてないんよ……
初めて会ったのは、ナコクの城でした。貴方は、私の世界を広げてくれたのです……
ふぇ？そんな大層なことしたかなぁ？
ええ、それはもう。少し……昔話を聞いて頂けますか？
イタクは正面からアトゥイと向き合いながら、懐かしそうにゆっくりと口を開く。
昔の私は世継ぎと言うことで大切にされていましてね、自分の世界のすべては城の中だけでした。
父の跡を継ぐための研鑽けんさんの日々、不満はありませんでしたが、心のどこかでは外にあこがれていました。
イタクはんも色々抱えてたんやなぁ……
そんなある日、ひとりの女の子が私の前に現れました。
その子は私を見るなり、手を引いて遊びに誘い、城から外の世界へと連れ出してくれたんです。
相手は皇子だぞ、強引だな……っと、そういえばアトゥイも皇女だったか。
ああ……思い出してきたぇ！退屈しのぎに、イタクはんをよく連れ出したなぁ。
ええ、最初に連れ出して貰った日のことを、昨日のことのように覚えていますよ。
初めて目にする城下はすべてが新鮮で眩しくて……
街の賑わいや、店に並ぶ珍しい品々……何もかもが面白くて、世界が広がっていくようでした。
でも、街中でキョロキョロとしている内に逸はぐれてしまい、気付いた時には人相の悪い連中に囲まれていました……
夢中になりすぎて、彼等にぶつかりでもしたんでしょうね。
ふっと破顔するイタク。長い思い出話を語りつつ、時折優しげにアトゥイを見つめる。
相手は随分怒っていて、私は脅えて震えるばかり……
そんな時、助けてくれたのが……私を捜しに戻ってきた、アトゥイさんでした。
まるで風のように飛び込んできて、次々と男達を倒していきましたよね。
ああ、そうやぇ！大げんかして、いっぱい叩きのめしたっけ。
私が強くなりたいと思ったのも、その時でした。
そんな些細なことで、大層やなぁ。
私にとっては些細ではありませんよ。
え、えっと……？
覚えていませんか？私を庇かばって貴方は怪我をしたんですよ。かすり傷程度でしたが……
それでも、子供の頃の私には一大事でした。自分が強ければ、怪我なんかしなくて済んだのにと……
その時ほど自分を情けなく思ったことはなかった。
だから無事宮廷に戻った時、約束をしたんです。貴方を守れる程強くなる、と。
気にしなくていいのになぁ……イタクはん、あの頃から生真面目やったから。
ただ、それを聞いた母同士が盛り上がってしまい、いつの間にか許婚いいなずけの約束になってしまいましたが……
アハハ、仕方ないなぁ、はは様は……
アトゥイが、あきれているような、懐かしんでいるような笑みを浮かべる。
ああ、思い出してきたぇ。
騒ぎになってから、街に行くのが禁止になって、イタクはんと地下の抜け穴を使って街に出かけてたなぁ。
今思うとあれ、ウチなんかには教えたらいけない、秘密の抜け道やったんやない？
ええ。でも私は、貴方と一緒に出かけることが嬉しかった……貴方との繋がりができたことが。
アトゥイさん、あの頃から私の気持ちは変わっていません。
イタクの雰囲気が変わる。先程の朗らかな様子から、決意したような熱の篭こもった言葉をアトゥイに向ける。
そして今……貴方を護れる程強くなれたと自負しています。
そ、そうなんや……
貴方を護るという決意は、少しも揺らいではいません。その為の鍛錬も欠かさなかった。
ただ、再会したのが、このような戦場いくさばであるのが遺憾ではありますが……
イタクの熱い言葉と想いに、さしものアトゥイも視線を泳がせて戸惑っている。
ウチもイタクはんは……いままで会った男の中で一番かなぁ、と思う。
だからその申し出、受け……
どうかしました？
心配そうに覗き込んで来たであろうイタクから、後ずさるようにアトゥイがこちらに下がってくる。
えっ？う、ううん、なんでもないぇ？
えぇと返事、しないとあかんよね。その、答えやけど……
……いいえ、それはまだ聞きません。今はまだ、私にその資格はありませんから。
この戦いくさが終わるまで。全てが終わった後に、また改めて……
長い昔話に付き合わせてしまいましたね。さぁ、今日はもう休みましょう。
……わかった。
それではおやすみなさい、アトゥイさん。
うん、おやすみ……
その言葉と共にイタクの気配が遠ざかるのを感じる。
……オシュトルはん、聞いてた？
ああ……まぁ、な。
告白されてしもうたぇ……どうしよう。
自分の心に問い掛けるべきだな。アトゥイのしたいようにすれば良い。
ウチのしたいように、かぁ……
な、なんだ、城壁の方からかЧ
何か崩れた音が……お、オシュトルはん！
アトゥイが指をさす方向、城壁があるべき所に大きな穴が口を開けていた。
オシュトル、ここにいたのЧ
予想外の光景に唖然としている中、緊張した面持ちのクオンが駆け寄ってくる。
気をつけて、アレって━━
ああ、どんな手を使ったかわからぬが、奴等もやってくれる。
早いうちに来るとは思っていたが、まさかもう仕掛けてくるとは！
もう戦いが始まっているのか、早くも遠くから剣戟けんげきの音が聞こえてくる。
アトゥイ、出られるな。悩んでいる暇は無いぞ！
うぅん、大丈夫やぇ。それよりはよ行こう……こういう時は思いっきり遊ぶに限るしなぁ。
先程までの様子と打って変わり、いつもの余裕のある表情が垣間見える。
大丈夫そうだな……無茶をしないといいが。
応戦する。他の者も後に続け！
そう叫ぶといち早く、砦の外へと走り出していた。
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一丁上がりってところか。
わぁ、お客さんがいっぱいやぇ。
敵の動きが早いな。かなり侵入を許してしまっている……むっ？
弓兵衆ペリエライ、放てッ！
遅れて申し訳ありません。先程の轟音は一体何ですか？
砦の城壁が破られました。そこから敵兵の侵入を許してしまっています。
あの城壁が破られたЧまさか……信じがたいことです。
確かにな。どんな手を使ったのだ。
ずいぶん派手に壊されたみたい……
すっごく硬かったのに、よく壊せたぇ。
まったく、こんな夜更けに騒々しいこった。せっかく寝かしつけたシノノンが起きちまったじゃない。
イタク殿、戦列に加わっていただけるか？今は兵の動揺を鎮めねば……
わかりました、精一杯やってみます。
でも、少し変なのです。砦を攻めるにしては、兵の数が少ない様に思えるのです。
油断するな。数は少ないが普通の兵より動きがいい。相当な手練てだれだ。
へぇ……それじゃあ、ちゃ～んと挨拶しないとなぁ。
アトゥイさん！
待て、二人とも！
アトゥイさん、一人で突出しては危険です！ここは一度下がって━━
平気やぇ、無茶なんかせぇへんよ。
孤立すれば真っ先に狙われる。一人で相手をするのは骨が折れるぞ。
そう言われると、引きたくなくなるなぁ。
何を言ってるんですか！下手すれば討たれてしまいますよЧ
とにかく下がるぞ！夜襲でこちらは浮き足立っている。態勢を立て直すЦ
う～ん、これからって所やのに……
間に合わなかったか。仕方がない、ここはやるしかないか。
皆、気を引き締めていけ……奴らを片付けるぞっЦ
Ƞ
Ƞ
……くっ、手強い。
まだ、蹴散らせぬのか。
かなりの手練かな。
あせりは禁物ですよ、クーちゃん。
だが、これ以上長引かせるわけにはいかぬ。
少数で来るなりの理由があったって訳か。悠長に構えてたら足元掬すくわれそうじゃない。
ええなぁ、ええなぁ……いつもよりも楽しいなぁ。思いっきり遊べてるぇ。
アトゥイさん、私の側へ。離れすぎると危険です。
イタクはんこそ、あんまり近いと巻き添えになるぇ？
いえ、ですが……
イタク殿の言う通りだ。相手は手練、油断はするな。
しかし、このままでは埒があきませんね。
今はなんとか持ちこたえていますが、時間がかかり過ぎると援軍が来てしまうです。
それは何とかしないと……
どうする、オシュトル？あの壁の穴を押さえれば、何とかなりそうだぞ。
ああ、これ以上この砦を荒らされる訳にはいかない……行くぞ！
主あるじ様。
ご一緒します。
なら、ウチにまかせてなぁ。
美味しい所はぜ～んぶ、ウチが貰うぇ。
勝利条件が変更されました目的地へ到達
ʏ

…………ぐぅっЧ
……主あるじ様。
ああ……わかっている。
仮面の者アクルトゥルカ。
彼の者の力を感じます。どうかお気をつけ下さい。
この感じ……奴が来ているのかЧ
我が精鋭を手こずらせるとは流石さすが……とでも言うべきか。
まさか、奴はもうこの國を後にしているはず。何故なぜ……
奴の意志を受け継いだだけのことはある。よもやここまで保もつとは思わなかった。
何故ここにいる、ミカヅチッЦ
ミルージュ、控えていろ。
はい、ミカヅチ様。
アトゥイさん、危ないッ！
久しいな……オシュトル。
……ああ。久しいな、ミカヅチ。
俺が此処にいることがそんなに意外だったか？
……まだこの國に居座っているとは思わなかったのでな。悠長に構えているではないか。
そう見えるだろうが、貴様のおかげで忙いそがしくてな。
よもや帝都への侵攻を囮にし、己は兵を集めて奪還の機会を狙っているとは……
さすがは貴様の策といったところか……
まさかあの城壁を突き破ってくるとは思わなかったぞ。
こちらも余裕がなくてな。急ぎ帝都へ戻らねばならん。
遠慮はいらん、ゆっくりしていったらどうだ。そこまで慌てる事でもなかろう？
そうしたいのは山々だが……オシュトル、こう考えればどうだ。
この砦をすぐさま陥おとし、帝都へと舞い戻ればいい。違うか？
それに言ったはずだ。次に戦場いくさばで会おうた時は、その首、貰い受けると。
……そうであったな。ならば、こちらも貴様の首をもらうとしよう！
右近衛大将オシュトル、参るЦ
…………それでいい。
来い……オシュトル！
勝利条件が変更されました敵勢力の殲滅
オシュトルはんЧ
すまぬ、某それがしはここまでのようだ……
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ぐ……
それで終わりか？少しはやるようになったが……ぬ？
ミ、ミカヅチ様……！
…………
ほぅ？
ミカヅチの頬に、うっすらと朱色の線が浮かぶ。
わずかとはいえ、この俺に傷を負わすか……
くっ……そうか、貴様は……
クッ……ククク……
クハハハハハ。
アハハハハハハハハハハハ。
いいだろう、認めてやる……認めてやるぞ！それでこそオシュトルだとなЦ
ならば少しだけ……我等仮面の者アクルトゥルカの本気がどういうものか、見せてやる。
我は左近衛大将ミカヅチ！この身に背負いし重責を一時たりとも忘れたことは無い！
さぁ、存分に戦おうぞ！我が渾身の一撃を食らうがよい！
…………ッ！
あれが……ヤマトにその者ありとうたわれた漢の本領……
こいツぁ……ビリビリ来るねぇ……
オシュトル……
全力を尽くさねば危ういでしょう。
う、うぅ……
アハ、アハハ、スゴイなぁ……さすがやねぇ、ゾクゾクしてくるぇ。
ア、アトゥイさん……？
━━さぁ、オシュトル……この程度で死んでくれるなよ。
……来るッ！
もう夜明けか……これからという時に……
……天は貴様等に味方するか。
……くっ！
残念だがここまでだ。俺は帝都に戻らねばならん。
何いずれ、雌雄を決するとしよう。その時まで倒れることは許さん。
また会おうぞ……オシュトル。
全軍、下がれ。帝都に帰還する！
全軍後退、帝都へ急げ！
ああ、何いずれ必ずな……
今はまだ力が足りない。だが、次に見まみえた時こそ……
ʐ
ʐ
皆さん！
ミカヅチが去り弛緩した空気の中、一足先にナコク兵の取りまとめをしていたイタクが駆け寄ってくる。
イタクはん、お疲れさま└┐。
イタク殿、こちらの状況は？
はい、おかげさまで……苦戦はしたものの、損害は軽微です。
ミカヅチとその精鋭相手に、この程度で済んだだけ僥倖ぎょうこうだった。
一歩遅ければ砦の中まで押し込まれ、此処が陥されていた可能性もありましたね。
実際、あのままミカヅチが引かなければどうなっていたか……
最後の一時、力を解放したミカヅチの姿が浮かび、思わず眉をしかめてしまう。
アトゥイさんは……よかった、お怪我は無いようですね。
アレくらい大丈夫やぇ？もうすっごく楽しかったなぁ。
ミカヅチ相手に楽しかった、か。アトゥイならではの感覚だな。
私は、ミカヅチがアトゥイさんの目の前に現れた時、心臓が止まるかと思いました。
あそこで引かなかった事は、無茶が過ぎます。もしお怪我などされたら……
ん～、無茶しているつもりはないけどなぁ。
心配なのです。貴方の身にもしもの事があったら、私は━━
気持ちは理解できますが、アトゥイもかなりの強者つわもの。些いささか心配しすぎではないかと？
…………
どうしたのですか？難しい顔をしていらっしゃいますけど……
……オシュトル殿、その事についてお話があります。少しよろしいでしょうか？
妙に改まって、如何いかがなされた？
はい……次の戦いくさから、アトゥイさんを外してもらえませんか。
……なに？
ウチを……外す？
アトゥイは我等が勢力の要。彼女を外すとなると、それだけ戦いくさも厳しいものになる。
それは承知の上です。私も及ばずとは言え、武人もののふの端くれ……この命に代えてでも彼女の抜けた分は支えてみせます……ですから……
逡巡しているらしく、イタクは声を詰まらせる。
もしかして、砦に着いてから、なにかあったの？
っЦどうしてですか？
宰相さんとお話ししてたでしょう？あの後、少し様子がおかしかったから……
そうやね、確かになんか浮かない顔してたけど何かあったんぇ？
そういえばあの時……二人とも気がついていたのか。
何があったか聞かせてもらえぬか？詳しい理由が知りたい。
……わかりました。
イタクが大きく息をつくと、ゆっくりと重い口を開く。
あの時、私があの場所を後にしたのは……父の亡骸と対面するためです。
イタク殿の父……ナコク皇のことか。
父は、残存兵力をこの砦へ逃がす為に……そして私がエンナカムイへと向かう時間を稼ぐ為に……
あえて自ら、戦場いくさばに打って出ました。
私を脱出用の隠し通路へと押し込み、ナコクを頼むと言い残したのが最後でした。
父の死は受け入れたつもりでいました。ですが、昨日父の亡骸を目にし……
……そうか。
守る為に強くなったはずなのに、逆に守ってもらう始末。
父は……私に希望を託し、ナコクの民を守る為に散りました。
私は……あの頃━━子供の頃よりも強くなった。でも何もできなかった……父も助けられなかった。
悔しさと悲しさが交ざったイタクの目に、涙が浮かぶ。
これ以上、何かを失うことに、私はもう……アトゥイさんを私は……
言葉をつまらせながらも、イタクは自分の想いを語り続ける。
私はアトゥイさんを失いたくない。彼女を守りたいんです。
アトゥイさん……貴方にはずっと側にいてもらいたい。
あやや……
その気持ち、判らなくも無いが……
アトゥイも同様に、茫然としてイタクを見つめている。
……申し訳ありません。私の言っている事がただのワガママだということは承知しています。
ですが、どうか……ご検討を。
そして深々と頭を下げると、イタクは踵を返し、ナコク兵達の集まっている方へと歩き去った。
男は女の為なら、どこまでも強くなれるって聞いたことがあるけど、そんな感じなのかな。
どこまでも真っ直ぐで……なんだか素敵です。
うむ、あっぱれじゃ。その意気や良し！
なんと純粋な……古き良き武士もののふを見ているようだ。
イタクのひたむきな姿は、とりわけ女性陣の心に響いたようで、やたらと話が盛り上がる。
アトゥイもここまで漢に想ってもらえるとは、女冥利に尽きるな！
本当……憧れてしまいます。私わたくしもそうなってみたいです。
憧れなくても貴方は……うん、大人しくしておいて。これ以上頑張るのは恐いから。
やはり女というのは、こういった話題が好きらしい……自分にはよくわからんがな。
とにかく、この話はここまでだ。今はこれからどうするか、だ。
ミカヅチとの戦いから数日後……
すでに参戦を表明したシャッホロ勢を交え、改めて今後の方針を話し合うこととなった。
ソヤンケクルはすでにナコク入りし、砦へ出向いてる。
先日の襲撃では、幸いにも怪我人は少数で済んだのです。
砦の一室に集まった各々の顔を見渡しながらネコネが口を開く。
この程度の被害に収まった事は不幸中の幸いだと思うべきか。
目の前に広げられた書簡に目を通しつつ、戦を総括する。
はい、我々の到着が遅ければと思うとゾッとします。この砦に残っていた戦力では、太刀打ちできなかったでしょうから。
急いだ甲斐があったね。戻った時には全滅では、目も当てられないところだったからね。
ともあれ、合流したことで、朝廷軍と渡り合える戦力はできた。
それで、これからどうするつもりなんだ？
そうじゃ、オシュトル。何か考えはあるのか？
本来は斥候の報告を待ち、敵の動向を把握してから仕掛けるつもりでしたが……もはやそういうわけにもいきませぬ。
某それがしにも思うところはありますが、まずは皆みなの考えを聞かせては貰えぬかと。
うむ、そうじゃな。
このままジッとしてるより、さっさと戦いに出た方がいいと思うぇ。
確かにアトゥイの言う通り、万全の体勢でなくとも、こちらから仕掛けるのは悪く無い。
ナコクの地形の仔細が描かれた地図に目を落とす。
正面から攻め込むことに異存はありませんが……朝廷が占領する首都ナァラは、堅固な城都です。
その城壁は分厚く、破るのは容易ではありません。
おそらく朝廷は、我々をあえてナァラにまで引き寄せた上で、消耗戦をしかけるでしょう。
向こうには分厚い城壁という、強力な盾があるわけですね……となると敵の本隊と互角にとはいかないでしょう。
その通りだ。同じ戦力をもつのなら、攻めるよりも守るほうが容易たやすい。
待っている方は、罠でもなんでも張れるもの。それを破るのはちょっと骨が折れると思うな。
無理をせずに、援軍を待ってみるのはどうでしょう？
その件は以前に話し合われた通りなのです。全て陽動に使っているのです。
エンナカムイの守備兵や、退役兵を集めれば若干の増援は可能ですが、そもそも兵をここに呼ぶ時間はもうないのです。
この砦に我々が集結している事は、敵にも知られています。次に出てくる時は向こうも数で押してくるのでは……
その上、この砦は守りの要である城壁も破られている。
増援を待つ間に攻め込まれ、そのまま追い詰められるのは目に見えているな。
おいおい、これじゃあ八方塞がりじゃない……
オシュトル、どうなのじゃ……なにか良い策があるのであろう？
アンジュの言葉に、皆みなの視線が一斉に自分へと向けられる。
増援を待つのも、正面突破も苦しい……となれば、今とれる最善の手はひとつ。
目の前に広げられた地図の上、首都ナァラを指差す。
まずは、こちらのほぼ全軍をもって、ナァラまで攻めのぼっていく。
城都での戦いくさが始まると同時に、地下通路で潜入した別働隊が、敵の本営があるナァラ城内へ奇襲を仕掛ける。
そしてその混乱に乗じて、さらに兵を引き入れ、城門を制圧。門を開き、味方の軍勢を迎え入れるのだ。
いくら堅い城壁でも、内部から手引きをする者がいれば、意味を成さぬ。
城門さえ制圧できれば、朝廷やつらは浮足立つ。こちらの勝利は確実なものとなろう。
待て！そんな方法があるのかЧ
城内に入るなんて……一体何処どこにそんな道があるのですか、兄あにさま？
道ならあるだろう。イタク殿が脱出する際に使った、ナァラ城と外を繋ぐ通路が……
あっ、そうか。そこを通れば……
その道を通れば敵軍と交戦することなく、内部に奇襲を仕掛けられる。
でも大丈夫かな？あっちも抜け道があるって事は知っているし、すでに塞がれているかも。
その心配はありません。全ての通路を塞ぐというのは、まず不可能……
ナコクの地下はまるで迷路。何処どこに辿り着くかもわからないほど複雑です。
それに、城内から外へとつながる通路は、まだ敵に発見されていないものが幾つも存在します。
わずかな人数で皇族が使う秘密の通路を行けば、まず見つからないでしょう。
突拍子もない策かと思ったが、これならやれそうじゃない。
城内に潜入するだけなら、今でも可能だと思います。
潜入するだけなら……と言ったか。その先のことは、こちらで何とかしないといけないわけだな。
はい。抜け道は発見出来ずとも、城内では我々が潜入してくることを警戒している筈です。
なぁに、贅沢は言いっこ無しよ。待ち伏せ上等じゃない。
うむ。いざとなれば、蹴散らせばいいだけだ。
要するに、城都の外から攻め立てるだけでなく、地下通路からも城内に奇襲を仕掛ける━━
そして混乱に乗じて城門を開き、全軍を突入させる、というわけですね。
ああ、それで間違っていない。イタク殿、この策、他に問題はあるか？
城門を制圧するには、多くの兵が必要です。ですが、私が脱出の際に使った通路では、少数の兵しか連れて行く事は出来ません。
それ故、城壁の外に展開する友軍と連携し、多くの兵を中に引き入れる必要があります。
どうやるかだな。
相応の規模の抜け道を使うことになりますが……
そのような大勢の兵が侵入出来る抜け道は、内部からしか開かなくなっていて、ナァラ城の管理下にあるのです。
当然と言えば当然か。
城内の混乱に乗じて誰かが中から開かねば、抜け道は使用できません。
つまるところ、ごく少数の命知らずがナァラ城内に潜入し、かき乱さねば、何も始まらぬというわけだな。
そうなります。そして、もう一つ……外から城内へと行ける隠し通路ですが……
通路の入り口が、この砦からはずいぶんと離れていて……陸路で行くには朝廷軍と剣を交えなければなりません。
こちらの狙いを気取られぬ為にも、隠し通路へは海路を取るしかないというわけだな。
やはり、ここはソヤンケクル殿の協力を仰ぐしかあるまい。
とと様に？
ほぉ……ようやく私とシャッホロ勢の出番というわけだね。
ソヤンケクル殿。貴殿には、敵を引きつける為に、首都ナァラ沿岸で派手に暴れ回ってもらいたい。
海上からの襲撃が、地上をゆく主力軍の援護となり、地下通路を使う意図も隠せるというわけだね。
左様。我々は小舟を使い、直接、地下通路の入り口へと乗りつける。そして一気に地下を通り抜け、奇襲をしかける。
海上からの援護だけで良いのかね。話を聞く限りでは、それだけで済まない気もするが。
さすがに見通しておられる。海上で敵を引きつけた後は主力と合流し、全軍の指揮をとって頂きたい。
ソヤンケクル殿は経験豊かな将であり、ナコクの地勢にも明るく、八柱将として、兵達にもその高名は鳴り響いている……
この任はソヤンケクル殿にしか出来ないと考えまする。
随分と買いかぶられたものだが、つまるところ、首都ナァラ攻略の指揮をとって欲しい……と言うんだね？
ソヤンケクル殿が外で指揮をとって下さるのであれば、某それがしは城内への奇襲に専念できます。
ほぅ、勇ましいことだ。一番危険な敵の懐に、自ら飛び込んでいこうと言うのかね……
微笑を浮かべてはいるものの、向けられる視線は品定めするように鋭い光を放っている。
……気に入った。この大役、引き受けようじゃないか。
元々、この話を持ち込んだのは私……
ナコクに肩入れした時から、覚悟は出来ている……最後まで付き合うさ。
ありがとうございます。八柱将の力、お借りいたします。
ああ、こちらの方こそよろしく頼むよ。君達に我々の命を託そうじゃないか。
とと様こそ、下手うって、味方の足引っ張ったら承知しないぇ。
ははは、我が娘ながら手厳しいね……
ソヤンケクルが苦笑いを浮かべる。それにつられ、部屋の中の張り詰めていた空気が一瞬緩む。
…………
これで策は立てた……だが、完璧ではない。敵の動きに不安が残る。
オシュトル、なにか気になることでもあるの？難しい顔をしてるけど……
此度の夜襲についてだが……ミカヅチの力を考慮に入れた、あの見事な手際……
相手方の采配師は、ただ狡猾なだけではなく、かなりの逸材と見た。充分警戒しなくてはならない。
砦への襲撃が無ければ、まだ攻めに焦ることもなかったでしょうからね。
この戦いくさ、相手の采配師の裏をかききれるかどうかが戦の分かれ目となる。
ならば自分は先んじて、更に策を巡らす必要があるな……
何らかの理由で、皆がナァラ城内で足止めをくらった場合、この策は破綻する……
城外の味方を引き入れることも叶わず、袋の鼠となり、自滅することになるわけか……
もう一手か……
更なる策を講じる為に、思考の渦へと身を投じる。
この策が読まれていた場合に備え、敵に先んじる一手が必要だが……
なぁ、オシュトルはん。それならウチにいい考えがあるんやけど……聞きたいけ？
いい考え？
うん、それはなぁ……
どうかな……いい考えやと思うぇ？
なるほど、悪くない。それであれば外部との連携はとれるわけか……
……うまくゆけば、この戦いくさの勝敗を決める一手になる。
わかった、アトゥイ……その策、任せたぞ。
私は反対です！危険すぎる！そのような役目、アトゥイさんには……
大丈夫やって。ホント、心配性やぇ。
すまぬ、イタク殿……現状、この策が一番確実だ。無碍むげにする訳にはいかない。
それはっ！そうですが……
複雑そうな表情を浮かべながら、イタクが引き下がる。
猶予ゆうよは無い。明朝、夜明け前に出立する。各々、準備を怠おこたるな。
この一戦に我がナコクの命運がかかっています……皆さんの力、どうかお貸しくださいっ！
イタクの決意に満ちた言葉に後押しされ、戦いくさの準備を進める為に各々が部屋から出て行く。
策は動き始めた……この戦いくさ、必ず勝つっ！
だがその前に……もう一度、アトゥイと話をする必要がある、か。
……それで、首尾は如何いか様か？
仄ほのかに明かりが灯る一室。逓信衆ティリリャライを介し、帝都のライコウが問いかける。
上々でおじゃる。かの砦の守りを担になう壁は破壊され、丸裸となったでおじゃる。
オシュトル共はそのまま砦に駐留。いずれ次の手を打ってくるはずでおじゃる。
予定通り、か……ミカヅチに討たれるのも一興ではあったがな。幕引きは今少し待たねばならぬか。
敵地の、しかも守りの無い砦でさらなる増援を待つ愚ぐを、オシュトルは冒さないでおじゃる。
……すぐにでも砦より、攻め上ってくるでおじゃろう。
次は、ナァラの守りを破るか。なれば……マロロ、わかっているな？
御意に……マロはそれを迎え撃ち、彼奴きゃつの首、必ずや我が手で挙げてみせるでおじゃる。
貴様の宿望しゅくぼうは承知している。その機会を与えると約束もした……だが、俺の下した命を忘れてはおるまいな。
マロロの妄執の炎が燃え上がるのを感じ、ライコウが一言釘を刺す。
後詰めに貴様を残しておいたのだ。よもや抜かりは無かろうが。
既に準備万端でおじゃる。
後の事はすべてはお前に任せている。我が期待を裏切らん事だ。
次に打つ手は明白。もはや奴の命運は、マロの掌てのひらの中でおじゃるよ。
……彼奴あやつの策に足元を掬すくわれ、せっかく握ったモノを掌てのひらから零こぼさぬようにな。
ありえぬでおじゃるよ……我が誇りにかけて、必ずや……
よかろう……良き知らせが届くのを待っているぞ。
その一言を最後に、ライコウは話を打ち切った。
同じ頃、ナコクの城内━━
そこには逓信衆ティリリャライをすでに下がらせ、怒りに顔をゆがめるマロロだけが残されていた。
さぁ、はよう……はよう……来るでおじゃる、オシュトル……オシュトルゥゥゥゥゥЦヒャハハハハハッЦ
アトゥイ、少し良いか？
戦いくさの準備に沸き立つ砦内の中、アトゥイの姿を見止めて声を掛ける。
あやや、もうすぐ出陣やのに難しい顔して、どうかしたのけ？
少し話をしようと思ってな……武器の手入れか？
そうやぇ。しっかり準備しとかんと、戦いくさを楽しめんようになるからなぁ。
それに、ちゃんと手入れすれば、この子もウチの言う事に応えてくれるんやぇ。
そう言って、彼女は愛用の槍を片手に握り、感触を確かめるように軽く素振りを始める。
すまぬ。また、力を借りるぞ。
もう、なんなん？こんなにおっきな戦いくさ、参加しないともったいないもん。
戦いくさ前だというのに、無邪気というか……いや、これがアトゥイの良い所か。だが、今回は……
……本当に、良いのだな？
へっ、なんのこと？別に調子もいいし、どこも壊れてないよ～。
得物の調子を聞いたのではない。イタク殿の言葉、あれには従わないつもりなのか？
アトゥイの身を案じる、イタクの決意に満ちた顔が鮮明に脳裏に蘇る。
ああ、そのことかぁ……
思い出したようにアトゥイがため息をつくと、手近な場所に座り込む。
守る、守るっていわれてもなぁ。運が悪ければ誰でもいつかはコロンって逝ってしまうんよ？
どんなに強くたって、そういう時が訪れるのには変わりない……イタクはんがやっていることは意味ないと思うけどなぁ。
相変わらず、生死に関する部分は恐ろしいほど達観しているな……
なぁ、イタクはんは、なんでそんなにウチを心配するのけ？
さっきもすごく反対されたし、あのおにーさんの思ってることがよくわからんぇ。
心底不思議そうな瞳で、アトゥイが問いかけてくる。
お前を想い、守ろうとしているのだ。彼に近しい者は、この戦乱で随分と亡くなった……
……どういうこと？戦いくさで人が死ぬのは当然やぇ？
つまりだ……お前を失いたくない、死なせたくないということだ。想い人のアトゥイの事を、な。
む～…………
アトゥイ、首を傾げる。
イタク殿の意志を尊重してやってもいいのだが……それは各々の自由だ。某それがしが口を出せることではない。
だが、アトゥイも考えてみても良いのではないか？
…………やっぱり、よくわからんなぁ。オシュトルはんの言ってること。
では、身近な人で考えてみたらどうだ？例えば、ソヤンケクル殿。
アトゥイの父君が死んだとしたら、どう思う？
とと様が、かぁ……葬式とか大変やねぇ。たぶん友達とかいっぱいくるし……ちょっとめんどくさいなぁ。
思わずガクリと脱力してしまう。
めんどくさい……その一言で片付けられるとは、ソヤンケクルも浮かばれないな。
……それではルルティエやネコネ、クオンなら……彼女たちが戦いくさの中、命を落としたとしたらどうだ？
ルルやんにネコやん、クオンはんが……
何かが芽生えてきたかのように、アトゥイが不意に胸の辺りを手で押さえる。
あっ……コレ、嫌やなぁ。なんやモヤモヤする……
モヤモヤする、のか？
うん、落ち着かないような……胸の真ん中がキューってなる感じ。
それは大切な人を亡くしたくないという思いだ。その感覚、わかるであろう。
…………うん、なんとなくかなぁ。
イタク殿はその思いを抱き、アトゥイを守ると言ったのだ。そのことも、胸に刻んでおくのだ。
それから自分の行動を決めるのも、遅くないのではないか？
………
もうすぐ出陣だ。気持ちの整理だけでもつけておくのだ。
大切な人を亡くしたくないって気持ちかぁ。それじゃあオシュトルはんがいなくなったら………
…………あっ、前にもあったなぁ、こんな感覚。
おにーさんがいなくなった時、やったっけ……そっか、これ……
ナァラ沿岸に船影有りとの報らせ！
その船、ソヤンケクルのものでおじゃるか？
はっ！船影は超巨大にして、乗員は戦闘準備を整えているとのこと！
……ひょほほ、動いた。オシュトルが動きおったでおじゃる。
ま、マロロ様……？
満面の笑みを浮かべるマロロに、伝令兵が困惑の声を上げる。
近海に船……ならば既に入っているでおじゃるな。もはや彼奴きゃつの首はとったも同然……
口の端を大きく歪めて笑みを浮かべると、伝令の兵へと向き直る。
全軍に通達。手筈どおり、迎え撃つ準備をするのでおじゃる！
は、はっ！
さぁ、始めるでおじゃ……見ていて欲しいでおじゃる。我が友よ……
マロが仇を……その命を刈り取る様を……
ソヤンケクルに後を託し、海路で地下道の入り口に辿り着いた一行は、イタクを先頭に、黙々と薄暗い狭路を歩いていく。
……あの、この道って本当にあっているんですか？
沈黙に耐え切れず、不安そうな様子でキウルがイタクへと質問を投げかける。
大丈夫です。しっかりと正しい道順で進んでいますよ。
で、ですが、私には行く道すべてが同じにみえて……
キウルの言う通りなのです。この地下道、どれも同じ造りの通路になっていて、どちらに進んでいるかわからないのです。
よそ者の進入を防ぐ迷路になっているのだな。よくできている……
これは、イタク殿の手引きが無ければ奇襲も叶わなかったな。
心配することはありません。そろそろ終盤に差し掛かっています。
それならいいのですが……
どこか落ち着かぬようにキウルが、キョロキョロと周りを見渡す。
不安を感じているのか？いまからそんな事では、戦いくさで敵に足元を掬すくわれるぞ。
は、はい！ですが……
警戒しているのはわかる。地下道の出口ばかりか、すぐ先に敵兵が潜んでいるやもしれぬのだからな。
今までの相手方の周到さからすれば、守りを固めていてもおかしくないはずですからね……
おいおい……ここまでの道中、楽に来られて喜ぶところじゃない？まぁ、このまますんなりと事が運びそうにはないがね。
ヤクトワルトも何か嫌な空気を感じるのか、その先にある敵の本陣を見つめるように地下道の天井を睨む。
……上は大丈夫かな。
ここがこんなに静かなのも、ソヤンケクルが敵を引き付けている証拠ではないのか？
とと様は強いからなぁ、簡単には負けないと思うぇ。ひょっとしたら、もうナァラの城門近くまで攻め上っているかも知れんぇ。
ですが、我々が内側から守りを開かねば、いかにソヤンケクル殿といえども、いずれ敗走は免まぬがれないでしょう。
むぅっ……
時間稼ぎにも限度がある……急がないとな。
皆みな、雑念を捨てるのだ。他人の心配をしている場合では無い。
……着きました、あそこが出口です。あの岩戸を開けば城内に続く広間に出ます。
ふと足を止めたイタクの見つめる先に、光が漏れている扉の様なものがあった。
いよいよか……それでは各自、役割はわかっているな？
確認するように各々の顔を省みると、それぞれ思い思いに頷いていく。
特にアトゥイ、そしてイタク殿の二人……任せたぞ。手筈は先ほど話した通りだ。
うん、任されたぇ。しっかりやるからなぁ。
わかっています、なにがあろうとも必ずっ……
アトゥイの気楽そうな表情とは対照的に、決意に満ちながらも、沈痛な表情でイタクが拳を握る。
イタクは納得いかないだろうが……この策に自分は賭けたのだ。ここで引き返すわけにはいかない。
……いくぞ。この戦いくさ、鍵はこの一戦に掛かっている。
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こちらです、皆さん。ここから入れます。
……抜けたか。
おぉ！本当にこんな所まで繋がっているとは。
聖上、お静かに。ここは既に敵地であります故。
む、そうじゃったな。じゃが……
誰もおらぬぞ？
まさか。玉座の間が蛻もぬけの殻からなど、まずあり得ない。
予定通りならソヤンケクル殿はすでに、このナァラまで攻め上り……城都攻略に着手している筈だ。
だとしたら、城内は臨戦態勢で、慌ただしいはずなのです。
外の軍勢に釣られて、出払っているのであろう。
そうだったら、手間が省けるんだけどね。
不気味だな……だが、このままジッとしているのも時間が惜しい。予定通りに事を進めよう。
わかった。ならば早速……
くっ、出口を塞がれた。
何だ、何が起きているЧ
呪法のようですね……しかしこれは……まさか……
……どうやらお出ましかな。
へぇ、どうやら歓迎の準備万端って感じじゃない。
そうらしいな……
何も無いとは思っていなかったが、やはり待ち伏せされていたか。
……ようやく出てきたでおじゃるか。待ちくたびれたでおじゃるよ。
誰じゃЧ
……その声。
……射るでおじゃ。
くっ……
兄上、お怪我はありませんか！
いきなりご挨拶なことじゃない……名乗りも上げないつもりかい？
なぶり殺そうというのか！だが、この程度で……
おぉ、お見事でおじゃる。といってもさすがにこの程度で倒れてもらっては困るでおじゃるが……
いい加減、姿を現したらどうだ？
マロロ！
ふふふふ……いやはや、バレてしまったでおじゃるか。
奴です……
奴が……我が祖國を陥おとした采配師。
やはり、お前だったか……
久しいでおじゃるな。変わりないようでなによりでおじゃる。
お前は……随分と様変わりしたな。
見違えたでおじゃろう？
禍々しくて、恐い顔……前の化粧の方がいいと思うのだけど。
これは化粧ではないでおじゃる。押さえられない心の滾たぎりが顕れているのでおじゃるよ。
強くなった。
私たちが知らない方法で、呪法の許容量が大きくなっています。
何があったЧ以前のマロとは全然違う。まるで炎が彼奴あいつの顔に宿っているように見える。
どうしたでおじゃるか？久方ぶりの再会……もっと語り合いたいでおじゃる。
マロロ、何故こんなことを……
某それがしは……お前が来るのを待っていた。
マロもこの瞬間ときが来るのを待っていたでおじゃる。
友を殺め、皇位の簒奪を謀った逆賊をこの手で討ち取る時を！
友を殺めって……
……マロロ、何を言っているのだ？
オシュトル殿……マロには全てお見通しでおじゃる。
ハク殿を殺したのは、オシュトル殿でおじゃろう？
そっ……そんなことあるわけないのです！
マロには判るのでおじゃる。今そこに居るオシュトル殿は最早別人であると。
……っ！
オシュトル殿は変わってしまった。謀反を起こし、國を乗っ取ろうとするまでに。
だから、邪魔になったハク殿をその手で……
マロにはその光景がはっきりと見えるのでおじゃる。
オシュトル！
大丈夫か？オシュトル！
ああ……何とか、な……
しっかりしろ！お前がこんな所でくたばるようなタマかぁ？
ふふふ……某それがしを……そこまで、買ってくれるか。
当たり前だろ！
ならば、ひとつ訊ねてよいか？
何だ……こんな時に。
もし……某それがしがここで倒れたならば、某それがしの後を継いでくれるか？
何、馬鹿なこと言ってる？
……答えて、くれ。
ああ、断る。自分にそんなことができるわけないだろう。
これが答えだ。だから、お前はこんな所でくたばってる場合じゃないってことだ。
判っただろう？
そうか……
ならば、まだ死ぬわけには行かぬな……すまぬが、躰を支えてくれるか？
それでこそオシュトルだ。ほら、立てるか？
ああ……
遠慮するな、もっとこっちに躰を寄せろ。
そうさせてもらおう……ぬんっ！
あ…………
……オシュトル……なぜ、だ……
有能すぎる友は、最早友ではない。
遠からぬ未来、我が前に立ちはだかるであろう敵だ。
まだ大きく育たぬうちに、刈り取ってしまうのが上策……
うっ……
く………オシュ、トル……
我が友よ、安心するが良い。
お前の分まで、この私が生きてやろう。
貴様、黙って聞いておれば……オシュトルがそのような事をするはずがないのじゃЦ
しかし、当のオシュトル殿は随分と動揺して見えるでおじゃるなぁ？
………………
……まぁいい、口もきけぬ罪人つみびとを相手にするのはもう終わりにするでおじゃる。
きゃっЧ
やめろ、マロロ。馬鹿な真似はよせЦ
さぁ、構えるでおじゃる……
……やむをえぬ。
兄あにさま……マロロは！
判っている。だが、今の奴に言葉は通じぬ。ならば……
ただ、言葉を聞ける程度に懲らしめる、そう言うことかな。
姉あねさま……
ほら、泣きそうな顔をしないで。ちょっと目を覚まさせるだけだから。
……ああ、奴を捕らえる。イタク殿もそれで良いな。
……オシュトル殿に事情がおありなら仕方ありませぬ。
忝かたじけない。
果たして、あいつを説得したとして……元のマロに戻れるのだろうか……？
だが、今のままでいいはずが無い……ならば自分のとる道はひとつしかない。
いくぞ……マロロを捕らえ、門を開く！
さぁ……その首、獲らせてもらうでおじゃる！
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ほぅ……流石さすがはオシュトル。この程度は物ともしないでおじゃるな。
目を覚ませ、マロロ！
まだそんな戯言を……聞く耳など持たぬでおじゃるよ。
そう言う割にはちゃんと相手をしてくれるんだ……いかにも次の手を打ってるって感じ。
確かに、何の策も無しに、お前がここに姿を現すはずがない……
にょほほほ、それがお望みでおじゃるか。ご希望とあらば、叶えてやるのもやぶさかではないでおじゃるな。
ほぅれ、これならどうでおじゃる？
やっぱり……さっきよりも厄介かな。
あらあら、こんなにも……口は災いの元ですよ、クーちゃん。
なんの、この程度の数……苦にもなりません。
さぁ、遠慮せずに召し上がるでおじゃるよ。
何故、そこまで耳を塞ふさぐ。自分にまったく非が無いとは言えない。だが……
そこで待っていろ。これを片付けたら何としてでも某それがしの話を聞いてもらうぞ。
ひょほほほ、おぉ恐い恐い……
…………
兄あにさま……
判っている。今は届かなくとも、身近に置いて言葉を重ねれば……
はいです……きっと……以前のように……
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ハァ……ハァ……ようやく片付いたな……
さすがでおじゃるなぁ。これだけの数をもってしても、まだ倒れぬでおじゃるか……
ヌゥ……
おや、返事がないでおじゃるな？まさか、もう限界だと言うでおじゃるか？
この程度で……膝を屈するものか。我が臣民が受けた苦しみを思えば、断じて負けるわけにはいかぬ……
お前の方こそ、追い詰められている自覚はあるのか？兵はすべて片付けたのだぞ。
そろそろ年貢の納め時だ、覚悟しろ！
……マロロ、ここまでだ。兵を引き、投降せよ。
全く、恐いでおじゃるな。
あの様子……まだ何か企んでいるな。
もはやマロしかおらぬというなら、出て行かなくてはならないでおじゃるな……おぉ、恐ろしや。
それ以上動くな。お前の身柄は、某それがしが預かる。
……ひょほほほ、何を言うかと思えば。
これ以上の抵抗は無意味……大人しく某それがしに従って貰おう。
マロが奸賊オシュトルに従う？ひょほほ、気は確かでおじゃるか……
ハク殿にしたように、甘い言葉で惑わせ使い捨てるつもりでおじゃろう？その手には乗らぬでおじゃ。
違うのです、違うのですよ！兄あにさまは断じてそのような……
ネコネ殿までそのような事を……兄妹あにいもうと故、仕方ないでおじゃるか。
…………
にょほほ……宴はまだまだこれからでおじゃるよ。
くっ、まだこれほどの兵が……
しつこいのぅ……どれだけ嗾けしかけてくれば気が済むのじゃ。
聖上、お気を付けを。先程までの相手とは違います。
クーちゃんも、油断しちゃ駄目ですからね。
この感じ……本命のお出ましってところかな。
……投降する気はないようだな。
まだまだ。せっかくの演だし物、早々に幕を閉じては勿体ないでおじゃろう？
どういうことだ！まだ何か小細工を……
宴の本番はまさにこれから……と申したのでおじゃるよ。
な━━
気をつけよ、燃え移るぞ！
あ、兄あにさま……っ！
うっ……
おっと、気をつけねば燃え尽きてしまうでおじゃるよ。
どうしたんだ、マロ。何故、そこまでオシュトルを憎む……
兵達よ、さっさと前進するでおじゃる。
このままマロを押さえようとすると、炎に巻き込まれてしまう……
下がれ、火に巻かれる前に距離をとる！
もう遅いでおじゃる。
くっ……後ろも左右も塞がれてしまった。
……やられましたね。彼の思惑通りと言った所でしょうか。
前に進むしかないね……ちょっと熱そうだけど仕方ないかな。
はい、黙って焼かれるのを待つことなど出来ません。
賛成だ。二の足を踏んで倒れちまうよりはいいじゃない。
やむを得ぬ、行くぞ！
周りをよく見ないと、危ないでおじゃるよ。
某それがしたちの足を封じるつもりか。
……いつの間に。
全て考えつくされた策と言う訳か……
く、こう矢継ぎ早に射られては……！
……とにかく立ち止まるな。これではいい的まとだ。
……どうやら終幕が近くなってきたでおじゃる。
焼け死ぬか、討ち死にか……自分で選ぶでおじゃる。
………
進むこともできず、逃げ場もなし。このままでは……
さすがに、笑えなくなってきたんじゃない。
オシュトルよ、どうするのじゃ？
しばし、お待ちを。
まだだ……この窮状を覆す一手は、すでに講じた……いや、もはや手遅れなのか？
さぁ、答えは出たでおじゃるか？
…………来た。
ふぅ、なんとか間に合ったみたいやぇ。
増援Чく、そんな所に隠し通路があったでおじゃるか……
待たせたぇ、オシュトルはん。イタクはんも無事け？
アトゥイさん……はい！私は大丈夫です。
やれやれ、間一髪だったな。道に迷ったのかと思っていたぞ。
あやや、これでも急いできたのになぁ。
やるでおじゃるな、オシュトル。だが、たった一人増えただけのこと。何ができると━━
うひひ、一人じゃないぇ。
ぐ、ぬぅぅぅ……
これで兵の数は互角。どうする、マロロ。
ぬぅぅ、他にも、隠し通路を知る者がいたでおじゃるか。
そのような報告など、マロは……
そりゃあ、イタクはんとウチだけの秘密やから、知ってる人、いないと思うんよ。
本当に、アトゥイが案内するというのだな？外からの援軍を。
イタクはん以外に道を知ってるのは、ウチだけやからなぁ。
敵の罠に備え、ここで二手に分かれて、アトゥイに援軍の手引きを任せる……
以前の軍議で、この策を了承したのは某それがしだ。しかし……
この先もイタクはんには案内の役目があるし、他の子にはちょっと無理かなぁって……
確かに、ここまでもイタク殿の案内があるから迷わずに来られた。その言い分はもっともだ。だが、あまりにも……
私は……やはりアトゥイさんが、城都の外から援軍を呼び込むことには反対です。
この戦いくさの最も危険な役割を、貴方にさせる訳にはいきません。ここはやはり私が……
そう言ってくれるのは嬉しいぇ。
……だけど、城内への手引はイタクはんしか判らないと思うぇ？ウチは昔の間取りしかわからんし。
確かにそうですがっ！
それにウチは……イタクはんの為に戦いたい
んぇ。
私の為に……ですか？
せめてもの感謝の印やぇ。ずっと、ウチのことを特別に思っていてくれたことへの。
アトゥイさん、それって……
イタクはんは、本当に優しくて勇気があるお人やと思うんよ……
だから、一緒に頑張ろ。
國を元通りにする……イタクはんの願いを、ウチもかなえたいんぇ……
アトゥイさん……そこまで考えてくださっていたとは……
わかりました。貴方が私に応えてくれる為に選んだ事ならば、もう何も言いません。
ありがとぅ……そういう訳なんでオシュトルはん、ココでしばらくお別れやぇ。
オシュトルはんも……ウチの出番が来るまでにいなくならないでほしいな。
この策の要かなめはアトゥイだ、そのお前が戻って来る前に討たれたりなどせぬ。
うひひ。オシュトルはんは腕が立つから、心配してないぇ。
ああ、出来る限り持ちこたえよう。援軍を案内し、急ぎ合流してくれ。某それがしたちの命運、お前に託した。
あはは、責任重大やぇ。
アトゥイのおかげで助かった。礼を言う。
なんやくすぐったいなぁ。それよりも……
うひひ、あははははは！やっと戦場いくさばに出られたんやもん、大暴れせんとなぁ。
ぐぐ……だが、オシュトルが追い込まれているのに変わりはないでおじゃる。
いいのかなぁ……ボーっとしてるとひどい目に遭うと思うんよ？
アトゥイЧくっ、無茶な真似をする。
おぉ～、やるなぁオシュトルはん。
やるなぁ、ではない。一人で突っ込んで……どうするつもりだったのだ？
だいじょうぶ、オシュトルはんならこうして背中守ってくれるって思ってたもん。
……当てにされるのは構わんが、これ以上の無茶は許さんぞ。
うひひ……それなら、しばらくウチの背中は任せるぇ？
このあと、面白いことが待ってるんぇ！
余裕か……いや、いつも通り。あぁ、任されよう！
まだでおじゃ！この程度の奇襲で、打ち破れると思ってるでおじゃるか？
さてな……だがこの一手で場の流れは某それがしたちが握った。
覚悟せよ。お前もろともこの國、我等が取り戻す！
勝利条件が変更されましたマロロの撃破
ひょほほほ、やった、やったでおじゃるよっЦひょーっほほほほほォっЦ
マロロ……
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ぐ、ぐぐぐぐぐぅぅ……
これで終わり。残念だけど、これ以上暴れないで欲しいかな。
貴様を守る兵はもういない……父の、皆みなの仇！覚悟せよЦ
…………
大人しく一緒に来てもらおう。お前に聞かせたいことが山ほど有る。
キチンと話を聞いて欲しいのです……貴方が思っていることは……
ひょほ、ひょほほほほほ……
マロロさん……
そうでおじゃるか……マロは追い詰められたでおじゃるか。ひょほほ……
何がおかしい。お前に最早もはや逃げ場はない。
貴様には報いを受けてもらう。我が國を攻め、多くの犠牲を出した報いをな。
やれやれでおじゃる……
ふざけているのかっ！くっ、こんな奴に……
イタク殿の気持ちは察する……だが、処断するのは待って頂きたい。この者には……
オシュトル殿にも事情はあるのでしょう。ですが、この者の不意討ちで、我がナコクの兵や民が大勢犠牲になった……
この者の命で償わせる事がせめてもの供養なのです。それでも、止せと仰るのですか……
イタクはん……
……ふぅむ、しょうがないでおじゃる。此度の成果はこんなものでおじゃるな。
そろそろ、マロはお暇いとまするでおじゃるよ。
逃す訳が━━！
危ないでおじゃるなぁ……
ぐ、うぅぅぅぅっЦ
熱っ……なんじゃ、自害でもするつもりなのかЧ
聖上、お気をつけください！
まさか……お前……っ！
言ったでおじゃろう、お暇いとまさせてもらうと。
マロロッЦ
ぐ、くそぉ……逃がしは……
危ないぇ、イタクはん。
この火の勢いじゃ、怪我だけじゃすまないかな。
イタク様、どうか……
くっ、ですが彼奴あいつを逃す訳にはっ！
いけないのです、この炎では……
ひょほほほ、追って来れないでおじゃろう？
待て、マロロ！話を聞け。某それがしは……
マロは忙しいので、最後の仕上げをしに行くでおじゃる。
最後の仕上げ？まだ何か策を持っているのか？
それでは御機嫌ようでおじゃる、オシュトル。
くっ……マロロっ！
随分大仰おおぎょうな真似するじゃない。まさかここまでするとはね。
あれが本当にあのマロロなのか……以前の様子とはまるで別人ではないか。
奴をそれほどまでに駆り立てるとは……
厄介な相手が増えてしまいましたね。
……そんな顔していたらダメだよ……ね？
大丈夫。マロはきっと判ってくれるかな。
……はい、姉あねさま。
な、なんですかЧ
くっ！火の回りが速い……ここも長くは保たぬぞ！
あの火の勢いだと……もう消し止めることは無理かな。
落ち着いている場合ではないですよ。早くここから出ないとっ！
悠長に構えている暇は無い。それにマロロをこのまま逃がすわけにはいかぬ。
追うしかないだろうな、奴の残していった言葉……気になる。
まだなんか隠してるみたいやしなぁ。楽しみやぇ。
兵達がまもなく城門を開きます。ここはソヤンケクル殿にまかせ、先を急ぎましょう。
私も……このままでは収まりがつきません。
とりあえず長居は無用って感じじゃない？
ああ、走るぞ……皆みな、炎には十分気を付けるのだ。
何だ、嫌な予感がする……早くヤツを止めないとマズイ……
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……派手にやっているようだね、我が娘たちは。
あ、ああぁ……歴史あるナコクの宮廷が……
隠し通路の出口が、この辺りにあると聞いていたからこそ、占拠していたわけだが……
まさか、こんな城壁のすぐ側に出口があるとはね……娘が増援をよこせって、いきなり現れた時は、驚いたよ。
なんてことだ……煙が……ますます濃くなって……
でもまぁ、城都を攻めあぐねていたから、助かったよ。手練れの連中をたっぷり城内に送り込めたからね。
オシュトル殿の加勢にも、城門を開くのにも、充分役だってくれるはずだ……
ソヤンケクル殿！イタク様は……イタク様は無事なのでしょうかЧ
無事であることを願っているよ。今は目の前の戦いくさに集中しようじゃないか。
あの場所で戦っている連中を信じ、ここを死守し、時が来るのを待つ……それが我等の戦いくささ。
うぅ……そ、それはそうなのですが。
シャッホロ兵
頭ァ、城門が開きやした！
おぉ、真まことでございますか！ソヤンケクル殿、ついに……
どうやら心配するまでも無かったようだ。彼等は見事、役目を果たしてくれたようだね。
さて、ではこちらもゆっくりしてはいられないな……
全軍に伝令を。朝廷軍を残らず討つ！野郎共Ц
シャッホロ兵達
「「応っЦ」」
あとは任せてくれよ、オシュトル殿。娘とイタクは頼んだよ……

潮時でおじゃるか……
終幕はすぐそこ……後は仕上げを御覧ごろうじろでおじゃるな……
マロロ、何処どこへ行く気だ。
おお、やっと追い付いたでおじゃるか。待ちくたびれてしまったでおじゃるよ。
ケホッ、燻製になるところやったぇ。
すっかり汚れてしまいました。帰ったら、お洗濯が大変ですね。
何もかも燃やすだなんて。采配師として失格だね。
にょほほ、気に入ってもらえたようで何よりでおじゃる。
何を考えているマロロ。何故なにゆえここで待っていた？
やはり舞台の幕引きは皆みなが揃そろっていた方が感動的でおじゃるからなぁ。
貴様……宮廷を焼き、この上何をするつもりだ。これ以上、好き勝手はさせない！
にょほほほほ、そう心配せずとも、マロ達は帝都に帰還することになったでおじゃる。
だから、もう安心するでおじゃるよ？
我が國をここまで踏みにじった貴様だけは……貴様だけは、このまま帰すわけにはいかないッ！
イタク殿、落ち着かれよ。
うぐ……
心を乱すと、海の神様アトイカロウンカミに攫さらわれてしまうぇ。
なるほど、帰す訳にはいかないでおじゃるか……
マロロは口元に不敵な笑みを浮かべている。
マロ、本当に何があった……
気になるでおじゃるか？
ぬッЧ
と言っても、もうすることは残ってないでおじゃるがなぁ。
この國での目的は、もう果たしたでおじゃる。言わば、もう用済みなのでおじゃるよ……この國は。
━━おのれッЦ
ガコン━━
ぐッЧな、何だ━━
何だ、今の揺れは。
……それにしても、さすがは帝ミカド御自おんみずからが建立こんりゅうせし橋でおじゃるなぁ。
まさにナコクの至宝。この國の者が誇りと思うのも頷うなずけるでおじゃる。
この橋は我等と聖上を繋ぐ忠義の表れ……貴様のような外道の輩が、軽々しく我等の誇りを語るな！
ふぅむ、どれほど大切な橋なのか、その思い、よ～く伝わったでおじゃるよ。
しかし残念でおじゃるが、これもマロに課せられた任でおじゃ。
オシュトルを貶めるためならマロは何だってするでおじゃるよ。
ところで……イタク殿。これが何だか判るでおじゃるか？
マロロが懐から静かに、透き通った棒状のモノを取り出す。
なっ━━Ч
何故なぜだ、なぜ貴様がそれを持っているЧ
イタクは、何をあんなに慌てておる？
……天ノ御柱あまのみはしら。
柱？綺麗ではあるが、ただの棒のようにしか見えないぞ。
彼がこの状況で出してきているのです。いわく付きのものでしょうね。
あれは……この橋を支える中枢。帝ミカドから賜りし宝玉……
あの玉によって、白磁イナヴァの大橋はこの形を保っていると言われています。
支える……ならばあれが破壊されでもしたらこの橋は……
はい、恐らく崩れ去ってしまうのではないでしょうか。
それがマロの手にあるってことは……
やっと合点がいった。容易たやすく宮廷を放棄し、ここまで逃げてきたのはこの為か。
ご名答。とても素敵な幕引きでおじゃろう？
コレまでの行動……最初からその腹づもりだったという訳か。帝都への足がかりとなるこの橋を崩す為に……
宝玉の安置所を知る者は極一部……
そう易々と見つけられるものではないはず……
マロは帝都より遣わされた采配師でおじゃる。橋に関する記録は、全て調べ尽くしたでおじゃるよ。
ああ、不幸なるはナコクに残った者たちでおじゃるなぁ。
き……さ、まぁぁぁぁぁぁぁッЦ
待て、イタク殿！挑発にのるな。
イタクは剣先を向けて切りかかろうと踏み出したが━━
さぁ、これより此度の終幕……とくと見るでおじゃるっ！
マロロが振りかぶる。イタクの一撃より、マロロがソレを地面に叩きつける方が早かった。
…………いけない。
この感じ……皆みんな伏せ━━
クオンの言葉が終わらない内に、激しい振動が皆に襲いかかる。
あまりの衝撃に誰も立っていられず、大きく体勢を崩した。
くっ━━
咄嗟とっさに膝をつき耐えるが、振動はなおも収まる気配なく橋全体を揺らし続けている。
ひょほほ……存外派手な音を立ててくれるでおじゃるな。
貴様よくも……よくもぉぉぉぉぉッ！
あっ……危ないぇ、イタクはん！
咄嗟にアトゥイがイタクの手を引き、上から落ちてきた瓦礫が直撃するのを避ける。
今のはちょっと危なかったぇ……イタクはん、大丈夫け？
ぐ、ぅぅぅぅぅううううう……っ！
なんてことを……今はこらえて！早くここから離れないと！
どうやら、戦っている場合では無いようですね。橋と心中というのもぞっとしませんし。
これで判ったでおじゃろう？帝都に━━ライコウ殿に弓を引くことの愚かさを。
此度の件で、エンナカムイに……オシュトルに与する者は、皆、震え上がるでおじゃろうな。
……くっ！
マロロ……
あやつのことは後じゃ……オシュトル、このままでは皆瓦礫の下敷きになってしまうぞ。
兄上、ここはもう保ちません！
皆みな、離脱するぞ！走れЦ
とにかく駆け抜けよ。橋を出たところで合流する！
ほら、イタクはんも急ご？ここにはもういられないぇ。
いえ、アトゥイさん……私は、あの者をっ！
ここで貴公まで亡くなれば、この國はどうなるとお思いか！
くっ……ぐぅぅ……
ここに残ったら約束、駄目になるぇ。
ウチを護るって言ったはずやぇ……
……わかりました。行きましょう、アトゥイさん！
逡巡の末、イタクはアトゥイと共に走り出した。その背中を黙って見送る。
…………
おや、貴公は逃げないでおじゃるか？
マロロは慌てる素振りすらなく、瓦礫越しに、一人残ったオシュトルを見据える。その顔には笑みすら浮かんでいた。
このままお前を残しては行けない。
ほぅ……マロを助ける為に留まったというわけでおじゃるか。
当たり前だ。まだお前には何も話していない。
……ひょほほ、ハク殿を使い捨てにしておいて、随分身勝手でおじゃるな。
そのようなことは断じてしていない！
断じて？ほぉ………貴公の言葉は随分と安いでおじゃるなぁ。
マロロ、何があった？何故お前は変わってしまったのだ？
変わったのは貴公の方でおじゃろう？
そうかも知れぬ。だが、それでも……お前を今のまま捨てては置けぬ！
うるさいでおじゃるッ！
聞く耳を持たぬか……だが、これだけは言わせてもらう。
たとえ敵味方となっても、お前は某それがしの真の友なのだ。
うるさいうるさいうるさいうるさいッЦ
マロロの叫びに反応するかのように、まるで二人を別つが如く、間の地面が崩れ堕ちる。
その手には……その手には乗らぬでおじゃる。逆賊匹夫ぎゃくぞくひっぷの甘言になど我が心は決して動かされぬでおじゃる……
再び遭いまみえる時には、その首、必ずや我が友に捧げるでおじゃる……
一際大きな轟音が言葉をかき消し、落ちてきた橋の一片がマロロの姿を隠す。
マロ……
戻らなければ……ここで死ぬ訳にはいかない。
…………っЧ
帰路も半ばを過ぎた所でネコネは立ち止まった。
まだ揺れの収まらない、今来た道を振り返る。
兄あにさまは……兄あにさまは何処どこですかЧ
まさか、マロを助ける為に……
一目散に駆け抜けよ……とおっしゃいましたのに……踏み留まられたのでしょうか？
世話の焼ける奴じゃ、オシュトルを助けに戻るぞ！
ご自重を、聖上。今行くのは危険です……まずは御身おんみの命を護ることをお考えください。
それは……そうじゃがっ！
くっ、私だけでも戻ります！兄上、待っていて下さい！
もう少し、待って。きっと戻って来るから。
だ、大丈夫ですよね……きっと帰って来ますよね。
今にも泣きそうなネコネを、クオンが抱きしめる。
姉あねさま……
大丈夫。あのヒトが貴女が泣くようなこと、すると思う？
でも……戻ってこなかったら……
ああ言ったんだもの……約束を破るようなヒトじゃないと思うな。
オシュトルはんの事やから必ず戻って来るぇ。
だから……ね？
…………はい。
振動が徐々に強くなり、目の前に広がる白磁イナヴァの大橋が形を失くしていく。
……きました。
兄あにさまっ！
ちょっと遅いかな。皆みんな心配したんだから。
クオンに同意するように、ネコネが自分の腕をギュッと掴む。
待たせてしまったな……すまぬ。
怪我は無いかЧ
……申し訳ありませぬ。
オシュトル様、御無事で良かったです。
それで……マロは？
無言で頭を振ると、クオンがわずかに視線を落とす。
そう……
旦那、ここも安全とはいえないじゃない。
ああ、急ぎ撤退せよ！

…………
どうやら収まったようだな……皆みな、無事か？
大丈夫。
何も問題ありません。
ん、んん……ぷはっ！うん、なんとか大丈夫ってとこかな。
けほっ、けほ……さすがにちょっとヒヤっとしたぇ。
かなり瀬戸際だったもの。間に合ってよかった。
あと少しでも遅れていたら、瓦礫がれきの下敷きだったかもしれんな。
なかなか味わえない経験じゃない。ちょいと刺激的過ぎるがな。
ケホッ、二度としたくない経験ですけど……
そのくらい軽口が言えるなら、心配いらぬな。
そうですね……皆みなさん、無事で何よりです。
イタク殿。貴公も無事でなにより。
足場が落ちる前に抜けられて良かったです。崩れてしまっては、どうなっていたものか……
寒気のする話だな。皆みんな、よく命を拾ったものだ。
しかし、橋ごとやるとはね。少しやりすぎじゃない。
橋は━━
橋は、舞い上がった塵ちりに阻はばまれて、見渡すことができなかった。
ひどい砂埃……何も見えない……
それに、口の中がざらざらして、目も染みるのです。
周りがどうなったのか、まったく見えないな。何とかならないのか？
確認できないうちは、動かない方が賢明でしょう。瓦礫の残りが、いつ落ちてくるかわかりません。
しかし、一刻も早くこの目で確かめなければ。
イタク殿、闇雲に走ると……
……すみません、やはり留まってはいられません！
イタクを追って、足元に転がる残骸ざんがいに注意しながら、砂埃の中を走りだす。
だが、あの破壊の規模だ……橋はきっと……
……帝から賜たまわった橋だ、きっと大丈夫のはず。
……あ━━
あっ……ああ、あ…………
これは……
橋が……跡形も無く…………
そんな……こんな事って……うぅ、ぐっ。
地面に散乱した瓦礫がれきも構わず、イタクが力なく膝をつく。
お父上の残した……この國の象徴が……
これはあまりに……
彼奴あやつめ、跡かたもなく崩しおって！許せぬのじゃЦ
目的はコレだったんですね。帝都へ続く道を無くす為に、ここまでするなんて……
影も形もないなんて……悪夢のようなのです……
……うううぅ、ああああっ！
イタク殿……
あまりの悲しみに肩を震わせ、無念の嗚咽を漏らすイタク。
ナコクの象徴として、あれほど誇りにしていた大橋だ。受けた衝撃は自分達の比ではないだろうな……
イタクはん……イタクはんは精一杯やったぇ。
私は……
呟くようにイタクが声を絞り出す。それを引き金に堰せきを切った様に言葉を続ける。
私は、護れなかった……
仇かたきを討ち取れず、挙句に橋も壊され……むざむざ見逃してっ！
イタクはんが悪いわけじゃないぇ。
いいえッ！
イタクが手近の積もった瓦礫がれきに拳こぶしを叩きつける。
これは我が咎とが……何もなせなかった私の……
父上にどう顔向けすればいいЧ死んでいった者たちに、どう詫びれば……
気に病むなとは言わぬ。だが、貴公は充分━━
こんなはずでは……私は一体何の為にっ！
……イタクはんはこの國の為に一生懸命やったと思うぇ。
いいえ！私が不甲斐無いばかりに、この國はっ……
壊れたものは仕方ないぇ。時間はかかるかもしれへんけど、作り直せばいいと思うんよ。
しかし……私のような者に何ができるのでしょう……
ウチも手伝うぇ。イタクはんにしか出来ない事が一杯あると思うなぁ。
……イタク殿、こちらに来てもらえるか。
オシュトル殿……私は……
戸惑うイタクを強引に立たせ、歩き出す。
ど、何処どこに行くというのですか？
よく見渡せるところへだ……
見渡す？これ以上何があるというんです。
そこならば答えが見つかるであろう。
……どうやら、待っていたようだな。
これは…………
眼下には、大勢のナコク兵が集つどいつつあった。イタクの姿を見つけると、腕を突き上げて声を挙げる。
……我が國の兵。しかもこんなに集まって。
ソヤンケクル殿の方も、万事上手くいったようだな。
オシュトル殿、いったいこれは？
この戦いくさ、我々が勝ったのだ。
勝った？
ああ、そうだ。無くしたものは多く、諸手もろてを挙げて喜べる勝利ではないかもしれぬ。
だが、彼等は……我々は取り戻したのだ、この國を……ナコクを。
しかし私は、皆の期待にも応えることが出来ず、その上、象徴たる白磁イナヴァの大橋まで……
確かに多くの犠牲を払った。白磁イナヴァの大橋も失った。だが、全てを無くしたわけではない。
この國に、私に、残されたもの……
悲嘆に暮れていたイタクの目には、傷付きながらも士気溢れる兵達の姿が映っていた。
……よく慕われているな。この者たちとならば、すぐに立て直せるだろう。
これに応えるのが漢おとこってもんじゃない。
イタク殿、何も出来なかったと嘆くより、貴公にはやるべき事があるのではないか？
……彼らはこんな私のことを信じてくれるのだろうか。
勿論やぇ。イタクはんが皆みんなの希望やぇ！
その前に、まずはイタクはんがしっかりしないといけないぇ。
どうなのだ、イタク殿。
……そう、ですね。私にはまだ、護るべきものがたくさん残っています。
オシュトル殿、アトゥイさん、そして皆さん、ありがとうございます。私は自分を見失ってしまう所でした。
イタクは唇を噛み、グッとこらえるようにして天を仰ぐ。
そろそろ、応えてやらねばな。
……ええ。
ナコク兵の注目を一身に集め、力強くイタクは腕を振り上げる。
皆みなの者……いま一度高らかに声を上げよ！
我等の……我がナコクの勝利だ！
イタクの力強い号令によって、ナコクの兵達がさらなる歓声をあげた。
……これでもう大丈夫だな。
ありがとうな、オシュトルはん。イタクはんを勇気付けてくれて。
某それがしは、自責の念でうちひしがれていた彼に、この國の未来を示しただけ。
アトゥイ、お前がイタク殿に希望を与え、この國に勝利をもたらしたのだ。
うひひ、照れるなあ。ウチは自分の好きなようにやっただけやぇ。
……この戦いくさではいろいろと無茶をさせた。感謝する。
あの奇襲の事？アレくらい平気やぇ。
あまりに遅く、万策尽きたかと思ったがな。
隠し通路もかなり使えなくなっててなぁ。最後は出たとこ勝負やったんよ。
でも、オシュトルはんなら遅れても、何とかしてくれるって信じてたしなぁ。
某それがしは万能ではない。今回はアトゥイの勘と腕に任せるところが多かった。
そうけ？まぁ、ちょっとは楽しませてもらったかもなぁ。
上手くいったからといって、無茶をすすめてはいないぞ。
厳しいなぁ……
アトゥイはあまり反省の色がない快活な笑みを浮かべる。
背中を預けた時はすごく爽快やったぇ。アレ、またしようなぁ。
ああいう局面は、無いほうが良いのだがな。
ええーっ……つまらないぇ。
……戻ったか。
暗闇の中、ライコウの前にマロロの白い顔が浮かび上がる。
……課せられた任、しかと果たしたでおじゃる。
ナコクと帝都を繋ぐ橋は崩落……跡形も無く、行き来はまずもって不可能となったでおじゃる。
ご苦労であったな。悪くない働きだ。だが……
やはり、貴様では彼奴あやつの命は掴つかめなんだか。
元より此度の戦いくさで、彼奴きゃつの命を取ろうと思ってはおらぬでおじゃるよ。
マロはただ、帝都に刃向かう愚かさを、彼奴きゃつに警告したまで。
ほぅ……大した余裕ではないか。だが、慢心したか……あるいは……臆したとも見える。
まぁ、好きにすればよい……
貴様が奴をどうしようと、俺の筋書きに変更は無い。
貴様の才は買っているのだ……次の働き、期待しているぞ。
……はっ。
マロロは音もなく下がる。後には悠然と佇たたずむライコウだけが残された。
またもや、オシュトルをし損じたか……
だが、白磁イナヴァの大橋は完全に破壊された……それでよい。
あれこそが帝ミカドの絶対的な力の証。そして甘やかされ庇護されてきた……無力で無知なヒトの象徴。
我々は物乞いではない。ただ与えられ、子どもの様にはしゃぐ時代は終わった。
橋が必要なら、自らの力で、作り出さねばならぬ。それこそが、正しいヒトのあり方なのだ……
ライコウは、何かに挑むかのように虚空をにらみ、思いを巡らせる。
あの橋を砕いたことで、帝ミカドの絶対的な権威も砕けた。新たな時代の到来に、皆気づいた筈……
俺はついに！ヤマトの民を覚醒させ、その揺ゆり籠かごを奪うものとなったのだ！
やはり、もう行かれるのですね……
焼け落ちた宮廷に代わって、急遽、仮の謁見の間が設けられ、そこで別れの挨拶を交わすこととなった。
エンナカムイをこれ以上、空けてはおけませぬ故。
奴は━━マロロといいましたか、あの者を逃がした為に、急を要するのですか？
某それがしの居場所を知られた今、留守を攻められんとも限らぬ。
囮役を担になっているオーゼン殿に、あまり負担を掛ける訳にはいきませんからね。
奴等も帝都へ続く道という憂いを絶ったいま、次の手を打ってくるはず。
オシュトルがいない隙を突かないわけないものね。
非道の所業をもやってのける者です。警戒して当然かと思いますが……なんと慌ただしい別れであることか……
すまぬ。だが、某それがし達の戦いくさは、まだまだこれから激しくなる故。
苦労の種は尽きぬ……ということだね。帰路は私が、可能な限りの速さで送り届けよう。
我等も充分、ご助力を頂きましたが……戦いくさはまだ続き、助けを必要とする人々はたくさんいるのですね……
全ては聖上のために。
はい……そして、戦乱の時代は終わらせねばなりません。
救って頂いたこの國を、私は必ず復興させてみせます。
一日も早くヤマトの平和に貢献出来る國となれるよう、この身を捧げる覚悟です。
……どうやら、すっかり持ち直したと見える。
民達が復興の為、日夜汗を流すというのに、私が彼等の先頭に立たなければ、父上に笑われてしまいます。
そう答える皇子の表情は穏やかで、決意の固さを窺うかがわせる。
民の為、か……
もう心配は無用だな。あとはイタクの手腕に委ゆだねよう。
イタクは膝をつき、深く頭を下げた。
アンジュ姫殿下……いえ、聖上。この度はありがとうございました。
よいよい、面を上げよ。当然のことをしたまでじゃ。余よの民を救うのは当然のことじゃからな。
勿体なきお言葉。
聖上……
んおЧそうじゃそうじゃ、余よはお忍びじゃからな、余よはここにはおらんのじゃったな。
……まあ、いいか。
それから、エンナカムイの皆さま……
イタクは姿勢を構え直し、再び頭を下げた。
この度の戦いくさ……あなた方のご助力なくして勝利はありえませんでした。礼など言い尽くせるものではありません。
しかし、数多くの犠牲を生み出してしまった。
いいえ、それでも勝利を手にすることが出来たのです。むしろここからは、我等が新たな門出をする番です。
新たな、門出……？
この戦乱の時代、破壊と混乱だけが全てでないことを証明するつもりです。
復讐は、剣のみにて成すものに非あらず。私は、新たなナコクを築く事で意趣返しとします。
復興を成し遂げ、以前よりもさらに素晴らしい國を作りあげてみせます。
そして、いずれ新たな帝ミカドの為に築きましょう━━
あの橋より、更に堅く強固な平和と繁栄という名の橋を……
聖上、どうか、この誓いを覚えておいていただけますか？
うむ、其方そなたの真っ直ぐな言葉、しかとこの胸に届いた。新たなナコク皇よ、期待しておるのじゃ！
有り難きお言葉……
ナコクともお別れか……もう少し落ち着いてこの國を見たかったかな。
ああ、ここまで強行軍だったからな。まだこの國を欠片かけら程度しか見ていない。
来る時も、帰る時も急ぎ足で……仕方ないのですけど、何かをする暇いとまもありませんでしたね。
ふふっ、次にこちらを訪れる時は、ゆっくりしたいですね。
……でも、まだまだ先の話になりそうなのです。
しばらくは此処に来ることも無いだろう。
そっか……それじゃあ、ここでしばらく皆とはお別れになるなぁ。
えっ……アトゥイ、それって。
……そうか。ここに残るのだな。
手伝うって、イタクはんに約束したんよ。頑張って復興させるんぇ。
本当にいいの？随分と悩んでるように見えたんだけど。
あの様な感じのアトゥイも珍しかったからな。
そうけ？まぁ、今回こそはって思ってたからなぁ……
イタクはん、とってもいいヒトやしいいかなぁって……
そういう訳やから……オシュトルはんも、元気でな。
ああ……アトゥイこそ、これまでのようにぐうたらして、愛想をつかされぬようにな。
オシュトルはん、ちょっと酷いぇ。
最後くらい、からかっても良いであろう。
いけずやなぁ……それじゃあ、行ってくるぇ。
……世話になった。
うん！また。
アトゥイは振り返ることもなく、駈け出していく。
ちょっと静かになっちゃうかな……
出会いがあれば、別れが必ず来るのも道理だ。だが……
背後の扉に向かって話しかける。
これで宜しいか、ソヤンケクル殿。
娘の決めたことだからね……あの子の自由にさせてやりたいのだよ……
奥の間で、影ながら娘を見守っていたソヤンケクルは、どこか寂しそうに呟いた。
ʐ
もうナコクがあんなに遠く……
帆に夜風を受けた船はぐんぐん波を掻き分けて、海の上を滑るように進んでいく。
いい國になるんじゃないかな。
はいです。
ああ、イタク殿があの調子なら、きっと大丈夫であろう。
それに、イタクさんには頼もしいヒトも側にいるんだし。
……おぉ、旦那！ここにいたのか。こっちに来てくんな、もう始まってるじゃない。
おしゅ、おそいぞ！はやく、はやく！
どうしたのだ、二人とも。そんなに騒いで……
って、始まっている？なにが……
いいから、いいから！
旦那がいないと盛り上がらねぇ。海見て物思いにふけっている場合じゃないじゃない。
腕を引っ張られ、人の集まる甲板の中央へと連れて行かれる。
おう皆、主役を連れてきたじゃない！
きたぞー！
こ、これは……宴か？
甲板では戦勝記念の酒盛りが始まっていた。辺りには酒の匂いが漂い、乾杯の声が響く。
ずいぶん盛り上がっているな……
ああ、もう、あんなできあがっちゃって……
うふふ、クーちゃんたら……誰が……できあがっているのです？
そうなんです。皆みなさん、大層召し上がられて。お躰に障らなければいいのですが……
みんなおおさわぎだ！かいぞくのおっちゃんたち、すごいのみっぷりだぞ！
さすがはアトゥイの故郷の者たちだな。まるで水でも飲むように、酒を飲み干していくぞ。
主あるじ様。
さぁ、一献お召し上がり下さい。
まだ油断できる状況ではないのだがな……
むぅ……オシュトルは堅いのじゃ。せっかくの宴、賑にぎやかにいかねばな。
余よの隣りに来るのじゃ！
……聖上、民の前です。
オシュトル殿の言うとおり、自粛をお願いしたく。
はは、いいではないですか。戦いくさの終わりの宴は無礼講、堅苦しいのは止めないかね。
ソヤンケクル殿……もしやこの宴は貴殿が？
向こうでは宴をやる暇ひまがなかったからね。こういうのは嫌いかい？
いや、そういう訳ではないのだが……
結果はどうなろうと、戦いは終わった。宴を開き、しっかり幕引きをしないと、我等としても区切りがつかないのだよ。
すまないが、我等の流儀につきあってもらうよ。
ソヤンケクル殿がそこまで言うのなら、異論はない。考えが至らぬのは某それがしの方だったようだ。
それに……これは言わば、同盟の盃を交わす宴でもあるんだ。
同盟の盃？
今回の戦いくさで、ナコクを取り戻す為に我々は君達……エンナカムイ側についた。
ただ、その関係をはっきりとは明言してこなかった。
だからこそ、今ここで盃を交わそうと思ってね。
この先もずっと君達とは一蓮托生だ。運命を共にするという意味の盃なわけだよ。
それでは……シャッホロはナコクの件に留まらず、エンナカムイに最後まで協力していただけると？
最早、乗りかかった船と言うことだ。最後まで共に行ゆく方が面白いとは思わないかい？
有り難き話だ。この先、貴殿のお力を借りられるとなると心強い。
それに、この同盟はあの子……イタクも喜んでくれるだろうからね……
委細承知。シャッホロとのより強固な関係は何物にも代えがたい。
ただ、しばらくはナコクの援助で手一杯になるだろうね。
確かにあの被害では、独力で盛り返すには時間が掛かるだろう。
イタクはもとより息子の様なものだ。できる限りの支援をしていきたい。
ナコクの復興に目処がつき次第、君たちの御旗の下に立つ事を約束しよう。
それがあの子の望んでいる事だろうしね……
万事了解した。その時が一刻も早く訪れるのを願うのみ。
私も良い返事が聞けて嬉しいよ。オシュトル殿、待っていてくれたまえ。
……さて、そろそろ堅い話は終わりにして……固めの盃といこうか。おい、アレを持ってきてくれ。
ソヤンケクルの言葉を受けて、船員達が厳重に封がしてある瓶かめを幾つか運んで来る。
なんだかとても仰々ぎょうぎょうしい甕かめだけど……それってお酒なの？
その通り。ふさわしい場にはそれ相応の酒がいる、ということさ。
私の秘蔵の逸品でね……機会がないと出さない貴重な酒なんだ。
ひゅ～、八柱将が一人の秘蔵の酒かい……楽しみじゃない。
それはそれは、さぞかし素晴らしい酒だろう。是非、御相伴に与あずからねば。
瓶かめが開けられ、盃に注がれた酒が手元にいき渡ると、辺りに甘い香りが漂う。
……いままでに嗅いだ事がない酒の匂いだな。
私の國の地酒でね、ハラウ……「憩いの水」とも呼ばれている。
普通はすぐに飲んでしまうのだが、これは出来のいいのをさらに何十年も熟成させたものでね。
さ、飲んでみたまえ。私の口からあれこれと聞くよりも、まずは味わって欲しい。
まさしく。では……
ソヤンケクルの言葉に促され、皆は溢れんばかりに注がれた盃を傾け、ゆっくり喉へと流し込んでいく。
あっ、美味しい……
癖があって独特だが……これはキツイ。
うん……こんな風味のお酒、あまり飲んだ事がないかも。
確かに君達には飲み慣れない味かもしれないね。これはシャッホロに生えている、トゥペンプカリという甘い蔓から作った酒なのだよ。
おやつ代わりに齧かじると甘くて旨いのだが、こうして酒にすればまた格別でね。
確かにこれはいけるじゃない……だが、ちょいとちびっ子にはキツイかもしれないねぇ。
そうですか？甘くてとても飲みやすい気がしますけど……
いや、酒が苦手な者はあまり飲み過ぎないほうがいい。おそらく、ヤマトで一番強い酒だと思うからね。
えっ……
その通りかも……とても飲みやすいけど、酒精が強いみたい。
キウルはあまりお酒が強くないから、飲みすぎると大変だよ。
は、はい……気をつけますが、その時はお願いします。
すまないね。海の上で、真水は保存がきかない。
だからリンタンの実を飲料水替わりにするんだが、これも熟成してすぐ酒に変わってしまう。
そのせいで普通の酒は飲み慣れてしまってね。祝いの酒は、このくらい強烈でないと飲んだ気になれないのだよ。
なるほど……だが、これは美味い。独特の風味がまた格別に良い。
確かに美味い……結構な逸品を持っているのだな。さすがアトゥイのお父上だけはある。
この甘さがなんだか癖になりそう……
あっ、でもウニンカを絞ったらもっと美味しく飲めそうかな。
あいにくだが、船の上では新鮮な果物は用意できないのだよ。
だが、乾燥させた果実ならいくつかある……添え物としていかがかな、お嬢さん？
うん、美味しい！ルルティエもこれなら飲めるんじゃないかな？
ありがとうございます……んくっ……わぁ！お酒はそこまで強くないけど、これだと大丈夫みたいです。
こういうのもいいねぇ……酸味が甘みを引き立ててたまらないじゃない。
うむ、これはさらに酒が進むな。幾らでも飲めてしまう。
さすがは姉上……と言いたいところですが、この分では水が必要になりそうですね。
何故だ？味が薄くなるではないか……
いえ、そういう意味ではなく……明日の朝にでもお持ちします。
……まぁいい。うむ、このトムネカもいい感じだ。
ウニンカもうまいぞ！すっぱい、すっごくすっぱいぞ！
おいおい、食べ過ぎないでくれよ？つまみが無くなるじゃない。
むぅ……かんがえておくぞ。
口いっぱいに頬張って……これは残りそうに無いな。
どうやら皆みんな、気に入ってくれたみたいだね。
そのようだ。貴重な品を味わわせてくれて感謝する。
せっかくの晴れの席だ。とっておきを開けない訳にはいかないだろう。
オシュトル殿……君もおかわりはいらないかな？
頂こう。某それがしもまだ飲み足りぬ。
ソヤンケクルが差し出す徳利を、盃で受ける。
……いい酒だ。本当に飲み過ぎてしまうかも知れぬな。
これはシャッホロの血といってもいい代物なのだよ。誰もがこの酒を好んでいる。
船上で、我が家で、戦いくさ場で。我が民はこれを糧にして生きる……それほど愛されているのだ。
だから「憩いの水」と呼ばれているのか……
娘もこれが好きでね……事あるごとに飲んでいたものだよ。
ただ、かなり強い酒だ。毎度飲み過ぎてしまって、宴の後など色々と大変だったものだ。
……まるで目に浮かぶようだ。
こちらでも、同じ様な光景を繰り広げていたものだ。某それがしも、よく世話をさせられた。
ははは、変わらんなあの娘こは。何処どこにいても……
…………
やはり、気掛かりと見える。
急に押し黙り、夜空を見上げたソヤンケクルに言葉と共に徳利を差し出す。
自分の娘だ。当たり前だろう。今回の話……無理強いしてしまったかもしれない。
あの娘がいま、どんな思いかはわからないからね……
ナコクに行けば何時いつでも会えましょう。それが何時いつかは、わかりませぬが。
無論、ナコクに立ち寄った際には、真っ先に会いに行くつもりだが……本音を言うと、今すぐにでも会いたい気分だよ……
湿っぽくなってしまったね。それはそうと、これからよろしく頼むよ、オシュトル殿。
こちらこそ、ソヤンケクル殿のお力添えを……大いに期待する所存。
どちらともなく互いに盃を掲げ、同時にその中身を飲み干す。
……これで心と心の同盟も成ったね。さぁ、今宵の宴を楽しもうじゃないか。
ええ、新たな同盟を祝し、存分に楽しみましょうぞ。
……向こうはまだ盛り上がっているようだな。元気だな、海の者達は。
少し離れた場所からも、宴もたけなわな様子が窺うかがえる。いつまでも賑にぎやかで、終わる気配がない。
うむ、潮風が心地いい……酒で熱くなった体には丁度良いな。
皆みなで飲む酒も美味いが、潮風を肴サカナに月見酒というのも、また格別……
……お前もそう思わないか？
闇の向こうにいる気配に声を掛けるも、沈黙のみが返ってくる。
そうか……だが、一人で楽しむにも惜しい。
せっかくの良い酒だ。良ければ付き合ってはくれぬか？そら……
影へと向けて盃を放ると、まだ姿が見えない何者かがそれを受け止める。
…………いいのけ？
ああ、話し相手がほしかったところだ。構わぬだろう、アトゥイよ。
そんなに言うんなら……お言葉に甘えようかなぁ。
陰から現れたアトゥイが差し出してきた盃に、酒を注ぐ。
この匂い……とと様秘蔵のアレ、出したのかぁ。とと様気前がいいぇ。
ふさわしい場にはそれ相応の酒がいる、ということだそうだ。
アトゥイの故郷の酒なのだろう？ソヤンケクル殿から、これが好きだと聞いたが……
うん、なんや懐かしいぇ。最近、ご無沙汰で飲む機会も無かったしなぁ。
アトゥイがゆっくりと盃を飲み干し、頬を緩ませる。
相変わらず美味しいなぁ。でも、これに乾燥したウニンカ入れるともっと……
向こうでまだ宴をやっている。そこにならあるだろうが……行ってきたらどうだ？
うぅん、いまはやめておく。ウチももうちょっと、風にあたっていたいし。
それにオシュトルはんと二人で、もう少し一緒に飲みたいぇ。
そうか……
はい、オシュトルはんも。空になってるぇ。
ああ、頂こう。
心地よい潮風が流れる中、互いに無言のまま静かに盃を傾ける。
……何も聞かないのけ？
アトゥイは、何があったか聞いて欲しいのか？
そういう訳やないけど……でも、少しは興味持って聞いてくるかなって思ったんよ。
ナコクに残るってお別れしたのに、戻ってきたんぇ。どんな顔して出ていけばいいのかわからんぇ……
自分で出した結論なのだろう？こうして、某それがしたちの元に戻ってきたのは。
随分悩んでいたからな。某それがしが口を挟んでどうこうしようとは思わぬ。
こちらの答えに納得したように、アトゥイは盃の酒へと視線を落とす。
あっ……そういえば同じやぇ、砦でオシュトルはんと……それにイタクはんと話したときと。
あの時も月がまん丸で綺麗やったなぁ。今日のとおんなじくらいに……
盃を片手に見上げる夜空は、雲が途切れて丸い月が姿を現している。
あの時には、イタクはんとこういうお別れになるなんて思いもしなかったなぁ。
しかし、イタク殿がよく了承してくれたものだな。
イタク殿は最初からそのつもりだったし、アトゥイの目にもいい漢に映ったのだろう？
そうやったんやけど……ふられちゃったみたいやぇ。あはは……
イタクはんは、自分はまだ力不足なことに気づいたって……
アトゥイさんの瞳の中にいる、想い人には勝てない……って言い出して。
今なら間に合うからって、この船まで送り届けてくれたんぇ。
その時のうちには、よくわからなかったけど……
アトゥイの目が、ふと自分を映して止まる。
……どうかしたか？某それがしの顔になにか……アトゥイ？
アトゥイの瞳に自分の姿があると認められるほどに、その顔が近くなって━━
んっ━━？
柔らかい唇が一瞬だけ触れて、すぐに遠ざかる。
こちらが目を丸くするより、アトゥイ自身の方が驚いているようだった。
これは……どういう意味か、計りかねるのだが……
あ、あれ？ウチ……なにしてるのけ？えっ……
いや、当の本人が一番慌ててどうする。尋ねたいのは某それがしの方だ。
そ、そう……やね。あやや……なにしとるのけ、ウチは……オシュトルはんを……と見間違うやなんて……
なぁなぁ、もしかしてオシュトルはん……
……ううん、何でも無いぇ。
アトゥイ？
そ、そうや。そろそろウチ、皆みんなに挨拶してくるぇ！
……待て、アトゥイ。
う……な、なに……け？
戸惑うアトゥイの様子をみて、思わずため息をついてしまう。
そのように顔が赤いと心配される。少し覚ましていけ。
え……う…………でもなぁ。
それに、酒に付き合ってくれといっただろう。まだ軽く呑んだだけ……しばらく酌み交わそうではないか。
……ほら、盃が空だ。遠慮するな。
振られたのだろう？ならばいつも通り、ヤケ酒にでも付き合うとしよう。
オシュトルはん……そっか、いつも通りか。ずっと……オシュトルはんのままで、いるんやね……
アトゥイはホッとしたのか、いつもの彼女らしくない、どこか大人びた笑みを浮かべた。
どうした？
そっか、それじゃああと少し……うぅん、とことん付き合ってもらうぇ？
手加減してくれると助かる。飲み過ぎてしまったアトゥイの世話は、毎度の事ながら大変なのでな。
手加減かぁ……
ちゃんと朝まで付き合ってくれるなら、ゆっくり飲んでもいいかもなぁ？
朝まで飲むのを、手加減しているとは言わぬぞ……まったく、勘弁してほしいものだ。
空の盃に酒を注いでやる様を、アトゥイは目を細めて見守っている。
そっか、こういうことか……きっとそうなんやろうなぁ、ふふ……
イタクはんが言ってた人って……ずっとここに……
……どうした、えらく機嫌が良さそうだな。
ううん、なんでもないぇ……
アトゥイは海に向けて盃を挙げるような仕草をした。
海の神様アトイカロウンカミも一途やったんかなぁ……
これからもよろしゅうなぁ……おにーさん。
а
а
ナコクより戻って数日後……。
軍の常備薬備蓄の内容を確認するためクオンの部屋へと向かっている途中、ネコネから声をかけられた。
兄あにさま、姉あねさまの所に行くですか？
ああ、少し用事があってな。
それなら、今日は止めておいた方が。姉あねさま、少し具合が悪くなって横になっているですから。
具合が……大丈夫なのか？
ただの風邪だから、少し横になれば良くなると言ってたですが……
たぶんナコクから戻って、姉あねさまも安心したのです。ずっと気を張っていたですから。
そういえば、昨夜辺りから何やら気怠けだるげな感じだったな。
顔も赤く、時々咳込んでもいたが……
お仕事が一段落したので、ちょっと様子を見に行ってくるです。何か言伝ことづてはあるですか？
そうだな……ならば、某それがしも行くとしよう。
兄あにさまもですか？ですが、もし兄あにさまに感染うつったりしたら……
なに、心配はいらぬ。それに後で見舞いに来なかったと恨み言を言われてはかなわんからな。
そしてネコネの頭をクシャリと撫でた。
あのクオンが風邪とか。これが鬼の霍乱って奴か？
どうせ長風呂しすぎて湯冷めでもしたんだろうが、こんな珍しいものを見物しない手は無いからな。
失礼しますで……あっЧ
クオン、具合はどうだ？
あら、オシュトルさま。お見舞いに来てくれたんですね。
ひゃあЧ
部屋に入った瞬間、ゴン━━、と水の入った桶が顔を直撃した。
んごッЧ
あ、兄あにさま！
景色が暗転する瞬間、網膜に焼き付いたのはクオンの白い背中だった。
………
ずぶ濡れの髪を拭いながら、枕元に座る。クオンは、布団にくるまり、こちらに背を向けたままだ。
もう、クーちゃん、折角お見舞いにいらして下さったのに。
姉あねさま……ごめんなさいです……
……ううん、ネコネのせいじゃないかな。ちょっと……びっくりしちゃって。
ったく、その度に酷い目に遭うこっちの身にもなってくれ。
思いの外、元気そうだ。その様子なら心配はいらぬな。
だ、誰かのおかげで熱が上がりそうだけど……クシュン！
ほら、まだ治っていないんだから、無理しちゃ、めっ！ですよ？
うぐ……
のぼせたからって、裸のまま寝ちゃったりするからです。うふふ、いつまでも子供なんだから……
……ホントにそうだったのか。
あ、姉あね……さま？
ちょっとЧフミルィル、ナイショにって……ケホっ、ケホケホ……
さぁさぁ、判りましたから横になって下さい。
ネコちゃん、新しく水を汲んできますから、しばらくクーちゃんをお願いしてもいいですか？
あ……はいです。
ごめんね、フミルィル……
クーちゃん、病気の時くらい、周りに甘えてね。それではオシュトル様、クーちゃんをお願いします。
フミルィルは空の桶を携え、部屋を出て行った。
姉あねさま……具合はどうですか？
大丈夫だよ、この通り起き上がったって……あ、あれ……
あ、姉あねさま！
ほんと、大丈夫だから。ちょっと……目眩というか……
姉あねさま、無理しちゃダメなのです。
もう平気だって言ってるのに……
そうは言うものの、やはりまだ顔は赤く、熱があるように見える。そもそも、水の入った桶を投げるなど、いつものクオンでは無い。
薬師くすしの不養生というやつか。薬師くすしならば無理をせず、今は治すことを優先すべきであろうに。
うぐ、言い返せない……
兄あにさまの言う通りなのです。あまり無理をして兄あにさまの時みたいに……
姉あねさまが倒れたまま……そのまま……
そう言いつつ、ネコネの顔が次第に曇ってゆく。
ネ、ネコネ？
…………
不味い、これは以前自分が寝込んでいた時のことを思い出したか。
と、とにかくクオン、今は大人しく休め。
そ、そうだね、うん。やっぱ、病人は寝てないとダメだよね。
クオンもそれに気付いたらしく、慌てたようにイソイソと布団の中へ戻っていった。
姉あねさま……
クオン！倒れたと聞いたが、大丈夫かЧ
勢いよく開け放たれた扉のほうを見ると、ノスリがズカズカと歩み寄ってくる。
ノスリ、静かにな。
む、すまない。心配だったので、ついな。
お邪魔します、クオンさん。お加減はいかがですか？
うん、ホントはもう平気なんだけど……
しかし、まさかクオンが寝込むとはな。
寝耳に……なんとかとか、青天の……うんたらとか？予想のつかないことも起こるものだ。
感慨深げにノスリが頷く。
ところで、風邪とはどんな感じなのだ？
……え？
私は生まれてこの方、寝込んだことが無いのでな。どういう感じなのか教えてくれないか？
それって……
どうかしたか？
う、ううん、何でもないかな。
戸惑うクオンの言葉を待たずに、ノスリは続ける。
あ……いかん。見舞いの品を忘れていた。
あ、いいよ、そんなに気を使わないで。
遠慮がちに首を振るクオンだったが、ノスリは気にせず話を続ける。
そういえば前に行商の者から買い付けた菓子があったな。あれは美味かったし、あれなら……
あれでしたら、もうありませんが。
な、なに？もう無いのか？
手に入れたその日のうちに、姉上自身がお召し上がりになったり、気前よく分けてしまったではありませんか。
あ……そうだったな。すまないクオン。またあらためて持ってくることにしよう。
……そう言いつつ、また忘れそうな気がする。
すると再び、足音が聞こえたため振り向くと、さらなる客人が姿を現した。
ちょいと邪魔するぜ。
おう、じゃまするぞ。
失礼します。
ヤクトワルトにシノノン、キウルがそこにいた。
シノノンは肩車されていたが、クオンが床にいるのを知ると、降りてトコトコ近付いてくる。
お前達も見舞いか？
軽くなった体をひょいと屈めるヤクトワルトの横で、キウルは深く頭を垂れてから座る。
そんなところじゃない。特にシノノンが見舞いに行きたいって聞かなくてな。
あねご、かぜか？みまいにきたぞ。
シノノンちゃん、具合の悪いヒトには、もう少し静かにね。
お～、そうか……
それでクオンさん、御加減はどうですか？
うけとれ、おみやげだぞ。
差し出したその小さい手には、可愛らしい桃色の花が握られている。
ふふっ、かわいいお花……みんな、ありがと……
みまいには、はながいちばんだな。
でも、これは木の高い所に咲く花なのです。よく取れたのです。
まぁ、キウルが肩車をな。
オレがしてやるつもりだったんだが、シノノンの奴が、キウルがいいと駄々をこねるじゃない。
あはは……
キウルが乾いた笑いを返す。
これで、きっとすぐによくなるぞ。
ありがと、シノノン……
うひひ、かわいいお花やなぁ。
いつの間に来たのか、アトゥイが嬉しそうに花を見つめていた。
━━いつからそこに？
ついさっきなぁ。そうそう、ウチもクオンはんのお見舞い、持ってきたんよ。
その可愛いお花にあう、可憐な花瓶や。
アトゥイが腕を差し出すと、その先には紫の紐につるされた酒瓶が揺れている。
それの何処が、可憐な花瓶だ？
え？この模様が可愛えと思わん？
しかも、薬入りやもん。何ともお得な花瓶やぇ。
どう見ても、酒が入っているようにしか見えないがな。
酒は万薬まんやくの長というやないの。卵入れたら、風邪にもよく効くぇ。
そんで飲み終わったら、花をさせば素敵な花瓶の出来上がりやぇ。
なんの含ふくみも無い、満面の笑顔。
何時ものごとく悪気は無いんだろうが、病人にこれはどうなんだ？
クスッ……
クオン？
あ、ううん、ちょっと知り合いと同じ事を言っていたのを思い出しちゃって。
熱いお風呂入って、お酒飲んで寝れば何でも治るって人だったから……
そういってクオンが、困ったような苦笑いを浮かべる。
ダメなのです。お酒は許可できないのです。
あやや、そうけ……
シュンとなるアトゥイ。
ありがとう。気持ちだけ、受け取っとくね。
うひひ、どういたしまして。
あの、失礼します。
そこにルルティエとムネチカが入ってくる。
お加減はどうか？
クオンさま、頼まれていた気晴らしになりそうな書物を、何冊か見繕ってきました。
ありがとうルルティエ。退屈で困ってたんだ。
小生は、これを。
そう言って差し出してきたのは、布が被せられた蟲かごだった。
少しは慰めになればと思ってな。
綺麗な鳴き声……ありがとうムネチカ。嬉しいな……
それと……
微笑みつつ、ルルティエがチラリと襖ふすまの方へ目をやる。
聖上、そんな所で如何いかがなされた。
そこにはアンジュが、おずおずと顔を覗かせていた。
アンジュも……
さあ、聖上。
う、うむ、仕方がないの。
ムネチカに促うながされ、アンジュが渋々という風を装いつつ、入ってくる。
其方そなた、風邪を引いたそうじゃの。仕方の無い奴じゃ、余よは風邪を引いたことなど一度もないというのに。
うん、何となくそんな気はしてた。
ならば、其方そなたにコレをくれてやろう。
そう言って恥ずかしそうに視線をそむけながら、懐から赤い果実を差し出す。
ルルティエから聞いた。風邪によく効くそうだ。
ちょ、ちょうど近くに生なっていたのでな。クオンにやろうと思ったのじゃ。
私わたくしに？
ああ、これを食べて早く元気になるのじゃ。でないとつまらぬからな。
ありがとう、アンジュ。
べ、別に其方そなたを心配したとかではないぞ。
うん、ありがとう。
うひひ、お姫さま真っ赤っかや。
な、何を言う！そんなことありえぬのじゃ！
そうけ？でもこんなに。
そうプニプニと頬を突つつく。
ぐぬぬぬぬ。
あはは、それじゃあいただくね？
クオンが果実を口にしようとする。
待った。
少々お待ちを。せっかくですので食べやすくなるよう、一手間かけてみては如何いかがでしょう。
どこから現れたのか、手に盆を持ったウルゥルとサラァナがそれを制止する。
お前等、いつの間に……
摺り下ろす。
吸収しやすくすれば、その果実の効用をより望めます。さすれば熱も早く下がるでしょう。
あ……
二人はクオンの持っていた果実を手に取ると、それを摺り下ろし始める。
珍しいな、お前達がそこまでクオンを気遣うなど。
困る。
クオンさんには元気になっていただかないと、いろいろと差し支えることがありますので。
あ、ありが……と。
待つのじゃ！余が採ってきたのだから、それは余がするのじゃ！
そう言ってアンジュは、早速摺り下ろそうと鉢を手に取る。
それではダメ。
お待ちください、姫殿下。そんなに力を入れますと、えぐ味が出てしまいます。
そうなのか？なら、どのようにすれば良い。
焦らず、ゆっくり。
力を入れず、丸く円を描くように摺り下ろします。そうすれば、えぐ味が出ません。
こ、こうか……
時々、ウルゥルとサラァナに指摘されながら、アンジュがゆっくりと果実を摺り下ろしていく。
それを見守る者、声をかける者。部屋は先程までとはうって変わって賑やかな様相だ。
もぅ、風邪がうつっちゃうかもしれないのに……
その言葉とはうら腹に、クオンは嬉しさを隠しきれない様子だ。
……でも皆みんな、ありがとかな。お見舞いに来てくれて。
まあ、皆みんなの思いやりが一番の薬か。
まあ……皆さんお揃いで。うふふっ、クーちゃんが小さかった頃を思い出します。
うん……でも、友達のお見舞いなんて初めてかも。
……そうか。
うん……お父様に、お母様達。家族だけだったから……
本当に……本当に……
ど、どうしたの、フミルィル？
クーちゃんにお友達が出来るなんて……何だか嬉しくて……
フミルィル……
今までお友達を作ろうとしても誰一人……クーちゃんにお友達……
何だろう、喜んでくれてるのは判るんだけど、微妙に嬉しくない……
うむ、できたぞ！
そうこうしている内に、アンジュの果物も摺り終わったようだ。
丁寧に摺り下ろされた果実は、鉢の中で瑞々しい輝きを放っていた。
さあ、クオン！これでさっさと元気になるのじゃっЦ
そう言って、アンジュが鉢を持ち上げた瞬間。
あ。
勢い良く持ち上げたせいで、鉢の中身を盛大にぶちまけられた。しかもその大半は……。
……アンジュ？
クオンの頭に摺り下ろした果物が山盛り掛かっていた。
け、決してワザとではないのじゃっ！そうじゃ、すぐに洗えば━━
そして水の入った桶を持ち上げる。
あ………
そこには更に水をぶちまけられ、全身びしょ濡れとなったクオンが。
あ、姉あねさま……
クオンさま、何か、拭くものは……
まぁ、大変！拭くもの、ふくもの……
……すまぬ、わざとではないのじゃ。
そっか。
笑顔のまま、ゆっくりと立ち上がるクオン。
ホントじゃぞ、わざとではないのじゃ。
後退るアンジュ。
そっかぁ……
一歩前に出るクオン。
わざとではないのじゃぁ！
コラァ、待つかな！
そうだ、とりあえずこれで拭けば━━
そして自分の帯を引っ張り、そのまま解けて素っ裸となってしまうフミルィル。
う、うわぁぁぁЧ
驚愕し飛び退いたキウルが、辺りを巻き込みながら盛大にすっ転ぶ。
大変大変、キウル様大丈夫ですか？
そうフミルィルがキウルに駆け寄り、慌てて抱き起こそうとする。
必然的にキウルの目の前で、たわわに実った果実が揺れた。
うわぁぁぁぁぁЧ
むねか？キウル、むねがすきなのか？
やれやれだ。だがおとこののぞみをかなえてやるのも、おんなのかいしょうだからな。
どうだ？まだちいさいが、すぐにふうおねぇちゃのように、おおきくなるぞ。
うわぁぁぁぁぁぁぁЧ
まいったねぇ。娘の恋路は応援してやりてえが、こうも父親のもとから巣立つのが早いってのはなぁ。
ゆるせ、とぉちゃん。おんなはしょうぶにでないといけないときがあるのだ。
くぅぅ……そう言われちゃあ仕方ないじゃない。男親とは辛つらいもんだなぁ。
あの……本当に大丈夫ですか？顔色が赤くなったり青くなったり……今度は紫色に……
どうしたキウル、ポンポンか？ポンポンいたいのか？
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁЧ
いやはや、まさかこのような展開になるとは。こんな事、あのライコウでも予測出来なかったでしょう。
……いや、こんなの予測出来たら恐すぎるからな？
ふふ……本当に、オシュトルさんと一緒にいると退屈しません。
いや、これは自分関係ないからな？
このぉ、待ちなさいと言ってるかな！
だから、わざとではないのだぁ！
キウル様、どうかしっかり。
しっかりしろ、な？
……ネコネ、これはどうしたらいいと思う。
わたしに聞かないでほしいのです。
結局、そんな騒ぎが夜中近くまで続き……
クオンはしっかり三日寝込む事になってしまったのだった。

ݴ
おはようございます。
主あるじ様、そろそろお目覚めの時間です。
む……
あぁ……朝……か。
いつもの様に、ウルゥルとサラァナの声で目を覚ます。
ぅ……もう……少し……
起床時間。
ご政務に差し支えます、起きてください。
こちらの意見は即刻却下され、左右から手厚く揺り起こされる。
もう少しくらい、ゆっくり寝ていられるようになればいいんだが……
愚痴っぽく心中で呟いて、目を開ける。
手水ちょうずを用意した。
どうぞお顔を。着替えの御用意もできております。
そう言いつつ、ウルゥルが水桶を、サラァナが鏡を持って両隣に侍る。
ああ、判っ━━
━━ぅ？
起き上がろうとした瞬間、突然の目眩に視界が歪む。
……なんだ？今日はやけに躰が重い。
具合が悪い？
何やら御顔の色が優れません。どこかお躰の具合でも？
……いや、何でもない。
昨夜は、少し深酒しすぎたか？いや、そんなに呑のんでいないはずだが……
ともかく、頭をスッキリさせて……
双子が用意してくれた水で顔を洗い、差し出された鏡を見る。
━━ッЧ
気の……せいか。
……やはり、酒か夜更かしが過ぎたようだな。少し控えるか。
埒もない考えを振り払い、今度こそ眠気を落としにかかった。
以前に比べて、このエンナカムイも大分豊かになってきたのです。
そうだな。城下で開いた市も、中々の賑わいと聞いている。
政まつりごとは順調だ。周辺の國との同盟も成り、次第に國も豊かになり始めている。
こちらは城下町での祭の認可状か。それでこちらは……上納品？
今年は野菜が豊作だったのです。それで是非お納めくださいと各地から続々届いているのです。
それは……ありがたいのだがな、これほど沢山置かれてもな。
いずれにせよ豊作なのは何より。せっかくの頂き物だ、帳簿付けが済んだら台所にも回してくれ。
判りましたです。
こうした市井の物事を積み重ねることが、國を良くするということなのですね。
……そうだな。
立て込んでいたので忘れていたが、民にとっては細やかな気遣いこそが必要なのだろうな。
その方が皆さんも喜ぶと思うのです。
こういった事に頭を悩ませるのも、國が豊かになったが故、か。
━━ただ、朝廷側が次にどんな手を打ってくるか……それによっては、優先すべき物が変わってしまう。
袋小路に入り込んだ思考を振り払うように、机から顔を上げる。その目の前には、折よく茶が供される。
お疲れ様です。お茶をどうぞ。
ああ、すまない。聖上はいかがされている？
アンジュさまでしたら、ムネチカさま、アトゥイさまと、お稽古をなさるとのことです。
わたしは、夕餉ゆうげの下ごしらえが終わりましたので、何かお手伝い出来ることがありましたらと。
ありがとうございますです。いつもルルティエさまが手伝って下さるので、とても助かっているのです。
あの……いえ、そう言って貰えると嬉しいです。
そういえば、そちらの籠かごは？
民からの上納品なのです。後ほど、持っていこうかと思っているのですが。
でしたら、わたしが持っていっておきましょうか。
そんな、ルルティエさまの御手を煩わせるのは申し訳ないのです。
でも、結構な量ですし……あ、でしたら、一緒に持っていきましょうか。
ありがとうなのです。
ふむ、こういう穏やかな時間というのも悪くない……
二人の微笑ましい会話を聞きながら、湯呑みを手に取り茶を啜すする━━
……ぅお？アチチチチ！
途端、軽い音とともに掌てのひらの中の湯呑みが音を立てて割れた。同時に、零こぼれた熱いお茶が脚に掛かって湯気が上がる。
きゃっЧだ、大丈夫ですか？
慌てたようにルルティエが、懐から布巾を取り出すと茶で濡れた脚を拭いてくれた。
あ、ああ、平気だ。何故、急に割れた……
もしかしたら、湯呑みに罅ひびが入っていたのかもです。
結構気に入っていた湯呑みなのだが、仕方がないか……
あの、火傷などされていませんか？
……いや、何ともない。
そうですか、よかった。
暫くして、躰を伸ばす為に外へ出る。
ん……ん～っ……
固まった体を解そうと、大きく伸びをしたり方々を動かしてみる。肩に手を置き腕を回す動作がやけに重い。
随分と肩が凝っているな……
今まで机にかじりついていたのもあるが、躰の芯には朝から感じていた倦怠感けんたいかんがまだ残っているようにも思える。
疲れでもたまっているのか？後でクオンに薬でも出してもらうかな。
……ん？
そんな事を考えつつ、ふと己の手を見ると、親指の付け根あたりが赤褐色に汚れていた。
血がこびり付き、それが乾いた跡だ。
先ほどの湯呑みの破片で切ったのか……
別に痛みは無いし、唾でもつけておけば治るだろ……ん？
そう思いつつ血を拭い、はたと気づく。
傷が無い……？
それを拭ってみるも、何故か傷跡が見当たらない。手には血が付いていたのにだ。
他を切ったか。
そう思って、軽く全身を見渡してみる。しかしどこにも傷は見当たらず、血の出処はようとして知れなかった。
何かの思い違いか？いや、まさか……
仮面アクルカの力……だとしても、回復が早すぎる。これは……
釈然としないままに歩いていると、何やら金属の弾ける音が聞こえてきた。
これは……
音の出処を追った先に広がっていた光景は、何というかあんまりなモノだった。
ふむ、見事。
こっちの台詞やぇ。ウチの技をここまで受け切ってくれるなんて、流石さすがはムネチカはん。
調練場の中央で、ムネチカとアトゥイが楽しそうに得物を構えている。
その二人の周囲では、土が捲れ岩が砕け、あまつさえ所々が不自然に陥没していた。
二人して稽古の途中か。まあそれはいいが……
それじゃあ、そろそろ本気を出してもいいけ？
遠慮は無用、来られよ。
ムネチカが応えるや否や、目にも留まらぬ速さでアトゥイの一閃いっせんが打ち込まれた。
それをムネチカが、難なく篭手で受ける。
ただそれだけの遣り取りで、景気のいい音とともに周囲の地形が変わっていく……
……のう、クオン。本当に、次は余が相手をせねばならんのか？
稽古をつけてもらうんだもの。そうなるかな。
……あれを？
そんな調練場の端で、アンジュがクオンの言葉に身を震わせていた。
楽しそうだけど。
余は全然楽しくないのじゃ！あんな戦いくさ馬鹿どもとやらされてたまるものか！
アンジュの叫びと同時に、再び鋼の噛み合う音が響きわたった。
素晴らしきかな。だが━━
風を巻いて迫るアトゥイの斬撃を、ムネチカの打撃が迎撃する。
アトゥイの刃はすべてムネチカの篭手に阻まれた。
さらに圧するべく斬線が空を縦横に疾はしるが、全てが見切られた。
凄い凄い！ほんなら、次いくぇ！
その隙を付いて放たれたムネチカの打撃を受け流しながら、アトゥイは楽しそうに更なる攻撃を繰り出していく。
あの二人は……誰が後片付けすると思ってるんだ。
あああ……更にメチャクチャに……
思わず、こめかみに手を当てて溜息をこぼす。
一応お尋ねしますが、この有り様は一体……
おお、オシュトルか。よいところに来たのじゃ！
こっちを身代わりにする気満々だな。気持ちはわかるが。
一応、稽古ってことになっているかな。
ぷるぷるぷるぷる。
………
目前で繰り広げられている暴力と破壊にも全く動じない一人と一匹。
ぬんッ！
まだまだっ！
アトゥイとムネチカの勝負は、双方譲らぬままより鋭く、激しい剣戟けんげきに移る。
ムネチカの篭手がアトゥイの刃を弾き、返す手刀でその首元を狙う。全く同時にアトゥイも二撃目を叩き込まんとする。
そこにすかさず、クオンが二人を止めに入った。
はい、そこまでかな。
あやや、これからいいところやのに。
これ以上やると後片付けが大変だから、このくらいにしとこっか。
いい修練になった。アトゥイ殿、御指南感謝する。
ウチの方こそ楽しかったぇ。
にこやかに健闘を讃え合った後、アトゥイがこちらに気づいた。
あ、オシュトルはん。なぁなぁ、オシュトルはんも闘やりあいにきたん？
いや、某それがしは気晴らしに散歩をしに来ただけだ。
なら、ウチは次お休みやぇ。闘やりたくなったらいつでも言ってな。
まだ足りない風のアトゥイに愛想笑いを返して誤魔化し、またのんびりと歩き出す。
では、次は小生が聖上のお相手をいたしましょう。アトゥイ殿のおかげで身体が温まりました故。
まっ、待て！何を馬鹿なことを言っておるのじゃЧ
遠慮は要りませぬ。全力で打ち込んでこられよ。
何故なぜヒトの話を聞かんのじゃ！
……皇女さん必死だな。まあ気持ちはわかるが。
そ、そうじゃ！
折角じゃから、二人ともオシュトルに稽古をつけてもらってはどうじゃ？
ちょ、おま━━Ч
そのアンジュの言葉に、休むと言っていたはずのアトゥイがとてもいい笑顔を浮かべた。
それ、ええなぁ。
いや、某それがしは忙しい故……
気晴らしに散歩中って言ってたぇ？ちょっとぐらい付き合ってぇな。
いや、しかし……
じゃあ、一回戦目はウチからやぇ。
一回戦ってなんだ、一回戦ってЧ
あいや、待たれいっ。今、たった今、急用を思い出した、すぐに執務に戻らねば……
こちらに遠慮は無用。
遠慮などしていないッ。
そんなら、行くぇ？
ちょЧ
振りぬかれた斬撃を、慌てて取り出した鉄扇で受ける。それを見て、アトゥイは嬉しそうに頷いた。
んふふ～、こうして誰にも邪魔されずに闘やり合うのは初めてやぇ。
そうして間髪入れずに袈裟懸けの一撃。さらに返す刃が額を狙う。その連撃を何とかいなす。
くっ！
流石オシュトルはんやぇ。やっぱりこんなお遊びじゃ届かんなぁ。
笑顔とともに、段々と繰り出す一撃が速くなっていく。その斬撃は、いつしか実践さながらの威力となり━━
━━妙だ。
そんな感想とともに、手にした鉄扇はその全てを払い落とす。
おお、見事じゃ！
そんなアンジュの声に呼応するように、アトゥイの表情からは段々と笑みが消え、真剣味を帯びてくる。
やはり、おかしい……
次いで、颶風ぐふうの如き連撃が、この身を細切れにする勢いで押し寄せてきた。
だが━━軽い。
アトゥイの斬撃はこんなに遅く、軽いものだったか？
どころか、どんどん遅くなっている気すらする。気づけば躰は、それらをただ鉄扇でいなし、躱かわし……
温い。
その隙間を縫うように懐へと潜り込み、その喉元に鉄扇を突きつける。
━━あや？
それまで。
驚くアトゥイを余所に、側で見ていたムネチカがこちらの勝利を宣言した。
あやや～……
さすがはオシュトル、余から見ても見事な動きじゃったぞ。のお、クオン。
うん、結構頼もしくなってきたかな……
あ、ううん、すごかった。うんうん、やっぱりオシュトルはすごいな。
私わたくしにはとても真似できないかなー。
むぅ？
むぅ、なんか悔しいぇ。でも、久しぶりに全部出し切ったって感じで気分ええなぁ。
驚きの過ぎ去った後、アトゥイの表情に浮かんだのは気持ちのいい笑顔だった。
うむ、流石さすがオシュトルじゃな！
ぷるぷるぷるぷる……
クラリン、心配してるのけ？
ぷるぷるぷる……
大丈夫やぇ、オシュトルはんにちょっと稽古つけてもらっただけやわぁ。
では、次は小生が。
と、どこかワクワクした様子でムネチカが装備の具合を確認する。
い、いや、待て！某それがし、今日のところはもう戦えぬ。
出し惜しみは無用、ぜひ全力で立ち合っていただきたい。
先程まで机に齧り付いていたせいか、躰が重い。すまないが日を改めてもらいたい。
ふむ……
……そういえば、なんだか顔色が悪いような。
クオンにそう言われて、ただの方便ではなかったことを思い出す。
そういえば、今日は最初から調子が妙だったな。
むぅ、ならば仕方がない。オシュトルが倒れては事だからの。
……残念至極。
心底残念そうなムネチカと、何か言いたげなクオン。
では、某それがしはこの辺りで失礼する。
くれぐれも躰を大切にするのじゃぞ。
それでは聖上、小生がお相手を。
って、何でそこに戻るのじゃっЦ
なん、だ……？
その異変が起こったのは、調練場から抜け出し、そろそろ部屋へ戻ろうかと思案していた時だった。
躰、が……重い？
先ほどまで感じていた倦怠けんたい、それを倍する重圧が躰にのしかかる。
胸、が……ッ！
そこにあったはずの世界が歪む。
動悸が早くなり、臓腑に迫る息苦しさが全身を締め上げる。堪らず廊下の壁に手をついた時には、全身が汗で濡れていた。
グ……ッ。
思わず膝をつきたくなる衝動を抑えて、浅い呼吸を繰り返す。口元を抑えようと手を持ち上げた。
その瞬間、白く変色した腕それが、ボロボロと崩れ落ち━━
……ッЧ
今、腕が……いや、そんなことは起こっていない……
驚いて己の腕を検あらためるが、どこにも異常はない。それでも、今にも凍えそうな程に冷たい汗が、全身からどっと流れ落ちた。
幻覚、だったのか……？
いや、違う。同じような光景をどこかで見た気がする。あれは……
オシュトル……？
その時、不意に背後から声が聞こえてきた。
……クオンか。どうかしたのか？
本当に顔色が悪そうだったから……
いや、大丈夫だ。無用な心配をかけた。
なら、いいんだけど。
某それがしは、そろそろ仕事に戻ろう。
クオンに笑顔を向けて、その場から足早に立ち去る。
脳裏にこびりついた悪夢の余韻も、やがてゆっくりと消えていった。
また、母ははさまの所に？
ああ、最近はお躰の調子もいいようだ。きっと安心していただけたのだと思う。
でも、こんな時に。
こんな時だからこそだ。
自分はハッキリとネコネに告げた。
すでに時は満ちた。この次、我らがこの國を出る時は都へ上る時だ。
恐らく厳しい戦いになる。ここへ戻れぬ者も多いだろう。そして、それは某それがしも同じ事だ。
だからこそ、母上には某それがしの背を見送って欲しい。
兄あにさま……
それにここを乗り切れば、ネコネの心配もなくなるだろう。
きっと、これが最後となる。
ネコネの躰がピクリと震える。
あまり深入りはしないで欲しいのです。もし兄あにさまが……
無用な心配だ。某それがしは今、為すべき事を為しているだけなのだから。
そう言って諭すように、ネコネの頭に手をやった。
母上の事は兄に任せるといい。
………
ネコネは何も言わず目を伏せた。
ネコネの不安げな様子は気になるが、後顧の憂いの無い状況にすべきだろう。
ネコネを残し、部屋から出ようと戸へ向かう。
あ……
ルルティエ？
オシュトルさま……
戸の前で鉢合わせて、ルルティエはびっくりして後ずさる。
はずみで果物の入った籠かごを落としそうになるのを、こちらから手を添え支えた。
す、すみません……
いや、気にすることは無い。某それがしも不注意だった。
あ、あの、どちらへ行かれるのですか……？
ああ、少し母上の所へな。
そうですか……
では、行ってくる。陽が暮れるまでには戻るつもりだ。
は、はいっ、いってらっしゃい……
そう言って頭を下げた時、ルルティエは手にした籠かごの存在に気づき、慌てて顔を上げた。
あっ、それでしたら……
……オシュトルさま？
しかし、ルルティエの目の前にはすでに人影はなく、差し出された籠かごを受け取る者はいなかった……
母上。
まあ、また来てくれたのね？
玄関先に立つ声に母は感嘆の声を上げる。
はい、珍しい菓子が手に入ったので是非母上にと思い……
すでに慣れ親しんだ光景。何も変わらぬ日常。通い始めてそれほど月日が経っていないというのに郷愁めいたものを感じていた。
しかし、その考えを振り払った。
いかんな。そのような甘えは。
寄りかかってしまいそうな心を引き締める。ネコネの不安げな様子はそうした想いを察してのことかもしれない。
どうかしたの？もしかして、お務めの事？
母の呼び掛けに想いをここに戻す。
はい。
自分は大きく頭を下げ答えた。
お役目を果たす前に、母上にご挨拶を、と思いまして。
一瞬、沈黙が降りる。しかし、母は全てを悟ったように静かに答えた。
そう……
なら、またしばらく帰って来ないのね。
はい……
戻れぬかもしれない。その考えを押し止め、淡々と答えた。
では、せっかくですから、このお菓子は一緒に食べましょうか。それとも……
母は悪戯っぽいを笑みを浮かべて問うた。
私の息子は母とお茶をするのがおいや？
そのような事、あろうはずがありません。
では、お茶の用意をするわね。
いえ、それは某それがしが。
今日は私が、貴方にも母らしい所を見せておきたいの。
それに、いつも貴方が用意してしまうので、湯呑みがどこにあるのか忘れてしまいそうですから。
あら、本当に美味しい。
小さな揚げ菓子を口にした母がびっくりしたように声をあげる。
某それがしが嘘を言うと思っていましたか？
でも、貴方はそれほど甘い物が得意だったわけではないでしょう？
得意ではなくとも、うまいかまずいかくらいは判るものです。
それもそうね……
その言葉に母はしみじみと答える。
それからは互いに何も語らず、静かに菓子を口にする。
日射しはうららかで時間が静かに流れていく。
そんな中、自分は安堵し小さく息を吐いた。
これで母にはオシュトルの最後の思い出が刻まれただろう。何もない、だが日の光のように温かな思い出が。
後は母の思い出の中に生きていれば、それでいい……
顔を上げ、母の顔を見た。すでに見慣れた、瞼の裏に刻まれた顔だ。
思い出……それは自分も同じか。
母はふと庭の方に視線をむけた。釣られるように庭に視線をむける。
ねえ……
……？
母は庭を見つめながら、思い出したように静かに問い掛けた。
あの子は……
オシュトルは立派でしたか？
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その問い掛けに、躰が雷に打たれたかのように震えた。
母から視線を外し俯うつむくと、拳を握り締め床についた。
いつ気付かれたЧ
某それがしには……何の事か……
震える声でそう言い掛けて、自分を包むような視線に気づく。
そっと面を上げ、母の顔を見た。
いいのです、もう……
母の表情に怒りも悲しみもない。ただ静かに慈しむように見つめているだけだった。
視線を落とし、小さく息をつく。
気付いて……いたのか……
いや……この人を騙せるはずが……なかったんだ……
ヤツは……立派な武士もののふでした……
傷ついても一歩も引かず、ただ前だけを見つめる姿……これこそ漢おとこの死に様……
今でも某それがしの胸に焼き付いております……
そして……某それがしとネコネを庇かばい……盾となって……
怨まれる……か。
だとしても……この期に及んで嘘は……
ありがとう……
……っ？
あの子のことを教えてくれて……ありがとう……
何故……
そう……あの子は、立派に御役目を果たしたのですね。
何故……責めない……
貴女には、そうする資格がある……
そっと握り締めた拳に温かい物が覆った。
辛かったでしょうに、よくここまで頑張ったわね……
何を……言って……
辛いのは……貴女の方……
思わず口に仕掛けた言葉を飲み込む。しかし、母は包み込むように言った。
もう、いいの……堪えなくてもいいのよ。
ッ……
その言葉に、その温もりに目頭が熱くなる。
目を見開き天を見上げ、グッとそれを堪こらえた。
耐えろ……何の為に全てを捨てたЦ
ここで挫けるわけには……
貴方にも辛い道を選ばせてしまったのね。
誰にも告げることができず、苦しかったでしょうに……
何故……貴女は……怨んでもいいはずだ……
すると、母は小さく笑った。
自慢の息子が増えたのに、どうして怨む必要があるのかしら？
……Ч
貴方もあの子に似て、強情で困った子なのね。
そんな息子が二人なんですもの。母として心配で仕方がないわ。
息子という言葉に心が震える。
某それがしは……貴方の……
貴方の歩む道は私の息子が歩む道。ならば貴方は、私の大事な息子。
この母の自慢の息子です……
その言葉に涙が溢れ出、止まらない。
ッ……ぐ……
母の、ギュッと躰を抱き締めてくる感触。
本当に……よく頑張ったわね。
あの子となってくれてありがとう。あの子の意志を継いでくれてありがとう……
そう言って、母はあやすように背をなでた。
ぐ……うぅ……
そして……ごめんなさい。
━━ッЧ
本当の貴方を……死なせてしまってごめんなさい。
あの子の我儘わがままで、この國を背負わせてしまってごめんなさい……
何度でも言うわ。貴方は自慢の息子……オシュトルと同じ、私の自慢の息子です。
う……ぅ……おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッЦ
………………………………
そんな……あの方が……
どうして……どうして……
母上……ははう……ぐ……うぅぅぅ……
今はお泣きなさい……
その涙は決して恥ずかしいものではないわ。あの子の為に流してくれた涙が恥ずかしいものですか……
誰も貴方を笑ったりなどしない……いいえ、誰であろうと、この母が笑わせません。
他の誰が知らなくとも、この母が知っています。
貴方の背負った使命を。誰にも打ち明けることの出来ない想いを。
だから忘れないで。貴方は……決して一人ではないということを……
ううっ、ぐうぅぅぅぅ━━
オシュトルさま……あの、お帰りなさい。
ああ、今戻った。まだ起きていたのか？
どこか心細そうな、何かを伝えたそうな表情に気づき、ルルティエの傍かたわらに立ち止まる。
いよいよ最後の大戦おおいくさだ。
はい。わたしはあまり、お力にはなれませんが……
皆、この日のために銘々の務めを果たしてきた。ルルティエも同じことだ。どうか誇って欲しい。
いえ……オシュトルさまこそ、わたし達の誇りです。
その言葉を受けるのは少々早いな。
わたしも同じです……
果たしてこれが本当に最後の戦になるか、誰にも判らない。しかし、だとしても……
しばしの間思慮に耽る。ルルティエも何も言わず、ただ二人、夜気に身を預けるようにしていた。
今宵はもう遅い。話は改めてゆっくりとしよう。
踵を返し、歩き出したその時、肩越しにルルティエの声がした。
ハクさま。
思わず振り向きそうになるのを、全神経を使って思いとどまらせる。
……お休み、ルルティエ。
……待っています。
祈りを伝えるように、そうつぶやいたのが聞こえた。
ナコクでの戦の後、情勢は膠着したかに見えた。
だが水面下では、少しずつ何かが変わりつつあった。
白磁イナヴァの大橋が落ちたことは、朝廷の威光を高めるよりもむしろ不信を招き、結果的にはエンナカムイ側に有利に作用した。
双方が正面戦力を動かし得ない状況は、実態はどうあれ強大な朝廷勢と真っ向から対峙するエンナカムイ勢、という構図を出現させた。
エンナカムイ側もこの事実を殊更に喧伝し、さらに各國の思惑を引き出す━━
秘密裏の交渉や特使の交換が、街道の隅々を網の目のように伝播していき、その結果は辺境での小競り合いとなって現れた。
最初は僅かな國境くにざかいの変化だったが、それ自体が意志ある生き物のように蠢き、広がり、やがてある形が現出する。
長くこの地に君臨した聖獣の心臓を、分かたれたもう一匹の獣が取り巻き、眈眈と狙う━━そのような形に見えた。
無論、朝廷もただ手をこまねいていたわけではないが、その動きは迅速とは言いがたいものであった。
國体は盤石と見たのか、何か別の内患があるのか、あるいはこの遅れこそが仕組まれた罠であるのか━━
判然とはしないものの、短期的な状況としてはこれもエンナカムイ側に味方した。
また、『真の姫殿下はどちらか？』という諸國諸侯しょこうの問いに、朝廷が確たる証拠を示さなかったことも大きい。
対するエンナカムイ側も、殊更に真贋を強調することはなかったが、その姿勢こそが暗に真実に対する証左と取られた。
無論、互いの寡黙の裏に硬軟取り混ぜた情報戦があったことは言うまでもない。
小競り合いはついに國同士の戦いくさとなり、束の間の平和を戦乱の気配が覆う。
朝廷への敵対勢力は日に日に勢いを増し、やがて双方の力が拮抗することが明白となった。
最早決戦は不可避━━傍観を決め込んでいた残る諸國も、その旗色を顕わにし、来るべき争乱に備え始めていた……
ついにここまで来たか……
目の前に広げられた地図を前に、思わずそんな呟きが溢れる。
身を切るような夜気が舞い込んでくるが、その冷たさですらこの身の内の熱を冷ますにはいたらない。
ここまで至るのに、多くの戦いがあった。
自軍と敵軍、ほぼその二色に色分けされたヤマトの地図を、感慨深げに眺めていく。
多くの仲間と出会い、多くの敵と戦った。
そして今や━━我らと朝廷の力は五分と五分。いや、単に兵力を比べるならば、こちらが僅わずかに上を行く。
静かに彼我ひがの差を推し量りつつ、地図上に並べた自軍を表す駒を押し進める。
それに押され、行く手を遮さえぎるように置かれていた駒が倒れた。
時は満ちた。もはや、謀略を尽くした暗闘の出る幕は無い。
次の戦いくさが、この騒乱の結末となる。そう━━
決戦の時だ。
熱の篭った己の声が、耳朶じだを打つ。それと同時に、誰かの気配が届いた。
……起きてる？
声の主はクオンだった。
こんな夜更けにどうした。
……うん、まだ明かりがついてたから。
そう言いながら、控えめな様子で中に入ってくる。
もしかしたら、まだ根を詰めてるのかなって思って。
……ああ、気を使わせてしまったのか。
なに、少々寝付けなくてな。
思わず口元に笑みを浮かべながら、そう答える。それを聞いたクオンは、同じく笑みを浮かべてこちらのすぐ隣りに腰を下ろした。
……これで、本当に終わりなんだ。
ああ、そして始まりでもある。この決着の如何いかんがどうあれ、ヤマトは大きく動くことになる。
あはは、そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな。
では、どのような？
うーん、國とか決着とか大げさなことではなくて、ようやく一段落つくんだなって。
これが終わったら、もう戦いくさをすることも無くなるんだよね……
……そうだな。
少なくとも皆みんなで戦うのは、これで最後になるのか。
クオンの言葉に、積み重ねてきたこれまでの日々が脳裏を過ぎる。
苦しいこともあった。楽しいこともあった。今となってはその全てが愛おしくさえある。
しかし、それら全てのはじまりは、決して幸福に満ちたものではなかった。
頼んだぜ、アンちゃん。
急に黙り込んだこちらを見て、クオンは笑顔で言う。
それで、オシュトルはどうするの？
どうする、とは？
そのままの意味かな。全てが終わったら、どうするんだろうって……
クオンはそう言ったきり、それ以上の言葉を続けようとはしなかった。ただ答えを待つかのように、じっとこちらを見つめている。
そうか。この役目も、もうすぐ終わるのか……
仮面に触れた指が、微かな鼓動を捉える。同時に、何とも言えない感慨が胸を突いた。
思えば、後ろを振り返る間もなく、ただがむしゃらに駆け抜けてきた気がする。
だが、それももう……
どうかな？
む……
クオンに急かされて、少し考えを巡らせてみる。
すべてが終われば、もう『オシュトル』である必要も無くなる……
その後は……どうする。何をすればいい……
……何も思いつかん。そもそも━━そんな未来は、あの日に『ハク』という名と共に捨ててしまった。
もう『ハク』に還ることも、あの日の『オシュトル』を取り戻すことも……
こちらを見詰めるクオンの視線に気づき、瞳を過去から現在に戻す。
今はすべきことだけで精一杯でな。その先のことは、まだ考えておらぬよ。
そっか……
クオンは頷いて、それ以上聞いてくることはなかった。代わりに、今度は楽しげに両の手を打ち合わせる。
そうだ！それなら、トゥスクルに来てみてはどうかな。
トゥスクルへ？
うん、私わたくしの故郷がトゥスクルだってことはもう知っていると思うけど━━
それで、これが終わったらフミルィルと一緒に一旦里帰りをしようと思ってたから。
そのとき、オシュトルもどうかなって。
色々と見せたいものがあるんだ。あの空と景色、街並みや民の声……
そう懐かしそうに呟き、少し慌てた様子で話題を引き戻す。
━━うん、その、だからこの戦いくさが終わったら、遊びに来ない？オシュトルも気に入ると思うかな。
それは、構わぬが……そうだな、その時にはクオンに案内を頼むとしよう。
うん、もちろん。
そこで、互いの言葉が不意に途切れた。
…………
ただ、クオンの暖かな眼差しだけが静かにこちらに向けられている。
今まで辿った道程が巻き戻されるような、不思議に懐かしい感覚。
そのまま暫く黙していると、再び誰かの気配がした。
……オシュトル、起きておるか？
何処どこか不安そうな表情のアンジュが顔を覗かせる。
聖上、こんな夜更けに如何いかがなされた。
うむ、実は其方そなたに少し話が……
そこまで言いかけると、アンジュの視線がクオンを捉えた。
……クオンもおったのか。
うん、ちょっとね。
むぅ……
何か言いたげにこちらとクオンの方を交互に見やる。その仕草に、クオンは小さく笑みを浮かべた。
いつまでもそんな所に立ってたら、風邪を引いちゃうかな。ほら、中に入って。
クオンはそう言って、入り口の前で逡巡しゅんじゅんしていたアンジュの背中を押す。
う、うむ、仕方がないのう……其方そなたがそう言うのなら。
それじゃあ、明日も早いし、私わたくしはもう戻るね。
……よいのか？
いいの、言いたいことは言ったから。それじゃあオシュトル、おやすみなさい。さっきの件、考えておいてね。
アンジュを招き入れると、クオンは代わりに退出していった。
う……あ……むぅ。
アンジュはそんなクオンの行動に面食らっていたようだったが、すぐに表情を改めて腰を下ろした。
だが、それ以上の言葉はなく、アンジュはやけにそわそわした様子でこちらを窺うかがっている。
して、聖上。こんな夜更けに、何の御用でありましょうか。
うむ、その……なんじゃ。
アンジュは暫く視線をさまよわせた後、卓上に広げられた地図を見て小さく頷いた。
……もうすぐ、帝都に手が届くのじゃな。
そう言うアンジュの表情には、何処どこか緊張した様子が見て取れる。
……成程なるほど。決戦を前にして不安になったのか。
御安心なされよ。帝都奪還の大願、必ずや我等が叶えましょうぞ。
うむ、それに関しては何も案じてはおらぬのじゃ。余は其方そなたを……し、信じておるからの。
では、今宵某それがしに何を？
その、じゃな、一つ聞きたかったことがあるのじゃ。
聞きたかったこと、とは？
……オシュトルよ。其方そなた、この戦いくさが終わった後、どうするのじゃ？
どう……とは？
何だ？皇女さんまで、クオンと同じ事を……
これから先のことなんて、考える余裕も無かったからな。
むしろ、こっちがどうしたらいいか聞きたいくらいだ。
いや、よい。愚問じゃった。
そんなふうに答えあぐねていると、アンジュが明るい声を上げた。
其方そなたが居るべき場所は、余の隣に決まっておるのじゃ。
断定するようにそう言いながらも、アンジュはこちらを見据えてくる。
……そうじゃ、オシュトル。こっちに来て、ここに座るのじゃ。
いえ、それは……
早うするのじゃ。
そう言って立ち上がると、アンジュは催促するように、トントンと床を踏み鳴らす。
また、自分を椅子にするつもりか……まぁ、いいんだが。
思えば、最近は忙しくてとんとご無沙汰じゃったからの。
アンジュの言葉に心の中で嘆息しつつ、言われるがままに席を移動する。
……まあ、それで皇女さんの不安が消えるんならな。
うむ、では早速━━
失礼する。
あ、あの、夜分遅くにすみませんっ。
今度はムネチカとルルティエが飛び込んできた。
お、オシュトル様っ、アンジュさまをお見かけしませんでしたかっ。
御寝所に御姿が見え……居られたか。
ぬあっЧみ、見つかってしまったのじゃ……
聖上……
二人の姿を見て、アンジュは慌てた様子でこちらの後ろに身を隠す。それを見て、ムネチカが軽く溜息ためいきを吐いた。
ああ……黙って出てきたのか。
よかった……御寝所から居なくなったので心配しました。せめて、一声掛けていただければ……
ち、違うのじゃ……ちょっと厠かわやに寄った帰りに、その、ふらーっと足が向いての？
今は大戦おおいくさを控えた大事な時。以前、口酸っぱくそうお教えした事をお忘れか。
ムネチカが一見爽やかそうな笑顔で、一歩ずつこちらに近寄ってくる。
しかしよく見ると、その眉間にはビキッと青筋が浮かび上がっていた。
それを見て、びくっとアンジュが一歩後退さった。
……あれだけ言うても、未だ判りませぬか。
ま、待て！余が悪かったのじゃ！すぐに戻るのじゃ！じゃから━━
……このまま放っておくと、もうひと騒動起こりそうだな。仕方がない。
ムネチカ殿、今宵はそのぐらいにしてはどうか？
しかしオシュトル殿、それでは東宮傅とうぐうふ代理としての示しというものが……
聖上も十分に反省しておられる御様子。責めるばかりが教導ではあるまい。
オシュトル殿がそこまで言われるのなら……今回は不問としましょう。
そ、そうか……
しかし、聖上。御旗たる御身おんみが体調を崩されては、兵の士気にも関わります。どうか今宵はもうお休み下さい。
戻りましょう。オシュトル殿もこう言っておられる。
じゃが……もう少しくらいは。
なりませぬ。
あの、アンジュさま……お休みにならないと明日に差し支えます。
うぬぬ、判っておるがもう少しだけと言っておるのだ……待て待てっ！そう急くな、引っ張るな！
アンジュはそのまま二人に引っ張られるようにして、外に出ていった。
そして、再び静寂が戻る。
全てが終わったら……か。
今まで思いもしなかった感情が、急に鎌首をもたげてくる。それは不安でもあり、焦燥しょうそうでもあり、同時に罪悪感でもあった。
この身は、己であって己ではない。この仮面と同じ、仮初かりそめの顔だ。何の実態もない、ただの空蝉うつせみ……
某それがしは……自分は何をすればいいと思う……
誰にともない呟き。
だが、そんな寄る辺のない呟きに、静かに答えが返ってきた。
すべては、御心みこころのままに。
わたし達はどこまでも、主あるじ様の定めた道について行きます。
そうか……
答えも出ぬままに見やった闇の向こう、煌々と輝いているはずの月を思う。
ともあれ今は━━天命を掴む為、次の一手に心を尽くすのみだ。
ライコウ様、朝廷に臣従する諸侯しょこうが全て参集しました。
遅参していた者達の数も含め、ほぼ正確な兵数が把握出来たと思われます……ですが。
足りぬか……
離反し、賊軍に与くみする者が後を絶ちません。
愚かな……白磁イナヴァの大橋を落としたことが、それほど気に入らぬか。
所詮、小人しょうじんに大局は見えぬ。迷信に脅え、我等を不遜となじり、安易な道を選ぶか。
だが、構わぬ。万人が反旗を翻ひるがえそうと、己おのが信じた道を行くのみ。
シチーリヤよ、ただちに出陣の準備を！
では、まさかЧ
此度の決戦、このライコウ自ら討って出ようぞ。
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……見えてきたな。
長い行軍の先に現れた広大な平原に、思わずそんな呟きが零れる。
ここが、かつて幾多いくたの兵つわもの達がその命運を懸けたというオムチャッコ平原なんですね。
━━ヤマトが樹立される以前、幾度となく大陸の覇を巡って争われた古戦場なのです。
雌雄を決するのに、ここ程相応ふさわしい場所もあるまい。
二人の言葉に頷きながら、遥か地平まで続くオムチャッコ平原を睥睨へいげいする。同時に、この身を一陣の風が撫でていった。
間違いなく、ここが決戦の地となる。
おそらくはこの平原独特の、そこここに染み付いた戦場いくさばの匂いに、決戦の時が間近に迫っていることを感じる。
眼前の丘へ向け、進軍せよ。
ハイ！楽鼓衆ガクムライ、一拍子！全軍直ちに前方やや右の丘へ向けて進軍せよ。敵に遅れて隙を見せぬよう、迅速に！
背後の軍勢を振り返り、指示を飛ばす。見れば、向こう側にも雲霞うんかの如き軍勢がこの平原へと進んでくる。
オシュトルの言うように、ここが決戦の場になるみたい。
ああ。ライコウも、この地を決戦の場と定めているはずだ。
後は、どこまで互いの戦いに引きずり込むことができるかの勝負になる。ライコウ、貴様はどう動く……？
皆みな、集まったな。
一同、聖上の御出座であるッ。
こちらの呼びかけに、アンジュが軍議の場へと入場する。同時に、つい今しがたまでざわめいていた場が、しんと静まり返った。
聖上、一同罷まかり越こしてございます。
うむ。
アンジュはこちらの言葉に大仰に頷くと、軍議に集まった面々を見回して朗々と口上を述べる。
此度こたびの戦いくさを始めるにあたり、まずは皆みなに心よりの感謝を！
余は其方そなた等がこうして集うてくれたからこそ、今日のこの日があるのじゃと考えておる。
アンジュのそんな言葉に、返ってくる反応は様々だ。自慢げに頷く者、恐縮する者、寡黙を貫く者、ただ笑みを浮かべている者。
だが、それぞれが違った形ながら、ただ一つだけ確かなことがある。
ここにいる彼らは皆みな、アンジュの御旗に集い、志を同じくする将達なのだ。
壮観だな……
今ここにある光景は、自分達がこれまで積み重ねてきたもの━━その結実、そのものだった。
その中の一人が、まず最初に声を上げた。
オシュトル様、先鋒は我等クジュウリの民にお任せ下さいませ。
私達が駆けつけたからには、どのような敵でも軽く捻ひねって差し上げますわ。
姉上、聖上の御前であらせられるぞ。
慌てて諌いさめに入ったヤシュマに、涼しい顔で言う。
相変わらず気が小さいこと。ここで小さく畏まるようでは手柄も覚束ないわよ？
手柄など、聖上の御為に命を賭すが、我等の本懐であろう！
まったくもう。お許し下さいねオシュトル様。相変わらず頭の固い身内で。
いや……
ほら、オシュトル様も呆れてらっしゃるわ。
今の呆れは姉上に向けられたものだ。
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突如始まった姉弟喧嘩に、場の空気が僅かに緩む。
まっ、本番前にカタくなるよりかは楽しい方がいいじゃない？
うひひ、その通りやなぁ。
……もしかして、それ私に言ってます？
お、お姉さま、お兄さまっ……
さすがに見かねて、ルルティエが恥ずかしそうに止めに入る。
はっはっは、いいじゃねえか。血気に逸はやるのは若い奴らの特権だからな。
ゲンホウが呵呵かかと笑い、その横でソヤンケクルがため息をつく。
やれやれ、君は変わらないね。少しは歳相応の落ち着きというものを学んだらどうかね。
落ち着き払ってふんぞり返ってるだけじゃ、何も変わらねえってことを知っているのさ。
まったく……イタク君はあんな大人にならないよう気をつけたまえ。
は、はぁ……
あの二人、知り合いだったのか。
なんでも、父上の八柱将時代に友誼ゆうぎを結んだらしいな。
そうか、同じ八柱将であったのなら、面識があっても不思議じゃないか。
大体お前、なんだその話し方は。持って回った言い方しやがってよ。
時の流れが私を、一人前の紳士へと育て上げたのだよ。どこかの誰かは、まだ子供のままのようだがね。
どっちが。そうやって一々突っかかってくるほうがガキ臭せぇだろうよ。なあ、ムネチカ殿。
小生には何とも……
君はどうしてそう、すぐに他人を巻き込みたがるのだろうね。彼女が困っているじゃないか。
はん、答えも聞かずになんでも決めつけるのは、年寄りの悪癖だぜ？
いえ、ですから小生判断が付きかねると申しますか……
二人の鞘当に巻き込まれたムネチカが、珍しく狼狽うろたえた様子で苦笑いを浮かべている。
考えてみれば、ムネチカはあの二人の後輩に当たるわけだからな。さぞ肩身も狭いことだろう。にしても……
あの二人、あんなに仲が悪かったのか。
いい年をしてはしゃぎすぎではあるな。しかし、あの父上があれほど浮かれるとは……
……ん？
あれは浮かれてる……でいいのか？
こちらの心の声に気付くわけもなく、ノスリは呆れたとでも言いたげな様子で肩を竦めた。
その隣のアトゥイも、自身の父親を見やって嘆息する。
そういえばとと様、いつか一番の喧嘩友達が勝手に八柱将辞めたってボヤいてたなぁ。
アトゥイ、私は友達だなどと言った覚えはないよ？
どっちかってぇと、犬猿の仲って奴だな。都に上がる度に、毎度毎度突っかかってきやがってよ！
それは君の方だろう！
そんな二人の遣り取りを見、ノスリが僅かに嬉しそうに目を細めた。
……父上にもああいう人がいたのだな。
……ふふふっ。
段々と収拾がつかなくなっていく会議の場に、忍び笑いが響く。
その声に、皆みなこの場が聖上の御前であることを思い出したのだろう。先程までの喧騒が、嘘のように鎮まっていった。
いや、すまんの。決戦を前にこの騒ぎとは、随分な余裕じゃと思ってな。つい笑いが溢れてしまったのじゃ。
それでこそ、余も安心して全てを任せられるというものじゃ。再度になるが、皆みながこの場に集うてくれたこと、誠に心強く思う。
ウォホン……
アンジュの言葉が隅々まで行き渡ったのを見てとったのだろう。オーゼンが小さく咳払いを入れる。
わりゃぁ、イキるのも大概たいがいにせぇよ。そろそろ軍議を進めにゃぁ、皆みな困っとるじゃろぉ。
その言葉に、ムネチカが表情を改め、居住いを正した。
これより軍議を始めまする。皆みな様、この場が姫殿下の御前である事を弁わきまえ、くれぐれも粗相の無きよう。
その言葉で、再び場が静寂で満ちる。それを確認し、ムネチカがこちらに顔を向ける。
……オシュトル殿、続きを。
うむ、まずは現状の確認から始める。
卓の上に広げられた地図を指差す。
我等はこれより、帝都奪還の為の進軍を開始する。各将は各々おのおの速やかに、定められた御役目を全うして頂きたい。
此度の戦いくさにはエンナカムイの守兵を除いた全兵力を投入する━━それで良かったかな？
先程の騒動の最中も、一人黙して語らなかったイラワジが口を開いた。
既に兵達の備え整った旨むね、この場で報告させて頂く。
承知致した。
報告に、短く頷きを返す。無論、その報告は既に軍議の前に受けている。
しかし、こういった情報は全体で共有すべきもの。
それらをこうして皆みなの前で確認することは、今回のような大軍を率いる時にこそ、輪をかけて重要だ。
ふむ……こちらも、問題ねえよ。豪族共を丸め込むのにゃ苦労したが、その分頭数はピカイチだ。
その軍は父上が指揮する手筈になっている。私は普段通り、聖上の御側にいることになるな。
我らナコクも、微力ながらお力添えさせて頂きます。兵の約半数はソヤンケクル殿と合流致します。
残りの半数は、オシュトル殿の策の通りに。
クジュウリも、出来うる限りの兵を動かす用意がある。
兵糧も山ほど用意しておきましたわ。全軍合わせても、帝都陥落までは十分に持たせられるはずよ。
物資の運搬は、任せていいんだったわよね？
ああ、勿論だとも。
こちらも、全兵力を陸に上げた。以後、船団は全て、クジュウリからの兵糧の運搬に回している。
だが……本当にそれで良いのかね？
ええ、今回の戦いくさに、海戦はありますまい。
それって、どういうことなん？
此度こたびの戦いくさ、総力戦となる。そしてそれが遺憾なく動かせる戦場いくさばとなれば……
この、オムチャッコ平原だね。
私達、海軍の出る幕は無しか。
何をお言いか。河川から帝都を牽制するという大切な御役目、お忘れ無きよう。
ああ、もちろん心得ているとも。安心してくれたまえ。
ですが、そのまま帝都に侵攻をしなくても本当にいいのですか？
え、しないのけ？
我等が目的は帝都の奪還。決して帝都を戦場いくさばにすることではない。否、してはならぬ。
聖上のお膝元となる民を巻き添えに、戦渦に巻き込むは本末転倒。
我等は帝都に、正門から堂々と凱旋せねばならぬのだ。
はぁ……
アトゥイ……また軍義の時に寝ていたね？
な、何のことかなぁ……
いや、口を挟んで済まなかったね。続けてくれたまえ。
いや、思うところは言葉にしていただきたい。何せ、ヤマト立國以来の大戦おおいくさになるやもしれぬ故。
そこまで言って、ひとつ大きく深呼吸をする。
ならば、もはや小細工はいらぬ。あのライコウのことだ、同じ事を考えているだろうな。
これからの大いなる戦いくさの舞台に、それは無粋……そうだな、ライコウ？
草の調べによれば、敵兵力はこちらよりも僅かに少ないと聞く。
しかし相手は、用兵の妙で知られるライコウだ。生半可な連携じゃあ歯が立たねえぜ？
確かに、精兵せいへいを前に一朝一夕の連携など意味をなさないだろう。故に━━今一度、譜面を確認して頂きたい。
おう、例の戦太鼓イクサマヌイか。大丈夫だ、ちゃあんと頭に叩き込んだぜ。
ネコネ、ウルゥル、サラァナ。
はい。
では皆みな様、最後の確認なのです。予備の譜面が必要な方は申し出て下さいです。
ネコネは大きな声で呼びかけ、ウルゥルとサラァナは譜面の束を掲げる。
だが、そこは抜かりなく、自信満々のゲンホウを除き、皆みな懐から譜面を取り出した。
ったく、種類が多くて、ちっとばかり面倒だったぞ。
もう一度繰り返すことになるが、これは楽鼓衆ガクムライによる操軍の譜面。
ライコウの采配に対抗する為、これまでの単純な号令ではなく細分化したものだ。
陣形の譜面まで有りますからな。これならば、細やかに兵を動かせましょう。
流石さすがはオシュトル様。ここまでのものは初めてです。
皆みなも、頭に叩き込んだな。
はい。ココポにも覚えて貰いました。
ま、厄介だったがなんとかなりそうじゃない。
戦場いくさばで、音を聞き間違えないかだけが心配ですね……
キウル、とぉちゃん、まかせろ。もうおぼえたし、おれはみみもいいぞ。
クオン・ノスリ・アトゥイ
Ч
さすがはシノノン、こういったのは得意だったな。
ふふん、キウル、ほめてもいいぞ。
あ……はは……
………………
頭に叩き込んでもらいたい、必ず。
うぐ……
さて、伝えるべきことは伝え、語るべきことは語った。
後は━━皇女さんの仕事だ。
…………
こちらの意を汲んで、アンジュが前へ出る。そして、自らの為に集った諸将を視界に据え、すうと息を吸った。
今、我らは決戦の時を迎えた！新たな時代、新たなヤマトを産み落とすための、決戦の時を！
これは余の我侭じゃ。じゃが、民を想うこの心に、偽りはない！
其方そなたらのこれまでの働きに報いる為にも、そして何よりヤマトの民の為に！今ひと度、力を貸して欲しいのじゃ！
アンジュのその言葉を受け、そこに居た全ての臣は皆みな、恭しく頭こうべを垂れた。
指揮伝達に滞りは見られません。この戦いくさ、どう見ますか？
戦太鼓イクサマヌイの拍子に従って動きを変える軍勢の姿を見て、キウルが安堵した様子で聞いてくる。
そうだな。この展開速度なら、精兵と名高いライコウの軍に遅れを取ることもないだろう。
はい！姫殿下の御為にも必ず帝都を取り戻しましょう！
嬉しげに頷くキウルに笑顔を返す。
だが、ライコウを相手取るのに、これで十分ということはない。ここから先は、一瞬の油断が命取りとなる。
全軍の配備を終えたのを確認し、丘に設えた陣から敵軍の様子に目を凝らす。
その視線の先にあるのは、敵本陣にはためくライコウの旗。
ついに、戦場いくさばに姿を現したか……
それだけ、この一戦を重く見ているということだろう。
さて、今こそ最後の舞台の幕を上げる頃合だ。委細、滞り無いな？
相手の陣を見やりながら、ライコウはその顔に一つの表情を浮かべた。それは鋭く研ぎ澄まされながらも、何処どこか嬉しそうな笑顔。
何時でも。既に手筈は整っております。
その報告に、ライコウはさらに笑みを深めた。
ならば開幕するとしようか、オシュトルよ。我らがその雌雄を決するに相応しい、この舞台を━━
今！我らは時を得た！今こそ、己が胸中の信念と、聖上への忠誠を果たすべき時！
全軍に響けと、声を張り上げる。その全霊を以て、開戦の為の狼煙を上げる。
この一戦、我らが聖上とヤマトに暮らす民草の為に！
全軍、前へ！
さあ、我が軍勢よ、その真価を彼奴きゃつらに見せつけてやるがいい！
まったく同時に、両陣営に開戦の合図が響きわたった。
本陣からの指示じゃぁ！全軍、開戦に備えぇЦ
さぁ、始まったわよ。ここは一つ、ルルティエに良いところ見せなくっちゃね！
それはその通りだが、姉上。以前の一騎駆けのような無茶はくれぐれも自重されよ。
わかってるわよ。それより貴方の方こそ、こちらの動きに遅れないようになさい。
言われるまでもない。では……
さて、それじゃあ、始めましょうか！
まさか今頃になって、再び帝ミカドの元で弓を取ることになるなんてなぁ。
しかも、同じ戦場いくさばにゃ、まだまだ頼りねえと思ってた娘と息子が居るときた。世の中ってのは、どう転ぶかわからねえもんだなぁ。
折角だ！エヴェンクルガの戦いってモンを、しっかりアイツ等に見せてやんねえとな！
ふむ、どうやら始まるようだね。
は、はい。
そう緊張することはない。私達はこれまでのように戦い、これまでと同じように勝利すればいいのだ。
しかし、生まれて初めての大戦おおいくさですから。ソヤンケクル殿は、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか？
何、大したことではないよ。私は私の出来ること、出来ないことをよく知っているだけさ。それに━━
娘が選んだ男の差配だ。信じて任せるのが父親というものだろう。
……はい、そうですね。
では行こうか。
このまま押し込むぞ！両翼を展開し、敵軍を押し潰せ！
ハイ！三拍子！
序盤の押し合いは、数に勝るこちらが有利か。だが……あのライコウを相手にこのまま押し切れるとは到底思えん。
一体、どんな策を打ってくるのか……
ふん、流石に数で勝る分、正面からの削り合いでは向こうに分があるか。
だが、戦場いくさばの趨勢すうせいを決めるのは、何も駒の数だけではない。
各陣に伝達！術式を発動せよ！
承知しました。
さぁ、我が『速さ』に、ついてこられるか？オシュトル……
敵陣、突破！このまま押し込む！
うむ、どうやら緒戦の流れはこちらが掴んだようだね。
全軍、ここで敵を逃すな！立て直しの時間を与えず、このまま……
むЧ待ちたまえ、イタク君！
え？
なっЧまさか伏兵かЧくっ、このままでは後詰めに被害が！
一旦、追討の手を止めよ！今は伏兵を討つ！
しかし、これだけの大兵力でこの速さだと？一体どんな手を使っている……
よぉし、そのまま頭を押さえ続けろ。数はこちらが上、向こうは必ず挽回の一手を打ってくるはずだ。
はっ！そう来るのはお見通しなんだっての！
ハッ━━貰ったァ！
……火急っЧゲンホウ様！真横から敵がっЦ
何っЧ
くっ！こいつら、左翼から流れてきやがったのかЧソヤンケクルの野郎、一体どうしたってんだ……
ちっ、ここは一旦退き時だな。全軍、左右の敵陣から距離を取れ！守りを固めるぞ！
なんだ？敵が離れていく……？
なんか気持ちわりぃ。まるで百戦錬磨の将が率いてるみてぇな動きだが、そんな奴はどこにもいねぇ。ただの雑兵の群れだ……
どうなっていやがる……？
そんまま挟み撃ちにせぇ！これで右翼の戦況を決めたれぇ！
さあさあ、このまま押し潰すわよっ！
承知しました！全軍、アリの子一匹逃すな！
他愛ないわね。このままなら、この戦力だけで━━
くぅっЧ
む、姉上？なにぃっЧ
ぐっ、全軍、姉上の部隊と合流！態勢を立て直すぞ！
ちょっと、何やってるのよ！今ここで包囲を解いたら……ほら、合流されちゃった……
敵の動きがワヤじゃのぉ……深追いはいけん。離れながら様子を見よぉ。
確かに、この緒戦で危険な橋を渡るわけにはいきません。それより……
ええ、ちょっと気になるわね。本陣に返打を！
以上が、各軍からの報告です。
そうか……
状況は膠着━━いや、僅かにこちらが押し負けている、か。
なんだか、敵の動きが想定よりもずっと早いかな。まるでこちらの動きを読んでいるみたい。
というよりは、情報の伝達が早い。こちらに先んじて戦況を知るが故の動きに思える。
指揮の伝達速度に関しては、こちらも最大限の手を尽くしたが……それでも尚、向こうが一歩先を行っているな。
更に、巧みな用兵にも手を焼かされているとの話。このままでも、戦線を保つ分には問題ないが……
敵はあのライコウだ。更なる一手を隠し持っているはず。出来ることならばこれ以上後手には回りたくない。
私達が動けば、今ならまだ押し返せるんじゃないか？
そうやぇ。ウチらが出端れば、ちょっとくらいの差なんてすぐにひっくり返せるぇ？
ですが、それでは本陣が手薄になるのです。
それは……うーむ。
たしかに、今の状況では博打に過ぎる。が━━有効な一手だ。
……仕掛けるんだ？
ああ。このまま敵の自由を許せば、こちらの戦力を延々と削られる羽目になる。多少危険だが、ここは攻め時だろう。
御前。本陣の指揮をお任せして宜しいか？
うむ、引き受けよう。こちらから見える状況も、折を見て戦太鼓イクサマヌイで知らせるとしよう。それで構わないかね？
忝かたじけない。では某それがし達は、小勢を率いて各将の救援に━━
何事か！
背後からの奇襲です！何者かが、兵站衆シトウライを狙って火を！
火……火計？まさか……
敵が援軍と合流し、退き始める
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オムチャッコ平原の内に散在する木立の狭間に、その一団は身を潜めていた。
息を殺し、周囲を警戒し続ける。そんな彼らの内に、命じる声が響いた。
━━報告せよ。
正確には『声』ではない。事実、それは逓信衆ティリリャライを介して伝えられた、遥か遠方からの命令だった。
一団に手振りで指示を出していた男━━マロロが、静かに答えを返す。
今まさに、敵陣背後への奇襲を終えて、身を隠したところでおじゃる。
首尾はどうだ？
兵站衆シトウライを二、三焼いてきたでおじゃるよ。兵糧全滅とまでは行かなくとも、奴らは慌てているでおじゃろうな。
それは上々。良いのかオシュトル、そのままではすぐに干上がるぞ？
声の主はひとしきり笑いを零こぼすと、真剣な声音こわねで命を下した。
引き続き、そちらの指揮は貴様に任せる。
御意。
では俺は、貴様がオシュトルの首を持ってくるのを本陣で待つとしよう。期待しているぞ、マロロよ。
………
そうして、逓信衆ティリリャライからの応答が終わる。マロロはそれを、ただ無言で確認した。
言われるまでもなし。決着は、必ずマロの手でつけてみせるでおじゃる。
まるで何かに祈るかのように瞑目めいもくし、呟きを零こぼす。だが次の瞬間には、その表情を引き締め、自らの手勢に向き直った。
そろそろ動くでおじゃる。皆の者、準備は良いな。
はっ！
オシュトル……例えマロの命に代えてでも、必ずこの手で……
第三兵站衆シトウライもやられました！このまま兵糧を損耗し続ければ、今の戦況を保てなくなります！
本陣に、キウルの悲痛な声が響く。見れば、周囲の兵達にも少なからぬ動揺の色が浮かんでいた。
……第五に続いて、第三もやられたか。
よほど綿密に地形を調査したみたい。火の勢いも、全然弱まらない。
この炎の陣形、覚えがある。おそらくは……
……兄あにさま。
マロロか……
各人に、背後の警戒を怠おこたるなと伝えよ。また、敵影を見つけても即座に応戦せず、報告を入れよとも。
追っかけないのけ？敵は少ないし、みんなで潰せばそれでお仕舞いぇ。
……いや、私もオシュトルに賛成だ。下手に追ったところで、見失ってしまえば意味がない。
でも、このまま放っておくわけにもいかないぇ？
追撃するか？……いや、ここはまず敵の意図をはっきりさせるべきだ。
……ノスリ。何とか敵の足を読むことは可能か？
任せておけ。我らに小勢での奇襲を仕掛けることがどれ程愚かか、敵に教えてやるとするさ。
先程言った通り、ここの指揮は一旦御前に御預けする。
ふむ……しかし勝算はあるのかね？相手は未だ、姿も見えぬとの報告だが。
ノスリならば、必ず敵の動きを捉えましょう。後に某それがし自身が精鋭を率い、討つ。
それに、マロだとすれば、狙いは間違いなく自分のはずだ。直接赴おもむいた方が被害も少ない。
心中の思惑は語らず、それでも確信を持って頷きを返した。
どうやら、無用な心配だったか。ならば其方そなたらが戻るまで、指揮を預かろう。
お頼み申す。
力強い笑みで応えてくれたイラワジに軍を預け、マロロ追討の準備に入る。
……クオン、早急に用意して欲しいモノがある。
私わたくしに？
クオンに耳打ちすると、驚いた表情でこちらを見返す。
用意はできると思うけど……それを何に使うのかな。
まだ判らぬ。だが、出来得る限りの準備はしておきたい。頼めるか？
……判った。すぐに用意する。
クオンが頷き、手早く準備を始める。
使わずに済めば、それに越したことはないのだが。
内心そう思いながら、オムチャッコ平原に点在する幾つもの木立や岩場を見やる。
何処どこに居る、マロ……
……ぬ？動きが変わったでおじゃるな。
不意の予感に、マロロは今まさに襲撃をかけようとしていた手勢を物陰に下がらせる。
その表情は、狙い定めた兵站衆シトウライの動きの変化に、なにやら不穏なものを感じた様子だった。
守りが固いのは当然……しかし、余りにも守りに傾きすぎているでおじゃる。それに、気になる点がもう一つ……
それは、先程から逓信衆ティリリャライを介して伝わる戦況報告だった。
オシュトルの陣が、戦線を帝都側に強引に押し込んでいるでおじゃる。そんなことをして一体、何になるでおじゃるか？
無論、マロの兵糧責めが効いてきたともとれるでおじゃる。しかし、この動きはオシュトルにしては余りにもお粗末……まさかっЧ
マロロは急に面を上げ、離脱の指示を出す。その急な命令の変更に手勢が困惑の表情を浮かべた。
その間隙を縫うように、一条の矢がマロロのすぐ近くの木に突き刺さった。
居たぞッЦあそこだ！
くっЧ
ゲンホウ殿からの報告です。戦線の再構築、完了せり！
よし！これより敵伏兵との交戦に入る。皆みなの者、某それがしに続け！
ノスリとキウルの報告を聞き、皆みなに攻撃の指示を飛ばす。馬首ばしゅを向けた先には、岩陰に潜むマロロとその手勢の姿があった。
マロ達を、本陣から切り離したでおじゃるか！
本陣との連携を断たぬままに止められると思うほど、某それがしはお前を安く見ておらぬ。
怒気を孕んだ面をこちらに向けながら、マロロが吠える。それに出来るだけ冷静な声を返し、突撃する。
だがその機先を制すように、マロロの手勢が一斉に矢を放ち始めた。
うおっЧ弓兵衆ペリエライじゃないЧ
それだけじゃないぞ？なんだ、このムズムズする感じは。
包まれてる。
この辺り一帯が特殊な力で蔽おおわれています。
恐らくはライコウの呪僧衆ジュスソライ……奴等、こちらの力を削ぐ厄介な術を使う。早めに倒さねば。
くぅっЧまずはその呪僧衆ジュスソライを叩くぞ！
一旦退くでおじゃるよ！
それを確認すると、マロロ達は迅速に物陰の向こう━━鬱蒼と茂る木立の方へと下がり始めた。
練度では向こうが上だ。このまま見失えば、また撒かれるぞ！
ノスリの指摘も虚しく、マロロとその手勢はさほどの時間をかけることなく、その場からの離脱を完了していた。
この木々の奥へ行ったか。
追いますか？
無論、追うが……
ただ闇雲に追ったのでは、先程の二の舞だな。何か相手の足を止める手があれば……
小生とアトゥイ殿が先んじて切り込めば、抑えられると思うが。
いや、マロロのことだ。単純な力で押し切ろうとすれば、何らかの策に嵌る危険がある。
とはいえ、確かにこのまま見逃す訳にはいかない、か。
どこかに追い込めればいいのだが……
……ねえ、ネコネ。この辺って、確か崖があったよね？
は、はいなのです……あの木立の反対側に、切り立った壁面があるはずなのです。
ならばそこに追い込む！隊の半数にこの木立の警戒を。残りは某それがしと共に。マロロを崖下へと誘導する！
どこから奇襲を受けるかも判らぬ、警戒を厳とせよ！
皆みなにそう告げ、自ら先頭に木立の中へと分け入った。
木々が開け、眼前に大きな岩の絶壁がそびえる場所━━誘導する筈だった崖下で、マロロはこちらを待ち構えていた。
やはり来たでおじゃるな……
……マロロ、もはやお前に退路はない。投降しろ。
もう一度言う。投降しろ。お前には伝えねばならぬことがある。
だが、それを聞いたマロロは煮えたぎる眼差しをこちらへと向ける。
今更……何を伝えるでおじゃるか？
口元に皮肉げな笑みを浮かべる。
いずれにせよ、お前にもう退く道は……
にょほ、にょほほほ……
……！
その表情に何事かを感じ取った刹那、マロロが不敵に言い放った。
否っ！
罠に填はまるとは、こういう状況を言うのでおじゃるよッ！
言葉と同時、マロロが勢い良くその両手を振り上げる。それと同時に、迸るように赤い火線が大地を駆け巡った。
これは……！
これぞ火計の真骨頂でおじゃる。
まるで意思を持つかのように蠢く炎が、鎌首をもたげる蛇のようにこちらに殺到する。
炎に呑まれるぞ、全員中央に集まれ！
あやや、せっかく暴れるつもりやったのに、いけずやなぁ。
炎が相手じゃ刀では返しようが無いじゃない。
古典的ですが確実な手ですね。
どうする、オシュトル？
くっ……！
こちらが色めき立つのを楽しそうに眺めつつ、マロロが言う。
まさか逃げ道があるとでも思ってるでおじゃるか？
その声に操られるかのごとく、炎の包囲が徐々に狭まっていく。
オシュトルとその一味が炎に焼き尽くされていく様を、マロはとっくりと見物させてもらうでおじゃるよ。
その身を囮に、我らをこの死地へと誘い込んだか……
四方から迫る炎を前に、今、自分が取り得る最善の策を考える。
クオン、例のモノを出してくれ。
例のものって……さっき作ったこれЧ
そうだ。
嫌な予感しかしないけど……炎に巻かれるよりはマシなのかな？
説明は後だ。キウル、来い。
はい。
急ぎこれを矢の尖端に結わえろ。決して外れぬようにな。
判りました。
ムネチカ殿、頼みたいことがある。
小生でお役に立てるなら。
それから……
ここ。
何なりとお申しつけ下さい。
呼びかけられることを予期していたかのように、双子が答える。
にょほほほほ……手も足も出ないでおじゃるか。
今や越えられぬ壁となった炎の向こうから、歓喜とも狂気ともつかない声が聞こえてくる。
ついに！ついにやったでおじゃる！マロはこの手で、奸賊オシュトルを討ち取ったでおじゃ━━
よし、射て！
……っ！
弦の響きと共に、炎の中から矢が飛翔した。
一矢報いるつもりでおじゃるか？往生際が悪い……
だが、その矢が狙うのはマロロではなかった。
……なぜ真上にЧ
皆みな、伏せよっ！
炎に囚われた全員が一斉に身を低くした、次の刹那━━
頭上高く、突如爆風が弾けた。
━━なっЧじ、自爆したでおじゃるかЧ
爆音が耳をつんざき、熱風が激しく吹きつける。
オシュトルともあろう者が、苦しまずに済む方を選んだでおじゃるか。
それとも、マロの手にかかって死ぬつもりはない、ということか……
ひょほほほほ、卑怯者に相応しい卑怯な最期でおじゃるな、オシュトルぅ！
ハク殿、見ているでおじゃるか？ハク殿の無念、今ここにマロが晴らしたでおじゃるっ！
徐々に爆煙が鎮まっていき、勝ち誇っていたマロロははたと気づく。
今まで何よりも激しい勢いで燃え立っていた火炎、それらが残らず吹き飛ばされていた。
な、どういうことでおじゃるかЧ何故なぜ、炎が……？
目を見張ったその先、ゆっくりと立ち上がる人影があった。
……オシュトルЧ
……皆、無事か？
何故なぜ、生きて……一体何をしたでおじゃる！
風は火を起こし、大きく育てるが、強すぎる風は火を吹き消しもする。
風を以て炎を制す━━火計とは本来、ただ焼き尽くすのみにあらず。炎の生滅を自在に操ってこそ真髄━━
爆風で炎を消したと？それでは炎は消えても無事では済まぬでおじゃる。
確かに無事では無かったし、ちょっと危なかったかな。
クオンのその声を合図に、伏せていた面々も次々と身を起こす。
はい……でも、信じていたです。
あの……アンジュさま、ご無事ですか？
これしきの事、ムネチカの扱しごきを思えば軽いものよ。
まあ、みなさんお顔が煤だらけですよ？
そんなこと言ってる場合かな。
何とか護りおおせたか……
護った。
呪法をかける間、攻撃が無かったので集中できました。
仮面アクルカがあれば、皆に傷を負わさずに済んだのだが……申し訳ない。
いや、ムネチカ殿無しでは無理だった。
……そういうことでおじゃるか。
爆風で炎を吹き払うと同時に、ムネチカ殿が『壁』を作り、ウルゥルとサラァナにそれを増幅させた。
まさか、小生の力をこのような形で使うとはな。
多少、手傷は負ったが、炎で焼かれるよりはましであろう。
そ、そのような捨て身の手を……
目を見開き、しばし絶句するマロロ。
高みの見物を決め込み、一気呵成に攻めなかった。不覚でおじゃる……
お前の策は潰えた……
呼びかけようとしたその時、マロロの様子がおかしいのに気づいた。
所詮マロはオシュトルには敵わないと？オシュトルが栄え、マロは滅びるべきだと？
オシュトル、オシュトル、オシュトル、オシュトル、オシュトルぅ……
うわごとのように呟いたその瞳に、また光が点る。
否！まだでおじゃる！例え万策潰えようとも、この命在る限り勝負はまだ付いていないでおじゃる！
策敗れ、それでも戦意を失わないマロロ。そのことに僅かに瞠目どうもくしつつ、手に鉄扇を構える。
ならば、これで決着としよう……マロロ！
オシュトルぅぅぅぅぅっЦ
陚
ٙ
ٙ

ۅ
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Ϳ

Ϳ

ぐぅっЧ
最早攻撃を避けられないマロロ。満身創痍という体だが、歯を食いしばって耐えている。
その姿に、他ならぬ自分たちが戸惑っている。
……マロロ。
最早もはや語ることなど無い━━斬るならとっとと斬るでおじゃる。
蔑さげすむようにマロロが言い捨てる。その顔は敗者のものではなく、ただ怒りに歪んでいるように見えた。
何故だ、マロロ……お前は、何故そこまでするのだ。
ククッ、何がでおじゃる。
こちらの言葉に、マロロが嘲あざけるように声を上げる。
ライコウに大義は無い。それが判らぬお前ではあるまい。
……まるで、己には大義がある、とでも言わんばかりでおじゃるな。
呟きながら、マロロはこちらに顔を向ける。
偽の姫殿下を擁立し、帝都をその手に収めたライコウを討つ。それが某それがし達の大義である。
何を言うかと思えば……そのような大義に、一体何の意味があるでおじゃる？
大義とは、その下に集つどった人々の為にある。お前にもそれはわかっているであろう。
戦いくさを起こした言い訳でおじゃるか？
言い訳はせぬ。戦いくさを望む民などおらぬ。戦いくさで己を利する者は、新たな戦いくさを呼ぶ。なればこそ……
某それがし達の願いはひとつ。この手で一日でも早く戦いくさを終わらせることだ。
ふ、ふふふ……そのような戯言、マロに信じろと言うでおじゃるか？
某それがしの立場を逆賊と断じるのなら、それもやむを得まい。だが……
あくまで、ライコウの掲げる姫殿下こそが真まことだと言うつもりか？
帝ミカドの崩御の折にヤマトの安定を図り治世を成したのは、『今帝都におわす姫殿下』の方でおじゃるよ。
それは表裏ひょうりの一方に過ぎぬ。
偽りをもって築かれたモノは、より大きな歪みを生む。まして、民を騙して築いた治世など、言うに及ばぬ。
耳心地の良い理屈でおじゃるな。何処どこまでも正しく、それ故にいっそ空々しい。
覚えておくがいいでおじゃる。どれ程正しくとも、相手の心を見ぬ言葉は誰の胸にも響きはしないのでおじゃるよ。
その通りやも知れぬ。だとしても、真実から目を背けていては、己自身をも偽ることとなる！
ならば貴公に問うでおじゃる。
偽りをもって築かれたのは、貴公の立場そのものではないのか？
……！
今の貴公の心こそが歪んでいるのではおじゃらんか？
マロ一人も得心させられずに、二心無きことを民にどう証あかすのでおじゃるか？
一瞬の動揺を見取り、さらにマロロは詰問を重ねた。
確かに、今はそれを証あかす術はない。
馬脚を現したでおじゃるな。
マロロの瞳に、嘲笑とも憐憫れんびんともつかない色が浮かぶ。
マロやライコウ麾下きかの兵達は、最早止まれない……そういうことなのか？
だが、それでも……
しかし……これだけは判ってほしい。某それがしが望むのはただひとつ。
ただ、あるべきものを、あるべき形に戻すこと━━ハクも、きっとそれを望んでいる。
……ハク？
今、貴公は『ハク殿もそれを望む』と言ったでおじゃるか？貴公がその口で、ハク殿の望みだと？
にょほ……にょほほほほ……
…………
貴公がハク殿の言葉を代弁するのでおじゃるかッЦ私欲のためにハク殿を殺した貴公が！
こちらの言葉に、マロロが歯を剥いて絶叫する。
そうか、これだ。マロに再会した時からずっと消えない違和感……
聖上、しばらくこの者と二人きりで話をさせていただきたい。
わかった……だが気を付けるのじゃぞ。
心得ております。
皆が見守る中、マロロの側まで歩み寄ると、視線を合わせ腰を落とした。
マロロ……ひとつだけ聞かせてくれ。なぜそんな出鱈目を信じる？
何がデタラメでおじゃるかっ！マロはこの目ではっきりと見たでおじゃる！
この目で？……お前はどこで何を見たんだ？
誤魔化されないでおじゃる！貴公は瀕死の芝居をしてハク殿に介抱され、その隙に後ろから短剣で……
よく考えるんだ、マロロ。某それがしが帝都から脱出した時、お前は何処にいた？
そこにいたでおじゃる！マロは確かにそこに……
そんなはずはない。お前自身がよく知っているはずだ。
くうっ、があぁぁぁ……
悲鳴を上げ、その場にうずくまるマロロ。
あ、頭がっ……
マ、マロロ様！
何者かがマロロに駈け寄ると同時に、吹き上がった煙が辺りの景色を覆い隠した。
━━ッ！何だ、一体！
煙の奧に目を凝らすと、突如現れたその者は、マロロの耳に何かを押し当てているように見えた。
あれは……何をしている？
……オシュトル、オシュトル、オシュトルぅЦ
と、まるで炎が沸くかのように、マロロの声がその名だけを繰り返し始めた。
まだでおじゃる、オシュトル！
マロロ様、こ、ここはお引きを！
マロがその首を獲るまで……この戦いくさは決して終わらぬ！
血反吐を吐くかのような叫びを残して、マロロの気配が遠のいていく。
待て、マロロ……！
全ての煙幕が晴れた時には、マロロと比較的軽傷だった敵兵達の姿が消えていた。
ぬぅ……
くっ、見失っちゃった！
なに、今ならまだ追える！
ウチもお供するぇ！
深追いは避けた方がいいでしょう。罠がこれだけとは限りませんし。
むぅ……
オウギはん、いけずやなぁ。
『どれ程正しくとも、相手の心を見ぬ言葉は誰の胸にも響きはしない』……辛いものじゃ。
追撃を諦めた面々、その背後から微かなアンジュの呟きが聞こえてくる。
余よは己自身が不甲斐ない。余よは、何一つ言い返すことが出来なんだ。マロロよ……
その声には、一つの感情が宿っていた。恐らくは、この仮面の下にも刻まれている、深い後悔の色が。
さっきのマロの様子は明らかにおかしかった……お前に何があったんだ、マロ？
答えを見つけられるはずもなく、ただ戦場いくさばに軍勢の声が響く。
……兄あにさま、本陣からの伝令が。
そうだな、こんなところでグズグズしては居られぬ。戦いくさは、まだ続いているのだ……
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ʐ
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どうやら、伏兵は追い散らしたようだな、オシュトル。
早馬を駆って本陣に戻ったこちらを迎えたのは、いくらか憔悴した様子のイラワジだった。
ええ、最早背後の敵に怯える必要はありますまい。して、前線の様子は？
芳かんばしくはないな。何分、敵の軍勢は機に敏で、中々隙を見せぬ。
……流石はライコウ、と言ったところですか。こちらの損害は？
皆みな、よくやっておる。しかし、ライコウの手勢はこちらの半分も損耗しておらぬだろう。
そんな……
……さて、どうする。このまま手を拱こまねいていれば、待つのは敗北のみ。
この流れ、何としてでも変えねばならん。
手薄になっている陣に挟撃を仕掛け……チッ、囮おとりか、嫌らしい真似を。
これはまた……気づかずにそこを攻めていたら、返り討ちですか。
相手の虚を突く━━それが出来ればなんとかなりそうなんだけれど。
その虚を突くことは難しい、か。
では、兵を伏せて誘い込んでみてはどうでしょうか？
難しいだろう。正確無比なライコウの軍勢を誘い込むのは、並大抵のことではない。
ただ奇策を打つだけでは、奴の裏をかくことは出来ぬ。
そう……ですか。
何より、彼奴あやつ等の反応が速すぎる。あれに対抗するための手段は講じたはずだが、それでもまだ足りぬ。
確かになぁ。やれやれ、どんな絡繰からくりを使ってるんだか。
あの素早く、一糸乱れぬ動き……その裏には、某それがし達の知らない何らかの通信手段があるはずだ。
オシュトルも、そう思う？
状況からして他にあるまい。それを叩くことが出来れば……
うん、足並みを崩すことは可能かな。
とはいえ、それが何か判らないのではな。奴はこれ程までに正確な情報を、どうやって伝達している……
……ん？
………………
不意に服の裾を引かれ、振り向く。そこには、不安そうにこちらを見上げるウルゥルとサラァナの姿があった。
二人とも、どうした。
もぞもぞする。
色々な思念が飛び交っていて、背筋がぞわぞわします。
……何？
それはライコウの逓信衆ティリリャライのものではないのか？
ライコウが念話で指示を送っているのは承知している。これだけの戦になれば、当然情報量も増えるはずだ、だが……
凄い数。
今までにないほど、無数の念話が同時に使用されています。
それに、カタコト。
通常の念話に比べると、符丁化され、内容は随分稚拙ちせつなものに落としているようです。
彼女たちの言う『数』が尋常ではない規模であることは、その顔色からも覗える。
だが、それほどの情報が一度に入ってきて、正確に伝わるものなのか？
わたし達なら、出来る。
出来ないことはありません。ただ、他のことには一切注意が向かなくなります。
小生が知るところでは、通常逓信衆ティリリャライの念話は一対一、出来ても精々三、四名の処理までのはず。
不可能ではないと。
恐らくは。
ッ━━
糞ッ……何でそれに思い至らなかった！
情報戦に長けたライコウのことだ、逓信衆ティリリャライの大規模な運用は充分に予想できたことだった……
迂闊うかつだった。逓信衆ティリリャライは一対一と思いこんでいた。一対一と誰が決めた……
なるほど。そういうことでしたら、情報の伝達が我々の比ではないのも肯けます。
どうする、こちらの通信手段ではとても上回れない……
いや、待て。サラァナは稚拙ちせつなもの……と言ったな？
ならば、偽の情報を流すことは可能か？
そっか、感じることができるってことは、その逆も……
可能。
ただ、単純な内容と言っても符丁化はされています。少し時間を頂ければ別ですが。
……そうか。
内容を解析して虚偽の情報を流す……それでは間に合わんか。
なぁなぁ、何を言ってるか判るけ？
むЧわ、私に聞くな。
ならば、念話を発している者を特定出来るか？
戦場いくさばの至る所から発せられていますが、ある程度集中している所で良ければできます。
頼む、やってくれ。
索敵……開始。
そう言って、双子が同時に瞑目する。互いの手を握り、もう片方の手は糸を辿るかのように中空をさ迷わせた。
特定。あれ等がそう。
上の……あの物見櫓やぐらの一つ一つから、思念が流れてきています。
言われて視線を向けた先には、両手の指を超える数の櫓やぐらが戦場いくさばを睥睨へいげいしていた。
それぞれかなり距離が離れており、その一帯は本陣に次ぐ守兵が隊伍を組んでいる。
あの物見櫓やぐらが……いや、そう思わせておいて通信塔だったというわけか。どこまでもやってくれる。
ふむ、よく判らんが……つまり、あれらを片っ端から潰していけばいいのだな？
何も難しく考える必要はないな！
そやなぁ、それなら判りやすいなぁ。
いえ、敵陣の中、櫓やぐらに近づくのも大変なのです。それを全部潰すなんて、とても無理なのです。
む……だが、他に方法もないと思うが。
クスッ……
クオン、何も笑うことないだろう。
ううん、ノスリ。オシュトルはやる気かな。
え……
そうでしょ、オシュトル？
ああ、確かにアレをどうにかせねば我等に勝機は無い。
ですが兄あにさま……
そうだな。ネコネの言う通り、あれら全てを潰すのは難しいだろう。かといって一つ二つ潰したところで、大した打撃にはなるまい。
むぅ、打つ手無しということか……
いや、いくらライコウとはいえ、全ての戦況を拾っていたのでは対応が遅れるはず……
何か手はあるはずだ。あれら全てを相手取ることなく、敵を攪乱する方法が。
まぁ、こんな波のような沢山の念をやり取りするなんて、大変そうですね。
こんないっぱいの想い……酔ってしまいそう……
想い……
酔う……
つぶやいた双子が、ぱっと顔を見合わせた。
おそらく専門が居る。
どこかに情報処理を専門としている特殊な能力者が居るはずです。でなければ、ここまで潤滑かつ膨大な量の波を処理しきれません。
まぁ、そうでしたのね。
…………
主あるじ様、どうかした？
そんなに見つめられたら……ムラムラしてしまいます。
一応お手柄なんだけど……なんだろう、この釈然としない感じ……
再び、サラァナとウルゥルに向き直る。
ならば思念が最も集中しているところを探して欲しい。出来るか？
承知。
少しだけお時間を頂きます。検索、開始━━
こちらの要請に、双子は互いの手を取り合い、直ぐ様瞑想状態に入った。
右翼、第二、第三検索完了……
左翼を対象から除外……中央の櫓やぐらに索敵を集中します……
二人が言葉を呟くたびに、その表情はみるみる青ざめていく。
それほど負担が大きいのか。それとも、人の思念に当てられているからか……
無理は……いや、頼む。
御心みこころのままに。
もう少し……
右翼第五、中央左翼寄りに大きな思念の流れを確認……っ……
もういい、休め。
二人の肩に手を置き、検索を止めさせる。すると二人は、その場で力なく膝を折った。
……二人とも、無理をさせたな。ルルティエ、頼む。
は、はいっ。さ、お水をどうぞ。
……感謝。
主あるじ様の口移しであれば、より回復が早くなります。
それはダメです。
双子をルルティエに任せ、話を先に進める。彼女達が得た情報は、一つの事実を示していた。
中央左翼よりと右翼の端、か。どっちも同じような櫓やぐらだけど。
どちらかが目的の櫓やぐらか。もしくは……
両方だろうな。おそらく、同時に情報を処理することで負荷を抑えているのだ。そして……
片方が落ちた時のことも考えて、かな。
あのライコウが不測の事態への備えを怠おこたるとは思えませんからね。
しかし、今回もこの二人に助けられたか……
こちらの視線に気づいて、気丈に笑みを浮かべる。
……がんばった。
わたし達の力は、主あるじ様のお役に立ちましたか？
ああ、十分な。
さて、どうしますか。兵を割き、二箇所に向かわせるとなると、本陣に隙が出来てしまいますが。
かと言って、片方ずつ攻める手も取りにくい。
何故なぜですか？個別に攻めればむしろ戦力が集中できるのでは……
中継する櫓やぐらがあの二つでなければならない、という道理はないじゃない。
中継点が潰されることも計算の内なのだ。それ故、二箇所に分散させている。
仮に一箇所を潰したとしても、もう一箇所の櫓やぐらが、新たな中継点を作るだけだ。
そして、位置が特定された襲撃者は、殺到する兵達に囲まれ、皆殺しにされることとなる。
ここはやはり、同時撃破しかない。しかも、完全に連携し、精密な一撃を加えなければならぬ。
厄介な話だ。
だが中継点がわざわざ二つあるというのは弱点の証でもある。一度壊してしまえば、復旧にある程度時間がかかるのだろう。
それ故、二箇所を同時に潰すのは致命的な一撃となり得る。少なくとも、しばらくは指揮系統が混乱するはずだ。
そして、その隙に総攻撃をかける。
念のため確認しますが、現状の戦力ではそう何度もは攻められませんね。
その通りだ。出来て一度きりだろう。
しかも、ここから守勢に回れば最早戦線は維持できまい。
うんと疾はやく、うんと正確でないとダメってことやねぇ。
だが、他に策はない。
言い切りはしたが、容易ではないことはその場の誰もが判っているだろう。
一度きりの勝負……ってことになるかな。
一度きり……
このままでは、早晩押し切られる。敵の手にただ対処するだけでは、兵力の逐次投入にしかならない。
こちらから打って出なければ、そのままズルズルと負けてしまうのは明白だ。
幾つかの策を検討し、精査する。しかし、浮かぶ結論は常に同じ。すなわち━━
おそらく、この作戦の成否が此度の戦いくさを決めることになる。
すなわち決戦か、悪くない響きだ。
うひひ、面白くなってきたぇ。
このままじゃ、どうにもならないもの。ここが仕掛け時っていうのは、私も賛成かな。
これより、我等は敵陣の耳目たるあの櫓やぐらを落とす。
両方、同時にな。
だが、櫓やぐらの付近には兵が詰めている。近付くことは容易ではないぞ。
近付けぬのなら狙撃をすれば良い。幸い、どちらの櫓やぐらにも、狙撃するには格好の丘がある。
うむ、つまり私の出番だな。
期待している。ノスリの弓の腕ならば、失敗はあるまい。
しかし同時に、とは……そんなことが可能なのかのう。
太鼓マヌイを使ったのでは、敵に何かすると知らせるようなものだな。
無論、その方法は考えてある。同時に櫓やぐらを落とすための合図だが……
━━ウルゥル、サラァナ。
はい。
なんでしょうか、主あるじ様。
……二人はそれぞれの場所に別れ、そこから念話による合図をして欲しい。
その言葉に、双子の体が不安に震える。その顔が青ざめて見えるのは、気のせいではないだろう。
そういえば、この二人を離そうとしたことなんて今までなかったな。
……可哀想だが他に方法がない。
今、動かねば某それがし達の打つ手はなくなる。出来るか？
特に不安そうなサラァナの手をウルゥルが強く握る。こちらを見上げる双子の瞳には、僅かに涙がたまっていた。
……主あるじ様は？
ウルゥルの言葉に、サラァナは言葉を重ねない。体を震わせたまま、ただこちらを見上げていた。
某それがしは、ノスリと共に中央へ行く。そちらの方が、兵が集中している故にな。
もう一方は……キウルに任せる。
……え？わ、私ですかっЧむむむ、無理ですよ！
弓の腕でノスリに迫る者は、キウルをおいて他にいない。
でも……
キウルならば出来ると確信している。何、合図と共に動かぬ的を落とすだけだ。飛ぶ鳥を落とすことに比べれば、何のことはない。
兄上っ……わかりました！
ではわたしは、キウル様と一緒に。
……ウルゥル？
主あるじ様、サラァナをお願い。
そんな……わたし……
……すまない。
大丈夫。また……会える。
ウルゥルは一度サラァナの体を抱きしめてそう言った後、静かにその身を彼女から離した。
うん……
別働隊は、キウルの指示に従ってもらう。合図と共に狙撃。隊分けは……
ノスリにはサラァナ、オウギ、ネコネ、クオン、フミルィル殿、それに某それがしが同道する。
判りましたです。
妥当なところでしょうね。
クーちゃんと一緒なら楽しそう。
遊びに行くのではないんだけど。
………
残りの者はキウル隊とする。目的はあくまでも敵の櫓やぐらを排除することだ。戦いはできるだけ避けよ。
『できるだけ』ってところが大切やねぇ。
いえ、本当に避けてほしいんですが。
たまには楽な仕事もいいじゃない。
あの、シノノンちゃんはわたしが……
ひめちゃ、やっかいになるぞ。
聖上は小生が御守りしますゆえ、決して離れることのないよう……
言われなくとも判っておる！
それでは、行動を開始する。
一同
「「応っЦ」」

녿

녿
もう少しだ。ここを越えれば狙撃地点となる。
ノスリを先頭にして、遠くに見える櫓やぐらを目指しじりじりと進んでいく。
絶対に見つかるわけにはいかないが、慎重すぎては機を逃してしまう。楽な道程ではない。
ネコネ、大丈夫か、ネコネ。
平気なのです。
気丈に振る舞うが、やはり疲れの色が見える。
む、少し歩調を緩めるか？
いや、時間を掛ければ掛けるほど、我等の存在を気取られる可能性が高くなる。
それに、遅れてしまえばキウル隊との連携がとれなくなる。それだけは避けねばならん。
オシュトル……
そこにクオンが目配せしてくる。
……ああ。
サラァナの様子を窺うかがう。
………
これまでに見たことのない、サラァナの脅えたような表情。
ウルゥルと離れ離れになった事が、まさかここまで不安にさせるとは……
双子達は産まれた時から常に共に過ごし、離れたことが無いと言っていた。
しかも敵に気取られないよう『その時』まで互いに通じ合うことも制限している。
サラァナにとって、こんな事は初めてなのだろう。何があっても動じることのなかったサラァナが、まるで脅えるように震えている。
今回の策の要となるのが目標を狙撃するキウルとノスリ。そしてウルゥルとサラァナだ。
これは不味いか……
サラァナ。
主あるじ……様……
顔色が悪いが大丈夫なのか？もし何かあるのなら言うのだぞ。
いえ……問題ありません……御役目は必ず……
……そうか、頼む。
はい……必ずや……
大丈夫とかには見えないんだけど……オシュトル、いいの？
どうする、こちらから何か言うのは逆効果に思える。かえって萎縮し、状況が悪化しかねん。
………………
えいっ。
むぷ━━
不意に、フミルィルがサラァナに抱きついた。
サラァナの顔を胸元に埋めるようにし、幼子おさなごをあやすように頭を撫でる。
…………これは何でしょうか？
何も恐くありませんよ。ここにはオシュトルさまもクーちゃんも、それに皆みなさんもいますから。
何を勘違いしているかは判りませんが、私はただウルゥルが心配なだけです。
そのような心配、彼の眷属けんぞくになどされたくありません。
まぁ、そうだったのですか？ごめんなさい、勘違いしちゃいましたね。
そう言いつつも、フミルィルは頭を撫でるのを止めない。
ウルゥルちゃんなら大丈夫。みんな仲良しですもの。
やっぱり……貴女が一番油断なりません。
いつの間にかサラァナは普段通りの落ち着いた声に戻っていた。
ほぅ、さすがと言うべきか。
フミルィルには敵わないかな……
ではサラァナ、やれるな？
はい、お任せ下さい。
背後を歩くサラァナが、まるで隣に聞かせるよう呟くのが聞こえた。
ウルゥル……私はもう……大丈夫……
ϙ
……サラァナ。
ウルゥルが何事か呟いたのを見て、キウルが確認する。
あちらから何か言ってきましたか？
何も。
おねぇちゃ、わらってたぞ。
………
それは見たかったのじゃ。この双子はいつ見てもつまらなそうな顔をしておるからの。
聖上、人の上に立つ者として、そのお言葉はいささか不調法というもの。
余は思った通りを口にしただけじゃ。笑顔で主を喜ばせるのも臣下の務めじゃろう？
のう、ルルティエ。
あ……ええと、アンジュさまのおっしゃる通りだと思います。
誰かが笑っていると、みんなが笑顔になるから。
何かを考えるかのように、ウルゥルが瞳を巡らせる。
つまらなくない。
ならば笑ってみよ。
笑う。
…………
笑顔。
あの……もしかして、ウルゥルさまにはこれが笑い顔なのでは？
ぜんぜん判らないのじゃ！
全員止まれ。
ヤクトワルトの冷静な声音に、全員の足取りが止まった。
気づかれずに近づくのはここ辺りが限界じゃない。
櫓やぐらの方を仰ぎ見ながら言う。目標の形ははっきりしてきたが、並の兵ではとうてい矢で狙える距離ではない。
キウル殿、どうか？
待ってください……
ムネチカに問われ、櫓やぐらまでの距離と地形、それに風向きを慎重に吟味する。
すみませんが、もう少し近づけないでしょうか？
虚勢を張らずに己の技量を正確に伝える。随分と頼もしくなったじゃない。
いえ……
ここからはいよいよ敵陣だ。警戒を強めるじゃない。
全員が頷く。
そろそろサラァナさんから知らせがあるかもしれません。準備をしておいてもらえますか？
承知。
小生がウルゥル殿の守備につきますゆえ。
よろしくお願いします。
後ろ盾は任せてもらおうじゃない。
それならウチが前衛やね。うひひ、腕が鳴るぇ。
あの、アトゥイさん、くれぐれも……
今も隠密行動やぇ。向こうから攻めて来ない限り、こっちから目立ったりはしないぇ。
他の皆さんは、移動しながら、警戒をお願いします。
うむ、任せるがよい。
はい……やってみます。
がんばれキウル、シノノンがおとこにしてやるからな。
……頑張ります。
サラァナ……がんばれ……
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……ふむ、風向きが変わったようだね。
伯父上、どうされました？
感じないかね？この戦場の空気が変わったことに。
……いえ、私には何も。
そうか……まあ、貴重な経験だ。覚えておきたまえ、これが勝機の匂いだよ。
は？
イタク君。ここはキミに任せよう。私は少数の手勢を率い……敵の中央に奇襲を掛ける。
し、しかし！本陣からは、現状を維持せよとの命令しか来ておりません！
そう、まさにその事実が気に掛かるのだよ。
それは、どういう……？
我らが総大将殿は、ただ漫然と現状維持を選ぶような男ではない。彼は状況を動かしていく中で最善の手を模索する将だ。
それは、理解しているつもりです。ナコクでも、何度も驚かされておりました。
八柱将としての勘が告げている。ようやくオシュトル殿が、動き始めたのだと。
敵を騙すには、まず味方からということですか？
策を弄ろうするというのは、そういうことだ。ふむ、戦線は膠着こうちゃくし、仕掛けるには良い頃合だ。
流石に、彼は機を見るのが上手いな。ならば……私は私の役割をこなすまでさ。
戦場で静まり返るのは、策を隠していると喧伝するようなものだ。こういう時は、さも大げさに騒がなくてはな。
シャッホロ軍、列を整えよ！我等、敵陣右翼を食い破るЦ
ソヤンケクルさんが敵右翼と交戦状態に入りました。
察してくれたか……よい牽制になる。
これより、狙撃の準備に入る！周囲警戒、細心の注意を払え！
よし、ここからなら物見櫓やぐらの上が問題なく視認できる。
ここが正念場だ。時間が経てば経つほど、こちらの意図を相手に悟られる可能性も高くなる……
━━ノスリ。
む……少し、距離があるな。風を読むのに、少し時が要る。
一射だ。ニノ矢は無いと思え。
ふっ、この私を誰だと思っている。動かない的を射抜くことなど、造作もない。
それでこそだ。サラァナ、キウルの方はどうだ？
お待ちください。
…………
ウルゥルは、まだと言っています。もうすぐ到着するそうです。
そうか……
このまま、何事もなくとは行かないだろう。ライコウはどこで仕掛けてくるか。
この策が読まれていないにしろ、状況が不利なのは変わらない。何らかの致命的な一手を打たれる前に、事を終えねば……
そう気を揉むな、オシュトル。
……ノスリ？
この作戦、案外大した問題もなく上手くいくかもしれないぞ？何せ━━
━━私が一族を率いて戦う、初めての大戦おおいくさなのだからな。
いや、それは理由になっていない気が……
無論、冗談だ。だが、下らない理由でも集めれば自信の足しになる。
……気を使わせてしまったようだな。
ふふ、とはいえ、私が長オサとして参ずるのは紛れもない事実。そして勝利の美酒とは、いい女が振る舞うものだ。
さあ、ひとつ手柄をあげるとしようか！
はぁっЦ
ふむ、どうやら私も、まだまだ捨てたものではないな。この程度ならば、蹴散らすのは造作も無い。
しかし、こうも数が多いのは、流石に辟易するがねぇ。
敵味方問わずとは……随分と高く買われたものだ。
しかし、足を止められてしまったな。あのまま駆け抜けるべきだったか……いやはや、陸おかの戦いくさは難しい。
……ふっ、大太刀ひとつで前線に出てくるとは、まだ癖は直っていないようだね。
抜かせ。手前とて、将のくせに前線まで出張ってるだろうが。
何、少し昔の血が騒いだのだよ。何分、懐かしい匂いがしたものでね。
応とも。これこそが正に、戦場の空気よ。
そりゃぁえぇ━━ほいじゃが油断しんさんな。ソヤンケクル殿。
なんでぇ、アンタも前に出てきたのか。
子供に自分等らぁで考えさせにゃぁいけん。それに、雑魚ごりの餌えは豪勢なほうがえかろう？
どうやら、皆みな考えることは同じのようだね。
違いねえ。合わせてやる、好きに暴れな。
では、お言葉に甘えるとしようか━━
……こちらの読み通りならば、そろそろ開幕といったところか。
泰然と本陣に腰を落ち着けつつ、ライコウは笑みを深めた。その背後から、シチーリヤが感情の篭らない声で告げる。
ライコウ様、やはり敵陣にオシュトル様の姿はないようです。
こちらの伏せ札に気付かれたようだな。だがそうでなければ、態々わざわざこの布陣にした意味がない。
……右翼に、八柱将が突撃してきたとの情報もありますが。
シチーリヤの報告に、ライコウが僅かに眉根を寄せる。
このままでは、右翼の陣が大きく乱れるかと。
捨て置け。あれらは確かに戦場の流れを変え得る傑物けつぶつではあるが、奴らの策━━その本命は別にある。
まさか、オシュトル様が八柱将を囮に？なんと大胆な。
故に奴らに構う必要はない。この戦いくさの勝敗を決するに、砕くべきは別の器だ。
ならば、敵の本命は……
こちらの情報を統括する、櫓やぐらを狙っているのだろう。読まれているとも知らずに、な。
ッ！よろしいのですか？
既に、幾つか札は切ってある。
今この俺が持ちうる中で、最も強烈な一枚もな……
そこでオシュトルさえ討ち取ってしまえば、後は個々の繋がりの薄い有象無象に過ぎん。
承知いたしました。
オシュトルよ、さあ、貴様の手番だ。
数ある櫓やぐらの中で要かなめとなる二つを探し出し、落とさねば、我が通信網は壊せぬ……
それがどれほど困難を極めるか……もとより貴様には、万に一つの勝機もないのだ。
キウル様が配置につきました。
こちらはもう準備ができているぞ。
もうすぐ準備が終わるようです。
良し、ならば━━
……ッ！
何だ、この威圧感は……Ч
……待ちくたびれたぞ。
やはり来たか……
ミルージュ、これから起こる全てを見届けよ。
はい、ミカヅチ様。
……決着の時だ、オシュトル。貴様の目論みもろともに、全てを打ち砕いてくれるわ。
ミカヅチ……ッ！
この時を、ただ待ち侘びていた。
随分と、甘く見られたものだな。ただ一人で某それがし達を残らず相手取るつもりか。
邪魔であるからな。
……何？
我等が死力を尽くした戦場いくさばに、無力な輩やからは不要……むしろ邪魔だ。
それは貴様が一番よく知っているだろう？オシュトル……
今回は掛け値なしの本気、ということか……
行くぞ。
我が前では、脆弱な数など無為。ただ強き個のみが、この俺と対等となりうる。
……サラァナ、キウル達の状況は？
もう少しだけ時間が要る、と。
オシュトル！私も━━
動くな！
……っЧ
狙いを違えるな、ノスリ。お前の為すべきことは別にある。
しかし……
お前達は某それがしが護る。時を待て。
くっ……
……覚悟は出来たか、オシュトル。
某それがしをそう容易たやすく下せるとでも思っているのか？
くくっ、思ってはおらぬさ。故に、我が渾身の一撃を見舞う！
この気迫……仮面アクルカを持たない者が受ければ、ただでは済まないっЧ
さあ、見せてみろ！お前の力を！
すまない、オシュトル！狙いを付ける間、ミカヅチを抑えてくれ！
合図は、お任せ下さい。
……ああ、任せた。
行くぞ、ミカヅチ！ここから先へは、一歩も通さんЦ

Σ

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п
キウル様の準備が整いました。
━━ノスリ！
くっ、ミカヅチの動きで、風の流れが安定しない！もう少しだけ待ってくれ！
あまり長くは持たん、急げ！
俺を止められるかどうか、やってみるがいい。
舐めるなっ！
ハァッ！
ぬっЧ
━━見えたッ！
今だサラァナ！
承知しました。
無駄口を叩く暇などお前には無い！
くぅっ！
まだか、風の流れが変わってしまう！
………
ここは断じて通さぬ！
この期に及んで小癪こしゃくな企みに拘るか！
くあっ！
兄あにさまっ！
ネコネ、近づいたら駄目！
ッ……
時には、見守ることも戦いですよ。
ハイです……判って……いるのです……
兄あにさま……
やはり、貴様では俺には及ばぬか。
ぐう……
はっ、この程度の護りで俺を抑えられると思ったか、オシュトル！
し、しまったっЦ
ミカヅチがノスリ達に接近したので敗北（【敗北条件】の成立）

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返信有り。ウルゥルとの呼吸を同調します。
来たかッ。
秒読み開始、十……
ようやく出番だな……これを中あてねば女が廃る。
させぬわッ！
━━通さんッЦ
ぐぅっ！
邪魔をォ、するなァЦ
九……
言ったはずだ、貴様の相手は某それがしだと！
なれば押し通るッ！
某それがしを、容易たやすく抜けると思うてかッ！
あと少し、その間だけしのげれば……頼むぞ、ノスリ！キウル！
八……
…………ッ。
ウルゥルの秒読みを聞き、キウルの表情に緊張が走る。その視線の先には、敵情報網の中枢を担う、物見櫓やぐら……
……七。
大丈夫、兄上が……兄上が信じてくれたんだ、私なら出来る。
静かに、自分に言い聞かせるようにそう呟いて、キウルは弓に矢を番つがえた。
六……五……
いけるッ！このままここでミカヅチを抑えれば、自分達の勝ちだ。
……だが、だが何だ？胸に沸き上がるこの不安は。
四……
ククッ、それでこそよ！だからこそ、食い破り甲斐があるというもの！
吐ぬかせぇッ！
ライコウはこちらの策を読み、ミカヅチを待ち伏せさせた……本当にそれだけなのか？
自分なら……自分ならばどうする……そうだ、自分ならば━━
三……
……まさかッЧ
むこうの狙いも━━狙撃！こちらの策を寸前でつぶし、士気をくじくつもりか！
二……
ぬぅっ！
どこだッ、敵の狙撃手は━━Ч
━━見つけたァ！
オォッ！
一……ッ！
━━今ッ！
俺を前に、武器を捨てるか……
見たかオシュトル！一世一代の大勝負、勝ち取ったぞ！
…………
……ク、クハハハハハハハハッ！
まさか、この土壇場で兄者の策を潰すとはな。それでこそ『オシュトル』。
それでこそ我が友であり、我が宿敵……
そうだ……確かに我等の戦いに、このようなものは無粋の極みよ。
我等の決着は『コレ』で着けるべき……そう言いたいのだろう？
……無論。成しうる全ての力を傾けるまで。
……兄者への義理はこれで果たした。
ここから先は━━好きにさせてもらうッ！
仮面アクルカよ！我が魂の叫びに応え、我に大いなる力を与えよっЦ
ウオォォォォォォォーッЦ
ウッ、グググ……
うぉっЧ
『フ……フフフ、ヤハリ良イナ。コノ高揚感……』
ミカヅチ……
『来イ、オシュトル。我等ガ前ニ、最早もはや言葉ハ不要ゾ。』
『サア、己ノ全テヲ解キ放テЦ』
兄あに……さま？
皆みな……下がれ。
兄あにさまっЧ
ここからは仮面の者アクルトゥルカの戦いとなる。出来るだけ後へ下がるのだ。
ですが……仮面の力は……
心配要らぬ。某それがしは必ず戻る。
でも━━
でも……兄あにさまはそう言って……
ネコネ、何を言っても無駄かな。
姉あねさまЧ
こうなったら漢はもう……止められないから。
本当に……本当に帰ってきてくれるですか？
ああ、約束する。必ず、皆みなの所へ戻ると。
…………ハイです。
オシュトル、後でみんなしてお説教なんだからね。だから……
……すまぬ。
『別レハ済マセタカ？』
不要。
必ず帰ると約束したのだ。どうして別れが必要か。
『ヨクゾ吠エタ。ソウデナクテハナ！』
参る！
仮面アクルカよ……
扉となりて……根源への道を開け放てっЦ
『ヌゥ……コレハ。』
オォォォォォォォォォォォォォォォッЦ
『ククク……貴様ノ魂ノ高ブリ、肌ニ伝ワッテクル。』
『ユクゾ、ミカヅチ━━』
オシュトル・ミカヅチ
『オオオオオオオオオオオッ！』
『コノ程度カ、オシュトルЦ』
『マダマダアアッЦ』
『倒レヨЦ』
『ハッハッハッ！力ちからヲ使イコナシテイルデハナイカ、オシュトル！』
『シカシ、ソレデハ俺ニハ及バヌッЦ』
『グワッЧ』
『グゥ……ナラバ！』
『ハァァァッЦ』
『クッ……コレハ躱カワセヌ、カ。』
『グゥЦ』
『ヤハリ、コレデモ倒レヌカ……』
『ククク……五分ト言ッタトコロカ。サスガハオシュトル……』
『ダガ、ソレデハ足リヌ！己ヲ越エネバ、俺ハ倒レヌゾЦ』
『俺ハ、今コソ貴様ヲ越エルЦ』
『見ヨ！我ガ力ちからノ全テヲЦ』
『ヌゥ……ソウハサセヌЦ』
『コォォォォォ……』
『ウオォォォォーッЦ』
『ミカヅチ！覚悟ォッЦ』
『抜カセェッЦ』
『………』
『チッ……』
『認メヌ訳ニハイクマイナ。ダガ……』
『ヌガア……』
兄あにさまЧ
『ヤハリ貴様ハ恐ルベキ男ヨ。コノ敗北デ貴様ハサラニ強クナロウ。次ハ勝テヌカモ知レヌナ。』
『…………』
『ダガ、次ハ……ナイ！』
アハハハハハハハハハЦ
『ヌ……』
ア、アトゥイЧ
『アトゥイ、下ガレ！』
うひ……うひひひひ、こんな楽しそうなの、独り占めなんてずっこいぇ。
待たせたのじゃ、オシュトル！
ほほぅ、やってるじゃない。
やってるじゃない！
兄上、助太刀いたします！
合流に手間取った。不利を強いてすまぬ。
待って皆みんな、オシュトルの邪魔をしたりしたら━━
そんなこと言われても困るぇ。
……ああ、困るな。
うむ、そうじゃぞ！
全員戦やる気満々ですね。
そういうことじゃない。
ココポ、いけるよね？
ホロロロロ～♪
ルルティエ……
うふふ、では私も。
フミルィルまで……
平気。
……ウルゥル。
わたし達が居るから。
みなさんを御護りします。
ああ、もう。ネコネ、私わたくしから離れないで。
えっ、あ……ハイです！
『貴様ハ良クヤッタ……ダガ、ソレダケダ。』
『無念……』
ɧ

『ク……』
『クククク……』
『クハハハハハハハハЦ』
『オシュトルゥゥ、ソレデコソ、我ガ宿敵ヨЦ』
『オオオオオオオオオッ！』
そんな……もう終わったと思ったのに。
『サセルカアアアアアアアッ！』
兄上っЦ
これ以上はダメなのです、兄あにさまっ！兄あにさまの御体は━━
大丈夫ですよ、ネコネさん。兄上なら、きっと勝ちます。
そういうことではないのですッ。
オメェ等、何を呑気のんきなこと言ってる！早く離れねえと巻き添え食らうじゃない！
『オオオオオオオオオオオッ！』
『ハアアアアアアアアアアッ！』
『クハハハッ！良イゾ、オシュトル！ソレデコソ、コレマデ決着ヲ先延バシニシテキタ甲斐ガアルトイウモノЦ』
『ミカヅチィィィィッЦ』
『グウッ！』
『ドウシタ、モウ終ワリ━━ガッЧ』
『グオオオオオオオオオオッ！』
『ガアアアアアアアアアアッ！』
綺麗……あれが……
あれが……オシュトル殿の真の力……
━━ッЧいけない、すぐにこの場から撤退を！動ける者は負傷者に手を貸して！
待て、この場を放棄するつもりかЧ
あれはもう、戦いくさとか武功とか、そういう問題じゃないの！このままここに留まれば、オシュトル様の邪魔になるわ。
クッ、確かにあれに巻き込まれては……徒いたずらに兵を損なったとあっては、父上に顔向け出来ぬか。
判ったらほら、そっちも撤退の準備！
しかし、あの場にはルルティエが……
大丈夫よ、きっと。オシュトル様が、あの子を巻き込むはずがないもの。
む……そういうものか。
そういうものよ。ほら、急いで。
このままでは、遠からずここまであの二人の戦いの影響が及ぶ……ならば！
総員、直ちに下がれ！
仮面アクルカを解放したミカヅチは、まさに底知れぬ力の持ち主……
それでも……
信じてますよ、アトゥイさん。オシュトル殿……
おいおい、こりゃマズイなんてもんじゃねえな……
随分と派手にやりやがって。兵を退かせるこっちの身にもなって欲しいぜ。
ともかく、ここは逃げの一手だと思うがね。
仮面の者アクルトゥルカ同士の軛くびきなき激突……そんな恐ろしいモノ、もう合戦とは呼べないだろう？
ほうじゃのぉ。これ以上ワシ等らが戦たたこぉても、どがぁもならんで？
だな。あんなのが出張ってきたんじゃぁ、俺等に出来ることなんてたかが知れてる。
ふむ、イタク君も無事に下がったようだね。
クジュウリの兵モンも、戦況が見えるとこまで退のいとるじゃろぉ。
そちらはどうかね？
ハッ！退ひき戦いくさはイズルハのお家芸だぜ？放っといてもこの状況なら勝手に下がるさ。敵さんに土産をこさえてからな。
ふむ、ならば我らも……巻き込まれる前にお暇いとましようか。
だな。敵さんもあの混乱具合じゃ、追撃なんて出来ねえだろ。
では、行くとしよう。
うふふ、何や凄いなぁ。
ここまで来ると、もうこっちに出来ることは殆どないじゃない。
惚ほうけた様子で、口々に感想が漏れる。あまりに常軌を逸した力のぶつかり合いに、皆みなが呑み込まれていた。
ただその中で、ネコネだけはどこか悲痛な様子でその戦いを見ている。
兄あにさま……
『ドウシタ、我等ガ宴ハコレカラゾ！』
『……アア、ソノ通リダッ！』
『足リヌ、足リヌナ！今コノ一瞬ニ全テヲ賭ス覚悟ガナクバ、コノ身ニハ届カンゾ！』
ミカヅチの言う通りだ……半端な力では、ただ潰されるのを待つだけ。ならばッ！
もっとだ……もっと力を……より深く、より強く……この命を……喰らってその力に変えろッ！
『ソウダ、ソレデイイ……フッ。』
『……ク、ハハハ。』
『楽シイ、ナ。』
『……貴様モ、ソウ感ジテイルノデハナイカ？』
『アア、心ガ躍ル。』
『命ヲ賭シタコノ戦イ、何一ツ憂ウコトナク力ちからヲブツケ合ウコトノ、ナント心安ラグコトカ。』
『コレホドマデ戦イガ楽シイノハ……初メテダ。』
確かに、この胸に灯る熱は何物にも代え難い。全てを賭けた死闘を演じているというのに、この楽しさはなんだ？
『コレコソガ、我等ノ本質。』
『本、質……？』
『己ガ命ヲ削リ、敵ヲ打チ倒シ、ソレデモ止マレヌ！我コソハ最強也ト、タダソノ証あかしヲ求メテ！』
『ソレガ我等、武人もののふノ生キ様ヨ。』
『ナラバ……止マレヌト言ウノナラバ……！』
『貴様ノ命燃ヤシ尽クスマデ……アア、ソノ最期ノ瞬間マデ付キ合ッテモラウゾ、ミカヅチ！』
だ、駄目なのです……
二つの巨躯が、戦場を駆け抜ける。その苛烈さ、鮮烈さを前に、ネコネは何時しかその瞳に涙を貯めていた。
ああ……そんなに、仮面アクルカの力を使ったら……
ネコネよ、心配は要らぬのじゃ。オシュトルならば、ミカヅチに負けはせぬぞ。
違うのです……そうではないのです……
……どうしたの、ネコネ？さっきも、オシュトルが仮面アクルカを使うのを止めてたけど。
このままだと……兄あにさまが……兄あにさまが……
それはどういう意味じゃ？
仮面アクルカの力は、諸刃の剣なのです……だから……使いすぎれば、兄あにさまの命が……
そんな……
……その話、本当なのか？
…………
アンジュが、背後に控えたムネチカに問いを放つ。
答えよ、ムネチカ！
ネコネ殿のおっしゃる通りです。
男の仮面の者アクルトゥルカは代々短命。その強大な力は代償として魂を摩滅させ、ひいては肉体を破滅させる。
なんじゃと……
つまり、仮面アクルカの力を酷使し続けたら……
……その躰は塩となって砕け散る。
あの時のヴライのように……
あ……
『命長ラエ這イツクバル生キ様ニ何ノ価値ガアル。命ヲ食イツブシテコソノ人生ヨЦ』
『地獄ディネボクシリデマタ、闘オウゾ、オシュトルゥーッЦ』
『ハッハッハッハッЦハハハハハハハハハハハハハ……Ц』
で、でも、兄上ならきっと……
兄あにさまは、もう何度も……無理を重ねすぎてるです……
もう……いつ限界を越えても……おかしくはないくらいなのです……
ムネチカッ！今すぐオシュトルを止めよЦ
何をしておる、ムネチカッЦ
……どうして止められましょう。
なんじゃとЧ
ヤマトの為に命を賭すは武人もののふの誉れ。ましてや相手は宿敵であり無二の友……どうして止められましょう。
それに仮面アクルカなき小生には、あの二人を止める術がありませぬ……
それは……じゃがっ！余はそんなことは、望んではいないのじゃ……
ムネチカの言葉に二の句が告げず、アンジュは力無く頭を垂れる。同時に、一際大きな音が戦場いくさばに轟いた。
もう止めてくださいっ！どうして二人が戦わないといけないのですかっ。
届かぬ涙声を震わせて、ネコネはそのまま嗚咽と共に膝を折る。そんな彼女を、クオンがそっと抱き寄せた。
泣かないで、ネコネ。
で、でも……このままだと……
クオンは不安そうに顔を上げるネコネの頬を優しく撫で、見るものを安心させるような微笑みを浮かべた。
私わたくしが止めてきてあげる……
……姉あねさま？
妹が泣いているんだもの。それを放っておくなんて姉失格だから。
クオンは笑顔でそう返した。
でも、そんなこと……できるわけないのです。
やってみてもいいかな？
もう一度言って、ネコネと正面から瞳を合わせる。
助けて下さい……お願いします……助けて……姉あねさま。
そんな彼女に、ネコネは縋すがり付くように懇願した。クオンに何ができるのか、何をしようとしているのか、何一つ判らないままに。
任せて。
クオンは立ち上がり、前に出る。それを見とがめたムネチカが、無言でその行く手を遮さえぎる。
周りの見えてない困ったヒト達を、止めに行くの。
退いてくれないかな。
……無粋であるぞ。
うん、知ってる。
何をするかは知らぬが、巻き込まれれば只では済まぬ。
それでも行くの。皆の為に、ネコネの為に……それから私わたくしの為に……
そして、クオンが小声で呟く。
もう……二度と死なせない。
ムネチカ、クオンの好きにさせるのじゃ。
しかし……
大切なのは武人もののふのオシュトルではない！ただのオシュトルなのじゃЦ
……御意。
ありがとう。
道を開けたムネチカに礼を言って、クオンは視線を前へと戻す。
その先には、今尚激戦を繰り広げる二つの巨人の姿があった。
我が父の名において、この身に穿たれし楔を……解き放たん！
姉あね……さま……？
これは……また……
な……一体何がッ。
こりゃ、たまげたねぇ……
こ、こんな……これは一体どういうことなんですかЧ
皆みなが口々に驚きの声を上げる。当のクオンは、そこでネコネを振り返り━━もう一度、微笑んだ。
それじゃあ、ちょっとだけ待っててね。
『グオォォォ！』
『ヌゥゥゥッЦ』
『ク、ハハハ！マダダ！マダ足リヌ！滾たぎレ、崩セ、討チ滅ボセ！』
『フハハァッ！ソウトモ、モットモットダ！コノ身、コノ血肉ノ一切ヲ力ちからニ換エヨォЦ』
『コレデ、終ワリ━━グガッЧ』
馬鹿なッЧミカヅチは目の前にいたはず！横合いからの不意打ちなど……
『グオォッЧ』
『邪魔ヲスルナッ！』
それはこちらの台詞だ。
まさか、今自分達を横撃したのは……いや、自分は仮面アクルカの力を解放しているんだぞЧ
『馬鹿ナ……』
『手ヲ出スナ、クオン！コレハ某それがしノ戦イダ！』
『漢おとこノ戦イニ口ヲ挟ムナ！』
女を泣かせ、何が漢おとこか！
オシュトルよ、聞こえぬか、汝なんじを気遣う声が。
やめ……くださ……やめてくださ……てください……めて……
『ネコネ……』
もう、止めてください……このままじゃ……兄あにさまが死んじゃう……
『……ッ。』
『…………』
『……興ガ削ガレタ。』
……この勝負は、次まで預けておく。
ま、待て！逃げるつもりか！
このまま放置なんぞされた日には、こっちだけが悪者みたいだろ！
……泣く子には勝てん。
こちらの哀願を切って捨て、ミカヅチはそのまま去っていった。あとに残るのは……
オシュトル。
兄あにさまぁ！よかった……よかッ……ほん、よかッ……あぅ……！
言いながら、ネコネがこちらの胸に飛び込んでくる。それを疲弊した躰でなんとか受け止め、思わず苦笑が溢れた。
これは……何というか、しまらないなぁ。
ぽっかりと空白が出来たかのように、辺りは静まり返っている。その中心にいるのはクオンだった。
唐突すぎる状況の変化に、誰もが戸惑い、言葉を失っている。
そんな中、クオンに歩み寄る者がいた。
やっぱりなぁ……
クオンはんはもっともっと強いんやろなぁとは思ってたけど、想像を軽く越えてたわ。
ウチ、もう辛抱たまらんぇ。
尋常ではない闘気を発したまま、得物を構え、クオンに正面から対峙する。
なあ、今度こそ本気で殺やろ？
だが、クオンは反応しない。
なぁ、クオンはん？
突っ立っていたクオンが、その場にパタリと倒れ伏した。
っ！クオンЧ
それを見て、皆がようやく我に返った。
クオンさまっЧだ、大丈夫ですか？
姉あねさまっЧしっかりっ……
揺すらないで～……
倒れたクオンは起き上がる事もなく、それでもなんとかといった様子で声が返る。それを見て、フミルィルが小さく笑みを浮かべた。
あらあら、随分はしゃいじゃいましたねえ。
あの、大丈夫なのですか？
ええ、大丈夫よ？だってこれ、ただの筋肉痛ですもの。
……筋肉痛Ч
筋肉痛って……運動をしすぎた時の、あの筋肉痛のことでしょうか？
はい。何日か安静にしていればすっかり治りますから。
いや……しかし、念のため手当を受けた方がよいのでは？
クオンはん、お預けは殺生やわぁ。
だから、揺らさないでってばぁ……
なんじゃ、あれを止めておきながら、存外だらしがないの。
情けない声をあげるクオンを中心に笑いが巻き起き、禍々しさを含んだ一幕を押し遣やって消した。
敢えて変わらぬ仲間たちのやりとりを暖かく思いながら、己が手に視線を落とした。
勝負は預ける、か。
ああ、判っているさ。次こそは、必ず……
混乱が、戦場いくさばを席巻せっけんしていた。
荒れ狂う二柱の仮面の者アクルトゥルカは周囲の状況など気にすることなく━━あるいは、気にする余裕もなく、戦況を決定的に変えていく。
とりわけ、その被害を被ったのは、通信網を寸断されたライコウの軍勢だった。
……状況を報告せよ。
感応による通信網が寸断されました。その後の騒乱により復旧未だ成らず、かなりの兵を失ったとの報告もあります。
叛徒はんとどもの勢力は未だ健在。仮面の者アクルトゥルカの被害も、最小限に抑えたようです。
シチーリヤの報告に、ライコウは反応を返さない。いつもならば直ぐ様もたらされる的確な指示もなく、ただ無言で俯うつむいている。
それを見て、一瞬シチーリヤの表情が揺らぐ。しかし直ぐに己が職務を思い出し、再び口を開いた。
……未いまだ、兵力の差は決定的ではありません。まだ反撃の余地は━━
……あり得ぬ！こんな馬鹿げたことがあってたまるか！
我が用意した罠をことごとくかわしたというのか？
ミカヅチはどうした？愚弟め、やはり情に流されおったか。
数ある櫓やぐらの中から、弱点となる二つを見極める……これだけでも至難の技。
しかも、その二つの櫓やぐらの逓信衆ティリリャライを、寸分違わず同時に討つなど……
いったいどうやって……
奴の力を甘く見過ぎたか。どうやら、我が通信網をも超える特殊な能力を持った奴がいるな。
……鎖の巫カムナギか。
……ライコウ様？
フッ、ハハハハハッ！オシュトルよ！見事だ！
まさに、万に一つの可能性に掛けて、勝ち取るとはな……貴様の蛮勇をたたえずにはおられぬ！
笑い声と共に面を上げたライコウだが、そこに笑みはなく、むしろ悪鬼の凶相が浮かんでいた。
新たに通信網を確立し、号令を発せよ。我らはこれより撤退する。
……この戦場いくさばを、捨てるのですか？
そうだ、もはやこの戦場いくさばでは挽回の余地はない。
……まさか、この俺が帝都にまで押し戻されるとはな。だが━━
追って来い、帝都まで！そこで貴様を確実に地獄ディネボクシリへと送ってやるЦ
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Ó
Ý
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既に帝都は目前、か。
夜。幕舎ばくしゃの中、目の前に広げられた地図を前にひとり物思いに沈む。
ライコウの軍が引いてから一日。こちらの軍の混乱もようやく収まり、もはや帝都までの道程に何の障害もない。
無論、敵はライコウ。敵の待ち伏せを警戒して、幾度も斥候を差し向けたのだが持ち帰ってくる報告は常に同じだった。
『敵影見えず』……
伏兵一人置いてないとはな……不利と見るや、こうも素早く全ての兵を退くとは、さすがライコウと言うべきか。
帝都で兵を立て直し、万全の態勢でこちらを迎え撃つつもりなんだろう。
一見、こちらが追い詰めたようにも見えるが、追い詰めた先が大いに問題だ。
案外、こちらの方が追い詰められたと言えなくもないか……
随分と思い悩んでいるようですね。
背後の声に振り返る。
オウギか……
クオンさんは療養━━というより、お休み中です。明日には回復するそうですよ。
それは重畳。だが、無理をされても困る。
そこはネコネさんとルルティエさんが付いているので、問題はないかと。
……本題に入れ。
はい、再度斥候を放ってみましたが、やはりこの付近にも敵が潜んでいる気配はないようです。
ウルゥルとサラァナも、思念は途切れたと言っている。退いたとみて問題無いか。
いやはや不気味ですね。あの鮮やかな引き際から見るに、何か裏があるように感じるのですが。
であろうな。あのライコウが何の手立ても用意していないとは思えぬ。
そうでなくとも、帝都はあの城壁で守られているのだ。何を企てているかなど考えたくも無い。
こちらの言葉にオウギも無言で頷く。
帝都を初めて見た時、あまりの巨大さに驚いたものだが……まさかそこを攻めることになろうとはな。
あの城壁、ムネチカは何の変哲も無いものだと言っていたが……それ故攻め難い。
しかも壁に取り付こうにもあの高さだ。そして天辺てっぺんには兵が陣取り、矢やら石やらが飛んでくる。
あんなのをどうしろと言うのか……
更に不味いのは篭城されることだ。
帝都には常に五年分ほどの備蓄があるという話だ。下手をすれば、此度の戦に備えてさらに備蓄を積み増している可能性すらある。
それに引き換え、我らにそんな猶予はない。補給線が延びきっている上、こちらが用意出来た兵糧は奴らに遠く及ばぬ。
しかも兵は各國の寄せ集め……勝ち馬に乗ったつもりでやって来た連中もいる。
冬が来るまでに決着を付けねば、撤退せざるを得なくなる。
……そうなる前に少数で仕掛けてみてはどうでしょう。
少数精鋭か。
はい、ヒトが住む以上、完全に封をして閉じ籠るというのは案外難しいものです。
大軍が通り抜けられなくとも、数人なら通り抜けられる穴くらいあるでしょう。それを使い中に潜入すれば……
ライコウと偽の聖上を消せる、か？
オウギは感情の読めない笑顔でこちらを見据える。
いや、それは出来ぬ。
どうしてです？この戦いくさの本分は帝都を奪還することのはずですが。
偽者が悪政を敷いているのであれば、それも有りかも知れぬ。だが、帝都の落ち着きようからするに、そうではあるまい。
なのに、そのような手を打てば帝位を簒奪さんだつする為に暗殺した、と捉えられかねぬ。
真の覇者たらんとするならば、それに相応しい振る舞いによって決着を付けねばならぬのだ。
しかし、そうは言ってもあの壁を正面から乗り越えるのはなかなか厳しいのではありませんか？
まして門を打ち破って入るのはほぼ不可能かと。
……突破口がないわけではない。
ほほう……
そう、無いわけじゃない。だが……
だが、それだけを以て決戦には臨めぬ。
壁を越えて戦うという事は、民の住む街の中で戦うと同義だ。民にも多くの犠牲者が出るだろう。
それでは、例え帝都に座する偽者を排除出来たとしても、民の聖上への尊崇が揺らぐことになりかねぬ。
これは帝ミカドの凱旋なのだ。それ故に、民を傷付けるわけにはいかぬ。
そしてこれは、聖上の御意志であるのだ。
帝都を取り戻すのに、民を傷つけては本末転倒ということですか。
やれやれ、相手は手強いというのに、勝ち負けだけで優劣を付けられないとは面倒な事です。
まあ、オウギの言い分も判るがな。
しかし、下手な手を打てば民意が割れる。対立、暴動、疑心暗鬼……戦いが終わった後で帝都が炎に包まれかねない。
となれば、ライコウを城壁の外へ誘き出し、そこで決着を付けるのが最善。
だが、どうやってライコウを外へ誘き出す？現状のままではライコウに動く必要がない。
一番手っ取り早い揺さぶりは増援だが、すでにヤマト各地から集められる兵は集めている。一体どこに余分な兵が……
ん？余分な兵……そうか！
オウギ、急ぎ文を出してもらいたい。
それは構いませんが一体、どなたに？
トゥスクルの皇オゥルォに、だ。
……まさか、トゥスクルに援軍を要請するのですか。
オウギの反応を見て、思わず口元が緩む。
さすがに想定外のようだな。ならば、奴の裏も掻けるやもしれん。
ですが……
ヤマトに喧嘩を吹っ掛けられたトゥスクルはヤマトの動静に興味津々だ。だからこそ、皇女自らエンナカムイまでやって来ている。
一度は啖呵を切って追い返した連中に援軍を頼むなど、それ見た事かと言われるだろう。いや、言われるだけならまだいい。
こっちの足元を見られて、その見返りを吹っ掛けられる事請け合いだ。
トゥスクルに援軍を頼むのは、彼らにヤマトへの干渉を許す口実になりかねない禁じ手なのだ。
なのに援軍を頼むか？となるわけだが……
文には……そうだな、季節の挨拶とご機嫌伺いだけで良いだろう。あとは何か面白い冗談でもあれば書いておくか。
そしてその文には印も用意し、某それがしと聖上の名を入れるのだ。
それを護衛を付け早馬でトゥスクルに届けてもらいたい。聖上の特使としてな。
そういう……ことですか。
オウギはこちらの策を完全に察したように、うっすらとした笑みを浮かべる。
そうしてトゥスクルの影を演出すれば、ライコウも帝都に籠もり続けるわけにはいかない……と。
ライコウの強みは各地に張り巡らせた情報網だ。奴は帝都に居ながらにして各地の情勢に精通している。
ならば、それを逆手に取らせてもらおう。
その有能さ故、こちらの背後にトゥスクルの影がちらついているのは当然気付いているはず。
そこに我等からトゥスクルへの特使……例えその内容を予測していたとしても、ライコウが動かずにいられるか。
そうだな……名付けて空文からふみの計というのはどうだ？
ふふ、なかなかに意地の悪い。では僕は支度してきますので……
オウギがそう言って席を辞そうとした時、兵の一人が慌てた様子で幕舎へと駆け込んできた。
伝令
ほ、報告しますっ！
何があった？
後詰めを担当していた一部のイズルハの兵が帝都西門へと兵を進めたとのこと！
何ッЧ
それは恐らく帝都攻略直前に合流した部隊ですね。この戦いくさも終盤と見て、功を焦ったのでしょう。
止めることは出来そうか？
既にウマを走らせておりますが、恐らく間に合わぬかと……
兵の悲痛な言葉に自分は静かに決断を下した。
……ならば止めに走った者達を呼び戻せ。全軍に誰であろうと後追いは許さぬと伝えよ。
し、しかしそれでは……
誰であろうと後追いは許さぬ。各陣にも、こちらからの指示があるまで絶対に動かぬよう通達せよ。
は……はっ！承知いたしましたЦ
伝令はこちらの言葉に一瞬驚くも、こちらの厳しい口調に駆け出した。
……よろしいのですか？
やむを得まい……今、不用意に兵を動かせばライコウの思う壺だ。これ以上、死傷者を増やすわけには行かぬ。
彼らには犠牲になって貰うほかあるまい……
……そうですね。
オウギは視線を反らし、そう答えた。
胸の奥に湧く苦い感情を押し殺しながら、再び卓上の地図に視線を戻す。
しかし夜襲、か。自分も一度は考えた策だが……
ライコウはこれにどう対応するつもりだ？
この騒ぎは何事か？そこの者、何があった？今宵は躰を休めよとの命が出ている筈だ。
む、ムネチカ様……！
陣所の騒々しさにムネチカは目の前を急ぎ通り抜けようとする兵を呼び止め、問い質した。
目の前に現れた上官の存在に兵はしどろもどろに答えた。
そ、それがその……後詰めの部隊の一つが功を焦ったのか、西門へ夜襲に向かったとかで。
何だとЧ
その言葉に、ムネチカの顔色が変わり、踵を返した。
ど、どちらへ！
知れたこと、向かった兵を連れ戻すのだ！
なりません、ムネチカ様！最早、ウマでは間に合いませぬ！それに後追いは許さぬとのオシュトル様の命が！
構わぬっЦ
ムネチカ様Ц
兵が止めるのも聞かず、ムネチカは手近なウマに飛び乗ると帝都西門へと走り出した。
見えたぞッ！あれが西門だ……！
隊長
このまま夜陰にまぎれていけば、城門に取り付くことが出来る！皆、我に続けッ！
思った通りだ……帝都西門は他の門に比べ手薄だ！
一番最後に参じたせいか前線を任される事もなく、未だ戦果は無し……このままでは聖上に合わせる顔がない。
何としても、ここで手柄を……ん？
お、おい、夜なのに何でこんなに明るいんだ？
陽が、陽が出てるぞЧ
そんな馬鹿なっЧ一体、何が━━
オシュトルにしては稚拙ちせつ……ふん、功にはやった氏族の独断専行か。
オシュトル、この失点は高くつくぞ？
シチーリヤ、あれを試す。ちょうど良い標的が現れた。
はい、準備はすでに出来ております。
では見せよう！オシュトルに、そしてヤマトの民全てに！我が生み出せし、炎と雷の咆哮を！大いなる破壊の宴を！
我等は今、帝の軛くびきを捨て、新たなる世界へと旅立たん！
狙えぃ！
ヤマト兵
照準良ぉし！
ライコウ様！
撃てぇーっЦ
え……？
？……この音は。
ウォシスはふと立ち上がり、音が響いた西門の方へと視線を向けた。そして、何があったのかを即座に察する。
成る程、奥の手を使いましたか。ライコウ殿……やはり侮れない御方おかたです。
まさか、あのような物を独力で作りあげるとは……
ですが、貴方は禁忌きんきに近づきすぎました。
な、何だЧ地震か？雷か？
Ц
……何事でしょうか？どうやら地震とは違うようですが。
この音……それに震動……まさか……いや、しかし……
とにかく、何があったのか情報収集を急がせましょう。兵達も驚いているようですし、ここで攻められれば総崩れです。
先ほどよりさらに混乱の度合いを増した周囲の様子に、オウギが進言してくる。
……ああ、頼む。
そうか、ライコウにしてやられたということか。こちらの失策だったとはいえ、この余波は小さくはないだろうな。
そして予想が外れていなければ……
二人で兵達の報告をしばし待っていると幕舎の入り口の幕を跳ね上げ、ムネチカが慌ただしく入って来た。
オシュトル殿！オシュトル殿はおられるかЦ
ムネチカ殿？
その御姿は……
見れば、ムネチカの服は土埃に塗れていた。こちらの驚いた表情にムネチカは事も無げに答えた。
大事無い。少々埃を被ったまで。
まさか、西門へ行ったのか？
済まぬ……間に合わぬと判っていたが見過ごせなかった。
将たる者が命に背くなど、あってはならぬ事。首を差し出して詫びろというならそうしよう。
だがその前に……あそこで見た全てを聞いてはくれまいか。
……一体、何を見た？
幸か不幸か距離が遠くて小生もハッキリ見たわけではないのだ。
森を抜け西門を見渡せる所に来た時には、夜襲に向かった兵達は門まで肉薄していた。
まず照明弾が上がり、夜襲を仕掛けようとした兵達の姿を照らし出した。それには彼らも慌てて足が止まったようだ。
その時だ。西門の上の方で何かがチカリと光り、雷のような轟音が響き渡ったのは。
次の瞬間、兵達のいた所が突然爆発……そして巨大な煙が立ち上り、爆風で巻き上げられた土埃で視界が奪われた。
………
そして遠くにいたにも関わらず、小生もこのように土まみれになったと言うわけだ。
視界が開けた時には、兵達がいた辺りに、城も埋められそうな大きな穴だけが残されていた。
後は風に乗って焦げた臭いと奇妙な刺激臭……火山か温泉で嗅ぐような━━
アレは一体、何なのか。あの凄まじい破壊力、まるで仮面の者アクルトゥルカが放った一撃のようであった。
もしや、ミカヅチさんの力では。
いや、ミカヅチ殿のそれとは違う。断言は出来ぬが、呪法の類でもないだろう。
では一体……
その正体が掴めず、ムネチカもオウギも押し黙る。しかし、こちらにはおおよその察しが付いていた。
火山の臭い、となるとやはりアレは……大砲の一種か。
おそらく巨大な砲弾を発射するために、大量の黒色火薬を用いているのだろう。
だが、それだけではない。爆発したとなれば、おそらく砲弾そのものにも強力な炸薬が用いられているはずだ。
まさに……殲滅兵器。
ライコウめ、太古の遺物を引っ張り出して来た……いや、それはないか。
頭の中で一番ありそうな答えを思い浮かべてみたが、すぐに否定した。
聖廟せいびょうの奥へは、ホノカさんや双子達の案内無しに、出入りは不可能だ。
そもそも兄貴は、あの手の兵器を世に出すことは無かった。
だからこそ、戦いくさは未だに剣や弓で、絶対的な切り札として仮面アクルカがあるだけだ。
さすがにそんなものをあっさり持ち出せるようにはしていないだろう。
まさか、ライコウが自分で作り出した？確かに原理さえ判れば出来ない事ではないが、しかし……
オシュトルさん？
オウギとムネチカがこちらをじっと見つめるのに気付く。とっさに胸の内を押し隠した。
済まぬ。少し考え込んでしまった。
我等だけで論じても答えは見つからぬだろう。明朝にも緊急の軍議を開こう。ムネチカ殿、先ほどの話、皆にもしてくれまいか？
心得た。
オウギはすぐに文をしたためて、陽が昇る前には出発させてくれ。ここからは時間との勝負だ。
某それがしもソヤンケクル殿にトゥスクル行きの船を急ぎ手配させよう。
畏まりました。
トゥスクル？オシュトル殿は一体何を考えている……
報復……という程ではないがな。今度はこちらが揺すぶらせてもらおう。
ライコウ様。大筒、大正門への設置完了しました。これで全ての門に設置した事になります。
ようやくか。かなり手間取ったな。
昨夜、敵を殲滅したライコウの奥の手、“大筒”と呼ばれる兵器を全ての門に設置したとの報告にライコウは安堵の息を漏らす。
申し訳ありません。大きすぎて普通の手段では門の上へ運べず━━
仕方あるまい。強度の問題で小さな家ほどにまでなってしまったのだ。故にこれまでの戦いくさでは出番がなかった。
しかし、材料の質を良くすれば、数年の内にウマで戦場いくさばまで牽いて運べる程、小さく出来よう。
計算上ではヒトが抱えて持てる程度まで小さく出来るはずだ。それを兵の一人一人が持つようになれば……
戦いくさの常識が覆る事になりますね……
それこそが我が狙い。仮面アクルカの如く、使い手を選ぶ不便な物に頼る必要などなくなる。
一騎当千と謳われるミカヅチであっても、わずかな兵の前に膝を屈しよう。
それより気掛かりなのは街の様子だ。少し街の方が騒がしかったようだが？
はい、さすがに真夜中に雷が落ちたような音と揺れがあったのですから、ちょっとした騒ぎになったようです。
聖上のお力で、帝都に攻め入ろうとした叛徒はんとどもを打ち払ったのだと説明したところ、ひとまず騒ぎは収まったようですが。
本来、帝都は戦場いくさばから遠く離れた場所だ。あのような音が何度も響けば、心の弱い者から平常心を失うだろうな。
そうでなくとも建國以来、攻め入られた例はありません。それ故、籠城に不安を感じる民も見受けられます。
加えて、帝都の外に陣取る叛徒はんとどもも聖上の兵だと名乗っているので、幾らか混乱も見られるようで。
やはり戦は数字だけで計れる物ではないか……
備蓄のみで五年以上籠城出来るはずだが、実際はそれほど長くは耐えられぬのかも知れぬな。
そしてオシュトルらにも、我等に付き合い五年も寝て待つような余裕などないはず。数日のうちに仕掛けてくるだろう。
さてオシュトルめ、如何様な手を使ってくるか……
ライコウは思案を巡らせる。すると、その思案を中断させる声が部屋に響いた。
逓信衆
何事か？
急ぎお耳に入れたい事が……
部屋に入ってきたのは帝都の外に放った草たちと連絡を取り合っていた逓信衆の一人だ。逓信衆は小走りにライコウに近づいた。
話せ。
先ほど、叛徒はんとどもの陣に動きがあった模様です。多数の護衛をつけた一団が出発したとの事。かなり慌てた様子だったとか……
今、この時にか？一体、どこへ向かった？エンナカムイか？
それが……
？
どうやら港へ向かってるようです。
港だと？
はい、その港の様子も慌ただしくなっており、足の速い船を用意させているという話も伝わっております。行き先は……
まさか、トゥスクルか……
その可能性は否定出来ません。
シチーリヤは驚いた表情でライコウを見た。
しかし、トゥスクルに援軍を頼むなどあり得るのでしょうか？そのような事をすれば将来に禍根を残すことにも……
トゥスクルが動くと見せかけて、こちらを揺さぶると考えるのが自然だろうな。
だが、相手はオシュトル、侮る訳にはいかぬ。
それにトゥスクル……何故にエンナカムイを支援する。
今は引き下がっているが、ヤマト攻めの準備も進めていたはず。奴等の仲間にトゥスクルの者が混じっているのも気に掛かる。
共倒れを狙っているのかと思っていたが、何やら別の思惑があるようにも見え、どうにも読めん。
では、やはり双方の間で何らかの密約を？
……判らぬ。トゥスクルの思惑は俺にも掴みきれぬ。あの國には不明な点が多すぎるのだ。
仮に直ちに仕掛けて来ることがなくとも、我々とオシュトルが潰し合った後、漁夫の利を狙ってくるやもしれぬ。
そうなれば、國の結束が緩み、連戦を強いられたこちらは耐えられぬ。
ライコウ様……
ハッタリか否かはここで問答しても判らぬ。最悪を考え、手を打たねばなるまい。
ミカヅチ、それにマロロを呼べ！
承知しました。
どうやら、事を悠長に待つわけには行かぬようだ。
……小生の話は以上だ。
ムネチカが昨夜見た一部始終を話し終えると、幕舎の内には沈黙が広がった。集まった者達の表情は暗く、苦渋くじゅうの色がにじんでいる。
……今の話に一つ付け加えるなら、同じ物を恐らく大正門や東門にも備え付けていると考えるのが妥当だろう。
やれやれ、どこから攻めてもドカンと吹っ飛ばされるって事かい？
このままでは我々も彼らの二の舞だね。まさかあんな奥の手があったとは。
ほいじゃが篭城されてみぃや？兵糧攻めじゃぁ勝てんで。
帝都守護の要であったムネチカ殿なら、何かいい考えでもあるんじゃねえかい？
良い考え、などという物があるなら、すでに知らせている。ましてあのような仕掛け、小生が守護していた時にはなかったのでな。
北はどうなのだ？北にはないんだろう？
残念ながら、北には備え付ける必要がないというのが正解だ。
帝都の北は断崖絶壁。そこに至る道程も険しく大軍で迫れるような場所ではない。
それに北には聖廟せいびょうがある。あそこの警備はそもそも厳重だ。外からの侵入は困難を極めるだろう。
どうやらこれは八方塞がり、かな……？
クオンの言葉に皆が沈黙の同意をする。それに対して自分は否定の声を上げた。
いや、ライコウの奥の手には驚かされたが、本質的には昨日から何も変わってはいまい。
どのみち我等はあの城壁を攻めあぐねていたのだ。
それに我等にして見れば、ライコウには都に住む民を人質に取られたようなもの。
あからさまに盾にしてくる事はないだろうが、こちらとて彼らを巻き込むような戦はそもそも出来ぬ。
となれば、城壁より遠く離れた外にライコウを誘き出すのが上策だ。
あの、帝都の中にいれば安全なのに、わざわざ外へ出てきてくれるでしょうか？
それについては既に手を打ってある。
すると、ムネチカらが訝しげな視線をこちらへ向けてくる。
それは今朝、トゥスクルに向かった特使と関係があるのか？
私も気になるね。オシュトル殿に言われるままに船を用意させたが。
まさかと思うけど、トゥスクルに本気で援軍を頼むつもり？向こうも素直に聞くはずないと思うんだけど。
そうなんですか？クーちゃん。
そうじゃぞ。だいたい、如何に苦境であろうとあんな傲慢な女に頭を下げるなど余よは御免被る！
こっちこそ……
口々に厳しく問い詰めるがそれも予想された反応だ。自分は余裕を持って答えた。
判っております、聖上。トゥスクルに出したのはあくまで中身のない文。何も頼んではおりませぬよ。
では……
しかし、我等とトゥスクルが無関係であるとも言えませぬ。となれば、あの文は密約を疑わせる種となりましょう。
なるほど、ライコウが邪推して、もしかしたらトゥスクルが援軍として現れるかも知れないと疑うという事だね。
左様。そうでなくとも籠城が続けばヤマトの権勢に空白を生みます。その時、トゥスクルに攻められでもすれば苦戦は必至。
実際にトゥスクルも一度はヤマトに攻め入ろうとしたのですから、そのような疑いを持つには十分でしょう。
ライコウも悠長に事を構えるわけにはいかないという事ですね。
トゥスクルの軍勢がヤマトに乗り込んで来る前に、急いでこちらとの決着を付けようと外へ出てくる。
クオンの言葉に自分は静かに頷いた。クオンの導き出した答えにアンジュもパンと膝を打った。
おお、さすがはオシュトルじゃ！
いえ、某それがしは少しばかり揺さぶりを掛けただけに過ぎませぬ。
しかし、これもあの女がいらぬちょっかいを出してくれたおかげになるのか？そう考えると口惜しいのじゃ。
それはあまり深く考えない方がいいかな。
う、うむ。
しかし、うまくこちらの誘いに乗ってくれるでしょうか？
それについては、まだ判らぬ。だが、あくまでも動かぬのであれば、こちらも奥の手を使い根本より揺さぶるまでの事。
奥の手━━
その言葉に一同は色めき立つ。
おいおい、旦那、ヒトが悪いじゃない。そんな物があったとは聞いてないぜ？
うむ、余も初耳じゃ。それは真まことか、オシュトル！
はい、兵に被害を出すことなくライコウの奥の手を封じる策がひとつあります。
そう言って、己の仮面アクルカをそっと撫でた。その所作を見て、クオンが表情を厳しくした。
まさか━━
仮面アクルカの力を解放すれば、城壁もあの謎の兵器も突破出来ましょう。
某それがしの見立てでは、あれほど大がかりな兵器、使うのに恐らく時間がかかるはず。
立て続けに打ち込めないのであれば、初撃さえ耐え凌ぎ次を準備してる間に門ごと砕いてしまえば……
却下かな。
クオンはそうキッパリ言って、こちらの言葉を断ち切った。
アンジュも大きく頷きクオンに同意する。
そうじゃぞ、オシュトル！いきなり何を言うておるのじゃ！
仮面アクルカの力が負担になっておる事は、余よは勿論、ここにいる皆、知っておる。
しかし、この方法ならば被害を最小に抑え、かつ確実に……
被害って、一体どこの誰がその被害を被ってくれるのかな？
それに、ここで貴方が倒れたら、誰がこの軍の指揮を執るの。オシュトルはもう少し自分の立場を考えたほうがいいと思う。
いや、ムネチカ殿やオーゼン殿らもいる。某それがし一人くらいおらずとも。
そう言ってまた女の子を泣かせるつもり？
袖を引かれたのを感じ、そちらへ顔を向けた。そこには不安げに見上げる瞳があった。
兄あにさま……
ネコネ……
見れば、他の皆からも非難がましい視線を向けられている。
言葉につまる中、一人静観を保っていたイラワジが、諭すように口を開いた。
儂ワシも反対させてもらおう。
御前……
そもそも、その策には一つ大きな問題があるのではないかな？
問題？
其方そなたが単独で出陣したとなれば、ミカヅチ殿が嬉々としてその前に立ちふさがってくるだろうよ。
ライコウ殿の奥の手に耐えたとして、ミカヅチ殿の拳はどう躱かわすのかな？
それは……
こちらが言い淀むと、ゲンホウもソヤンケクルも大きく頷いた。
イラワジ殿も中々良いことおっしゃる。俺はもう、あんな大乱闘に巻き込まれるのは御免被りたいんでな。
それに帝都への被害も心配だね。あのミカヅチが相手では、加減などしている余裕はないだろう？
先の合戦のようにはならないという自信はあるのかな？
ええい、黙るのじゃ！
アンジュはすくっと立ち上がると、こちらを精一杯睨み付けた。
そもそも、命を削る力じゃ。余よのためとはいえ、軽々しく使うことは許さん。反問するなら、余よへの反逆と見なすЦ
反逆か否か！どちらじゃ、オシュトルЦ
いつになく強いアンジュの言葉に、自分は頭を垂れた。
……申し訳ありませぬ。出過ぎた発言でした。
判れば良い。
アンジュは鷹揚おうように頷くと、席に座った。
オシュトルさんの奥の手が、恐らくそのような事ではないかと思っていましたが、急せいては事を仕損じるとも申しますよ。
ライコウさんの奥の手への対処はともかくとして、布石は打ったのです。後は事の成り行きを見定めてからでも良いのでは？
急いで出したと言っても、文がトゥスクルに届くのに数日は掛かりますものね。
うん、ライコウも数日は静観して、見極めようとするかも。
うむ……
昨夜の事でこちらも動揺している。まずはこちらがこの沈黙に耐えるべきか。
ライコウはここからどのような策を打って出るか？まずはそれを冷静に見極めねば。
今一度、帝都の地図に視線を落とす。すると幕舎に兵の一人が駆け込んできた。
報告します！
何事じゃ！今は軍議の最中であるぞЦ
しかしアンジュの叱責も構わず、兵は膝をつき、報告した。
大正門が……大正門が開いたとのことです……
何じゃとッЧ
すべての準備、整いました。
それでいい……ついにこの時が来たな、オシュトルよ。
はたして最後に残るのはどちらか、確かめようでは無いか！
おいおい、一体何の冗談だ？
降伏した……っちゅう事こたぁないじゃろう。
間違いなく。
予想外の状況に皆が色めき立つ。
伝令を走らせよ！全軍に警戒を促せ！
……もしかして、ライコウが動いた？
オシュトルはんの策が効いたみたいやねぇ。
ああ、どうやらそのようだ。しかし、この素早さ、思いの外効き過ぎたというべきか。
奴め、こちらの動揺が収まらぬうちに、多少の犠牲は覚悟の上で押し切るつもりか。
如何致しましょう。
昨夜のこともある、ここで下がれば兵達の動揺も一層広がる。
そうなれば、総崩れとなり、再び攻め上がるなど出来ぬだろう。
では。
ここで受け止めるЦ
━━ああ、ついに最後の幕が上がったようですね。
ここまで随分と時間が掛かりましたが、待った甲斐はあったようです。
……シャスリカ。
冠童シャスリカ
ここに。
あの方は見つかりましたか？
いえ、それがまだ。
そうですか……
急げ！敵は待ってくれぬぞЦ
さて、今迫る敵はオシュトル殿にお任せするとして、我等はどうしたらよいかな？
御前、オーゼン殿、ソヤンケクル殿、それにゲンホウ殿には本陣の守りをお任せしたい。
承知した。ここで兵糧に火でも点けられれば、ライコウ殿に勝利したとしても戦としては負けたも同じ。
まあ、大舟に乗ったつもりで任せてもらおうか。
正直、君の操る船には乗りたくないがね。
言ってろ。
決して楽観視出来ぬ状況にも関わらず、ゲンホウらの軽口にふと口元が緩む。
そんな自分の様子に、イラワジは大きく頷き促した。
ここには誰も近づかせぬよ。安心して戦ってくるといい。
では、後のことはお願い致す。
後をイラワジ達に任せ、皆が待つ所に向かおうとする。
すると、傍かたわらにいたネコネはこちらの顔を見上げ、不思議そうに首を傾げた。
兄あにさま……なんだか楽しそうです。
……楽しそう？某それがしがか？
はい。
ネコネに指摘され、そっと自分の顔を触った。
そうかも知れぬな……
思えば、ライコウとの付き合いも随分と長くなった。
様々な戦いを経て、今、心のどこかであの男を認めている自分がいるのだろう。
叶うなら、一度杯を交わしてみたかった……だが、これは戦いくさ。
行くぞ、ネコネ！
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ミカヅチ殿、度々のお力添え、感謝するでおじゃる。
俺の一存ではない……元より戦いくさの策は兄者に任せている。兄者が貴様の指揮に従えというならそうするまで。
ところで、先の戦場いくさばで倒れたと聞いたが、見たところ変わりは無いようだな。
はて、何のことでおじゃるかな？マロはこの通り健勝そのものでおじゃる。
そうか、ならば良い。
もう一度、念押ししておくでおじゃる。ライコウ殿より此度の兵の指揮を任されたのはマロ。
貴殿の隊にも、そのことはよく言っておいて欲しいのでおじゃるよ。
ふん、承知している。貴様の言う通り動いてやろう。だが、オシュトルの首を獲るのはこの俺だ。
ほほ、面白いことを。あれはマロの獲物でおじゃる。
作戦はどうした？兄者の示した策で、オシュトルに止めを刺すのは果たして貴様だったか？
それはそれ、これはこれでおじゃる。戦場いくさばでは何が起こるか判らぬもの。
しかし、結果が同じなら多少の順序の違いは問題ではないでおじゃろう。
ここは早い者勝ちというのはどうでおじゃるか？
いいだろう……だが、そうなると俺の勝ちは決まったも同然だがな。
ほほほ、それはどうでおじゃるかな？
どうでもよい……では策に従い行かせて貰う。
ご武運を。
敵軍、真っ直ぐこちらに突っ込んできます！
守りを固め、敵を寄せ付けるな。足並みを乱せば、つけこまれるぞ！
はい！騎兵衆ラクシャライの突撃に備えよ！
しかし、真っ正面から突撃とは捻りがなくはないか？
ですが、先陣を切っているのはあのミカヅチさんのようです。それだけでかなり厳しいかと。
勢いに任せ、こちらの戦力を一気に削ぐつもりだろう。こちらが後ろに下がれぬ事情も察していよう。
馬鹿正直に正面から突っ込んで来るんなら、こっちも余裕で対処できるじゃない。
ああ、敵に勢いはあるがこれに耐えられれば、足並みを乱すのは向こうの方だ。
では行こうか。敵がこちらに食らいついてくるのなら、逆にその喉を噛み破るまで！
ここが踏ん張りどころである！己が力を存分に尽くすのだ！
一同
「「応っЦ」」
来たか、ミカヅチ！
聖上には指一本触れさせぬЦ
どけぇっ、ムネチカ！今は貴様の相手などしてる暇は無いЦ
なに？
成程、狙いは聖上ではなく某それがしか……！
貴様さえ討ち取れば、後はただの寄せ集め。今日こそはその首、ここに置いていってもらおうか！
そうはさせぬ！誰であろうと、この皇道に立ち塞がるのであれば切り伏せるのみ！
抜かせ！どのような御託を並べようと戦場いくさばにおいては何の証にもならぬわ。
己が理を通したくば、この身を捩ねじ伏せてみせよ！
元よりそのつもりだЦ
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ここまで凌げば上々か……名残惜しいがここで一旦退くとしよう。
逃すとでも思っているのか！
フッ、そう急くな。どうせ、また相まみえることとなる。
もっとも、貴様が生き残っていればの話だがな。
どういう事だ？
すぐに判る。
何だ？追い詰められたはずなのに、どうしてあんなにも余裕が……
ヤマト兵達
『『『オオオオオオオオーッЦ』』』
ム？この地響きは……？
フッ、時間通りか。几帳面な奴だ。
まさか……
兄上Ц
何があった、キウル！
て、敵の奇襲です！我等の右側面に新たな兵がっЦ
何だと……Ч
Ц嵌はめられた……ミカヅチという強敵をこれ見よがしにぶつけて、こちらの注意を逸らしていたのか。
ミカヅチに手こずってる間に恐らく帝都の東門から奇襲部隊が……何てこった。
では、見事生き残って見せよ。期待しているぞ、ククク……
ミカヅチ！
駄目だ、ミカヅチを追えば新手の連中に側面を食い破られる。やむを得ん。
散開した兵を呼び戻せ！陣形を立て直し、側面の援護に向かう！
は、はいЦ
『『『オオオオオーッЦ』』』
ガハァッЧ
うわあああーっЧ
すでにこの有様か……やはりミカヅチに気を取られすぎていた。
ここは我等で抑える！お前達は負傷者を連れて一度下がれ！
わ、わかりました！
さあてと……好き勝手してくれたじゃない。
うひひ、お仕置きせんとあかんぇ。
ああ……では押し返すぞ！
何処どこを見てるでおじゃるか、オシュトルゥッ！
くっ……Чこれは。
━━マロロッ！
やはり生き残っていたでおじゃるな。嬉しいでおじゃるよ。
オシュトルさえ討ち取れば、こちらは勝ったも同じ。その首、さっさとマロに渡すでおじゃるよ。
愚かな傀儡などマロが手を下すまでもないでおじゃる。
貴様、聖上を愚弄するか……！
ふん……汝等が奉じる者が偽りと知ってなお、抜かしおるわ！その言葉、そっくり返してくれる。
確かに、余よはオシュトルに頼りきりじゃ。多くの者の至誠と献身無しではここまで来れなんだ。
なればこそ、余よはお父上の遺志を継ぐ━━そうせねばならぬ。
余よの帰還を待つ民の為、帝都を奸賊かんぞくの手より取り戻す為……
そして、お父上の後継たらんとする為に、余よはこの地に舞い戻った！
道を開けよ！これは勅命である！
クッ……
皇女さん……よく言った。ならば自分も、この道を貫くまで。
心せよ、マロロ。帝ミカドの勅命を受けて尚、我等の前に立ち塞がるというのなら、もはや容赦は出来ぬ……
その死をもって、償うが良い。
ホホホ……確かにそれらしい物言いでおじゃるな。しかし、何も変わらないでおじゃるよ。
それに、オシュトルも一人で死ぬのは寂しいでおじゃろうからなぁ。
前言は撤回でおじゃる……マロ自ら、皆殺しにするでおじゃるよ。
………！
またこの感じか。マロの身に一体何が起こっているんだ？
聖上、ここはお下がりを。
よい。ここでスゴスゴと下がっては、いつまでたってもお父上の跡を継ぐことなど出来ぬのじゃ。
余よも力の限りを尽くす。オシュトルもあやつを叩きのめすのじゃ。
御意！マロロよ、此度こたびの戦いくさ、決着を付けさせてもらう。
勝利条件が変更されましたマロロの撃破
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マロロさん、もう終わりにしましょう！
諦めろ、マロロ。どのような策を弄そうと、お前に某それがし達を止めることは出来ぬ。
ホホ、それはどうでおじゃろうな？マロは諦めないでおじゃる。どれだけの時間が掛ろうと、どれだけの犠牲を払おうと……！
ハク殿の敵かたきは必ずマロが討ち果たすでおじゃるっ！
ぬっ！
ひょひょっ！くらえーっ……
残念、ここまでやぇ。
オシュトルの傍かたわらには、私達がいるのを忘れてもらっては困るぞ。
くぅ……！
取り巻き風情がどこまでも邪魔を……
まあいいでおじゃ。マロの手にかけられないのは無念でおじゃるがな。ほっほっほ。
……何だと？
何かがおかしい……殺気は本物だが、無理に攻めてこないのは何故だ。
一体何を狙っている……
こちらの消耗を誘うにしても慎重すぎるかな。
……大正門が近い？
？
本丸まであともう一息ってことやなぁ。
しまった！すぐに離脱するぞЦ
どうかしたのかい、旦那！
我等は攻め寄せているのではない。むしろ射程内におびき寄せられ、追い込まれているのだ！
そ、それでは……
このままでは西門の二の舞となろう！
ククッ、マロロよ、後は早い者勝ちだったな。オシュトルの首は俺が獲る！
ミカヅチЦ
不味いですね、完全に囲まれてしまったようです。
ミカヅチの手勢に回り込まれていたか！
逃げ場は門にしかない。これがライコウの策……くっ。
もはや一刻も早く囲みを破り、乱戦に持ち込むしかない。
そうなれば、ライコウも自軍を巻き添えには出来ぬ筈。
兵を集結させよ！一点突破するЦ
そうはさせないでおじゃるよ！
クッ……ライコウの策に嵌ったか……
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ミカヅチ様、マロロ様、敵軍の封じ込めに成功しました。
ふっ……
報告を聞き、ライコウは笑みを浮かべる。その眼差しには、勝機を掴まんとする鋭い光が宿っていた。
これで━━すべての条件は整った。
奴等、今頃大慌てで囲みを突破しようとしているだろうが、焦れば焦るほど力は発揮出来ぬ。我等の思う壺だ。
先手を打ち、流れを制した者が勝つ……そうであろう、オシュトルよ。
さぁ、この最後の舞台にそろそろ幕を下ろすとしよう。
照準を合わせよ！まずは敵の中枢を狙え！
直撃せずとも、爆風のみで奴等の半数は吹き飛ぶ。
例え、オシュトルが仮面アクルカの力で生き残ろうと、兵を失っては帝都を制圧出来ぬのだからな。
畏まりました。
シチーリヤは恭しく礼をすると、兵達に向き直る。
撃ち方よぉーいっЦ
ヤマト兵
照準良ぉし！
………
発射準備が出来たのを見届けるとライコウは合図を送るため、右手を頭上に掲げた。
そして勢いよく手を振り下ろした、その瞬間━━
ライコウ様っЦ
Ц
ライコウはシチーリヤに押し倒されるように覆い被される。
刹那、二人の上を城壁にいたすべての者達を吹き飛ばすような爆風が通り抜けた。
うぎゃああああーっЦ
ひっ、ひぃぃぃ～っЧ
……お怪我はЧ
あ、ああ、大事ない……お前が庇かばってくれたおかげだ。しかし、これは……？
ライコウはシチーリヤの下から這い出ると大筒のあった方を見た。
そこにあったはずの大筒は跡形もなかった。発射しようとした瞬間、突如破裂し、爆発炎上したのだ。
焔硝えんしょうの量を誤ったのか？いや、計算を違たがえるなど……
ライコウは時折、小さな爆発を伴いながら燃えさかる残骸を呆然と見つめた。
後一歩の所でオシュトル達を仕留め損なった……しかし、事態はそれだけに留まらなかった。
ライコウ様。
？
下から何か大きな軋みが伝わってくる。
まさか……
ライコウは音と震動の正体を探るべく城壁の縁から大きく身を乗り出した。ライコウの目に映ったのは……
門が……門が開いている、だとЧ
ミカヅチの部隊が出撃した後は固く閉ざされていたはずの大正門の巨大な門扉がゆっくりとその口を開いていた。
……今の爆発の弾みで開いたのでしょうか？
馬鹿な……扉には万が一に備え何重にも留め金が仕掛けてある。一つ二つ壊れたからと言って自然に開くものではない！
何がどうなっている！門兵に早く閉じよと伝えるのだЦ
逓信衆
そ、それが門の警備も何か混乱しているようで……
混乱、だと？
おい、どうした！応答せよ！応答を……ひぃっЧ
逓信衆ティリリャライは短い悲鳴を上げると、頭を押さえながら膝をついた。
どうした？
ど、どうやら何者かの襲撃を受けたようで……最後に悲鳴が。
なんだと……？
何という事だ。今、オシュトルらは門の目の前にいる。門が開いてしまえば、奴等の侵入を阻む術が……
まさか敵の間者がすでに帝都の中に？
いや、これほどの好機にも関わらずオシュトル達の動きが鈍い。オシュトルではない……
では……
誰か知らぬが、我の策に横槍を入れるか。巫山戯ふざけた真似を……
い、今の爆発は何でおじゃるか？まさか何か手違いが……
兄者の策が失敗しただと！ならば、オシュトルの首、この手で━━
門が開いているでおじゃる！もしや、今の爆発でЧ
誰ぞ逓信衆ティリリャライに通達を！今すぐに門を閉じるでおじゃるЦ
お、応答ありません。向こうに何らかの問題が生じた模様です。
そのような事、ここから見ていてもわかるでおじゃるよ！誰でも良いから、早く調べるでおじゃる！このままではオシュトル達が。
俺が見てこよう。
……ミカヅチ殿？
あの爆発……手違いがあったなどというわけではないだろう。
ましてあの門がああも容易たやすく開くなど天地がひっくり返ってもあり得ぬ。どうやら我等の知らぬところできな臭い動きがあったようだ。
きな臭い……？まさか何者かがアレを爆破し、門を開いたというでおじゃるか？
さあな……だが、もしそうなら俺が向かった方が良いだろう。
そ、そうでおじゃるな。門の事はミカヅチ殿にお任せするでおじゃるよ。
我等は多少強引にでも包囲を狭め、オシュトルを討ち取るまでにおじゃる。
相判った。オシュトルの首……ここは貴様に譲ろう！
オシュトルの首……
どうした？貴様、顔色が優れぬぞ。
大丈夫でおじゃる。
マロは……マロはこの手でオシュトルを討ち取るでおじゃる。それだけがマロにできる全て、ハク殿への手向けでおじゃる。
にょほ……にょほほほほほ……
…………
オシュトルの手の者がすでに帝都に潜り込んでいたのか？しかし、それにしては……
一体、何が起きている……
今の爆発は何なのですか？
判らぬ……ただあの瞬間、我等は撃たれていたはずだった。
なのに、あっちが勝手に爆発したような。
あ……？み、見て下さい！門が……
おいおい、どういうことだい？俺たちを目の前にして門を開くたぁ、不用心にも程があるじゃない。
もしかして、私わたくし達を歓迎してくれているのでしょうか？
さて、どうでしょうか？あからさまに誘っているようにも見えますが。
確かに。ライコウが相手ならば、罠と考えるのが自然だ。
でも、敵の様子もおかしいかな。もしかしたら、本当に事故があったのかも。
これも、策の一つなのか……？
それでも、これは好機……何が起こったのか判らんが、向こうはこの期に及んで奥の手を使ってこない。
奴等の主力が帝都の外にいる以上、こちらが中に突入すれば攻守の立場が逆転する。
今を逃せば、帝都に入れる保証はない……しばらく様子を見るべきか？それとも……
……征くぞ。
聖上？
余よには難しいことは判らぬ。じゃが、都には余よの帰りを待つ民がおるのじゃ！
自分の國に帰る事を恐れる者に、帝ミカドなど勤まるものかЦ
聖上……
……元はといえば、皇女さんの帝都に帰りたいって我儘わがままから始まったんだよな。
ならば、その我儘わがまま、貫き通させるまで。
全ては聖上のお望みのままに。
一気に突き進むぞ！今こそ、帝ミカド凱旋の時！
その言葉、今か今かと待ち望んでおりました。
どうか、御心のままになされよ。小生は常に、聖上のお側に。
さすがは聖上！ならば露払いは私が請け負いましょう！
となると、姉上を襲う刃を弾くのは僕の役目ですね。
そやね。ここはこのまま帝都に討ち入って、門の上におるやろうライコウはん倒したら仕舞いやぇ。
いよいよって感じじゃない。
どこまでもお供します……
さっさと倒して祝宴をあげないとね。
うむ、それでこそじゃ！征くぞ、皆みなの者！其方そなた等の歩みは、常に余よと共にある！
目指すは大正門！全軍、吶喊とっかんッ！
オシュトル軍、真っ直ぐ大正門に突撃を開始しました！マロロ様、如何いたしましょう……
全軍に伝えよ！奴等より一歩でも早く大正門に集結するでおじゃる！
このまま奴らを通すわけにはいかないでおじゃる！
……どんな犠牲を払ってもかまわぬ。死力を尽くし、屍の山を築いてでも奴等を食い止めるでおじゃるよ！
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状況はいまだ掴めぬか……！
逓信衆
通信は未だ復旧せず。情報が錯綜しており、混乱を極めているようです。
ただ、ミカヅチ様が門に向かったのは確かなようです。
まさか、こんな幕切れとはな……
マロロ達が門に殺到するオシュトル達に追いすがっているが、引きとどめるには至らないだろう。全ては時間の問題だ。
ライコウは刹那、皮肉げな笑みを浮かべ、シチーリヤに背を向けた。
あの……ライコウ様、どちらへ？
しかし、ライコウは何も答えず、悠然と階下に降りていく。
ライコウ様Ц
……決着は付けねばなるまい。どのような形であれ、な。
ライコウ様……
階下に消えたライコウの後ろ姿に、シチーリヤは何かを堅く決意し、別の方向へと駆け出した。
随分と派手にやってくれたものだな……
…………
大正門の中枢━━門の開閉を司る水車を制馭する巨大な地下空間に幾つもの影が蠢うごめく。
その足元には斬り伏せられた守兵の亡骸なきがらが転がっていた。
やはりオシュトルの手勢ではないな。貴様ら、何者だ？
Ц
一様に同じ外套アペリュで顔まで隠した影如き者達は、ミカヅチが問い掛けると同時に刃を構え、一斉に飛び掛かった。
しかし、ミカヅチは予期してたかのように飛び掛かってきた影の一体を左右に叩き斬る。
Ч
さらに背後も見ずに剣を後ろへなぎ払い、背中から襲いかかった影を上下真っ二つにした。
気配すら感じさせぬ人形のような影達だったが、ミカヅチの強さを前に無言で距離を置いた。
そんな影達を一瞥し、ミカヅチは淡々と言った。
俺には決着をつけねばならん男がいる。お前等を切り捨てる時間も惜しい……
失せろ。さもなくば、残らず斬って捨てることになる。
影達は互いに顔を見合わせ微かに頷き合う。
そして、ただの一言も発することなく、謎の一団は闇に沈むように気配を消した。
ふん、向こうもこちらの相手をしている暇はないという事か。しかし……
目の前に並ぶ大小様々な弁の取っ手や歯車の操作棒は、あらかた壊されてしまっている。
さすがにこれはミカヅチの手に余る物であった。
クッ、侵入者など捨て置き、仮面アクルカで強引にでも門を閉じるべきだったか……
多少兵の侵入を許したとしても門を閉じて分断してしまえば、まだ勝機がある。
しかし、仮面アクルカを使えば、オシュトルに対抗する口実を与えてしまう危険性もあった。
帝都の民に被害を出さない事を考慮するなら、それは禁じ手に等しい。
だが……決着はまだ付いていない。
ミカヅチは自分を待つだろう男に向かって、一歩を踏み出そうとする。その時、彼を呼び止める声が背後から聞こえた。
お待ち下さい、ミカヅチ様！
それはミカヅチにとって聞き覚えのあるものだった。
……お前か。俺の兵達はどうなった。
マロロ様の指揮の下、敵の足止めに腐心しておりますが長くは……申し訳ございません。
構わぬ……最早、犠牲を増やす意味はなかろう。
ここからは俺一人の戦いくさだ。
い、いけません、お一人で行かれては！戦うのなら今一度、兵を集めて奇襲を……
いや、俺は行かねばならん……
ですが……
それより、お前は兄者に伝えよ。この一件、オシュトルとも違う別の思惑が動いてるやもしれぬと。
ミカヅチ様！
兄者を頼む……
ミカヅチはそう言って、門へ通じる出口に向かって歩き出す。しかし━━
ぐぬぅっЧ
ミカヅチは痛みが走った背に手を回す。そこにはべっとりとした感触が纏まとわり付いていた。ミカヅチは即座に振り返る。
何故お前が……
目の前にいるべきは、兄の策に横槍を入れ、門を開き━━
そして今、自分を排除しようとする黒幕の息の掛かった者。あの影の如き輩の仲間……
ミカヅチはようやくここに渦巻いていた疑念の答えを導き出した。
ミルージュЦ
そうか……そういうことか……貴様等が……
フフ、ミカヅチ様ともあろうお方が……油断大敵ですよ？
妖しく微笑むミルージュの手には赤く濡れた短刀が握られていた。
ですが、これも私の演技の賜物でしょうか。この三年、懸命に仕えた甲斐がありました……
このくらい手間を掛けなければ、貴方を排除することは叶わなかったでしょうから。
……一体、何を目論んでいる？今更、俺の首を土産にオシュトルや姫殿下に寝返るというわけでもあるまい。
無論です。そのような事に、私の主あるじは興味など御座いません。
お前の主あるじか……
その言葉に応えるように、ミルージュは語り出す。
今までよく働いてくれましたが、貴方の役目はすでに終わっているのです。
もっと静かに舞台から降りて頂いても良かったのですが、貴方が持つ力は危険過ぎますので少々乱暴な手を取らせて貰いました。
なるほど……なるほどな。この國に絡みつく邪魔な枝葉を払うのに俺を使ったか。では兄者も……
あの方自身は仮面アクルカなどという危険な力をお持ちでは有りませんが、それ故、貴方以上に危険です。
何しろ、独力で仮面アクルカに劣らぬ物を作ったのですから。
………
頭が切れすぎる方は傀儡くぐつには向きません。
そして残るオシュトルを始末して、この國の全てを奪うか。
さて、その答えは私の口からはお答え出来ません。何しろ、我が主あるじの志は貴方の想像を遥かに越える物なのですから。
ご理解頂けたのなら、貴方の最後のお役目を。
ミルージュはそう言って姿勢を低くし両手でしっかりと短刀を構えた。
ご機嫌よう……
その終わりの言葉と共に、ミルージュはミカヅチへと短刀を突き出した。
━━ガッЧ
ミルージュへと振るわれた一撃は、未だその力を失ってはいなかった。ミルージュははじき飛ばされ、地面に転がる。
しかし、ミカヅチも堪らず喀血かっけつした。
ミカヅチは口元を拭い、膝をつくミルージュを睨んだ。
邪魔立てするな……奴が……待っているのだ……奴との決着を……
ミカヅチ様……貴方はそこまで。
ミルージュは立ち上がり、大きく息を吐くとゆっくり短刀を構えた。
む……？
我が屍を跨またぐことなく、この先に行かれる事、許すわけには参りません……
ほお……腹を据えたか。
ミルージュの様子にミカヅチは感嘆したように言う。
良い……その必死……実に良い……案山子カカシのようで切るに価せぬと思ったが……それでこそ、敵……我が敵ぞ。
我が切り伏せるのに相応しい。
ミカヅチはミルージュを前にして、引き摺るように持っていた剣を初めて構えた。
……貴様にも、待つ者がいたのだな。
あの方は私など待ってはくれぬでしょうが……我が命が燃ゆる事こそ、真の忠節の証。そしてそれが私の……
そうか……ではかかってくるがいい……
では、お言葉に甘え……こちらから参ります！
ミルージュは地面を蹴り跳躍すると、ミカヅチの頭上から襲いかかる。
お覚悟っЦ
オオオオーッЦ
フフッ……やるな。出来れば十全の時に戦いたかったぞ……
ミカヅチは苦しげにそう呟いた。
貴様に裏切られ怒りが走ったが……今、貴様と戦えた事……楽しく思う……
ミカヅチ様……
その言葉……貴方にそう言って貰え、仕えてから初めて嬉しく思いま……
……その屍かばね、跨またがせて貰うぞ。
ミカヅチは再び、一歩踏み出す。
地上へと戻るべく、天を仰ぎ見たその時、遠くから地下室を揺るがす程の歓声が響き渡った。その意味するところは、一つしかない。
間に合わなかったか……
だが、その決定的な敗北を耳にしても、ミカヅチはどこか楽しげに顔を歪めた。
ククッ、待っていろ……今度、こそ、決着を━━
その言葉と同時に、ミカヅチの首から血が吹き出る。
ミカヅチの躰がぐらりと傾くと、仄かな笑みを見せつつ、その身は水路へと落ちていった。
民衆のざわめきが、辺りに満ちていた。帝都の守りたる大正門を突破して現れたのが、自分達が奉じるべき存在だったからだ。
誰もがそれに疑問を抱き、真実を求めて自然とここに集まった。
そして、いよいよその答えが彼らの前に姿を現したのだった。
ヤマトの民よ、余よは帰ってきた！余よこそがアンジュ、このヤマトの真の帝ミカドである！
余よの道は皇オゥルォの道、遮さえぎる事を許さぬ！
だがこの期に及んで、余よの姿を疑う者、余よの言葉に異を唱える者がいるならば、前に出いでて立ち塞がれ！
そしてその命を賭けて、余よと汝等の言葉、どちらが真か証明せいぃっЦ
その言葉に集まった民は波のように次々と跪ひざまずいていく。
最早、アンジュこそがヤマトの帝ミカドであることを疑う者はそこにはいなかった。
ただ一度、その姿、その声、そしてその言葉を前にして、その事実を理解したのだ。
アンジュこそが帝都全ての民を統すべる、真の帝ミカドであると。
ああ━━やっと、やっとここまで来たか……
これで大勢は決まったはずだ。最早これ以上の血を流す理由はない。
後は……
傍かたわらに視線を移す。大正門からは離れた、広場の片隅。
そこには平伏している民や兵とは対照的に、呆然ぼうぜんと立ち尽くすマロロの姿があった。
意を決して、マロロの許へと向かう。
……あれは、何でおじゃるか？何を皆、伏しているでおじゃるか？
あそこに居るのが本物の聖上で、オシュトルが正しかったと言うでおじゃるか？
逆賊はマロの方で、オシュトルが正義と言うでおじゃるか？
正義などという言葉を使うつもりは毛頭無い。だが……
今、お前の目の前に在るもの、それが全てだ。
目を見開いたまま、絶句するマロロ。やがてその口から乾いた笑いが漏れた。
にょほ……にょほほほほほ……
こんなことがあるわけないでおじゃる。あってはならないのでおじゃる！
オシュトルが正義なら、ハク殿は、ハク殿は……
崩れそうになる躰をようやく支えるようにして、こちらに対峙する。
奸賊オシュトル、マロが相手でおじゃる！
たとえこの世の全てが敵に回っても、マロは……マロだけはハク殿の敵を討つでおじゃる！
マロだけはっ……ハク殿の、真の友でおじゃる！
マロロ、それほどまでに……
まるで厄神のように、燃えるような赤色がマロロの顔で疼く。だが、その心の奥底に在るものを隠すことはできなかった。
マロだけはっ……マロだけはっ……友……友？
あ……頭が……
これは……これは、何でおじゃるか？頭の中で、何かが……音がするでおじゃる……
……くううっ！
……マロロЧ
頭が……頭がああぁ……Ц
オシュトルはテキ、オシュとルはテき、おしゅトる、おしゅとる、おしゅとるぅぅぅ…………
両手で頭を抱え、壊れた機械のようにそれだけを繰り返しはじめる。
……おかしいでおじゃる……ちがうでおじゃる！……マロは……オシュトル……ハク……ハクドノ、ハクドノ……
おしゅとる……はく……マロは……マロは……ハクドノ、どこにいるでおじゃるか？ハク殿、ハク殿ぉぉぉЦ
あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁЦ！
人の発したものとは思えないほどの絶叫と共に、マロロの耳から何かが飛び出した。
それは小さく禍々しい形をした蟲だった。
地面で逆さまになり、八本の細い足を藻掻くようにばたつかせている。
これは……Ч
凝視する目の前で、足の先からぼろりと形が崩れはじめ、やがて蟲の全てが白い砂となって、消えた。
これは……仮面アクルカの……
ああ……
その場に突っ伏したマロロが、弱々しく呻く。
マロロ！
抱き起こすと、うっすらと瞳を開いた。
その顔からは、あの禍々しい『化粧』は綺麗になくなっていた。
ここは……どこでおじゃるか？マロは、マロは……
マロロ！大丈夫か？
……夢を見ていた気がするでおじゃる。
マロは采配師で、オシュトル殿と互角の戦いをしているのでおじゃる……
その手腕ときたら、まるでマロでは無かったようでおじゃった……にょほほ……
夢でなければ、敵うわけないでおじゃろうからなあ……そうでおじゃろう、ハク殿？
……！
ああ、オシュトル殿でおじゃったな……
マロにはもう、夢もうつつも判らないでおじゃるが、ハク殿はもういない……これだけは、真実でおじゃろう？
瞳から涙が溢れる。その表情は、お人好しで純粋で憎めない友そのままだった。
マロロ……
そんなマロロの姿に、ひとつの思いが浮かび上がる。
自分の役目ももう終わりだ。だからこれ位はいいだろう……？
空を仰ぎ見て、今は亡き友にそう呟いた……
マロロよ、話がある……
判っているでおじゃる。
たとえ夢見心地だったとしても、己がしでかした罪、マロがいちばんよく判ってるでおじゃるよ……
さあ、持っていくでおじゃる。
マロロはそう言うと、震える手で頸くびを撫でる。
ただ……代わりに、兵の命だけは救ってやって欲しいのでおじゃるよ。皆みなはただ、マロの命令に従っていただけでおじゃる。
元より彼らは聖上の臣民。あの者達も聖上の為にと信じ、戦ったのだ。咎めはあるまい。
それを聞いて安心したでおじゃる。
しかし……相変わらず、硬い男でおじゃるな。
どこか、懐かしむようにマロロが言う。
ああ、あの頃が懐かしい……
まったくだ、あの頃は良かった。
盃を交わし、よく男達だけで……馬鹿騒ぎをしていたで、おじゃるなぁ。
お前は下戸なくせに良く飲んで、すぐに酔いつぶれていたな。
それは……言いっこなしでおじゃるよ。
お前が居た、キウルが居た……オウギが、ヤクトワルトが、サコンが、そして━━
ウコンが居た。
……ほ？
覚えているだろ？『帰ったらウコンたちも誘って、また皆みんなで酒でも呑むか』、マロにそう言った。
こちらの言葉に、マロロが大きく目を見開く。
い、今、何と……
あの時、無理にでもマロを引き入れるよう、オシュトルに言うべきだった……
まさか……まさか…………
今まで、すまなかった。
まさか……ハク殿……
マロロが何か言葉を絞り出そうと口を開き掛けた瞬間。
オシュトル。
遮さえぎるように背後から声を掛けられる。マロロを静かに横たえ、振り返るとそこにアンジュの姿があった。
聖上……？
突然現れたアンジュに、膝をつき臣下の礼をとる。
如何為さいましたか？このような所に来られなくとも、某それがし自身が……
何を言うか。此度の一番の功労者は、其方そなたではないか。
故に、直接感謝の意を伝えようと思ってな。余よ自ら出向いたのじゃ。ほれ、近こう寄るがよい。
勿体無きお言葉……
アンジュの言葉に深く頭を下げつつ、どこか違和感を覚えた。
おかしい……感謝されるのはわかるが、どうも不自然だ。唐突過ぎるというか。
だいたい、他の皆みんなはどうしたんだ？皇女さんの護衛を任せていたはずなんだが……はぐれたのか？
内心、その違和感に頭を捻っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
あ、兄あにさま、やっと見つけたのです。
ネコネか……
姫殿…下？え？でも……
一体、何を驚いて……
声のした方を見ると、ネコネはこちらを向いたまま、ギョッとしたように目を瞬しばたたかせている。
そんな……どうしてここに……
皆みなの者、道を開けよ！
まさかЧ
ネコネの後からやってきた衛兵達が静止すると、中央から分かれていく。
その兵達の地割れの先には、クオンやムネチカ達を侍らせた少女の姿があった。それは無論……
皇女さんが……二人だとЧ
目の前にいたもう一人のアンジュの姿にクオンやムネチカも、そして共にいたもう一人のアンジュもが凍りつく。
じゃあ、コイツは……ッЧ
咄嗟に立ち上がり、後ろへ下がろうとする。
しかし、一瞬の空白をついて、目の前にいたアンジュはすでに白刃を手にこちらへと身を躍らせていた。
立ち上がるのにもたつき、凶刃は真っ直ぐこちらの胸へ吸い寄せられるように突き出される。
クッЧ
最早、これまでかと思った瞬間。
させぬでおじゃる……ッЦ
なっЧ
突如横から衝撃を喰らい、間一髪で刃を躱かわす。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。だが目の前の光景は脳を揺さぶるかのようだ。
カハッ！
血に濡れた白刃が深々と目の前の男の体を貫いていた。
その光景に皆の顔が驚きと痛みで歪む。
……ァッЧ
マ……マロローッЦ
……しくじりましたか。
群衆
きゃぁああ！
うああ！血だ！
まだ敵が！残党が潜んでいるぞ！
逃げろ！こ、殺される！
貴様ァッ！
捕まるわけにはいきません。私には……まだ役目が残っているのです……あの方の為にもまだ。
飛び掛かったものの、偽のアンジュはこちらに広げるように服を投げ捨てると、逃げ惑う群衆にまぎれる。
ま、待てッ……！
邪魔な服を鉄扇でなぎ払うが、既に偽者の姿はなかった。
くっ、騒ぎに紛れて逃げたか……
あ、兄あにさまッ。
オシュトル！
悲痛な声が響き、我に返った。慌ててマロロの元へと駆け寄る。
見れば、マロロは生気の抜けた目でこちらを見上げていた。
━━ァ、無事、でおじゃるか？
喋るな。傷に障る……
クオンが懸命に手当をするものの、出血は止まらず、マロロの躰から徐々に熱が去って行く。
いや、喋らねば……大事なことでおじゃる……
頼みを言える立場ではないこと、重々承知しているでおじゃるが、マロの最後の頼みでおじゃる……
だから、喋るな！
最早、雌雄は決したでおじゃる……その手段は断じられようが、ライコウ殿は志高きお方……憂國の徒でおじゃる……
全てはマロの弱さが招いたこと。ライコウ殿を恨むのは……やめて欲しいのでおじゃるよ……
お前が弱いわけないだろ？
にょほほ……お世辞でも、友に言われると嬉しいでおじゃるなぁ……
約束しよう……マロがそう言うなら、ライコウに遺恨は残さぬ。
その言葉、嬉しいでおじゃる……ライコウ殿も帝都を戦場いくさばにする事を望んではいなかった……
故に……都の中にはなんの仕掛けも……安心していいでおじゃる……
マロロЦ
後はどうか……真の姫殿下を玉座に……そして支えて欲しいでおじゃる……
黙れと言っているッ！クオン！早く傷をЦ
判ってる！今やってるからЦ
だが傷口は深く、あまりにも血を失いすぎた躰は、すでに手の施しようがなかった。
マロはこれで良いのでおじゃる。
例え、正気を失っていたとしても、マロのやったことは取り返しのつかないことでおじゃ。
これからのヤマトの為にも、この所業は許されてはいけないでおじゃる。
だから、マロはこれで良いのでおじゃる。
ほほ……まったく、お笑い種でおじゃる……
……マロロ？
真の友に気付かぬなんて……マロはつくづく滑稽でおじゃるなぁ……
言うな！今は何もッ！
オシュ…トル……！
きっと……酒盛りのたびに、からかわれるでおじゃるよ……にょほほ……
動くな！何としても傷をふさいでくれ！頼む！
ひさしぶりに、楽しい酒を……酌み交わせるでおじゃる……
ああ、ああ、美味い酒をたっぷり用意する。だから……
……本当に、生きていてくれて……良かった……
止まって、お願い、マロ……
本当……に…………
マ、マロ？
マロロがそっと瞼を閉じる。と同時に、その躰からクタリと力が抜けた。
マロ……マロ！
マロォォーッЦ
ٙ
ٙ
ٙ

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۔

ٙ
֮

…………
お側を離れ、申し訳ありません。
……血の匂いがするな。
俺の負けか……
帝都は落ち、兵は皆みな投降させた。もはや、幕は降りた。
邪魔が入ったことには憤懣ふんまんたる思いもあるが……それもまた、戦いくさの常。
俺の読みが甘かった、ただそれだけのこと。
だが、悔いはない。俺は全能を以て策を弄し、奴はそれに挑み応えた。
何と心躍る、至福の時であったか……
いいえ、まだです。我等にはまだ手はあります。
手だと？これ以上、何の策が……
━━これを。
それは……
帝ミカドが宝物庫の奥に封印なされていたものです。
何だと？まさかこれはЦ
はい、これこそ真の仮面アクルカの写し……オシュトル様達の物はこれの粗悪なまがい物にすぎません。
その恐るべき力故に、誰にも与えられなかったという曰く付きの物なのです。
この力を以てすれば、オシュトル様を退けることも容易たやすいかと。
どうかこれで、天をお取りくださいませ。
……それは出来ぬ。
何故です！このままではライコウ様は、ただの謀叛者むほんものとして裁かれる事になってしまいます。
どうかライコウ様！志の為に今一度……
尚の事だ。俺が天へ駆け上がろうとしたのは、帝ミカドの揺ゆり籠かごから羽ばたく為。
にも関わらず、この期に及んで帝ミカドの力に縋すがろうなど滑稽にも程がある。
ですが……
志を曲げてまで生きようとは思わぬ。死しても天を睨み、奴等の行いの咎になろう。
ライコウ様……
……話はここまでだ。引導を渡す者が来た。
ライコウ……
ようやく来たか……随分と待たせるではないか、オシュトル。
こうして貴様と相見えるのは、随分と久方振りだな。
ああ……
俺の願いには届かなかったが、存外楽しかったぞ。貴様と、ヤマトという名の遊技盤を挟んで差し向かうのはな。
しかし、それもここまで……
な……何故じゃ……
何故……叛旗を翻ひるがえしたりなどしたのじゃ……
其方そなたはお父上の覚えめでたく、何よりこのヤマトのことを想っていたはずじゃ！
なのにどうして！どうして偽りの人形を掲げた！そんなに余が不甲斐なかったと言うのかЧ
判らぬ……余には判らぬ！
どうしてなのじゃ……
……少しは、らしくなられたようだ。
ライコウ……？
俺が……いや、私がヤマトを手にしたのはただの途上に過ぎませぬ。欲したのは、その先にあった物。
ヤマトの民の解放と巣立ちこそが我が天命。
解放……？何を、何を言うておるのじゃ、ライコウ。お父上が民を抑圧し、苦しめていたと言いたいのかЧ
フ……むしろ逆でしょうな。帝ミカドほど民を愛していた御方おかたは居おられますまい。
ならば何故━━
確かに帝ミカドはヤマトの民を愛しておられた。関心なさげに振る舞われてはいたが、何時いつもこの國の行く末を憂いておられた。
しかし、お前達は気付かなかったか？このヤマトという國が、何処どこか歪いびつであるという事を。
歪いびつ？普通に住むには悪くないと思うぞ。確かに悪い奴等がいないわけではないがな。
よう判らへんけど、歪いびつやからお姫様を追い出したりしたのけ？
いいえ、恐らくあの方がおっしゃりたいのは、そういう事ではないと思います。
うん、むしろ、その住み心地の良さこそが問題……この國の人達は恵まれ過ぎてる……
恵まれすぎ？それはどういうことだい？
なるほど、そういう意味ですか。確かに一理ありますね。
まさか、ヒトはもっと不幸であるべきで、幸せすぎるのがおかしいと言うんですかЧ
いや、そうではない。ヤマトでもたらされる幸せは人の手で勝ち取ったものではなく、天から与えられたものだと言いたいのだろう。
え……？それってどういう……
ハッキリ言ってしまうと、籠かごの中の鳥ってことかな。
毎日餌を貰い、外敵から護って貰える、楽園の様な國。
でもそれは、ヤマトの帝ミカドが人知を越えた御技を持ってるからこそ。
本当なら病気や天災などで、たくさんの人が死んでてもおかしくないはずなのに。
ほぅ……それに気付くか。
そうだ。その楽園の中で、大半の者がそれを当たり前だと思い、気付いていない。
本来ならそのような國はありえぬ。
帝ミカドは我等に様々な恩恵をお与え下さった。
食料や財宝などは言うに及ばず、強力な武器、病気に強い農作物、大きく頑丈な船、長く揺れ一つない橋……
そう、我等が数百年考えても思いも付かぬ、想像を絶する叡智えいちの数々。
確かに帝ミカドは我等民を愛して下さった。大切に、大切に……まるで何も出来ぬ揺ゆり籠かごの中の赤子のように。
だが、それは我等を永遠の赤子にしてしまう。これが何を意味するか……判るな？
思考の停滞……かな。
そして、ゆるやかなる衰退へとつながる。
だが我等は赤子でも籠かごの中の鳥でもない。
考える事無く与えられる事に満足するなど、生きるに値するのか？それでは首輪を付けられた愛玩動物と同じではないか。
ならば、飼い主が飽きて、捨て置かれたらどうする？それこそ此度のように飼い主が死んだらその先はどうするのだ？
我等を此処ここまで導いてくれた帝ミカドには感謝の言葉もない。
だが、帝ミカドがお隠れになった今こそ、我等は自身の力で羽ばたかねばならん。
それを、この國の民が望んでなかったとしても？
それを望まぬ者の性根は家畜と同じよ。何故、畜生に配慮する必要がある？
そのような畜生どもの國は俺が手を下さずとも、早晩滅ぶ。それこそ、トゥスクルやウズールッシャの手でな。
幾つもの國が興っては消え、繁栄と衰退を繰り返す……本来、國とはそういうモノだ。
………
あり得ぬのじゃ……
このヤマトは滅びぬ……永久とこしえに続く桃源郷なのじゃ！
いいえ、それこそあり得ませぬ。太陽は何時か必ず沈むのが世の摂理。
事実、帝ミカドという太陽が沈み、國が割れたではありませぬか。
だが、沈んだ太陽は再び昇り、民を照らしださんとしている。アンジュ様という名の太陽がな。
オシュトル……
ふ……それでは今までと何も変わらぬ。別の揺ゆり籠かごに移されただけではないか。
いや、そうとは限らぬ。揺ゆり籠かごの赤子でも、いずれ大きくなり、自らの足で歩き始める。
その時、アンジュ様ならば……自ら学び成長することを知った、新たな帝ならば、その背中を押してくださる筈。
ふん、貴様らしいな……
少し、語りすぎたか。
さあ！この舞台の幕は貴様の手で下ろせ、オシュトルЦ
元より……
まだです！
それはЧ
仮面アクルカ……だとЧ
まだです。まだ終わっていません！道は私が切り開きます！ライコウ様はどうかその夢を━━Ц
あっ━━Ч
もう良い。お前の忠義、確かに見せてもらった。
だが、この戦いくさを始めたのは俺だ。お前にそこまでさせる訳にはいかぬ。
お前の願いは嬉しく思う……だからせめて、最期はシチーリヤ、お前の望みに応えるとしよう！
グッ……Ч
な、なんじゃ……この禍々しい感じ……！
『グオォォォォォォォッЦ！』
『……下ガレ。』
いえ、私も……戦います！
『ガ……グ……下ガレェェェェェェェェイЦ』
……断じて退きません……どうかお許しを！
『……ナラバ……勝手ニセヨ……
モハヤ顧カエリミヌ……』
『力ちからガ体ノ奥ヨリ漲ミナギッテクル。』
『コノ狂気ニモ似タ高揚感、全テガ些末ナ事ニ思エル。ソウ我ガ命サエモ。』
今更……誰にもとめられぬか。
こうなっては某それがしも……お前達は━━
まさか、一人で戦うつもりじゃないよね？
わ、私も戦います。
主あるじ様、一緒。
どこまでもお供します。
兄上、私達の力を信じてください！
また、オシュトルはんだけ、おいしいとこ独り占めする気け。うひひ、そうはさせないぇ。
旦那、今の俺たちならやれるじゃない。
ヤクトワルトの言う通りだ。今の我々なら必ずやれる。
ええ、姉上の言う通りです。
ふふっ、そうですね。今なら誰が相手でも負ける気はしませんね。
その通りじゃ、共に戦ってきた仲間の力を信じよ！
オシュトル殿、既に仮面アクルカは不要！
兄あにさまに、これ以上仮面アクルカを使わせないのです。
皆、考えていることは同じみたい。
お前達……そうだな。
『サア殺シ合オウカ。貴様ラガ真ニヤマトノ導キ手タリ得ルカ、我ガ自ラ試シトナロウ。』
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『潮時カ……。
シチーリヤ、モウ良イ、下ガレ。』
まだやれます、どうか御側に……
『決着ノ時ガ来タ。コレヨリ最後ノ力ちからヲ解放シ、全テヲ滅ボシ尽クス……
足手マトイトナルナ……』
……仰せのままに。
『グオォォォォォォッЦ』
クッ、何という力だ……今までの相手とは桁違いだ……だが！
……こっちとしちゃぁ、もうこの辺で勘弁して欲しいじゃない。
流れ弾に当たるようなへまなどするんじゃないぞ！
は、はい！気をつけますЦ
さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
さすがは聖上です！私も、この戦いに死力を尽くしますЦ
『……ソレデコソ、ヤマトノ歴史ヲ継グ者達ダ。』
『ダガ足リヌ。ソノ程度ノ覚悟デ、ヤマトニ巣食ウ怠惰たいだト言ウ名ノ闇夜ヲ晴ラスコトハデキヌ。』
ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
ライコウの黒き力が薄まった…Ц
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言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
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さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
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ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
この力……某それがしの仮面アクルカを越えるのか……？
『オオオオオオ……ッЦ』
ライコウ～
ライコウ～
ライコウに黒き力が満ちる…Ц
ライコウの黒き力が薄まった……。
ライコウに黒き力が満ちる…！
ライコウの黒き力が薄まった…。
ライコウに黒き力が満ちる…。
ライコウの黒き力が薄まった…！
ライコウに黒き力が満ちる……。
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『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
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ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
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言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
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『潮時カ……。
シチーリヤ、モウ良イ、下ガレ。』
まだやれます、どうか御側に……
『決着ノ時ガ来タ。コレヨリ最後ノ力ちからヲ解放シ、全テヲ滅ボシ尽クス……
足手マトイトナルナ……』
……仰せのままに。
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クッ、何という力だ……今までの相手とは桁違いだ……だが！
……こっちとしちゃぁ、もうこの辺で勘弁して欲しいじゃない。
流れ弾に当たるようなへまなどするんじゃないぞ！
は、はい！気をつけますЦ
さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
さすがは聖上です！私も、この戦いに死力を尽くしますЦ
『……ソレデコソ、ヤマトノ歴史ヲ継グ者達ダ。』
『ダガ足リヌ。ソノ程度ノ覚悟デ、ヤマトニ巣食ウ怠惰たいだト言ウ名ノ闇夜ヲ晴ラスコトハデキヌ。』
ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
ϐ
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ٙ
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くッЦ
『潮時カ……。
シチーリヤ、モウ良イ、下ガレ。』
まだやれます、どうか御側に……
『決着ノ時ガ来タ。コレヨリ最後ノ力ちからヲ解放シ、全テヲ滅ボシ尽クス……
足手マトイトナルナ……』
……仰せのままに。
『グオォォォォォォッЦ』
クッ、何という力だ……今までの相手とは桁違いだ……だが！
……こっちとしちゃぁ、もうこの辺で勘弁して欲しいじゃない。
流れ弾に当たるようなへまなどするんじゃないぞ！
は、はい！気をつけますЦ
さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
さすがは聖上です！私も、この戦いに死力を尽くしますЦ
『……ソレデコソ、ヤマトノ歴史ヲ継グ者達ダ。』
『ダガ足リヌ。ソノ程度ノ覚悟デ、ヤマトニ巣食ウ怠惰たいだト言ウ名ノ闇夜ヲ晴ラスコトハデキヌ。』
ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
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『潮時カ……。
シチーリヤ、モウ良イ、下ガレ。』
まだやれます、どうか御側に……
『決着ノ時ガ来タ。コレヨリ最後ノ力ちからヲ解放シ、全テヲ滅ボシ尽クス……
足手マトイトナルナ……』
……仰せのままに。
『グオォォォォォォッЦ』
クッ、何という力だ……今までの相手とは桁違いだ……だが！
……こっちとしちゃぁ、もうこの辺で勘弁して欲しいじゃない。
流れ弾に当たるようなへまなどするんじゃないぞ！
は、はい！気をつけますЦ
さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
さすがは聖上です！私も、この戦いに死力を尽くしますЦ
『……ソレデコソ、ヤマトノ歴史ヲ継グ者達ダ。』
『ダガ足リヌ。ソノ程度ノ覚悟デ、ヤマトニ巣食ウ怠惰たいだト言ウ名ノ闇夜ヲ晴ラスコトハデキヌ。』
ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
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『潮時カ……。
シチーリヤ、モウ良イ、下ガレ。』
まだやれます、どうか御側に……
『決着ノ時ガ来タ。コレヨリ最後ノ力ちからヲ解放シ、全テヲ滅ボシ尽クス……
足手マトイトナルナ……』
……仰せのままに。
『グオォォォォォォッЦ』
クッ、何という力だ……今までの相手とは桁違いだ……だが！
……こっちとしちゃぁ、もうこの辺で勘弁して欲しいじゃない。
流れ弾に当たるようなへまなどするんじゃないぞ！
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さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
さすがは聖上です！私も、この戦いに死力を尽くしますЦ
『……ソレデコソ、ヤマトノ歴史ヲ継グ者達ダ。』
『ダガ足リヌ。ソノ程度ノ覚悟デ、ヤマトニ巣食ウ怠惰たいだト言ウ名ノ闇夜ヲ晴ラスコトハデキヌ。』
ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』
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『潮時カ……。
シチーリヤ、モウ良イ、下ガレ。』
まだやれます、どうか御側に……
『決着ノ時ガ来タ。コレヨリ最後ノ力ちからヲ解放シ、全テヲ滅ボシ尽クス……
足手マトイトナルナ……』
……仰せのままに。
『グオォォォォォォッЦ』
クッ、何という力だ……今までの相手とは桁違いだ……だが！
……こっちとしちゃぁ、もうこの辺で勘弁して欲しいじゃない。
流れ弾に当たるようなへまなどするんじゃないぞ！
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さあ、ここからが正念場、腕が鳴るぇ。
しかし、これは中々骨が折れそうですね。本当に、貴方といると退屈しません。
まだこれほどの力を……ひとまずは小生が討って出ましょう。聖上は、ここにて彼の者の力を御検分あれ。
ならぬ！帝ミカドである余が臣下の後ろに隠れているわけにはいかぬ！
さすがは聖上です！私も、この戦いに死力を尽くしますЦ
『……ソレデコソ、ヤマトノ歴史ヲ継グ者達ダ。』
『ダガ足リヌ。ソノ程度ノ覚悟デ、ヤマトニ巣食ウ怠惰たいだト言ウ名ノ闇夜ヲ晴ラスコトハデキヌ。』
ライコウ……
『ココデ立チ止マルヨウナ、貴様デハアルマイ？』
『ドウシタ、オシュトル！貴様ノ力ちからハソノ程度ナノカ！』
言ってくれる……
『ソウダ、ソレデ良イ。ソレデコソ我ガ身ヲ費ヤス意味ガアル！』
『言葉ナドイラヌ！我ハ異形ノケダモノヘ堕チ、全テヲ滅ボシ尽クサン！』

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『……ココマデ、カ。』
ライコウ……
『コレデ決着カ。貴様トハ随分ト永キニ渡リ戦ッタナ……』
……我等の目指す所は、似通っていた。ただ、通るべき道が違っただけのこと。
『ソウ、カ。
フフ━━中々悪クナイ、幕切レダ……』
『姫殿下……イヤ、スデニ聖上カ。サスガハ貴様ガ認メタダケノ事ハアル……天晴レト言オウ。』
いや、聖上は某それがしの想像をも大きく上回っていた。
気付けば、某それがしの方が聖上に選ばれ、この手を牽かれてここに辿りついたのだ。
聖上の秘めたる器を見抜けなかったという点では某それがしも変わらぬ。
『カモ知レヌ……ダガ、ソレヲ見通セズ事ヲ急イダ俺ハ、ヤハリヤマトニ相応シクハ無カッタノダ……』
『アノ方ハ、ヒトノ世ヲ照ラスノミナラズ、イツカキットヒト自ラ輝ク世ヘト導ク……』
『セメテ、俺ガ真ノ聖上ニ仇ナシ、古キ世ヲ壊シタコトデ……新シキ世ノ到来ガ早マルナラ……俺ノ願イハ叶ッタト思オウ……』
『俺ハ、俺ノ道ヲ駆ケ抜ケタ━━マゴウコトナキ、己ノ意志デ。』
『次ノ世ガアルナラ、再ビ相マミエヨウゾ……』
ああ、某それがしもいつか行く。
『楽シミニシテイルゾ……サラバダ……我ガ好敵手ともヨ！』
あ……！
━━ライコウ様ッЦ
行かせてやれ……
しかし……
良い……戦いくさは終わったのじゃ。余よに仇をなした者は死んだ、それで十分じゃ。
そうだ、これで全てが終わった……全てが。
自分も最後の役目を果たそう。
聖上、民が待っております。
……うむ。
ヤマトの民よ、余よの声が判るか！余よの声が聞こえるかЦ
余よは天子。ヤマトの真にして新たなる帝ミカド、アンジュである！
驚くのも無理はない。しかし皆みながこれまで崇めていたのは、余よの名を騙った真っ赤な偽者に過ぎぬのだ。
余よの名を騙った不埒者を擁した逆賊ライコウは討ち滅ぼされた。
此度の戦は終わった。ライコウのヤマトを我が物にせんとする愚かな野望は潰えたのだ。
無論、皆みなの中には戸惑いを隠せぬ者もいるだろう。余よもそれを責めはせぬ。全ては余よの不徳の致すところじゃ。
故に言葉のみならず、これより指し示す道で正統なる帝ミカドの証を打ち立て、皆みなの思いに応えよう。
ヤマトに天上より光あれ！
一帯が民の歓声に包まれる。その熱狂的な光景を見つめながら思う。
オシュトル━━約束、果たしたぞ。お前を喪って、帝都から落ち延びて……
それでもなお息づいていたお前の遺志は、今日この場で形となった。自分にしてやれることは、これで全部だ。
そっと、仮面アクルカに触れる。しかし、仮面アクルカは外れる事はなかった。
やはり既すでに躰の一部になって外れないか……この仮面アクルカの役目もとっくに終わったのだがな。
まぁいい、外せないのならそれで構わない。仮面アクルカとともに消えればいいだけだ。
オシュトル………
兄あにさま……
ライコウ様……なんと……おいたわしい……
ライコウの後を追って聖廟せいびょうの背後にあった崖の底に降り立ったシチーリヤは、愕然がくぜんとして小さく呟きをこぼす。
ライコウのその変化は解けることなく、静寂に包まれた谷底に横たわっていた。
お待ち下さい。今、お助け致します。
シチーリヤはライコウの元へと駆け出した。
すると微動だにしなかったライコウが静かに口を開いた。
『構ワヌ……コノ身、長クハ持タヌ……ソウデアロウ？』
……ッ！これは。
シチーリヤは傷を確かめようとして息を呑む。ライコウの身に刻まれた傷からは、血の一滴すら流れていなかったのだ。
かと言って、治癒が始まっているわけでもない。ただ乾き崩れる寸前の砂の楼閣のようであった。
まさか、仮面アクルカがこれほどの負荷を……Ч
シチーリヤの顔から生気が失われていく。しかし、そんなシチーリヤにライコウは口元を笑みの形に歪めた。
『礼ヲ言ウゾ……ヨク、コレマデ仕エテクレタ。』
『ヤハリ……雌雄ハコノ手デ付ケネバナ……オ前ガソノ機会ヲ、ソノ力ちからヲクレタ……』
そんな……私は、私は貴方を━━
『フ……ヤハリ……ナ……』
ライコウの言葉にシチーリヤはハッとする。
気付いて……おられたのですね……
『確信シタノハ、オ前ガ仮面アクルカヲ差シ出シタ時
ダ……』
『フフ、サスガニ……アノヨウナ物……一介ノ冠童ヤタナワラベガ手ニスルナド……デキヌ……』
ですが、信じて下さい……このようなはずではなかったのです……
このような事になるならば、やはり私こそが代わりに……
シチーリヤの身を切るような言葉に、ライコウはただただ穏やかな笑みを返す。
『……泣クナ、シチーリヤ。』
『オ前ノ……』
何を伝えようとしたのか……最後まで言いきる事無く、ライコウは四肢の端から塩と化し、ひび割れ砕けていく。
シチーリヤは慌てて崩れ落ちる塩をかき集めるが、ただ一握の塩を掴んだ所で何も元には戻せなかった。
後には崩れた人型と、その生気を吸い尽くした仮面アクルカだけが残されていた。
ライコウ様……わ、私は、ただ……貴方と同じ、景色を……
シチーリヤは仮面アクルカを拾い上げギュッと抱きしめた。
谷底に残されたヒトだった物も風に舞い上げられ、次第にその痕跡すら消えて沈黙だけが残された。
陽も傾き、谷底に光が届かなくなるほど時間が流れた時、崖底の沈黙を破ったのは、どこか晴れ晴れとした明るい声だった。
ご苦労でした。よくぞやってくれましたね。
Ц
シチーリヤはその声に振り返る。そこにいたのは大勢の冠童ヤタナワラベを従えたあの男だった。
ウォシス様……
ウォシスは悲しみに耐えるシチーリヤの事など気にする素振りも見せず楽しげに声を弾ませた。
貴方の働きは、実に素晴らしかった。あの男を労せずして排除できたのは、僥倖ぎょうこうでしたよ。
…………
さあ、仮面アクルカを、こちらへ。
そう言って、ウォシスはシチーリヤへとその手を差し出した。
シチーリヤはその手の意味する所が判らぬような顔をして、じっと見つめた。
どうしました？
ウォシスの再度の問い掛けにようやく思い出したかのように、シチーリヤの身がビクリと震えた。
そして恭しく臣下の礼を取ると、ゆっくりと手にした仮面アクルカを差し出した。
ふふ、ご苦労さまです。
笑顔で頷き、手渡された仮面アクルカを検分する。
オシュトルを道連れにしてくれるなら儲け物だったのですが、それはさすがに期待しすぎという物でしたね。
やはり力が強すぎて、亜人種デコイでは体が耐えきれなかった……というところですか。
調整不足の仮面アクルカでは所詮はこの程度……当初の目的は果たしたのでこれで善しとしましょう。
では、ライコウ様は……
ウォシスは肩を竦すくめ、近くにいた冠童ヤタナワラベに仮面アクルカを手渡した。
しかし、おかげで研究も大きく進む事でしょう。彼の死も無駄ではありませんでしたね。誇りに思いなさい、シチーリヤ。
さて、これで貴方の隠密としての役目も終わりです。今後は、私の直属として働いてもらいましょうか。
……承知いたしました。ウォシス様。
シチーリヤは無表情なまま、背を向けて歩き出したウォシスに再度礼をし、その後ろに付き従う。
まるでそれが当たり前のことであるかのように。
しかし……
しばらく歩いた所で、ウォシスがふと思い出したように振り返って言った。
貴方に━━信じていた者に裏切られて、彼は一体どんな気持ちだったのでしょうね？
まあ、裏切られた本人ではなく、裏切った貴方に聞いても詮無いことですか。
さて、これで残るはあの男……
そろそろ頃合でしょう……次の段階に移りましょうか。
足早にウォシスは闇へと歩き始める。その後を音も無く冠童ヤタナワラベ達が付き従った。
シチーリヤも後に続こうと一歩を踏み出したが、そこで立ち止まり思い出したかのようにただ一言呟いた。
……さようなら。
最後の言葉は、誰にも届くことなく━━過ぎ行く風とともに流れて消えた。
シャッホロがソヤンケクル、前へ。
はい。
ソヤンケクル。其方そなたは海路による物資や兵の輸送で、大きな働きをしてくれた。其方そなたなくして此度こたびの勝利はなかったであろう。
よって、其方そなたには新たに左大臣の位を与える。
勿体なき御言葉ではありますが……
私は先の帝ミカドより、八柱将の任を賜たまわった身。その上、左大臣とは身に余る重責であります。
いや、余は其方そなた以外にないと考えておる。のう、オシュトル。
然しかり。ソヤンケクル殿の豊富な経験やその人望は、余人をもって代え難いと考えまする。
更なるヤマトの発展に無くてはならぬ御方かと。これからも、聖上に力添えいただきたい。
ですが、八柱将と兼任するとなりますと……
そのことなら安心するのじゃ。其方そなたには良い跡継ぎがおるではないか。
と申しますと、まさか……
もしかして……ウチけ？
そう言って、ソヤンケクルの後ろから惚けた顔を出したのはアトゥイだった。
そうじゃ、アトゥイ。ソヤンケクルに代わり、其方そなたを八柱将が一人に任ずる。
若き八柱将の誕生に再び、周囲がどよめきに包まれたが、当のアトゥイは少し困ったように答えた。
あやや、せっかくやけど、そういうの興味ないしなぁ。そうや、他になりたいヒト多そうやし、譲るってことでいいけ？
アトゥイの包み隠さない答えに周囲が凍り付く。ソヤンケクルでさえ額に手をやって、駄目だ、これは、と首を振る始末だ。
しかし、アンジュはアトゥイの態度にはすでに慣れたもので、少し気落ちしたように問い質すだけだった。
なんじゃ、受けてはくれぬのか。
ごめんなぁ、お姫さま。
むぅ……そうか、それは残念じゃ。八柱将としてオシュトルを支えてほしかったのじゃが。
……へ？
仕方が無いの、イヤなら無理にとは言わぬのじゃ。しかしそうなると、誰を代わりにしたものやら……
な、なぁなぁ、お姫さま？
むぅ、八柱に相応ふさわしき武勲を上げた者となると……
なぁなぁ。
む、何じゃ？考え中じゃから少し待つのじゃ。
さっき、何か言ってなかったけ？オシュトルはんの支えとかなんとか。
うむ、軍を再編する当面の間、オシュトルがヤマト総大将として、将の統括を兼ねることになっておる。
じゃが、オシュトル一人では負担も大きい。そこでしばらくオシュトル付きで補佐をやってもらおうと━━
やるぇ！
八柱将、やるぇ！
アトゥイ……
何があったのか突然の翻意ほんいに聴衆は先ほど以上にどよめいた。
そ……そうか？引き受けてくれるのなら余も嬉しいのじゃが……
うひひひ、任せられたぇ。
ぷるぷるぷるぷるぷる……
傍かたわらに浮いているクラリンまでが心なしか嬉しそうに見える。
何か腑に落ちぬが……まあ良い。ソヤンケクル、其方そなたもそれで良いな？
アトゥイがそう言うのであれば、私も異存はありませぬ。謹んで拝命いたします。
うむ……
アンジュは鷹揚おうように頷いて、こちらを促すように視線を向けた。
では次に、イズルハがゲンホウ、前へ。
ハッ……
ゲンホウが前に出る。ゲンホウの姿を見て頷くと、アンジュは朗々と告げた。
ゲンホウ、其方そなたには右大臣の位を授ける。その人徳で、引き続き余を支えて欲しいのじゃ。
しかし、ゲンホウは困ったように頭を掻いた。
御言葉ですが聖上、自分はソヤンケクルと違って、何かした覚えはありませんがね。
惚とぼけるでない。其方そなたがおらねば散らばっていた豪族達を召集し、まとめることは出来なかったであろう？
兵や物資が集まったのは其方そなたの人徳の賜物じゃ。
そいつはちょいと買い被り過ぎですな。集まったのは頭目としての器がノスリにあったからこそで。
確かにイズルハの者たちが一つとなりまとまったのは、ノスリにその資質を見い出したからなのは余も判っておる。
じゃがな、ゲンホウ。其方そなたがノスリの為に自ら足を運び骨を折った事、余が知らぬと思うてか？
自分はとっくに隠居した身なんですがねぇ。
其方そなたの言いたいことはよく判る。
じゃが、言った通り手が足りぬ。故に才ある者を遊ばせておく余裕はないのじゃ。
ゲンホウ殿。某それがしからもお願いしたい。引き受けてはくれまいか。
やれやれ。聖上と右近衛大将━━いや、今はヤマト総大将殿か……に頼まれちゃ、断るわけにもいかねぇか。
ゲンホウはまたボリボリと頭を掻くと、大きく息を吐き、両の拳をしっかりと床に付けて平伏した。
喜んで。自分でよければ、謹んでお受けいたしましょう。
うむ！
アンジュは満足げに頷くと、ゲンホウの後ろに控えたノスリを見やった。
そしてノスリよ。
ハ、ハッ！
其方そなたを八柱将が一人に任ずる。オウギと共に家の再興に励むがよい。
わ、私が、八柱将……？
どうした？まさか、今更怖じ気づいたとか吐ぬかすつもりか？
父上……
頼んだぞ、ノスリ。
私が……八柱将……私が……
姉上、目にゴミでも入りましたか？
な、何を言うか、これは泣いているだけだ！
あ、あれ？い、いや違うぞこれは！聖上の前で涙など━━
良い、良い、全て許すのじゃ。
っ……せ、聖上……う……ぅ……勿体なき……御言葉……
ささめきが止むのを待ち、次の名前を読み上げる。
ナコクがイタク、前へ。
ハッ。
イタクよ、ナコクでの戦い、それに続く帝都攻略においても味方を纏まとめ、よくぞ貢献してくれた。
その功績、見事なものじゃった。そして、今や其方そなたは皇オゥルォ。
皇オゥルォには、それに相応しい責を担ってもらうぞ。
よって、其方そなたを八柱将が一人に任ずる。
有り難き幸せ。慎んで拝命させていただきます。
……他に無いのか？
と、申されますと？
皆みなのように、何か面白いことを言ったりせぬのか？
そ、そう申されましても……
聖上……あまり無理を仰おっしゃらぬよう。皆みなが芸を披露せねばならぬのかと困ります故。
後の方で、何か一発芸っぽいの用意しだしてるし、むこうの堅物そうなオッサンは持ちネタ無いのか青白い顔しているぞ。
む……そうか。ではイタクよ、期待しておるぞ。
ハッ、この命に代えましても。
次にエンナカムイがイラワジ、前へ。
ここに。
うむ、イラワジよ。其方そなたの助けが無ければ、今の余よは無かったのじゃ。
其方そなたには、本当に感謝しておる。
エンナカムイが戦火に見舞われると知りながら、全てを失った余よを助け、匿ってくれた。
そもそも、余よが本物のアンジュであるという証拠など、どこにも無かったというにな。
それを、其方そなた等は何も疑わずに受け入れてくれた。
余よの為に命を落としたエンナカムイの者も少なくはない……
本当に……本当に其方そなたには感謝してもしきれぬのじゃ。
もったいなき御言葉。
ですが、それは臣下として当然の務め。聖上がお気に病むことなど何もありませぬ。
そのお気持ちだけで十分に御座います。
それでも……其方そなたの、其方そなた等エンナカムイの民から受けた恩、余よは決して忘れぬ。
イラワジよ、其方そなたには余の後ろ盾として大老タウロになってもらいたい。
その言葉に一同が絶句し、そして大きなどよめきが広がった。
それはイラワジ本人にとっても同じだった。
大老タウロ……そのような大役、私わたくしのような田舎者には相応しくありませぬ。
無理も無い。大老タウロといえば大臣と皇オゥルォ達の統括にして、帝ミカドの相談役だ。
実質的な権限は無いとされるが、その影響力はこのヤマトすら左右する。
其方そなたに与えねば、他に示しが付かぬのじゃ。
イラワジは目を瞬かせ息を詰まらせた後、平伏した。
……承知いたしました。このイラワジ、命尽きるその時まで聖上にお仕えすることを誓いましょう。
末永く、よろしく頼むのじゃ。
ただ、大老タウロの任を引き受けるに当たって、一つお願いがございます。
うむ、遠慮せず申してみよ。
空位となるエンナカムイの皇オゥルォには、何とぞキウルを。
無論、余よもそのつもりじゃ。キウルはその資格十分じゃからな。
わ、私がエンナカムイのЧで、ですが私のような未熟者が……
何を言うておるのじゃ。其方そなたは幾度も余よを助けてくれたではないか。
今、余よがこうしていられるのも、其方そなたが余よを信じ、付いてきてくれたからこそじゃ。
それを大した事ではないと言うつもりか？
そ、そんなつもりは……とんでもないです。
ならばキウル、胸を張れ。そして誇りを持て。
お前は間違いなく、聖上の弓となり、支えとなってここまで来たのだ。
兄上……
キウルはこちらをじっと見上げると、ようやく決意を固め前へ出た。
こ、光栄です！粉骨砕身し、我が身をヤマトに、エンナカムイに捧げます！
うむ、実に小気味良い返事じゃ。
期待しているぞ。
ハイ！
その後も、帝都奪還にあたり功を成した者達が次々と呼ばれていった。
これで、やっと終わったぞ。なぁ、オシュトル……
ライコウはその目的の多くを語っておらず、自分達こそが正統な帝ミカドの後継と名乗って兵をまとめ上げていた。
その為、ライコウと偽のアンジュという旗印が消えると、敵対勢力は自らが奉じていた物が偽りと覚り、瓦解。
そして、このヤマトを割り、大きく揺るがした戦いくさは、あっけなく終わりを告げた。
これでもう、自分の役目は終わった……
この戦いくさで、國にとって、民にとって、本当にかけがえのないモノが失われた。
だが、問題は無い。彼等ならきっと、このヤマトを立て直し、さらに発展させてくれるだろう。
全ては真実へと戻った。もう……偽りの仮面を被った者は必要ないのだ。
そう、ライコウが言っていたようにな。
………………
皮肉なものだ。一番近く感じるのが、宿敵であった奴だとは。
せめて……奴を弔ってやりたかったのだが。
あの後、確認のため聖廟せいびょうの下に降りたが、そこに残されていたのは塩となったライコウの亡骸の、わずかな痕跡だけだった。
仮面アクルカにより命を燃やし尽くした者の最期……
おそらくは塩となって砕け散ったのだろう。
そして、わずかに残されていたそれも、風に吹かれて散っていってしまった。
いや……それでいいのかもしれない。あの漢のことだ、今頃風となって大空を舞っていることだろう。
…………
柱の影にクオンの姿を見つける。
視線が合うと、クオンは気落ちしたように首を横に振った。
そうか、クオンでも見つけられなかったか。
……ミカヅチ、いったい何処にいる。
あの戦いの最中さなかに姿を消して、そこから足取りが掴めない。
敗戦を悟って逃げた？あの漢が？考えられん。
負け戦いくさすら楽しむような男だぞ。逃げるくらいなら嬉々として一騎駆けを仕掛けてくるだろう。
殺したって死なないような男だ。心配はいらないだろうが……
そういえば、八柱将であったウォシスの姿が見当たらないのも気になる。
我等が入城した時には姿を眩ませていたが、処断されることを恐れて身を隠したのか？
敵対していた者達の罪は問わないことになっているが……
立場上、あの皇女が偽者だと気付いていなかったとは思えん。
その上でライコウに従っていたのだ、何らかの処罰は免れないか。
とはいえ、こちらもあの男のことをよく知っているわけでは無い。
何にせよ放置は出来んか。地道に行方を探るしかないんだろうが。
何故だろうな。ミカヅチのことといい、この妙に引っ掛かる感じは……
………
ʐ
卓上には今夜中に返事をせねばならない書簡が山と積まれ、溢れて床にまで散乱している。
帝都を奪還したとはいえ、まだまだ処理せねばならない事は山ほどある。睡眠時間はエンナカムイにいた頃より少ないくらいだ。
あいかわらず、事を解決する度に忙しくなるというのは実に納得いかん。
オシュトルがウコンという別の顔を持っていたのが、今なら痛いほど判る。
そうする必要があったことを除いても、自由である身が欲しかった……ということなのだろう。
来る日も来る日もこんな生活では、息が詰まって仕方がない。
いっその事、自分も変装をして何かしらの……
………
すでにオシュトルの役目を演じている身でありながら、さらに別の人格を演じるなど……
第一、この仮面アクルカが外れないことには、変装などしようがない。
………………
書簡に筆を走らせながら、しばし物思いに耽る。
帝都を奪還し、皇女さんが新たな帝ミカドに即位したことで、ひとまずオシュトルとしての自分の役目は終わった。
そろそろ皆みんなに正体を明かし、この地位を退いてもいい頃合いなのだが……
近衛大将が左右とも空位なのに、総大将まで不在というわけにはいかんな。
ミカヅチ、お前は一体何処どこで何をしている。
皇女さん━━帝ミカドは、初めて会った頃に比べればずいぶん立派になったとはいえ、まだ幼い。
もう暫くは、この仮面を脱ぎ捨てることが出来ない……
帝ミカド……兄貴。
勝手すぎやしないか。突然現れ、突然去ってくなんて。
遺産を継ぎ、『人類』を救ってくれとか……
思いに耽ふけりつつ、卓上に積まれた書簡の山の数を減らしてゆく。
明らかに、エンナカムイにいた頃より手際が良くなっていた。
こういうことばかり上手くなっても仕方がないんだがな。さて……
一段落ついたところで筆を置き、席を立った。
部屋の隅に置かれた行李こうりを開け、その中身を床に広げる。
衣服や薬籠やくろう、火打ち石、麻縄といった旅道具の数々。
一つ一つ丹念に調べ、壊れたり破れたりしていないか確認し、荷袋に詰めてゆく。
何時の頃からか、こうして時間を見つけては旅の支度をするようになっていた。
……これは。
行李こうりの中の小さな箱に目が止まる。
懐かしいな。ウズールッシャの遺跡を調査する時に、必要だからと兄貴から預かった印籠だ。
今となっては形見になってしまったな……
やはり、このまま放っておくことはできない。
彼らを元に戻すための手がかりは、この先も探し続けよう。
それは、兄貴の後を継ぐこととは関係ない、自分自身の意志なのだから……
兄あにさま、入ってもよろしいですか？
む……ネコネか。
ああ、構わんよ。
お疲れ様なのです、兄あにさま。
疲れたでしょ、オシュトル。そろそろお茶にしない？
御菓子も焼いてきましたので、一息ついて下さい。
皆も一緒だったか。
失礼するです。
今、お茶を煎れますね。
どうぞ、オシュトルさま。
すまんな。
ふぅ……
兄あにさま、あまり無理をしなくてもいいのです。
ああ、ここにある分を片付けたら休むことにしよう。心配をかけたな、ネコネ。
…………ん～？
どうしたですか？姉あねさま。
ねえ、オシュトル。何処か遠征でもする予定があるのかな。
ん？
だって、荷袋なんか用意してるし。
おっと、仕舞い忘れていたか……
いや。今のところ特に予定はない。時折、改めておかねば落ち着かぬ性分でな。
そっか……
ね、オシュトル。前に言ったこと覚えてる？トゥスクルに来ないかって話。
あ、今すぐってことじゃなくて、もう少し落ち着いたら……だけど。
トゥスクルか。そうだな……
もともと兄貴がトゥスクルを目指したのは、彼の地にある遺跡を調査する為だった。
ほんの僅わずかな可能性に賭け、タタリへと変貌してしまった人類を救う手がかりを求めて……
それが兄貴の最後の望みというのであれば、何時かは訪れておく必要があるか。
そうだな。何時か……近いうちに。
肯くと、クオンは目を輝かして身を乗り出した。
え、本当に？
ん？ネコネ、どうした？
あっ……
大丈夫、もちろん、ネコネも一緒だから。
ほ、本当……ですか？
当たり前だよ。私わたくし達皆みんな、ずうっと一緒かな。
囁くような優しい声に、ネコネは安心したように身を預ける。
ふふっ、ネコネさま……
ルルティエも一緒に来てくれる？
━━はい、喜んで。
本当に仲がいいな。この三人は。
……ん？
姉あねさま、どうしましたです？
なんだか、廊下からいい匂いが……
へ？
オシュトル、いるな？入るぞ。
おお、皆みなもここにいたか。ちょうど良かった。
お邪魔するぇ。
まぁ、皆さんもいらしたんですね。
なんだ、お前達まで……どうした？
見回りで街に出ていたんでね。差し入れでいいもん買ってきたじゃない。
やきたてだぞ！
ほう、串焼き肉ココロモか。
そういえば、以前はよく市場の屋台でコイツを買い食いしたな。
戦いくさの後、しばらくは閉めている店も多かったのですが、今ではほとんどが営業を再開しています。
ようやく混乱がおさまりつつある……といったところでしょう。
ああ、そうだな。
敵を討ち倒しただけでは、都を取り戻したとは言えぬ。
民に落ち着いた暮らしが帰ってきて、初めて我々の勝利なのだからな。
うん。確かに、そのとおりかな。
そういえば、何やらトゥスクルについて話していたようだが、どうかしたのか？
ああ。色々と片付いたら、皆みなで行ってみようと話していたところだ。
わ、楽しそうやぇ。
前に行った時はゆっくり見物する間もなかったしな。改めてゆっくり見てまわるのもいいじゃない。
でしょう？本当にいい國なんだから、皆みんなにもちゃんと見てもらいたいかな。
広さではさすがにヤマトにはかなわないけど、見せたい物が数え切れないほどあるんだから。
海辺の町では魚が美味しいし、山の方では食用のウマの鍋を出してくれるところもあるし……
森で採れる果物は絶品だし、何よりハチミツ！あれがもう、ほっぺが落ちそうなくらいかな。
食べ物の話ばかりだな。
う……ほ、他にもあるかな。ええと、西の都のヤンマモロロとソカとか……あっ。
ははっ、聞いてるだけで腹が膨れてくるじゃない。
ふふふ……
こうやって、全員揃ってメシを喰いながらワイワイ話すのはいつ以来だろうな。
まるで、オシュトルが生きていたあの頃に戻ったようだ━━
兄上、串焼きまだありますよ。
ああ、いただこう。
そういえば、皇女さんと初めて会った時も一緒にこの串焼きを食ったんだったか。
店が再開したと聞けば、きっと喜ぶだろうな━━
うむ、あいかわらず美味い！あの店主め、さらに腕を上げたようじゃな。
へ、お姫さまЧ
せ、聖上、何故こちらにЧ
そんなことより、おかわりじゃ。ああそれじゃなくて、そっちの大きいやつを頼む。
は、はい。
うむ！
串焼きの臭いにつられて来たんでしょうかね？
流石は聖上、並みの嗅覚ではありません。
ふぃ～、ようやく人心地が付いたのじゃ。
毎日毎日、雑務に追われてもうクタクタじゃ。オシュトル、余よを労ねぎらうのじゃ。
む……今、ここでありましょうか。
無論じゃ。
やれやれ……仕方ないな。
どうぞ、聖上。
や～、やはりオシュトルの膝の上は居心地が良いのじゃ。
ぐぅ、ネコネの視線が痛い……後でアイツの機嫌もとっておかないとな。
ところで、さっきは何を楽しそうに話しておったのじゃ？
トゥスクルの話です。
む？
都が落ち着いたら、トゥスクルに来てみないって話してたんだ。
トゥスクルへ……
な、ならんッ！
オシュトルはずっと余よの側におるのじゃ！どこにもやらんЦオシュトルは余よのモノなのじゃЦ
ア、アンジュさま？
聖上、何もそのままトゥスクルに腰を落ち着けるという話ではありませぬ。
見聞を広めるため、一度きちんとトゥスクルを回ってみたい。そう申し上げているだけです。
あ、いや……わ、わかっておるのじゃ。
だが、やはりダメじゃ！
た、確かに都は取り戻したが、まだまだやるべきことは山ほどあるのじゃぞ。のんきに旅などしている場合か！
だから、落ち着いたらって話かな。
それに、あの小生意気な皇女がいる國なぞもっての外じゃЦ
あ……う、でもあの時は状況が状況だから、今度会ってみれば意外にいいヒトかも。ううん、とってもいいヒトだと思うかな。
何故、クオンにそのようなことが判るのじゃ？
えЧほ、ほら、私わたくしの故郷の皇女様だし……
駄目じゃ駄目じゃ、とにかく今は忙しいのじゃ。そのような余裕はないのじゃー！
わかった、わかったから落ち着いてほしいかな。
むー……
ふふっ。この分では、当分トゥスクルへの旅は無理そうですね。
ああ、そのようだ……
失礼する。今、この部屋から聖上の御声が聞こえた気がしたが。
げ、ムネチカЧ
やはりこちらに居られましたか。公務をサボって、こんなところで油を売っておられるとは。
サ、サボるなどと人聞きの悪いことを……ちょっと息抜きに出てきただけで……
すべての書簡に目を通されるまでは、部屋をお出にならないと約束したはずですが。
もし約束を違えた場合は……
ちょ、ちょっと待てムネチカ。余よはもう帝ミカドじゃぞ、帝ミカド！判っておるな？
ま、まさか帝ミカドに対してあのようなこと……
問答無用です。
ギャー！帝ミカドなのに！帝ミカドなのにー！
ムネチカはアンジュの服をまくり上げると、尻に向かって見えないほどの速度で手を振りおろした。
ギニャーЦ
結局こうなるのか……
立派な帝ミカドへの道は、まだ険しそうだな……
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ゆさゆさ━━
ゆさゆさゆさ━━
む……
暗闇の中、何者かに躰を揺すられ……深い眠りから引き上げられた。
ああ、またか……
主あるじ様。
夜分遅く申し訳ありません。起きて下さい。
そんな声にそっと目を開けると、月明かりの下、双子がジッとこちらを見つめていた。
ん……お前達か。
寝惚け眼まなこをこすりつつ、ゆっくりと躰を起こす。
……どうした？こうして夜中に起こされるのは、ずいぶんと久しぶりだが。
クイクイッ……
む？
いつぞやのように、袖を引っぱられた。
何処へ行くつもりだ？
………
…………
誰が呼んでるっていうんだ、兄貴はもう死んだ……
まさか、ホノカさんかЧ
そうだ、ゴタゴタで思い浮かばなかったが、ホノカさんはどうしている？
双子は、それには答えず、頭を下げる。
何処へ行くのかな。
そんな声と共にクオンが部屋に入ってきた。
クオン……
どうした、こんな夜更けに。
オシュトルを連れて、何処どこへ行くつもり？
何だ、警戒……？いや、その瞳に剣呑な色が見える。
手間が省けた。
いいところに来てくれました。貴女にも来ていただくよう、言い付けられております。
…………え？
私わたくしも？
はい。
誰が、呼んでいるのかな？
来ていただければ、判ります。
まるで、断らないと確信してるみたいで、ちょっと気に食わないけど……
でも……何だか面白そう。
判った、行こう。
ところで。
クオンさん、何をそんなに警戒しているのでしょう。
え、なんのことかな。
主あるじ様へ向ける眼差しが、ただならぬ気迫で満ちていましたから。
そ、それは……まだ、國が治まって間もないから、用心に越したことはないかなって……
知らぬ所で、心配をかけていたようだな。
私が言いたいのは……本当は……その……
こちらに。
今から案内します。後に続いてください。
音もなく扉が開く。双子に続き、部屋の外へと歩み出た。
すでに廊下には靄もやのようなものが立ちこめ、視界がはっきりしない。
この霧って、あの時の……
双子に手を引かれ、進んで行く。
足元注意。
段差にお気を付け下さい。
何と言ったか、そう、位相をずらすとかで、他の連中には見えなくなるんだよな……
確か、お前達から離れると、まずいことになるんだったな……
以前も言いましたように、永遠にさまよい歩くことになります。
黙って双子の手を強く握った。
こうして歩いていると、兄貴に呼び出された時のことを思い出す……
まだハクで……あの頃は、こうして何度も夜中に連れ出されたな。
霧に閉ざされた道は、全体が歪んで見え平衡感覚が狂いやすい。
一歩、また一歩と先へ進むうちに、いつしか自分がどちらの方角を向いているのかすら曖昧となる。
それは雲の中をゆらゆらと漂っているような、不思議な感覚だった。
呼んでいるのは、おそらくホノカさんか？
……オシュトル？妙に嬉しそうだけど。
き、気のせいではないのか？
やがて気がつくと━━足下が青々とした芝生に変わっていた。
到着。
主あるじ様、お疲れ様でした。
そこは緑あふれる桃源郷。戦乱の爪痕が無い、静かで穏やかな光景。
ここって……
ここは……そうか、いつも兄貴が出迎えてくれた庭園だ。
お待ちしていました。
声のした方に視線を向けると……
ホノカさんが、赤い円卓の傍かたわらに佇たたずんでいた。
何時いつも兄貴と迎むかえてくれた時のように、優しい微笑みを浮かべて。
ホノカさん……
お久しぶりですね。
待て、まさかホノカさんは、某それがしの正体を……
それを感じたのか、ホノカさんは優しく目を細め、肯いた。
そうか……おそらくはこの子達から聞いたのか。何にしても、よく御無事で……
クオン様も、このような夜更けによくおいで下さいました。
えっ？いえ……えと……
今まで何をして……いや、何故なにゆえ━━
クソ、聞きたい事があまりにも多すぎて、考えがまとまらない。
……オシュトル？
どうか、まずはお掛かけ下さい。
……わかりました。
促うながされるまま卓に着くと、ホノカさんも正面に座ってくる。
どうぞ。
お茶をお持ちしました。
いつの間に用意したのか、双子が温かいお茶を差し出してくる。
冷めないうちに召し上がれ。
では、いただきます。
ふんわりと湯気を立てる、澄んだ緑色の液体。
口に含むと、爽やかな香りと僅かな苦みが舌の上に広がっていく。
この味……ずいぶんと久しぶりだ。
発酵した茶葉を煮出したヤマトの茶も悪くはないが、やはり自分はこの緑茶が性に合っている。
これって、緑茶……
ふふ……
どうしました？
そうやって、美味しそうにお茶を飲む姿は変わっていませんね。
そう……ですか。
この人の前では、どうにも調子が狂うな。
緑茶は、トゥスクルも負けてないのだけど。
だが何にせよ、無事で良かった。
オシュトル、顔がニヤケてる。
聞きたい事や知りたい事は山ほどあるが、今はただ、この穏やかな時間が心地よかった。
あの……ここは何処なんですか。
クオンが辺りを見回し、そう尋ねる。
帝都の地下深くにある庭園です。
地下の庭園ですか……地下Чでも━━
クオンが空を指差す。
そこには無数の星がきらめいていた。
ホノカさんは何も答えず、クオンに頬笑みかける。
まさか、ここは……
はい、貴女が想像している通りです。
まだ、こんな大規模な……どうして私わたくしをここに？
ここは、他の國の者が立ち入ることは許されない場所なんじゃ……
構いません。知ったところで、ここへ辿り着くことは適いませんから。
あなた様なら、その意味が判るのではありませんか？
っ……もしかして……
クオンが何かを言いかけ、口ごもる。
お二方に、あらためて御礼申し上げます。
会話が途切れると、ホノカさんはそっと立ち上がり深々と頭を下げた。
ここまでの道程は、この子達に聞いております。
あの子……アンジュを支えて、よくぞこのヤマトを取り戻して下さいました。さぞ、辛い思いをしたことでしょう。
本当に、ありがとうございました。
……いえ。それも皆みなの力があってこそ。某それがし一人では、どうにもならなかった。
ですが、その為に貴方様はすべてを手放すことになりました。
僅わずかに残された、貴方様が貴方様である証を捨てさせてしまいました。
それは、某それがしが決めたこと。ホノカさんが気に病むことではありませぬよ。
クオンの訝いぶしげな視線を感じる。
これ以上は不味いか、話題を変えねば……
せめて、この子達がお役に立っていればよろしいのですが。
完璧。
抜かりはありません。
おはようからおやすみまで。
特に、おやすみしてからの御奉仕が自慢です。
ふふふ、頑張っているようですね。安心しました。
……え、安心なの？
クオンの視線が更に訝いぶかしげに……
━━それよりも、何があったのか聞かせてもらえませぬか。
あの時、一体何があったのか？それを知りたい。
それは……
言葉が止まる。空白の時間がしばし流れて……
私わたくしよりも、あの方から直接お聞きになった方が良いでしょう。
あの方？
こちらへ。お目覚めになられたようです。
彼女はそのまま踵を返し庭園の奥へと歩き出す。
誰だ、あの方とは……
ホノカさんの言葉を不可解に思いつつも、後をついて行く。
その先にあるのは、白く清楚というには些いささか無機質な、こぢんまりとした塔。
一見したところでは窓のようなものも見当たらず、扉と思わしき箇所にも継ぎ目一つ無く、壁で囲まれているようにしか見えない。
確かここは、以前、一度だけ入ったことのある、あの場所への入り口ではなかったか……
お連れしました。
その声に呼応したのか、扉に僅かな切れ目が走り、少しずつずれるよう小刻みに開き始めた。
どういうことだ、このような扉は、兄貴にしか開くことが出来ないはず……まさか？
いやしかし、確かに死んだと……
封印の……門……
クオンが、以前に見た何かを思い出したかのように呟く。
扉を潜り、数歩足を踏み入れると、奥へと進む廊下に明かりが灯った。
すごい……ここまで完全な形で残されているなんて……
それどころか、まだ生きてる。ぜんぜん劣化も風化もしていない……
多分こんなの、オンカミヤムカイにだって……
そうしているうちに通路の突き当たりまで来た。
クオン、少し━━
……え？
少し気分が悪くなるかもしれません。御注意を。
そして、ふわりと体が浮き上がるような感覚。
ふにゃあЧ
高速で下りてゆく感覚が全身を包み込んだ。
何やら思案しているところに、不意打ちをくらったのか、クオンは素っ頓狂な声を上げ、ワタワタと体勢を立て直し……
何事も無かったかのように、すまし顔。
ぶふッ！
その声と仕草に、思わず吹き出してしまう。
└─┐ッ！
ぺしッ、ぺしッ
それに気付いたのか、真っ赤になってパシパシとシッポで叩はたいてきた。
仲がよろしいのですね。
な、べ、別に……仲なんて……
当然でありましょう。某それがしにとって、クオンは大切な女性であります故。
オ、オシュトル……
苦楽を同じくした友ですから。
何故か双子がうれしそうにグッと手を握る。
ぺしペしぺしペしぺしペし
激しくなった。
な、何なのだ。
やがて落下速度は緩やかに減少し、止まる。
仄暗い室内。壁面や床が、微かに光の線を放つ。
その中を、低音がうねるように響いていた。
ただいま戻りました、我が君。
我が君━━Ч
ホノカさんはこちらの驚きを知ってか知らずか、いつもと変わらぬ笑みを浮かべている。
『ああ……よく……来てくれた。』
不意に、耳ではなく、頭の中に直接声が響く。
弱々しくも、判る。もう、聞くことが出来なくなったはずの声……
ふいに、薄暗かった部屋が照らされた。
腕ほどもある太い線が部屋の中央へと伸びている。
そこに繋がれているのは、巨大な壺━━いや、電球のような形状のカプセル……
声に誘われ、部屋の中央へと歩み寄る。
カプセルは、薄く色づいた液体で満たされていた。
その液体の中にゆらゆらと浮かぶのは……
帝ミカド……
『久しい……のう……』
帝ミカドは静かに目を開き、弱々しく微笑んだ。
兄…貴……
……あに…き？
兄貴って━━
生きて……いたのか。
それ以上言葉が続かなかった。
やはりとまさかの想いが交差し、感情が追いつかない。
『ふ……ほほ……』
『お前がそんな顔をするとはなぁ……珍しいモノを見させてもらった……』
『この通り……なんとか生き存ながらえておるよ……』
生きてる……確かに、生きてはいる。だが、その姿は何だ……
老いても凛としたあの感じが見る影も無い。液体の中を力なく漂い、まるで干物のようだ。
『お前には……苦労をかけてしまったな……すまなかった……』
『そして、よくぞ最後まで娘を護ってくれた……』
『ありがとう……』
礼ならば……奴に言ってやってくれ。
奴の願いが無ければ、おそらくここまでしなかった。
『そうか……』
『また……惜しい漢を亡くしてしまった……』
『彼奴あやつは……このヤマトを担になう者であったというのに……』
『あの漢も……その父も……良き漢ほど先に逝ってしまう……』
『儂ワシを残して……先にな……』
我が君……
………………
そうか、兄貴は……オシュトルの事をそこまで。
アイツに聞かせてやりたかった……
その姿……何があった？
何故、そんな姿を曝さらしている。
『………………』
『なぁに……大したことでは無い……』
『延命調整しているところを……何者かに……』
『結界を解いていた為に……この様というわけだ……』
襲われた……？
一体、誰に？
ライコウが……いや違う。
いろいろ辻褄つじつまが合わない上に、奴の兄貴に対する忠誠は、あのヴライにも負けないものだった。
兄貴を暗殺してまで事に及ぶとは思えん。
だとすれば……
『む……う……さて……なぁ……』
『突然のことで、記憶が混濁しておってな……』
『暗殺者の手を逃れるため……予備の素体を死体としてさらし……瀕死の躰からだを休めた……はっきりしておるのはそれくらいでな……』
『他は何も覚えておらぬのだ。』
わずかな隙を突けるとなると、かなり近しい者に限られる。
そんな奴が……
『む、むぅ……』
『とにかくだ、仮死状態となって、ようやく意識を取り戻した頃には……すべてが終わっておった……』
『そこの……方……』
━━えっ？わ、私わたくし？
『確かクオンと……いや、クオン殿……ですな？』
『貴女のことも……いろいろと聞いておりま
す……』
『こうして貴女を招いたのは……御礼を言いたかったからじゃ……』
『貴女の助力なしでは娘は……』
『余よは知っておる。貴女が娘を励まし……支え……助けてくれたことを……』
『帝ミカドではなく、ただ一人の親として……礼を言わせて欲しい……』
『そして……詫わびを言いたい……』
え？
『祖國であるトゥスクルに侵攻したことを……』
『貴女から……大切な者を奪ってしまったことを……お詫わびしたい。』
ッ……
何故……何故……トゥスクルに？ずっと不思議だった。
このヤマトはとても豊かな國……ううん、豊かすぎる。
他の國を侵攻する理由なんて無いかな。なのに、どうして？
『余よの……我儘わがままじゃよ……』
『すべては余よの……人としての我儘わがままじゃ……』
『それを最初から話す必要がある。』
『もう……気付いていよう……
余よが……どのような存在かを……知っていよう……』
大いなる父オンヴィタイカヤン……
『そう……
余よは其方そなた達が大いなる父オンヴィタイカヤンと呼びし者……』
『全てを支配し……傲おごり高ぶり……神のごとく振る舞ったあげく……』
『それ故に滅びた者達の……たった一人の生き残りじゃ……』
兄貴……
『遙かな昔……大災厄が訪れた。』
『天は轟き、地は裂け、海は荒れ、世界が悲鳴をあげた。』
『この世の終わりのような……いや……まさに終わりが訪れたのだ……』
『余よは……
かろうじて生き延びた……』
『気付いた時には、その時には……
余よしかいなかった。』
『其方そなたは大いなる父オンヴィタイカヤンがどうなったか……知っているな。』
『そう……』
━━っЧ
『これが……我等人類の成れの果てじゃ……』
タタリ……ウンカミ……
そん…な……こんなにも……
予想を遙かに超えた光景に、クオンが息をのむ。
『余よは……同胞達を救いたかった……』
『何とか人に戻せないかと研究を続け……その為に足りないものを求め、邪魔になるものを排除した……』
『余よに忠実なる者を使役して、遺跡を占有し……邪魔である周囲の國々を攻め落とし、支配下に置いた。』
『そうして……あまたの國を飲み込み……何時しかそれは、ヤマトと呼ばれるようになった……』
『それからどれ程の月日が流れただろうな……』
『研究は遅々として進まず……』
『なんとか見つけることができたのは……安らかなる消滅のみ……』
『だが、その方法を実行するには、民の犠牲を強いることになる……』
『それを決断するには……私は……年を取りすぎた……』
『心に誓った決意は……やがて……月日と共に……断念へと風化していった……』
『そんな時だ……生き別れになっていた弟、ヒロシが見つかったのは……』
待て、そのことは━━
これ以上は不味い。正体が━━
━━って、だからヒロシって誰だ。
『……はて、ユウジだったかの？』
だから、弟の名前を忘れるなと……
━━待って。
おとうとって……どういう……
オシュトルは……オシュトルじゃない……ってこと？
『のう……』
『もう……すべてが終わったのだ……オシュトルという仮面を外しても……いいのではないか……？』
やっ…ぱり……やっぱり……ハクだ……
ハク━━
いや……違う。
某それがしはオシュトル。右近衛大将オシュトルだ。
ハクでは……ない。
違う……違うよ！ハクだよ……絶対にハクなんだから！
どうして……
もう御役目は終わったんだよ……だったらハクが帰ってきても……
死者が蘇るなど、あってはならぬ。それは、この名を穢すこと。
それに、この仮面アクルカは……何かが頭に食い込み外せぬのだ。
そんな……
ハクはあの時……死んだのだ。判ってくれ。
判らない……そんなの……判らないよ……
確かに判らない。
何をそんなにごねているのですか？そんなにハクという名が大切なのですか？
ッ━━
主あるじ様は主あるじ様。
名前の違いなど、些細なこと。
貴方たち……
ウルゥル、サラァナ。おやめなさい。
娘達が、申し訳ありません。
『本来仮面アクルカは、我等人類の為に造られたもの。結合した後は、安全のため外せなくなる。』
『すまぬ……貴女にとって、どれほど大切な者であったか……それを奪い去ってしまった。』
よし。
パシン
しばらくの間、俯うつむいていたクオンが、気合いを入れるように自みずからの両頬を叩く。
納得しないけど、納得してあげる。今は……
でも、あとでちゃんと説明してもらうから。絶対にしてもらうから！
お……おお。
それじゃあ、ええと、帝ミカド……さま？話を続けて。
『ほほ……中々に強い女子おなごじゃな。』
精一杯のやせ我慢。
言っとくけど、そんな様子じゃなかったら、絶対思いっきり殴ってるから。絶対殴ってるから！
『……ほ？う、うむ、そう睨にらまんでくれると……』
『この女子おなご……ちと恐いのぅ……ヒロシ、女子おなごは選んだ方が……』
だからヒロシ違う……って、何言ってる。
『ゲフン、ゴフン、いや、何でも。で、では、話を戻すぞ。』
『生き別れになった弟が現れた……』
『ハクという……仮初めの名を付けられての……』
『これは何かの予兆……余よの命、それ程長くないと感じたのじゃ……』
『のう……以前に語ったこと、覚えておるな？』
『この國はアンジュに……』
『お前には我等が人類の遺産を受け継いでもらいたいと……』
『それで肩の荷が下りる……』
ハクが……帝ミカドの……
『ならば、その前に、引き継いでもらう為に……なさねばならぬ事が……』
それで、トゥスクルを？でも、それだと理由には。
『「マスターキー」……』
えっ？
『今から十数年ほど前になるであろうか。』
『其方そなたの國トゥスクルで……マスターキーの反応があった。』
マスターキーって？
『全てを統べる鍵……』
『これがあれば、今では遺跡となっている施設を起動させることも可能。』
『この鍵を手にしたら……あるいは同胞を救うことが出来るやもしれぬ。』
『かつてはそう思っていた……が、この老いさらばえた身で、やり遂げることは叶わぬ。もう過ぎてしまった事と、あきらめてもいた。』
『だが……お前が……継承してくれるのなら。』
『いつかマスターキーが必要になるのでは……そう思ったのだ。』
兄貴の昔語りが途切れると、辺りは重苦しい沈黙に包まれた。
少し空気を変えるか……
一つ、気になることがある。
『む？ああ……何かの？』
仮面アクルカとは……何だ。
オシュトル？
一瞬にして人の肉体を変質させ、異形のモノへと変貌させる。
……いくら帝ミカドとはいえ、あんな技術などありえん。
アレは……なんだ？
『むぅ……』
仮面アクルカ……力への根源……
そうだ、いろいろあって見過ごしてたけど、どうしてこんなのがって不思議だったんだ……
『…………』
『其方そなたは……真人計画という言葉に覚えあるか？』
しん……じん？
覚えも何も、それは……
兄貴が生涯をかけて追い求めていた研究……衰退を食い止めるという人類の宿願。
『ならば……アイスマン計画は……どうだ？』
アイスマン？いや、それは……
いや待てよ、どこかで……
そうだ、確か真人計画から派生し、『向こう』の連中が躍起になっていた……
『仮面アクルカとは真人計画から派生した、アイスマン計画により生み出されたモノ。』
『私の目指していたものと形は違えど、我等人類の宿願である、衰えた肉体を強化してくれる希望だったのだ。』
『そして……いや、詮無きことか。』
ん？
『まだ、このヤマトが小國でしかなかった頃。』
『兵の不足に悩まされていた余よは、装着することにより安易な身体強化が可能な、この仮面アクルカに目を付けた。』
『しかし、困ったことにデータが欠損していてな。』
『故に余よの研究データで補完し、独自の仮面を作ることにしたのだ。』
待て、それは……大丈夫なのか？
『何ら問題は無い。安全性は何度も確認した。理論上では、何ら問題無いはずだったのだ。』
『そう確信があったからこそ、余よは……あの者に仮面アクルカを与えた。』
『だが……』
失敗……だったのか。
『それは強力すぎたのだ。あの者は力に呑のまれ、正気を失ってしまった。』
『そしてついには異形の者へと姿を変え、災いを引き起こすまでになってしまったのだ。』
『あのような技術、あり得ないと言ったな。ああ、その通りだとも。』
『あり得ぬ事だった。予想もしない、起こりえないはずの事だったのだ。』
仮面アクルカの力は、偶然の産物だったということか……
『あの者を止めねばならなかった。だがあまりにも強大で、誰にも……余よにも止めることは出来なんだ。』
『やむなく余よは、過ちを塗り重ねているのを承知で、対抗出来る者を作り出した。』
『新たなる仮面アクルカ……四つに力を分散させリミッターを掛けた仮面の者アクルトゥルカを。』
四つの……では、これが……
そっと額の仮面をなぞる。
『そして幾日も続いた戦いも、尊い犠牲を引き換えに終わったよ。』
『あの者は自らの力に躰が耐えられなくなり……最後には自壊することとなった。』
『仮面アクルカを与えた四人も、力を使い果たし誰も戻ってこなかった。』
『皆みな……素晴らしい若者であったというのに……』
『ああ……そうだ……』
『こんな愚かな私を……父と慕ってくれた……』
仮面アクルカを封印しなかったのか？
確かに仮面アクルカは強力だ。しかし、無くたってどうにでもなったと思うのだが。
『余よを信じ……礎となってくれた者達を、どうして無かったことに出来ようか。』
『仮面アクルカは、ヤマトの力の象徴と言う者がいるが、そうではない。』
『あれは、余よの愚かさの証しなのだ……』
不味い、話題を変えるつもりが余計に重くなってしまった……
な、何はともあれ、兄貴が生きていてくれて本当によかった。
このことを知ったら、皇女さんも喜ぶ。
そうだね、早く教えてあげないと。
『……いや、知らせてはならぬ。』
……どういうことだ。
『儂わしはすでに死んだ身。アンジュはそれを乗り越えてここまで来たのだ。』
『今ここで儂わしが生きていると知れば……あの子はまた甘えてしまう……』
何を言ってるのかな。子が親に甘えて……それの何が悪いの？
『ただの子供なら……それも許されよう……』
『だが……あの子は帝ミカドである。』
『娘は……アンジュは……新たな帝ミカドとして、民を……この國を背負わねばならぬ……』
『甘えることが許されぬのは、貴女もよく判っているはず……』
『儂ワシはもう……邪魔でしか無いのだよ。』
やはり躰が衰えたことで弱気になってるのか。なんとか元気づけてやりたいが。
……よし、判った。
マスターキーが手に入ればいいんだな？
トゥスクルにあるなら、なんとか探し出してやるさ。
だから、元気だしてくれ。
邪魔だとか、勝手に決め付けんなよ。
まだ、引き籠るには早いだろ。
『……おお、行ってくれるというのか！よもや、お前に……引き籠るなと諭されるとはな……』
なに、いずれ行くつもりだったんだ。少し早まったけどな。
まぁ、あまり期待されても困るが。トゥスクルといっても広い。いったい何処どこにあるのか……
『急がずともよい。お前の時間はたっぷりと残っておるだろう……』
……なら、ちょっくら行ってくるか。
ご案内します。
な、何言ってるのかな、私わたくしが案内してあげる。
間に合ってる。
どうか主あるじ様の案内も、身の回りの世話も、わたし共にお任せを。
どう言われてもついて行くから！私わたくしの故郷なんだから！
マスターキーか……
まさか、こんな形でまたあの國に行くことになるとはな……
フフッ……今夜はやけに霧が濃い……
冠童シャスリカ
ウォシス様。
何です？
冠童ラヴィエ
例の件に動きがありました。
……そろそろ頃合いだと思っていましたよ。
こちらの動きは気取られていませんか？
冠童リヴェルニ
は、はい……あの、気付かれていないと思います。
それは重畳……で、どこに隠れていたのですか？
まだ、おおよその位置しか判りませんが、宮廷内の地下施設の奥だと思われます。
フッ……そんなところにいらしたのですか。
雉も鳴かずば撃たれまいに━━
やっと見つけましたよ……父上。
それともう一つ、ご報告したいことが……
なんでしょう？
この情報は、オシュトル様に仕掛けた物から得られました。
どういうことです？彼がどうやってあの場所に……
リヴェルニ、詳しく報告を。
は、はい……報告します。
なるほど、そういうことですか……
辺りの空気が急に冷たくなり、ウォシスの握りしめた拳がミシリと軋む。
ひっ━━
ウォシス様……
彼が……生きて……
؁
؁
兄あにさま……
寝所を抜け出してどこに……もうすぐ夜明けなのに……
お帰りなさいです、兄あにさ……
……ここにいたんだ。
あ、姉あねさま、どうしたです？こんな時間に……
ネコネ……ごめんね。
いえ、わたしなら構わないのです。
兄あにさまなら、今はお休み中ですので、要件ならわたしが……
今までずっと……そうやって支えてたんだよね。
あのヒトは何もかも不慣れで、ぎこちなくて……
それでも見知らぬ場所で戦い続けると決めて……
心配で心配で……気の休まる暇もなかったんじゃないかな……
あ……あの、姉あねさま……何を言ってるですか……
クオンはネコネに寄りそうと、手を差し伸べ、優しく抱きしめた。
えっ……
もう、いいの。
オシュトル━━ううん、ハクから聞いたんだ。今までのことを全て……
Ц
悲鳴に近いような声を懸命に押し殺し、ネコネは躰を震わせる。
辛かったよね……
苦しくて……悲しくて……大変だったよね……
あの時、気付いてあげられなくて……一人にして、ホントにごめん。
………
ネコネの躰から力が抜け、その目からみるみる涙があふれ出した。
ごめんなさいです……わたし……みんな、わたしのせいなのです。
激しい嗚咽の中で、悲痛な声が響く。
わたしのせいで兄あにさまは命を落とし……
ハクさんは、わたしの為に、みんなの為に、エンナカムイの為に、自分を殺して生きることになったです。
わたしがハクさんの未来を奪った。
ごめんなさいなのです……ハクさんが死んだと聞いて、姉あねさまがどれほど悲しんだか……
去ってしまう姉あねさまを見て、ハクさんがどれほど辛かったか……
全てわかっていながらわたしは……みんなを騙し続けたのです。
兄あにさまを演じてみんなを欺くことに、ハクさんはきっと心を痛めてたです……
わたしが……わたしがたくさんのヒトを不幸に巻き込んで……全部わたしのせいなのです……
ちがうよ……決してネコネのせいなんかじゃない……
きっと、ハクも同じことを言うと思うな。
誰から強制されたわけでもない、それはハク自身が決断したこと……だから、自分を責める必要はないんだよ。
ハクは運命に抗い、オシュトルの想いを継いで、最後までその役割を全うする気でいる……
でも……姉あねさまからハクさんを奪ってしまった……もう昔のようには……
確かに、前のままってわけにはいかないけど、ハクは死んでなんかいない……
あんな風にふるまっていても、やっぱりどこかでハクを感じる瞬間はあるもの……今はそれだけで充分……
でも、一番辛かったのはネコネだよね……オシュトルを失い、自分を責め続け……みんなや國を護ってたんだから。
だから約束して欲しいかな。これ以上、自分を責めないって。明るく元気なネコネでいるって……
ネコネの沈んだ顔を、あんなに妹思いだったオシュトルが望んでるはずないから……
姉あねさま……姉あねさま……ごめんなさい……姉あねさま……
ほらまた……約束したばかりなのに……私わたくしの方こそ、ごめんね。もうネコネは一人じゃないから……
姉あねさまぁぁぁぁぁぁ……
激しく泣きじゃくるネコネを、クオンは優しく、愛おしむように抱きしめ続けた。
傾きかけた月が、淡く柔らかな光で二人を包み込んでいた。
ネコネの髪をなでつけていたクオンは、そっと手を止め、ようやく落ち着いたネコネに語りかける。
そうだ、ネコネもトゥスクルに来ない？
……？
大事な用件のために、オシュトルと私は、トゥスクルに出向かなければならないの。
ネコネにも一緒に来てゆっくりするといいかな。
向こうではオシュトルの正体をいぶかしむ者なんていないし、ネコネも気が休まると思うな……
……姉あねさま、お気遣いありがとうなのです。
でも……わたしは遠慮するです。どうか姉あねさまは、兄あにさまと行ってらしてください。
どうして？
姉あねさまから奪ってしまった時間を……ハクさんとの時間を……少しでも取り戻してほしいです。
ネコネは……本当に、優しいんだね。だけど━━
お願いなのです……どうか……二人で……
でも……
クオンはネコネを残していくことをためらったが、結局は真剣な眼差しに押し切られることとなった。
……わかった。ネコネは休んでいて……お守りは私わたくしがしっかりするかな。
はいです、姉あねさま。
うん、ネコネにはやっぱり笑顔が一番かな。
弱々しいながらも、ネコネがようやく笑みを浮かべたことに、クオンは胸をなで下ろすのだった。
船員
帆を下ろせ！
碇を上げろ！
威勢のいいかけ声が響く中、船は川岸から離れていく。
まさか、君が密命をね。
先の戦から、まだ日も浅い。しばらくは聖上の御許おんもとに留まるものと思っていたが……
他の者には任せられぬ、大事な用向きでしてな。故に某それがしが行くこととなりました。此度の件は、くれぐれもご内密に。
ふむ、君がそう言うのだ。それだけの使命を帯びたのだろう。
ならば何も聞かないよ。
ここからは私の領域だ。向こうに着くまで船旅を楽しんでくれたまえ。
忝かたじけない。ソヤンケクル殿がまだ帝都に居てくれて助かりました。
ちょうど、オムチャッコ川に商船団を呼び寄せたところだったからね。船で行ける場所なら、どこにでも送り届けてみせるよ。
ソヤンケクルはそう言うと、操船の指揮をする為に舳先の方へ去っていった。
帆に風をうけた船は、徐々に速度をあげていく。
兄貴と再会した後、いろいろと悩んだ末に、一人で出かけることにした。
あらかじめ、何時でも動けるように支度していたのが幸いした。
逃げたわけではない。時間が、心を冷ましてくれると思ったからだ。
何も言わずに出てきたが、書き置きを残してきたから心配させることも無いだろう。
まぁ、あてがあるか判らない、マスターキーを探す旅だ。
せっかくだから、この旅、じっくり楽しませてもらおう。
少し喉のどが渇いたな。
リンタンの実でも、もらってくるか。結構病み付きなんだよな。
どうぞ、お茶です。
ん？おお、すまな……い？
どういたしまして。
フ……フミルィル殿……
はい。
何故……ここに……
はい？
何故、ここにいる？
何故と言われましても……私はクーちゃんの御側付きですから。
御側付き？ってことはまさかЧ
フミルィルの視線の先には……
…………
ひЧ
にこやかな笑みを浮かべているようで、その実、青筋を盛大に立てている誰かの姿が……背筋が凍りそうだ。
ク、クオン。
どうして、黙って行こうとするのかな。
穏やかな口調だが、目は全く笑っていない。
いや待て、別に黙っていたわけでは。
まさか、手紙を置いてきたから……とか言わないよね？
ぬぐ。
不味い……大層ご立腹であらせられる。
主あるじ様、御食事の支度が調いました。
なんで、あなた達まで。
いみふ。
主あるじ様の隣こそが、私わたくし達の居場所です。何故と言われましても。
それで？
まだあの時のお話も終わってないよね、ハ━━むぐっЧ
人の目がある為、ここでは不味い。それ以上言わせないよう、手を当てて口を塞ぐ。
………ЦШ
ガリッ━━
いでででででででッЦ
思いっきり咬まれた。
クーちゃんったら、お行儀が悪いですよ。
そんなことより。
主あるじ様、海の強い日射しは、あたりすぎるとよくありません。日陰を用意いたしましたので、そちらにどうぞ。
お、おい……
双子に両手をひっぱられて、仕方なく歩き出す。
ちょ、そんなことって。勝手に何処へ連れてく気かなЧ
クオンの声を背に、甲板の後ろまで連れて行かれた。
そこには大きな傘と敷物が敷かれ、ゆったりとした座布団と立派な卓が据え置かれている。
その卓上には、綺麗な硝子の器の中、氷で冷やされたリンタンの実が盛られていて、とても涼しげだ。
双子たちはおもむろにその一つを手に取ると、穴を開け、トクトクと盃に注ぎ始める。
よく冷えてる。
リンタンの実を冷やしておきました。飲み頃です。
ゴクリ……
喉のどの渇きも相俟って、とても美味そうなんだが……
うぅぅ……
クオンの視線が……なんというか、痛い……
そ、そうだ、クオン達も一緒にどうだ、立ち話も何であろう？
そんなコト言って、また誤魔化そうと……
まぁ、よろしいのですか？
どうぞ、同志フミルィル。
歓迎します。
フ、フミルィル？
私もお酌しますね。
あ、ああ。
急いで盃を空けると、今度はフミルィルに注いでもらう。
トクトクと盃が満たされていく間、肘の辺りに柔らかいものがフニフニとあたる。
相変わらず無防備な……なんと心地よい感触……って、ちょっとおい？
振り向くと、双子たちも負けじと、躯をすりつけるようにして肩や足を揉んでくる。
これは……たまらん……なんという……極楽……
五感を満たしていく至福に、自然と表情が緩んでいく。
ああ……夢見心地のまま、溶けていきそうだ……
いや待て、何か忘れているような……
じぃぃっ……
一部始終を見ていた、クオンの冷ややかな眼差しが突き刺さる。
ひっ……
リンタンを飲み干すより肝が冷えた。
夜も更け、皆が寝静まった頃を見計らって、一人甲板に出た。
波は静かで、水面みなもがかすかに揺れるさまを眺めながら思いを巡らせる。
これからの予定……トゥスクルに着いてからどうするか。
計画も立てず、慌てて出てきた。今のうちに決めておかねばならない。
そこまで考えたとき、かすかな足音が聞こえ、背後にクオンの気配がした。
すまん。
え……
やはりもう、ハクに戻るわけにはいかない。
っ…………そう……なんだ。
いつ、誰に聞かれるか判らない。もう、ハクと呼んではならない。
……判った。
苦労をかけるな……ありがとう。
しばらくどちらも話さず、かすかに波音だけが響いた。
━━これからどうするの？
クオンがぽつりと問いかける。
兄貴と約束したからな。マスターキーを探しに……
そうじゃなくて……まだ、オシュトルを続ける気なの？
それとも、話してたように、帝ミカドの後を継ぐの？
……いや、皆みながオシュトルを必要としなくなる時が来たら、その時は、静かに消えようと思う。
いろいろと旅してみるのも、面白いかな。
それじゃあ、その時は━━
ん？
何でもない……かな。
ねぇ、ハ……オシュトルは、大いなる父オンヴィタイカヤンなんだよね。
大いなる父オンヴィタイカヤンって、どんな生活していたの？
どんな國があって、どんな人達がいて、どんな文化があったのかな？
それを語るには、とても一晩では無理だな。
いいよ。時間ならタップリあるから……
少しずつ……話していってほしいな……
何から話したものか……思案しているうちに、ふと夜空が目に入った。
澄んだ空気の中で、数えきれぬ程の星が、まばゆく輝いている。
世界はこんなに綺麗だったんだな。この景色を見ていると、昔の連中の試みも、無駄では無かったと思える……
綺麗じゃ無かったの？
直接地上は見たことがなかった。
みんな地下で暮らしていた……
どうして？
いろいろあったからな。
ふぅん？
そこで、まぁ、気ままに暮らしてた。
お節介な兄貴や、ホ……兄貴の嫁さんや、その娘も……少し離れた所で暮らしてて。
たまに遊びに来たりしてな。
家族……か。
話せなかった過去を語ることができて、少し心が軽くなった様な気がした。
音声
セントラルサーバへの無断アクセスを確認。警戒レベルを引き上げ、直ちに遮断しましたが、情報漏洩が疑われます。
我が君……
うむ……もしやとは思うが……
まだ戦が終わって間もないせいで、港の警備は厳重だったが、クオンの手引きで上陸を果たすことが出来た。
そのまま車に乗り換え、街道を通り、いくつもの山を越える。
進むにつれ、だんだんと行き交う人が増えてきて、この國の中心が近いことを実感するようになった。
見えてきた。あの関所を越えれば、トゥスクルの都みやこまでもうすぐかな。
あれか……
國境くにざかいの関を見上げる。
ようやく、ここまで来た。この向こうにトゥスクルの都が広がっていると思うと、感慨深いものがある。
ところで、本当に大丈夫なのか？
以前、侵攻までしたヤマトの総大将が都入りするというのを、簡単に許すとは思えんが……
大丈夫。ちゃんと使いを走らせてあるから。
オシュトルは、トゥスクルとヤマトの関係修復を進めるため、秘かに遣わされた特命大使ということになっているかな。
いつの間に……
♪～
フミルィル、何だかご機嫌だね。
はい。久しぶりに、お姉様達に会えると思うと、嬉しくて。
弾む声。その様子は、故郷を待ち焦がれる子供のようだ。
クーちゃんは嬉しくないのですか？
え？それは……うれしいけど。
そういえばクーちゃん、黙って出てきたから、叱しかられちゃうかもしれませんね。
……えЧ
その言葉にクオンの表情が凍り付く。
そ、そういえば……あの時のこと、クロウはうまく説明してくれたよね？
えっと、クーちゃんに一服もられた……って言っていたような。
他にも、瘴気漂う車に閉じ込められたとか……クーちゃん、そんなひどいコトするなんて……
そ、それで話を聞いて、お母様達はなんて？
かんかんに怒っていました。
………
クオン、顔色が悪いようだが、どうかしたのか？
う、ううん、何でも……
いや、そうは言うがあからさまに……
脂汗。
どうぞ、紙です。わたし達はここで待っていますから、ごゆっくり。
違うってば！
関所を抜けて、すぐにでも都入りしたいところだったが、思ったより人が並んでいる。
都入りする者達の荷改めに、少し時間が掛かるようだな……
もし、オシュトル様ですね？
どこからか、ふと、そんな声がして、こちらの正面に降り立つ人影があった。
オンカミヤリュー……
貴女は……
ようこそ、トゥスクルへ。
この國を代表して、歓迎いたします。
ああ、トゥスクルの大使として来ていた、残念美人か。
しかし、以前会った時とは随分と印象が違━━
まぁ、カミュお姉さま。ただいま戻りました。
わあっ、フーちゃん！お帰りなさい。いきなり居なくなるんだもん、心配したんだよ！
ごめんなさい、カミュお姉さま。でも、クーちゃんのお世話をするのが、私のお務めですもの。
だけど。
ちょっとお散歩してきますって、ちゃんと知らせましたのに。
それって、ぜんぜんちょっととかじゃないよЧ
そうなのですか？
でも、カミュお姉さまもよくそうやって出掛けられたと……
うぐ……で、でも、カミュは海を越えたりまではしてないし━━
フミルィルのふわふわとした応答に、カミュはもどかしげに身をよじらせ、頬をふくらませる。
…………
見かけは堂々としてるが、案外中身は変わってなさそうだな。
あ……コホン。
オシュトル様、案内役を勤めさせていただく、カミュと申します。
以前は大使の一人として貴國を訪れ、大いに歓待を受けました。
その返礼の為にも、精一杯のおもてなしをさせて頂きます。
これは御厚意、痛み入る。
敵視している感じではないな。ひとまず、安心という所か。
それはそうと……
カミュはツィ━━と視線をずらす。
━━Ч
ビクッ━━
抜き足差し足、こっそり逃げだそうとしていたクオンがその場で身を固くする。
クーちゃん、何処へ行くのかな？
うぐ……
それとも隠れんぼ？自慢の尻尾、見えちゃってるけど……クーちゃんってば、隠れんぼだけは苦手だったもんね。
渋々といった様子でクオンは振り返る。
カミュ姉様、もしかして……怒ってる？
カミュは怒ってないよ。でも、すごく……心配した。
う……
無理しちゃダメって言ったよね？
すぐに帰ってくると思ったら、勝手に抜け出して……
本当に……心配したんだからね。
まるで子供を叱るような口調で、カミュが言う。それに対して、クオンは反論できずに俯うつむいた。
……ごめんなさい。
なんか……珍しい光景だな。
クオンは終始、頭の上がらない様子で項垂うなだれている。
うん。判ってくれればいいの。カミュからはこのくらいにしとくね。
その一言に、クオンはほっと胸をなで下ろした。
アルちゃん、とっても御機嫌斜めだったから、あんまり叱しかったら可哀相だもんね。
……え？さっき、怒ってないって……
うん。カミュは怒ってないよ。
そんな……
ざわりと風がたなびき、クオンの尻尾が総毛立つ。
背後に……何かいるЧ
さっきまでは存在しなかった濃密な気配。音もなく、忽然こつぜんと現れたとしか思えない。
恐る恐る振り返ると……狩ったばかりと思わしき獲物を口に咥えた、巨大な獣と目があった。
Ц
よく来た。
こいつが話したのかЧいや、背に誰か……あれはいつかの……アルルゥと言ったか？
歓迎する。美味しい……
彼女がそう言うのと同時に、獣はその口にくわえていた巨大な獲物をドサリと落とす。
これはまた見事な……
もしや贈り物ということなのか？
気持ちは嬉しいんだが、こんなの持ってけないぞ……
肝が栄養満点。
睾丸も滋養強壮に富んでいます。主あるじ様が好きな串焼きでいいですか？
いやいやいやいやいや。
たっぷり食べて、力をつける。
そう言って、アルルゥは満足げにうなずくと、今度はクオンへと視線を移した。
クーにはたっぷりお仕置き。
……ひЧ
その言葉と同時に、クオンは自分のお尻を押さえる。
助けを求めるように、クオンは泣きそうな顔でカミュを見る。
お手柔らかに……してあげてね。
痛くなければ覚えない。これは誰もが通った道。
………………だよね。
クオンの顔が、絶望に染まった。
ううう……何も皆みんなの前で……
尻をさすりながら搾り出すようにそう呟くクオン。
クーちゃん、お薬を塗りましょうか？
フミルィルが薬を取りに行っている間、精根尽き果てた様子のクオンと視線が合う。
その目にジワリと涙が浮かぶ。
見ないでおいといてやるか……
ピシピシ━━
目をそむけると、今度はうらめしげにシッポでピシピシ叩いてきた。
いて？何だ。
カミュはそんな様子を楽しげに見つめた後、居住いを正してこちらに向き直る。
それでは、皇都まで案内させていただきます。
━━お願いする。
これが、トゥスクルの都みやこか……
音に聞こえしトゥスクルの皇都は、ヤマトの都と比べれば、些いささか小さい。
だが、その興盛は帝都に勝るとも劣らず、往来は活気に満ち満ちていた。
幾つもの國が興っては消え、繁栄と衰退を繰り返す……本来、國とはそういうモノだ。
幾つもの戦火を乗り越えて繁栄を手に入れた國━━お前が望んだのは、こんな光景だったのか？
モキュ━━
カプッ、モキュモキュ……
振り返ると、屋台から買ったのか、アルルゥは一房の乾果を手にしていて、その実をもいでは口に放り込んでいる。
━━モキュモキュ。
美味しい……
目があうと、黙って房ごと差し出す。
特大の干し葡萄ってところか。これなら食えそうだが……
買い食いは駄目だよ。ご飯が近いんだから……はむっЧ
非難するカミュの口に、アルルゥは問答無用とばかりに乾果を放り込む。
モキュ……美味しい……
客人をもてなすため。
モキュ……トゥスクル名物をみんなにふるまいたいからってこと？もう、仕方ないなぁ。
そう言いながらも懐柔されてしまったのか、カミュは手際よく房から果実をもいで、こちらに配りはじめる。
モキュモキュ……どうぞ、トゥスクル名産のムゼウです。
良く噛んでみて。味がなくなるまで楽しめるよ。
……？
手渡されたムゼウを口に放り込み、咀嚼そしゃくすると、独特の弾力と共に、さわやかな甘みと酸味が広がる。
モグモグ……ふむ……
独特の弾力があるな。天然のガムみたいなものか……
少々行儀が悪いが、皆でムゼウを噛みながら、大通りを歩く。
カミュも最初は案内役としてしっかりしていたが、ここまでの道中で馴染んでしまい、すっかりくつろいでいる。
アルルゥが街中を行き来するのも見慣れた光景なのか、あんな大きな獣に乗って闊歩していても、誰も怖がる素振りは無い。
まずは旅籠だな。クオン、どこか良い旅籠はないか。
あ、それは━━
大丈夫だよ。國賓だもん、このまま城へ案内するから。
そ、そうかな。なんたって大使として来てるんだからね。
御馳走が待ってる。
そう言われればそうだったな。気安すぎてそんな感じはしないが。
ふふっ、久しぶりのお城ですね。
ねぇ、オシュトル。
む？
えと……ね。私わたくしは実家に戻らないといけないんだ。
だから、お城へは一緒に行けないかな。
っ……実家に帰るのか。
考えてみれば、クオンも相当位の高い家柄の娘だろうしな。何時までも一緒というわけにはいかんか。
そうか。ここでお別れか。
さようなら。
あなたのことは忘れません。
……なんで、そうなるのかな。
クオンは拗ねた様に唇を尖らせる。
違う……のか？
久しぶりに帰ったんだから、まずは家族に顔を見せに行くだけ。それだけかな。
そうだったのか……確かにそうだな、まずは家族に会いに行くのが一番だな。
クオンの実家か……
クオンには返しきれないほどの恩がある。
一度、顔を出して挨拶をするべきか……
クーちゃんのお家うちですか？それでしたら……
このまま一緒に行けば━━
わーわーわーЦ
案内中。
わーわーわーわーわーЦ
何やら答えようとした連中を慌てて制し、クオンはぎこちない笑顔で振り向いた。
ん、どうしたんだ、クオン？
と、とにかく、気を使わなくてもいいから、オシュトルは皆と先に行ってて欲しいかな。
クオンはそう言うと、困ったように笑みを浮かべる。
い、今はちょっと、なんというか……じ、時期が悪い？というか……
本当にいいの。皆みんな忙しくて、中々時間とれないし━━
む、ならば仕方が無い。
まあ、いろいろと説明し辛いこともあるだろう。
それに、家族との団欒を邪魔するのも悪いか。
それじゃあ、行ってくるから。また後でね。
では、私もクーちゃんについて行きますね。失礼いたします。
クオンとフミルィルは、大通りの喧騒の中へと消えていった。
おかしなクー。
そこから、緩やかな坂を上り、皇都の中心にある城へと向かった。
幾度となく城門をくぐり、皇の住む宮殿へと通された時には、案内を務めたカミュやアルルゥは姿を消していた。
皇の広間で、謁見の時が来るのをじっと待つ。
やがて警護の兵達が、潮が引くようにいなくなり、広間に静寂が満ちた頃……
広間の奥から、こちらに近づいてくる人影が見えた。
遠路はるばるよくぞ参られた、ヤマトの客人達よ。
そう言ってこちらを迎えたのは、眼光鋭き堂々たる一人の男だった。
トゥスクル皇、オボロか……
さすがに、トゥスクルを統べる皇だけあって、なんとも言えない迫力があるな。ここは気を引き締めないと……
某それがしはオシュトル。ヤマトの総大将を帝ミカドより任ぜられております。お目通り、感謝いたしまする。
何処かで見覚えが……いや、他人の空似か。
ほう。貴様が噂に聞くオシュトルか。
オボロの眼光が一際鋭くなり、こちらを容赦なく睨め付ける。
内乱の折、トゥスクルから多大なる援助を頂きましたこと、心より御礼申し上げたい。
はなから俺は、援助するつもりなどなかった。礼なら娘にすることだ。
あくまでも淡々とした口調でオボロは答える。
ヤマトが一度は侵攻した國だ。すぐに打ち解けはしないか……
しかし、この雰囲気ではマスターキーのことを聞くわけにはいかないな……ん？
謁見の間に、二つの人影が音も無く入ってきた。
何か急ぎの案件なのか、慌てた様子でオボロに耳打ちをする。
なにっЧクオ━━
それを聞いた瞬間、オボロはその表情を一変させ、思わず叫びを上げそうになる。そのオボロの口を、二人が素早く塞ぐ。
……む？
突然の奇行に思わずこちらの腰が浮くが、向こうはそれにすら気づかない様子だ。
……それは本当なのだな？
今は、お部屋におられます。
そうか……そうか……
報告を聞いたオボロは妙に落ち着かない様子になり、そわそわと体をゆすり、玉座の手摺を指で叩く。
ん、んッ！緊急の用事が出来た。宴を用意してある。心ゆくまで楽しまれよ。
オボロが手を叩くと、幾人もの女官が酒や酒菜さかなを載せた盆を運んでくる。
言うが早いか、そのままそそくさと立ち去ってしまった。
ともあれ、歓迎はされているようだ。
色彩鮮やかな料理の数々を見回しつつ、その場に座り直す。
あれは……
女官達を率いているのはフミルィルのようだ。意外ではあるが、カミュと親しかったことを考えると、それ程不思議では無い。
さあ、オシュトル様、まずは御一献どうぞ。
フミルィル自らがもてなすつもりなのか、膳を据えると正面に来て、酌をはじめる。
あ、ああ……
この酒菜さかなが極上。
こちらも如何ですか？お酒にあう逸品ばかりです。
ウルゥル、サラァナも負けじと、両脇から山海の珍味をすすめてくる。
まだ皇オゥルォとろくに話してもいないうちに、いいのか……ん？
モグモグモグ……ご馳走だね……
もふもふもふも━━
気がつけば、先程まで姿を消していたアルルゥ、カミュも隣に来ていて、料理を手に取り食べている。
どうせ、急ぐ旅ではないしな。今は、この宴を楽しむとするか。
もう、ドリィもグラァも……手伝ってって言ったのに、どうして行っちゃうかな。
ちょっとだけ、気が重いんだけれど……
廊下を駆ける音とともに、勢いよく扉が開け放たれた。
クーオーン┻╋┳！
よくぞ帰ってきたぁぁぁЦ
オボロは全速力でクオンに駆け寄ると、二度と離さぬとばかりに、ひしと抱きしめる。
クオン、クオン、勝手に……もう二度と……
話の途中で、オボロの躰がへにょりと力なく折れ曲がる。
いつの間にかクオンの右手には布が握られ、問答無用とばかりにオボロの鼻先をふさいでいた。
帰ってきて早々、どうしてこんなに騒がしくなるかな。
んごぉぉぉ、んごごごごぉぉぉ……
オボロは大鼾いびきをかいて、その場で眠り込む。
ああ、また……
床の準備をしておいたのは、正解でした。
それを見ていたドリィとグラァは、オボロの意識がないのを確認すると、その躰を担ぎ上げた。
その一連の流れを見て、クオンは先程よりも深いため息をついた。
……ドリィ、グラァ、後のこと、お願いかな。
お任せ下さい。
お召し物は御部屋に準備してありますので。
ありがとう。
……うん、ここまで来たら悩んでても仕方ないかな。
ため息を一つ吐くと、クオンは意を決して面紗めんしゃを被った。
宴もたけなわとなり、かなり酔いもまわってきた。
ふふ、トゥスクルのお酒がお気に召されたようですね。遠慮為さらずに、さあ、どうぞ。
これもとっておきの地酒なんですよ。
明日のこともある故、某それがしはこの辺りで……
あはは、水くさいんだから！
いきなり後ろから抱きつかれた。
こ、これは……
今日は無礼講なんだよ、もっと楽しまなきゃ。帰っちゃ駄目だよ……
すっかり仲良し。
いや、これは絡み酒というやつでは……
そうでしたね。今夜は両國の親睦を深める宴。私もまだまだおもてなしが足りていなかったですね。
いや、もう充分……むぐっ。
膳を押しやって、フミルィルもぴったりと身をよせてくる。
では仕切り直してさらに親密に……さぁ、御一献。
いや、某それがしには大事な役目が……ここで酔いつぶれるようでは皆に迷惑が……
むしろ好都合。
誠心誠意、躰の隅々までお世話します。
こいつら……
四方からまとわりつかれ、身動きもままならない。
もはや、流れに身をまかせるしか……
んっЧ
突然、冷ややかな視線を感じて、ぞくりと躰が震えた。
なんだ？この殺気にも似た感覚……どこかで……
慌てて周囲を見回すと、ちょうど入室してきたばかりのトゥスクル皇女が目の前に立っていた。
無礼講のせいか供も付けず、何故か棒立ちのままだ。面で隠れてはいるが、睨みつけていると感じるのは、気のせいか。
トゥスクル皇女
楽しんでいる……ようだな。
何か気に障るような事をしたか？いや、とにかく挨拶せねば……
久方ぶりですな、トゥスクルの皇女よ。盛大なもてなし、痛み入りまする。
今宵、宴を楽しむことが出来るのも、貴公の、トゥスクルの援助があってこそ。
その折には大層尽力して頂いたこと、皇オゥルォより伺いました。貴公には感謝しかありませぬ。
無礼講の宴に、堅苦しい挨拶など不要。其方そなたは客人らしくしておればよい。
どれ、興が乗った。
我われも酌などしてやろう。
その突然の行動に、宴の席がざわついた。ほんのり上気したカミュやフミルィルも、目を丸くしている。
断る暇いとまを与えずに、トゥスクルの皇女がこちらの盃に酒を注ぐ。
心して呑むが良い。
……ああ、頂くとしよう。
招かれている身としては、断る理由もない。言われるがまま、酒を呷あおる。
良い飲みっぷりだ、気に入った。
汝なんじを見込んで、単刀直入に言おう……
我われに仕えよ。
思わず、皇女の顔を見上げる。その表情は面紗めんしゃに隠され、窺うかがうことはできない。
しかし、ジッと見つめられていることは判る。
どういうことだ、本気で言っているのか？それとも……
聞こえぬか。我われに仕えよ。
……お気持ちはありがたく。しかし━━
トゥスクル皇女は突然面紗めんしゃを外し、素顔を晒す。
なッЧ
その顔は見紛うことなく、先程別れたばかりのクオンだった。
トゥスクル皇女の名にかけて今一度、命ずる。我われのものとなれ、右に立つ者として。
オシュトル……いや、ハク。
そのまま、しばし見つめ合う。
あ……うう……何て言っていいのか。豪族か何かの娘だとは思っていたが、まさか……
だが、ハッキリと今言えることが一つだけある。
あの時、思いっきり殴ってくれたのは、お前だったのか……
………………
クオンの顔が、心なしか青ざめる。
奥歯が折れたぞ。
カポ……
再び面紗めんしゃを被った。
クオンとは、誰のことだ？
……おい。
コホン。今宵の宴を存分に楽しまれよ。
そのまま、皇女はぎこちなく踵を返し、退出していった。固まっていた他の者達は、思い出したように宴を続ける。
いや待て、さっきのあれを無かったことにするのか……さすがに無理があるだろ。
呼び止めようと思ったが、結局やめた。
トゥスクルの皇女が素顔をさらしたのも、まぁ無礼講ってことで、今はうやむやでいいだろう。
自分にとっては、クオンであることに変わりはないんだからな。
そうだな、宴が果ててから、ゆっくり考えるとするか。
はい。もっともっとお楽しみ下さい。
ああ……そうだな。
観念して盃を受けると、一気にあおった。
まったく、これが飲まずにいられるか。

まさか、クオンがあのトゥスクル皇女だったとはな。
しかし、よく考えて見れば、トゥスクルの重要人物とも顔見知りだったわけだし……
さもありなんと言ったところか。
お前達は気付いていたのか？
いざとなれば排除。
仮に問題があった場合、秘密裏に対象を排除すれば主あるじ様のお心を痛めることなく、解決できると判断しました。
……つまり気付いていたのだな。
そう問い直され、双子はまったく悩んだ様子もなく素直にコクリと頷いた。
……まあいい。
この二人に何を言っても無駄な気がする。
ええと……入ってもいいかな？
クオンか。
すると扉がスッと開く。どこか神妙な顔をしたクオンは、部屋には入らず、ぎこちなくこちらを覗き込む。
どうした？何を遠慮している。
ええと、ちょっと、ね。
クオンはおずおずと部屋へと足を踏み入れる。
いつの間にか双子が用意した座布団に、そろりと腰を下ろした。
それで、何かあったのか？
え、えっと……ハ━━オシュトルはどうしてるのかなって思って。ほら、色々あるじゃない、色々。
どうと言われてもな……
クオンのそわそわした様子から、何を聞きたいかを察する事は容易だった。
驚きはした……だが、それだけだ。
そ、それだけって……
こっちは、それなりに勇気が必要だったのに……
クオンが何者であれ、某それがしにとってクオンはクオンだ。何も変わらぬさ。
………ありがとう。
それに、正体を隠していたのは某それがしも同じ。クオンだけが負い目を感じる必要は━━
そうっ、それはそうかなっ！
ク、クオン？
それまで神妙な顔をしていたクオンは、ハッと何かに気付いたとばかりに、こちらに飛び付かん勢いでにじり寄ってきた。
だって、保護者に何の断りもなく勝手に死んじゃってるし！私わたくしは黙っていただけかな！
私わたくしはすごく胸が苦しくて悲しかったんだからっЦ
それは前にも言ったであろう。秘密を知る者は一人でも少ない方が良かったのだ、すまぬ。
それはそれ！これはこれっЦ私わたくしには文句を言う権利があるかなっЦ
だいたい、保護者である私わたくしにぐらい、教えてくれてもよかったと思うな……
………
だいたい、出会った時から━━
これは話が長くなりそうだな……
心の中で大きな溜息をつく。
双子も触らぬ何とやらに祟り無しとばかりに、じっと正座したまま息を殺し、気配そのものも消していた。
何とか話を逸らさねば。
それはさておき、クオン。ここへ来たのはその話をするためではあるまい。
何か、もっと大事な用向きがあったのではないか？
すると、クオンは毒気が抜かれたような顔になり、後ろに下がって姿勢を正した。
むぅ……ズルイかな。そうやってすぐ話を逸らすんだから。
ちょっと用事があって出かけるから、一緒にどうかなって思って。
用事？
うん、用事は大したことないんだけど、せっかくトゥスクルに来たんだし、色々見て回りたくない？
ううん、本当はハク……に私わたくしの生まれ故郷を見てもらいたいんだ。
それがこの國を知る、一番の近道だと思うかな。
百聞は一見に如かずか。そうだな、せっかくクオンの生まれ故郷に来たのだ。
クオン、案内を頼めるか。
もちろんかな。
付いて行く。
例え敵地であってもご一緒致します、主あるじ様。
じゃあ、行こっか。フミルィルを表で待たせてるし。
お待ちしておりました。随分とお時間が掛かったようですが。
それはその……
すまぬ、某それがしの方で少し込み入った話をしていてな。
しかし、良いのか？クオンはトゥスクルの皇女なのだろう？城下に護衛も付けずに出歩くなど。
一応、注意はしているのですが……
お忍びで行けば大丈夫かな。公務では顔隠してる時も多いし、堂々としてれば、案外ばれないものだから。
そういう物なのか？
フミルィルの方を見たが、彼女は困ったような笑みを浮かべただけで答えない。
……ムネチカ同様、裏で苦労してる奴が沢山いるんだろうな。
ほら、難しい顔してないで、早く行こっ。
トゥスクル城下の大通りを、クオンの後について進む。
ほお……なかなか活気があるようだな。
市が立てばもっと人出が多くなるかな。今日はちょっと空いているけれど。
トゥスクルの城下はヤマトの帝都ほど整然とした印象はない。
しかし、壁や屋根に独特の文様などが施されており、また違った趣おもむきが感じられた。
オシュトルの目から見て、どうかな？トゥスクルの都は。
そうだな……皆どこかのんびりと、場の空気を楽しんでいるようにも見える。
そう言って貰えると嬉しいかな。
クオンは嬉しそうにしっぽを揺らしながら、くるりと回る。
あっ、あそこの小間物屋はお母様達の行きつけで……
少しはしゃいだようなクオンの姿に頬を緩ませた。
クオンも楽しそうだな。自分の知っているいつものクオンだ。しかし……
視線をチラリチラリと左右にやる。
どうも、すれ違う人々にこちらを見られている気がする。
やはり、気付かれているのではないか？
そうかな？
クオンはじっとこちらの顔を見つめた。
む、何だ？
多分、オシュトルが目立っているんだと思う。だって、その仮面アクルカ……
そうなのか？
まさか、目立っているのは自分だったのか？肌に張り付いてすっかり馴染んでいるので気にしていなかったが……
しかし、仮面アクルカの上にさらに覆面を付けるわけにもいかんしな。
今更どうしようもなく思い悩んでいると、小間物屋の女将らしき者がこちらを見て声を上げた。
女将
クオ……いえ、クー様！
あ、久しぶり。
ん？今、確かにあの人、クオンって言いかけたよな？
しかし、当のクオンの方はさして気に留めた様子もなくにこやかに応じていた。
しばらくお見えにならないうちに、髪飾りの新作が入ったんですよ？お母様方のお土産に如何ですか？
うーん、どうしようかな？みんな、好みがバラバラだし……
では、こちらは如何ですか？それぞれに付いてる花の飾りが違うんですよ。
わぁ～、それいいかも。
やはり二人の会話を聞く限り、相手はクオンの正体を察してるようにしか思えない。
なあ、フミルィル殿、あれはどう見ても正体がバレているのではないか？
フミルィルにだけ聞こえるよう、小声で問いかけた。
しーです。それを言っては駄目です。
そういうことか……
はい、遺憾ながら。皆さんが正体に気付いていると知ったら、クーちゃんが城下に来なくなるのではと。
ですから、皆さん、頑張って気付かない振りをしています。
だから、しーです。
フミルィルはそう言って、困った笑みを浮かべる。
待たせちゃったかな。
いや、それほどでもない。
クオンは小間物屋に注文を言付けると、また別の目的地に向かって歩き始める。しかし━━
本屋
クー様！ご予約頂いてた南方の生薬の図鑑入ってますよ。
菓子屋
クーさま、今日は飴を買っていかねえのかい？おまけしとくよ。
反物屋
クー様、お待ちしてましたよ。ほら、端布はぎれがたくさん必要だって言ってたじゃないですか。
それじゃあ……
呼び止められる度にクオンは足を止め、あれやこれやと買い込み、時にはその何倍ものおまけを付けられる。
本当に皆に慕われているんだな、クオン……
少し持とう。
ありがとう。お願いしてもいい？
持つ。
お任せ下さい、主あるじ様。
主に荷物持ちをさせる訳にはいかぬとばかりに、双子達も奪うように荷物を掴む。
しかし、通りを抜ける頃には自分もフミルィルも両手一杯に荷物を持っていた。
それにしても、随分と買い込んだものだな。こんなに必要なのか？
ふふ～ん、それはこれから判るかな。
クオンはいたずらっぽく笑う。
クオンは皇女だからと言って、無闇に散財するようにも見えないんだが。
オシュトル、こっちこっち！
？
そんな風に考えていると、突然袖を引っ張られ少し狭い路地に入っていく。
一体、どこへ向かっているのだ？
路地裏は危険。
物陰から襲われるかもしれません。真ん中をお歩きください、主あるじ様。
それは失礼かな。ちゃんと検非違使けびいしもいて、治安はいいほうなんだけど。
クオンはそう言って苦笑する。
大丈夫。むしろ、安全じゃないといけない所なんだから。
ほら、あそこ。
あれは……
トゥスクルの子供
あっ、クーさまだ！
クーさま、遊んで！
遊んで！
子供が気付いてワラワラやってくる。
私わたくしは用事があるから、後でね。
なーんだ。つまんないー
あっ、この人ヘンなお面つけてる！
ヘンなの～ヘンなの～Ц
このお兄さんはこう見えてもとても偉い人なんだから、イタズラしたらダメかな。
構わぬよ。それにしても、やけに子供が多いようだが、ここはもしや……
寺子屋。
子供に字とか算術を教える所なんだ。
その声に振り向く。そこに立っていたのはアルルゥとカミュだった。
遅いよ、クーちゃん。
待ちくたびれた、クー。
でも、仕方がないか。
クーが幸せなら、それでいい。
そう言って、二人は自分とクオンを交互に見やる。
はぁ、二人とも何を考えてるのかな。そういうのじゃないから。
クオンが呆れたような声で言う。
それよりも、ちゃんと持って来てくれた？
大丈夫。
もちろんだよ。
ん、何の事だ？
怪訝な顔をしながら尋ねると、クオンは庭の隅を指差した。
あれ。
見れば、そこに荷車が止まっていた。積んでいるのは野菜や樽や壺のような物だ。
準備出来てる。
大鍋も、もう煮立ってるよ。
じゃあ、始めよっか。
クオンはそう言ってたすき掛けすると、台に積んである野菜を刻み始めた。
クーちゃん、ここに来ては、通っている子供達にお料理を振る舞ってあげるんです。
そうだったのか。だからあれほどの量を……
それにしても、子供達だけで平らげるには少々量が多すぎはしないか？
皆がクオンのようではあるまい。
何か言った？
いや、某それがしは何も。
しかし、あれだけの量だ。二人も手伝ってやってくれるか？
主あるじ様が食べるなら。
必ず召し上がるとお約束下さい、主あるじ様。
……余計な物を入れぬのならな。
少しガッカリしたようだが、二人は渋々、クオン達の所へ向かった。
では、私は出汁だしの方を作りましょうか。
フミルィルの言葉に、軽快に響いていた包丁の音がピタリと止まり、重い空気が流れた。
フ、フミルィルは子供達を見ててくれる？お話聞きたがってると思うし。ううん、きっと聞きたいかな。
でも……
お願い！フミルィルは子供に大人気だからЦ
判りました。私わたくしは子供達にお話を聞かせてきますね。
フミルィルは笑顔で子供達の所へ向かう。
そんなやりとりを見ていると、ポンと肩を叩かれた。
じゃあ、オシュトル様も子供達と遊んであげて。皆、元気でものすごく体力がいるよ。
覚悟する。
ふっ、その程度、今の某それがしならば造作も……
仮面のおじさん！おんぶして！
ボクもおんぶーっЦ
おウマさんになってなってЦ
ちょぉーっЧ
おじさん、こっちーっ！
くっ、今度こそЦ
手を振って挑発する子供に水鉄砲を構え、力一杯水を押し出した。
しかし、子供はひょいと躱かわし、水が何もない所を濡らしてしまう。
外したかっЦ
狙いを付け直そうとするが、すでに水鉄砲の水は空なのに気付く。
くっ、一時撤退だ！
急ぎ、水を溜めている盥たらいに向かって走る。しかし、そこには子供達が待ち構えていた。
な、何だとっЦ
慌てて立ち止まるが、時既に遅し。
えいっЦ
ぶはっ！
子供達の水鉄砲は狙い違わず、こちらの顔面に直撃する。
はい、おじさんの負け～っ！
おじちゃん、よわーいЦ
兵の数に差はあれど、大人と子供の戦いだったはずなのに、一方的に蹂躙され愕然と膝を付く。
な、何故だ……あれだけの大戦おおいくさを潜り抜けてきたのに、何故、水鉄砲では一度も勝てぬ……
ご苦労さま。
クオン……
大人気だったね。
クオンはそう言って、こちらに手を差し出した。自分はその手を掴み、立ち上がる。
お鍋出来たから、そろそろ食事にしない？子供達も一杯遊んでお腹空いてきてるだろうし。
そうだな。
辺りに芳しい香りが漂っている。
では、次は大食い競争と行こうではないか。それならば、某それがしは負けん……クオン以外にはな。
どういうことかな！それに、子供達の前なんだし、落ち着いて食べないとお行儀悪いかな。
クオンはコツンとこちらの頭の後ろを叩いた。
もう……
そんなやりとりを見ていた子供達は囲んで囃し立てる。
仮面のおじちゃんて、やっぱりクーさまのおむこさん？
もう！大人をからかうものじゃないかな！
子供達にはそんな風に見えるのか……
まったく。
はい、それじゃあ━━
トゥスクルの子供達
「「いただきまーす！」」
子供達はパクパクと美味しそうに食べ始める。
はい、オシュトルの分。これはモロロ鍋と言って、トゥスクルでは定番の家庭料理かな。
すまぬな。
クオンから差し出された具だくさんな椀を受け取り、そっと口を付けた。
む、これは……
ど、どうかな？
うまい。何というか、やさしい味わいでほっとする……
よかった。そう言って貰えると嬉しいかな。
こちらの感想を聞いて、クオンは安堵したような息を吐く。
國にいたときは、よくここで子供達に料理をふるまっていたと聞いた。
うん、随分、間が空いちゃったけどね。
元気な子供達の様子を見ながら眼を細めてクオンは言った。
ここは元々、ウルお母様が開いた孤児寮だったの。今は親がいても勉強のためにここに通っている子も多いけど。
孤児寮？
昔は大きな戦があったし、民の暮らし向きも良くはなかったらしくて……
私わたくし達も昔ここに通ってた頃があったんだ。
はい。その頃からクーちゃんとはずっと一緒です。
だから、ここにいる子達は、みんな私わたくし達の妹、弟たちも同然かな。
それで、こうやって……
今では随分と良くなったと思う。でも、これから先、何があるかなんて判らない。
だからこそ、一杯食べて、一杯遊んで、一杯勉強して頑張ってもらわなくちゃね。
何たって、ここにいるのはトゥスクルの未来を担う子供達なんだから。
ああ、そうだな……
クオン、立派に皇女してるんだな。
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本腰を入れ、マスターキーを探さねばならぬが……これと言った手がかりが無ければ、動くこともできんな……
……ちょっと、いいかな？
ああ、構わぬ。入ってくれ。
某それがしに何か？
特に用事がある訳じゃないんだけど……
何か言いたそうな表情のまま、こちらの隣に腰かける。
えっと……オシュトルはマスターキー、って言うのを探しているんだよね？
ああ。
伝えられた言葉を思い出す。
『今から十数年ほど前になるであろうか。』
『其方そなたの國トゥスクルで……マスターキーの反応があった。』
『全てを統べる鍵……』
『これがあれば、今では遺跡となっている施設を起動させることも可能。』
『この鍵を手にしたら……あるいは同胞を救うことが出来るやもしれぬ。』
しかし……与えられた情報はこれだけ。
トゥスクルに辿り着きはしたが、こうも手がかりが少なくてはな。
そのことなんだけど……
ん？
私わたくしに心当たりがあるんだ。
何っЧ
思わず詰め寄ると、クオンはこくりと頷いた。
何処どこだ、その心当たりとは？
何故なぜかクオンはきょろきょろと辺りを見回すと、わざと周りに聞こえるように大声で言った。
そこはとても神聖な場所だから、私わたくしともう一人以外は入れないことになっているんだ。
そう、私わたくしと、もう一人以外は絶対に入れないことになっているから。
何故なぜ、二回言う？
それでね、よかったら今から案内しようかなって……
いや待て、そんなに近いのかЧ
近いと言えば、近いかな。
マスターキーに心当たりが……クオンが言うんだ、可能性は高いだろう。
そうか、では案内を頼めるか。
うん。それじゃあ、付いてきて。
クオン、聞いて良いか？
本当にここなのか？
うん。多分、ここだと思うな。
もう、かなり歩いているが……
城の中にあった祠のような入り口から急な階段で地下に降り、そこからはただ真っ直ぐに通路が続いている。
いや、真っ直ぐかどうかは判らんか。この暗闇じゃ感覚も信用できない。
壁も床も材質は石組みか……遺跡関連というよりは、後から作られた通路という感じだ。
いや、人が通るだけにしては広すぎる……何かを搬入したとか、別の用途に使ったのか？
そんなことを思いつつ、ただ壁を手探りしながら闇の奥へと進む。
あっ……
クオンは何かにつまづいたのか、小さな声を出す。
大丈夫か？
あっ……ええと、うん。大丈夫だから……
だが、こうも暗いと、いずれ怪我をするかもしれんな。
そんなことを考えていた時、クオンが小声で言った。
ええと……手を繋いでもらっても、いいかな？
確かに、こうも暗いと危ないからな。
うん。
少しためらいがちにクオンが手を差し出し、ぎゅっと重ねられた。
よし、気を付けて進むとしよう。
…………
こんなに奧まで続いてたんだ……
って、まさかクオン、来たことが無いのに案内しているのではないだろうな？
ううん、そんなことないかな。
子供の頃に何度か来たことがあるんだけど、あの頃は、ただどこに通じてるんだろうって……
子供の頃？一人でここにか？
まあ、クオンらしいと言えばクオンらしいか。
みんなは『正倉院』って呼んでたけど、何が入っているかまでは教えてくれなかったんだ。
正倉院、か……確か、大昔の倉庫がそのように呼ばれていた気が……
聞いただけでワクワクしない？
それはそうだが……って。
話に夢中になっていたせいで、目の前の壁に気付くのが遅くなり、頭をぶつけた。
痛つつつっ！
大丈夫？
ああ。いきなり壁になっているとは思わなかったのでな。
言いながら、行く手を塞ぐ壁を手探りして確認する。
やっぱり、ここで行き止まりなんだ……
やっぱりって……それも知っていたのか？
うん。何度来ても、ここから先には進めなかったんだ。
クオンも目の前の壁を掌で確かめているのだろう、その無念さが口調から伝わってきた。
もしかしたらって思ったんだけどな。
もしかしたらって、何が……
そう問いかけながら、自分も行く手を阻む壁に触ってみる。
やけに表面が滑らかだな……今までの壁と材質が明らかに違う。
その瞬間だった。
闇の中で何かが動いた……同時に、空気の流れを感じた。
恐る恐る手を伸ばし探ってみると、まるで今この瞬間、そのものが消失したかのように目の前の壁が無くなっていた。
隠し扉Ч
………
クオンだけの時は開かず、自分が近づいたら開いた。ということは……
ここはやはり何らかの施設で、今も稼働していると言うことか？
先を伺おうとしても、さらに深く、濃い闇があるだけだった。
行くぞ、いいな？
待って！慎重に、慎重に行くかな。
そうは言っているが、興奮でシッポがウネウネと動いているのが判る。
いやまずそっちが落ち着けよ。
それじゃ、私わたくしから行くから。危ないから絶対に私わたくしを追い越さないこと。
判ったから、せいぜい慎重にな。
やる気満々のクオンにくっつくようにして、壁際に沿うように進む。
部屋になっているみたいだな……かなり広いが、物が置いてある気配はない。
かつて何かが置かれていたのか、それとも何らかの理由で放棄されたのか……
あれ？また壁があるのかな？
クオンの言う通り、正面すぐに別の壁があり、この広い部屋全体を完全に堰き止めていた。
つまり、ここは空ということか。
そんな……
心からの溜息で、クオンががっかりしたのが伝わってくる。
せっかくここまで辿り着いたのに……
よほど興味があったんだろうな。気持ちは判らなくもないが……
案外ここが、クオンの考古学好きの原点なのかもしれないな。
えっと……ごめんね？
何を謝る必要がある？
せっかく案内したのに何もなかったから。
それはクオンのせいではないし、そう簡単に見つかる物ではないのも判っている。
でも……
また探せば良い。手伝ってくれるか？
うん！
クオンの明るい声が室内に響く。
次に静寂が戻った時、クオンが何かに気づいたように声をあげた。
あ……
どうした？
ええと……
こ、こんな風に二人きりで行動するのって、久しぶりだなって思って。
そうか？結構あったように思うが。さっきも部屋で二人きりだった。
あんなの二人きりって言わない。全然二人きりじゃないよ。
そうなのか……
でも、何か、不思議な感じ……とても懐かしい感じかな。
暗闇の中で喋っていると、初めて会った頃に戻った気がする。
ああ、確かにな……
その感じは、良く判る気がする。
誰からも見られることのない闇の中、そこには、この世界で目覚めたときから自分を知る、クオンだけがいる。
………………
沈黙と共に、クオンが何かを決心したのが判る。
言いたいことがあるんだけど、聞いてくれる？
何だ、あらたまって。
あのね……あの……
オシュトルが言っていた事も判ってるし、そう呼んじゃ駄目なのも判ってる……
けど、二人の時、二人きりの時だけなら……『ハク』って呼んでも……いい？
ダメ……かな……
オシュ……
……好きにすればいい。
━━ッ、うん！好きにする！
クオンは弾かれたように顔を上げる。
ハク……
…………ああ。
ハク━━
クオンが壁づたいに身を寄せてくる。
抱きとめようとした瞬間、肩が触れていた壁がボロリと崩れた。
……何だ？
そこに手を触れてみると、小さく空いた穴がガラガラと崩れはじめた。
これは……まだ先があるのか？
その言葉を肯定するように、人ひとりがくぐれるような穴の奧、更に暗闇が続いていた。
ふたり、顔を見合わせる。
行ってみよ？
言うなり、クオンが穴を潜っていった。
仕方ないな……
思わず苦笑いしつつ、その後に続く。
穴をくぐるとその先は、別の通路へとつながっていた。
今度は壁が脆そうだ。クオン、慎重に進もう。
うん、判ってる。
判ってる……か。尻尾を見る限り、好奇心には勝てないんだな。
しばらく歩くと、広い場所に出た。
中央には台か石碑のようなものが設置されていて、その上に金属製らしい板が填め込まれている。
さらにその表面に何やら文字が刻まれているのがわかった。
もしかして、神代文字？
クオンがおそるおそる触れると、文字がぼうっと青白く光った。
光った！
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、興味深々に食らいついているクオン。
すごい、まだ生きてる……こんなのが……
何か色々と台無しになった気がする。
浮き出た文字をなぞったり、さすったり、叩いたりしているクオンを見て、思い当たったことがあった。
待てよ……あれが何らかの認証装置だとしたら。
見せてみろ。
読めるのЧ
瞳を輝かすクオンの脇から確かめる。その間、文字はじわりと光っては消えを繰り返していた。
ふむ……なるほど。
なに？なに？
……いや、薄暗くて判らん。
い、いや待て、もうすこし調べてみる。
言いながら、文字に触れた瞬間。
……え？
目の前で、巨大な壁が取り払われていく気配。
これって……
まばゆい光に照らされ、目の前にそれは現れた。
何だ……これは。
喩えるならそれは、座っている巨大な鎧そのものだった。
太い胴体や手足には幾重に鎖が巻かれ、厳重に封じられているように思えた。
これって、まさか……アヴ＝カムゥ？
アヴ＝カムゥ？
うん、神の鎧と呼ばれた、無双の兵つわもの。
昔、これが動いて未曾有の戦乱が巻き起こったって聞いたことがあるけど、実際に見るのは初めてかな……
目前の巨大な鎧を惚れ惚れと見上げるクオン。
これが……
あ、もしかして信じてないかな。
いや、そうは言ってないが、アヴ＝カムゥ……な。
何か引っ掛かって……ん？
もしかしてコイツ、アベルカムルか？
アベ？
アヴ＝カムゥ……だよね？
妙な鎧を着せてるが間違いない。アベル重工製、極限作業用人型重機カムル三式。通称アベルカムル。
惑星生命圏再生ガイア・レメディエーションを支えた傑作機。
何でそんなものが……って、こんなのを戦いくさに使ったのか……
仮面アクルカを使っておいて何だが、反則にも程があるだろうに。
ハク、もしかして知ってるの？
知ってるも何も、昔は無くてはならないほど広く使われていたんだ。
じゃあ、もしかしてハクも動かせたりするЧ
いや、無理だ。これを動かすには資格が必要なんだ。
……そっか、ちょっと残念かな。
免許がなぁ……下手に持ってると、外で色々とやらされそうだったからな。
まぁ、操者が搭乗しなくても、外部操作盤コントロールパネルを使えば簡単な操作くらい出来るんだろうが……
何にせよ、ここにマスターキーの手がかりは無かったか。
こんとろ？もしかしてこの光る板のこと？
さて、こんなのが厳重に封印されていたことからして、あまり長居するべきでは無いな。
━━クオン、そろそろ戻ろうか。
…………は？
ハク！スゴイ！本当に動いた！
いや、動いたって……
巨大な鎧がゆっくりと立ち上がる。
大人の腕ほどもある鎖が、いとも容易たやすく弾け飛んだ。
わ……わ……動いてる……
嬉しそうに呟くクオンの手には、台座にはめられていたはずの金属板が収まっていた。
ちょ、何しちゃってんのЧ
ハク、このコ、ホントに動いてる！
クオンの声に反応したかのように、アヴ＝カムゥの腕が大きく動いた。
腕の先が部屋の壁に当たり、石の破片が飛び散った。
まるで子供が積み木で遊ぶように、ガラガラと壁が崩れてゆく。
お、おいЧ
これが腕なんだ。じゃあ……こっちが足？
待てクオン、こんなところでは━━
っと、こうして━━
クオンが外部操作盤コントロールパネルをいじり回すたびに、アヴ＝カムゥもブンブンと躰を動かす。
クオン、止めろっ……
止めようとするが、夢中になっているクオンには声が届かない。
アヴ＝カムゥは大きく足を上げ、そのまま体勢を崩すと、壁に激突するように倒れ込んだ。
勢いよく舞い上がった土埃で、何も見えなくなった。
わぷ━━
不味い、下手すると崩れるぞ！
え？
いいから急げ！
強引にクオンの手を引き、入り口に向かって走る。
真っ暗な通路を必死で走る。
背後からは巨大な何かが壁を壊しながら迫り来る音が聞こえる。それが何か振り向いて確認しなくても判る。
な、何で追いかけてくるЧ
すごい、あんなに大きいのに、追い付いてくる。
呑気なこと言ってる場合かっ！
この期に及んでも興味を隠さないクオン。その手に持っているのは……
そう、あの台座にはめ込まれていた外部操作盤コントロールパネルだ。
何持ってきてるんだ、それを捨てろ！
え、どうして？
どうしても何も━━
ハク、急がないと、崩れちゃうかも。
うおっЧ
ギリギリの間を保ちながら逃げ続け、ようやく行く手に星のような光が見えた。
出口だっ。
巨体の両肩が通路の脆い石積みに触れ、天井もろとも崩した。そして……
やっとのことで出口を抜けると、アヴ＝カムゥは停止しその場に跪ひざまずいた。
止まっちゃったみたい……どうしたんだろう？
それを持っていたから自動追尾してきたんだ。だから捨てろと言っただろうに。
これを？
お、おいっ、むやみに触るなって！何が起こるかわからんだろ。
慌ててクオンの手から端末を取り上げる。
ま、まって、もう少しだけやらせてЧ
ちょ、待て━━
クオンが端末を取り戻そうと纏まとわり付いてくる。
あと少しだけ！ほんのちょっとだけでいいから！
クオンの指が何かの図形の上を滑った。その瞬間━━
端末音声
『本当によろしいですか？』
━━喋ったЧ
警告音声と共に、画面が黄色と黒の縞で囲われた、あからさまな非常モードに変わった。
何これ、ねえ、これを押すんだよね？押していいよね？いいよね？
待て待て待て、今何をしたЧ押すなよ！押したら大変なことになるぞ！絶対に押すなよ！
えっ、何かスゴイことが起きるのЧスゴイことになっちゃうのЧ
やめろよ？絶対にやめろよ？
………………………………
おま━━
『命令を認識。これより非常自衛モードに移行します。』
何者をも近づけまいと、鬼神のごとく荒れ狂うアヴ＝カムゥ。
一歩進むたびに地響きが鳴り、腕を動かすごとに辺りの木々をなぎ倒していく。
当然、まともに近づけるはずもない。
クオン……
う……つい……ゴメンね……？
起こってしまったことは仕方が無い。とにかくこいつを何とかするぞ。
それはいいけど、でもどうするの？
あ、壊しちゃダメだから。そんなことしたら後でお仕置きされちゃう。
そんなこと言ってる場合かっ！
第一、あんなのをどうやって……ええい、とにかく停止コマンドを━━
……ハク？
停止コマンドなんぞ知らんかった……
仕方ない、燃料切れを待てば……いや、何日も無休で動き続けるんだった。
どうする、このまま放っておいたら、敵と認識した物を無差別に攻撃するぞ。
何か策はないかと辺りを見渡した、その時だった。
クーちゃん、もういいですか？
フミルィルЧ
助太刀。
主様あるじさま、ここからはどうかお任せを。
来ちゃっ……来てくれたんだ？
約束の時間は過ぎましたし、何だか大変そうですから。もしかしてお邪魔でしたか？
う、ううん、そんなこと……ないよ？とっても助かるかな。
ああ、助かったぞ、悪いが手を貸してくれ。
御心のままに。
残念そう。
楽しいところを邪魔された気分はいかがですか？
…………ぬぐぐ。
助っ人が現れたことにより、事態は好転の兆しを見せてきた。
上手く距離を取って少しずつ追い込め！
硬い。
ですが、動きを止めることはできるようです。
双子の術が、まさかアベルカムルにさえ通るとは……頼もしいやら恐ろしいやら。
ちょっと動きが鈍くなってきたみたい。
でも何だか……可哀相な気がします。
面妖。
この者の心は諮はかり知れませんが、攻撃の意志はまだ持っています。
油断するな！完全に止まるまで慎重にな！
ふと見ると、クオンがまた端末にさわろうとしていた。
……おい。
さっきはここに触れたらああなったから……
もしかしてこうかな？
『対象の敵性を確認。これより完全排他モードに移行します。』
……は？
あ………
せっかく大人しくなってきていたのに、どうしてでしょう？
今度は強い。
憎悪は感じませんが、頑なに戦おうとしているようです。
……………
こうなったら、全部放って逃げるしかないっ！
いやダメだ、これが制御不能のまま城の方に行ったら……
お嬢、こりゃ一体……
これは封印されていたアヴ＝カムゥですね。
ベナウィ！クロウ！
まさかお嬢、例の正倉院を開けちまったんですかいЧ
ええと、それはあの……
話は後です。今はこれを止めるのが先でしょう。
荒れ狂うアヴ＝カムゥを全員で何とか制止しようとする。
しかし、味方が増えても、一進一退の状況は一向に変わらない。
くそっ、これじゃ、キリがねえぜ！どうしやす、大将？
あっ、壊しちゃダメだから、できればそっと捕まえる感じで……
そうも言ってられませんね。
エネルギー的には無尽蔵だから当然か……
クオンの肩越しに端末を慎重に探るが、判らないものは判らない。
何も知らない素人が制御するのは無理だ。やはり非常停止命令を送るしかない。
必死に触っていると、それらしいボタンが画面中央に現れた。
よし、これだっ！
『命令を認識しました。これより全周囲殲滅モードに移行します。』
ていうかお前、攻撃モードがいくつあるんだよ！ただの作業機械じゃないのかよ！
すごい、また強くなった……
女皇みこと、感心している場合ではありません。
こりゃ、まるで誰かが操ってるようですぜ。
頼む、皆で耐えてくれ！あと誰のせいかは気づかないでくれ！
本気に必死で端末をあれこれし、今度こそやっと本当にそれらしいボタンを出現させた。
頼む、これで何とかなってくれ！
『非常停止命令を受理しました。』
よしっ！
『非常停止命令の実行には初期パスワードが必要です。音声入力をお願いします。』
何だそれはЧ
端末は何らかの入力を待ったままで止まっている。アヴ＝カムゥは相変わらずだ。
『開け、ゴマ』？
『パスワードが異なります。』
止まれ！鎮まれ！大人しくしろ！停止だ停止！
いっそ端末を壊すか？いや、暴走が止まらなくなるだけだ。ならどうすれば……
危ない。
主あるじ様、そちらに向かっています！
気がついた時には、真正面にアヴ＝カムゥの巨体が覆うように立っていた。
オシュトル様！
危ない、逃げてっ！
だが、アヴ＝カムゥは何かを待つように、その場に止まった。
落ち着け、よく考えろ……こいつではなく、こいつの裏にある思考を読み取るんだ。
こいつは作業機械だが、現状ではまともに動かない……というか、まともに命令を受けつけない。
それはこいつ担当の技術者が、中途半端な設定のまま放置したからの可能性が高い。
だとすれば、この個体そのものに設定されたマスターパスワードも、そう凝ったものじゃないはずだ。
自分がこいつを調整したズボラでいい加減な技術者なら、そのパスワードは……
天啓が閃いた。
端末をゆっくりと天にかざすと、アヴ＝カムゥがそれに反応するかのように動いた。
無垢なる僕よ、我が万能の言葉を聞け！
『パスワード』
『命令を認識しました。』
そして、アヴ＝カムゥはその場に跪ひざまずき、完全に動作を停止した。
……ってこんなのでホントにいいのかよっЦ
『…………』
なんだかわかんねぇが、言葉だけで止めちまいやがった……
さすがはヤマトに名高い武人もののふといったところでしょうか。
今の言葉は何Чねえねえ、教えて教えて！
それだけは教えられぬ。
どうしてЧ
かつて世界を支配した者たちとの契約と名誉に関わること故。
……契約と、名誉？
詳しくは言えぬが、大体そんな感じだ。
そんなにすごいことなんだ……そっか、それじゃ簡単には教えられないよね。
未練たっぷりだが、どうにか引き下がったクオン。
他の面々は、大人しくなったアヴ＝カムゥを興味津々に取り巻いている。
後日、この一件が事態を大きく動かすことになった。

ܖ
Ө
Ө
Ө
Ө

トゥスクルに来て数日目の朝。
目が覚めると、頭の奧がずきずきと痛んだ。
少し呑のみすぎたか……
主あるじ様、これを。
お水を用意しました。どうぞ。
すかさず差し出された水を、ごくごくと飲み干す。
美味い。
二日酔いになるまで呑のんだのは、何時以来か。
笑ってる？
主あるじ様、何か良いことがありましたか？
そう言われ、自分でも知らないうちに、笑みを浮かべていたと気付いた。
異國での緊張がようやく取れてきたのかも知れないな……
そんなことを思いながら、双子に手伝われつつ洗顔と着替えを済ませる。
おはよう、ハ……オシュトル、起きてる？
ああ。
クオンとフミルィルが部屋に入ってきた。
クオンは着替えを、フミルィルは手洗い水を持っている。
あ……
こちらが既に身支度を済ませているのを知り、小さく声を上げる。
…………
クオンの方を見て、何やら勝ち誇った顔をしている双子。
ここは私わたくしの故郷なんだから、二人とももっとのんびりしてくれていいのに。
務め。
主あるじ様のお世話をするのは、わたし達の喜びでもあります。
働き者なんだね。
一見にこやかだが、何か恐い……
ふと、フミルィルを見ると、立ったまま船を漕いでいた。
躰がグラリと傾き、そのまま無防備に転びそうになる。
っとЧ
慌てて後ろから躰を支えようとする。
ひゃЧ
抱きしめるような形になった上、こちらの手はフミルィルの胸をすっぽり包んでしまっていた。
いや、すまぬ。
いいえ、ありがとうございます。
いつも通り、全く気にせずにこやかに返すフミルィル。
よろめいた拍子に零れた桶の水を被って、服のあちこちが透けてしまっている。
これは……マズいな。
一応、離れようとするも、フミルィルから寄りかかっている為、離れられない。
さすが。
あれほど自然にこなすとは、やはり侮れません。
感心している双子の隣、無言でニッコリするクオン。
こ、この展開は……
と警戒する暇もなく、クオンのシッポが顔に巻き付いてきた。
いだだだだ。
エルンガー……
何か懐かしいね。
その様子を、いつの間にか現れたアルルゥとカミュが眺めていた。
二人に気付き、シッポを解いて慌てて離れたクオン。
ね、姉様達、おはよう！な、なぜここに？
朝ごはんなのに、来ないから呼びに来たの。
ああ、すまない。すぐに伺おう。
朝食が終わろうという頃、一頭の早馬がトゥスクル城内に入った。
至急の知らせに御座います。
ご苦労様です。
若様、こちらを。
うむ。
受け取った文を解き、無言のまま目を走らせる。
………
ふむ。
何事でしょうか？
ウルトリィ殿が来るとのことだ。
ウルトリィ様が？
いつお着きになるのですか？
既に出立したとある。早ければ今日にも着くな。
それは……
忙しくなりますね。
朝食の後、城内が俄にわかに慌ただしくなった。いつもは物静かな女官達も、やや余裕の無い声で確認し合っている。
何やら騒がしいな。
誰かが来ると言っていたようだが……
ウルお母様がいらっしゃるの。
クオン達が茶器と菓子を持って当然のように入ってきた。
ウルお母様？
私わたくしのお母様の一人であり、ウィツァルネミテアの総本山であるオンカミヤムカイの賢大僧正オルヤンクルなんだ。
賢大僧正オルヤンクル……
暖かく、とてもお優しい方なのですよ。
一番優しいお母様。でも、一番恐いお母様でもあるかな。
クーちゃん、いちどだけもの凄く怒られたことあったもんね。
クーは貴い犠牲となったのだ。
お菓子をポリポリと囓りながら、カミュとアルルゥがのほほんと言う。
そ、その話は……
クオンは慌てて口ごもり、チラチラとこちらを伺う。
？
まあ、いいか。触れられたくないようだし。
つまり、貴人を迎える準備で今は慌ただしい、と言うことか。
うん。そういうことかな。
皆みな忙しそうだが、貴方達はここに居て良いのか？
それは、あの……
かえって邪魔になっちゃうから。
と、目を逸らすトゥスクルの女達だった。
そんなことよりも、オンカミヤムカイの賢大僧正オルヤンクルか……
ひょっとしたら、マスターキーの事を何か知っているかもしれないな。
ねえねえ、オシュトル様はゆっくりしてられるんだよね？
あ、ああ。
じゃあ、遊びに行こうよ。もっと、いろんな所を案内するよ。
ハチの巣狩り。
あ、あの、お姉さま達、そんなに遊んでいる暇はないかな。
あー、クーちゃんそんなこと言って、自分だけ一緒に遊びに行くつもりなんだ。
ずるい。
そんな、私だって、もう一度あの遺跡へ行って貰いたいのを我慢してるのに！
あんな目に遭ったのに、まだ行こうってのか……
しかし、カミュとアルルゥと言ったか、この二人、いつも一緒だな。
しかも、ヒトの寝床で思いきりくつろいでるし。菓子のクズまで散らかしてな……
クーちゃん、そこの御菓子とって。
近いんだから、そんな無精なこと言わないの。
クーちゃんにとってもらいたいんだもん。
もう、仕方ないなぁ。
文句を言いつつも、結局世話をするクオン。
フー、耳掃除。
はいはい、それでは横になって下さいね。
ん。
言われた通り、アルルゥは、フミルィルの膝の上にゴロリと頭を預けた。
では、やりますね。
ふきふきふき。
むふ～。
見るからに気持ちよさそうな様子に、カミュも身を乗り出してきた。
あ、わたしもわたしも！クーちゃん、お願いー。
甘い声をあげながら、ゴロゴロと転がって行く。
もう、二人ともちょっとだらけすぎだと思うな……
傍目にはどっちが姉か判らないな。
あら、うふふ。カミュからおねだりなんて久しぶり。
Ц
突然の声に振り返ると、戸口に見慣れぬ女性が立っていた。
全く物怖じすることなく、足元に転がってきた少女にたおやかな視線を注いでいる。
ん？初めて見る……そうか、この人がオンカミヤムカイの━━
にしても、これまで会って来たこの國の女性は皆美人ぞろいだが、更に美人とは……
彼女は部屋に入るとすぐに着座し、自分の膝をポンポンと叩いた。
いらっしゃい。
うぇぇЧお、お姉様？も、もう着いたのЧ謁見とかは？
慌てて起き上がり姿勢を正すが、狼狽と興奮は隠しようがない。
今回の訪問は予定に無いことでしたから、略式で済ませました。
さあ、いらっしゃい。
ぽんぽん。
ウルトリィはさらに膝を叩き、少女達を招き寄せる。
え……と、それはちょっと。
ウルトリィさまっ。
皆が後じさる中、フミルィルが嬉しそうな声をあげて飛びついた。
そのまま、ウルトリィの豊かな胸に顔を埋める。
まぁ……ふふ、大きくなっても甘えんぼさんですね。
ウルトリィさま、はやくはやくっ。
はいはい……ほら、せっかくの綺麗な髪が乱れてますよ。
彼女はフミルィルに背を向けるように促うながすと、袖口から取り出した櫛で優しく髪を梳くしけずり始めた。
気持ちいい……
本当に幸せそうなフミルィル。ウルトリィはただ、嬉しそうに微笑みを返した。
慈しむように髪を梳すかれ、フミルィルが気持ちよさそうに目を細めた。
ウルトリィもよほど嬉しいのか、櫛を丹念に動かしながら微かに鼻歌が溢れている。
ウルトリィさまの歌なんて……何だか……とても懐かしい気がします……
そうですか？
笑顔で頷いて、フミルィルはウルトリィに追唱するように、歌を口ずさんだ。
その姿はまるで仲の良い母子のようだった。
というか、あのフミルィルの、あんなに甘えた姿を見るのは初めてだ。
ん？クオン？
傍かたわらを向くと、そこにはどこか淋しそうな表情を浮かべた、クオンの横顔があった。
色々とあるのだよ……
……何故そんな人生の先輩口調で？
そういえばカミュ、お勤めが溜まっていますから、もう戻ってくるようにとムントが言っていましたよ。
え゛Ч
とたんにしどろもどろになるカミュ。
ま、まだやることが残っているから、もうちょっとしたらね。
では、仕方ありませぬ。
ひゃ、ム、ムントЧ
貯まった書簡は全てお持ちしましたので、こちらで執務していただいて問題ありませんな？
ええと……
カミュの全身からダラダラと脂汗が流れる。
サラバダ！
飛んで逃げようとしたカミュの行く手を待ってましたとばかりにムントが阻む。
させませぬぞ！さあ皆みなの者！
僧侶達
「「「諒解」」」
僧衣を着た者達がワラワラと現れ、たちまちのうちにカミュを取り囲んだ。
「「「姫封印カミユ・リィヤーク」」」
へろへろへろ、ベチャ！
ふぎゃ。
蟲除け香にやられた羽蟲のように、床に落ちてきたカミュ。
う、動けないぃぃ。
この為だけに、オンカミヤムカイの技術を結集して開発された姫さまの術を封じる秘技。
もっと他にやることあるよね？
この世に姫さまの怠惰たいだをお治しする以上に大事なことなどありませぬ。
さぁ、観念していただきますぞ。すべて片付けるまで決して外には出しませぬ！
ムントの背後では、書冊や巻物を抱えた何人もの僧が肯いている。
あわわ、アルちゃん助けて！
そのままムントに引っ張られるカミュ、ひしっっとアルルゥの足にしがみつく。
ぬわ～。
ガシッ！
ヴォЧ
堪らずアルルゥが、傍らにいたムックルの毛を掴んだ。
往生際が悪いですぞ！
号令一下、僧達が数珠なりになって一斉にカミュを引っ張る。
「「「そ～れ！そ～れ！」」」
いやぁぁぁん。
あ～。
ブチブチブチ！
そのたびに引っ張られ、毟むしられるムックルの毛。
ギャウン、ギャウン、ギャフぅぅン！
ブチブチブチ┻┳！
やがて抵抗虚しく、アルルゥとカミュは連れ去られて行った。
ヴォォォォ～ン……
一部禿げてさめざめと泣いている巨獣を残して。
嵐が去ったかのような感じだな。
やがてフミルィルは、ウルトリィに身を預けて、安心したようにスヤスヤと寝息を立て始めた。
と、髪を梳く手を止め、彼女がこちらを見つめて来た。
心の内全てを静かに映すような瞳に、一瞬釘付けになった。
お騒がせ致しました。初めてお目に掛かります。
私わたくしはオンカミヤムカイの賢大僧正オルヤンクルを務める、ウルトリィと申します。
双子達が何か感じたのか、さっと自分の前に立ち塞がり身構えた。
下がって。
主あるじ様、ここはわたし達にお任せください。
待て、この方は我々の敵ではない。何をそう警戒しているのだ。
……承知。
主あるじ様がそうおっしゃるなら。
二人はそう言って、すっと後ろへ引き下がった。
済みませぬ……仲間が何か勘違いをしたようだ。
どうかお気になさらずに。
忝かたじけない。
改めまして、お会いできて光栄に存じます。オシュトル様。
ウルトリィはそう言い、優雅に微笑んだ。
丁寧なご挨拶痛み入る。某それがしは……
自己紹介を返そうとすると、言葉に遮さえぎられる。
存じております、偉大なる御方おかた。
我等が大いなる父オンヴィタイカヤン……
貴方様のその姿が仮初めであるということも。
Ч
なぜそのことを……まさか、話したのか？
クオンに視線を向けると、ふるふると首を振り、否定した。
それに、貴方様の願いも……
ウルトリィ殿は、アレが何であるのかを知っていると？
……はい。
ですが、今の私には、それを口にすることは許されておりません。
何故なにゆえ、それを許されておらぬ。アレは永遠の苦しみにもがいているというのに━━
これ以上は、ここで語ることを許されていません。
無論、『鍵』のことも。
『鍵』……だと？
はい。真理の扉を開く『鍵』です。
やはり、この人はマスターキーの事を知っている……
ウルトリィ殿、お聞かせ願いたい。その鍵とやらは一体何処どこにあるのか。
それを知って、どうなさるおつもりですか？
それは無論……
ウルトリィの澄んだ瞳を見て、躊躇ちゅうちょする。
彼女の口ぶりからしても、マスターキーは全ての秘密に通じる『鍵』だ。素直に渡してくれる物ではないな……
かと言って、奪い取れる物でもないだろう。そもそもそんなつもりもないんだが。
……いや、小細工は無用だ。この瞳の前では、隠し事などできそうにない。
承知した。包み隠さず言わせていただこう。
某それがしはその鍵を貰い受けるためにトゥスクルへ参った。どうしても、それが必要なのだ。
……そう、ですか。
ウルトリィは少し悲しげな笑みを浮かべ、答えた。
本来であれば、看過するわけにはいかないお言葉です。ですが、貴方なら……
貴方であれば……あるいは。
どうか、我がオンカミヤムカイへお越し下さい。
優しく慈悲深く、それでいてどこか哀しげな表情に、それ以上何も聞けなくなった。
オンカミヤムカイへの出発は翌朝となった。
昨日今日で貴人を折り返させるのは無礼かとも考えたが、気が逸るのを抑えることはできなかった。
では、案内いただけるか。
はい、私はその為に参ったのですから。
じゃ、行こっか。
お伴いたします。
私も行くー！
ムント一同
まずは、御公務を終わらせてからです。
地面に落ちたところを抑えられ、ズルズルとひきずられていくカミュ。
では、お頼み申す。
はい。承知しました。
それじゃ、行こっ。
御心のままに。
その場の全員、今のは無かったことにした。
Ĵ

ʐ
トゥスクルの都から遠く離れた地。深い森に閉ざされた嶮けわしい山の懐ふところに、その社やしろはあった。
其そは大神オンカミウィツァルネミテアが眠る場所……古いにしえの叡智えいちを護りし聖地……
古いにしえの戦いくさにおいてその躰を失ってなお、御魂みたまとなりて民を見そなわすという荒神に畏怖と憧憬を込め、ヒトは呼ぶ。
オンカミヤムカイ━━大神オンカミの眠りし地と。
いよいよか……
都を発たって、はや数日……。
用意して貰った馬車に乗り、一路オンカミヤムカイを目指していた。
オンカミヤムカイは本来不可侵と聞く。トゥスクルの皇族ですら、無断でその深淵に入ることは出来ないと。
そこに賓客として、一時は敵であった國の将を招く。
その意味は、意図は……
どうかした？
窺うかがうように、こちらを覗き込むクオン。
……いや、クオンは此度の件、何か聞いているか？
ううん、何も。でも、感謝してほしいかな。
本当なら、招かれたのはオシュトル一人だったところを、不安だろうから無理言って一緒に付いていくことにしたんだから。
そう……だな。右も左も判らぬ地、助かる。
ふふん♪
クオン、そのシッポの揺れは、遺跡を前にした時と同じなんだが。
それは言わぬが花か……ん？
ふと視線を感じる。
見ればウルトリィがこちらを微笑ましそうに見つめていた。
一体、何を考えているのやら。聞いても、来れば判る、自分の口からは教えられない、の一点張りだ。
まぁ、出たとこ勝負なのは慣れている。焦っても仕方がない。
慣れたくなどなかったがなぁ……ん？
そこに、裾が引っ張られる感触。
主あるじ様。
あちらを御覧下さい。
ん？
外を示す二人に促され、簾をずらして覗き見た。
小高い場所を走る馬車から見えたのは、緑に覆われた、海のように巨大な森だった。
あ、そうだ。間違っても、道を逸れて森に入ったりしないように気をつけてね。
何かあるのか？
中は生い茂った枝葉で陽の光も遮さえぎられて、昼間でも真っ暗だから。あっという間に方角を見失ってしまうかな。
それだけじゃなく何故か術の類も阻害されてしまうそうだから、迷ったら二度と出られなくなるって言われてるの。
だからあの森にはね、迷い込んだ者達の霊がずうっと彷徨さまよい続けてるんだって……
……成程なるほど。いざという時、森の中に逃げ込むというのは危険ということか。
むぅ、ここは怖がったりするとこだと思うんだけどな。まさか、何か良からぬ事でも考えてるの？
そうではないが、トゥスクルに厄介の種を持ち込んでいる自覚はある。気楽に構えて良いものではないだろう。
クオンはハッとしたように息を飲み、恐る恐るウルトリィの方を伺った。
が、そんなクオンとは対象的にウルトリィはにこやかに答える。
ご安心下さい、オシュトル様。これは既に予期されていたこと。
例えオシュトル様が何を為さろうと、私共は決してオシュトル様に仇なす真似はしないと、誓いましょう。
何なのだ、この……信頼……そう、信頼だ。会ったばかりの自分に、あり得ない程の信頼を寄せている。
判らん、何を考えている……何故こんなにも……
ええい、考えるのは止めだ。これ以上はドツボにはまりそうだ。
…………
しかし、トゥスクルが緑豊かな國だということは判っていたが、ここはまた……
緑が豊かすぎて、開墾がすごく大変なんだけどね。その中でもあの森は特別かな。オンカミヤムカイを護る、聖なる森だもの。
オンカミヤムカイ……大神オンカミの眠りし地、という意味だったか？
大神オンカミウィツァルネミテア。
ヒトを楽園から追放し、餓えと苦しみを与えし大罪人。甘言にてヒトを惑わし絶望へと誘う禍日神ヌグィソムカミ。
………………
そんなやりとりに、フミルィルが悲しげにうつむいていた。
ウルゥル、サラァナ、ここはヤマトではない。蔑さげすむ言葉は控えよ。
申し訳ありません、主あるじ様。
許せ、フミルィル殿。迂闊うかつな事を言った。
あ……い、いえ、そんな……
ごめんなさい。
気になさらないで下さい。ヒトそれぞれ、土地それぞれで見方が違うということがあるのは、判っていますから。
ウルトリィ殿も、この二人が失礼した。
……申し訳ない。
軽率でした。お詫び致します。
二人にはよく聞かせておきます故、ここはどうか……
ふふ、構いません。フミルィルの言う通り、同じものでも所によって違うものですから。
それに、大神オンカミは慈悲深き御方おかた。このようなことで、お怒りにはならないでしょう。
でも、判っていると思うけど、間違っても他のヒトの前では言っちゃ駄目だよ。
はい、これから向かう所は私やクーちゃんのように、皆さんの事情を察して許してくれる所ではありません。
そうだね、國中から信心深いヒト達が集まってきてるんだから、迂闊うかつな事を言ったら私やウルお母さまでも庇かばえないかも。
肝に銘じておこう。
……？随分と辺りが賑やかになってきたな。それに馬車の進みもゆっくりになってきたような。
そろそろでしょうか？
フミルィルは何か察したように簾の方を見た。
クオンを見るとニコリ微笑み、頷いた。
簾をそっと開けると、そこには先ほどとは打って変わった光景が広がっていた。
いつのまにか森は途切れ、帝都の大路にも負けぬ広々とした道がまっすぐ続いていた。
そこにはたくさんの車に乗った者、ウマウォプタルの背に跨またがった者、歩きの者達が行き交っている。
これらの人達は……
はい、大社おおやしろに参拝する為に、國中から集まったヒト達です。
やはりそうか……
帝都にも勝るとも劣らぬ賑わいを見せ、通りの両側には参拝客目当ての大小様々な店が軒を連ねている。
茶屋に、あれは土産物屋か。簪かんざしや人形、反物なんかも売られている。
せっかくだ、皆みんなの土産でも買って……
そう思いかけて、首を振って考えを振り払う。
いや、そうじゃないだろ。土産なんか買っている余裕などあるか。
主あるじ様、側に。
ここからは、決して離れないようお願いします。
いよいよ、というわけか。
大きな門を前にして、一同は馬車を降りた。
あの門の向こう側が大社おおやしろかな。
あれを越えた先はもう、大神オンカミの眠る地、ということか。しかし……
目の前の光景に思わず声を漏もらす。
それは果てしない長蛇の列。門の前には大社おおやしろに参拝しようという者達が集まっていた。
こりゃまた、すごい行列だ。日が沈むまでに門に辿り着く事が出来るのか？
この有様では諦めるしかないか……
近くに宿を取り、明日の朝早くに出直そう。
すると、クオンがクスリと笑う。
それなら大丈夫かな。
なに？
問い返す間もなく、クオンは列の間をすり抜けるように門の前へと近づいていく。
クオンったらまた……
クオンの意図を察したらしいウルトリィは困ったように微笑む。
クオンは一体何をするつもりだ？
ご覧になっていればわかります。
？
見ていれば案の定、胡散臭げに衛士えじがクオンを取り囲んでいる。
しかし、クオンが二言三言喋ると衛士えじの一人が血相を変えて番所に飛び込んだ。
な、何だЧ
不意に、太鼓の音が周囲に響く。
途端に周辺の喧噪けんそうがピタリと止み、門の前に群がっていた参拝客達が、潮が引くようにさーっと左右に分かれていく。
これは……
見ると、クオンが門の前でぶんぶんと手を振っている。
罠。
油断していました。ここは敵中、この統率力では何かあれば、すぐに捕らえられてしまいます。
心配要らぬ。
ですが。
お前達の言いたいことは判る。だが某それがしには、トゥスクルの者が騙し討ちのような真似をするとは思えん。
信じているのですか、ウィツァルネミテアの眷属を。
某それがしが信じているのはクオンにフミルィル。そして、お前達だ。
ならば、何も心配することは無い。違うか？
……はい。
というか、此処ここの連中、そんなまどろっこしい真似をしそうにないんだが。
ふふっ、二人とも良き人に巡り会えたようですね……
深く頭を垂れる参拝客達の間を、ゆっくりと門へ向かって進む。
門の前では満面の笑顔のクオンが一同を待ち構えていた。
これですぐに大社おおやしろへ入れるかな。
気持ちは判らぬでもないが、並んでる連中に申し訳ない気もするな。
背後を振り返る。参拝客達は恭うやうやしく頭を垂れたまま、その場を一歩も動こうとしない。
まあ、賢大僧正オルヤンクルも一緒なんだ、当然と言えば当然か。
何にせよ、これでようやく大社おおやしろの中に入る事ができるわけか。
では参りましょう。
お願いいたす。
一礼し、ウルトリィの後に続く。
……さて、何が待ち構えているかは判らんが、毒を喰らわば皿までだ。
ウルトリィの案内で大社おおやしろの中を進んでいく。
森の中に突如として現れた町並みにも圧倒されたが、大社おおやしろそのものはそれを遥かに上回るものであった。
あの奥の石造りの建物が本殿なのか？
ううん、あれは違うかな。
この場所全部が、大神オンカミを祀まつる社やしろなんだ。あそこにある建物は、賢大僧正オルヤンクルのいる祭儀の間かな。
……これが一つの社やしろだとは。
振り仰ぎ、改めてその大きさに驚かされる。
大神オンカミの眠りし地、か。なるほど。そう呼ばれるに相応しい場所のようだ。
兄貴、ここなのか？ここにマスターキーが━━
Ч
ぐッ……
何だ、この頭痛は……？
仮面アクルカの共鳴？まさか、こんな所に他の仮面の者アクルトゥルカが……
いや、共鳴とは何か違う……
顔を上げ、もう一度、目の前に広がる巨大な社やしろを見つめる。
呼んでいる……？誰だ……自分を呼ぶのは……
オシュトル様……
━━ッЧ
その呼び声にハッと我に返る。
どうかしたの？何だか、心ここにあらずって感じだったけど。
一方、何も感じなかったのかクオンは不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
あ、ああ……すまん。旅の疲れが出たのやもしれぬ。
何だか顔色も優れないし、少し休んだ方がいいかも……
でしたら、少しお待ち下さい。
今、休める所を━━
いや、大丈夫だ。
心配げに見つめるクオンやフミルィルに微笑みかける。
まるで気のせいだったかのように、いつの間にか、頭の痛みは消えてなくなっていた。
ですが……
もし具合が悪いのでしたら、しばらく休んでいかれますか？
いや、大事ない。ここまで来たのだ、時間を無駄にするわけにはいかぬ。
そうですか。ですが、あまり無理は為さらないで下さい。
……ウルトリィ様？
求めるモノがここにあるというのなら、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
そうだろ？なぁ、兄貴━━
֖
֖
足を踏み入れるなり、双子たちがその場で立ち止まった。
索敵。
反応無し……問題ないと思われます。
二人でぐるりと石造りの広間を見回す。自分も双子に同意して頷いた。
この厳かな感じ……空気がキンと張り詰めているような……
静かすぎて耳が痛いほどだ。
さらに進むと、その先に何か祭壇らしきものが目に入った。
玉座……いや、祭壇か？
ゆっくりと近づき、台座を覆う幕の下を確かめる。
やはりな……
隠されるように通路があり、更に奥へと続いていた。
知らなかった。こんなところに道があるなんて……
この先へ……か。
ウルトリィはこちらに振り返り、優雅に頭を垂れた。
とある御方おかたがお待ちしています。
とある御方おかた？
はい。貴方をお招きになった方が。
招いた？誰かが某それがしを招いたと……
………
そろそろ話してくれてもよい頃合いだと思うが。
ウルお母様……
ウルトリィは黙して語らない。しばし、無言の刻が流れた。
まだ語れぬと言うことか……おそらくは、その人物の存在そのものを口に出来ぬ事情があるのだろう。
やがて、ウルトリィは何も言わぬまま、奥へと歩き出した。
あっ……
とっさに止めようとしたクオンが立ち止まり、こちらを伺う。
…………
今更、引き返すことなど出来ようはずがない。
御心のままに。
私達が先導します。側から離れないようにして下さい。
いつまで続くんだ、この回廊は？
今にも闇に溶け込もうとしているウルトリィの背を付かず離れず追い掛ける。
随分と歩いたというのに、回廊はなだらかに降りながら、まだ奥へと続いている。
一見聖廟せいびょうと同じだが、何か異質で、おどろおどろしい感じがする……
この石柱の模様は楔形文字か……いや、何かが違う。
何処かで見たことがある。どこだ……
大丈夫ですか？
大丈夫、少し気分が優れないだけ。ずっと狭いところを歩いているから……
と、ウルトリィが足を止め、こちらを振り返り、背後にある物を示した。
暗く遠目には見えなかったが、近づくと一見壁のように見えたそこには巨大な扉が立ち塞がっていた。
やはりそうか。
ここが帝都の地下に似ているのは偶然ではないようだな……
双子を退かせて一歩踏み出した。右の掌が、無意識にそっと扉に触れる。すると━━
巨大な扉がゆっくりと開いていく。
………………
どうか、この先に貴方が求める答えがあらんことを。
この先に……
仮面アクルカが……
頭の芯に、疼くような痛みが走る。
誰かが、呼んでいる……

Ϳ

֠
֪
֪

それは圧倒的な光景だった。
この地上にかつて繁栄を誇った『人類』達……その築いた文明。
回廊を抜けた先には記憶の中にかすかに残るその光景が、遺跡となって目の前に広がっていた。
現存するヤマトの遺跡の多くは元が研究施設や避難所のせいか、無駄を削ぎ、隙間なく高度な技術を押し込めたような雰囲気があった。
聖廟せいびょうも普段から人目に付くところや私的な空間は趣味的というか華美なのだが、中が朽ちていないだけで他の遺跡と同じだ。
しかし、ここは過去をそのまま切り取り、まるで硝子の箱に保存したような雰囲気だ。
ヒトの気配もなく、水晶の結晶を削りだしたかのような建物が粛然と並ぶ様はまさに墓標、死者の國と言われても信じてしまうだろう。
そこに留まっているだけで魂を抜き取られてしまいそうな不安に駆られてしまう。
この辺りは太古の時代に眠りについたまま……以来、誰の手にも触れられていません。
大いなる父オンヴィタイカヤンの偉大な足跡そくせきの一端が、当時のままの状態で遺されているのです。
誰の手にも触れられていない……か。
確かに、外観こそ丸ごと残ってはいるが、動力が感じられない。
利用する者がおらず、機能もしていない都市など、もはや死んだも同然。
人類は……本当に滅んでしまったのだな……
すでに理解してはいるのだが、それでもウルトリィの言葉に一抹の寂しさを覚える。
地下深くにこのような物が眠っているとは、地上の参拝者は知らぬのだろうな。
ヤマトの帝都と同じ、ということか。
クオンは、ここにこのような遺跡があったのは知っていたのか？
………
クオン？
え？あ……何かな？
何だ、心ここにあらずという感じだが。こんな遺跡を前にして興味を示さないなんて、クオンらしくもない……
クオンの様子がおかしいと思いつつも遺跡の中を歩いて行くと、突然裾を掴まれ、ガクンと立ち止まってしまった。
後ろを見ると、双子達が服の裾を掴んで引き留めていた。
どうした、二人とも。
注意。
あの柱の影にいます。
双子が指さす先、柱の影へと目を凝らす。そこには……
む……ッ。
タタリか！こんな場所にまで、いや、こんな場所だから……
……大きくはないが、数が多いか。少々厄介だな。
懐の鉄扇に手をやろうとした時、ウルトリィが、そっと手を添そえてくる。
どうか武器をお収め下さい。
ここは聖域。彼等が襲いかかってくるようなことはありません。
しかし……
言われてみれば、こちらを窺うかがってるだけで、襲いかかってくる気配はない。
だが、警戒しないわけには……
……ん？
タタリを前に戦うべきか逡巡していると、聞き覚えのある歌が聞こえてくる。
この唄……
まぁ……綺麗な唄……
双子が声を合わせ歌を紡いでいく。
するといつしか柱の影から発せられていた気配は退くように消え去った。
行った、か？
優しい唄ですね。あの方達の安らぎが伝わってきました。
どういう事だ？以前は、こんな容易たやすく逃げたりは……
浄化されている。
この場所は浄められている為、タタリも荒ぶることなく大人しいようです。
そう……なのか？
はい。ですので、ここであの方達が襲ってくることはありません。どうか御安心下さい。
さぁ、こちらへ。
ウルトリィに導かれ奥へと進むにつれ、周囲の闇はさらに深まっていく。
何だ……この感じは。
だんだんと空気が重苦しくなってゆく……
…………
表情豊かとは言い難いあの双子達ですら、どこか息苦しそうだ。
さっきまでの冷たく透き通った空気が、濁り、生温かく……禍々しいものへと変わっている。
ここはトゥスクルにとって聖地であるはずだ。それが何故……
見えてまいりました。ここが……目的地です。
突然、視界が拓ひらけた。
地下とは思えない広い空間……そこには、巨大な円形の窪くぼみが穿うがたれていた。
これは……
デカイ、ちょっとした集落の一つくらいは、すっぽりと収まってしまうぞ。
まるでクレーター……いや、自然に出来た物ではないな。にしては色々と不自然な所がある。
あちらを。
恐らく、あそこに主あるじ様の求める物があります。
双子達の視線の先には窪くぼみの中央部に向けて、石の門が延々と並んでおり、さながら参道のようになっている。
…………うそ。
クーちゃん？
これって封印痕……？でも、こんな巨大な……
じゃあ……まさか……ここって……
でも、あれはただの……おとぎ話って……
ッЦ
クオン！
止める間もなく、クオンは穴の底へと駆け下りていく。
クオンを追い掛けようと駆けだしたがふと振り返ると、ウルトリィだけが動かず、じっとそこに立ち尽くしていた。
『━━よろしいのですね？』
Ч
何だ、今のは？頭の中に直接、声が━━
見回すが、他の者が今の声に気づいた様子はない。
聞こえたのは自分だけか……しかし、この声……
ウルトリィに振り返る。
ウルトリィ殿か？
『……はい。』
『この先に貴方が求める物があるでしょう。ですが、この先へ進めば……すべての希望が打ち砕かれるもしれません。』
『それでも、貴方は前へ進むおつもりですか？』
どういう意味だ？
『………………』
ウルトリィを見つめ返すが、じっとこちらを見つめるウルトリィの視線からは、何の感情も読取れない。
にも関わらず、心の奥底まで見透かされたように背筋をつうっと冷たいものが流れた。
すべての希望が打ち砕かれる、か━━
それは以前、ホノカさんから問われたものと同じ問い。
ならば……
構わん。何も知らず後悔するより、全てを知って絶望する道を選ぶ。
最早、逃げるわけにはいかない。
『そうですか。差し出がましいことを申しました。お許し下さい。』
ウルトリィ殿は一緒には来ないのか？
『はい……私わたくしはここで。』
『ここからは、あの社やしろにおわす御方が、貴方を導いて下さいます。』
まさか、賢大僧正オルヤンクルであるウルトリィ殿より高位の方がいらっしゃるのか？
『はい。貴方の望む全てを……知る御方が……』
『それが貴方の安らぎになる事を願っております。』
『どうか、貴方様に……祝福があらんことを。』
ウルトリィに見送られ、走り出したクオンを追い掛ける。
ようやく追いついた時には、クオンは窪くぼみの底で無言で立ち尽くしていた。
………………
クオンの見つめる先には、厳かな雰囲気を漂わせた建物があった。
ここにも社やしろが？
大きな社やしろの下に別の社やしろがあるとは、妙な感じだな。
いや、それ以前に……
また浄化されている。
空気が澄み切っています。
……そうだ。
先程まで感じていた、あの禍々しい気配がまたしなくなった。
それ所か最初の頃に感じた、いやそれより遙かに澄み切った感じがする。
む？
明かりが……
不意に明かりが灯ったかと思うと、音もなく扉が開いていく。
そして奥から、澄んだ鈴の音と共に何者かがしずしずと歩いて来た。
それは、清楚な装束を身に纏まとった一人の可憐な女性だった。
……えっ？
ようこそいらっしゃいました。
貴方は……？
はい、ここの管理を任されている者で、エルルゥと申します。
エルルゥさま……どうして……
お初にお目にかかる。某それがしはオシュトルと申す者。
存じております。あなたの真の名も。ここへいらした目的も……
この地へは、資格ある者しか入ることを許されませんから。
資格……？
そう問いかけようとした時だった。
あ……ぁ……
不意にクオンが、ふらつくような足取りで前へ出る。
……クオン？
どうして……
どうして……此処ここに……
大きく……なりましたね、クオン。
母ははさまっ！
クオンはそう叫ぶとそのまま目の前の女性に飛びついた。
母ははさま……母ははさまッ……
ふふっ、こんなに大きくなったのに、まだ甘えん坊なのね……
だって……だって……母ははさま…急にいなくなって……
エルルゥと名乗った女性の胸の中で、クオンは子供のようにボロボロ泣いている。
エルルゥはクオンの躰を抱きしめ、頭をなでた。
ごめんね。本当に……心配をかけちゃって……
母ははさま……クオンは……薬師くすし……なったよ……
母ははさまと同じ……立派な薬師くすしに……なるんだって……
いっぱい……がんばって……
クーちゃん……
えらいわね、がんばったのね、クオン……
うん……うん……
クオンのことは、便りで知らされてた。嬉しいことも、悲しいことも、頑張っていたことも、失敗して落ち込んだことも。
こうして抱きしめてあげたかった。頭を撫でて褒めてあげたかった。
あなたは私の、自慢の娘なんだって……
なら、どうして……
どうしていなくなったの……
だれも知らないって……教えてくれなかった……
いっぱいさがしたけど……何処どこにもいなかった……
クオンだけ……ないしょにされて……
うっ……うぅっ……
ごめんね……
その問いへの答えはなく、彼女はただ強くクオンを抱きしめた。
ほんとうに……ごめんね……
母ははさま……
母ははさまぁ……
どれだけ時間が経っただろうか。
ようやく顔を上げたクオンは、ぐしぐしと拳で眼をこする。
ふふっ……もう大丈夫？
……うん。
涙は止まったようだが、エルルゥの袖をぎゅっと握りしめたまま離そうとしない。
それはまるで、彼女が消えてしまうのを恐れているようだった。
あの気丈なクオンが、幼い子供のように……
大丈夫……もういなくなったりしないから。だから今は、貴女が連れて来てくれた方への御役目を果たさないと。
でも……
大丈夫だから、ね？
縋すがるように見上げるクオンにそう諭すと、エルルゥはこちらに向き直った。
お待たせしました。どうぞ、お入り下さい。あの方が━━この社やしろの主あるじがお待ちです。
待っている？
賢大僧正オルヤンクルが言っていた全てを知る者とは、この人ではないということか。
ڈ
ڈ
お連れしました。
ご苦労であった。
今の声は……？
エルルゥに案内されたのは板張りの広い部屋だった。
見ると部屋の奥には帷とばりが降ろされ、その向こうには座した人影がうっすらと見えた。
あそこに誰か居る……？
よく来た。うたわれるものよ。
Ц
うたわれるもの？何の事だ？いや、それよりもこの声は一体……
そこに何者かがいるはずなのにまるで気配を感じなかった。なのに、声自体は不思議と躰の奥まで響き渡り、心を捉えて離さない。
何なのだ、この感覚は……
あそこに居るのは、本当に人なのか？
一瞬、大神オンカミという言葉が頭に浮かぶ。
いや、まさか。そんなはずはない……
大神オンカミなんてもんがこの世に存在するなんて……
さて、オシュトル……いや、ここではやはりハクと呼んだ方が良いか？
………
今、微かに笑った？すでにこちらの正体を知っていたというのか。
大いなる父オンヴィタイカヤンと呼ばれし者達に、安らぎを与える術すべを求めて来たのだろう。
其方そなたの苦しみ、理解は出来る……
だが、それだけなのだ。
なッ……
その願いは夢幻まぼろし……この世にそれを叶えられる者は存在しない。
Ч
彼等を、あの煉獄より解放することはできぬ。絶対にできぬからこそ『永久に迷いし者』なのだ。
其方そなたに『鍵』を与え、太古の遺物を全て曝いたところで絶望がより深まるだけであろう。
こちらとしても、其方そなたに苦しみを与える事を望んでいるのでは無い。
意味のない事にはする価値がない……そうは思わないか、ハクよ。
ウルトリィの言っていた『全ての希望が打ち砕かれるかもしれない』とは、このことだったのか……
自分はまだいい……覚悟はしていた。でも、それを最期の望みとして託した兄貴にはとても聞かせられるもんじゃない。それに……
貴方の語る結末は自らが見て確かめたわけではない。
ム……
今は方法がわからずとも、この先もずっとわからぬままとは限るまい。
たとえどれだけ長い年月がかかろうと、探し、求め続ければ、いつかはそこに辿り着けるはずだ。
ならば、足掻き続ける……それが人間ってもんだ。
部屋の中が静まりかえる。すでに見捨てられたかと思い、立ち上がって帷とばりの奥を確かめようとしたとき、再び声がした。
……やはり、汝なんじは他の者とは違う。だからこそ、我は汝なんじをここに呼んだ。
では、某それがしを呼んでいたのは貴方だったのか？
其方そなたはまず知る必要がある。
其方そなたも知らぬ『ニンゲン』の真実を。
真実……？
遙か昔いにしえの時代、この地上に繁栄を誇った種族。神にも届くかと思われたその叡智えいちは、様々なモノを作り出した。
それはまさに神のような振る舞いであった。彼等にできないことなど、何もないとすら思えた。
そして……やがて、彼等の神なる業わざは道具だけではなく、生き物にさえ及およんだ。
枯れた土地でも根づき、たくさんの甘い実をつける樹々━━
おとなしく従順で、よく繁殖し、肥え太る家畜━━
そしてついには、彼等の手脚となって働く者達━━『ヒト』までも造り出した。
それ故ゆえに、彼等は今なおこう呼ばれている。
大いなる父オンヴィタイカヤン……か。
そうだ。だが、彼等はしょせん神ではなかった。神ならぬ身で神のごとく振る舞った代償は、あまりに大きかった。
自然の摂理をねじ曲げるほどの力は、その反動として様々な毒素を生み出した。
大地が、空が、海が、毒によって汚けがされ、彼等は次第に住処を失っていく。
快適な環境にすっかり慣れきっていた躰は、その毒に耐えることはできなかった。
彼等は日に日に衰弱してゆく自らの躰を嘆き、強い肉体を欲した。
しかし皮肉にも、いくら研究を重ねてもその願いだけは叶うことはなかった。
まるで、この世界そのものが、彼等を滅ぼそうとしているかのように━━
焦るあまり、次第に彼等は禁断の業わざに手を染めるようになっていく。
そして、運命の日━━
彼等は、ついにある者を呼び覚ました。いや、生み出したと言ってもよい。
自らの願いを叶えてくれる存在を。それが……
大神オンカミ……解放者ウィツァルネミテア。
クオン……？
ڈ
ウィツァルネミテア……願いを聞くことを喜びとし、望めばその全てを叶えてくれるという神━━でも……
破滅へと導く禍日神ヌグィソムカミ。
願いを叶えた代償に大いなる父オンヴィタイカヤンを喰らい、桃源郷を破壊し、ヒト達をそこから追い出した存在とも言われています。
そう……だね、その願いの大きさに見合った代償が必ず伴う。伝承にはそう記されているかな。
故ゆえにその存在は、あるところでは『神』として祀られ、別のあるところでは『禍』として忌み恐れられた━━
人の願いを叶える代わりに、その魂を奪う……
そんな御伽噺おとぎばなしのような存在が本当にいたのか？
だが、それは真実だ。
声はこちらの心の内を見透かしたかのように言葉を継いだ。
全てを失うかもしれない……にも関わらず
大いなる父オンヴィタイカヤン達は願った。願うしかなかった。
それほどまでに彼等は追い詰められていたのだ。
そしてウィツァルネミテアと呼ばれるその存在は彼らの願いに応えた。強い躰を。いつまでも老いることのない、不死の肉体を。
無論、代償は伴った……取り返しの付かない代償が。
その、代償とは━━
『姿』と……『知性』
Ц
『姿』を無くした事でその躰は形をとどめる事が出来ず、『知性』を失った事でただ本能のままに喰らうだけの存在となった。
その日を境に、この地上に繁栄を誇っていた彼等は、一人残らずあの醜い肉塊へ成り下がった……
もはやあれは、生物という概念からも外れてしまった存在。
元の姿に戻ることもできず、かといって死ぬこともできず━━未来永劫、地の底を這い廻り続ける。
それがあのタタリ……大いなる父オンヴィタイカヤン達の成れの果てだ。
本当なのですか？
本当。
わたし達が知る事実と変わりません。
では……私わたくし達は知らないうちに何度も大いなる父オンヴィタイカヤンに遭っていたんですね……
しかし、解放者ウィツァルネミテアにもう一度願い出てみればどうなる？
ニンゲンをあのような姿にしてしまう力があるなら、元に戻す力も……
解放者ウィツァルネミテアは『不死の躰を手に入れたい』という願いに応えて、大いなる父オンヴィタイカヤンをあの姿に変えたのだ。
この地上のタタリ全てを大いなる父オンヴィタイカヤンに戻すなど、いったい何を代償として求められる事になるか……
……結局、ますます取り返しのつかない事になるかな。
確かにそうかも知れぬ……随分と悪意のある願いの叶え方だからな。
それに、お願いしたくても今は無理だと思う。
そうなのか？
解放者ウィツァルネミテアは今は封じられ、深い眠りについてるから……
クオン？
何故だろう。クオンの視線がここではないどこかを見つめているような気がする……
しかし、解放者……ウィツァルネミテアか。正直そんな超常的な存在、未だに信じがたいものがある。
だが、神話や伝承には必ず元となった現実の事象があったはずだ。
それはまだ解明出来ていないだけで、研究を続ける事でいずれ判るかもしれない。
その為にもやはりマスターキーは必要……
すると、それまで黙っていたエルルゥが部屋の片隅に設えられた祭壇のような場所へ、静かに歩み寄る。
……良いのか。
ええ。
声の問い掛けにエルルゥは小さく、しかしはっきりと肯定した。
では全てを任せよう。
ありがとうございます。
エルルゥは深々と帷とばりの方に頭を下げると、祭壇に手をやった。
……あれは！
そこには三方に乗せられた、金属製の輪のようなモノが飾られていた。
エルルゥはそれを厳かに押し戴き、こちらに戻ってくると、スッと差し出した。
Чこれは！
貴方には、必要なモノなのでしょう？
そう言って、エルルゥは淋しげに微笑んだ。
まさしく、マスターキー！
しかし、これは貴方がたにとっても大事な……
クオンも割り込んでくるようにエルルゥに言った。
それに母ははさま……それには大切な人との思い出がたくさん詰まってるって……
いいのですよ、クオン。思い出は常にこの胸にあります。
それにこれは言わば太古よりの預かり物……この方にお渡しする為に私達は代々、受け継いできたのです。
母ははさま……
ڈ

お待ち下さい。
？
もう一方ひとかた、お連れして参りました。
オシュトル様と同じく、古いにしえより定められた……『鍵』を受け継ぐ資質を持つ御方です。
何？
振り返ると、上で待っていたはずのウルトリィが静かに社やしろに入ってくる。
その背後に、数人の冠童ヤタナワラベを引き連れた男の姿があった。
フフッ……
どういうことだ、これは……
これはこれは。皆みなさん、お揃いですね。
どこかで見覚えがある……
余りの外見の違いに、誰であるかの判断が一瞬遅れたが、顔とその物言いから一人の男の名が浮かぶ。
お前は……ウォシスЧ何故こんな所に……いや、そもそも今までどこにいたのだ？
訝いぶかしむようなこちらの視線を、ウォシスは涼しげに受け止めた。
………
一方、双子もウォシスを警戒して身構える。
そんな彼女達を諭すようにウルトリィは言った。
お静かに……ここは神聖な場所です。この場所で血を流すことは、何人なんぴとたりとも罷まかりなりません。
判ってる。でも、このヒトは……
ここは従おう。かつては敵であったかも知れぬが、こちらには既に戦う理由はない。それは彼等とて同じはず。
それに彼等もここの異様さには気付いているだろう。いきなり斬りかかってくる程、愚かではあるまい。
そう言って、ちらりと背後の帷とばりを窺うかがった。
本能的に何となく判る……あの向こうにいる奴の機嫌を損ねるのは多分命に関わってくる……
御心のままに。
二人は大人しく構えを解く。それを見届けて、改めてウォシスに向き直った。
お久しぶりですね、オシュトル殿……と呼ぶべきでしょうか？
ウォシスは妖艶な笑みを浮かべ、こちらを静かに見つめる。
……今の口ぶり、こちらのことを全て判っているということか？
ありえなくもない話だ。この場に居合わせている時点で可能性は否定できない。
それによく見てみれば、着ている服はヤマトのそれではなく、時代を数十年は先取りしたかのような洗練された装いだ。
それにウォシス自身の雰囲気も以前とは些いささか違っているように見えた。
ウォシス殿……このような所で出会うとは面妖だな。一体、何故ここに？
少しばかり事情がありましてね。表に出られぬ身だったのです。
実を言うと、私も貴方と似たような役目を負って、ここに参ったのですよ。
役目？
ええ……先の帝ミカドからの、と申し上げれば何となく察しが付くのではないかと思いますが？
まさか、ウォシス、お前もなのか？
ウォシスは答えない。だが、その態度には確信のような物が見え隠れしていた。
ウォシスもマスターキー探索の任を与えられていた？ライコウに付いていたのもそれと関係していたのか？
どうなっている？兄貴はそんなこと一言も……
振り返ると、ウルゥルとサラァナがフルフルと首を横に振る。
この二人も聞かされていないようだな。
ウォシスの心の内を探ろうと、じっと見つめる。
ウォシスの物腰は柔らかく、その笑顔からこちらに対する敵意は読み取れない。だが、何か違和感がある。
そういえば、八柱将の中でもこの男の事は余りよく知らない。他の連中と違い、目立った動きがなかったというか……
文官で、八柱将の仲介役とか折衝役のような存在だったと思うが。
だが何故だ？この嫌な雰囲気は……
こちらの途惑いを意に介した様子もなく、ウォシスは帷とばりの方へ向き直り恭うやうやしく頭を下げた。
突然の来訪、どうかご容赦下さい、オンカミヤムカイの主よ。私はウォシスと申す者。さる目的でここまでやって参りました。
目的は……聞くまでもないか。
ハイ、『鍵』を……『マスターキー』を受け取りに参りました。
やはり、目的はマスターキーか。しかも、この時代に生きる人には、それがどんな物かどころか名前さえ知らないはずだ。
それを知ってるって事は、兄貴の密命で……
ならば、全てが繋がる。ここに来たことや、自分のことを知っていることも。
しばし、黙考していたかのような帷とばりの主は、あのどこからとも知れない声を響かせた。
『鍵』は、欲する者に須すべからく与えられる物ではない。その資格ある者のみが持つ事を許される。
汝なんじにその資格はあるか？
その問い掛けにウォシスは優雅に微笑み、己の胸に手を当ててハッキリと答えた。
ええ、もちろん。
そして、当然の事のようにその理由を明らかにした。
何故なら、この私こそが、大いなる父オンヴィタイカヤンの後継者なのですから。
何ッЧ
まさか、そんなЧ
大いなる父オンヴィタイカヤン……太古の人間の生き残りが、自分や兄貴以外にもいたというのかЧ
ウォシスの思わぬ答えに目を見張る。
このことを兄貴は知っていたのか？いや、知らない方がおかしい。
だが、兄貴のことだ。言わなかったということは、何か理由があるに違いない。
こちらの戸惑う様子を見て、ウォシスは優越感に満ちた態度で言った。
フフ、その顔……どうやら信じられないといった感じですね。
では、大いなる父オンヴィタイカヤンの証として、私の知っている事をお話ししましょう。
『真人計画』━━あるいは『アイスマン計画』と呼ばれる計画を。
まさか、その言葉まで……じゃあ、こいつはやはり……
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ڈ
ڈ
ڈ
ڈ

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息詰まる静寂の中、皆みなの視線がウォシスに注がれる。
さて、どこからお話しましょうか……そうですね、やはり事の始まりからがいいでしょうか？
かつてこの世界の全てを支配し繁栄を謳歌していた存在、大いなる父オンヴィタイカヤン……
彼等は全てを望み、全てを得ましたが、しかしたった一つ手に入らない物がありました。
そう、それは寿命です。その行き過ぎた文明は、種としての寿命も奪い取っていたのです。
いずれ来る滅びが現実の物と知った彼等は、自らを不完全な種と断定しました。完全ではないから滅ぶのだと。
そして彼等は思いついたのです。完全でないならば、完全な種になればよいと。何と傲慢なのでしょう。
しかし、その傲慢さ、強欲さこそ彼等の力……彼等はより完成された種へと進化するため、様々な試みを行いました。それが……
真人計画……
はい、それこそが真なる人への進化。そして全ての始まり━━
ですが、その計画は程なく暗礁あんしょうに乗り上げました。
彼等の技術をもってしても、『真人』を生み出すことは出来なかったのです。
それどころか、その神の如き振る舞いに天罰が下ったのか、様々な災厄が彼等を襲い、追い詰めていきました。
最早、座して死を待つばかりとなった時、彼等は見つけたのです。いいえ、見つけてしまったと言うべきかもしれませんが。
それは、神に見捨てられた者達への、悪魔の囁きのような物でした。
地の奥深くで、氷漬けになりながらも眠り続けていた一人の男━━
そう、それこそ後に『アイスマン』と名付けられた存在だったのです。
『アイスマン』……か。
？
……さて、氷壁の中で悠久の時を生き永らえてきた彼に、真人計画の研究者達は一縷いちるの望みを託しました。
確信があった訳でもありません。その卓越した生命力に少しでも手がかりを得られれば、その程度のものでした。
ですが、結論から言えば、アイスマンに秘められた力は、ただ寿命を延ばすだけではなかったのです。
彼等の想像を遥かに上回る、そう、言わば人類の手に余る未知なる力。
しかし、彼等はアイスマンを中核とし、名もアイスマン計画へと変え、突き進んでいったのです。
まぁ、データをそっちへ送る。見てみればいい。
男
『ほう、何か面白いものでも見つけたのか？』
『これは……』
これはもう真人計画しんじんけいかくとは別物だよな……
そして、そこから生み出されたのが人じゃないヒト……
アレが、全てを狂わせた……
大いなる前進、彼等は狂喜しました。自分達が目覚めさせたモノの正体を知らずに……
そして禁断の技に酔いしれた後、彼等はたった一夜にして姿を消すこととなります。
………………
さて、ここから先は語る必要はないでしょう。恐らく、ここにおられる方々もおおよそ知っているでしょうから。
これが、証となりませんか？
ウォシスは、帷とばりの奥に柔らかく微笑みかける。
口を開く者は誰もいない。静寂が周囲を支配していた。
そんな仲間達の途惑いを余所に、帷とばりの奥から声が響いた。
……よかろう、汝も資格を得た者とする。
ならば双方に問う。マスターキーを得て、何をする。
帷とばりの向こうの様子はまるで窺うかがえない。しかし、体を大きな手で握り締められ睨まれているような錯覚があった。
何をする……か。
『余よは……同胞達を救いたかった……』
『全てを統べる鍵……』
『これがあれば、今では遺跡となっている施設を起動させることも可能。』
『この鍵を手にしたら……あるいは同胞を救うことが出来るやもしれぬ。』
そうだ。だが、それだけじゃ無い。自分の願いでもある。
答えは如何に。
……同胞に安らぎを、彼等を解放してやりたい。
某それがしがここに……この世界に目覚めたのには、意味があるはず。己に課した最後の役目を果たしたい。
未知への探求を。
涼しげに応えるウォシスの横顔を見つめると、微笑んで見つめ返してきた。
では、ウォシスに問う。一体何を知りたい。
全てを。
それを知って何とする。
もちろん私もオシュトル殿と同様、かつての同胞には安息を与えたいと考えていますよ。
それは、遺産を受け継ぐ者として、当然の義務でしょう。
ですが、あくまで義務。全てを知ろうとする心、無限の好奇心、それこそが人の本質です……理屈ではありません。
だが、それ故に彼等は滅んだ。知識を満たすため、触れてはならぬモノにまで触れてしまった……
それでもなお、叡智えいちを欲するか。
………
その言葉にウォシスは俯うつむき沈黙する。
一瞬、答えに困ったかと思ったが、ウォシスは声を漏らし肩を震わせ始めた。
クク……クククク……
……笑っている？
ようやく笑いを堪え、顔を上げたウォシスは帷とばりの奥へ冷たい笑みを向けた。
さすが、貴方が言うと重みが違いますね……アイスマン。
いえ、それとも……大神オンカミウィツァルネミテアと、お呼びした方がよろしいですか。
Ц
なん……だと……
ウォシスの言葉に、ギョッとしたように帷とばりの奥を見つめる。
さて、やはり答えるべきでしょうか？
私は人間だと。それでも私は彼等、大いなる父オンヴィタイカヤンを称える。それでこそ人間であると。
そうであったからこそ、新たなるヒトが生まれ、こうして今、地に満ちているのだと。
ウォシス……お前……
……お喋りが過ぎてしまいました。
しかし、これでお判りでしょう？マスターキーを持つのは、私こそが相応ふさわしい。
そう……人類の後継者として、帝ミカドの遺産を……人類の秘宝を継承する者である私こそが。
帝ミカドの遺産？まさか兄貴が自分に譲ると言っていたモノのことか？
帝ミカドは偉大な御方おかたですが、一つだけ大きな過ちを犯した！
柔和だったウォシスの顔つきが、憤怒の形相へと変わっていた。
それは、後継者にこの私では無く、貴様を選んだことだ！オシュトル━━いや、ハクЦ
あの方は、昔から詰めが甘い。現人神などと奉たてまつられたところで、所詮しょせんは一人の人間……
聞き捨てならない。
その言葉、帝ミカドと主あるじ様への侮辱と判断します。
双子達は、今にもウォシスに飛び掛かりそうな姿勢を取る。
一方、ウォシスの冠童ヤタナワラベ達も主を護ろうと前へ出て身構えた。しかし……
突然、双方の間に光が走ったかと思うと、双子達も冠童ヤタナワラベ達も弾かれたように蹌踉よろめいた。
今のは一体……
お静かに。ここは神聖な場所。先ほども言ったはずです、この場で争うことは罷まかりなりません。
例えそれが、大いなる父オンヴィタイカヤンであってもです。
もし、どうしてもと言うのであれば、私わたくしがお相手しなければならなくなります。
悲しげにそう言って、ウルトリィは一歩前に出る。
そのただならぬ威圧感に、誰一人、その場を動くことは出来なかった。
そんなウルトリィの姿にウォシスは苦笑する。
もとより、ムツミに連なる者と事を構えるつもりはありません……
しかし、大人しく帰るつもりもないのだろう？
否定はしませんよ。
こちらとしても、マスターキーをみすみす渡す訳にはいかぬ。
そうだよ。貴方に、母ははさまの大切なマスターキーを、受け取る資格があるとは思えないかな！
ではどうしろと？
宜しい……ならば、場所を変えよ。
━━Ц宜しいのですか？
互いに譲れぬものがあるのなら、力を以もって示すが世の摂理。
それが我等の最大の譲歩だ。
……判りました。
……御心のままに。
いいでしょう。どのような形であれ、勝者がマスターキーを手に入れられるというなら。
ウォシスは見下したような笑みでこちらを見つめた。
ウォシス……
嫌な予感がする……
これまで感じた事のない得体の知れなさ。この男にマスターキーを渡す訳にはいかない。
では、こちらへおいで下さい。
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ッ……
目の前の扉が開き、視界が開ける。
戦いの場としてウルトリィに指し示されたのは、社やしろの前の広場だった。
フッ……どうやら、おあつらえ向きな場所のようですね。
ここなら結界も張ってありますし、周りにも被害が出ないでしょう。
我等は手出しをせぬ。これは汝等自身の行く末を決める闘争なのだ。
声だけ？どこから見ているんだ？
それはまるで、何処でも見通せると思わせる声だった。
……さて、お許しが出たようですよ？本気でやるおつもりですか？
当然だ。マスターキーは渡さぬ。
渡さないも何も、マスターキーは元々貴方の物でも無いと思いますが？
それを言うなら貴様の物でもあるまい……
フフ、果たしてそうでしょうか？
あの余裕……相当自信があると見える。やはりただの文官ではないな。それに冠童ヤタナワラベ達も見かけ通りではないはず……
そうでなくとも、こっちは数の上では不利だし、近接で戦うには向いてない。おまけに策を弄する暇もありゃしない。
だが、やらなければマスターキーはウォシスのものになってしまう。どうやって戦う？
母ははさま！母ははさま達は力を貸してはくれないのですか？
クオン、貴方があの方を助けたいというなら、それは貴方が決めた事……私は何も言いません。
あれはあくまでも預かりしもの……決めるのはあの方々なのです。
でも……
大丈夫、貴方が信じた御方でしょう。
それに……そろそろ着く頃ですから。
え……？
おやおや、どうしたのですか？先ほどから顔色が優れないようですが。
社やしろの方々が貴方の味方をするようなら少々厄介だったのですが、その心配はないようですね。
………
来ませんか？では、遠慮なく。
さあ、行きなさい、お前達Ц
冠童達
「「ハイ！」」
来ます！どうかお気をつけください。
護る。
命に代えても、主あるじ様をお守りします。
チッ！このままやり合うしかないのかЦ
そのような情けない姿を見に来たのではないぞ、オシュトル！
何？
……何事です？
この声は、まさか……
ククク……来て早々、なかなか愉快な事になっているようだな……
あ、貴方は……
まさか……いえ、やはり死に損なっていましたか。
待たせたなっЦ
ミカヅチЦ
ミカヅチだけではないのじゃ。
兄あにさま！
うひひ、ウチらもおるぇ。
遅くなりました……
やれやれ、出かけるなら一言くらい声を掛けてくれてもいいじゃない。
そうだぞ、おしゅー。
水くさいぞ。
全く、余計な仕事を増やさないで欲しいですね。
兄上！御無事ですかЧ
お前達……
オシュトルよ、こんな所で勝手に何をしておる！余よはそのような事許した覚えはないぞЦ
理由を聞いても、ミカヅチは答えぬ。ただ、其方そなたの身に危険が迫っていると繰り返すだけじゃ。
余よに心配させるとは何事じゃ！
ヤマト総大将ともあろう貴公が、何の断りも無く帝都を離れるとは。後で詳しく理由を聞かせてもらうぞ。
いや、これはあくまで私事……ヤマトは勿論、そのような事に皆を巻き込むわけには……
ならば、國を取り戻すというのも余よの身勝手じゃ。其方そなたはそれに付き合ったであろう。
余よはその恩義をここで返すまで。オシュトルが進む道は余よにとっても無関係ではないのじゃ。
理由は判らないですが、兄あにさまを信じているです。
わ、わたしは、二度と誰かを……オシュトルさまを失うなんて嫌です。
そんな私情とか私事とか寂しいじゃない？今までもオシュトルの旦那だからこそ付いてきたんだ。
おおー、ついてきたんだぞー！
うんうん、それこそ私情というものだぞ。オシュトルともあろう者が知らなかったのか？
そうですよ、いつ如何なる時も、義兄弟の契りを忘れて貰っては困ります。
しかし……
ククッ……無駄だ。奴等は自らの意思でここに来ている。
奴等、貴様のこととなると、敵であった俺の言葉でさえあっさり信じるくらいだからな。
彼奴あやつもそうだったが、お前もいい奴等に恵まれたものよ。
まあ、だからこそ、こうしてここまで連れてきたわけだが……
ミカヅチ……感謝せねばならぬようだな。
しかし、お前はどうしてここに、いや、それ以前に今までどこにいた？
貴様の足元よ。
足元？
聖廟せいびょうの下……と言えば察しが付くか。
聖廟せいびょうの……まさか、お前を助けたのは━━
おっと、そこまでだ。
俺も行きがかり上、こうなっただけで、全てを理解出来ているわけではないがな……
そうだ、あの時……
帝都戦の最中、俺は勝手に開いた門を調べる為、大正門の地下へ向かった。
そこで俺は刺客に襲われ、深手を負ったまま転落し、水路の底に沈むこととなった。
もはやこれまでと思っていた……
だが、目覚めると、そこはまだ地獄ディネボクシリではなく、水に満たされた透明な棺の中……
そして……あの御方の声が……頭の中に響いたのだ。
オシュトルよ、俺は貴様のよく知る、あの御方の依頼で、ここに来た。
重大な危機が迫っているので、助けてやってくれとな。
兄貴からの使者が、二組か……
その言葉……信じてよいのか？
同行した貴様の仲間達だけではなく、かつてのトゥスクル使節団も我が言葉を信じ、案内を務めてくれた。
なるほど、上陸した後は、アルルゥとカミュが手引きを……皆とは顔見知りだしな。
俺を信じろとは言わぬ。貴様を案ずる者達を信じよ。
……確かに、そうであったな。
兄貴が使者としてミカヅチを遣わしたのは本当だろう。だとしたらウォシスは、兄貴の使者ではないことになる……
なあなあ、さっきから何を二人でこそこそ話してるん？
向こうはそろそろやる気やぇ。あれを倒せばええのけ？
俺に手傷を負わせ、兄者の戦いくさにケチを付けたのは、やはり貴様だったか……ウォシス。
あの方が……まさか、そんな……
死に損ないとの感動の再会は、その辺りでいいですか？そろそろ退屈してきた頃です。
今まで裏で糸を引いていたのが、まさか貴方だったとは思いもしませんでしたよ。
帝都の奥深くから腐ってたわけじゃない。
まったくじゃ。よくも今まで涼しい顔で、八柱将を名乗れたものじゃな。
その禍々しい気を、よくぞ隠し通したな。
ふふ、慣れれば何という事もありませんよ。
それより、貴方の方は宜しいのですか？治療ポッドに入っていたとはいえ病み上がりでしょうに。
確かにな……病み上がりの俺では仮面アクルカの力は十二分には引き出せぬ。だが、それが何の問題か？
本来の職分に戻る前の肩慣らしにはこれくらいで十分よ……
許しを乞うなら今のウチじゃぞ、ついに左右の近衛大将が揃ったのじゃからな。
それはオシュトルが求めている物。勝手に持ち出すことは余よが許さぬ！これは勅命じゃ！
なるほど、先の帝ミカドのご意志もありますしねぇ……わかりました、聖上の御命令とあらば仕方ありませんね。
丁重にお断りさせていただきます。
なっ━━
……貴方たちは自分たちこそが持つに相応ふさわしい者だと、何故なにゆえに主張されるのです。
少なくとも母ははさまの思い出を受け継ぐのは、母ははさまが託したいのは、貴方じゃないことだけは確かかな。
それが何だというんだЧ感傷になど興味はないЦ
斯様かようなものが入り込む余地など、まるで無いと何故なぜ気付かん！
貴様等とは違い、私は世界を前進させる意思がある！故に私こそが持つに相応しいのだЦ
その独善がこんな世界を招いたのだ！
その言葉、そっくりお返ししますよ。
……クオン、せっかく母と再会できたというのに、争いになってすまぬな。
いいの……それよりもあれは大事な物……あんなヒトに持っていかせる訳にはいかないんだから。
判っている。
ウォシス、どちらがマスターキーを手にする資格があるか……ここに示そうぞっ！
シャスリカ、リヴェルニ、ラヴィエ、シチーリヤ。
「「はい。」」
では、はっきりさせるとしましょう。あなた方の力とやらが、私よりも相応ふさわしいかどうかをね。
Ƞ

ホロロロ……
大丈夫……私がついてるから、ね？恐くない、こわくない……
あやや～、見かけよりもやるみたいやねぇ。
ご機嫌だねぇ。まぁ、ちょいと手強いってのはわかるがな……
ちょっと？ちょっとどころじゃないぞ！一体どうなっているんだ？さっきからおかしいぞ！
そうですね、この強さ、明らかに普通ではないですね。
あれだけの攻撃を受けて、平然としているなんておかしすぎるのです。
確かに……それに、こいつらのこの感じ、何か引っかかる。
フン……なるほどな。
ミカヅチ様？なにかお気付きになられたのですか？
やはりミカヅチ殿も察したか。
この手応え……ヒトのものではないな。無論、獣のそれでもない……
言われてみれば強いとは感じるけど、普通の強さとは質が違うかな。もっと歪いびつな……
いまいちよう判らんぞ。つまりどういう事じゃ？
恐らくは、人外の技かと。
まさかそれは……
繋がったわ。隙を突かれたとはいえ、この俺が地獄ディネボクシリに片足を突っ込むはずだ。
これは俺やオシュトル、ムネチカと同じ。仮面アクルカが与えし力に近い……
な、なんじゃとЧ
無論、本来の仮面アクルカには及びませぬが、これだけの数が相手では……
ウォシス、お前……
フフ、何を今更驚いているのです？
大いなる父オンヴィタイカヤンの真の後継を名乗る以上、このくらいは当然でしょう？
冠童達
「「…………」」
危険度上昇……
また仕掛けてきます。主あるじ様、気を付けてください。
ああ、皆みな、また来るぞっ！
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手応えはあった、しかし……
冠童
…………
くっ……やはり、まだ立つか。
あやや……トドメを刺したはずやのに、みんなピンピンしてるぇ。
ハッタリかと思っていたが、間違いないみたいだねぇ。まだまだ余裕って感じじゃない。
多分、傷を負わせても、傷ついた端から治っているからかな。
やはり、それも仮面アクルカの力と同じ……
私達の方が押しているはずなのに、追い詰められているのは私達なのでは━━？
小癪こしゃくな奴め、弄んでおるのか。
ならばこちらも力を……
仮面アクルカは駄目！
しかし、このままでは……
確かに。でも、まだやれるから。だから、仮面アクルカは……お願い。
クオン……
だが、どうする、オシュトル。こちらの体力は削られるばかり。それに俺も今は仮面アクルカが使えぬ。
このまま粘っても、そのうち力尽きて押し切られてしまうのです。
負けぬ！敵がどうあろうと、ここで負けるわけにはいかぬ！
………
不味いな。このままだと奴にマスターキーを……
ぬ……
なんだ？
ふふふ……特別に調整したこの子たちを仮面アクルカなしでここまで手こずらせるとは。
流石さすがは、右近衛大将、そして左近衛大将といったところですか。褒めて差し上げますよ。
思いの外、楽しい一時でしたが、そろそろお暇いとまさせていただきましょうか。
これだけの力を示したのです。帷とばりの奥の御方も、最早、異論はないでしょう？
何だと？勝負はまだ……っЦ
おや、判りませんか？そうでしょうね、現実とは誰にとっても認めがたい物ですから。
ですが、大勢は決しました。貴方がたが倒れ伏すのも時間の問題。誤差のようなものです。
ふふ、勘違いなさらないで欲しいのは、別に貴方がたに情けを掛けたわけではありませんよ？ただただ時間が惜しいだけです。
クッ……
ですから、約束通りこれは頂いて行きますよ。
Ч
いつのまにЦ
気付けばウォシスはエルルゥの隣りに立っていた。
ウォシスはスッとエルルゥの持つマスターキーに手を伸ばす。
良いのですか？
エルルゥは誰もいない背後に振り返り、微かに震える声で問うた。
しかし、応えはない。
ふふ、沈黙は肯定と見なします。
ウォシスはマスターキーをそっと掴み上げると、こちらに見せつけるように掲げた。
ま、待つのじゃ！貴様がそのマスターキーとやらで何をなす気かは知らぬ。
じゃが、どうせ良からぬ事じゃろう。余よに刃を向け、ヤマトの民に害をなす前に成敗してくれるЦ
何時いつまでも貴様等の遊びに付き合ってやる義理などない！
ですが、私は心が広い。
まだ、遊び足りないという貴方がたの為に、代わりの相手を残していきましょう。きっと、地獄ディネボクシリでも退屈しませんよ。
待て！逃すわけには━━
何、礼には及びませんよ。楽しませて頂いたお返しにほんの細ささやかな気持ちです。取っておいてください。
ほう。まだそんな隠し玉を持っていたとはな。
あ、兄あにさま！
これは……
あやや、気持ち悪いのが出てきたぇ。
はっ！こいつらは確か……ヤクトワルトさん！
ああ。この禍々しさ、覚えているじゃない。
皆みな、知っておられるのか？
どういうことじゃ？余にも判るように説明せい。
忘れもしない、この化け物……トゥスクルの河原で私わたくし達を襲ってきた連中かな。
まあ、トゥスクルでですか。
そうだ、思い出したぞ！襲ってきたのはウズールッシャの暗部だったが━━
倒した後に、今の様な異形の者に化けたんでしたね。
と言っても、一度、戦った事があるだけで、それ以上のことは判りませんが。
あの時、彼等を仕向けたのも━━ウォシス、貴方だったんだ。
フフフフ、ようやく気付かれましたか。
彼等は見た目こそ異形ですが、いわば貴方がた仮面の者アクルトゥルカとは兄弟の様なもの。
それに、これは立派な再利用。廃棄されるのを待つばかりの彼等を、私の力で活躍出来るようにしてあげたのです。
こう見えても私は、この世界の限りある資源を有効に使おうと、苦心しているのですよ。
折角こちらに運んで来たのですから、彼等にも楽しんでもらいたい、というのが親心というものでしょう。
……つまり、これもお前のお手製と言うわけか。
如何いかにも……ですが資料や器具が足りていませんので、まだまだ安定させるには時間が掛かりそうですが。
あの男、先ほどから何を言うとるのじゃ？まるでお父上の御技を使えるような事を……
禁書の知識を持っているみたいな口ぶりなのです。
ライコウは自力で研究を積み重ねて、旧世界と同じ物を手にしたが、こいつは違う。身の丈に合わぬ知識を弄もてあそぶ、あまりに危険な……
これで判ったでしょう？私こそマスターキーを持つに相応ふさわしい……
そう、氷の揺り籠かごの中で眠っていた試作品の貴方と違ってね。
Ц
う、うぅぅぅぅ……あの人は何なん？話が難しすぎるぇ。
奴がいけすかないってだけで、充分じゃない。
大いなる父オンヴィタイカヤンの叡智を受け継ぎ、正統なる後継と定められし者……
そうです。この私が真まことの人。天に選ばれし者。この私こそが真人しんじんなのだ！
真人しんじん……だと。
兄貴が拘こだわっていた真人しんじん……それがあいつだと言うのか？
どういう事だ？兄貴はそんな事言ってなかったぞ？それに真人しんじんがいるなら、どうして遺産を自分に託そうとしたんだ？
ウォシス、お前は一体……
この世の頂点に立つが故に、全ては許される。
その証拠に、社に棲まう方々でさえ、私の行いを咎めようとはしていない。
判るかЧ私は認められたのだЦマスターキーを持つに相応ふさわしい者とな。
……随分無駄話が過ぎたようですね。話は終わりです。続きは、またお会いしたときにでも。
生き残っていれば、ですが。
逃がすかっЦ
くっ……
落ち着け、オシュトル。飛び出したら狙い撃ちされるぞ？
飛び出し注意。
ご自愛下さい、主あるじ様。
しかし、焦って飛び出すってのは旦那らしくないじゃない？
そうです、いくら大事なものでも、無茶ですよ！
……すまぬ。
まずは目の前の仮面の者アクルトゥルカもどきを倒さない事には、追いかけられないかな。
……クオン殿、あれを仮面の者アクルトゥルカなどと呼ばないで頂きたい。
何者であろうと、俺の前に立ち塞がるなら切り捨てるまでの事……
……来るぇ。
『ム……』
施設外からシステムへの介入を確認。長らく凍結状態だったゲートが起動しています。
『恐らく、マスターキーを使われたな。』
では……
『マスターキーを使った者がここへ来るという事……無事であればよいのだが。』
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……やはりか。
崩れましたね……塩になって……
フン……この散り様ざま、結果的に此奴等が仮面の者アクルトゥルカのなり損ないである事を裏付けているか……
つまり、ウォシスさんは本物より力はやや劣るものの、仮面アクルカを作り出せるという事ですね。
恐らくは。だが一体どのようにして……
それも気になるですが、いったい何者なのです？
それは判らぬが、かなり以前から裏で動いていたと考えた方がよい。
トゥスクルの時からだからな。あいつめ、随分前から我等にちょっかいを出していたのか……
いや、もっと以前からかもしれぬ。恐らくは帝ミカドの暗殺も……
あの時から奴が裏で糸を引いていたと考えると蟲酸が走る。
落とし前は必ず付けさせねばならぬな……
しかし、そこまでしてヤマトに混乱をもたらそうとは……奴の目論見は一体何なのだ？
……一つ、ハッキリしているのは、奴を放置すればまた新たな悲劇の種をまくだろう。
確かに、死体を弄んであの喜びよう。まともな神経じゃないねぇ。
うむ、小生もあのような男だとは思わなかった。
ですが、これからどうしたら良いのでしょうか？
決まっておる、あのような無礼者達を好きにさせてはおけぬ！追い掛けてマスター何とやらを取り返すのじゃЦ
そやねぇ、なんや色々うまい事言って逃げられてしまったし。
でもあの方々……なんだかすごく不気味な気がします……
………
あの周りにいた方達、どれほど深傷を負っても平然としていました……痛みも、死すら恐れていないように……
底が知れぬな。あの者達といい、さっきの死に損ないの化け物といい。
仮面アクルカに似た力を使えるのです。今のまま、迂闊うかつに近づくのは危険かもしれませんね。
この先、兄あにさま達と同じくらいの仮面の者アクルトゥルカが現れたとしても不思議ではないのです。
判っている。だが、それでも奴を止めなければなるまい。
そう……だね。
そうとなれば、さっそく出発じゃ！
お待ちください。
む……なんじゃ、我等は先を急いでおるのじゃ。なにせ、奴がまたヤマトに災いを持ち込むやも知れぬのじゃからな。
それならば尚のこと、これを……
エルルゥはそう言いながら自分の前に歩みでると、手にした紫の袱紗ふくさを開いた。
そこに包まれていたのは……
これはЦ
母ははさま、もしかしてこれって……
貴方にこれを渡すようにと。御護おまもり代わり、とでも思って下さい。
仮面アクルカ、だと？何故このような物がここに……
そういえば、トゥスクルの方々は、仮面アクルカを封ずる術を知っていた……
だが、仮面アクルカにしてはあまりに……まさかЧ
これをどうするかは貴方次第……もしかしたら、必要とする時が来るかもしれません。
いや、それこそまさかだ。こんなところに……
じっとエルルゥの顔を見つめた。少し寂しげに微笑む彼女の顔から真意は読み取れない。
だが、このような物を敢えて差し出した以上、何かしらの大事な意味があるはずだ。
御厚意、感謝致す。
恭しく、袱紗ふくさに載せたまま仮面アクルカを受け取った。
仮面アクルカかぁ……なぁなぁ、ちょっとウチにも見せてぇな？
構わぬが……気をつけよ。
ふぅむ……旦那が被ってるのと似てるんじゃない？
ほとんど瓜二つなのです。でも、使われている素材が違うような……
はい、お借りした方の物はすべすべしていて、まるで骨でできているみたいです。
思ったより頑丈だな。骨の様だが音の響きが違う。
もしかしてこれを被れば、オシュトルの様な仮面の者アクルトゥルカになれるのか？
どうでしょう？我等の仮面アクルカとは違う印象も受けますが……
ふむ……よし、試してみようではないか！
あっ……
聖上！お戯れをЦ
ふむ、内側は結構ひやりとしているのじゃな。
だ、大丈夫ですか？
いや、何も起こらんぞ。壊れているのか、それとも余よには仮面アクルカを付ける資格がないのか？
悪ふざけはおやめ下さい、聖上。
う、うむ、そう怒るでない。ちょっと試しただけじゃ。クオンもあんまり睨むな。
していい冗談と悪い冗談があるかな。
では、これは某それがしが預かり受ける……それで良いな？
大事にして欲しいかな。
もとより、心得ている。
エルルゥより受け取った紫の袱紗ふくさに再び包むと懐に収め、もう一度彼女の方に向き直った。
色々騒がしくして申し訳ない。本来なら後始末をして行くべきなのだろうが。
事情は察しています。お気になさらずに。
お気遣い、感謝する。では、我等は━━
……クオン、良いのか？
な、何の事？
クオン……
あのエルルゥというヒトは、たくさんいるクオンの『母親』の中でも特別な存在なのだろう。
言われなくとも、クオンの雰囲気を見ていれば嫌と言うほど伝わってくる。
長く会っていなかった様子だし、積もる話もあるだろう。
ここに残っても良いのだぞ。
で、でも……
クオン。
……いってらっしゃい。
母はは……さま……
わたしは此処ここで、いつまでも待ってますから。
あっ……う、うぅ……
うん！
……すまん。
いいの、こっちこそ待たせてごめんなさい。
ほら、行こう。今はここにいたって何もできないんだから。
ああ、そうだな……
それにしても、一体これからどこへ向かえば良いのでしょうか……？
奴の行く先なら、おおよそ察しがついている。
……聖廟せいびょうか？
恐らくは。
兄貴の遺産を狙っているなら、そこを目指すはずだ。このままでは、兄貴の身に危険が……
クッ……急がねばなるまい。
奴の後を追う。皆みな、急ぐぞ！
いってしまいましたね。
ああ……
いつの間にか、あんなに大きくなっていたんですね。友達もとてもたくさん……
…………
どうしました？
辛い思いをさせてしまったな。あの子にも……お前にも……
そんなこと……ありません。
あの子ならきっと判ってくれます。だって……私達の、皆みんなの娘ですもの。
そうだな……
……本当に、渡してよろしかったんですか？
ああ、すべてはあの者に……あの者たちに託した。
これからの時代は、彼らが……新しい世代が築き、語り継いでいくのだからな……
ب
ʐ
ب
ب
むう、やはり追いつけぬか。
既にこの遺跡の外でしょうね。もう随分時が経っていますから。
現に奴らの背中どころか、服の裾すら見えないからねぇ。流石に途中で追い越した、なんて間抜けな話はないだろうし。
ですが、こうも易々とここから出られるものなんでしょうか？
そうやぇ、ここは結構広いし、案内のヒトがおらんと開かん扉もあるぇ。
ここは本来、不可侵の場所ですから……
考えても始まらぬ。ここは深い森に囲まれ、ヤマトとトゥスクルの間には海もある。まだ追いつけるはずだ。
お待ち下さい。
出口に向かって駆け出そうする一同を呼び止める声があった。
ウルお母さま？
もしや、賢大僧正オルヤンクル様なら、誰が此処ここを通ったかご存知なのでは？
確かに、その通りじゃ。
すると、ウルトリィは首を横に振った。
あの御方はここを通ってはいません。ですが、既すでにこのトゥスクルから立ち去られました。
やはりか。
フン、逃げ足まで早かったか……やってくれる。
皆、一様にウルトリィの言葉に納得するが、ふと自分はその言葉に引っかかりを覚えた。
━━ウルトリィ殿、今何と？『トゥスクルから立ち去った』と言われたか？
大社おおやしろじゃなく？それって……
こちらの疑問に、ウルトリィは僅かに微笑みを浮かべて頷いた。そしてそのまま、自身の背後の扉へと促す。
……こちらへ。ご案内いたします。
ウルトリィについて行くと、磨き上げられた黒曜石のような壁に囲まれた広場に出た。
その中央には、仄ほのかに青白く輝く台座のような物が鎮座していた。
な、なんですか？あの不気味な物体は……
ふと、記憶の奥底からある言葉が浮かび上がる。
まさか……門ゲートか。
げえと？
また、聞き慣れない言葉が出てきましたね。
門ゲート……まさか。
知っているのですか？
昔、古史伝で読んだことがあるのです。
大いなる父オンヴィタイカヤンの遺産……彼方と此方を繋ぐ扉。
その通りです。門ゲートの標しるべを繰りし者、彼方と此方を結ぶ道を築かん……そう、言い伝えられております。
まさか、これほど完全な形で残っている物があるとはな……
つまり、これを使えば世界中のどこへでも行けるということじゃな？
はい、望む場所に門ゲートが存在していれば。
トゥスクルにこのような技術が残っていたとは……
何だか良くわからんが、それはとんでもない代物だな！
ってぇ事は、これを使ってウォシスはもう……
ウルトリィは門ゲートと呼ばれた台座に目を向けた。
ここにあった門ゲートは永きに渡って休眠状態にありました。
門ゲートは資格をお持ちの方が、『鍵』を使って初めて起動させられる物なのです。
つまり、これを動かしたのはウォシスに相違ないと。
その言葉にウルトリィは無言で頷いた。
ですが、この門ゲートは一体どこへ通じているのでしょうか……？
今の私達にそれを知る術はありません。
しかし、正常に機能しているのなら、『鍵』の持ち主が望む場所へと繋がったはずです。
つまりそれって……
帝都の近傍……おそらくは聖廟せいびょうの地下。
あり得る。
起動はしていませんが、帝都とその周辺に幾つか確認されています。
あそこは古代の遺物の集積場みたいなもんだ。門ゲートも今まで使えなかっただけで、残っていても不思議じゃない。
ゆっくりと台座へ近づいていく。
すると、音叉を打ち鳴らしたような音と共に、中心に光球が現れ、広間を明るく照らし出す。
光球はさらに輝きを増し、門ゲートいっぱいに広がり━━
全ての色を失った、まばゆい純白の空間が、虚空に姿を現した。
ほう、これが門ゲートか。何とも不思議な光景じゃの。
流石の余もこれは初体験じゃ！皆みな、しっかりついて来るのじゃぞ！
ハッ……この先何があろうと聖上の身は小生がお守り致します。
本当にこれに入るのか！一体中はどうなっている？
これは、今までにない経験ができそうやぇ。
あの、あまりはしゃぐと危ないです……
ま、何事も出たとこ勝負、試してみないと判らないじゃない。
動作は正常……問題なさそうだな。
今なら奴を追える……
これを使え、ということか。
はい、そうです。
しかし、マスターキーを持って、すぐに門ゲートまで制御できるとは。
本当に、ヤツは何者なんだ。知識が飛び抜けすぎている。
まるで、兄貴のような……
旦那、このげーとってのは、行った先から閉じることは出来ないのかい？
出来る……マスターキーは生きている遺跡の全てを操る文字通りの鍵なのだからな。
と言うことは、どう考えても罠でしょうね。
恐らくはな。
着いた先が即、戦場いくさば、という事もあり得るわけか……クックック、面白い。
それでも、行くんだ？
……ああ。
奴……ウォシスの正体、あの言葉の真意を知る必要がある。
この先、罠が待ち構えているのは確かだ。何処に行くか、生きて帰れる保証も無い。
改めて、門ゲートへと目をやった。
……付いてきてくれるか？
一瞬、重い空気が流れたが、口火を切ったのはノスリだった。
何を今更。ここで引くのは、女が廃ると言うもの。
姉上が行かれるのですから、無論僕も行きますよ。
元より俺は帝都に戻るつもり。そのついでだ、貴様に手を貸してやる。
うひひ、ウチはこの先何があるのか、楽しみやぇ。
帝都の安寧の為、奴をこのままにはしておけんのじゃ。
小生は今も聖上の盾、何処どこまでも付いて行きまする。
わたしは最後まで……オシュトル様のお側で力になりたいです。
毒を喰らわば皿までって言うじゃない。
おしゅはオレがまもるぞ。
クーちゃんも心配ですが、シーちゃんも心配ですから。
あのヒトを止めましょう、兄上！
一緒。
何処どこまでも、お供致します。
兄あにさま、まさかわたしにも聞くですか？
皆みんな同じ意見みたい。
そうか……愚問だったか。感謝する。
うん。それじゃあ、行こうか。
皆みな様の目指す場所は、この先に。どうかお気を付けください。
ありがとう、ウルお母様。
ウルトリィ様、行ってきます。
世話になったな。
私わたくしはただ、自身の役目を果たしただけですから。
それでも、助かったのは確かだ。この礼はいずれ。
微笑みに頷きを返し、皆みなを先導して門ゲートへと入っていく。
全身を不思議な浮遊感が包む中、微かに声が聞こえた。
どうか、あの子達をよろしくお願いします。
ふふふ……
眼前の扉を見上げ、ウォシスは薄暗い笑みを漏らした。
音声
施設内に非登録者を確認、ここより先は管理者の許可無く立ち入る事が出来ません。繰り返します……
とうとう、ここまで来た……真理に到達するための鍵は今、我が手中にある。
ウォシスはそう言って、手にしたマスターキーを掲げた。
私こそが真の後継者、森羅万象すべてを統べる者！さあ、全ての扉を開くのですЦ
……マスターキー確認。扉の全ロックを解除します。
開扉確認。ようこそ。
参りましょうか━━今こそ、全ての叡智えいちをこの手に。
恍惚とした笑みを浮かべ、ウォシスは扉の中へと踏み込んでいく。その背後に、影のように冠童ヤタナワラベ達が続いた。
冠童シャスリカ
おお……これがあの……
懐かしい……ここに来るのは随分と久しぶりです。
本当に素晴らしい……これぞ彼等、大いなる父オンヴィタイカヤンの遺した偉大なる技術の一端。
冠童ラヴィエ
帝都の地下に、こんな場所があるなんて……
冠童リヴェルニ
まるで御伽噺おとぎばなしに出てくる桃源郷のようです……
冠童シチーリヤ
………
そこは地底にも関わらず、頭上に青空が広がり、眼下には青々とした広大な森が広がっていた。
冠童ヤタナワラベ達があまりの光景に感嘆の声をあげる。
そんな中、ウォシスは勝手知ったる様子で、光る透明な床まで前に出る。
すると床は音もなく、ゆっくりと斜め下に流れ始める。
暫くすると、床はゆっくりと動きを止める。
辿り着いた先にあったのは、森の中にポッカリと開けた庭園のような所だった。
樹上では名も判らぬ小動物が軽快に跳び回り、鼻先で木の実を突いていた。
一方、甲高い声に空を見上げると、極彩色の鳥がバサバサと飛び去っていく。
美しい……まさしくここは桃源郷。
これ程のものを創造し得る大いなる叡智えいち……その全てがこの私のものに……
よくぞお越し下さいました。
愉悦に浸っていたウォシスは、割り込むように呼び掛けた声の主を睨め付けた。
……貴女ですか。てっきり死んでしまったものとばかり思っていましたよ。
まあ、私には興味のないことですが。
…………
その言葉に、ホノカはほんの一瞬だけ哀しげに目を伏せたが、もう一度気丈に微笑んでみせる。
お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。
心にもない事を……
何かを訴えかけるように見つめてくるホノカを無視して、ウォシスは目の前の白亜の建物を見上げた。
まあいい。父上の元へ案内してもらいましょうか。
そう慌てる必要はないではありませんか。そうだわ、久しぶりなのですから、まずはゆっくりお茶でもいかがでしょう？
寝ぼけた事を。
そんなことを言わないで。ちょうど、貴方の大好きな御菓子が焼けたところなのですよ。
まるで私がここに来ることを判っていたような素振りですね。いったい何が狙いですか。
そのようなこと……
ああ、ひょっとして昔のように『母上』と呼んでもらいたいのですか？
っ……
いいか、よく聞け。私はお前達の人形でもなければ、愛玩動物でもない。そのようなままごとにつき合っていられるか！
ままごとなどと……ただ私わたくしも……我が君も……
そこを退どけ。これ以上私の邪魔をするようなら、勝手に押し通るまで。
ウォシス様……
ホノカは縋すがるような瞳でウォシスを見つめていたが、やがて諦めたように頭を振ると、すっと身を退いた。
そんなホノカの姿にウォシスは満足げに肯くと、背後に控える冠童ヤタナワラベ達に振り向く。
お前達はここで待っていなさい。
冠童達
「「御意。」」
ようやくお会いできましたね……ご無沙汰しております。父上。
『ウォシスか……』
突然の来訪にも帝ミカドは驚いた様子もなく、ただ静かに眼前のウォシスを見つめていた。
お躰の調子はいかがですか？少し痩せられたようですが。
『ふふっ……何、すこぶる快調よ。前より良くなったくらいじゃ。』
我が君……
『ホノカ、其方そなたはしばし下がるが良い。』
ですが……
『構わぬ。外の冠童ヤタナワラベ達に茶でも振る舞ってやれ。』
……承知いたしました。何かありましたらお呼び下さい。
ホノカはまだ何か物言いたげではあったが、頭を垂れて引き下がる。
ホノカが出ていくのを見送ると、ウォシスが口を開いた。
まさか、貴方が彼女を下がらせるとは思いませんでしたよ。
『アレは少々口うるさいところがあるのでな。四六時中、隣にいられては儂ワシも息が詰まる。』
『たまには男同士、腹を割って話すのも悪くなかろうて。のう、ウォシス……』
ふふ……まったく、貴方らしい。
ウォシスは薄く笑うと、おもむろに懐からマスターキーを取り出した。
さあ、マスターキーよ、その証をここに示しなさいっЦ
音声
認証確認、施設機能をレベル４まで開放します。
それを誇らしげに部屋の中央へ向けてかざすと、周囲の壁や天井を、縦横に無数の光の筋が走る。
このとおり……マスターキーをいただいて参りました。
『おお……』
その幻想的な光景に、帝ミカドはしばし惚ほうけたように見入っていた。
『まさしく……マスターキー』
はい、父上が夢現ゆめうつつの中でも欲していた物ですよ。
遠い昔……文明世界が滅びようとも、人間の真の後継者達によって、いつか再建されることを願い、秘かに受け継がれてきた至高の鍵。
これさえあれば、破壊されずに残った大いなる父オンヴィタイカヤンの遺産全てが手に入る。
そう、父上すら場所が判らず途方に暮れていた研究施設への出入りは勿論のこと━━
暗号化されていた叡智えいちを収めたサーバへのアクセスも可能となる。
遺産はこの私が全て継承いたします。父上が懸念されていた同胞達につきましても、救って差し上げましょう。
『…………』
その言葉に、帝ミカドは眼前のウォシスを見つめ、哀しげに首を振る。
『お前では……無理なのだ。』
……ッЧ
一瞬、息を止めて帝ミカドを見つめ返すウォシス。
だが、次の瞬間には再び不敵な笑みを浮かべ、帝ミカドに問いかける。
今、何と？申し訳ありません、よく聞こえませんでした。
『無理なのだ、お前では……大いなる父オンヴィタイカヤンの遺産を受け継ぐことは、叶わぬ』
面白い……冗談ですね。
ウォシスの口調は静かだが、その声は僅わずかに震えている。
…………
透明な外殻越しに、二人はしばし見つめ合った。
そうそう、そういえば……父上が目を掛けていた、彼に会いましたよ。
おや？どうかなさいましたか。
いやいや、ずいぶんとしぶとい御仁だ……
てっきり死んだと思っていたのですが、まさかオシュトルと入れ替わっていたとは、夢にも思いませんでした。
私としたことが、すっかり騙されてしまいましたよ。なので、ついついちょっかいをかけたくなりましてね……
ああ、ご安心下さい。別に、彼をどうこうしようと考えているわけではありません。
ましてや、亡き者にしようなどとは決して……フフッ。
ただ、帝ミカドともあろう御方おかたがご執心なのです。どのような人物か知りたくなるのは当然というもの。
『……何を気にすることがある。アレはアレ、お前はお前でよかろう。』
『何も、お前が儂ワシの意思を背負う必要はないのだ。お前は思うまま、好きなことをして生きれば良い……』
……本当に、理解出来ませんね。
呟つぶやくと、ウォシスは父を覆う透明な外殻へと静かに手を伸ばした。
貴方ともあろう御方が、私よりあんな試作品に執心するなど……あのような……
あのような出来損ないにッ！
激昂し、外殻へ拳を叩きつける。
溶液に浮かぶ帝ミカドの躰が大きく揺れ、ゴボッと泡が吹き上がった。
『違うのだ。儂ワシは、お前の事を……』
ふっ……ふふ……まぁいいでしょう。遺産を継承したのはこの私なのですから。
そうそう。申し遅れましたが、彼等も此処に招かせていただきました。
『……何をするつもりだ？』
ご安心ください。先程も言ったように、私は彼をどうこうするつもりはありませんよ。『私は』……ね。
まあ途中、ほんの些細な事故があるかもしれませんが……その時は仕方ありません。それが彼の運命だった。それだけのことです。
『やめよ。アレは我等に残された最後の希望なのだ。手を出してはならぬ。』
『お前は気付いておらぬのだ。アレの命が尽きる時……それは全ての希望━━未来が閉ざされてしまうのだ。』
『お前には……まだ足りぬ物がある。一人で背負うのではなく、せめてその荷をアレと分かち合えれば……』
それほどまで……それほどまでになのですか……ッ。
しばし俯うつむいて拳を震わせていたウォシスだったが、やがて顔を上げると、にっこりと帝ミカドに微笑みかけた。
『其方そなた……』
掠れるような帝ミカドの声も、最早ウォシスの耳には届いていなかった。
その双眸そうぼうは、陶酔したように虚空を見つめていた。
希望……最後の希望ですか。
ああ……楽しみだ。彼は、私の招待を喜んでくれるだろうか……
部屋の中央に進み出たウォシスは、マスターキーを頭上へ高々とかざした。
では、それに相応しい舞台を整えましょうか……さあ、聖廟せいびょうよ、その真の姿をここに現しなさいっЦ
了解しました。

ٙ

到着。
門ゲートによる転送完了しました。位置を確認します……ヤマト━━帝都、聖廟せいびょうの地下と特定しました。
……む、同じ場所か？いや、こちらの方が使い込まれている。
先ほどとは空気が違う。慣れ親しんだヤマトの地だ。
そういや、トゥスクルの方は空気が澄んでいたが、ここは淀んでいるように感じる……
ふむぅ、まさか本当に一瞬にしてヤマトに戻ってしまうとは。
恐るべき技です、小生も正直に申し上げれば半信半疑でしたが……
みんな、大丈夫？具合が悪くなったりしてないかな。
少し目眩がするですけど、大丈夫なのです。
わたしも特には……あ、ココポは大丈夫？
ホロロロ……
ぅぷ……あの……何だかすごくぎぼちわるいです……
お水を飲まれた方がいいかもしれません。ヒトによっては、乗り物に酔ったみたいになるという話を伺ったことがあります。
それにしても、ここが聖廟せいびょうの地下と言っていたが、本当なのか？
さあ……外の景色が見えないので僕達には何とも判断し難いのですが。
そんなん気にしてる場合やなさそうやぇ。
Ц危険度増大。
何かが“そこ”にいます。
……奴か。
ククク……どうやらこちらが揃うのを待っていてくれたようだぞ。律儀な事だ……ウォシス！
……ああ、やっと来ましたか。門ゲートの使い心地は如何でしたか？
な、なんだっЧコイツ、いきなり現れたぞ。
いやはや、まさかこんなに早くご対面とはねぇ……
待ちくたびれてしまいましたよ。せっかくおいで頂いたのですから、少しお話でもしませんか？
なんや、勿体ぶって……けちくさいなぁ。
……なんだ？何かおかしい。ウォシスは目の前にいるはずなのに、気配が希薄で……まさか、これは？
その様子……どうやらやっと気付いたか。この部屋には先ほどから殺気が充満しているが、奴から特に何も感じぬ。
ここまで気配を消す事が出来るとは……これも奴の怪しげな技の一つなのか？
無知な貴方がたの事ですから、ここに至るまで、随分と驚き、脅え、戸惑ったのではありませんか……
まさか聖廟せいびょうの地下にこのような遺跡があるなど、思いも寄らなかったのではないですか？
是非とも、無知な貴方がたに世界の真実を教えて差し上げたいのですが……
ええい、御託はもうよい！少なくとも、お前からは聞きとうないわЦ
ウォシスよ、もう逃がさぬぞ！観念して鍵をこっちに返すのじゃЦ
な、なんじゃЧ体をすり抜けたじゃと……？
よく見たら、体が微妙に透けているのです。
オシュトル！
やはり、立体映像か！
そろそろ、気付く頃合ですか。せっかちな方が愚かにも飛び掛かって、地団駄を踏んでいるのでしょうね。
余計なお世話じゃ！
ご推察の通り、これは立体映像……ほんの少し前の私の姿を写し取って、ここに投影した物です。
り、りったいえいぞお？また意味がよく判らない事を言い出したぞ。
新しいオモチャを手に入れたから自慢したいんとちゃう？
姿を投影……影絵みたいなものなのでしょうか？
成程、あれは幻のようなもので、本物のウォシスさんはここには居ないわけですね。
くそ……足止めに録画映像を使ったか。
さて、種も仕掛けもお教えしましたし、これで貴方がたも思い残す事はありませんね。
では次の趣向を凝らすとしましょう。是非、お付き合い下さい。
喜んで頂けると嬉しいのですが。
あ、あれは。
特別なグトゥアルダルを用意致しました……何せ仮面アクルカつきですからね。
なに！仮面アクルカだとЧ
ライコウさんに使って頂いたときに、良いデータが取れましたからね。彼も少しは役に立ちました……本望でしょう。
先程闘った相手とは比べ物にならない出来ですよ？
ライコウもお前が……
兄者を愚弄する奴は許さん！今すぐ此奴こやつらを蹴散らして、貴様の素っ首叩き落としてやるわ！
くっ、今は考えている場合では無い。
皆、構えろ！
さあ、存分にお楽しみあれ！
Ψ
а
ՙ
ՙ
フン……いちいち手間を取らせてくれる。
ウォシス、何処どこにおる！隠れてないで出てくるのじゃ！
無駄かな。さっきのはただの幻。過去の光景と言葉を繰り返すだけの虚像だもの。
ぬぐぐ、判っておるのじゃ！
そやけど、自信たっぷりやった割にはウチには物足りひんかったぇ。
仮面アクルカを被せたとはいえ、所詮人形。力があっても、意志がなければ敵ではない。
しかし、全くもって気に食わん。ずいぶんと上からの物言いではないか。
もう勝ったつもりで、こちらをからかっていたんですよ、きっと！
頭は回るようだが、あの捻くれた性格はいただけんな。
アレを独りで喋っていたと考えると、とても滑稽なのです。
ハハ、まったくじゃない。
ですが、あの感じだと、すでに鍵を使って目的を成し遂げたような……
どうでしょう？足止めする必要があるということは、それなりに時間がかかる筈です。
でも、これであの方は時間を稼ぎました。目的を遂げてしまったかもしれません……
ここで考えていても埒が明かぬ。前に進む他ないだろう。
あっちへ進む。
この扉なら、わたし達でも解除可能です。しばしお待ち下さい。
最早一刻の猶予もない。あの男の企てを阻止せねばならぬ。
兄貴……どうか無事でいてくれ。
Ɩ
ここは……
一同は目の前の光景に絶句する。
目の前に広がっているのはこの世の物とは思えぬ光景だ。
屋内にも関わらず、頭上には青空が広がり、地面には名前も判らぬ数々の花が咲き、かぐわしい匂いを放っていた。
い、いつのまに外へ出てしまったのでしょうか？
いや……外にしちゃあ、空が低いというか妙に狭い雰囲気も感じるが。
そうなのです。さらに下へ降りたのですから、外になど出るはずが無いのです……
ウチ、お酒も飲んでへんのに酔うてるのかなぁ。
ここは聖廟せいびょうの地下との話でしたが、聖上は御存知だったのですか？
い、いや、余も知らぬ。聖廟せいびょうに、入れぬ場所があることすら教えてはもらえなんだ……
恐らくは大いなる父オンヴィタイカヤンの御技を駆使して作った箱庭なのでしょう。
つ、作ったЧ元からあったのでは無く？ど、どうやってЧ
どうやったかは判らん。が、あの御方のことだ、何があっても不思議ではない。
確かに、ナコクの大橋も一日で掛けたという話ですし。
まさか地下でまばゆい楽園を目にするとは……夢じゃないですよね。
わたしも自分の目が信じられません。地下でこんなにもたくさんの木々を育てられるなんて、凄いです……
………
みんなが心を奪われるのも無理はないが、しかし今は……
先を急ぐぞ。
オシュトルっ！待ってЦ
旦那Ч
単独行動は禁物。
お待ちください、わたし達が先に行きます━━
仲間達が止めるのも聞かず、先を急ぐ。そして、見慣れた庭園に出ると……
Ц貴様等は……
冠童シャスリカ
クッ……まだ死んでいなかったのか。
冠童リヴェルニ
あのグトゥアルダルを、全て打ち倒すなんて……
ならば今度は我等が相手をするまで。
冠童ラヴィエ
絶対に此処ここを通すわけには参りません。
冠童達
「「総ては我が主あるじの為にЦ」」
そこを退どけ。貴様等に用はない。
冠童達が身構えたのを見て、こちらも鉄扇を抜き放った。
ようやく追いついた。
むっ、こいつ等━━
やる気十分と言ったところですか。
うひひ、まあ、そうなるやろねぇ。
望むところじゃ。
追ってきた皆もすぐさま武器を構える。
お待ちください。
？
あれは……Ц
そこに現れた者の姿を見て、皆は絶句する。
ホノカさん……良かった、無事だったか。
貴方がたは皆、帝ミカドの賓客……いずれかが傷ついても、さぞお心を痛められる事でしょう。
ホ、ホノカЧ何故其方そなたがここに……
姫殿下……お懐かしゅう御座います。
これは一体、どういうことなのじゃ！そもそも今までどこにおったのじゃЦ
ホノカ！
ホノカは、アンジュをその胸に優しく抱きしめた。
アンジュは目を白黒させていたが、すぐに大人しくなった。
やがて、ホノカは腕を解き、膝を地面に付けてアンジュと同じ高さの目線で語りかける。
……姫殿下にはお伝えするべき事がたくさん御座います。しかし、それは私わたくしの口から語ることはできません。
ど、どういうことじゃ、何があったのか説明を……
姫殿下と再会出来る日を待ち続けた御方がこの奥におられます。
何？
まさかその御方というのは……
ククク、だから言っただろう。死してなお、語って見せたとな。
お、お父上……お父上なのかЧ
なッЧ
下から叩き上げるような衝撃の後、小刻みに地面が揺れ始める。
な、なんやの？
お、おい……あれを見るじゃない！
なん、だと……
木々の間から垣間見える建物は、一見すると、崩れ落ちていくように見えた。
だがそれは、単なる崩壊ではなかった。
その外壁は絶え間なく変形し、組み替わって、新たな構造体を作りあげていく。
青ざめた顔で、その様子を見ていたホノカさんが、呟くように言った。
始まってしまいました。我が君……
ホノカさん……
どうかお願いいたします。あの子を止めてください━━
ホノカはそう言うと、今もなお着々と形を変えつつある建物の中へと姿を消した。
冠童ヤタナワラベ達もうなずき合い、それに続く。
行こう、オシュトル。
ああ。
建物の中へ飛び込み、長い廊下を突き進むと、大きな空間に行き当たる。
そしてこちらが部屋に入ったのを見計らったように中空に映像が映し出された。
これは……
おい、あれを見ろ！
こ、これは……聖上、お気を付けをЦ
何と面妖な。
ウマが牽いてないのに、鉄の車が走っているのです……
きゃッ！
鉄の……鳥？こんな轟音を響かせて飛ぶ鳥が？
いや、よく見ろ。硝子の窓が幾つも並んでいるぞ？もしかしてアレも乗り物の一種なのか？
さしずめ、空飛ぶ船と言った所でしょうか。
とと様の船よりおおきいなぁ……
おおー！でかいぞ～！
あのデカイ柱はなんだぁ？アレも建物なのか？
オンカミヤムカイで見た遺跡に似ているが、どこか違うな……
あの高さ、聖廟せいびょう並です。あんなにも高い建物が幾つも並んでいるなんて。一体、どんな國の都なんでしょうか……
これは一体、何なのじゃ。
これは遠い過去、まだ人間の文明が地上にあった頃の映像だ。
今の者からすれば、世界のそこかしこにこのような光景が存在したことは、理解しがたいだろう。
……ひょっとして、大いなる父オンヴィタイカヤンの記憶なの？
判るのか？クオン。
うん。子供の頃、お母様から聞いた昔話によく似てる……と思う。
私わたくしもお話を聞いた事がありますが、まさかこんなにも凄いなんて……
忘我の表情で皆が宙を見上げ続けていると、不気味な笑い声が響き始める。
ふ…ふふふ……
あれは……
ハッとその笑い声のした方に視線を向けた。
そこには部屋の中央の壇に立ち、眼前の光景にうっとりと見入るウォシスがいた。
ウォシスは恍惚とした表情を浮かべ、こちらに気づいている様子はない。
おお、素晴らしい……何と素晴らしい光景。これら全てが大いなる父オンヴィタイカヤンの叡智えいち。
これほどの技術があれば、私も帝ミカドと並ぶ……いや、それ以上の偉業を為す事ができます。
そう、私は帝ミカドを越えるのです。私がこの國の、いいえ、この世界の民を導いていく！
まだそのような事を……
ウォシス、何故気づかぬ。この世に、過去の遺産など必要ない。
ウォシスは、ようやくこちらへと振り向いた。
やれやれ……まだ生きているとは。本当にどこまでもしぶとい御方だ。さすがに鬱陶しくなってきましたね。
でも、まあ良いでしょう。この地上を統べる新たなる継承者誕生の舞台にわざわざ駆けつけてくれたのですから。
私を祝福しに来てくれたのでしょう？
こちらを見下ろしたまま、呆れ果てたような笑みを浮かべた。
何……？
見なさい。この神代の技……大いなる父オンヴィタイカヤンとうたわれし者の叡智えいちの数々……これがついに、我が物となる。
そう……貴方では無く、この私が手に入れたのです。大いなる父オンヴィタイカヤンの名をっЦ
ふふ、最早誰の許可も必要ありません。当然、貴方の許可も……
そう言って、ウォシスは部屋の奥へと視線を向けた。
そこでご覧になっていて下さい。永遠に……
Ц
その視線の先には、透明な硝子の壺が━━帝の延命ポッドが鎮座していた。
ウォシスはすでに帝ミカドを掌中にしていたのだ。
あ、あ、あ、あれはЦ
先の帝ミカド……Ч
生きておられたのですね……
フッ……やはり計り知れぬ御方よ。
なんという……おいたわしい……
皆が絶句して先の帝を見つめる中、アンジュはよろりと前へ進み出た。
あ…ああ……
『良い……もう良いのだ……』
お……お父上ぇぇぇッЦ
アンジュは延命ポッドに駆け寄り、その透明な外殻にしがみつく。
うぅッ……お父上、お父上ぇ…よかった……生きて……うぐぅッ……
『アンジュよ、すまぬ。其方そなたには辛い思いをさせたな……』
透明な外殻にしがみついて泣きじゃくるアンジュに、帝ミカドは優しく微笑みかけた。
『よくぞ帝都を取り戻した。立派になった。』
『胸を張るのだ。何を泣いておる。其方そなたはもう、ヤマトの帝ミカドであるのだぞ。』
それは余の力ではないのじゃ……オシュトルや…みんなが……助けてくれて……
『謙遜けんそんすることはない。皆みな、お前を新たな帝ミカドと認めたからこそ力を貸してくれたのだ。』
『さすがは儂ワシの自慢の娘よのう……』
うっ…うぅ……
お二人とも…よかった、本当に……
帝お二人の感動の再会！目出度い、実に目出度い事だぞЦ
ああ、そうだな。本当に良かった。本当に……
ええ……ええっ！まさにその通りですね。本当に良かった。
ぬ？
ククッ……
しかし、その心温まる雰囲気を引き裂くような嘲笑が響く。
振り返ると、ウォシスが愉快げに肩を揺らしていた。
ウォシス……何がおかしい。
いえいえ、祝福しているのですよ。とても感動的な親子の再会です。
前座の見せ物としてはちょうどいいでしょう。
……貴公、忠義はおろかヒトの心も忘れたか。
ヒトの心？ああ、そうでした。貴方がたの安っぽい器にもそれらしい物が詰まっていましたか。
ですが、私と亜人種デコイである貴方がたを一緒にしないで頂きたい。
まあ、それも今の私には些細な事です。蟲の囁きとなんら変わりません。
そのようなことより貴方ですよ、貴方。
そう言うと、ウォシスはこちらへと視線を向ける。
失望しましたよ。選ばれし者でありながら、ずっと亜人種デコイ達と戯れてばかり。
何故、己が持つ資質と幸運を試そうとしないのか、全く理解できません。
愚かしいにも程があります。やはり、貴方とは相いれることはできませんね。
では貴様は何故、そこまで遺産にこだわる。
兄貴は過去の文明の遺産を自分に受け継がせようとしているが、正直、そんなものはどうだっていい。
文明というのは、今生きる者達が自ら築き上げるからこそ尊いのだ。過去の遺物をポンと渡されて何が嬉しい。
ましてや身の丈に合わない、強すぎる力を得れば、大きな災いを生むだけ
この男も、そうした歴史や過ちを知っているはずなのに何故……
少なからず自分への対抗心があることは感じる……だが、それだけなのか━━
ウォシス。
いつのまにか、透明の箱にすがり付いていたアンジュが立ち上がり、ウォシスを鋭く睨みつけていた。
身の程も弁わきまえぬ大言壮語など、この際どうでもよいわ。
しかし、貴様如きがお父上やオシュトルを侮辱する事は、余よが許さぬ！
ハァ…………違う、違う、違う、違うのです。
憤いきどおるアンジュをウォシスはチラリと一瞥し、首を振りながら語気を強めていった。
何を言い出すかと思えば。
まぁ、無理もありませんか。所詮しょせん貴方は私という孤高の存在を隠す為の、身代わり、捨て石にすぎません。
身代わり？一体何を言ってる。
無礼な！こっちを向けウォシス！まだ話は終わって……
━━黙れ、人形如きが！誰にむかって口を利いている。
なッ……？
いいか、よく聞け、我が言葉を！真に世を統べる者の言葉をЦ
我が名はウォシス！
我こそは正当なる帝ミカドの子にして後継者！そして大いなる父オンヴィタイカヤンそのものであるっЦ
愚かしき亜人種デコイ達よ、汝等の主あるじたる我に跪ひざまずくが良いЦ
その言葉に冠童達が一斉に跪ひざまずく。だが、その影響はそれだけではなかった。
な、なななっЧ
躰が勝手に……
お、おい！どうして俺達まで膝をついちまってるんだЧ
あやや、どういう事やぇ？
これもあのヒトの得体の知れない技なのですかЧ
催眠術？
ち、違うのです。そんな強制的なものじゃなくて、もっと自然で本能的な……
ヌグゥ……この言の葉の力……まさか。
先の帝ミカドと同じЧ
あの方は本当に大いなる父オンヴィタイカヤン……
あ、主あるじさ、ま……
申し訳……御座いません……
自分とクオンやアンジュを除く仲間達までもがウォシスに跪ひざまずき、頭を垂れ、悲鳴にも近い声をあげる。
貴方……
クオンは何かに気付いたように、ウォシスを睨んだ。
フフフ、そういうことです。他の方々はその低脳な頭では理解できないでしょうから、そのまま跪ひざまずいてなさい。
…………
其方そなたが、お父上の子であり、後継者……じゃと？
ならば、其方そなたと余は……仮にそれが真実なら、余よがそれを知らぬ筈が……
フフッ……簡単なことですよ。そこにいる帝ミカドに直接聞いてみれば良いではありませんか。
お父……上？
『…………』
アンジュは帝を見たが、聞こえている筈の帝は押し黙ったままだ。
まさか……
しかし、貴女の立場からすれば、何も知らされていなくて当然、といったところでしょう。
所詮しょせんはただの人形。このヤマトという國家を維持する為だけに造られた道化でしかありませんからね。
……それの何が悪いのじゃ。余よはヤマトの民を一つにするための箍たがに過ぎんかもしれん。
じゃが、余よはそれを誇りに思っておる。貴様ごときに道化呼ばわりされる筋合いはないのじゃЦ
無知は罪と言いますが、本当にお目出度い。此処ここまで知らぬと哀れみすら覚えます。
ウォシス！聖上に向かっ━━
控えよ、と言っている。
ぐッ！か、躰が……
ムネチカが立ち上がりウォシスに飛び掛ろうとするが、それも三歩も進まぬうちに固まってしまう。
可哀想ですが仕方がありませんね。本当のことを全て教えて差し上げましょう。
『やめよ……』
ウォシスの言葉に帝がようやく口を開き、制止しようとする。しかし、それを無視してウォシスは語り始めた。
確かに貴方はこの國の民をまとめ、導く者……統括種として造られた存在。それはおおむね間違ってはいません。
帝ミカドは自身が去った後、このヤマトで後継者争いが起こることを憂い、そうならぬよう跡継ぎを造った。それが貴女だ。
だから、それが何だと言うのじゃ。
ですが、それだけでは真の意味での後継者ではないのです。
御技をもって、この世界は成り立っています。大いなる父オンヴィタイカヤンの叡智えいちは世界を支える柱なのです。
故に御技を受け継がぬ者は、世界を是正する真の意味での後継者たりえません。
なのに何故、貴女は何も教えられていなかったのか？ここに収められた御技の数々を、何一つ……
そ、それは……
簡単な事です。貴女がただの操り人形だからですよ。人形は操りやすいよう空っぽでなければなりません。
余計な知恵も知識も不要。頷くだけのへらへら笑っているお姫様……それが貴女の役割です。
言わせておけば……どこまで余を侮辱するつもりじゃЦ
どこか間違っている所はありますか、父上？
ウォシスの言葉にアンジュの躰がビクリと震えた。
アンジュは恐れを湛えた瞳で、背後の父たる帝を見つめた。
お父上……
『アンジュ……』
余は……余はただの人形なのか？玉座に座ってるだけのお父上の代わりでしかないのか……？
『……違う。お前を人形などと思ったことなど一度たりとて……』
違う？何が違うというのです……ああ、なるほど。この娘には、あのことすら知らせていないのですね。
あのこと？
アンジュ、貴方が造られた本当の理由、ですよ。
『Ц』
ま、まさかЧ
知っていますか？亜人種デコイが生まれるよりもずっと昔、まだ大勢の大いなる父オンヴィタイカヤンがこの世界を支配していた頃━━
帝ミカドには一人の娘がいたことを。
帝ミカドはその娘の事を目の中に入れても痛くないほど、それはそれは溺愛していたそうですよ。
それ故に、娘の事を忘れられなかった帝ミカドは、統括種を創造するにあたり、あることを思いついたのです。
『ウォシス……
やめ…よ……やめよ……やめよぉ。』
背後から訴えかける声にウォシスは振り返り、ニッと笑いかけた。
そう……帝ミカドはその統括種を、今は亡き『実の娘』を模して造ったのですよ。
判りますか？そう、貴女のことですよ、アンジュ。貴女は代用品なのです、実の娘のね。
フフフ、父上も酷なことをなされる御方だ。
今まで貴女に濺そそがれた愛は、貴女に向けられたものではなかったなんてね。
うそ……じゃ……
これで理解できたでしょう？私が貴女を、道化と呼んだ本当の意味が。道化は道化らしく黙ってただ踊っていればいいのです。
打ちひしがれるように、アンジュは呆然と立ち尽くす。
それが貴女の運命さだめ。真の後継者であり、兄であるこの私に付き従いなさい。
そうすれば、このヤマトは私の手の中で、更なる繁栄を迎えるでしょう……
ヤマトの繁栄は貴女の望みでもあるのでしょう？共にその願いを叶えるのです。
ヤマトの……繁栄……
さあ、アンジュ。この兄である私の手を取りなさい。
兄……上……
その言葉に、アンジュがフラフラと手を差し伸べる。しかし……
そこまでだ。
鉄扇を抜き放ち、アンジュを護るように前に出る。
……何のつもりです？
貴様に聖上を渡すわけにはいかぬ。
……どういうことでしょうか？
オシュトル……？
大いなる父オンヴィタイカヤンだの遺産だの、そんなものはどうでも良い。
振り上げた鉄扇をウォシスに向け、言い放った。
貴様の手を借りずとも、聖上ならば立派にヤマトに繁栄をもたらす。
それともう一つ……何より、某それがしは貴様が気に喰わんЦ
ほう……
その言葉にウォシスは目を細めた。
良いですね。その顔、私好みの顔ですよ。
さすが、父上が真の後継者として選んだだけのことはある。
え……？
オシュトルが、お父上の……？何を言っておるのじゃ……
オシュトル……オシュトル、か。
まだそんな事を言っているのですか？おかしいとは思わないのですか？
な、何の話じゃ。
貴女は……それだけ側にいて、しかも心を寄せながら、本当に気が付かなかったのですか？オシュトルが実は━━
じゃ、じゃが、それは……ッЦ
おや、その顔はやはり、薄々は感づいていたようですね。
そうですとも。今、貴女の隣にいるその男の真の名は━━
言うなぁぁぁぁЦ
姫殿下……
アンジュさま……
アンジュの悲鳴にも似た声に部屋に響き、誰もが言葉を失ったかのように押し黙る。
しかし、それを打ち破るように凛とした声が発せられた。
ちょっと言ってる意味がわからないかな。
……何ですって？
おうよ。旦那は旦那だ、他の何者でもねぇ。違うかЦ
ヤクトワルトの言葉に、皆は思い出したかのようにウォシスを見た。
ふふ……そのとおりですね。
ま、何だか知らんがそういうことだ。
ここにいる御方おかたは紛れもなく、わたし達が信を置くヤマト総大将、オシュトル様です。
クココココЦ
それ以上兄上を侮辱すると、私が許しません！
そんな細かいことはどうでもいいんちゃう？オシュトルはんはオシュトルはんやし。なぁ、クラリン。
ぷるぷるぷるぷる。
オシュトル殿が某なにがしかの後継者であっても、その義は変わらぬ。
ヤマト総大将か……まさしくだ。こいつは俺の友であり、宿敵オシュトル！間違えよう筈もないЦ
姉あねさま……皆みなさま……
其方そなたら……
ご安心めされよ、聖上。
このオシュトル、何も変わってなどおりませぬ。これまでも、これからも、常に聖上のお側におりまする。
オシュトル……ッ。
ボロボロと涙をこぼし、アンジュは袖にしがみついてくる。その背中を優しく撫でた。
うッ……うぅ……あぁ……ッ。
聖上……
ふふ……まぁ、良いでしょう。全てを失った今、好意を寄せていたオシュトルの幻影にしがみつくのも致し方ない事。
ウォシス……貴様。
そのまま、アンジュを背中にかばうようにして、ウォシスに向き直る。
ここまで好き勝手言ってくれたのだ……覚悟は出来ているのであろうな。
その言葉と同時に武器を構えた。
ۮ
ָ

î
Ïٚ
まぁまぁ、お待ちなさい。
そんなことより、折角お祝いに駆けつけてくださった客人に、見せたい物があります。
私が手に入れた力がどれほどのものか、興味はありませんか？その一端をお見せしましょう。
これは……
ふふ……
先ほど、外の庭園から手折ってきたものです。
ご覧なさい。これが大いなる父オンヴィタイカヤンの力です！
その言葉を合図に手にした枝は、みるみるうちに花が咲き、たわわな実をつける。
うおっЧ
あやや……
驚くには及びません。今の私にとって、この程度は造作もないこと。
この植物の遺伝子情報を解析し、成長を司る部分に少し刺激を与えてあげればこの通り。
おい、どこの國の言葉だ？
さ、さあ……
さて、次は……
そう言って、ウォシスはちらりと視線を帝ミカドに向ける。
そうですね。父上の長年の懸念を解消して差し上げるというのはどうでしょう？
長年の懸念……だと？
ええ。我等が同胞、大いなる父オンヴィタイカヤン……彼等を、永劫の苦しみから解き放ってあげようではありませんか。
『……まさか！』
今の私には、それが可能なのですよ。そう……貴方をも越える力を持ったのですから、このウォシスはね！
ウォシスの叫びに呼応するように、壁や床に走る無数の光の筋が動きを変える。
壁の一角に四角い窓のようなものが形成され、そこに、ここではないどこか別の場所と思われる光景が映し出された。
ひッ……
あれは……全て、タタリ……なのか？
なんて巨大な……
うぅッ。
ルルティエが吐き気を堪えるように口元に抑える。
これはこれは……ずいぶんな数を集めたものですね。
こんな所に隔離されて実にいたわしい……ですが、もう大丈夫ですよ。
今こそウィツァルネミテアの呪縛から逃れ、安らかな眠りにつく時です。
さあ、マスターキーよ。私の願いを……
ウォシスがマスターキーを頭上に掲げようとした時、その嗄しわがれた声が部屋中に響いた。
『やめよ……やめるのだ、ウォシス！』
その声にウォシスはゆっくりと振り返る。
……何故です？彼等を救ってあげましょう。これは貴方の宿願だったのでは？
『確かに……な。』
その問いに帝ミカドは小さく頷いた。
『もはや死ぬ事すらできない躰となってしまった彼等に、安らかな眠りを与えてやる方法……』
『儂ワシは永い間、ひたすらそれを追い求めてきた。』
『故に儂はマスターキーを求めた。この聖廟せいびょうの機能が総て解放されれば、それは叶うと信じて……』
だからこの私が、貴方の代わりにその夢を叶えて差し上げようと言うのです……一体、何がご不満なのですか？
『不満？いや、そうではない……お前では無理なのだ。お前に、お前には遺産を継承する資格は……』
またその話ですか。
結局、貴方は御託を並べて、とっくに失われたはずの過去にしがみついているだけではありませんか！
ウォシスの叫びに部屋はしんと静まりかえる。長き沈黙の後、ようやく帝ミカドは口を開いた。
『そう……かもしれんな。』
兄貴……
『あれは私の過去。例えあのような姿であっても、私と同じ時を生きた連中なのだ。』
『あれを消滅させれば、二度と過去を取り戻せなくなる。それ故に、私自身では手を下せなかった。』
『身勝手な感傷だと言うことは判っていた。』
『なればこそ、それを託せる者を待ち望んでいた……』
それが彼だと？
私の何が彼に劣ると言うのだ！知識は勿論、信念すら劣ってはいないのに、何故Ц
どうして貴方は奴にこだわる！どうしてだЦ
『それは……ウォシス、お前を想えばこそなのだ。判ってくれ。』
『聖廟せいびょうにある遺産の数々は好きにするといい。だから、この場は何も聞かず退いてはくれまいか。』
この期に及んでまだそんな世迷い言を……
私は人間……貴方の人形ではないЦ
『ウォシス……Ц』
……いいでしょう、ならばその目にしっかり焼き付けるといい！この私が、貴方にも為しえなかった偉業を達成する瞬間をЦ
我はウォシス！
この叡智えいちを……そして大いなる父オンヴィタイカヤンの名を継ぐ者Ц
我は命ずる……古の残滓に安らかな死を。まずはその戒めを解きなさいЦ
音声
命令確認、拘束結界を一時解放します。サーチ開始、対象の固有振動数解析中……
ウォシスの声に呼応し、壁面を走る光の筋がその数を増す。
『オシュトル！ウォシスを止めよ！奴にマスターキーを使わせてはならぬ！』
兄貴？
あの取り乱し様、ただ事ではない。嫌な予感がする……
やめろ！ウォシスЦ
ウォシスに駆け寄ろうとするが、ウォシスを護るように冠童ヤタナワラベ達が立ち塞がる。
冠童シャスリカ
させません。
どけ。お前達の相手をしている暇はない。
貴方になくとも、私達にはあるのです。
冠童リヴェルニ
ウォシス様の悲願……誰にも邪魔はさせません。
冠童シチーリヤ
………
シチーリヤ！貴様も何をぼうっとしているЦ我が主をお守りせよЦ
くッ！
ウォシスЦ帝ミカドがあそこまで仰るのだ、きっと何か訳がある。今一度話し合い、真意を確かめよっЦ
何を今更、負け惜しみですか？もう手遅れです。
さあ、どうなのです？アレを消滅させられますか？
解析完了。対象の固有振動数を表示します。
何だ、この妙な模様は？
何の呪まじないだ？
神代……文字？
クオンはん、これ読めるん？
残念だけど……ちょっと無理かな。
対象の消滅は可能。ただし、安全基準を越えた運用となります。
励起振動波照射装置のリミッター解除手続きを行って下さい。
ククク……何とも素晴らしい。アレをいとも容易たやすく消滅させられるとは。
やめるんだ、ウォシスЦ
いいでしょう。ウォシスの名において命じます！その総てを解き放ち、今こそ彼等に永遠の安寧を！
なんだ？どうしてなにも起きない？
誰もが無言で待ち続ける中、その答えがあった。
エラー。管理者権限が不足。命令を実行できません。
！
何……だと？
ウォシスはその言葉に絶句する。
何故だ……何故っЧ
もう一度だ、ウォシスの名において命ずる！その力を総て解き放て！アレを焼き尽くすのだЦ
エラー。管理者権限が不足。命令を実行できません。もう一度、ご自身の権限を確認して下さい。繰り返します……
オ……オオオオオオオォーッЦ
ウォシスは憤りとも狂気ともつかない声を上げた。
入力を弾かれた！まさかウォシスは……
権限が不足している、権限を確認しろだとЧ
こっ、この大昔の化石めがっЦ
システムは確実に、この私をマスターキーの持ち主として答えているのに、何故だ！
一体、何が、何が間違ってる！答えろЦ
貴方を複製体クローンと識別。規定によりレベル４までの準管理者権限となります。
待ちなさい、今、何と言いましたか……
ク、複製体クローン？なにを……何を言っているのですか。
私はウォシス！貴方の管理者たる帝ミカドの、正統な後継者です！何を馬鹿げたことを……
対象の遺伝子をシステムにより再解析します……
量子シーケンサ作動、ダイナミックスキャンを開始……
核ゲノム、ミトコンドリアゲノム……全塩基配列を決定。マルチプルプライメント及び、相同性を精査……解析終了。
適合率、９９．９９９９９９９９９％イレブンナイン。
貴方を登録された管理者の複製体クローンと認識します。
Ц
そういうことだったのか……
くろーん？
ウォシスの体がよろけ、一歩二歩と後退る。
通常、複製体クローンに権限は存在しません。貴方には登録管理者によりレベル４までの準管理者権限が与えられています。
準管理者は規定レベルの運用、及びメンテナンスのみが可能です。
そうか、兄貴が止めていたのは━━
嘘だ！
『ウォシス……』
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
機能、及びシステムは総て正常です。
嘘だーっЦ
ウォシスはがくりと床にへたり込んだ。
『おぉ、ウォシス……これだけは、この事だけは、お前に知られたくは無かった……』
『そう……其方そなたには出来ぬのだ……』
『お前は、減数分裂を経た個体では無く……余よの……』
『すまぬ……すまぬ、ウォシス……』
バ……バカな……私は……私は……
ウォシスは譫言うわごとのように呟き続ける。
こんなことはあり得ない……私は大いなる父オンヴィタイカヤンの血を継ぐ子孫……私こそがこの世界を照らす……
冠童達
「「…………」」
冠童ヤタナワラベ達はそんなウォシスを無言で見つめ続ける。
それ以外の者達も、思わぬ状況に立ち尽くし続けた。
オシュトル、どうするのじゃЧ
なにやら、群れが急速に膨らんでいるようですが。
クッ……
幾度となく繰り返される警告音の果て、突如それは悲鳴にも似た音を響かせた。
対象の活性化確認、質量、加速度的に増大中。
ケージの基準耐久度を越えています。拘束結界を再展開してください。
Ч
極めて危険な状態です。拘束結界を再展開してください。
まずいっЦ
ウォシス！早く止めるのだっЦこのままではタタリが外に出てしまうぞЦ
ウォシス！聞こえていないのかЧウォシスЦお前達も、己が主の目を覚まさせよっЦ
目の前の冠童ヤタナワラベ達にも怒鳴るが反応はない。
おまえたち……
ウォシスは駄目だ……心が折れて、最早立ち直れん。ならば……
ウォシス！その鍵を某それがしに渡せっЦ
ウォシスに詰め寄りマスターキーを奪い取ろうとするが、その行く手を冠童ヤタナワラベ達が阻む。
何をしている、まさかこの状況を理解出来ぬとは言わぬであろうな。
「「………」」
しかし、冠童ヤタナワラベ達はその言葉が届いていないのか、一歩たりと退こうとしない。
旦那、アレを奪い返せばいいんだな？
ならば、オウギ。
ええ、僕達の本領発揮ですね。
やめよ、最早もはや争っている場合では無い！
じゃあ、どうすればいいんだЧ
ぬぅ……
両者がもみ合い騒然とした室内に、平手打ちの音が響いた。
誰もがその音に動きを止め、その音の中心へと視線を向けた。そこには━━
な、何……？
ど、どういう……
ウォシスは信じられないものを見るように、自分の頬を殴った者の顔を見上げた。
その者は無言のまま、ウォシスが落としたマスターキーを拾い上げる。
シチーリヤ……
ウォシス様……貴方は、信じていたものに裏切られる気持ちを知りたいと仰いました。
貴様、何ということを！
冠童ラヴィエ
シチーリヤ！気でも触れたかЧ
こちらと相対していた冠童ヤタナワラベ達は一斉に向きを変え、シチーリヤを取り囲んだ。
しかし、シチーリヤは顔色一つ変えず、静かに彼らに問い返した。
そういう貴方がたはどうなのです？
「「？」」
その忠誠心は本物なのですか？植え付けられ、そう思っているだけではないのですか？
ウォシス様に作られた我らにとって、その心は真なのですか？
そして、ウォシス様はその心に果たして応えてくれるのですか？
我らの間にある物など、何も……
そ、それは……
ええい、耳を貸すな！世迷い言をЦ
冠童ヤタナワラベの一人、シャスリカがシチーリヤに飛び掛かり一閃いっせんする。
シチーリヤは身構える事もなく、斬撃をその身で受けた。
ぐぅ……っЦ
シチーリヤの胸が血で真っ赤に染まる。そして仰向けに倒れながら、遠く天を見上げて微笑んだ。
ライコウ様……もう疲れました……貴方は、この裏切者のシチーリヤを快く迎えてくださいますか……
足元に何かが当たるのに気付いて下を見る。
足元に滑り込んできたのは、シチーリヤが奪い取ったはずのマスターキーだった。
動揺している冠童ヤタナワラベもすぐにマスターキーの行方に気付き、こちらに振り返る。
ええい、だが、迷ってる時間は無い！
足元に転がるマスターキーを拾い上げ、頭上に掲げて命令した。
結界、発動！直ちにタタリを封印せよっЦ
しかし、その答えは無情だった。
拘束結界展開不能。
なん……だと……
内部圧力、臨界値を越え上昇。ケージ壁面に損傷確認。
対象、ケージ外部に流出します。直ちに避難してください。

ٙ
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声
うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッЦ
ヒィィィィィィィィィィЦ来るな、来るなァァァァァァЦ
囚人
頭ぁ……なんか上が騒々しいスねぇ。
んぁ、言われてみりゃあ……
な、なんだぁ？
『うぁぁぁぁッЦ』
『タ、タタリだぁЦ
タタリがここま━━んぼァЦ』
『逃げろぉ！何をしてる、呆けてる場合かЦ』
『し、しかし、下にはまだ━━』
『囚人などを気に掛けている場合か、死にたいのか！この場から退避するぞ、急げェЦ』
『ハッЦ』
タ、タタリ？
うぁぁぁぁЦた、助けて━━
ンなЧ
お、おい、あれ……タタリ……
待てよおい、何で天下のお膝元でタタリなんかが……
チッ、テメエ等！予定変更だ、今すぐズラかるぞ！
モズヌ一党
ヘ、ヘイЦ
チャラフン
ま、待ってくれ！僕も連れてってくれ！
助けてくれぇ！
お願いだ！頼む！見捨てないでぇぇЦ
ッ……馬鹿野郎、そんな……余裕あるわきゃネェだろ！
頭、急ぎませんと。
………………
か、頭、どうしたんです。
急がねえと、タタリが！
テメェ等、壁になりそうなのを積み上げて、少しだけでも時間を稼ぐじゃん！
ま、まさか、頭ぁ……
俺様達は、確かにクズだがよ、命乞いしてるヤツ等を見捨てたりはしねぇ。
そうだろう？
『ヘイЦ』
それでこそ頭だ！
頭ァ、一生付いていきやすぜ！
あ、ありがどうございまず……あ、ありがどうございまずぅぅ！
ヘッ、礼は助かってから言いな。野郎共、急ぎやがれ！
『オオ┻╋┳ッЦ』
門を！門を閉じろ！早くЦ
や、やっています！ですが、城門前に兵達が……
た、助けてくれぇッЦ
嫌だ……死にたくない……出してくれ！助けてくれェЦ
隊長Ц
構うな！門を閉じよ！このままでは、諸共アレに呑み込まれるぞЦ
で、ですが……
うわあああああああああああああッЦ退どけぇぇッЦ
退どけよぉッЦ俺が、俺が先だぁЦ
ま、待てぇっ！足元に誰かぁぁッ！止まれぇぇぇぇぇЦ
うぎゃあああっ！
駄目ですッ！間に合いません……うわああああああッЦ
あ、ああ……
何ということだ……帝都は、帝都はもうおしまいだ……
ああ…宮廷が……
大通りも、市場も……
都が……呑み込まれていくです……
何と……何ということだッЦ
あちこちに映し出されている外部の様子はいずれも阿鼻叫喚の有様だ。
タタリは次々と建物を押しつぶし、人々を飲み込んでいく。
ウォシス、今すぐ俺を連れて行け！
…………
貴様、何時まで呆けている！早く俺をあの場へ連れて行けィ！
貴様ァ━━
システムよ、このままタタリが放置された場合における被害を予測せよ！
オシュトル……さま？
音声
呼称『タタリ』による損害予測。
圧縮されていた『タタリ』は、有機物を吸収することで爆発的に膨張する性質を有しております。
それによる最終的な膨張率は、推定約１５８０倍。
周囲にある有機物を吸収し尽くし、その後は更なる有機物を求め地表を徘徊。
１公転周期でヤマトとされる土地の１２％が浸食され、１０公転周期で４２％に達します。
な……
その有機物とは……ヒトのことか。
概おおむね間違っておりません。正確には、タンパク質を多量に含む全ての生物ということになります。
何とか、ならぬのかЦ
対象は施設外部に流出している為、回収、あるいは殲滅は不可能と判断します。
糞ッЦ
このままでは都が……ヤマトが……他に何か手はないのか？
タタリを殺すことは、ほぼ不可能。以前のように凍らせて動きを封じようにも、あんな質量を凍らせる方法など……
待て、一つだけあった。兄貴が言っていた、奴等を消滅させるたった一つだけの方法。
兄貴は断念したと言っていたが、ウォシスがそれを実行しようとして……
これか、励起振動波照射装置。
特殊な周波数を持つ高エネルギーをぶつけ、原子の塵にまで分解。波で再生を阻害し、そのまま……
って待て、何だこの膨大な消費エネルギーは。
地下に封印されていた時ならともかく、あれを全て消滅させるとなると、太陽でも持ってこない限り━━
……『太陽』？
オシュトル……？
いや……ある。そうだ……太陽……
あに……いや、帝ミカド……
『？』
“アレ”はまだ、空にあるのか？
『“アレ”？……まさか。』
『あれを……使うつもりなのか。
だが、あれは……』
だが、他に手はない。
このままタタリを放置すれば、この帝都どころか、やがてヤマト全土が呑み込まれることになる。
そうなる前に……やるしかない。
帝ミカドはその言葉にしばし沈黙するが、苦渋に満ちた言葉を発した。
『……やむを得ぬか。』
『聖廟せいびょう内の力で足りぬのなら、外の力を求めるしかあるまい。が、アレを使えば……』
帝都を滅ぼしたという汚名、某それがしが甘んじて受けよう。
帝都を滅ぼす？な、何を言っておるのじゃ、オシュトル！父上っЦ
『アンジュよ……オシュトルを責めるでない……』
『戻れぬ世界に郷愁を抱き、変わり果てた彼等をいつまでも見捨てられなかった……』
『そして、ウォシスの気持ちに気付けなかった余よの過ち。』
『責められるべきは余よ自身、全ては余よの甘さが招いた過ちなのだ……』
『愛すべき民に地獄ディネボクシリを見せた帝として、余よを憎み責めよ……』
父上……
皆がこちらを見つめる中、手にしたマスターキーを再度、頭上に掲げた。
アマテラスと接続！
オシュトル？アマテラスって……！
権限を確認。命令を受理。気象管理衛星アマテラスとの接続を開始します。
その言葉と同時に、目の前の壁面に映像が映し出される。
見て下さい、皆さんЦ
あれは星空……なのですか？
何やの、あれ？
鉄の城？
空に浮かんでいる……のか？
アレも大いなる父オンヴィタイカヤンの遺産なのでしょうね。
気象管理形態から、励起振動波照射形態へ移行！
権限を確認。命令を受理。アマテラス、形態移行開始します。
オシュトル、まさか……
タタリとなった彼等は、死という概念を失った存在。それに終わりをもたらす手段はただ一つ……
この地上に太陽を創りだし、それをもってすべてのタタリを消滅させる。
最早もはや、方法はこれしか無い。
なッ……
消滅……
え……太陽って……
ま、待て、太陽などどうやって。
神代の御技みわざ……ですか。太陽までも自在に生み出すことが出来るとは、本当に……神の技なのですね。
で、ですが、太陽って……そんな力を使って大丈夫なのです？地上に太陽が現れたりなんかしたら、この帝都は……
……判らぬ。
判らないって……
しかし、ここで食い止めねば、被害は帝都に留まらぬ。
誰かがやらねばならぬのだ。
そもそも、ウォシスでは聖廟せいびょうの装置すら権限が足りず使えなかった。アマテラスが使えたかも怪しい。
それが出来るのは、恐らくマスターキーを扱えるだろう自分と兄貴だけだ。
だが、権限があるとはいえ、大勢の民の命を奪う権利など自分にあるのか？
いや、そんなもの無い。
それでも……やるしかない。
問題は━━
未だ呆けたままのウォシスを横目で見る。
本来、気象衛星であるアマテラスを、兵器として運用する、規定外の権限が自分にあるのか……？
心臓が高鳴る。もし命令を弾かれれば、それこそ打つ手がなくなる。
深呼吸すると、静かにそれを命令した。
励起振動波、起動せよ！
………
しかし、それに対して音声は長く沈黙する。
駄目か……
諦めかけたその時、不意に帝ミカドが口を開く。
『案ずるな。』
え……？
帝ミカドの方に顔を向けたのとそれはほぼ同時だった。
レベル５、最上級管理者権限、確認。励起振動波整径シーケンスに入ります。
Ц
帝ミカドの顔が僅かに緩む。
『お前こそが真人計画の唯一の成功者……その存在は人類そのもの。最後の……名を継ぎし者なのだ。』
そうか、兄貴が……
励起振動波、照射準備完了。目標の設定が成されていません。目標及び出力を設定して下さい。
目標はここにいるタタリ！出力は最大Ц
……目標設定。出力最大……対象の固有振動に対する相殺波長を自動で設定します。
警告、照射後、システム保全の為、アマテラスの全機能が停止します。その場合、システムの再起動が必要となります。
停止すればどうなる？
再起動までの間、設定されていた地域における気象コントロールが停止。当該地域に長期寒冷化を招きます。
つまり冬になって、そのまま春にはならないと言うことか？
その認識で問題ありません。年間の平均気温は推定で摂氏－１５度。最高気温は３度、最低気温は－５０度以下となります。
……想像以上だな。
だとすると、一帯の食糧事情も急速に悪化する。いや、それ以前に厳冬への備えをしていないのだ。凍死者も出るだろう。
どれほどの被害が出るか、想像もつかない。
いや……今、アレを滅ぼさなければ同じ事。この地に住む人々すらいなくなる。
構わない。
命令を受理。最終安全装置解除。照射タイミングを管理者に移譲。そちらのタイミングで照射出来ます。
よし、最後にもう一つ確認だが、ここは━━この聖廟せいびょうの地下は持つのか？
９２％の確率で被害が及びます。
もう少し希望があるかとおもったが……
では、ここにいる者達はどうなる？
この場に留まった場合、生存確率は１％未満です。
やはりか。アレだけの代物を消し飛ばすんだ、無事なわけが無い。
アマテラスの操作は、外部から出来るか？
専用の携帯端末からのみ可能です。
何、それはどこに！
管理者権限で登録されている携帯端末は０。使用の際、端末の再認証が必要となります。その際には……
もういいЦ
了解しました。
オシュトル……
クオン達が不安げにこちらを見つめた。
……やはり、ここで誰かが操作しなければならないということか。
いや、誰か……はないか。
自分の考えに苦笑する。
照射の命令を出せるのは管理者権限を持つ者だけ。兄貴があんな状態では……つまり自分という事か。
皆、聞いてくれ━━
ならぬぞ、オシュトル。
アンジュがこちらの考えを読み取り、思いとどまらせようと袖を引いた。
しかし、聖上……
アンジュを諭そうとすると、背後から重い声が響き、それを遮さえぎった。
『……それは私がやろう。』
その言葉に一同はその声の主を見た。
……兄貴。
『システムよ……引き金を引くのは私で不足ないな。』
管理者権限をお持ちの方なら、最上級管理者の判断で照射タイミングのみ取得は可能です。
『もう一つ。マスターキーが無くとも、それは可能か？』
可能です。
お、お父上Ч
帝の言葉にアンジュは真っ青になって、救命ポッドに取りすがる。
駄目じゃ、お父上も一緒に……
しかし、帝はアンジュの言葉に小さく首を横に振った。
『……私はすでにここから動けぬ身だ。仮に出られたとしても、もう長くはない。』
し、しかし……
『私は自らが築きあげた物を惜しんで、判断を誤ってしまった……』
『全て私の責任だ。アンジュよ、残りの命はせめてお前の命を守る為に使わせてくれ。』
『頼む、アンジュよ。父からの初めてのお願いじゃ。』
お、お父上ぇ……
アンジュは瞳に涙を溜め、崩れ落ちる。
『……オシュトル、娘を頼む。』
心得ております。
アンジュさま……
聖上。
しかし、ここから逃げるにしても外はタタリで埋め尽くされている。無事に出られるのか？
ここに来る時に使った門ゲートはどうでしょう？
無理。
各所に隔壁が降りており、辿り着くのは困難です。
『ムネチカ、ミカヅチよ、よく聞くのじゃ。これが余からの最後の勅命じゃ。』
ミカヅチ・ムネチカ
ハッ。
『この裏に緊急用の門ゲートがある。マスターキーによって機能が回復していよう。都の外へとつながっているはずだ。』
『皆を、アンジュを安全な所まで導いてやってくれ。』
御意。この命に代えましても必ずや。
勅命、謹んで承うけたまわります。
ムネチカとミカヅチは帝の言葉に頷き、アンジュの腕を掴むと、彼女を立ち上がらせる。
だ、駄目じゃ、余も残る。
アンジュはかぶりを振るが、帝は優しく諭すように言った。
『アンジュ、其方そなたにはこの國を、民を導く役目があろう……』
『父に頼らずとも、お前ならば必ずやこのヤマトを導くことができる。』
『これからは、アンジュ、其方そなたの國を築くのだ。』
お父上……
『泣くでない、お前には笑顔の方がよく似合う。』
『最後に笑った顔を見せてはくれぬか。』
お……父上……
アンジュは泣きながら、ぐしゃぐしゃの顔で精一杯の笑顔を作る。
『ありがとう、アンジュ。』
『さあ、行くのじゃ。』
アンジュは小さく頷くと父を名残惜しそうに見つめながらも、ムネチカに手を引かれて部屋を出て行く。
それを守るように仲間達も続く。そのしんがりとなったクオンが焦ったようにこちらに声を上げた。
オシュトル、早く！
先に行け！
でも……
すぐ行く、そう伝えよ。
クオンはその返事に不安げな表情を見せながらも、アンジュ達を追い掛けるように立ち去った。
自分はクオンの後ろ姿を見送った後、透明の棺の中の兄を見た。
ずっと昔のこと、目覚めてからのこと……様々な思いが胸を去来する。
残された時間はあまりにも短く、留め置くことはできなかった。
システム……トリガーの権限……委譲。
権限委譲します。
さよなら、兄貴。会えて嬉しかった……
『……私もだ。』
こちらの言葉に兄は微かに微笑んだ。
ホノカさん。
ついで傍かたわらに寄り添うホノカを見た。
ホノカは何も語らない。ただにこやかに、こちらに微笑みかけていた。
その意味に気づき、小さく礼をし背を向けた。
オシュトル！早く！
既に開かれた門ゲートの前で、皆が待っていた。
待っていてくれたのか。
兄上を置いていくことなんてできません。
ということで、意見が一致したわけやぇ。
他の全員も、当然だと言わんばかりに頷いている。
すまぬ……
話は後。
今は正常に機能していますが、お早く願います。
双子の言葉に、これから通る門ゲートを改めて見る。
何も無い空間に浮かんだ光球は、心なしか微妙に揺らいでいるように見えた。
緊急用の門ゲートか……
何処に飛ぶか確認している余裕は無さそうだ。
皆、跳びこめ！
号令を受け、次々に門ゲートの中へ身を躍らせる。
聖上、お早く！
……行かぬ。
余は行かぬ！お父上を残して行けるものか！
アンジュはムネチカを払いのける。
突き飛ばされたムネチカが一瞬躰をよろめかせた時、彼女は門ゲートの中に引きずり込まれた。
同時に、音叉のような作動音が乱れ、部屋の空気を揺らしはじめた。
これは……門ゲートが安定していないのかЧ
お父上っ！お父上ぇЦ
くっ……
もう一刻の猶予もない。暴れるアンジュを抱え、自分も門ゲートに飛び込んだ。
その先がどこに繋がっているのか、判らないままに。
弟の背を見送った帝は、未だ呆然と崩れ落ちたままの息子を見た。
『ウォシス。』
呼び掛けるが反応はない。何かをブツブツ呟き続けるだけだ。
帝はその様子を遠巻きに見つめる冠童ヤタナワラベ達に呼び掛けた。
『そこの者達。』
冠童達
「「？」」
『オシュトルらと共に行けぬというなら、最深部のシェルターを使うといい……アマテラスの最大出力に耐えられる保証もないが。』
「「………」」
『我が不肖の息子を頼む。』
その言葉に冠童ヤタナワラベ達は一様にハッとし、互いの顔を見合わせ、そして頷いた。
人形のようなウォシスを抱き抱えると、冠童ヤタナワラベ達はクオン達とは別の出口へと駆けていく。
そして帝とホノカ、二人だけが残された。
『さて、とうとう我ら二人きりか。』
それもよう御座います。今まで忙しすぎて、そのような時間は贅沢でしたから。
『フフフ、それもそうだな。』
ブロックＡ、Ｂに侵入物確認。隔壁閉鎖。隔壁強度に深刻な問題発生。
『……しかし、その感傷に浸る暇いとまもないか。』
我が君……
『最早、今生で其方そなたと話す最後の機会となろう。だから、時が尽きる前に一つ聞かねばならぬ事がある。』
『この数百年、いつか聞かねばと思いながら、私に意気地がないばかりに聞けなかった事だ。』
何でしょう。
『其方そなた……其方そなたは私を恨んでいまいか？』
『ウォシスの言う通りだ。自らの心を慰める為に身勝手にも命を、其方そなたを作った……』
『其方そなたに与えた役目など、其方そなたを手元に置くための方便に過ぎぬ。』
『所詮、其方そなたの私へ向けられた好意はすり込んだもの。』
『過去に囚われ、失った過去から目を背けるための虚構。』
『しかし、其方そなたには心がある。ウォシスが、冠童ヤタナワラベがそうだったように、己が出自からその心を疑うのではないか、と。』
『これが最後だ。私に恨みがあるのなら、今ここで言うがよい。』
しばしの沈黙の後、ホノカは寂しげに微笑んだ。
……そのような事もあったかもしれません。
『……やはり。』
ですが、初めから刻み込まれた想いでも、私わたくしにはそれがただ一つの心。
その想いがどこから来たか判らなくとも、私わたくしはそれに従い、生きてきました。
そして、永い永い時間をかけて、そこにあった想いの上に、新しい想いを降り積もらせたのです。
不満……があるとすれば。今日まで貴方様は私わたくしに愛を囁いて下さいませんでした。
残念でなりません。私わたくしはこんなにも貴方様を愛していたのに、その想いがまだ届いていなかったなんて。
ホノカの瞳から透明な雫がこぼれ落ちる。
もっともっと、想いを伝えれば良かった……
『ホノカ……私は。』
帝は……私わたくしを愛してくれてなかったのですか……？
『いや……愛していた、愛していたとも。』
帝は弱々しく硝子の向こうのホノカに手を伸ばした。ホノカも硝子越しに手を合わせた。
『ホノカ……』
『ハハハ……よい、これでよい。この世に残す想いは最早ない。』
『私はこの数百年、何を見続けていたのだろうか。』
『……最期まで付き合わせて済まぬ。』
いえ、死す時は同じ。それが私わたくしの願いです。
『ああ、今度こそ同じに。』
帝の言葉にホノカは小さく頷いた。
『次出会う時も其方そなたは我が妻ぞ。』
『アマテラス……照射。』
Ȕ

ʐ
ʐ
ʐ
何もない、がらんとした部屋だった。
静寂の中に、皆みなの呼吸音、そしてうねるような微かな動力音だけが聞こえてくる。
転移装置の主動力が落ちたらしいな。どうやら、転移には成功したか……
しかし、ここは……？何かの建物のようだが。
不意にアンジュの声が響いた。
お父上は……オシュトル、お父上は……
聖上……
その問いには、誰も答えることは出来ない。
お父上！
出口を探そうと壁際に駈け寄るアンジュ。
と、アンジュを認識したかのように、壁の一角が自動で開こうとするが、僅かな隙間だけ開けて止まってしまった。
お父上……っ！
アンジュは扉をこじ開け、そのまま部屋を飛び出していった。
ぬ……
聖上、無闇に動かれてはЦ
……危険です、アンジュさま！
その様子に、皆も慌てて追い掛ける。
上方から聞こえてくる足音を追うように、螺旋状の階段を駆け上がる。
不意に目の前が開けた。
高い塔の最上部らしかった。眼下に広がる森、その遥か遠くまで見渡すことが出来る。
ここは……
確かめようとした、次の瞬間だった。
閃光が迸った。
遠く横たわる地平の一角に、天から光の槍が突き刺さった。
遅れて、衝撃波が空気をびりびりと震わせる。
きゃっЧ
あれは……帝都の方角か。
な、なんだぁЦあのデッカイ光の柱はЦ
浄化の光……
まるで天と地を繋ぐ柱のよう……
じゃあ、アレがアマナントカっていう……
あやや、あの下におるもんはみんな……
兄貴……
帝都を覆い尽くそうとしていたタタリを、アマテラスが焼き払っているんだろう。
何も知らずに見れば、なんと神秘的な光景だと思えたかも知れない。だが、あの下には……
………ぁ……
お父……お父上……うぅ……
お父上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッЦ
その双眸そうぼうから、堰を切ったようにぽろぽろと大粒の涙があふれ出る。
アンジュは側に寄り添うムネチカに抱きつき、泣きじゃくった。
言葉をかけられる者はなく、誰もが呆然と立ち尽くしていた。
やがて時間が過ぎ、肌寒い夜風が吹き始めた頃。
……クシュン！
ネコネのクシャミで皆みなが我に返った。
ずっとこうしてはいられないかな。野営の準備をしないと。
アンジュは泣き疲れ、今はムネチカの胸の中で眠ってしまっている。
今はそれだけが、皆の慰めだった。
野営の準備を指揮したのはクオンだった。
皆にテキパキと指示を出し、ハッパを掛ける。
ミカヅチ、双子が偵察及び周囲の警戒にあたった。
ヤクトワルトとオウギは薪拾いに、ノスリ、キウル、アトゥイは食料の調達に向かう。
ムネチカはアンジュの側に居てあげて。
心得た。
ネコネとルルティエは、私わたくしと一緒に食事の支度をお願い。
わかりましたです。
はい、すぐに火を熾おこします。
では、私わたくしもお手伝い致します。
さぁ、グズグズしてると日が暮れちゃう。すぐに取りかかろ。
パンパンと手を叩いて急かす。
クオン、自分は何をすれば……
水を汲んできて。この道に沿っていけば、川が流れているから。
判った。
ホロロロ。
ココポ、手伝ってくれるか。
ホロッ！
クオンの言われた通りに道を進むと、小川が流れていた。
革袋に水をたっぷりと入れ、ココポの背に積む。
しかし、ここに川があるなんてよく知っていたな……
露営地に戻ろうとして振り向いた時、空遠く、何かが聳そびえ立っているのに気づいた。
あれは……
ちょうど転送されてきたあたり、明らかにこの世界の物とは違う尖塔が、夕暮れ近い空を突き刺すように立っていた。
塔だったのか……
っと、そんなことより、早く水を持って行ってやらんとな。
天幕が張られ、食事の支度ができた。
皆が手分けして獲ってきた肉と魚、それに山菜がいっぱいに並べられる。
すごい御馳走になっちゃったね……
まるでお宿におるみたいやぇ。
アマムの粉と塩があって助かりました。
うむ、食欲をそそられる。この香りがたまらん。
はい、途中でネコネさまが香草を獲ってきてくれましたので。
美味い美味いと皆ががっつく中、アンジュだけが手をつけなかった。
ちゃんと食べないとダメかな。
……欲しくないのじゃ。
ダ～メ。
自分のアマム巻きアマムニィをアンジュの目の前に突き出して、さらに言う。
とにかく食べてみて。お腹が膨れれば、大抵のことは乗り越えられるから。
ふふふっ。
フミルィルも、笑ってないでアンジュに……
クーちゃんが言うと重みが違うなって。
………
フミルィルの言葉に、再び座がぱっと沸く。
助けられているな。自分も、聖上も……
聖上が召し上がられぬと言うのであれば某それがしが頂きましょう。
そう言いながら、アンジュに向けて差し出されているアマム巻きアマムニィを掴んで口に入れた。
うむ、美味い！流石は聖上の御為に心を込めて作られただけのことはある。
ぁ……
あの……こちらをどうぞ。
アンジュはルルティエが差し出した新しいアマム巻きアマムニィを受け取る。
そして、覚悟を決めるように、口に入れて咀嚼そしゃくする。
……うまい。
言葉と一緒に、アンジュの瞳から涙が溢れた。
うまい……うまいぞ……
ポロポロと涙を流しながら、一心に食べるアンジュ。
皆が集う焚火の周りで、しんしんと夜は更けていった。
…………
目が冴えて眠れない。
天幕の中、皆みなの寝息が響いている。
何度か目を閉じ、再び開け、眠りに落ちるのを諦めた。
毛布を抜け出し、天幕の外へと出た。
旦那、こんな夜更けにどうしたい？
天幕を出たところで、焚き火の前に張り番をして座り込んでいたヤクトワルトに声をかけられた。
……いや、少しな。
ああ、厠かわやかい。もうすぐ冬になるとか聞いちまうと、自然と近くなっていけねえや。
……そんなところだ。
襲ってくるようなモンの気配はねェが、気をつけるじゃない。
判っている。
笑ってヤクトワルトに軽く手を振り、その場を後にした。
気が付くと、自然と遺跡の中へ足を踏み入れていた。
外と変わらない暗がりの中、通路を奥に進む。
と、懐中のマスターキーが淡い光を放ち始めたのに気づいた。
それに呼応するように、天井に仄ほのかな明かりが灯る。
まだ機能しているのか？いや……
すでにこの施設本来の機能は失われていた。
通路全体をまばゆく照らすはずのそれは、かろうじて行く手を示すだけに過ぎない。
そんなことをぼんやりと考えながら、薄闇を進んだ。
転送室の扉は、アンジュがこじ開けた時のままになっていた。
中はがらんとしていて、時間が止まっているかのようだった。
薄暗い部屋の空間を、ただボンヤリと眺める。
そうしていると、昔のこと、兄とのことが、とりとめなく浮かんでは消えていく。
何だろうな、これは。まるで、ポッカリと心に穴が開いたような……前に兄貴が死んだと聞かされた時には感じなかった。
今度こそ……本当に逝っちまったんだな……
そして気づく。これでまた、自分の過去を知る者はいなくなってしまったのだ、と。
薄闇の中にうずくまり、しばらくじっとしていた。
と、何かが聞こえてくるのに気づいた。
これは……歌声？
それは夜風に乗り、上の方から聞こえてくるようだった。
立ち上がり、導かれるように屋上へと続く螺旋階段を登っていった。
歌声が徐々に大きく、澄んで聞こえるようになってきた。
屋上に出ると、地上が思いの外明るいのに気づいた。
炎が消えていないのだろう、彼方にあるはずの闇は、いまだ橙色に染まっている。
崩れかけた骨組みの先に、見知った顔を見つけた。
ふたり、帝都の方角を真っ直ぐに見詰め、唄をうたっている。
暖かく心を震わせ、そしてどことなく悲しげに響く唄……
ああ、そうか……
これは犠牲になった帝都の民へ、そして、兄貴とホノカさんに捧げる鎮魂歌なんだな……
声を掛けることも忘れ、ただ聴き入っていた。
やがて、それも終わりを告げる。
気付いていたのだろう、二人はこちらを振り返り、ただじっと見つめてきた。
さすがにここは冷える。もう戻れ。
どうした？
唄を。
このままもう少し、唄っていてもよろしいですか？
主上とお母様を、安らかにお送りしたいのです。
正直驚いた。
こちらの言うことには絶対服従であった二人が、初めて拒絶らしい反応を示したのだ。
それは構わぬが……
ただ機械的に従っているわけではないと思っていたが、ここに来て心の揺らぎを見せるのか。
兄貴とホノカさんの死は、それほどの影響を与えているんだろうな……
こちらが戸惑ったことが伝わったのだろう。双子はしばらく黙っていたが、やがてウルゥルが呟くように言った。
私達は違う。
私達の部族は、強大な力に対抗するべく創造されし種。
最高位たる我等、鎖の巫カムナギ。
ヤマトに仇なすものを、その力を持って封ずる運命さだめを授かりしもの。
二人で一人。
片方は大宮司の記憶と意志を継承し、新たな大宮司として主上を支える役目を。
繋ぐ。
もう片方は、次代のための新たな生命を宿す。
永遠に終わらない。
それは輪廻となって、永い永い時を紡いできました。
記憶の継承？まさか、記憶の転写━━人格融合か？そんなものにまで手を……
そういえば、ホノカさんが本当の母親では無い様なことを言っていたが……
正確には叔母。
私達を産んでくれた母は、幼い頃に亡くなりました。
そうか……
この二人が特殊な生い立ちだとは判っていたが、ここまでとはな。
本来なら違った。
私達もどちらかがお母様と融合して『ホノカ』という存在となり、どちらかが次の世代を育む。その筈でした。ですが。
主あるじ様が現れた。
そのことで、私達の御役目は終わり、輪廻も終わりを迎えたのです。
何故だ？
主上は、後継者として主あるじ様を選んだ。
そして、これからは主あるじ様に仕えるように仰いました。
お母様は自みずからのことのように喜び、祝福してくれました。私達が主あるじ様と結ばれますようにと。
私達の為。
主あるじ様こそが、私達を永劫に続く輪廻の檻から解放出来るのだと。
とても……とても嬉しそうに、そう語って下さいました。
でも、出会った時、判った。
私達は、最初から主あるじ様の為だけに産まれてきたのだと。
胸が締めつけられた。
釣り鐘のように胸が高鳴り、顔が火照りました。
主あるじ様と会うごとに、その思いは確信となり、胸に深く刻まれてゆきました。
全て、必然。
巡り会ったこの方こそが、私達の『我が君』なのだと。
うたわれるもの。
この方こそ、新たな大神オンカミとなられる御方なのだと。
私達は、主あるじ様と共にある。
たとえ主上やお母様の言葉がなくとも、私達はいつか主あるじ様の元に馳せ参じたことでしょう。
告白が終わり、沈黙が戻った。
二人はただ、はるか帝都に映える炎を見詰めている。
これまでの歴史と言えるものが、すべてこの二人に託されていた訳か。
どうして自分なんかに尽くしてくれるのかと、ずっと思っていたが……そういうことだったのか。
ごめんなさい、主あるじ様。
愛していたお母様に。
愛していた主上お父様に。
安らぎの唄を。
だから、今だけは……
二人だけにさせて下さい。
まるで二人でひとつであるかのように、紡がれた願いの言葉。
二人の瞳が静かに、赦しを請うようにこちらを伺っているのがわかる。
その憂いには、寒空の下、自分たちに付き合わせるのは申し訳ないから、という意もあるのだろう。
気を使わせてしまったか。
望むままにするがいい。
はい、主あるじ様。
そう答えた二人が、そっとはにかんだように見えた。
再び螺旋階段を降ったが、そのまま眠りにつくのは、どこか躊躇ためらわれた。
遺跡内部の通路を、あてもなく彷徨さまよう。
声
……眠れないの？
突然の声に振り返ると、そこには静かに佇むクオンの姿があった。
クオンか……
とても大切な……昔語りを聞いていた。
そう……
クオンは頬笑むだけで、それ以上訊ねようとはしなかった。
私わたくしも眠れなくて、ちょっと散歩に出ていたら、歌声が聞こえたから……
えっと……一緒にいて、いい？
聞かれてもいないことを自分から喋ってくるのは、クオンなりの気遣いなのだろう。
小さく頷きながら、思わず笑みがこぼれた。
クオンはすこし離れて、通路の壁に体を預けた。
それから、瞳を細めるようにして辺りを見渡す。
ここ、懐かしいな……
つぶやいたクオンの言葉に、思い当たるところがあった。
……この遺跡の事を何か知っているんだな？
クオンはしばし逡巡すると、決心したように促した。
ついてきて。見せたい所があるんだ。
導かれた先は、遺跡の外壁だった。
壁の一部が崩れ、その裂け目から縄がつり下がっている。時折吹く夜風を受けて、誘うように揺れていた。
こっちだよ。
戸惑っていると、クオンは躊躇無く縄を握り、軽やかによじ登ってゆく。
相変わらずだな。それにしても、何処へ……
覚悟を決め、クオンの後に続く。
不安定な足場と暗闇に苦労しながら、どうにか登っていく。
その先には、人一人が何とか通れそうな亀裂が開いていた。
暗いから気をつけて。
そう言い残して、クオンは無造作に亀裂の奧に入っていく。
先にあるものを知っている足取りだな……
中は廊下になっているらしい。先ほどの転送室と違い、ねっとりとした漆黒の闇だ。
クオン、灯りを……
次の瞬間、薄暗い光が通路を照らした。
光が……
ああ、これか。
懐からマスターキーを取り出す。
なら、ここはまだ生きているんだね。
かろうじて、だろうな……
薄明かりに照らされた廊下を、ゆっくりと進んでゆく。その突き当たりはただの壁になっていた。
行き止まりか。
ううん、ちょっと待って。
壁に近づき、そこに埋め込まれていた認識装置に掌で触れる。
確か……こうして……こうだっけ？
何かの図形を書くように、ペタペタとなぞってゆく。
ええと……こうで……あれ……
悪戦苦闘するクオンの肩越しにマスターキーをかざすと、壁に光が走り、扉が開いた。
便利……なんだね。
他にも何か言いたげなクオンを連れ、中に入った。
病室ほどの、小さな部屋だった。
床の中央には、どこか見覚えのあるものが横たわっていた。
これは……
以前訪れたウズールッシャの遺跡でもたくさん並べられていたが、医療槽の一種だろう。
かつてはこの中に誰かが入っていた、ということか……
何かに惹かれるように近づこうとした時、クオンの声が響いた。
ここがすべての始まり……
きゅっと瞳を細め、懐かしそうにその表面を撫でる。
ここはね……
ここに、ハクが眠っていたの。
な……
ここに……
自分の個人情報が何か残ってないかと、付属のコンソールパネルを触ってみたが、エラーしか返ってこない。
災厄時の混乱で、識別装置が壊れたってところか。これなら兄貴が見つけ出せなかったのも無理はない……
記録が失われたのは残念だが……生命維持装置が壊れなかっただけでも、運がよかったと思うべきだな……
なんとも複雑な気持ちで、かつての揺りかごを見つめていると、クオンはふと思い出したかのように話し始めた。
話したことがあったよね。子供の頃から知らない土地や場所に行くのが好きだったって。
お母様達にばれたら怒られるから、こっそり部屋を抜け出しては、色々な所に行ったんだ。
大きくなってからは、見聞を広めるって理由で、あちこち旅をしてた。
そんな時、このヤマトの噂うわさを耳にしたの。
それで、いてもたってもいられなくて……お母様達に話しても反対されるから、黙って海を渡ったの。
初めての船旅はとても楽しかった。ヤマトに着いても初めて見るものばかりで、ずっと興奮してた。
そして、この國で初めて立ち寄った集落で、何時ものように聞いたんだ。この辺りに太古の遺跡はない？って。
それで、ここのことを知ったの。
この遺跡に来た時、それほど期待してはなかったんだ。
さんざん調べ尽くされた後だって判ったし、そう都合良く見たいものに出会えるわけじゃないから。でも、何か気になって……
それがただの直感だったのか、それとも何かの導きだったのか……正直、私にもよく判らないけど。
何か見落としがあるんじゃないかって色々調べてたら、偶然中に入れそうな亀裂を見つけて━━
偶然？
うん。本当に偶然だった。
足を踏み入れて、すごく興奮したのを覚えてる。そこは誰にも荒らされた形跡の無い、まっさらな状態だって判ったから。
でも、もっと驚くことがあった。天井にはうっすらと明かりが灯り、星空みたいにあちこちで小さな光が瞬いてた。
他と違って、この部屋は生きていた。
夢中になってあちこち調べていたら、指先が何かに触れたんだと思う。
突然、壁が動き出して、冷たい空気と一緒に中からそれがせり出してきて……
混乱している私わたくしを他所にゆっくりと……蓋が、開いたんだ。
まるでその瞬間が今、ここで再現されているかのように、クオンはこちらの顔を正面から見つめて言った。
そうだよ……
ハクが、眠っていたんだ。
ここに、自分が……
空の医療槽を見つめていると、クオンはまた、昔話を語るかのように先を続けた。
すぐに判った。ヒトであってヒトで無い姿……言い伝えと同じだったから。
このヒトはきっと『うたわれるもの』なんだって。
大いなる父オンヴィタイカヤン、その御方おかたなんだ……って。
ずっと会ってみたかった。話してみたいことが、聞いてみたいことが一杯あった。
言い伝えは本当なのか、どんな暮らしをしていたのか……
どんなものを食べていたのか、どんなお風呂があったのか、どんな家族がいたのか……
この人が目を覚ませば、私の知りたい色々な事を教えてくれるんじゃないかって━━
だけどハクは目を覚まさなかった。躰が冷え切って、ひどく衰弱していて……
それで、私わたくしはすぐに外に運び出して、天幕に寝かせて看病したの。
看病しているとき、嬉しかった。ときめいた。あの時のことは、今でも忘れない……
だって、失われた歴史の生き証人が目の前にいるんだもの。
でも……
でも？
ハクが目覚めた時、それは後悔に変わった……
あの時のハクは弱々しくて、とても一人で生きてゆくことが出来そうになかったから。
何より、このヒトは独りぼっちじゃないかってことに、気付いちゃったから。
もしかしたら、私わたくしは……とても残酷なことをしたんじゃないかって……
その声は、どこか心細そうに、消え入るように響いた。
クオン……
ただ独り……
えっ？
ただ独り残され、誰も知る者はいない……
……ハク？
だが、孤独ではなかった。
皆が集い、共に歩み、共に笑い、共に戦ってくれた。
そして生き別れていた兄とも、再会することができた。
何より……クオンが側に居てくれた。
そうだ、独りなどではなかった。孤独などではなかった……
……ありがとう。
クオンが見つけてくれたからこそ、こうして今がある。
ハク……
そっか……
そう思ってて……くれてたんだ……
一瞬、クオンの瞳が潤んだように見えた。
それをこちらに気づかれないようにだろう、そっと顔を伏せる。
そして、クオンはすぐにそれを隠すように、こちらの胸に額をあずけてきた。
クオン……？
……ごめん。
少しだけ、このままでいさせて……
気丈で強く、脆くて弱い少女。
それが、とても愛おしく見えた。
ああ、そうか……そうだった。
……？
大切なことを、忘れていた。いや、思い出したのか……
思い出した……？
答えの代わりに、クオンを抱きよせる。
……ハ……ク？
戸惑いを浮かべるクオンの瞳が、こちらの姿を映しだしていた。
それが、ゆっくりと近付いてゆく。
……ンぅЧ
唇が重なる。
腕の中でクオンが、わななくように震えた。
ん……ふぅ……
強張っていた躰から、徐々に力が抜けてゆく。
身をゆだねるクオンを固く抱きしめ、想いが一つとなる。
それから、どれほど時が流れたか……
抱きしめた手を緩め、そっと離れた。
ぁ………
まだ、この想いを伝えていなかったことを……

日の出と共に起き出し、焚き火の前に行くと、皆はすでに顔を揃えていた。
アンジュも今は落ち着いているように見える。
クオンのヤツは……特に変わりはない、か。
ん？どうかした？
いや……何でも、ない。
と言っても、いつもと比べたらぎこちないか。どこかでクオンの事を意識してしまうな……
ふぇ…ふぇ…ふぇーっくしょいッЦ
ひゃっ、もう、ヤクやん！
おっと、すまねえ。だがな、何やら昨日に比べて妙に寒くねえか？
ぶるる……確かに、私も今朝は妙に肌寒く感じる……
私わたくしもかな。昨日、冬になるって話をしていたけど━━
クオンの言葉に自分は首肯する。
このヤマトは、天にある星によって守護されていた。
その星により、大地は温暖に保たれ、豊かな作物が実り……民の暮らしは支えられていた。
だが、星は放たれたタタリを滅ぼす為、力を使い果たし、眠りに入ってしまったのだ。
星……
それがなくなったから、冬になるって事？
帝ミカドの星の守護が無ければ、春がやってくることは二度とない。
永遠の冬が訪れ、一切の作物は実らなくなるだろう。
でも……そんな話、聞いたことないです。
事実。
かいつまんで説明するなら、そういう事になります。
あやや、地面がダメなら海に逃げんと。
その海も、冬が続けば凍り付くことになる。
おそらくは寒さと飢えで、多数の死者がでるだろうな。
そしていずれは、雪と氷に覆われてしまう……
聞いていた全員に、重々しい空気が流れた。
よく聞いてみれば、一大事ではないか。
よく聞かなくても一大事です。
世界の全てが凍りつくなら、逃げようがないじゃない。
むむむむむむ、何か良い手は無いのかЧ
と、ずっと沈黙していたミカヅチが口を開いた。
……何やら策があるのだろう。
星に呼び掛けて、目覚めさせる。さすれば、元通りになるはずだ。
それはどのようにして？
帝都であれば、それも出来たのであろうが。どこか、星と交信出来る場所があれば……
あの……兄上。何故そんなことを知っ━━
あぐッЧ
クオン達が次々とキウルに肘鉄をいれる。
ど、どうして……
なるほどね。ま、よく判らねえが、その星と交信出来る場所を探さないといけねえって事じゃない。
ああ、それも一刻も早く見つけ出さねばなるまい。
数日の内にヤマト全土に雪が降り始める事になるだろう。
雪？ヤマト全土にですか？
そうなれば、作物への被害は甚大になりますね。
國が揺らいでいる時に飢饉ききんなんて起きたら、取り返しの付かない事に……
…………
聖上？
ヤマトが冬に覆われるのは防がねばならぬ。それは判る。じゃが……
その口ぶりにアンジュの言いたいことを感じ取る。
もちろん、民の事を放置するわけではありませぬ。そちらはクジュウリの皇オゥルォにお願いしようかと。
お父さまに？
うむ。クオンが言うには、この地はクジュウリの都からそう遠くはない場所とのこと。
ルルティエからも口添えしてもらえると有り難い。
は、はい、もちろん。わたしでお力になれるのでしたら。
そ、そうか、オーゼンに……
合わせて他の國の皇オゥルォにも動いて頂くと宜しいかと。
そうだな。彼らならば、急ぎ動いてくれるであろう。
では一度、クジュウリ皇の所へ赴き、各方面への手配をする、ということか。
ムネチカの言葉に頷き、アンジュを見た。
如何でしょうか？
判ったのじゃ。必要な文なら幾らでも書くぞ。
ひとまず安心したように、アンジュはほっと息をつく。
すると、そんなアンジュの様子を見届けたかのように、ミカヅチは不意に口を開いた。
ならば、そちらは貴様に任せる。
俺は急ぎ帝都に戻り、その様子を確かめるとしよう。まだ帝都があれば、の話だが……
ミカヅチ……
俺は武人だ……絡繰からくりの事など判らぬ。
ならば、この身が役立つ方を選ぶまでの事。恐らく帝都やその周辺は酷く混乱しているだろうからな。
ヤマトの民草を━━生きている者がいるのならば、助けねば。
先の帝ミカドより受けた勅命は、俺の中でまだ生きている。
そうか……
判った。帝都は貴公に託す。
ミカヅチはその言葉に頷くと、アンジュの方に向き直った。
聖上……しばしの別れです。
うむ。何かあれば、すぐに知らせるのじゃ。これからも左近衛大将として余を助けて欲しい。
御意。
我等も役目を果たし次第、すぐに参る。
貴方は些末な事と言うかもしれないけど、お礼を言わせて。ありがとう。
クーちゃんやオシュトルさまを助けて頂き、ありがとう御座いました。
感謝。
ミカヅチ様の働き、先の帝ミカドもさぞお喜びのはずです。
道中どうかお気を付けて……
短い間だったが、寂しくなるじゃない。
さびしくなるぞ！
一度、ちゃんと刃を交えてみたかったぇ。
今よりもっと強くなり、きっとミカヅチ様と並び立てる男になって見せます。
困った事があればいつでも私を頼るといい。イズルハとの血盟は永遠だぞ。
姉上……そのような事を為さった記憶はないのですが。
ま、まあ一度くらいなら、頭を撫でても文句は言わないのです。
ミカヅチはニタリと笑い、ネコネの頭をくしゃりと一撫ですると、こちらを見た。
オシュトル……その首、俺以外の者に落とされるなよ？
ああ……無論だ。
では、いずれかの戦場いくさばでまた相まみえようぞ！
………
……行ってもうたね。
けれど民の事はミカヅチや他の皆に任せるとして、問題なのは星に語りかける場所、かな……
そうだ、そいつが肝心だったな。旦那、どっかに当てはあるのかい？
うむ。確かな当てがあるわけではない。
ここの遺跡は使えないの？
ああ……一通り見て回ったが、それらしい部屋はすでに瓦礫に押しつぶされたようだ。
マスターキーでもせいぜい明かりがついただけだ。もうここは使い物にならないと考えた方がいいだろう。
そう……
クオンは残念そうに目を伏せる。
では、めぼしい遺跡を虱潰しらみつぶしに当たっていくしか……
マスターキーがあれば、息を吹き返す遺跡があるはずだ。今はそれにかけるしかあるまい。
先の見通せぬ状況に、皆は沈黙する。
とはいえ、それでうまくいくとはかぎらんがな。
クソ……兄貴からもっと話を聞いておけば。
？
不意に、クイクイと背後から袖を引かれる。
振り返ると、いつも通りの無表情さで双子がこちらを見上げていた。
どうした、二人とも。
すると、二人は思いがけない事を口にした。
知ってる。
何？
星を導く場所に心当たりがあります。
何だと？
たぶん。
確実とは言えませんが。
思わぬ言葉に一同は色めき立つ。
確実でなくてもいい。聞かせてくれるか？
双子は頷いて語った。
お城。
城？
クジュウリの城で、それらしいものを見ました。
ええЧまさか、あそこに……Ч
知っているのか？
詳しくは……でも、以前ご覧になられた通り、クジュウリの城は遺跡を再利用して建てられた城です。
勿論、遺跡としてはすでに抜け殻みたいな物で、大した物はなかったのですが。
でも最近、増築した際にいくつか新しい遺跡が見つかったのです。
そうした未発掘の遺跡は帝ミカドにお知らせするのが、古来からの慣わしとなっています。
それで、遺跡を調査する為に帝都からお二人が城に参られたのですが。
そういえば……
双子と初めて出会った時のことを思い出す。
あの時、ウコンは帝都へ何かの遺物を運ぶ途中だったな……
あれは、クジュウリの城から出土したものだったというわけか。
でも、てっきりお二人が掘り尽くした物だと思っていたのですが。
掘り出してない。
とても重要だったけれど、大き過ぎて掘り出せなかった物もありました。
それで封印した。
ですから、それには手をつけず、封印を施した秘密の場所があります。
そうだったのか……
そういう事ならば、なおの事、クジュウリの城へ行く必要があるな。
よし、支度が整い次第、すぐに出発しよう。
帝都地底深く……
強靱な金属複合材と合成樹脂の壁に囲まれた地下空間……
そこが最後の避難場所、如何なる物にも不可侵である帝ミカドのシェルターだった。
施設のどこかに損傷があったのか、中央広間の照明は極限まで落とされ、辺りは薄暗い。
そんな部屋の片隅に、ウォシスは独り、壁に背を預けてしゃがみ込んでいた。
冠童シャスリカ
ウォシス様、食事をお持ちしました。
……いりません。
冠童リヴェルニ
ですが……
冠童ラヴィエ
少しは召し上がりませんと、お体に障ります。
いらぬと言っているッЦ
あッЦ
ウォシスがうっとうしげに手を払う。その手が樹脂の盆に当たり、上に載せられていた練り物や飲み物がこぼれ落ちた。
あぐっ……
リヴェルニЦ
くッ……
ウォシスは拳を握りしめ、肩を震わせて呟く。
……消えなさい、私の前から。
ウォシス様……
そうやって従順なふりをしていても、腹の底では私を莫迦バカにしているのでしょう？
そんなこと……
何を仰います！我々は━━
笑いなさい。私は父上の後継者などではなかった。それどころか、父上の複製品クローン……
私もまたアンジュと同じ、ただのまがい物だったのです……
アンジュをあれほど莫迦にしておきながら、全くとんだお笑い草ですね。
いえ！今でも我らにとり、ウォシス様こそが帝ミカドの真の後継者で御座います！
信じられるものか。父上、シチーリヤ……皆、私を裏切る。どうせお前達も……
何を仰いますか、決してそのような━━
もういいЦ今すぐ、ここから出て行けッЦ
私に……私に触れるなぁぁぁЦ
う……
冠童達
「「御心のままに……」」
おいたわしい……ウォシス様。
どうしたら……もう、我らの心はあの方には届かないのでしょうか……
あの裏切り者シチーリヤのせいでЦ
アイツのことは口にするなッ！我等が創造主であり絶対たるウォシス様より賜った恩を忘れ、あのような蛮行に走るなど……
ッ……
そうだ、ウォシス様に知っていただかなくては。
僕達は、決してウォシス様を裏切ったりなどしないと。
……うん、絶対に。
「「すべては、ウォシス様の為に。」」
Ġ
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Ġ
Ġ
ʐ
Ġ
Ġ
Ġ
Ġ
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Ġ

Ġ
Ġ
ڪ
ٙ

陚
おお……
聖上、それにオシュトル殿、よくぞごぶ……
じはっЧ
ち、父上っЧ
私のオシュトル様～っЦ
私の？
オシュトルさま？
い、いつのまにっЧ
むむぅ……
ああ、オシュトル様のご帰還、一日千秋の想いでお待ちしておりました。
心配をおかけしたようで申し訳ない。
いえ、いえっ！必ずや私の元へと戻って来られると信じておりましたから。
某それがしは、己に課した使命を全うするまで、死する事は出来ませぬ。
ああ、つまりそれは私との……オシュトル様っЦ
あのぉ～、いい加減話を進めてくれるかな？
ちっ……
ああ、そうだった。こんな事をしている場合ではなかったな。
こ、こんな事……
何故かガクリと床にへたり込むシスの姿に首を傾げる。
シス殿？どうかなされたか？某それがしが何か失言でも。
いや、何でもない。オシュトル殿は何も悪くはないのだ。全ては、不肖の姉の、不徳の致すところ。
そっとしておいてあげてください……
うむ……まあ、シス殿の事はルルティエとヤシュマ殿に任せよう。して、オーゼン殿は……
う、うう～ん……
玉座の方へ目をやると頭を振りながら立ち上がるオーゼンの姿が見えた。
いやはや……これはまた、みっともない所をお見せした。
いや、こちらこそ先触れもなく押しかけて誠に申し訳ない。
自分はオーゼンに深く頭を下げる。オーゼンは手を差し出し、それを押し止める。
いえ、今は非常時。それは一向に構いませぬ。それより、一体何があったのでしょうか？
あの光の柱が現れたかと思えば、帝都からの連絡は全て途絶。
状況を探らせるも、報告は要領を得ず。どう動けば良いのか、困っておりました。
オシュトル殿、帝都で一体何が……
実は我等がここに参ったのも、その件でオーゼン殿にお頼みしたい事が。
なんと。
心して聞いていただきたい。今、この國で起きている事……そして、これから起きるであろう事を。
よもや、帝都でそのような事が……
帝都の惨事を聞き、その被害の大きさに、オーゼンは顔面を蒼白にする。
事態は一刻を争う。難民の保護と治安維持の為、直ちに兵を派遣していただきたい。
勿論です。直ちに……
はい！お任せください、オシュトルさまЦ必ずやお役に立って見せますっЦ
私達二人の未来の為にっЦ
ああ、我等の未来の為に。
うふふ～……
シス殿がいてくれてよかった。実に心強い。
ええ、ええ、勿論ですとも！おほほほ～。
大丈夫なのかな？
……俺も付いて行こう。姉上一人では色々心配だ。
ちぃっ！ヤシュマも狙ってますの！渡しませんわよ、絶対にЦ
この俺が一体、何を狙ってるというのだ、何を！
本当に大丈夫なのでしょうか、クーちゃん。
さあ……
必要ならば我が名を好きに使うがよい。他の國の皇オゥルォも、直ちに協力を申し出るじゃろう。
勿体なきお言葉……聖上の御名、預からせて戴きます。
しかし、我等にこの混乱の収拾を任されるということは、オシュトル殿は……
我等は、迫り来る惨事を未然に防がねばならぬ。
詳しい事は省くが、帝都の惨事の影響で星に良くない影響が現れている。
星に、ですか？
左様、星の動きを正さねば、この地に永遠の冬が訪れる事になろう。
それを防ぐため、我等はこの城の地下にある遺跡で確かめねばならぬ事がある。案内を頼めぬだろうか？
余からも頼む。余はお父上から託された民の未来を守らねばならんのじゃ。
星の話など、なんとも突拍子もない話で御座いますな。
しかし、オシュトル殿、それに聖上がそうまで仰るのなら、信じぬ訳にはいかぬでしょう。
では。
それが聖上のお望みであるなら……ぐはっ！
判りました、オシュトル様！このシスが命に代えても、オシュトル様をご案内して差し上げますわЦ
いや、シス殿には難民の保護という大役があります故、お手を煩わせる訳にはいきますまい。
で、でも……
ですが、その心遣い、感謝のしようもありませぬ。
事が終わりましたら、また酒でも酌み交わしましょうぞ。
ううう～。
ひゃっЧ
水滴が首筋に落ち、ノスリが悲鳴を上げる。
こら、びっくりするではないか。
い、いや～。
でも、ここは随分と荒れているようだけど、大丈夫なのかな。
オーゼンの案内で、一同は城の地下へと足を踏み入れた。
中があちこち崩れており、支え棒などで補強されているところも多く、足場も悪く、一同は慎重に足を進める。
この遺跡がどのような謂れの物なのかは、存じ上げません。
ですが、遺跡の核となる部分はとても頑丈に作られており、城として使う分には申し分のないものでした。
それでも近年は手狭になり、瓦礫で埋まり手付かずだった地下に新しい食料庫を増築するため掘り進んでいたのです。
その際、瓦礫を撤去して見つけたのが……
これは……
目の前に黄色と黒の縞模様で縁取られた大きな扉が立ち塞がる。
発見した時、扉は下に降りておりました。
ですが、鎖の巫カムナギのご指示で僅かな隙間を見いだし、中に入れるようになりました。
なるほど、この取っ手を回せばいいのかい？
そう言って、ヤクトワルトがグルグルと取っ手を回すと、下に降りていた分厚い扉が持ち上がり、僅かに隙間を作った。
ここが……
自分は確かめるように双子を見た。
まだ、奥。
主あるじ様の望む部屋は、あちらです。
二人の言葉に頷き、オーゼンへと振り返る。
済まぬがここからは我らだけで行かせて貰えぬだろうか？
心得ております。
元より、遺跡は我等のような凡俗が迂闊うかつに触れてよい物では御座いません。
オーゼンは、後ろにいた兵を目で示した。
我等と連絡を取れる者をここに残します。御用は彼らにお申し付けください。
相わかった。
………
オーゼンが立ち去り、自分達とクジュウリの兵二人だけが残された。
危険は、ないな。
それはない。
すでに調査済みです。タタリなどの危険はありません。
そうか。
しかし、油断は禁物だな。
この先、何かが待ち構えているやも知れぬ。気を抜くな。
クジュウリの兵にここで待つよう指示を出し、身を屈ませその重い扉をくぐった。
扉の向こうには、ひんやりとした空気が流れていた。
中へと踏み入れた一同は物珍しげに遺跡の中を見回す。
所々、壁に亀裂が入り、内装品がはがれ落ちてはいるが、扉までの道のりとは違い、概ね原型を保っているようだ。
なるほど、食べ物を保存するにはちょうどいいな。
それにしても、やけにガランとしてるねぇ。
元々、予備の施設で、あまり使われていなかったみたいなんです。備蓄してあった遺物の多くも帝ミカドに献上してしまいましたし。
保存状態が良かった。
ですから、端末もまだ生きている可能性があります。
一同は双子の案内でさらに下層へと階段を下りていく。
そして階段を下りきると、行く手を塞ぐように目の前を真っ平らな壁が現れた。
行き止まりのようだけど……
すると、双子は少し間を空けて、それぞれ無言で壁に右手を載せた。すると。
双子の間の壁に長方形の繋ぎ目が現れたかと思うと、ズズズと小さな震動と共に奥へと引っ込んでいく。
おおお……触れただけで。
まさか、こんな仕掛けになっていたなんて……
さあ、主あるじ様。
この奥にアマテラスに繋がる端末があるのか？
よし……
皆の先頭に立ち、さらに奥へと向かう。
静かになったな。
ああ、扉の中も暗くなった。だいぶ奥へと進まれたんだろう。
ックシュッ！うう、なあ、寒くないか？ここはこんなに寒かったか？
気を抜くな。確かにもう一枚上着が欲しいが、あの総大将の為の仕事だぞ。
しかも、先の大戦おおいくさでも揺らがなかった帝都がとんでもないことになってる最中だ。よほど重要な任務なのだろう。
……気付いたか？城の奥底なのに、皆、刀を改めてから入っていったぞ。
うむ、遺跡はまだ調べつくされた訳では無いし、何か化け物が潜んでいるのかもしれん。
よ、止せよ……うう、余計寒くなったぞ。
大丈夫だ。先の大戦おおいくさで見ただろう、あの鬼神の如き勇姿を。総大将がいれば、どんな困難にも勝利できる。
確かに、遠くからでも判ったからなぁ……ックシュ！
おいおい、あんな大戦おおいくさを生き抜いたんだ、風邪など引くなよ。
あ、ああ……
何があろうと、総大将がいればヤマトは━━
ふいに灯りが消えた。
ん……？
どうした。
いや、灯りを確認せねば。
え？
ぎゃああああっЧ
なっ！なんだっЦ
ば、化けも……
ま、まさか。
そこかっЦ
ぐわあっЧ
影が幾つも現れる。そして、互いに頷き合うと、影達は遺跡への奥へと消えていった。
隠し通路をしばらく進むと、大きな空間へと行き当たった。
ここか……
階層で分けられた部屋に、巨大モニターと操作端末があった。どことなく、兄の研究室と似ている。
前に来たときは動かなかった。
管理者でないわたし達では動かせませんでした。
マスターキーが必要。
端末が休止状態にあるなら、主あるじ様がマスターキーを翳かざせば、応えるはずです。
振り返ると、クオン達は緊張した面持ちで頷いた。
何があってもいいよう、注意していてくれ。
音声
マスターキーを確認。全システムの封印を解除。
ご命令をどうぞ。
命令はただ一つ。
アマテラスの……アマテラスの再起動をЦ
権限を確認。命令を受理。気象管理衛星アマテラスとの接続を開始。
接続完了。システムチェック開始。
システム保護機構解除、アマテラス再起動まで１０秒。
５秒前、４、３、２、１。
アマテラス再起動。
……うまく行ったの、か？
アマテラスは正常に再起動しました。設定された地域の温暖化を再実行。
やった……
うまくいったぞ！
オシュトルよ、これで永い冬は来なくなったのか？
それは……
表示されているアマテラスの情報を読み取る。
ヤマトが永遠の冬に閉ざされる危機は回避出来たようです。しかし、星は目覚めたばかり、もとどおりになるには時間が必要です。
二、三ヶ月、場合によっては半年ほど寒い日が続くかもしれません。
むぅ……半年か。
今年の作物の不作は避けられないかも知れませんね。
……ひとまず、最悪の事態は避けられたかな。後の事は、他の國のヒトも交えて考えないと。
然り。まずは、無事星が目覚めた事を、オーゼン殿にお知らせしよう。
うむ、そうじゃな。ここは冷えるしさっさと上に戻るのじゃ。
皆が緊張を解いたその時だった。
冠童シャスリカ
マスターキーを返して頂きます！
Ц
冠童リヴェルニ
あ、あの御方にはそれが必要なのですЦ
冠童ラヴィエ
元々、それはウォシス様の物。
オシュトルЦ
お前達……生きていたか！
ええい、懲りぬ連中じゃ！皆の者！鍵を守るのじゃっЦ
ウォシスはどうした？冠童ヤタナワラベ達だけで仕掛けてきたが……
いや、この気迫……尋常ではない！こいつら、死を覚悟したかЧ
すべてはウォシス様のため！
あ、貴方達を倒す！
この命、燃え尽きようともЦ

ٙ
ٚ
ٚ

܏
ٚ
ٙ
ٙ

陚
無駄に命を散らしよって……
………
恐るべき忠誠心というべきか。しかし、これでウォシスを守る者達はいなくなった……
多少の罪悪感はあるものの、やむを得ない事と押し込める。
ん……？
床に散らばる骸の一つに目をやった。その時だった。
うおっЧ
死んだと思われた冠童ヤタナワラベが突如飛び上がり、襲いかかる。
しまったっЦ
こ、此奴こやつ！まだ生きておったのかっЦ
そうはさせねえっЦ
旦那っЦ
ヤクトワルトは振り向き様に剣を振るうが、シャスリカの足は止まらない。
腹の辺りから血を吹き出しながら、こちらへと詰め寄った。
冠童シャスリカ
オシュトルっ、覚悟ぉー……っЦ
くっ！間に合わんっЦ
クオン・アンジュ・ネコネ
オシュトル！
オシュトルーっЦ
兄あにさまぁっЦ
あ……！
Ц
フ……フフ。
シャスリカはしてやったりと会心の笑みを浮かべた。だが、こちらを見てそれは驚愕の表情へと変わった。
バ、バカな。
ン、おや？
痛みはあった。しかし、それは殴られたかのような痛みだ。刺された痛みではない。
シャスリカは予想外の展開に後退る。すると、その答えは目の前に転がった。
あ、あれは？
マスターキー……ですか？
そうか、こいつのおかげで……
懐からこぼれ落ちたのはマスターキーだ。偶然にもシャスリカの刃をマスターキーが防いだのだ。
後ろへ。
わたし達がお守りします！
双子に引っ張られるように後ろへと下がる。さらに他の仲間達がシャスリカとの間に入り、追撃を阻んだ。
これ以上のおいたはさせへんよ。
覚悟は良いか。
ここまでか……だが。
危ない！
ムッ！
シャスリカは手に持つ剣を投げつける。ムネチカはそれをはじき飛ばすが、皆の意識が一瞬、そちらに向けられてしまう。
その隙をシャスリカは見逃さなかった。
あっЧそれはっЦ
シャスリカは身を屈めて飛び出すと、床に落ちていたマスターキーを掴む。
そして素早く身を翻ひるがえして、出口から飛び出した。
マ、マスターキーを……待てっЦ
キウルは慌てて矢を放つが、狙いは大きくはずれてしまう。
ヤクトワルトとアトゥイが出口へと走るが、すでにそこにはシャスリカの姿はなかった。
くそっ！
あやや……もうどっか行ったみたいやわ……
あのような深手で……敵ながら見事というしかないの……
すぐに後を追います。人手を集め、なんとしてでも探し出さないと。
……それには及ばぬ。さらなる被害を生むだけだ。
オシュトルさま、お躰の方は……
いや、これが守ってくれた。少しばかり痣あざになっただけだ。
自分は足元に散らばるマスターキーの破片の一つを拾い上げた。
しかし、最早マスターキーは……
アマテラスを再起動させた後だったのが、不幸中の幸いか。
オシュトル……
済まぬな……大切な預かり物をこのような事に。
うん、仕方ないかな……でも、オシュトルが無事で良かった。
クオンは少し寂しげな笑顔で首を横に振る。
聖廟と共に、過去の遺産の多くが消失した。そして今、マスターキーすらも破壊された……
これで、ヤツの野望も潰ついえた。
どのみち、あんなモノ、新たな悲劇を生むだけだ。
これでいいのさ。
а
ʐ
Ġ

…………
目を覚ましたウォシスはのそりと身を起こす。
人の気配がない。辺りを見回すと、シェルターの中は薄暗く静寂に包まれていた。
……誰か。
誰か居ますかЧ
ウォシスは決して広くはないシェルターの中を一つ一つ覗いていく。
……ん？
薄暗い部屋の隅にちらちらと光を放つ物があった。
情報端末？何故、スイッチが……
元から壊れているのか、それとも聖廟せいびょうを含む多くの施設を失った影響なのか、その画面はちらつき歪んでいた。
何を映し出そうとしていたのか読み取る事が出来ない。
居ないのですかЧ居るなら返事をしなさい！
シャスリカ！リヴェルニ！ラヴィエ！
………………誰も居ないのか？
愛？忠義？フン……何とも軽い言葉だ。
当然……ですね。
元々、私は独り……煩わずらわしい者達が居なくなって清々しま━━
Ч
背後の扉の方から聞こえた物音にウォシスは振り返る。
何者です！
………
ウォシスの呼び掛けに応える声はない。ただ、そこに誰かがいるらしく、か細い息だけが聞こえてきた。
ウォシスは物音の聞こえた方へとゆっくりと歩いていく。そこに倒れていたのは……
冠童シャスリカ
う……ぅ……
シャスリカЧ
扉の前に倒れていたのはシャスリカだった。ウォシスは駆け寄り、そのか細い躰を抱き上げる。
なッ……
指先に感じるヌルリとした感触に、ウォシスは思わず声を漏らした。
シャスリカの衣服は赤黒い血でべっとりと染まり、その顔色は紙のように白く、手脚は力なくだらりと垂れ下がっていた。
一体何が……何があったのですか、シャスリカ！
ウォシス……様。
ウォシスの呼び掛けにシャスリカはうっすらと目を開け、弱々しく微笑んだ。
そして震える手で握り締めていた物を差し出した。
……これを。
これは……っЦ
赤黒い血に染まり、大きく欠けて原型を損なっていたが、間違いなくそれはマスターキーだった。
まさか、彼からこれを……？
どうか……これで御悲願を……
何故……です……
お前達は、私を見限ったのでは……なかったのか。
この命は、ウォシス様に戴いたモノ……
私達の心は……常に、貴方のお側に……
……その感情は、私がすり込んだモノだ。お前達が私を裏切らないようにとな。
……もう、よいのです。
何？
そうであろうと、なかろうと……私達の思いは変わりません……私達は、ウォシス様の為に存在しているのですから……
この思い、誰にも否定はさせません。たとえウォシス様御自身であっても……
シャスリカ……
ハッと気づいたように、ウォシスは周囲を見回した。
他の者達は……他の者達はどうした？
全ては、ウォシス様の為に……
Ц
その言葉にウォシスは全てを悟った。
……そう、か。
ウォシス……様……さ…さあ……
ウォシスはシャスリカの手に握られたマスターキーを見つめた。
それは傷つき、ひび割れ、白磁のようだった輝きも、こびりついた赤黒い血でくすんでしまっていた。
ウォシス様……私達は……ウォシス様のお役に……立てましたか……？
ウォシスはマスターキーを受け取ると、その震える手を強く握りしめた。
ええ……本当によくやってくれました。そんな貴方達を疑ったりして、私は……
ああ……勿体ない御言葉……
これで……胸を張って……みんなに……
ッ！いけません！貴方にはまだ、私を補佐してもらわなければならないのです！
命令です、目を開けなさい！シャスリカЦ
満足げに微笑んだシャスリカの躰から、力が抜けていく。
逝くなぁーっЦ
しかし、その願いは届かなかった。
くッ……
ウォシスは思わず目を伏せる。その手に握られていたマスターキーが、力なく床へと落ちる。
その時だった。マスターキーの澄んだ音色と共に、歪んだままだった情報端末の像がその形を取り戻したのは。
音声
……権限を確……御命……ぅぞ……
何を今更……
所詮、身代わりの人形でしかない私に、何があると言うのですっЦ
ウォシスの叫びにシステムの音声は黙り込んでしまう。その様子にウォシスは自嘲する。
私にはもう何も……
……管理者のバックアップデー……検索。
情報アクセス制限なし。映像デー……を開示……す。
壁から投射された光が、そこに映像を結ぶ。そこに映し出された光景にウォシスは愕然とした。
な……Ч
おお、おお……いい子だ。儂ワシに似て賢そうな顔をしておる。
まあ、お戯たわむれを……うふふ。
老人と美しい女性が、一人の赤子を抱き上げる。
この子が、余よの後を継いで新たな帝ミカドとなるのだな。
はい。立派に育ってくれることと思います。
育つとも。儂ワシの血を分けた子なのだからな。ほっほっほっ……
何だ……これは……
呆然とするウォシスの眼前で、映像が切り替わる。
そこではあどけない表情で眠る少年の枕元で、先ほどの女性が額に手を当てていた。
具合はどうだ？
お帰りなさいませ……熱はだいぶ下がりました。
そうか……
老人は微笑んで、眠る幼い少年の頭を撫でる。
学習中に熱を出したと聞いたが。
少々根を詰めすぎてしまったようです。
このところ多いな。年が改まってからもう三度目か。
私達を喜ばせたい一心で、つい無理を……本当に、心優しい子。
ああ、優しすぎるのだな。この子は……
だが、優しいばかりでは國を治めることなどできぬ。時には非情な決断を迫られる事もあるのだからな。
……承知しております。
……私……なのですか？
日々を切り取った映像が、次々と切り替わる。
ん？これは？
この子が描いたんです。
……儂わしの姿絵か？
おお、おお……そうかそうか……この子が……
一人で絵を描いたり本を読んだりしている時は、本当に楽しそうなのですよ。
そうだな……この子には政まつりごとより、そういったことの方が向いているようだ。
儂ワシ等は、この子に重荷を背負わせてしまっているのかもしれん……
この子には儂ワシの跡継ぎなどではなく、己の好きな道に進ませてやろうではないか。
我が君？
その時の支障とならぬよう、この子の出生に関わる部分のデータは消しておこう。
この子は、余の複製などでは無い。私達の息子なのだ。
はい。
あ……あ……あぁぁ……
私は……わたしは……そうだ……私は。
ウォシスはすでに亡き父と母に触れようと手を伸ばす。しかし……
手に持っていたマスターキーから火花が散り、ウォシスは思わず振り落とす。
途端に映像が固まり、フッと目の前から消えてしまった。
ま、待ちなさい！
ウォシスは慌てて落としたマスターキーを拾い上げ、それを掲げて見せた。
私はウォシス！応えなさいЦ
しかし、応えはない。端末は死んだかのように明かりを失ってしまう。
ウォシスは声もなく座り込む。その双眸そうぼうから涙がこぼれ落ちた。
本当に……なんと愚かなのだろうか。私はこんなにも……愛されていた。護られていた。
父上、母上……そしてあの子等にも……
とめどなく流れ落ちる涙が、ウォシスの頬を濡らしていく。
ふと、懐ふところに冷たく硬い感触を覚えた。
……これは。
ゆっくりと手を差し入れ、それを取り出す。
始まりの仮面アクルカ……父上の遺した最後の遺産。
仮面アクルカを掴むウォシスの双眸そうぼうが爛々と輝いていく。
これは本来、大いなる父オンヴィタイカヤンの為の物……
これならば……みんなの想いに応えられる。
私は父上の息子……人間なのですから！
そしてウォシスは迷うことなく、その仮面アクルカを額へと押し当てた。
仮面アクルカよ！我に力をЦЦ
荷物は積み終わりましたかЧ
ああ、問題ない。バッチリだ。
また、クジュウリのお酒飲めるなんて楽しみやぇ。
それは晩酌用じゃないのです。勝手に飲んじゃ駄目なのです。
判ってるえぇ。
地下遺跡の探索を終えて数日……
仲間達がクジュウリより供出された馬車を整え、再び帝都へ向かう準備を進めているのをじっと眺める。
しかし、視線は彼等に向けられていたが、心はそこには無かった。
まだ、気にしているの？
んっ……クオンЧ
我に返ると、クオンの顔がすぐ近くにあって……動揺したせいか、それ以上言葉にならない。
やはり、まだ意識してしまうな……いや、今はそんな場合ではない。
……済まぬ。任せきりだったな。
大丈夫、マスターキーは壊れてる。それに、聖廟せいびょうはもう……
例え、鍵があっても、あのヒトに出来る事はない……そうじゃないの？
そう……だな。
クオンの言う通りだ。しかし、どうしてこんなにも不安な気持ちになるんだろうか？
大砲を自力で作ったライコウのように、ウォシスの知識は確かに脅威になり得る。
だが、その叡智の数々も、兄貴と共に無に帰した。
この不安はそんな所から来てるんじゃない。もっと本能的な、何か……何か見落としてやしないか……
オシュトル殿。
これは、オーゼン殿。
そこに現れたオーゼンに頭を下げる。オーゼンが現れたのを見て、アンジュもやって来た。
難民への支援物資を供出していただき、重ね重ね感謝いたす。
余からも礼を言う。この義にはいずれきちんとした形で報いたいと思う。
いえ、そのようなお気遣いは無用です、聖上、それにオシュトル殿。
聖上の行いを支えるのは臣下として当然の事。それに、腹が減っては戦いくさが出来ぬ、とも申します。
すまぬ、有り難く使わせて貰うぞ。
ご幸運を、聖上。
うむ。
聖上、準備が整いました。
そうか、では出発じゃ！
はっ。
アンジュの言葉に前へ進み出て出発の号令を掛けようとしたその時だった。
『③①⑩⑨①……』
その言葉が聞こえた途端、頭に締め付けられるような痛みが走る。
グッ……Ц
あ、兄上？どうかなさったのですか？
こちらの様子にキウルは慌てて駆け寄ってくる。しかし、異変はそれだけに留まらなかった。
この感じはЧ
何でしょうか……空気がピリピリしている感じです。
うん。なんか背中がゾワゾワするぇ。
ホロッ！ホロォЦ
コ、ココポ？どうかしたの？
なんだか嫌な予感がする。鳥が騒ぐのは凶事の前兆と言うからな。
一体、何が起こっているのでしょうか……
キウルには聞こえなかったのか？あの声が……
あの声？
こちらの問いにキウルは怪訝な顔をする。
キウルには……いや、ほかの皆には聞こえていない？
うッ……
あ、姉さま？
クーちゃん？
すると、クオンまでもが胸を押さえてうずくまる。
だ、大丈夫か？クオン。
う、うん……大丈夫かな。ありがと。
でも、何かな……何か判らないけど、とってもイヤな感じ……
ああ……
今の頭痛……仮面アクルカの共鳴に似ていた……
何が……何が起ころうとしているんだ……
クーちゃん、本当に大丈夫ですか……？
あ、う、うん、大丈夫、かな……
先ほどの声……まさかクオンも。
でも、なんだかとても辛そう……
そんな事より、早く帝都に向かわないと。
それはそうですが……姉さま、本当に大丈夫なのです？
へ、平気かな。
先ほど話した時より、クオンの顔色が明らかにおかしい。血の気が引いているように見える。
しかし、クオン。某それがしの目から見ても━━
な、何でもないか━━あ……
クオン！
姉あねさまっЦ
クオンの躰を慌てて抱き上げる。
腕の中のクオンは苦しげな表情を浮かべ、意識を失っていた。
その様子にそっと額に手をあて、顔をしかめる。
……酷い熱だ。
え……？
オーゼン殿、すまぬが至急、薬師の手配を。
判りました。すぐに薬師を呼びましょう。
オーゼンは頷き、急ぎ城へと戻っていく。
とりあえずクオンは客間へ運ぼう。ネコネ、フミルィル殿、すまぬがクオンを見てやってくれ。
は、はい。
わかったのです。
クオンを抱きかかえながら、背後の仲間達を見た。
皆、不安げな面持ちでこちらを見つめていた。
一時待機。出立は見合わせる。
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姉上、一息つこう。茶を煎れてきた。
そうね、頂こうかしら。
姉弟差し向かいで、焚き火の前へ腰を下ろす。
もう日暮れか……思いの外、先へ進めなかったな。現時点で、旅程の半分にも達していない。
この寒さで、ウマ達も元気がないもの。この分だと、帝都まではもう少し掛かりますわね。
やはり、もっと行軍の速度を上げるべきだろうか？
いいえ、徒いたずらに急がせてはウマに負担を掛けるだけ。荷を軽くした先遣隊を出す方が賢明ですわ。
そうだな……
すると今後の予定を話し合う姉弟の前に、伝令が駆け込んでくる。
伝令
失礼します！
どうかしましたの？
こちらに向かってくる一団があります。ハッキリとは確認していませんが恐らく帝都の民と思われます。
姉上。
おそらく、帝都から逃げてきた者達ですわね。何か話が聞けるかもしれませんわ。
すぐに行く。受け入れの用意を。
はっ。
シス達は火を掲げて、難民達を待つ。しばらくすると、フラフラと揺れる多数の人影が街道の向こうから現れた。
止まれ！
民衆
…………
俺はクジュウリ皇オーゼンが子、ヤシュマ！其方そなた等、帝都より来たと見受けられるが、相違ないな？
聞かせてもらえるかしら。帝都は今、どうなってますの？貴方達以外に避難できた者は……
どうした？何か言わぬか。
警戒することはありませんわ。私達は、貴方達を助けに来ましたの。だから……
しかし、返事はない。ただフラフラと歩く事を止めず、こちらへと向かってくるだけだ。
一体、何を黙って……
このままでは埒らちが明かぬと、ヤシュマは自ら難民の方へ近づいていく。その時だった。
ぬッЧ
なッЧ
突如、何者かが疾風のように難民達の前を駆け抜ける。
と同時に、前を歩いていた難民達が糸が切れたように次々倒れていった。
突然の事に唖然としていたヤシュマ達だったが、慌てて剣に手を掛けた。
くッ……何者Ч
貴様ッ！何故……何故殺したЧ
しかし、謎の剣客けんかくはシス達の問い掛けには答えず、じっと背中を向けたままだ。
舐めた真似をっЦ
ヤシュマは剣を抜くと、謎の剣客けんかくに向かって刀を振るう。しかし、剣客けんかくはまるで背中に目でも付いていたかのようにヒラリと躱かわす。
くっ……逃げる気か！貴様、何者だ！名を名乗れЦ
ヤシュマは剣客けんかくを睨み付ける。すると、剣客けんかくは何かに気付き声を上げた。
逃げよ、そこの者っЦ
何ッ！敵に背など向けられるものか！
そう怒鳴るヤシュマに、シスも悲痛な声を上げた。
ヤシュマ、そうじゃありませんの！貴方の後ろに……
後ろ……？ぐあっЧ
突如、背後から何者かに腕を掴まれる。いや、腕だけではない首を、足を、体のあらゆる所を掴まれた。
な、何だ、こいつらЧ斬り殺されたのではなかったのかっЦ
背後から体を掴み、引っ張るのはあの難民達だ。
だが、その姿はヒトの形はしていても、ヒトとは似ても似つかない異形の物だった。
ヤシュマ！
こ、こいつら、ヒトじゃない……
ヤシュマは難民達を問い質す事も出来ず、あっという間に引き倒され、難民達の小山の中に埋もれてしまう。
ヤシュマーッЦ
ぼうっとしてますと死にますわよ。
Ч
その声が聞こえたかと思うと、ヤシュマを押し潰していた難民の山が噴火したように飛び散った。
血の雨が降る中、ヤシュマはその噴火口の中央に立つ首輪の女を呆然と見上げた。
す、すまない、お陰で助かった……貴方は？それにあの化け物達は何なのだ？一体、何がどうなって……
それはおいおいと。
彼女はそう言って振り返ると、暗がりの街道を睨んだ。街道からは多数の呻き声と足音がこちらへ近づいてくるのが感じられる。
まさか……
それだけではない。血を撒き散らし吹き飛んだはずの難民の残骸が地面の上でもぞもぞと蠢き始めていた。
い、生き返ってますの……？
まずは我等が生き残らねば。
剣客けんかくの方も前へ進み出て、身構える。
躊躇ためらうことなかれ。彼等を救う道は最早無い……
覚悟を決めなければ、こちらが常世コトゥアハムルに逝く事になりますわ。
容体は？
オーゼンと今後の事を軽く打ち合わせをした後、再びクオンのいる客間へと戻っていた。
こちらの問いに、ネコネは力なく首を横に振った。
あまり芳しくはないのです。
悪性の風邪に症状は似ているようですが、薬師様はもっと違う病気の恐れもあると……
場合によっては命に関わることも……
つまり、よく判らぬという事か。
はいなのです……
今は出来るだけのことをして、少し落ち着いています。
クオンにも無理をさせすぎたか……
いや、先ほどの様子……それだけではないな。一体何が起こってる？
自分は看病を続けているフミルィルを見た。
フミルィル殿、クオンは何か重い持病でもあるのではないか？
それは……
フミルィルは一旦口ごもるが、こちらの問いに答えた。
クーちゃんの本当のお母様は重い病を患っていて、クーちゃんも小さい頃は少し……
ですが、最近は……その病の気配も薄れてこのような事は。
そうか……
ともかく、皆にクオンの事と今後の予定を話さねばな。おまえたちも無理はするな。適当な所で他の者と交代してくれ。
はい。
判っているのです。
あ、兄上……Ц
そ、それでクオンはどうなっておるのじゃ？
今は少し落ち着いておりますが、予断は許さぬかと。
姉御も心配だが、帝都への出発はどうするんだい？
明日の朝までは待つつもりだが、このままクオンの容体がよくならぬのなら……
置いていくのか？
致し方あるまい……
判っていた事とはいえ、こちらの言葉に一同は押し黙る。
某それがしとてクオンのことは心配だ……
だが、今は聖上と共に一刻も早く帝都に戻り、この混乱を収拾せねばならぬのも事実。
そうですね。冬に閉ざされる心配がなくなったとはいえ、國の中枢を失ったままでは遠からず内乱になるでしょうし。
それは……絶対に避けねばならぬ。
不安がないと言えば嘘になるが、幸いここはクジュウリの城。クオンを託して問題ないだろう。
今、自分がここにいても、してやれることは無い……クオンなら判ってくれるはず。
明日の朝には発つ。皆、準備を整えておいてくれ。
ネコネ、フミルィル殿。
兄あにさま。
オシュトル様。
まだ起きていたのか？
はい……クーちゃんが心配で……
言っただろう。根を詰めすぎて、お前達まで倒れられては困る。
ですが……
心配はいらぬ。某それがしが朝までクオンの側についている。二人は少し休んだ方がいい。
は、はいです。
わかりました。では少しだけ休ませて頂きます。
それでは兄あにさま、姉あねさまの事を……
オシュトル様も、あまり無理はしないでください。
うむ。
………
客間に残された自分はそっとクオンの額に手をやった。
……熱も少し下がった。寝息も落ち着いている。薬のおかげか、峠は越したようだな……
しかし、明日の朝、熱が下がり目を覚ましたとしても、病み上がりで帝都に向かうのは無理だ……
労るようにクオンの頭を撫でる。その時だった。
Ц
な、なんだ？
思わず、自分の頭に手をやった。
ぐ、ぐぅ、あ、頭が……
この、割れるような痛みはなんだ……クオンの病と関係がある、の、か……？
いや、違う……そうじゃない……もっと根源的な……
例えるなら、魂の奥底から呼び起こされてるような……
何かが来る……何かが呼んでいる……
しかし、一体何が来るというのだ……？
駄目だ……い、意識が……
う……ううん……
……朝？
客間に朝陽が鋭く差し、思わず手で遮さえぎった。
看病するつもりでいたのに、逆に意識を失うとはな……情けない。
クオンの額に手をやった。
熱はない。顔色も随分良くなった。ひとまず安心と言ったところか。
しかし、わざわざ起こすのは忍びないか。
クオンは置いていくと決めたのだ。後で文句を言われそうだが、それも承知の上だ。
起こさぬよう静かに立ち上がる。すると、何か引っかかるような感じに、ふと視線を傾けた。
すると、こちらの服の裾を掴むクオンの白い手が見えた。
クオン……
自分はクオンの手を暫く握りしめると、そっとその手を布団の中へと戻した。
……では、先に行く。
早く笑顔を見せてくれ。
再度、クオンの頭に手をやり優しく撫でると、彼女に背を向けた。
城を出ると、すでに支度を終えた一同が待ち構えていた。
姉あねさまは？
……容体は落ち着いている。
だが、まだ目を覚まさぬ。
そう、ですか……
クオンさん……
だが、あの様子なら大事には至らぬだろう。
あの、私わたくしも残ります。クーちゃんのお世話は私わたくしの役目ですし……
そうしてくれると助かる。クオンの事はフミルィル殿に任せよう。くれぐれも無理はさせぬよう頼む。
だが、大事ないならお伝えいただきたい。帝都で待っている、とな。
判りました。
旦那、ホントに良いのかい？
心配せずとも、クオンなら必ず来る。某それがしはそう信じている。
そうだとも。クオンのことだ、すぐにでも追いつくだろう。
今は我等が為さねばならぬ事をするだけだ。
先に行ったシス殿達も待ちわびていよう。
む……？
どうした？
誰かこっちに駆けてくる……？
早馬でしょうか？
あれは……
こちらにやってくる者を見て、ルルティエは顔色を変えた。
お姉さまの隊の者です！
なんだと？
どうしてここへЧ
その兵はウマウォプタルから転げるように降りると、自分の前まで駆けつけ膝をついた。
オ、オシュトルさま！ご無礼をお許し下さい。
構わぬ。申せ。
は、はい！
こちらの問い掛けに、その者は声を張り上げ言った。
帝都近郊の難民救済に向かっていた、我等クジュウリ隊は正体不明の者達と交戦中。
その者達を抑えねば、周辺にも被害が及ぶとのことで、シス様、ヤシュマ様はあえて留まり、陣頭で指揮をとっておられます。
正体不明Ч
まさか、ウォシスの残党か？
お姉さまとお兄さまはご無事なんですかЧ
陣を離れるまではご無事でしたが……
そんな……
それやと無事かどうかわからへんぇ。
敵の特徴は？刃を交えたのなら、何処の者か、おおよその見当はついたのではないか。
そ、それが文字通りの正体不明、果たしてあれがヒトなのかも定かではなく……
ヒトにあらざる存在……まさか！
衣服のような物を着ている者もおりましたが、その大半がヒトのようでヒトから逸脱した異形の者ばかり。
知性などは感じられず、無秩序で統制が取れているようには見えません。
ともかく、我等の隊に敵対するというより、ヒトを見れば無分別に襲いかかってくる有様です。
知性など無く、無分別に、か。
陣を張り応戦するも、救援のための備えが中心で、長くは持ちませぬ！
このままでは、その者達が周辺の町へと流れることにもなりましょう！
オシュトル様……一刻も早く援軍をЦ
ヒトなのかも定かじゃないとはな。まさかとは思うが……
ええ、そういう手合いを使う方がおりましたね。
……やはり、ウォシスの手の者なのか？しかし、クジュウリ隊が支えきれぬとは、余りにも規模が大きすぎる。一体、何が……
考えを逡巡させようとするが、それを遮さえぎるようにアンジュが声を張り上げた。
直ちに出発するぞっЦ
聖上━━
僅かに咎める様な声に、アンジュはキッパリと返した。
何が起こっているかなど、この目で確かめればよい！
そこで失われる命を看過せよと言うかЦ
その言葉に自分は目を見開き、自然と頭を垂らした。
聖上がこれほどの覚悟で臨んでいるというのに、迷っている場合ではない。
……御心のままに。
顔を上げると、一同に号令をかけた。
皆の者、直ちに荷を軽くせよっ！クジュウリ隊の救援に向かうЦ
もうすぐです。もうすぐ、シス様の陣所です。
伝令としてやってきたシスの兵に先導され、陣所の外縁までたどり着く。
これは……ヤマトの民……なのか？
あちこちに煙が燻り、乱雑に放置された物資や倒れた天幕が見えた。
あやや、思ったより酷い事になってるみたいやぇ……
お姉さま達は一体どこに……
あ、あそこにシス様がっЦ
何？
伝令の兵が指さした方に視線をやった。
そこには防壁代わりの荷車の上に立ち、兵達を指揮するシスとヤシュマの姿があった。
荷車を回せっ！
荷車で陣を囲むのよっЦ
だ、駄目です！数が多く押し切られますЦ
クジュウリの男が弱音を吐くなっ！
もうすぐ……もうすぐオシュトル様が来て下さいますっ！それにあの方たちも必ず戻ってくると……
それまでなんとしても持ちこたえなさいっЦ
シス殿っЦ
こちらの声にシスは視線を向けた。
オシュトル様Ч
待たせて済まぬ！今、そちらへ行くっЦ
これは夢？それとも幻？いいえ、これは現実……つまり愛の力ねっЦ
おーっほっほっほっЦ
オシュトル様達が来てくれたぞЦ
待ちわびたぞ、オシュトル殿！よし、皆の者！力を振り絞れ！連中を押し返すッЦ
我らも突入する。シス殿たちと合流するぞ。
いっちょやってやるか。
まかせときっ！
突貫っЦ
ガアアアアアアッЦ
な、なんじゃ、コイツらはЧ
クッ！こ、こいつら！痛みを感じぬのか。
それにかなり手ごわいですよ。
ええ。ですが、己の力に身体が付いてきていませんね。自身の力で骨が砕けています！
なッ！だ、だが、その手を振り回してくるぞ、コイツらっЦ
まさに異形の化け物だな。しかし、以前ウォシスが仕向けた化け物とも違う。
いや、この感じ、どこかで……タタリ？
ん……こ、こいつ。
目の前の敵が急に動きを止める。
しかし、しばらくすると中で何かが暴れているようにガタガタと震え始めた。そして。
グ、グガアアアアアアッЦ
うひゃっЧ
ぎゃあああーっЦ
只でさえ人並みはずれた力を発揮していた化け物が、さらに凶暴化して兵達をその腕で吹き飛ばした。
あっという間に隊列は崩れ、杭を打ち込んだように一気に間近に迫ってくる。
まずい！
邪魔ですよ。
グギャアアッЧ
その声……まさか。
冠童シャスリカ
こうして待っていれば、貴方が来ると思っていました。
冠童ラヴィエ
全く、単純この上ないですね。
冠童リヴェルニ
さすがは低脳な生き物です。
お前達、生きていたのかっЧ
そこには幾度となく見た顔が並んでいた。
どういうことだ？逃げた一人を除けば、全て、クジュウリ城の地下で死んだはず。
あやや、なんかお墓に埋めたはずの顔があるぇ。
どういう事なのでしょうか？
またしても、ウォシスの幻術紛いの技に騙されたと言うのか？
ですが、彼等の遺体はちゃんとこの目で確認しました！
ふふ、混乱していますね。確かに貴方がたの言う通り、我等はあの時、命を失いました。
ですが、我等は崇高な使命によりこうして再び形を得たのです。
そうです。我等はあの方のお役に立ちたいと強く望んだ。だからこうしてまた、戦うことができるのです。
それってどういう……
やはり、ウォシスは生きている……
冠童ヤタナワラベ達を睨み付ける。いずれも薄い笑みを浮かべて不気味な気配を発していた。
どうでもいいんじゃない？同じ顔が幾つあろうが、考えてる事も同じなら。
確かに……考えている事は前と大して変わりそうにないな。
さて、我等がそちらへ出向く事も考えましたが、行き違えては面倒。
ですから、このような趣向を凝らしてみたのですが……如何ですか、喜んでいただけましたか？
だんだん、喋り方まで主そっくりになってきたじゃない。
ふふふ、それは光栄です。
褒めてねぇぜ……
あ、貴方達、私とオシュトル様の愛を利用したんですわねっЦ
つまり、某それがしを呼び寄せる為に、罪無き者たちに犠牲を強いたというわけか。
犠牲？まさか……
彼らをこのような姿にしたのはお前達ではないというのか？
彼らに新しい姿を与えたのが我らかという問いには否……力を与えしは、いと高きお方。
ウォシスか。
はい……しかし、ウォシス様も彼らに犠牲を強いてなどおりません。
ただ彼らの願いを叶えただけ。
そう、ウォシス様はついに超越者になられた。その慈愛を以て、人々を咎とがや苦しみから救ったのです。
そして、彼等はノロイとして生まれ変わり、苦しみのない世界で永遠に生きていける……
ノロイ？馬鹿な……あのようなデク人形のどこに救いがある。
あれはタタリと対になる呪われし者。
タタリと対に……
しかし、彼らが望んだ結果なのですから、彼らにとってはこれで良いのでしょう。
好き勝手な事を……
正直、貴方も最早、ウォシス様の目に映す価値なき者、石ころにも等しい存在です。
しかし、石ころに躓つまずくこともあります。
ウォシス様が築かれる新しい世界の為に……目障りなので、消えていただきますЦ
今こそ、ウォシス様より賜りし真の力をお見せしましょうЦ
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何っЧ
何なのですか、あの姿はЦ
想定外。
仮面の者アクルトゥルカでもグトゥアルダルでもない、異種にして異端の者。お気をつけ下さい、主様。

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冠童シャスリカ
『もう終わりですか？以前戦った時と比べて、ずいぶんあっけないじゃないですか。』
冠童ラヴィエ
『仕方ありません、彼等は不完全な生き物。』
冠童リヴェルニ
『ウォシス様より新しき姿を与えられた私達と比べるのは酷というものでしょう。』
ぐッ……ぬ……
ちょ～っと、きつくなってきたぇ。
全く……斬っても斬ってもきりがないじゃない。
クッ、仮面アクルカがあれば……
仮面アクルカ……ここで使わざるを得ないか？だがそれは……
兄上、あれをЦ
Ц
クッ、こいつらだけでも苦戦してるのに、これ以上、敵が増えれば押し切られる！
『おや、新しいお客人ですね。しかし、雑魚はともかく、貴方があの出来損ない達に引き裂かれるのを眺めるのは口惜しい。』
『やはりオシュトルの命は私達の手で。』
『オシュトルの首は私達がウォシス様に献上する！』
がはッЦ
くそッ……最早、躊躇ためらっている余裕などない！
主様、限界。
命の保証をしかねます。
構わぬЦ
そうとも、このまま何もせずに倒れる訳にはいかんっ！零れ落ちる命を救わずして、何の為の仮面アクルカだッ！
まさか……
や、やめよ、オシュトル！これ以上力を解放しては……ならぬЦ
駄目だぞ、オシュトル！私達はまだ戦えるЦ
ええ、その判断、早計と言わざるを得ません。
そうです！私の矢はまだ尽きてはいません！
ウチは敵が多ければ多いほど、強うなれるぇ。
全くだ。俺達を見くびって貰っては困るじゃない。
ホロッ！ホロォォォォッЦ
ココポもまだ戦えるって言ってます。
聞いたであろう、オシュトル殿。小生等はまだ戦える！
お前達……
兄あにさま。
ネコネ……
いやなのです……兄あにさまがいなくなるなんて、耐えられないのです。
だから……だから、まだ立ち上がれるから、戦えるから……ここにいて欲しいのです。
………
……すまぬ。
兄あにさまっ！
今、此処ここでこの力を使わなければ……某それがしには顔向けできぬ者がいる。
アイツに貰った命、今こそ使い所なのだ。
そんなのもう関係ないです！兄あにさまはわたしの、わたしの兄あにさまなのですЦ
許せ、ネコネ……
兄あにさまッЦ
仮面アクルカよ……扉となりて根源への道を開け放てっЦ
『フッ……いよいよ覚悟を決めましたか。』
『オォォォォォォォーッЦ』
『その力、侮れませんね。』
『やはり、ウォシス様のため、貴方をこの場で確実に仕留めておかなければ。』
『確かに貴方は強い。ウォシス様の眷属となった私達よりも。』
『しかし、力を持つ者は貴方一人。』
『ム？』
な、何Чまさか此奴こいつ等まで。
『行きますよ。』
『グッ！ガッ……グゥッЦ』
兄あにさまЦ
オシュトルЦ
『我等は一にして全。全にして一。一糸一毫いっしいちごうとて乱れることはない！』
『グアァッЦ』
全く隙が無い！まるで一つの意志で全員が動いているようだ……
ええい！そこをどけぇっЦ
数が多すぎます！捌ききれません！
『クッ……コノママデハ皆ガ。』
『行かせません。』
『貴方の相手は私達。』
『ここから抜け出せるとは思わない事です。』
『ヌグゥ……』
このままでは皆の命まで削り取られてしまう。どうすれば……どうすればいい。
最早、打つ手はないのかЦ
ヤシュマ、もうここは限界Ц
姉上ッЦ
『Ц』
まずい！防壁が崩れたかっЦ
オシュトル様……貴方のお役に立てず申し訳ありま━━
諦めるなっ！
『アレハ……』
助太刀いたす！
よくここまで持ちこたえましたわね。
トウカさん！カルラさんЦ
なんだってЧ
おおー、トウカー！
来てくれたか……ありがたい！
そこの者に問う。
『………』
酷いケガを負った者もいた。家族や大切な誰かを失った者もいた。
それでも彼等は必死で生きようと……明日に希望を持とうとしていたのだ。
何故、奪った。希望を、命を。
『奪った？何をです？』
『ウォシス様は与えたのです。新しい命、新しい希望を。』
『あの姿は彼等の穢けがれ……命や希望に見合った、言わば本来の姿。』
『しかし、それにより彼等は苦しみから解き放たれたのです。むしろ、喜ぶべき事ではありませんか。』
成る程、最早届かぬか……ヒトの声も、想いも。
ならば掛ける言葉はない。押し通るまで！
『どうやら貴方がたも、ウォシス様の慈悲を受ける資格はなさそうですね━━』
『ならばせめてオシュトルと共に私達の手で、死という名の安息を与えてあげよう。』
『さあ、ノロイ達よ、八つ裂きにしてあげなさい。』
くッ、まだ増えるのかЧ
ッЦ
なかなか面白そうですわね。
姉上、立てるか？
ええ……天はオシュトル様と添い遂げよと言っていますわ。
『グッ……状況ハ未ダ不利カ。』
ご安心を。意味もなくここを一時いっとき離れた訳ではありませんわ。
『何？』
な、なんぇ、この揺れは。
こっちに近づいてくるぞ！
この揺れ、かなりの大物ですよ。
この期に及んで一体何が来るって言うんだい。
あ、あれはっЦ
見上げた崖の上には白き巨人がそびえ立ち、漆黒の巨人達が付き従う。
新手の化け物Ч
『違ウ、アレハ、アヴ＝カムゥ！ソレニ━━』
トゥスクルの皇女なのです！
何だってЧ
力を、仮面アクルカの力を使ったのか……
立てッ、ヤマト総大将オシュトルッЦ
『Ч』
『オ前ハ……』
トゥスクル皇女
そのまま地に伏して、命乞いでもするつもりか。
『クッ……』
オシュトルともあろう者が、それで終わりなどではあるまい。立てッ、オシュトルッ！
倒れている暇があるなら、一歩でも前へЦ
『アア、分カッテイル……分カッテイルトモッ！』
そして、ヤマトの皇女よ。わざわざ来てみれば、何だ、その体たらくは。
ッЧ
父より都の、ヤマトの未来を託されたのであろう。あの時、流した涙を忘れたというのか？
何じゃとЧ貴様が何故……
國を司る皇オゥルォともあろう者が兵や民草より先に倒れて何とする！
貴様が真の皇オゥルォ、ヤマトの帝ミカドならば、己の足で立ち、戦えッ！ヤマトの力を見せてみよЦ
ぐッ…うぅ……好き勝手言いおって、余よはまだ倒れぬわ！
……なんだ、まだ立てるではないか。
それでこそ、アンジュ……ヤマトの帝ミカドかな。
そ、その声……
『フッ、クオン……』
トゥスクルの皇女はふわりとアヴ＝カムゥから飛び降りると、こちらを見下ろした。
話は後！ベナウィ！クロウЦアヴ＝カムゥを前面に押し立てて、敵の増援をオシュトル達から切り離して！
ういッス、待ちくたびれやしたぜ！
総員、武具の封を解きなさい！これよりトゥスクルはヤマトに加勢しますЦ
足軽衆カルネライ、前へっЦ
足軽衆カルネライ、抜刀ぉッЦ
行きます……
吶喊とっかんッЦ
野郎共、続けぇぇЦ
臆する事はありません！彼等はすでに魂を失った、ただの人形！
やれやれ、お嬢の行く手を阻もうなんざ、百万年はええぜっЦ
『ふぅん……無駄な足掻きを。幾ら数を集めた所で私達に敵うはずが━━』
ふふふ……ずいぶんと余裕ですのね。
『なっ、何ッЧ』
その割にはあっさり吹き飛びましたけど。
数を幾ら集めようと、魂無き者など恐るるに足らぬ。
アルちゃん！
クーの邪魔はさせない。
いやはや、皆さん、張り切ってやすねぇ。
無駄口叩いてないで、行きますよ。
へ～い。
『こ、此奴こいつ等……』
皆の者！トゥスクルの者達に遅れを取るなっЦ今こそ、ヤマトの底力を見せつけるのじゃっЦ
お姉さま！
判っています。世の理より逸脱せし者達に仮初めの安らぎを与えましょう。
『太古の傀儡くぐつだけではなく、ムツミに連なる者まで引っ張り出して来るとは。』
『どうやら、少々甘く見ていたようですね。』
ここは我々が抑えます！
さあ、お嬢！今のうちにЦ
判ってるかな！
有り難い！
『クオン！』
姉あねさまЦ
ふっ、やはり来てくれたかЦ
ああ、まったく……頼もしいじゃないЦ
状況は押し返しつつある。小生も負けてはおられぬ！
ムネチカ様。
フ、フミルィル殿Чどうしてここに……いや、あの方がクオン殿だというなら当然か。
ここは小生に任せ、フミルィル殿はクオン殿の元へ。
その前にお渡しする物があります。
む？
これをお返しします。
こ、これは……
今こそ、存分に力をお振るい下さい。
承知！
ご武運を。ムネチカ様。
『クッ……貴様までもかっ！』
『な、なにЧ』
軽い……軽いな。それで終わりか？ならばこちらから参る！
『ぐッ……な、何だ……』
『この、重圧……』
我はムネチカ！ヤマトを守護せし八柱将が一人、ムネチカなりЦ
推して参るЦ
…………
『クオン……』
『クオン、躰ノ具合ハ……イヤ、ソレヨリ、トゥスクルノ軍勢ガドウシテココニ。』
後で説明するかな。もっと落ち着いてからの方が話しやすいし。
いや今更落ち着いてなどいられるか！お、お前がその、トゥ、トゥ、トゥスクルの……
アンジュさま、落ち着いてください……
ええい、今の今までたばかりよって……あの傲岸不遜な態度の方が本性かЦ
うーん、立場上作ってる部分もあるけど……多少本音もあるかな。ああいう立場だと言いやすいし。
全く、惚けた奴じゃ……
しかし、私も驚きました。
あ、姉あねさまがトゥスクルの……ずっと今まで守っていてくれたですね。
トゥスクルの重鎮の方とお知り合いでしたし、貴族かお大尽の娘さんだろうとは思っていましたが……
びっくりじゃない。
何？クオンがそうだったのか？気付かなかったぞ！
うひひ。クオンはん、やっぱりええなぁ。また死合いしたいぇ。
だけど、オシュトル。私も貴方に言いたい事があるんだ。
『言イタイ事？』
私を黙って置いて行くなんて……
『ソレハ、ヤムヲ得ヌトイウベキカ……』
判ってる。あの時はああするしかなかったと思うし、私もオシュトルがそうなってたら、きっと同じ事したかな。
ただ、一緒に行きたかった、例え何があっても。そう言いたいだけ。
でもね、オシュトル。私わたくしのことを心配してくれるのはいいけど、貴方自身の躰も、もう少し気遣ってくれると嬉しいかな。
結局、また使っちゃったんだ……
『……スマヌ。』
大丈夫、判ってるから。貴方がそうせずにはいられないヒトだってこと。
だけど、これだけは覚えておいてほしいかな。貴方はこんなところで死んでいいヒトじゃない。
この國には、私わたくし達には、まだ貴方が必要なんだって。
『……アア。肝ニ銘ジテオコウ。』
ふふふ……
こんな時に、何をちちくり合ってるのかしら？
ち、ちちく━━Ч
『イ、イヤ、コレハ……』
ほら、前を向いて。戦いはまだ終わっていませんわよ。
『くッ……手こずらせてくれますね。』
『しかし、考えようによってはこれは好機。』
『ここで邪魔者を、皆纏まとめて葬れます。』
『ヌウ、ヤハリ、一筋縄デハイカヌカ……』
ごめんなさい！こっちは手一杯かもЦ
こちらもですが、他の誰にも邪魔はさせません。ご存分に力をお振るいください。
『アア、判ッテイル━━』
『背中ヲ頼ム。』
うん━━任せてほしいかな。
『行クゾЦ』
どうやら、少々甘く見ていたようですね

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力を使い果たしたといった所でしょうか？
『モウ、観念セヨ。ココマデダ。』
冠童リヴェルニ
うう……やはり……
冠童シャスリカ
貴方は危険です……貴方という存在は、ウォシス様に害を為す━━
冠童ラヴィエ
ここで……滅ぼさねば。
まだ戦うつもりか……？
フ……フフフ。
『ナニッЧ』
私達の全てと引き替えに。
共に塵ちりと化せ、オシュトルЦ
ウォシス様に栄光あれっЦ
まさか━━その身と引き換えに、全ての力を一気に解放するつもりかЧ
不味いッ、この力、この一帯が焦土となる！
このままでは皆みんなが━━Ц
『ソウハ……サセヌッЦ』
旦那Ц
兄上、何を━━Ч
まさか、その体で力を封じ込める気っЧ
オシュトルッЦ
オシュトルはんЧ
兄あにさまーッЦ
フ…フフフ……
やはり、貴方は愚かです。
ここまでなのは貴方もです。
『何ィッ！』
私達の狙いは貴方ただ一人！
貴方を滅せれば、ウォシス様の道を阻む者はいません！
そう、これは僕達の勝利ッЦ
『━━ッЦ』
リヴェルニ……ラヴィエ……
うん……一緒に行こう……
ウォシス様……私達を、ほめて……ください…ますか……？
オシュトルЦ
『オォォォォォォォォォォォォォッЦ』
『サセヌッЦ』
やめて┻┳┻┳┻┳Ц
あ……ぁ……ぁ……
兄あにさまぁぁぁぁッЦ
…………
ここ……は？
何だ……この人肌のような温かさは……
まるで大きな手のひらの中にいるような、そんな気がする……
『⑩⑨①』
誰だ！
『………』
ん……光？
おお、おお……いい子だ。儂ワシに似て賢そうな顔をしておる。
まあ、お戯たわむれを……うふふ。
この子が、余よの後を継いで新たな帝ミカドとなるのだな。
はい。立派に育ってくれることと思います。
あれは兄貴……それとホノカさん？じゃあ、あの赤ん坊は……
学習中に熱を出したと聞いたが。
私達を喜ばせたい一心で、つい無理を……本当に、心優しい子。
ああ、優しすぎるのだな。この子は……
儂ワシ等は、この子に重荷を背負わせてしまっているのかもしれん……
この子には儂ワシの跡継ぎなどではなく、己の好きな道に進ませてやろうではないか。
……はい。
これはウォシスの記憶……か？
『……⑧⑤⑥⑤⑤⑤①⑤⑧⑨⑧③』
『④⑧④⑦』
ウォシス？ウォシス、お前なのかЦ
『①⑤⑥……③⑥⑧②⑦②⑦③④……』
『④⑤、⑦⑥②①⑤③……⑦⑩⑤③⑤①……』
『⑩⑤②⑦⑥②④①②②⑤③⑤①……
⑩⑤②⑦……』
『⑦⑥②①⑥⑤⑦……⑧⑤③①③①①⑤①④⑧②、①②⑨②①⑥④⑤③⑦②……①①⑥②』
ウォシス、何を言っている、ウォシス！
『⑩⑨①……⑤⑨③②⑧⑤①⑤⑤⑦⑤⑨①③⑦、①⑤①⑦⑩⑧⑤⑨』
グ……ウウウ……ひ、引きずられるっЦ
……ル。
……トル。
……シュトル。
オシュトル！
Ц
━━目を覚ますのじゃ、オシュトルЦ
ぅ…………
ここ……は……
眩い光に薄く目を開くと、心配げな表情でこちらを見下ろしてくる、いくつもの顔があった。
溢れる涙を拭おうともせず、アンジュが飛びついてくる。
皆みな……
………
済まぬ、貴公があの冠童ヤタナワラベらの力を抑え込んでくれねば、今頃小生等は消滅していた。
皆みなに変わって礼を言うぞ。やはり其方そなたは余の誇りなのじゃ。
兄上……よかった。大丈夫だって信じていました……ですけど……ですけど……
そうやぇ、さすがに心配したなあ。
オシュトルさま、もっと御自分のお躰を労って下さい……
まったく、旦那は相変わらずヒヤヒヤさせてくれるじゃない。
今度ばかりは駄目かと思ったぞ。
前々から思ってはいましたが、本当にしぶとい方ですね。
兄あにさま……
すまぬ、心配をかけたか……
だいじょうぶ……なのです？
ああ、このとおり何ともない。
兄あにさま……兄あにさまッ……
ネコネはギュッと抱きついてくる。
ぐッЧ
ご、ごめんなさいです、痛かったですか？
……いや、突然で驚いただけだ。
ご、ごめんなさいです……
ふふっ、ネコやんは相変わらずオシュトルはんの前では甘えんぼやぇ。
まったくだ。いい女はもっと上手く漢に甘えるものだぞ。
うぅ……
ふ……ははははは……
ぐッ……
何かが体の奥で砕けたような音がした。
ふと、視線を横に向けると、双子達がいつになく沈痛な面持ちで、こちらを見ている。
そうか、やっぱり、な。
笑え、オシュトル……皆みなに悟られるな……
でも、本当によかったです。ね、クーちゃん。
クーちゃん？
その声に気付き見てみれば、クオンは皆みんなの環から離れ、一人呆然と突っ立っていた。
……クオン？
クオンさま……どうかなさいましたか？
姉あねさま？
駆け寄ったルルティエ達がクオンの肩を揺さぶり、その名を呼ぶ。
クオンはん？
クオン、どうした。
クオンは虚ろな目のまま、フラフラとこちらに歩み寄って来る。
と、突然ぺたんと地面に座り込んだ。
クオン……？
手を伸ばし、こちらの頬にそっと触れてくる。
どうした、クオン。
呼ぶ声も聞こえていないかのように、放心した表情でこちらの顔をペタペタとなで回していた。
む、クオン、何をして……クオン？
何度目かの呼びかけで、クオンはハッと我に返った。
オシュ…トル……？
生気を失っていたその双眸そうぼうに、徐々に光が戻っていく。
無事……なの……
ああ、この通りな。
そっか……
うん……そうかな……そうだよ……
よかった……
クオンはニッコリと微笑むと、キョロキョロ辺りを見回した。
他の戦いも終わったの……かな。
先ほどまで聞こえていた、兵達の鬨ときの声や剣戟けんげきの音が、今はすっかり止んでいた。
そのようだ。
そう……
安心したように、クオンはほっと息をつく。
オシュトル。
顔を上げると、クオンがこちらに手を差し出している。
ああ、すまぬ。
その手を掴み、立ち上がろうする。しかし……
あっ……Ч
クオンの方が体勢を崩してしまい、逆にこちらに引っ張り込む形になってしまう。
はからずも抱きつくような格好になってしまったクオンは慌てて立ち上がる。
ご、ごめんね。
あ、いや……某それがしは平気だ。しかし、クオン……
こちらがクオンに問い掛けるのに被せるように、クオンは自分から言った。
う……うん、私もまだ本調子じゃないのかも。後で少し休ませて貰おうかな。
あ、ああ……
クオンは服についた土をあわてて払い落とすと、そのまま逃げるように自分から離れた。
クーちゃん、大丈夫？
オシュトルが受け止めてくれたから、平気かな。
フミルィルの言葉にクオンは何事もなかったかのように受け答えをする。
クオンさま、大丈夫なのでしょうか……？
病は気からなのです。病み上がりの姉あねさまに兄あにさまが心配させすぎなのです。
判っている……
姉あねさまを安心させるためにも、早く元気になってもらうです。
そうだな。全くその通りだ。
皆がクオンの様子に心配がる中、自分はクオンを抱き留めた手をギュッと握り締めた。
クオンの体……震えていた？
病み上がりだというのに、いらん心配をさせてしまったか……
しかし、ここで立ち止まることはできない。
冠童ヤタナワラベ達の、あの異常なまでの力……そして化け物と化した者達……どう考えても異常だ。
正直関わりたくもないが、何とかウォシスを止めなければ……
……聖上、我々も参りましょう。
えっЧ
オシュトル、お前その体で……
駄目。
行かせられません。
聖上！奴を━━ウォシスを止めなければЦ
旦那……
…………オシュトル。
アンジュは振り返ると、沈痛な面持ちで戦場いくさばの跡を見つめた。
いくつもの死体と、無数の氷柱。その柱の中には化け物に変わり果てたヤマトの民達の姿があった。
……惨むごいの。
この者達がこのような辱めを受ける理由など、何もなかったはずじゃ。
ただ、家族と共に心穏やかに暮らしてゆきたかった……そんな者達を……
じゃが、オシュトル、余はヤマトの民と等しく……いや、余は……余は━━
聖上、それ以上はなりませぬ。
オシュトル……
努々ゆめゆめ忘れ召さるな。聖上はこのヤマトの帝ミカド。全ての民の希望ということを。
余よが……希望……
アンジュは目を見開き、ギュッと拳を握る。
……そうじゃった……余は天子……ヤマトの帝ミカドである。
これ以上、このような悲劇を繰り返すわけにはいかぬ。一刻も早く帝都へ戻るのじゃ！
御心のままに。
ようやく、らしい顔に戻ったか。やはり皇女さんは、そうでなくてはな。
深く頭を垂れ、仲間達へと振り返る。
しばし休息を取った後、このまま帝都へ進軍する。
判った、オシュトル。
全く無茶な御方ですね。
ハイ、兄上が行くならどこまでも！
ウォシスの数々の非道に小生が鉄槌を下す！
ああ、こんなふざけた事を続けさせるわけにはいかないじゃない。
オシュトルさま……今度こそお守りします。
オシュトルはんの背中はウチに任せるぇ。
死守。
最期までお供致します。それが主様の望みならば。
兄あにさまについていくです。
オシュトル、無茶はしないで……
心得ている。
ヤシュマは剣を掲げるとクジュウリの兵を鼓舞するように言った。
行くぞ！我等もオシュトル殿と共にЦ
死闘の疲れも忘れたかのように皆の意気が上がる。
しかし、ヤシュマやその後ろに控えるクジュウリの兵達の様相に自分は首を横に振った。
クジュウリの兵達は、先の戦いで疲弊しきっている。このまま共に行くわけにはいかぬ。
何Чし、しかし、それはオシュトル殿とて同じ事Ц
いや、一度クジュウリに戻り、態勢を立て直すのだ。
クジュウリ兵の働き、何も恥ずる事は無い。貴殿等がいなければ、被害が更に拡大したことは明らか。無論、聖上もそうお認めである。
だが、長く踏みとどまったが故に、我等よりもはるかに疲弊している。一度、体を癒すべきであろう。
何を……我々はまだ戦えます！
仮に死しても、ヤマトの土になる事に何の不満がありましょうかЦ
無駄に死んではならぬ！土を耕し畑を実らせるのがクジュウリの民の本懐であろう。
しかし……
あくまでヤシュマは食い下がる。
その時、凛とした声が響いた。
ヤシュマ、お止めなさい。
あ、姉上？
もっと周りをご覧なさい。オシュトル様の仰おっしゃることはもっともですわ。
糧食りょうしょくは散逸、矢も尽き、刃は欠け、心身共に疲弊しきっている。皆、気力だけで立っているようなものね。
そんな兵がいても、オシュトル様の手を患わせるだけ……私達のせいでオシュトル様が傷を負うなど許される事ではないわ。
どうしても付いて行くというなら、私がこの場で貴方を斬って、オシュトル様のご負担を減らしますわよ。
ぬぐ……
オシュトル様……申し訳ありません。馬鹿な弟が馬鹿な事を。
いや。ヤシュマ殿の気持ち、痛み入る。その思いだけで我等の士気が上がる。
それにシス殿、其方そなたの支えがあるとなれば、ヤシュマ殿の再起も容易であろう。
そ、そうですの？まあそうですわよね、オシュトル様のシスですもの、おーっほっほっほっ！
オシュトル殿……態勢を立て直し次第、我々もそちらに向かおう。
ああ、待っているぞ。
では他の皇オゥルォ達にも通達し、急ぎ帝都に集結させるのじゃ！
お待ち下さい、聖上。
他の國の兵を帝都に向かわせるのはひとまず控えるべきかと。
何じゃと？
まずはここにいる兵だけで参りましょう。
何故です、兄上？味方は少しでも多い方がいいのでは？
いや、逆だ。
はぇ？逆？
冠童ヤタナワラベ達が言っていただろう。元々ノロイは帝都の民達だ。
あの数……一体一体作りだしたわけではあるまい。何らかの方法で一斉に変化へんげさせられたと考えるべきだ。
まさか……ッ！
いや、確かにそう考える他あるまい。認めたくはないが。
なるほど、こちらの兵達にも同じ事が起こるかもしれない……と。
ああ、術の類たぐいか、何らかの薬か……どんな手段であのような姿に変えられたのかはわからぬが、用心に越したことはない。
もし、こちらの兵までノロイに変化したら、幾ら護りを固めても意味がないのです。
やだねぇ、あんなもんになっちまうなんて。
ともかく、状況が判らぬまま無闇に飛び込んで、被害を増やすことは避けるべきであろう。
聖上、他國の兵は帝都への街道に配置し、ノロイ被害の拡大を防ぐのがよろしいかと。
うむ……余が、自らウォシスを処断せねばならんしのう。
でも、本当にわたし達だけで良いのですか？あの冠童ヤタナワラベ達が待ち構えているかもしれないのです。
それは━━
我等が、帝都までお供させていただきましょう。
む……？
不意に声を掛けられ、皆、そちらの方を見た。
背後の兵達が開いた道の先から、二つの影がこちらに歩み寄って来る。
其方そなた等は……
ベナウィ殿、クロウ殿……
かつては互いの皇女が剣を交えたこともあり、知らぬ間柄ではない筈だが━━二人はアンジュの前に進み出ると、恭うやうやしく拝礼した。
お初にお目に掛かります……ヤマトの皇女殿下よ。それとも、今は帝ミカドと呼んだ方が宜しいでしょうか？
トゥスクルがアンジュを正式に帝ミカドと認め、二國関係を仕切り直そうとしている━━例の決闘なども無かった事にしたい━━
その意志を読み取ったアンジュは、鷹揚おうように頷うなずくと、二人に頬笑みかけた。
どちらでも好きにすると良い。此度の件、感謝しよう……それにしても、何故、トゥスクルの者がここにおるのじゃ？
あんた等がヤマトに帰った後、さる御方から、ヤバい事になるかもしれねえって言われたんでね。
火の粉が飛んで来かねないという事で、急ぎ兵を集めてこちらへ参ったわけです。
さる御方？
それはもしや……
こちらの問い掛けにトゥスクルの二人は頷いた。
あの人はこの事態を予期してたのか？
とはいえ、軽々しく介入すべきではないと思っていたのですが……
あんた等があまりにヤバそうなんでな。思わず手を出しちまったって訳だ。
この戦いくさ、我等トゥスクルも殿下に加勢させて戴きます。
安心しな。お代を取ろうってわけじゃねえ。
なん……じゃと？
クロウ、少し言葉を控えなさい。
巫山戯ふざけるでない！これは我がヤマトの問題じゃ。トゥスクルの出る幕ではないのじゃ。
もうヤマトだけの問題じゃない。
それまで沈黙していたクオンが、悲痛な声でアンジュに語りかけた。
クオンッ……！トゥスクルの皇女だからと言って勝手を……
アンジュこそ冷静になって。このまま事態を放置すれば、いずれトゥスクルにも被害が及ぶかな。
確かに……これは普通の戦などとは違いますからね。強いて言えば、疫病に近いでしょう。
はい、ですから、水際で食い止められなければ、いずれトゥスクルにも被害が及びかねません。
俺達ゃあ、こんな所でごたついてる訳にはいかねえんだ。
もし、お許しが頂けないようなら、こちらも勝手に動かざるを得ませんが？
そのような勝手が罷まかり通ると思っておるのかЧ
だから、こうやって断りを入れてるんじゃねえか。
むむむ、屁理屈を言いおって……
トゥスクルの言い分ももっともだ。
だが、ここはあくまでヤマトの領内。勝手に動かれては、民の動揺が膨らみかねない。
まして、帝都はヤマトの聖域……いかなる状況であれ、土足で入られては後々しこりが残る。
それでも━━これが最善の選択だと、自分は信じる。
聖上、ここは彼等と一時同盟を結ぶべきかと。
しかしじゃな……
先の戦いでもご覧になられたように、彼等の術や強さは計りしれませぬ。
特にウルトリィ殿の術はノロイとの戦いでは数少ない対抗策かと。
トゥスクル側に勝手に動かれぬよう監視下に置くという意味でも、同行を許すのが得策と考えまする。
判ったのじゃ……しかし、あくまで総大将はオシュトル。トゥスクルの兵もオシュトルの命には従って貰うぞ。
元よりそのつもりかな。
異論はありません。
ほんじゃ、大物は譲るとしますか。
雑魚は俺達が抑えといてやるから、その隙にあんた等は親玉を片付けてきな。
言われずとも、そのつもりじゃ。それにしても口の利き方を知らぬ奴じゃ。しかし、まあその……
？
感謝してやらぬでもない……ぞ。事が済めば、正式に帝都に招き、歓待してやろう。じゃから……
死ぬでないぞ。
ベナウィとクロウはその言葉に微笑み一礼をする。そして、クオンに向き直ってもう一礼すると踵を返して立ち去った。
良いのか？二人とも行ってしまうぞ？
二人に言うべき事、言われなきゃいけない事は、ここに来る前にもう済ませちゃったかな。
良いのか？
始めから、そのつもりだけど。迷惑かな？
某それがしもそのつもりだ。
そう言ってくれると思ってたかな。
立ち去るベナウィ達の背中を、クオンはアンジュと共にいつまでも見つめていた。
夜も更け、夜明けと共に旅立つシスとヤシュマと別れの酒を酌み交わす。
では、我々はこれで。
しばし、お暇いとまさせていただきますわ、オシュトル様。
……ああ。
一礼して出ていくヤシュマとシスを見送ると、天幕の中はシンと静寂に包まれる。
天幕の薄明かりの下、じっと掌てのひらを見つめる。
時折、白い砂粒のようなものが、ほんの僅わずかだがサラサラとこぼれ落ちるのが見えた。
そろそろか……
オシュトル。そう遠くないうちに、そっちへ行くことになりそうだ……
Ȝ
そろそろ帝都が近い。皆みな、気を緩めるな。
ああ、それにしても……
帝都に近づくにつれ、禍々しい気配が漂うようになってきましたね。
そうなのけ？ん～、そう言われれば……
障気。
迂闊うかつに吸いすぎると、心を蝕まれ、病を患うこともあります。御注意ください。
確かに、うまく言えねぇが嫌な感じがするじゃない。
シノノン、これを口の辺りに巻いてな。
んしょ、これでいいか？
おう、上出来だ。
ウォシス、これも貴公なのか……このような……
…………
……何だか、ちょっと気持ち悪くなってきたのです。
だ、大丈夫ですか、ネコネさん。
平気なのです、それよりも。
クーちゃん、大丈夫ですか？
姉あねさま、何だか顔色が悪いのです。
……え？あ、うん、大丈夫、平気かな。
障気にあてられたか。
クーちゃん、病み上がりなのですから、あまり無理はしないで下さいね。
心配しすぎだよ。ホントに大丈夫、だから。
そして森を抜け、帝都を見下ろせる丘へと辿り着く。
駆け出し、我先にと丘の上へ辿り着いたアンジュは、その光景に目を見開いた。
ぐ……ぅ……うぅ……
ちち……うえ………
父上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッЦ
ああああああああああああああああああああああああッЦ
こいつは……
その光景に、アンジュの泣き叫ぶ様に、誰もが声を掛けられず押し黙るしかなかった。
判って……おった……
わかっておったのじゃ……こうなっておることは……
……聖上。
じゃが……それでも……もしかしたらと……
うぅ……ぐぅぅぅぅ……
もう少し遅ければ、我々も……ですか。
クッ……願わくば、一人でも多くの民が無事であらんことを。
アンジュさま、ここは風が冷たいです……
お躰に……障りますから。
ルルティエが寄り添うように肩に布を掛け、後へと下がらせる。
なぁなぁ、オシュトルはん。あの愉快なヒト達は、ここから現れたでいいのけ？
愉快……ああ、あの変貌した民のことか。おそらくはな。
民が、あんな姿に変貌してしまうなんて……
あれは……あれは……
……クーちゃん？
そういえば、帝都には先にミカヅチ様が向かっていたはずでは。
大丈夫……なのでしょうか？
キウルの言葉に一同はハッとする。
あやや、さすがのミカヅチはんも、愉快なヒト達の仲間入りけ。
ますます愉快になったミカヅチはんと、愉快な仲間達や。
そんなんが相手になったら、ちょっと骨が折れるかもなぁ。
勝手に愉快な連中の仲間入りさせるな。
ゆらりと人影が皆の前に立ち塞がる。
おおミカヅチ殿、無事であったか。
ふ、そう簡単にはくたばらぬ。何よりオシュトル、貴様との決着を付けるまではな。
泥にまみれ些いささかやつれたようにも見えるが、その鋭い眼光には未だ強い力が漲みなぎっていた。
そうであったな。
して、聖上は。
あの光景を御覧になられて……な。
むぅ……さもありなん。
ミカヅチはアンジュの前に進み出ると片膝を付き、深く頭を垂れた。
聖上……
よくぞ……戻った、ミカヅチ。其方そなたが無事であったこと、嬉しく思うぞ。
勿体なきお言葉。されどこのミカヅチ、力及ばず帝都の民を守りきること適わず。
良い、良いのだ……其方そなたのせいではない。全ての元凶はウォシス、帝室の闇じゃ。
まさか、あの不死の奴等も……
ああ、ノロイと言う。ウォシスの生み出した、タタリと対をなす彷徨さまよいしもの達だ。
ぬう……
ミカヅチは立ち上がり、丘から帝都を見下ろした。
俺が帝都に着いた頃はまだこのような有様ではなかった。運よくイラワジ殿、ソヤンケクル殿、ゲンホウ殿もあの惨事を免れてな。
方々が民を保護してくれた事もあり、それなりに秩序を保てていたのだ。
だが突然……ノロイといったか、生き残った民や兵達が、あの化け物に変貌し、暴徒と化した。
変貌を免れた民の導きは方々にお任せし、俺は殿を務めたのだ。
おお━━、では、生き残った者達もおるのじゃなЧ
御意……混乱の最中さなかではありましたが、イラワジ殿の導きで、多くの民が東國へと逃れました。
うまくいけば今頃、ナコクやシャッホロの軍に拾われているかと。
そうか……そうか……大義であった、大義であったぞ、ミカヅチ……
アンジュさま、これで涙を……
構わぬ、ルルティエ。泣いてなどおらぬ、余よはもう泣かぬと決めたのじゃからな。
はい、では汗を拭きますので、そのままで……
む、むぅ、汗なら仕方ないのじゃ……うむ……
でも良かった。あのノロイの群れから逃れることが出来たなんて。
ああ、兄者のおかげだ。
ライコウの？
東門に残されていた、兄者の大筒が使えた。
山を崩し、ノロイどもを足止めすることが出来たのだ。
はは、おかげで、俺はこうして取り残されてしまったがな。
流石と言うべきか、たった一人でやるとはな。
ふっ、一人の方が身軽で良い。
それに我等であれば容易たやすいこと。違うか、オシュトル。
そうだな。
貴様が来るまで少々時間を持て余したのでな、奴等を避けつつ、帝都の状況を把握しておいたぞ。
ミカヅチの言葉に一同は喜び勇む。しかし、ヤクトワルトだけは少し困惑した表情でクイっと、遠くに顎を向けた。
てことは、あいつも何だか判るのかい？さっきから気になっているんだが。
ヤクトワルトの指さす先、アマテラスが穿っただろう穴の上に、巨大な『何か』が浮遊していた。
石のような、骨のような━━それでいて、どこか蟲の繭まゆを思わせる物体だ。
奇怪きっかいな……
むぅ、ここからあのように見えるとなれば……
はい、とても大きいと思います。
クーちゃん、何でしょう、あれは？
俺にも判らぬ。存在に気付いてから、ずっとあのままだ。
あんなの見たことも聞いたことも無いのです。
………
だが、あいつが現れたのを境に、民がノロイに変わったと言う者もいた。何か関係あるやもしれぬ。
主あるじ様。
微かですが、魂の色が見えます。あれは……
……ああ。
あの気配、間違いない……
ウォシスだ。
おいおい、正気かЧ
仮面の者アクルトゥルカ。
おそらくは、仮面アクルカを使ったのであろう。しかし……
聞いたことが無い。あれが仮面アクルカ……仮面の者アクルトゥルカの姿だというのか！
確かに、あの異様な姿と、人をノロイに変える力。明らかに仮面の者アクルトゥルカとは違う。
もはや完全に、仮面アクルカの力を逸脱した、異質の存在だ。
それに、あの声……皆には聞こえていないのか？『同胞はらから』と呼ぶ声は……ウォシス？
何故自分に聞こえる……何を言おうとしているんだ……
何の動きも見られませんね。こちらに気づいているのでしょうか？
きっと、お昼寝しているんやね。
そ、そうなのですか？
考えるだけ無駄か……為すべき事をするまでだ。
何であれ、ノロイを生み出す元凶かもしれんとなれば、放っておく訳にはいかぬ。
うむ、同感だな。あれは危険だ、賭けてもいいぞ。
ふん、その賭けは成立しないじゃない。あれがヤバイってのは、ピリピリ感じるからな。
今この時も、ノロイが増え続けているとしたら……
もしかして、みんなあのノロイというヒト達みたいになってしまうのでしょうか……
このままだと、多分ね。トゥスクルだって……
そんな……
そのような事はさせませぬ。
うむ、これ以上、あやつの好き勝手にさせる訳にはいかんのじゃ。
ですが、どうやって……
おそらく、近付くほどノロイ達に阻はばまれるのです。それに……
困難。
辿り着けても、ノロイを相手にしていては、まともに戦うことすら出来ないでしょう。
なれば、我等にお任せ下さい。
トゥスクルの者か。わざわざ海を越え死にに来るとは酔狂な。
酔狂だからこそ人生は面白いのさ。違うかい？
ふ、確かにな。
うひひ、何や楽しそうやぇ。なぁなぁ、オシュトルはんも酔狂しないのけ？
某それがしは酔狂とは無縁であるからな。
え？オシュトルはんが一番酔狂とちゃうのん？なぁ、ルルやん？
えっ？それは、その……わたしからは何とも……
な、何を言うですか、兄あにさまは……その……
ネコネ、何故言葉に詰まる？
確かに、僕達の中ではオシュトルさんが酔狂者の筆頭ですからね。
いいではないか、私は……その……好きだぞ。す、酔狂者がな！
急に何を言い出すですか……
うふふ、何だかトゥスクルにいた頃を思い出しますね、クーちゃん。
そう……だね……
緊張感のないやりとりに、皆がくすくす笑う。
それにつられ笑いながらも、心の奥が冷たくなってゆくのが判った。
だが本当に……ヤツを止める方法などあるのか？
ウォシスが力を与えた冠童ヤタナワラベでさえ、仮面の者アクルトゥルカに匹敵する超常の力を持っていた。
ならばウォシスは……
以前、兄貴が話していた……最初に作った仮面アクルカが、大きな災いを引き起こしたと。
そして、それを封じる為に作られたのが、オシュトルから受け継いだこの仮面アクルカ。
手を伸ばし、そっと仮面アクルカに触れる。
四人の仮面の者アクルトゥルカが、その命を燃やし尽くしてあれを封じることが出来た。
ならば、おそらく次の戦いが……
………………
……ねえ、オシュトル。
オシュトルにお願いがあるんだけど、いい？
お願い？
うん、お願い。
オシュトル……ウォシスと戦うのは私わたくし達に任せて、貴方は後方で全体の指揮に専念してほしいんだ。
……ぬ？
何を言う。某それがしが後方に下がるとなれば、兵や皆の動きに支障が出るのは必定。それが判らぬクオンではあるまい。
……うん、判ってる。オシュトルの言う通りだと思う。
ならば、何故……
クオンはそれに応えず、目を伏せる。
オシュトル、もう……限界なんだよね？
……え？
…………何の、ことだ？
仮面アクルカは根源への扉。深淵より大いなる力を授かり、その代償として魂を削り捧げる。
戦って、戦って……魂を磨り減らしていって……
いつかそれも尽き、終わりの時が来る。
オシュトルも判っているはずだよ。度重なる仮面アクルカの解放で、自分の躰がどうなっているのかって。
答えて、オシュトル。
オシュトル……さま……？
やっぱり……
あと数回……ううん、もしかすれば次に……
その躰はもう……仮面アクルカの解放に耐えられない……
待て、それは本当なのか？
む……
そう……なのじゃな？オシュトル、何故黙っておった！
なのに、そんなオシュトルを前に出せると思う？
だが……だが、仮面アクルカを使わなければ問題━━
使うよ、オシュトルなら。
皆みんなに危険が迫った時、きっとオシュトルは仮面アクルカの力を解放する。
そしたら、もう……
姉御の意見に賛成じゃない。これまでだって例外だったんだ。これ以上は旦那に前に出られると困る。
すみません、兄上。私も同意見です。
小生としても、帰れぬと判っている者を前に出させる訳にはいかぬ。
だからお願い、約束して。決して前線には出ないって。
どうする、まさかクオンに覚られるとは……
ええい、間怠まだるっこしい！とにかく其方そなたは後に下がっておれ。
……御意に。
ウルゥル、サラァナ、此奴こやつを下がらせよ、これは命令じゃ！
そうですね。お二人ともオシュトルさんの命に関わるとなれば、協力してくれるでしょう。
二人ともオシュトルはんにぞっこんやしなぁ。
……ん？その肝心の二人は何処に行ったんだ？
ノスリはキョロキョロと辺りを見回す。
しかし、ノスリがいつまでもキョロキョロしてる様子に皆も不審がって辺りを見回した。
いませんね。
あの二人が旦那の側から離れるなんて、珍しい事もあるじゃない。
先程までこちらにいらっしゃったと思うのですが、何処かに行かれたのでしょうか？
判りません。二人とも普段から、気配を消していますから……
皆揃って首を傾げる。
……まさか。
ハッとして、あの奇妙な繭の方を睨んだ。
も、もしかして……兄あにさま！
いや、あの二人ならあり得る。
どうして気が付かなかったのかな。あの二人が一番オシュトルの体の事を判っていても不思議じゃない。
きっと、オシュトルはんを戦わせないために、自分達で何とかするつもりやぇ。
すぐにウルゥルとサラァナを追うぞЦ

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Ω

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その頃━━
帝都中心に穿うがたれた大穴の縁に、小さな人影が二つ。
その二組の瞳はクレーターの中心、遠方にある蜘蛛の巣のような巨大な繭を見つめていた。
ウォシス様……
最も帝ミカドの寵愛を受け、それを知らずに歪まれた悲しき御方おかた。
止めることは出来なかった。
お母様の複製体である私達の言葉では、貴方様に届かないから。
否……
こうなることは、決まっていました。
貴方様が絶望に沈み。
最後に愛を知ることは……
そして、再び主あるじ様と邂逅する。
それが運命サダメ……それが大いなる意志の導き……
その時、主あるじ様は……
必ず力を解放させます。それ以外に貴方様を止められないと信じて。
大いなる意志の導きには、何人なんびとも抗うことは出来ません。
それは理ことわりなのだから。
主あるじ様を止めてはならない。大いなる意志は、それを望んでいる。
私達がすべきことは……
すべき……ことは……
…………ダメ。
そんなの……
主あるじ様の笑顔……
命じられたからではありません……役目だからではありません……
記憶された知識や束縛なんかではない。
奥底から溢れ出るわたし達の願い……
どうか……
このままお仕えさせて下さい。
ずっと……お側に……
主あるじ様とウォシス様は会わねばならない。
主あるじ様とウォシス様を会わせてはならない。
矛盾。
矛盾しています。
仕方が無い。私達の存在そのものが矛盾だから。
でも……それでも……この気持ちは私達だけのもの。
…………サラァナ。
判ってる、ウルゥル。
我等は鎖の巫カムナギ。すべては主あるじ様の為に━━
理ことわりを封じる。
双子は肩を並べ、片手をウォシスに向かって突き出す。
ウルゥルは右手、サラァナは左手。
その掌てのひらに封印の紋が浮かび上がり、ウォシスへと一直線に放たれた。
紋はウォシスへと到達すると、その巨体を包み込むように大地に巨大な光の陣を描く。
来たれ、いともかしこき御霊みたまよ。我等の祈りに応え彼の者に。遥か高き御國みくにの門を開き給え。
来たれ、慈しみ深き御霊みたまよ。我等の嘆きに応え彼の者に。御霊みたまの許もとでの安らぎを与え給え。
創成と終焉、聖と穢れ。永久とわに在ります御霊みたまに頭こうべを垂れ給えЦ
その言葉と共に繭は光に包まれ、ゆっくりと陣の中へと沈み込んでいく。
ぐッ……
はうッ……
一方、ウルゥルとサラァナの相貌そうぼうが苦痛に歪んだ。
力を込めているためか、その小さな躰はプルプルと震え、躰中に血管が浮かび上がっている。
しかし全てが光に包まれたかと思えたその時━━
……ッЦ
光の中から脈動するかのように放たれる力に双子達の体が蹌踉よろめく。
それでもなお二人は歯を食いしばり、懸命に力を込めた。
うくぅЦ
しかし、二人の指先の爪が裂け、鮮血が飛び散る。
させ……な……い……
それでもなんとか堪えようと手と手を重ねて支えたが、それも長くは持たなかった。
あるじさま……は……
渾身の力を込めた手は徐々に押し戻され、ついには指が曲がるはずの無い方向にへし折れる。
━━うぁぁぁぁぁぁぁッ！
突如、封印の陣が崩壊し、光が爆発する。
二人のか細い体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
ぐ……
ううっ……
そこにいた何かが“起き上がる”のを感じる。
霞む眼でそこにある繭を見た。姿は変わらない。しかし、そこからは神々しい気があふれ出るのが感じ取れた。
『③①④②②①⑦⑦④①⑩⑤……⑨⑩②⑤①……』
封ずる。
貴方様の存在は……主あるじ様の災いとなります……
二人は地面を這いながら軋むような体の痛みを堪え、再び手を繭へと突き出す。
来たれ、いともかしこき御霊みたまよ……
遥か高き御國みくにの門を開き給え……
だが、その祈りをかの言葉が打ち壊した。
『⑩⑤①④⑩①……』
…………ッ！
繭に向かって、目には見えないが凄まじい『力』が収束していくのを感じる。
二人は体を起こそうとするが、片膝を付く事すら出来ない。
終わりを悟った二人は互いに手を伸ばして、その指を絡めた。
主あるじ様……ありがとうございました……
先に……
お待ちしております……
『⑤⑥②、②⑧①⑤……』
その力が今にも解放されようとした瞬間、二人の前に影が立ち塞がった。途端に力の収束が霧散する。
神にでもなったつもり！
どうして……
『⑨⑧⑧……』
間一髪……ってとこだね。今のうちに、はやくその子達を━━
ウルゥル、サラァナ、無事か！
今、お助けします！
キウルと共に双子を抱き抱えて、仲間達が様子を伺う後方へと戻り、二人を地面に横たえた。
無茶な真似を、そんなことをして喜ぶとでも思ったか。
主あるじ様……
どのような罰でもお受けします……
某それがしの為にしたことを、どうして罰することが出来る。
二人の体には、内部から吹き出したような傷が幾つも見られた。
コイツは……あのまま続けていたら、その負荷に二人の躰は耐えられなかったかもしれない。
術式の途中で破られたことで、かえって助かったんだな……
クーちゃん、あまり無茶をしないでください。
姉あねさまといえども、一人で動くのは危険なのです。
ごめんね、でもそんなこと言ってられなかったから。
二人の様子に安堵し、再びクオンとウォシスの方を見た。
『⑩⑨①』
『④⑤……⑤⑤⑤②④③①②⑦③④……』
黙りなさい……
『②⑩⑥⑤……③⑩⑥⑤……』
黙れと言っているッ！
『……………』
其方そなた……邪魔だ。
何ッЧ
クオンが一瞬消えたかと思うと、クオンが立っていた場所が何かを叩きつけたかのように砕け散る。
そして、再び姿を現したクオンはすでにウォシスを間近に捕らえて、握り締めた拳を振りかぶっていた。
クオンの拳がウォシスへと放たれる。
しかし、その手先すら霞むほどの神速で繰り出された拳は、ウォシスに届く手前で見えない壁に弾かれた。
……ちッ。
クオンは攻撃が効かないと判ると、大きく宙を舞い自分たちの目の前へと降り立った。
クオンさま……
ぬぅ、あの時と同じ……いや、それ以上じゃぞ。
その力がありながら、何故これまで。
まさか、手を抜いていたわけではあるまいな。
いえ、おそらく何かしら制約があるのかと。大きな力には代償が必要ですから。
しかしあの力、まさか仮面の者アクルトゥルカ……
な、なんじゃとЧなぜ、クオンが━━
いえ、ですが何か……違うような……
言われてみれば、確かに似ている。だが、仮面アクルカをつけていないクオンが、どういうことだ。
クオン、お前一体……
………
『⑩⑨①……』
まただ……頭に直接、声が……
静かでありながら、心に突き刺さるように響いてくる……
『③⑥⑥……⑨⑩①④⑤……』
『⑧⑧⑥……③⑥①④④⑥②①③⑧⑥①③……』
またそれか。同胞はらから……どういう意味だ。
く……ッ。
見ればクオンは頭に手を当て、表情を苦痛に歪めている。
もしかしてクオンにもこの声が。
『⑤①①……⑨⑩②①⑤⑤④①⑤②⑨②、⑨⑨②①②②……』
だ……
『⑩⑤①④⑩①……⑩⑤③⑥①⑧⑤⑥③……』
『⑨⑩①④⑩①……⑩③①⑦④⑧⑩⑨④⑥⑩②③⑤⑤①……』
『①①……①①⑩②、⑨②⑤③⑥⑤……』
……れ……
『⑤⑤⑤③①⑨⑦、③④①⑤⑦②……』
だま……れ……
『⑤①━━』
黙れぇ┻╋┳ッ！
クオンЧ
な、何じゃ、彼奴あやつに何が……
わ、判りません……クオンさま……
黙れ。これ以上、我われの心に囁き続けるな……
我われはヒトだ。断じて汝なんじの同胞はらからなどではないッ！
まさか、あの声……
ヤツが『同胞はらから』と呼びかけていたのは、自分ではなく……
『①①、③④①④⑩①……』
くッЦ
ウォシスの言葉は帝都だけではなく、その周囲の村々にまで響き渡り始める。
『①⑤⑦②⑧①……』
『③⑥⑤⑥①⑧②②⑦……⑤⑨⑤……』
『⑨⑦①⑤④⑦……⑥②②⑧①⑥⑦②……』
『③①⑦⑥①。⑤⑥①②③①③⑤⑨⑥②……①②⑨②①⑥④⑤③⑦②③⑩①⑥⑦、④⑩⑥②……』
『⑧⑧②、⑤⑥①⑨③①⑨⑦①⑤……』
願い？まさか━━
少女
おとーさん、おかーさん……なんで死んじゃったの……寂しいよぉ…会いたいよぉ……
『⑨⑩②⑤①━━』
え？
だれ……？
『⑨⑩②⑤①。⑤⑤③②、⑨⑦①⑤……』
望み……？
『⑧⑤③②⑨⑦①⑤……』
『③②②①③⑤⑨②、⑨④⑤⑤②③①……』
じゃ、じゃあ……どうか、おとーさんとおかーさんに会わせてください……
『①⑩⑥⑤。②⑩⑨②②⑩⑥⑩……』
こっちへおいで……
えっЧ
父
私達はここだよ……
母
泣かないで……さあ、こっちへいらっしゃい。
おとーさんЧおかーさんЧ
さあ、こっちへ……私達と一緒に行こう。
これからはずっと一緒よ……永遠にね……
『⑩①、⑨③①……』
老人
か、金が欲しい！金さえあれば、壊れた店だって建て直せるんだЦ
老婆
せめて、この躰を自由に動けるように……どうかあたしを若返らせておくれЦ
男
俺はもう三日前から何も口にしてない！メシを腹一杯食わせてくれ！
女
一人では死にたくない！どうせ死ぬなら、大好きなあの人と一緒に……Ц
『⑧⑤③②、⑨⑦①⑤……』
お、おお……金だ！金が、こんな…こんなに……
ああ…夢のよう……躰が……躰がどんどん若返っていく……
おお！メシだ…メシだ！うおおおおおお！全部、全部俺のモンだぁЦ
ああ、貴方！会いたかったわ……嬉しい！
女の旦那
おぉ……お前……
ひぃЧか、躰が金にЧよせ、やめろ！こんなこと、ワシは望んでなど……
オギャー、オギャー、オギャー。
メシ…メシぃ……もっとだ……もっと喰わせろぉ！メシぃЦ
あぁ…嬉しいぃ……ついに一つになれるのね……愛しい貴方あぁぁ……Ц
ひぃぃぃ！躰が！俺の躰が、溶けるぅぅЦ
『⑩①、⑤⑤⑨③①……』
何だ、この声は……？
あ、頭の中に、何かの声が響いてきます。
望みけ？そんなん決まってるぇ、ウチは……
止めよ、何も願うな！
へ？
皆みなもだ！この声に耳を傾けてはならぬ！
心を無に、絶対に何も考えるなЦ
グ……グゥゥゥ……
お、おい？どうした、大丈夫か？
グゥゥ……アアアアアアッЦ
うわああああああЧ
ヒュアアアアアアッЦ
クオオオオオオオッЦ
ヒッ、ヒィィィィィィィっЧ
なん……なのですか……これは……
ネコネさん、シノノンちゃん、後へ！
判っちゃいたが、こうして目の当たりにすると、キツイものがあるねぇ。
厄介なことになりましたね。一番恐れていたことが起こるとは。
遅かったか……
私わたくし…は……違う……私わたくしは……
クオンЧまさか、願いを━━
大…丈夫……何でも……ないかな……
クオン……
何でも無いのなら、何故そうも苦しそうにしている。
それより皆みんなを……はやく……
背後には、狼狽し色めき立った兵達の姿。
大抵の者は、願いが叶うという誘惑には抗えない。
今は無事でも、一瞬でも心の隙をつかれたら。
やむを得ん、最早もはやウォシスを━━
下がれ、オシュトル。
何ッ？
奴は……俺の獲物だ。
兄者を虚仮コケにしてくれたこと、断じて許さん。
ミカヅチ……
貴様は兵を下がらせ、見物でもしてるがいい。
突然の轟音と共に、何かが眼前に降り立つ。
ぬッЧ
『⑧⑤⑨③、⑨⑦①⑤……』
もうもうとした砂埃が消えた時、そこに現れたのは……
オ……オオオオオォ……
あ、あれは……？
ライコウЧ
なん……だと？どういうことだ、何故兄者が……
いいえ、あれは影……
仮面アクルカに刻まれた記憶から作りだされた映し身。
無意識に、願っちゃったんだね。多分……お兄さんを越えたいとか。
…………
ゴメンね？でも、私も覚えがあるから判るんだ。
…………そうか。
兄者を越えたいか……
ああ、確かに言われてみれば、そんなことを考えたかもしれんな。
幼い頃から喧嘩だけは負け無しであったが、兄者には頭が上がらなかった。
殴り飛ばせばそれで勝てるのでは。そう思ったことは一度や二度では無い。
だが、結局は出来なかった。本当に勝てぬのか、ただ兄者と争いたくなかったのか……俺にも判らん。
だか、そうか……兄者を越えたいと……
クククク……
クハハハハハハハハハハハハハハハハハハЦ
ミ、ミカヅチ？
テメェェェェェェェェェ、ウォシスぅぅぅぅぅぅぅぅЦ
兄者の生き様を虚仮コケにしたばかりかァ、その名まで玩もてあそぶかァァァァァァЦ
ミカヅチさま……
心中……察する。
すまぬ、オシュトル。俺は兄者の相手をせねばならなくなった。
それが偽物だろうと、兄者が迷い出たというのなら、鎮しずめるのが弟である俺の役目よ。
あれを一人でか、と聞くのは無粋なのだろうな。
フッ……誰に言っている。ウジャウジャとした雑魚が少々鬱陶しいが、ただそれだけよ。
では、露払いは我等が引き受けるとしましょう。
ちぃと露にしちゃでけぇが、まぁ、周りのうじゃうじゃいるノロイ共と一緒に、相手をしてやるかね。
ベナウィ殿、クロウ殿……
その全てを私達が承りましょう。誰にも邪魔はさせません。
迷ってる時間はありませんわよ。
躊躇ためらいは無用。己が為すべき事を為されよ。
その代わり、クーちゃんをお願い。
クーを守って。
……判った。
ヤマトの兵で動ける者は、トゥスクルの者達と共にここを死守せよ！この先は我々だけで行くЦ
ですが、兄上は……
心配するな、キウル。某それがしは倒れぬ！
それに、この状況で某それがしが後方に下がる余裕などないのだ。判ってくれるな。
……承知しました。全力で兄上をお支えします。
聖上、判って頂けますな。ヤマトを護るためには一人として後ろに下がる訳には━━
判ったのじゃ。どうせ何を言っても聞かぬのであろう。だが、仮面アクルカの力を使ってはならぬ。約束じゃからな！
御意。
アンジュ……
良いか、皆の者、オシュトルに頼るでないぞ！皆でオシュトルを支えるのじゃЦ
承知！
判ったのです！兄あにさまを護って見せるです。
オシュトルはんだけに、ええかっこさせへんよ。
旦那の獲物は全部、俺がいただこうかねぇ。
ココポ、オシュトルさまを守ろうね。
ホロォッ！
しかし、ウォシスがこうもお節介だったとはな。
全くですね。ただで叶えられる願いなど碌ろくな物ではありません。
クーちゃん、大丈夫ですか？
大丈夫……問題ないから。
でも……
本当に大丈夫……仮面アクルカは絶対に使わせない……
『③①②②②⑤⑧①……⑤⑥⑤①①⑩②⑦、⑤②③①⑥⑦②……』
来るぞ！心を強く持て！さもなくば飲み込まれるЦ

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『⑨⑩②⑤①━━』
『①②④①④⑧⑨①⑩⑤━━』
ぐッ……
きゃあああっЧ
厄介ですね……まるで近づけません。
あやや、何ぇコレ？躰が重い……
それに上手く力を出すことが出来ぬ！
糞っ！こっから先、前へ進めねえЦ
まるで見えない壁でもあるみたいなのです……
こちらからの攻撃は全く通らないのに……このままじゃ一方的にこちらが蹂躙されてしまいますよЧ
ぬっ、くぅ……こんなもの……っ！
でりゃああああああああああああッЦ
『⑧⑥⑦⑤①……』
がッЧ
聖上Ц
無傷。
やはり、こちらの攻撃は全く効果がありません。
ぬんッЦ
ムネチカЦ
聖上の御身おんみに、指一本触れさせぬЦ
『③②④⑤⑥、④②⑩②⑧⑨①①④』
み、皆みな、大丈夫か？
ああ、なんとかな。だが、旦那、こいつはちとやばいんじゃない？
今のをまた喰らうと、次は立ち上がれるか判らんぞ。
オシュトルさん、どうしますか？
………
このままじゃ、みんなが……みんなが……
私わたくしは……私わたくしは……
クーちゃんЧ
オシュトルっ！みんなっЦ
クオンは布団をはね除け、とび起きる。
クーちゃん！まだ起きては駄目です。安静にしてないと……
フ、フミルィル？ここはどこ……？どうして私は……
周りには見慣れない風景が広がっていた。どこかのお城の客間のようなそこは……
クジュウリの城です。
クジュウリの城？
私はどうしてここに？確か帝都に向かう準備をしてて……それで……
Ч
みんなはっ！みんなはどうしたのЦ
クーちゃん、落ち着いて。オシュトルさま達は、昨日出発されました。
出発って……帝都に？私を置いてЧ
フミルィルは困った顔で頷いた。
仕方ないんです。クーちゃんが倒れた後、シスさまの伝令がやってきて……
シスさま達が正体不明の敵に襲われたとかで、オシュトルさま達は急ぎ、クジュウリを発たれました。
フミルィルの言葉にクオンは顔色を変える。
……オシュトルをすぐに追い掛けないとЦ
だ、駄目です！せめて今日だけでもじっとしていてください！今動いてはお躰に障りますЦ
でもЦ
立ち上がろうとするクオンをフミルィルは何とか押し付け、布団を被せる。
オシュトルさま達なら大丈夫……これまでだってそうだったじゃないですか。
あ、そうだ。何か消化によい物を持って来ますね。
クーちゃん、倒れてからもう丸一日食べてないんだから。きっとお腹が空いてるから良くない事を考えるんです。
大丈夫……これまでだって大丈夫だったから……そう信じたい。でも凄く嫌な感じがする……
……ごめん、フミルィル。
月明かりの下、しがみつくように跨またがるクオンを乗せ、ウマウォプタルがひた走る。
早く……早くハクの元に行かなきゃ。でないと……
う……うぐぅ……
クオンはウマウォプタルの上で崩れかける。主人の様子を感じ取ったのか、ウマウォプタルは足を止める。
駄目っ！お願い、走って！こんな所で……こんな所で立ち止まる訳にはいかないかなЦ
お願いだから走ってЦ
しかし、クオンの訴えが聞こえてないかのように、ウマウォプタルは立ち止まったままだ。
くっ……
クオンは転げ落ちるようにウマウォプタルから降りるとふらふらと前へ歩き出す。
行かなきゃ……行かなきゃ……ハクの所に行かなきゃ……
しかし、すでに意識も朦朧としている。何とか足を出そうとするが、それすらままならない。
次第に目の前の景色も霞み、全てが闇に覆われていく。
駄目……このままじゃ、ハクがまた……
クオンは必死に前へと手を伸ばす。しかし、体が大きく傾き崩れる。
クオンの体が地面に叩きつけられそうになった瞬間、空から大きな羽音が舞い降りた。
クーちゃんЦ
すんでの所で、クオンの体は黒い羽の持ち主に受け止められる。
クオンは閉じかけた瞼を開いた。目の前にいたのは……
カミュ姉様……
もう、心配させないでよ……クーちゃんがクジュウリのお城にいるって聞いて来たのに。
クー、慌てすぎ。ちゃんと寝てないと駄目。
アルルゥ姉様も……
横にはいつの間にかムックルに跨またがったアルルゥの姿もあった。
どうして……ここに……
どうしてって……クーちゃんが心配だったからじゃ、駄目？
みんな、大騒ぎしてる。クジュウリの人もクーの事、探してた。
みんなが心配なのは判るけど、自分の体のことも考えないと駄目だよ。
意識が混濁していたクオンはカミュの言葉にハッとする。
行かないと！
クーちゃん！
行かないと駄目かな……ハクが、また仮面アクルカを使っちゃうЦ
今度使ったらハクが……ハクが……
クー、落ち着く。
でも……でも！
クーちゃん……
姉様達も判るでしょ……？ハクがこれ以上、力を解放したらどうなるか……
だから、仮面アクルカを使う前に止めないと。でないと━━
それは私達も判っています。
Ц
クオン達の前に羽音が舞い降りる。そこには白い羽の女性が佇んでいた。
ウルお母様……
ですが、クオン……貴方をハク様の元へ行かせる訳にはいかないのです。
ど、どうして！
ウルトリィはしばし困ったように無言でいたが、何かを決意したのか真剣な目でクオンを見つめた。
クオン……その様子からすると気分が悪くなって倒れたのでしょう？
……病気の事なら判ってる。
倒れた時、何か感じませんでしたか？体の中からではなく、体の外から。
クオン、貴方は病気などではないのです。
え……？
確かに幼い頃は病にかかっていましたが、その病は既に完治しています。
じゃ、じゃあ、これは一体……
それを教える前に尋ねます。貴方はどうやってハク様を止めるつもりなのですか？
それは……
己の血に━━ウィツァルネミテアの血に呼び掛けるのではないのですか？
確かにその血に身を委ねれば、叶うかもしれません。
ですが、クオン……その力は貴方だけでなく、周りの者全てをも、同時に飲み込んでしまうでしょう。
自分でも気付いているはずです。貴方に流れる尊い血が、色濃くなってきていると。
判りますか？それ以上、その血の力を求めてはいけないのです。
っ……
倒れたのは血の力が抑えられなくなってきているから。それは病などでは無いのです。
そして今、貴方を……その血を呼ぶ声が響いているはずです。
ウィツァルネミテアは慈悲深きもの。辛苦に埋もれる者には慈悲を持って、救いの手を差し伸べて下さいます。
大神オンカミは、全てを聞き、全てを叶えてくださるでしょう。
ですが、大神オンカミウィツァルネミテアは二面性を持つ存在。
光と闇、生と死、繁栄と衰退……慈悲深い反面、荒々しくとても残忍な面も持っています。
ヒトとは不完全な存在なのです。その不完全な者の願いは矛盾に満ちています。
それは無論、クオン、貴方自身のことでもあるのですよ。
貴方の願いはきっと叶えられるでしょう。ですが、同時にそれ以上の物━━いえ、全てを失いかねません。
ウィツァルネミテアの天子である貴方ならば、それがどれ程危険な事なのかよく判っているはず……
また大災厄のようなことが引き起こされないとも限らないのです。
クオンは俯うつむくが、その拳はギュッと握り締められる。
判ってる……判ってるけど……
だけど、ハクの事は放っておけない！だって……だって、私わたくしのせいだから……
クー……
ウルトリィはしばし逡巡した後、静かに言った。
クオン……しばらくの間、その木の下で横になっていなさい。
ウルお母様！
ほんのしばらくの間です……もう少しでフミルィル達もここへ到着するでしょう。
フミルィル……達？
私達もハク様にお力添えします。その為にここへ来たのですから。
じゃあ……
ですが、クオン……もしも貴方がその血に負けた時、何が起こるかは私にも……誰にも判らないのです。
できることならば、貴方を行かせたくはありません。
だから、約束してください……決して力を欲しないと。
判ってる……判ってる……でも、アレを止めなきゃ……そうしないと、ハクも、みんなも死んじゃう……
この血をほんの少しでも解放すればそれが出来るはず……
でも……そうしたらみんな死んじゃうかもしれない……ウォシスだけじゃない……きっとみんな……全て……
でも……だけど……このままじゃ……みんなが……
やるしかないんだ……ハクも言ってた……出来る出来ないなんかじゃ無い、やるんだって！
そうだ！迷ってる場合なんかじゃ━━
クーちゃんっ、駄目ぇーっЦ
クオンの逡巡はほんの一瞬に過ぎなかった。
だがその決意を実行に移さんとする刹那━━
皆すまぬ！約束は守れぬ！
な━━Чや、止めよオシュトル。
駄目っ、オシュトル━━Ц
仮面アクルカよッ！根源への扉を開け━━
おおおおおおおおおおおおおおッЦ
そんな……
駄目やぇ。
兄上！
オシュトル！
オシュトルさんЦ
旦那っ！
オシュトル殿……
兄あにさま……
あ……ぁ……どうして……
大馬鹿者め……
皆の者！オシュトルを援護するのじゃ！我等の攻撃は届かなくとも、オシュトルを助ける事は出来るはずじゃЦ
『スマヌ……某それがしハモウ……』
オシュトル、駄目！ああああああっЦ
『⑨⑩①③、⑨⑩②⑤①━━』
ごめん……私わたくしが守らなきゃ……いけなかったのに……

ҏ
ՙ
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『⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤………………』
『⑩⑨①⑩⑥⑦……』
『②⑩⑥⑦……』
『④⑦……④④⑧⑧⑨⑧①①━━』
この感じ、まずいッЦ
ッЧ
『グアッЧ』
オシュトルЧ
オシュトル殿、もうよい！下がられよッЦ
まだダ、まだ終わってイないЦこれでハ足りなイ……もっト……もっとチカラヲ━━
『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッЦ！』

ҏ
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『⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤⑤………………』
『⑩⑨①⑩⑥⑦……』
『②⑩⑥⑦……』
『④⑦……④④⑧⑧⑨⑧①①━━』
この感じ、まずいッЦ
ッЧ
『グアッЧ』
オシュトルЧ
オシュトル殿、もうよい！下がられよッЦ
まだダ、まだ終わってイないЦこれでハ足りなイ……もっト……もっとチカラヲ━━
『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッЦ！』

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『ウォシス、コレデ終リニスルゾ━━』
『おおおオォォォォォォォォォォォッЦ』
『━━ガッЧ』
『………━━カハッ！』
━━ハクЦ
オシュトルЦ
兄あにさまッЧ
『来ルナッЦ』
兄あに……さま？
『仮面アクルカヨ！我ハサラニ求ム！我ガ魂ヲ全テヲ喰ライテ、天元てんげんヲ超エシ天外てんがいノ力ちからヲ示セッЦ』
『扉ヨ……根源ヘノ扉ヨ……』
ダメ……
『我われヲ……チカラノ深淵ヘト導キタマエ……』
主あるじ様……
これは━━
見ろ！傷が治っていくぞЦ
凄い……
違うのです……それは……
それはあの時と同じ……
ハク、だめ……
更ナル深淵ヘト……我われヲ━━
あ……ぁ……
そうか……最後の扉を……
オシュトル、やめよ、やめるのじゃ……
ああ……不思議だ……
なんと……心地がいい……
これまでになく……力があふれてくる……
美しい……
なんと……美しいのだ……
綺麗……
ええ……美しい……
まるで……星が姿を消す前の……最後の煌めきのように……
旦那……
シノノン、キウル、旦那の姿をよく目に焼き付けておきな。
あの漢の生き様を、子へ、孫へと語り継ぐ為にな……
…………
何を……言ってるんですか、そう言った冗談は……
まさか……兄上Ч
………………
ハ……ク……
『…………』
『うぉしす……』
『オ前ハ……某それがしダ……』
『皆ト出会ウコトノナカッタ某それがしダ……』
『時サエ違ッテイレバ友トシテ語リ合エタカモシレヌナ……』
『今ハタダ……安ラカニ眠レ……』
『次ニ逢ウ時ハ、友トナリテ存分ニ酒ヲ酌ミ交ワソウゾ！』
待って……
『ウラァァァァァァァァァァァァァァァッЦ』
やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッЦ
『⑤④④④④④④④④④④④④④④④……』
『④①……④……』
『④①④……⑦⑨⑧…⑨②⑩……』
冠童シャスリカ
ウォシス様、私達も……
冠童リヴェルニ
私達も、お供いたします……
『⑦⑦……④⑥⑧⑧……』
はい、ウォシス様……
何処どこまでも……
冠童ラヴィエ
何処どこまでも御一緒いたします……
『⑦⑥……』
『⑤①⑧……⑤④①……』
冠童達
「「ハイ……」」
『⑧⑧…①③……②②…①……③………』

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ޜ
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ハクさま……
やっぱり……ハクさまなのですね。
……ああ。
な……
なん……どう…して……
どうして貴方が……
どうして貴方が兄上になっているんですか、ハクさんЦ
どうして……では……兄上はッ……
……キウル。
っ……
後は……任せる……
……え？
なにを……何を言ってるんですか……
わけが判りませんよ、いきなり何を言ってるんですかЦ
お前が……某それがしの役目を継ぐのだ……
だから何を言ってるんですかЦ
…………
何を……言ってるんですか……
某それがしが継いだものを……お前が引き継ぐのだ……キウル。
理不尽だと思うかもしれないが……ふふ、あきらめろ……
某それがしも……そうやって押し付けられたのだからな……
まったく……世の中、理不尽なものだらけだと……思わないか？
あ……ぁ……
無理です……
無理ですよ、そんな大役！私にそんな大役、務まるわけないじゃないですか！
お前になら出来る……
そんな、適当な気休めなんて━━
某それがし達の舎弟おとうとなのだ……お前のことは……お前以上に知っている。
ッ……
胸を張れ、キウル。お前はもう……一人前の漢だ……
一時とはいえ、お前の兄だったこと……誇りに思うぞ……
兄上……
シノノン。
おしゅ……
キウルを支えてやってくれ。皆みなが某それがしを支えてくれたように、キウルにも支えとなる者が必要だ……
おしゅ、いっちゃうのか？
……おう、まかせろ。
キウルはシノノンがせきにんもって、りっぱなおとこにしてやるからな。
ふふ……頼もしいな。
そして、こどもにおしゅのことをはなしてきかせる。
こどもにも、そのこどもにも、ずっと……ずっとだぞ！
そうか、楽しみにしている……
……ッ。
………………
シノノン……
……旦那。
ヤクトワルト。
応さ。
世話になったな。お前には、ずいぶんと助けられた。
そりゃあこっちの台詞じゃない。あの日から旦那には、世話になりっぱなしさ。
お互い様と言うわけか……そいつは何とも、可笑しなものだ。
へっ、違いない。
……………
頼む。
ああ、頼まれたじゃない。
また……何時かな。
応さ、旦那も元気でな。
ハ……ク……
オシュト……いや、ハク殿か。
……ムネチカ。
安心されよ。後のこと……確かに任された。
ムネチカ……？
だが……まさかオシュトル殿がな。思い返せば、覚えのある点が幾度もあった。
それに気付かぬとは、不覚であるな。
気付いていれば……いや、今更詮無きことか。
すまぬな、先に逝かせてもらう……
オ…シュトル……何を言っておる。
なに、しばしの別れだ。何いずれ……また逢あおう。
ああ、何いずれまたな。
オ……シュ……
行く……つもりなのか？
ああ……
それでは残された者はどうなる！
お前がオシュトルであろうとハクであろうと関係ない。
お前という存在が必要なのだ！
お前は……必要としている者を置いて、行ってしまうのかЧ
この先……ヤマトは苦難の時をむかえる……
長い冬が訪れ、國土は荒れる……
星の力が蘇るまでの間、民は凍え、飢えに苦しむこととなる……
ならば尚のこと━━
だが……お前達が居る……
ノスリ、お前は……いい女だ。
違う……私は……
違わぬよ。お前は……いい女だ。
お前が側に居ると、安心できた。苦しい戦況でも、お前の笑い声がそれを吹き飛ばし、何とかなると思わせてくれた。
お前がいたからこそ、此処ここまでやって来れたのだ……
私は……
だからこそ……何も案じていない……
お前達なら……ノスリであるなら……笑って乗り越えるとな……
ハク……
聖上を……頼めるか……
ッ……ああ……
当然だ。私がやらねば……誰がやるのだ……
やはり、お前はいい女だよ……
ふん！そんな煽おだてたことを言って、靡なびくなどと思うな。
私を惚れさせたいのなら、もっと……もっと……
いいか、次に会う時には、逃した獲物は大きいと後悔することになるぞ。
私は……もっといい女になるのだからな！
……そうか、楽しみにしている。
━━ッ、ああ……楽しみに……していろ……
何を……言うておる……駄目じゃ……オシュトル……
行ってはならぬのじゃ……
オウギ。
ええ、ここに。
今まで……よく影となり支えてくれた……礼を言う。
支えるべき時に支えられたか、怪しいものとは思いますが。
ふ……やはり、某それがしのことに気付いていたか。
……さて、それこそ何のことやら？
………
さらばだ。
僕にはそれだけですか？
好きにするがいい。
そう言われてしまうと、色々とやるべきことが出来てしまいますね。
ふ……お前らしいな。
かも知れませんね。
おにーさん、結局、何も言ってくれへんかった。
……アトゥイ。
ウチな、おにーさんが打ち明けてくれるの、ずっと待ってたんよ。
そしたらウチも……おにーさんに伝えたいこと……
大切な……
とても大切なこと伝えようって……ずっと待ってたんぇ。
自分はお前に甘えていた。これからも……そうかも知れない。
あはは、心配いらないえ。
本当の愛は、これから始まるんよ。
あの時から……決めてたもん。
待って……ハク……
……やっと。
やっと、名前を呼ぶことが出来ます……ハクさま……
ルルティエ……
ずっと……見ていました。
ハクさまの哀しみを……ハクさまの葛藤を……見ていることしか……
でも、これからは……これからはハクさまの名を呼べます。
ハクさまに触れることが出来ます……
ハクさまを温めて差し上げることが出来ます……
あたたかかったさ……
ルルティエが側に居てくれるだけで、心があたたかくなった。
ルルティエが入れてくれる茶は、心を安らかにしてくれた。
どうしても……行ってしまうのですね。
まだ何も言ってません……
まだ何も……させてもらってません……
だから、待って……ます。
ぬ……
お帰りを……いつまでも待ってますから。
ですから……行ってらっしゃいませ。
……すまぬ。
ウルゥル、サラァナ……
ここに。
お呼びでしょうか、主あるじ様。
……双方に、最後の命令を伝える。
我が枷かせから解放する。各々、これから思うがままに、それぞれの生を歩むといい……
復唱せよ……
御心のままに。
我等、思うがままに、それぞれの生を歩みます。
これまで、よく仕えてくれた。感謝する……
不要。
それがわたし達の存在意義であり、わたし達の望みですから。
……そうか。
それが望みならば、大切にするがいい。
あ……兄あに……さま……
ネコネ……
兄あにさま……行ってしまうのですか？
また……私を残して……行ってしまうですか？
もういい、ネコネ……
終わったのだ、すべてが。
戦いくさも……某それがしのオシュトルとしての役目も……
もう、自分を偽る必要は無い。某それがしを兄と……
違うのです！
兄あにさまは兄あにさまなのです！
わたしの、大好きな兄あにさまなのです！
ああ、そうだな……お前も……某それがしの可愛い妹だ……
イヤです……行かないでほしいのです……
また……一人にしないでほしいのです……
一人ではない……みんなが……仲間が一緒だ……
でも……でも、兄あにさまがいないのです。
兄あにさまが一緒じゃないと……
……頼む、笑って見送ってくれ。
安心して、行かせてくれ。
やっぱり……兄あにさまは意地悪なのです。
とっても意地悪……なのです……
ネコネ……幸せにな。
兄あにさま……
やめ……て……
待つのじゃ……
駄目なのじゃオシュトル……余の側を離れるのは許さぬのじゃ！
まだ某それがしを……その名で呼んで下さりますか、聖上……
其方そなたはオシュトルじゃ！余のオシュトルなのじゃ！
何処どこへも行かせぬ、其方そなたは余と共にあるのじゃ！
そうじゃろう、オシュトルЧ
何故……黙っておるのじゃ……？
のう、一緒に帰ろう……其方そなたはよくやったのじゃ。後は他の者にまかせて、もう……
……違う、違うのじゃ……余はそんなことが言いたいのではない。
夢を見るのじゃ。
夢？
夢の中で余は……笑っているのじゃ……側にお父上がいて、お母上がいて……
そして……其方そなた━━ハクがおるのじゃ……
少女
『♪指切りげんまん、嘘ついたら針千本の～ます。指切った』
夢の中で……ハクと約束したのじゃ。
約束か……
ああ……そう……だったな……
ゆびきり……したな。
ユビ……キリ？
指切りげんまん、嘘ついたら針千本の～ます。
そうじゃ……指切りじゃ。
ウソついたら……ハリを……のまなければいけないのじゃぞ？
……済まない。
オ……じちゃんの……うそつき……
ああ、自分はうそつきだ……
……えぐっ……うそつき……うそつき……
オシュトルさま……
……その声はフミルィル殿か。
賓客であるというのに色々とご迷惑をかけた……
言いたいことは、そんなことですか？私わたくしは……怒っているのですよ。
ふふ、貴方が怒るとは……これは珍しいものを見た。
何故、何も言わないのですか。
互いに想いを知ってるはずなのに、どうして行ってしまうのですか？
大切な者を残して、自分だけがやり遂げたような顔をして……
厳しいな。
大体……賓客とは何ですか。
私わたくし達の絆は、そのように軽薄なものだったのですかЧ
絆か……それこそが相応しい言葉だな……
惚とぼけないで下さい。
……クオンは、あれは寂しがり屋だ。後で慰めてやってくれ。
ふふ、言われるまでも無いか。
はい。私わたくしはクーちゃんのお姉ちゃんですから。
待っ……て……
クオン……
どうして……
ハクは面倒くさがりで……なまけ者で……
いつも……すぐに横着しようとするのに……
なのに……こんな時だけ……
こんな時だけ……どうして……
せっかくやる気を出したと言うのに、酷い言われようだ……
しかし、こうしてみると……言葉が……思い浮かばないものだな……
待って……
しかしまぁ……伝えるべき事は伝えたか……
待ってよ……
私わたくしはまだ……何も言えてない……
何も……言えてないのに……
ああ……クオンの想いなら……もう伝わってるさ……
伝わってない！
だったら、伝わってたら、こんな━━
ありがとな……
ッЧ
その気持ちだけで、十分だ……
まさか、ハク……気付いて……
クオンと出会えて……楽しかった……
クオンが側にいてくれたから……ここまでこれた……
待ってってば……
賑にぎやかな……祭りのような日々も……
戦場いくさばで窮地きゅうちに立たされた時も……
お前が……隣にいてくれた……
私わたくしは……
ああ……とても……楽しかったさ……
ハク━━
そうだろ、クオン……
あ……あ………あぁ………
おにーさん！
ハクっ！
ハク殿……
あ……ぁ……ぁ…………
……………………
私わたくしの……せいだ……
ハクを目覚めさせたから……
ハクを巻き込んだから……
私わたくしが……力を躊躇ためらったから……
今度は絶対に……離れないって決めたのに……
おかあさま、おかあさま。
どうしたの、クオン。お昼寝はもういいの？
ねぇねぇ、はらからってなあに？
あのね、よんでるの。
こっちへこい、こっちへこいって。はらからよ、こっちへこいって。
誰が……そんなことを言ってるの？
ん～、わかんない。わかんないけど、なんだかこえがきこえてくるの。
声……
……その声って、他に何か言っていた？
んと……あわれなるもの、やすらぎはなく、あいするもの、りかいするものもいない、とわなるこどく、こころをむしばむ。
なんじのいばしょはそこにない。さみしかろう、かなしかろう……んと……んと……むずかしくてわかんない……
…………そう。
ねぇ、クオン。クオンはみんなのこと……好き？
うん、だいすき！
ふふっ、わたしもね、クオンのことが大好き。
あはは、おかあさま、くすぐったいよ。
クオンの居場所はここよ。絶対に、守るから……わたしが……みんなが……絶対にクオンを守るから……
おかあさま？
ソウダ……
ミナ……
ワレノマエカラ……
キエテユク……
アルモノハ死ニ。
アルモノハ去リ。
アルモノハ裏切ル。
決心は変わらないのですか？
はい。
魂を楔にして封印を強化する。それは、封印に呪縛されることを意味します。
二度と、あの子と会えなくなるかもしれないのですよ？
根源たる意志が……あの子を呼び続けています。
お前は同胞はらからだと。お前はヒトではないのだと……
あの子はヒトです。誰が何と言おうと、あの子はヒトです。
わたしの……わたし達の愛しく可愛い娘です。
エルルゥ様……
大丈夫。クオンなら、いつの日かきっと……わたしとあのヒトを解放してくれるはずですから。
あのヒトと共に、また出会えるその時を待っています。
いつまでも……
いつまでも…………
ソレガ親シイ者ホド……
ソレガ愛シキ者ホド……
ソウ……
望モウト望ムマイト、ソレガ運命サダメ。
……運命サダメ？
何故……そんなモノの為に……こんな……
お母さまが……ハクが……
何故━━
これは運命さだめである。
これは贖罪しょくざいである。
母の命を喰らって産まれてきた、我われの原罪であり、宿業である。
だから……なに？
それを納得できるのか……我われはそれを許せるのか。
それは……
……否いな。
……！
我われだけなら耐えもしよう。
何故、母やハクが巻き込まれねばならない？それが我が罪だと言うのか？
それは……仕方が無かった。
そうだ……我われはヒトであらねばならぬ。
私わたくしはヒトの世で、ヒトとして幸せに生きる。それが……
皆みんなの……お母様達の願いだから……
そんなこと我われは望んでいない！
このような……このような━━愛しき者を犠牲にしてなど……
そんな幸せに一体何の意味があるЦ
そんなもの、断じて幸せなどでないЦ
違うか？
違うかЧ
我われは認めぬ。そのような理不尽、断じて認めぬ！
仕方が……無いんだ。
所詮しょせんヒトである私わたくしは、理ことわりに逆らえない。
本気で、そう思うているのか。
……ッЧ
我われは……何だ。
答えよ、我われは何だ。
私わたくしは……クオン……
トゥスクル皇女、クオン……
そう、我われはクオン。
ウィツァルネミテアの天子クオン。
まさか……
ヒトは理ことわりに逆らえぬ。
だが、我われは天子。
ウィツァルネミテアの血なら……
ダメ……
我が血の……根源たる力をもってすれば……
それ以上考えたら……ダメ……
取り戻したくはないのか。
お母様を……ハクを……取り戻したくはないのか。
お母様……
借り物である仮面アクルカですら、理ことわりをねじ曲げることが出来た。
我が血ならば……理ことわりすらねじ伏せ、森羅万象をも支配しよう。
私わたくし…は……
……っЧ
クー？
まさか……クーちゃん、ダメぇЦ
取り戻せる……お母様を……ハクを……
そうだ、我われは━━
私わたくしは……クオン。
ウィツァルネミテアの天子にして、大神オンカミハクオロの娘。
きゃあЧ
うあっЧ
な、何が起こってんのЧ
クオンさまЧ
姉あねさまっЧ
く……う……ぅ……
この……程度……
この程度、飼い慣らして……みせる……
飼い……慣らして……
えっ……？
な……に……これ……
海？星原せいげん？違う……これは……これは……
これが……根源…………
アハ……ハ……これが……
こんなのって……
こんなのってないよ……
こんなに大きくて、深くて、底知れないもの……
識しることも触れることも、出来るはずないもの……
滑稽だな……
天子なんて崇められて……自惚れて……
この血を飼い慣らすとか……無知で……身の程知らずなこと……
こんなにちっぽけな存在が、神の力をどうこうなんて、出来るはずないのに……
あ……う……
ぅ……うぅ……うぁ…………
……ああああっ！
悲鳴に呼応するかのように、クオンの躰から煙のような何かがあふれ出た。
それは黒い茨となり、身動きでないクオンに絡み付いた。
姉あねさま！
クーちゃん！
クオンさん！
皆クオンを助けるのじゃ！早うせい！
クオンの躰に巻き付いた茨を全員で必死で切り落とす。
その度に茨は再生し、さらに強い力でクオンを締め付ける。
……うくっ……あ…………
チッ、きりがないじゃない。
あんなに巻き付かれたらクオンはんに当たってしまうぇ。
ダ……メ……みんな……離れて。
手を止めるな、何度でもだ！
一同
「「応っ！」」
……だめ……やめて……
みんな……逃げて……
もう、止められない……
クオンの躰の中から『力』が大気に漲り、溢れ出てくる。
それはクオンを、世界の摂理そのものを蝕み、変容させていく。
クオン、さま……
それは……何じゃ？
クーちゃん……
逃げて……
お願い……逃げて……
━━逃げてぇぇЦ

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ゲホッ、ゴホッ、何処なのだ、ここは……
は～、何やずいぶん落ちたような気がするぇ。
聖上、御無事で？
平気……じゃ。何が……起こった……
おい見てみろ、もしかしてここは……
まさかあのタタリを封じ込めていた……？
大いなる揺ゆり籠かご。
揺ゆり……籠かご？
クーちゃん、返事をして下さい、クーちゃん？
姉あねさま……？姉あねさまは……
━━っЧ
おい、待て……何だ……このイヤな感じは……
何か……います……
グ……皆みな、下がられよ。
ムネチカ？
砂埃などで見通せませんが、余りよい状況とは言えなさそうですね。
まさか……
いやしかし、そのような……
ムネチカさん？どうかなさったんですか？
……クーちゃん？
フ、フミルィルさまЧ
フミルィル殿、下がられよ！
危ないぃーっЦ
え……？
ッ━━
ガッ━━Ч
ムネチカ様Ч
ぬ……うぅぅ、ハァァッЦ
ッ、ハァ、ハァ、ハァ……
今のは一体……
ムネチカ様！だ、大丈夫ですか？
問題無い、だが……
この感じ……どこかで……
ヤクトワルトさん……
……ああ、ヤベェ。何かは判らんが、洒落しゃれになんねぇ。
…………うひ。
アトゥイさん？
うひひひひひ……
来るぞっЦ
な━━！
こいつァ、また……
なん……ですか……あれ……
仮面の者アクルトゥルカ？いや、違う……あれは。
姉あね……さま……
クー……ちゃん？
何じゃと？今、何と言うた？
一体どういう……まさか、まだウォシスが……
違います、姉上……あれは……
ウィツァルネミテア。
彼の禍日神ヌグィソムカミが彼女を媒介に具現化したと思われます。
ウィツァルネミテア……あれが？
……あーあ。そっかぁ、クオンはん……魅入られてしまったんやねぇ。
アトゥイさま、それはどういう……
よう判らんけど、送り人は振り返ってはダメなんよ。笑って見送ってあげないと……
クオンはんなら……知ってるはずなんやけどなぁ。
じゃあ、何か？姉御は旦那の最期を見て……あいつに呑まれたって言うのか……？
クオン……さま……
…………
キウル、キウル、あねごがたいへんだ。
しょぼくれている場合じゃないってなっ！
━━うぁッЧ
旦那の後を受け継いだんだろう、キウルよ。
……そうだ。兄上の……ハクさんの意志を……私が……
皆みなさん、力を貸して下さい。クオンさんを助けます！
おう、まかせろ。
応さ、それでこそじゃない。
仕方ないぇ。ひっぱたいてでも目を覚ましてあげるのが、お友達ってもんやぇ。
判らん、何が起きている……だが、挫けている場合で無いのは判った。
行くぞオウギ。友の危機を救わずして、何がいい女か。
後ろはお任せあれ。姉上は心置きなく道をお進み下さい。
聖上、お立ちを。まだ終わっておりませぬ。
聖上。
愚か…者が……
何を無様な……いっそ、狂えれば……楽だとでも……？其方そなただけが辛いと思うたかЦ
挙げ句、世界を巻き込み悲劇を撒き散らすつもりか？世界は其方そなたの為にあるのではないわ！
勝手に逃げるつもりか？あの時の決着がついておらんというのに、其方そなたまで……行ってしまうつもりか！
絶対に…絶対に行かせぬっЦ
無論です、聖上。
ネコネ、ルルティエ、何を呆けておる！
っЧ
アンジュ…さま……？
彼奴あやつは其方そなたの姉ではなかったのかЧ彼奴あやつは其方そなたの友ではなかったのかЧ
このまま指をくわえて、全てを滅ぶままにするつもりか！
そのような根性では、命を掛けた彼奴あやつに合わせる顔が無いぞっЦ
言われなくたって……姫殿下に…言われなくたって判っているのですっ。
姉あねさまはわたしがっ！
ならば余に続け！あの戯たわけを連れ戻すぞ。あれでも……余の友なのじゃからな！
ルルティエ、其方そなたはどうする？
わた……しは……
大切な……わたしの……
………
ハイ……クオンさまを必ず連れ戻します。必ず……
よう言うた！判っておるな、皆の者。
おうさ、まったく長い一日じゃない。
クオンはんとはまた一対一でやり合いたいから、戻ってきてもらうぇ。
クーちゃん……
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Ґ
Ґ
쫀
쫀
쫀
ウルカミュ死亡済み＆神ハク未だ判定神ハク登場
オボロ、ドリグラ出現
ここは……
ここは何処だ……
全天を埋め尽くす星の海。静謐せいひつの中、光の蝶が渡っていく。
地上ではあり得ない風景が、そこには広がっていた。
ここは狭間。現うつし世との境界線……
……誰だ。
声がするだけで人影はない。ただ虚空の中で何かが揺らいでいるのを━━とてつもなく大きな存在を感じる。
誰……か。
さて、我は何であろうな……
お前は……
来訪者……
解放者にして大罪人……
幾多の刻を、幾多の名で呼ばれ……うたわれてきた。
最早、己が何なのか……私にも判らぬよ。
そうか、あの時……オンカミヤムカイの奥底にいた……
…………
ああ……やけに希薄な存在だと思ったが、そういうことだったか……
此処は……そうか……
『天國』てのは、もっと煌びやかな所かとおもってたんだがな。
それなりに綺麗ではあるが、ずいぶんと殺風景じゃないか。
……で、何の用だ。あんたが態々わざわざ迎えに来てくれたとは思えないんだが。
まぁ、いいさ……もう終わったことだ。
やれるだけやったし、もう悔いは無い。
残してきた者達のことは、気にはならないのか。
ならんと言ったら嘘になる。だが、自分の役目はもう終わった。
あいつ等なら心配いらんさ。この先何があろうと、乗り越えてゆくだろう。
……ん？
どこから吹き付けてくるのか━━淡い光を放つ、綺麗な花びらが舞い散っていく。
オシュトル……
マロ……
お前等……元気そうじゃないか。何だ、わざわざ迎むかえに来てくれたのか。
どうだ、自分なりに精一杯やってみたんだが。
最後に皆みんなには迷惑を掛けたが……まぁ、彼奴あいつ等なら笑って許してくれるだろ。
さぁ、行くか。土産話が山ほどあるんだ。
当然、お前達の奢おごりなんだろ？
いつもの軽口に二人は応じようとはせず、ただ何かを言いたげに、こちらを見つめている。
マロ？
お前まさか……帰れって？
また、のんびり出来ると思ったんだがな。相変わらず人使いの荒い……
判っていよう、それを受け取る意味を。
それは、すべてを受け継ぐと言うこと。我が力を、名を、咎をも……
……それがどうした。
あんたなら、そう言うんじゃないか？
なあ……トゥスクル始祖皇。
いや、根源たるもの……大神オンカミウィツァルネミテア。
尊命を告げたことで、大神オンカミの真なる姿が、わずかに浮かび上がった。
惚れた女が呼んでいるんだ。
ならば受け継いでやるさ。古よりうたわれるもの、ハクオロの名を。
挑むように言い放つと、仮面をその手に掴んだ。
……そうか。
ああ、そうだな……
全てを見届けた大神オンカミは、形を失い、虚空へと消えていく。
悪いなお前等。土産話は、また今度だ……
返事の代わりに、暖かく力強い意志に包まれ、背中を押された。
やはりハク殿は、マロが憧れたハク殿でおじゃるよ……
ああ……それでこそアンちゃんだ……
じゃあな、行ってくる。
娘を……頼む……
ハァッЦ
ちぇりゃああああッ！
チッ━━、悪ィね。ちょいとばかり油断しちまったかい。
いえ、どういたしまして。しかし、どうしたものですかね。
さてなぁ。こりゃあ、本気でマズイことになってるじゃない。
じゃが、あきらめるなどと言う選択肢などないのじゃ。
ムネチカ！
承知！
そうだ、あきらめてなどなるものか。
ウチ等は、お兄～さんの隠密やもんなぁ。
ホロロロロッ！
ハクさま……クオンさま……わたしは……
クッ━━
これ以上は……
え……
安心せよ、痛みはない。
ネコネ……
あ……
ネコネさん！
ネコやんは━━あぐッ！
あら？何処を余所見していますの？
ネコ……やん……
やめ…て……
もう……やめて……
だれか……
みんなを……助けて……
お願い……だれか……
助けて……
━━助けて、ハクЦ
え…………
兄あに……さま……？
おちおち眠らせてもくれんとか、時間外労働手当を要求するね。
だがまぁ……待たせたな。
あ……ぁ……
当然じゃ……余は……心配などしておらんかったからな……其方そなたが……余の前から……いなくなるわけが無いのじゃ……
御意に。
そうだ、それでこそ……
ハクさま……
ハ……ク……？
キウル、何を呆けている。立て、まだ終わってはおらぬぞ。
ハ、ハイッЧ
だが、よくぞ持ちこたえた。それでこそ我等が舎弟おとうとだ。
あ……に……
背後うしろは任せたぞ。
……ハイ、兄上！
ノスリ。
ああ、待ちくたびれたぞ。貴様なら、必ず戻ってくると信じていた。
良人おとこを信じる。それがいい女というものだからな。
アトゥイ。
うひひ……やっぱその背中……
かっこええなぁ……
それにこの声……お腹の奥がキュンキュンするぇ。
オウギ。
大抵の事では驚かないつもりでしたが、これは想定外がすぎるというものです。
貴方といると、本当に……ふふふ。
フミルィル。
ハイ、オシュトルさま……
どうか……どうかクーちゃんを……
待っててクーちゃん、オシュトルさまが来てくれましたから。
絶対に……クーちゃんを助けるから。
ルルティエ。
ハイ、ハクさま。駄目と言われても、どこまでもついて行きます。
ね、ココポ。行こっ。
ホロロロロッ♪
ムネチカ。
承知。
ヤクトワルト。
おうさ、旦那。こんなに嬉しい事はないじゃない。
シノノンも手伝ってくれるか。
おう、あねごをたすけるぞ。
ネコネ、立てるか？
もちろん……なのです。兄あにさまが戻ってきてくれたのですから！
一緒に姉あねさまを助けるです。
ウルゥル、サラァナ。
御心のままに。
……皆みな、揃っているな。
聖上、一同罷まかり越こしてございます。
御命令を。
オシュ……ッ……
うむ、大儀である！
アンジュが命ずる。あの戯けを連れ戻すのじゃ！
出陣でるぞ、クオンを連れ戻す！
一同
「「応ッЦ」」
敗北条件が変更されましたハクの戦闘不能
貴様等に何が判る！
貴様等に護れるというのか！
ならば力を示してみるがいいЦ
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みんな……逃げて……
もう……抑えられない……このままじゃ、みんなを殺しちゃう……
せめて……せめてみんなを遠ざけないと……
みんなを……なんとかして……
な、なんじゃあれは……
あの姿、まさか……
カルラ様……トウカ様……？
ど、どういう事だ？二人ともあっちで戦っているはずでは……
はぁん、成る程ねぇ……これもさっきのライコウと同じじゃない？
影、という奴ですか。
しかし、それにしては佇まいがあまりにも自然な気が。
この子達が好きなのね。
皆と離れたくないのであろう。
Ц
その願いを叶えてあげる。この子達も、一緒に連れてってあげましょう。
さすればずっと一緒だ。ずっと、永遠に……
こやつら、喋りおったぞ？影ではないのかЧ
ホロロッ！ホローッЦ
ココポが凄く怯えてる……それに何だか恐い気配がしてます。
写し身じゃない。
恐らくは全く同じ存在そのものを生み出したのだと思われます。
きっと、そうです。姿だけじゃなく中身も、心までもきっとそのまま……
心までって……明らかにこっちに殺気を放ってますよ！
クオンさんの願いが捻じ曲げられて叶えられた、という所でしょうか。
全く、迷惑な神様じゃない。
まったくじゃない。
うひひ、でも、やるしかないみたいやぇ。
ああ……だが、やりにくいったらないねぇ。
仕方があるまい……奴等も切り伏せるのじゃ！
違う……そうじゃない……私、そんな事……
こんなの……こんなの……お母様達じゃ無い……
判っていたはずだ。力には等しい代価が必要だということを。
それは我われとて例外では━━いや、我われだからこそ免れぬ。
覚悟せよ。
何人なにびとといえど邪魔させぬ。それが……我われ自身であっても。
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近づけねぇ……チッ、何が起こっていやがる。
結界です……ヒトのものとは思えないほど強力な。
ではこの向こうにいるのは……
お姉様、どうにかならないの？
せめて、中から強い呼びかけがあれば外と繋ぐ事も出来るのですが。
歯がゆいですわね。
我等には待つことしか出来ぬのか……
奴等の力を信じるほかあるまい。
くっ……皆みな、無事か？
は、はい……何とか……
手こずらせおって……クオンの癖に生意気なのじゃ。
こちらは満身創痍……けれどもクーちゃんの力はまだまだ衰えていません。
そう言われても、今更やめられへんえ。
ああ、そもそも引き下がるつもりもないじゃない。
矢も気力も尽きてはいません。まだ戦えます。
そうとも。不可能を可能にする、それがいい女というものだ。
ここで止めてはハクさんに笑われますからね。
務めを果たす。
主あるじ様の願いを叶えるのは私達の務めです。
絶対に姉さまを取り戻すのですЦ
当然じゃ、今一度、陣形を立て直すのじゃЦ
やめて……みんな……逃げて……
お願い……お願いだから……
どうしてみんな……
それを願ったからだ、我が空蝉よ。
違う……そんなこと思ってない……私はただ……
いや、これこそ願いの結果。それは承知していたはずだ。
見よ……その願いの果てを。
そんな……ウルお母様……カミュ姉様まで……
一緒に行こうよ。寂しくないよ。
ウィツァルネミテアのお膝元にて永久とこしえの安らぎを与えましょう。
さあ、みんな、こっちにおいでよ。
いっしょに行きましょう、フミルィル。私の可愛い娘……
ウルトリィさま？ううん、ウルトリィさまは、そんなこと……
ええい、何を誑たぶらかされておるか！
違う。
姿も言葉も本物に等しくとも、貴方の知っている方とは違います。
判ってます、判っていますが……
気づいてなかったの？クーちゃんがどれだけ孤独だったのか。
これが、あの子にとって幸せなことなのです。
さぁ、いらっしゃい、私の可愛い娘……
やっぱり違います……
ウルトリィさまなら、そんなことおっしゃいません。
…………
その通りだ！気をしっかり持たれよ、フミルィル殿！
ムネチカさま……
あんたの大事な人がどこにいるか判ってるだろう？それを信じるじゃない。
そうでないと、こちらが呑み込まれるのです。
は、はい！決して見失ったりしません。
来るぞЦ
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ここは……
ここは何処だ……
全天を埋め尽くす星の海。静謐せいひつの中、光の蝶が渡っていく。
地上ではあり得ない風景が、そこには広がっていた。
ここは狭間。現うつし世との境界線……
……誰だ。
声がするだけで人影はない。ただ虚空の中で何かが揺らいでいるのを━━とてつもなく大きな存在を感じる。
誰……か。
さて、我は何であろうな……
お前は……
来訪者……
解放者にして大罪人……
幾多の刻を、幾多の名で呼ばれ……うたわれてきた。
最早、己が何なのか……私にも判らぬよ。
そうか、あの時……オンカミヤムカイの奥底にいた……
…………
ああ……やけに希薄な存在だと思ったが、そういうことだったか……
此処は……そうか……
『天國』てのは、もっと煌びやかな所かとおもってたんだがな。
それなりに綺麗ではあるが、ずいぶんと殺風景じゃないか。
……で、何の用だ。あんたが態々わざわざ迎えに来てくれたとは思えないんだが。
まぁ、いいさ……もう終わったことだ。
やれるだけやったし、もう悔いは無い。
残してきた者達のことは、気にはならないのか。
ならんと言ったら嘘になる。だが、自分の役目はもう終わった。
あいつ等なら心配いらんさ。この先何があろうと、乗り越えてゆくだろう。
……ん？
どこから吹き付けてくるのか━━淡い光を放つ、綺麗な花びらが舞い散っていく。
オシュトル……
マロ……
お前等……元気そうじゃないか。何だ、わざわざ迎むかえに来てくれたのか。
どうだ、自分なりに精一杯やってみたんだが。
最後に皆みんなには迷惑を掛けたが……まぁ、彼奴あいつ等なら笑って許してくれるだろ。
さぁ、行くか。土産話が山ほどあるんだ。
当然、お前達の奢おごりなんだろ？
いつもの軽口に二人は応じようとはせず、ただ何かを言いたげに、こちらを見つめている。
マロ？
お前まさか……帰れって？
また、のんびり出来ると思ったんだがな。相変わらず人使いの荒い……
判っていよう、それを受け取る意味を。
それは、すべてを受け継ぐと言うこと。我が力を、名を、咎をも……
……それがどうした。
あんたなら、そう言うんじゃないか？
なあ……トゥスクル始祖皇。
いや、根源たるもの……大神オンカミウィツァルネミテア。
尊命を告げたことで、大神オンカミの真なる姿が、わずかに浮かび上がった。
惚れた女が呼んでいるんだ。
ならば受け継いでやるさ。古よりうたわれるもの、ハクオロの名を。
挑むように言い放つと、仮面をその手に掴んだ。
……そうか。
ああ、そうだな……
全てを見届けた大神オンカミは、形を失い、虚空へと消えていく。
悪いなお前等。土産話は、また今度だ……
返事の代わりに、暖かく力強い意志に包まれ、背中を押された。
やはりハク殿は、マロが憧れたハク殿でおじゃるよ……
ああ……それでこそアンちゃんだ……
じゃあな、行ってくる。
娘を……頼む……
ハァッЦ
ちぇりゃああああッ！
チッ━━、悪ィね。ちょいとばかり油断しちまったかい。
いえ、どういたしまして。しかし、どうしたものですかね。
さてなぁ。こりゃあ、本気でマズイことになってるじゃない。
じゃが、あきらめるなどと言う選択肢などないのじゃ。
ムネチカ！
承知！
そうだ、あきらめてなどなるものか。
ウチ等は、お兄～さんの隠密やもんなぁ。
ホロロロロッ！
ハクさま……クオンさま……わたしは……
クッ━━
これ以上は……
え……
安心せよ、痛みはない。
ネコネ……
あ……
ネコネさん！
ネコやんは━━あぐッ！
あら？何処を余所見していますの？
ネコ……やん……
やめ…て……
もう……やめて……
だれか……
みんなを……助けて……
お願い……だれか……
助けて……
━━助けて、ハクЦ
え…………
兄あに……さま……？
おちおち眠らせてもくれんとか、時間外労働手当を要求するね。
だがまぁ……待たせたな。
あ……ぁ……
当然じゃ……余は……心配などしておらんかったからな……其方そなたが……余の前から……いなくなるわけが無いのじゃ……
御意に。
そうだ、それでこそ……
ハクさま……
ハ……ク……？
キウル、何を呆けている。立て、まだ終わってはおらぬぞ。
ハ、ハイッЧ
だが、よくぞ持ちこたえた。それでこそ我等が舎弟おとうとだ。
あ……に……
背後うしろは任せたぞ。
……ハイ、兄上！
ノスリ。
ああ、待ちくたびれたぞ。貴様なら、必ず戻ってくると信じていた。
良人おとこを信じる。それがいい女というものだからな。
アトゥイ。
うひひ……やっぱその背中……
かっこええなぁ……
それにこの声……お腹の奥がキュンキュンするぇ。
オウギ。
大抵の事では驚かないつもりでしたが、これは想定外がすぎるというものです。
貴方といると、本当に……ふふふ。
フミルィル。
ハイ、オシュトルさま……
どうか……どうかクーちゃんを……
待っててクーちゃん、オシュトルさまが来てくれましたから。
絶対に……クーちゃんを助けるから。
ルルティエ。
ハイ、ハクさま。駄目と言われても、どこまでもついて行きます。
ね、ココポ。行こっ。
ホロロロロッ♪
ムネチカ。
承知。
ヤクトワルト。
おうさ、旦那。こんなに嬉しい事はないじゃない。
シノノンも手伝ってくれるか。
おう、あねごをたすけるぞ。
ネコネ、立てるか？
もちろん……なのです。兄あにさまが戻ってきてくれたのですから！
一緒に姉あねさまを助けるです。
ウルゥル、サラァナ。
御心のままに。
……皆みな、揃っているな。
聖上、一同罷まかり越こしてございます。
御命令を。
オシュ……ッ……
うむ、大儀である！
アンジュが命ずる。あの戯けを連れ戻すのじゃ！
出陣でるぞ、クオンを連れ戻す！
一同
「「応ッЦ」」
敗北条件が変更されましたハクの戦闘不能
ȼ
ȼ
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Ґ
Ґ
쫀
쫀
쫀
貴様等に何が判る！
貴様等に護れるというのか！
ならば力を示してみるがいいЦ
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ٙ
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未練だねぇ。
ならばその未練、断ち切らせてもらおうかい。
すべては、女皇みことの為に。
ベナウィ・クロウ
トゥスクル侍大将ベナウィ。トゥスクル騎兵将クロウ。
参る！
邪魔するな。
クーは私達が護ってきた、ぜったいに渡さない。
可愛いわたし達の娘。
この娘この孤独は、大いなるものと一つになることで癒される。
それが……クオンの幸せ……
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これで周りは片付いたじゃない。あとは━━
姉あねさまを助けるです！
待っていろ、クオン。今、行くぞ！
これで最後にするぞ。皆みな、良いか！クオンを助けるЦ
一同
「「応ッЦ」」
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ここは……
ここは何処だ……
全天を埋め尽くす星の海。静謐せいひつの中、光の蝶が渡っていく。
地上ではあり得ない風景が、そこには広がっていた。
ここは狭間。現うつし世との境界線……
……誰だ。
声がするだけで人影はない。ただ虚空の中で何かが揺らいでいるのを━━とてつもなく大きな存在を感じる。
誰……か。
さて、我は何であろうな……
お前は……
来訪者……
解放者にして大罪人……
幾多の刻を、幾多の名で呼ばれ……うたわれてきた。
最早、己が何なのか……私にも判らぬよ。
そうか、あの時……オンカミヤムカイの奥底にいた……
…………
ああ……やけに希薄な存在だと思ったが、そういうことだったか……
此処は……そうか……
『天國』てのは、もっと煌びやかな所かとおもってたんだがな。
それなりに綺麗ではあるが、ずいぶんと殺風景じゃないか。
……で、何の用だ。あんたが態々わざわざ迎えに来てくれたとは思えないんだが。
まぁ、いいさ……もう終わったことだ。
やれるだけやったし、もう悔いは無い。
残してきた者達のことは、気にはならないのか。
ならんと言ったら嘘になる。だが、自分の役目はもう終わった。
あいつ等なら心配いらんさ。この先何があろうと、乗り越えてゆくだろう。
……ん？
どこから吹き付けてくるのか━━淡い光を放つ、綺麗な花びらが舞い散っていく。
オシュトル……
マロ……
お前等……元気そうじゃないか。何だ、わざわざ迎むかえに来てくれたのか。
どうだ、自分なりに精一杯やってみたんだが。
最後に皆みんなには迷惑を掛けたが……まぁ、彼奴あいつ等なら笑って許してくれるだろ。
さぁ、行くか。土産話が山ほどあるんだ。
当然、お前達の奢おごりなんだろ？
いつもの軽口に二人は応じようとはせず、ただ何かを言いたげに、こちらを見つめている。
マロ？
お前まさか……帰れって？
また、のんびり出来ると思ったんだがな。相変わらず人使いの荒い……
判っていよう、それを受け取る意味を。
それは、すべてを受け継ぐと言うこと。我が力を、名を、咎をも……
……それがどうした。
あんたなら、そう言うんじゃないか？
なあ……トゥスクル始祖皇。
いや、根源たるもの……大神オンカミウィツァルネミテア。
尊命を告げたことで、大神オンカミの真なる姿が、わずかに浮かび上がった。
惚れた女が呼んでいるんだ。
ならば受け継いでやるさ。古よりうたわれるもの、ハクオロの名を。
挑むように言い放つと、仮面をその手に掴んだ。
……そうか。
ああ、そうだな……
全てを見届けた大神オンカミは、形を失い、虚空へと消えていく。
悪いなお前等。土産話は、また今度だ……
返事の代わりに、暖かく力強い意志に包まれ、背中を押された。
やはりハク殿は、マロが憧れたハク殿でおじゃるよ……
ああ……それでこそアンちゃんだ……
じゃあな、行ってくる。
娘を……頼む……
ハァッЦ
ちぇりゃああああッ！
チッ━━、悪ィね。ちょいとばかり油断しちまったかい。
いえ、どういたしまして。しかし、どうしたものですかね。
さてなぁ。こりゃあ、本気でマズイことになってるじゃない。
じゃが、あきらめるなどと言う選択肢などないのじゃ。
ムネチカ！
承知！
そうだ、あきらめてなどなるものか。
ウチ等は、お兄～さんの隠密やもんなぁ。
ホロロロロッ！
ハクさま……クオンさま……わたしは……
クッ━━
これ以上は……
え……
安心せよ、痛みはない。
ネコネ……
あ……
ネコネさん！
ネコやんは━━あぐッ！
あら？何処を余所見していますの？
ネコ……やん……
やめ…て……
もう……やめて……
だれか……
みんなを……助けて……
お願い……だれか……
助けて……
━━助けて、ハクЦ
え…………
兄あに……さま……？
おちおち眠らせてもくれんとか、時間外労働手当を要求するね。
だがまぁ……待たせたな。
あ……ぁ……
当然じゃ……余は……心配などしておらんかったからな……其方そなたが……余の前から……いなくなるわけが無いのじゃ……
御意に。
そうだ、それでこそ……
ハクさま……
ハ……ク……？
キウル、何を呆けている。立て、まだ終わってはおらぬぞ。
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だが、よくぞ持ちこたえた。それでこそ我等が舎弟おとうとだ。
あ……に……
背後うしろは任せたぞ。
……ハイ、兄上！
ノスリ。
ああ、待ちくたびれたぞ。貴様なら、必ず戻ってくると信じていた。
良人おとこを信じる。それがいい女というものだからな。
アトゥイ。
うひひ……やっぱその背中……
かっこええなぁ……
それにこの声……お腹の奥がキュンキュンするぇ。
オウギ。
大抵の事では驚かないつもりでしたが、これは想定外がすぎるというものです。
貴方といると、本当に……ふふふ。
フミルィル。
ハイ、オシュトルさま……
どうか……どうかクーちゃんを……
待っててクーちゃん、オシュトルさまが来てくれましたから。
絶対に……クーちゃんを助けるから。
ルルティエ。
ハイ、ハクさま。駄目と言われても、どこまでもついて行きます。
ね、ココポ。行こっ。
ホロロロロッ♪
ムネチカ。
承知。
ヤクトワルト。
おうさ、旦那。こんなに嬉しい事はないじゃない。
シノノンも手伝ってくれるか。
おう、あねごをたすけるぞ。
ネコネ、立てるか？
もちろん……なのです。兄あにさまが戻ってきてくれたのですから！
一緒に姉あねさまを助けるです。
ウルゥル、サラァナ。
御心のままに。
……皆みな、揃っているな。
聖上、一同罷まかり越こしてございます。
御命令を。
オシュ……ッ……
うむ、大儀である！
アンジュが命ずる。あの戯けを連れ戻すのじゃ！
出陣でるぞ、クオンを連れ戻す！
一同
「「応ッЦ」」
敗北条件が変更されましたハクの戦闘不能
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ウルカミュ登場前ウルカミュ発生
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クオン。
ハ……ク……？
何をしている、帰るぞ。
でも……ハクは……
ハク……は……
夢でも見ていたんだろ。自分が、そう簡単にくたばるとでも思っていたのか？
あ……
夢……
夢…だったんだ……
とっても……恐かった……
ハクが……いなくなって……それで……
それで……
夜が必ず明けるように、悪夢なんてものも何時かは終わる。
…………
クオン、帰ってこい。
いい……の？
私わたくしは……ウィツァルネミテアの━━
皆みなが待っている。
クーちゃん！クーちゃん！
姉あねさまぁぁぁЦ
クオンさまっЦ
なぁなぁ、まだ勝負はついてないぇ。
そうじゃぞ、何処へ行くつもりじゃ！勝ち逃げなど……絶対に許さぬからなЦ
クオン殿、戻ってこられよ。
お前ほどのいい女が、何というざまだ。戻ってこい、クオン！
貴女らしくもない。
クオンさんЦ
いくなあねご。シノノンのたからものあげるから、いくな……
シノノンと約束したんだ。姉御は……何処かへ行ったりしねぇさ。
わたし達は構わない。
ですが……よろしいのですか、遠慮はいたしませんよ？
みんな……
何を気にしている、クオンはクオンだろうに。
そうだろう？
……うん。
また、皆みんなと一緒に……
ハク……

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このままでは……中にいる方々が心配です。
でも、これ以上先に行けないよ。外からだとこの結界は越えられないみたい……
せめて、中から道を繋げてくれたら……
あのお二人……巫カムナギのお二人ならば……
兄あにさま……姉あねさまッЦ
ウルゥル、サラァナ！
わたし達二人では無理。
封印にはさらなる力が必要です。
仕方がない、道を繋げる。
オンカミヤリューを頼るのは不本意ではありますが、主あるじ様の為、調停者を招きます。
オンカミヤリューよ！調停者よ！我等が求めに応え給え！
カミュ！
うん、道が繋がった！
ここは皆さんにお任せして、参りましょう。
鎖の巫カムナギよ、感謝致します。
導いてくれてありがとう。
主あるじ様のため。
それが主あるじ様の御意志です。
調停者よ、今こそその役目を果たせ。
仰せのままに。うたわれるものよ……
御照覧あれ━━我らオンカミヤムカイの巫カムナギ、再びその使命を果さんことを。
………………
カミュ。
うん、判ってる……これが、調停者たるカミュのお役目だから。
くっ……
う…うぅ……
何という力……あの時よりも、さらに……
だ、駄目……押さえきれない……ッЦ
支える。
わたし達の力をお貸しします。貴女がたは封印に集中してください。
お二人とも……お力添え感謝いたします。
お姉さま、今なら━━
ええ。
サラァナ……
ウルゥル！
ごめんね……本当にごめんね。
駄目なの……お父様は、ここに出てきてはいけないの。
だから……おやすみなさい、お父様……
調停者達
「「大封印オン・リィヤーク━━」」
あぁっ……
二人とも、無事やぇЦ
オシュトル！クオン！
皆みんな……
帰ってきたんだ……私わたくし。
また……皆みんなと一緒にいられるんだ……
ありがとう、ハク……
私わたくしはもう、過去に囚われたりしない。前を向いて生きていく。
貴方と、一緒に……
その日、エンナカムイは良く晴れていた。暖かな日射しの中、そよ風に揺れ散った花びらがひらひらと舞っている。
街道沿いから外れた森の中に、ちょっとした広場があり、二つの墓が並んでいた。大きくは無いが、それなりに立派だ。
どうぞ、今年の新酒です。お二人とも、この銘柄が好きでしたよね。
オウギはそう言うと、墓に添えられたぐい呑みに酒をそそいでゆく。
あんなことがあって、今年は駄目かと諦めていたのですが……どうしてなかなか。
ヒトというのは逞たくましいものですね。あの災厄にもかかわらず、倉を守りぬいたのですから。
あれ、オウギさん？
いよう、もう来てたのかい。
きてたのか～い！
おや、皆みなさん揃って、どうしてここに？
お前さんと一緒さ。目出度い日だ、一緒に祝いたいじゃない。そうだろ？
ええ、そうですね。
……お久しぶりです、兄上。
政まつりごとが忙いそがしく、なかなか参りに来ることが出来なくて、すみません。
こちらの方は、心配要りません。
オシュトルの旦那、マロロ、そっちで━━常世コトゥアハムルで楽しくやってるか？
こっちはまぁ、ボチボチってとこだ。
あの姫さま達、ずいぶんと立派になったぜ。
あんな事があったってのに、民が飢えずにやっていけるのは姫さま達が頑張ってくれているおかげじゃない。
旦那達の献身が実を結んだんだ。誇ってくんな……
兄上、お知らせしたいことがあります。この度、私はお爺さまの跡を継いで正式に皇オゥルォとなり━━
シノノンとこんやくするぞ！
ええっЧちょ、シノノンちゃんЧ
ちがうのか？もしかして、シノノンのことあそびだったのか？
あ、遊びも何も……
クッククク、さぁ、しんみりした話はここまでにして乾杯と行こうぜ。
オウギ、音頭は任せた。
僕がですか？
そうですね……では。
ヤマトの繁栄を願って、乾杯。
一同
「「乾杯━━」」
ひさしぶりだな、だんな。のめ、かけつけさんばいだ。
シノノンが、片隅に置かれた盃に酌をする。
……今頃、ハクさんはどうしているのでしょうね。
あの旦那のことだ。案外、ここに来ているかもな。
おお、いいのみっぷりだな。えんりょするな、まだまだあるからな。
……え？
いんや、冗談さ……
チラリとシノノンの方に目をやると、ヤクトワルトはどこか懐かしそうに頬笑んだ。
その広場では楽の音が賑やかに響き、つめかけた多くの民衆の歓声が聞こえた。
中央に作られた舞台にはまだ誰もおらず、トゥスクルの民とヤマトの民は、その舞台を囲むように集まり、事の推移を見守っている。
その舞台裏では、透き通るような白い装束を纏まとった、二人の少女が対面していた。
どちらも、まばゆいばかりに美しく、威厳に満ち溢れていた。
久しいのう。あれからずっと引き籠もっていたと聞いておったが、やっと穴蔵から出てきたようじゃな。
そちらは、ずっと泣き暮らしていたそうではないか。辺りはばかること無く突然泣き出す帝ミカドと、海を越えて伝わってきたぞ。
…………
……………
己が半身を失ったのじゃ。悲嘆に暮れて当然。何を恥じらうことがある？
それに泣き暮らしたとて、余は立ち止まりはしなかった。歯を食いしばり、民を導いてきた。
長らく引き籠もっていた其方そなたと違ってな。あのまま表に出てこなければ、見限っていたところじゃぞ。
嘆く暇があるとは優雅なことだ。皇位継承で嘆く暇すら無かった我われとしては、羨うらやましい限りだな。
……断じて、引き籠もっていたのではない。
………
クオン・アンジュ
……何とも我儘わがままな妹が出来たものだ。
……何とも図々しい妹が出来たものだ。
だが、ここは姉として寛大な心で━━
何を言っている、それはこちらの台詞だ。
どうやら、白黒ハッキリさせた方が良いようだ。
ふん、泣いても許してやらんぞ。
………………
━━ふんぬぅ！
ぎぎぎぎぎぎっ━━
ぶぐぐぐぐぐっ━━
お久しぶりです、フミルィルさま。お元気そうで何よりです。
うふふ、ルルちゃんも、お変わりなさそうで。
今度は皆みなさんとトゥスクルへ遊びにいらしてください。
精一杯、お持てなしさせていただきますね。
はい、是非ぜひ。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ━━
ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ━━
ま、まぁ、良い。今となっては、余に辛辣な物言いが出来るのも其方そなたくらいじゃからな。
笑って許してやらんとな。
それはこちらの台詞だ。
ふふん。
ふ……それじゃあ、始めよっか。
うむ、始めるとしよう。
今日この良き日、大神オンカミの御前にて申し上げます。
大神オンカミウィツァルネミテアよ。大いなる父オンヴィタイカヤンよ。
我等の選択を祝福し給わんことを。
我等を正しき道へと導き給わんことを。
重厚な音が鳴り響き、潮が引くように辺りの喧噪けんそうが静まっていく。
やがて広場は静寂に包まれた。
トゥスクルが女皇みこと、天子クオン。御出座である。
ヤマトが帝ミカド、天子アンジュ。御出座である。
おごそかな楽が流れる中、クオンとアンジュが、静々しずしずと舞台の両端から現れた。
そして舞台の中央まで進み出ると、対となる形で対峙する。
我がトゥスクルの民よ。
我がヤマトの民よ。
皆みなは、長きに渡る戦乱の日々を。
恐ろしき災いの日々を覚えていよう。
苦難の時、数多あまたの試練に見舞われたが、我等は大いなる白き者の導きで、前へと進むことが出来た。
そして今、ここに辿りついた。相争あいあらそった我等も、ついには鉾ほこを収め、共に並び立つことが出来たのだ。
これはつかの間の奇跡ではない。我等が民よ、手を取り合う時が来たのだ！
目を背けることもあろう。いがみ合うこともあろう。
だがそれでも、我等は共に歩むことをここに誓う！
それが、我等を導きし者の願いであり、我等の望みだからだ。
その証しを万人に知らしめすため、我等は彼の者の名を受け継ぐ。
古いにしえよりうたわれし者、白き皇オゥルォの名を！
さぁ、皆の者よ、聞くがよい！
その名にかけて、我等は宣言する！
トゥスクルの━━
ヤマトの━━
恒久つねひさなる和平が、今ここに成ったことを！白皇ハクオロの名においてЦ
民衆
『オォォォォォォォォォォォ━━Ц』
『白皇ハクオロ、白皇ハクオロ、白皇ハクオロ━━』
やっと、ここまでこられたのじゃ。
これが始まりかな。
……どこかで見てくれているかの。
きっとね。きっと、何処かで……
Ө
Ө
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א
א
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ߖ
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聖上、政務のお時間です。
文官を伴ったベナゥイが執務室に入ってくる。
『うむ、そうか』
こちらとなります。早急な採決をお頼みします。
『そこに置いておくがよい』
聖上、正午からはオショロ大橋建設の慰問を━━
『うむ、判った』
………………
何事かを感じ取り、ベナウィがツカツカとクオンに歩み寄る。
覆面を掴むと、そのまま勢いよく剥ぎ取った。
文官
ベナウィ様Ч
が、覆面の奥は空っぽで、衣服だけが床に崩れ落ちた。
これは……
式神ですか……
そうですか……志こころざし高く成長為されたと、心震えていたのですが。
そうですか……
ヒッ━━Ч
……逃げたのですか。
これは、釉薬うわぐすりがイマイチか……ふむ、こっちのは上手く焼けたようだな。
若様、夢中ですね。
茶の道にはまると、茶器も自分で焼くようになるって言いますけど、本当だったんですね。
ああ、こうしてやってみると中々に面白い。
名人のような器は作れんが、自分なりのモノが出来ればそれで嬉しいものだ。
ボク達は若様の器、好きですよ。
はい、ぎこちないですけど、温かな感じがしますから。
ふん、まだまだだと言いたいのだろう……だが、悪い気はしないな。
皇位をクオンに継承させて、ようやくのんびりと過ごせる。
こうして趣味にも没頭できるというわけだ。
……お、これなどはいい感じだ。
主上。
ベナウィか。どうだ、なかなかいい出来だと思わんか。
聖上がまた出奔なされました。
あ……
いい感じだったのに。
今度は式神をお使いになりました。連れ戻す度、ますます手が込んできています。
…………
完全に放心してしまっているようです。
若様、お気を確かに。
…………ハッЧ
こうしてはおれん。ドリィ、グラァ、行くぞ。
何処へ行かれるおつもりか。
決まっている、クオンを追いかけるのだ。でないと━━
オボロの目の前にどさりと置かれたのは、堆うずたかい書類の山だった。
む、これは……Ч
早急に処理が必要な案件です。聖上の代わりにご決裁いただきます。
ま、待て、皇位をクオンに渡し隠居の身となった今、ようやく面倒事から……もとい、俺に執政の義務はないはずだ。
貴方だけは、逃がしません……
クッ━━
次の瞬間、オボロの姿はかき消えていた。
あっ、若様Ч
やはりそう来ますか……クロウ。
ういッス。
兵を集めなさい、山狩りです。主上を逃がしてはなりません。
お嬢の方はいいんで？
精巧な術式から見て、カミュ様やアルルゥ様が手引きしていると思われます。
今から追っても間に合わないでしょう。
左様で。
それと、クロウ。
逃亡を手助けした件、後で聞かせてもらいます。
う、ういッス。
見送りの後には、カミュとアルルゥが残されていた。
…………行っちゃったね。
ん。
また、寂しくなっちゃうね。
生返事を返しながら、道端に隠しておいたらしい荷包みを取り出す。
……アルちゃん、何してるの？
はいコレ、カミュち～の。
この荷物って？
考えてみたら、わたしもカミュち～も、まだヤマトを見て回ってない。
クーちゃんを追いかけるってこと？
でも、見送ったのに追いかけたりしたら……
追いかける違う。
え？でも、いま追いかけるって。
偶然、旅先の同じ場所で出くわすかも、だけ。
偶然、同じ旅籠屋はたごや。偶然、同じ部屋。
ああっ！あるある、あるよねЧ
同じお風呂にとか、同じ寝床の中にとか、そんな偶然あるよね！
ある。
そうと決まれば、アルちゃん！
そうはさせませんぞぉ！
うぇЧム、ムントЦ
嫌な予感があたりましたなあ！今度という今度は行かせはしません。
行く。
ならば仕方ありますまい。皆みなの者、あれをやりますぞ！
僧侶達
「「「よいやさぁ！」」」
「「「姫封印カミユ・リィヤーク」」」
封印返し！
「「「ぬおぉぉぉぉЧ」」」
網にかかったように動けなくなった僧侶たちに、カミュが得意げに言う。
ぬっふっふ、この為に三日三晩寝ずに鍛錬したのだよ。
ぐぬぬ……その努力を正しくお使いくだされば、歴史に名を残す偉人にすらなれましょうに……
えー、そんなの興味ないし、めんどくさいからヤダ。
姫さまぁ。
あ、待ってアルちゃん。
……それじゃあムント、お姉様に行ってきますって言っといてね♪
ひ、姫さまぁぁぁぁЦ
やっとここまでこぎ着けたか。
新装成った白楼閣の門前、トウカが感慨に耽っている。
ああ、こうして目を閉じると走馬燈のように思い出す。まさに苦労の連続であった。
帝都の隅にあったおかげで楼閣そのものは無事だったが、内装は目もあてられない状態だったからな。
それをよくぞここまで……
ごめん下さいませ。よろしいでしょうか。
あ、いらっしゃいま━━
お招き下さいまして、ありがとうございます。
ウ、ウルトリィ殿Ч
トウカ様、お久し振りです。
な、なぜ貴方がここにЧ
あら、いらっしゃい。お早いお着きでしたわね。
御言葉に甘えて、来てしまいました。
カ、カルラ、お前……
お忍びで来ていただいたの。白楼閣再開初日、最初の客に相応しい方ですわね？
いつの間に話を通したのだ。副業とか言って、よくいなくなっていたが……
あら、こう見えても、貴方の知らないところでちゃんと働いていますわ。
面倒な仕事はこちらに全部おしつけたではないか。
仕方がありませんわ。どうしても断れない案件でしたもの。
相変わらず、仲がおよろしいのですね。
ええ、それはもう。
………
……立ち話も何ですわ、どうぞお上がりになって。
ええ、喜んで。
トウカ、お客様ですわよ。
そ、そうだな……こほん。
トウカ・カルラ
ようこそ白楼閣に、お越し下さいました。
アンジュは確かに玉座にあった。
だが、その顔はベールで覆われ、ごく一部の側近以外は伺うことは出来ない。
しばしそちらでお待ちください。
側で控えている家臣からの報を、いつも通りオウギが恭しく取り次ぐ。
聖上、ご報告いたします。
親善大使としていらしていたフミルィル様が、無事にクジュウリへ到着したそうです。
式典の義も滞りなく行われたとのこと。
うむ。よきにはからえ。
ご苦労さまです。お下がりください。
深々と一礼し、家臣は去っていった。
都の復興も順調に進んでいるらしく、近々諸國の代表を集めて式典を開く予定とのこと。
だそうです、聖上。
少し離れたところに控えている女官達がヒソヒソと話をしている。
女官
ね、姫殿下……じゃなかった、聖上また縮んでない？
そうよねえ。昨日はなんかお召し物がはち切れそうなくらいムチムチで、ずいぶん成長したなあって思ってたのに。
シーッ！貴方達、黙って働きなさい！
おはようございます、フミルィルさま。よく眠れましたか？
はい、おかげさまで。
このフカフカなお布団がとっても気持ちよくて、もうグッスリと寝てしまいました。
それはホロロン鳥の抜け毛を使った羽毛布団なんです。このクジュウリ自慢の品なんですよ。
そうなのですか。こんなに心地が良いなんて……
クスッ、気に入っていただけたみたいで何よりです。
はい、とっても……
フミルィルは魅了されたかのように布団に撓垂しなだれ掛かり、そのままズルズルと横になる。
ハァ……とっても……いい気持ちです……
あの、フミルィルさま……
フミルィル殿、起きておられるか？
扉が開き、妙ににこやかなヤシュマが入ってきた。
お兄さま？おはようございます。
ル、ルルティエ、来ていたのか。
フミルィルさまに朝の挨拶をと。そう言うお兄さまはどうして。
いや、その……だな……朝食の誘いに……いや、ゴフン！
いや、我が國へ支援の品々をお届けいただいたお客人に、不自由な思いはないかと思ってな。
そうなんですね。とっても心地よく過ごしていただいているみたいです。
いや、そうとは限らんぞ。國賓であるフミルィル殿を歓待するのが我等の務め。粗相があってはこのクジュウリの恥となる。
ならば、一の皇子であるこのヤシュマが、フミルィル殿が心地よく過ごせるかどうかを確かめるのが義務だろう？
はあ……
それで、フミルィル殿は……
スゥ……スゥ……
ええと、二度寝を……
そ、そうか……
スゥ……スゥ……スゥ……
呼吸に合わせ上下する、柔らかそうなふくらみ。
ん……
寝返りをうつと、豊かな脹らみがたゆんと揺れた。
ゴクリと唾ツバを飲み込む音。
……お兄さま？
ふぉЧい、いや見惚みとれてるわけではないぞ？本当だからなЧ
そこに扉を戸口ごと吹き飛ばしながら、ムサイ男共が雪崩のように転げ入ってきた。
うわぁЧ
ルルティエ兄達
「「フミルィル様、お早うございますЦ」」
きゃЧお、お兄さま達Ч
ルルティエ兄
イテテ、誰だ押したの。
ちょ、退け、重い。
おい、気色悪いモン押し付けるな。
ルル……いや、これはその……
お、お前等……何をしている。
それはこっちの台詞だ。
兄者、抜け駆けとは卑怯なり。
そうだ、我等が協定を忘れたか。
ぐ、何を言うか！俺はただ、皇子としての務めを果たしに来たまで、やましいことは何も無い！
だったら、それは俺が。
待て、俺に決まってるだろ。
今こそ下剋上！
だから妙なの押し付けてるのは誰だЧ
あの、お兄さま達、珍しいですね。
いつもお城は窮屈だからと開拓へ行ってしまいますのに。
もしかして、フミルィルさまに何か？
「「…………」」
一斉に目を逸そらす兄達。
な、何を言ってるんだ。
ソンナコトナイヨ？
お兄ちゃんを疑っちゃいけないなあ。
騒がしいですわよ、お客人の部屋で何を騒いでますの？
あ、おはようございます、お姉さま。
んふふ、おはようルルティエ。
それで、この醜態は何かしら？
ん～……
また、ゴロリと寝返りを打つ。
もにゅん。
「「………………」」
……何を見てるのかしらね？
あ、いや……
これはその……
ふぁ……
ここでようやく、欠伸をしながらフミルィルが起き上がった。
……どうかしましたか？
きょろきょろと辺りを見回す。
あら、ヤシュマさま……
いや、結構なものを拝見し……ゲフン、ゴフン、ブフン。
？
あなたたち、厠の掃除ね。
な……
何で我等がそのような事を。
鼻の下を伸ばしていたこと、バラしますわよ。
「「うぐ……」」
判ったなら、早く行きなさい！
ぴしゃりと命じられ、男達は慌てて部屋を飛び出してゆく。
まったく、どうしてウチの男共はこうも莫迦がそろっているのかしらね。
はい？
クスッ……クスクスクス。
ルルティエ？
すみません……笑ってしまって。
よく判りませんが、良かったです。元気になったみたいで。
ハイ。なんだか……あの頃を思い出してしまって。
あの頃？
あの方はきっと、戻ってきてくれる……そんな感じがするんです。
あの時も戻ってきてくれました。
だから、今度もきっとそんな気がするんです。
そう……
はい……
֠
ٺ
ٺ
早朝の市場、とある露店の奧で忙しそうに動き回る男たち。
その中央、少女がてきぱきと指示を出している。
少女
テメエ等、急がねえと夜が明けちまう。客が来る前に準備を終わらせるじゃん！
この復興景気に乗らない手はないんだからヨ！ジャンジャン売って、がっぽり稼ぐじゃん！
子分
へい、頭！
合点承知でさぁЦ
ふぃ～っ……
しかしまあ……なんだヨ。この姿にゃまだ慣れねぇな。
タマがついてねえと、どうにもスカスカして歩きづれえっていうか……
にしても、なんでこうなっちまったじゃん？いきなり頭ン中に『願いをかなえてやる』なんて声が聞こえてきて……
思わず『女装が似合うようになりてえ！』なんて願ったら、まさか女になっちまうとか……
老人
おつかれさま。朝早くからすまないねぇ。
お、おう。
老婆
体の方はもう大丈夫なの？
も、もう平気じゃんよ。あん時ゃちょっと腹が減って倒れてただけだしな。
申し訳ないねえ。こうして、店の手伝いまでしてもらって。
本当に助かるよ。寒くなると体の節々が痛んでねぇ。力仕事が辛くなっちゃって。
その上、あの戦いくさでせがれが亡くなった時は、もう生きる希望も何もなくなってなぁ……
本当にねぇ。お前さんと出会わなかったら、こうして生きていられたかどうか……
チッ、何で俺様が、こんなところでジジイババアの手伝いなんかを。
だが、あのまま放っとくわけにもいかなかったしヨ……ったく。
フ、フン。いいから年寄りは奥でおとなしくしてな。ここは俺らがやっておくじゃん。
これこれ、年頃の娘さんが、そんな言葉遣いしちゃいけないよ。
そうですとも。せっかくの別嬪さんがもったいない。
べ、別嬪Ч
あの子が生きてたら、是非お嫁に来てほしかったんだけどねぇ。
何だったら、見合いの席でも用意してあげようかね。
まぁ、それはいいですねぇ。
じょ、冗談だロ……
お、おい見たか、あの赤くなった頭……
か…可憐だ……
ハァハァ……頭……
ああ……ボクはここに……真実の愛を見つけた……
き、気のせいか？最近、アイツらの視線が恐いじゃん……
混乱と破壊に見舞われたナコクもまた、立ち上がらんとしていた。
皇子イタクの元、臣民が一丸となり、女官達までもが忙しく働いている。
この辺りもようやく元通りになりましたね。
しかし、復興なら城を最優先するべきだったのでは？田畑や城下に人出を回し、肝腎の城壁が穴だらけとは……
白磁イナヴァの大橋に至っては、渡し船を通すので手一杯……これでは國の威信に関わります。
城下があっての城、人があっての城下です。
あの方なら……あの方達なら、きっとそう言うに違いない。
……御意でございます。
女官
くすっ。
そこの女官、無礼であるぞ。
大変失礼しました。ただ……
ただ？
口にしたお言葉を借り物だと打ち明けられる器の大きさ、まさに皇オゥルォに相応しいかと。
なっ……
良いのです。褒めてもらっているのですから。
恐れ入ります。
貴方は……見慣れない顔ですね。
はい。こちらには先日よりお仕えしております。
よければ、名を教えてもらえますか？
エントゥアと申します。
そうですか。エントゥア、この國の復興のため、これからも力を貸してください。
ありがたきお言葉。
聖上。ナコクより報告です。あちらも、城の復旧は滞りなく進んでいるとのこと。
うむ、よきにはからえ。
はっ。
頭を下げると、傍に控えていた家臣に告げる。
ご苦労でした。お下がりください。
この日最後の報告が終わり、侍女達も一時場を外した時。
……もういいか？
待ち兼ねたように言い、衣装をがばっと脱ぎ捨てた。
ぷふ～、きょうのおつとめはおわりだな。
お疲れ様です。シノノンさん。
おう、お疲れさんだシノノン。だが、そいつを脱ぐのは、もうちょっと周りに注意しねえとな。
お？だめなのか？
よろしいではありませんか。公然の秘密になっておりますし。
おう、こうぜんのひみつだな！
やれやれ……ところでオウギ。ノスリ姉ちゃんが帝都を出たらしいが、ついていかなくていいのかい？
フフッ……今回ばかりは、それは無粋というものですからね。可愛い子には旅をさせろと言いますし。
それ、弟の言うセリフじゃないんじゃない？
シノノンさんは、キウルさんが居なくて寂しくありませんか？
それはいわないやくそくだ。これもキウルがいいおとこになるしれんだからな。
なあに、おとこをまつのも、おんなのつとめだ。
フッ……まったく、いい女になってきたじゃない。
ええ、本当に。ではシノノンさん、すみませんが、もう少しだけこのお役目お願いします。
聖上が留守にしている間だけですので。
やれやれ、しかたがないな。まったくアンジュは、おしのびのたびばかりでこまったヤツだ。
ミカヅチとムネチカが、大勢の兵と戦っている。
悪徳領主の元、狼藉の限りを尽くしていた兵達だが相手が相手だ、敵うはずもない。
苦もなく敵をなぎ倒す二人の後方、ふんぞり返っているアンジュ。
悪代官
えぇい、何をしている！相手はたったの三人だ！さっさと斬り捨てよ！
さらに兵がかかっていくが、瞬時に返り討ちにされる。
ぐぬぬぬぬ……
歯ぎしりする領主の前、つかつかと歩み出たアンジュ。その両脇を守護するように、ムネチカとミカヅチが並び立つ。
控えい控えい！ここに御座おわすをどなたと心得る！恐れ多くもヤマトが帝、アンジュ様にあらせられるぞ！
ムネチカが胸元からぐいっと金印を取り出し、皆みなに掲げる。
この紋所が目に入らぬか！
天子の御前ごぜんである。一同、頭ずが高い。控えおろぅ！
手下達
「「ははぁ～っ。」」
高く示された印籠らしき何かを見て、皆そうすることが習わしであるかのように、深々と平伏する。
復興のどさくさにまぎれ、不当な年貢の取り立てで私腹を肥やす悪代官。例え天は欺あざむけてもこのアンジュの目は誤魔化せぬのじゃ！
な、何を仰る、私腹など━━
だまらっしゃい！その悪行、天はお見通しじゃЦ
し、痴しれ言を━━えぇい、本物の帝ミカドがこんな田舎をウロウロしているものか！
者ども、この帝ミカドは真っ赤な偽者だ！斬り捨てぃЦ
土下座していた配下の者達が、破れかぶれにアンジュに向かっていく。
「「うおおおおぉぉっ！」」
往生際の悪い者よのう。
ミカさん、ムネさん、懲らしめてやりなさい。
ミカヅチ・ムネチカ
御意ッ！
「「うわぁーっЦ」」
ぐぬぅ……
この世に悪の栄えたためしはないですぞ！
く、くぅぅぅ……
かっかっかっか━━
村娘達の厚い感謝を後に、一行は次の宿場を目指す。
まっこと、良いことをした後は爽快じゃのう。
朝廷より新たな役人を派遣するよう、手配致しました。
うむ。いつもながら仕事が早いのう。
しかし、身分を隠して諸國を行脚するというのは、良いものじゃな。
今ならお父上の気持ち、よく判る。
お父上も昔、こうしてお忍びで諸國を回っていたのじゃぞ。
………
ミカヅチは答えず、どこか懐かしげな笑みを返す。
それにな、こうして旅をしていれば彼奴あやつを見つけられると思わぬか。
彼奴あやつとは……
知れたこと。
余よは信じておるのじゃ。彼奴あやつはこの大地の何処どこかで、必ず生きておると。
御意に。あれほどしぶとい男が、あの程度で死んだとは思えませぬ。
そうじゃ。オシュトルが━━ハクが、死ぬはずがないのじゃ。
まったく、余よにこんな想いをさせおって、見つけたらただではおかぬぞ。
行く手に砂塵が巻き起こり、新たな人影が現れた。
聖上、次の目的地を一足先に調べて参りました。これが詳細となります。
うむ、ご苦労じゃった。
受け取った紙片に目を通した後、もう一度キウルを見やり、首を傾げる。
…………
あの、どうかしましたか？
そういえば、お父上が言っておったの。世直しの旅に必要なのは、右と左の家臣、そして……
うっかり。
は？
……うむ、そろっておるのじゃ。
深々と頷く。
それではミカさん、ムネさん、参りましょうか。かーっかっかっか。
あの……うっかり、とは……？
そういえば聖上、少々お伺いしたいことが御座います。
む？何じゃ、申してみよ。
この度、取調べと称し小生の目を盗んで何やら出歩かれたようですが、何処で何をなされていたか、お聞かせ願いたい。
な、なな何のことじゃЧ
うっかり……
それと、お着替えから出てきたこの賽子サイコロ、何処で手に入れたのかを。
し、しまっ━━い、いやそれは……
お聞かせ、いただけますな？
そしてミカヅチ殿━━貴公も一緒だったはず。
……む？
はて、儂ワシはサコンというしがない飴売りなんじゃがな。
あのような男前と間違えられるとは光栄じゃが。
ふんッ！
うおЧ
そこまでにしていただこう……
ククク、流石さすがはムネチカ、よくぞ我が変装を見破った。
大体貴様、過保護が過ぎる。帝ミカドともあろう御方おかたが遊びの一つや二つを知らないでどうするか。
おお、その通り。もっと言ってやるのじゃ！
我等の役目は聖上を御護りし、より善き王道へ導くこと。堕落させることでは決してないはず。
それが堅いと言っておるのだ。
……はっ！お、お二人とも、止めて下さい。
よいよい、喧嘩するほど仲が良いと言うではないか。
ですが……
さあ、行きますぞ！
……ミカヅチ殿、この件はいずれ場を改めて。
フフフ、楽しみにしているぞ。
うう、お腹が……
天子アンジュの、世直しの旅は続く。
行ってきたぇ。
船から降り立ったアトゥイに、満面の笑顔でソヤンケクルが駈け寄る。
お疲れ様だね、アトゥイ。
沖合いで貿易船に悪さをしていた大皇蛸アッコポロルの討伐、首尾よく終わらせたみたいだね。
全然歯ごたえなかったぇ。蛸ポロポだけにフニャフニャやぇ。なぁ、クラリン？
ぷるぷるぷるぷる……
ハッハッハッ、そうかそうか。
何はともあれ疲れただろう。宴の用意ができているよ。そうそうアトゥイの為に新しいお風呂も作ったよ。
アトゥイの隣に張り付くようにして、さりげなく陸側へ連れていこうとする。
だがアトゥイは動かない。
とと様、誤魔化しても無駄やぇ。
……何の、ことかね？
前から言ってたぇ。この航海から帰ったら、ちょっと出掛けてくるって。
ぐぬ……いや、しかしだね。
気持ちは判るが、状況からして生きているとは到底……
おにーさんは、前にも一度死んだはずやのに、ちゃんと帰ってきたもん。きっと今度も戻って来るに決まってるぇ。
今度こそ……うん、今度こそウチは、おにーさんと燃えるような恋をしてみせるんよ。
なのになんで邪魔するん？
いや、なんでと言われても……
とと様、応援するって言ってくれたぇ。
それはそうかもしれないが……
とと様は娘の願いを聞いてくれへんのかぇ？
うう、ソレを言われると父親としては非常に辛いものがある。あるのだが……
ソレはソレ、コレはコレ！
ここは我等の出番ですな。
おお、駆け付けてくれたか、待っていたぞ！
どうしてもと言うのなら、我等四天王を倒してから行きたまえ。
四人の屈強な男達が、アトウィの行く手を塞ぐ。
四天王
火！
水！
か……ぶごぉおっЧ
ア、アトゥ…イ……
お、お嬢様……
なにも……本気で……
か……かぜ……の……
せめて……名乗りを……
とと様、みんな、達者でなぁ。
ぷるぷるぷるぷる。
シャッホロ郊外の街道には、旅支度をしたノスリが立っていた。
お待たせやぇ。
……さすがにあれは気の毒だと思うぞ？
何が？
父君、本気で泣いていたぞ……四天王の連中も。
仕方ないんよ、恋に犠牲はつきものやもん。ノスリはんこそ、何も言わずに出てきてよかったのけ？
ゲンホウ様が復帰して、配下の人達も帰ってきて、ノスリはんも八柱将になって……
その為に今まで頑張ってたのに。
確かにな。だが、今はもっと優先すべきことができた。それだけだ。
優先すべき……こと？
聖上からハクを探すようにとの命を受けた。ならば行く先は同じだろう。
お前一人では心配だし、私も付き合ってやろう。
ノスリはん……
やっぱりノスリはんも、おにーさんのこと好きなんやなぁ。
んなЧま、待て、何故そうなる！
違うのけ？
な、何を言っているのかさっぱりわからん……ハクは大切な仲間、それ以上でもそれ以下でもない。
そうなのけ？
そうなのだ。
なら、おにーさんをもらっちゃってもいいのけ？
あ……ああ、好きにしろ。
ウチがおにーさんと、あんなコトやこんなコトする仲になっても、文句ないのんけ？
なЧあ、あんなコトやこんなコトとは……何だ。
そんなん子作りに決まってるぇ。
こ、こ、こ……
好きな相手とは結ばれたいと思うのが当たり前やもん。あ、もしかしてノスリはん……
バ、莫迦バカにするな！私のようないい女を、まるで生娘みたいに……
生娘と違うん？
ききき生娘ちがうわ！私のような経験豊富ないい女が生娘なはずがないだろう！賭けてもいいЦ
…………それじゃあ、行こ。
待て！信じてないなЧ私のようないい女は……おい、話を聞け！
殿学士の制服に身を包んだネコネが、母親の元を訪れた。
母ははさま。
まあ……よく似合ってるわ。
あ、ありがとうなのです。
あの小さかったネコネが……晴れて殿学士になるなんて。
本当に、こんなに立派になって……
お城で書庫の管理を任せていただけることになったのです。これからは、母ははさまと一緒に暮らせるのです。
ええ、ええ……ありがとうね、ネコネ。
でも……本当によかったの？ネコネは前々から、帝都で学ぶことを夢見ていたはずよ？
いいのです、勉学は此処ここでもできるですから。
それに……
窓辺に身を移し、外の景色を見つめながら続ける。
あの騒乱で帝都から逃れてきた民の中にも、このエンナカムイが気に入って定住を希望する者が多いと聞くです。
この國はもう、以前のような辺境の小國ではないです。これからますます発展していくと思うですよ。
だから私もここに残って、生まれ変わった故郷の姿を、帰ってきた兄あにさま達に……苦楽を共にした皆さんに……見せてあげたいのです。
そうね……それはきっと、あの子達も喜ぶと思うわ。
……はいです。
兄あにさま達が帰ってくる場所は、此処ここなのですから━━
雪に覆われた辺境にも、まだそこかしこに厄災の爪痕が残っている。
だが、村人たちは表情明るく、柵を修理したり、瓦礫を運んだりと復興に勤しんでいる。
みんな、お疲れさん。差し入れ持ってきたよ！
村人
おっ、ありがてぇ！
ちょうどいいや、皆みんな、小休止といこうや。
作業の手を止め、村人達が女将のところに集まってくる。
いっぱい食べとくれよ。といっても、団子くらいしかないけどね。
いやいや、今はこれでも十分ご馳走だって！
だな。もともと痩せた土地だったが、あの騒ぎですっかり荒れ果てちまったからなあ。
やれやれ。元に戻るには何年かかるかねぇ。
大丈夫。都みやこは毎月、干し肉やら果物やら食料を支給してくれるし、トゥスクルからも助けがある。ありがたいことだよ。
ああ、まったくだ。人情が染みるね。
談笑する村人達の輪に、いつ現れたのか一人の旅人が近づいた。
その身のこなしから女性に思え、またこの土地に幾ばくかの縁がある者に思えた。
あらあら。お久しぶりだねぇ。
気さくに話しかけた女将に、小声で何事かを話す。
泊まってくのかい？ああ、もちろん空いてるよ、遠慮なく泊まっていっておくれ。
ただねぇ……あいにくウチの村も、あの騒ぎでご覧のとおりの有様でね。大したお構いはできないけど。
え？手伝う？そんな、いいよいいよ。お客さんにそんなことさせられないよ。
うーん、そうかい？そこまで言うなら……
村の広場に先ほどの旅人の姿がある。
その周りには子供たちが群がり、しきりに歓声をあげている。
子供
わぁ～！すごいすごい！おウマさんだЦ
これ、本当に紙を折ってできてるの？すごいなぁ～。
ねぇねぇお姉ちゃん、次はトリさん作れる？え、できるの？わぁ、作って作って！
と、こちらを遠巻きにしている子供に気づいた。
………………
あ、こっち来なよ！
すごいんだよ！このお姉ちゃん、紙で何でも作っちゃうんだ！
ほら見て見て、トリさん！そっくりだよね！ねぇねぇ、何か作ってもらったら？
何がいい？ほら、お姉ちゃんに言いなよ。
……お花。
お花？
うん。このへんのお花、雪でみんな枯れちゃったから……おとーさんとおかーさんのお墓に、持ってってあげるの。
そっか……おとーさんとおかーさん、戦いくさで死んじゃったんだよね。
あ！ほら見て！お花だよ！お姉ちゃん、お花作ってくれたよ！
わぁ、きれい……本物のお花みたい。
あ、ありがとう……
早くおとーさんとおかーさんに持っていってあげなよ！
……うん！
紙で作った花を大事そうに抱え、子供は走っていった。
やがて日も暮れて、旅人は女将の晩酌の供となっている。
そうかい、あの子がねぇ……
やっぱり、アンタに子守りを頼んで正解だったよ。
なのに、晩酌ばんしゃくにまで付き合ってもらっちゃって悪いねぇ。
面倒くさいかも知れないけどさ、少しだけ話し相手になってくれないかい。
昼間のあの子……ほら、お花を作ってあげた子さ。あの子もね、戦いくさで両親を亡くしたんだ。
それで混乱してるんだろうねぇ。急にお父さんとお母さんが帰ってきたとか言い出して、フラフラと村を出てっちゃって……
でも、しばらく経ってひょっこり無事に帰ってきたんだよ。何でもマシロ様が連れてきてくれたって。
この村もきっとマシロ様が助けてくれるよって、そんなこと言ってたねぇ。
ああ、マシロ様かい？この辺りのおとぎ話さ。
何もかも失って嘆くヒトの所に、どこからともなく真っ白いヒトが現れて、救いの手を差し伸べてくれるってね。
まあ、こんなご時世だからね。そんなおとぎ話にだって縋すがり付きたくなるんだろうけど。
そうだ、それより旅の話を聞かせてくれないかい？
最近は、往来がめっきり減っちまったからねぇ……
へぇ、そんなことが……
そうかい、天子様が……ありがたいねぇ……
やがて女将はうとうとと舟を漕ぎ出し、そのまま寝入ってしまった。
女将さん……寝ちゃったんだ。
ふわぁ……昼間ずっと働きづめだったもの、無理ないか。
ふふ、まさか、覚えててくれたなんて思わなかったな。ありがとう。
ここでなら、ハクに会えるかもしれないって、つい足を向けちゃったけど……
マシロ様、か。
まさかね……
んんッ……
……ろ。
……きろ。
……起きろ、クオン。こんな所で寝たら風邪を引くぞ。
……え？
あ……
まったく……寝るならちゃんと布団で寝ろと、小言を言ってたのはそっちだろうに。
ハ……ク？
ほら、冷えるからこれでも羽織っとけ。
……ハク！
おいおい、なんだ？お化けでも見るような顔して。
何だはないよ……とつぜん……いなくなって……
ねぇ、今まで……今まで何処どこに居たの……
どうして、側に居てくれなかったの……
ずっと、探してた。いっぱいいっぱい、探してたかな……
ハク……
何を言ってるんだ。
自分はずっと、何時いつもお前の隣りに居ただろうに。
えっ？
そうか……
すまないな、淋しい思いをさせたか……
……うん。
皆みんなもね、ハクに会いたがってた。
アンジュは帝ミカドになっても相変わらずあっちこっち飛び歩いてて、ムネチカもミカヅチもキウルも、振り回されて大変みたい。
アンジュのいない間は、シノノンが身代わりをしてて。ちょっと無理があるけど、ヤクトワルトとオウギが上手く誤魔化してるかな。
ルルティエは國に戻って、ハクから教わったことを広めるんだって、張り切ってた。
フミルィルにはトゥスクルの親善大使をお願いしてる。いつもの調子で、上手くやってるんじゃないかな。
ノスリとアトゥイは一緒に旅してるんだって。多分、二人ともハクを捜してるんだと思う。
ネコネは念願の殿学士になったよ。今もエンナカムイの家で、ハクの帰りを待ってる。
皆みんな、それぞれの場所でがんばってて……ヤマトは少しずつ、復興してきてる。
都だって、まだ元どおりとはいかないけど、だいぶあの頃の活気が戻ってきたかな。
あはは、ハクが帰ってきたって知ったら、皆みんな喜ぶよ……
そうだ、一緒に白楼閣へ帰ろう？皆みんなにも声をかけて……
ハク……どうして黙ってるの？
眩しくて顔がよく見えないよ……もっと、よく見せて。
なんだろ……なんか変かな……躰が動かないや……
ねぇ……ハク……
お願い、もっと側に……もっと近くに……
ぁ……
ハ…ク……
ん……
ここは……
そっか……私わたくし、寝ちゃったん……ハッЧ
ハクЦハクは何処━━
ゆ…め……？
ずいぶんと暖かい……もしかして、すっかり寝過ごしちゃった？
あ、女将さん、おはようございます。
ああ、クオンさん。おはようさ……ってそれよりも、ちょっと来てごらんよ。
え？
いいからほら。
……わ？
昨日までは荒れ果てていた土地に、緑があふれていた。
雪は溶けて無くなり、辺り一面に花が咲き、まるで一夜にして春が訪れたかのようだった。
雪が……とけて……
ご覧よ！昨日まで一面の雪だったってのに、こんなに。
すごい……でも、どうして急に……
こんなこと初めてだよ。不思議なこともあるもんだねぇ。
そうそう、不思議なことと言えばもう一つ。薬草採りの洞窟がタタリの巣窟になって近寄れなかったんだけど┻┳
いつの間にかいなくなっててね。代わりに洞窟の中や周辺は苔や緑で一杯だって話だよ。
どこに行っちまったのかねえ。案外、マシロ様の噂も本当なのかもしれないねえ。
ハク……みんなを救ったんだね。
ハクっ……
クオンさん？羽織ものが落ちたけど。
あ、すみませ……えっ？
これって……ハクの……
『ちょっと借りてくぞ。』
『やっぱこれが無いと手元が寂しくてな。』
━━っЧ
そっか……
やっぱり……来てくれたんだ……
やっと……やっと追い付いた。
今度はもう逃がさないかな。
重々しい音を立て、社の戸が開く。
その奧から、エルルゥの肩を借りるように歩み来る一人の男。
クッ……
━━大丈夫、ですか？
ああ、少し脚がもつれただけだ。
……あまり、無理はしないで下さいね。
心配性なのは相変わらずだな。
心配しては、いけませんか？
……いや、そんなことはない。
みんな、待っています。
ずっと……
ずっと……ずっと……待っていました……
ああ……
ただいま……エルルゥ。
ハイ……
お帰り……なさい……
ようやく、この手であの子を……抱きしめてやることが出来るか。
はい……やっと、会いに行くことができます。
あの男に……感謝しなくてはならないな。
えっ……
待っている者がいるだろうと、皆みなに会わせてやる代償として力のすべてを奪われたよ。
おかげで、何の力も持たないただの人間にもどってしまったがな。
それって……
ああ、私の身代わりとなったのだ。
なのだが、『喰っちゃ寝の生活とか羨うらやまけしからん。代わってやるから、お前は労働の有り難みを思い知れ』とな。
そして座から蹴り出されてしまったよ。
……まぁЧ
クスッ、うふふふふ……
ふふ、ハハハハ━━
地上へと通じる道から光が差し込み、ハクオロとエルルゥを照らす。
風が……
緑の……香りだ……
もう少しです、あなた……
ああ。帰ろう、エルルゥ。皆みなの所へ……
はい……
܀
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得点
残り球
速すぎからぶり
少し早い
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塁
塁
塁
塁
塁
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塁
塁
塁
塁
塁
塁
塁
塁
二塁打
三塁打
ホームラン
未満
以上
э
ܖ
э
む……う……
ここは……
ここは何処だ……某それがしは……
……ああ、そうだ。
仮面アクルカの力を使い果たし……力尽きたのだったな……
……よ。
ぬ？
ハクよ……
誰だ……？
あ、兄貴？それにホノカさん！何で二人が……
おお、ハクよ！しんでしまうとはなさけない。
……おい。
そなたにいまいちど、きかいをあたえよう。
おい。
………む？
何やってんの、兄貴。
何じゃ、ここはもっと驚くか、感動の再会で咽び泣く所じゃろう。
ンなもの、兄貴のその珍妙な登場で吹き飛んだよ。何だよ、そのピコピコ音は。
やれやれ、この形式美を理解せんとは。これぞ古典の醍醐味じゃろうに。
言わんことは判るが、ずいぶん古臭いというか。
そういや兄貴、好きだったな。こういった化石ゲーが。
ふふっ、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。
元気そうも何も、二人とも死んだ……んだよな？
ああ、死んだのう。塵チリ一つ残さずキレイに蒸発したわい。
てことは、ここは死後の世界……いや、にしては……
ふほほ、判るか。そうじゃ、ここは現世と隠世の狭間……黄昏の園。
永遠に陽の沈まぬ、置き去りにした故郷を遠くに思い懐かしむ世界か……
本来なら、あのまま隠世へと旅立つつもりじゃったが、儂の不始末を押し付けたままだったのが気になってのう。
ここでお前達の様子を見ておったのじゃよ。
兄貴……
そうしたら何じゃ。神に等しい、いや神そのものの力を持ちながら、あの体たらく。
ぬぐ。
挙げ句、その力を上手く使いこなせず、こんな所にまで迷い込んでくる始末とは。
我が弟の事ながら、何とも情けない。
アンジュを託したというに、お前がこれでは安心して成仏もできん。
いや、仕方ないだろ。いきなりこんな事になった、こっちの身にもなってくれ。
まったく。あの世でホノカと、のんびりイチャイチャ楽しく過ごす計画が台無しじゃわい。
まぁ、あなたったら……うふふふ。
ホ……ホノカさん？
とはいえ、お前の言い分は判らんでもない。お前が弟である事を良い事に、少しばかり無理をさせてしまったからの。
ふぅむ、そうじゃ。ここで今一度、修行をやり直してみんか？
修行？
うむ。ここは黄昏の園、時間も空間も意味をなさぬからな。その気になれば、ここで何十年、何百年と修行する事も可能じゃ。
いやいや、数百年とか何言ってんのЧ
決まりじゃな。ふほほ、遠慮はいらんぞ。せっかくじゃし、数百年ほど好きなだけ修行していくがよい。
ま、待て、待ってくれ。そうだ、兄貴の力でちょちょいのちょいと強くなれないのか？
ほら、睡眠学習とか寝てるだけでみるみる強くなるとか、あるだろ？
そんな楽をさせてはつまら……ではなく、楽な方法があれば苦労はせんわい。
……今、つまらんとか言いかけなかったか？
何のことじゃ？
ぐぬ……し、しかしだな。百年も修行してたら精神的に爺になってしまいそうな……
なに、あくまで百年は例えじゃ。二、三日も努力すれば目に見えた効果が出るじゃろうて。
努力……
何じゃ、その苦虫を噛みつぶしたような顔は。
いやな、これまで散々努力してきたんだし、しばらくはゆっくりしてもいいんじゃないかと。
ほら、時間の概念が無いんだろ？それなら何も慌ててやらなくても、ちょっと休んで明日から……
……いや待てよ。時間の概念が無いってことは、永遠に明日が来ないということだ。
永遠に来ない明日に備えて、英気を養う。何と素晴らしい……
だったら、ここでしばらくバカンスを楽しんでも、罰バチは当たらんわけだ。
明日からな。明日になったら頑張るから。
……ホノカ。
はい。それでは貴方達、お願いね。
承知。
任されました、お母様。
がしっ！
なっЧ何でお前達が━━
主あるじ様がいるところ。
それが、私達のいる所ですので。
いや、理由になってな……ちょ、こら、何処へ━━
ズルズルズル……
行ってらっしゃい、お気を付けて。
え？
お前はやれば出来る子じゃ。期待しておるぞ。
あ、兄貴ぃ～っЦ
ђ
˅
ٙ
ٙ
ђ
イツツツ……
兄貴のヤツ、相変わらずなのは自分の方だろうに。少しはこっちの都合ってモンを……ん？
ガッハッハッハ、新生モズヌ党の立ち上げの日に出くわすとは、運のねえ連中じゃんよ。
またお前か。いい加減懲りない奴だな。だからお前は、いい男になれないのだ。
な、何だとコルァ！
この悪辣非道！悪の知将！モズヌ様にいい度胸じゃんよ！
ノスリ？それに皆みなも……
それに彼奴あいつら、確かモズヌ……だったか。何で奴等が……
……オシュトル。
何を呆けている、オシュトル。
……む？
ヘッ、ブルっちまって、声も出ねぇか。
テメェのことは忘れちゃいねぇぜ。よくも汚ぇ計略で俺をハメてくれやがったな。
……汚い？
ああ、確かに肥溜めに落ちたのは気の毒だと思うが、それは自業自得というものだ。
それを逆恨みされても困る。
そっちの汚ぇじゃねぇ！誰が肥溜めの話をしてんだヨ！
忘れていたのに思い出させやがって、このクソクソクソクソ、ウンコぉ！
許さねえ、テメェだけは絶対に許せねえじゃんЦ
ああ、そうか。ここは兄貴の作った仮想現実か……
まったく、逆恨みも甚だしい。
大体、モズヌ党などと大層なことを言っているが、その大半がキママゥではないか。
バ、バカヤロウ、コイツ等はちょっと毛深いだけなんだよ！その些細な言葉が、どれだけヒトを傷付けると思っていやがる！
なぁ、テメエ等Ч
……ウギ？
『…………』
賊
頭ぁ……流石にちょっと無理が……
だから、いくら落ちぶれてもキママゥを入れるのはやめましょうって……
チクショウ、キママゥを舐めるな！引っかかれると痛いんだからなっЦ
やっちまうぞ、テメェ等Ц
キキキィーッЦ
うぉЧ何かしらんが受けて立つぞ。
仮想現実にしては妙に生々しい気もするが、まぁいい。まあこうなった以上、ちゃっちゃと片付けて帰るとしよう。

ʐ
ʐ
ぜ、全滅？俺のモズヌ党が……結成初日に……
全財産……叩いて……やっとここまで……こぎ着けた……俺の……
仮想世界とはいえ、少々可哀相なことをした気が……
ま、まあ、何というか……流石さすがは都にまでその名を知られた男、モズヌ。
キママゥを、あれほど巧みに操ってみせるとはな。
お……おお？
キママゥは賢いがヒトに懐なつかないと聞く。それを、見事としか言いようが無い。
そ、そうか？ま、まぁ、ぶっつけ本番だったがよ、俺様にかかればチョロイもんじゃん！
であればキママゥに芸を仕込み、キママゥ回しとして都で売り込めばさぞ儲かるであろうな。
その名は更に広がり、一躍人気者となるやもしれん。
ンな━━Ч
それだァ！その手があったじゃん！
こうしちゃいられねぇ！野郎共、行くじゃんよ！
賊
『へ、ヘイッЦ』
…………
オシュトル、いいの？
悪党とはいえ、少々気の毒になってな。あれで足を洗ってくれればよいのだが。
そうじゃなくて、いいの？キママゥは、あれで情の深い生き物だよ。
なら良いではないか。
余程厳格な立場を示しておかないと、番つがいになろうとしてくるんだけど。
……まさか、あのキママゥ達は雌だったとか？
ううん、みんな雄だったかな。
ならば、問題無いでないか。
それなんだけど、何ていうか……あまり性別にはこだわらないみたいなんだ、キママゥは……
……おお、ルルやんの大好物け。
違います！そんなのとは断じて違います！いくらアトゥイ様でも、言って良いことと悪いことがあります！
ル、ルルやん？
ま、まあ、気にしなくてもいいか。どうせ現実ではないんだし……な？
システムメニューに戦闘回想夢幻が追加されました
戦闘回想と同じく、クリアした夢幻演武ステージを再戦することが出来ます。
޴

ここは一体……ん？
なんだ、この感じ……妙に風が冷たい。
風が頬に……なッЧ
仮面アクルカが……無いЧ
それにこの格好……クオンが見立ててくれたものだ。そうか、あの頃の……
これは兄貴がしたことなのか？仮想現実なのだとしたら格好なんかは自由自在なんだろうが、だとすれば何の意図が……
Ц
ボロギギリ
ギギギ……
ボロギギリだとЧ
そういうことか、あの時を……
目覚めたばかりで右往左往してた、あの頃を見せているのか。
あの時、何人もの奴等が死んでいった。
ほんの少し前まで軽口をたたき合っていた連中が、目の前で呆気なく命を散らしていった。
ギギギギィーЦ
チッ！
ギギィ。
そして自分は、ただ逃げることしか出来なかった。
もしあの時、もう少し上手く立ち回れば、何か出来たんじゃ……などと自惚れちゃあいない。
いないがな、あの時の苦い思いは忘れんぞ。
ギギィ！
…………
ギチチチ……
━━なЧ
何……で……
どうしたアンちゃん。ンな恐い顔して、らしくねぇなあ。
何で……お前……が……
おぅ、待たせたな。
ウ……コン……
にょほほ、マロもいるでおじゃるよ！
マロ……ロ……？
おろ？どうかしたでおじゃるか、何処か具合でも……
いや……何でも無い。
そうだ、これは幻……
あの時はもう……帰ってこない……
おいおい、せっかくの再会だってぇのに、微妙な顔してやがる。
そうでおじゃるよ。そんな顔、ハク殿には似合わないでおじゃる。
お前等……
だが、それでも……
本物で無くたっていい。また、こうして会えたのなら。
例えそれが、一時の夢だったとしても……
しかし、気付いたらここにいたんだが、まさかまたアンちゃんに会えるとはなぁ。
マロもでおじゃるよ。もしかしたら、またハク殿に会いたいという願いを誰かが叶えてくれたかもしれないでおじゃるなぁ。
まったく、不思議なこともあるもんさ。
キシャーッЦ
おっと、お客さんがお待ちかねだ。アンちゃん、何をボサッとしている！
……ああ。
そうか、他の誰でも無い……
己自身が、もう一度コイツ等と肩を並べて戦いたいと……願ったからか……
ウコン。
おうよ。
マロロ。
にょほほ、おじゃ。
手を貸してくれ。コイツ等を片付ける。
ヘッ、アンちゃんと肩を並べて戦うのも、ずいぶんと久しぶりだ。
ああ……その言葉、やっとハク殿から聞けたような気がするでおじゃるよ。
行くぞ！
Ȕ
ああ……時間のようだ。楽しい時間ってのは、どうして過ぎるのがはやいんだか。
そうでおじゃるなぁ。ああ、なんと甘美な一時でおじゃったか。
待て、ウコン、マロロ、何処へ行くつもりだ！
悪いな、アンちゃん。ついて行きたいのは山々だが、判ってるんだろう。
俺達が……夢幻だということに。
ッ……
ここでお別れでおじゃる、ハク殿。
過去を懐かしむのはいい。だが、過去に囚われるな。
行け、アンちゃん。行って未来を切り開け。
ウコン……
マロ達は陰ながらハク殿を見守っているでおじゃる。ハク殿は、どうかハク殿のままでいてほしいでおじゃるよ。
ああ、マロロ……
じゃあな、アンちゃん。また、何時かだ。
……ああ、また何時かな。

待ちかねたにゃもよ！
デコポンポ？
まさかお前も現れるとはな。で、八柱将のドンジリが何の用だ？
ド、ドンジリじゃないにゃも！時代が追いついてなかっただけにゃもっЦ
そうにゃもな、我が僕達Ц
覆面兵
グァァ……デェコ、ポンポォざまぁ……っЦ
ヴヴァ！デゴォポンポォ……さまぁぁЦ
ンア゛アァ、デゴボォンポォざまぁっ！
覆面兵’ｓ
オゥ、オウゥ、オゥゥ！デゴボンボォ！デゴボンボォーッ！
そうにゃも、そうにゃも！もっと儂ワシを誉め称えるといいにゃもっ！
褒めて……いるのか、今のは？
心の美しい儂ワシにはちゃんと奴等の心の声が聞こえてるにゃも！心の狭いお前には聞こえないにゃもよ！
どうやったらそう聞こえるんだ。ていうか、こんなのに褒め称えられて嬉しいのか？
しかし、そのような輩を飼い慣らしていたとはな。
にゃぷぷぷ、驚いたにゃもか？これは儂ワシが新たに作ったデコポンポ親衛隊、デコポンポ様を応援し隊にゃもЦ
僕しもべを外見ではなく中身で選んだ儂ワシは、オシュトルに勝る徳の持ち主にゃもよ！
儂ワシを差し置いて美少年を侍らせ、挙げ句に裏切られたミカヅチやライコウやウォシスとは違うにゃも！
決して奴等が羨うらやましかったわけでも、いつも女の子侍らせてるおみゃあが羨ましかったわけでもないにゃもよЦ
絶対に、間違ってもあり得ないにゃもよЦ
そ、そうか……
目を血走らせる程にか……
にゃもが、コイツ等が仲間になりたそうにこちらを見ていたから、優しい儂ワシが仲間にしたにゃも。
これで儂ワシもモテモテ、もとい武でも徳でもオシュトルを上回った証左にゃもЦ
だからって、あんな得体の知れないもんに走るのは無いだろ。
さあオシュトル、今こそ決着を付けるにゃもよЦ
決着を付けるも何も、そもそも付けるような決着があったのか疑問なのだが。
にゃぷぷ、オシュトル。黄昏の園での修行が貴様だけの専売特許と思うにゃも。
何……？
お前より先に死んだ分、一足先にここへやってきて修行していたにゃも。
その年数、ざっと千年Ц
その結果、貴様を上回る力を手に入れたにゃもっЦ
と、いう設定なのか、この舞台は？兄貴は舞台と登場人物の数字弄ればいいだけで楽だよなぁ。
設定言うなにゃも～っ！
にゃぐぐ、その余裕も今のうちにゃも。こちらの奥の手に吠え面かくにゃもよ。
始まってもないのに奥の手とか言われてもな……
これを見るにゃもЦ
何ッ、何故お前がそれをЧ
そうにゃも！これぞ仮面アクルカ！ついさっき、そこで拾ったにゃも！これさえあれば、オシュトルとも正真正銘対等よ！
……
恐ろしさのあまり、言葉を失ったにゃもか。
おい、千年の修行とか言ってたが、仮面アクルカで対抗したら意味ないだろ。
にゃぷぷ、せいぜいあの世で後悔するにゃもよ。
仮面アクルカよ！扉となりて根源への道を開け放つにゃもっЦ
すーぱーデコポンポ様降臨、にゃもぉっЦ
にゃもおおおおおおおおーっЦ
まさか、仮面アクルカが応えたЧ
にゃぷぷぷぷ！力だ、力があふれてくるにゃもりЦ
チッЦ
にゃ？にゃぷぅぅぅぅぅっЦ
━━ゴゲッЧ
…………おい。
…………
打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かん。
首もあらぬ方向に曲がってるし……これは死んだか。
仮面アクルカを掌握する以前に、足を滑らせて自滅などと……コイツらしいというか。
何にせよ、これで戦わずして━━
ゴゥ……
グトゥアルダル
ウゴゴゴゴ……
とは、いかせてもらえないか。
チッ、厄介な置き土産を残していくとか、やはりコイツらしい。
グトゥアルダル
ガァァァ……
ふぅ……恐ろしい敵だった。
デコポンポはどうでもいいが、奴が絡むと碌ろくでもない事になるのは、何処へ行っても同じらしい。
まさか、この先も奴が絡んできたりしないだろうな？正直それは勘弁してくれ……
ٙ
ٙ
ハ……ハァ……
ィ━━、クシュイЦ
ううっ……さ、寒いっ……
って、何だ、こりゃあЧ
雪山なのは、まあいい。それはいいが、何で、どうして、裸なんだっЧ
雪山で褌一丁とか、洒落しゃれになってないどころか殺意すら感じるぞおい！
└─┐ささささささぶいィィィィィЦし、死ぬ、冗談抜きで凍え死ぬЦ
こりゃあ何処かで暖だんを取らないと、凍え死んじまうぞ！
何処か……せめて風を……ん？あれは……
灯りだ、灯りが見える！寒さのあまり幻覚が……いや幻覚でもなんでもいい。
このままだと間違いなく氷漬けになっちまう。とにかく行ってみるしか……
あれって、まさか。
………
ネコネじゃないか！おーい、ネコネーっЦ
？
すまないネコネ、ちょっと温めさせてくれな……何でそんな格好してんだ？
っЧ
ネコネ？
ちにゃЧ
へ、ヘンタイ、近寄るなです！
へ、ヘンタイって……いや、何を薄情なこと言ってんだ。
雪山を褌一丁で歩くヘンタイの知り合いはいないのです。
ちょっЧこれはやむを得ぬ事情があっただけで、別に趣味とかじゃ。
ヘンタイはヘンタイなのです！大体、温めるとか何するつもりですか！
ふぴゃん！
へ、ヘンタイヘンタイ言うがな、お前だって人のこと言えない格好かっこだろうが！
こんな雪山に……水着か？まさか下着じゃ無いだろうな。ンな格好して、十分にヘンタイだろうに！
……水着の女性を通報するヒトはいないけど、下着姿の男は通報されるのが世の理ことわりなのです。
ずりぃ……そりゃずりぃぞ、おい。
問答無用、なのです。ヘンタイ死すべし。
よ、よし、災い転じてって奴か？叩かれ続けたおかげで、だいぶ身体が暖まってきたぞ。
しかし、このままじゃ不毛すぎる。
な、なぁ、話し合おう、話せば分かる！
話す事なんて何もないのです、このヘンタイ！
この期に及んで命乞いとか、もう許さないです！ぶっころがしてやるです！
ま、まて！このままでは二人とも凍死してしまうぞ！
うなぁーっЦ
まずい、全く聞く耳持たないぞ。さらにまずい事になる前に退散した方が良さそうだが、こんな雪山、どこに逃げれば……
主あるじ様。
お、お前達Ц
準備万端。
こんな事もあろうかと暖を用意しておきました。
朝までしっぽりお楽しみ下さい。
うっ……色々突っ込んで置きたいが背に腹は代えられん。
ひとまず、あそこまで逃げようЦ
何処へ行くですか、逃がさないのですっ！
ハァ……ハァ……フゥ、ここまでくればひと安心か？あと少しでやっと……
逃がさないのです、ヘンタイ死すべしなのです！
千早ぶる神代の息吹放ちて……キリポン！
げぇっ！
しまった、ネコネにはそういう術が使えたんだったЦ
さあキリポン、そのヘンタイを捕まえるです！
キリポン弐号
オッ！
体が冷えてきた……。
寒さで意識が朦朧としてきた……。
凍死しそうだ！暖を……暖を取らなければ！
くっ……逃げ回り続けたが体が悴」かじかんでもう動けねぇ……
意識も朦朧としてきて……
も、もうダメ……だ……。
た、助かった……
くっ……
ふぅ、これで凍え死なずに済んだ。ああ、温かいなぁ、極楽だぁ……
主あるじ様。
ん？
準備万端。
本当の極楽はここからです。
私達の肌でそのお体を温めて差し上げます。
ちょ、ちょっと待て！こんな所で何するつもりだ。
こんな所だから。
温まるには、やはり女の柔肌が一番です。
お、おいコイツ等、目が本気だ……
さあ。
あ、兄貴、続きがあるんだろЧコイツ等から逃げる次の面が！早く！でないと大変なことになるぞ！自分が！
兄貴ぃーっЦ
天誅なのです！
駄目だ、気が遠くなって……
仮想現実で死ぬとか……
仮想現実にもあの世ってあるのかなぁ……
ٙ

グオォォォォォン━━Ц
あの声……
……やはりガウンジか。しかも、随分と気が立ってるように見える。
おまけに、あの戦装束の連中……ウズールッシャ、いやレタルモシリの者か？
まさか、あのガウンジに戦いを挑む気か？
何を考えている。あんなのに戦いを挑むなど、正気の沙汰ではないぞ。
あれはもしや、苦餌子賭くえすとじゃない。
知ってるのか、ヤクトワルトЧ
ああ、俺の故郷レタルモシリ辺りじゃ、良く知られた度胸試しじゃない。
ガウンジの巣に忍び込んで、その卵を奪い取る。そうやって男の智慧と度胸を示すのさ。
そ、そんな危険な事をしてるのか？
しかし、それ故によっぽどの事がなければやらないはずなんだがねぇ。
クク、そのよっぽどの事が今起きてるという事よ。
ヤムマキリかい、まさかお前さんとはな。
こいつ、確かシノノンを……
一芝居打って氏族を纏まとめるとか言ってなかったか？そいつが何で、苦餌子賭くえすとなんて分の悪い博奕に手を出してる。
あ、ああ、纏まとまった……纏まとまったのだが。
？
その、なんだ。國が安定したら、次にやる事があるだろう。た、例えば、その、所謂、後継者問題とかだな。
ああ……あんたは兄者と違って、若い頃から陰気なオッサン呼ばわりされて、女にモテなかったな……
（ホロリ……）
うがぁっ！そんな目で見るな！見るなぁーっЦ
モテなかったのではない！ただ一人の女に一途だったのだ！だが、俺は彼女に似つかわしくなかったから身を引いたのだЦ
姉者はあんたから「あくまで孤高に生きる俺カッコいいЦ」光線出てて、見てて心が痛んだそうだが。
あ、あの女めっ、余計なお世話だぁっЦ
とにかく、今から対策を講じなければ早晩、また國が揺れる。
その為には苦餌子賭くえすとに挑み、女子おなご達から「ヤムマキリ様、格好いいЦ」と黄色い歓声を受けねばならんのだЦ
まぁ、それは勝手にすればいいが、あんた等だけで上手くいくのかい？随分と苦戦しているようじゃない。
卵を確保するまではうまくいったのだ！
しかし、ガウンジに見つかって今は追い回されていると。
ぐっ……
なぁ、あんたには色々言いたい事はあるが國が乱れてとばっちり受けるのはこっちのほうだ。
だから、今だけは手を貸してやっても……
べ、別にお前の手助けなどいらぬわ！
……そうか、では邪魔して悪かったな。んじゃ、行こうか旦那。
お、おい！
なんだい？
そ、そのなんだ、本来ならばガウンジ如きに遅れを取る俺ではない！
しかし、お前達も名のある剣豪であり武将……どうしてもガウンジを退治し名を上げたいのなら止めはせんぞ！
かかか勘違いするな！俺の目的はあくまで卵！ガウンジそのものには興味がないのだからなЦ
……いや、ガウンジなら以前に退治した事があるのでな。
今更じゃない。
……
では、頑張ってくれ。
ま、待てぇい！
お、恐れを成したか！この腰抜けどもめ！ばーか！ばーか！お前のかーちゃん、でべそーっ！
……やはり、手伝って欲しいのか？
勘違いするな！貴様等が何をしようと恩なぞ感じぬぞ！感謝などせぬからな！
……スミマセン旦那、ちょいと手伝ってやっちゃくれませんか。見ていて気の毒になってきたっていうか。
あ、ああ、ヤクトワルトがそう言うならな。彼奴らを無事に逃がせば良いのか？
だだだ誰もそのような事を頼んでおらぬわ！勝手にするがいい！
しかし、我等の邪魔をするなら斬る！俺より目立って女にモテても斬るっЦ
そ、そうか……
だから女にもてないんだって、いい加減に気付いてもいいじゃない……
やれやれ、どうやら無事に辿り着いたみたいじゃない。
そのようだな。これで一安心……ま、待て！何を話し掛けている！
お前などすでに赤の他人！馴れ馴れしくするでない！噂などされては困るではないか！
……
な、感謝などせぬからな！ちょっぴりホッとしてるなどという事などなかったからな！
し、しかしそのなんだ、やはりなかなかの手並みだな。褒めてやろう！
も、もし、俺の祝言を見たいのなら勝手に見に来るがいい！期待はしてないがな！
もし子供も出来たら年賀状に似顔絵を描いて送ってやろう！じ、自慢ではないぞ！俺の現実の充足ぶりに嫉妬させる策だからな！
せいぜい嫉妬の炎で焼き殺されるがいい！はっはっはっ！
……馴れ馴れしく話し掛けるなと言いながら、随分と長く一人で喋っていたな。
まぁ、なぁ……
嫁……来ると思うか？
漢を見せる苦餌子賭くえすとを乗り越えて、惚れねえ女はいねえさ。
ほぅ、そんなものか。
……せめて、俺だけでもそう信じてやらないとなぁ。
そ、そうか……
ここは……ナコクの隠し砦か。
ここに立つと、ミカヅチが外壁を突き破り強襲してきた、あの時を思い出すな……
あの時は危うかった、あとほんの少し日の出が遅かったら、間違いなく終わっていた。
……ん？壁の穴が無い。もう修繕されたのか。
どうなされた、オシュトル殿。
イタク殿か。いや、あそこを突き破り強襲された時のことを思いだしてな。
強襲？いや冗談を。この砦は襲撃などされていませんよ。
……何、襲撃されていない？
Ц
何事だЧ
今のは……クッ、そうか、これはあの時の再現！
敵襲だ！外壁が破られたぞ！
ま、まさか……
気をつけられよ！奴はあの仮面の者アクルトゥルカたる━━
………
あの……
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉイ！
な、何だ、そのあからさまにガッカリした顔はっЦ
いや、てっきりミカヅチが襲撃してきたのかと……
えっЧミカヅチはんが来てるん？何処？何処ぇ？
まさか……あの八柱将の……
ええ、八柱将のあの方です。
八柱将の弓のヒト……
皆みんな気をつけて。あの弓のヒトは地味だけど、堅実な攻め方をしてくるかな。
まさかとは思うが、お前等……
おい、貴様等まさか、私の名前を忘れたわけでは……
な、何を言っている。袂たもとを分かったとしても、同じ氏族を忘れるわけがなかろう！
ええ、姉上の言う通りです。
なぁなぁ、おじさん……だれ？
莫迦バカッ、シーッ！
ルルやん、あのヒト知ってるけ。
ご、ごめんなさい、マイナーなカップリングまでは……
ま……まいなぁ？
まさか本当に、宿敵とも言える私の名を……
そ、そんなわけ無かろう！
ゲフン、ゴホン、まさか貴様か攻めてこようとはな。この因縁に決着を付けに来たか、ンン……フサ！
……フサ？
よく聞こえなかった。もう一度言って貰えるか。
ン……フサ。
もう一度、私の名前を言ってみろ。
フ……フサフサ！そう、フサフサだったな！
おお確かに、名は体を表す。髭がフサフサですね。
き、貴様等ぁーっ、誰がフサフサだЦ
我はトキフサ！八柱将が一人、調弦のトキフサだぁっЦ
地味なヒトとか弓のヒトなどという名でなければ、フサフサなどという名でもない。
ふっ……いい女とは過去を振り返らないものだ！
ええい、どこまでもヒトを小馬鹿にしおって！こちらとて八柱将！目に物を見せてくれるЦ
お前達、侮あなどるな。仮面の者アクルトゥルカでないにもかかわらず、あの外壁を突き破ってきたのだ。
実はミカヅチにも劣らぬ力を持っている……のかもしれん？
ふ……ふはははは、流石さすがはオシュトル！誰よりも私の力を見抜いておるか！
そう、この外壁も我が力で、ライコウ殿より預かった黒い玉に火を点け爆破したのだからな。
うん……うん？
グッ……押され気味か。ライコウ殿より預かった黒い玉さえあればオシュトルなど一蹴出来るというのに……
やむを得ん……引け！一旦、引くのだっЦ
ٙ
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ߠ
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うむ、恐るべき敵だった。
ええ、流石さすがは八柱将。それとなくすごかったですね。
オウギ、言うだけならタダとか思ってるな。
ぐぬぬぅ……名を忘れられた上に敗北を重ねるとは、何たる屈辱……
私には、名を名乗る資格すら無いというか。
気の毒になってきたな。名前くらい覚えておいてやれよ。
何を言うておる、トキフサ。余よは其方そなたのことを、ちゃんと覚えておったぞ。
ひ、姫殿下？
当然であろう。余よはアンジュぞ。八柱の名を忘れるはず無かろう。
お、おお……
このトキフサ、感激の極み。姫殿下、どうかこのトキフサの忠義、お受け取り下され。
うむ、うむ、苦しゅう無い。
よく覚えてたね。正直色々ありすぎて、あのヒトのこと忘れてたかな。
なに、フルフル先生の新刊に、トキフサに似ている者が描かれておってな。
それで思い出していたのじゃ。
そ、そうなんだ。
なッ、あれを手に入れられたのですかЧ
新鋭の作家、フルフル先生……
今品薄で、なかなか手に入れられない先生の新刊を……
ふふん、あれを手に入れるのには苦労したぞ。
如何いかがでありましたか、その……
フルフル先生の新刊は……
ぐひゅひゅ、それがまた熱い友情のぶつかり合いでの……あれで……こう……の？
ま、まぁぁ……そんなに……
ふむぅ……
はて、何の話をしておられるのか。
私にもなんのことか。時折、女性の会話にはついて行けなくて。
…………
意味を知らない方が、幸せなこともある。
陚
ここは……
おや、ようやく来ましたか。待ちくたびれましたよ。
貴様……ウォシス！
おやおや、そんな物騒な物は仕舞ってくれませんか？向ける相手が違いますよ。
色々因縁がありましたが、ここで私を倒した所で何の得にもなりません。それどころか永遠にここより先に進めなくなるでしょう。
しかし貴方も災難ですねぇ。こんな茶番に付き合わされて。私もほとほと参っていますよ。
む……
……この何もかも知ったような口ぶり。そうか、ここは兄貴の作った仮想現実だったな。つまり、このウォシスも作り物。
コイツに怒りをぶつけても意味がない。ここは大人しくコイツの言葉通りに粛々と試練に挑むか……
ですが。
？
貴方が完全に亡くなっていれば、このような茶番もなかったわけですねぇ。
ここで貴方を殺しても何度も復活するでしょうから、せいぜい焦らして、永遠にここから出さないというのもアリかもしれませんね。
貴様……
冗談ですよ。ここは仮想現実ですよ？仮想現実の戯れ言にムキになっても仕方ないでしょう？
それに貴方をここに閉じ込めるのはあまり私にとっても益がありませんからね。敵の敵は味方、利害の一致という奴です。
どうです？試練の一環として、ほんの少し私の手助けをして貰えませんか？
手助けだと？
実は……
あら、ようやくいらっしゃったのですか、オシュトル様。
冠童リヴェルニ
ふふ、ようやく出番ですね。
冠童ラヴィエ
我が新たな主の命。
冠童シャスリカ
果たさせて貰います。
どうやら焦れて、向こうから現れてしまいましたね。
元々はあの女が冠童ヤタナワラベ達を操って、貴方と一戦交えるという設定だったのですが。
“設定だった”？今は違うのか？
そうですね。今は違う、というより今から変えるというのが正しいでしょうか。
あの子達は怪しげなお店で、うっかりあの女に騙され借金塗れになって操られているのです。冠童ヤタナワラベには初心な子が多いですから。
……はぁ？
ああ、色々突っ込みたい気持ちは分かりますが、そういう設定なのでそこは我慢してください。
しかしそれでも彼等は私の物です。仮想現実とはいえあまり勝手をされるのは実に腹立たしい。
しかし、ここは私の世界ではありません。設定を改変しようにも、その対策として罠が仕掛けてないとも限りません。
あまり介入しすぎると、私やあの子達に色々と悪影響が出るでしょう。
そこで、介入を最低限度にする為、貴方がたで彼等を私の近くまで誘い込んでくれませんか？
設定に介入して彼等を呪縛から解き放つには、物理的な距離が近い方が望ましいのです。
無論、彼等は設定上、操られているので戦わずに済ます方法はないでしょう。
しかし設定上、倒しても“死んだ”事にはならないはずなので、そこは気に病む事はありません。
……
どうです、手伝ってはくれませんか？
私の願いを聞き届けてくれるなら、ここは大人しく引き下がります。貴方の行く手を阻むような労力の無駄遣いなどしません。
……コイツ、本当に仮想現実の作り物か？まさか自分と同じようにこの仮想現実に取り込まれた本物じゃないのか？
ふふ、貴方が私の事で思い悩んでいると考えると少しばかり楽しいですが、深く考えても意味はありませんよ。
私が私のしたい事を勝手にするように、貴方も貴方のすべきことを勝手にすれば良いのです。
ここでグズグズしていては、貴方の“本当の”お仲間が本当にあの世に旅立ってしまいますよ？私は一向に構いませんが。
ふふふ……
確かに、コイツが本物かどうかは今、詮索しても始まらないか。
……不穏な動きをするようなら容赦はせぬぞ。
物わかりの良い方は好きですよ。
では、頑張って下さいね。
うう、オシュトル様をここに閉じ込めて永遠に続く甘い生活を送るはずだったのに……
どうやら、全て片付いたようだな。そちらはどうだ？うまく行ったのか？
ええ、お手数お掛けしました。この子達も取り戻せましたし、感謝はしておりますよ。お礼はしませんが。
まあ貴方なら、こちらからアレコレしなくても大丈夫でしょうしね。何しろ、この目でしっかりと結末を……グフングフンЦ
ん？
何でもありません。では、ご機嫌よう。
……
あれは本当に虚像だったのか？これまでの仮想現実とは何か違う不思議な感じだったが……
´
ム……ここは。
見覚えがあるようなないような……
それに何だか落ち着かないな。言うなれば、裸で突っ立ってるような……
ホントにここはどこなんだ？
ん？誰かがこっちに来るな。こんな山の中、一体誰が……
……
クオンЧ
おーい、クオン！クオーンЦ
Ц
ここを通さないつもり？でも、邪魔する気なら手加減しないかなЦ
うわぁっЦ
今の本気か！ど、どうなってるЦ
ウギーッ！
ウギギッ！
新手Ч
キマタロ
ウキィ！（親分の縄張りに入り込むとはふてえアマだぜ！）
キマジロ
ウキキ！（そうですぜ、やっちまおうぜ、親分Ц）
キマヒコ
ウキウキィЦ（畑で追い回されたヒトへの積年の恨み。ここで晴らしちまおうЦ）
って、キママゥ？お前等、一体……
ウギギ！（乳兄弟のあっしらをお忘れですかい、親分！）
ウギウギ！（俺等、この山を縄張りにするトゥスクルキママゥ組じゃあありやせんかЦ）
きままぅ……？
なんだか、裸で突っ立ってるみたいじゃなくて、正真正銘真っ裸？それにこの毛並み……
まさか今、自分はキママゥЧ
キマハク
ウキキキキィーЧ（なんだとぉぉぉぉぉっЦ）
フンバ┻╋┳ッ！
う……このキママゥ達の連携、普通じゃない……？
キマタロ
キキキ（あと一息ですぜ！親分Ц）
キマハク
あ、ああ……
さすがに仮想現実でも死ぬのは嫌だから反射的に戦ってしまったが、これで本当にいいのか？
キマジロ
ウギィーЦ（トドメだ、アマっЦ）
やっぱり、抜け出して来ちゃったんだね。
クー、心配させないで。
Ц
カミュとアルルゥだとЧ
クーちゃんは病み上がりなんだよ。そんな無茶なコトしたらダメだってば。
キママゥに手こずるクーは安静にしないと駄目。
でも、その前にぃ。
クーをいじめる子にはお仕置き。
病み上がりクオンだけじゃなくて、この二人まで参戦したら死しかないぞЧ
ギギギギィーЦ（ちょーっと、待ちやがれぇぇぇぇぇぇぃЦ）
ボロギギリЧ
ボロギギノスケ
ギギギ……（へへへ……そいつはちょいと公平じゃないねぇ）
ギィギィ（義を見てせざるは勇無きなり……キマハク、てめえはいけすかねえ奴だが助太刀するぜ）
どうして、ボロギギリが。
ギィギギィ（はっ……てめえとは山の餌場を巡って対立してきた……だが、俺は知ってるぜ）
ギチギチ（俺が怪我をして動けなかった時、てめえは俺にトドメを刺さずに見逃したなЧ）
ギギィ！ギチチチチЦ（俺に情けを掛けやがって！いけすかねえ奴だぜЦ）
そ、そうだったのЧ
ギチチチ（ここでその借りをきっちり利子を含めて返してやる！）
ギチギチギチギチ（その上でこの山の王者が一体、誰なのか決めようじゃねえかっЦ）
な、なんか話がとんでもない方向に飛んでないかЦ
まさか、キママゥにやられるなんて……
失敗……
こんなはずじゃ……
キマタロ
ウキィ！（やりやしたぜ、親分！）
キマジロ
ウキウキィ（さっすが、親分！）
キマヒコ
キキキィ（親分に一生付いていくぜЦ）
キマハク
か、勝っちゃった。良かったのか、これで。
ボロギギノスケ
ギチギチ……（さあて、キマハク。お楽しみはこれからだな）
お楽しみ？
ギギギ（そりゃぁ、お前、獣がヒト倒したら、アレだよな）
ウキ（アレか）
ウキィ（アレかぁ）
ウキウキ（まあ、キママゥ界、というか獣界の常識だよな）
まさか。
お、おいおい、いくら仮想現実でも、これ以上はマズイだろ。
兄貴、これマズイ！ストップストーップЦ
この子達、不埒なこと考えてる。
そっか、それなら遠慮はいらないよね？
……ん？
お仕置きは必要。
ここは……黄昏の園か。せっかく微睡んでいたのに、まさかこのような形で起こされるなんて。
お姉……さま？
ヤ、ヤバイ、何か知らんが何かがヤバイ。
まあいいか。可哀相だから加減はしてあげる。だから、耐えなさい。でなければ消滅するから。
脱出ぅぅぅぅぅЦ
『止まる』
ほわЧか、躰が動かない━━
おしおき。
ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁЦ
ՙ
……ここはどこだ？
ここって、もしかしてお城うちの地下にあった……
似てるようだが、そうでないような気もする。しかし……
それより問題なのは、あちこちから聞こえる悲鳴はなんだ？ここで何が起きている。
君達、大丈夫か！
むっ？
誰なん？変なおじさんがいるぇ……
曲者か？
聖上、お下がりを。
待て、もしやあの男は……
おお、その様子ならまだ無事なようだな。ここはもう駄目だ！君達も急いで脱出するんだ！
この男は一体、何を言っておるのじゃ？
おい、ここで一体、何が起きている！
緊急警報を聞いてなかったのか！隔離施設だったここでもとうとう……
とうと……う……
ぬ？
う、うう……
だ、大丈夫ですか？
待ってて、今薬を用意するから。
むだ……だ、この病に薬はな……い……
にげ……ろ……たのむ……
まさか。
にげ……あ……あああああ……Ц
タタリに変化、あの時と同じだとЧ
そうか、これは人間が……大いなる父オンヴィタイカヤンが滅びた時の再現かЦ
そんな……これが……
こいつぁ、きついぜ。
音声
緊急警報、緊急警報！現時点をもって本施設の放棄が決定しました。
職員は直ちに施設外へ待避して下さい！全施設は爆破されます！
何を言ってるんでしょうか、もの凄く物騒なことを言ってる気がしますけど。
兄あにさま、今のはまさか……
くっ、自爆装置か。タタリを施設ごと焼き尽くす気だ。
急いで脱出するぞ！この施設は吹き飛ぶЦ
みんな、無事か？
は、はい……なんとか。
ハァ、ハァ、ハァ……き、きぼちわるい……
大丈夫？はい、お水。
やれやれ、ひでえ目にあったじゃない。
ぐちょぐちょの、ぬとぬとやなぁ。
聖上、お背中をさすりましょう。
うぐぐ、夢に出てきそうじゃ。
どうか……どうか彼等に、大神オンカミウィツァルネミテアの慈悲があらんことを……
あれが人類の滅亡。まさか、あれ程の惨劇だったとは。
あんなのをずっと見続けて来た兄貴は……
兄貴の闇は……深いか……
Ġ
ٰ
Ġ
ݘ
やーっと来たかぁ！
もう始めているよ。
ささ、こっちへ来んしゃい。
これは一体……
さぁ、オシュトル殿！駆け付け三杯Ц
あ、ああ……では。
うむ……仮想現実にしては良い酒だ。きっと兄貴の趣味だな。
それにしても……
ぷはぁーっ！うまい！もう一杯Ц
もっと強い酒はないのかね？
これなんどうかいの。火の出るような酒じゃけん。
くぅ！こいつはキクねえ！
ただの酒宴にしか見えないが、これは……
ヤシュマ殿、今日の集まりは一体？
おお、聞いてませんでしたか。今日は紅葉狩りをしようという話でしてな。
紅葉狩り？一体誰が……
あ、あの、お呼び立てして済みませんでした……もしや、お忙しかったのですか？
シス殿？いや、ただ少し疑問に思っただけの事。
シス殿からの招待なれば、断る理由がありましょうか。
まあ……
ま、ただ酒を断る理由なんてないしな。というか、仕事ほっぽり出しても駆け付ける。
そ、それで私、オシュトル様がいらっしゃると思って、またこれを作ってみたのですが……
これはチャモックの？
は、はい！覚えて頂けたのですね！そう、オシュトル様との思い出の料理ですЦ
今度は香辛料を使ってみたのです……お口に合えば宜しいのですが。
ほお、酒の肴サカナに良さそうな。では、一つ頂こうか……
自分はすっとチャモックの肝に箸を伸ばした。しかし……
ウギーッ！
Ц
突如、降って湧いたようなキママゥがチャモックの肝を奪い、そのまま森の中へと逃げ込んでしまう。
逃げられたか……何と素早い。
オシュトル様との……愛の結晶が……
シス殿？
ううううぅ……やってられない……やってられませんわぁっЦ
シス殿……
あ、姉上！その酒はЧ
ぐびぐびぐび……ぷはぁぁ……
姉……上？
んー……
こらぁ、愚弟ぃ！さーけ、もってこーいっЦ
あ、姉上！痛い！蹴るな！蹴る……ぐはぁЧ
いかん、あれは完全に目が据わってる。食い物の恨みは恐いからな、荒れる気持ちは判らんでも無いが。
ともあれ、すっかり出来上がった酔っぱらいに近づくべきじゃないか。下手に絡まれないよう隅っこでチビチビと……
オルケ
グルル……
ンバッホゥ！
なんだ、この殺気……いや食気か？
食い物の匂いに釣られて集まって来たのか。どうやらボーナスステージかと思ったが、そうすんなり呑ませては貰えないようだな。
皆みな、気をつけろ！囲まれているぞЦ
ガハハハーっЦ
ほら、かんぱーいっ！
何だか判らんがかんぱーいЦ
しくしくしく……どーせ、私なんて私なんて……
ピク……ピクピク……
駄目だ、少なくともあの連中は当てにはならん。こっちだけで何とかするしかないか。
チッ……追い払っても追い払ってもきりが無い。いい加減、あの酔っぱらいどもは周囲の状況に気付かないのか？
……ううう。
シス殿。
フンバーッЦ
シス殿！危ないっЦ
Ц
チャモックの……かたきぃーっЦ
フンギーЧ
助かるシス殿、加勢してくれるか。
やっとお目覚めか。これで少しは楽に……
うー……ん、おひゅとるしゃま？
シス殿？
おひゅとるしゃま……
………
わたひのあひをうけとってぇーっЦ
おわぁっЦ
おひゅとるしゃま……なんれよけるの……？わ、わたひ、のこと、ひらいだから……？
シス殿……まずは落ち着こう。武器をおいて深呼吸を。
だ、だたら、おひゅとるしゃまを、ころひて、わたひもひぬーっЦ
ま、待て！話せば判る！話せばっЦ
オルケ
ガルルゥ。
じゃま！
キャウン！
ふ、ふふふ……おひゅとるさまとのあいだにはいろうとする、どろぼーおるけはみなごろひ、なんだから……
ねぇ……おひゅとるしゃま。
まずい……何がなんだかよく判らぬが非常にまずい事になったぞ、これは。
う、うう～ん……
ようやく治まったか。さすがに暴れすぎて酔いが回ったか？しかし……
ぐかぁーっ！
んごごご……
すやぁ……
や……やめろぉ……それはたべるものでいれるものでは……ムニャ……
死屍累々だな。まったく、これを一体誰が片付けるんだ。こっちもさっさと酔い潰れるべきだった……
お待ちしていました、兄上。
ん？ここはエンナカムイか。
となると敵は……
戦況はどうなってる？
はい、すでに敵はすでに砦の近くに陣を構え、こちらの出方を伺ってるようです。
ふむ……
あの時、砦まで来たのはデコポンポか。
こちらはすでに護りを固めてある。このままデコポンポが痺れを切らして突っ込んでくるのを返り討ちにすれば良いだけだが……
それにしては慎重な動きに見えるな。軽挙妄動のデコポンポらしくもない。
おや？どうやらあれは、デコポンポの軍勢ではないようですね。
何？ならば、あの軍勢は一体。
……これはこれは、いきなり本命をぶつけてくるとは。どうやらあちらは本気でこちらを潰す気のようです。
本命だとЧまさか━━
ライコウ様、全軍配置完了しました。エンナカムイ軍にまだ動きは見えません。
オシュトル、貴様の考え、手に取るように判るぞ。
まずは雑魚共をぶつけ、戦力を分析するつもりなのだろう。
だがなオシュトル。最早もはや我等の間に、そのような小細工は不要。
そう思わぬか？
ライコウ様、楽しそうですね。
楽しそう？俺は……楽しそうか。
はい、とても。
……そうか。
ふ……ふふふ、そうか、楽しそうか。
ああ、認めてやろう。今俺の心は、恋する乙女のように高鳴っているぞ。
聖上、感謝いたします。こうして再び、宿敵と相見まみえる舞台を与えて下さったことを！
さあオシュトル！今度は邪魔する者などいない！思う存分楽しもうぞЦ
ライコウ！
クッ、奴にはあんな奇策など通じん。小手調べなどしている場合では無いぞ！
警戒を厳とせよ！敵はライコウ！これは決戦であるЦ
ライコウ様、長期戦で兵達に疲れが見え始めています。
……頃合か。よくぞ奴等を惹き付けてくれた。第一軍を下がらせよ。
畏まりました。
そうだオシュトル……それでこそ、我が好敵手。
だが、それも想定の内。シチーリア！
ハッ！第二軍、投入します！
流石さすがはオシュトルか。既にここまで軍をまとめ上げていたとは。
一時撤退する。態勢を立て直すぞ。
はっ！
ふっ……オシュトル、何いずれまた会おうぞ。
どうやら凌いだようだな……
しかし、勝てたのはこれまで積み重ねた戦いの経験、それに仲間達との確かな絆があればこそだ。
もし、あの時、エンナカムイに攻めて来たのが本当にライコウだったら、確実にこちらが負けていた。
ߠ
ん？ここは……
Ц
ちょっ！何で鎖に繋がれるんだ！まさかハマってるのか？兄貴！リセット！リセーットォЦ
ふふふ、暴れても無駄ですよ。
ウォシスЧ一体、何のつもりだ！はっ、まさかこの状況、帝ミカド暗殺の容疑で捕まったという設定なのかЧ
いえ、違います。実行犯は私ですし。
では、何故……
何故って……フフ、フフフフフ……それは勿論。
趣味ですが、何か。
ぅおおおィ！顔！顔が近い！近い近い近いЦ
近いのではありません、近づけているのです。ふふ、何と美味しそうな耳たぶ……
ぎひゃあああああっЦ
……右近衛大将といえど、私の前では赤子同然。いえ、初うぶな少年と言った方が宜しいですか。
その例えはやめろぉぉЦ
お前は私だ……あの時そう言ってくれましたよね。互いにあのような立場で無ければ、私達はうまくやれたと思いませんか？
ん、んなこと言いながら乳首をクリクリ触るなぁっЦ
ま、まずい……本気で発狂しそうだ。兄貴め、どうでもいい所にまで本気を出しやがって……
どうにかして脱出しないと……
ん？
………
この気配は皇女さんЧもしかして助けに来てくれたのかЦ
その通りじゃ！待っておれ、オシュトルЦ
おおっ！離れているのになんか知らんが以心伝心してるЦまさか皇女さんと心が通じ合っていようとはЦ
『……』
わ、わかってるって。ただの仕様なんだろ？だからそんな、娘はやらんぞ的な親馬鹿波動を送ってくるなよ。
とにかく、いいか皇女さん。まずはウォシスの背後からこっそりと……
……そういえば、ここにいるのは皇女さんだけなのか？他の連中はどうした？
こ、これはラウラウ先生の未発表の新作Ч
ルルティエ？
い、いけません。こんな貴重品、誰かに盗まれでもしたら……
ちょ、ルルティエさん？助けてくれると……あの、そんなのに釘付けになっていないで、モシモシ？
おほぉ……オ、オシュトルさまがウォシスさまと……そ、そんな……連結だなんて、しゅごしゅぎるぅ……
おおい、何戦闘前から戦闘不能になってんのЧ
おお、クオン？クオン助けてくれ、クオン！
はむ、モキュモキュ……ここにはお茶はないの？
飯喰ってる場合かぁ！
駄目だ、こいつ等、早くなんとかしないと……
もぐもぐもぐもぐ。
クオン、一体何をやっておるのじゃ？オシュトルを助けに来たのではないのか？
うん。だから、その前に腹ごしらえをしないとね。
なんじゃと？
腹が減っては戦いくさは出来ぬ。アンジュも早く食べないとご馳走なくなっちゃうかな。
ほら、ご馳走達も食べて貰いたがってる。
ぐぐ……確かにうまそう……いや、しかしこのままではオシュトルが別の意味で食べられてしまうのじゃ……
おいしく食べられるのなら本望じゃないかな。
大丈夫なわけあるか！ええい、こんなところでのんびり食事しているわけにはいかないのじゃ！
わ、私わたくしのご飯がぁっЧ
ちょっと勿体なかったのじゃ。こんな事なら重箱を用意しておくべきじゃったな……
ߠ
ߠ
ߠ
ルルティエではないか。こんな所で何をしておる。
…………
ルルティエ。
ルルティエ！
い、今いい所なんです！話し掛けないでくださいЦ
ど、どうしたのじゃ？怒鳴ったりして其方そなたらしくもない。
ハァ、ハァ、わたしは……わたしはいつも通りです……いつも通り……
ですが、この書簡がいつも通りじゃないんです。いつもの三倍、いいえ、十倍素敵なんです！
ああ……素晴らしいですラウラウ先生。男の友情を描かせたらラウラウ先生の右に出る方はいません！
アンジュ様も同好の士……これを読めば、きっと判ってくれますよね？
ゴクッ……そ、そんなにすごいのか？余よにも少し……ダ、ダメじゃ！
今はオシュトルが先決！後で読むから取っておくのじゃЦ
いけません！後でなんて……今この時、アンジュ様と感動を共有したいんです。
特にそのうち一冊はラウラウ先生の未発表の新作……百年に一冊あるかないかの大傑作なんです。
アンジュ様にはまだちょっと早いかも知れないけれど、読めばわたしと同じ沼に嵌るはず……
さあ、アンジュ様！わたしと沼に嵌りましょう。
くぅっ！ちらりと見える挿絵に引かれるものもあるが、こんなところで誘惑に負けるわけにはいかぬのじゃ！
ラ、ラウラウ先生の新作がぁっЧ
あああああ、し、仕方ないとは言え余よは何ということを……
せめて破片をかき集め、後で貼り合わせれば……
聖上。
ム、ムネチカ！どうしてここにおるのじゃЧ
帰りが遅いので苦戦しているのではないかと、助太刀に参ってみれば……
一体何をされておられる。オシュトル殿を救出しに来たのではありませぬか？
今！今やるところだったのじゃ！
大事を放り出し寄り道とは……道の何たるかを教えることの出来なかった小生の不覚。この不始末、己が拳で付けましょうぞ。
助ける！今すぐオシュトルを助けるから、勘弁するのじゃーっЦ
む、これは……
……め、面妖な。けしからん、まことにけしからん！
このムネチカ、このようなものに屈したりは……決して屈したりは！せぬ……が……くぅЦ
今のうちにオシュトルを助けるのじゃ！
オシュトル、無事じゃったか！助けに来たぞЦ
おや、あの難関を潜り抜けましたか。意外と頑張りましたね。
ウォシス、其方そなたは余よを馬鹿にしておるのか？
いえいえ、そんなことはありませんよ。今回はさすがに負けを認めざるを得ませんね。
では、降参してオシュトル殿を引き渡す事にしましょう。
それで……どちらのオシュトルを連れ帰るつもりですか？
何？
綺麗なオシュトル
聖上、ご無事でしたか。
おお、其方も無事で何よりじゃ。
いえ、この程度。聖上の受けた苦しみに比べれば、ひっかき傷程度の物。
某如きの事で聖上のお心に傷が付いたと思うと慚愧ざんきに堪えませぬ。
う、うむ、何やら普段と同じような違うような、二割ほど格好良く見えるぞ。
待て待て待てっЦ
なんじゃ、お前は。
なんじゃじゃないだろ！本物はこっち！そっちはウォシスが作った偽者だЦ
偽者じゃと？オシュトルは其方そなたのような貧相な男ではないぞ。
着物を脱がされたからそう見えるだけだ！よく見てみろ、この気品あふれる肉体美を！
うぬぅ、どこからどう見てもオシュトルに見えぬ……
こっちの心の声だって届いたハズだ！それか何よりの証拠だろうに！
ム、言われてみればそうだった気も……
外見とか先入観抜きで、ちゃんと心の眼で見てくれ！
じゃがのう、こっちを本物というのは心が痛むのじゃ。
何でだ！
聖上、見た目や先入観で騙されてはいけません。心の眼で見るのです。
うーむ、何だかこっちが言ってる気がするぞ？
おいこら待て！こっちの台詞を取るんじゃないっ！
ふふっ、これが最後の難関です。このうち、どちらかが間違いなく本物。
さて、貴方のオシュトルはどちらですか？
むぅ、こうなったら偽物を叩き切って試してみるまでじゃ。
お前も何言ってんだ、ンなコトしたら死ぬだろうが！
何を言うか、余よが愛するオシュトルを間違えたりするもの！
もし、例え間違っても、オシュトルならば無事なハズじゃからな、うむ。
おい、間違う気満々かよ！
然しかり。聖上の愛、受けきって御覧にいれましょうぞ。
ンなわけ無いだろうが、だから勝手なこと吐ぬかすな！
こっちが偽者じゃーっ！
綺麗なオシュトル
ぐぅっ！
ど、どうじゃ……
ふふ、お見事です、聖上……よくぞ心の眼で真実を見抜きました。
おや、意外な結果になりましたね。
意外でも何でもないわ。いつも余の側にいたのはあんな中身がない人形ではないわ。
……
オシュトル……いや、ハク。
皇女さん……いや、聖上。
無理せずとも良い。少なくとも今は。
そのなんだ。そういうのも嫌いではないというか……全てが終わった暁には、ほんの少しばかり余に見せても構わんぞ？
ぜ、全部見るのはまだ覚悟が出来ておらんしな。
はて、よく聞こえませんでしたが。
な、何でもないわ！帰るぞЦ
御意。
こっちが偽者じゃーっ！
グェ┻╋┳ッЦ
だ、だから、こっちが本物だと……
聞こえぬ！余の耳には何も聞こえぬぞっЦ
グェ！グェェェェェェッЦ
ど……どうじゃ！これで文句はあるまいЦ
いえ、私は文句を言う立場にありませんが。
綺麗なオシュトル
聖上……
オシュトルЦ
今までもこれからもオシュトルは其方そなただけ
じゃっ！
心得ております。
さあ、二人で新しいヤマトに旅立つのじゃ。
御意。
だ、だから、そっちは偽者……
さて、余り物には福があると昔の人は言いましてね。
ウ、ウォシス？
せっかくですし、こちらの方をお持ち帰りしましょうか。
二人でしっぽりと楽しみましょう、未来永劫に。
ちょ、ちょっと待て！聖上！皇女さん！
や、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇЦ
ٙ

À
ここは……ああ、門ゲートの間か。
にしても随分と薄暗いな。それに埃っぽい。
それに何かが隠れてそうな雰囲気だ。注意が必要か……
ん？誰かいるのか？
ッ……何者だ、姿を現せ！
隠れ続けるならば害意有りと判断し、この場で成敗させてもらう。
ま、待つのじゃ！余じゃ、余の声を忘れたかЦ
その声……
聖上？
そ、そうじゃ、だからそれを仕舞うのじゃ。
聖上でありましたか。あまり驚かせないでいただきたい。
うむ、すまなかったのじゃ。ムネチカから隠れようと、ついの。
またですか。ムネチカ殿に心配を掛けるのは感心出来ませぬな。
むぐ……し、仕方ないのじゃ。せっかくの休みじゃというのに、ムネチカが……
しかし聖上、百歩譲ってそれに目を瞑ったとしても、供も連れずこのような場所に来るのは感心出来ませぬ。
何故このような薄気味悪い場所に？
それに、下手に門ゲートを起動させてしまっては何処へ跳ばされるか……ん？
そ、そそそれは！
聖上、まさか……
べ、別にゲイト？とやらを弄ったりなぞしておらぬぞ！
うまく使えば、宮廷をこっそり抜け出せるなどこれっぽっちも考えておらぬからなっ！
考えているのか……いや、それよりも。
聖上、軽はずみな真似を為さいませぬよう。あれは迂闊うかつにヒトが触れて良い物ではありませぬ。
使い方を誤れば一体何が起こる事か。
心配するでない。いろいろと試してみたが何ともなかったからの。
まあ、ウンともスンとも言わなかったとも言うのじゃが。
ちょ、聖上！そう何度も叩いては……
大丈夫じゃというに。ちょっとやそっと弄った程度で壊れたりは……
……あ。
……聖上？
……
聖上……
ぴゅ、ぴゅう、ぷぴ～♪
口笛吹いても駄目です。
くっ。
不味い、何か変な音が……まさか壊れたのか？早く止めないと……
異形の者
おおおおおお……
のうオシュトル、何か出てきたぞ。
おおい、一体何処につながった。門ゲートからなんかヤバげなものが出てきやがった。
このまま放置したら帝都が異形であふれちまう。外へ出す前に、残らず始末しないと！
ここは某それがしにお任せを。聖上はお下がりください。
何を言うか、全ては余の失態。其方そなた等だけに戦わせはせぬ！
ハァ、やっと止まったか……
やれやれ、ちょっと抜け出す……もとい、視察に行くつもりが大変な目にあったのじゃ。
聖上、しっかりと反省を。
う、うむ、判っておる。次からはこのような絡繰からくりなど使わんぞ。
当然です。
……そう言えば。
？
あの双子達、確か気配を消す術を心得てるそうじゃの。
い、いや、誰にも気付かれずこっそり堂々、正面突破しようなぞ、露にも思っておらんぞЦ
……駄目だ、こりゃ。
ٙ
ٙ
ٙ

ʐ

う～ん、困りました。
確かに、困ったことになったな。
皆みな、そんな深刻そうな顔をしてどうした？
オシュトル？ちょっとお肉が足りなくなってきたから、みんなで狩りに来たんだけど……
雑魚一匹獲れやしないじゃない。
そもそも、ここに来てまだ一匹も獣も鳥も見てないのです。
こんな事は初めてです。一体、何が起こってるのでしょうか？
まさか……
ルルティエ？
もしかして、アレけ？そんなんお伽噺やと思うけど。
ですが……
む？待て、何か聞こえぬか。
何かが、こちらに近づいてくるようです。
こ、これは……
まさか。
ホッロロロロォォォーッЦ
な、なんだ、あの巨大なホロロン鳥はЦ
あれはドキュココポ。
森の守り神です。
ドキュココポォЧココポって、本物のココポはそこにいるだろ。
しかし、向こうも同じような鞍を付けて……こいつはどうなってるЧ
あくまで仕様。
細かい事を気にしてはこの世界、生きてはいけません。
細かいかどうかは置いといて、確かにこの状況……何でもありだったな。
で、お前達は？
もしや貴女たちは、森の小美人さまЧ
小……？
小さいの、か？
小美人白
小さい。
小美人黒
どこが、とは聞いてはいけません。
……まあいい。話を戻すとして、ドキュココポとは何なのだ？
ま、まさか……あれが伝説のドキュココポ……本当だったなんて……
知っているのかルルティエ？
超ドキューって言葉の語源にもなった、とても大きな伝説の生き物なんです。
普段は森の奥にいて、人里などには出て来ないと言われてるのですが……
あれが……この目で見るのは初めてなのです。
ドキュココポ……伝説の霊鳥……
伝説なんだ……
ココポの名前も、あのドキュココポからもらったんです。
ドキュンにするか、ココポにするか、ずっとずっと迷ってて……
うん、ココポにしといてよかったんじゃないか？
怒ってる。
度重なる戦乱で山野も荒れ果て住み処を追われ、ここまでやってきたと考えられます。
で、ここら辺りの獲物を全部喰っちまったという訳かい。
うむ、判るぞ。食い物の恨みは恐いのじゃ。
ま……まぁ、事情は察した。しかし、奴を暴れるままにはしておけない。何か手立てはないのか？
ない。
ヒトは大自然の驚異の前には無力です。
待てこら。ならばお前達は、何の為に出てきた。
そんな意味ありげに登場したのだから、何かあるだろう。怒りを静める歌とか、動きを封じる術法とか！
絵物語の読み過ぎ。
ヒトはそんな便利には出来ていません。
お前達が、それを言うか……
手伝う。
ですが微力ながら、狩りのお手伝いなら出来ます。
要するに実力行使か。
当たり。
だいたい、そんな感じです。
仕方がないか。こうなったら腹をくくるしかないかな。
ああ、そうこなくてはな。上手くすれば、しばらくは肉に困らなくてすむぞ。
ちょっとした狩りが、えらいことになっちまったな。
………
ドキュココポ
ホロロロロォォォ……ッЦ
やったのか……？
よし、これでしばらく肉不足に悩まずにすむな。
しかし、僕達だけでは一月掛けても食べきれるかどうか……
ならば今夜は大鍋、ココポ鍋にして民に振る舞うとしようかの！
はい、皆みなの喜ぶ顔が目に浮かびます。
そうと決まれば、さっさと解体するじゃない。いくぜ、せえのっ！
ま、待って下さい！
なッЧ
うわわっちЧきゅ、急に飛びだして来て危ないじゃないЦ
あ、危なかった、危うく真っ二つになる所だったぞ。
ル、ルルティエ様どうしたですか？鍋はルルティエ様も好きだったと記憶しているですが。
待って下さい、お願いです！
こ、この子も食べ物がなくて、ここまで来てしまっただけなんです。だから……
そうは言ってもな、ルルやん。これも弱肉強食。ウチらは他の命を喰らって生きる、罪深い生き物なんよ。
でも……でも……
ココポっぽいから感情移入してるのか、ルルティエが嫌がるのなら仕方が無いな。こいつを喰うのは止めておこう。
皆みんなの胃袋を掴んでいるルルティエを蔑ないがしろにしても、良いこと無いからな。
あーあー、今、そこの小美人が言っていたのだが、ドキュココポに何かあれば、ドキュココポの群れが人里を襲うそうだ。
その数、ざっと数千Ц
あ、兄あにさま？そんな話、聞いたこと……
そりゃ、今でっち上げた話だからな。
ヤバイねぇ、うっかり倒してしまったじゃない。
ま、まだ息があります！急いで蘇生しないと！
ああ、うん。そういえばそんな話、聞いたことがあったかな～。だよね、ネコネ？
ええっ？あ……えと……ハイです、確かどこかの書簡に……
ほら、ドキュココポは伝説の生き物なんだろう。一般に知られていない事実というのもあるものだ。
そうだろう？森の小美人の二人。
小美人
………
だよな？
小美人白
……混浴。
小美人黒
魚心あれば水心と申します。
くっ、仕方がない。
ぜ、善処しよう。
……森の守り神の怒りに触れた時。
眼が赤く輝いたドキュココポ達が平原を覆い尽くすでしょう。
な、なんとЧそのような事になったら大変ではないか！
それって、獲物がもっとやって来てくれるってことなのけ？
そんなわけあるか！仕方が無い、ここは諦めるよりほかあるまい。
そうだね～。
そ、そうなのです。
ほっ……
という事だ、ルルティエ。その子を逃がしてやるといい。
オシュトルさまっ……
ホロッ！ホロロロォЦ
お、お前はいい！乗っかかるなっ！潰れる！潰れるぅっЦ
良かったね、ドキュココポ。森にお帰り。
ホロォォ……
うっかり、とんでもない取引をしてしまった気もするが、まあ所詮は仮想現実なんだし空約束みたいなもの……
現世に戻った瞬間、この二人に報酬を求められそうな気がする……
鬨の声
『『オォォォォォォォォォォォォォЦ』』
━━ッ、今度は何だッЧ
まさか、こんなにも早く動くなんて思わなかったかな。
クオン、何が起こってるЧ
……トゥスクルの侵攻。もう、間近に迫ってるかな。
なん……だと……
あの卑怯者らめ……余らがライコウに手間取ってるのを好機と見たのじゃ。
トゥスクルにしてみれば、我等の正統性など問題になく、ヤマトの『敵』を排除出来れば良いのでありましょう。
わたし達と朝廷軍が争い、双方の力が削がれた後で攻勢に出る。まさに漁夫の利なのです。
ぬぅ……
あの時、トゥスクルからの答えが同盟ではなく敵対なのだとしたら……
もう一つの可能性……
あの時トゥスクルは、こちらに義理立てせず攻め込んでくる可能性はあった。そういうことか……
兄上、トゥスクル軍から軍使が！
軍使だと？
このような形でお会いするのは不本意ですが。
ま、戦ってのは非情なもんだ。大人しくこっちに従っちゃくれねえかな。
ベナウィ殿……クロウ殿……
オシュトルさま！朝廷軍からも軍使の方が来ていますЦ
Ц
勝手な真似を。貴様等を招いた覚えは無いぞ、トゥスクルの。それは俺の獲物だ。
ああ、オシュトルとの決着に水を差すなど、看過出来ぬ。
智将と名高いライコウ殿……それに仮面の者アクルトゥルカとうたわれる左近衛大将ミカヅチ殿ですか。
そういう貴様はベナウィ、それにクロウか。トゥスクルでの戦いくさ、ヤマトの兵が随分と世話になったようだ。
へっ……海を越えて名が知られてるたぁ嬉しいねぇ。
あの時の借り、いつか返したいと思っていた。だが、まずはオシュトルの首を取るのが先。
大人しく後ろで見物してるがいい。
それは我等とて同じこと。名だたる者との戦いくさは武士もののふの誉れ。
それが、かの名将オシュトル殿ともなれば、尚のこと。
いいのかい？あんたらがオシュトルと戦うとなれば背中ががら空きだ。切ってくれって言ってるようなもんだろう？
出来るものならやってみるがいい。その前に、細切れになる事になるがな。
そいつは面白え、やるってのかい。
待てい！どいつもこいつも勝手なことを吐ぬかしおって！
余は天子アンジュ！オシュトルは余よのオシュトルじゃ！
いずれに与するつもりも屈するつもりも無い！
それが気に喰わぬと吐ぬかすなら、良いじゃろう！まとめて掛かってくるがよい！
ククッ……吠えるか、小娘。
ふっ、それでこそ……
どうやら交渉するまでもなかったようですね。
ま、判っちゃいたが、手順は必要だからねえ。
……聖上。
オシュトル、余を……愚かだと思うか？
いえ、ここに来て引き下がれば、聖上の威光は潰えましょう。
うむ……
ライコウとミカヅチ、そしてクロウとベナウィの両者が一度に掛かってくるか。
勝算は……いや、勝ち目のない戦いくさなど、これまで幾度と乗り越えてきた。
某それがしは負けぬ。このオシュトルの名にかけて。
ƨ
まさか、耐えてみせようとはな。オシュトル、貴様という男は。
兄者、どうやらこれは失策だったようだな……
へっ、思ったよりやるじゃねえか……
海を越えて来た以上、この損害は看過出来ませんか。これ以上、戦いくさを続けるのは難しいでしょうね。
ヤマトの事は、貴方がたに預けるとしましょう。
うむ、当然の結果なのじゃ！
どうじゃ、余よのオシュトルは強いであろう。
誰が、アンジュのものかな。オシュトルはわた……誰のものでも無いんだから。
何を言うておる、余よのものに決まっておろう！
そんなこと言うけど、オシュトルはトゥスクルに仕えること、考えてもいいって言ってたかな。
何じゃと、出鱈目吐ぬかすでない！
出鱈目なんかじゃないかな。ちゃんとそう言ったんだから。
出鱈目じゃ！
言ったかな！
出鱈目じゃЦ
言ったかなЦ
ふぎぎぎ！
うぎぎぎ！
……さて、お腹すいたし帰ろう。
クオン・アンジュ
オシュトル、どういうことかなЧオシュトル、どういうことじゃЧ
脱出Ц
待つかな、オシュトルЦ待つのじゃ、オシュトルЦ
ڣ

すまねえ、旦那。こんな所に呼び出しちまって。
どうしたヤクトワルト。そのような深刻な顔をして？
ああ、実は……シノノンがな……
まさか、シノノンに何かあったのか？
いや、そういうわけじゃねえんだが、シノノンもそろそろお年頃。
大人の階段を昇ってもいい頃合いだと思ってなぁ。
旦那にも是非、そいつを見届けて欲しいじゃない。
何だ大人の階段って。妙にいかがわしい響きが……いかん、あの双子に毒されてきたか。
それで、何をさせるつもりだ。さすがに危険な真似はさせないだろうが。
なぁに、簡単なお使いさ。なあ、シノノン！
おう。
いいか、あそこにいるオバチャンの所まで行って飴ちゃんを買ってくるじゃない。
オバチャン
………
わかったぞ！
成程なるほどな。そういうことなら、喜んで見届けさせて貰おう。
案外近いし、これなら安全か。我ながら過保護な気もするが、こんな世の中だ。
用心しすぎということはないだろ……ん？
野盗
ヒャッハー！
……なあ、ヤクトワルト。
何だい、旦那。
あそこに屯たむろっている風体のよろしくない連中はなんだ？
野盗か何かだろうねぇ。
何故、そんな危険な場所でお使いに行かせるのだ！
今は乱世、家の外には危険がいっぱいじゃない。
これぞ、レタルモシリの伝統、把持目手野御通会はじめてのおつかいЦ
苦餌子賭くえすとといいレタルモシリって奇習の國かЧ
旦那の所じゃ、やらないのかい？
少なくとも、そのような不穏な所でやったら、ナントカ条例で捕まる！
だいじょうぶだ、おしゅ！シノノンはやるぞ！
って、言ってるそばから突っ込んでったЧ
その覚悟、さすが俺の娘だね。
感心してる場合か！あのままだと彼奴らに見つかるぞ！
だからその間、大人が子供を全力で守るのさ！さあ行くぜ、旦那！
そういうのは、もっと先に言っとけ！
かれいによけるぞ！
さすが俺の女じゃない。
呑気なこと言っている場合か。おそらく次はないぞ……
お？
不味いッ！クッ、時間を━━、巻き戻す━━、間に合えЦ
お？
うぎぎだぞ！おーい！
シノノン？どこへ行く！
うぎぎ、いっちゃったぞ……
また今度な。さぁ、行こうか。
おお？
わんわんだぞ！わんわーん！
ま、またか！
……わんわんは、やっぱりいい。
なん…だと……Ч
………
野盗
なぁに、メンチ切ってんだよ、ゴラァッ！
おしゅ、とうちゃ。あいつらわるものか？
……そうかもしれん。だが今は、お使いを優先しような？な？
そうか、わるものか！よし、オレがこらしめてくるぞ！
ちょ、ちょっと待てぇ！
おお……この正義感。将来が楽しみじゃない。なぁ、オシュトルの旦那。
そんな悠長な事を言っている場合か！
あ？やんのかコルァ！
せいぎはかつぞ！
ハァ、ハァ……も、もうはやく終わらせてくれ……
とったどー
さすが俺の女だ。これでシノノンも一人前じゃない。
やっと、終わったか……
まさか、こんなにも苦労させられるとは。裏方さんは大変だな、おい。
オバチャン
あのぉ……
ん？どうかしたのか、エントゥ、いや、飴屋の女主人。
それがまだ飴のお代を頂いていないのですが……
飴のお代？ヤクトワルト、金子きんすはどうした？
無論、財布をシノノンに渡してるじゃない。
シノノン？
………
まさか……落としたのか。
（コク）
とぉちゃん！おしゅ！さいふ、さがしにいくぞ！
ああ、買い物して無事に家に帰るまでが
把持目手野御通会はじめてのおつかいじゃない！
まだ続けるのかЧもう勘弁してくれЦ
ようやく来たな……待ちかねたぞっЦ
ムッ……貴様、何者だ？
この恐ろしい程の殺気……只者ではないな。しかし誰だ？覚えが無いんだが。
クッ……儂如き、顔を覚えるにも価しないという事か。その傲慢さ、ますます貴様を切り刻みたくなったわЦ
儂はグンドゥルア！ウズールッシャの皇オゥルォであるぅЦ
貴様等に國を追われ、恥辱の底で死んだ男よЦ
グンドゥルアだとЧ
ウズールッシャの皇オゥルォ……オシュトルによって撤退に追い込まれたと聞いていたが、そうかオシュトルに恨みを持つ者か。
ここに来れば、貴様と決着を付けられると聞いてな。わざわざ来てやったのだ……
ぬうぅぅ、あの時の事を思い出すだけで腸はらわたが煮えくりかえる。敵としてすら扱われず、道端の蟲を踏み潰すが如くの扱い。
あの後も獣を狩るが如く、山野を追いかけ回され、この儂があのごみ溜めのような所で……
武人としての誉れもなく、この儂が……この儂がぁぁぁぁっЦ
あ……ああ？
ど、どうした？
う、うぐぅ……
お、おい……
返事がない。ただの屍のようだ。
なんだ……と……
頭に血が昇りすぎて血管ブチ切れ憤死って……
そういやグンドゥルアは憤死したってどこかで小耳に挟んだが、ありゃあ本当だったのか。
怒りのあまり死んだとか何の冗談かと思ったが……
いや、ちょっと待て。今回の相手って、もしかしてコイツか？
戦う前に死んでるんだが、まさかこれで終わり……ってことないよな？
まぁ、楽でいいんだが……
ククク……奴は我等、四天王の中でも最弱。
誰だ！
オシュトル如きにやられるとは四天王の面汚しなのでありますよ！
お、お前等は……
我等、オシュトルに復讐したい四天王でありますよっЦ
オシュトル如き？その如きに伸された連中が勢揃いしているようだが。
むしろ、グンドゥルアだけが病死扱いで直接やられてないという。
こ、細かい事を……そうやって、またしても拙者を動揺させる作戦でありますな！卑怯なり、オシュトルЦ
憎まれっ子世に憚るとはよく言った物、天に代わって天誅を下すでありますЦ
さあ、ヴライ様！奴の首をねじ切って差し上げるでありますよЦ
………
あ、あのぉ、ヴライ様？
何か寸評など頂けると有り難いのでありますが。
黙れ、豚ブルタンタの糞ふんめ……
ブ、ブル……
ヴライ様！我等はオシュトルに復讐すべく集まった同志でありますよЦ
もっとその、協調性とか好感度とか……
汝うぬが勝手にそう言っているだけ。我われはただ、今一度オシュトルと死合ってみたいだけよ。
だが、汝うぬが息をしてるだけでこの場が汚れる。糞でも喰らって口を縫い合わせて息をするな。そして死ね。
な、ななな……
今のを聞いたでありますか！す、少しばかり筋肉があるからと言って、仮面アクルカを使えなければただのヒトでありますよ！
ほら、そこの軍師殿もこのただのヒトに、一発言ってやるでありますよЦ
煩いでおじゃるな……
あ、あれであります……？
マロの邪魔をするようなら、オシュトルを焼き殺す前に貴様を消し炭にするでおじゃるよ……
え？え？え？
さあ、オシュトル！その首をマロに寄越すでおじゃるよЦ
え、えええええーっЧ
軍師殿……いえ、マロロ様？マロロ様はこういうお人でありましたか？拙者の記憶違い？それとも生き別れの弟？
な、なんだか自分は場違いでありますな。それでは、拙者はこの辺で……あの、マロロ様？
逃さないでおじゃる……ここで全てを焼き尽くすでおじゃるよっЦ
ひぃっЦ
では血の宴を始めようか！
ひええええええーっЦ
お、終わったであります……これでやっと……
ククク……さすがはオシュトル……これだ、これを求めていたのだ！
ヴライ様？
殺し損ねたでおじゃるが、そうでなければ殺し甲斐がないでおじゃるなぁ……
マロロ様？
また会おうぞ、オシュトル！次にあう時こそ、我等の力を知るがいいっЦ
つ、次？次は拙者抜きでして欲しいでありますよ～っЦ

ここはトゥスクルの……
…………ハク。
クオン、お前だけか。他の皆みなは何処へ行った？
……ここまで、来ちゃったんだね。
クオン？
ありがとう、ハク。ありがとうと言ってくれて、嬉しかった。一緒にいてくれて、嬉しかった。
何だ、また突然に。
ハクは荒事が苦手だったのに、私わたくし達の為にずっと戦ってきてくれたよね。
それがオシュトルとの約束だったからな。
そうだね。でも、それにしたってあまりに無茶なお願いだったかな。
それでもハクは、それでもみんなの先頭に立って戦った。それを聞き届けなければならない義務なんて無かったのに。
その身を……命を削ってまで……
…………
現実では無いと判っていても、クオンにそう言われるとくすぐったいモノがあるな。
……まだ、ここが現実ではないと思ってるんだ。
何？
仮想現実……だったかな。帝ミカドが創りだした夢幻ゆめまぼろしの世界。
でも、その夢幻が現実でないと、どうして言えるの？
いや何を……言ってる。これは仮想現実であって、実際には……
薄々は気付いているハズだよ。夢幻にしては、って。
ここは黄昏の園。時間すら意味を成さない世界。
ここではハクが現実と信じていることが、本当は夢幻であったとしても何ら不思議ではないのかな。
ハクは、どうやってここに迷い込んで来たのか、その前は何をしていたのか、明確に思い出すことが出来る？
当たり前だろ、ここへ来たのは……
……待て、どういうことだ。
何故、『何度も死んだ』記憶がある……
一度だけじゃない、何度も……何度も……
タタリに喰われた……ギギリに噛み殺された……戦いに巻き込まれた……野垂れ死んだ記憶だってある……
なのに、その記憶は何処どこかで見てきたかのように朧気おぼろげ……
どういうことだ、これは……
それは、そうなっていたかもしれないという、もう一つの可能性。
ううん、もしかしたら実際にあったかもしれないね。別の時間軸で。
別の……
言ったよね。ここは黄昏の園、時間すら意味を成さない世界だって。
まさかクオン……
クオンは、本物のクオン……なのか？
同じようにここに迷い込んだ……
私わたくしは私わたくしかな。本物も偽物も無いよ。
さて……と。それじゃ、そろそろ始めよっか。
ま、待て、まだ話が━━、始めるって何をだЧ
うん、今度の相手は私わたくしだから。
私わたくしもハクと、もっとお話ししていたいんだけど、みんな待ちくたびれちゃったみたいだから。
クオンがЧ待て、だから待て、せめてもう少し説明をしてから。
待ちに待ったぞ、この時をな。
娘が選んだ男を見極めるのは親の務め。クオンの隣りに立つ資格のある漢か、それともクオンに集たかる糞虫か。
この俺が見極めてくれる。
なッЧみんなって、まさか……
聖上、その言いようでは女皇みことを集たかられているアレだと言っているようなものです。
な、何を言うか！クオンをウンコだなどと、いくら貴様でも許さんぞ！
あの、若様……
ち、違うぞクオン！俺はただ、香り立つクオンにだな！
ですから、それだと余計にアレの連想を……
あれは見なかったことにしてくれると嬉しいかな。
お、おお。
クオンЧ
相変わらず何やってんだか。まぁ、気持ちは判らんでも無いですがね。
そういうわけだ、遠慮は要らねえよな？
我等が女皇みことを奪ったのです。相応の覚悟は見せていただきましょう。
んふふ、楽しみですわね。
女将さん、出来れば止めてもらえると。
あら、こんなに楽しみにしてましたのに、無粋なことは言いっこなしですわ。
トウカさんも、何とか言ってやって下さい。
諦あきらめられよ。こうなってしまっては、我等が主であろうとも止めることは出来ん。
あら、ヒトのことが言えまして？待っている間、ウズウズとしていたのはどなただったかしら。
否定はしない。愛しい娘が選んだ漢だ、それが武士もののふであれば『語り合い』たいと思って当然であろう。
ギリヤギナは己が狂っていることを自覚してますけど、エヴェンクルガは素面しらふでそれな時があるのだから困りますわ。
ウルトリィさん、貴女なら……
まだ名も無き新たなる御柱よ。どうかその御力を、我等に示し下さい。
どうか示し下さい。
……あの、何言ってるかよく判らないんですが。
ツベコベ言わず、殺やる。
そうだよ、殺やろうよ。
いや、判りやすく言えばいいって意味じゃないから。
ていうか、物騒すぎて恐ぇよ。
クスッ……何だか、あの頃に戻ったみたい。
あなたは……
どうしてクオンが貴方に思いを寄せたのか、判る気がします。
大地の香りがする、みんなの兄であり父のようなヒト。
どことなく……あのヒトの面影を感じるのは気のせいかしら？
だから、ごめんなさい。少しだけみんなの我儘わがままに付き合って下さい。
みんな、もう一度あの頃のように騒ぎたいだけなの。
もちろん私も……ね？
よく判らんのですが、つまりこのまま一戦やり合うのは決定事項だと。
そうなるかな。それにね、楽しみだったんだ。
こうして一度、ハクと戦ってみたかった。
あのハクが、私わたくしのハクが、どれだけ強くなったのか感じてみたかったから。
仕方ないか。こうなったクオンは止められないからな。なぁクオン、間違いなくお前は、この人達の娘だよ。
さあ、見せてハク！いざ、尋常に勝負Ц
さすがはハクかな。油断してた訳じゃないけどここまで追い込まれるなんて。
悪いがここで決めさせてもらう。まだ話の続きなのでな！
ハク……
っ……もう、まだだよ！今いい所なんだから邪魔しないで！
クオン？
ううん、何でも……判ってる、後で変わってあげるから今は……
ごめんねハク、ちょっと時間が無いみたいだから、切り札を出させてもらうかな。
切り札？
出でよ！アヴ＝カムゥЦ
ハァЧちょ、おぉぉぉぉィ！アベルカムルとか、反則にも程があるだろうが！
このコはハクと一緒に見つけたんだから、仲間外れはいけないと思うんだ。
うん、問題無しかな！
問題ありまくりだ！
勝利条件が変更されましたアヴカムゥの撃破
勝負ありだ。さすがに少々驚いたが、こうなっては動けまい。
………………
クオン、これでもう、お仕舞しまいで構わないな？
ふ……ふふふ……
クオン？
お仕舞しまい？いいや、これからが始まりなのだ。
何だ、クオンの雰囲気……いや“気”が変わった？
相変わらず甘い。我われが惚れた男に、あのような小細工が通ずるはず無かろうに。
いや、ここは流石さすがハクと言うべきか。我わが漢よ。
約束通り交代だ。後は我われの好きにさせてもらおう。散々楽しんだのだ、文句はあるまい？
クオ……いや違う、クオンではないなЧ
ふふふ、可笑しなことを言う。我われは……いや、我われこそがクオン。
Ц
トゥスクル皇女、天子クオンである！
ヨうやく相まみえルことが出来たナ。会いたかっタぞ、ハク……
クオン……お前は……
いかんな、我われとしたことが少々舞い上がっているようだ。
さぁ、あまり時間も無い。今こそ全てを持って、愛を語り合おうぞ！
勝利条件が変更されましたクオンの撃破
お姉様、そろそろ。
ええ、時間です。それでは双方、それまでということで。
ハク……
ゴメンね、ハク。時間切れみたい。
貴方の覚悟、見せて貰いました。
なかなか楽しめたぜ。やはり男はそうじゃなくっちゃな。
色々不満もあるが、今回は引いてやろう、今回だけは！
ドリィ・グラァ
どうか、お嬢さまを……
まあまあ……ですわね。でも、悪くありませんでしたわよ。
さあ、行かれよ。貴方に言うのも奇妙な話ではあるが、どうか息災で。
新たな白き御方おかた。永き旅の無事を、お祈りしております。
どうか、数多の民に安寧と希望のお導きを……
クーちゃん泣かしたら、こんなのじゃ済まないんだから。
容赦しない。ボコボコのオボロボロにする。
クオンの事……どうか宜しくお願いします。
それじゃあ……もう行くね。
ま、待て、まだ話を聞いていないぞ。
…………待ってるから。
クオン？
ハクが来てくれるの……待ってるから！
クオン……
ああ……待っていろ。すぐ迎むかえに行く。
うん！
ッ、それと！何処どこにいたって絶対に見つけてみせるから！
あの子達だけには、負けるつもりないから！
その挑戦、受けて立つ。
まだ、主あるじ様の寵愛は渡しません。
お、お前等、いつの間に？
ぐぬぬ、絶対なんだから！
正義は勝つ。
勝利は虚しい？いえ、とっても蜜の味です。
いろいろと台無しな気がするが、そろそろ帰る頃合いか。
クオンが……待っているからな。
陚

…………
聖廟せいびょうの祭壇……
そうか、この試練も最終局面ということか。
『その通りだ、これが最後の試練となるじゃろう。』
……兄貴か。
『しかしまさか、こうも早く辿り着くとはの。』
『お前を見くびっていたわけではないが、甘く見ていたのも否めんか。』
次で終わりなら、さっさと始めてくれ。待たせている奴がいるんでな。
『…………お前なら。』
『お前なら、我が恐怖を、我が絶望を、討ち払ってくれるやもしれん。』
兄貴？
『これよりお前は、我が大罪を見ることになろう。』
『そして我が恐怖と絶望も……』
ッ、何だ、この殺気の塊は━━、何が起きようとしているЧ
まさか、このような時が来ようとは。
聖上、ハクと相見える機会を与えて下さり、感謝いたす。
最早もはや止める者はいない。思う存分殺やり合おうぞ。
このような茶番は不本意であるが、聖上の願いとあらば是非も無い。
十全たる力で、やらせてもらおう。
我が忠誠、ここにあり！魂魄、幾万生まれ変わろうと変わること無し！
我が帝ミカドよ、命令を！
フフ、まさか私まで呼ばれるとは思いませんでしたよ。
ヤマトの双璧に八柱将……それぞれに最強を自負する者の揃そろい踏みか。
最後にコイツ等を相手にしろと……いや、何だこの違和感は。
八柱将が揃っていない？こんな場面なら全員揃えるのが定石みたいなもの。
何か意図が……まさかЧ
『のう……確かに余よは許されぬ過ちを犯した。』
『じゃが、救われたいと願ってはならぬのか。』
『在りし日を思うことすら許されぬのか……』
聖上……その願い、必ずや我が友が！
仮面アクルカよ、扉となりて根源への道を開け放てっЦ
ハクよ、見事我等をねじ伏せてみよ！
仮面アクルカよ。無窮むきゅうなる力以もて、我に雷刃らいじんを鎧よろわせたまえЦ
この誉れは渡さぬ、誰にも渡さぬぞ！
仮面アクルカよ！我が魂魄を喰らいて、その力を差し出せィЦ
我等が聖上をお救いする番ということだ。
仮面アクルカよ、根源たる世界に我われを誘いざなえ。
まさか、仮面の者アクルトゥルカを相手にしろとЧ
父上、思えば私は親不孝者でした。なればこそ、ここで親孝行をしたいと思います。
これで父上の闇が晴れることを祈って……どうか、お願いします。
ああぁぁぁァァァァァァァアアЦ
カツテ、コノやまとヲ襲ッタ惨劇、ネジ伏セテミセヨ！
惨劇？兄貴の贖罪……まさか、前に兄貴が語った仮面アクルカの暴走！
あれを再現しているということか！
『お前に委ねるのは筋違いであろう。だが、頼む……』
『どうか、あの懐かしき日々は幸せだったのだと……』
『息子達の死は無駄では無かったのだと……証明してくれ……』
『どうか……どうか……』
兄貴……
ああ、兄貴に頼まれたら断れないしな。
兄貴の罪、償えることを証明してやる！
風神と夜神の力にウォシスが共鳴する…。
水神と夜神の力にウォシスが共鳴する…。
水神と風神の力にウォシスが共鳴する…。
火神と夜神の力にウォシスが共鳴する…。
火神と風神の力にウォシスが共鳴する…。
火神と水神の力にウォシスが共鳴する…。
夜神の力にウォシスが共鳴する……。
風神の力にウォシスが共鳴する……。
水神の力にウォシスが共鳴する……。
火神の力にウォシスが共鳴する……。
見事だ、ハク。仮面の者アクルトゥルカたる我等を退けるとは、其方そなたの友であること、誇りに思うぞ。
オシュトル……
クハハハハ、楽しいなぁ！
そうだろう、オシュトル、ハク！
これにて俺の役目は終わった。行かせてもらおう。
ま、待て、待ってくれ兄者！
そんな急がずとも、まだ良いだろう！
いや、時間だ。
な……Ч
目覚めの時間ということだ。
兄者、まだ━━
これは胡蝶の夢。何いずれまた会うこともあろう。
だが、目覚めればまた全てを忘れてしまう！兄者、オシュトル、ハク、全てをだ！
俺はもう過去だ。過去なんぞに囚われず、先へ進め。
さらばだ、オシュトル。いや……ハク、であったか。
礼を言っておこう。最後に俺も楽しむことが出来た。
……ああ、なかなかに楽しかったぞ。
兄者……
ふん……何時でも来るがいい。遊んでやる。
さて、私も行くとしましょう。可愛いあの子達が待ってますから。
私も楽しかったですよ。兄弟がいたら、こんな感じだったかもしれませんね。
ウォシス……
ふふ、複雑な顔をしていますね。これを意趣返しとさせていただきます。
それでは……
………………
今更、言葉はいらぬか。
……今度こそお別れだ。元気でやれよ。
元気でか、それはいい。
またいずれかの世で会おう。元気でな、ハク！
ああ、いずれかの世で、また……
『よくそ儂ワシの闇を、儂ワシの罪を討ち破ってくれた』
『これできっと、皆みな救われた……儂ワシも……あの子達も……』
兄貴……
『さあ、帰ってくるがいい』
ヴライ死亡
オシュ死亡
ミカヅチ死亡
ライコウ死亡
ヴライとオシュ死亡
ヴライとミカヅチ死亡
ヴライとライコウ死亡
オシュとミカヅチ死亡
オシュとライコウ死亡
ミカヅチとライコウ死亡
ヴライ死亡
オシュ死亡
ミカヅチ死亡
ライコウ死亡
ヴライとオシュ死亡
ヴライとミカヅチ死亡
ヴライとライコウ死亡
オシュとミカヅチ死亡
オシュとライコウ死亡
ミカヅチとライコウ死亡
ヴライとオシュとミカヅチ死亡
ヴライとオシュとライコウ死亡
ヴライとミカヅチとライコウ死亡
オシュとミカヅチとライコウ死亡
ܖ
よくぞ、全ての試練を乗り越えたな。わしは待っておった、そなたのような若者があらわれることを！
……おい。
もしわしの味方になれば世界の半分をお前にやろう。どうじゃ、わしの味方になるか？
おい。
む？
だから、『む』じゃなくて、何やってんの。
……何じゃい、ノリが悪いのう。
試練を乗り越えてきたから、せっかくこうして出迎えたというに。
勝手に送り込んどいて、試練も糞もあるか。
大体、そこで「はい」って答えたらどうするつも……
まさか、その『世界』とやらを管理させる腹積もりじゃないだろうな？
むぉЧな、何のことじゃ。
図星かよ、おい。
危ないところだった。危うく、どっかの世界で神の真似事をさせられるところだった。
何を言っとる。お前は正真正銘━━
あ～、あ～、聞こえん、何も聞こえんぞ。
やれやれ、相変わらず都合の悪いことには見ざる聞かざるか。
いいんだよ。自分は自分だ、簡単に変わってたまるか。
ウルゥル、サラァナ、もう帰るぞ。
こんな所にいたら、また何をされるか判ったもんじゃない。
何じゃ、もう少しゆっくりしていってもええじゃろう。
あら、もう行ってしまうの？
せっかく貴方達からお願いされてた、程良く狭い寝床と浴槽を用意しておきましたのに。
……
どうした二人とも、帰るぞ。
でんろんでんろんでんろん、べん、ろろん♪
おきのどくですが、あるじさまのぼうけんのしょはきえてしまいました。
は？
がしっ
な、何だ、二人してしがみついて……
ふむ、ホノカ。
あら、また行かれるのですか？それでは、気を付けて行ってらっしゃい。
あ……
お前はやれば出来る子じゃ。何度でも這い上がってくると信じておるぞ。
あ、兄貴ぃ～っЦ
あたらしくぼうけんのしょを、さくせいします。
『よくそ儂ワシの闇を、儂ワシの罪を討ち破ってくれた。』
『これできっと、皆みな救われた……儂ワシも……あの子達も……』
兄貴……
『さあ、帰ってくるがいい。』
޴
ム……ここは。
演習場のようにも見えるがそうじゃないような気がする。
それにあの得体の知れない連中……殺気は感じないが、普通じゃない奴等ばかりだぞ。
よお来たな！待っとったでぇЦ
な、なんだ、この如何にも胡散臭そうな奴はЧ
胡散臭いって……そんなん言ったらアカンでぇ。ここは世界を作ってる大事な場所で自分はここを見守ってるモンなんや。
世界を作ってる？もしかして兄貴のご同輩か？
うー……ん、直接の面識はあらへんけど、立場は似てるかもしれへんなぁ。
それでな、ハク君に頼みたい事があるねん。
？
今、まさに世界作りの佳境やねんけど、長々と作ってるからみんな疲れてるねん。
そこでハク君の神パワーでみんなに活入れたってくれへんか？
ここの出口は下にあるし、帰るついででええねん。
……
なぁ、頼むわ、ホンマ。
う、うーむ……
胡散臭い、実に胡散臭い……
しかし、殺気や悪意のような物は感じないし、純粋に頼りにされてるような気もする。
少しだけなら付き合ってもいいか。
アクアプラス大阪開発
スティング
アクアプラス東京開発
Ｓｕａｒａ
クリアおめでとうございますЦ
主題歌を歌わせて頂きました、Ｓｕａｒａです。
私のお気に入りキャラは、アトゥイです。
かしまゆう
スクリプトをやってましたかしまゆうです。
クリアおつかれさまでした。
タケミン
やあ、はじめまして。タケミンだよ。
うたわれるものを遊んでくれてありがとう。
楽しんでもらえたならとても嬉しいよ！
ところでぼくはケモノミミとかケモノシッポ
が大好きでねえ。
……。
ケモノミミとかケモノシッポが大好きでねえ。
そんなわけだから、今回ついにうたわれ世界
の住人になれて超喜んでいるんだよ。
自分にもケモノミミとケモノシッポが……。
いやーたまらないね！
フッサフサのモッフモフやね！
……ちょっとだけなら、触ってみてもいいん
じゃよ？
慶太
背景作成や管理に加えて、一部戦闘マップの
設定やデザイン、監修などもさせていただき
ました。
「うたわれるもの」に関わるのは前作である
「偽りの仮面」が初めてでしたので、世界観
を理解するまで少し時間がかかりました。
メインのシナリオライターが求めるイメージ
に合った絵作りはなかなかに大変な作業で、
何度もやり取りを繰り返しました。
そんな様々なスタッフの力を結集して出来た
ゲームですので、是非とも作りこまれた細部
までを堪能していただけると幸いです。
ゆらり、ふらふら、風の吹くまま、気の向く
まま。
金丸
あいたた…
今回はキャラクターの表情なんかも細かい部
分まで頑張って作ってます。
中には原画さん自らの手で描き込まれた逸品
もございますので、我こそはうたわれマスタ
ーだと思う兵（つわもの）は
ダメージの瞬間なんかを見逃さず凝視してみ
てくださいね。
磯田悟志
アッィヌィァヌキゥィィィキェェアィァ！
ングィェュッユァゥ
ヌィァヌィァデアェォォ！
まるいたけし
グギャァァッ！
えっと、思い出話？シナリオ会議がとにかくたくさんあったとかですかね。
あと収録直前まで修正があったりして、大変でした。スタッフ一同のこだわりがつまった本作品を何卒よろ……ギシャシャ！
マサシ
最近、人生初コスプレしましたマサシです。
うたわれキャラでやるならライコウですね。
ここで登場しとけば、もはや本人ですし！
それはさておき。
部署が違うので直接は関わってないですが、
ゲーム中以外の文字校正等を手伝いました。
それを踏まえまして。
うたわれのキャラの中でもっとも名前を
間違えられたのは誰でしょう？
正解は攻撃のあとで！
Ｔａｓｏ
い、痛いのじゃ…！
もぅ少し手加減してほしいのじゃ…Ц
改めまして、プレイお疲れ様です…！
主に戦闘廻りのイベント演出を担当していた
Ｔａｓｏです。
今作、楽しんで頂けたでしょうか？
バトル中のキャラクター達に魂が籠っていた
ように感じて頂けたら嬉しいです…！
個人的にアンジュはほっといても何か言って
そうって言うか…、コミカルに動いてくれた
ので楽しかったです。
でも、作っていくうちにどんどん楽しくなっ
てしまい、最後はほとんどのキャラが好きに
なっていましたけど…笑
まだまだ語りたい事は山ほどあるんですが…
時間も時間なので次の方にバトンを託そうと
思います…！
スタッフ一同、拘りぬいて本気で作った本作
最後まで、あともぅ少しだけですが御付き合
い下さい！ではではЦ
くらりんかなめ
痛っ！
いきなり、なにするん！
……んっ？
なに、不思議そうな顔してはるん？
喋れるよ、ウチ。
まあ、見た目はこんなんやけど、
ウチは地球外生命体やからね。
普通に喋れるけど、
みんながビックリしたらあかん思って、
とりあえず、ぷるぷる言うてたんよ。
嘘やないよ。
ちゃんとシナリオさんのお墨付きやし、
ただのクラゲやったら浮かへんやん。
それにご主人様が大活躍出来たんは、
ウチのおかげなんやで。
アトゥイはんが意識無くしてた時は、
ウチが耳から触手を突っ込んで、
ビリビリ動かしてたんや。
気づけへんかったやろ？
なんや、もう行かはるん？
今後もどっかで会えるとええなぁ…。
具体的にゆうたら、
地下迷宮の旅人たち、続編…とか、
ええかもしれんよ。
ウチは信じてるから、
また、よろしゅうしてなぁ～。
小林剛
…
………
………………
…………………………
………………………………………………
そうか…
ならば我を倒し、先に進むがよい！
金田
枯れた親父が活躍しているのを見ると
テンションが上がります
……ジジババでも可！
しかし、あの『うたわれ』に
関わることになろうとは
人生何があるかわかりませんね
鈴木健二郎
おっと、前後してしまいましたが改めて…
クリアおめでとうございますЦ
主に３Ｄ関連に関わったりしましたが
とくにクリーチャー周りの作業はまさに至福！
…ということで、ぜひ周回プレイ時には
人外な面々にもご注目くださいませ！
フジカワ
スクリプトだけでなく、陣のモデル作成も
やらせてもらいました。
個人的おすすめの陣は風穴の陣です。
是非、ネコネを使って敵をフルボッコにしま
しょう！
それでは、今後もうたわれをよろしくお願い
します！
野原
ゲームクリアおめでとうございます。
前作「偽りの仮面」からスクリプトエンジン
を担当したプログラマの野原です。
えっ……名前ですか？
別にネタでもＰ．Ｎでもありませんよ。
決してハクさんのボイスを聞きながら
ニヤニヤなんかしていませんよ。
……………………………………………多分。
「うたわれ」の製作参加自体は初めてでした
が、実は入社したての頃「散りゆく……」で
テストプレイをしていました。
３部作全てに関わらせていただいたことは
光栄であり、これからもファンとして楽しん
でプレイしたい作品です。
そんな「うたわれ」を、皆様にも
楽しんでいただけたら幸いです。
本条たたみ
こんにちわ、本条たたみです。
はじめまして。
うたわれは偽りの仮面からの開発参加です。
本シリーズでは連撃や協撃や必殺技の考案、
絵コンテの作成、監修といった部分ですとか、
物語中にある３Ｄパートのカメラ演出……
あとちょっとしたユニットをデザインしたり
絵描いたり塗ったり、ＯＰアニメの絵コンテ
を一部切ったりと、広く浅く色々やりました。
「このモーションには少々うたわれ感が足り
ないようっスね……！」
「なんだようたわれ感って！」
１００万回程繰り返されたやりとり……。
廣島聖
見つかった！
プロダクションマネージャーの
廣島ともうします。
クリアおめでとうございます。
ここまでプレイして頂いて
ありがとうございました。
好きなキャラは、皆甲乙つけがたいんですが
強いてあげるのであればノスリです。
かっこかわいい姉上。いいですよね。
役職上ゲームの内容にはそこまで
関わっていませんが、細々としたお手伝いを
色々とさせていただきました。
うたわれは１ファンとしても応援したい
シリーズです。なのでこれからも
どんどん盛り上がってもらいたいですね。
世戯白ヒロ
というわけで、どうも入社したての新人です。
入社してすぐにうたわれに携われて歓喜あふれております！３Ｄ系にちょこっとだけ携わらさせていただきました。
３Ｄのバトルの部分などモーションがなかなか細かく作られているのでぜひ意識してみてみてください。
これからも精一杯頑張っていきますので
どうぞアクアプラスをよろしくお願いします！
古寺成
アトゥイのあねごの
ひっさつわざのせりふは
「カッツォ」「マシュリ」「アヌゥグ」
「ララタール」
「いっぽん！」
と、いっているらしいぞ！
܀

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タルタルロー
開発室といえば、伝統のミニゲームです連打！連打！連打！
貴方はホームラン王になれるか└┐Ч
（本編とは全く関係ありません）
注意：演出用機能での余興です、スクリプトでこんなことが出来るというご紹介です。内容につきましてはご了承ください。
●○ボタンを押して投球を打ちます。
●走者が本塁に戻って１点です。
●投手の投球を見逃すとミニゲーム終了です。
見逃し
終了します
成績
得点
０
１
２
３
４
５
６
７
８
９
１０
１１
１２
１３
１４
１５
１６
１７
１８
１９
２０
２１
２２
２３
２４
２５
２６
２７
２８
２９
３０
３１
３２
３３
３４
３５
３６
３７
３８
３９
４０
４１
４２
４３
４４
４５
４６
４７
４８
４９
５０
５１
５２
５３
５４
５５
５６
５７
５８
５９
６０
６１
６２
６３
６４
６５
６６
６７
６８
６９
７０
７１
７２
７３
７４
７５
７６
７７
７８
７９
８０
８１
８２
８３
８４
８５
８６
８７
８８
８９
９０
９１
９２
９３
９４
９５
９６
９７
９８
９９
新たな神の降臨です。トロフィーは出ません高難易度の出現も有りません
！あともう少しで神の領域です
帝ミカド級です。恐れ入ります
脱帽です。向かうところ敵なし
素晴らしい、更に上を目指せます
まずまず、伸びしろはあります
次は頑張りましょう
残り球
残り球
●
得点
●満塁ホームランボーナス残り球が追加されました
ヒット
二塁打
三塁打
ホームラン
空振り
打ち損じ
椎間板：－）
座間政秋
やあ、ゲームデザインの座間だよ。
最後の最後までプレイして頂き、
誠にありがとうございました。
本作でのＳＲＰＧパートは
シナリオ演出の一環という位置付けです。
３Ｄのキャラ達を動かすことで、
うたわれキャラ達により一層の愛着を
持って頂けたならば幸いです。
しかし……１５年ぐらい前にもうたわれ
作ってた気がするけど、
まさかまだ作っているとは思わなかったよ。
つまり……今から１５年後も
うたわれ作ってる可能性がある…？
秋葉秀樹
こいつがイベント絵やバストアップを塗った秋葉なのです。
ネコネとシノノンのボイスに癒される日々らしいのです。
検非違使けびいしさんこっちなのです。
菅宗光
シナリオを担当した菅です。
うたわれるもの、これにて完結しました。
楽しんでいだけたら嬉しいです。
みつみ美里
クリアおめでとうございます～
……
顔文字がないと文章が書けない…
うたわれでは女の子キャラのデザインを半分
くらいと２Ｄグラフィック監修を主にやりま
した。
個人的にはココポを描けてうれしかったです。
デザイン的にはライチョウ、シマエナガ、ヘ
ビクイワシ、ダチョウ、キジを混ぜました。
あとは鳥馬の新しいデザインもしました。羽
毛恐竜いいよね！鳥は恐竜の子孫だからね！
え？女の子の話もしろ？
え～と、ルルティエはエゾリス、アンジュは
ユキヒョウをモチーフにしました！服装はア
イヌっぽいのと中央アジアを意識しましたよ。
……なんか動物の話しかしてない気がします
が、まあまあ気にスンナ！
引き続きうたわれをお楽しみください！
甘露樹
オッス！おら甘露。よろしくな！
思い起こせば初めてクオンさんのデザインを
あげたのが２０１１年１２月。
２作品に渡ってようやくここまで
たどり着きました。
約５年！長かったわぁあ～。
デザインで気に入ってるキャラはノスリです。
……え、３Ｄキャラ見ればわかる？
そ、そうですか。
アトゥイとかムネチカとかフミルィルも
お気に入り。趣味全開で盛りこんだので…。
あ、あとウルトリィも。
男ではやっぱりオシュトルさんですかね。
多分甘露史上最もイケメンなんじゃ
ないでしょうか。
これ以上のイケメンは、
多分もう現れないと思います。
知らんけど。
彼らの物語は一旦ここで幕を閉じますが。
またいつかどこかで出会うことも
あるかもしれません。
その時はまたよろしくお願いします。
最後の最後までプレイしていただき
本当にありがとうございました。
下川直哉
そうか。ワシも殴るのか…
ならば、ワシの屍を超えて行くがよい。
〔攻撃／回復〕開始
〔攻撃／回復〕開始
〔攻撃／回復〕開始

ٙ
ふむ、世の中には色んな連中がいるのだな。奇妙な連中だったが害意はなさそうだ。
さて、そろそろ帰るとするか。
ハク・クオン
ゲームクリア、おめでとう！！
最後まで遊んでくれ、どうもありがとう
『うたわれるもの、二人の白皇』楽しんでくれたか？
さようならは悲しいけれど、本編はこれにて完結となります
だが、世界に終わりは無い。まだまだ続くさ
だから、また何時か何処どこかで、お会いしましょう
ああ、その時まで━━
またな！
またね！
〔攻撃／回復〕完了
〔攻撃／回復〕完了
〔攻撃／回復〕完了
下川直哉
うたわれはやめへんで└─┐Ц
最終章って誰が言うて└─┐んЦ
かしまゆう
ホロロロ～♪
磯田悟志
アッィヌィァヌデェゥィグェアェォォ
ヌキィァヌィァデゥィィィキェェアィァ！
菅宗光
みなさまに伝えたい大切な情報がありまして
実は、うたわれるもの……
ぐふッЧ
Ｓｕａｒａ
うたわれは、まさに人生・・・
これからもアクアプラスとうたわれ、
Ｓｕａｒａをよろしくお願いします！
秋葉秀樹
今から兄様たちと焼き肉パーティーなのです。
これからもネコネをよろしくお願いしますなのです。
古寺成
さかなのなまえなんだって！
ここまでぷれいしてくれて
ありがとうな！
小林剛
痛ぇ！
金田
それでは次が控えていますので、
お先に失礼いたしますッ！
まるいたけし
グギギッ……ギャギャッ！
ボロギギリ歴半年のまるいたけしです。
フジカワ
クリアおめでとうございます！
戦闘のスクリプトを担当させていただきまし
た。新人プログラマーのフジカワです。
初タイトルがうたわれで嬉しい半面、
いろんな方面からくるプレッシャー……
鈴木健二郎
いやぁ、骨っぽいキャラって良いですね～
とくに脊椎とか…なでまわしたい
金丸
３Ｄキャラクターのテクスチャを担当しまし
た金丸です。
それでは恒例のやっちゃってください。
世戯白ヒロ
クリアおめでとうなのです！
「兄様！大好きなのです！」
とかいわれたいですね…。
ネコネいいですよね！妹いいですよね！
ネコネのあの感じ抱きしめたくなりますね！
突き放されるかもだけどそれもそれでアリ！！！Ｍじゃないよ☆
マサシ
正解はココポでした～
（あくまで個人的見解です）
座間政秋
ではまた１５年後に会いましょう！
タケミン
え、おまえにはケモノミミもシッポも付いて
ねえってЧ
いやまさかはははホントだああああ！！！
本条たたみ
攻撃予備動作で数マス後ろに下がったり等、
ＳＲＰＧとしてはあまり例の無い見てて楽しい
動きのあるモーションになったと思います。
実は雑魚キャラたちにもメインキャラたちと
同等の手数、工数が割かれているので、２周
目プレイの際には是非じっくりお楽しみを！
廣島聖
広がれうたわれの輪！
これからもどうぞ宜しくお願いします。
慶太
こんにちは、背景担当の慶太です。
当ゲームをプレイしていただき、ありがとう
ございます。
野原
ぐふっ……シノノン可愛さに鼻血でたЦ
みつみ美里
鳥を殴るなんて非道ひどい！
くるっぽー！
Ｔａｓｏ
お、『禁忌の誕生』を終えたのじゃな？
こんな辺境の地まで到達するなんて…、
素直に凄いのじゃ……！
む？な、なんじゃ…、やるのか…？
甘露樹
ぽふぽふはもういいのか？
くらりんかなめ
ぷるぷるぷるぷる……。
岩城タルタルロー
スクリプト担当と２Ｄ素材ダミー用意係の（ＰＣ版では岩城猫）岩城タルタルローです。
名前ネタ元が判る方は私よりも年寄りか？
最初の“うたＰＣ版われるもの”は、優に１０年以上前
こうして、また係わることができたのは、真面目そうなことを言っています幸せなことかもしれません。
マロロは前作“偽りの仮面”からの登場ですが
なんとなく私のお気に入りです。
素顔だって凛々しい。
前作の物語ではやたらとハクとオシュトル／ウコンとの友情を強調されていましたねぇ。
あまり目立ちませんでしたが私的にはハクとマロロの関係は見逃せないと考えています。
冗談ですがね
初期のエピローグだと、マロロが生きている場面があったんですが……ちょっと残念です。
まぁ、死亡キャラの役目は重要ですね。死に顔は描いてもらえませんでしたが
ではまたお会いできたら……。
ܖ
よくぞ、全ての試練を乗り越えたな。わしは待っておった、そなたのような若者があらわれることを！
……おい。
もしわしの味方になれば世界の半分をお前にやろう。どうじゃ、わしの味方になるか？
おい。
む？
だから、『む』じゃなくて、何やってんの。
……何じゃい、ノリが悪いのう。
試練を乗り越えてきたから、せっかくこうして出迎えたというに。
勝手に送り込んどいて、試練も糞もあるか。
大体、そこで「はい」って答えたらどうするつも……
まさか、その『世界』とやらを管理させる腹積もりじゃないだろうな？
むぉЧな、何のことじゃ。
図星かよ、おい。
危ないところだった。危うく、どっかの世界で神の真似事をさせられるところだった。
何を言っとる。お前は正真正銘━━
あ～、あ～、聞こえん、何も聞こえんぞ。
やれやれ、相変わらず都合の悪いことには見ざる聞かざるか。
いいんだよ。自分は自分だ、簡単に変わってたまるか。
ウルゥル、サラァナ、もう帰るぞ。
こんな所にいたら、また何をされるか判ったもんじゃない。
何じゃ、もう少しゆっくりしていってもええじゃろう。
あら、もう行ってしまうの？
せっかく貴方達からお願いされてた、程良く狭い寝床と浴槽を用意しておきましたのに。
……
どうした二人とも、帰るぞ。
でんろんでんろんでんろん、べん、ろろん♪
おきのどくですが、あるじさまのぼうけんのしょはきえてしまいました。
は？
がしっ
な、何だ、二人してしがみついて……
ふむ、ホノカ。
あら、また行かれるのですか？それでは、気を付けて行ってらっしゃい。
あ……
お前はやれば出来る子じゃ。何度でも這い上がってくると信じておるぞ。
あ、兄貴ぃ～っЦ
あたらしくぼうけんのしょを、さくせいします。
勝利まであと１ターン
残り５体！
勝利まであと３ターン
勝利まであと２ターン
戦闘においては、『次に誰にターンが回るか』を意識すると有利に戦えます。
システムメニューの『設定』で『行動順の常時表示』を設定する、またはＳＥＬＥＣＴボタンを押して行動順を表示しましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
Ｌ１ボタンを長押しすることでも行動順を表示させることができます。
またＬ１ボタンを押しながら方向キー上下で、行動順にカーソルを移動させることもできます。
ターンが回ってくるのが早いカカシから倒してみましょう。
連撃をクリティカルするとダメージと蓄積気力が増加します。
リングに合わせてタイミングよく○ボタンを押しましょう。
なお『連撃の自動成功』機能を使用している場合、クリティカルが発生しなくなるので注意してください。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
リングが中心に縮まって点になるタイミングで○ボタンを押しましょう。
『チャージリング』の場合、○ボタンを押しっぱなしにして一周したタイミングで離しましょう。
ボタンを押し始めるタイミングが早すぎると失敗になります。リングが表示されてから押し始めましょう。
敵の攻撃に対する『錬技』もクリティカルすることが可能で、連撃同様に効果や蓄積気力が増加します。
広がるリングが外側の枠と重なるタイミングで○ボタンを押しましょう。
敵ユニットも錬技を使用してきます。
連撃の中には相手の錬技を無効化するものもあるので状況により使い分けましょう。
特性『闘志の瞳』を持つユニットは、敵に隣接することでＺＯＣを発動させることができます。
連撃の中には自分や相手の位置を変えるものもあります。
『ユニット詳細』の『連撃』をみると、『間合いを離す』『間合いを詰める』『吹き飛ばし』などの効果を確認できます。
ＺＯＣに捕らわれた場合などに活用してみましょう。
状態異常『気絶』を与えることで特性を無効化し、ＺＯＣを打ち消すことも可能です。
勝利まであと４ターン
気力が１００になると『気力全開』状態になり、ユニットは再行動します。
また状態異常も回復するので上手く活用しましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃の中には気力を消費するものもあり、最後まで繋げてしまうと『気力全開』になれない場合があります。
気力が１００になりそうな場合、あえて連撃を途中で止めてみることも有効です。
連撃中のボタン入力を△ボタンで行うことでクリティカルを発生させつつ次の段に繋がらないようにできます。
または連撃開始前に□ボタンを押して『連撃制御』を利用しましょう。
『気力全開』状態では連撃により気力が減ることはなくなります。
消費気力が大きい連撃などを活用していきましょう。
ルルティエの連撃『乙女椿』は三段目まで繋げると『気力全開』になれません。
『気力全開』したい場合は二段目で止めてみるとよいでしょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃の中には相手の反撃を無効化するものもあります。
またそれは『連撃の何段目』であるか、でも変わってきます。
『ユニット詳細』の『連撃』で性能を確認してみましょう。
連撃の開始対象に選んだユニット以外からは反撃を受けることはありません。
範囲攻撃の連撃を持っている場合は活用してみましょう。
勝利まであと１ターン
『ユニット詳細』の『状態』を見ると、そのユニットの強化・弱体状況がわかります。
また『攻撃低下』などのステータス弱体効果は、同種の強化効果により上書きすることができます。
強化効果を付与する連撃などを活用して不利な状況を打開しましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
勝利条件が変更されました一定ターンの経過
敗北条件が変更されました味方の戦闘不能
勝利まであと３ターン
回復連撃の中には、味方の状態異常を治療できるものもあります。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
カカシにかかっている『強化効果』を連撃の『弱体効果』で上書きしてみましょう。
なお強化・弱体効果は連撃がクリティカルすると効果がアップします。
ユニットごとに移動できる高低差は異なります。
青いマスの外側、辿り着きたいマスで○ボタンを押してみましょう。
『シミュレート機能』が発動し、そのマスまで何ターンかかるか分かります。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
ユニットの持つ『特性』の中には、近くのユニットに効果があるものもあります。
戦闘ではお互いの位置関係に注意すると良いでしょう。
『ユニット詳細』の『特性』を見ると効果範囲などを確認できます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
ルルティエの特性『怪鳥の囀り』は、範囲内の敵の素早さを減少させます。
ムネチカの特性『土角結界』は、範囲内の味方の受けるダメージを軽減します。
ユニットの位置を工夫してみましょう。
オシュトルの特性『士気向上』は、範囲内の味方のステータスを強化します。
カカシに攻撃する時、ユニットの位置を工夫してみましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
『気力全開』状態ではターン開始時に気力が減少していき、気力が０になるまで『気力全開』は維持されます。
減少する気力量はユニットにより異なります。また『気力全開』状態でも連撃などにより気力は溜まっていきます。
気力全開には様々なメリットがあるため、可能な限り気力を溜めて状態を維持しましょう。
オウギは『気力全開』状態を維持するのに『隠し会心』を成功させることが必須となります。
基本的な属性である『火』『水』『風』『土』にはそれぞれ有利・不利な属性があります。
戦闘では自身が優位に立てる相手、そして苦手な相手を意識すると良いでしょう。
システムメニューを開くと『属性相関図』を確認できます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
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雨が降り始めた…
天候の変化などによって属性が『活性化』することがあります。
活性化した属性のユニットは攻撃力・防御力・素早さが上昇します。
システムメニューの『属性相関図』で活性化している属性を確認してみましょう。
勝利条件が変更されました制限ターン内にカカシを一気に撃破
敗北条件が変更されましたカカシの撃破失敗
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
風が吹き始めた…
天候はターン経過などによって変化することがあります。

基本的な属性である『火』『水』『風』『土』にはそれぞれ有利・不利な属性があります。
戦闘では自身が優位に立てる相手、そして苦手な相手を意識すると良いでしょう。
システムメニューを開くと『属性相関図』を確認できます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
雨が降り始めた…
『天候』が変わると対応した属性が活性化します。
活性化している属性は、システムメニューの『属性相関図』で確認できます。
連撃の中には、リングが表示されていないタイミングでも○ボタンを押すことでクリティカルが発生するものがあります。
連撃がヒットしていそうなタイミングで○ボタンを押してみましょう。
このクリティカルによってもダメージと蓄積気力が増加します。難しいですが使いこなせれば戦力アップは間違いないでしょう。
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『協撃』を行うにはいくつかの条件を満たす必要があります。
まずはノスリでカカシを攻撃してみましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
『協撃』を発動させるには主動ユニットが『気力全開』になることも必要です。
攻撃だけでなく、回復連撃でも『協撃』することができます。
協力ユニットは『協撃指定』されている連撃で『協撃』を行います。
この『協撃指定』は戦闘中でも変更することができます。
ネコネのユニット詳細『連撃』を開き、△ボタンで『協撃指定』を攻撃に変更してみましょう。
『協撃』には敵の錬技を無効化する効果があります。
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『協撃』の協力ユニットが特定相手の場合、必殺技を使用すると自動的に『協撃必殺技』に変化します。
通常の必殺技より強力な効果を持っている為、チャンスがあったら狙ってみましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
各ユニットにはそれぞれ『協撃必殺技』のパートナーがいます。
誰と誰で『協撃必殺技』が使用可能か、用語辞典の戦闘指南を見るとわかるかもしれません。
オシュトルの特性『戦術指揮』は、範囲内の味方ユニットの精神異常を無効化します。
精神異常になっている味方は、オシュトルを近づけて助けてあげましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
オシュトルの特性『士気向上』を受けられる位置関係も意識してみましょう。
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連撃『闘扇撃波』を三段目まで実行すると『攻刃の型』が発動し、刀を使った戦闘スタイルに変化します。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
『攻刃の型』が発動すると再行動が可能となり、特性などが攻撃向きに変化します。
非常に強力ですが、気力の消費が大きく防御特性などが無くなるリスクもあります。
戦況を見極め、二つの武器を使い分けましょう。
オシュトルに再度ターンが回ると『攻刃の型』は解除されます。
クオンの特性『四神変転』は、最後に使用した連撃『段』属性にクオンの属性が変化します。
戦況に合わせて有利な属性を選択しましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
クオンの連撃『鵺鳥』は、三段目まで実行することで気力が１００になります。
ただし最大体力が低下するリスクもあるので、使用する際は注意が必要です。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
ルルティエの特性『威嚇』は、自身のターン開始時に範囲内の敵の気力を下げる効果があります。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
また、特性『怪鳥の囀り』は範囲内の敵の素早さを下げる効果があります。
こちらはターン開始以外も効果を発揮するので、素早さを下げたい敵にはルルティエを接近させてみると良いでしょう。
ルルティエの連撃『花神楽』には移動を上昇させるなどの効果があります。
便利ですが、移動後には使用できないことに注意しましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
特性『失地回勢』は、攻撃を受けると自身の行動順を早めます。
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制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
ウルゥル・サラァナの連撃『烈火双覇斬』には状態異常『呪い』の効果があります。
『呪い』状態のユニットは体力・気力が溜まらないため、気力全開になられることを防ぐことも可能です。
錬技『奈落の残滓』を使用すると『モスモス』が召喚されます。
『モスモス』は闇属性を活性化させます。また、味方が『攻撃』のターゲットにすることも可能な特殊なユニットです。
敵の気力全開を防ぐため、状態異常『呪い』を使いましょう。
連撃『双影無双』からも『モスモス』を召喚することができます。
また『双影無双』の四段目には、陣『夜陰の帳』を設置する効果もあります。
この陣は敵に狙われにくくなる効果があり、攻撃を受けたくない場合には役立ちます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃を実行可能な『高低差』は、連撃ごとにそれぞれ異なります。
ノスリの連撃『波乱烈風』は広い高低差を攻撃可能ですが、『落葉帰根』はさらに広い高低差を攻撃可能です。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃『落葉帰根』は消費気力は大きいものの、自身の体力を回復しつつ高い攻撃力を誇ります。
また三段目は１マス後退するため、ＺＯＣからの脱出にも使えます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
特性『死中求活』は、体力が２５％未満になると気力が１００になるというものです。
火属性ユニット気力全開時の強化『火神の加護』、特性『窮死覚醒』と合わさり高い火力を発揮するでしょう。
連撃『疾風怒濤』を三段目まで使用するには、後ろに下がれない位置関係が必要です。
状況が限定されますが、必殺技を除けばノスリの連撃の中で最も高い攻撃力を持っています。
オウギの錬技『円環』は、近接攻撃のダメージを完全に防ぐ強力なものです。
ただし、一定の気力が無いと発動しない点には注意が必要です。
また、特性『影走り』は敵のＺＯＣを無視し、さらに敵ユニットをすり抜けることができます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
ユニットにカーソルを合わせて△ボタンを押すと『行動範囲確認』ができます。
敵ユニットの行動範囲を確認し、囲まれない位置取りを意識してみましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
特性『闇討ち』により、敵の背後から攻撃するとダメージと状態異常の成功率が上昇します。
オウギで攻撃するときは背後を取るように意識してみましょう。
連撃『紫電一閃』は、最後まで繋げた場合は『気力全開』になりません。
『気力全開』を狙えそうな場合は四段目で止めてみるとよいでしょう。
特性『式鬼信託』により、ネコネのターン開始時に『キリポン壱号』が召喚されます。
『キリポン壱号』は敵に狙われやすいユニットなので、囮として使うと良いでしょう。
またネコネは特性『攻防一体の構え』により、同ターン内に攻撃と回復の連撃をそれぞれ使用することが可能です。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
錬技『式鬼計略』を使用すると『キリポン弐号』が召喚されます。
『キリポン壱号』と違い操作することはできませんが、自動的に近くの敵ユニットを足止めするように動きます。
『烈火の陣』は、そのマスにいるユニットのターン開始時にダメージを与えることができます。
味方ユニットの場合でも効果は発揮されるので注意しましょう。
連撃『清月』を使って状態異常を治療してみましょう。
ネコネの連撃『白虹』は味方ユニットの体力を回復するだけでなく、強化や気力増加の効果があります。
また二段目では『治癒の陣』が張られます。このマスにいるユニットのターン開始時に体力を回復します。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃『矮星』の初段には状態異常『呪い』の効果があります。
『呪い』状態のユニットは体力・気力が溜まらないため、気力全開になられることを防ぐことも可能です。
二段目では『風穴の陣』が張られます。このマスにいるユニットのダメージを増加させます。
敵が乗っている場合は有効ですが、味方が乗っている場合は注意が必要です。
連撃『清月』の二段目では『不動の陣』が張られます。
このマスにいるユニットのダメージを軽減します。
キウルの連撃『伏竜梅』の初段は『固定ダメージ』という特殊なものです。
『固定ダメージ』は敵の防御力を無視し、自身の攻撃力に依存したダメージを与えます。
この効果は連撃を初段で止めたときのみ発揮されるため、敵によって使い分けましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃『伏竜梅』の二段目には敵の移動を下げる効果があります。
特性『不動連撃の構え』により、移動しなかった場合は二回連続で連撃を使用できます。
状況に応じて攻撃連撃二種と回復連撃『松笠』を使い分けていきましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
アトゥイの特性『戦陣昂揚』は、敵を撃破した時に５０％の確率で再行動するものです。
再行動の発動は１ターンにつき１回ですが、積極的に撃破を狙っていきましょう。
なお複数の敵を同時に撃破した場合、１００％再行動できます。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃『勇魚』は、最後まで繋げた場合は『気力全開』になりません。
『気力全開』を狙えそうな場合は三段目で止めてみるとよいでしょう。
アトゥイの連撃『真旗魚』には、敵の攻撃力や最大体力を減少させる効果があります。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
アンジュの錬技『虎血燃焼』は、使用すると気力が大幅に増加します。
ただし通常の錬技と異なり、ダメージは増加してしまうため注意が必要です。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
アンジュの連撃『轟天打破』『天下布武』は、高い攻撃力や蓄積気力に優れた連撃です。
ただし『反動ダメージ』により使用すると自身もダメージを受けます。
特性『窮死覚醒弐』と組み合わせると非常に強力ですが、常に戦闘不能のリスクを抱えることになります。
気力全開時の戦闘不能を防ぐ特性『虎死天生』や、必殺技による体力吸収などを利用して立ち回りましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃『轟天打破』と『天下布武』では『反動ダメージ』の大きさが異なります。
連撃開始前に『詳細確認』または△ボタンを押して『結果予測』を確認しつつ使用してみましょう。
連撃『影松葉』を三段目まで使用すると『抜刀の構え烈風』が発動します。
ヤクトワルトの構えが変化し、攻撃・防御の強化効果がかかり、錬技性能と反撃能力も向上します。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
『抜刀の構え烈風』は、ヤクトワルトに再度ターンが回ってくると解除されます。
ヤクトワルトが抜刀の構え中にのみ使用可能な錬技『完全回避』は非常に強力です。
攻撃を回避しつつ行動順を早め、さらに相手の連撃を止める効果を持っています。
連撃『月夜鶴』を三段目まで使用すると『抜刀の構え疾風』が発動します。
『抜刀の構え烈風』と似た効果ですが、こちらは再行動までが大幅に早くなっています。
ただし攻撃・防御の強化効果はありません。状況によって使い分けましょう。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
ムネチカの特性『闘志の瞳弐』により、最大２体の敵をＺＯＣで足止めすることができます。
連撃『泰山』には状態異常『挑発』の効果があります。
『挑発』になった敵は、状態異常を与えたユニットを優先的に狙うようになります。
また錬技『連帯防御』は自分だけでなく、範囲内の味方のダメージを軽減することが可能です。
防御手段の豊富なムネチカは、味方ユニットを守るように動くとよいでしょう。
勝利まであと４ターン
連撃『河山帯礪』はムネチカ自身の体力回復とともに最大体力を上昇させ、さらに『不動の陣』により防御を固めます。
移動後には使用できませんが、特性『不動連撃の構え』や『土神の加護』と組み合わせると高い耐久力を発揮します。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
連撃『砕鎚』の二段目には敵の強化を解除する効果があります。
エンナカムイ槍兵の『素早さ上昇』を解除するとよいでしょう。
フミルィルの連撃『水菓』『百華蜜』は特殊な長距離射程のものですが、移動後は使用できないので注意が必要です。
『水菓』のダメージは低いものの、状態異常『忘却』や移動低下の弱体効果があります。
『百華蜜』は特殊な体力回復と、行動順を大幅に早める強力な効果があります。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
フミルィルは特性『攻防一体の構え』により、同ターン内に攻撃と回復の連撃をそれぞれ使用することができます。
またフミルィル専用特性『感謝の心』により、味方からの回復に『返礼』するようになります。
制限ターン：次にカカシにターンが回るまで
返礼連撃『稲荷雨』を使用することで『シュマリ』を召喚することができます。
味方を回復し行動順を早めたり、フミルィルに対して回復を行うことで返礼を受けることも可能です。
また光属性を活性化させるため、フミルィルと共に属性活性の恩恵を受けることができます。
フミルィルに隣接する男性ユニットは、特性『士気高潮』によりステータスが上昇します。
もう少しだけ素早さを上げることができれば乗り越えられるかもしれません。